2019年12月6日金曜日

【東京新聞社説】中村哲さん死亡 憲法の理念を体現した―【私の記事】国際法を理解しないと、問題点の多い日本国憲法ですら正しく理解できない(゚д゚)!

【東京新聞社説】中村哲さん死亡 憲法の理念を体現した

中村哲氏

 平和憲法のもとでの日本の国際貢献のありようを体現した人だった。アフガニスタンで長年、人道支援に取り組んだ医師中村哲さんが現地で襲撃され死亡した。志半ばの死を深く悼む。

 紛争地アフガニスタンでの三十年近くに及ぶ活動の中で、戦争放棄の憲法九条の重みを感じていた人だった。軍事に頼らない日本の戦後復興は現地では好意を持って受け止められていたという。

 政府が人道復興支援を名目に、自衛隊を派遣するためのイラク特措法を成立させた後は、活動用車両から日の丸を取り外した。米国を支援したことで、テロの標的になるという判断だった。現地での活動は続けた。「活動できるのは、日本の軍人が戦闘に参加しないから。九条はまだ辛うじて力を放ち、自分を守ってくれている」。二〇一三年、本紙の取材にそう語っている。

 その後も集団的自衛権の行使容認や安保法制など、憲法の理念をないがしろにして自衛隊の海外派遣を拡大しようとする政府の姿勢を苦々しい思いで見つめていた。

 安倍晋三首相が掲げた「積極的平和主義」を「言葉だけで、平和の反対だと思う」と批判していた中村さんは、真の平和につながる道は「日常の中で、目の前の一人を救うことの積み重ね」と考えていた。

 ハンセン病患者などの治療のため一九八四年にパキスタン入りし、九一年からアフガニスタンでも活動を始めた。「対テロ戦争」を名目とした米英軍の空爆や武装勢力の衝突など戦火は絶えず、大干ばつも地域を襲う。中村さんの目の前には常に不条理な死と苦しむ人々がいた。

 二〇一八年には、アフガニスタンから、日本の民間人としては異例の勲章を受けた。緑化のための用水路建設や、長年の医療活動が高く評価された。国連難民高等弁務官として難民支援に貢献し、先日亡くなった緒方貞子さんとともに、日本が目指すべき国際貢献の姿として、その光を長く記憶にとどめたい。

 今、政府は中東海域への自衛隊派遣の年内決定を目指している。米国が主導する「有志連合」への参加は見送ったものの、派遣の必要性や根拠に乏しい。米軍などの軍事行動と一体化していると見られる懸念は消えない。

 軍事的貢献に傾いていく今の姿を認めてしまってよいのか。中村さんの志を無駄にしないためにも、立ち止まって考えたい。

【私の記事】国際法を理解しないと、問題点の多い日本国憲法ですら正しく理解できない(゚д゚)!

昨日の記事でも述べたように、護憲派の人々は、中村哲氏を憲法9条の、殉教者にしたいようです。冒頭の記事の、東京新聞もまさにそうです。

これは、昨日も述べたように、死者に対する冒涜以外の内ものでもないようように私には思えます。確かに、中村哲氏の偉業は素晴らしいものですが、それと憲法9条の解釈に関しては明確に分けて論ずるべきです。

たとえば、昨日も解説させていただいたように、9条1項で定めている戦争放棄の条文とは、あくまでも国際法で違法化されている戦争を行わないことを宣言したもので、ほとんどの国の憲法に9条1項と類似した条項があります。

その前提からいえば、多くの日本国民が誤解しているであろう1項「戦争放棄」の条文とはどのような意味なのでしょうか。



本来、9条1項が否定しているのは、あくまでも『国権の発動としての戦争』(国家が宣戦布告して他国を攻撃する行為)と、『国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使』なので、自衛権まで放棄しているとはいえません。

しかし、大半の憲法学者は、『国権の発動たる戦争』=『国際法上の戦争』、『武力の行使』=『事実上の戦争』と勝手に解釈し、これらを論拠に、すべての戦争を日本国憲法は否定していると主張するのです。

国連憲章51条では、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と定められています。

個別的、集団的を問わず、自衛権は国際法で認められている権利だということは、多くの日本人が知らない事実かもしれないです。

さらに、9条2項は、国際法で違法となっている戦争(war)を行うための潜在力である戦力(war potential)を保持しないことを日本国民が宣言した条項です。これも1項同様、現代国際法を守るための条文であり、憲法学の通説とされている自衛権行使の手段の不保持が宣言されているわけではありません。

この解釈は、戦後しばらくは憲法学の京都学派の学説として、多くの日本人に知られていたものです。しかし、現在の日本ではこの解釈は忘れ去られ、多くの憲法学者は自衛隊の存在そのものを違憲と考えているのが実態です。

たとえば、安全保障関連法案の議論が白熱していた2015年6月、朝日新聞が憲法学者209人に集団的自衛権や自衛隊に関するアンケート(結果は下のチャート参照)を行い、121人から回答を得ました。その結果、自衛隊は憲法違反にあたると答えたのが50人、憲法違反にあたる可能性があると答えたのが27人と、いわゆる「違憲派」が過半数を超えています。


また、不可解なのは、自衛隊が違憲と主張しながらも、9条を改正する必要があると回答したのは、わずか6人だったことです。違憲状態を放置するのは、憲法をないがしろにする行為以外の何ものでもないはずなのですが、なぜこのようになるのか理解に苦しみます。

憲法に限らず、本来の法律条項の考え方として、2項は、戦争放棄をうたった1項の内容を補強する意図でつくられたとみるべきです。しかし、憲法学者は、国際法をまったく考慮せず、言語感覚のようなものだけに基づいて解釈するがゆえに、自衛権と自衛隊の存在も否定するといった驚くべき結論に至っているのです。

戦力不保持に加えて、もうひとつ2項で言及されているのが交戦権の否認です。交戦権は国際法には存在しない概念で、これを認めないということは国際法を順守するという意味です。

これは、戦前の大日本帝国憲法を根拠にした「交戦権(right of belligerency)」を振りかざして、現代国際法を否定しないことを日本国民が宣言した条項なのです。ただし、憲法学者の勝手な主張によって、9条2項は国際法を順守するのではなく、国際法上の自衛権などを否定する条項と一般に説明されることになっ
たのです。
ここで問題なのが、日本政府もこの「交戦権」否認が国際法順守を意味することを、理解できていない点です。
政府は、「交戦権」を"交戦国が国際法上有するさまざまな権利の総称”と根拠のない勝手な解釈をして、国際法を受け入れないための条項だなどと言っています。そのため、具体例を挙げれば、日本の自衛隊は、海外で活動中に捕虜になっても捕虜条約の適用を受けないといった弊害が出ているのです。
戦争違法化は日本国憲法だけではない

なぜ、日本では国際法が理解されていないのでしょうか。そもそも国際法は、国内法と異なり、国会のような立法機関が存在しません。

したがって国際法が成立するには、複数国間で条約、協定、協約等の形により国家間で国際的な合意をする必要があります。

これとは別に、明文となっていなくとも、一定期間国際社会において一般的慣行として守られてきたルールも、不文律の国際慣習法として国際法を構成します。国際連合成立の根拠となる国連憲章も、国際法規範としての性質をもっています。

古くは、国際連盟規約(1919年)や不戦条約(1928年)等により、戦争を禁止あるいは制限しようとする試みがなされ、現在は、国連憲章で「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を(中略)慎まなければならない」と規定し、戦争のみならず、武力不行使原則が国際法上の義務になっています。

オランダのハーグには国際司法裁判所が存在しますが、国内裁判所のように強制管轄権がありません。そのため、国際法に違反するかを判断し、国際法の遵守を強制する機関はないのが実情です。

例えば、国内刑法であれば、警察・検察が強制捜査し、裁判所が違反の有無(有罪・無罪)を判断し、検察官が刑罰の執行を指揮しますが、国際法分野では、国内の警察・検察、裁判所と同様な強制力・権限をもつ機関がありません。ただし、事実上、強大な軍事力をもつ米国がその役目を果たすことはあります。

むしろ、国際法を強制的に遵守させる権限をもつ国際機関を設置すると、今度はそれ自体が各国の主権を侵害して国際法違反だということになりかねません。

そうなってくると、強制力がない国際法はいわゆる「法」ではないとも考えられ、実際、国際法は道徳にすぎず、任意の合意でしかないという見解もあります。

ニュースで国際法違反の具体的な内容が日本ではあまり聞かれないのは、国際法の曖昧さや特殊性にも原因があると推測されます。ただし、国際法という概念は現実に存在しており、ほとんどの国が確実に国際法違反、あるいはそうではないといえる範囲はその時々で存在しており、これに違反すれば、国際社会から制裁を受けたり、甚だしくは放逐されたりすることも実際にあります。

日本では、世界の国際法の潮流とは全く関係なく、独自の憲法論というより、憲法典論を構築してきたため、国際法の理解が進んでいないのだと考えられます。多くの日本人にとつて、憲法とは憲法典であり、その中に書かれていることは一字一句変えてはならないと思い込んでいる人大勢います。

しかし、憲法典ではない憲法はあります。その典型はイギリス憲法です。国際法も、法典化されているわけではありません。日本国憲法典を一字一句金科玉条のように守るべきと考える人も多い日本人からすると、これはなかなか考えにくいものなのかもしれません。

これは、早急に改めなければならないでしょう。これが改められてないからこそ、日本国憲法も正しく理解できないどころか、世界的潮流からみれば、歪んだ解釈が平気でまかり通ることになってしまったのです。果には、憲法9条の殉教者まで、作り出そうとする輩が出る始末です。

そうして、韓国の場合は、日本よりさらに、深刻な状況になっているのです。そのため、韓国は国際条約でも平気で破ります。さらに酷いのは、中国です。中国にいたっては、国際法も含めて、世界の秩序を自分の都合で作り変えようとさえしています。これによって、大きな迷惑を被っているのは、日本自身でもあります。日本でも国際法の理解をすすめていくべきです。

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