ロシアのプーチン大統領 |
「6日前、ロシアのウラジミール・プーチンは自由社会の礎を揺さぶり、彼の意のままに屈しせしめようとした。しかし、彼は大きな計算違いをした」
「彼は予想だにしなかった強固な壁にぶち当たったのだ。それはウクライナの人々だ」
アメリカのバイデン大統領は、ワシントン時間の3月1日夜、日本時間の先程、時季外れの一般教書演説で、ウクライナ侵攻を決断したプーチン氏を非難するとともに、抵抗を続けるゼレンスキー大統領とウクライナ国民をこのように讃えた。
アメリカの国防総省高官がオフレコのブリーフィングで、ロシア軍の侵攻計画の遅れを指摘したのは何日か前のことだが、バイデン氏が言う“強固な壁にぶち当たった”ロシア側の当初の目論見はやはり大外れのようだ。
イギリスの安全保障専門家の分析
安全保障問題に詳しいイギリスのポール・ビーバー氏は言う。
「ロシア側の攻勢はあたかも全面攻撃をまだ始めていないように見えるかもしれない。しかし、侵攻初日から、フル・スケールの攻勢に出ているのだ。ただ、ウクライナ側の頑強な抵抗が、攻撃は序の口だと思わせているだけだ。」
ビーバー氏はインディペンデントの防衛問題アナリストで、イギリス軍の元兵士でもある。
「ロシア軍部隊はウクライナに侵攻しても解放者として歓迎されると思っていた。プーチンもウクライナを解放するのだと説明していた。しかし、現実は全く違った。ロシア軍は侵攻初日から目標を達成できなかったのだ」と。
しかし、第二の都市ハリコフに最初に侵入したロシア軍部隊がすぐに撃退されたのは、あれが威力偵察と言われる作戦で、全面攻撃ではなかったからではないか?という素人なりの疑問をぶつけると、ビーバー氏は「ハリコフへの当初の侵入は威力偵察を含めたロシアの戦術の一環であろう。が、ロシア軍はウクライナの抵抗の激しさに驚愕したのだ。ウクライナの人々がロシア軍を解放者とは見なさないという決意を示したからだ」という。ウクライナ・ハリコフ(2月27日)
その上で、ビーバー氏は言う。
「インテリジェンス情報が示唆するのは、ロシアは当初、わずか4日間の作戦で、主要都市を陥落させてウクライナ政府首脳を殺害するか捕え、キエフに傀儡政権を設立するつもりだった。しかし、これにロシア軍は失敗し、双方に想定以上の死傷者を出しているのだ」と。
前稿「“英雄”に大化けしたゼレンスキー大統領とウクライナ国民に最大限の敬意を表す」でも記したように、やはり、プーチン大統領の想定を遥かに超えたゼレンスキー大統領とウクライナ国民の勇気と決意、そして抵抗が、プーチン氏の邪悪な目論見を撥ね返し、持ちこたえているのである。
プーチン大統領の誤算
プーチン氏は明らかに誤算を重ねている。独裁を長年続けたロシアの大統領はとうに裸の王様になっているとも思われるが、西側の前例のない制裁にも苛立つその裸の王様は、見せ掛けの交渉で時間を稼ぎつつ、計画を練り直して更なる攻勢に出ようとしている。
徴兵された戦闘経験無しの若者が多いと見られる侵攻ロシア軍の士気は高くないようだが、それでも、キエフとハリコフを包囲すべく、ひたひたと迫っていて、現地で取材を続ける西側の記者が危惧するように、戦いはより激しく恐ろしい事態を招くかもしれないと不安は募るばかりだ。
しかし、ビーバー氏は「ウクライナがプーチン氏に憐れみを乞う可能性は非常に低い」と断じる。そして「戦いは長引くだろう」とも。
バイデン大統領も一般教書演説で「次の数日、次の数週間・数か月はウクライナ国民に厳しいものになるだろう。」しかし、「ウクライナの人々の自由への愛をプーチンが消し去ることは出来ない。自由社会の決意を彼が弱体化することは無い」と断じている。
現地1日午後のEU議会向けリモート・スピーチでゼレンスキー大統領も「誰も我々を打ち砕くことはできない。我々は強固だ。我々はウクライナ人なのだ」等と意気軒高だ。
戦いがより血塗れの泥沼に陥る前に、正義の側が侵入者を撃退することを願って止まない。
1.ロシア軍の半分は、本人たちがどこへ行くのか知らなかった。冬季訓練地だと思っていたが、実はウクライナだった。2.保安維持で出発前に兵士たちの携帯電話を全部押収したが、いざ無線機を与えず多数の兵士が上部と連絡が途絶えた状態。
3. 兵士たちを指揮しなければならない将校陣は、作戦遂行のために出かけたが、距離が遠すぎて連絡が途絶えた状態。4. スペツナズの大半はセキュリティ維持で、自分がウクライナのどの空港にパラシュートで降下したのかも知らなかった。5.補給計画を愚かに進めたため、物資はいまだにロシア本土に集積された状態。 6.特殊部隊がマートを略奪するのは本当に食糧普及が途絶えたからだ。 7.兵士たちはここがどこかも分からないがとにかく寒くてお腹がすいたから軍装備を捨てて脱走中。 8.作戦司令部は隷下部隊と全く連絡が取れない状況。
ロシア経済にとって危険なレベルの損害を被ることなく、一気に戦争を始めて終わらせるための奇襲をするためには、あまりに少なすぎます。奥行きが1500キロのウクライナ全土を攻め落とすには、充分に訓練を積んだ兵力が最低50万人は必要であり、だからこそ、私は当初は侵攻の確率は低いと考え、このブログにもそのように述べました。
さらに、プーチン大統領は、ウクライナの抵抗や、欧米諸国の対ロ制裁やウクライナへの支援について安易に考えていたと思われます。
ゼレンスキー大統領は米国の亡命提案を拒否しました。これによってウクライナ軍は士気を高め、必死の抵抗を見せました。こうしたウクライナの「英雄的な抵抗」に続き、西欧諸国の対応も変化しました。
交渉において、ウクライナはロシア軍の即時完全撤退を要求し、ロシア側がもしこの要求を受け入れるなら、戦争に踏み切ったプーチン大統領は、権力の座に留まることはできないでしょう。
逆に拒否すれば、非常に厳しい戦いに戻り、ゆっくりとキエフに進軍するでしょうが、欧米等から支援を受けたウクライナ軍の抵抗に遭い、甚大な人的被害が生じるでしょう。さらに、その後には反ロシア派の多い地域も征服する必要があり、戦闘がさらに激化します。この場合はプーチン大統領がどのように勝利を収めるか想像できません。
もう一つの可能性は、核兵器の使用をちらつかせることでが、老婦人ですら火炎瓶を手にするなど激しい抵抗姿勢を見せる市民が、そうした脅しのために戦いをやめるとはとうてい思えません。
そうなれば、プーチン大統領は、迅速な勝利の約束を果たす方法も、ロシアに深刻な損害を与え、その軍隊に恥をかかせた理由の弁明もできなくなり、侵攻前にウクライナとの対話を提案していたロシアのセルゲイ・ナルイシキン対外情報局長官が台頭することになるかもしれません。
対外情報局長官セルゲイ・ナルイシキン、67歳が登壇すると空気が一変。プーチン大統領に詰問されたじたじとなったそうです。
ナルイシキンは米国のCIAのような機密情報を扱う機関のトップで大物政治家です。ロシア情勢に詳しい拓殖大学・名越健郎教授によると、2人は1970年代後半からの付き合いで、ナルイシキンはKGB(ソ連のスパイ組織)でプーチンの後輩です。
プーチンと、セルゲイ・ナルイシキン氏 |