2021年10月21日木曜日

中露初の「海上戦略巡航」か 艦艇の津軽海峡通過―【私の論評】日本は現状でも日本の海域を守れるが、「SMRハイブリッド型潜水艦」を開発すればインド太平洋地域とシーレーンを守ることができる(゚д゚)!

中露初の「海上戦略巡航」か 艦艇の津軽海峡通過


中国海軍とロシア海軍の艦艇計10隻が18日に津軽海峡を通過した。領海への侵入はなく国際法上の問題はないものの、中露艦艇の同時通過は初めて。両海軍は直前まで日本海で合同演習を行っており、津軽海峡の航行により両国の軍事的連携を国際的にアピールし、対立する米国と同盟国の日本を牽制する狙いがあるとみられる。


津軽海峡を東進し、太平洋へ向けて航行したロシア海軍ウダロイⅠ級駆逐艦(統合幕僚監部提供)

通過に先立つ14~17日、露太平洋艦隊と中国海軍は、日本海で合同軍事演習「海上連携2021」を実施した。同演習は12年からほぼ毎年行われてきたが、昨年は延期。中国側は今回、昨年就役した新型のレンハイ級駆逐艦「南昌」を参加させた。露国防省は演習中の15日、「日本海で米駆逐艦による領海侵入の試みを阻止した」と発表し、米艦が演習を妨害したと主張。米国がこれを否定する事態が起きていた。

中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は19日、津軽海峡通過は、中露が初めて合同で行った「海上戦略巡航」だとした上で、「域外国と周辺国への厳正な警告だ」(軍事専門家)と報道。中国のシンクタンク研究員は産経新聞の取材に「米国が台湾海峡通過を繰り返していることや、日本などと対中圧力を強めていることへの対応だ」と解説した。

中国は台湾海峡を米国などの艦艇が通過することを批判してきた。だが、中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は19日の記者会見で今回との整合性を問われると、「『航行の自由』を表看板に軍事的に脅し、地域の平和と安定を破壊しているのは誰なのか、国際社会は分かっている」とうそぶいた。

ロシアのプーチン大統領も14日放映の米テレビ局のインタビューで、米国と英国、オーストラリアの新たな安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設は「地域の安定を損なう」と批判。AUKUSに反発する中国に同調し、対米牽制で足並みを揃えた。

中露両国の軍事演習は、05年から主に陸軍を中心に1、2年ごとに行われ、12年から海軍の合同演習が始まった。18年から20年には、ロシアの4軍管区が持ち回りで主催する年次演習に中国の部隊が参加。今年8月には、アフガニスタン情勢を念頭に中国陸軍が寧夏回族自治区で行った「西部・連合2021」演習に、ロシアが部隊を派遣した。19、20年には中露の爆撃機が日本海などを合同飛行し、19年には露軍機が竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本領空を侵犯した。

中露の軍事関係の強化について、防衛研究所の山添博史主任研究官は「軍事的な能力強化よりも政治的メッセージの方が強い」と指摘。米国を念頭に「今後も関係を強化していると見える演出を続けるだろう」としながらも、「軍事的にも一定の効果はあり軽視すべきでもない」と話している。

【私の論評】日本は現状でも日本の海域を守れるが、「SMRハイブリッド型潜水艦」を開発すればインド太平洋地域とシーレーンを守ることも(゚д゚)!

このブログの購読者の方であれば、上の記事をご覧いただくと、非常に奇異に感じられるのではないかと思います。

そうです。潜水艦の記述が全くないことです。このブログに以前掲載したように、現代海戦においては潜水艦が本当の戦力であって、海上に浮かぶ艦艇は空母であろうが、イージス艦であろうが、大きな標的に過ぎません。

津軽海峡の中露艦艇の通過には、中露潜水艦が随伴していたのかどうかが疑問です。それによって、この出来事に対する見方は随分変わります。

水上艦艇が通過しただけなら、完全に「政治的メッセージ」ということもできますが、そうでなく、潜水艦も随伴したというなら、「政治的メッセージ」とは言い切れないということになります。

ロシア軍機関紙「赤星」や中国共産党系の国際紙「環球時報」などによると、10月14日から17日までの間、日本海北部ウラジオストック沖のピョートル大帝湾付近の海域で、中露が合同軍事演習「海上共同 2021」を実施した模様です。

これらによると、この演習にはロシア側から、対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレ―エフ:8,500トン級」、フリゲート「アルダル・ツィデンザポフ:2,200トン級」等2隻、キロ級潜水艦「ウスチィ・ボリシェレツェク:3,000トン級」、及び掃海艇、ミサイル艇、救難艇など8隻以上のほか、空軍の戦闘機や海軍航空部隊の航空機が参加しました。

ウラジオストックに停泊中のロシア海軍キロ型潜水艦(2019年)

一方、中国側からは、中国海軍レンハイ級ミサイル駆逐(NATOでは巡洋)艦「南昌(なんしょう)」(13,000トン級)、ルーヤンⅢ級ミサイル駆逐艦(7,500トン級)、ジャンカイⅡ級フリゲート(4,000トン級)2隻、フチ級補給艦(23,000トン級)及び潜水艦救難艦とディーゼル潜水艦(艦種不明:キロ級又は元級などの攻撃型潜水艦と推測)の7隻が参加した模様です。

中露双方とも本演習を参加艦艇の写真などを掲載して大々的に外部に向けてアピールしているのですが、今回興味深いのは、1か所中露で大きく異なるところがあったことです。それは、ロシアの報道が双方のディーゼル潜水艦の参加を伝えているのに対し、中国の報道は「自らの参加艦艇の中で一切潜水艦には触れていない」という部分です。

中国の潜水艦が日本海のエリアで活動しているのが公に確認され、ロシアのメディアで報道されたのはこれが初めてだと思われます。しかもこれがロシアとの合同演習であったことは、極めて注目すべき事象です。

中国がこれを報道しないのは、自国の潜水艦の活動をなるべく隠蔽したいという思いと、何よりも対馬海峡を密かに通峡して日本海で活動していることを知られたくなかったからだと考えられます。それならば、なおさらわが国の報道機関は声を大にしてこれを内外に伝えるべきだったかもしれません。

この演習に先立つ10月11日、海上自衛隊の艦艇及び哨戒機が、対馬海上を北上して日本海に入る「中国海軍レンハイ級ミサイル駆逐艦1隻、ルーヤンⅢ級ミサイル駆逐艦1隻、ジャンカイⅡ級フリゲート2隻、フチ級補給艦1隻及びダラオ級潜水艦救難艦1隻」の、計6隻を確認し、防衛省はこれを公表しています。先に述べたように、これらはすべて今回の参加艦艇です。

しかしここに潜水艦の姿はありません。この事前にも対馬海峡を通行した中国の潜水艦は公表されていません。


潜水艦は水上艦艇とは速力も航行形態も役割も異なるため、艦艇群とは行動を共にしないの風です。恐らく、先行して艦艇群の航行ルートを偵察しながら移動したものと推測できます。

ここで注目すべきは、「対馬海峡をいつどのように通峡したのか」、「自衛隊はこれを把握していたのか」、「把握していたならばなぜ公表しなかったのか」「いつごろから中国の潜水艦は対馬海峡を通峡して日本海に入るようになったのか」、などということです。

わが国の領海内にある5つの国際海峡は、特定海峡に指定されて、領海は3海里に縮められているため、中央部分は公海となっています。したがって、外国の軍艦も自由に通峡ができるのはもちろん、潜水艦の潜水航行も問題とはならないです。

しかし、わが国に隣接する安全保障上重要な海域を友好国ではない他国の潜水艦が潜水航行して出入りしているとすれば、これを見逃してはならないことは言うまでもないです。

海上自衛隊の対潜哨戒能力からすれば、今回もこれを探知していたでしょう。対潜哨戒機は無論、艦艇や潜水艦によっても、中露の艦艇は逐一監視されいたことでしょう。無論、米軍も探知していたでしょう。

しかし、南西諸島における企図不明の接続水域の潜水航行とは異なり、特定海峡の通行という観点と、わが国の情報収集能力に関わる保全上の観点から、公表は差し控えたのでしょう。

今回の「海上共同-2021」が対潜戦や掃海訓練の訓練も含まれていたことを加味すると、この中露両海軍の津軽海峡の合同通峡というのは、いかに中露がわが国の特定海峡を意識しているかということを示しています。

中露の軍事協力は今後も深化を続けるでしょう。これは、中国軍の外洋における戦闘能力を向上させるというだけではなく、東アジアにおけるロシアの存在感を強め、相対的にわが国の立場を弱くすることにもつながる問題でもあります。特に、日本海において、わが国に与える脅威は重大です。

中国軍などによる尖閣諸島への上陸や台湾海峡有事の際などに、中国艦艇群などが対馬海峡を北上して日本海に入り、ロシア軍と合流するような形でわが国に対峙すれば、自衛隊はかなりの兵力を日本海正面に拘束されるおそれもあります。つまり、二正面作戦を余儀なくされる可能性もあります。

ただ、海自はすでに潜水艦22隻体制を構築しており、日本列島全域を常時カバーする体制は整えてあります。これらは中露の対潜哨戒能力では発見することは難しいです。日本の潜水艦が、魚雷やミサイルを発射すると、発見できますが、発射とほぼ同時に全速力で位置を変えると中露には発見するのは難しいです。それに、海自は対潜哨戒力に優れているため、中露の潜水艦を探知できます。

二正面作戦になった場合でも、潜水艦隊を二正面に差し向けることができます。また、中露ともに、艦艇数が多く、すぐに二正面に対応できなくても、片方の艦艇を片付けてから、また他方の艦艇に対処するということもできます。ある程度の時間をさけば、これらは排除できます。

潜水艦22隻体制は、2021年3月24日、海上自衛隊の新鋭潜水艦「とうりゅう」が就役したことをもって達成されました。造船所の川崎重工業株式会社 神戸工場で海自に引き渡された。「とうりゅう」は海自の主力潜水艦「そうりゅう」型の12番艦で、同型の最終番艦です。

生成26年度版「防衛白書」には以下のような記載があります。
新防衛大綱においては、常続監視や対潜戦などの各種作戦を効果的に遂行し、周辺海域の防衛や、海上交通の安全を確保し得るように海上優勢を確実に維持することとしている。

このため、海自の艦艇部隊について、護衛艦部隊を54隻体制に増勢するとともに、潜水艦部隊を現状の16隻体制から、22大綱に引き続き22隻体制に増勢することとしている。

小さな国土の日本ですが、その海域はかなり広いです。その全海域を守るためには、このくらいの隻数は必要なのでしょう。台湾は現在自前の潜水艦を開発中ですが、最終的には5隻の潜水艦隊を目指しているといいます。

米国の軍事専門家は、これにより、台湾は今後少なくと数十年間は中国の侵攻を防ぐことができると評しています。日本は守備する海域が台湾に比較して、広いので、22隻は必要なのでしょう。

 この22隻体制とは、当然のことながら、上記に述べた二正面作戦も考慮にいれた隻数なのでしょう。無論、他の作戦も考慮にいれているでしょう。

ご存知のように、海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」が高知県足摺岬沖で民間商船と衝突しました。衝突は2月8日午前10時55分ごろ、海中から浮上しようと、潜望鏡を上げた際に発生。潜水艦の乗員3人が軽傷を負いました。

司令部への第1報は携帯電話を使って午後2時20分ごろになりました。5管には海自の呉地方総監部から「そうりゅうが一般船舶と接触したとみられる」と連絡がありました。そうりゅうは自力航行が可能で8日深夜、高知港に入りました。

この事故のため22隻体制は崩れ現状では、21隻体制となっています。ただ、「そうりゅう」はいずれ改修されるでしょう。改修終了までどのくらいの期間を要するのかは公表されていません。

また、海上自衛隊の最新潜水艦の命名・進水式が今月14日、川崎重工業神戸工場(神戸市)で開かれ、「はくげい」と艦名が決まった。新型のたいげい型潜水艦の2番艦で、2023年3月に就役予定です。


22隻体制はまた近いうちに復活します。それまで、中露海軍が不穏な動きをしても対応はできるでしょう。

マスコミとしては、このような事実を把握して、中露の軍事的脅威を煽るだけではなく、日本の潜水艦隊がどのような役割を担っているかも十分に報道すべきです。

さらに、このブログでも述べたように、日本の海戦能力は日本の海域を守るだけなら完成の域に達しつつあることも報道すべきです。だからこそ、日本の軍事力は海外からも高く評価されているのです。

マスコミは、中露の海軍の行動を報道しますが、それに対応する日本の体制は報道しません。これでは、結果として中露の脅威を煽るだけになってしまいます。

中露は、日本には海戦では太刀打ちできないでしょう。ロシアは英米とは異なり、原潜の他通常型潜水艦も開発していて、中国の通常型潜水艦よりは、静寂性に優れた潜水艦を製造できます。

ただ、日本の潜水艦の静寂性には到底及びません。また、日米の対潜戦闘能力(ASW)は中露に比較してかなり高いので、海戦能力においては中露は到底及びません。

そのため、海戦では日米は、中露に現状でも十分に対応できます。しかし、日本が南シナ海やシーレンまで守備範囲とした場合は、とても十分とはいえません。

潜水艦22隻体制とは、日本の海域を守ることを前提としているのです。

そうして、日本の海域を守るだけであれば、通常型潜水艦でも十分なのですが、南シナ海、シーレーンまで視野に入れることになれば、先日もこのブログでも述べたように、原潜も必要です。

日本は現在民生用小型モジュール原子炉(SMR)も開発中です。これは、現在米英の原潜などに搭載されている原発と基本的には同じです。これを潜水艦用に転用することは可能であるとみられています。

そうして、技術大国である日本が、原潜を開発するなら、並の原潜ではなく、日本ならではの原潜を開発すべきです。

たとえば、現在の最新型の潜水艦は、リチウムイオンバッテリーで駆動し、静寂性に優れているといわれますが、この潜水艦にSMRを搭載して、リチュウムイオンバッテリーを充電する仕組みにすると良いと思います。

そうしてSMRでも、リチュウムイオンバッテリーでも潜水艦を駆動できようにするのです。そうすれば、浮上して航行するときや、敵に探知されるおそれがないときなどは、SMRで駆動して、敵に知られたくないときにはリチウムイオンバッテリーで駆動するのです。

これにより、日本はいずれの国よりも、駆動力に優れ、静寂性に優れた潜水艦を開発できることになります。これを仮に「SMRハイブリット型潜水艦」と名付けたいと思います。

そうして、これの意味するところは、先にも述べたように、「現代海戦においては潜水艦が本当の戦力」なのですから、この「SMRハイブリッド型潜水艦」をある程度の隻数を持てば、日本は海戦能力では世界一となり、インド太平洋地域の平和に貢献し、シーレーンを守ることもできます。

日本は、このような戦略も考えるべきと思います。

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2021年10月20日水曜日

混乱を招いたバイデンのちぐはぐな移民政策―【私の論評】バイデン政権の政権運営上のアキレス腱は移民政策(゚д゚)!

混乱を招いたバイデンのちぐはぐな移民政策

岡崎研究所

 7月に起きたハイチの大統領暗殺事件を契機にハイチ人の庇護希望者が急増する可能性については既に指摘されていたが、9月半ばに至り大量のハイチ人がテキサス州のメキシコ国境の都市デル・リオに集結し現実となった。その背景には、バイデン政権の一貫性のない対応がある。


 バイデンは、当初から移民に対して寛容な姿勢を見せ、強制送還される移民申請者の割合も前政権に比べて大幅に減少し、5月にはハイチ人に一時的保護(TPS)を与える政策を発表した。しかし、8月初めの最終決定ではその対象を、7月29日までに入国したものに限定した。

 この間にハイチ人の間に、米国領内に入りさえすれば何とかなるとの期待感や誤解が拡大したことは想像に難くない。

 ハイチ本国からの流れだけではない。2010年のハイチ大地震の際にブラジルとチリが合計約30万人規模のハイチ人を受け入れたが、現地社会に統合されず貧困状態に置かれたままのハイチ人も多く、その中にはこの機会に米国に再移住することに踏み切った者も大勢いたようである。

 その後、デル・リオに終結した1万5000人(一説には3万人)の移民希望者は、5500人以上がハイチに強制送還され、8000人が自主的にメキシコに戻り、国際橋の下のキャンプは撤去された由である。しかし、他の国境地域での問題もあり、また、同様の事態が再発する可能性もあろう。

 バイデン政権は、強制送還については、新型コロナウイルス感染防止のための公衆衛生法に基づくトランプが定めた「タイトル42」と呼ばれる大統領令を根拠とした。また、馬に乗った国境警備隊員が移民を追い立てるニュース動画が拡散し、非人道的な扱いに民主党幹部からも強い批判の声が上がると共に、「タイトル42」は違法であるとの訴訟も起こされ、ハイチ問題担当の大統領特使が抗議の辞任をするまでに至った。

 バイデン政権は、公衆衛生上の措置としての強制送還を正当化するとともに、正規の手続きに従う移民申請には前向きに対応する方針だと説明するが、従来の共和党からの移民政策緩和批判に加えて、逆に民主党内リベラル派からは不十分だとの批判が高まり、コロナ対策やアフガン問題と並んで、支持率低下の大きな要因となっている。特にハイチ移民の多くは黒人であり、この問題はバイデンの支持基盤でもある黒人層の支持率にも影響するとの懸念も指摘されている。

 民主党の目指す人道的な移民政策とそれにより生ずる移民の急増という現実に対する対応策が機能しないジレンマは当初から指摘されていたが、コロナ対策で時間を稼ぐ間に体制を整えることもあり得るかもしれないと期待されていた。しかし、ハイチ危機が生じたこともあり、バイデン政権は全く対応できていない。もともと、殺到する庇護希望者を処理する体制が十分整わない内に、移民に対して寛容な姿勢を示したことに無理があったと言えよう。

選挙への影響も不可避

 公衆衛生の保護を根拠とする強制退去も、緊急避難的措置としてやむを得ない面もあるが、法的には疑義もありこれに過度に頼ることは望ましくない。他方、米国内に入った者に一律に一時保護資格を与えれば、移民の流れは制御できないレベルになる恐れがあり、当然選挙にも影響が出てくるであろう。移民の流れはいつまでも続かないとの楽観論もあるが、説得力に乏しいように思われる。

 移民の流れの中継地や待機地となるメキシコなどに移民の人道的待遇を確保するための資金協力をしてでも協力を得ることが極めて重要であり効果的であろう。また、問題の根源であるハイチの抱える問題は根深いが、米国政府が、同国の混乱収拾に積極的に関与することも必要であろう。

【私の論評】バイデン政権の政権運営上のアキレス腱は移民政策(゚д゚)!

ドナルド・トランプ前大統領は6日「ハニティ」出演中に、強固な南部国境を維持するためにバイデン政権がしなければならなかったのは、「そのままにしておく」ことだったと述べました。

ケーブルテレビFOXニュースのニュース番組「ハニティー」の司会を現在務めているショーン・ハニティー氏

「我々の時の国境がおそらくこれまでで最も強固だったと言えるだろう。彼らがやるべきことはそのままにしておくことだ。彼らは我々を訴えた。議会民主党が2年半の間やったことだ。全ての訴訟で勝ったが、開始できたのは2年半後だった」とトランプは、FOXニュース司会のショーン・ハニティに述べ、「50カ国」が米国に犯罪者を入国させていると主張しました。

トランプは、開かれた国境によって違法な麻薬密輸の数が増加したことを強調しました。「麻薬は最低レベルだった―密輸される麻薬、特にフェンタニルは凶悪な麻薬だ。それは食い止められ、長い間見たことのないレベルになっていた」とトランプは主張し、今その命取りになる麻薬が前代未聞のレベルで米国に入ってきていると続けました。

「これまでの3、4、5倍だ。米国に流入している。何かがおかしい。こんなことが言えるとは信じられないだろうが、国を愛していない人がいるということだ」とトランプは述べました。

トランプは、バイデン政権が「何万人もの」不法移民の入国を、我々の知らないような国から・・・2週間に1度許していると主張しました。

民主党でテキサス州ラレードのピート・サエンズ市長は9月に、トランプの下で国境安全策は効力を発揮していたと述べました。

国境警備協議会のブランドン・ジャッド会長は4月に、「バイデン大統領ほど組織犯罪の強化に貢献した人物はいない」と述べました。しかしホワイトハウスのジェン・サキ報道官は、南部国境が開放されているという事実について反発し続けています。

ニュヨーク・ポスト紙は、18日「バイデン、真夜中に未成年の移民をNYに密かに飛ばす」という記事を掲載しています。

バイデン政権は、未成年の移民を静かに再定住させようと、ニューヨーク郊外に密かに飛行機で送り込んでいることがわかりました。

このチャーター便は、国境問題で移民局が疲弊しているテキサス州から出発し、少なくとも8月から実施されているとのことです。

先週、ニューヨーク・ポストは2機の飛行機がウェストチェスター・カウンティ空港に着陸するのを目撃しましたが、降りた乗客のほとんどは子供や10代の若者のようで、ごく一部は20代の男性のように見えたとしています。

ニューヨーク・ポスト紙に掲載されたウェストチェスター・カウンティ空港に着陸した移民を輸送した航空機

水曜日の午後10時49分と金曜日の午後9時52分に到着した飛行機の乗客が降りてバスに積み込まれるのを、ウェストチェスター郡の警官が見守っていました。

何人かはその後、ニュージャージーの親戚やスポンサーと合流したり、ロングアイランドの居住施設に降ろされたりしています。

Post紙がオンラインのフライト追跡データを分析したところ、8月8日以降、21便で約2,000人の未成年の移民がホワイトプレーンズ郊外の空港に到着したことがわかった。

記録によると、いくつかの飛行機は、自主的な外出禁止令が発令されている午前0時から午前6時30分の間に着陸しており、ヒューストンからの2便は8月20日の午前2時13分と午前4時29分に到着しています。

この措置の隠蔽に関して、ホワイトハウスが最近急増している同伴者のいない未成年者にどのように対処しているかという疑問を提起しています。

米国税関・国境警備局が発表した最新の数字によると、7月と8月の間に、37,805人の同伴者のいない未成年者がメキシコから米国に入国するところを捕らえられており、時には「コヨーテ」と呼ばれるプロの密輸業者に見捨てられた後に入国しています。

米キニピアック大が6日公表した世論調査で、バイデン大統領の支持率が38%となり、不支持の53%を大きく下回りました。主要な米メディアや調査機関、大学による世論調査では、政権発足以来最低の水準。南部国境での移民希望者の流入や、アフガニスタンからの駐留米軍撤収に伴う混乱が響いたとみられます。

移民政策では支持が25%だったのに対し、不支持は67%に上りました。米政府は9月にカリブ海の島国ハイチから大挙した移民希望者を強制送還し、批判されていました。

アフガンをめぐっては、駐留米軍を「一部のみ撤収すべきだった」が50%、「一部でも撤収すべきでなかった」が15%。「すべて撤収すべきだった」は28%にとどまりました。新型コロナウイルス対応に関しては支持が48%、不支持が50%と拮抗(きっこう)しました。

調査は今月1~4日、全国の成人1326人を対象に電話で実施。3週間前の前回調査でバイデン氏への支持は42%、不支持は50%でした。

アフガン撤退は、明らかに失敗でしたが、元々はトランプ前大統領が決めたことです。対中国政策に関しては、オバマのリバランス政策を継承するものとみられますが、実施していることはトランプ政権とあまり変わりありません。

ただ、オバマがはじめたTPPのへの加入をためらっているのは、合点がいきません。

移民政策に関しては、トランプ氏の真逆の政策を実行すると思われましたが、ハイチから大挙した移民希望者を強制送還するなどして、批判を受けています。

バイデン大統領は、移民2世のハリス副大統領を対策の責任者に任命。ハリス副大統領は6月7日メキシコとグアテマラを訪問し移民増加の背景にある貧困問題などへの支援を表明しました。

ハリス副大統領

ところが、グアテマラの記者会見でのこの発言が波紋を呼びました。
ハリス副大統領
「国境を越えようと考えている人たちにはっきりと言っておきたい。来ないでほしい。来ないでほしい」
ハリス副大統領の発言は、与党・民主党を支持する人、特にリベラル色が強い人の反発を招き、米のメディアは政治的なスタンスにかかわらず、各社が大きく取り上げた。

左のリベラル、右の保守、両方からの批判に板挟みなのがバイデン政権の移民政策です。バイデン政権は、中米諸国への支援強化で移民の流入を減らす方針ですが、各国の経済状況や治安情勢の改善は一朝一夕にできるはずもありません。

移民をめぐる問題は政権運営上のアキレス腱にもなりかねないです。 

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2021年10月19日火曜日

「分配公約」だらけの衆院選、より切実なのは成長戦略だ 規制改革や公務員改革が不十分…第三極に活躍の余地も― 【私の論評】本気で分配や所得倍増をしたいなら、その前に大規模な金融緩和をすべき(゚д゚)!

「分配公約」だらけの衆院選、より切実なのは成長戦略だ 規制改革や公務員改革が不十分…第三極に活躍の余地も 
高橋洋一 日本の解き方

 19日公示の衆院選で、主な争点や勝敗ライン、野党共闘について考えてみたい。

 自民党と立憲民主党の選挙公約をみると、ともに「分配」を打ち出している。自民党は「成長と分配の好循環」、立憲民主党は「分配なくして成長なし」と似通った表現だ。


 分配政策をどのようにやるかといえば、自民は非正規雇用の人や学生などへの経済的支援や、賃上げに積極的な企業への税制支援を挙げている。立民は年収1000万円程度以下の所得税を一時的に実質免除、消費税を5%に時限減税、低所得者への12万円給付としている。

 財源について自民では特に言及せず、立民では所得税の最高税率引き上げ、金融所得課税強化、法人税に累進税率導入としている。

 岸田文雄首相は「成長なくして分配はない」と指摘し、金融所得課税を当面見直さないことも発言した。こうしてみると、同じ分配政策でも、その程度は自民の方が少なそうだ。

 そもそもなぜ分配政策なのか、筆者には疑問だ。というのは、3年ごとに調査されている再分配後のジニ係数(所得格差を示す指標)でみると、ここ30年間では2005年が最も高く、それ以降低下している。つまり、近年分配は、なされているのだ。日本の再分配後のジニ係数は経済協力開発機構(OECD)諸国の中でも標準的だ。

 世界でみると、富の偏在は1990年代以降拡大傾向であったが、2010年代にはおおむね横ばいになっている。

 こうした状況を考えると、今の日本で分配政策の優先順位はそれほど高くない。むしろ、岸田首相が「成長なくして分配はない」と言うように、成長の方がより切実だ。

 成長戦略をみてみよう。自民は、大胆な危機管理投資と成長投資、金融緩和、積極財政、成長戦略を総動員といい、立民は中長期的な研究・開発力の強化、グリーンや医療などで新たな地場産業創出を盛り込んだ。ともに投資を強調しているが、自民はマクロ経済政策も動員するとしているのに対し、立民はマクロ経済政策の発想がうかがえない。

 自民も立民も規制改革の視点が欠けており、成長戦略からはやや遠くなっている。

 「分配」を自民まで言い出したので、立民は、左派としての立ち位置の確保に苦慮しているようだ。規制改革や公務員改革が言えないので、生産性向上の施策が欠けて、政策論争としては苦しいだろう。一方、自民も左に寄ったので、規制改革や公務員改革が不十分になっている。そのあたりに、第三極の活躍の余地が出ている。

 岸田政権の勝敗ラインは、自民と公明党合わせて過半数の233議席だ。

 野党共闘は、9月30日に立民の枝野幸男代表と共産党の志位和夫委員長が限定的な閣外協力で一致した。立民の支持団体である連合は閣外協力に反対しているが、両党は衆院220選挙区で一本化や候補者調整を行った。これは自公にかなりの脅威だろう。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】本気で分配や所得倍増をしたいなら、その前に大規模な金融緩和をすべき(゚д゚)!

岸田総理、分配を重視するとか、所得倍増計画を実施する、さらには新しい資本主義ということも語っていますが、一体何をしたいのかわかりません。

分配に関しては、総裁選の最中には「分配なくして成長なし」ということも言っていました。これは、ありえないないことです。「成長なくして分配なし」というのではあれば、筋は通ります。

しかしそもそも、「分配から成長へ」というのは無理です。これは、民主党政権のときに非難を受けて、わかりきった話です。岸田総理は民主党政権のときの政策に戻ると言っているようなものです。

そのせいでしょうか最近では、「成長なくして分配なし」と語っています。

また、「新しい資本主義」ということも語っていますが、これに関しては何をしたいのか皆目検討もつきません。

個別具体的なところでは、「賃上げに積極的な企業への税制支援」や「看護師・介護士・保育士などの所得向上のため、報酬や賃金の在り方を抜本的に見直す」ということなどを掲げているようですが、これの何が正しいのか理解に苦しみます。

岸田総理の所信表明演説では、「規制改革」という言葉が一つもありませんでした。「規制改革」という言葉、最初に所信表明演説にでたのは、1979年の大平政権で出た言葉でした。その後の政権においても、この言葉は必ずありました。もちろん菅政権までずっとあり続けました。

今回は入っていなかったのでかなりの衝撃でした。いういまのところ「規制改革をやらない」ことを「新しい資本主義」と呼んでいるにしか考えられません。

さすがに、自民党の公約集には少し出ていますが、それでも従来から比較するとウェイトはかなり減っています。官僚は大喜びでしょうが、今後特に伸びることが期待できる産業が「規制改革」よっては起こりそうもないといことで、市場関係者はがっかりしたことでしょう。

これでは、令和版の所得倍増計画も実行できないでしょう。実質経済成長率を高めるような、規制改革がないと賃金を上げるのは難しいです。それとともに、需要の話では、マクロ経済政策でインフレ目標を高めたりしないと無理です。しかし、それはせずに「インフレ目標2%を厳守」などと言い出し、2%近傍になったとたんに、緊縮財政・増税、金融引締すべきなどと言い出しかねません。

過去においては、実質賃金ベースでは30年間ほどで1%くらいしか伸びなかったのですが、これを繰り返すことになりかねません。1%くらいしか伸びないと、倍増するのに75年程度かかります。

インフレ目標2%に固執することなく、いっとき4%くらいに上げて、需要の方でも高圧経済気味にすれば、簡単に名目賃金上昇率を5%くらいにできます。名目賃金上昇率の目標を5%にすると所得倍増が13年~14年間で達成できます。これは、過去賃金がほとんど上がらなかった日本にとっては良い目標になります。

まさに米国はその局面に来ていて、月次ですが物価が4%~5%上昇しています。 

ここで当面4%〜5%であっても良いと割り切ってしまうべきなのです。日本にあてはめれば「インフレ目標2%が達成できないから引き下げろ」と言わずに、逆に4%に上げてしまえば良いのですよ。

もっと言えば、2%くらい簡単にクリアできるから、4%にすれば、達成率が半分でも2%になるでしょうということです。 

「4%まで踏んでいいのだ」ということになると、思いきり踏めますから、そうなると所得倍増計画も達成できる可能性が出てくるのです。

しかし、インフレ目標4%などというと、「ハイパーインフレ」になると目をむく人もいますが、それは最近このブログでも解説したように、現在の世界は過去のようにインフレになりにくい状態になっているので、4%を5年、10年と継続するのではなく、数年であればハイパーインフレになる心配はありません。

それに、これに関しては世界中で様々な実例があります。このブログだと、英国の事例を随分前にあげたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
【五輪閉会式】景気後退、将来への懸念は消えず 政争の予感も―【私の論評】イギリスの今日の姿は、明日の日本の姿である!!
この記事の「五輪」とは今年、「東京五輪」のことではありません。2012年のロンドン五輪のことです。ちなみに、この時は現在の英国首相のボリス・ジョンソン氏は、ロンドン市長であり、直接ロンドン五輪に関わっていました。

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部引用します。 

大失敗した、英国の増税策の概要をみ。2010年5月に発足したキャメロン保守党・自由民主党連立政権はさっそく付加価値税率17・5%を11年1月から20%に引き上げる緊縮財政政策を決定しました。他にも銀行税を導入するほか、株式などの売却利益税の引き上げ、子供手当など社会福祉関連の予算削減にも踏み切りました。

他方で法人税率を引き下げ、経済成長にも一応配慮しましたた。こうして国内総生産(GDP)の10%まで膨らんだ財政赤字を15年度までに1%台まで圧縮する計画でしたが、このまま低成長と高失業が続けば達成は全く困難な情勢です。

窮余の一策が、中央銀行であるイングランド銀行(BOE)による継続的かつ大量の紙幣の増刷(量的緩和)政策に踏み切りました。BOEといえば、世界で初めて金(きん)の裏付けのない紙幣を発行した中央銀行だ。
上のグラフを良く見てほしいです。BOEは11年秋から英国債を大量に買い上げ、ポンド札を金融市場に流し込みました。マネタリーベース(MB)とは中央銀行が発行した資金の残高のことです。BOEは08年9月の「リーマン・ショック」後、米連邦準備制度理事会(FRB)に呼応して量的緩和第1弾に踏み切りましたが、インフレ率が上昇したのでいったんは中断していました。
インフレ率は5%前後まで上昇しましたが、そんなことにかまっておられず、今年5月にはリーマン前の3・7倍までMB(マネタリー・ベース)を増やしました。そうして、この事実は、このブログでも以前紹介したように、反リフレ派がいう、「不況だかといって大量に増刷すれば、ハイパーインフレになる」というおかしげな理論が間違いであることを裏付ける格好のケーススタディーとなっていました。
幸いというか、全く当たり前のことですが、インフレ率は需要減退とともにこの5月には2・8%まで下がりました。国債の大量購入政策により、国債利回りも急速に下がっています。

しかもポンド札を大量に刷って市場に供給するので、ポンドの対米ドル、ユーロ相場も高くならずに推移し、ユーロ危機に伴う輸出産業の競争力低下を防いでいます。それでも、イギリス経済は、未だ不況のままで、先日もこのブログで述べたように、EUの不況もあり、結局ロンドンは地元観光客も、EUの観光客も例年に比較しても少なく、閑古鳥が鳴いていたという状況で、経済波及効果はほとんどありませんでした。 
ただし、この時イギリスが金融緩和に踏み切っていなければ、イギリス経済ははるかにひどい状態になっていたでしょう。そうして、これによって金融緩和政策の実施により一時的にインフレ率が4%〜5%になっても、その後すぐにハイパーインフレになることはないということが実証されました。

ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏が、以下のようなことを語っています。

ポール・クルーグマン氏
インフレ懸念論は大間違いだときっぱり言い切るぼくらに対して,イギリスが反例に出されることがあった――「イギリスは高失業率な上にあちこちで経済停滞がみられるけれど、インフレ率は上がりっぱなしじゃないか!」なんてね。これはたんに一度っきりの特別な出来事(ポンドの下落、付加価値税の引き上げ、一次産品の値上がり)が続いただけで、インフレはやがて低くなっていくよ、と反論しても、バカにされたっけ。
これは、不況時であっては、増刷するべしというクルーグマンらの主張に対して、そんなことをすれば、ハイパーインフレになるだけで、不況から脱することはできないとする人々から、良くイギリスが引き合いに出されていたことに対するクルーグマンの反証です。

その後、イギリスの事例のようなことが世界中で何度もあっても、ハイパーインフレになることはありませんでした。そのため、インフレ懸念論は世界中から姿を消しました。

ただし、例外もありました。それは日本です。日本では、リーマンショック後もイギリスも含めたほとんどの諸国が大規模な金融緩和を下にも関わらず、日銀はそうしませんでした。そのため、日本はリーマンショックが長引き、震源地の米国や、その影響をもろに被った英国が回復した後も、長い間深刻なデフレと円高に悩まされました。無論賃金もあがりませんでした。

岸田首相をはじめ、日本の政治家は財務省のレクチャーなどは受けずに、以上のようなことを自分で勉強すべきです。他の人からレクチャーを受ければ良いという人もいるかもしれませんが、それだけでは不十分です。やはり、特に雇用や賃金に関しては、自分が納得するまで理解すべきです。これをするには、難しい数学や、経済理論を学ばなくてもできます。

それが、できているのは、安倍元首相、高市早苗政調会長とその他若干の例外的な人たちだけです。残念なことです。

分配や賃上げの前に、金融緩和を考えるべきです。金融緩和なしに、分配、賃上げはできません。

過去30年間、日本人の賃金があがらなかったのは、日銀の金融政策の間違いによるものです。日銀が過去のほとんどの期間を金融引締に走ったがために、日本人の賃金は上がらなかったのです。それは、過去に日本の日銀のように金融引締を継続しなかった中央銀行が存在している他国では、賃金が倍増しているという事実からも明らかです。

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2021年10月18日月曜日

米国内でも湧き上がるバイデンのTPP加盟申請の必要性―【私の論評】CPTPP加盟申請で、実は危険な領域に足を踏み入れた中国(゚д゚)!

米国内でも湧き上がるバイデンのTPP加盟申請の必要性

岡崎研究所

 ピーターソン国際経済研究所のジェフリー・ショットが、9月23日付の同研究所のサイトで、中国の環太平洋経済連携協定(TPP)加盟申請はバイデンに難しい対応を迫る、米国は11月のAPEC首脳会議でTPP復帰を明らかにすべきだと述べている。


 ショットは長い間日本とも関係の深かった国際貿易の専門家である。精緻な議論をしている。ショットは、(1)交渉には時間がかかる、中国は条件緩和ないし移行期間の猶予を求めるだろう、(2)バイデンは11月にニュージーランで開催されるAPEC首脳会議でTPP復帰を明らかにすべきだ、(3)米国はTPPに参加し協定の強化に努めていくべきだ、環境は米国・メキシコ・カナダ(米墨加)協定に倣って協定規定の強化をすればよい、データの規定強化も可能だろう、労働の規定強化は困難だろうがベトナム、マレーシアとの二国間合意は可能かもしれないなどと述べる。

 米国がTPP復帰を11月のAPECで打ち出すべきとの提案は、良い考えだ。それまでに目下難航している米下院でのインフラ法案(9月30日採決を10月末まで延期)と経済・社会福祉等対策法案の基本的問題が解決されていることを強く望みたい。

 米国のTPP復帰の戦略的重要性を強調し過ぎることはない。それに代わる他策は見当たらない。バイデン政権は、公式発言は兎も角、部内ではTPPの重要性を十分理解、検討し、問題はタイミング等政策実施の問題であることが今の状況であることを切に願わずにはおれない。

 9月16日の中国のTPP加盟申請から2週間余り、米国でのTPP復帰論は数少なく、心配になるほど低調だった。ところが、10月4日、USTRのタイが対中貿易政策再検討結果と対中交渉の開始につきCSISで講演し、それが非常に不評で、それへの批判をきっかけに、主要メディア等が大っぴらにTPP復帰論を主張するようになっている。

 悪いことではない。しかし、 10月4日のタイのTPP関連発言は依然として慎重のままだった。どうも彼女は執行型のプロかもしれないが、戦略マインドを持ったプロなのかどうか、やや不安になる。

 10月5日付ワシントン・ポスト紙(WP)、ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)も社説で、「もっとインパクトのある米国主導の中国対抗策は、TPPへの参加であった、バイデンはTPPへの復帰の兆しを示していないがそれを変えるべきだ」(WP)、「バイデンは中国の TPP加盟申請にどう対応するのか...大統領府は何処の国に対しても貿易戦略がない...何たる失望だ」(WSJ)とTPP復帰を強く求めている。

中国の狙いは台湾加盟の阻止

 中国の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)加盟申請の意図については、①国内改革の梃に使いたい、②米国、台湾の参加を阻止したい、③TPPを支配したいことが挙げられる。しかし中国の最大の目的は、台湾加盟の阻止だったのではないだろうか。しかし実際には中国の申請が台湾の申請を誘発することになった。

 その後、王毅外相が関係国に頻りに話をしているようだが、何よりも台湾の加盟交渉を早期に進めないように働きかけているのではないか。中国にとって、望ましくない順列は、台湾が早期に単独で加盟、米国と台湾がほぼ同時期に加盟、中国と台湾の同時加盟ということではないだろうか。

 日豪越加墨等が協力して、米国に対してCPTPPへの加盟申請を働きかけるべきだろう。

【私の論評】CPTPP加盟申請で、実は危険な領域に足を踏み入れた中国(゚д゚)!

このブログの購読者であれば、ご存知のように、私は最近たびたび、台湾や米英のTPP加入をすすめることと、同時にTPPのルールをWTOのルールにすべきこと主張しています。

過去を振り返れば、先進国の「経済的に豊かになれば共産主義中国も『普通の国』として仲間入りができる」という誤った妄想が、中国の肥大化を招き傲慢な「人類の敵」にしてしまいました。 

その代表例が、2001年のWTO加盟です。1978年の改革・解放以来、鄧小平の活躍によって、1997年の香港再譲渡・返還にこぎつけた共産主義中国が、「繁栄への切符」を手に入れたのです。 

この時にも、共産主義中国は「WTOの公正なルール」に合致するような状態ではありませんでした。 ところがが、米国を始めとする先進国は「今は基準を満たしていないが、貿易によって豊かになれば『公正なルール』を守るようになるだろう」と考え、共産主義中国も「将来はルールを守る」という「約束」をしたことで加盟が認められたのです。 

ところが、加盟後20年経っても、共産主義中国は自国の(国営)企業を優遇し、外資系いじめを連発するだけではなく、貿易の基本的ルールさえまともに守る気があるのかどうか不明です。

 香港再譲渡・返還では「50年間現状(民主主義体制)を維持」することを約束していたのですが、何の躊躇もなくその約束を反故にして、香港の人々を弾圧しています。


習近平は「朕は約束など守る必要は無い」と考えているのでしょうが、「約束を守らない国」を国際社会は受け入れるべきではありません。 

つまり、共産主義中国のCPTPP加盟問題以前に、「約束を守らない」彼らをWTOから追放すべきなのです。

しかし、そうはいっても、共産主義中国はすでに世界貿易にがっちりと組み込まれており、「WTO追放」はやり過ぎではないかという意見もあるでしょう。

しかし、それこそが共産主義中国の狙いなのです。我々は間違ってもCPTPPに共産主義中国を加盟させてはならないし、その「撹乱戦略」に惑わされてもならないのです。

中国の不動産開発会社中国恒大集団は、主力債権銀行少なくとも2行に対する9月20日期限の利払いを行いませんでした。そのため世界市場が「次のリーマンショックか?」と身構え、株価が下落しています。
中国恒大集団の本社ビル

現時点では、23日に期限が到来する利払いの一部は実施すると発表していますが、その方法はあいまいで、今後次々と期日が到来する利払いにどのような対応をするのかも不透明です。 

経営に危機が迫っている共産主義中国の不動産会社は中国恒大集団だけではないし、外資系企業だけでは無く、国内の民間企業にも圧迫を加える「習近平の中国」で経済が崩壊するのは間違いが無いでしょう。

上の記事では、「米商務省のタイは執行型のプロかもしれないが、戦略マインドを持ったプロなのかどうか、やや不安になる」としていますが、私もそう感じます。

私自身は、このブログでもかねてから主張してきたように、TPPを巡る中国の行動をうまく利用すれば、中国をWTOから脱退させることも可能になると考えています。

それについては、昨日もこのブログに掲載したばかりです。
世界医師会、台湾支持の修正案可決 中国の反対退ける―【私の論評】台湾のWHOへの加入は、台湾独立だけではなく大陸中国の国際社会から孤立の先駆けとなる可能性も(゚д゚)!
スイス・ジュネーブにある世界貿易機関(WTO)の本部 

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。
台湾がTPPに加入していれば、TPPのルールがWTOのルールになったとしても、台湾はWTOにとどまり続けることができます。

しかし、中国はTPPのルールを守れず、TPPには入れないです。そのため、TPPの国際ルールがWTOのルールになったとしたら、その時点で、中国はWTOのルールを守れないのは明らかです。

ルールを守れない国は、WTOにはふさわしくはないですから、WTO加盟国は一致協力して、中国を脱退させるべきです。

ただし、単に中国を脱退させるのではなく、条件をつけるべきです。その条件とは、香港の「一国二制度」を復活させ、香港を以前の状態に戻せば、香港のWTO加入は認めるというものです。 
そうして、香港に限らず中国が「一国二制度」を他の地域でも実施すれば、その地域に限っては、WTOへの加入を認めるようにすべきです。

これを実行すれば、どうなるでしょう。中国は「一国二制度」の復活などはしないでしょうから、中国はWTOから脱退して孤立するしかなくなります。

このようなこと、中国共産党は全く意識していないかもしれませんが、私のような者でもこのような戦略を思いつきます。それに、TPPのルールをWTOのルールにせよとの声は、以前からあります。

中国は、CPTPP加盟申請で実は、危険な領域に足を踏み入れたかもしれません。

孤立した中国は毛沢東時代の中国に戻るしかないでしょう。現状では、盤石に見える中国ですが、中国共産党に対して国際的な批判が強まるなかで、習主席の心中は穏やかではなく、恐怖心すら抱いているのかもしれないです。

攻撃的なナショナリズムの陰に潜む被害妄想が頭をもたげており、毛沢東の時代のような鎖国状態に逆戻りする可能性は排除できません。

昨年8月26日付米ラジオ・フリー・アジアは「海外移住や外国のパスポートを取得した中国高官は数百人どころではない。一般市民も海外移住を急いでいる」と報じました。このようなことは、随分前からいわれてきたことです。多くの中国の人々が「共産党の指導者の狂気につきあうことはできない。今逃げなければ間に合わなくなる」と語っているように、中国社会にはかつてない社会不安が覆っているのでしょう。

中国という超大型客船の底に少しずつ水が入り込み、「タイタニック号」のように沈没するのは時間の問題のようです。

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2021年10月17日日曜日

世界医師会、台湾支持の修正案可決 中国の反対退ける―【私の論評】台湾のWHOへの加入は、台湾独立だけではなく大陸中国の国際社会から孤立の先駆けとなる可能性も(゚д゚)!

世界医師会、台湾支持の修正案可決 中国の反対退ける

台湾医師会の邱泰源理事長=同会提供


 (台北中央社)世界医師会(WMA)は15日に開かれたロンドン総会で、中国の反対を退けて、台湾の世界保健機関(WHO)や関連会議へのオブザーバー参加を支持する決議文修正案を賛成91、反対16の賛成多数で可決した。

WMAは世界115カ国・地域の医師会が加盟する非政府組織(NGO)で、毎年秋に総会を開催する。今年は新型コロナウイルスの影響によりオンライン形式で11日から5日間の日程で行われた。

同決議文修正案は台湾医師会が提出した。今年1月に開かれたコルドバ(スペイン)総会の再開セッションと同4月のソウル理事会で審議された際、中国は反対したが賛成多数で可決されていた。

台湾医師会の邱泰源(きゅうたいげん)理事長は、中央社の取材に応じ、ロンドン総会を経て、修正案は確定したものとなり、今後10年間は変更されず、中国によって否決されることはないと語った。

外交部(外務省)は16日、重要な意義があるとして感謝を表明した。

(蘇龍麒/編集:荘麗玲)

【私の論評】台湾のWHOへの加入は、台湾独立だけではなく大陸中国の国際社会から孤立の先駆けとなる可能性も(゚д゚)!

今回、世界医師会(WMA)は15日に開かれたロンドン総会で、中国の反対を退けて、台湾の世界保健機関(WHO)や関連会議へのオブザーバー参加を支持する決議文修正案を賛成91、反対16の賛成多数で可決したことは、今後の台湾にとって良いことです。

世界の国々は、このようなことを多数積み上げることにより、台湾を実質的な独立国にすることができるでしょう。

これは、台湾と日本、台湾と米国という台湾と他国の間でも可能であり、包括的な条約を結ぶことができないにしても、様々な条約を「積み木」のように積み上げていけは、包括的な条約を結んだのと実質同じにすることができます。そうして、台湾はますます独立国としての地位を固めることができます。

これについては、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
日米が台湾の港湾に寄港する重要性―【私の論評】日台関係は、「積み木方式」で実質的な同盟関係にまで高めていくべき(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。
(台湾)外交部によると、「カイロ宣言」は各国の指導者が合意の上で作成した国際文書であり、「条約」の二文字は冠していないものの、その内容と原則は、戦後レジームにおける国際文書などで再三引用されており、世界の大多数の国々及び学者によって重視されてきたものです。

そのため、台湾がその国名「中華民国」を名称変更するのはそう容易なことではありません。選挙のたびに有権者が「台湾」か「中華民国」かで割れるうえ、総統が演説の中で「中華民国」を何回使ったか、がニュースになるほど賛否が分かれる状況では、国名変更は遠い道のりと言わざるを得ないです。

であれば、台湾を取り巻く日本をはじめとする国際社会はどのように台湾と接していくべきでしょうか。それに有効な解決方法がすでに日台の政府間で進められている「積み木方式」による各種協定の締結です。

これは、米台もすすめている方法です。今後米国は、「積み木方式」によって、実質上の同盟関係になることが予測されます。

日本も台湾とは国交がなく、他の国家のように条約を締結することが出来ないです。例えばFTAを結ぶにしても、中国による妨害も考えられ現実的ではないです。 
そこで、包括的な条約を結ぶのではなく、投資や租税、電子取引や漁業など、個別の協定を結ぶことを、あたかも積み木を積み上げていくことで、実質的にはほぼFTAを締結したのと等しいレベルにまで持っていくことを目指すのです。

そうして、このようなことを多くの国々が積み上げていくことにより、台湾にWHOやTPPに加入してもらうことも可能になるでしょう。 その他の多くの国際協定に加入することが可能になるでしょう。そうして、台湾と実質的な同盟関係となることも可能です。

そうして、多くの国際協定に加入すれば、台湾は実質的な独立国になる日もくるでしょう。

ただ、国際社会はそれだけで満足しているのではなく、国際ルールを無視する中国が国際舞台で傍若無人に振る舞うことを阻止すべきです。

そのために、特に日本はまず、台湾にはTPPに加入してもらうようにTPP加盟国に働きかけるべきです。

それと同時に、WTOに対して、TPPの国際ルールをWTOのルールとすることを推進すべきです。これは、このブログでも以前掲載したように、ありえないことではないです。

スイス・ジュネーブにある世界貿易機関(WTO)の本部 

2009年6月8日、台湾は「世界貿易機関(WTO)政府調達協定」加盟書に署名し、7月15日よりWTO政府調達協定(GPA, the Agreement on Government Procurement) の締約国・地域の一つとなっています。

もし、台湾がTPPに加入していれば、TPPのルールがWTOのルールになったとしても、台湾はWTOにとどまり続けることができます。

しかし、中国はTPPのルールを守れず、TPPには入れないです。そのため、TPPの国際ルールがWTOのルールになったとしたら、その時点で、中国はWTOのルールを守れないのは明らかです。

ルールを守れない国は、WTOにはふさわしくはないですから、WTO加盟国は一致協力して、中国を脱退させるべきです。

ただし、単に中国を脱退させるのではなく、条件をつけるべきです。その条件とは、香港の「一国二制度」を復活させ、香港を以前の状態に戻せば、香港のWTO加入は認めるというものです。

そうして、香港に限らず中国が「一国二制度」を他の地域でも実施すれば、その地域に限っては、WTOへの加入を認めるようにすべきです。


そうなると、中国は香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するしか選択肢がなくなります。これは、厳しいようでもありますが、中国が国際ルールを守らないのですから、当然の処置です。というか、もともと多くの国々は中国に寛容でありすぎたのです。

その根拠となったのは、多くの国々が想定したように、「中国は経済的に豊かになれば、国際ルールを守るようになるだろう」という甘い期待でした。この期待は何度も裏切られ、中国は現在もそうして、将来も国際ルールを守ることは期待できそうにもありません。特に香港の「一国二制度」を廃止してしまった後ではそうです。

今後、国際社会は、WTOに限らず、ありとあらゆる国際貿易協定などから、この方式で中国を排除していくべきです。ルールを守らない国は、国際協定などに入れないのは当然のことです。これを実施することは、中国を排除するというよりは、国際協定をあるべき姿に戻すということです。今のままでは、国際社会は混乱するばかりです。

台湾のWHOへの加入は、台湾の独立だけではなく、中国の国際協定などから排除する先駆けとなる可能性もでてきました。我が国をはじめ、多くの国々は、台湾と様々な協定を積み木のように積み上げ、台湾とより強固な関係を築いていくべきです。

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2021年10月16日土曜日

マスコミは「台湾有事」の空騒ぎを止めよ。軍事アナリストが警告する最悪シナリオ―【私の論評】なぜ日米は従来極秘だった、自国や中国の潜水艦の行動を意図的に公表するのか(゚д゚)!

マスコミは「台湾有事」の空騒ぎを止めよ。軍事アナリストが警告する最悪シナリオ


先日掲載の「中国空軍149機の『台湾侵入』は本気の警告。火に油を注いだ米国の動きとは」でもお伝えしたとおり、連日のように航空機を台湾の防空識別圏に侵入させ、さらには上陸作戦を意識した訓練の様子を公開するなど、エスカレートする一方の中国による「示威行動」。このような状況を受け、日本のメディアの中には「台湾有事」が迫っているかのように伝える動きも見られますが、いたずらに反感を煽ることを危険視し、ジャーナリズムとしてしっかり検証すべきことがあると説くのは、軍事アナリストの小川和久さん。小川さんは今回、自身が主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、中国軍の戦力やインフラが整っていないと見られる今こそ日米台の連携強化が必要との見方を示すとともに、台湾内部からの崩壊を狙う動きに警戒すべきと訴えています。

マスコミは「台湾有事」で空騒ぎするなかれ

報道しているマスコミ自身が驚くかも知れませんが、台湾をめぐる中国の軍事的動向は家庭の主婦の間でも危機感を持って受け止められているようです。最近は、新聞・テレビだけでなくネットの情報も家庭に入り込んでいます。それを見て、友人の娘さんなどが私に「大丈夫でしょうか」と心配顔で聞いてくることもあります。

それはそうでしょう。10月1日から4日の動きを見ても、台湾の防空識別圏に侵入した中国軍の航空機について、「延べ38機、過去最大」(1日)、「延べ39機、過去最大」(2日)、「延べ56機、過去最大」(4日)と立て続けに大きく報じられれば、誰だって心配になろうともいうものです。

同じとき、台湾の邱国正国防部長は立法院(国会)で次のように答弁しました。「2025年以降、中国が全面的な台湾侵攻の能力を持つ」。この発言は、今年3月の上院軍事委員会におけるデービッドソン米インド太平洋軍司令官の「脅威は今後10年間で、実際には6年で明白になる」という発言と重なり、いかにもリアリティがあるように聞こえてきます。

また、10月4日の読売新聞は第3面をつぶして中国軍の動向を「中国『米艦への攻撃能力』誇示」と伝えました。まるで台湾に対して中国が攻撃を仕掛けそうではありませんか。

ここでジャーナリズムの役割が問われます。そうしたおどろおどろしい情報がどれほどリアリティを持っているか、それを検証するのがジャーナリズムの使命だからです。

まず、台湾の防空識別圏への中国機の進入はいくつかの目的を持った示威行動だとは指摘されてきました。10月1日の中国の国慶節(建国記念日)を踏まえた国威発揚、台湾のTPP(環太平洋経済連携協定)加盟申請への牽制、南西諸島周辺での空母3隻を含む日米豪カナダ、ニュージーランド、オランダによる過去最大の合同演習への牽制、といったところをにらんでの動きであることは間違いないでしょう。

中国機の動きについては、戦闘機、爆撃機、早期警戒管制機、空中給油機による編成から、実際に台湾侵攻の能力を備えたとの解説も飛び出しました。航行の自由作戦で台湾海峡を通る米国などの艦船を攻撃できる空域での飛行を繰り返し、これを牽制しているとの見方も示されました。このどれもが中国の狙いに含まれているのは事実でしょう。

しかし、台湾の邱国防部長や3月のデービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言は、世論喚起や海軍への予算獲得を意識したものでしかありません。中国側には台湾海峡上空で航空優勢(制空権)をとる能力がなく、1度に100万人規模の上陸部隊が必要な台湾への上陸侵攻作戦についても、輸送する船舶が決定的に不足しており、1度に1万人しか出せないのです。そしてなによりも、データ中継用の人工衛星などの軍事インフラが未整備のままなのです。

3月のデービッドソン海軍大将の発言について米軍トップのミリー統合参謀本部議長は6月17日、上院歳出委員会で全面的に否定しています。

「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い」

「(中国による台湾の武力統一が)近い将来、起きる可能性は低い」

「中国には現時点で(武力統一するという)意図や動機もほとんどないし、理由もない」

だからといって安心してよいという訳ではありません。手段を選ばないハイブリッド戦で台湾を内部から崩壊させる動きにも注意が必要です。それを防ぐには、台湾と日米などの連携強化と抑止力の向上が不可欠です。

そういう中で、読売新聞の記事なども中国が進めている取り組みを詳細に紹介することで読者の中国への反感を煽り、警戒心をくすぐるだけでなく、軍事インフラの整備が遅れている問題などを報道しなければなりませんでした。

空騒ぎは、間違った方向に世論を煽り立て、世論に押された政治が国を誤らせかねないことは歴史が教えているとおりです。着実に防衛力整備と同盟関係の強化を進めるうえで、空騒ぎは百害あって一利なしであることを忘れてはなりません。(小川和久)

小川和久この著者の記事一覧

地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

【私の論評】なぜ日米は従来極秘だった、自国や中国の潜水艦の行動を意図的に公表するのか(゚д゚)!

上の記事は、概ね正しくさらにはマスコミの空騒ぎを諌めている点でも好ましいものだと思います。

ただ残念ながら、日米と中国の対潜戦闘能力(ASW)が、中国よりも圧倒的に優れていることが述べられていません。日本のいわゆる軍事評論家にはなぜかこのような人が多いです。それには、それなりの事情があるのでしょうが、少し残念です。

日米には両方とも、中国よりも桁違いに高い対潜哨戒能力があります。さらに、米国は攻撃力が中国のそれよりもはるかに攻撃力の高い攻撃型原潜艦隊がありますし、日本はステルス性(静寂性)に優れた潜水艦があり、これは中国の対潜哨戒の能力では発見するのはかなり難しいです。

以前もこのブログで述べましたが、現代の海戦における艦艇には二つしかありません。一つはイージス艦や空母、その他の艦艇であり、これは水上に浮かんでいます。水上に浮かんでいる艦艇は、すぐに発見され、攻撃され撃沈されます。現代においては、水上に浮かぶ艦艇は、ミサイルなどの標的にすぎないのです。

ところが、水中に潜む潜水艦は発見しにくく、すぐには撃沈されません。現代の海戦における本当の戦力は、水中に潜む潜水艦なのです。現代海戦においては、潜水艦
に対する対潜戦闘力(Anti-submarine warfare:ASW)の強いほうが、強いのです。

こうしたこともあり、海戦能力は日米が中国にはるかに勝っており、中国海軍が日米に海戦を挑んだ場合、中国にはとても太刀打ちできません。そうして、これは尖閣諸島などに対する中国示威行動についても同じことがいえます。対潜戦闘能力がかなり低い中国は、米国なしの日本だけとも海戦を挑めば壊滅的な被害を被ることになるでしょう。

このあたりについては、このブログでは何度か解説してきましたので、その詳細についてはここでは解説しません。これを知りたい方は、この記事の下のほうの【関連記事】のところに、その記事のリンクを貼っておきますので、是非ご覧になってください。

上の記事にもある、デービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言や米軍制服トップの、ミリー統合参謀本部議長発言についても、その発言についてこのブログで何度か解説しましたので、これもここでは解説しません。これも【関連記事】のところでリンク貼っておきますので、興味のある方は是非ご覧になってくだい。

上の記事で、ミリー大将の語る「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い、(中国による台湾の武力統一が)近い将来、起きる可能性は低い。中国には現時点で(武力統一するという)意図や動機もほとんどないし、理由もない」というのは、先程も述べたように海戦能力が低い中国が、日米に海戦を挑めば、崩壊するのは必定ですから、事実と言って良いです。

この発言には裏付けがあるのです。ただ、その裏付けのうちの一つであるはずの、対潜戦闘能力に、関しては具体的には説明していません。これは、潜水艦の行動は秘密にするのが、昔からの慣行だからでしょう。潜水艦の長所はその隠密性です。昔から、各国の海軍は潜水艦の行動を公にすることはありませんでした。

潜水艦の行動を公にすれば、当然のことながら、敵対国はそれに対しての備えができます。そもそも、特定に海域に潜水艦がいるかいないかがわかるだけでも、対処の仕方が違ってきます。わざわざ、特定の海域で潜水艦が行動をしているかいないかを教えることは、わざわざ敵に塩を送るようなものです。

そうして、いずれの国でも敵潜水艦を発見したことを公表することも、滅多には公表しません。これも潜水艦を発見したことを公表してしまえば、こちらがわの対潜哨戒能力がどの程度なのか、敵側に知られてしまう可能性があるからです。これも敵に塩を送ることになってしまいかねないので、わざわざ公表しないのが普通です。

実際、上記事にもある、デービッドソン米インド太平洋軍司令官の発言や米軍制服トップの、ミリー統合参謀本部議長発言にも潜水艦の行動や、対潜戦闘能力(AWS)については何も語っていません。

しかし、日米も最近では自国潜水艦の行動や、中国潜水艦の発見を公表しています。

昨年西太平洋における潜水艦群の動きが公表されています。これは、艦隊司令部のあるハワイ州ホノルルの新聞が同司令部からの非公式な通告を受けて5月下旬に報道しました。

太平洋艦隊所属の潜水艦の少なくとも7隻が西太平洋に出動中であることが同司令部から明らかにされました。

その任務は「自由で開かれたインド太平洋」構想に沿っての「有事対応作戦」とされています。この構想の主眼は中国のインド太平洋での軍事膨張を抑えることだとされるため、この潜水艦出動も中国が覇権を目指す南シナ海や東シナ海での展開が主目的とみられます。

同報道によると、太平洋艦隊所属でグアム島基地を拠点とする攻撃型潜水艦(SSN)4隻をはじめ、サンディエゴ基地、ハワイ基地を拠点とする戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)など少なくとも合計7隻の潜水艦が5月下旬の時点で西太平洋に展開して、臨戦態勢の航海や訓練を実施しているとされました。

その主要目的は中国の軍事膨張への抑止能力の健在を明示するとともに、太平洋艦隊所属の空母「セオドア・ルーズベルト」の乗組員に新型コロナウイルス感染者が多数、発生して、グアム島基地で活動停止となったことから生まれる太平洋艦隊の有事即応能力への疑問を払拭することにあるとされました。

米軍の潜水艦の行動の公表といえば、つい最近もありました。それは米海軍の世界最大級の攻撃型原子力潜水艦「コネティカット」が南シナ海で物体に衝突した事故の公表です。

今回の事故では、潜水艦の種別、具体的な潜水艦名、負傷者数のほか、さらにご丁寧に、7日の事故の後に、コネティカットが8日、自力で米領グアムの海軍基地にたどり着いたことまで公表しています。

メンテナンス中のシーウルフ級攻撃型原潜 西側諸国においては最大級の原潜

日本も潜水艦の行動を公表しています。

海上自衛隊は南シナ海からインド洋にかけての海域で行っている訓練に、潜水艦を追加で参加させると発表しました。中国が海洋進出を強めるこの海域への潜水艦の派遣を事前に公表するのは異例の対応で、専門家は中国海軍の出方を伺うねらいがあると指摘しています。

海上自衛隊は昨年12月7日から1か月余りの日程で、最大の護衛艦「かが」などを南シナ海からインド洋にかけての海域に派遣し、各国の海軍などと共同訓練を行うことを公表しました。

海上自衛隊は同年同月15日、この訓練に潜水艦1隻を追加で参加させると発表しました。

訓練の詳しい内容は明らかにされていませんが、防衛省関係者によりますと、海中に潜って航行する潜水艦を相手に見立てて追尾する、「対潜水艦」の訓練などを南シナ海で行う予定だということでした。

通常なら、このような公表はしません。これによって、わざわざ特定の海域で潜水艦が訓練することを公表すれば、中国の対潜哨戒機や哨戒艦、潜水艦などによって、潜水艦の行動が知られてしまうおそれもあります。音紋を再確認されたり、あるいは新規に音紋を採取されたりするおそれもあります。

海自の「そうりゅう型」潜水艦

さらに、同年6月18日から20日にかけて、鹿児島県の奄美大島の周辺で、外国の潜水艦が、浮上しないまま日本の領海のすぐ外側にある接続水域を航行したのを海上自衛隊が確認しましました。防衛省関係者によりますと、収集した情報から中国海軍の潜水艦とみられるということを公表しています。

防衛省は今年9月12日、鹿児島県・奄美大島の東側の接続水域で、10日午前に潜水艦が潜ったまま北西に向けて航行したのを確認したと発表しました。潜水艦が接続水域に入る前、近くを中国のミサイル駆逐艦1隻が航行していたことなどから、潜水艦は中国のものと推定しています。12日午前には、同県・横当島の西南西で接続水域の外側を航行し、東シナ海を西に向かいました。領海侵入はありませんでした。

このように、日米は最近相次いで、自国潜水艦の行動や、中国の潜水艦の行動を探知したことを公表しています。このようなことは従来はありませんでした。

これらが、なぜなされたのかといえば、当然のことながら、中国に対する牽制でしょう。そうして、その牽制の中には、日米が中国と海戦を行うことになった場合、中国に全く勝ち目はないことを警告することも含まれているでしょう。

台湾有事があったとしても、世界トップの対潜戦闘力(ASW)を有する米国は、台湾付近に潜む中国の潜水艦をすべて排除し、数隻の攻撃型原潜数隻で、台湾を包囲してしまえば、中国の艦艇は、台湾に近づくことができなくなります。

仮に、人民解放軍が台湾に上陸できたとしても、潜水艦の包囲を中国海軍は突破できず、人民解放軍は補給が途絶えて、お手上げになります。

尖閣についても、仮に米軍の応援がなかったにしても、日本が単独で、尖閣付近を日本の潜水艦数隻で包囲してしまえば、中国の艦艇や航空機は尖閣に近づくことはできなくなります。

それでも、多数の犠牲を払っても、中国人民解放軍や、海上民兵を尖閣諸島に上陸させても、中国海軍にはこの包囲網を解くことはできず、やはり補給ができなくなり、お手上げになります。

日本には、憲法上の問題があるとか、法律の整備がなされていないので、尖閣有事に日本政府は迅速に対応できないかもしれません、中国海軍が尖閣に上陸しても、日本ではモタモタして、国会審議をすることになるかもしれません。

しかし、その後であったにしても対処できれば、中国の海戦能力が低くく、日本側は高いと言う事実には変わりがないので、日本側が潜水艦数隻で尖閣諸島を包囲すれば、中国側はこれを突破できず、補給が途絶えて、尖閣諸島に上陸した部隊はお手上げになってしまいます。

無理に補給しようと、艦艇や航空機を台湾や尖閣に近づければ、日米は警告を発するでしょう。その警告を破っても侵入すれば、魚雷やミサイルで至近距離から攻撃され、多大な犠牲者を出すだけになります。

尖閣も台湾も中国が軍事力を用いて、侵攻しようにも、できないというのが現実なのです。

しかし、日本ではマスコミなどは、とにかく台湾危機や尖閣危機を煽り、台湾や尖閣諸島が明日にも中国によって軍事侵攻をされてしまうように報道します。

しかし、実際はどうなのかといえば、そもそも中国は台湾や尖閣諸島に武力侵攻できないことは理解しているので、威嚇や脅しをするためにそのようなことをしているのです。

もし、本当に中国に台湾や尖閣に侵攻できる軍事力があれば、示威行動などせず、台湾や尖閣などに領土的野心などないように装い、日米を油断させて、ある日突然侵攻するという方式をとるでしょう。わざわざ、予告してから侵攻するなどという愚かな真似はしないでしょう。

そうして、軍事力では台湾にも尖閣諸島に侵攻できない中国がどうするかといえば、示威行動を頻繁に行い、台湾や日本に脅威を与えることともに、手段を選ばないハイブリッド戦で台湾や日本を内部から崩壊させる動きをすることです。

ハイブリッド戦の考え方

先にも述べたように、日米が従来の慣習を破って、自国の潜水艦の動きを公表したり、中国の潜水艦の動きを公表するのは、海戦能力の低い中国に対して、軍事力で日米に挑んでも、勝ち目がないことを再認識させるとともに、日米国内で、海戦においては、中国には勝ち目がないこを認識してもらうという意図もあると思います。

世界の多くのまともな軍事アナリストらにとっては、以上で述べたことは、周知の事実でしょう。ただ潜水艦の行動を表に出してしまい国益を損なうことがないように、政府や軍の動きなどを見ながら、慎重に公表などする姿勢を変えていないのでしょう。

潜水艦の行動などを公表した側からすれば、本来はいわゆる軍事評論家やマスコミなどが対応して、自国の国益を損なわない程度に、様々な報道をしてもらいたいと期待しているのでしようが、なかなかそうはならないようです。しかし、台湾や尖閣などの中国による軍事侵攻を煽るだけというのでは問題です。上で述べたような観点からの報道もしてほしいものです。

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2021年10月15日金曜日

台湾のTPP加盟後押しは日本の「喫緊の課題」―【私の論評】1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOが採用すれば、中国は香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するしかなくなる(゚д゚)!

台湾のTPP加盟後押しは日本の「喫緊の課題」

岡崎研究所

 9月16日の中国に続き、台湾は9月22日にTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟申請を行った。中国は、台湾が加盟申請したことに対し、ただちに、「台湾は中国の不可分の一部であり、もし台湾が中国との『統一』を拒否し続けるならば、中国は台湾に侵攻する」と威嚇した。この言い方は台湾についての中国の最近の常套句そのものである。

 TPPへの加盟資格は、11の現メンバー国が賛成することであり、現段階では、11カ国が中台双方の申請に対し、如何なる対応を取ることになるのか明白ではない。中国がいずれかの加盟国に対し台湾の加盟に反対するよう呼び掛けたり圧力をかけることは、いかにもありそうなことである。

 TPPの加盟申請について議論をする時には、約20年前の世界貿易機関(WTO)加盟のことが想い起こされる。WTOへは中国、台湾がほぼ同時期に加盟することが認められた(中国は2001年12月、台湾は2002年1月)。

 中国としては、今日の中国の経済力、軍事力から見て、20年前のケースは今回のTPPのケースには当てはまらない、と言いたいところなのだろう。台湾に対する、中国からの威圧は最近特に強まっており、中国は「報復」と称して、輸入を禁止したり、軍事力を見せつけるために、台湾周辺海域を軍機が威嚇飛行を行ったりしている。

 台湾外交部(外務省)は、中国からの非難に対し、台湾は台湾であり、中華人民共和国の一部ではないと述べ、中華人民共和国は一日たりとも台湾を統治したことはない、と反論した。そして、台湾の人民が選んだ政府だけが、台湾を代表して国際機関や地域経済連携協定に参加できると牽制した。

 それに加え、台湾としては、今日の中国の貿易体制がはたしてTPPの要求する高いレベルの条件を満たすことが出来るのか、強い疑念を抱かざるを得ないとして、中国に反撃した。なお、蔡英文総統は台湾としてはTPPの「すべてのルールを受け入れる用意がある」と述べている。

 日本は、これまで高度の経済力、技術力をもち、民主主義の価値観を共有する台湾を、日本にとっての「重要なパートナー」として位置づけ、台湾がTPPに加盟することを支持するとの立場を維持してきた。茂木敏充外相は台湾の加盟申請の発表に対し、直ちに「歓迎」の意を表明したが、その際、「中国の加盟にとっては、高いレベルの条件を満たすだけの用意が出来ているかどうかしっかり見極める必要がある」旨発言している。

 今年は日本がTPPの議長国の年にあたっており、日本としてアジア太平洋における台湾の占める位置を考えた際、台湾のTPP加盟を支持・歓迎するのは当然であろう。日本が台湾のTPP加盟を実現するよう主導することは日本にとっての「喫緊の課題」である。

中台ともに短期間で結論は出ない

 トランプ政権下でTPPを離脱した米国がTPPに復帰することは、日本を含め、メンバー国の等しく期待するところである。バイデン政権は、中国、台湾の加盟申請については、民主主義の価値を共有する台湾の加盟を支持する、と述べた。他方、中国の加盟については、「非市場的な貿易慣行」を持つ、として、中国が加盟のハードルを簡単に超えられないのではないか、との疑いをもっているようである。

 最近、米国の主導する「クアッド(QUAD)」や「AUKUS」というアジア・太平洋地域の新しい安全保障の枠組みがその活動を開始した。このような環境下で、アジア太平洋全体の経済、安全保障を考えるとき、米国がTPPに出来るだけ早期に復帰することが望まれることはいうまでもない。しかし、バイデン政権としては、これまでのところ、米国のTPPへの復帰については、沈黙を守っている。

 中国の貿易慣行、国営企業に対する優遇措置、知的財産権の処理などを勘案すれば、TPPの高いレベルの条件を満たすことは極めて難しく、中国の加盟申請が簡単に認められることは想定しがたい。今回の中台双方の申請には、多くの難問があり、今後行われるであろう各メンバー国による具体的交渉のことを考えれば、短時間に結論の出るようなものではないかもしれない。

 しかし、TPP加入を長年の課題としてきた蔡英文政権にとっては、中国と対比される形で、基本的価値を守り、ルールや秩序を維持する台湾の役割が世界に再認識される上で、一つの好機到来と考えているかもしれない。

【私の論評】1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOが採用すれば、中国は香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するしかなくなる(゚д゚)!

上の記事では「中国がいずれかの加盟国に対し台湾の加盟に反対するよう呼び掛けたり圧力をかけることは、いかにもありそうなことである」としていますが、それは現実に起こっています。

それは、チリです。茂木敏充外相は15日の記者会見で中国の環太平洋経済連携協定(TPP)加盟を支持したチリに不快感を示しました。「他人のことよりも自分の国内手続きをしっかり進めてほしい。非常に遅れている」と語りました。チリは国内手続きが進んでおらず、まだTPPを批准していません。

茂木敏充外相

中国外務省はチリの支持を取り付けたと発表していました。TPP加盟には全ての参加国の同意が必要となります。チリのほかにマレーシアなどが中国を歓迎するとし、オーストラリアやカナダなどは慎重な姿勢です。

自民党は衆院選の公約に台湾のTPP加盟申請を「歓迎する」と盛り込みました。中国については触れていません。

中国は現在のままであれば、上の記事にもあるように、到底TPPに加入することなどできません。にもかかわらず、加入の意思を示すのは、まずは台湾に圧力をかけることです。そうして、二番目には、あわよくばTPPに加入して、TPPを自分の都合の良いようにつくりかえてしまうという魂胆でしょう。

WTOの規則も守らない中国を、TPPに加入させるなどもってのほかです。それについては、以前のこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国がTPP正式申請も…加入できないこれだけの理由 貿易摩擦、領有権問題などなど門前払いの可能性―【私の論評】英国は加入でき、中国はできないTPPは、世界に中国の異質性をさらに印象づけることに(゚д゚)!

習近平

詳細は、この記事をご覧いただくものとして以下に一部を引用します。
"
2018年、米国通商代表部(USTR)は「中国のWTO加盟支持は誤りだった」と する年次報告書を出しています。その趣旨を以下に掲載します。
中国は、2001年にWTOに加盟後、加盟議定 書に定められた条項で要求されるように、 WTOの義務に従うために何百もの法律や規制 などを改正する予定であった。 
米国の政策立案 者は、中国の加盟議定書に定められた条項が、 開放的で市場主義的な政策に基づいており、無 差別、市場アクセス、相互性、公平性、透明性 の原則に立脚した国際貿易体制と両立しない既 存の国家主導の政策と慣行を解体することを望 んだ。 
しかし、その希望は失われた。中国は現在、 国家主導経済のままであり、米国や他の貿易相 手国は、中国の貿易体制に深刻な問題に直面し 続けている。一方、中国はWTO加盟国として の承認を、国際貿易の支配的プレーヤーにするために利用してきた。これらの事実を踏まえ て、中国の開放的な市場指向の貿易体制が確保 されないことが証明された以上、米国が中国の WTOへの加盟を支持したことが誤りだったこ とは明らかである。
中国はWTO加盟国として の承認を、国際貿易の支配的プレーヤーにするために利用してきました。もし、仮にTPPに入れたとしても、TPPを同じように利用するだけです。
"
TPP加入国は、WTOの愚を繰り返すべきではないです。上の記事では、TPP加入に関しては「中台ともに短期間で結論は出ない」などとしていますが、もう結論はでています。

中国は入れないし、台湾はTPPの約束事を守れるように国内の法律等を変える努力をすれば加入できます。

日本としては、このブログにも書いたようにTPPを大いに発展させ、1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOに採用するように働き掛けることができます。これには、EUも賛成するでしょう。 

TPPのルールを世界のルールにするのです。単なる先進国だけの提案ではなく、アジア太平洋地域の途上国も合意したTPPの協定をWTOに持ち込むことには中国も反対できないでしょう。

TPPのルールがWTOのルールとなれば、中国は中共を解体してもTPPルールを含む新WTOに入るか、新WTOには入らず、内にこもることになります。内にこもった場合は、中国を待つ将来は、図体が大きいだけのアジアの凡庸な独裁国家に成り果てることになります。その時には他国に対する影響力はほとんどなくなっているでしょう。


いずれにせよ、TPPは加盟国だけではなく世界にとって、有用な協定になる可能性が高まってきたのは事実です。日本は、TPPのルールを世界の自由貿易のルールとするべくこれからも努力すべきです。

そうして、TPPの加盟諸国ができることがあります。それは、中国にTPP加入できるチャンスを与えることです。中国が間接的にでも、TPPに加入できるとすれば、すれば、香港の一国二制度を復活して、香港を元の状態に戻し、その上で香港をTPPに加入させることです。

中国が間接的にでも、TPPに加盟したいなら、このくらいしか方法はないでしょう。そうして、香港がTPPに加入できたとしても、その後中国がまた香港の「一国二制度」を廃止する動きにでれば、すぐにでも加入を取り消すようにすべきです。

しかし、そもそも中国はこの条件を飲んで香港を加盟させるようなことはしないでしょう。

1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規定をWTOに採用することができれば、中国をWTOから脱退させることも視野に入ります。

そうなれば、中国の選択肢は香港の「一国二制度」を復活させ、香港をWTOに加入させるか、世界から孤立するか、二つに一つしかなくなります。日本は、台湾、英国、カナダ、オーストラリア等の国々とともに、強力に推進すべきです。

【関連記事】

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2021年10月14日木曜日

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁―【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁

岡崎研究所

 EUは昨年3月、パンデミックに対処するために加盟国に自由な財政出動を認めることとして「安定・成長協定」を中核とするEUの財政規律の適用を一時的に停止した。「安定・成長協定」は、次のように定めている。公的債務はGDP比60%を超えてはならない。そして財政赤字はGDP比3%を超えてはならない。これに違反すると、政府は健全財政に立ち戻る計画を作らねばならない。


 ようやくパンデミックを徐々に抑え込み、復興への歩みを進める段階に至って「平時」に復帰後の財政規律のあり方が俎上に上るに至っている。9月10日の非公式の財務相会合で意見交換が行われたが、2023年から「平時」に復することを睨んで、来年中には成案を得るべく、今年中には欧州委員会がその案を提案する模様である。

 「安定・成長協定」は、その硬直性が成長を阻害していると非難の対象とされ、あるいは過去の危機を経て実情に合致しないことにもなって来ているので、全般的な見直しの好機とも言い得よう。

 しかし、見直しは、エコノミスト誌9月18日号の記事の表現を借りれば「塹壕戦」が予想されている。ジェンティローニ欧州委員(経済担当、元イタリア首相)は「安定・成長協定」の実質的な改定を狙っているようであるが、オランダ、オーストリアなどの倹約家の諸国は、如何なる改革も財政の持続性を害してはならず、公的債務の削減目標は維持されるべしとの立場である。

 彼等は「安定・成長協定」の改善に賛成だと言うが、それは規制を簡素化し、透明性を高め、一貫性のある適用を求めるというものらしい。しかし、ユーロ圏の公的債務のGDP比は19年の83.9%から20年には98%に上昇した。20年に60%以下に抑え得たのはルクセンブルク、オランダ、アイルランドの3カ国しかない(ドイツは69.8%、フランスは115.7%)。

 この目標を今後も掲げ続けるのは冗談としか思えず、恐らく欧州委員会もこの目標は有名無実化しているとの認識であろう。他方、財政赤字3%目標につては、欧州委員会はこれを維持することが望ましいと考えているとの観測があるが、ユーロ圏の財政赤字のGDP比は19年の0.6%が20年には7.2%に膨張した。

 見直しの議論にはEUの復興基金による復興の進捗状況、とりわけ、イタリアの巨額の計画の進展如何が影響を持つであろう。見直しの結果は、原則的なルールを変更すること(それがEU条約の改正を伴う必要があるのか否かは分からない)と環境政策のような一定の分野での財政支出を公的債務と財政赤字との関係で特別扱いすること、双方の組み合わせになるのではないかと思われる。

EUはいかに新たなルールを作るのか

 EUは、緑の変革とデジタル化を中核に据えたパンデミックからの復興を目指しており、これらの分野の投資を切り出して特別扱いとすることに加盟国間で大きな困難はないのかも知れない。もっとも、それは対象となる投資の規模にもよるであろう。

 ジョセフ・スティグリッツ教授は、9月22日付けフィナンシャル・タイムズ紙掲載の論説‘Europe should not return to pre-pandemic fiscal rules’で、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めている。

 それはその通りなのだが、公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」はユーロを創設にするに当たり、ユーロ圏を通じて加盟国の協調した行動を確保し、出来るだけ均質な経済体質を作り、それによりユーロの価値を維持することを意図したものである。したがって、柔軟性は持たせつつも、加盟国の野放図な財政運営を規制する明確なルールの維持は避け得ないのであろう。

【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

財政赤字を忌避し続けるEUの姿勢は全く理解できません。財政赤字よりも経済成長することを目指すべきです。その中でも特に雇用を重視すべきです。財政黒字になったとしても、雇用が毀損されれば、無意味です。まずは、何が何でも雇用を重視すべきです。

経済政策において、財政黒字になることは良いことではなく、むしろ悪いことです。特に財政黒字になっても、雇用が悪化するようなことでもあれば、それは、政府がまともな経済政策を実施していないことの証です。それは、経済政策の失敗です。

財政赤字が、巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すとか、将来世代への付け回しになると、真剣に考える愚かな政治家や官僚がいますが、それも全くの間違いです。それは、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ コロナ追加経済対策、批判的な報道は「まともだという証明」―【私の論評】ノーベル経済学賞受賞サミュエルソンが理論で示し、トランプが実証してみせた 「財政赤字=将来世代へのつけ」の大嘘(゚д゚)!


昨年までは、米国はトランプ政権でしたが、このトランプ氏選挙戦では財政赤字を減らすと公言していたのですが、実際に行ったのは、財政赤字削減など無視して、どんどん赤字を増やしていきました。そうして、コロナ禍対策においては、さらに赤字に拍車をかけました。それは、上のグラフをご覧いただけば一目瞭然です。

詳細はこの記事をご覧いただくものとして一部を以下に引用します。

トランプ氏は企業や富裕層に対して大幅減税を行う一方で、軍事支出を拡大し、高齢者向けの公的医療保険「メディケア」をはじめとする社会保障支出のカットも阻止し、財政赤字を数兆ドルと過去最悪の規模に膨らませました。新型コロナの緊急対策も、財政悪化に拍車をかけています。

これまでの常識に従うなら、このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起こし、民間投資に悪影響を及ぼすはずでした。しかし、現実にそのようなことは起こっていません。トランプ氏は財政赤字を正当化する上で、きわめて大きな役割を果たしたといえます。

米国では連邦政府に対して債務の拡大にもっと寛容になるべきだと訴える経済学者や金融関係者が増えています。とりわけ現在のような低金利時代には、インフラ、医療、教育、雇用創出のための投資は借金を行ってでも進める価値がある、という主張です。

このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すこともなく、結局将来世代へのつけともならないでしょう。
そうして、現在でも米国経済にはそのような徴候は微塵も見られません。トランプ氏の政策は、米国人の財政赤字に対する考え方を根底から変えてしまったかもしれません。そうして、それは良いことです。

一方、サミュエルソン氏は赤字国債の発行は、将来世代へのつけにはならないとしています。これについても、この記事から引用します。
20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソンは、たとえば戦時費用のすべてが増税ではなく赤字国債の発行によって賄われるという極端なケースにおいてさえ、その負担は基本的に将来世代ではなく現世代が負うしかないことを指摘しています。 

20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソン

なぜかといえば、戦争のためには大砲や弾薬が必要なのですが、それを将来世代に生産させてタイムマシーンで現在に持ってくることはできないからです。その大砲や弾薬を得るためには、現世代が消費を削減し、消費財の生産に用いられていた資源を大砲や弾薬の生産に転用する以外にはありません。 
将来世代への負担転嫁が可能なのは、大砲や弾薬の生産が消費の削減によってではなく「資本ストックの食い潰し」によって可能な場合に限られるのです。 
このサミュエルソンの議論は、感染拡大防止にかかわる政府の支援策に関しても、まったく同様に当てはまります。政府が休業補償や定額給付のすべてを赤字財政のみによって行ったとしても、それが資本市場を逼迫させ、金利を上昇させ、民間投資をクラウド・アウトさせない限り、赤字財政そのものによって将来負担が生じることはありません。

しかし、サミュエルソンのこの主張も、当たり前といえば当たり前です。サミュエルソンは、あまりにも当たり前のことをわからない人が多いので、このような主張をしたのでしょう。国債は政府の借金です。政府はどこから借金をしているかといえば、国債を購入する機関投資家や個人投資家からなどです。

誰が当面のつけを払っているかといえば、これらの投資家が払っているのです。これら投資家は、国債に支払った資金が手元にあれば、事業をしたり投資したりできますが、それで国債を購入してしまえば、それができなくなるのです。

しかし、国債の償還によって、投資家は元金と金利を受け取ることができるのです。愚かな人は、これが将来世代への付けになると考えているのでしょうが、それは完璧な間違いです。

政府がよほど無意味な投資でもしない限り、公共工事や他の事業が行われ、それが富を生み出し、税金として政府に戻ってくることになります。

公共工事で堤防をつくったら、何にも富を生み出すことはないではないかと言う人もいるかもしれません。そうでしょうか。堤防をつくって安全になれば、そこには住人が増えます。住人が増えれば、商店や病院ができます。工場ができたり、住民サービスの様々な施設ができて、税収が増えることになります。

無論、そうなるまではかなりの時間がかかり、個人がそのようなことをしても損失だけで、何も富を生み出すことはできないかもしれません。しかし、政府は長い間待つことができます。そうして、出来上がった堤防は将来世代も使うことができるのです。

それに、あまりにも当たり前すぎて、わざわざ述べるべきかどうか迷うところですが、堤防をつくるために、政府が支出して土木会社などにお金を払い工事を実施すれば、その工事に携わる人たちは、それで収入を得て消費や投資をしたり、さらには税金を払うことになります。政府は、税収を得ることできます。これが、家計や個人とは大きな違いです。政府が何かつくったり消費すれば、そのお金がそっくり消えてしまうわけではないのです。

そうして政府は国が崩壊することでもない限り、不死身と言っても良い存在です。これは、個人や企業などとは大きな違いです。個人の寿命は数十年、企業の寿命は日経が昔調べた資料によれば、30年です。これは、今から考えると、会社というより、一事業の寿命は30年というほうが正しいかもしれません。しかし、現在のコーポレート化された組織であっても、不死身ではありません。

だから、国債を発行して政府は様々な事業を行うことができるのです。というより、国民のためにそうしなければならないのです。ただ、無制限にそのような事はできないです。もし、無制限にそのようなことをして不都合が生じた場合、インフレになります。

この場合は、心配する必要はありますが、財政赤字自体を心配する必要はありません。インフレにさえならなければ、政府は財政破綻の心配などせずとも、財政赤字状態を100年でも200年でも、継続することできます。 

ただしインフレになり、それに対処できなければ、政府は信用を失い、財政破綻の可能性もでてきます。そうなると、インフレを心配する人もでてくるでしょう。

しかし、今の世界は、よほどのことがない限りインフレになりにくい状況になっています。これについても、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。

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野口旭氏

 詳細はこの記事をご覧いただものとして、この記事において、野口旭氏は、現在世界がインフレになりにくい状況を以下のように述べています。

一つの仮説は、筆者が秘かに「世界的貯蓄過剰2.0」と名付けているものである。世界的貯蓄過剰仮説とは、FRB理事時代のベン・バーナンキが、2005年の講演「世界的貯蓄過剰とアメリカの経常収支赤字」で提起したものである。バーナンキはそこで、1990年代末から顕在化し始めた中国に代表される新興諸国の貯蓄過剰が、世界全体のマクロ・バランスを大きく変えつつあることを指摘した。リマーン・ショック後に生じている世界経済のマクロ状況は、その世界的貯蓄過剰の新段階という意味で「2.0」なのである。

各国経済のマクロ・バランスにおける「貯蓄過剰」とは、国内需要に対する供給の過剰を意味する。実際、中国などにおいてはこれまで、生産や所得の高い伸びに国内需要の伸びが追いつかないために、結果としてより多くの貯蓄が経常収支黒字となって海外に流出してきたのである。

このように、供給側の制約が世界的にますます緩くなってくれば、世界需要がよほど急速に拡大しない限り、供給の天井には達しない。供給制約の現れとしての高インフレや高金利が近年の先進諸国ではほとんど生じなくなったのは、そのためである。

この「長期需要不足」の世界は、ローレンス・サマーズが「長期停滞論」で描き出した世界にきわめて近い。その世界では、財政拡張や金融緩和を相当に大胆に行っても、景気過熱やインフレは起きにくい。というよりもむしろ、財政や金融の支えがない限り、十分な経済成長を維持することができない。ひとたびその支えを外してしまえば、経済はたちまち需要不足による「停滞」に陥ってしまうからである。それが、供給の天井が低かった古い時代には必要とされていた緊縮が現在はむしろ災いとなり、逆に、その担い手が右派であれ左派であれ、世界各国で反緊縮が必要とされる理由なのである。

インフレになりにくい現在の世界では、財政赤字を恐れて、投資をしないことのほうが、経済運営においてはるかに危険なことなのです。 

ジョセフ・スティグリッツ教授は、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めていますが、これは全く正しいです。

公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」を撤廃すべきです、そうでないと経済で行き詰まるときが必ずやってきます。もし、どうしてもできないというのなら、EUそのものを解体して、各々国が各々の国の財政政策や金融政策ができるようにすべきでしょう。

無論解体といっても、文化的なつながりやミクロ経済的な連携は保ったまま、緩やかな解体なども考えられます。そうしたことをも視野位入れて、「収斂基準」を撤廃すべきです。このような時代遅れな基準が存在する限り、EUはいずれ経済で行き詰まり、いますぐということではないですが、いずれ必ず崩壊することになります。

EUも投資で分母を増やすべきですが、その他の国々もそうです。特に先進国ではそうです。日本も例外ではありません。

世界がこのような状況にあり、日本も世界経済から遊離して存在しているわけではなく、例外ではないのですから、昨日もこの記事で述べたように、矢野康治財務事務次官が、月刊誌「文芸春秋」11月号への寄稿で、「このままでは国家財政は破綻する」として、財政再建の重要性を訴えたことは、全くの間違いというか、全くの方向違いというか、私からいわせると、幼稚極まりない議論なのです。

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