2021年10月14日木曜日

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁―【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

EUでも立ちはだかるアフターコロナの財政規律の壁

岡崎研究所

 EUは昨年3月、パンデミックに対処するために加盟国に自由な財政出動を認めることとして「安定・成長協定」を中核とするEUの財政規律の適用を一時的に停止した。「安定・成長協定」は、次のように定めている。公的債務はGDP比60%を超えてはならない。そして財政赤字はGDP比3%を超えてはならない。これに違反すると、政府は健全財政に立ち戻る計画を作らねばならない。


 ようやくパンデミックを徐々に抑え込み、復興への歩みを進める段階に至って「平時」に復帰後の財政規律のあり方が俎上に上るに至っている。9月10日の非公式の財務相会合で意見交換が行われたが、2023年から「平時」に復することを睨んで、来年中には成案を得るべく、今年中には欧州委員会がその案を提案する模様である。

 「安定・成長協定」は、その硬直性が成長を阻害していると非難の対象とされ、あるいは過去の危機を経て実情に合致しないことにもなって来ているので、全般的な見直しの好機とも言い得よう。

 しかし、見直しは、エコノミスト誌9月18日号の記事の表現を借りれば「塹壕戦」が予想されている。ジェンティローニ欧州委員(経済担当、元イタリア首相)は「安定・成長協定」の実質的な改定を狙っているようであるが、オランダ、オーストリアなどの倹約家の諸国は、如何なる改革も財政の持続性を害してはならず、公的債務の削減目標は維持されるべしとの立場である。

 彼等は「安定・成長協定」の改善に賛成だと言うが、それは規制を簡素化し、透明性を高め、一貫性のある適用を求めるというものらしい。しかし、ユーロ圏の公的債務のGDP比は19年の83.9%から20年には98%に上昇した。20年に60%以下に抑え得たのはルクセンブルク、オランダ、アイルランドの3カ国しかない(ドイツは69.8%、フランスは115.7%)。

 この目標を今後も掲げ続けるのは冗談としか思えず、恐らく欧州委員会もこの目標は有名無実化しているとの認識であろう。他方、財政赤字3%目標につては、欧州委員会はこれを維持することが望ましいと考えているとの観測があるが、ユーロ圏の財政赤字のGDP比は19年の0.6%が20年には7.2%に膨張した。

 見直しの議論にはEUの復興基金による復興の進捗状況、とりわけ、イタリアの巨額の計画の進展如何が影響を持つであろう。見直しの結果は、原則的なルールを変更すること(それがEU条約の改正を伴う必要があるのか否かは分からない)と環境政策のような一定の分野での財政支出を公的債務と財政赤字との関係で特別扱いすること、双方の組み合わせになるのではないかと思われる。

EUはいかに新たなルールを作るのか

 EUは、緑の変革とデジタル化を中核に据えたパンデミックからの復興を目指しており、これらの分野の投資を切り出して特別扱いとすることに加盟国間で大きな困難はないのかも知れない。もっとも、それは対象となる投資の規模にもよるであろう。

 ジョセフ・スティグリッツ教授は、9月22日付けフィナンシャル・タイムズ紙掲載の論説‘Europe should not return to pre-pandemic fiscal rules’で、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めている。

 それはその通りなのだが、公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」はユーロを創設にするに当たり、ユーロ圏を通じて加盟国の協調した行動を確保し、出来るだけ均質な経済体質を作り、それによりユーロの価値を維持することを意図したものである。したがって、柔軟性は持たせつつも、加盟国の野放図な財政運営を規制する明確なルールの維持は避け得ないのであろう。

【私の論評】インフレになりにくくなった現在世界では、財政赤字を恐れて投資をしないことのほうがはるかに危険(゚д゚)!

財政赤字を忌避し続けるEUの姿勢は全く理解できません。財政赤字よりも経済成長することを目指すべきです。その中でも特に雇用を重視すべきです。財政黒字になったとしても、雇用が毀損されれば、無意味です。まずは、何が何でも雇用を重視すべきです。

経済政策において、財政黒字になることは良いことではなく、むしろ悪いことです。特に財政黒字になっても、雇用が悪化するようなことでもあれば、それは、政府がまともな経済政策を実施していないことの証です。それは、経済政策の失敗です。

財政赤字が、巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すとか、将来世代への付け回しになると、真剣に考える愚かな政治家や官僚がいますが、それも全くの間違いです。それは、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
高橋洋一の霞ヶ関ウォッチ コロナ追加経済対策、批判的な報道は「まともだという証明」―【私の論評】ノーベル経済学賞受賞サミュエルソンが理論で示し、トランプが実証してみせた 「財政赤字=将来世代へのつけ」の大嘘(゚д゚)!


昨年までは、米国はトランプ政権でしたが、このトランプ氏選挙戦では財政赤字を減らすと公言していたのですが、実際に行ったのは、財政赤字削減など無視して、どんどん赤字を増やしていきました。そうして、コロナ禍対策においては、さらに赤字に拍車をかけました。それは、上のグラフをご覧いただけば一目瞭然です。

詳細はこの記事をご覧いただくものとして一部を以下に引用します。

トランプ氏は企業や富裕層に対して大幅減税を行う一方で、軍事支出を拡大し、高齢者向けの公的医療保険「メディケア」をはじめとする社会保障支出のカットも阻止し、財政赤字を数兆ドルと過去最悪の規模に膨らませました。新型コロナの緊急対策も、財政悪化に拍車をかけています。

これまでの常識に従うなら、このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起こし、民間投資に悪影響を及ぼすはずでした。しかし、現実にそのようなことは起こっていません。トランプ氏は財政赤字を正当化する上で、きわめて大きな役割を果たしたといえます。

米国では連邦政府に対して債務の拡大にもっと寛容になるべきだと訴える経済学者や金融関係者が増えています。とりわけ現在のような低金利時代には、インフラ、医療、教育、雇用創出のための投資は借金を行ってでも進める価値がある、という主張です。

このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起すこともなく、結局将来世代へのつけともならないでしょう。
そうして、現在でも米国経済にはそのような徴候は微塵も見られません。トランプ氏の政策は、米国人の財政赤字に対する考え方を根底から変えてしまったかもしれません。そうして、それは良いことです。

一方、サミュエルソン氏は赤字国債の発行は、将来世代へのつけにはならないとしています。これについても、この記事から引用します。
20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソンは、たとえば戦時費用のすべてが増税ではなく赤字国債の発行によって賄われるという極端なケースにおいてさえ、その負担は基本的に将来世代ではなく現世代が負うしかないことを指摘しています。 

20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソン

なぜかといえば、戦争のためには大砲や弾薬が必要なのですが、それを将来世代に生産させてタイムマシーンで現在に持ってくることはできないからです。その大砲や弾薬を得るためには、現世代が消費を削減し、消費財の生産に用いられていた資源を大砲や弾薬の生産に転用する以外にはありません。 
将来世代への負担転嫁が可能なのは、大砲や弾薬の生産が消費の削減によってではなく「資本ストックの食い潰し」によって可能な場合に限られるのです。 
このサミュエルソンの議論は、感染拡大防止にかかわる政府の支援策に関しても、まったく同様に当てはまります。政府が休業補償や定額給付のすべてを赤字財政のみによって行ったとしても、それが資本市場を逼迫させ、金利を上昇させ、民間投資をクラウド・アウトさせない限り、赤字財政そのものによって将来負担が生じることはありません。

しかし、サミュエルソンのこの主張も、当たり前といえば当たり前です。サミュエルソンは、あまりにも当たり前のことをわからない人が多いので、このような主張をしたのでしょう。国債は政府の借金です。政府はどこから借金をしているかといえば、国債を購入する機関投資家や個人投資家からなどです。

誰が当面のつけを払っているかといえば、これらの投資家が払っているのです。これら投資家は、国債に支払った資金が手元にあれば、事業をしたり投資したりできますが、それで国債を購入してしまえば、それができなくなるのです。

しかし、国債の償還によって、投資家は元金と金利を受け取ることができるのです。愚かな人は、これが将来世代への付けになると考えているのでしょうが、それは完璧な間違いです。

政府がよほど無意味な投資でもしない限り、公共工事や他の事業が行われ、それが富を生み出し、税金として政府に戻ってくることになります。

公共工事で堤防をつくったら、何にも富を生み出すことはないではないかと言う人もいるかもしれません。そうでしょうか。堤防をつくって安全になれば、そこには住人が増えます。住人が増えれば、商店や病院ができます。工場ができたり、住民サービスの様々な施設ができて、税収が増えることになります。

無論、そうなるまではかなりの時間がかかり、個人がそのようなことをしても損失だけで、何も富を生み出すことはできないかもしれません。しかし、政府は長い間待つことができます。そうして、出来上がった堤防は将来世代も使うことができるのです。

それに、あまりにも当たり前すぎて、わざわざ述べるべきかどうか迷うところですが、堤防をつくるために、政府が支出して土木会社などにお金を払い工事を実施すれば、その工事に携わる人たちは、それで収入を得て消費や投資をしたり、さらには税金を払うことになります。政府は、税収を得ることできます。これが、家計や個人とは大きな違いです。政府が何かつくったり消費すれば、そのお金がそっくり消えてしまうわけではないのです。

そうして政府は国が崩壊することでもない限り、不死身と言っても良い存在です。これは、個人や企業などとは大きな違いです。個人の寿命は数十年、企業の寿命は日経が昔調べた資料によれば、30年です。これは、今から考えると、会社というより、一事業の寿命は30年というほうが正しいかもしれません。しかし、現在のコーポレート化された組織であっても、不死身ではありません。

だから、国債を発行して政府は様々な事業を行うことができるのです。というより、国民のためにそうしなければならないのです。ただ、無制限にそのような事はできないです。もし、無制限にそのようなことをして不都合が生じた場合、インフレになります。

この場合は、心配する必要はありますが、財政赤字自体を心配する必要はありません。インフレにさえならなければ、政府は財政破綻の心配などせずとも、財政赤字状態を100年でも200年でも、継続することできます。 

ただしインフレになり、それに対処できなければ、政府は信用を失い、財政破綻の可能性もでてきます。そうなると、インフレを心配する人もでてくるでしょう。

しかし、今の世界は、よほどのことがない限りインフレになりにくい状況になっています。これについても、以前このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。

世界が反緊縮を必要とする理由―【私の論評】日本の左派・左翼は韓国で枝野経済理論が実行され大失敗した事実を真摯に受け止めよ(゚д゚)!

野口旭氏

 詳細はこの記事をご覧いただものとして、この記事において、野口旭氏は、現在世界がインフレになりにくい状況を以下のように述べています。

一つの仮説は、筆者が秘かに「世界的貯蓄過剰2.0」と名付けているものである。世界的貯蓄過剰仮説とは、FRB理事時代のベン・バーナンキが、2005年の講演「世界的貯蓄過剰とアメリカの経常収支赤字」で提起したものである。バーナンキはそこで、1990年代末から顕在化し始めた中国に代表される新興諸国の貯蓄過剰が、世界全体のマクロ・バランスを大きく変えつつあることを指摘した。リマーン・ショック後に生じている世界経済のマクロ状況は、その世界的貯蓄過剰の新段階という意味で「2.0」なのである。

各国経済のマクロ・バランスにおける「貯蓄過剰」とは、国内需要に対する供給の過剰を意味する。実際、中国などにおいてはこれまで、生産や所得の高い伸びに国内需要の伸びが追いつかないために、結果としてより多くの貯蓄が経常収支黒字となって海外に流出してきたのである。

このように、供給側の制約が世界的にますます緩くなってくれば、世界需要がよほど急速に拡大しない限り、供給の天井には達しない。供給制約の現れとしての高インフレや高金利が近年の先進諸国ではほとんど生じなくなったのは、そのためである。

この「長期需要不足」の世界は、ローレンス・サマーズが「長期停滞論」で描き出した世界にきわめて近い。その世界では、財政拡張や金融緩和を相当に大胆に行っても、景気過熱やインフレは起きにくい。というよりもむしろ、財政や金融の支えがない限り、十分な経済成長を維持することができない。ひとたびその支えを外してしまえば、経済はたちまち需要不足による「停滞」に陥ってしまうからである。それが、供給の天井が低かった古い時代には必要とされていた緊縮が現在はむしろ災いとなり、逆に、その担い手が右派であれ左派であれ、世界各国で反緊縮が必要とされる理由なのである。

インフレになりにくい現在の世界では、財政赤字を恐れて、投資をしないことのほうが、経済運営においてはるかに危険なことなのです。 

ジョセフ・スティグリッツ教授は、EUがパンデミック前のルールに立ち戻ることは間違いであり、公的債務のGDP比を減らすには投資で分母を増やすべきだとして、より柔軟で思慮深い財政運営を求めていますが、これは全く正しいです。

公的債務と財政赤字を規制する「収斂基準」を撤廃すべきです、そうでないと経済で行き詰まるときが必ずやってきます。もし、どうしてもできないというのなら、EUそのものを解体して、各々国が各々の国の財政政策や金融政策ができるようにすべきでしょう。

無論解体といっても、文化的なつながりやミクロ経済的な連携は保ったまま、緩やかな解体なども考えられます。そうしたことをも視野位入れて、「収斂基準」を撤廃すべきです。このような時代遅れな基準が存在する限り、EUはいずれ経済で行き詰まり、いますぐということではないですが、いずれ必ず崩壊することになります。

EUも投資で分母を増やすべきですが、その他の国々もそうです。特に先進国ではそうです。日本も例外ではありません。

世界がこのような状況にあり、日本も世界経済から遊離して存在しているわけではなく、例外ではないのですから、昨日もこの記事で述べたように、矢野康治財務事務次官が、月刊誌「文芸春秋」11月号への寄稿で、「このままでは国家財政は破綻する」として、財政再建の重要性を訴えたことは、全くの間違いというか、全くの方向違いというか、私からいわせると、幼稚極まりない議論なのです。

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