今回の衆院選に関連して、この30年間、日本の賃金が欧米に比べて上がっていないことが報じられた。生産性の低さや非正規雇用の多さ、企業の内部留保などを原因とする分析もあるが、引き上げるには何が必要だろうか。
賃金は名目所得であるが、その伸び率は名目経済成長率とほぼ連動する。つまり、ここ30年間でなぜ名目経済成長率が低かったのかという問題だ。「失われた30年」の原因は何かという、今でも喧々囂々(けんけんごうごう)の論争でもある。
筆者の分析は国際比較を使う。世界各国のここ30年間の名目経済成長率を比べると、日本は世界でほぼ最下位だ。その上で、何が関係してそうした順番になるかを探るために、他の要因となるような変数を探して、ここ30年間の数値を並べてみる。統計の言葉でいえば、30年間の名目経済成長率と相関(絶対値)の大きい他の変数を探すということだ。
これまでの筆者の試行錯誤では、マネーの伸び率が最も相関が大きい。マネーの伸び率でも日本は世界の中でほぼビリだ。ちなみに、140カ国で30年程度の名目成長率とマネー伸び率の相関は0・90(1が最大)、大きな異常値と思われる数字を除いた130カ国でも0・73といずれも高い。社会科学ではめったに見られない高い相関だ。
「生産性が低かった」という議論もあるが、生産性は名目成長率の一つの構成要素なので、トートロジー(同義反復)であり、原因とはいえない。賃金の伸びが低かったことと生産性が低かったことは、他の原因により同時に発生した可能性がある。
筆者には思い当たる経験がある。1990年までは日本のマネーの伸び率は先進国の中でも平均的だったが、バブル潰しのために90年に入ってから日銀は引き締めた。その引き締めをその後30年近く、基本的に継続しているのだ。
「非正規雇用の多さ」という議論は、非正規雇用が総じて低賃金だからという発想であろうが、国際比較すると日本だけが特別に多いわけではないので、必ずしも日本の賃金の低さを説明できない。
「企業の内部留保の大きさ」というのは、企業が内部留保を吐き出さないので低賃金になっているとの主張だが、30年間常に日本企業の内部留保が大きかったわけではないので、30年間の現象をよく説明できない。
マネーの伸び率を高めるために有効な政策は、インフレ目標の数字を引き上げることだ。筆者はすでに、インフレ目標を現状の2%から4%に引き上げれば、所得倍増を12~13年で達成できることを指摘している。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)
【私の論評】日本人の賃金が低いのはすべて日銀だけのせい、他は関係ない(゚д゚)!
上の高橋洋一氏の主張は、以下のグラフをご覧いただければ、一層理解しやすいです。
名目賃金とは、貨幣額で示された賃金を指します。つまり、賃金の額面そのものが名目賃金であり、賃金額が30万円であれば名目賃金も30万円で、3000米ドルであれば同額が名目賃金です。
原則的に、名目賃金は雇用契約による労働の対価として、金銭によって支払われた賃金額のみを指します。
通常、労働の報酬には無料の社員食堂や特別休暇、社員旅行といった福利厚生もあり、報酬の形は金銭とは限りません。
しかし、こういった労働者向けのサービスは賃金には含まれず、名目賃金として計算されないのが一般的な認識です。
実質賃金とは、物価の変動を考慮した賃金です。
一方、貨幣は財・サービスや商品などの価格を示す役割があり、店頭の商品や金・原油といったコモディティの価格は「10円」「1米ドル」といったように貨幣額によって表されています。
しかし、そういったお金で示された財・サービスの価値は絶対的なものではありません。貨幣の価値もモノの価値もその時々によって相対的に変動しており、額面の指す価値は一定ではないのです。
例えば、モノの価値が高まり貨幣の価値が下がるという物価上昇が起これば、同じ100円でも購入できるモノが減ることになります。賃金は日本円や米ドルといった通貨(貨幣)で支払うものです。そのため、賃金の価値は変動することになります。
例えば、名目賃金は同じ金額であっても、物価上昇(インフレーション)が起これば実質的な賃金価値は下がり、物価下落(デフレーション)が起これば賃金価値は上がるでしょう。
そこで、名目賃金に対して物価上昇率の影響を差し引いて、実質的な賃金価値を示すものが実質賃金なのです。
それぞれの国で名目賃金の伸びと実質賃金の伸びを見ると、相関係数は0.75(1が最大)になっています。この観点から、日本の実質賃金の伸びが世界で低いのは、名目賃金の伸びが低いからだといえます。
名目賃金は、1人当たり名目国内総生産(GDP)と同じ概念なので、名目賃金が低いのは、名目GDPの伸びが低いからだということになります。
そうして、この30年間で、名目GDPの伸び率と最も相関が高いのはマネー伸び率です。世界各国のデータでみても、相関係数は0.8程度もあります。
以下のグラフは、名目GDPとM2の成長率を比較したものです。相関係数は0.7です。M2とは、マネーストックの一種で、市場全体に供給される通貨(マネー)の量を測る指標です。日本ではかつて、「マネーサプライ」と呼ばれていました。
マネーストックにはいくつかの種類があります。現金と預金通貨の合計は「M1」と呼ばれ、このM1に定期性預金や譲渡性預金(CD)を加えたものが「M2」です。
ここで重要なのは、マネーは金融政策でかなりコントロールできることです。ところが、金融政策の主体である日銀はかつて、「マネーは、経済活動の結果であって管理できない」ととんでもないことを言っていましたた。マネーが管理できないなら中央銀行は不要だが、こうしたばかげた議論が実際にあったのです。
2000年代になっても、日銀はインフレ目標を否定し、その上、デフレ志向でした。いわゆる「良いデフレ論」です。しかし、「デフレ」で良いことは一つもありません。結論をいうと、日銀がこのようなスタンスで、金融緩和をしないで来た結果、日本人の賃金は30年間も上昇しなかったのです。
2000年代になっても、日銀はインフレ目標を否定し、その上、デフレ志向でした。いわゆる「良いデフレ論」です。しかし、「デフレ」で良いことは一つもありません。結論をいうと、日銀がこのようなスタンスで、金融緩和をしないで来た結果、日本人の賃金は30年間も上昇しなかったのです。
日本銀行 |
この間、政府も消費税増税や緊縮財政を繰り返し、さらにデフレと賃金低下に拍車をかけました。ただ、日銀が金融緩和をしない限り、仮に政府だけが積極財政をしても、短期的には成果をあげられるかもしれませんが、中長期ではマネーそのものが足りていないのですから、名目GDPも上がらず、名目賃金も上がりません。結局、日銀の金融政策が日本人の賃金が上がらないことの主要因だったのです。
しかしそうした意見は徐々に修正されてきました。第2次安倍晋三政権になると、世界の先進国でビリではありましたが、ようやくインフレ目標が導入され、日本もまともになり始めました。
00年代初めのような愚かな議論はなくなりました。それでも現状は胸を張って「デフレ脱却」と言えるところまではいっていないです。失われた20年に引き続き、今もデフレから完璧に脱出していないことから、現状も失われた20年は続いており、その意味で「失われた30」としています。いずれにしても、「失われた30年」はなんとも痛恨です。
00年代初めのような愚かな議論はなくなりました。それでも現状は胸を張って「デフレ脱却」と言えるところまではいっていないです。失われた20年に引き続き、今もデフレから完璧に脱出していないことから、現状も失われた20年は続いており、その意味で「失われた30」としています。いずれにしても、「失われた30年」はなんとも痛恨です。
これは、何とかしなければならないでしょう。しかし、これを何とかしようとして、いくら努力しても、日銀がさらなる量的金融緩和に踏み切らない限り、名目GDPも名目賃金も上がることはありません。これだけは、勘違いするべきではないです。
勘違いすれば、とんでもないことになります。たとえば、お隣韓国では、雇用状況がわるいというのに、あまり金融緩和をしないで最低賃金を機械的にあげましたが、どうなったでしょうか。雇用が激減してとんでもないことになりました。今日もテレビで、韓国の悲惨な現状が報道されていました。
日銀が大規模な金融緩和をしないうちに、「非正規雇用」が多いからなどとして、非正規雇用を機械的に減らしてみたり、「企業の内部留保」を機械的に減らすようなことをすれば、がん患者に、突然激しい運動をさせてみたり、厳しいダイエットをするようなものであり、無論賃金が上がるということもなく、韓国のようにとんでもないことになります。
立憲民主党のように「分配なくして成長なし」というのも、これと同じようにとんでもないことになります。成長する前に分配をしてしまえば、韓国のように雇用が激減するだけになります。
考えてみれば、「失われた30年」は、日銀による実体経済にお構いなしに、金融引締を実施し続けたことによるデフレ、政府によるこれも実体経済にお構いなしに増税など緊縮財政を長い間にわたって続けてデフレに拍車をかけてきたことが原因です。
もう、いい加減このような愚かな政策はやめるべきです。
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