2021年10月25日月曜日

習近平の反資本主義が引き起こす大きな矛盾―【私の論評】習近平の行動は、さらに独裁体制を強め、制度疲労を起こした中共を生きながらえさせる弥縫策(゚д゚)!

習近平の反資本主義が引き起こす大きな矛盾

岡崎研究所

 習近平が展開している反資本主義キャンペーンは習政権の将来を左右するものだが、危険に満ちている、と10月2日付の英Economist誌の社説が論じている。

 習近平が資本主義行き過ぎ一掃のキャンペーンを行っているが、その範囲と野心は壮大だ。2020年、当局がアリババ傘下のアント・グループの新規株式公開を阻んだのが最初で、以来、タクシー配車サービスDiDiは米国で株式を上場して罰せられ、巨額の負債を抱える恒大集団は債務不履行に追いやられつつある。暗号通貨による為替取引も、学習塾も、事実上禁じられた。


 習のキャンペーンは中国経済を脅かし、恒大等、企業の債務問題の追及が引き起こす痛みは予測不能な広がりを見せつつある。締め付けは企業活動を難しくし、利益を上げにくくしている。これらはみな中国経済を破裂させる可能性さえある。そうでなくても、既に中国経済はインフラ投資の利益縮小、労働人口の減少、高齢者の増加等で圧迫されている。

 政治面では習のキャンペーンは個人崇拝に陥る危険性がある。習は変革を実現すべく毛沢東以降、最大の権力を掌握し、来年の第20回党大会では三期目の続投を目指す。習はイデオロギー的締め付けの基盤と主席続投の根拠を作ろうとしているが、これらは中国の将来にとって危険を孕んでいる。

 中国共産党の抱える根本的矛盾は、政治と経済の矛盾である。毛沢東は経済を無視して失敗した。鄧小平は、経済を基本に据え、政治の干渉を減らすことによって驚異の経済成長を実現した。習近平は、政治の復権を図っているが、経済を無視することもできない。その矛盾のまっただ中にいる。

平等の理念は経済の腰折れも起こしかねない

 これまでは経済発展を確保するために成長産業は甘やかされてきた。IT(情報技術)産業や恒大集団などの不動産産業が、それに当たる。その結果、規制の緩い乱雑な産業となった。一連の動きは、その整理整頓という側面がある。

 同時に「習近平思想」により、党の関与の正当性と、社会主義、つまり平等を重視する理念を注入しようとしている。この動きが行き過ぎると、エコノミスト誌の社説が主張するように経済パフォーマンスを大きく削いでしまう。

 習近平は、多くの委員会を立ち上げ、そのトップにつき、国務院に属する事項も直接、自分の管理下に置いた。党の指導、総書記の指導を担保するメカニズムを作ったのだ。党中央、即ち習近平への忠誠要求を強めれば強めるほど、下部機構の自発性は消えていく。何かを言い出して責任をとらされたり、習近平のご機嫌を損ねたりすれば、良いことは何もないからである。

 現在、恒大集団問題への対処の仕方を見ていると、国務院(李克強)の姿が見えない。上手くいかなければ、すべて習近平の責任となる。誰かの首を取って失敗を糊塗するであろうが、習近平の党内の権威はその分傷つく。来年の党大会まで、このような綱渡りが続くであろう。

【私の論評】習近平の行動は、さらに独裁体制を強め、制度疲労を起こした中共を生きながらえさせる弥縫策(゚д゚)!

中国の習近平国家主席は2012年11月に開かれた共産党中央委員会で総書記・軍事委員会主席に選出された際に「社会主義のみが中国を救うことができる」と宣言しました。しかし、市場経済化した今日の中国で文字通りには受け取られず、手あかの付いたスローガンを形ばかり口にしただけだと、ほとんど気にとめられることはありませんでした。

ところが、習氏はインターネット企業や営利目的の教育産業、オンラインゲーム、不動産市場のバブルなど広範な分野で締め付けを行ったり、格差解消戦略「共同富裕」を提唱したりするなど、新しい政策を次々と打ち出し、本気で中国を社会主義の原点に回帰させるつもりだということが明らかになってきました。

ただ、社会主義の原点への回帰は、大きな矛盾をはらんでいます。特に習近平の主張する「共同富裕」は大きな矛盾をはむものです。

確かに毛沢東時代は「みんなが均等に貧乏」でした。その時代を理想とするわけでもないでしょうが、習近平国家主席が言い出した「共同富裕」の実態は「共同貧困」です。つまり、「文化大革命」を強行した毛沢東時代に戻ることです。 


「共同富裕」の考えは、1953年、中華人民共和国を建国した際に毛沢東氏が初めて提唱したものです。その内容は、「貧富の格差を縮小して社会全体が豊かになる」という共産党らしい思想です。 

その後、1978年に、改革開放に着手した鄧小平氏が唱えた「先富論(一部の集団がまず豊かになる中国経済発展の必要性)」がメインの思想となっていたのですが、「社会主義市場経済」と「自由主義市場経済」が混在する現代中国において、習近平氏が再び「共同富裕」を歴史の表舞台に引っ張り上げたわけです。 

習近平氏は、2021年8月17日の中央財経委員会第10回会議にて、中国の深刻な経済格差の是正を目指すという目的で「共同富裕」を提唱しました。習近平氏は、演説のなかで、「不合理な所得の清算と所得分配の是正」を述べています。 

暗号資産の取引による所得が「不合理」に該当するのか判断は難しいところですが、今回の暗号資産規制で「情報の提供」も対象となっていることを考えると、一部の投資家のみにその情報が伝わる(インサイダーに近い情報)ことで、一部の投資家が「不合理」な所得を得た場合という整理が成されているのでしょう。 

つまり、「共同富裕」のスローガンのもと、暗号資産業界の規制強化が行われているとの見方もできます。

中国では、貧困階層が6億人以上と推定され、地方の生活は苦しくなるばかりです。都会へ出稼ぎに出たのはいいが、あちこちの建築現場は工事中断となっています。 

せっかく大学を卒業しても、月給3000元(約5万円)では、アパートの家賃も払えません。若者は未来への希望を失い、最低限の生活を送るだけの「寝そべり族」が急増しました。結婚も子供づくりも諦めたようです。 

日本の報道番組で報道された中国の「寝そべり族」の実態

一方で、不動産価格が高騰し続け、北京の都心ではマンションが2億円と東京より高いのです。大もうけをしたのは共産党幹部たちでしたた。 

そのため、習氏の「共同富裕」に、富裕層が戦々恐々となる。まさに内部矛盾です。 

金持ちからカネを吐き出させる格好の標的は、企業経営者や映画俳優、歌手、学習塾、ゲーム産業となりました。もうかっている企業は寄付キャンペーン競争を開始し、映画スターは脱税を問われる前に外国籍取得に走っています。学習塾が経営難に陥り、家庭教師の失業は200万人とも300万人ともいいます。

「デジタル人民元」の普及は全国民の監視を意味します。「治安が良くなるから社会が安定し、社会主義に戻ることは賛成だ」と共産党の宣伝に乗せられた庶民が多いのには驚かされます。 

マネーロンダリング、不正送金を防ぐために「ビットコイン全面禁止」、ついでマカオの「カジノ規制」を強行しました。香港の民主化を弾圧したため、従来の国際金融都市の機能は顕著に低下しました。香港の優位を失う危機も顧みないのです。

 このような、浅知恵による「すり替えの世論操作」は世界に見透かされています。持続的安定が不可能な、中国の体制矛盾がもたらすものとは何なのでしょうか。 

約6億人の国民は月に1万7000円以下で暮らしていますが、金持ちは豪邸に住み、自家用飛行機を持ち、愛人を囲っています。富裕層への憎悪を他に振り向けるため、台湾への軍事侵攻を煽っているようです。 

「不都合な真実」を隠蔽することは得意な全体主義にも脆弱(ぜいじゃく)性があります。党内の不満による「見えない脅威(=クーデターの脅威)」を人事で抑え、敵対矛盾にすり替えて体制維持しようとするのが当面の作戦でしょう。 

この動きを「毛沢東主義への回帰」とする人もいますが、それは大きな間違いです。複数の報道によると、中国共産党建党100周年に先立ち、中国では統一と忠誠を強調する宣伝活動の障害と見なされる主義者や活動家等の一勢検挙が実施されました。

中華人民共和国を建国した初代最高指導者である毛沢東(Mao Zedong)の思想を支持する毛沢東主義者さえもこの罠に嵌ることになりました。

毛沢東

2021年7月に建党100周年を迎える前、香港、チベット自治区、新疆ウイグル自治区だけでなく、全国規模で反対意見の弾圧に取り組んだ中国共産党の政策の一環として多数の毛沢東主義者が拘束されました。

市場重視派の劉鶴副総理ディディ問題で自己批判書を提出したこと等は、文化革命中のことを想起させました。しかし、現在の中国の問題は毛沢東に回帰してうまく処理できるものではなく、中国国民も開放改革を経験し、変わってきています。

中国の路線変更は大きな問題であり、「毛沢東主義への回帰」とか「鄧小平路線の変更」というよりも、もっと細かく見ていく必要があります。ただ、習近平の今のやり方は中国経済にとってはよい結果をもたらさないということと、中国はますます独裁的な国になることは確かです。共産党と独裁には元々強い親和性があります。

しかし、国民の不満は爆発寸前です。私自身は、習近平の一連の行動は、結局のところさらに独裁体制を強め、国民の不満を弾圧して、制度疲労を起こした中国共産党を生きながらえさせるための弥縫策と見るのが正しい見方だと思います。実際は本当は、単純なことなのでしょうが、それを見透かされないように、習近平があがいているだけだと思います。

習近平に戦略や、主義主張、思想などがあり、それに基づいて動いていると思うから、矛盾に満ちていると思えるのですが、習近平が弥縫策を繰り返していると捉えれば単純です。2〜3年前までくらいは、戦略などもあったのでしょうが、現在は弥縫策とみるべきと思います。

今や習近平の戦略や、主義主張、思想などは、弥縫策であることを見破られないようにするためのツールに過ぎないのです。

一つだけ確かなのは、習近平は様々な弥縫策を打ち出し、さらに独裁体制を強め、制度疲労を起こした中共を生きながらえさせようとしているということです。

【関連記事】

世界医師会、台湾支持の修正案可決 中国の反対退ける―【私の論評】台湾のWHOへの加入は、台湾独立だけではなく大陸中国の国際社会から孤立の先駆けとなる可能性も(゚д゚)!

マスコミは「台湾有事」の空騒ぎを止めよ。軍事アナリストが警告する最悪シナリオ―【私の論評】なぜ日米は従来極秘だった、自国や中国の潜水艦の行動を意図的に公表するのか(゚д゚)!

習近平への「個人崇拝」という統治の危険なレシピ―【私の論評】習近平がやろうとしているのは、自ら属する宗族を中国の支配階層にすること(゚д゚)!

中国で進められる「習近平思想」の確立と普及―【私の論評】党規約に「習近平思想」と平易に記載されたとき、習近平の野望は成就する(゚д゚)!

【日本復喝】中国が狙う地方の廃校 「心温まる交流」かと思いきや…日本での“進出基地”に すでに転居した周辺住民も―【私の論評】想定される危機に関しては、あらかじめ対応しておくのが、安全保障の基本(゚д゚)!

0 件のコメント:

経産省が素案公表「エネルギー基本計画」の読み方 欧米と比較、日本の原子力強化は理にかなっている 国際情勢の変化を反映すべき―【私の論評】エネルギー政策は確実性のある技術を基にし、過去の成功事例を参考にしながら進めるべき

高橋洋一「日本の解き方」 ■ 経産省が素案公表「エネルギー基本計画」の読み方 欧米と比較、日本の原子力強化は理にかなっている 国際情勢の変化を反映すべき まとめ 経済産業省はエネルギー基本計画の素案を公表し、再生可能エネルギーを4割から5割、原子力を2割程度に設定している。 20...