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岡崎研究所
英国のトラス外相は4月27日、ロンドン市長官邸で『地政学の復帰(The return of geopolitics)』と題する講演を行い、ロシアによるウクライナ侵略を受け、これまでの自由主義陣営のアプローチが失敗したことを率直に認め、侵略者に対抗する自由主義陣営の取り組みを再活性化することを説いている。
演説は、北大西洋条約機構(NATO)の集団防衛の強化など、広範な内容を含むが、ここでは、インド太平洋に関連する部分を中心に、主要点を下記の通りご紹介する。
・われわれは、新しいアプローチを必要としている。それは、強固な安全保障と経済的安全保障を融合させ、より強固なグローバルな同盟関係を構築し、自由主義国家がより積極的で自信に満ち、地政学を認識するものだ。
・われわれは、欧州大西洋の安全保障かインド太平洋の安全保障かという誤った選択を拒絶する。現代の世界では双方とも必要だ。
・われわれは、日豪のような同盟国と協力して、インド太平洋における脅威に先手を打ち、太平洋地域を確実に守る必要がある。台湾のような民主主義国が自衛できるようにしなければならない。
・自由貿易はルールに則って行われなければならない。グローバル経済にアクセスできるか否かは、ルールを守っているか否かによるべきだ。(ウクライナを侵略したロシアへの経済制裁により)われわれは、経済的アクセスが自明のものではないことを示している。
・各国はルールに従って行動しなければならない。これには中国も含まれる。
・中国の台頭は不可避ではない。ルールに従って行動しなければ、中国の台頭は続かない。
・中国は主要7カ国(G7)との貿易を必要としている。G7は世界経済の半分を占めている。我々には選択肢がある。われわれは、国際的なルールが破られた時に、どのような選択をする用意があるかを、ロシアの事例で示した。短期的な経済的利益よりも安全保障と主権の尊重を優先する用意があることも示した。
・わずかな「のけ者」を除き、世界のほとんどが主権を尊重しており、われわれは新旧の同盟国や友邦との協力を緊密化している。同様の積極的なアプローチは、ライバルを抑制し、繁栄と安全保障の強力な推進力となり得る。それゆえ、われわれはインドやインドネシアなどとの自由貿易協定や環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、TPP11)への参加など、新たな貿易リンクを築いている。
・悪意のあるアクターが多国間機関を弱体化させようとしている世界では、二国間および複数国間グループがより大きな役割を果たす。NATO、G7、英連邦などのパートナーシップは不可欠だ。
・われわれは、英国主導の「合同遠征軍」、ファイブ・アイズ、米豪とのAUKUSパートナーシップといった世界中の他の関係とともに、NATO同盟を強化し続けるべきである。そして、日本、インド、インドネシアなどの国々との関係を深化させ続けることを望んでいる。
(出典:‘The return of geopolitics: Foreign Secretary's Mansion House speech at the Lord Mayor's 2022 Easter Banquet’, Liz Truss, GOV.UK, April 27)
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トラス外相のロジックは明快で、自由主義国家がより積極的に行動し、経済および安全保障のパートナーシップによるネットワークを通じて、自由と民主主義が強化され、侵略者が封じ込められるような、ルールに基づく世界を目指している。そのために、軍事力、経済安全保障、グローバルな連携の深化を3つの柱に据えている。演説の内容は、もとより日本としても賛同できるものである。
トラス外相は、その文脈において、インド太平洋地域では中国がルールを破っているとして、厳しい警告を発している。特に、守るべき民主国家として台湾の名を挙げていることは、強いメッセージと言える。
日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」にも合致
英国は既に、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」に参加し、日本とも安全保障協力を進め、インド太平洋に空母打撃軍を含む艦隊を派遣し、インド太平洋地域で合同軍事演習に数多く参加し、TPP11への参加も申請するなど、インド太平洋におけるプレゼンスを強めてきた。ただ、ロシアによるウクライナ侵略を受け、英国はインド太平洋に手が回らない、あるいは手を伸ばし過ぎるべきではない、という意見も見られる。
トラス外相の演説は、こうした意見への反論としても意味が大きいと思われる。ルールに基づいた国際秩序維持の観点からも、地政学的観点からも、英国がインド太平洋におけるプレゼンスを弱めるとは想定しがたい。
英国の方針は、日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」とも合致しており、英国は心強いパートナーである。トラス外相の演説の後、5月5日に英国で行われた日英首脳会談においても、岸田文雄首相とジョンソン首相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け日英が緊密に連携していくことを改めて確認した。
首脳会談では、自衛隊と英国軍の共同運用・演習の際の両者の法的地位や手続き等を定めた「日英円滑化協定」の署名を急ぐことでも合意した。日英間で結ばれれば、日本にとっては同盟国である米国は別として、豪州に次ぎ2国目の円滑化協定となり、日英防衛協力の深化の象徴となろう。
【私の論評】日本は、ロシアはウクライナだけではなく北方領土からも撤退すべきと主張すべき(゚д゚)!
4月27日、ロンドン市長官邸で講演を行ったリズ・トラスト英国外相 |
英国はこれまで、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領のウクライナ侵攻を「失敗させ、そう見せる必要がある」と述べるにとどまっていました。この日のトラスト氏の発言は、ウクライナでの戦争をめぐる英国の目標を、これまでで最も明確に示したものといえます。
トラス外相は、西側の同盟諸国はウクライナへの支援を「倍増」しなくてはならないと強調。「ロシアをウクライナ全土から押し出すために、これまで以上に、より早く行動し続ける」と述べました。
これは、ロシア軍について、2月24日の侵攻開始以降に占領した地域だけでなく、南部クリミアや東部ドンバス地域の一部など8年前に併合した地域からも撤退すべきとの考えを示唆したものとみられます
侵攻開始から1カ月の節目に、ロシアはその目的を「ドンバスの解放」と位置付けました。ここでいうドンバスとは主に、ウクライナのルハンスクとドネツクの両州を指しています。
これらの地域の3分の1以上はすでに、2014年に始まった紛争で親ロシア派の武装組織が制圧しています。
トラス氏の野心的な目標は、全ての西側諸国と共有されているわけではありません。武力によってであれ交渉によってであれ、達成は難しいとの懸念があるためです。
フランスやドイツの政府関係者からは、戦争の目的を明確にすればロシアを挑発するリスクがあるという慎重な声も出ています。それらの関係者は、ウクライナ防衛という表現に絡めて話をすることを好んでいます。
トラス外相の発言は、目標を高く設定することで、ウクライナが今後、交渉の場に立った際に、政治的和解についてより有利に立てるようにしたいという西側諸国の思いを反映しています。
トラス外相はまた、西側諸国は「経済的影響力」を使って、ロシアを西側の市場から排除すべきだと述べました。
上の記事にもあるとおり「グローバル経済へのアクセスは、ルールにのっとっているかで決められるべきだ」とトラス氏は指摘しました。
最大野党・労働党のデイヴィッド・ラミー影の外相は27日、トラス氏の演説は、保守党政府の10年超にわたる防衛・安全保障政策の「失敗を認めたように思える」と指摘しました。
トラス氏は演説の中で、西側諸国はロシアのさらなる侵攻を防ぐための対策を講じるべきだと訴えました。
これには防衛費の増額も含まれるとし、北大西洋条約機構(NATO)が各国の拠出目標として設定している国内総生産(GDP)2%という数値は「上限ではなく下限と見るべきだ」と述べました。
さらに、ロシアから脅威を受けている国々に対する武器供与にも積極的な姿勢を示しました。
「ウクライナだけでなく、西バルカン諸国やモルドヴァ、ジョージアといった国々が、主権と自由を維持する耐久力と能力を持てるようにするべきだ」
また、スウェーデンやフィンランドがNATO加盟を選んだ場合には「迅速に統合させることが必要だ」と述べました。
「ウクライナの戦争は我々の戦争、全員の戦争だ。ウクライナの勝利は、我々全員の戦略的急務になっているからだ」
「重火器、戦車、戦闘機……倉庫の奥まで探し回って、生産能力を高める必要がある。そのすべてをする必要がある」
「私たちは慢心できない。ウクライナの運命はまだ拮抗(きっこう)している。はっきりさせておきたいのは、もしプーチン大統領が成功すれば欧州全体に甚大な悲劇が起こり、世界中に恐ろしい影響が出るということだ」
トラスト外相の講演が行われたロンドン市長公宅マンションハウス |
プーチン大統領は27日、ウクライナに介入する国は「電光石火」の対応に直面することになると警告しました。
議会での演説でプーチン氏は、「我々にはあらゆる手段がある。(中略)我々はそれを鼻にかけるのではなく、必要に応じて使用する」と述べました。
プーチン氏の言う「手段」は、弾道ミサイルや核兵器を指しているとみられます。
ただ、英国は核保有国でもあります。ロシアにとっては英国を刺激することは得策ではないのは明らかですが、プーチンがわざわざこのような発言をするということは、かなり追い詰められているとみて間違いないでしょう。
ロシア軍について、2月24日の侵攻開始以降に占領した地域だけでなく、南部クリミアや東部ドンバス地域の一部など8年前に併合した地域からも撤退すべきとのトラスト外相の発言は、プーチンにとってはかなりショッキングなものだったようです。
日本もロシアに対しては、英国なみの対応をすべきでしょう。特に日本はG7では唯一ロシアとの間に領土問題を抱えている国です。しかも、ロシアにより不当に占拠されているのです。
日本としては、ロシア軍について、2月24日の侵攻開始以降に占領した地域だけでなく、南部クリミアや東部ドンバス地域の一部など8年前に併合した地域からも撤退はもとより、北方領土からも撤退すべきと主張すべきでしょう。
そうして、これは全くあり得ない話ではありません。このブログでも以前も指摘したように、ロシアのウクライナ侵攻は日本が北方領土をとりもどす機会にもなり得るのです。
そうなった時、北方領土に住む約2万人のロシア人、ウクライナ人(ソ連邦時代に移り住んだ人が多い)島民は食料品などの生活必需品の調達もままならず、孤立状態に陥ることが予想されます。その後は日本に支援を求めてくる可能性が極めて高いです。
日本が人道支援名目で北方領土に介入すれば、ロシア人、ウクライナ人島民は日本の支援なしで生活できなくなります。“ロシア離れ”が進んだ島民たちによる住民投票で独立宣言がなされれば、あとは独立した北方領土を日本が受け入れるかたちで返還が実現する可能性があります。
経済制裁の影響ですでに北方領土に住むロシア人の生活が破綻寸前であり、この返還シナリオは決して机上の空論ではありません。ただ、日本にとってはただ黙って棚ぼたのように戻ってくるのと、日本がロシアは撤退すべきと主張した上で戻ってくるのでは意味合いが全く違います。無論後者のほうが日本の世界における存在感は高まります。
日本がこう主張すれば、ロシアは大反発するでしょうが、英国は大歓迎でしょう。英国の賛同を得れば、他の西側諸国も賛同する可能性は高いです。今回のウクライナ侵略による制裁として、ロシアはウクライナだけではなく、北方領土も失うということになれば、「力による現状変更」は絶対に許されないことが、理念ではなく事実として世界が認識することになります。
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