2011年10月23日日曜日

<世論調査>80%が「中国社会の道徳は後退した」と回答=少女ひき逃げ放置事件―中国―【私の論評】経済よりも社会を優先する日本、その正反対の中国!!?

<世論調査>80%が「中国社会の道徳は後退した」と回答=少女ひき逃げ放置事件―中国

病院で治療をうける悦悦ちゃん
2011年10月、環球網は悦悦ちゃんひき逃げ事件に関するネットアンケート調査の結果を報じた。回答者の80%が「中国社会の道徳は大きく後退した」と感じていることが明らかとなった。
13日、広東省仏山市で2歳の少女・悦悦ちゃんが犠牲になったひき逃げ事件があった。車は悦悦ちゃんにぶつかったことに気がつきつつもそのまま走り去ったが、その際、後輪で再び少女をひいている。
その後、7分間に18人もの通行人が通り過ぎたが、誰も少女を助けようとはしなかった。その間に別の車がもう一度、悦悦ちゃんをひいている。事故後、悦悦ちゃんは集中治療室(ICU)で治療を受けたが、死亡した。
事件は中国社会の冷たさ、道徳の崩壊を示すものとして大きな注目を集めた。環球網は環球世論調査センターと合同でネットアンケート調査を実施したが、80%が「中国社会の道徳は大きく後退した」と感じていることが明らかとなった。
「礼儀の国」中国でなぜ道徳が失われてしまったのか?「拝金主義の蔓延が原因」との回答が44%を集め、最多となった。続いて32%の「刑罰が軽すぎる」が2位となっている。
悦悦ちゃんを救出して、表彰されたお婆さん

アメリカ、WallStreet紙にもこの事件に関連して以下のような記事が掲載された。
【北京】中国広東省で2台の車にひき逃げされた王悦ちゃん(2歳)が、21日亡くなった。ひかれた悦悦ちゃんのそばを十数人が通りながら助けようと しなかった様子が監視カメラで映し出されていたことで、急激な社会的変化のなか中国人の共感力がどうなっているのかという議論が再び強まっている。
1週間前、王悦ちゃんが最初の車にひかれた後、徒歩やバイクの18人が救助もせず通り去った。7分後に年配の廃品回収者の女性が安全な場所に移し親を捜しにいくまで放置されたのだ。
この情景をとらえた監視カメラの映像はインターネットに投稿されて、多くのメディアの論説で取り上げられ、ソーシャル・メデイアのサイトに何百万という意見が寄せられた。
ツイッターに似たミニブログ「新浪微博」で、メディア研究家のゾゥ・クイ氏は「中国の最も不道徳な面がさらけだされた」と書いた。
なぜ通行人が女児を助けなかったかについて、経済成長で頭がいっぱいになっていると今の風潮を問題視する意見もあった。
「中国人にとって今一番大事なのは、カネを稼ぎ自分の利益を追求することだ」と山東行動科学研究所のジン・リアン氏。「中国の教育では倫理を教えない。人間の行動を決める上で環境は非常に重要だ。今の中国は病んでいる」と語った。
法律上の問題を指摘する声もあった。中国では他人を助けた「よきサマリア人」が、後で非難されたり訴えられる事件がいくつも起きている。
最も有名なのは2007年に南京で起きた事件だ。転んで足の骨を折った年配の女性を助けて病院に付き添った若い男性が訴えられたのだ。裁判所はこの男性に女性の医療費の40%を支払うように命じた。「常識的に考えれば、もし転倒したことに何らかの関わりがなければ救助するはずがない」というのがその理由だった。
王悦ちゃんの事件を受け、多くの中国の法律の専門家から、負傷したり病気の他人を助けた人に法的保護を与える、米国のいくつかの州のような法律を作るべきだとの声が上がっている。
それに加え、困っている人を助けなかったり、助けることを拒んだ人を罰する法律も必要だと主張するズー・ヨンピン弁護士のような人もいる。
同弁護士は、「ほとんどの中国人の親は自分の子どもたちに関係のないことに関わるな、トラブルを避けなさいと教える」と指摘、救助しないことを罰する法律は、中国の親が子どもの教育を変えるまでの「倫理的な指針」になると語った。
記者: Josh Chin
【私の論評】経済よりも社会を優先する日本、その正反対の中国!!?
 この事件、日本でも珍しくテレビ局なども報道し、日本でも、多くの人が知るところとなりました。あまりの酷さに、一体どうなっているのかと憤りを覚えた人も多かったと思います。

この事件に関して、日本人が憤りを覚えるのには、歴史的な背景があります。

まず、日本では、昔から大多数の人が、経済よりも社会を優先するという気風があったということがあります。これは、ドラッカー氏も指摘しているところです。

ドラッカー氏を扱った雑誌のグラビア

一方中国では、鄧小平氏によって改革解放へのスタートが切られ、確かに、改革は進んだのですが、その改革の考え方が、完璧に経済優先で「富める者から富め」というもので、社会のことは完璧に無視したものであり、社会は完璧になおざりされました。

現在の惻隠の情を忘れた民を多数つくりだした元凶となった鄧小平

生涯に三度の失脚(奇しくもうち二回は学生が起こした暴動が一因)を味わったためでしょうか、鄧小平は中国共産党の指導性をゆるがす動き(すなわち、自らに敵対する動き)には厳しい態度で臨み、1989年6月には第二次天安門事件で学生運動の武力弾圧に踏み切りました。この事件については初め趙紫陽総書記などが学生運動に理解を示したのに対して、軍部を掌握していた鄧小平が陳雲、李先念ら長老や李鵬らの強硬路線を支持し、最終的に中国人民解放軍による武力弾圧を決断したといわれています。こんな人間ですから、社会の安定など最初から、眼中にはなかったと思います。だからこ、建国から今にいたるまで、平均すると、年に2万回もの暴動が中国国内で、起こっているのです。

一方、日本では、ドラッカー氏が指摘したように、政治家、官僚はもとより、そもそも多くの人々が社会を優先してきました。しかし、そのことに対して反論する人もいるかもしれません。確かに、社会を良くするという考えは最近では、以前と比較すれば、ないがしろにされているところがあります。

ただし、それは程度問題であって、最近の多数の日本の愚かな政治家や、官僚などは別として、多くの普通の人々が社会を未だに最優先していることは、変わっていないと思います。その査証として、あの地震と、大津波の直後での震災地での人々の忍耐強さ、礼儀正さ、秩序だった行動に関しては、このブログでも掲載したことがあります。

もうひとつ、これは、このブログにも以前掲載したことですが、ほとんどのメディアが報道しないし、したとしても、歪曲して報道しますが、結局のところ1994年から、日本での犯罪件数は、減り続けているという事実です。

確かに、凶悪な事件も後を絶ちません。しかし、凶悪な事件も含めて、日本では、20年近くも一方的に減り続けているという事実があります。ときどき、起こる異常犯罪は、こうした傾向があり、さらに目立つということです。中国あたりだと、あまり珍しくもないわけです。社会を重視するという考え方は、日本人なら、あまり意識しなくても、そう考えるように子供の頃から躾けられているのだと思います。それは、日本人なら、遺伝子のようになっていて、あまりにも当たり前なので、自分たちが社会を重視しているという考えは希薄かもしれません。だから、制度的にも、法律的にも、かえって遅れをきたしてしまうのかもしれません。

確かに、目先で見ると、イギリスやフランスなどの国のほうが、社会保障制度が充実していて、社会を大事に考えているようにも見えますが、これらの国では、特に犯罪がここ10年間犯罪が減り続けているなどということはないです。これらの国とて、社会保障制度を充実する前までは、筆舌に語りつくせないほど、社会が混乱して、疲弊したからこそ、その反省もこめて社会保障制度を充実させたのです。

実際、これらの国での、心身障害者に対する扱いなど、いまでこそ、その片鱗もありませんが、昔は、筆舌に尽くしがたく酷い時もありました。しかし、日本では、昔から社会を重視する傾向があり、助け合いの精神もあり、社会が安定してきたからこそ、これらの国のほど充実させることはなく今に至っているとろこがあると思います。物事には、何でも裏表があるということです。

いずれにせよ、犯罪が継続して減り続けている社会は安定しているといえます。そうでない、国は、不安定であるといって良いと思います。そうなると、日本の社会は、もともと、犯罪率が低くて、安定しているのですが、さらに、近年犯罪が減って、ますます、安定しつつあるということです。(ただし、マスコミはおかしな報道の仕方をします。例えば、コンビニ強盗が増えたとか、外国人犯罪が増えたとか・・・・。しかし、良く考えてみてください、従来から比較すれば、コンビニ件数、外国人数は飛躍的増えています。であれば、犯罪も増えるのが当たり前です)

とにかく、上記の中国のような事件は、安定した社会を持つ日本では起こりえないと思います。第一皆さん、誰かが倒れて、血を流しているのを見て、自分以外に周りに人がいなかったらどうしますか。まずは、救急車を呼ぶとか、誰か助けを呼ぶとか、なにかはするはずです。これは、日本人なら、特に意識しなくても誰もがする行動だと思います。いや、それどころか、義務でさえあると感じるに違いありません。

私は、日本のあの奇跡の経済発展も、根底には社会を重視するという考え方があったから達成できたのであり、それなしにはありえなかったことと思います。日本の経済成長が頂点にあった、大阪万博のあった年には、、日本のGDPが20%以上の伸びであり、史上最高でしたが、中国はいまだにその域まで、達していません。これからも、ないと思います。

大阪万博のシンポル「太陽の塔」
その頃の日本には、いわゆる、「1億総中流」といわれるまでの平等主義が行き届いていました。しかし、中国では、最初から平等主義などなく、格差を助長するような改革を推進してきました。現在の中国の経済発展の停滞は、一時的なものではなく、これから恒常的なものになります。これは、社会を無視してきたつけであり、そのつけの代償として、幼児がひき逃げされた現場に遭遇しても、何もしないようなとんでもない人々が増えたのです。

中国古来の「見義勇為(正義のために勇敢に戦う)」「惻隠之心(惻隠の情)」といった美徳はすでに現代中国では、根絶に瀕しているのだと思います。そうして、これは文化的事象ではなく、政治的事象だと考えられます。なぜなら、この現象が単なる改革解放だけではなく、中国共産党とその政権が一貫として政治や法律の手段で『見義勇為』の士と『惻隠之心』を堅持する人々を残酷に弾圧してきた結果によるものでもあると考えられるからです。

中国のチベット弾圧に対して抗議する人々
中国の東トルキスタン弾圧に抗議する女性たち
古今東西を問わず、一国が繁栄するためには、まずは、安定した社会が重要です。それがなければ、安定した実体経済を築くこともできません。そうでなければ、経済も一時は、繁栄したように見えても、必ず破綻します。逆に社会さえ安定していれば、経済はいつの時代にも、一時は、不振に陥ることはありますが、いずれ、経済の復元力によって、必ず、元にもどります。

とにかく、今のままの中国では、もう発展のための"のりしろ"はほとんどないと考えるべきであると考えます。中国は、私達が、漢文などで学んだ、徳のあふれた古代の中国とは違います。現代中国では、こうした規範なども、共産主義の名の下に投げ捨ててしまいました。今は、結局、金持ちだけが、幅をきかせ、金がすべての尺度です。そうではない人々も多数存在しますが、そういう人々は、社会の隅に追いやられて、社会の表舞台にでてくることはありません。とにかく、この体制何かの形で体制を変えない限り、いずれどこかで破綻をきたすことは明らかだと思います。

逆に日本は、最近では、政治家や官僚が愚かな施策ばかりで、デフレを助長するようなことはばかりしています。だから、経済も一向に良くならず、デフレも克服されるような兆しが全く見えてきません。しかし、日本の多く人々が、従来からのように社会を重視する限りにおいては、いずれ、経済もかなず政府が何をしなくても、逆に棹差すようなことしかしなくても、いずれ、経済の復元力からいって、多少遅れることがあっても、必ず、良くなります。

現在の政権など、歴史の悠久の流れの中に咲いた一時の徒花に過ぎません。1,000年に一度の震災や津波、原発事故でさえ、悠久の歴史を持つ我が国の歴史からみれば、ほんの一時のことに過ぎません。朝廷をはじめとする私たち日本人の日本の雅(みやび)な伝統文化、それに勤勉で実直な国民性は、古から今に至るまで、継承されてきました。これからも悠久の歴史の中に燦然として輝き続けるどころか、さらに輝きを増すことでしょう。そうして、こうした勤勉と実直さを強く継承してきた東日本の人々も近いうちに、復興をなしとげ、悠久の歴史の中で共に燦然と輝くことになることでしょう。

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