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2025年12月16日火曜日

日本はインドの“真の友”となれるか ──プーチン訪印をめぐる評価の分裂と、アジア新秩序の鍵を握る東京


まとめ

  • 今回のポイントは、プーチン訪印をめぐる「何も起きなかった」という評価と「秩序転換の兆し」という評価は矛盾ではなく、インドがどの大国にも傾かなかった事実そのものが、アジア秩序の転換点であるという点だ。
  • 日本にとっての利益は、米中露が決定打にならない中で、日本だけが「信頼できる大国」としてインドの空白を埋め得る立場に立ち、アジア新秩序の設計に主体的に関与できることだ。
  • 次に備えるべきは、高市政権と自民党インド太平洋戦略本部を軸に、日米同盟と日印関係を結節させ、インドの孤独を埋める具体的行動を日本主導で積み上げることである。
プーチン大統領のインド訪問(12月4日から5日)をめぐり、国際政治の世界では評価が割れている。本稿は、その分裂を単なる意見対立として片付けるのではなく、なぜ評価が割れたのかを整理し、その先に何が見えてくるのかを明らかにする試みである。

議論の発端となったのは、次の二つの記事だ。この二つは、現時点での代表的な見方と言える。

一つは、Wedge ONLINE に掲載された論考である。
「ロシアの限界、低下するインドへの影響力…何も起きなかったプーチンの訪印、“友達のいない”インドへ日本はどう手を差し伸べるか」
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/39821

もう一つは、筆者自身が本ブログに掲載した論考である。
「アジアの秩序が書き換わる──プーチンの“インド訪問”が告げる中国アジア覇権の低下と、新しい力学の胎動」
https://yutakarlson.blogspot.com/2025/12/blog-post_7.html

前者は、プーチン訪印を「何も起きなかった外交行事」と評価する。後者は、同じ出来事を「アジア秩序転換の兆し」と捉える。初めて読む読者は、ここで戸惑うだろう。正反対の結論に見えるからだ。

しかし結論から言えば、両者は矛盾していない。

1️⃣「失敗」と「兆し」は両立する──象徴と実体を分けて考える

プーチンはウクライナ侵攻後初めてインドを訪問したが・・・・

Wedgeの記事が見ているのは、あくまで「実体」である。
ロシアはウクライナ戦争で国力を消耗し、兵器供給も滞り、インドに提示できる実質的な見返りを失っている。結果として、訪印は具体的合意を伴わずに終わった。この評価は正しい。

一方、筆者の論考が焦点を当てたのは「象徴」である。
なぜ成果が乏しいと分かっていながら、プーチンはインドを訪れ、インドはそれを受け入れたのか。しかもインドは、ロシアにも、中国にも、アメリカにも深く踏み込まなかった。

ここが重要だ。
実体として何も決まらなかったこと自体が、象徴として極めて重い意味を持つ局面に、アジアは入ったのである。

ロシアは衰退した。
中国は覇権的で、信頼されていない。
アメリカは強大だが、インドにとって同盟国ではない。

その結果、インドは「どこにも傾かなかった」。

これは消極的な失敗ではない。
インドが戦略的自立を選び、その代償として孤独を引き受けたという、明確な構造変化である。

2️⃣「友達のいないインド」という現実──空白が生まれた理由


Wedge記事の核心は、訪印の成否ではない。
それは、記事の終盤に示された次の一節に集約されている。

プライドの高いインドは、友人が欲しいなどとは言わない。しかし、実際には、友人は欲しいものである。
日本は、インドに寄り添い、友人になろうとするべきである。

これは感情論ではない。地政学的現実の冷静な描写だ。

インドは孤立を望んでいない。
しかし、米国には警戒心があり、中国は明確な脅威であり、ロシアはもはや後ろ盾になり得ない。
その結果、インドは「依存できる大国を持たない」という位置に立たされている。

ここで整理しておこう。

ワシントンは強すぎるがゆえに警戒される。
北京は覇権的で、秩序の担い手になれない。
モスクワは衰退局面に入り、主導力を失った。

この三者が同時に決定打にならなくなったことで、アジアには大きな空白が生まれた。

3️⃣なぜ「いまや東京」なのか──高市政権とインド太平洋戦略


この空白に、最も自然に入り込める国家が日本である。

日本は覇権を主張しない。
軍事的威圧も、価値観の押し付けもしない。
それでいて、経済力、技術力、制度構築力、政治的安定性を備えている。

インドから見て、日本は
脅威ではなく、
内政干渉の懸念もなく、
衰退国でもない。

「強すぎず、弱すぎず、信頼できる大国」という条件を満たす、ほぼ唯一の存在だ。

ここで重要なのが、日本国内の政治的文脈である。
高市政権は偶然に誕生したのではない。その背景には、自民党内に設置された「インド太平洋戦略本部」がある。この組織は、議員連盟などとは異なり、自民党の正式の組織である。

この本部は、日本が米国に追随するだけでは秩序は守れないという認識を共有し、インドを含む多極的枠組みを日本自身が支えるべきだという議論を積み重ねてきた。高市氏は、その理念を抽象論ではなく、日本が引き受けるべき国家戦略として一貫して語ってきた政治家である。

筆者が別稿で論じた
「トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった」
https://yutakarlson.blogspot.com/2025/12/blog-post_7.html

が示す通り、高市政権のインド太平洋戦略は、単なる対中抑止ではない。
日米同盟を基軸としつつ、日本が主体となり、インドを含めた秩序を下支えする構想である。

インドの孤独を埋め、
米国の関与を安定させ、
中国の覇権的行動を抑制する。

この三つを同時に成し得る国家は、日本しか存在しない。

結論──読者が押さえるべき一点

Wedgeの記事と、筆者のブログ記事は対立していない。
一方は現実の厳しさを示し、もう一方は未来の可能性を示している。

そして両者は、同じ結論へと収束する。

日本がインドの真の友となれるか。
その成否が、これからのアジア秩序を決める。

だからこそ言える。
アジア新秩序の鍵を握るのは、いまや東京である。

【関連記事】

高市外交の成功が示した“国家の矜持”──安倍の遺志を継ぐ覚悟が日本を再び動かす 2025年11月2日
高市外交を「即応力」と「設計力」で描き、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)が“理念”ではなく“運用”に移る瞬間を押さえた論考だ。自民党側での準備(戦略本部の動き)も含め、いま日本がインドの“真の友”になり得る条件を、政権の意思決定構造から説明する補助線になる。 

安倍構想は死なず――日米首脳会談が甦らせた『自由で開かれたインド太平洋』の魂 2025年10月29日
FOIPの「標語化」を終わらせ、日米同盟を安全保障・経済・技術まで貫く総合戦略として再起動させる視点を整理した記事だ。読者に「なぜ鍵が東京に移るのか」を一段深く理解させる“骨格”として機能する。 

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった 2025年10月23日
日米同盟を“受け身の同盟”から“秩序の設計”へ押し上げる構図を、貿易・防衛・テクノロジーの三本柱で描いた記事だ。今回の「インドは孤独になり得る/日本が友になれる」という本論を、日米の実務連携の側から支える。 

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 ― 我が国外交の戦略的優先順位 2025年8月22日
外交は「何でもやる」ではなく「優先順位」だという一点を、安倍FOIPの知的基盤と対比で示した記事だ。インド太平洋に国家資源を集中させるべき理由が明確なので、「日本はインドに寄り添うべきだ」という結論を“戦略論”として固められる。 

日印が結んだE10系高速鉄道の同盟効果──中国『一帯一路』に対抗する新たな戦略軸 2025年8月13日
「友」とは感情ではなく、現実の利益と信頼の積み上げだ――そのことをインフラ協力(日印高速鉄道)で具体化した記事だ。安全保障・供給網・技術協力へ波及する“同盟効果”を示しており、日印関係を“美辞麗句”で終わらせないための具体例として使いやすい。 


2025年12月9日火曜日

中国空母「遼寧」艦載機レーダー照射が突きつけた現実──A2/ADの虚勢、日本の情報優位、そして国家の覚悟



まとめ
  • 今回のポイントは、中国が“余裕のなさ”を隠せず、日本・米国・台湾の戦略的結束に反応してレーダー照射に踏み切ったと見られることだ。
  • 日本にとっての利益は、AWACSとASWを軸にした世界最高の情報優位が、中国のA2/ADを実質的に無力化し、第一列島線で確かな抑止力を維持できていることが浮かび上がったという点である。
  • 次に備えるべきは、この優位を活かす法制度の整備であり、“撃たれてから撃つ”という戦後の枠組みを改め、自衛隊が現実の脅威に対応できる体制を築くことだ。
1️⃣レーダー照射が示した“中国の焦り”と、日米台の戦略的転換


中国空母「遼寧」から発艦したJ-15が航空自衛隊F-15に射撃管制レーダーを照射した。これはミサイル発射直前の“殺気の照射”であり、誤操作では絶対に起きない。撃墜されてもおかしくない危険な行為だ。防衛省は事案発生から半日ほどで事実確認と抗議を行い、高市総理も「極めて危険で遺憾」と述べた。この迅速さは、2013年の同様事案で公表に一週間かかった時とは明らかに違う。日本政府はすでに“戦後的な悠長さ”から脱しつつある。

今回、中国が見せたのは最新空母「福建」ではなく旧式の「遼寧」だ。「福建」は電磁カタパルトを搭載する新世代空母だが、重武装戦闘機を安定して発艦させるには依然制約が多い。示威行動に確実性を求めれば、運用経験の蓄積がある「遼寧」を使わざるを得なかった。つまり中国は“見せたい能力”と“実際に運用できる能力”のあいだに、大きな隔たりを抱えている。

では、なぜこのタイミングなのか。背景には、日米が台湾をめぐる戦略を一気に強化させた事実がある。
11月7日、高市総理は「台湾有事は日本の存立危機事態に当たり得る」と明言し、翌日にはトランプ大統領と電話協議を行った。12月2日には台湾保障実行法が成立し、台湾支援を“自粛”から“実行”へと進める枠組みが固まった。さらに12月5日、米国は新国家安全保障戦略を発表し、台湾海峡の安定と第一列島線での軍事優位を最優先とすると宣言した。

このわずか数週間の動きが、中国の思惑を狂わせた。戦略発表から二十四時間以内に中国は反発声明を発し、台湾は逆に強く歓迎した。東アジアの力関係が急速に再編されるさなかで、中国が焦りを見せ、示威行動へ踏み切ったと見るのが最も自然だ。
 
2️⃣日本が握る“海と空の主導権”──AWACSとASWという世界最強の情報優位

日本のE-767 早期警戒機

今回の事案を読み解くうえで欠かせないのは、日本が「情報の支配」を握っているという現実だ。空ではAWACS、海ではASW。この二つの組み合わせが、中国のA2/AD戦略を根本から崩している。

航空自衛隊は、世界で日本だけが運用するE-767 AWACSを4機すべて保有している。
E-767は、ボーイング767を母体にした日本専用の大型AWACSで、E-3を基に改良を加えた“デラックス版”とも言える機体だ。機内容積は大きく、搭載システムも最新仕様に更新されており、空中戦全体を統制する“空飛ぶ司令部”として極めて高い能力を持つ。

米軍はE-3を主力に独自の指揮体系を構築しているため、E-767のような大型AWACSを独自に運用する体制は日本固有のものだ。

さらに日本は、最新鋭E-2Dを含む早期警戒機(AEW/C)を多数配備しており、
日本周辺空域は世界でも例を見ないほど高密度の警戒網で覆われている。
(航空自衛隊公式サイト:https://www.mod.go.jp/asdf/)しかし、日本の真の強みは海の領域にある。
ASW(対潜戦)は、中国が最も苦手とする分野だ。
P-1哨戒機は世界唯一の純国産最新鋭機で、レーダーとソナー解析能力は世界最高水準だ。P-3Cも依然として戦力の柱であり、海自は太平洋の広大な海域を常時監視する能力を持つ(海上自衛隊公式サイト:https://www.mod.go.jp/msdf/)。

さらに、日本とアメリカは海底ソナー網(いわゆるSOSUS)と曳航式アレイを統合し、第一列島線を突破する潜水艦をほぼ必ず捕捉できる体制を築いている。海自潜水艦部隊は静粛性と練度で世界最高峰とされ、米海軍から“最も見つけにくい潜水艦”と評されるほどだ。

この情報優位は、A2/AD(米軍接近阻止・領域拒否)戦略を根底から崩す。
A2/ADが成立するには、潜水艦の静粛性、AWACSによる広域航空優勢、統合作戦のデータリンク、海空域全体のセンサー網が必要だ。しかし中国はこれらの根幹を日米に奪われている。外洋に出た瞬間、中国は“見えない海”に入り、日米は“見える海”で作戦できる。
この差は、戦力差以上の意味を持つ。

中国が今回のような派手な示威行動に頼る理由は、ここにある。見えない部分の弱さを、見せる行動で補う必要があるのだ。
 
3️⃣法制度という“最後の弱点”と、日本が進むべき道


ただし、日本には一つだけ決定的な弱点が残っている。
それは法制度である。

自衛隊は中国の軍用機相手でも、「対領空侵犯措置」という警察権の延長で対応せざるを得ない。武器使用は正当防衛か緊急避難のみ。
つまり、撃たれるまで撃てない。

これは現代の空海戦では致命的な遅れだ。今回のようなロックオン事案では、一瞬の判断が撃墜と戦争を分ける。もしF-15が落とされていれば、日本は防衛出動の判断を迫られ、米軍は即時展開し、東シナ海は一気に緊迫した空域になっていただろう。

自衛隊を現実の脅威に向き合える組織へと再定義し、ROE(交戦規定)、軍事法廷、行動規範といった根本制度を整備する必要がある。制度が“戦後のまま”であれば、この国の抑止力はいつか破綻する。

だが希望はある。
AWACSとASWという世界最高の“目と耳”。
第一列島線での情報支配。
日米台の急速な連携強化。そして、日本の政治指導者が示し始めた覚悟。

この国はすでに、守るための力を手にしている。
あとは、その力を生かすための制度と覚悟だ。

中国のレーダー照射は、日本が次の段階へ進む時が来たことを告げる“警鐘”である。
日本は、守るべきものを守る国家でなければならない。

そのための力は、すでに手の中にあるのだ。

【関連記事】

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AIが認知戦・サイバー攻撃・無人兵器を一体化させ、戦争の形を変えつつあるなかで、日本がどのように「情報優位」を築くべきかを論じた記事。高市政権の戦略や、日本の製造力・素材技術を安全保障にどう結びつけるかを示しており、今回の「AWACSとASWによる情報支配」というテーマと地続きの内容になっている。

中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』 2025年11月16日
中国が日本に対して異常なまでの威嚇と外交的圧力を強める背景には、日本列島と第一列島線が中国海軍を外洋進出から封じ込める「地政学的な壁」であるという現実がある。フリードマンの分析を手がかりに、中国の恫喝が「日本への恐怖」の裏返しであることを明らかにし、今回のレーダー照射をどう位置づけるべきかを考える手掛かりとなる。

“制服組自衛官を国会答弁に”追及の所属議員を厳重注意 国民―【私の論評】法と実績が示す制服組の証言の重要性、沈黙の国会に未来なし 2025年2月7日
自衛隊制服組の国会証言をめぐる論争を題材に、「文民統制」を口実とした過剰な自粛が、逆に日本の安全保障議論を貧しくしている現実を批判した記事。今回のレーダー照射を受けて必要となるROEや法制度の見直し、「撃たれてから撃つ」体制の限界を考えるうえで、制度面の弱点に光を当てる内容になっている。

海自護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初通過、岸田首相が派遣指示…軍事的威圧強める中国をけん制―【私の論評】岸田政権の置き土産:台湾海峡通過が示す地政学的意義と日本の安全保障戦略 2024年9月26日
海自護衛艦「さざなみ」の台湾海峡初通過を通じて、日本が中国の軍事的威圧に対してどのように「海の主導権」を示したかを分析した記事。台湾有事と第一列島線の攻防、そして日米豪との連携という観点から、今回の空母「遼寧」による示威行動との連続性を読み解くことができる。

インド太平洋に同盟国合同の「空母打撃群」を―【私の論評】中国にも米とその同盟国にとってもすでに「空母打撃群」は、政治的メッセージに過ぎなくなった(゚д゚)! 2021年5月21日
インド太平洋における米軍・同盟国の空母打撃群運用を取り上げ、中国空母「遼寧」を含む空母戦力が、実戦以上に「政治的メッセージ」として使われている現実を指摘した記事。今回のレーダー照射事件が、中国の軍事力誇示と国内向け宣伝の側面を持つことを理解するうえで、背景となる視点を提供している。

2025年12月5日金曜日

トランプ政権が日本の「軽自動車」を認め始めた――Keiは日米エネルギードミナンスの先兵に


まとめ

  • 今回のポイントは、アメリカが日本の軽自動車の“実用思想”そのものを評価し始め、市場が大きく動き出したこと。
  • 日本にとっての利益は、軽自動車産業の復活と、日本の省エネ思想がSMR・核融合炉普及前の“世界標準”になり得る展望が開けたこと。
  • 次に備えるべきは、この追い風を逃さず、軽技術と供給網をさらに磨き、日米両市場を同時に獲る体制を固めること。

1️⃣アメリカ市場で始まった“軽自動車革命"


アメリカで、これまで想像すらされなかった変化が起きている。日本の軽自動車に近い“超小型車”を米国内で生産・販売する道を開くよう、トランプ大統領が米運輸省に検討を指示したと報じられたのだ。軽規格そのものが即座に認可されるわけではない。しかし、完全に閉ざされていた市場がいま初めて動き始めた。この一歩には、日本自動車産業の未来を左右する力がある。

2025年12月3日、トランプ大統領は会見でアジアの「小さくて可愛い車」を米国で扱えるようにすべきだと語り、米運輸省に検討を命じた。Bloombergも“Kei-style compact cars”導入の検討開始を報じた。もちろん、日本の軽自動車をそのまま輸入しても、米国の厳しいFMVSS(安全基準)には到底通らない。実際には米国仕様に合わせた“アメリカ版の軽”を新たにつくる必要がある。それでも、日本の軽自動車が持つ思想を米国が評価し始めたという事実は重い。

なぜ、このタイミングで軽なのか。答えはアメリカの現状にある。EVは高すぎて一般層が買えず、ガソリン車も価格が高騰し、郊外で働く人々は移動手段を失いつつある。そんな国で、安い、壊れない、燃費抜群、必要十分なサイズの軽自動車が求められるのは必然である。トランプは保護主義者と誤解されがちだが、「アメリカ国民に利益があるなら輸入は容認する」という徹底した現実主義者だ。軽のような合理的な車を歓迎するのは当然である。

日本の軽自動車が強い理由は、その背後にある日本の産業構造にある。軽を成立させているのは、日本全国の町工場だ。エンジン部品、樹脂成形、電装部品――こうした基盤技術こそ日本の製造業の背骨であり、軽が売れれば地方経済が蘇る。私が以前のブログで指摘してきたように、“我が国の静かな強み”とは、華やかな大企業ではなく、こうした地に足のついた技術の総体である。

一方、欧州と中国にとっては深刻な脅威になる。両地域はEVシフトを国家政策として強行してきたが、補助金頼みで土台は脆く、ユーザーはすでに疑問を抱き始めている。そこに日本の軽的コンパクトカーがアメリカ市場へ入り込めば、EV覇権は根底から揺らぐ。特に中国メーカーにとっては致命傷になりうる。
 
2️⃣EV神話の崩壊と、軽自動車という合理的解


決定的なのは、EVそのものが抱える“構造的な欠陥”だ。EVバッテリーの原料となるリチウム、コバルト、ニッケルの採掘現場では環境破壊と児童労働が続き、製造工程ではガソリン車より多くのCO₂が排出される。EVは“走行中は排ガスを出さない”だけで、実際には火力発電所が代わりに莫大な排ガスを吐いている。これが現実である。

さらに、EVは「発電→送電→蓄電→充電→走行」という長いエネルギーチェーンを持ち、その過程で膨大なロスが生じる。特に急速充電は電力の浪費が激しい。それに対し、軽自動車は成熟した技術でガソリンを直接動力に変換し、最小のエネルギーで最大の距離を走る。純粋なエネルギー効率を比べれば、軽がEVを上回るという研究も多い。

私は以前のブログで書いたが、EVが真に普及するのはSMR(小型モジュール炉)や核融合が実用化し、電力が湯水のように使えるようになった未来だ。電力が安価で無限に近く、安定し、CO₂を一切出さない世界になって初めて、EVの理念は成立する。現在の電力事情のままEV化を推し進めれば、環境負荷はむしろ増加する。
 
3️⃣エネルギー・ドミナンスと、日本の理念が世界標準になる未来

日本のKeiが米国のエネルギードミナンスに役立つ時が来た

こうした大局観を踏まえると、トランプが軽的コンパクトカーを評価した理由が見えてくる。彼は単に“安い車”を導入したいわけではない。背後には“エネルギー・ドミナンス”という国家戦略がある。アメリカが石油、ガス、原子力を掌握し、世界のエネルギー秩序を主導する。そして、その未来に至るまでの“現実的な橋渡し役”として、軽的コンパクトカーを評価したのである。

この流れは、日本の国家戦略とも一致する。高市政権が掲げる“ものづくり国家”の再興は、軽自動車を支える地方中小企業を国力の中心に据える発想であり、軽のアメリカ進出は日本産業の再生、地域経済の復活、サプライチェーンの強靭化、そして日米経済協力の深化に直結する。

課題がないわけではない。米国の安全基準への適合、企業の採算、政治的な思惑。しかし、トランプが方向を示し、米運輸省が動き始めた今、その壁は時間とともに崩れていく。合理性は完全に日本の側にある。

長年「ガラパゴス」と笑われてきた軽自動車こそ、世界が求めていた合理的解であった。アメリカという巨大市場が静かに開き、日本の自動車理念――軽量で壊れず、燃費が良く、生活に必要な性能だけに徹する“実用の思想”――が米国で評価され始めている。これは、SMRや核融合炉が普及する前の世界で、日本の思想が“標準”となる可能性を秘めている。

歴史は新たな方向へと動き出した。
軽のアメリカ進出は、我が国の自動車技術と理念が、これからの世界の常識を形づくる未来への第一歩である。

【関連記事】

OPEC減産継続が告げた現実 ――日本はアジアの電力と秩序を守り抜けるか 2025年12月1日
OPECプラスの協調減産長期化が、原油価格とアジアの電力秩序をどう揺さぶるのかを分析した記事。日本が「ガスと電力」をテコに、アジアの安定供給を支える側に回るべきだという論点は、トランプ政権下での軽自動車・コンパクトカー戦略を「エネルギードミナンス」の一部として位置づける今回の記事と直結している。

三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
三井物産と米Venture GlobalによるLNG長期契約を、日本のエネルギー安全保障とアジア電力秩序を変える「国家戦略級案件」として論じた一編。ガソリン車・軽自動車を含む自動車産業も、最終的には安価で安定した電力・ガス供給の上に成り立つという視点から、トランプのエネルギー路線と日本の軽規格の親和性を補強して読むことができる。

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道各地のメガソーラー・風力紛争を素材に、「脱炭素イデオロギー」の危うさと、LNG+原子力を軸にした現実的エネルギードミナンスの必要性を訴えた記事。EVが必ずしもエコではなく、低燃費ガソリン車や軽自動車こそ現実的な過渡期の解であるという今回の問題意識と、エネルギー政策面からピタリと噛み合う。

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論 トランプ米政権が関心―【私の論評】日本とアラスカのLNGプロジェクトでエネルギー安保の新時代を切り拓け 2025年2月1日
トランプ政権が関心を示したアラスカLNG計画に、日本がどう関与し得るかを検討した論考。中東依存からの脱却とFOIP文脈での経済安保を描く内容で、米国の化石燃料増産路線と、日本側の「軽・コンパクトカー+高効率火力」という組み合わせが、日米エネルギードミナンスの共同戦略になりうることを考えるうえで格好の参照記事である。

トランプ氏とEVと化石燃料 民主党の環境政策の逆をいく分かりやすさ 米国のエネルギー供給国化は日本にとってメリットが多い―【私の論評】トランプ再選で激変?日本の再生可能エネルギー政策の5つの課題と展望 2024年7月31日
トランプがEV義務化の撤回と「ドリル、ベイビー、ドリル」を掲げる背景を整理し、日本の再エネ偏重政策の欠点とSMR・核融合への長期シフトの必要性を論じた記事。EVの「見かけのエコ」と、発電段階のCO₂排出というギャップを指摘しており、軽自動車を過渡期の合理的選択と見る今回の議論の、エネルギー政策的な土台になっている。

2025年12月3日水曜日

マクロン訪中──フランス外交の老獪さと中国の未熟・粗暴外交、日本に訪れる“好機”と“危険な後退”

まとめ

  • 今回のポイントは、マクロン訪中を“中仏の短期利益”で片づけるマスコミなどの浅い理解を超え、実はフランスの“数百年の老獪な伝統外交”と、中国の“建国70年の未熟・粗暴外交”が激突し、文明の断層が露わになりつつある点にある。
  • 日本にとっての利益は、仮に欧州が中国へ傾けば“経済・技術の空白”を埋め、米国の信頼とインド太平洋の要としての存在感が飛躍的に高まることだ。ただし、安全保障面では確実に後退が生じる。これに対する備えを怠るべきではない。
  • 次に備えるべきは、中国外交の“粗暴さ”の源である“外交史の未熟さ”という本質を見抜き、その未熟ゆえに暴走しないよう、日米と有志国で力の空白を塞ぎ、日本が秩序形成の中心に立つ体制を整えることである。
1️⃣中国の「欧州割り」と台湾問題──マクロン訪中の本当の意味

会談前に握手する仏マクロン大統領(右)と中国の習近平国家主席=パリのエリゼ宮 2024年5月6日

中国外務省は12月1日、エマニュエル・マクロン大統領が3日から5日にかけて中国を訪問すると発表した。訪問先は北京と四川省成都で、習近平国家主席の招待による公式訪問である。フランスは2026年にG7議長国を務める予定で、中国としてはこの時期にフランスを取り込み、米国との対立が続く中で欧州に揺さぶりをかける思惑がある。

今回の訪中を考えるうえで重要なのは、台湾問題をめぐる構図だ。日本では11月7日、高市早苗首相が台湾有事が日本の安全保障に重大な影響を与えるとの認識を述べた。これは従来の政府方針そのままである。しかし中国はこれを外交材料に変え、王毅外相はフランス大統領府のボンヌ外交顧問に対し、日本を「挑発国家」と位置づけ、フランスが一つの中国原則を強く支持するよう迫った。

ここには中国の狙いがある。
台湾問題の国際化を避け、日本・台湾・米国の連携を弱め、欧州内部の分裂を広げる。

実際、欧州内部には
  • バルト三国やポーランドのような“反中国派”
  • ドイツのような経済優先型
  • 中国投資依存の南欧
  • フランスのような「独自外交」を志向する国
という深い断層が走っている。

そしてこの構図を読み解く鍵は、フランス外交の老獪さと、中国共産党外交の若く粗暴な性質である。

フランスは数百年にわたり、勢力均衡と駆け引きを繰り返してきた。老獪という言葉が最も似合う外交を持ち、その伝統はルイ14世からド・ゴールまで連綿と続く。
一方、中国共産党外交は70数年しか歴史を持たず、過去の歴代王朝は互いに断絶しており、現政権も大陸の政治文化を継承していない。国際法より力、合意より威圧を重視する姿勢は、その未成熟さを如実に示している。

そして重要なのは、
若く粗暴な外交は、老獪な外交よりも時に遥かに厄介であるという事実だ。成熟を欠く政治体制は、予測不能の行動を取り、周囲の警告を理解できず、誤った判断を繰り返す。それが国際秩序を危険にさらす。
 
2️⃣マクロンは中国の手先ではない──“栄光外交”、右派台頭、老獪なフランスの本性

ド・ゴール第18代・第五共和政初代大統領

マクロンを「中国に踊らされる愚か者」と見るのは浅い理解である。彼の行動原理はもっと複雑で、そしてフランスらしい。

「フランスは世界を動かす大国である」
「外交の舞台でその栄光を示し、国内政治の流れを反転させたい」

これがマクロンの本音である。これはフランス大統領の伝統でもあり、世界の勢力図を左右してきた“調停者としてのフランス”という自己像の延長線上にある。

しかし現実には、国内で国民連合(RN)が勢いを増し、次期選挙ではバルデラやルペンが政権を奪取すると予測されるほどだ。移民・治安・格差──フランス社会は深い不満を抱え、マクロンの支持率は低迷し続けている。
国家の空気を変えるには、外交での成果が欠かせない。北京の舞台装置は、そのための一つの賭けである。

ただし、これは老獪なフランスが中国に従うという構図ではない。
むしろ逆である。
フランスは中国の野望を利用しつつ、フランス外交の主導権を取り戻そうとしている。

だが、ここで問題となるのが、中国共産党外交の“若さ”と“粗暴さ”だ。
老獪な相手なら読みやすい。しかし粗暴な相手は予測がつかず、時として周囲の警告も理解できない。それゆえに危険である。

さらに、こうした未成熟な外交文化を矯正するには、自由主義諸国が根気強く、
中国が粗暴な行動を取るたびに制裁・圧力・コスト付けを行い、理解させるしかない。
力の空白を作れば相手は“間違った学習”をし、より粗暴になる。
力の空白を埋めることこそ、真の寛容である。

この原則を理解しなければ、フランスも日本も中国外交に対処できない。
 
3️⃣EUの揺らぎと日本の未来──安全保障では痛み、経済では日本が主役になる

EUは「人権」「環境」「民主主義」といった理想を掲げながら、実際には利害で立場を変える政治共同体である。鰻、鯨、移民政策、AI規制──二枚舌はこの20年、繰り返されてきた。

マクロン訪中と中国の揺さぶりは、欧州の内部分裂を強調し、台湾抑止の力を弱めかねない。欧州が台湾問題で曖昧になれば、中国は軍事行動の心理的ハードルを下げる可能性がある。安全保障面では、日本にとって明確な痛みだ。

だが、経済面では話が逆転する。
欧州の中国接近は、日本企業が“空いた席”に座る最大の機会になる。

米国は中国寄りの国に制裁を課し、価格の高いリスクを負わせる。欧州企業が脱落すれば、その穴を埋めるのは日本である。これまでの制裁局面と同じく、
半導体、素材、工作機械、エネルギーインフラなどでは、日本の信頼性が最も高い。
さらに政治リスクが高まった欧州から、日本への投資が流れ込む。

つまり欧州の揺らぎは、
安全保障では痛み、経済では日本が相対的に得をする
という二重の現象として現れる。

そしてこれらは読者の生活にも反映される。
エネルギー価格、物価、為替、給料、企業の設備投資──すべて国際政治の影響下にある。欧州が崩れれば資金は日本に流れ込み、日本企業の競争力は強まる。しかし台湾の安定が揺らぎ、海上輸送が危うくなれば生活コストは跳ね上がる。

こうした複雑な時代に、日本が取るべき道は明らかだ。
欧州の混乱に飲み込まれず、空白を埋める“中心国”となること。
米国との同盟を軸に、インド太平洋で供給網と安全保障を固め、自由主義諸国と連携して中国の未成熟な外交を“成熟へと導く”枠組みを作ること。

力の空白を放置すれば、粗暴な外交はますます粗暴になる。
力の空白を埋めることこそが、真の寛容であり、平和を守る唯一の方法だ。

マクロン訪中、高市発言、中国の揺さぶり、欧州の分裂、老獪なフランスと若い中国外交──すべては日本の10年後を左右する現実である。世界は静かに大きく動いている。日本はその変化を座して眺める国ではなく、自ら未来を選び取る国であるべきだ。

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EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略 2025年11月28日
EUがワシントン条約やAI規制など「ルール支配」で世界を縛ろうとする構図を解きほぐしつつ、フランスを含む欧州の老獪な外交と、中国の浸透戦略にどう対処すべきかを論じた記事。マクロン訪中を扱う本稿とも直結し、「欧州の二枚舌」「中国との距離感」を読むうえで補助線になる内容である。

ASEAN分断を立て直す──高市予防外交が挑む「安定の戦略」 2025年11月5日
世界の「大断片化」としての治安悪化・権威主義化を背景に、高市政権がASEANを軸にインド太平洋の安定を図る外交戦略を整理した記事。欧州が中国に揺さぶられるなか、日本がどこで主導権を取り得るのか、エネルギー・安全保障・サプライチェーンの観点から描いており、マクロン訪中後の日本の立ち位置を考える際の実務的な示唆が多い。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 ― 我が国外交の戦略的優先順位 2025年8月22日
安倍晋三氏のFOIP(自由で開かれたインド太平洋)が、米国を巻き込んで国際秩序の柱となった経緯を振り返りつつ、石破構想との違いを通じて「日本外交の優先順位とは何か」を問う記事。フランスやEUが中国との距離を測り直す局面で、日本がどの戦略軸を死守すべきかを整理しており、本稿の「欧州が中国に流れても日本はインド太平洋で価値を高めうる」という論点と噛み合う。

米露会談の裏に潜む『力の空白』—インド太平洋を揺るがす静かな地政学リスク 2025年8月16日
トランプ・プーチン会談を素材に、「米露接近」が生む一時的な抑止力の緩み=力の空白が、結果としてインド太平洋にどう波及し得るかを分析した記事。欧州情勢の変化がそのまま日本の安全保障リスクや対中抑止に跳ね返る構造を説明しており、マクロン訪中を「他人事ではない欧州の揺らぎ」として読み解くための背景解説として適している。

海自護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初通過、岸田首相が派遣指示…軍事的威圧強める中国をけん制―【私の論評】岸田政権の置き土産:台湾海峡通過が示す地政学的意義と日本の安全保障戦略 2024年9月26日
海自護衛艦「さざなみ」の台湾海峡初通過を、チョークポイント支配とFOIP実践の観点から読み解いた記事。中国が軍事・外交両面で圧力を強めるなか、日本がどのように「海の秩序」を守り、自国の安全保障とサプライチェーンを確保していくかを論じており、欧州と中国の駆け引きが激化する局面での日本の実力行使と戦略的メッセージを確認できる。

2025年12月2日火曜日

AIと半導体が塗り替える世界──未来へ進む自由社会と、古い秩序に縛られた全体主義国家の最終対決


まとめ
  • AIと半導体が21世紀の国力と安全保障の中心となり、米国は日米協力を軸に重要鉱物サプライチェーンを再構築し始めた。
  • 中国はGDPの見かけとは逆に国力の根幹が脆弱で、米国と同じ土俵に立ったことはなく、経済指標の悪化やAIによる監視強化が体制の限界を露呈している。
  • 中国・ロシア・北朝鮮は自由社会を意図的に狙って妨害するというより、自らの古い権威主義的秩序観によって国際秩序を組み替えようとし、その行動様式が自由社会の進歩に摩擦を生む構造になっている。
  •  NvidiaSynopsysの提携が象徴するように、自由社会は設計・素材・製造の三層構造の「上流工程」まで握りつつあり、AIを監視ではなく創造のために使う文明圏として次の段階へ進んでいる。
  • 日本はすでに正しい方向へ歩んでおり、課題は方向選択ではなく、外側からの摩擦を退け、自由社会の段階上昇を妨害させない構造的な強さを確保することにある。

世界はいま、AIと半導体を中心に、秩序そのものが組み替わりつつある。かつて軍事や石油が国家の強さを決めていた時代は過ぎ去った。21世紀に国力の核心を握るのは、技術と情報である。そして、最近の報道はその事実を見事に証明した。米国の戦略、衰退する中国、そしてAI文明へ踏み出す自由社会。この三つが交差し、未来の地図を描きつつある。

1️⃣米国は「AI・半導体時代の集団安全保障」を形成しつつある

トランプ大統領と高市早苗首相は、重要鉱物と希土類(レアアース)の供給確保に向けた枠組みに合意

最初の出来事は、米国が「技術と資源の安全保障同盟」を固め始めたことを示している。2025年10月27日、ホワイトハウスは日米による重要鉱物とレアアースの供給確保枠組みを公式に発表した(→ White House公式発表)。同内容は Reuters Japan でも確認されている。

この枠組みは、AIサーバーを動かすGPU、先端半導体の素材、軍需・宇宙技術に欠かせないレアアースまで、すべてを中国依存から切り離すためのものだ。採掘から精錬・加工まで、サプライチェーン全体を日米が一体で押さえる体制づくりに着手したということでもある。

冷戦期の核と石油が覇権の中心だったように、今世紀はAIと半導体が国家の生存を左右する。これは単なる産業政策ではない。21世紀版の集団安全保障である。

2️⃣中国は「米国と肩を並べたことがない国家」──そして弱体化しながら危険度を増す

第二の出来事は、中国の本質的な脆さを白日の下にさらした。長年「米中二大国」「覇権競争」という言説が幅を利かせてきたが、これは幻想である。中国は、軍事力の質、技術の自立性、通貨の信頼性、制度の強靭さ、人口構造など、国力の根幹において米国と同じ土俵に立ったことが一度もない。

GDP総額だけが膨らんだために誤解が生まれただけで、最初から比較の相手ではなかったのだ。

その“勢い”すら崩れつつある。2025年11月、中国の製造業PMIは49.9で、8か月連続の縮小となった(→ Reuters分析)。これは工業国家としての基盤が揺らぎつつあることを示す。

さらに、中国共産党はAIを監視統治の手段として徹底利用している。大手プラットフォーマーを“党の延長機関”として動員し、AIによる言論検閲、民族監視、司法判断への影響、国民のリスクスコアリング、さらには感情分析まで導入しようとしている(→ Washington Post調査報道)。


これは、AIを「創造のエンジン」とする自由社会とは正反対だ。ピーター・ドラッカーが語った「イノベーションとは社会のニーズを見つけ、新たな満足を生む体系的活動」だという定義とは正反対の方向へ進んでいる。

そして最も危険なのは、中国が弱体化すると外への攻撃性を増す構造があるという事実だ。しかし、ここで誤解してはならない。中国やロシア、北朝鮮が「日本や自由社会を狙って破壊しようとしている」という単純な話ではない。もっと深い構造問題がある。

彼らは前近代的な権威主義の秩序観に基づいて国際社会を動かし続けており、その行動様式が結果として自由社会の前進を妨害してしまうのだ。サイバー攻撃、影響工作、技術窃取、国際機関への介入は、彼らの体制から必然的に生まれる行動であり、これが自由社会の“段階上昇”を外側から鈍らせる摩擦となる。

3️⃣Nvidia × Synopsys が象徴する「自由社会の文明的飛躍」──日本はその中心へ

第三の出来事が示すのは、自由社会がAI文明の“上流工程”まで支配し始めたという事実だ。2025年12月、Nvidiaは半導体設計ソフト大手Synopsysに20億ドルを出資し、戦略提携を発表した(→ Reuters報道)。

SynopsysはEDAと呼ばれる半導体設計の中枢領域を支配する企業であり、半導体の“脳と設計図”を作る存在だ。AIの心臓部であるGPUを握るNvidiaが、その上流工程まで押さえに来た。これは、米国が「設計→素材→製造」という三層構造の最上位を固める動きそのものだ。


自由社会はこの技術を監視ではなく、医療、行政、教育、金融、産業といった社会のあらゆる領域を一段上へ押し上げる“創造のため”に使う。複数の試算で、AIは労働生産性を年率0.5〜3.4ポイント押し上げるとされ、これは産業革命に匹敵する。

産業革命級の技術を、主に軍事強化、監視、旧秩序維持に使った国家は、例外なく失敗 している。清朝(中国)、オスマン帝国、ロシア帝国、プロイセン(ドイツ帝国)、徳川幕府などだ。今回のAI革命でも同じことが繰り返されるだろう。

日本にとってAIは、人口減少と労働力不足を突破する最強のエンジンである。単なる効率化ではなく、社会そのものを高次へ押し上げる文明的転換をもたらす。

だが、その前進を外側から鈍らせる勢力がある。それは中国、ロシア、北朝鮮などの全体主義国家である。彼らは古い体制の論理・価値観のまま国際秩序を組み替えようとし、その行動が自由社会の未来に摩擦をもたらす構造にある。ただ、産業革命がそうだったように、結局新たな技術を主に社会変革に用いる国々が勝利を収めることになる。

自由社会が守るべきは方向性ではない。すでに正しい方向へ進んでいる。その前進を鈍らせない構造的な強さこそが、日本を含む自由主義国の最大の課題である。

結び

自由社会は、AIと半導体を創造のエンジンとして、社会を次の段階へ押し上げようとしている。これは単なる技術革新ではなく、文明の更新だ。米国はその基盤を固め、日本はその中心で役割を強めつつある。

しかし、その歩みには必ず外側から摩擦が生じる。中国、ロシア、北朝鮮という権威主義の古い秩序観が国際社会に持ち込まれるかぎり、自由社会は常に妨害を受ける。さらに国内では、これを理解しないマスコミ、古い頭の政治家、官僚など存在がある。しかし、その摩擦を退けたとき、自由世界は間違いなく新たな黄金期へ進む。そして日本は、その中心に立つことができる。

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EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略 2025年11月28日
ウナギ・鯨からAI・中国政策・移民まで、EUが「規範」で世界を縛ろうとする構図を解剖し、日本が科学・外交・同盟の三本柱で対抗すべきだと論じた記事。AI規制と技術覇権をめぐる攻防という点で、本稿の「AIと半導体が決める新秩序」というテーマを外側から補強している。

我が国はAI冷戦を勝ち抜けるか──総合安全保障国家への大転換こそ国家戦略の核心 2025年11月27日
GPU・電力・データセンター・クラウドをめぐる「第二の冷戦」としてAI覇権競争を位置づけ、日米欧中の構図と、日本が素材・製造・信頼性で取りうる戦略を描いたロングピース。AIと半導体を「国家の神経網」として捉える視点が、本稿の問題意識と直結している。

半導体補助金に「サイバー義務化」──高市政権が動かす“止まらないものづくり国家” 2025年11月25日
半導体補助金にサイバー要件を組み込む高市政権の方針を通じ、日本の産業政策が「工場支援」から「安全保障インフラ」へと変質した過程を分析。AI時代の半導体支援を、単なる景気対策ではなく経済安全保障として位置づける文脈は、本稿とセットで読む価値が高い。

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AI・サイバー・無人兵器が戦争の構造を変える一方で、最終的に勝敗を決めるのは兵站と製造力だと指摘し、日本の精密製造・素材力を基礎にした「総合安全保障国家」構想を提示した論考。AIを“魔法の杖”ではなく、社会変革と国力強化のための道具として位置づける点で、本稿と世界観を共有している。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAIとOracleの提携を手がかりに、米国のAIクラウド覇権構造と、それに連動する日本のAI安全保障戦略を読み解いた記事。AIインフラをめぐる米中欧の力学と、「技術主権」を取り戻そうとする日本の動きを俯瞰しており、本稿の「AIと半導体が決める新世界秩序」というテーマの国際的背景を補う一篇となっている。

2025年12月1日月曜日

OPEC減産継続が告げた現実 ――日本はアジアの電力と秩序を守り抜けるか


まとめ

  • OPECプラスの長期減産は、世界が「安定の時代」を終え、エネルギーを軸にした新たな力の再編に突入したことを示す。
  • 米国はAI・半導体・軍事を支えるため、原子力を国家戦略として復権させ、世界も「原子力・天然ガス中心」へ転換している。
  • 日本は世界最大のLNG輸入国であり、長期契約・船隊・受入基地を通じて“アジアの電力を左右する振り分け権”を握る静かな覇権国家である。
  • このLNG覇権は中国にも効き、海洋LNG市場で日本が基準を握るほど、中国はロシア依存を深め、戦略的自由度を失う。
  • 日本は原発再稼働で国内の基盤を固め、LNG覇権でアジアの電力秩序を握れば、軍事以外の領域で中国を凌駕する“21世紀型の静かな覇権”を確立できる。

OPEC(石油輸出国機構)にロシアなどを加えた産油国が閣僚級の会合を開き、従来の生産方針を維持することが確認された。

サウジアラビアなどOPECの加盟国にロシアなどを加えた「OPECプラス」は30日、オンラインで閣僚級の会合を開いた。

会合では一日あたり200万バレルの協調減産を来年末まで続けるなど、従来の生産方針を維持することが確認さた。

ウクライナ戦争は終わらず、中東はガザ紛争でさらに不安定化し、アメリカは疲弊し、ヨーロッパは自力を失った。こうした混乱を横目に、世界の血液である原油を握るOPECプラスが“2026年末まで”という長期固定を選んだ。これは価格操作ではない。
世界はもう安定を前提に動けない──その冷徹な認識がここにある。

原油を握る者は、外交も軍事も金融もサプライチェーンも動かせる。21世紀に入っても、この鉄則は揺らいでいない。いま世界は、原油の覇権の上に原子力と天然ガスという新たな支配軸が重なり、力の構造が組み替わりつつある。
 
1️⃣原子力を取り戻す米国

原子力規制委員会の改革に関する大統領令を手にするドナルド・トランプ大統領(5月23日)

アメリカが原発建設を再加速させているのは、「AIが電力を食うから」などという浅い話ではない。
AI、半導体、レーダー網、ミサイル防衛、宇宙軍──これらは一瞬たりとも止められない。
国家の神経と骨格を、再び原子力で固め直すための国家戦略である。

世界も同じ方向へ向かっている。
EUは原発をグリーン分類に正式認定し、米国はSMR建設を国家戦略とし、中国は50基以上の原子炉建設を進める。
世界の標準はすでに「原子力・天然ガス中心」であり、「太陽光中心主義」で突き進んでいるのは日本だけだ。

再エネの現実は厳しい。
ドイツやデンマークでは電気料金が日本の二〜三倍に高騰し、ブラックアウトの危機も繰り返した。不安定電源を支えるために火力を二重に抱える必要があり、AIも半導体工場も軍事インフラも支えられない。
再エネにこれ以上国家の時間を奪われる余裕は、もはや日本にはない。
 
2️⃣日本は「アジアの電力を左右できる国家」である

日本が進むべき道は明確だ。
第一に、動かせる原発をすべて再稼働させ、国家の基盤である電力を取り戻すこと。
第二に、すでに手にしている“天然ガス帝国”としての地位を国家戦略に昇格させることである。

日本はアジアにおいては一人当たりでは最大のLNG輸入国だ。無論人口の多い中国と比較すれば、輸入総量は少ない。
ただし長期契約、受け入れ基地、再ガス化能力、船隊、供給国との信頼関係──その総合力は世界で群を抜く。これは中国を上回る。
そうして重要なのは、この巨大なLNGネットワークが、アジア全体の電力安全を実質的に左右する力 を日本に与えている点だ。

アジア諸国の多くはLNG調達力が弱く、スポット市場に依存する。価格が急騰すれば即停電になる。そこへ日本は、長期契約を軸に安定供給を続け、必要に応じて“どの国に”“どれだけ”“いつ”ガスを回すかを決められる。
つまり日本は、アジア地域に対して 電力燃料の「振り分け権(allocation power)」 を握っている。
これは単なる輸入量ではない。
アジア版エネルギー覇権の中心に日本が立っているということだ。


ところが、この事実を知る国民は驚くほど少ない。

理由は三つある。

第一に、日本国内では「日本は資源のない国」という古い刷り込みが強く、巨大なエネルギー調達力そのものは“資源ではない”という理由で過小評価してきた歴史がある。

第二に、このLNG覇権は派手な軍事力ではなく、外交・金融・物流が折り重なった“静かな支配力”であるため、専門家以外には見えにくい。

第三に、日本のメディアが再エネ礼賛に偏り、国家が本当に握るべきエネルギー戦略をほとんど報じてこなかった。

こうして、日本が実際にはアジアの電力安定を左右する立場にあることが、国民に共有されていないのである。

そして、この覇権はLGN原産国ロシアに対しては輸入割あてを減らしたりなどのことで有効であるし、さらに中国にも効く。
中国はLNG輸入量こそ大きいが、スポット市場依存が大きく、供給が不安定だ。日本が市場で動けば中国は必ず影響を受ける。また、海洋LNG市場で日本の優位を崩せず、ロシアの不安定なパイプラインに依存せざるを得ない。
日本がアジアLNG市場の“基準”を握れば握るほど、中国は戦略的自由度を失う。

原子力で国内の背骨を固め、天然ガスでアジアの電力網を握る。
この二つが組み合わさったとき、日本は軍事ではなく“電力基盤”という21世紀の次元で中国を制する力を持つ。これは海洋国家・日本が生み出し得る最も静かで、最も強い覇権である。
 
結論:エネルギーを握る者が次の時代を制する

高市新政権のエネルギー脱炭素政策を占う

世界は今、原油・原子力・天然ガス・AIという四本柱で再編されている。
日本はそのすべてに影響力を持ちながら、再エネ幻想で足踏みをしている場合ではない。

自国のエネルギーを確保し、必要とあれば他国に供給できる──
その力を持つ国こそが、次の時代の主役となる。
日本はすでにその舞台に立てる条件を備えている。
あとは、それを国家戦略として“使う覚悟”があるかどうかだ。高市政権にはこの面からも期待したい。

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三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
三井物産と米Venture Globalの20年・年100万トンLNG契約を、「国家戦略級案件」として位置付け、日本のエネルギー安全保障とアジア電力秩序への影響まで読み解いた記事。今回のOPEC減産継続を、「ガス側の長期安定化」と結びつけて理解する土台になる。

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道各地で高まる再エネ反対の動きを素材に、「脱炭素イデオロギー」の危うさと、日本がLNGと原子力で現実的なエネルギードミナンスを構築すべきだと論じた記事。OPECの減産と“再エネ偏重”の限界を対比して読める。

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論──トランプ政権が関心 2025年2月1日
アラスカLNG計画への日本参加の可能性を検討し、中東依存からの脱却とFOIP文脈での経済安保を描いた内容。OPECプラスの動きに左右されない供給源多角化という“もう一つの道”を示している。

世界に君臨する「ガス帝国」日本、エネルギーシフトの現実路線に軸足―【私の論評】日本のLNG戦略:エネルギー安全保障と国際影響力の拡大 2024年8月30日
日本のLNG戦略を体系的に整理し、「ガス帝国」としての実力と経済安全保障・外交影響力の関係を掘り下げた論考。今回のOPEC減産継続を、日本のLNGレバレッジ強化という視点から読み解く際の中核資料になる。

G7の「CO2ゼロ」は不可能、日本も「エネルギー・ドミナンス」で敵対国に対峙せよ ―【私の論評】“エネルギー共生圏”が現実的な世界秩序の再設計だ 2024年4月14日
G7の“CO2ゼロ”目標の非現実性を批判し、日本は再エネ幻想ではなく「エネルギー・ドミナンス」と共生圏構想で国際秩序に向き合うべきだと提言した記事。OPECプラスの長期減産を、「資源を握る側が秩序を書き換える」現実として位置付けるのに最適な参照記事。

2025年11月28日金曜日

EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略

まとめ

  • EUは“規範による支配”で世界を縛ろうとしており、鰻・鯨からAIまで、自らに都合の良いルールを国際基準として押しつけている。
  • 鰻規制案否決は、日本が科学的根拠とアフリカ諸国との外交努力により、EUの規範攻勢を退けた成功例である。
  • フランスの戦後外交やEUの対中政策が象徴するように、欧州は自国の利益のためなら“物語をいつでも書き換える老獪さ”を持つ一方、移民問題では理想主義が裏目に出て脆さも露呈している。
  • 中国は悪辣な手段で影響力を拡大しており、リベラル派の理想主義ではEUの老獪さにも中国の浸透にも対抗できない。
  • 日本は高市政権のような現実主義の下、科学的根拠・アジア・アフリカとの票ブロック・日米協力という“三本柱”で国益を守り、規範戦争を主導する側に立つべきである。
1️⃣鰻と鯨に仕掛けられた“規範の罠”


近ごろ、スーパーの鰻が高いと感じる人は多いはずだ。種類や時期で差はあるが、国産鰻が長期的に高値で推移しているのは事実である。

その鰻をめぐり、日本は今、国際政治の渦中にいる。ウズベキスタンで開かれたワシントン条約(CITES)締約国会議で、ニホンウナギを含むウナギ属全種を輸出入規制に加える案が出されたからだ。可決されれば日本の食文化は大きな痛手を受けていた。

結果は、反対が賛成を大きく上回る否決だった。日本が「科学的根拠がない」と訴え、TICADでアフリカ諸国の支持を固めたことが決め手になった。木原官房長官は「ニホンウナギは絶滅の恐れなし」と明言し、鈴木農水相も日本の粘り強い外交が功を奏したと語った。

しかし根本問題は、なぜここまで欧州が絡んでくるのかにある。
答えは明快だ。
EUが“規範による支配”で世界を縛ろうとしているからである。

ヨーロッパウナギは附属書Ⅱに登録され、EU域外への輸出は禁止されている。つまりEUは鰻の世界流通を握っている。建前は自然保護だが、実際は自分たちの基準を世界に押しつける政治である。

鯨も同じだ。捕鯨の議論はIWCが主役だが、産業を窒息させたのはCITES附属書Ⅰだ。捕っても売れなければ産業が死ぬ。この二重封鎖を仕掛けたのが、EUと英国の巨大投票ブロックである。
 
2️⃣フランスの厚顔無恥とEUの手のひら返し外交

5月8日はフランスの戦勝記念日。この日にはフランス国内の各地で戦勝記念パレードが行われるが・・・

欧州の老獪さを象徴するのがフランスである。本来フランスは第二次大戦でドイツに敗れた敗戦国だ。それにもかかわらず、戦後の国際秩序で堂々と“戦勝国ヅラ”をし、国連安保理常任理事国の座までねじ込んだ。この図太さと狡知こそ、いまのフランスの影響力の源である。

EUの対中外交も同じだ。中国が巨大市場として成長していた時期、EUは理想論では人権を語りつつも中国との経済関係を深め、利益を優先した。ドイツは自動車産業保護のため中国依存を強め、フランスも商売のため北京へ笑顔で向かった。

しかし中国の台頭が欧州自身の産業と安全保障を脅かし始めると、EUは途端に手のひらを返した。「体制的ライバル」「脱中国依存」──昨日まで持ち上げていた中国を、翌日には“警戒すべき相手”に変える。自国利益のためには物語をいくらでも書き換える。これが欧州の本性である。

ただしEUは万能ではない。
むしろ構造的な弱点がある。移民問題だ。

2015年、ドイツのメルケル首相は理想主義を掲げ国境を開き、100万超の難民を受け入れた。結果、治安悪化、社会統合の崩壊、反移民政党の急伸、欧州各地のテロ頻発につながった。スウェーデンではギャング犯罪が国家危機となり、フランスでは移民二世の不満が暴動として噴出した。

つまり、
EUは外に対して老獪だが、内では理想主義に足をすくわれ、脆くなる。

しかもEU内部は利害で真っ二つだ。
ドイツは中国依存が深く強硬策に慎重。
フランスは自国の“栄光”外交が最優先。
東欧は反中・反露の歴史的背景を抱え強硬。
南欧は経済難から中国資本を歓迎する。

EUは一枚岩どころか、寄せ木細工のような矛盾の集合体である。
ここに日本が入り込む余地がある。
 
3️⃣お花畑では国は守れない──高市政権と“日本の三本柱”

ここで一つ、はっきり言っておくべきことがある。
リベラル・左派のお花畑では、EUの老獪さにも、悪辣な中国にも対抗できない。

「話し合えばわかる」「国際社会が助けてくれる」──
そんな夢物語が通用する世界ではない。

欧州が中国を持ち上げ、利用し、脅威になれば裏切ったように態度を変える姿を見れば、世界が理念で動いていないことは一目瞭然だ。動かしているのは、力と国益である。

中国は海洋侵出、サイバー攻撃、世論操作など、あらゆる手段で日本を揺さぶってくる。
その行動原理は“悪辣”であり、国際ルールも道義も通じない。
こうした相手に、お花畑で勝てるはずがない。

衆院本会議で就任後初めての所信表明演説をする高市首相


だからこそ、
高市政権の成立は、日本にとって望ましい。

高市氏は経済安全保障、技術、情報戦、サイバー防衛の重要性を早くから訴え、中国の脅威を真正面から指摘してきた政治家だ。EUの規範攻勢にも、感情ではなく科学と技術で対抗する姿勢を持つ。

いま日本が必要としているのは、この現実主義である。

では、取るべき戦略は何か。

第一に、科学的根拠を武器に国際ルールを主導する。
今回のウナギ規制案否決は、その有効性を証明した。

第二に、アジア・アフリカとの票ブロックを固める。
EUの巨大票田に対抗するには、多数国と連携するほかない。

第三に、米国との協力を第三の柱とする。
米国は科学に基づく基準を重視し、EUの規制過剰に警戒している。
日米が連携し、アジア・アフリカを巻き込めば、欧州票ブロックに対抗できる。

世界は善意では動かない。
鰻も、鯨も、AIも、中国政策も──
背景には、国益と力の衝突がある。

日本は、EUの罠にも、悪辣な中国の圧力にも屈してはならない。
主導権を握る側に立つ覚悟が必要だ。

そのためには、お花畑を捨て、現実を見る政治が不可欠である。
高市政権のような現実主義のリーダーシップの下、
科学・外交・同盟の三本柱で、
老獪なEUと悪辣な中国に立ち向かっていくしかない。

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AI冷戦を「GPU・電力・データセンター・クラウド」を巡る第二の冷戦として捉え、米国・中国・EUの三極構造の中で、日本が素材・製造・信頼性でどう優位を取りうるかを論じた記事。EUのAI規制やルール支配を踏まえつつ、日本が“ルールを書き換える側”に回る条件を詳しく示している。

半導体補助金に「サイバー義務化」──高市政権が動かす“止まらないものづくり国家” 2025年11月25日
半導体補助金にサイバー要件を義務付ける高市政権の方針を通じて、日本の産業政策が「工場支援」から「安全保障インフラ」へと転換した経緯を解説。EUの規範攻勢や中国のサイバー脅威と対比しつつ、“止まらないサプライチェーン”を持つ国として日本がどう生き残るかを描いている。

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AI・サイバー・無人兵器が戦争の構造を変える一方で、兵站と製造力こそが勝敗を決めるという視点から、日本・米国・EUの役割分担を整理した論考。EUが国際標準と規制で世界を縛る構図を踏まえ、日本が精密製造と素材で主導権を握る可能性を提示している。

日本はもう迷わない──高市政権とトランプが開く“再生の扉” 2025年10月8日
高市政権発足とトランプ来日を軸に、スパイ防止法や対中渡航制限など、日本の対中政策転換のシナリオを描いた記事。中国の悪辣な外交とEUの偽善的な規範支配に対し、日本が「法と秩序」と同盟外交でどう対峙していくかを具体的に論じている。

西欧の移民政策はすべて失敗した──日本が今すぐ学ぶべき“移民5%と10%の壁” 2025年7月31日
スウェーデン・フランス・ドイツの事例を通じて、移民比率5%と10%を境に欧州社会がどう崩れていったかを検証する記事。EUが外向きには老獪な規範支配を展開しながら、内側では移民政策で自壊している実態を示し、本記事の「EUの理想主義と脆さ」というテーマを補強する内容になっている。


2025年11月24日月曜日

米軍空母打撃群を派遣──ベネズエラ沖に現れた中国包囲の最初の発火点


まとめ
  • 米軍が空母打撃群をベネズエラ沖に派遣したのは、麻薬ネットワークと独裁政権、そして中国・ロシア・イランの影響力を一気に断つためであり、これはインド太平地域の“外側の環”の形成を意味する。
  • ベネズエラの崩壊と700万人超の移民流出は、中国が独裁と腐敗を支えた結果であり、米国の国境危機とも直結する“拡散型の危機”となっている。
  • ナイトストーカーズの展開は、単なる威嚇ではなく“限定的介入能力”の実動化であり、米国の外側の防衛線が実際に動き始めた証拠である。
  • 冷戦期の“多層封じ込め”が中国を相手に再現されつつあり、その思想的背景にはロング・テレグラムやNSC-68がある。大戦略が歴史的な循環として蘇っている。
  • 日本は専守防衛の名の下で“何もしない国”ではなく、安保法制後は海外任務も制度化され、インド太平洋で“内側の環”を担う実質的プレイヤーになった。だからこそ、ベネズエラ沖の動きは日本の未来に直結する。
米国がベネズエラ沖に空母を送り込んだ。

一見、極東の我が国とは無関係に見える出来事だが、これは中国の世界戦略と、日本の安全保障の「これから」を映す鏡そのものだ。

1️⃣ベネズエラ沖に現れた空母打撃群──麻薬、独裁、中国

ベネズエラ沖に現れた米空母打撃群


2025年11月16日、米海軍の最新鋭空母「USS Gerald R. Ford」がカリブ海に入った。
(出典:U.S. Department of Defense系サイト DVIDS “Gera

これは単なる力の誇示ではない。
米国は同じタイミングで、ベネズエラ軍や治安機関の一部と結びついているとされる「太陽のカルテル」を外国テロ組織に指定する方針を打ち出し、関係者を法律の網で追い詰めようとしている。米連邦航空局は周辺空域の危険性を警告し、いくつもの航空会社がベネズエラ便を止めた。

狙いははっきりしている。
麻薬ルートを断ち、独裁政権を締め上げ、その背後にいる中国やロシア、イランの影響力を押し返すことだ。

ベネズエラは長年、コカインなどの中継拠点になり、軍や情報機関までこのビジネスに深く入り込んできたとされる。米国から見れば、もはや「遠い国の不正」ではない。自国社会を毒する源そのものだ。

そこへ中国が入り込む。
巨額の融資、石油の先買い契約、通信インフラと監視システムの提供。こうした支援によって、崩壊しかけたマドゥロ政権は延命してきた。経済はボロボロなのに、権力だけはしぶとく残る。ここに中国の「支え」がある。

私は過去のブログで、この構図を何度か指摘してきた。
「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 (2019年2月9日)
「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 (2021年10月6日)
ラテンアメリカでは、社会主義の失敗 → 経済崩壊 → 中国が支援と引き換えに入り込む → 独裁の固定化、という流れが繰り返されてきた。
ベネズエラは、その最悪の見本だと言ってよい。

国家は壊れ、治安は崩れ、麻薬と汚職が地を這う。
そして、そのツケは「移民」と「治安悪化」という形で、周辺国と米国に押しつけられている。
 
2️⃣700万人が国を出た現実──移民危機とナイトストーカーズ

米軍特殊部隊 ナイトストーカーズ

ベネズエラから国を出た人は、すでに700万人規模とされる。
コロンビアやペルー、ブラジルなど周辺諸国は社会保障と治安の負担にあえぎ、米国もメキシコ国境で移民問題に揺さぶられ続けている。

米国の政治にとって、移民は「票」に直結する。
トランプ政権が強硬姿勢を取る以上、麻薬と移民の“元栓”であるベネズエラを締め上げるのは当然の流れである。

この文脈の中で、米軍特殊作戦部隊「ナイトストーカーズ(160th Special Operations Aviation Regiment)」の動きが浮かび上がる。夜間ヘリによる急襲や特殊部隊の侵入を専門とする精鋭中の精鋭だ。この部隊の展開が報じられているということは、空母打撃群という「表の力」だけでなく、必要とあらば政権中枢を一気に叩く「裏の牙」も用意しているという意味である。

私はこの点について、次のブログで論じた。
「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 (2025年10月24日)
そこで提示したのが、「日米二つの環」という見方だ。

米国は、中南米とカリブ海で、中国やロシアの浸透を押し返す“外側の環”をつくる。
日本と米国は、第一列島線からインド太平洋で、中国海軍の外洋進出を抑える“内側の環”をつくる。

この二つの環が噛み合ったとき、初めて中国の動きを内と外から締め上げることができる。
この構想は、私自身が整理した見方だが、冷戦期に欧州とその他地域を二重の輪で抑え込もうとした「封じ込め」の発想、例えば

 “ブルッキングス研究所(Brookings Institution)に掲載の “Avoiding war: Containment, competition, and cooperation in U.S.–China relations”(2017年11月1日)などは、封じ込め戦略の歴史と現代的意味を議論するものとして通じる。ただ、公開情報の範囲では「日米二つの環」という名前で同じ構図を明確に打ち出している著名な理論や組織は見当たらない。

いずれにせよ、ベネズエラ沖に空母と特殊部隊が並ぶ光景は、この「外側の環」が現実の姿をとり始めたということを示している。

3️⃣日本にとっての意味──これは「他人ごと」ではない

では、日本はこの動きをどう見るべきか。

まず、「専守防衛だから日本は軍事介入しない」という言い方は、正確ではない。
防衛省の説明でも、専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けたときに必要最小限の力を行使する」という考え方であり、武力行使そのものを否定してはいない。

2015年の安保法制改定によって、我が国は「存立危機事態」に該当する場合、海外でも限定的な集団的自衛権を行使できるようになった。ソマリア沖の海賊対処、各地でのPKO活動、米軍への後方支援など、海外任務で武器使用を伴う行動はすでに現実のものとなっている。

つまり日本は、憲法と法律の枠内で、国際安全保障に関与しうる国家へとすでに変わっているのだ。


この現実を踏まえると、ベネズエラ沖の緊張は、インド太平洋の安全保障と一本の線でつながっていると見るべきである。

中国がベネズエラのような社会主義国家を支え、監視技術と資金を与え、国家を弱らせ、国民を国外に押し出す構図は、東シナ海・台湾海峡で我々が直面している現実と同じ根を持つ。

社会主義の破綻と中国の浸透。
国家の弱体化と移民の爆発。
地域の治安悪化と大国の介入。

私は、これをずっと私のブログでラテンアメリカ関係の記事として掲載してきた。だが、これは南米の話だけではない。中国が手を伸ばす地域で、同じことが繰り返される「型」のようなものだと考えるべきである。

だからこそ、「日米二つの環」が必要になる。

米国は中南米で“外側の環”を張り、日本はインド太平洋で“内側の環”を引き締める。
この二つの環が閉じたとき、中国の影響圏拡大は大きく抑えられる。

ベネズエラ沖の空母、カリブ海上空のナイトストーカーズ。
それは、地球の裏側で始まった「外側の環」の姿であり、同時に、我が国が担うべき「内側の環」とつながっている。

ベネズエラで動く力学は、決して例外ではない。
中国が関わる地域では、ほぼ同じ順番で危機が広がる。
その波が、いずれ日本の周りにも到達する。

ベネズエラをめぐる米中のせめぎ合いは、
我が国がこれから直面する世界の予告編なのである。

【関連記事】

「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 2025年10月24日
ベネズエラ沖に展開した米軍特殊部隊ナイトストーカーズを起点に、カリブ海からインド太平洋へ伸びる「外側の環」構造を読み解き、日本が担う“内側の防衛圏”の重要性を指摘した記事。

「コロンビア、送還を一転受け入れ 関税で『脅す』トランプ流に妥協―【私の論評】トランプ外交の鍵『公平』の概念が国際関係を変える、コロンビア大統領への塩対応と穏やかな英首相との会談の違い」 2025年1月27日
中南米の移民問題と、トランプ流“公平”外交の本質を鋭く読み解き、コロンビアへの圧力と中国浸透の関係にも触れた一文。今回のベネズエラ情勢と密接に連動する分析。

「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 2021年10月6日
中国がラテンアメリカで進める政治工作・資源浸透・経済囲い込みの実態を整理し、その危険性をいち早く指摘した分析。今回のベネズエラ問題の“隠れた背景”を予見している。

「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 2019年2月9日
マドゥロ政権とグアイド暫定政権の対立を通じ、米中対立がラテンアメリカで“新冷戦”化していく様を描く。今回の空母派遣の背景を理解する上で不可欠な基礎記事。

「日米比越4カ国で中国を威嚇 海自護衛艦の“歴史的”寄港で南シナ海『対中包囲網』―【私の論評】マスコミが絶対に国民に知られたくない安全保障のダイヤモンドの完成(゚д゚)!」2016年4月7日
 海上自衛隊の歴史的寄港を「安全保障のダイヤモンド」構想の具現化として位置づけ、日米比越の連携が中国封じ込めの海洋包囲網になりつつあることを早期に指摘した記事。

2025年11月23日日曜日

COP30と財政危機は“国家を縛る罠”──日本を沈める二つの嘘


まとめ

  • COP30の本質は「地球を救う会議」ではなく、利権と政治的妥協の場であり、化石燃料廃止の核心は産油国・大国の圧力で消えた。
  • 気候モデルには初期条件の不確実性が大きく、未来を一つに決めることは原理的に不可能なのに、一部の科学者や国際機関は“最悪シナリオ”を唯一の未来として恐怖を煽っている。
  • この恐怖煽動の構造は、財務省が用いてきた「財政破綻キャンペーン」と同じであり、どちらも国民に負担を押しつけるための“恐怖装置”として機能している。
  • 脱炭素は短期的には補助金で華やかに見えるが、中長期には不安定な電源構造・二重設備コスト・電気料金の上昇など、国民に“絶望的な未来負担”をもたらす危険がある。
  • 米国はCOP30に距離を置き、トランプは気候政策を「詐欺」と批判しており、我が国は“政治に利用される科学”から距離を置き、大局観で国益を守る姿勢が必要である。
いま、我が国は二つの巨大な「恐怖装置」に挟まれている。
一つは、国際機関と一部の科学者が作り出す「気候危機」の物語。
もう一つは、財務官僚が長年振りまいてきた「財政破綻」の物語である。

どちらもやり口は同じだ。
最悪の未来だけを持ち出し、それを“必ず来る現実”のように見せかける。そして不安に駆られた国民に、増税・負担増・補助金・規制といった重荷を飲ませる。背後には、利権と権限の構造がある。

COP30は、この構造を見せつけた象徴的な舞台である。ここから、その中身を見ていく。
 
1️⃣COP30と「気候科学」という聖域

COP30会場の看板

ブラジル・ベレンで開かれたCOP30は、「地球を救う」と大げさなスローガンを掲げた国際会議だった。だがふたを開けてみれば、各国は2035年までの適応資金三倍化といった金額目標を並べる一方で、化石燃料の段階的廃止という核心は、産油国や大国の反発で結局うやむやになった。

美しい言葉を重ねながら、最も痛みを伴う部分は避ける。誰がどれだけカネを出し、誰がどれだけ受け取るか──本音はそこにある。これがCOP30の実態だ。

それでも多くの人がこの構造を直視できないのは、「科学」という看板が前面に立っているからだ。政治家や官僚の嘘には疑いの目を向けるようになった日本人も、「科学者の言葉」となると途端に無防備になる。ここが一番危ない。

その象徴が、2021年にノーベル物理学賞を受賞した日系アメリカ人科学者、真鍋淑郎である。彼は大気と気温の関係を初期の段階から理論的に明らかにし、気候モデル研究の基礎を築いた。その功績は疑いようがない。

しかし、真鍋の仕事は「地球温暖化の仕組みの理解」であって、「未来予測を一つに確定したこと」ではない。本来の気候モデルは、大気・海洋・雲・氷床など膨大なパラメータを使い、しかもそれぞれに観測の穴と不確実性がある。初期条件を少し変えれば結果が大きく変わる“気まぐれなシステム”だ。

それにもかかわらず、一部の科学者や国際機関は、このモデルを「唯一の正しい未来予測」であるかのように使い、最悪のシナリオだけを前面に押し出す。ここで科学は、冷静な知の道具ではなく、「恐怖を作るための機械」に変わってしまう。
 
2️⃣気候危機と財政危機──恐怖で国民を縛る“双子の物語”

気候危機を煽る典型例 大干ばつのイメージ

この「恐怖の機械」は、我が国ではすでに見覚えのあるものだ。財務省が長年やってきた「財政破綻キャンペーン」である。

「国の借金はGDP比200%超で異常だ」「このままでは日本は破綻する」──こうした言葉が繰り返されてきた。しかし実際には、日本国債のほとんどは円建てで発行され、その大部分を日本国内の主体が保有している。政府は自国通貨の発行主体であり、ギリシャのように外貨建て債務で首が回らなくなる構造とはまったく違う。利払い費も長く低水準で推移してきた。

それでも財務省は、「破綻するぞ」と国民を脅し続けてきた。その結果として正当化されてきたのが、増税、歳出削減、国民生活の締め付けである。つまり「破綻の物語」は、国民から取るための道具として機能してきたのだ。

気候危機の物語も、まったく同じ構造を持っている。

気候モデルの不確実性や初期条件の問題にはほとんど触れず、「この最悪シナリオが来る」とだけ言い切る。そして、「だから再エネ賦課金が必要だ」「だから炭素税が必要だ」「だから補助金をもっと出せ」と続く。そこには必ず、誰かの利権と誰かの負担がセットで存在する。

共通点は三つある。

一つ目は、最悪のケースだけを前面に出し、それを“避けがたい運命”のように語ること。
二つ目は、「専門家」「国際機関」といった権威を看板にして、疑いの余地がないかのように装うこと。
三つ目は、最後にツケを払わされるのが、いつも国民であることだ。

財政危機と気候危機──看板は違っても、どちらも「恐怖で国民を縛る物語」である。ここを見抜かなければならない。
 
3️⃣脱炭素がもたらす“絶望的な未来負担”と、米国の距離感

ユートピアとして描かれる脱炭素の世界はディストピア?

脱炭素政策は、見た目は華やかだ。再エネ企業には補助金が流れ、電気自動車や蓄電池には「未来産業」というきれいなラベルが貼られる。国際会議では拍手喝采が起こる。しかし、その裏側で何が起きているか。

太陽光や風力のような変動電源が増えると、天気次第で発電量が激しく上下する。その穴を埋めるために、火力発電など従来の安定電源を完全にはやめられない。結果として、使うかどうか分からないバックアップ設備まで抱え込む「二重投資」に陥る。

蓄電池の技術も、現時点では長期的な大量蓄電には程遠い。大量導入を試みた国では、再エネが増えるほど電力価格が乱高下し、自分で自分の利益を削る「カニバリゼーション効果」が問題になっている。採算が悪化すれば、結局は補助金や賦課金という形で、国民の負担に乗せるしかない。

日本のように、エネルギー安全保障がそのまま国家存亡に直結する国で、こうした不安定な仕組みに過度に頼るのは、危険というより無謀に近い。我が国が本当に守るべきは、「安くて安定した電力」とそれを支える産業基盤であり、「国際会議での拍手」ではないはずだ。

ここで米国の動きは象徴的である。今回、米国はCOP30に高位の政府代表を送らず、国として距離を置いた。トランプ大統領は一貫して、気候政策を「詐欺(hoax)」と呼び、グリーン・エネルギーを巨大な利権ビジネスとして批判している。もちろんトランプの政治手法に賛否はある。しかし、世界最強の大国がCOPの場から一歩引き、「そのゲームには乗らない」と示した事実は重い。

COP30が見せたものは、「人類の連帯」ではない。
それは、「恐怖を使って国民の財布を開かせる国際政治のからくり」だったと言ってよい。
 
結び──“恐怖に使われる科学”から自由になる

恐怖に支配される国は弱い。
COP30の幻想も、財政破綻の物語も、国民を縛るために仕組まれた“恐怖の装置”にすぎない。
我々が必要としているのは、恐怖ではなく、大局観と理性だ。

二つの嘘の構造を見抜いた今こそ、日本が再び立ち上がる時である。
そして高市政権には、その鎖を断ち切り、この国を力強く前へ進める役割を果たしてほしい。

【関連記事】
 
COP30が暴いた環境正義の虚像──SDGsの欺瞞と日本が取り戻すべき“MOTTAINAI”  2025年11月1日
COP30とSDGsの“環境正義”の裏に潜む利権構造を暴き、日本固有の価値観“MOTTAINAI”を軸に国際議論を問い直した論考。
 
脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略  2025年5月31日
北海道で高まる再エネ反対の背景を分析し、脱炭素一辺倒の危険性と、日本が進むべき“エネルギードミナンス戦略”を示した記事。
 
財務省の呪縛を断て──“世界標準”は成長を先に、物価安定はその結果である 2025年11月2日
財政破綻論・緊縮路線の虚構を暴き、“成長を先に”という世界標準の政策思想をもとに、財務省の情報操作の構造を論じる。
 
高市外交の成功が示した“国家の矜持”──安倍の遺志を継ぐ覚悟が日本を再び動かす 2025年11月2日
高市政権の外交成果を“国家の矜持”という軸で読み解き、国際秩序の再編期に日本が取るべき姿勢を明確にした論考。
 
日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月3日
AI・情報戦略の観点から、日本が抱える“構造的弱点”を分析し、総合安全保障国家への道筋を示す、大局観の論考。

2025年11月21日金曜日

米国の新和平案は“仮の和平”とすべき──国境問題を曖昧にすれば、次の戦争を呼ぶ

まとめ

  • 現在の米国主導の新たなウクライナ和平案は、ロシアの既成事実を国際的に認める危険性があり、「力による現状変更」を容認する重大な転換点となり得る。
  • ウクライナとロシアの国境線は、ソ連が民族を混在させ境界をゆがめた“地政学的地雷”の結果であり、これが軋轢の根本原因となっている。
  • 1991年の独立時に国境を再検討する機会を逃したことが、30年後の戦争再燃につながった。今回も国境問題を避ければ同じ轍を踏む。
  • 今回の停戦は“仮の和平”にとどめ、数年かけた国境再策定プロセスを義務づけるべきであり、日本を含む中立国がオブザーバーとして関与する必要がある。
  • ウクライナに不本意な領土割譲を迫る停戦が成立すれば、中国が台湾・尖閣で同様の「既成事実化」を試みる可能性が高まり、日本の安全保障にも直結する。
1️⃣ソ連が仕掛けた「地雷」と、新和平案の本当の怖さ

米ロが和平の新計画案 トランプ大統領が承認・政権が受け入れ求める 米英報道

ウクライナ戦争をめぐり、欧米メディアが「新和平案」を報じ始めている。
その中身が凄まじい。クリミア半島と東部二州を事実上ロシア領と認め、ウクライナ軍を60万人規模に縛る――。もしこれが通れば、ロシアは「武力侵攻をやっても、耐え抜けば領土が手に入る」という前例を世界に示すことになる。

これは単なる停戦条件ではない。冷戦後、国際社会が辛うじて守ってきた「力による現状変更は認めない」という筋が折れるかどうか、その瀬戸際である。ウクライナから見れば、自分たちがとても納得できない形で領土の一部を事実上手放すことを迫られたうえに、軍事力まで制限される。これは、主権国家としての根幹を削られ、ロシアの勢力圏に半ば組み込まれることを意味する。

ここで忘れてはならないのが、そもそも現在のウクライナとロシアの国境線が、「歴史の自然な結果」ではないという事実である。
ソ連時代、モスクワはウクライナ東部で重工業化を進める一方、ロシア系住民を大量に移住させた。1932〜33年のホロドモールでは、ウクライナ農村が壊滅的な打撃を受け、その空白を埋めるようにロシア人が再配置された。クリミアに至っては1954年、住民の意思ではなく、共産党内部の政治判断だけでロシア共和国からウクライナ共和国へ編入されている。

要するに、いまの国境線は、民族や歴史の流れに沿って引かれた線ではない。ソ連が「統治しやすくするため」に民族をかき回し、境界線をいじった結果である。あなたのブログ記事「米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む(2025年3月23日)」でも指摘しているように、これは民族対立を意図的に仕込んだ「地雷」だ。その地雷が、ソ連崩壊から30年以上たった今になって大爆発しているのである。

だからこそ、「ロシアが侵略し、武力で奪った地域を、そのまま既成事実として固定してよいのか」という問いは、単なる感情論ではない。そこには、ソ連が残した歪んだ国境線という根本問題が横たわっている。

2️⃣1991年に逃した「最後のチャンス」と、再び迫る岐路

1991828日、キエフ中心部に集まった数千人の独立派デモの参加者たち。あげた3本の指は、ウクライナの国章を表している。


では、1991年にウクライナが独立したとき、この問題は解決されていたのか。答えは明確な「ノー」である。

独立そのものは国民投票で圧倒的多数の支持を受けたが、国境線はソ連時代の「共和国間の行政境界」をほぼそのまま国家境界として引き継いだ。民族構成や歴史的経緯を踏まえた見直しは行われず、「看板だけソ連からウクライナに掛け替えた」ような状態で始まってしまったのである。

本来なら、1991年こそがロシアとウクライナが腰を据えて、双方が納得できる国境線を引き直すべき「最後のチャンス」だった。ところが現実には、旧ソ連全域が混乱し、経済も治安もガタガタで、とてもそこまで議論を深める余裕はなかった。ソ連式の混住構造も、治安機構の名残も、エネルギー依存の構図も、そのまま新生ウクライナに持ち越された。火種は消えるどころか、むしろ見えにくいところでくすぶり続けたのである。

いま世界は、再び同じ岐路に立たされている。今回の和平案を「これで一件落着」と扱うのは、1991年の過ちをもう一度なぞることにほかならない。
国境問題の核心に踏み込まないまま、「とにかく撃ち合いを止めたから良し」としてしまえば、数年先、十数年先に、必ず同じような爆発を迎えることになる。

3️⃣今回の停戦は「仮の和平」にとどめよ──国境を引き直さなければ、次の戦争が来る


だからこそ、今回の停戦は「最終的な和平」としてではなく、あくまで「仮の和平(終戦ではなく停戦)」、戦闘をいったん止めるための暫定措置として扱うべきである。
そのうえで、本番はこれからだ。数年単位の時間をかけて、ウクライナとロシアが、そして周辺諸国と国際社会が、「どこに線を引けば、これ以上血が流れないのか」を正面から話し合う必要がある。

このプロセスには、欧米とロシアだけではなく、日本を含む中立的な複数の国々がオブザーバーとして参加すべきだと考える。利害当事者だけで国境線を決めれば、必ずどちらかが「押し切られた」と感じる。そこに第三者の目と記録が入ることで、少なくとも「どういう経緯で決まったのか」という透明性だけは確保できる。

逆に言えば、この国境再策定のプロセスを避け、「とりあえず今の線で停戦しておこう」「実効支配に合わせて、あとはなしくずしで認めていけばいい」という安易な道を選べば、国際秩序そのものが揺らぐ。ソ連が残した歪んだ線を見て見ぬふりをすれば、その歪みは必ず次の戦争となって跳ね返ってくる。

この問題は、日本にとっても他人事ではない。もしウクライナが、自国も仲介国も納得できない形で領土の割譲を強く迫られるような停戦に追い込まれれば、中国はそれを「モデルケース」として見てくるだろう。
「長く圧力をかければ、西側はどこかで妥協する。台湾でも尖閣でも同じことができるのではないか」――。そう考えるのは自然だ。台湾有事のリスクは一段と高まり、南西諸島は今以上に最前線としての重みを増す。尖閣周辺の挑発も、確実にエスカレートする。専守防衛だけで国土と国民を守り切れるのかという問いが、現実の問題として突きつけられることになる。

一方、アメリカも無限の体力があるわけではない。ウクライナ支援で財政も軍備も消耗し、国内世論も疲れ、さらに対中戦略との両立を迫られている。三つの戦線を同時に維持できない以上、どこかで「この戦争は早く終わらせたい」と考えるのは当然だ。ウクライナ和平を「大幅譲歩型」でまとめてしまおうとする動きの裏には、こうした計算がある。

しかし、そこでウクライナに望まぬ形で領土の一部を手放すことを事実上強要し、軍の力まで縛り上げるような停戦を押し付ければ、その前例はそのまま東アジアにコピーされる。
「最前線の国にはある程度犠牲を払ってもらい、どこかで落としどころを探そう」――こうした発想が一度通用してしまえば、日本と台湾は、いつ同じ扱いを受けてもおかしくない。

世界はいま、はっきりとした分岐点に立っている。
ウクライナが望まぬ領土の手放しと軍縮を呑まされる和平を認めるのか、それともいったん停戦をしたうえで、時間をかけて国境と安全保障の枠組みを引き直すのか。前者を選べば、国際秩序は大きく歪み、力による現状変更が「やった者勝ち」となる時代に逆戻りする。後者を選ぶなら、日本もまた、当事者の一国として責任を負う覚悟が求められる。ソ連に北方領土を奪われ、いまだにロシアに奪われたままになっている、我が国こそ、仲介にもっとも相応しいと、私は思う。

この和平案は、その覚悟を私たちに突きつけているのである。

【関連記事】

<解説>ウクライナ戦争の停戦交渉が難しいのはなぜ?ベトナム戦争、朝鮮戦争の比較に見る「停戦メカニズム」の重要性―【私の論評】ウクライナ戦争停戦のカギを握る米国と日本:ルトワックが明かす勝利への道 2025年3月31日
ベトナム戦争と朝鮮戦争の対比から「停戦を維持する仕組み」の重要性を解き明かし、ルトワックの住民投票+駐留案を軸に、ウクライナ停戦を米国と日本がどう主導すべきかを論じた記事。

「トランプ誕生で、世界は捕食者と喰われる者に二分割される」アメリカの知性が語るヤバすぎる未来―【私の論評】Gゼロ時代を生き抜け!ルトワックが日本に突きつけた冷徹戦略と安倍路線の真価 2025年3月30日
トランプ再登場後の「Gゼロ世界」を背景に、強者が弱者を食う国際秩序の変質を描きつつ、ウクライナ停戦と領土問題が「力による現状変更」を正当化しかねない危険を指摘し、日本が取るべき戦略を掘り下げた論考。

米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む 2025年3月23日
米特使の「ロシア支配地域を世界が認めるかが焦点」との発言を手がかりに、ソ連時代の人為的な国境線とウクライナ内部の分断構造を詳しく整理し、それを直視しない停戦案は将来の紛争の火種になると警鐘を鳴らした記事。

有志国、停戦後のウクライナ支援へ準備強化 20日に軍会合=英首相―【私の論評】ウクライナ支援の裏に隠された有志国の野望:権益と安全保障の真実 2025年3月17日
英国主導の「有志国連合」による停戦後支援の動きを取り上げ、表向きは安全保障でも裏には資源・市場をめぐる権益争いがあることを描写。ウクライナ和平と戦後秩序の行方を、利権と安全保障の両面から読み解いている。

ウクライナに史上初めてアメリカの液化天然ガスが届いた。ガスの逆流で、ロシアのガスが欧州から消える時―【私の論評】ウクライナのエネルギー政策転換と国際的なエネルギー供給の大転換がロシア経済に与える大打撃 2024年12月31日
米国産LNGのウクライナ初輸入と「垂直回廊」による逆流輸送を通じて、欧州の脱ロシア依存が進む構図を解説。エネルギー面からロシアの影響力を削ぐ動きが、ウクライナ戦争後の国際秩序にどうつながるかを論じた内容。

2025年11月16日日曜日

中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』


 まとめ

  • 高市首相の「台湾有事=日本の存立危機」発言に対し、中国が外交暴言・威嚇・渡航自粛など異常な反応を示し、日本を戦略的脅威と見なしていることが浮き彫りになった。
  • 中国は地政学の大家フリードマンの見解を研究しており、日本列島が中国の外洋進出を封じる“地政学的な壁”であるという現実を深刻に捉えているため、対日威嚇が強まっている。
  • 中国軍の強硬行動は一見攻勢に見えるが、その根底には日本が主体的に安全保障を語り始めたことへの焦りがあり、日本の変化に神経質になっている。
  • フリードマンの分析では、日本は第一列島線の核心を占め、技術力と地理的位置によって中国の軍事拡張に最も大きな制約を与える国とされ、中国側の研究者もこれを認識している。
  • 日本が取るべき道は、海洋国家としての防衛強化、主体性ある日米同盟の活用、そして技術・経済力を戦略資産として最大限に生かすことであり、中国が日本を恐れるのは日本にはそれを実現できる力があるからである。
今月、我が国の安全保障をめぐって大きな転機があった。高市早苗首相が国会で「中国が台湾へ軍事侵攻すれば、我が国の存立危機事態に当たり得る」とはっきり述べたのである。台湾有事は日本の有事──当たり前の話だが、ここまで明確に口にした戦後首相はほとんどいない。(FNNプライムオンライン)

この一言に、最も過敏に反応したのが中国だった。大阪の中国総領事・薛剣はXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は斬ってやるしかない」と投稿し、我が国政府はただちに抗議した。外交官が一国の首相に向けて「首を斬る」と公言するなど、常識では考えられない暴言である。(毎日新聞)

さらに、中国外務省報道官は記者会見で「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば侵略行為となる」「台湾問題で火遊びをするな」と強い言葉で牽制した。(FNNプライムオンライン)

追い打ちをかけるように、中国政府は自国民に対し「当面、日本への渡航を控えるように」とする旅行警告を出し、中国の航空会社は日本行き航空券の払い戻し・変更に応じ始めた。日本政府は直ちに抗議し、「適切な対応を取るよう求めた」と発表している。(Reuters)

外交上の暴言、火に油を注ぐような会見、そして渡航自粛の呼びかけ──ここまで重ねてくるということは、中国が日本を「ただの隣国」ではなく、はっきりとした戦略上の脅威として見ている証拠である。

しかも重要なのは、中国がこうした反応を、その場の感情だけでやっているわけではない、という点だ。中国の戦略・外交の研究者たちは、アメリカの地政学者ジョージ・フリードマンの議論を長年検討してきた。フリードマンは『The Coming War With Japan(日本との次なる戦争)』などで、「日本列島は中国にとって海への出口を塞ぐ“壁”になる」と繰り返し書いてきた人物である。(gongfa.com)

中国側の論文の中には、フリードマンの著作を参考文献として挙げ、日本列島・第一列島線・日米同盟の意味を分析しているものもある。つまり中国の戦略エリートは、「フリードマンが描いた最悪のシナリオ」が現実になりかねないと分かっている。その不安が、いま日本への威嚇として噴き出しているのである。
 
1️⃣中国の威嚇が物語る「焦り」と「変わりゆく日本」


一見すると、中国は強気一辺倒に見える。南西諸島周辺や台湾近海で軍事演習を繰り返し、海と空でプレッシャーをかけ続けている。しかし、その振る舞いの底にある感情は、むしろ焦りに近い。

かつての日本は、台湾や安全保障の問題になると口をつぐみ、「あいまいな同盟国」として扱われてきた。ところが今、高市首相は国会という公の場で、「台湾有事=日本の存立危機」と明言した。これで日本は、台湾問題を「他人事」ではなく「自分に直接かかわる問題」として位置づけ直したことになる。

中国にとって、これは面倒どころではない。台湾の背後に「本気の日本」が立つ構図が浮かび上がるからだ。だからこそ、総領事の暴言や外務省の「火遊び」発言といった、品位を欠いた言葉が次々と飛び出したのである。言い換えれば、日本が黙っていた時代の方が、中国にとっては都合が良かったのだ。

そこへ、渡航自粛という形の“世論戦”も重ねてきた。日本を「危ない国」と印象づけ、中国国内で反日感情を煽れば、日本側の発言力を削ぐことができると踏んでいるのだろう。だが、この種の宣伝は、裏を返せば「日本の言葉が効いている」「日本の動きが怖い」と白状しているようなものでもある。

中国は今、日本が“沈黙するアジアの大国”から、“主張する海洋国家”へ変わりつつあることを肌で感じている。その変化が、中国をいら立たせているのである。
 
2️⃣フリードマン地政学から見た「日本という壁」

ジョージ・フリードマン

ジョージ・フリードマンの地政学は、難しい理論ではない。要はこういうことだ。
  • 中国は大陸国家であり、四方を山と砂漠とジャングルに囲まれた「半ば閉じた大国」である。
  • 外へ出ようとすれば、東の海に頼るしかない。
  • しかし、その東側の出口を日本列島と第一列島線がふさいでいる。
この地理条件のせいで、中国海軍が外洋へ出ようとするときには、必ず日本列島や台湾の周辺を通らなければならない。第一列島線上には、米軍基地と同盟国が並んでいる。ここを突破できなければ、中国はいつまでたっても「近海の大国」にとどまり、「外洋の覇権国」にはなれない。(プレジデント)

フリードマンは、この構造をはっきりと言葉にした。「日本は海から中国を封じ込めることのできる位置にある」「日本列島は米国の海洋覇権を支える支点だ」と。中国側の研究者たちがこの本を読み、引用しているのは当然だろう。彼らにとって、これは悪夢の設計図そのものだからだ。(gongfa.com)

軍事面でも事情は似ている。中国は量では圧倒的だが、対潜戦や機雷戦、島嶼防衛など、日本と米国が得意とする分野では、優位とは言えない。日本が本気で海と空の防衛力を高めれば、中国は簡単には手出しできない。

さらに、中国が恐れているのは日本の技術力だ。半導体、精密機械、素材、造船、海洋技術──日本が持つこうした力は、そのまま中国の軍事的野心に対する「見えない鎖」になる。日本が供給を絞り、欧米と歩調を合わせれば、中国の軍事近代化の足はたちまち重くなる。

だからこそ、中国の威嚇は止まらない。劣勢を自覚する国ほど、大声で相手を脅す。フリードマンが描いたこのパターンどおりに、いまの中国は動いているのである。

3️⃣日本が取るべき道――「海洋国家としての覚悟」を固める

赤線で囲われた部分が日本の排他的経済水域
 
ここまで見てくると、日本が進むべき道ははっきりしてくる。

第一に、日本は海洋国家としての本分を思い出すべきだ。海上自衛隊と航空自衛隊を中心に、島嶼防衛とシーレーン防衛を徹底的に強化する。長射程のスタンド・オフミサイル、潜水艦、対潜哨戒機、衛星・無人機など、海空の「目」と「牙」を磨き上げることが抑止力そのものである。

第二に、日米同盟を軸にしつつも、日本自身の判断軸をしっかり持つことだ。アメリカに全面的におんぶされるのでもなく、反米に走るのでもなく、「我が国の利益は何か」をはっきりさせたうえで同盟を使いこなす。この姿勢が、中国にとって最も厄介であり、同時に日本にとって最も安全な道である。(Nippon)

第三に、日本の技術と経済を「安全保障の柱」として扱うことである。サプライチェーンの多角化、重要技術の管理、インフラ投資──これらは単なる経済政策ではない。中国が最も恐れているのは、日本が本気で「技術と経済で中国を締める」局面である。ならば、そこをこそ強めればよい。

中国の日本に対する威嚇は、日本の弱さの証明ではない。むしろ、日本が目を覚ましつつあることへの悲鳴だと言ってよい。無論、だからと言って、何を言っても良いなどのことはあり得ず、今回の中国側の威嚇は異様である。国際社会から受け入れられるものではない。また、中国はその異形ぶりを日本国民や国際社会に暴露したと言える。とは言いながら、フリードマン地政学が教えるのは、「日本こそが中国の前に立ちはだかる海の壁であり、東アジアの均衡を決める鍵だ」という冷厳な事実である。

我が国はその現実から逃げるべきではない。むしろ、その役割を自覚し、海洋国家としての覚悟を固める時だ。中国が日本を恐れているのは、日本にはそれを実現できる力があるからだ。

ならば、その力をさらに鍛え上げればよいのである。

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