コラム:円安に頼る「輸出偏向型経済戦略」の落とし穴=河野龍太郎氏
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河野龍太郎 |
経営者の間で、日本経済に対する楽観が広がっている。確かに、昨年は先進国の中で最も高い成長を実現し、今年も比較的高めの成長が続く見通しだ。しかし、現在の好況をもたらした最大の要因は、追加財政によって公的需要が大幅に増加したことである。
本来、追加財政が行われると、資本コストの上昇によって、我々は公的債務の増大がもたらす悪影響を認識する。しかし、日銀のゼロ金利政策と大量の国債購入政策の長期化・固定化によって金利上昇は回避され、公的債務の増大に対する我々の感覚(危機感)はすっかり麻痺している。
日本経済復活をはやし立てるユーフォリアの本質は、マネタイゼーションがもたらす陶酔感に過ぎないのではないか。追加財政が途切れると、景気回復が中断するため、自律回復が始まったとは到底言えない。より大きな問題は、追加財政が途切れると、禁断症状が現れるため、政治的には今後も追加財政が継続される可能性が高いことである。
「ある程度、財政頼みであることは認めるとしても、一方で企業部門の利益率は大幅に改善しており、今回の日本経済の回復は本物なのだ」という声も聞かれる。確かに、国際金融危機や東日本大震災など一連のショックが日本経済にもたらしたダメージはかなり癒え、企業部門の収益率が改善しているのは紛れもない事実だ。企業人の努力も徐々に実り、時間の経過も加わって、企業部門が抱える問題はかなり解決されてきた。
しかし、企業部門の利益率改善については、やはり心配な点がある。それは、特に輸出部門の利益率改善が円安に大きく依存していることだ。現在の為替レートが将来も安定的に続くならば、そうした懸念は不要だが、実質ベースで見ると、円レートはすでに持続不可能なほどの超円安水準となっている。今回は、「円安頼み」の弊害について論じたい。
<実質ベースではすでに「超円安」>
「現在のドル円レートは、それ以前の円高がようやく修正されたところで、中立水準に近い」と考える人は少なくない。確かに、名目実効ベースで見ると、1990年代以降の平均にようやく近づいてきたところである。
しかし、企業の輸出や輸入、投資行動を左右する実質実効ベースで見ると、現在の円レートは、85年のプラザ合意時や2000年代半ばの超円安期を下回り、82年頃の水準まで低下している。82年のドル円レートは年平均で1ドル=250円程度であり、当時はボルカー議長率いる米連邦準備理事会(FRB)の高金利政策とレーガン政権の拡張財政が合わさり(レーガノミクス)、大幅なドル高・円安がもたらされた時代だった。つまり、現在の円レートは、実質ベースで見ると、すでに「超円安」と言って差し支えない。
もちろん、デフレ脱却への処方箋という意味では、継続的な円安が最も効果的であることは筆者も認める。また、実質金利もマイナスの領域に入ってきたため、当面は円安が継続する可能性もあり得る。ただ、実質ベースで歴史的な超円安水準に達しているため、それが永続するとは考えられない。
もし現在の実質為替レートの継続を前提に、輸出企業が投資行動を決定すると、将来、大きな調整を余儀なくされる可能性がある。設備投資や採用が増える過程では好況の訪れと人々は受け止めるだろうが、実質ベースでの超円安が修正される段階で、過剰ストックを抱えた産業の構造調整が不可避となるだけでなく、資源配分の歪みによって潜在成長率も低下することになる。実質円安が長期化・固定化すると大きな弊害が生じるのである。
<電機セクターの過剰投資が残した教訓>
近年、日本で最も大きな構造調整に見舞われたのは、電機セクターだ。その苦境の原因は、08年以降の円高と考える人が今でも少なくない。しかし、それは真実の一部でしかない。事実、08年以降、実質ベースで見れば、円レートはさほど上昇したわけではなかった。より大きな問題は、04年から07年までの超円安の下で過剰ストックなどの不均衡が蓄積されたことである。
後知恵で考えれば、人件費の高くなった日本で、電機セクターの生産拠点を維持することは、2000年代に入ると相当難しくなっていた。しかし、2000年代半ばに、欧米で大規模な信用バブルが生じたこと、一方で日本では量的緩和政策を継続したことから、円安が助長され、実質ベースでは85年のプラザ合意時に匹敵する超円安となっていた。
当時、日本を追い上げようとしていた韓国、台湾などの電機セクターは、生産拠点を人件費のさらに安い中国や東南アジアにシフトさせた。一方、日本の一部企業は、こともあろうに国内に生産拠点を回帰させてしまった。欧米のブーム(バブル)と超円安で国内生産が有利となり、その継続を前提に、輸出ブームが永続すると錯覚したのである。少なからぬ企業が、当時のブームをグローバリゼーションの恩恵だと受け止めた。この時の誤った経営判断によって、過剰ストックや過剰債務を抱え、日本の電機セクターの競争力は韓国や台湾のライバルに完全に劣後するようになってしまったのである。
それが明らかになるのは、国際金融危機が始まり、超円安が修正され、輸出が大きく落)ち込んだ後だ。表面上は円高によって苦境がもたらされたかに見える。しかし、それ以前に生じていた実質ベースの超円安と輸出ブームに助長された過剰投資が元凶だったのだ。
現在、円安によって収益率が改善しているにもかかわらず、輸出企業が設備投資にそれほど積極的ではないことを疑問視する見方もある。世界経済の回復が緩慢で(2000年代以降、世界経済を牽引してきた新興国経済が11年後半以降、大きな曲がり角を迎えた)、外需の回復が脆弱なこともあるが、多くの輸出企業が慎重なのは、2000年代の電機セクターの教訓が広く浸透しているからであろう。
しかし、人間は時間が経つと物事を忘れる動物でもある。楽観が広がればなおさらだろう。輸出企業が更新投資の枠から大きく踏み出す時にこそ、我々は慎重に先行きを見極める必要がある。
なお、東日本大震災後に原発が停止し、化石燃料の輸入増から経常収支黒字が大きく切り下がったことで、実質為替レートの均衡水準が円安方向にシフトした可能性はある。輸入に全面的に頼るエネルギーコストの大幅上昇は交易条件の大幅悪化に他ならず、それが均衡実質為替レートに少なからぬ影響を与えたということだ。このため、均衡水準からの乖離で考えれば、現在の実質ベースの円安は、「超円安」と呼ぶほどのものではないのかもしれない。ただ、そうだとしても、80年代前半と並ぶ実質ベースの円安が、相当な円安であることには変わりない。その継続を前提に企業が国内での生産能力増強に踏み切ることになれば、過剰ストックの蓄積につながるリスクはあるだろう。
<円安頼みではいつまでも豊かになれない>
また、より長期的な視点に立つと、労働力人口の減少傾向が続く以上、生産工程に関わる労働者が増える形での産業構造の変化は、やはり持続可能とは言えない。国内で利用可能な労働力に強い制約が働く以上、貿易可能財については、輸入に取って代わられ、限られた労働力はサービスなど非貿易可能財の生産にシフトする形で、産業構造は変化していく。製造業の中でも、企画・開発、販売、販売後のアフターサービスといった生産工程に直接関わらない人のウエイトが、これまで以上に高まっていくはずである。
日本では、産業構造の高度化によって、製造業のウエイトが低下し、非製造業のウエイトが高まることを、「産業の空洞化」として否定的に捉える風潮が強い。それゆえ、輸出、ひいては製造業にダメージをもたらす円高に対し、経済のみならず、政治、社会も相当に敏感である。筆者自身は、豊かになった我々の需要構造がサービスにシフトしていくのは極めて自然な流れだと考えている。
そもそも、我々が通商を行っているのは、輸出を増やして所得を稼ぐことだけが目的ではない。貿易を行っている最大の理由は、多様で質の高い財・サービスを安価に入手することである。つまり国内で生産されたものだけを消費するのではなく、輸入をすることで、より質の高い生活を実現することである。輸出偏向型の経済戦略は、円高のメリットを享受できる社会作りという発想が欠けているのである。
70年代前半まで、日本が輸出増加によって、製造業部門のウエイトを拡大し、高い成長を追求することが可能だったのは、日本がまだそれほど豊かではなく、ブレトンウッズ体制の下で、割安な為替レートを維持することが許されていたためである。しかし、高所得国の仲間入りをした70年代後半以降、輸出偏向型の経済戦略を続けることはもはや困難になっている。
ブレトンウッズ体制崩壊後、輸出増加で貿易黒字が増えると、日米貿易摩擦など国際政治上、あるいは経済的なメカニズムから円高が進展し、それが輸出価格を押し下げ、収益面から国内での生産の拡大が困難になっていた。
特に90年代以降は、日本と同様の輸出偏向型の経済戦略を採用したアジア新興国の攻勢が強まった。人件費の高い日本企業が同じ土俵で戦い続ければ、立ち行かなくなるのは当然だった。しかし、ハイエンドにシフトすることなく、同じセグメントにおいて輸出価格切り下げの体力勝負を続けた結果、輸出数量は維持されても利益を生み出すことができなくなり、電機セクターは前述のとおり敗退したのである。
こうした消耗戦を続ける間、輸出価格の切り下げを可能にしたのは、安定的な雇用(正規雇用)を非正規雇用で代替したことだった。とっくに有効ではなくなった輸出偏向型の戦略を続けたことも、非正規雇用の拡大を助長した。価格の切り下げで輸出拡大を追求するという点で、円安頼みと低賃金頼みは同根である。
円安や賃金の安い雇用に頼って安く大量に売る(輸出する)のではなく、ドイツのように高く売れる商品を作り出す戦略に転換しなければ、いつまでも豊かにはなれない(高く売れる商品を生み出すことは、高い実質賃金の稼得が可能な人的資本を増やすことに他ならない)。ドイツの多くのセクターは早い段階においてハイエンドにシフトすることで、追い上げてくる新興国との価格競争を避け、輸出価格の引き上げを可能としてきた。それが、2000年代にコモディティ価格の高騰が生じた際も、ドイツが交易条件の悪化を回避できた理由の一端だった。
一つ元気付けられる話は、実質ベースの超円安にもかかわらず、日本企業による海外企業の大型買収が続いていることである。医療や介護、教育分野など国内で新たなニーズを掘り起こすことが可能な産業もあるが、人口減を背景に縮小の続く国内市場にこだわることを止め、グローバルに売上・利益拡大を目指す企業も増えている。10年先、20年先の企業像を考える経営者には、円安が進もうが、長期戦略には影響しないのだろう。実質ベースの超円安が海外企業買収の阻害要因になっていないことは極めて重要である。
ところで、現在の実質円安は持続可能ではないと論じたが、今回はその調整が物価によってなされ、名目為替レートはあまり変わらない、ということも十分あり得る。これまでは、物価下落(賃金下落)と名目円安が実質為替レートを円安方向に大きく切り下げてきた。しかし今後、日本経済がインフレに転換するならば、名目為替レートが現状のままでも、国内物価が上昇することで、実質為替レートは円高方向に修正される。つまり、人件費が嵩んでくることで、国内での生産が再び割高になっていく。その可能性は決して低くはないと思われる。
*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。
【私の論評】「輸出は偏向型経済戦略」という珍説で幻惑するコミンテルン発見(@_@;)円安による輸出の好調は単なる副産物に過ぎないのに、それが戦略?
上の記事全く意味がわかりません。さももっともらしく、長文を書いていますが、そもそも前提が間違えています。現在政府が進めている、アベノミクスといわれる経済対策の主なるものは、日銀による異次元の包括的金融緩和ですが、これも含めて、安倍首相の主導する経済経済対策のそもそもの狙いは、最終的には日本国の内需拡大によるデフレからの脱却です。円安や、株価高などは、その副次効果にすぎません。
副次効果とは、文字通りそれを狙ったものではなく、何かをやったら副次的にでるものです。円安や、円安による輸出の拡大なども、アベノミクスの副次効果であり、何もこれを最初から目指してるわけではありません。こういうことから、安倍政権は円安による輸出偏向型経済戦略などそもそも狙っていません。
だから、河野龍太郎の記事は前提からして間違えています。さて、アベノミクスの本来の目的は、なんであったのかここで振り返っておきます。これに関しては、以前このブログにも掲載したことがありますので、その記事のURLを以下に掲載します。
「株安でアベノミクスは頓挫した」と、1割の可能性にBETする危ない橋を渡る人たち―【私の論評】 危ない橋を渡りたい人たちは、どうぞお渡り下さい。ただし余計なことをくっちゃべって、安倍内閣を頓挫させ、日銀の政策を頓挫させるようなバカ真似はしないでくれ(゚д゚)!
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高橋様一氏 |
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詳細はこの記事をご覧いただくものとして、この記事では、アベノミクスは、株価をあげたり、円安を誘導するために行ってるのではなく、あくまでGDPが増え、失業率が下がり、賃金が上がり、インフレ率を上昇させるために行っていることを掲載しました。以下のその部分のみコピペさせていただきます。
それにしても、アベノミクスは、株価を上げたり、円安にするために実行しているのではなく、あくまでもデフレ・スパイラルから抜け出すために実行しているということで、株価が上がったり、円安になったりというのは、その副産物でしかないということを多くの人々にきっちり理解していただきたいものです。
高橋洋一氏は、以下のような5段階を上の記事で提示しています。
1.日銀がマネタリーベースを増やす
2.予想インフレ率が約半年かけて徐々に上昇し、実質金利が下がる
3.消費と投資が徐々に増える
4.外為市場で円安が起こり、徐々に輸出が増える
5.約2年~をかけて、徐々にGDPが増え、失業率が下がり、賃金が上がり、インフレ率も上昇する。その過程で株価も上がる。
さて高橋洋一氏の五段階によれば、現在はまさに、4番目の段階にあるというとです。最終的に目指すのは、5段階目だということです。
上の河野氏の記事では、あたかも、4番目の輸出を増やすことが目的であり、戦略のような扱いですが全くそうではないことがご理解いただけるものと思います。
河野氏の上の記事は、こういったことを振り返った上で、もう一度読み返してみると、非常にミスリーディングであることがご理解いただけるものと思います。
昨日は、
蕎麦の価格があがるという記事に関して論評しました。蕎麦の高価格になることごときで、金融緩和措置をやめて、円高・デフレ政策を容認するようなバカげたことがあってはならないことを掲載しました。
上の河野氏の記事は、蕎麦の記事からみると、一見まともそうにみえますが、前提が全く間違ていることから、レベルとしては、蕎麦の記事と言っていることは、同レベルです。
昨日は、今年は増税されることから、いっとき景気が腰折れすることははっきりしていることを述べました。そうして、本来景気の腰折れは、増税が原因なのに、それがあたかも、アベノミクスそのものが間違いあるかの論評がでてくるであろうことを予測しました。
河野氏の上の記事は、まさにそのようなものです。現在は、まだ増税されていませんから、まだ景気は上向きつつあります。しかし増税されせれば、景気は必ず足踏みします。そのとき、河野氏は勝ち誇ったように、上の記事をたてにとって、それみたことか、やはり私の言っていたことは正しかったと論評をはじめるでしょう。上の記事はその下準備であると思われます。
上の記事は、その時のために、備える意味もあって、全文掲載させていただきました。このような記事あとから都合が悪くなると、消去されたりすることもあるので、保存の意味で全文掲載させていただきました。
いずれにせよ、現在実施されているアベノミクスの一環である、包括的金融緩和は、増税により今年は、腰折れします。しかし、それは、アベノミクスや包括的金融緩和自体が間違いというわけではありません。
上記のような、論評に惑わされて、金融緩和をやめてしまえば、またぞろ日本は、円高とデフレスパイラルの底に沈みます。そうなれば、一番喜ぶのは、中国です。
私は、そう思います。皆さんは、どう思われますか?
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