2020年10月13日火曜日

ノーベル経済学賞に米大学の2人 「電波オークション」で貢献―【私の論評】電波オークションは、テレビ局にとっても、政府にとっても打ち出の小槌ではなくなった(゚д゚)!

 ノーベル経済学賞に米大学の2人 「電波オークション」で貢献


ポール・ミルグロム氏(写真左)とロバート・ウィルソン氏=米スタンフォード大ホームページより

ことしのノーベル経済学賞に、電波の周波数の割り当てなどに使われるオークションの研究や実用化に大きく貢献したアメリカ・スタンフォード大学の2人の研究者が選ばれました。

スウェーデンの王立科学アカデミーは、日本時間の12日午後7時前、ことしのノーベル経済学賞の受賞者を発表しました。

受賞が決まったのは、いずれもアメリカのスタンフォード大学の、ポール・ミルグロム氏、それに、ロバート・ウィルソン氏の2人です。

オークションの研究や実用化に大きく貢献したことが理由で、王立科学アカデミーは、「電波の周波数の割り当てなど、従来の方法では売ることが難しかったモノやサービスに使われる新たなオークションの制度設計を行い、世界中の納税者などの利益につながった」としています。

2人の研究成果は、1990年代のアメリカで、それまでは政府の認可手続きが必要だった電波の利用免許について、より高い金額を示した事業者に割り当てる、「電波オークション」の制度設計に役立てられました。

電波の周波数は地域や帯域によってさまざまで、事業者ごとに必要な種類や数も異なりますが、多くの周波数と買い手から、オークションによって、最適な組み合わせを導き出せるようになったということです。

電波オークションは手続きの透明性や効率性を高めるとして、現在までに世界各国で実施されているほか、日本でも一時、検討されるなど、大きな影響を与えました。
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ウィルソン氏「環境分野への適用も可能だと思う」

ノーベル経済学賞の受賞が決まったロバート・ウィルソン氏は電話での会見に臨み、「とてもうれしいニュースでした」と喜びを語りました。

また、「環境への適用も可能だと思います」と述べ、自身の研究成果が温室効果ガスの排出権など、さまざまな分野に応用できるという認識を示しました。

そして、最後にオークションで買ったものは何かと問われたのに対し、いったんは「私自身はオークションに参加したことはありません」と答えましたが、その後、「妻に指摘されましたが、インターネットでスキーのブーツを買いました。あれはオークションですね」と話し、会場の笑いを誘っていました。

慶應義塾大学 坂井教授「理論を実用化のレベルに」

ことしのノーベル経済学賞に電波の周波数の割り当てなどに使われるオークションの研究や実用化に大きく貢献したアメリカ・スタンフォード大学の2人の研究者が選ばれたことについて、ノーベル経済学賞に詳しい慶應義塾大学の坂井豊貴教授は、「『理論』を『実用化』のレベルまで育て上げ、実際にアメリカの電波オークションにも活用されるほどの影響力を及ぼした」と述べ、経済学によって社会の課題を解決しようという姿勢が評価されたと指摘しました。

一方で、ノーベル経済学賞に日本人が一度も選ばれていない ことについて坂井教授は、マクロ経済学の研究で世界的に知られるアメリカ・プリンストン大学教授の清滝信宏さん(65)を引き続き有力候補として挙げたうえで、「今後に期待したい」と述べました。

【私の論評】電波オークションは、テレビ局にとっても、政府にとっても打ち出の小槌ではなくなった!(◎_◎;)

冒頭の記事にもでてくる、「電波オークション」とは電波の周波数の一定期間の利用権を競争入札で決める方式で、経済協力開発機構(OECD)加盟国の米国や英国、フランス、ドイツなど先進国で実施されています。

日本では原則、総務省が審査して選ぶ比較審査方式が採用されていますが、旧民主党政権時代もオークション導入は検討されています。平成24年3月には導入を閣議決定し、関連法案を国会に提出したのですが、当時野党だった自民党の反対などで審議されずに廃案となりました。



総務省によると、27年度の電波利用料金の収入は総額約747億円。主な通信事業者やテレビ局の電波利用負担額は、NTTドコモ約201億円▽KDDI約131億円▽ソフトバンク約165億円▽NHK約21億円▽日本テレビ約5億円▽TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京約4億円-などとなっています。

同制度を導入している米国では、2014年11月から翌15年1月までに実施されたオークションで、3つの周波数帯が計約5兆円で落札されたといいます。日本でも制度の導入で競売によって収入額の増加が予想されています。関係者によると、民主党政権時代の議論では、毎年平均で数千億円の収入になると推計し、増えた収入は政府の財源とすることを想定していたそうです。

今回のノーベル経済学賞した二人の経済学者の研究は、電波の周波数の割り当てなどに使われるオークションの実用化に大きく貢献したものです。

日本では、総務省の認可を受けた場合にしかテレビ放送事業はできません。「放送法」によって免許制度になっているわけなのですが、このことがテレビ局を既得権まみれにしています。

日本では電波オークションが行われないために、電波の権利のほとんどを、既存のメディアが取ってしまっています。たとえば、地上波のテレビ局が、CS放送でもBS放送でも3つも4つチャンネルを持ってしまっているのもそのためです。

電波オークションをしないために利権がそのままになり、テレビ局はその恩典に与っています。テレビ局は「電波利用料を取られている」と主張するのですが、その額は数十億円程度といったところです。

もしオークションにかければ、現在のテレビ局が支払うべき電波利用料は2000億円から3000億円は下らないでしょう。現在のテレビ局は、100分の1、数十分の1の費用で特権を手にしているのです。

つまり、テレビ局からすると、絶対に電波オークションは避けたいわけです。そのために、放送法・放送政策を管轄する総務省に働きかけることになります。

その総務省も、実際は電波オークションを実施すれば、その分収入があるのは分かっているはずです。それをしないのは、テレビ局は新規参入を防いで既得権を守るため、総務省は「ある目的」のために、互いに協力関係を結んでいるからです。

そこで出てくるのが「放送法」だ。昨今、政治によるメディアへの介入を問題視するニュースがよく流れているので、ご存じの方も多いだろう。話題の中心になるのが、放送法の4条。放送法4条とは以下の様な条文だ。

放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
 二  政治的に公平であること。
 三  報道は事実をまげないですること。
 四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

これを根拠に、政府側は「放送法を守り、政治的に公平な報道を心がけよ」と言い、さらに電波法76条に基づく「停波」もあり得るというわけです。

一方で、いわゆるリベラル派の人々は、放送法4条は「倫理規範だ」としています。つまり、単なる道徳上の努力義務しかない、と反論をしているのです。

しかし、世界ではそんな議論をしている国はありません。このようなくだらない議論をするのではなく、市場原理に任せ、自由競争をすれば良いだけの話だったのです。

今から15年くらい前であれば、電波オークションによって放送局が自由に参入して競争が起これば、新しい業者が参入してイノベーションも起こったかもしれません。質の高い報道や番組が生まれるたはずです。おかしなことを言っていたら人気がなくなるし、人気があれば視聴者を獲得しスポンサーも付くはずでした。そうやって放送局が淘汰されれば、放送法など必要性が無くなったかもしれませ。

電波オークションが実施されるとと一番困るのは既存の放送局でした。そのため、必死になって電波オークションが行われないように世論を誘導していました。そのためでしょうか、ほとんどの民放が今回のノーベル学賞の研究 が「電波オークション」に利用されていることを報道しません。

総務省はこうした事情を知っているので、「放送法」をチラつかせます。「テレビの利権を守ってやっているのだから、放送法を守れよ」というわけです。それはテレビ局も重々承知というわけで、マスコミは総務省と持ちつ 持たれつの関係になっているのです。

当時もし地上波で「実は電波利用料は数十億しか払ってないけど、本当は3000億円払わなければいけないですよね」などと言おうものなら、テレビ局の人間はみんな真っ青になって、番組はその場で終わって放送事故状態になったかもしれません。

テレビでコメンテーターをしているジャーナリスト等も、その利権の恩恵に与っているので大きな声で指摘しなかったのです。電波オークションをすれば、もちろん巨大な資本が参入しきたでしょう。国内企業をはじめ、外国資本にも新規参入したいという企業はたくさんありました。

既存のテレビ局は巨大な社屋やスタジオを所有していますが、これだけ映像技術が進歩している現在では、放送のための費用はそこまでかか らなくなりました。今では、インターネット上で自由に放送しているメディアがたくさんあるのだからそれは明らかです。中には、スマホだけでYouTubeやPodcastで、放送をしている人もいるくらいです。画質や音質等を問わなければ、現在では誰もが放送できるといっても過言ではありません。

しかし、現在では既存の放送局の権利を電波オークションで競り落とすと考えれば費用は膨大に思えますが、電波だけではなくインターネットを含めて考えれば、放送局そのものは何百局あってもかまわないのですから、新規参入者を増やせば費用は数百億円もかかるものではなくなりました。

資本力がある企業が有利かもしれませんが、技術が進歩しているために放送をする費用そのものはたいしたものでないのですから、放送局数を増やせば誰にでも門は開かれるようになりつつあります。

多様な放送が可能になれば、どのような局が入ってきても関係がないです。今は地上波キー局の数局だけが支配しているので、それぞれのテレビ局が異常なまでに影響力を強めています。影響力が強いから放送法を守れという議論にもなります。しかし放送局が何百もの数になれば影響力も分散され、全体で公平になります。そのほうが、健全な報道が期待できるでしょう。

加藤勝信官房長官は本日の記者会見で、菅義偉政権で周波数帯の利用権を競争入札にかける「電波オークション」を実施する可能性について「導入した各国のさまざまな課題も踏まえ、総務省においてオークション制度そのものを引き続き検討していくことが適当と考えている」と述べました。

同時に、オークション制度に関し「電波の割り当て手続きの透明性や迅速性の確保につながるなどのメリットがある一方、落札額の高騰により設備投資の遅延や事業運営に支障が生じる恐れがあるなど、デメリットも指摘されている」とも指摘しました。

ただし、先程指摘した通り、放送局自体の数を増やすことを前提とした場合、現在ではでは落札額が高騰することはありません。

そもそも、日本ではテレビでもラジオでもあまりにも放送局が少なすぎです。米国などで、テレビやラジオを視聴した経験のある人は、そもそもテレビのチャンネル数が段違い多いことに驚かれたことでしょう。

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米国のテレビには日本ではありえない程の数のチャンネルがある

たとえばニューヨークでは、ケーブルも含め、多数のチャンネルがあります。おそらく、数百はあるのではないでしょうか。ラジオ局もかなりです。2004年6月度、FCC(連邦通信委員会)は、AM局は4771局、商業FM局は6218局、および教育的FM放送局は2497局を認可しています。

あるラジオ局の司会者が居眠りをしてしまい、2時間ほど放送が中断になったのですが、誰も気づかなかったという笑い話のような話もあるくらいです。

このような状況を日本と比較すると、日本はいかに放送業界への参入障壁が高く、それによる一般ユーザーが不利益を被っていたかがわかります。多くの事業者がテレビ等の放送業界に参入したいと思ってもなかなかできないし、その結果多くの国民は、面白くないテレビをみなければならないという不利益を被っていたのです。

ただし、現在では状況が変わってきました。ネットの技術進歩で地上波の価値はかなり下がっています。15年くらい前に地上波TVがオークションに応じていれば地上波TVは既割当分を高値で売れたかもしれません。しかし、現在ではそのようなことはあり得ません。

政府としても、今となっから「電 波オークション」をしたとしても、2014年時の米国のように、収益を得ることはできないでしょう。

政府、テレビ局ともに時期を逸したと言えます。もはや、電波オークションは、テレビ局にとっても、政府にとっても打ち出の小槌ではなくなりました。

私は、最近テレビが全く面白くないです。視聴していて不愉快になることすらあります。いや、あまりのくだらなさに、倦怠感すら感じます。それでも、仕方なしに見ていることもありますが、最近は、YouTube,AmebaTV、Amazon Prime Video等を視聴する機会が多くなりました。

インターネットが台頭しつつある15年前に、こうしたことは十分予見できたはずです。このことを予見できないテレビ局は、今後ますます衰退していくことでしょう。

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学術会議任命見送り問題

日曜報道 THE PRIMEに出演した甘利氏(一番左)

 自民党の甘利明税制調査会長が、11日のフジテレビ番組「日曜報道 THE PRIME」に出演し、菅義偉首相が新会員候補6人の任命を見送った「日本学術会議」が日本の防衛研究にブレーキをかけてきたことを問題視した。これに対し、立憲民主党の今井雅人衆院議員は反論した。

 「学術会議は、防衛省の研究に対し(学者は)参加すべきではないというが、いまや軍事と民間のデュアルース(両用)で、境目はなくなってきている。インターネットも、もとは軍事研究から始まったものだ」

 甘利氏はこう語り、学術会議が2017年、軍事目的の研究に反対する立場から発表した「軍事的安全保障研究に関する声明」を指摘した。

 そのうえで、甘利氏は「中国が学者らを好待遇で引っ張り、研究や知識を全部、吸い取ろうとするのを、世界が警戒している。科学技術に関するある公的機関からは『日本の研究者も十数人参加している』とはっきりと言われた。学術会議は、中国の科学技術協会と相互協力の覚書を結んでいるが、中国は『軍民融合』政策を取る。学術会議が防衛省の研究に『参加すべきではない』とするなら、『(日本の研究者は中国の研究に)参加すべきではない』と言うべきだ」と強調した。

 一方、今井議員は「学術会議は、戦争に科学を使われたことの反省から成り立っている。その精神は尊重すべきで、(軍事研究には)抑制的にならなければいけない」といい、「(任命に関する国会答弁の)解釈を変えるなら、きちっと手続きを踏まなきゃいけない」と指摘した。

 これに、甘利氏は「任命責任はあるのに、選ぶ権限はないなんてあり得ない」と強調した。

【私の論評】日本学術会議の人事問題の本質は「第二次中央省庁再編」への布石(゚д゚)!

日本学術会議は15年に、中国科学技術協会と協力覚書を署名しています。つまり中国の軍事発展のために海外の専門家を呼び寄せる『千人計画』には協力しているとみて良いです。日本国内では軍事研究を禁じておきながら、中国の軍事研究には協力するという、非常に倒錯した組織です。

米国では「千人計画」に参加者が逮捕されている

左派野党やメディアは、任命されなかった6人が「安全保障関連法や特定秘密保護法などに反対した人物」として、あたかも菅首相が意にそぐわない人物を排除したとの批判を展開しています。

しかし、任命された99人の中にも安全保障関連法や特定秘密保護法に反対していた学者は大勢います。6人の任命見送りは、別の理由と考えるべきです。これを詳細に発表すると、この六人の名誉を著しく毀損することになりかねません。

そのようなことは、人事を実施する側からは絶対にできません。これは、公表しないのが常識です。これは、多くの組織を見ていれば、誰にでも理解できると思います。

マスコミなどでも、当然のことながら実施している入社試験で合否の理由など絶対に言いません。無論、普通の企業でも、人事の内容は公表しません。これは、どのような組織の人事にもあてはまることです。学術会議の人事だけが特別であるとの認識は間違いです。

今回の騒動で、国民は日本学術会議がどのような組織であるかを理解したでしょう。当然、民営化を含めた行政改革の対象です。

ドラッカー

経営学大家ドラッカー氏は人事について以下のように述べています。

あらゆる組織において人事は、その組織のマネジメントがどの程度有能か、どのような価値観を持っているか、仕事にどれだけ真剣に取り組んでいるかを白日の下にさらします。人事とその基準、さらにはその動機まで、いかに隠そうとしても知られることになります。それは際立って明らかです。

人は、他の者がどのように報われるかを見て、自らの態度と行動を決めます。仕事よりも追従のうまい者が昇進するのであれば、組織そのものが、業績の上がらない追従の世界となります。これまた、日本学術会議はその典型です。

公正な人事のために全力を尽くさないトップマネジメントは、組織の業績を損なうリスクを冒しているだけではない。組織そのものへの敬意を損なう危険を冒しています。過去の政府は、日本学術会議の人事に事実上関与しなかったので、時を経るごとに日本学術会議という組織自体が腐敗していったのだと思います。

マネジメントは、人事に時間を取られますし。そうでなければならないです。人事ほど長く影響し、かつ元に戻すことの難しいものはないからです。ところがあらゆる組織において昇進、異動のいずれにせよ、実態はまったくお粗末です。日本学術会議はその典型です。

だがドラッカーは、我慢してはならないと言います。
人事に完全無欠はありえないが、限りなく10割に近づけることはできる。人事こそもっともよく知られた分野だからである。(『チェンジ・リーダーの条件』)
だからこそ、菅総理はあえて6人の任命を見送り、人事に一石を投じたのでしょう。

ドラッカーは人事の手順のついて以下のように語っています。
人事に関する手順は、多くはない。しかも簡単である。仕事の内容を考える、候補者を複数用意する、実績から強みを知る、一緒に働いたことのある者に聞く、仕事の内容を理解させる。(『プロフェッショナルの原点』)
第一は、仕事の内容を徹底的に検討することです。仕事の求めるものが明らかでなくては、人事は失敗して当然です。しかも、同じポストでも、要求される仕事は、時とともに変わっていきます。仕事が変われば、求められる人材も異なるものとなります。

第二は、候補者を複数用意することです。人事において重要なことは、適材適所です。ありがたいことに、人間は多種多様です。したがって、適所に適材を持ってくるには、候補者は複数用意しておかなければならないです。異なる仕事は異なる人材を要求します。

第三は、候補者それぞれの強みを知ることです。それぞれの強みをそれぞれの実績から知らなければならないです。その強みは、仕事が求めているものであるかをチェックします。何事かを成し遂げられるのは、強みによってです。

第四は、一緒に働いたことのある者から、直接話を聞くことです。しかも数人から聞かなければなりません。人は人の評価において客観的にはなれないことを知らなければならないです。それぞれの人が、それぞれの人に、それぞれの印象を持つのです。

第五は、このようにして人事に万全を尽くした後において行なうべきことです。すなわち、本人に仕事の内容を理解させることです。仕事の内容を理解したことを確認することなく、人事の失敗を本人のせいにしてはならないのです。

具体的には、何が求められていると思うかを聞きます。3ヵ月後にはそれを書き出させるのです。新しいポストの要求するものを考えさせないことが、昇進人事の最大の失敗の原因です。ドラッカーは、「新しい仕事が新しいやり方を要求しているということは、ほとんどの者にとって、自明の理ではない」といいます。
追従や立ち回りのうまい者が昇進するのであれば、組織そのものが業績のあがらない追従の世界となる。人事に全力を尽くさないトップは、業績を損なうリスクを冒すだけでなく、組織そのものへの敬意を損なう。(『プロフェッショナルの原点』)
人事とは、これだけ手間がかかり、時間のかかるもので、しかもゆるがせにはできないものです。そもそも、日本学術会議の人事を菅総理が行うなどということは不可能です。今回の6名の任命見送りも、菅総理がいずれかの官僚に条件などを提示したうえで不適任者を選択するように指示をした結果ではないかと思います。

菅総理にとって重要なのは、閣僚人事と、各省庁の幹部官僚の人事です。特に閣僚人事はかなりの時間を割いて実行したでしょう。各省庁の幹部人事に関してもある程度の時間を割いて確認したでしょう。そうして、菅総理にとって、人事に関与するのはこれくらいが限界でしょう。

であれば、そもそも、日本学術会議は政府の機関とするのではなく、政府外の機関とすべきです。政府はもとより、菅総理がありとあらゆることに直接関与することなど、不可能です。もし、菅総理が日本学術会議の人事を実際に行い、その結果6人の不採用を決めているなどと思っている学者がいたとしたら、よほど自信と自意識のかたまりのような人だと思います。そもそも、これは政府の重要な仕事ではありません。

ドラッカー氏は政府の役割を指摘しています。これは、以前のブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
菅政権の政策シナリオを完全予想!改革を実現するために最も必要なこととは?―【私の論評】菅総理の政策は、継続と改革!半端な政治家・官僚・マスコミには理解できない(゚д゚)!

菅総理

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事からドラッカーが述べた政府の役割に関する部分のみを引用します。

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政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことである。社会のエネルギーを結集することである。問題を浮かびあがらせることである。選択を提示することである。(ドラッカー名著集(7)『断絶の時代』)

この政府の役割をドラッカーは統治と名づけ、実行とは両立しないと喝破しました。「統治と実行を両立させようとすれば、統治の能力が麻痺する。しかも、決定のための機関に実行させても、貧弱な実行しかできない。それらの機関は、実行に焦点を合わせていない。体制がそうなっていない。そもそも関心が薄い」というのです。

しかし、ここで企業の経験が役に立ちます。企業は、これまでほぼ半世紀にわたって、統治と実行の両立に取り組んできました。その結果、両者は分離しなければならないということを知りました。現在の上場企業等は、両者が分離されているのが普通です。たとえば、財務部と経理部は分離されているのが普通です。

そもそも、民間企業では、財務省(統治部門)と国税局(純然たる実行部門)一つの組織であることなどありえません。それだけ、現在の政府の組織は旧態依然のままなのです。

企業において、統治と実行の分離は、トップマネジメントの弱体化を意味するものではありませんでした。その意図は、トップマネジメントを強化することにありました。

実行は現場ごとの目的の下にそれぞれの現場に任せ、トップが決定と方向付けに専念できるようにします。この企業で得られた原則を国に適用するなら、実行の任に当たる者は、政府以外の組織でなければならないことになります。

政府の仕事について、これほど簡単な原則はありません。しかし、これは、これまでの政治理論の下に政府が行ってきた仕事とは大いに異なります。

これまでの理論では、政府は唯一無二の絶対の存在でした。しかも、社会の外の存在でした。ところが、この原則の下においては、政府は社会の中の存在とならなければならないのです。ただし、中心的な存在とならなければならないのです。

おまけに今日では、不得手な実行を政府に任せられるほどの財政的な余裕はありません。時間の余裕も人手の余裕もありません。それは、日本も同じことです。

この300年間、政治理論と社会理論は分離されてきた。しかしここで、この半世紀に組織について学んだことを、政府と社会に適用することになれば、この二つの理論が再び合体する。一方において、企業、大学、病院など非政府の組織が、成果を上げるための機関となる。他方において、政府が、社会の諸目的を決定するための機関となる。そして多様な組織の指揮者となる。(『断絶の時代』)

 政府の役割は、社会のために意味ある決定と方向付けを行うことなのですから、日本でいえば、最終的には各省庁の仕事は政府の外に置かなければならないのです。

"

 無論、各省庁にも統治に関わる部分がありますから、それは内閣府などに取り込み、内閣府などは、政府の機関とし、他の省庁実行部分はすべて政府の外に配置すべきなのです。

このような文脈からしても、元々日本学術会議は政府の外に設置すべきなのです。

無論菅総理が、各省庁をすべて政府の外に置こうと考えているかどうかは、わかりません。それに仮に、そう考えていたとしてもすぐにはできることではありません。しかし、現在の政府をいまのままにしておくということは、望ましくないと考えているようではあります。

菅首相は「デジタル庁新設問題」を契機に「第二次中央省庁再編」を考えているようであり、今回の日本学術会議の人事がらみに関することも、その一環であり、前触れであると考えられます。

いずれにしても、まずは政府内の「統治」の部分と「実行」の部分ははっきり分ける方向ですすめるべきでしょう。それができない限り「デジタル庁」を設置しても、無意味です。

各省庁の古い体質を残したまま、デジタル化したとしても、大きな成果は得られないでしょう。

極端なことをいえば、当初は物理的な文書や判子を用いてでも良いので、まずは当面の「統治」と「実行」を分離するグランドデザインを描くべきでしょう。

そうして、グランド・デザインを基本にするにしても、今ある各省設置法を全て束ねて政府事務法として一本化し、各省の事務分担は政令で決めれば良いです。こうした枠組みを作れば、その時の政権の判断で省庁再編を柔軟に行えますし、デシタル化もスムーズに進むでしょう。

なぜ、このようなことをいうかといえば、それは「統治」と「実行」が分離されたある優良企業を実際に訪問して、その効率の良さに驚いたことがあるからです。

たとえば、その会社では決算書等の作成は、入社したての新人の仕事になっています。なぜそのようなことができるかといえば、決算書作成のマニュアルが整備されていて、それにはどの部署から必要な資料が入手できるか記載されており、それに基づきどのように決算書を作成すれば良いのか明示されているので、それが可能になるのです。

しかも、デジタル化された現在では、会社の端末を操作することで、その資料のほとんどが集められるようになっています。

その前提として、組織の「統治」部門と「実行」部門がはっきり分離されているということがありました。そうではない企業では、結局何度も決算書を作成して慣れている人が年度末にねじり鉢巻で、端末があるにもかかわらず、結局鉛筆をなめなめ作成しているというのが実情のようです。

さらに、どの部署がどの資料を作成するかなどのグランドデザインは、明確に定められているものの、時々の変化に対応するためその他は柔軟に対応できるように、社内の規程や規則が定められており、実際に柔軟に対応しているようでした。

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2020年10月11日日曜日

「沼地」:両党のトランプ批判者ばかりの討論委員会―【私の論評】トランプが次のサプライズで、勝利というパターンもあり得る(゚д゚)!

 「沼地」:両党のトランプ批判者ばかりの討論委員会


<引用元:デイリー・コーラー 2020.10.9


  • 大統領討論委員会はドナルド・トランプ大統領に対する両党の批判者であふれている
  • 委員会メンバーの大多数と委員長らも、トランプ批判者か元民主党献金者
  • ボブ・ドール元共和党上院議員は、委員会の共和党が誰もトランプ支持者でないことに懸念を表明

総選挙の討論会を企画する大統領討論委員会の幹部には、両党のトランプ批判者が多く含まれている。

委員会は公式には超党派で、共和党と民主党の両方が混在しているとされているが、圧倒的にドナルド・トランプ大統領に反対する政治的エスタブリッシュメントのメンバーで成り立っている。

複数の委員長と委員はどちらも大部分が、過去に大統領を目の敵にしていたか、民主党の候補者に献金をしたことのある人々だということが、デイリー・コーラー・ニュース・ファウンデーションの検証で分かった。

トランプは、2回目の討論会をバーチャルで行うという決定をめぐり委員会と衝突し、それを理由にトランプは討論会をボイコットした。

「国の大統領討論会―米国人がどう投票するか、またそもそも投票するかどうかに影響を及ぼすイベント―に関する重大な決定を下す人々は、大部分がいわゆる沼地と言われるD.C.―ニューヨークの小集団に属するエリートだ」と、ジャーナリストのヤシャール・アリは8日夜にニュースレターの中で指摘した。委員会の3名の共同委員長の1人であるケニス・ウォラックは、バラク・オバマ元大統領の2008年と2012年の選挙陣営に献金していたことが、連邦選挙管理委員会(FEC)の記録から明らかだ。ウォラックは、かつてリベラルのシンクタンクの責任者を務めていたが、バージニアのマーク・ウォーナー上院議員をはじめとする他の民主党に献金したこともFECの記録で分かっている。

女性有権者同盟の元会長である、ドロシー・ライディングス共同委員長も、FECの記録によると過去に民主党候補者に献金していた。

委員会で唯一の共和党共同委員長はフランク・ファレンコフだ。1980年代に共和党全国委員長を務め、その後は2013年までアメリカン・ゲーミング・アソシエーションの会長としてロビーストを務めた。

委員会の10人の委員には、元ABCニュース記者のチャーリー・ギブソンとノートルダム大学学長のジョン・ジェンキンズ師をはじめ、共和党と民主党が入り混じっている。

委員会の民主党と共和党のどちらも、トランプを声高に批判してきた人物たちだ。

ジョン・F・ケネディ政権で連邦通信委員会委員長を務めたニュートン・ミノーは、2017年10月のワシントン・ポストの論説で、5人の元大統領にトランプを非難するよう訴えた。

「あなた方は共に現在の乱用を非難し、憲法上の価値を再確認することができる。非公式にも公式にも国が次のステップを探求するよう導くことができる」とミノーは書いた。

「アメリカ合衆国と我々の価値のために、あなた方の声を今必要としている」と彼は続けた。

元民主党議員のジェーン・ハーマン委員は、2016年選挙運動の最初の段階でトランプを「恥ずべきだ」と呼んだ

委員会の共和党委員の1人である、シティグループ元会長のリチャード・パーソンズは2018年に、トランプは「合衆国大統領となるには不適格」であり、「アメリカにとって少しも良くない」と述べた。パーソンズは、敗北に終わった2016年のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事の大統領選挙陣営に献金したことが、FECの記録から分かっている

オリンピア・スノー元共和党メイン州上院議員は、2016年にトランプに反対していたことが知られているが、やはり委員会に在籍している。パーソンズ同様、スノーは2016年にジェブ・ブッシュに献金していたことがFECの記録から分かっている。

委員会は本紙のこの記事に対するコメントの要求に応じなかった。

ボブ・ドール元共和党カンザス州上院議員は9日、共和党の委員すらトランプを支持していないと懸念を表明し、委員会の公平性を疑問視した。

「私は(委員会の)共和党員を全員知っており、ほとんどが友人だ。彼らのうち誰も@realDonaldTrumpを支持していないことを懸念している。変更した討論委員会は不公平だ」とドールはこの日ツイートした。


【私の論評】トランプが次のサプライズで、勝利というパターンもあり得る(゚д゚)!


トランプの支持率は下がっているが・・・・


今年の米大統領選挙の支持候補をたずねる電話調査に対し、共和党や独立系の支持者は民主党支持者に比べて本心を明かさない割合が2倍に上ったことが、新たなオンライン調査(8月実施)で明らかになっています。世論調査が示すトランプ大統領の支持率は、実際に比べて低めに出ている可能性がありそうです。

インターネットを活用した市場調査やデータ収集を行う米企業クラウドリサーチの調査によると、電話調査で本心を明かさないと回答したのは民主党支持者が5.4%だったのに対し、共和党支持者は11.7%前後、独立系の支持者は10.5%に登りました。

理由に挙げられた中には、「現在のリベラルな観点から外れる意見を表明するのは危険」などがあったと、同社の共同最高経営責任者(CEO)で調査責任者のリーブ・リトマン氏が語りました。

クラウドリサーチはオンラインでこの調査を実施。支持する大統領選候補者を明かすことへの消極姿勢と相関関係が見られたのは支持政党だけで、年齢や人種、学歴、収入との相関はありませんでした。同社では2回調査を行いましたが、基本的に同じ結果が得られたといいます。

最近、ニューヨークタイムズが競合州(swing states)の有権者を対象にアンケート調査をしました。2016年にトランプ候補を選んだ有権者の86%は、11月3日の大統領選挙でも再びトランプに票を投じると答えました。トランプを支持しないと答えた有権者は6%しかいませんでした。


さらに、トランプ大統領の支持率は2017年1月から任期を通して43%程度でびくともしませんでした。

米大統領選における最新の支持率については、各種世論調査でおおむねバイデン候補のリードが広がりつつある傾向です。ニューヨークのウォール街では民主党支持者が多いものの、本音では「隠れトランプ支持者」も少なくないようです。

株価を「政権の通信簿」として重視してきたトランプ氏の方が、マーケットと距離を置くバイデン氏より「マシ」との判断です。さらに、バイデン氏はトランプ大統領が実施した法人減税を元に戻す方針を示しており、これが株安を誘発するリスクが指摘されています。

ブログ冒頭の記事では、両党のトランプ批判者ばかりの討論委員会の実体を示していました。これでは、討論会では、トランプが不利にみえたのも当然ですし、さらには以前からこのブログに述べているように米国の大手新聞のすべてが、リベラル派であり、大手テレビ局はfoxTVを除いてすべてリベラルということもあり、さらにトランプ不利に輪をかけて報道するのも当然といえば当然かもしれません。

とにかく、米国では多くの職場でも、学校でも、役所でも、芸能界でもそこで幅を利かしているのは、リベラルの考え方です。学問の世界もそうです。リベラル的な発言をしなければ、学問の世界からはじき出されてしまうので、保守派の研究者は研究を続けたいなら、軍関係の施設に入るしかないといわれているほどです。

このような状況で自分が保守派であること、さらには「トランプ支持派」であることなど、言えるわけもありません。ましては最近の騒然とした米国国内のことを考えると、自らトランプ支持派だと表明することは、死の危険を招く可能性すらあります。だからこそ、隠れトランプ支持派が増えるような土壌がもともとあるのです。

ただ、そうはいっても、2016年の選挙でトランプ大統領が誕生したことで証明されたように、米国には保守派およびその親派の人が少なくとも半分以上はいるはずなのです。この半分が、無視されているというのが現状です。日本では、この半分を無視した米国メディアの報道を垂れ流すだけなので、多くの日本人も米国の半分の実体を知らないというのが実情だと思います。

そうして、この現状を踏まえれば、トランプは再びサプライズを打ち出せば、大統領選挙での勝利は未だ射程内にあるといえると思います。

今年の大統領選挙は新型コロナウイルスの世界的な影響から民主党バイデン・チームは「コロナ」を利用するのは当初からはっきりしていました。今後、バイデンサイドからどんなサプライズがあるのかわかりませんが、すでにウッドワード氏の本は出版されているので、これ以上サプライズはないかもしれません。

ウッドワース氏の著書の表紙

最近はホワイトハウス内でもコロナのクラスターが発生したと報道されています。実際感染している人もいるのですが、それにしても、かなり人がまばらであることが指摘されています。特にウエスト・ウィングには二人しかいないということがデレビで指摘されていました。

これは情報の機密を守るためのホワイトハウス内の人払いかもしれません。しかしメディアや民主党はこのあたりを突っついてくるでしょう。しかし、それよりもバイデン・チームはサプライズどころか、副大統領候補討論会でペンス副大統領がハリス上院議員に答えを迫った「最高裁判事の増員」の話題の火消しに精いっぱいのようにも見えます。

そしてポンペオ国務長官がツイッターで4年前に問題になったヒラリー・クリントンが消去した3万3千通の電子メールの一部などを含む調査書の公開を示唆しましたが、これが共和党からのオクトーバーサプライズになるかもしれません。

これは誰もが興味あることでしょう。4年前の選挙では米国では多くの人々が、米大統領選の民主党候補ヒラリー・クリントン氏の選対本部長のメール内容を公表し続けていたウィキリークスにくぎ付けになりました。

ウィキリークスが入手したメールのソース元を明かせばジュリアン・アサンジに大統領恩赦を与えるという交換条件をトランプ政権は提案していましたから、アサンジがそれを飲んだ可能性もあり、メールのソース元とその内容が大サプライズになるかもしれません。

さらには、最近進展していない、北朝鮮関係のサプライズもあるかもしれないです。あるいは、中国に対するさらに苛烈な制裁かもしれません。台湾との正式な国交の樹立かもしれません。あるいは、南シナ海の中国軍基地を吹き飛ばすかもしれません。

まだ大統領選はトランプにとって、十分射程距離内にあります。

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は、とにかく、思ってもみなかったサプライズが複数あるかもしれません。

そうなれば、トランプが勝利するということもあり得ると思います。米大統領選は、まだまだバイデンに決めちなどできません。まだまだ、トランプにも可能性があると認識すべきです。

2020年10月10日土曜日

スウェーデンでも「中国への怒り」が爆発! 西側諸国で最初に国交樹立も…中共批判の作家懲役刑が決定打 孔子学院はすべて閉鎖、宇宙公社は中国との契約打ち切り―【私の論評】国民の86%が中国に対して否定的な見方をしている現在、菅政権は旗幟を鮮明にせよ(゚д゚)!

 スウェーデンでも「中国への怒り」が爆発! 西側諸国で最初に国交樹立も…中共批判の作家懲役刑が決定打 孔子学院はすべて閉鎖、宇宙公社は中国との契約打ち切り


スウェーデンのロベーン首相

 「自由・民主」「人権」「法の支配」という基本的価値観を共有する、日本と米国、オーストラリア、インドの4カ国は、軍事的覇権拡大を進める習近平国家主席率いる中国共産党政権に対峙(たいじ)するため「日米豪印戦略対話(QUAD=クアッド)」を推進している。こうした動きは、欧州でも英国やフランス、ドイツにも広がりつつあるが、何と今週、人類の発展に貢献したノーベル賞受賞者を発表しているスウェーデンでも「中国への怒り」が爆発しているという。西側諸国で最初に国交を樹立した北欧最大の国家を激怒させた理由・背景とは。ノンフィクション作家、河添恵子氏が緊急寄稿第24弾で考察した。


 「オピニオン 中国のスウェーデン攻撃は民主主義では受け入れられない」

 スウェーデンの外交政策シンクタンク「ストックホルム自由世界フォーラム」は今月1日、こんなタイトルのリポートを発表した。執筆者は、元欧州議会議員である同フォーラム議長と、シニアフェローの2人である。

 英語でつづられたリポートは、「世界中の自由で開かれた社会は、中国共産党政府から攻撃を受けている。(異国の)政府を脅かし、批判者を沈黙させ、メディアに従順を強制するために、金満な経済力を利用している」「ウイグル人に対する迫害と暴力に抗議すれば、あなたは脅かされる」などと警鐘を鳴らしている。

 そして、首都ストックホルムにある中国大使館と中国当局による、スウェーデンの政治家やジャーナリスト、言論人、人権活動家などへの“恫喝(どうかつ)”を告発している。中国共産党の“戦狼外交”に、スウェーデン国民の堪忍袋の緒が切れたのだ。

 米世論調査会社「ピュー・リサーチセンター」が昨年12月に発表した、スウェーデンでの「対中感情調査」で、「国民の70%が中国に否定的な感情を抱いている」ことからも、それは明らかだ。

 しかも、新型コロナウイルスの感染拡大後、両国関係は修復不可能なレベルにまで悪化しているという。

 今年4月、スウェーデンの孔子学院と孔子課堂はすべて閉鎖され、複数の地方都市が中国との姉妹都市関係の解消に動き出した。ダーラナ市は、新型コロナウイルスが発生した武漢市との姉妹都市関係を終わらせ、リンショーピング市は、12月に予定されていた広東省代表団の訪問を「歓迎しない」と断ったという。

 スウェーデンは、1950年5月9日、前年10月に建国した中華人民共和国と国交を樹立した「最初の西側諸国」である。国連の議席をめぐっても当時、毛沢東主席と周恩来首相の主張を支持するなど、中共の“大恩人”といえる。そして今年は、両国の外交関係にとって大きな節目となる「国交樹立70周年」という記念の年だった。

 ところが、両国間では祝辞すら交わされていない。深刻な亀裂は、中国のある人物への対応が“火種”となっている。

 中共を批判する「禁書」を扱っていた香港「銅鑼湾書店」の大株主の1人で、作家でもあるスウェーデン国籍の桂民海氏が2015年、タイで中共当局に拉致・連行された。彼を擁護したスウェーデン人のジャーナリストは、中国大使から「狂気」「無知」「反中」などと誹謗(ひぼう)中傷を受けた。

 国際ペンクラブのスウェーデン支部は昨年11月、桂氏に対し、「言論・出版の自由賞」を授与した。アマンダ・リンド大臣(文化・スポーツ・民主主義・少数民族担当)が授賞式に出席すると、中国当局は「出席者は、中国では歓迎されなくなる」と威嚇した。

 ■ボルボまで「中国マネー」に売り渡すのか

 スウェーデンのステファン・ロベーン首相は「この類の脅しには絶対に屈しない。スウェーデンには自由があり、これがそうだ」と、テレビ番組で強く反発。リンド大臣も「桂氏を今すぐ解放すべきだ」と要求した。

 しかし、中国浙江省の裁判所は2月、桂氏に対して「懲役10年」の判決を言い渡した。理由は外国で違法に機密情報を提供した、だった。

 スウェーデンは、国家安全保障の観点から、中国との関係を見直す動きを加速させた。

 ロイター通信は9月21日、スウェーデン宇宙公社(SSC)が、宇宙船やデータ通信を支援するため、衛星地上基地の使用を認めるとした中国との契約について、「地政学的な情勢の変化を理由に延長しない」と決めたと報じた。基地はスウェーデンのほか、オーストラリアやチリにある。

 中国当局は「両国の宇宙協力は商業ベースで、国際慣行を順守しており、宇宙の平和利用が目的だ」と契約継続を望む弁明をした。だが、近年、北大西洋条約機構(NATO)との関係を深めているスウェーデンの国営企業の決定が覆るはずがない。

 さて、スウェーデンでは「3つのV」、つまり、「VOLVO(ボルボ=車)」「Vovve(ヴォヴェ=かわいい犬の意味)」「Villa(ヴィラ=一戸建て)」が人生の成功を定義するといわれる。

 そのボルボが今年2月、中国の「吉利(ジーリー)汽車との合併を検討」というニュースが流れた。スウェーデン人の誇りを「中国マネー」に売り渡すのだろうか?

 吉利汽車の創業者と習主席が「近い」関係にあることは周知の事実である。しかも、中共政府がかつて、外交官第1号としてスウェーデン大使に任命した耿飈氏は、習氏が大学卒業後、秘書を務めた最初のボスなのだ。

スウェーデン大使として任命された耿飈氏 写真はブログ管理人挿入

 「井戸を掘った国・国民」に対し、後ろ足で砂をかける。70年間で、関係を“破壊”へと向かわせた責任が誰にあるかは明らかだ。

 ■河添恵子(かわそえ・けいこ) ノンフィクション作家。1963年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学卒業後、86年より北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学。著書・共著に『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)、『世界はこれほど日本が好き』(祥伝社黄金文庫)、『覇権・監視国家-世界は「習近平中国」の崩壊を望んでいる』(ワック)、『習近平が隠蔽したコロナの正体』(同)など多数。

【私の論評】国民の86%が中国に対して否定的な見方をしている今、菅政権は旗幟を鮮明にせよ(゚д゚)!

冒頭の記事にもあるように、米世論調査会社「ピュー・リサーチセンター」が昨年12月に発表した、スウェーデンでの「対中感情調査」で、「国民の70%が中国に否定的な感情を抱いている」のは何も昨年からのことではありません。むしろ数年前から、かなりスウエーデン国民は、中国に対して否定的になっていました。

たとえば、2018年9月2日、曾という3人の中国人観光客がスウェーデンの首都、ストックホルムのホテルの従業員から暴言を受け、さらには警察によりホテルの外に追い出され、最後には墓場に連れて行かれ放置されたとネットで訴えました。

このニュースを同年15日に伝えた人民日報系の環球時報は、「予定よりも早くホテルに到着し、昼まで部屋には入れないと言われ、父母は健康がすぐれないためロビーのソファーで休ませてほしいと頼んだが、ホテル側は拒否、暴力的に追い出された」「警察は意識がもうろうとする両親を殴打し、無理やり車に乗せ、ストックホルムから数十キロ離れた荒野の墓地に置き去りにした」などと報じました。

曾一家はその日のうちにスウェーデンを離れ、同紙は「スウェーデン警察の老人に取った行動は、現代国家には想像できないものだ」と批判しました。

これを受けて在スウェーデン中国大使館は「人権を標榜するスウェーデンが人権を軽視した」などと厳重な抗議を行い、中国のネット等でも怒りが巻き起こりました。

これに対しスウェーデンの現地メディアは、「3人が予約を間違えて前日の深夜に到着、客室は満員で翌日の昼でないとチェックインできないと説明したことでトラブルになった」「中国の観光客は体の調子が悪いからロビーのソファーで寝かせてくれと要求、ホテル側が拒否し、ホテルを出るよう求め、3人と言い争いになり、警察に通報した」などと報道、警察の対応も事態を沈静化させるもので、暴行などはなく問題はなかったと指摘しました。

さらに事件当時の動画を公開、警察が老人らを注意深くホテルの外に運び、老人が路上で泣きわめき、曾は女性警官とぶつかってもいないのに自分から路上に倒れ、警察が殴ってもいないのに「警察が我々を殺そうとしている」と英語で叫ぶ様子などが中国にも伝わりました。この関連動画を以下に掲載します。



さらに3人が連行されたという墓地は、実際にはストックホルムの中心部から6キロほどの地下鉄駅近くで荒野ではなく、ホームレスなどが夜を明かすことができる教会であり、墓地はすぐ脇にあったが、世界遺産にも指定された有名な観光地だったことも判明しました。

米メディアによると、スウェーデンの検察当局は事件が報じられる以前の7日、警察官の行動に問題はなかったとして事件に対する調査を終了したと発表。「(顧客が)秩序を乱す行為をしたことへの通常の対応だ」と現地紙にコメントしたといいます。

事件を受け、中国の外交部門は14日、スウェーデンに対し「驚きと怒りを覚える」「スウェーデン警察による、中国国民の生命と基本的人権を侵害する行為を厳しく非難する」「スウェーデンに対し、当事者である中国国民が求めている処罰、謝罪、賠償などの要求に応じるよう求める」と非常に厳しい口調で申し入れました。

ところがスウェーデン側の報道により事実が明らかになった17日には「大使館と外務省はスウェーデン側に申し入れ、事件を調査し、当事者の合理的な要求に答えるよう求めた」と急激にトーンダウンしました。

このような当初の中国側のスウエーデンに対する厳しい態度は、当時スウェーデン国籍で中国政府を批判する書籍を販売していた香港の書店関係者、桂民海氏が中国当局に拘束されたことで、スウェーデン政府が中国を人権侵害と批判したことや、中国政府が「チベット独立勢力」とみなすチベット仏教最高指導者、が当時スウェーデンを訪問したことへ不快感を強めていたことが背景にあったものとみられます。

スウェーデンでの事件のような、社会のルールを自分の都合のいいように解釈し、「ゴネればなんとかなる」「わめけば得をする」といわんばかりの中国人による事件は、中国内では当時頻繁として起こっていました。

たとえば、自分が予約した高速鉄道の座席を勝手に占拠し、「ここは自分の席だ」と言ってもどかない、こうしたトラブルが中国で立て続けに発生しています。それが海外に飛び火したというのが、この事件ということができると思います。

中国国内でも、こうした事件の背景などが分析されており、1人っ子政策により両親に甘やかされて育った「小皇帝」が、そのままわがままな大人となった「巨嬰」(巨大な赤ちゃん、giant infant)ではないかとの議論が起きました。

「巨嬰」という言葉を有名にしたのが、2016年に中国で出版された「巨嬰国」という書物です。

「(中国式)巨嬰」の特徴とその社会的な背景を分析したこの本でも、巨嬰の特徴として「ナルシスト」「極端にわがまま」「自己中心」「依存心が強い」などを挙げていますが、中国社会を批判する内容だとして、直ちに発禁本となりました。

こうした「巨嬰症」への最大の対処法は、きちんとしたルールを示し、ゴネ得は効かないということを分からせ、ルールを強制的に守らせることです。実際中国の鉄道当局がとった罰金や180日間の乗車禁止などの処分をすることで、その後このような事件は頻発しなくなりました。

一度は沈静化するようにみえた今回のスウェーデンでの問題でしたが、同国のテレビ番組「スウェーデン・ニュース」が事件を受け、『中国の観光客を歓迎しますが、路上で排泄をしないでください』と揶揄する内容を放送したことで、再びメディアや外交当局が猛烈に抗議するなど、しばらく余波が続きました。

中国語のニュースサイトで「大便」、「小便」を検索すると、多数の記事が見つかりますが、2016年以降でもかなりの事例があります。ここでは、詳細はあげません。日本でもサイトを検索するとかなり出ています。

中国政府は旅行中に“不文明的行為”を行った人物を罰則としてブラックリストに載せ、一定期間その旅行を制限する『観光客不文明行為記録管理暫定弁法』を2015年5月に施行しました。

これは見せしめを示すことで、中国国民に自覚を促そうとするものです。現在までに何人がブラックリストに載っているかは分からないですが、2017年6月の時点で29人という報道がありました。

こうして見てくると、「スウェーデン・ニュース」が中国人観光客を揶揄した内容は決して間違っておらず、中国政府がそれを⼗分認識していることは明⽩です。「スウェーデン・ニュース」が中国政府の痛い所を鋭く突いたので、国家の面子を守るために、逆切れするしか方策が無かったというのが真相のようです。

このような、振る舞いは、中国による他国への国際関係でもますます顕著となってきました。中国は国家そのものが、「巨嬰」的振る舞いをしているといえます。

冒頭の記事にでていた、米国の大手調査会社ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が10月6日に新たに発表した世界的な世論調査の報告によると、多くの先進国における反中感情は近年ますます強まっており、この1年で歴代最悪を記録しました。

同機関の世論調査によると、調査対象の14カ国(米国、ドイツ、フランス、英国、ノルウェー、スウェーデン、スペイン、イタリア、デンマーク、ハンガリー、カナダ、日本、韓国、オーストラリア)で、回答者の大多数が中国に対し「好意的でない」と回答しています。

また、米国、ドイツ、フランス、英国、スウェーデン、イタリア、カナダ、韓国、オーストラリアの9カ国の反中感情は、同機関が調査を始めてからの15年間で、過去最悪となりました。

中国共産党はコロナ危機に情報封鎖を行いました。また、香港や新疆ウイグル自治区における人権侵害が国際的に報道されました。さらに、批判を批判で返す好戦的姿勢の外交部報道官の発表は、国際社会からの広範な批判を引き起こしました。さらには、2018年に習近平は「米国に変わって中国が新たな世界秩序をつくる」と公表しています。

日本に対しては、尖閣水域での船舶や航空機による頻繁な示威活動や、尖閣諸島が中国の領土であるという歴史修正、日本にとっても生命線ともいえる南シナ海の環礁の軍事基地化など乱暴狼藉の限りをつくしています。

中国に対して否定的な見解を持つ14カ国とその割合は高い順番から、日本(86%)、スウェーデン(85%)、オーストラリア(81%)、デンマーク(75%)、韓国(75%)、英国(74%) 、カナダ(73%)、オランダ(73%)、米国(73%)、ドイツ(71%)、ベルギー(71%)、フランス(70%)、スペイン(63%)、イタリア(62%)となっています。以下にこの結果のグラフを掲載します。


この結果をみると、スウェーデンでは、中国に対する否定的な感情を持つ人が、昨年の12月の70%から85%にはねあがり、日本についで世界第二位となっています。

対中問題は、米国大統領選挙の重要な争点となっています。トランプ米大統領は中国指導者に対する批判を強めており、中国による知的財産窃盗問題への対策として外交、貿易、学術、ビザ審査などの規制を強化しています。

オーストラリアでは、豪中政府間の緊張の高まりから、中国に対する否定的な考えに転じる人の割合は最も増加しました。回答者の81%が「中国が嫌い」と答え、昨年より24ポイントも増加したことが同調査で明らかになりました。

今回の世論調査の結果は、国際社会において中国共産党は「ひとりぼっち」であることを浮き彫りにしました。さらに、コロナ危機においてマスクや医療資源、ワクチンなどの各国への提供を行なっていますが、信頼を得るには至っていません。共産党は国内および海外マスメディアに資金を投じて対外宣伝を続けていますが、少なくとも経済主要国ではその効果は出ていなません。

国内で「巨嬰」を取り締まる中共自身が、今や世界の「巨嬰」となっています。人民の「巨嬰」は取り締まるものの、自ら全く自重をする気配のない中共は、完璧なダブル・スタンダードといえます。

日本では、国民の86%と世界で最も中国に対して否定的な見解を持っているにも関わらず、政権内にも親中派がいる始末です。政権与党がこの有様ですから、最近話題の日本学術会議をはじめ、様々な団体や組織、民間企業が未だ親中的です。スウェーデンでは全館廃止された、孔子学院が、日本ではまだ各地の大学に存在しています。これは、大多数の国民の平均的な考え方から遊離していると言わざるを得ません。

菅義偉首相は先月25日夜、中国の習近平国家主席と就任後初の電話会談に臨みました。両首脳は今後も首脳間を含むハイレベルで2国間、地域、国際社会の諸課題について緊密に連携していくことで一致しました。首相によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期された習氏の国賓来日に関しては言及がなかったそうです。

上の記事にも言及されている「日米豪印戦略対話(QUAD=クアッド)」を推進しており、この対話は最近日本で行われたばかりです。

このQUADは米国の要望もあり、アジア地域のNATOのようになる可能性を秘めています。このようなこともあり、菅政権としては、対中国冷戦に参加せざるを得ないわけですが、いずれは自民党内の親中派を懐柔するか、排除するなどして、旗幟を鮮明にすべきです。

自民党内の親中派も、世界情勢をみればどうすべきかなど、理解できるはずです。にもかかわらず、親中的な態度を取り続ければ、何らかの利益を中国から供与されているのではないかと疑われることになります。もしそのようなことがはっきりすれば、日本政府からだけではなく、米国から制裁されることもにもなりかねません。

現在は、安倍前首相がトランプ氏と太いパイプで結ばれ、トランプ政権が中国に態度を硬化して以来、従来のように米国による理不尽な要請や、過大が要求などが影を潜めましたが、いつまでも、党内親中派にこだわり、旗幟を鮮明にしなければ、また過去のように日本に対する米国の圧力が高まることになります。そうなれば、日本はアジア版NATOからはじき出されるかもしれません。

そのようなことは避けるべきです。次の大統領が誰になっても、現在の米国の日本に対する姿勢を維持させるためにも、旗幟を鮮明にすべきです。

国の歴史や成り立ちが全く違い、人口も1023万と日本の1/10程度のスウェーデンですが、日本のリベラル左翼の方々は、社会福祉でも何でもスウェーデンを例にして語ることがあり、私自身は単純比較には無理があるということで、嫌いです。しかし、首相が旗幟を鮮明にするということでは日本もスウェーデンを見習うべきです。

一方旗幟を鮮明にすれば、日本はアジア版NATOで米国とともにリーダー的な地位を獲得して、世界でリーダーシップを発揮することができる可能性が大です。そのとき、安倍前首相の念願でもあった、戦後レジームからの脱却を果たせことになるでしょう。そのチャンスを潰すべきではありません。

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2020年10月9日金曜日

立場の違いが明確に、埋められないEUと中国の溝―【私の論評】EUは、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与すべき(゚д゚)!

 立場の違いが明確に、埋められないEUと中国の溝

EUが対中包囲網に加わる流れが濃厚に

EU首脳と習近平・中国国家主席の間で行われたビデオ会議(2020年9月14日)


(澁谷 司:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長)

 今年(2020年)9月14日、習近平主席は、メルケル・ドイツ首相や他の欧州連合(以下、EU)首脳らとビデオサミットを開催した。メルケル首相に加えて、ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(ドイツキリスト教民主同盟所属)とシャルル・イヴ・ジャン・ギスレーヌ・ミシェル欧州理事会議長(元ベルギー首相)も出席した。

 このサミットでは、中国とEUの立場の違いが鮮明になっている。周知の如く、中国は米国との関係が悪化した。そこで、北京はEUとの良好な関係維持を模索している。他方、EUは中国の香港やウイグル等での人権抑圧を批判しながらも、同国との経済関係維持を望んでいた。

人権問題に関して異なる見解

 アメリカの国営放送局のサイト『美国之音(VOA:ボイス・オブ・アメリカ)』(2020年9月15日付)に掲載された趙婉成の「EU-中国首脳会議は多くの困難な問題に直面」という記事が興味深いので紹介したい。

 同会議前、参加各国は相手国の輸出品を保護するため、地理的表示が明らかな食品・飲料に関する協定に署名した。

 例えば、スパークリングワインについて、中国はフランス・旧シャンパーニュ地方産のみ、その名の使用を許可する。協定で保護された他の製品には、アイリッシュウイスキー、イタリアのパルメザンハム、ギリシャのフィタチーズ、中国四川省成都市郫都区の豆板醤(とうばんじゃん)、同浙江省湖州市安吉県の白茶、同遼寧省盤錦市の米などがある。

 昨2019年、中国はEU内で第3位の農産物・食品輸出国だった。その輸出額は145億ユーロ(約1.8兆円)に達する。

 今回の会談では、人権問題が最も扱いにくいテーマだった。目下、香港・新疆等をめぐり、中国と欧州の見解の相違が日増しに深まっている。そのため、EU諸国の北京への対応が強硬になった。

 例えば、今年8月26日、EUは香港の警察が林卓廷(Lam Cheuk Ting)民主党議員など民主活動家数十人を逮捕したことを指弾した。また、EUは新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する中国の弾圧に抗議している。

 他方、中国は世界最大の温室効果ガス排出国である。そこで、EUは中国が温室効果ガス削減に関して、さらに大きな国際公約を宣言し、遵守することを望んだ。

 なお、EU委員会は今年6月に発表した報告書では、新型インフルエンザが武漢で発生した際、中国共産党がソーシャルメディアを利用して嘘の情報を流したと論難した。確かに、習近平政権は、偽情報で中国のイメージを改善しようと試みている。

 以上が概要である。

 農産品については、中国とEUともに、一定の成果を上げたと考えられよう。しかし、人権問題に関しては、両者の溝が埋まることはなかった。

EUが米中間で中立を維持することは不可能

 次に、同じく『美国之音(VOA)』に掲載された樊冬寧の「話題の対話:習近平の“連欧で米を制す”に対し、トランプは中東カードを使用か?」(2020年9月18日付)という記事も面白いので、紹介しよう。

 まず、上海の復旦大学中国研究所研究員、宋魯鄭は「中国はEUにとって軍事的脅威とはなり得ないので、双方に地政学的な対立はないだろう。もしEUが中立を維持すれば、米国と中国の両方から利益を得ることができる」と主張した。

 一方、政治評論家の陳破空は、今度の中国・EU首脳会議は北京政府にとって思惑通りに事が運ばなかったと指摘している。EUの指導者たちは北京に対し、人権・ウイグル・香港問題などを非難した。だが、習近平主席はEUにとって肯定的な反応を示さなかったのである。

 また、陳はEUが米中の間で中立を維持することは不可能だと喝破した。同首脳会議では人権問題以外、他の主要議題でも、EUと米国の立場が一致している。

 例えば、市場アクセス、市場開放など、欧州は中国商品に常に門戸を開いているが、中国は欧州の資金と商品に制限を設けている、と陳は指摘した。

 さらに、陳は、欧州は会談直後、新疆とチベットの問題を取り上げた。ドイツの外相らは、米国と類似した方式で、「ドイツ版インテリジェンス戦略」を提示したと述べた。

 以上が概略の一部である。

さらに深まったEUと中国の溝

 今回のビデオサミットで、習近平主席はEUを利用して中国の“四面楚歌”状況を打破したいという狙いがあった。けれども、香港を含む中国国内の人権問題で、中国とEUは鋭く対立し、両者の溝はさらに深まった観がある。

 「新型コロナ」後、習近平政権は「戦狼外交」を展開したが、外交的手詰まり状態に陥った。そこで、今年9月下旬から10月初めにかけ、王毅外相が外交的突破口を開くため、欧州5カ国を訪問した。だが、王が香港での市民弾圧やウイグルの人権抑圧等で仏独から弾劾されている。

 今後、習近平政権が人権問題で政策転換をしなければ、EU諸国は、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与するに違いない。

[筆者プロフィール] 澁谷 司(しぶや・つかさ)
 1953年、東京生れ。東京外国語大学中国語学科卒。同大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学等で非常勤講師を歴任。2004~05年、台湾の明道管理学院(現、明道大学)で教鞭をとる。2011~2014年、拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。2020年3月まで同大学海外事情研究所教授。現在、JFSS政策提言委員、アジア太平洋交流学会会長。
 専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等多数。

【私の論評】EUは、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与すべき(゚д゚)!

中国との対決をずっと拒否し政治的に無作為だった欧州の指導者たちが、ついに立ち上がり始めたようです。ここ数年、ニュースの見出しを飾ってきたのは圧倒的にトランプ大統領と米中貿易戦争でした。

しかし、世界最大の貿易ブロックである欧州連合(EU)も米国と同様、中国には数々の不満を抱いており、欧州のモノやサービスに対して中国は非常にねじ曲がった貿易慣行や制限を課しています。新型コロナウイルスで欧州諸国が高い犠牲を払っていること、そして中国が欧州の不運につけ入り利益を得ようしていることが、多数の欧州指導者に行動を促すきっかけとなりました。

在中国の欧州企業関係者にとって、中国市場の競争条件の不公平さは周知のことで、企業グループやシンクタンクによる多くの報告書は何度となくこの問題を強調してきたのですが、欧州は従来、米国と比べて対決的な役割はあまり演じない道を選んできました。

EUは昨年から中国を「体制上のライバル」と呼び始めましたが、積極的な反発は限られたものでした。

その理由の一つは、EUのガバナンス構造に内在する弱点にあります。欧州は国ではなく地理上の圏域であり、EUも国家ではなく、英国離脱前は28、現在は27の加盟国をまとめている超国家的な組織です。

何事も全加盟国のコンセンサスがなければ実効性を持たないのです。共通通貨ユーロを使わない国もまだあります。全加盟国に国境を開放する国もあれば、そうでない国もあります。経済的に重要であることは確かですが、意見が一致した組織ではなく、実際のところ中国に関しては一致していませんでした。

中国については、積年の経済問題や市場アクセスに加えて、政府による人権侵害の拡大が欧州にとって無視できないほど深刻になってきています。チベットおよび東トルキスタンとして知られる新疆ウイグル自治区での文化的虐殺、台湾を国際舞台で孤立させようとする理不尽な要求、香港での厳しい弾圧と国家安全維持法の導入は目に余るものとなり、欧州の指導者たちは声を上げるようにりました。

これらの懸念に加えて、欧州の政策の中心である気候変動や持続可能なエネルギーの分野でも、かつて重要なパートナーと思われていた中国は約束を守らず、国内外で石炭ベースのエネルギー生産を拡大し続けています。

そして、最近の出来事により欧州の対中認識が一段と硬化しました。欧州の中国に対する政策が徐々に米国に歩み寄る中で、この8月には中国の王毅外相が欧州各地を歴訪して、「ご機嫌取り」の攻勢をかけ、一定の親善関係を形成しようとしたためです。

王毅氏は、ご機嫌を取ることには失敗したのですが、その攻勢は非常に強力でした。王毅氏のやり方は、意に沿わないことに直面するとホスト国を脅すことでした。ノルウェーでは、香港に関連した抗議活動家や抗議グループへのノーベル平和賞の授与が脅しの対象になりましたた。

中国の王毅外相は欧州5カ国を歴訪し、ノルウェーのスールアイデ外相(右女性)らと会談

ドイツではハイコ・マース外相との共同記者会見で、チェコ上院議長の台湾訪問について、チェコは「高い代償」を払うことになると語りました。これは即座にマース氏の非難を招き、マース氏は王毅氏に対し、「脅しはここにふさわしくない」と述べ、欧州では国家間の関係についてそのような振る舞いはしないと指摘しました。

フォルクスワーゲンのヘルベルト・ディース最高経営責任者が、新疆ウイグル自治区の収容所について知らないと発言した18か月前とは様変わりです。こうした欧州の新しい雰囲気は新鮮な息吹です。

これまで欧州の指導者たちが政治面や経済面で中国に対抗しようとしたときでさえ、足並みの乱れがあったため、その内容は限られていました。EUの枠組みの性格上、中国はドイツの産業界の首脳らにエネルギーを集中しました。

これは昨日もこのブログに掲載したばかりですが、ドイツも対中輸出への依存度が高く、最大の顧客である中国を批判することには消極的でした。中国はまた、中・東欧17か国と中国からなる経済協力の枠組み である「17+1」 のような、より小さな欧州諸国グループの同盟を構築しようとしています。

このグループは最近ギリシャを加えて拡大されましたが、ギリシャへの大規模な港湾投資以外は投資や大規模プロジェクトに関してこれといった見るべきものはありません。しかし、こうした諸国へのアプローチが友人を増やし、ハンガリーとギリシャの両国は中国を批判しようとしたEUの声明の表現を弱めさせる役割に回りました。

しかし、そのような「友情」ははかないものかもしれないです。これらの欧州諸国は、中国への真の親近感からというより、EU主要国による扱われ方への不満を示す手段として中国を見ている可能性がありまか。

欧州内部の足並みを乱す上での中国の最大の成果は、中国流のグローバリゼーションである「一帯一路構想」にイタリアが参加したことです。イタリアはEUの創設メンバーであり、「一帯一路構想」に参加した唯一の欧州先進国であることからみれば、確かに中国にとっては成功ではあります。しかし長続きはしないでしょう。

欧州の指導者は「体制上のライバル」である中国の脅威への対処は遅れたかもしれないです。しかし、イタリアの「一帯一路構想」への参加や、ギリシャの海運と港湾インフラへの大規模な投資、それに今年の新型コロナウイルス発生後の誤った情報やあからさまな嘘によって、欧州は中国と対処するに当たって疑念を抱かざるを得なくなりました。

英国のEUからの離脱も、中国対欧州の構図の上で複雑な問題です。10年前、英国のデービッド・キャメロン首相とジョージ・オズボーン財務相は経済と投資を中国政策の中心に据え、中英関係の黄金時代の幕開けを両国は歓迎しました。

EU離脱派の見解は異なりますが、現実には英国はEU内において特に単一市場確立の推進役であり、EU内部の議論の際には多くの国、特に北欧諸国が英国によって追い詰められました。英国はもはやEUのメンバーではなく政策に直接影響を与えることもできないです、今は中国に対して批判の急先鋒です。

英国 ボリス・ジョンソン首相

5G導入を巡るファーウェイに対する英国の態度の急変は中国にショックを与えましたが、それだけでなく英国は香港の保護についても驚くほど強硬な立場を取りました。300万人にも上るかもしれない香港市民に英国市民権の道を開こうとする英国の姿勢は、中国を激怒させています。

欧州が対中行動に消極的なのは、多くの欧州人、特に政治エリートがドナルド・トランプ氏を嫌っているからです。中国に関して欧州と米国は共通の不満を抱えているが、「アメリカ・ファースト」の政策は、欧州にもトランプ大統領の怒りの矛先が向いていることを意味します。

中国に対抗しようとすれば、トランプ大統領やポンペオ国務長官の側についたとみなされがちで、これはほとんどの欧州指導者が望んでいませんでした。彼らは国家レベルの懸念は理解していたものの、トランプ氏のアプローチのレトリックと態度が不愉快だったのです。

欧州の指導者は、訪欧したポンペオ国務長官から自国ネットワークでのファーウェイ使用を禁止しないなら米国の情報・軍事の協力から外されると言われた際に、脅しに応じて動いたと思われたくはなかったのです。たとえファーウェイを巡る安全保障上の懸念に加え、競合関係にある欧州のエリクソンやノキアの中国市場へのアクセスが非常に制限されていることは認めるにしてもです。

米国とEU(英国を含む)の対中政策が近づきつつある中で、両者にはなお大きく相違する部分があります。米中の第1段階の貿易合意で欧州は動揺しました。合意は開かれた自由貿易の考え方に逆行し、米国が中国の膨大な需要を囲い込むことにより、欧州の企業や産業にとって不利になると受け止めたからです。

これと同様に重要なことがある。米中間のいかなる貿易合意とも矛盾しているように見えるものですが、それは両国経済を切り離すデカップリングの問題です。

王毅外相の訪欧は、ここ数か月にわたる欧州での中国への反発を受けて、親善関係を回復するとともに、中国共産党の習近平総書記とEU議長国であるドイツのアンゲラ・メルケル首相とのオンライン形式の会議を前に、その土台づくりをするのが狙いでした。

メルケル首相の6か月間の輪番制EU議長国職は間もなく任期が終わります。習氏はまた、欧州理事会のシャルル・ミシェル議長や欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長ともビデオ会談をしました。習氏は王毅氏のように反感を引き起こすことはありませんでしたが、ほとんど成果はありませんでした。

貿易と投資環境の改善を重視したい人たちもいますが、長期にわたって未決着の包括的投資協定(CAI)については、中国側になすべき大きな課題があります。中国は経済の在り方を根本的に変える必要がありますが、それが実現すると考えている人はまずいないでしょう。

 習氏の厳格な支配の下で、国家と党は経済のあらゆる分野にその力を押し付けてきました。これに関して習氏の立場を変えるものは何もありません。彼は相互利益や共有された未来などについて立派な発言をするかもしれないいですが、実態は何も変わらないでしょう。

習氏は国際社会が望んだものを何も提供できないですが、彼は、世界は変化しており、その変化は中国にとって好ましい方向でないことを知っておかなければならないです。欧州は、中国による国際規範を踏みにじる行為についてようやく口にし始めましたが、言葉の変化は始まりにすぎないです。

昨年末に就任したばかりのジョセフ・ボレルEU外務・安全保障上級代表は、世界で独裁的な政権が増えている中、米国とEUの対話の必要性と、同じ志を持つ民主主義国と協力する必要性を提案しています。ボレル氏はロシア、トルコ、中国に明示的に言及しています。

ジョセフ・ボレルEU外務・安全保障上級代表

問題は、EUがそのようなグループをつくり、大統領であるトランプ氏とともに意味のある政策を策定できるかどうかです。 それとも、中国に対するEUと米国の姿勢の歩み寄りは、欧州指導者の個人的な好みにより近いバイデン氏の大統領就任にかかっているのでしょうか。

 今の段階では誰にも分かりません。 欧州が直面している問題は、中国との対決の必要性はあと4年も待っていられないということです。欧州は早急に行動を起こす必要があり、米国と行動を共にすべきです。

新型コロナウイルスの世界的大流行は、今後何年にもわたって経済的、政治的ショックをもたらすでしょう。志を同じくする民主主義諸国の協力が不可欠です。中国はもはや欧州で自由に振る舞えず歓迎もされないでしょう。時代は変わったのです。

しかし、特定の取引や個別の発言を制限したり、国際社会での悪弊を非難したりすることは、世界最大の貿易ブロックにふさわしい対中政策ではありません。欧州は中国に関してこれまでとは異なるスタイルで関わったり対抗したりできるはずですが、現状はそうした動きとほど遠いです。

欧州はボレル氏の提案を実行に移し、米国との間で分断ではなく一層の団結を実現しなければならないです。特に中国の台頭に対応するためにはそれが必要です。

特にEU内でも、ドイツ、フランス等にとっては、中国は大きな脅威にはならないかもしれないです。きっと自ら防ぐことができるでしょう。しかし一方で、中国は欧州の東欧や中欧等の比較的経済に恵まれない国々の独立を一段と脅かす恐れがあります。これらの国は経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱く、他国に介入されやすいからです。それこそがEUにおける大きな危機です。

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2020年10月8日木曜日

メルケルも熱意を示さぬドイツの脱中国依存政策―【私の論評】名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産が、ドイツの黄昏になりかねない(゚д゚)!

メルケルも熱意を示さぬドイツの脱中国依存政策

岡崎研究所

 9月2日、ドイツ政府は「アジア太平洋ガイドライン」を採択した。それによれば、今後の国際秩序をアジア太平洋の諸国とともに形作るべく、ドイツをより幅広く位置づけることを目指したいという。それには、関係を多様化して、ドイツの最も重要な貿易パートナーである中国への依存を低めることも含む。そういうわけで、一部報道では、「ドイツのインド太平洋戦略」が採択されたと持ち上げられているが、いくつかの意味で留保が必要かもしれない。まず、これは「戦略」ではなく、あくまで「ガイドライン」である。さらに、一応は閣議決定されたとは言え、あくまで外務省がまとめたガイドラインであり、多分に社民党(SPD)所属のハイコ・マース外相のアジェンダであるからだ。



 確かにドイツは、英仏がインド太平洋へのコミットメントを急速に深めつつあるのを見て、多少の焦りもあり、ここ数年急に「インド太平洋」概念に関心を示し始めた。長らくアジアの中でも中国、それもドイツ車の輸出市場としての中国にしか関心がなかったのだが、米中関係の悪化もあり、また東欧やバルカン、南欧などに中国が進出してきたことへの警戒感もあり、日本のインド太平洋概念に、少し関心を示し始めていた。

 中でもハイコ・マース外相は、昨年、一昨年と連続して訪日しており、2018年7月の訪日の際は、政策研究大学院大学で、「日独関係および変化する世界秩序におけるアジアの役割」と題して講演を行った。
(https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2121328) 

 マース外相は、以前から日独が協調して世界の多国間主義、自由主義、ルールに基づく国際社会を守って行くべきであるという持論であり、今回の「ガイドライン」にもその考えが色濃く出ている。重視する原則として、多国間主義、ルールに基づく秩序、SDGs、人権、包括性、現地目線のパートナーシップなどがあげられている。

 もともとドイツは日本同様、安全保障政策概念を広く定義する国であり、今回も平和と安全保障をあげてはいるものの、アプローチは経済から文化まで含む包括的アプローチであり、取るべきイニシアチブも、環境や経済発展を重視したものが多い。

 ドイツは来年9月に総選挙が行われることになっており、すでに事実上選挙戦入りしている。今回のマース外相のイニシアチブも、価値観を前面に押し出し、中国との距離を相対化しようという点において、メルケル政権のこれまでの外交と少し距離を置こうとしている。この点は評価されるべきことであり、日本としても歓迎できる内容なのだが、問題はこれに対してメルケル首相がそれほど熱意を示していない点である。そのため、ガイドラインには具体的目標は余り盛り込まれていない。むしろこれは、来年の選挙に向けて、CDU(ブログ管理人注:ドイツキリスト教民主同盟)の経済重視の対中政策に対して、SPD(ブログ管理人注:ドイツ社会民主党)はより価値観重視の対中政策基軸を打ち出した、とアピールするための伏線とも見ることができる。したがって、今回の「ガイドライン」をもって、ドイツがアジア太平洋政策において急速に舵を切ったと見るのは、時期尚早のように思われる。

【私の論評】名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産が、ドイツの黄昏になりかねない(゚д゚)!

ドイツの政党などに詳しくない方のために、以下に若干の説明をさせていただきます。

CDUは、2005年11月からはアンゲラ・メルケル党首が連邦首相となって以来、政権与党となっています。このキリスト教民主同盟と社会民主党(SPD)がドイツにおける二大政党です。

連邦議会では、バイエルン州のみを地盤とするキリスト教社会同盟(CSU)とともに統一会派(CDU/CSU)を組み、ドイツ社会民主党(SPD)とともに、議会内で二大勢力をなしています。なお、CDUはバイエルン州では活動していないため、CSUとCDUが競合することもなく、実質的にはCSUはCDUのバイエルン支部となっています。

さて、2016年に中国はドイツにとって最大の貿易相手国となりました。それ以降メルケル首相は公の場で、「中国はドイツにとって一番大切な国」と明言しています。つまりメルケル氏は政治信条だけで媚中なのではなく経済的にも中国を重視せざるを得ない立場にあるということです。

ちなみに前年に最大の貿易相手国だった米国は3位に転落、フランスは前年に続き2位でした。

ドイツにとっての米国の経済的重要性は低下しているのに、上得意である中国をトランプ氏(米国)が攻撃しているというのが、メルケル氏の本音でしょう。両者が犬猿の仲であるのは、政治信条の違いだけではなく経済的利害の対立も大きく影響しているようです。

象徴的なのはドイツ産業の中心とも言える自動車産業の状況です。

例えば、フォルクスワーゲンの2019年の中国販売は約423万台。全世界販売台数約1097万台(顧客ベース)のうち40%近くを占めます。 トヨタは米国依存度が高いと言われますが、2019年の販売台数約1074万台のうち米国市場は約238万台であり、22%ほどにしか過ぎません。

ちなみに、ワーゲンの米国市場での販売台数は65万台程度しかありません。また、トヨタの中国市場での販売台数は162万台(約15%)と決して少なくはないですが、ワーゲンの3分の1を少し上回った程度です。

また、中国との結びつきが強かったこと以上に構造的な問題をドイツは抱えています。それは依然として国内が輸出拠点としてのパワーを持ってしまっていることです。ドイツの輸出依存度(輸出÷実質GDP)は40%弱と日本の20%弱に比較してかなり高いです。ちなみに米国は数パーセントに過ぎません。


韓国もこうした傾向が強いですが、米国や日本のように、輸出依存度が低いということは、内需が大きいということです。これを国際競争力がないとみるのは間違いです。そうではなくて、国際環境の悪化しても影響が少ないということです。日本では、なぜか日本は輸出立国であり、輸出に大きく頼っていると信じて疑わない人がいるようですが、それは間違いです。

世界輸出に占めるドイツの存在感は中国の台頭と共に日本が小さくなっていたことに比べると、しっかりと維持されています。これは日本が対中依存を弱めたということであり、逆にドイツは対中依存を高めたということです。

コロナ禍になれば、輸出依存度が低ければ、海外の影響を被ることは少ないです。日本は、さらに対中依存度を低めようとして、中国から撤退する企業に対して補助金を提供することを実施しています。

一方ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2005年11月に就任して以降、4期約15年間にわたって政権を担ってきました。しかし17年の総選挙や翌18年の地方選で敗北を重ねたことで、21年の任期をもって政界を引退する意向を示し、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任しました。

このようにメルケル政権は着実にレームダック化してきました。さらに悪いことにメルケル首相に代わってCDU党首に就任し、事実上の後継候補と目されてきたアンネグレート・クランプ=カレンバウアー(AKK)国防相が2月10日に党首を辞任する考えを示したことで、メルケル首相後のドイツ政治に対する不透明感が強まる事態となりました。

メルケル首相は、自らの求心力の低下を受けて党首を辞任し、そのポストを事実上の後継者に禅譲することで、権力のスムーズな移行を図ろうとしたのです。しかしそうしたメルケル首相の期待を、カレンバウアー党首は裏切ってしまったことになります。

カレンバウアー党首にとって致命的だったのが、19年5月の欧州議会選後の発言です。欧州議会選で与党CDUは連立を組む最大野党で中道左派の社会民主党(SPD)とともに議席を大きく減らしました。その際にカレンバウアー党首は、選挙期間中にオンラインメディアに対する規制を設ける必要性について言及しました。

一部オンラインメディアのインフルエンサーによる扇動的な政治活動に対する警鐘の意味を込めたカレンバウアー党首の発言は、言論の自由を阻害するものとして多くの有権者がこれに反発する事態を招きました。カレンバウアー党首では次期21年の総選挙は戦えないという機運が、CDU内に高まることになりましたた。

結局のところ、カレンバウアー党首はドイツを率いるだけの能力を有していません。メルケル首相をはじめとするCDU指導部がそう判断したことが今回の辞任劇につながりました。カレンバウアー党首はしばらくその職にとどまる見込みですが、ポストメルケルのレースは振り出しへ戻ったことになります。

アンネグレート・クランプ=カレンバウアー(左)とメルケル(右)


新党首の候補としてはラシェット副党首のほか、メルツ元院内総務、シュパーン保健相などの名前が挙がっています。とはいえどの候補もCDUが単独与党に返り咲くよう能力を持っているとは言い難く、2021年10月までに予定される次期総選挙では、ドイツ政治の多極化が進むものと考えられます。

ドイツ経済は今、2つの大きな課題を抱えています。1つが上でも解説したように、過度に輸出に依存した経済モデルを是正しなければならないという点です。メルケル政権下でドイツは、特に中国への輸出依存度を高めましたが、中国経済の構造的な成長鈍化を受け、このモデルは徐々に立ち行かなくなってきています。さらに、足元では新型コロナウイルス騒動の悪影響も加わりました。

もう1つが、東西ドイツ間に存在する格差問題への対応です。今年10月で東西ドイツ統一から30年が経ちますが、東西間には引き続き3割程度の所得格差があり、雇用格差もあります。そうした格差がメルケル政権下であまり改善しなかったことが、旧東独地域でAfDが台頭する事態につながっていることは紛れもない事実です。

この2つの課題のほかに、構造的な問題もあります。長らく、ドイツはEUあるいは世界経済の優等生だと言われてきました。しかし実のところドイツ経済の好調さは、第1に統一通貨ユーロを採用したことにより「為替調整」がなくなったことによるものです。

そうして、第2に中国市場へのシフトという危うい「一本足打法」に頼ったことによるものです。

これは、相当 いびつなものであり、その化けの皮がはがれてきたように見えます。もちろん、ドイツ銀行に代表されるようにリーマンショックの負の遺産を先送りして、ほとんど解決していないこともドイツ経済のアキレス腱です。

「為替調整」に関しては日本では聞きなれない言葉かもしないですが、要するに、ユーロの場合は、ドイツと他の加盟国の間で、ドルと円の間のような為替レートの変動によって黒字国の輸出額が調整されることがないから、ドイツが独り勝ちを続けられるということです。

しかし、ドイツが独り勝ちを続けても、他の加盟国が貿易赤字を垂れ流していれば、全体としてユーロの価値が下がりますから、ドイツの対EU貿易黒字は絵に描いた餅に過ぎないのです。

この問題点をトランプ大統領も指摘していたのですが、前述のように2016年に最大の貿易相手が中国となったことで「EUで稼いでいるわけではありませんよ!」とメルケル氏が言い返すことができるようになったわけです。

しかし、「中国シフト」は「東西ドイツ統一」と同じくらい愚かな判断だったかもしれないことは、今の世界情勢がはっきりと示しています。

これらの大きな課題を克服するためには、強いリーダーシップの発揮゛望まれます。しかし政治が多極化しつつある現在のドイツで、そうしたリーダーが生まれる展望は描き難いです。政治の多極化と表現すれば聞こえはいいですが、それは要するに、ドイツが抱える課題の改善を遠のかせる「決められない政治」の誕生に他ならないです。

長期政権に安住し適切な後継候補を育まず、ドイツ経済の構造的な課題にも切り込めなかったCDU指導部の罪は決して軽くないです。少なくとも先の任期の頃までは名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産がドイツの黄昏(たそがれ)であるとしたら、これほど皮肉なものはないと言えます。そうなれば、メルケルの名相の誉は地に落ち、愚相と呼ばれることになるかもしれません。

アンゲラ・メルケル独首相


これに比較すると、日本は与党内に二階派などの親中・媚中派をかかえて、マスコミのほとんどは親中派ですが、そもそも輸出依存度が少なく、その少ないなかで中国の占める割合はさらに低く、さらには前安倍首相は、安全保障のダイヤモンド構想を提唱し、現在の日米のインド太平洋戦略の原型を提唱し、それに沿って安倍元首相が外交を展開したという実績もあります。

中国が台頭して、米国による世界秩序に対抗するようになった現在、従来みられた米国の日本に対する日本から理不尽ともみえる要請や過大な要求などはなくなり、それはすべて中国に振り向けられるようになりました。従来の米国の反日は、すべて反中に振り向けられたような状況です。

しかし、これは考えてみれば、当然といえば、当然です。

日本は、あくまで米国による世界秩序の中で、ルールを守った上で発展してきたのであって、中国やドイツとは根本的に異なります。

中国がこけるとドイツもこけますが、日本はそのようなことにはなりません。それどころか、日本がさらに安保で世界に貢献すれば、中国・ドイツがこけた後の新たな世界秩序において、米国とならんで世界でリーダーシップを発揮することになるかもしれません。

そのような傾向はすでにみえています。その格好の事例が、先日の日米豪印外相会議の日本での開催です。かつて、日本はドイツやイタリアと同盟をくんでいたことがありますが、その時には、このような会談はありませんでした。

合同幕僚長会議などを設置し緊密に連絡を取り合っていた連合国に対し、枢軸国では戦略に対する協議はほとんど行われませんでした。対ソ宣戦、対米宣戦の事前通知も行われず、一枚岩の同盟とは言えませんでした。

独伊は別にして、日本とドイツ・イタリアは特に戦略を共有するわけでもなく、バラバラに戦っていました。それどころか、ドイツは日独伊同盟が締結された後でさえ、当時の中華民国に対する軍事支援をやめませんでした。

ましてや今回のようにコロナ禍のようなパンデミック最中であってさえ、4カ国外相会談のような会談が開催される、それも日本で開催されるというようなことはありませんてした。

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2020年10月7日水曜日

中国念頭に連携強化、日米豪印外相が会談 ポンペオ米国務長官「中国共産党の腐敗、威圧から守らないといけない」―【私の論評】本当の脅威は、経済・軍時的にも市民社会も弱く他国に介入されやすい国々の独立を脅かす中国の行動(゚д゚)!

中国念頭に連携強化、日米豪印外相が会談 ポンペオ米国務長官「中国共産党の腐敗、威圧から守らないといけない」

   日米豪印外相会合に臨む茂木敏充外相(右から2人目)、ポンペオ米国務長官
   (左から2人目)、ペイン豪外相(左端)、ジャイシャンカル印外相(右端)
   =6日午後

 日本、米国、オーストラリア、インド4カ国の外相は6日、東京都内で会談した。新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)を引き起こしながら、軍事的覇権拡大を進める中国共産党政権を念頭に、ルールに基づく国際秩序の構築など「自由で開かれたインド太平洋」の推進に向け、4カ国が連携を強化することで一致。同会談を定例化し、毎年1回開くことも確認した。

 「(新型コロナの感染拡大は)中国共産党が隠蔽したことで事態が悪化した」「連携して中国共産党の腐敗、威圧から守らないといけない」

 マイク・ポンペオ米国務長官は外相会談でこう語り、中国への“徹底抗戦”を呼び掛けた。

 ポンペオ氏はこれに先立つNHKのインタビューで、「これは米国vs中国という問題ではない。『自由』と『専制政治』のどちらを選ぶかの問題だ」「次の世紀が、ルールにのっとった国際的秩序による支配になるか、中国のような威圧的な全体主義国家による支配になるのか、という話だ」と指摘した。

 注目の会談には、茂木敏充外相とポンペオ氏、オーストラリアのマリーズ・ペイン外相、インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相が出席した。

 茂木氏は「さまざまな分野で既存の国際秩序は挑戦を受けている」「4カ国は(『自由・民主』『人権』『法の支配』など)基本的価値観を共有し、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序を強化していく目的を共有している」と述べた。

 4カ国外相は、地域の秩序確保へ、より多くの国と連携していく方針で一致した。東シナ海、南シナ海、台湾海峡情勢をめぐって議論し、中国による一方的な現状変更の試みに対する懸念の声が上がった。

 「中国ベッタリ」と揶揄(やゆ)されるテドロス・アダノム事務局長率いる世界保健機関(WHO)の新型コロナ対応を検証すべきだとの意見も出た。

【私の論評】本当の脅威は、経済・軍時的にも市民社会も弱く他国に介入されやすい国々の独立を脅かす中国の行動(゚д゚)!

マイク・ポンペオ米国務長官は10月6日、中国共産党政権に対抗するため、米国・日本・オーストラリア・インドによる4カ国安保対話(Quad、クアッド)を公式化し、拡大する意思を示しました。

クアッドとは、非公式な同盟を結んでいる米日豪印の4カ国間の会合で、第一次政権時の安倍前首相が2007年に提唱し実現させたのです。安倍首相はその後、間もなく退陣してしまうことになりましたが、この方針は後を受けた麻生政権にも引き継がれ、そして民主党政権を経た後の第二次安倍政権でもこの4カ国の枠組みの維持が図られてきました。

クアッドの生みの親 安倍前首相

QUADは、自由で開かれたインド太平洋戦略のための「4カ国イニシアティブ」とも呼ばれ、安全保障における協力関係を強化することを目的にしており、これらの国による海軍合同演習も行なわれてきました。

言うまでもないことですが、この枠組みは中国を意識した連携です。そのため、これまで各国もそのときどきの政権によっては、この枠組みとの距離を置こうとする動きもありました。そのため本格的な連携関係にはなってこなかったのが実情です。

それが今日、再び注目されています。きっかけは、8月31日の米印戦略フォーラムにおける、米国務省のスティーブン・ビーガン副長官によるQUADについての踏み込んだ言及です。


ビーガン国務副長官の発言は以下のようなものでした。

「トランプ政権が続こうが、トランプ大統領が敗れようが、新しい大統領の新しい政権だろうが、QUADを4カ国ではじめることは非常に重要なきっかけになるだろうし、この連携の行方を探っていくのは非常に価値があることだ。ただこのイニシアティブを、中国に対する防衛のため、または、中国を封じ込めるためだけの目的にしないように気をつけるべきだ。それ以上のものにしたほうがいい」

要するに、ビーガン国務副長官が米政府として今後のQUADの連携強化を求めたのです。

「中国を封じ込めるためだけではない」と言ったのは、参加国がそれぞれの事情で中国との関係性があることを踏まえたからだと考えられます。安倍首相が提唱してから現在まで、QUADと距離を置く国があった背景には、中国との2国間関係が作用したという経験があります。それはインドも同じであり、もともと同盟を重視しない非同盟主義を貫いてきたインドへのメッセージであるとも取れます。

ビーガンはさらにこう続けました。

「同時に、あまりに野心的になりすぎないようにもしたほうがいいだろう。インド洋・西太平洋地域のNATO(北大西洋条約機構)なんて声も聞いている。だが忘れてはいけないのが、NATOですら、最初は比較的に期待感は大きくなかったし、第二次大戦後の欧州でNATO加盟について多くの国が中立を選んだ。NATOの加盟国は現在では27カ国だが、もともとは12カ国だけだった。つまり、少ない規模ではじめて、加盟国を増やしてゆくゆくは大きくなることができる」

要は、NATOのような枠組みで結束して中国に対抗していこうという牽制でもあります。米国には、対抗意識を隠そうとしない中国の姿を見て、インドも仲間に呼び込みたいという思惑が見えます。

米国務省のスティーブン・ビーガン副長官

そしてこの動きはこの秋以降、一気に活性化することになりそうです。今回の日米豪印外相会談にポンペオ長官が参加したのに続き、ロバート・オブライエン米国家安全保障担当大統領補佐官も、10月にはハワイでQUADの安全保障担当の高官らと会う予定のようです。

さらに年末には、QUADの本格化に向けた地ならしの意味で、インドが日本と米国と共に毎年行っている海上軍事演習「マラバル」に、オーストラリアが招待されると言われています。

このQUADが、ビーガンが言うように、NATOのような軍事的同盟関係強化だけでなく、経済にもその範囲を広げれば、中国の広域経済圏構想「一帯一路」も牽制できるとの声も上がっています。

日本は最近インドとの2国間関係も強化しています。9月9日には、自衛隊とインド軍の物品や役務の相互提供を円滑に行う日・インド物品役務相互提供協定(日印ACSA)が締結されたばかりだし、11月には日印2プラス2が行われる予定です。

QUADにはさらに参加国が増えることもありえます。米国務省の関係者によれば、日米豪印に加えて、まずは韓国とベトナム、ニュージーランド(QUAD+3)を参加させるという目論見があるといいます。

もともとインドは非同盟主義の国だ。そのインドがQUADに興味を示している理由の一つには、やはり国境問題などで中国との関係悪化があります。2020年6月、ヒマラヤ山脈地帯の中印国境沿いで、インド軍と中国軍が素手での殴り合いや投石という形で衝突し、死者まで出る事態になりました。

そしてその後にインド政府は2度に分けて、180近い中国製モバイルアプリの使用を禁止すると発表し、世界が両国関係の行方を固唾を呑んで見守りました。

こうした動きを受け、中国はロシアを巻き込んだ「牽制」の動きを見せています。9月11日、ロシアが仲介するという形で、インドと中国が国境での紛争において、「信頼醸成措置を推進する」と合意したと発表。明らかにインドが西側と関係強化していることを意識した動きです。

現時点では、国境沿いの争いは小康状態が続いていますが、一触即発の状態は変りません。今後インドでは、前述のアプリ禁止措置のようにさらなる経済的な対中措置が取られる可能性もあり、中印関係はさらに悪化するという見方もあります。

そのインドも、中国の台頭を目の当たりにし、共闘する国が必要だと感じているというこでしょう。今後、さらにQUADとの連携強化を進めることになると見られます。

QUADが4カ国に留まるにせよ、さらに参加国を増やしていくにせよ、この対中国の多国間に渡る共同戦線が実効性を備えてくれば、やはり「安倍首相の外交レガシー」がもう一つ増えることになるでしょう。

今回のクアッド会合では、中国の海洋進出や5G(次世代移動通信網)構築などが話し合われました。また、中共ウイルス(新型コロナウイルス)の世界的大流行も議題となりました。

日経アジア・レビュー6日付によると、関係者らは非公式のクアッドでは、4カ国間の具体的な連携が難しく、連携も長く継続できないと指摘しました。最近、中国当局は、米国だけでなく、日・印との領海や国境で挑発行為を繰り返し、中共ウイルスの発生源に関する独立調査を求める豪政府との関係もぎくしゃくしています。

ポンペオ長官

ポンペオ長官は日経アジア・レビューの取材に対して、クアッドを「制度化すれば、真の安全保障枠組みを構築できる」と話し、「この枠組みは、中国共産党政権がもたらしたわれわれへの課題に対処できる」としました。

また、長官は、クアッドが今後さらに拡大し、他の国も「適切な時期に参加できる」と述べました。

長官は、クアッドでは安全保障上の課題だけでなく、「経済的能力、法治、知的財産権保護の能力、貿易協定、外交関係、安全保障の枠組みを構成するすべての要素を議論している。これは軍事よりも深い話だ」とし、「これは民主主義国家が持つ力であり、権威主義体制では決して実現できないものだ」と強調しました。

さらに、長官は「われわれは紛争ではなく、平和をもたらすことを目指している」としながらも、「(対中)宥和政策は解決策ではない」との見解を示しました。

米国務省が発表した情報によると、ポンペオ氏訪日の主なトピックは、軍事的覇権の拡大を進める中国共産党政権へのけん制を念頭に「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けた連携の確認と、米国とアジアの同盟国との関係強化を目指したいとの考えだといいます。

デービッド・スティルウェル(David Stilwell)米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は2日、メディアに対し、ポンペオ氏は訪日中にクアッドに出席し、インド太平洋地域の安全保障、サイバーインフラおよびセキュリティ、参加国が直面する共通課題への具体的な協力方法の議論をする予定であると明らかにしました。

クアッドの目的は、インド太平洋地域でのセキュリティの確立および促進です。

その実現に対する外界の期待感は高まっています。米ワシントン・タイムズ紙の最近の報道によると、「中国からの脅威が増大するにつれ、クアッドの創設条件がより成熟してきている」と見ている米当局者が増えているといいます。

同報道は、米国のシンクタンクであるウッドロー・ウィルソン国際学術センターに所属する南アジア専門家マイケル・クーゲルマン(Michael Kugelman)氏の発言を引用して、「過去には一国だけが特定の時期に中国からの脅威に直面していたが、現在はそうではない。中国のアジアでの攻撃的な活動は、世界の安定をますます脅かすようになった。クアッドの設立に現在、同地域の他の国々も非常に関心が高まっている」と報じました。

また、米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は1日、米国は中国の膨張的な行動を抑制するため、南シナ海での主権紛争問題を提起し、太平洋地域の同盟国への武器販売を増やしたと報じました。 これらの行動戦略は、「価値観を共有する国と同盟関係を構築する」というポンペオ氏の提案と一致しています。

こうした最中にあり、カンボジアで新たな動きがありました。カンボジア政府は7日までに、同国南部のリアム海軍基地で、米国の支援によって建設された施設を取り壊しました。カンボジア側は「老朽化のため」と説明したが、施設の破壊後には中国が基地の利用を始める可能性が指摘されています。

同基地はタイ湾に面し、艦船が配備されれば、領有権をめぐって各国の摩擦が続く南シナ海進出の拠点ともなりうるだけに、米国は神経をとがらせています。

このような中国の拡張主義に対抗し得るQUAD諸国には、大きな脅威にはならないかもしれないです。きっと自ら防ぐことができるでしょう。しかし一方で、カンボジア等のインド太平洋地域や近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがあります。これらの国は経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱く、他国に介入されやすいからです。それこそがインド太平洋地域における大きな危機です。

このような国々の多くが中国の傘下に収まった場合、この地域で中国の主張は通りやすくなり、国連でも中国の意見が多数派を占めることになり、それを翻すことは困難になります。中共は無論、それを狙っています。

QUADの存在意義は、日米豪印の4カ国の提携というだけでなく、こうした脅威からインド太平洋地域をまもるためにも、発展させていく必要があります。

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