2020年10月8日木曜日

メルケルも熱意を示さぬドイツの脱中国依存政策―【私の論評】名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産が、ドイツの黄昏になりかねない(゚д゚)!

メルケルも熱意を示さぬドイツの脱中国依存政策

岡崎研究所

 9月2日、ドイツ政府は「アジア太平洋ガイドライン」を採択した。それによれば、今後の国際秩序をアジア太平洋の諸国とともに形作るべく、ドイツをより幅広く位置づけることを目指したいという。それには、関係を多様化して、ドイツの最も重要な貿易パートナーである中国への依存を低めることも含む。そういうわけで、一部報道では、「ドイツのインド太平洋戦略」が採択されたと持ち上げられているが、いくつかの意味で留保が必要かもしれない。まず、これは「戦略」ではなく、あくまで「ガイドライン」である。さらに、一応は閣議決定されたとは言え、あくまで外務省がまとめたガイドラインであり、多分に社民党(SPD)所属のハイコ・マース外相のアジェンダであるからだ。



 確かにドイツは、英仏がインド太平洋へのコミットメントを急速に深めつつあるのを見て、多少の焦りもあり、ここ数年急に「インド太平洋」概念に関心を示し始めた。長らくアジアの中でも中国、それもドイツ車の輸出市場としての中国にしか関心がなかったのだが、米中関係の悪化もあり、また東欧やバルカン、南欧などに中国が進出してきたことへの警戒感もあり、日本のインド太平洋概念に、少し関心を示し始めていた。

 中でもハイコ・マース外相は、昨年、一昨年と連続して訪日しており、2018年7月の訪日の際は、政策研究大学院大学で、「日独関係および変化する世界秩序におけるアジアの役割」と題して講演を行った。
(https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2121328) 

 マース外相は、以前から日独が協調して世界の多国間主義、自由主義、ルールに基づく国際社会を守って行くべきであるという持論であり、今回の「ガイドライン」にもその考えが色濃く出ている。重視する原則として、多国間主義、ルールに基づく秩序、SDGs、人権、包括性、現地目線のパートナーシップなどがあげられている。

 もともとドイツは日本同様、安全保障政策概念を広く定義する国であり、今回も平和と安全保障をあげてはいるものの、アプローチは経済から文化まで含む包括的アプローチであり、取るべきイニシアチブも、環境や経済発展を重視したものが多い。

 ドイツは来年9月に総選挙が行われることになっており、すでに事実上選挙戦入りしている。今回のマース外相のイニシアチブも、価値観を前面に押し出し、中国との距離を相対化しようという点において、メルケル政権のこれまでの外交と少し距離を置こうとしている。この点は評価されるべきことであり、日本としても歓迎できる内容なのだが、問題はこれに対してメルケル首相がそれほど熱意を示していない点である。そのため、ガイドラインには具体的目標は余り盛り込まれていない。むしろこれは、来年の選挙に向けて、CDU(ブログ管理人注:ドイツキリスト教民主同盟)の経済重視の対中政策に対して、SPD(ブログ管理人注:ドイツ社会民主党)はより価値観重視の対中政策基軸を打ち出した、とアピールするための伏線とも見ることができる。したがって、今回の「ガイドライン」をもって、ドイツがアジア太平洋政策において急速に舵を切ったと見るのは、時期尚早のように思われる。

【私の論評】名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産が、ドイツの黄昏になりかねない(゚д゚)!

ドイツの政党などに詳しくない方のために、以下に若干の説明をさせていただきます。

CDUは、2005年11月からはアンゲラ・メルケル党首が連邦首相となって以来、政権与党となっています。このキリスト教民主同盟と社会民主党(SPD)がドイツにおける二大政党です。

連邦議会では、バイエルン州のみを地盤とするキリスト教社会同盟(CSU)とともに統一会派(CDU/CSU)を組み、ドイツ社会民主党(SPD)とともに、議会内で二大勢力をなしています。なお、CDUはバイエルン州では活動していないため、CSUとCDUが競合することもなく、実質的にはCSUはCDUのバイエルン支部となっています。

さて、2016年に中国はドイツにとって最大の貿易相手国となりました。それ以降メルケル首相は公の場で、「中国はドイツにとって一番大切な国」と明言しています。つまりメルケル氏は政治信条だけで媚中なのではなく経済的にも中国を重視せざるを得ない立場にあるということです。

ちなみに前年に最大の貿易相手国だった米国は3位に転落、フランスは前年に続き2位でした。

ドイツにとっての米国の経済的重要性は低下しているのに、上得意である中国をトランプ氏(米国)が攻撃しているというのが、メルケル氏の本音でしょう。両者が犬猿の仲であるのは、政治信条の違いだけではなく経済的利害の対立も大きく影響しているようです。

象徴的なのはドイツ産業の中心とも言える自動車産業の状況です。

例えば、フォルクスワーゲンの2019年の中国販売は約423万台。全世界販売台数約1097万台(顧客ベース)のうち40%近くを占めます。 トヨタは米国依存度が高いと言われますが、2019年の販売台数約1074万台のうち米国市場は約238万台であり、22%ほどにしか過ぎません。

ちなみに、ワーゲンの米国市場での販売台数は65万台程度しかありません。また、トヨタの中国市場での販売台数は162万台(約15%)と決して少なくはないですが、ワーゲンの3分の1を少し上回った程度です。

また、中国との結びつきが強かったこと以上に構造的な問題をドイツは抱えています。それは依然として国内が輸出拠点としてのパワーを持ってしまっていることです。ドイツの輸出依存度(輸出÷実質GDP)は40%弱と日本の20%弱に比較してかなり高いです。ちなみに米国は数パーセントに過ぎません。


韓国もこうした傾向が強いですが、米国や日本のように、輸出依存度が低いということは、内需が大きいということです。これを国際競争力がないとみるのは間違いです。そうではなくて、国際環境の悪化しても影響が少ないということです。日本では、なぜか日本は輸出立国であり、輸出に大きく頼っていると信じて疑わない人がいるようですが、それは間違いです。

世界輸出に占めるドイツの存在感は中国の台頭と共に日本が小さくなっていたことに比べると、しっかりと維持されています。これは日本が対中依存を弱めたということであり、逆にドイツは対中依存を高めたということです。

コロナ禍になれば、輸出依存度が低ければ、海外の影響を被ることは少ないです。日本は、さらに対中依存度を低めようとして、中国から撤退する企業に対して補助金を提供することを実施しています。

一方ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2005年11月に就任して以降、4期約15年間にわたって政権を担ってきました。しかし17年の総選挙や翌18年の地方選で敗北を重ねたことで、21年の任期をもって政界を引退する意向を示し、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任しました。

このようにメルケル政権は着実にレームダック化してきました。さらに悪いことにメルケル首相に代わってCDU党首に就任し、事実上の後継候補と目されてきたアンネグレート・クランプ=カレンバウアー(AKK)国防相が2月10日に党首を辞任する考えを示したことで、メルケル首相後のドイツ政治に対する不透明感が強まる事態となりました。

メルケル首相は、自らの求心力の低下を受けて党首を辞任し、そのポストを事実上の後継者に禅譲することで、権力のスムーズな移行を図ろうとしたのです。しかしそうしたメルケル首相の期待を、カレンバウアー党首は裏切ってしまったことになります。

カレンバウアー党首にとって致命的だったのが、19年5月の欧州議会選後の発言です。欧州議会選で与党CDUは連立を組む最大野党で中道左派の社会民主党(SPD)とともに議席を大きく減らしました。その際にカレンバウアー党首は、選挙期間中にオンラインメディアに対する規制を設ける必要性について言及しました。

一部オンラインメディアのインフルエンサーによる扇動的な政治活動に対する警鐘の意味を込めたカレンバウアー党首の発言は、言論の自由を阻害するものとして多くの有権者がこれに反発する事態を招きました。カレンバウアー党首では次期21年の総選挙は戦えないという機運が、CDU内に高まることになりましたた。

結局のところ、カレンバウアー党首はドイツを率いるだけの能力を有していません。メルケル首相をはじめとするCDU指導部がそう判断したことが今回の辞任劇につながりました。カレンバウアー党首はしばらくその職にとどまる見込みですが、ポストメルケルのレースは振り出しへ戻ったことになります。

アンネグレート・クランプ=カレンバウアー(左)とメルケル(右)


新党首の候補としてはラシェット副党首のほか、メルツ元院内総務、シュパーン保健相などの名前が挙がっています。とはいえどの候補もCDUが単独与党に返り咲くよう能力を持っているとは言い難く、2021年10月までに予定される次期総選挙では、ドイツ政治の多極化が進むものと考えられます。

ドイツ経済は今、2つの大きな課題を抱えています。1つが上でも解説したように、過度に輸出に依存した経済モデルを是正しなければならないという点です。メルケル政権下でドイツは、特に中国への輸出依存度を高めましたが、中国経済の構造的な成長鈍化を受け、このモデルは徐々に立ち行かなくなってきています。さらに、足元では新型コロナウイルス騒動の悪影響も加わりました。

もう1つが、東西ドイツ間に存在する格差問題への対応です。今年10月で東西ドイツ統一から30年が経ちますが、東西間には引き続き3割程度の所得格差があり、雇用格差もあります。そうした格差がメルケル政権下であまり改善しなかったことが、旧東独地域でAfDが台頭する事態につながっていることは紛れもない事実です。

この2つの課題のほかに、構造的な問題もあります。長らく、ドイツはEUあるいは世界経済の優等生だと言われてきました。しかし実のところドイツ経済の好調さは、第1に統一通貨ユーロを採用したことにより「為替調整」がなくなったことによるものです。

そうして、第2に中国市場へのシフトという危うい「一本足打法」に頼ったことによるものです。

これは、相当 いびつなものであり、その化けの皮がはがれてきたように見えます。もちろん、ドイツ銀行に代表されるようにリーマンショックの負の遺産を先送りして、ほとんど解決していないこともドイツ経済のアキレス腱です。

「為替調整」に関しては日本では聞きなれない言葉かもしないですが、要するに、ユーロの場合は、ドイツと他の加盟国の間で、ドルと円の間のような為替レートの変動によって黒字国の輸出額が調整されることがないから、ドイツが独り勝ちを続けられるということです。

しかし、ドイツが独り勝ちを続けても、他の加盟国が貿易赤字を垂れ流していれば、全体としてユーロの価値が下がりますから、ドイツの対EU貿易黒字は絵に描いた餅に過ぎないのです。

この問題点をトランプ大統領も指摘していたのですが、前述のように2016年に最大の貿易相手が中国となったことで「EUで稼いでいるわけではありませんよ!」とメルケル氏が言い返すことができるようになったわけです。

しかし、「中国シフト」は「東西ドイツ統一」と同じくらい愚かな判断だったかもしれないことは、今の世界情勢がはっきりと示しています。

これらの大きな課題を克服するためには、強いリーダーシップの発揮゛望まれます。しかし政治が多極化しつつある現在のドイツで、そうしたリーダーが生まれる展望は描き難いです。政治の多極化と表現すれば聞こえはいいですが、それは要するに、ドイツが抱える課題の改善を遠のかせる「決められない政治」の誕生に他ならないです。

長期政権に安住し適切な後継候補を育まず、ドイツ経済の構造的な課題にも切り込めなかったCDU指導部の罪は決して軽くないです。少なくとも先の任期の頃までは名相の誉れが高かったメルケル首相の最大の置き土産がドイツの黄昏(たそがれ)であるとしたら、これほど皮肉なものはないと言えます。そうなれば、メルケルの名相の誉は地に落ち、愚相と呼ばれることになるかもしれません。

アンゲラ・メルケル独首相


これに比較すると、日本は与党内に二階派などの親中・媚中派をかかえて、マスコミのほとんどは親中派ですが、そもそも輸出依存度が少なく、その少ないなかで中国の占める割合はさらに低く、さらには前安倍首相は、安全保障のダイヤモンド構想を提唱し、現在の日米のインド太平洋戦略の原型を提唱し、それに沿って安倍元首相が外交を展開したという実績もあります。

中国が台頭して、米国による世界秩序に対抗するようになった現在、従来みられた米国の日本に対する日本から理不尽ともみえる要請や過大な要求などはなくなり、それはすべて中国に振り向けられるようになりました。従来の米国の反日は、すべて反中に振り向けられたような状況です。

しかし、これは考えてみれば、当然といえば、当然です。

日本は、あくまで米国による世界秩序の中で、ルールを守った上で発展してきたのであって、中国やドイツとは根本的に異なります。

中国がこけるとドイツもこけますが、日本はそのようなことにはなりません。それどころか、日本がさらに安保で世界に貢献すれば、中国・ドイツがこけた後の新たな世界秩序において、米国とならんで世界でリーダーシップを発揮することになるかもしれません。

そのような傾向はすでにみえています。その格好の事例が、先日の日米豪印外相会議の日本での開催です。かつて、日本はドイツやイタリアと同盟をくんでいたことがありますが、その時には、このような会談はありませんでした。

合同幕僚長会議などを設置し緊密に連絡を取り合っていた連合国に対し、枢軸国では戦略に対する協議はほとんど行われませんでした。対ソ宣戦、対米宣戦の事前通知も行われず、一枚岩の同盟とは言えませんでした。

独伊は別にして、日本とドイツ・イタリアは特に戦略を共有するわけでもなく、バラバラに戦っていました。それどころか、ドイツは日独伊同盟が締結された後でさえ、当時の中華民国に対する軍事支援をやめませんでした。

ましてや今回のようにコロナ禍のようなパンデミック最中であってさえ、4カ国外相会談のような会談が開催される、それも日本で開催されるというようなことはありませんてした。

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