「中所得国の罠」から抜け出せない
i国家観の対立が明確になった瞬間
先週18、19日の米中外交協議は、米中による非難合戦で始まった。これは、米中間の新「冷戦」の幕開けと言えるだろう。
初会合は、米国のアラスカだった。中国にとっては完全「アウェー」だが、米国との対決は避けて通れない道だ。
米側はアントニー・ブリンケン国務長官とジェイク・サリヴァン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、中国側は楊潔篪(ヤン・チエチー)中国共産党中央政治局委員と王毅(ワン・イー)外相とが出席した。
協議の内容はそれぞれ2分間だけマスコミ公開という段取りだったが、互いに「待て」といいながら、1時間も米中対立がマスコミに映し出された。
要するに、米中の国家観の対立が明確になった瞬間である。
トランプ前政権では、貿易問題の二国間問題が端緒だった。政権終盤では中国のジェノサイド認定をして中国の非民主主義観を否定するなど、まさに国家体制の在り方を問題視したが、バイデン政権でもその流れは止まってない。もちろん、これはアメリカ国内の中国観が一変したことも背景にある。
通常であれば、外交辞令もあるので、こうした会談では食事会があるが、今回は新型コロナ対策という名目で計画もされていなかった。中国への「もてなし」で、食事なしとはキツい。今後の米中関係を暗示しているかのようだ。
i日米豪印と中国の対立を意味する
バイデン政権は、このアラスカ会談に先立って、同盟国との意見疎通をして用意周到だった。
3月12日、日米豪印の、菅義偉首相、バイデン米大統領、モリソン豪首相、モディ印首相の間で初の首脳会談がオンラインで行われた。
3月16日、東京において、茂木外務大臣、岸防衛大臣、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官は、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)を開催した。
3月17日、ソウルにおいて、米韓で「2+2」を開催した。ただし、東京の共同声明では、中国を名指しし北朝鮮の非核化が盛り込まれていたが、このソウル会合では盛り込まれていなかった。はっきりいって、韓国は、日米が中心となっている中国包囲網の蚊帳の外だ。
ともあれ、日米豪印クワッドがしっかり機能していることを確認した上で、バイデン政権は中国に対峙した。米中の国家観の対立は、日米豪印と中国、つまり民主主義対一党独裁非民主主義との対立でもある。
アメリカの指摘したのは、中国の「核心的利益」だ。これへの妥協は中国ではありえないので、アメリカが折れるか、米中で激突するかしか、選択肢はない。「核心的利益」は、アメリカが名指しした、新疆ウイグル、香港、台湾のほか、南シナ海と尖閣だ。
筆者が「核心的利益」を本コラムで取り上げたのは、今から10年以上前の本コラム発足直後の2010年10月4日〈尖閣問題を「核心的国家利益」と位置づけた中国の「覇権主義」〉だ。
その後の本コラムなどを読んでいる方にはわかるだろうが、その当時から、新疆ウイグル、南シナ海、香港の現在はある程度予見出来た。それがいよいよ台湾と尖閣にも及んできた。
i中国経済は今後どうなるのか
奇遇なことであるが、そのコラムでは、中国の覇権主義を多国間協調で抑えよと主張している。筆者が、第一次安倍政権で官邸勤務の時に、今の日米豪印のクワッドの初期段階を垣間見ていたので、安全保障での多国間協調をいったわけだが、今のバイデン政権はまさにそれを実戦しようとしている。
こうした中国の覇権主義を支えるのは、中国経済だ。これまで中国経済が伸びてきたからこそ、覇権主義を続けられたともいえる。
となると、中国の覇権主義の裏にある中国経済の今後が予想できれば、覇権主義の行方も占うことが出来るだろう。もっとも、こうした予測は、短期的な経済予測よりはるかに難しいが、やってみよう。
まず、楊潔篪政治局委員は、中国の一党独裁体制の優位性を今回の新型コロナを押さえ込んだからといった。これは、データからみると、確かにいえる。
民主主義国と非民主主義国で新型コロナ拡大について、どちらが封じ込めるのかといえば、非民主主義国だ。新型コロナ拡大の防止のためには、人々の行動を制限するのが手っ取り早いが、非民主主義国では国家による強制的な措置が迅速に行えるからだ。
実際に、各国について民主主義指数によって民主主義の度合と新型コロナ死亡者を100万人あたりで数値化すると、非民主主義のほうがいい成績だ。民主主義指数として英エコノミスト誌が毎年公表しているものの最新2020年版で、世界163ヶ国でみると、民主主義指数と100万人あたり死亡者数の相関係数は0.46だ。
民主主義指数で8より高く、100万人当たりコロナ死者が200人より低い国は、世界の中でも優等生といえるが、それらは163ヶ国中9ヶ国しかない(上図の右下の赤枠内)。
それらの国は、オーストラリア、フィンランド、アイスランド、日本、モーリシャス、ニュージーランド、ノルウェー、韓国、台湾だ。日本はこうした意味で世界の優等生でもある。
ただし、民主主義は、経済成長と深い関係があり、非民主主義国で成長するのは難しいのが、これまでの歴史だ。
開発経済学では「中所得国の罠」というのがしばしば話題になる。一種の経験則であるが、発展途上国が一定の中所得までは経済発展するが、その後は成長が鈍化し、なかなか高所得になれないのだ。ここで、中所得の国とは、一人あたりGDPが3000~10000ドルあたりの国をいうことが多い。
これをG20諸国の時系列データで見てみよう。1980年以降、一人あたりGDPがほぼ1万ドルを超えているのは、G7(日、米、加、英、独、仏、伊)とオーストラリアだけだ。
アルゼンチンとブラジルは、1万ドルがなかなか破れない。2010年代の初めに突破したかに見えたが、最近まで1万ドルに届いていない。インドは3000ドルにも達していなし、インドネシアは最近5000ドルまで上がってきているが、まだ1万ドルは見えない。
韓国は、2000年代から1万ドル以上を維持しており、今は高所得国入りしているといってもいいだろう。メキシコは、2010年頃までは順調に上昇してきたが、1万ドルの壁に苦悩し、1万ドル程度で低迷している。
ロシアは、2010年ごろに1万ドルを突破したかにみえたが、その後低迷し、今は1万ドル程度となっている。サウジアラビアは、豊富な石油収入で順調に上昇してきており、2000年代中頃から、1万ドル以上を維持して、今は高所得国入りだ。
南アフリカは、順調に上昇してきたが、2010年あたりから8000ドル程度に壁があるようで、それを超えられないでいる。
i中国の「民主主義」が抱える問題
トルコも、2010年くらい1万ドルを一時突破したようにみえたが、その後低迷し、1万ドルの壁で低迷している。中国は、これまで順調に伸びてきたが、現在が1万ドル程度であり、これからどうなるのかが注目だ。
以上のG20の状況をまとめると、高所得国はもともとG7諸国とオーストラリアであった。それに1万ドルの壁を破った韓国、サウジ。残りは中所得国で、1万ドルの壁に跳ね返されたアルゼンチン、ブラジル、メキシコ、ロシア、南アフリカ、トルコの6ヶ国、まだそれに至らないインドとインドネシア。それに1万ドルになったと思われる中国だ。
さらに、世界銀行のデータにより2000年以降20年間の一人当たりGDPの平均を算出し、上の民主主義指数を組み合わせてみると、面白い。中所得国の罠がきちんとデータにでている。
ここでシンガポールと香港の民主主義指数はそれぞれ、6.03と5.57だ。民主主義指数6というのは、メキシコなどと同じ程度で、民主主義国としてはギリギリだ。
もっとも、民主主義指数6を超えると、一人当たりGDPは民主主義度に応じて伸びる。一人当たりGDPが1万ドル超の国で、一人当たりGDPと民主主義指数の相関係数は0.71と高い。
さて、中国の一人当たりGDPはようやく1万ドル程度になったので、これからどうなるか。中国の民主主義指数は2.27なので、6にはほど遠く、今の程度のGDPを20年間も維持できる確率はかなり低い。
GDP数字を改ざんすることもできるし、かつて崩壊前のソ連では行われていた。そのため、いつ中国経済が息詰まるとは言いにくいが、これまでの社会科学の経験則からは、そろそろ成長の限界に近づいているのだろう。
i中国の経済発展の見込みの少なさ
中所得国の罠をクリアするためには、民主主義の度合を高めないといけない。それと同時に、各種の経済構造の転換が必要だといわれる。
その一例として、国有企業改革や対外取引自由化などが必要だが、本コラムで再三強調してきたとおり、一党独裁の共産主義国の中国はそれらができない。
共産主義国家では、資本主義国家とは異なり生産手段の国有が国家運営の大原則であるからだ。アリババへの中国政府の統制をみると、やはりだ。
こう考えると、中国が民主化をしないままでは、中所得国の罠にはまり、これから経済発展する可能性は少ないと筆者は見ている。一時的に1万ドルを突破しても跳ね返され、長期的に1万ドル以上にならない。10年程度で行き詰まりが見えてくるのではないだろうか。
中国はどの程度の民主化をすればいいかというと、民主主義指数6程度の香港並みをせめてやるべきであった。しかし、逆に香港を中国本土並みにしたので、香港の没落も確実だし、中国もダメだろう。
昨年12月1日に発表されたOECDの「エコノミックアウトルック(経済見通し)」では、2020年の世界経済の成長率をマイナス4.2%としていますから、「共産党発表を信じれば」中国は偉大な成長を遂げる国ということになります。
2020年7月に「テンセント・フィナンシャル・レポート―『新型コロナ』後、8割近い国民の収入が減少、投資財テク傾向は堅調―」という世論調査結果が発表された。この調査によって新型コロナ感染症の蔓延で78%の中国人が収入が減少したとし、29.5%の人が消費を減らして貯蓄すると回答しました。
78%の中国人の収入が減少しているのに、本当に経済成長しているのでしょうか。
2020年の自動車の販売台数は、前年比7.4%減と大きく落ち込んだ2019年の2070万台をさらに下回り、1929万台(前年比6.8%減)となりました。
2020年のスマホの販売台数も、前年比6.0%減と大きく落ち込んだ2019年の3.9億台からさらに落ち込み、3.1億台(前年比20.8%減)となりました。
このような状態でGDPが前年比2.3%も成長したということがありうるのでしょうか。もうこれはファンタジーと言っても良いくらいです。
ファンタジーのような重慶の夜景 |
「地域経済振興」のために使われた資金は、うまくいけば実際に地域経済を活性化させ利益を生むから返済可能かもしれません。「地方共産党幹部振興」のために使われた資金は、彼らの懐に入るだけで、例え利益を生んだとしても返済するつもりはないようです。
これまでは、中国全体の経済が好調で、貸し手が次から次へと現れたから、いわゆる「ねずみ講原理」で、「借金を借金で返す」ことも難しくはありませんでした。しかし、ねずみ講が最終的には破綻することが明らかなように、「借金の自転車操業」もいつか終わります。
もう、中国の破綻は目に見えています。中国の破綻は20年前からいわれてきましたが、それを中国政府はなんとか隠しおおせてきたのですが、今後数年以内に隠せなくなるでしょう。
そうして、中国は先進国になれないまま、没落していくことでしょう。
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