2024年12月9日月曜日

「アサド家」の統治、あっけない終焉 要因はロシアとイラン勢力の弱体化 シリア政権崩壊―【私の論評】地中海への足場が失われ露の中東・アフリカ戦略に大打撃

「アサド家」の統治、あっけない終焉 要因はロシアとイラン勢力の弱体化 シリア政権崩壊

まとめ
  • アサド政権の崩壊は、ロシアとイラン勢力の弱体化によるもので、特にロシアのウクライナ戦争が影響を与えた。
  • 反体制派の攻勢により、アサド家の統治が半世紀以上で終焉を迎えた。


 シリアのアサド政権の崩壊を招いたのは、後ろ盾だったロシアとイラン勢力の弱体化が要因だ。ロシアは2022年からのウクライナとの戦闘で疲弊。イランと親イラン民兵組織ヒズボラは昨年10月以降、パレスチナ自治区ガザなどでのイスラエルとの交戦で力をそがれていた。

 シリアでは11年に中東民主化運動「アラブの春」が波及し反政府デモが本格化、内戦に突入した。アサド政権は劣勢に立たされたが、ロシアの支援で一気に盛り返した。20年にロシアと、反体制派を支援していたトルコが停戦合意し、戦闘は下火になっていた。

 ところが、ロシアのウクライナ侵攻は長期化し、アサド政権を支える余裕は失われた。ガザでの戦闘では、ハマスと共闘するヒズボラは中東最強のイスラエル軍の攻撃にさらされ、大きく力を失った。

【私の論評】地中海への足場が失われ露の中東・アフリカ戦略に大打撃

まとめ
  • ロシアにとってシリアは地中海に面した戦略的要衝であり、タルトゥース海軍基地とフメイミム空軍基地を通じて中東やアフリカへの影響力を行使していた。
  • アサド政権の崩壊は、ロシアにっとって重要な軍事拠点を失うことを意味しており、反体制派への空爆を行っていた。
  • タルトゥースはロシアの唯一の地中海軍基地であり、地域の軍事活動を支える重要な拠点である。
  • トルコによるボスフォラス海峡通過の制限により、タルトゥースの重要性が増していた。
  • 反体制派はロシア軍の駐留を拒否する可能性が高く、これによりロシアのシリアにおける影響力が大きく揺らぐ。
  • シリアの未来は不透明であり、そこには新たな混乱の種が潜んでいる。 

トルコとシリア周辺図 クリックすると拡大します

ロシアにとって、地中海に面するシリアは戦略的な要衝である。2つの主要な軍事施設を通じて、中東やアフリカへの影響力を行使してきた。

タルトゥース海軍基地は、ロシア海軍にとって地中海での唯一の補給・修理拠点である。気候が温暖で、一年中利用できる貴重な軍港だ。また、フメイミム空軍基地は近年、アフリカでの活動を広げるロシアにとって中継拠点としての価値が高まっていた。

反体制派が攻勢に出た11月27日から、わずかな期間でアサド政権は崩壊した。父の代から半世紀以上続く「アサド家」の統治はあっけない終焉を迎えたのである。

ロシアは2015年、アサド政権側でシリア内戦に軍事介入し、戦況を政権軍に有利に覆した。ロシアは介入を通じ、旧ソ連時代から租借してきたタルトゥースの軍港に加え、北西部のフメイミム空軍基地の使用権も獲得した。これらは中東やアフリカにおける軍事的影響力を行使するための拠点である。

しかし、今回の反体制派の攻勢でアサド政権が打倒された場合、ロシアはこれらの拠点を失う危険性があると見て、反体制派への空爆に着手していた。

シリア国内のロシア軍拠点

タルトゥース海軍基地やフメイミム空軍基地の他、ロシア軍はシリアに複数の拠点を持っている。ハマ周辺にはロシア軍の基地があり、シリア内戦において重要な役割を果たしている。また、ホムスにもロシア軍の拠点があり、シリア政府軍と共に活動している。

一方、イドリブは反体制派の支配地域であり、ロシア軍の公式な拠点は少ないが、空爆や支援活動が行われていた。最後に、ラタキアにはロシアの重要な軍港があり、ここもロシア軍の拠点として機能し、シリア政府軍への支援が続けられていた。

ただし、ロシア軍が特に力を入れていたのはタルトゥース海軍基地とフメイム空軍基地である。ロシアは主に海軍力と空軍力をシリアに配置しており、陸軍はほとんど駐留していなかった。これはアサド政権に任せるという姿勢を示していた。

もしロシアがウクライナ戦争をしていなければ、シリアに陸軍を派遣し、アサド政権を本格的に支援していた可能性がある。

特にタルトゥース海軍基地はロシアにとって非常に重要な拠点である。その理由は明白だ。まず、タルトゥースはロシアの地中海における唯一の海軍基地であり、地中海での軍事活動を支える戦略的な拠点である。ここからロシア海軍は地中海地域での作戦や支援活動を行うことができる。

次に、タルトゥースはシリア政府との強固な関係を象徴している。シリア内戦を通じてロシアの影響力を維持する手段となっている。この基地を通じて、ロシアはシリア政府軍への支援を行い、地域の安定を図ることができているのだ。

さらに、トルコはボスフォラス海峡を通過する外国の軍艦に対して制限を設けており、これがロシアにとってタルトゥースの重要性を高めている。ボスフォラス海峡を通過できない場合、タルトゥースがロシアの地中海へのアクセスを確保するための重要な拠点となる。

2020年5月ロシア海軍とシリア海軍タルトゥース港で合同演習を実施していた

ロシア海軍が地中海方面に南下するにはタルトゥース基地に頼らざるを得ない状況であるが、反政府勢力が迫る現在、同基地の存在は危ぶまれている。ウクライナ侵攻前であれば、ロシアは追加部隊を派遣して基地の防衛を強化し、反政府勢力を押し返すことも可能であったが、現在のロシア軍にはその余裕がない。ロシアのラブロフ外相は否定しているものの、おそらく艦隊を退避させたことがそれを示している。退避した艦艇は一旦、北アフリカの友好国であるアルジェリアやリビアの港に退避したと推測される。

アサド政権が崩壊したシリアのジャラリ首相は8日、アサド政権との合意に基づいて駐留してきたロシア軍の今後について「私の権限外であり、新しい政府が決めるだろう」と述べた。これは、アサド政権を打倒した反体制派とロシアの協議次第だとする考えを示している。中東の衛星テレビ、アルアラビーヤでの発言として露タス通信が伝えた。

しかし、反体制派はロシア軍の駐留を拒否するだろう。これにより、シリアにおけるロシアの影響力は大きく揺らぐことになる。ロシアの地中海への足場が失われることは、国際的な戦略においても大きな打撃となるだろう。シリアの未来は不透明であり、そこには新たな混乱の種が潜んでいる。 

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2024年12月8日日曜日

アメリカ軍の司令部 「今、中東にいます」潜水艦の位置情報をSNSで投稿!? 異例の行為の狙いとは―【私の論評】日本も見習うべき米軍のオハイオ級攻撃型原潜中東派遣公表の真の意図

アメリカ軍の司令部 「今、中東にいます」潜水艦の位置情報をSNSで投稿!? 異例の行為の狙いとは

まとめ
  • アメリカ中央軍司令部は、オハイオ級原子力潜水艦を中東に配備したと発表し、これは中東での戦闘拡大を防ぐ意図があると報じられている。
  • 潜水艦の動向を公表することは異例であり、詳細な艦名は明らかにされていないが、巡航ミサイルを搭載したタイプの可能性が高いとされている。
中東に派遣されるオハイオ型原潜が出港するようす。twitteで公開された。

 アメリカ中央軍司令部は2023年11月5日、巡航ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射機能を有するオハイオ級原子力潜水艦を中東方面へ配備したと発表しました。

 国防総省が潜水艦の動向を公表することは、かなり異例のことで、しかも報告は中東地域を担当する中央軍の公式X(旧:Twitter)を利用して行われました。

 CNNや星条旗新聞などアメリカの各メディアは、今回の異例の発表は、中東での戦闘の拡大を防ぐための行動である報じています。

 中東では、イスラエルと、ガザ地区を実効支配しているイスラム武装組織「ハマス」との間で戦闘が続いていますが、この戦闘にイランや同国が支援するイエメンのフーシー派などが積極的に介入することを、戦力を誇示し防ぐ狙いがあるようです。

 オハイオ級には、巡航ミサイルである「トマホーク」のみを154基搭載したタイプと、SLBMを24基と「トマホーク」22基を搭載した二種類が現在就役していますが、中央軍は「オハイオ級」と発表したのみで、艦名までは公表していないので、どちらのタイプかは明らかになっていません。なおCNNでは、恐らく巡航ミサイル発射タイプの方であろうと予想しています。

【私の論評】日本も見習うべき米軍のオハイオ級攻撃型原潜中東派遣公表の真の意図

まとめ
  • 米軍は潜水艦の運用を秘密裏に行っており、攻撃型原潜の派遣を公表したのは新しい動きである。
  • オハイオ級攻撃型原潜は、最大154基の「トマホーク」を搭載し、敵に対する抑止力を高める役割を果たす。トランプ氏はこれをかつて「水中の空母」と形容した。
  • 日本では潜水艦を用いた軍事シミュレーションがほとんど行われておらず、潜水艦の行動が秘匿されつづけている。
  • 米国のように、日本も潜水艦の派遣やその結果を公表することで抑止力を強化すべきである。
  • 海上自衛隊は一例として潜水艦を訓練に参加させたことを公表したが、このようなことを今後も意図的に行い、抑止力の一環とすべきである。
米軍が潜水艦の動きや作戦を発表することはほとんどない。戦略型原子力潜水艦は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や戦略爆撃機とともに、米国の核抑止力の「三本柱」として、ほぼ完全に秘密裡に運用されている。しかし、今回派遣したのは攻撃型原潜であり、核は搭載していないとみられる。米軍は攻撃型原潜に関しても、従来は潜水艦の行動を極秘扱いしていたが、攻撃型に関してはその扱いを変えつつあるのかもしれない。

ドック入りするオハイオ級原潜 その巨大さがわかる

米国が中東での潜水艦の運用を発表したことは、イランやその代理勢力に対する抑止力の明確なメッセージだ。潜水艦の名前は発表されていないものの、中東地域に展開されている米海軍の兵力の一部に加わる見通しである。米軍は、すでに二つの空母打撃群、USS Gerald R. Ford(CVN-78)とUSS Dwight D. Eisenhower(CVN-69)を中東に派遣している。

かつてトランプ氏はオハイオ級攻撃型原潜を「水中の空母」と表現した。これは2018年に行われた演説の中でのことだ。この発言は、アメリカの軍事力を強調する文脈で行われたものであり、オハイオ級の能力と役割を際立たせるものである。オハイオ級攻撃型原潜は、最大154基の巡航ミサイル「トマホーク」を搭載でき、広範囲な地上目標に対して精密攻撃を行うことが可能だ。SLBMを24基と「トマホーク」22基を搭載するタイプもあり、核抑止力としての役割も果たしている。

さらに、オハイオ級は敵の防空網を回避しながら深海から攻撃を行うことができるため、非常に効果的な運用が可能である。水中でのステルス性能により敵に発見されにくく、サプライズ攻撃が実行できる。加えて、空母と同様にオハイオ級は迅速に展開でき、緊急事態や危機に対して即応可能な力を提供する。これにより、海上での影響力が高まり、空母が航空機を運用して広範囲にわたる空中支援を提供するのに対し、オハイオ級は水中から直接的なミサイル攻撃を行うことができる。

敵国に対する圧力を高め、地政学的な優位性を確保するのである。トランプ氏の「水中の空母」という表現は、これらの能力を踏まえたものであり、オハイオ級が持つ戦略的な価値を強調している。これは、現代の海戦において潜水艦が果たす役割がますます重要になっていることを示すものである。

オハイオ型原潜のミサイル発射ハッチを全開した写真

今回、米軍がオハイオ級原潜を中東に派遣したことを公表したというニュースは驚くべきものである。今後、攻撃型原潜を空母打撃群と同じように抑止の一貫として用いることを企図していることがうかがえる。

従来は、いずれの国でも潜水艦の行動は隠す傾向が強く、軍事シミュレーションでさえこれを表に出すことなく、まるで潜水艦など存在しないかのように扱われていた。しかし米国では一昨年あたりから、公表された軍事シミュレーションで潜水艦を用いたものが出始めた。今回は軍事シミュレーションどころか、実際に中東に配置したことをツイッターを用いて公表したのである。

日本においては、未だ潜水艦を用いた軍事のシミュレーションの公表は表立ってほとんど行われていない。これは、いわゆる軍事アナリストも同様であり、ほとんどのシミュレーションで潜水艦は登場しない。まるで、日本には潜水艦が存在しないかのような論評が多い。ただ、インターネットの番組で、潜水艦を前提に台湾有事を語る元自衛隊幹部もいたが、これは本当に例外的と言っても良い。

米国が攻撃型原潜の中東派遣を公表するようになった現在、日本も軍事シミュレーションなどで積極的に潜水艦を取り入れ、その結果を場合によっては公表すべきである。さらに、実際に潜水艦を派遣する地域などについても、場合によっては公表すべきだと考える。

海自の「そうりゅう型」潜水艦

ただし、例外もある。この点については、このブログにも掲載したことがある。海上自衛隊は2020年12月7日から1か月余りの日程で、最大の護衛艦「かが」などを南シナ海からインド洋にかけての海域に派遣し、各国の海軍と共同訓練を行った。しかし、海上自衛隊は同年同月15日、この訓練に潜水艦1隻を追加で参加させると発表した。これは異例中の異例であり、ある専門家は海自として中国側の出方を見極める目的があったのではと推測している。

日本の潜水艦は、米軍の攻撃型原潜と比較すると攻撃力では劣るものの、ステルス性においては、特に最新型では無音と言っても良いほどの性能を誇る。日本はこの特性を活かしたうえで、場合によっては情報を隠すだけではなく、米軍と同じように潜水艦の派遣を公表するという戦術をとるべきである。これが、抑止力につながる可能性は大きい。 

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2024年12月7日土曜日

ウクライナで変わった戦争の性格 日本の専守防衛では対処困難 米戦争研究所ケーガン所長―【私の論評】日本の安全保障強化に向けたISWの指摘と憲法改正の必要性

ウクライナで変わった戦争の性格 日本の専守防衛では対処困難 米戦争研究所ケーガン所長

まとめ
  • ウクライナ戦争が従来の戦争の性格を変え、新型兵器の登場が日本の防衛姿勢を脅かしている。
  • ロシアの野望はNATOや米国主導の国際秩序の破壊に及び、これが日本やアジア太平洋地域に脅威をもたらす。
  • 新技術(AI、無人機、電子戦など)の導入により、従来の防御型国防態勢が脆弱化している。
  • 停戦交渉は困難で、ロシア軍は毎月3万~3万5千人の死傷者を出しており、その損害を増やすことが停戦を引き出す鍵となる。
  • 中国の軍事的野望が日本に対する脅威を現実化させており、「今日のウクライナは明日の台湾」との見解が示された。


 米国の「戦争研究所」(ISW)所長キンバリー・ケーガン氏が、ウクライナ侵略戦争に関する詳細な分析を行い、その影響について語ったインタビューが注目されている。ケーガン氏は、ウクライナでの戦闘が従来の戦争の性格を根本的に変え、致死性や攻撃性の高い新型兵器の出現が日本の専守防衛の姿勢を脅かしていると警告した。

 ISWは2007年に設立され、イラクやアフガニスタンの戦闘に関する独自の分析手法を用いて国際的な信頼を築いてきた。ウクライナ戦争については「世界で最も頻繁に引用される研究機関」として評価されている。ケーガン氏は、ロシアがウクライナを完全に制圧するだけでなく、NATOの価値観や米国主導の国際秩序を破壊しようとしており、これが日本の安全保障に直接的な影響を与えると述べた。特に、中国、イラン、北朝鮮がロシアの野望に同調している点を挙げ、これが日本やアジア太平洋地域の米同盟国にとって大きな脅威となることを強調した。
日本も専守防衛策では新たな軍事情勢への対処が難しいとして「日本も米国とともに臨戦態勢、戦時の精神構造を持つことが戦争への抑止になると思う」と語った。

 ウクライナ戦争では、AI、無人機、電子戦、サイバー攻撃といった新たな技術を駆使した兵器が広範に使用されており、これにより従来の戦車や大砲といった旧式兵器が劣位に置かれている。ケーガン氏は、戦争における攻撃性や殺傷力が劇的に高まっているため、従来の防御主体の国防態勢は弱体化していると指摘した。日本も米国との連携を強め、臨戦態勢を整える必要があり、戦時の精神構造を持つことが抑止力につながると述べた。

 また、習近平・中国国家主席の狙いについても言及し、ロシアとの連携を通じて米側の安保態勢を崩し、アジアにおける覇権を確立することを目指していると警告した。台湾の武力統一を国家目標としている点からも、日本への軍事的脅威が現実的であると強調し、「今日のウクライナは明日の台湾」という表現に賛同した。

 ウクライナ戦争の今後については、プーチン大統領が当初の目的を達成していないため、停戦交渉に応じる可能性は極めて低いとの見解を示した。ロシア軍は一部地域の占拠に成功しているものの、毎月3万人以上の死傷者を出しており、ウクライナは年間150万機もの無人機を製造して戦場に投入しているが、依然としてその数は不足していると述べた。ロシアを停戦交渉に応じさせるためには、戦場でのロシア側の損害をさらに増加させることが効果的であると結論づけ、戦争の行方に注目が集まる中、国際社会の対応が重要であると強調した。

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【私の論評】日本の安全保障強化に向けたISWの指摘と憲法改正の必要性

まとめ
  • ISWの分析が現実の国際情勢に即しており、その信憑性が高いと評価されていることは、日本の安全保障政策において重要な意味を持つ。
  • 自民党内の保守派が政権を担うことで、ISWの指摘に基づいた憲法改正や防衛政策の強化が迅速に進む可能性が高まる。
  • 保守派は国際的な安全保障環境に対する認識が一致しており、集団的自衛権の行使や自衛隊の役割強化に対する重要性を認識している。
  • 2024年の自民党内調査では、憲法改正を支持する意見が過半数を超え、より積極的な防衛政策を求める声が高まっている。
  • 憲法改正や防衛政策の強化を実現するためには、石破政権を早急に終わらせる必要がある。自民党内の保守派による政権樹立により、日本は強固な安全保障体制を構築し、国際社会における信頼性を高めることができる。



米国の「戦争研究所」(ISW)の指摘が正しかったことが確認された具体的な事例は、ISWの定評を裏付けるものだ。まず、ISWはウクライナ侵略の初期段階からロシアが無人機やサイバー戦術を積極的に使用することを予測していた。特に、ロシアがイラン製のドローンを利用してウクライナのインフラや軍事施設を攻撃する事例が多発した。2022年10月以降、ロシアのドローン攻撃は急増し、ウクライナのエネルギーインフラが大きな被害を受けた。この動きは、ISWの分析と一致し、戦争の戦術が新たな段階に入ったことを示している。

次に、ISWはロシア軍の損失数についても高く見積もっていた。彼らは、ロシア軍が毎月3万人以上の死傷者を出す可能性があると指摘し、2023年初頭にはロシアが累計で30万人以上の死傷者を出したとされる。この情報は、ウクライナ政府やさまざまな国際的な報告書によって裏付けられ、ISWの予測が実際の損失と一致していることが確認された。

また、ISWはウクライナが西側の支援を受けながら効果的に抵抗する能力を持つと予測していた。実際、ウクライナは米国やNATO諸国からの軍事支援を受けて反攻作戦を展開し、特に2022年後半から2023年にかけての反攻では、ハリコフ州やヘルソン州での領土回復に成功した。この成功は、ISWが指摘していたウクライナの戦闘能力の高さを証明し、国際社会の支援がその背景にあることも明らかになった。

さらに、ISWはウクライナ戦争がNATOや国際秩序に対する脅威を増大させると警告していた。ロシアの行動がNATOの団結を強化し、スウェーデンやフィンランドがNATO加盟に向けて動き出したことは、ISWの分析と一致している。この動きは、ロシアの侵略行為が逆に西側の結束を強める結果をもたらしたことを示している。


最後に、ISWは中国がロシアと連携してアジア太平洋地域での覇権を狙っていることを指摘していた。2023年における中国の軍事演習や台湾に対する圧力の増加は、ISWの分析と一致している。米国防総省の報告書でも、中国がロシアとの関係を強化し、地域の安定を脅かす可能性があると指摘されている。これらのエピソードは、ISWの分析が現実の国際情勢に即したものであることを裏付ける強力な証拠である。

このように信憑性のあるISWのトップが、「日本も専守防衛策では新たな軍事情勢への対処が難しいとして、米国とともに臨戦態勢、戦時の精神構造を持つことが戦争への抑止になると思う」と語ったことは、無視したり軽視したりできない重要な発言である。

「米国とともに臨戦態勢、戦時の精神構造を持つこと」という表現は、具体的には日本が米国と連携し、迅速に対応できる軍事的準備を整えることを指す。これには部隊の訓練や装備の近代化、共同訓練や情報共有を通じた同盟の強化が含まれる。また、国民の危機意識を高め、非常時に備えた意識改革を行うことも重要だ。さらに、突発的な事態に柔軟に対応できる政策の整備や、日本の国際社会における役割の再評価、国際平和維持活動への参加も求められている。これらはすべて、地域の安定を確保し、潜在的な脅威に効果的に対処するために不可欠な要素だ。

日本が米国とともに臨戦態勢を整え、憲法改正と法律の整備を実現するためには、石破政権を一刻も早く終わらせ、自民党内の保守派による政権を樹立する必要がある。石破茂氏は、従来の防衛政策を重視する一方で、憲法改正に対して慎重な姿勢を示しており、このため必要な改革が進みにくい状況が続いている。

石破総理

2023年の国際情勢の変化を受けて、特に中国の軍事的挑発や北朝鮮の核開発に対する危機感が高まっている。例えば、2023年の中国による台湾周辺での軍事演習や、北朝鮮のミサイル発射が続く中、日本政府も防衛費の増加や新型兵器の導入を進める方針を打ち出している。しかし、石破政権の下では、これらの重要な防衛政策が後手に回る可能性がある。

2024年の米国の国家安全保障戦略でも、日本に対してより積極的な防衛政策を期待する声が強まっており、特に日米同盟の強化が求められている。これに対して、石破氏の慎重な姿勢は、米国の期待に応えることが難しい状況を生む恐れがある。

自民党内の保守派が政権を担うことで、憲法改正や防衛政策の強化が迅速に進む可能性が高まる。保守派は、国際的な安全保障環境に対する認識が一致しており、集団的自衛権の行使や自衛隊の役割強化に対する重要性を認識している。2024年の自民党内の調査では、憲法改正を支持する意見が過半数を超え、より積極的な防衛政策を求める声が高まっている。

憲法改正や防衛政策の強化を実現するためには、石破政権を早急に終わらせ、自民党内の保守派による政権を樹立することが必要だ。これにより、日本はより強固な安全保障体制を構築し、国際社会における信頼性を高めることができるだろう。

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2024年12月6日金曜日

韓国は外交ストップなのに…「軍事支援を明言」さらに緊密化する北朝鮮とロシア―【私の論評】韓国の戒厳令発令と解除に見る北朝鮮の影響と情報戦略の可能性

韓国は外交ストップなのに…「軍事支援を明言」さらに緊密化する北朝鮮とロシア


まとめ
  • 北朝鮮とロシアが「包括的な戦略的パートナーシップに関する条約」を締結し、軍事同盟を復元した。
  • 条約第4条では、両国のどちらかが戦争状態に陥った場合、もう一方が独自に軍事支援を提供すると明記されている。
  • 一方、韓国の外交・安全保障ラインは非常戒厳事態以降、正常な機能を停止しており、朝鮮半島情勢の緊張が高まっている。

 北朝鮮とロシアの緊密な関係が進展しており、両国は「包括的な戦略的パートナーシップに関する条約」をモスクワで正式に批准した。この条約は、北朝鮮とロシアが軍事的に結びつくことを意味し、一方が戦争状態になった際にはもう一方が独自に軍事支援を提供することが明記されている。このことから、両国の関係は実質的に軍事同盟として復元されたと評価されている。さらに、北朝鮮側はロシアへの派兵を公式化する可能性も示唆しており、すでに国連安全保障理事会でそのような意向を示したことがある。

 韓国政府の外交・安全保障ラインは非常戒厳事態により、機能が麻痺している状況だ。トップ外交官たちが重要な外遊や国際会議を延期・キャンセルしていることから、韓国の外交姿勢は厳しい状況にあることが伺える。特にチョ・テヨル外交部長官は2024世界新安保フォーラムへの参加をキャンセルし、他の高官たちも同様に対外日程を抑えている。これにより、韓国は外交的な立場を弱めるリスクに直面している。

 このような背景の中、米国のドナルド・トランプ次期大統領が北朝鮮との直接対話を模索する可能性が浮上している。専門家は、キム・ジョンウン委員長がロシアとの関係を強化することで米朝対話の再開に備えているのではないかと指摘している。さらには、ロシアが米朝対話の仲介者として活躍する可能性があり、それにあたって韓国が排除される危険性も懸念されている。これらの状況は、朝鮮半島の緊張感を高め、周辺国の外交政策にも影響を与える可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】韓国の戒厳令発令と解除に見る北朝鮮の影響と情報戦略の可能性

まとめ
  • 尹錫悦大統領が戒厳令を発令し、その後すぐに解除したことは異常であり、北朝鮮の影響の可能性は否定できない。
  • 北朝鮮とロシアの関係強化が国際情勢の変化をもたらし、両国の軍事同盟が復活している。
  • 北朝鮮の情報戦略が韓国の社会不安を助長し、政府への信頼を損なわせる影響を与えている。
  • 尹大統領の政治的動揺を利用し、北朝鮮は親北政権の樹立を狙った工作活動を強化している可能性がある。
  • 韓国政府はこの状況を重く受け止め、北朝鮮の情報戦略に対する効果的な対策を講じる必要がある。
米国のドナルド・トランプ次期大統領が北朝鮮との直接対話を模索する可能性について、専門家は金正恩委員長がロシアとの関係を強化することで米朝対話の再開に備えていると指摘している。しかし、これは金正恩の希望的観測に過ぎない。だか、本心から望んでいるのは間違いないだろう。

にもかかわらず、これが韓国内でマスコミや識者が強調するのには、当然のことながら、北朝鮮の工作が大きく影響しているとみるべきである。

そうして、北の工作は紛れもなく韓国に影響を及ぼし続けており、今回の戒厳令とその後の社会不安などにも関与している可能性は高い。


深夜、ソウルの街を覆う異様な静寂。突如として鳴り響いたサイレンが、韓国全土に戒厳令の発令を告げた。しかし、その音が消えぬうちに、再び別のサイレンが鳴り響く。戒厳令解除の知らせだ。この一連の出来事は、韓半島を取り巻く緊張の縮図であり、北朝鮮の影が色濃く落ちている可能性を示唆している。

戒厳令発令の背景には、北朝鮮とロシアの関係強化という国際情勢の変化がある。2024年6月、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記は包括的戦略パートナーシップ条約に署名した。この条約には、第三国からの攻撃があった場合の相互支援が盛り込まれており、両国の軍事同盟の復活とも言える内容となっている。

さらに、2024年11月には北朝鮮の崔善姫外相がモスクワを訪問し、ロシアのラブロフ外相と会談した。崔氏は「ロシアがウクライナ戦争で勝利するまで北朝鮮がロシアを支援する」と表明し、両国の関係が「無敵の軍事的同志関係」にまで高まっていると強調した。

この状況下で、尹大統領は国民の安全を守るため、強硬措置を取る必要があると判断したようだ。しかし、その判断は脆くも崩れ去った。韓国の尹錫悦大統領は2024年12月3日夜、突然戒厳令を宣布した。戒厳軍司令官名が政治活動を禁じ、令状なしに逮捕することができると宣言し、「政権によるクーデター」を図ったが、制圧に失敗した。国会で戒厳令を無効化する決議を通され、“大統領の反乱”はわずか6時間で失敗した。

この出来事は、尹大統領が自分の権力を維持するために野党勢力を抑え込もうとした強権的な試みということだけが強調されているが、そういう側面がなかったとは言い切ることはできないが、無論それだけではないだろう。尹大統領は国会が犯罪者集団の巣窟となり、立法独裁を通じて国家の司法・行政システムを麻痺させ、自由民主主義体制の転覆を企てていると主張した。しかし、野党はこれを「内乱罪」にあたると規定し、国会で弾劾を推進する意向を明らかにした。


混乱する韓国社会

一方北朝鮮の情報戦略は、この混乱した状況を生み出しさらに巧みに利用している可能性が高い。韓国内の工作員直接の工作や、SNSやインターネットを通じたデマや誤情報の拡散は、韓国社会に深刻な混乱をもたらしている。2017年、核実験や弾道ミサイル発射で韓国国内の不安を煽った北朝鮮は、「朝鮮中央通信」を通じて韓国政府を批判し、国民の不信感を助長した。「南朝鮮人民は政府の圧政に苦しんでいる」との報道は、韓国国内の不満を煽り、国民の間に不安感や不信感を生じさせる効果があった。

イ・ソクヒョン教授は「北朝鮮は情報操作を通じて、韓国の内部に混乱をもたらし、政府への信頼を損なわせる狙いがある」と指摘する。この言葉は、北朝鮮の工作が戒厳令への支持を減少させた可能性を示唆している。

さらに、北朝鮮はこの混乱を利用して、韓国に親北政権を樹立させようとする工作活動を強化している可能性もある。尹錫悦大統領の支持率が低下し、弾劾の可能性も浮上しているこの状況下で、北朝鮮は韓国の政治動揺を利用し、親北的な政治勢力を後押しするための情報操作や工作活動を展開しているかもしれない。

韓国に再び文在寅政権よりさらに強力な親北政権が登場する可能性もある。文在寅政権時代には、北朝鮮との和解路線が強調されていたが、次の政権がさらに親北的な政策を推進する場合、韓国の安全保障と日米韓の連携に大きな影響を及ぼす可能性がある。石破茂首相は、韓国の政治動揺と北朝鮮の敵対関係強化について「安全保障の状況が根底から変わるかもしれない危惧の念を抱いている」と語っている。

韓国に親北政権が登場した場合、北朝鮮との関係がさらに緊密化し、米国や日本との関係が悪化する危険性がある。特に、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が再び見直される可能性もある。これにより、東アジアの安全保障環境がさらに不安定化する可能性が高まる。

「GSOMIA」は、弾道ミサイルの発射の兆候など、秘匿性の高い軍事情報を2国間で交換するため、情報を適切に保護する仕組みなどを定めている。

このような状況は、韓国政府の権威を揺るがすだけでなく、国民の不安を増大させ、北朝鮮の思惑に合わせた形での情報戦が展開されている可能性がある。戒厳令の発令と解除の異常性は、単なる韓国国内の問題ではなく、北朝鮮との国際関係における深刻な影響をもたらす要因となることを警戒する必要がある。

韓国政府は、この事態を重く受け止め、北朝鮮の情報戦略に対する効果的な対策を講じる必要がある。この異常な事態は、韓半島を取り巻く緊張関係の縮図であり、今後の東アジアの安全保障にも大きな影響を与える可能性がある。

我々は、この出来事を単なる一過性の混乱として片付けるのではなく、より大きな文脈の中で捉え、その意味を深く考察する必要がある。戒厳令の発令と解除という一連の出来事は、韓国社会の脆弱性を露呈させると同時に、北朝鮮の情報戦略の巧妙さを示すものかもしれない。この教訓を活かし、韓国はより強固な社会システムと国際協力体制を構築することにより、今後の韓半島の平和と安定につなげていくべきだろう。また、これを他山の石とし、日本も北朝鮮の情報戦にそなえていくべきである。

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2024年12月5日木曜日

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まとめ
  • 尹錫悦大統領が非常戒厳を宣言し、韓国の政治状況が混乱に陥った。
  • 国会は戒厳解除を要求する決議を可決し、尹大統領は約6時間後に戒厳を解除した。
  • 尹氏は支持率が低迷し、夫人の不正疑惑が影響を及ぼしている。
  • 野党は尹氏の即時退陣と弾劾手続きを要求している。
  • 再び左派政権が誕生する可能性があり、日韓関係や韓国経済への影響が懸念されている

 韓国では尹錫悦大統領が非常戒厳を宣言し、国内の政治状況が大混乱に陥った。尹大統領は、最大野党「共に民主党」が国政や司法をマヒさせているとして、戒厳令を発布した。この戒厳令により、国会や地方議会、政党の活動、さらには市民の集会やデモなど一切の政治活動が禁止された。戒厳司令部は、緊迫した状況の中で国会議員の逮捕をも視野に入れていると報じられ、国会内は統制された状態となった。

 しかし、国会は4日未明に与党と野党の全議員190人が賛成し、戒厳解除を要求する決議を可決した。この動きを受けて、尹大統領は戒厳宣言からわずか6時間後に解除を発表した。この戒厳令は1987年の民主化以降初めてのものであり、尹氏の強硬な手法に対して野党からは即時退陣を求める声が上がり、弾劾手続きの準備も進められている。

 尹氏の支持率はわずか19%と低迷しており、夫人の不正疑惑や政治ブローカーとの関与が疑われる中、政権運営は厳しい状況に置かれている。韓国事情に詳しいジャーナリストは、尹氏の決断が「ご乱心」によるものである可能性を指摘し、夫人に関するスキャンダルが背景にあると考えている。

 国際社会もこの事態を注視しており、米国家安全保障会議は戒厳の解除を歓迎する声明を発表した。しかし、韓国社会の混乱は収束する気配がなく、野党の「共に民主党」は尹氏の戒厳宣言が憲法と民主主義を侵害したとして、即刻の退陣を求めている。

 今後、尹政権の支持率がさらに低下し、野党が政権を握る可能性が高まる中で、再び左派政権が誕生する危険性がある。これは日韓関係にも深刻な影響を及ぼす可能性があり、特に文在寅政権下での「反日」行動が再燃する懸念がある。韓国経済や国際的な安全保障にも波及効果が予想され、東アジア全体の安定が脅かされることが懸念されている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ロシアの韓国戒厳令への関心とその影響:日米の戦略的対応

まとめ
  • ロシアは韓国の戒厳令に強い関心を寄せており、特に親北政権誕生の可能性に注目している。韓国に親北政権ができあがれば、ロシアにとって有利な展開となる可能性がある。
  • 韓国の経済力と先端技術、特に半導体産業は、ロシアにとって戦略的利益をもたらす可能性があり、これがロシアの軍事技術やサイバー能力の向上に寄与する危険がある。
  • ロシアのメディアは韓国の政治動向を分析しており、韓国と北朝鮮の接近が日米に対する挑戦になると指摘している。韓国が北朝鮮との経済協力を進める場合、米国の反発が予想されるため、秘密裏に進める可能性がある。
  • 日米は南北朝鮮とロシアの接近に対し、情報収集や経済制裁を強化し、戦略的に対応する必要がある。特に韓国の先端技術がロシアに渡ることは国益を著しく毀損するリスクがある。
  • 石破政権が韓国の親北政権への接近を図ることには注意が必要であり、これが日米安保に対するリスクを増大させることを嫌うトランプ政権は日本も制裁する可能性もあり、そうなる前に日本は従来の韓国に対する厳しい姿勢に回帰すべき。

11月9日プーチンは北朝鮮を訪問

ロシアが韓国の戒厳令に強い関心を寄せていることは明白である。それは地政学的な動機や経済的利益、国際的な影響など、複数の要因に基づいている。ロシアは韓国の政治的状況に敏感に反応しており、特に韓国が戒厳令を発令することで国内政治だけでなく、地域の安定性や国際的な力関係が変化する可能性があるため、その動向を注視している。特に、韓国に親北政権が誕生する可能性について、ロシアは強い関心を抱いているであろう。

ロシアは韓国の高度な技術と経済力にも注目している。韓国のGDPは約1.8兆ドルで、ロシアの約1.7兆ドルを若干上回っている。このため、韓国に親北政権が成立すれば、ロシアは北朝鮮を通じて韓国の多様なリソースを活用できる可能性がある。特に、韓国の先端技術や半導体産業は、国際市場において重要な役割を果たしており、これがロシアに渡ることで、技術的優位性を持つ国々に対する脅威となるかもしれない。例えば、韓国の半導体はロシアの軍事技術やサイバー能力の向上に寄与する可能性があるため、特に警戒が必要である。

ロシアのメディアは韓国の戒厳令に関する報道を行っており、「スプートニク」や「タス」といった国営メディアは、韓国の政治的動向や戒厳令の発令に関するニュースを取り上げ、分析している。これらの報道は、ロシアが韓国の政治情勢に対して関心を持ち、影響を与えようとしていることを示している。

韓国の戒厳令は国際社会、特に米国や日本との関係にも影響を与える可能性がある。ロシアは韓国が米国の影響から離れる動きを見せることを期待しており、そのために韓国の内部状況を注視している。また、ロシアに韓国からの技術や投資が北朝鮮経由で流入することで、ロシアはその恩恵を受け、ウクライナ戦争を継続するための資金や物資を得やすくなる。このような状況は、ロシアにとって戦略的な利点をもたらす可能性がある。

ロシアに派遣された北朝鮮兵

しかし、南北朝鮮とロシアとの協働が表立って行われると、日米などの反発を招く恐れがある。そのため、秘密裏に進められる可能性もある。特に、韓国がロシアと接近することで、米国の軍事的プレゼンスや日本との同盟関係が損なわれると考えられるため、韓国の親北政府は協働を秘密裏に進める方がリスクを低減できると判断するだろう。

過去には、北朝鮮がロシアとの関係を深めるために秘密裏に行動した事例も存在する。2010年代には北朝鮮がロシアからの食料支援を受けるために、公式な外交チャンネルを通じてではなく、非公式な取引や協議を行っていた。このような秘密裏の協働は、国際社会の目を避ける手段として利用されてきた。

ロシアのメディアや専門家は、韓国と北朝鮮の接近が日米に対する挑戦になる可能性があることを指摘している。韓国が北朝鮮との経済協力を進める場合、米国の反発が予想されるため、秘密裏に進める必要があると分析している。さらに、北朝鮮は国際社会からの厳しい制裁を受けており、正式な協働を行うことでさらなる制裁を受けるリスクが伴う。このため、南北朝鮮とロシアの協働は、非公式なルートや秘密の協議を通じて進められることが予想される。

日米は、南北朝鮮とロシアの接近に対して、戦略的かつ効果的に対応する必要がある。まず、韓国と北朝鮮の動向に関する情報収集と分析を強化し、特に韓国の政治情勢や北朝鮮の軍事動向をリアルタイムで把握することが重要である。また、韓国や日米との連携を強化し、共通の戦略を策定することで、韓国に対するロシアとの接触を控えるよう促す必要がある。

さらに、北朝鮮やロシアに対する経済制裁を強化し、特に北朝鮮の行動を抑制するための措置を講じることが求められる。外交的圧力を行使して、韓国政府にロシアとの関係がもたらすリスクを理解させることも重要である。特に、韓国のリソース、特に先端技術や半導体などの先端的な工業製品がロシアに渡ることは、国益を著しく毀損する可能性があるため、その点を強調する必要がある。


加えて、石破政権が韓国の親北政権への接近を図る可能性についても注意が必要である。最近の政治動向では、石破氏は韓国との関係改善を模索する姿勢を見せており、これが今後できあがるであろう韓国の親北的な政権の政策を助長する恐れがある。特に、新政権が北朝鮮との関係を重視するとみられる中で、石破政権がその動きを支持することは、日米の安全保障に対するリスクを増大させる可能性がある。特に、日本のリソースが韓国を通じてロシアに流入する危険もある。これにより、地域の安定性を損なう要因となるだろう。

しかし、トランプ政権はそのようなこと見逃すことはないだろう。南北朝鮮、ロシアだけに及ばず、日本にも制裁を課す可能性がある。日米関係は深いが、その深さが災いすることもある。特に、現状では岩屋外務大臣問題があり、米国としてはこれに及ばず様々な外交カードがあり、日本が不利な状況に追い込まれる危険がある。日本としては、そうなる前に、親北政権に対して従来どおり厳しい対応をするように政策を変更すべきである。

最後に、日米は地域安全保障を強化し、共同軍事演習を通じて抑止力を高めることで、南北朝鮮とロシアの接近に対する警戒感を示すことができる。また、日米協働で南北朝鮮、ロシアにさらに追加の経済制裁を加えることもできる。このように、日米は包括的なアプローチを通じて南北朝鮮とロシアの接近に対して効果的な戦略を策定し、地域の安定性を守るための取り組みを強化することが重要である。

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2024年12月4日水曜日

中国が南シナ海スカボロー礁とその周辺を「領土領海」と主張する声明と海図を国連に提出 フィリピンへの牽制か―【私の論評】中国の明確な国際法違反と地域緊張の高まり

 中国が南シナ海スカボロー礁とその周辺を「領土領海」と主張する声明と海図を国連に提出 フィリピンへの牽制か


中国政府はフィリピンと領有権を争う南シナ海のスカボロー礁とその周辺が「領土領海」と主張する声明と海図を国連に提出したと発表しました。

中国の国連代表部は2日、スカボロー礁と周辺海域が「領土領海」と主張する声明と関連する海図を国連に提出したとWEBサイトで発表しました。

声明と海図は国連のWEBサイトで公開されるとしています。

中国の海警局は先月30日スカボロー礁周辺に巡視船を派遣するなど領有権を争うフィリピンへの牽制を強めています。

中国政府は「領土領海」を主張する声明と関連の海図を国連に提出することでスカボロー礁の領有権を国際社会にアピールする狙いです。

【私の論評】中国の明確な国際法違反と地域緊張の高まり

まとめ
  • 中国政府は南シナ海のスカボロー礁に関して、独自に「領海基線」を定めて一方的に公表したが、この行動は国際海洋法条約(UNCLOS)に明確に違反している。
  • スカボロー礁はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置し、中国は2012年以降、実効支配を続けているが、2016年のハーグ仲裁裁判所は中国の主張を国際法上の根拠がないと認定した。
  • 中国が定めた「領海基線」は、スカボロー礁から12海里(約22.224キロメートル)の範囲を領土領海として主張しているが、これはUNCLOSの規定に違反している。
  • フィリピン政府は、中国の「領海基線」に対抗する法律を制定し、中国外務省はこれに強く反発したが、フィリピンは中国の主張を「法的根拠も効力もない」と非難している。
  • 中国の行動は国際法上の正当性を欠いており、国際社会はこのような不当な行為に断固として反対し、中国による南シナ海での横暴な振る舞いを徹底的に批判する必要がある。
中国政府は、南シナ海のスカボロー礁(中国名:黄岩島)について、領海を示す根拠となる「領海基線」を独自に定めて一方的に公表した。この基線は、中国が主張する領海の範囲を示すものである。しかし、この行動は国際海洋法条約(UNCLOS)の手続きに従っているようにみせながらも、明確に違反するものであり、国際社会からの強い批判を招いている。


スカボロー礁はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置しているが、中国は2012年以降、実効支配を続けてきた。中国のこの主張は、フィリピンと領有権を巡って争う動きの一部であり、中国の実効支配を正当化しようとする狙いがある。2016年のオランダ・ハーグの仲裁裁判所では、中国が主張する九段線に基づく主権や管轄権、歴史的権利は国際法上の根拠がないと認定されている。

九段線(九断線)は、南シナ海における広範な海洋権益を主張するための歴史的な線引きであるが、国際法的には認められていない。対して、領海基線は具体的に領海の範囲を定めるための地理座標を示すものであり、中国の場合にはUNCLOSの規定に違反するものである。

中国が定めた「領海基線」に基づいて、スカボロー礁から12海里の範囲を領土領海として主張している。12海里はキロメートルに換算すると約22.224キロメートルに相当し、スカボロー礁を中心とする半径約22.224キロメートルの円形の海域が、中国の主張する領土領海の範囲となる。しかし、この主張はUNCLOSの規定に違反しており、スカボロー礁はEEZまたは大陸棚に関する権原を生じない地形であると裁定されている。


中国のこの行動は、フィリピン政府が領海などの範囲を改めて明確に規定する法律を制定したことへの対抗措置とみられる。フィリピン政府は最近、領海などの範囲を改めて明確に規定する法律を制定し、中国外務省はこれに強く反発し、対抗措置をとる可能性を示唆していた。フィリピン政府は、中国が発表した「領海基線」は「法的根拠も効力もない」と非難しており、国連への抗議も行っている。

しかし、中国の行動はUNCLOSの規定に違反しており、その国際法上の正当性を欠いている。九段線を含む中国の主張は、UNCLOSを超えて主権や管轄権を主張するものであり、国際法違反と認定されている。スカボロー礁周辺では、中国海警局が船を相次いで派遣し、国連への海図寄託と合わせて実効支配を既成事実化しようとしている。中国側は「領海基線」の発表によって今後、スカボロー礁周辺で司法権を行使した動きに出る可能性もあり、フィリピンとの対立がさらに激しくなる恐れもある。


このように、中国が主張する領土領海の範囲はは明確なUNCLOS違反であり、その国際法上の正当性を欠いたものである。中国政府は、この行動を国連海洋法条約の締約国として履行義務の実践と位置づけるが、それは単なる自己正当化に過ぎない。

このような不当な行為には断固として反対すべきである。国際社会は、中国による南シナ海での横暴な振る舞いを徹底的に批判し、その無法な行動には厳しい制裁措置を講じる必要がある。国際法と海洋の秩序は守られなければならず、中国による南シナ海での横暴な振る舞いには断固として反対し、その無法な行動には厳しい制裁措置を講じる必要がある。国際社会は、この問題に対して一丸となって対応し、中国による不当な領有権主張を許さない姿勢を示すべきである。

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2024年12月3日火曜日

シリア・アサド政権は崩壊間近…ウクライナの泥沼にハマったプーチンが迫られる究極の選択」と、その後に襲う「深刻な打撃」―【私の論評】アサド政権崩壊がもたらす中東のエネルギー地政学の変化とトルコの役割

シリア・アサド政権は崩壊間近…ウクライナの泥沼にハマったプーチンが迫られる究極の選択」と、その後に襲う「深刻な打撃」

まとめ

  • シリア内戦が新たな局面を迎え、反政府勢力が重要都市アレッポを迅速に制圧し、アサド政権がほとんど抵抗せずに撤退した。
  • アサド大統領がモスクワに逃亡したとの情報があり、これは政権崩壊の兆しと見られている。
  • ロシアはシリアを戦略的に重要視しており、アサド政権を守ることが国益に直結しているが、ウクライナ戦争によりシリアへの支援が限られている。
  • アメリカとトルコは反アサド勢力を支援しており、アサド政権が崩壊すれば中東のパワーバランスが大きく変わる可能性がある。
  • ロシアはウクライナとシリアの両方を維持する難しい選択を迫られており、アサド政権の存続がロシアにとって大きな課題となっている。

 シリア内戦が新たな局面を迎え、反政府勢力がここ数年で最大の攻撃を開始した。主要都市アレッポが迅速に陥落し、シリアの状況は急変している。アレッポは首都ダマスカスに次ぐ重要な都市であり、その制圧は政権にとって大きな打撃である。政府軍はほとんど抵抗せずに撤退し、アサド大統領の逃亡が疑われている。

 日本のメディアでは、反政府勢力の攻勢が北部だけでなく中部にも広がっていると報じられているが、実際にはその進展はさらに深刻である。特にダマスカスでは激しい銃撃戦が続いており、アサド政権の支配が揺らいでいる。最近の報道によると、アサド大統領がモスクワに脱出したとの情報があり、これは公式には認められていないものの、ロシアのペスコフ報道官がコメントを拒否したことからも真実味が増している。

 アサド大統領のモスクワ訪問は、シリアの復興投資に関する話し合いだとする支持派の情報もあるが、それも疑わしいとされている。アサド一族が一緒にモスクワに向かったことは、政権崩壊の兆しを察知しての行動と見られている。反政府勢力が攻勢をかけた背景には、プーチン大統領のカザフスタン訪問や国防大臣の北朝鮮訪問があり、ロシア政府の動きが鈍いことを反政府勢力が見越して行動した可能性がある。

 シリアはロシアにとって戦略的に重要な地域であり、周辺には石油・天然ガスの重要な産出国が存在する。もしシリアが親欧米政権に転換すれば、中東のエネルギー供給がロシアにとって脅威となり得る。このため、アサド政権を守ることはロシアの国益に直結している。

 一方、ロシアはウクライナ戦争に注力しており、シリアへの兵力を十分に割くことができなくなっている。ロシア軍の支援が限られているため、アレッポの陥落はその象徴である。アサド政権の基盤は、ロシアやイラン、ヒズボラなどの支援に依存しているが、ヒズボラはイスラエルとの戦闘で弱体化しており、イランも直接的な支援が難しい状況である。これにより、アサド政権の支持基盤が大幅に弱体化している。

 また、アメリカは反アサド勢力を支援し、トルコは反政府勢力を強力に後押ししている。今後、アサド政権が崩壊すれば、ロシアやイランを除いた中東の多くの国々が利益を得ることが予想される。トルコが新たなパイプラインの重要な拠点となる可能性もあり、これがトルコのEU加盟の道を開くかもしれない。

 ロシアはシリアとウクライナの両方を維持しなければならない厳しい選択を迫られている。アサド政権を守るために兵力をシリアに動かすことは、ウクライナ戦争に悪影響を及ぼすリスクを伴う。今後のロシアの対応次第では、アサド政権が意外にも早く崩壊する可能性があり、その場合、プーチン政権への打撃は計り知れないものである。シリアの情勢は、ロシアの国際的な影響力や中東のパワーバランスに大きな影響を与えることが予想される。 

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】アサド政権崩壊がもたらす中東のエネルギー地政学の変化とトルコの役割

まとめ
  • アサド政権が崩壊すると、新たな親欧米政権が成立し中東のパワーバランスが変わり、エネルギー供給ルートが再編成されることでロシアに経済的打撃を与える可能性がある。
  • トルコは地政学的に重要な位置にあり、ロシアやカスピ海諸国、中東からのエネルギーをヨーロッパに輸送する際の要所となっている。
  • 欧州諸国はエネルギー供給の多角化を進め、トルコはその中核的な役割を担い、ロシアとの関係を維持しつつ独自の外交方針を展開している。
  • シリアの新政権がエネルギーインフラの再建を進めることで、トルコとシリアを結ぶ新たなエネルギー輸送ルートが構築され、トルコの地位がさらに強化される可能性がある。
  • トルコは米国との協調を重視し、ウクライナ戦争における停戦交渉に仲介役として関与することで、ロシアへの圧力を強める役割を果たすことが期待される。 


アサド政権が崩壊し、新たな親欧米政権が成立すれば、中東のパワーバランスが変化する。これにより、エネルギー供給ルートが再編成され、ロシアにとって経済的な打撃となる可能性がある。ウクライナ戦争におけるロシアの戦略にも影響を及ぼし、エネルギー市場での競争が激化することが予想される。

ロシアのウクライナ侵攻以降、国際政治・経済の舞台におけるトルコの発言力が顕著に高まっている。その背景には、トルコの地政学的優位性と、欧州諸国がロシアへのエネルギー依存を減らすための動きが密接に関係している。

トルコはユーラシア大陸でヨーロッパとアジアを結ぶ要衝に位置している。この地理的特性により、ロシアやカスピ海諸国、中東からの天然ガスや原油がトルコを経由してヨーロッパへ輸送されている。また、地中海に面していることから、中東や北アフリカからのエネルギー輸送にも重要な役割を果たしている。

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、欧州諸国はエネルギー供給の多角化を加速させており、トルコはその中核的な役割を担い始めている。さらに、トルコはロシアと友好的な関係を維持しながらも、欧州諸国や中東諸国とも独自の外交方針を展開しており、制裁回避国としての特異な地位を確立している。

このような状況下で、もしシリアのアサド政権が崩壊し、新たな親米政権が誕生すれば、トルコの地位はさらに注目を集めることになるだろう。新政権がシリア国内のエネルギーインフラの再建を進める中で、シリアを経由した新たなエネルギー輸送ルートが構築される可能性が出てくる。トルコはこれを活用してエネルギー地政学の最重要国として台頭することが予想される。

現状ではトルコにはシリアを経由するパイプラインは存在しないが・・・・

たとえば、トルコとシリアを結ぶパイプラインや輸送網の建設が進めば、中東のエネルギー資源がより効率的に欧州へ供給される道が開かれる。これにより、トルコはエネルギー輸送のハブとしての地位をさらに強化し、欧州諸国からの信頼と依存を一層高めることができる。一方で、ロシアの影響力は削がれる可能性が高まり、これはトルコが西側諸国にとって戦略的に不可欠な存在となることを意味する。

トルコ政府は、この新たな機会を最大限に活用するため、国内のインフラ投資を拡大し、エネルギー分野での国際協力を強化するだろう。同時に、ロシアやイランなどの競争相手とのバランスを取りながら、地域の安定を図るための外交努力を続ける必要がある。結果として、トルコは中東から欧州へのエネルギー供給網の中核を担うことで、国際政治・経済の舞台でその存在感を一層高めることになると考えられる。

ここで仮に、シリアのアサド政権が崩壊し、新米政権が誕生すればどうなるか。新政権はシリア国内のエネルギーインフラを再建し、新たな供給ルートを模索するだろう。その結果、シリアを経由したエネルギー輸送網がトルコと結びつき、中東から欧州へのエネルギー供給がさらに効率化される可能性が高い。トルコはこれを活用し、「エネルギー地政学」の最重要国として脚光を浴びることになる。

具体的には、トルコとシリアを結ぶ新たなパイプライン建設や輸送網の整備が進めば、中東のエネルギー資源が欧州に向かうルートはさらに多様化する。これにより、トルコのエネルギー輸送ハブとしての地位は揺るぎないものとなり、欧州諸国との結びつきは一層深まるだろう。同時に、ロシアのエネルギー市場での影響力は大きく低下する可能性がある。

エルドアン・トルコ大統領(左)とトランプ米大統領

さらに、米国との協調もトルコの戦略にとって重要な意味を持つ。トランプ前大統領が提案するであろう、ウクライナのNATO加盟を巡る一時的な妥協案や停戦交渉を進める中で、トルコが仲介役として重要な役割を果たす可能性がある。トルコはロシアと直接対話できる立場にあり、その地政学的な要所としての価値は、米国にとっても見逃せない。

過去の事例を見ても、トルコはシリア内戦における反政府勢力支援を通じて米国と連携しつつ、自国の国益を守るための巧妙なバランスを保ってきた。現在のウクライナ戦争においても、トルコは同様のアプローチを取るだろう。特に、シリアでの新たなエネルギー回廊の整備の目処がつけば、トルコはその地理的優位性を活かし、米国と協力してロシアへの圧力を強める可能性が高い。その結果、ウクライナ戦争の停戦・休戦が実現する可能性が高まることになるだろう。

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2024年12月2日月曜日

<社説>ワシントン駐在問題 県民へ説明責任を果たせ―【私の論評】琉球新報ですら批判するワシントン駐在問題が日本の安保・外交に与える悪影響

 <社説>ワシントン駐在問題 県民へ説明責任を果たせ

まとめ

  • 「オキナワ・プリフェクチャー・DCオフィス」(DC社)の設立・運営に関して、県議会への報告が怠られ、株式会社設立の決定文書が残されていないことが問題視されている。
  • 県議会はワシントン駐在費用を含む2023年度一般会計決算案に反対し、不認定となった。野党はこれまでの疑問を持ち続け、執行部を追及してきた。
  • 玉城知事は、基地問題解決のためにワシントン駐在の重要性を認識し、透明性を持った運営と再発防止策の実施が求められている。

玉城デニー沖縄県知事

 県庁内での不適切な運営が指摘されている「オキナワ・プリフェクチャー・DCオフィス」(DC社)について、玉城デニー知事は県民や県議会に対し、再発防止策を含めた丁寧な説明が求められている。県は2015年に米国における基地問題の発信拠点を設立し、米議員との面会や知事の訪米時の調整などの業務を担ってきたが、設立や運営に関する議会への報告が怠られていた。また、設立に伴い取得した株式が公有財産として適切に管理されていなかったことも明らかになった。

 特に問題なのは、株式会社の形態で法人を設立する決定に関する文書が残されていないことで、これにより政策決定過程が不明となり、県民に対する説明責任が果たせない状況となっている。県議会では、野党の沖縄自民・無所属の会や中立会派の公明、維新の3会派が、ワシントン駐在費用を含む2023年度の一般会計決算案に反対し、不認定とする事態に至った。これに対し、野党はこれまでの疑問を持ち続け、執行部を追及してきた。

 玉城知事は、政治的対立がある中でも、ワシントン駐在が基地問題解決に不可欠であるなら、追及に正面から向き合う必要がある。透明性を持った運営を確立するためには、政策決定過程の文書管理を強化し、再発防止策を講じることが急務であるとされている。

 この記事は、琉球新報による元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】琉球新報ですら批判するワシントン駐在問題が日本の安保・外交に与える悪影響

まとめ
  • 琉球新報は沖縄の米軍基地問題に関する報道が一方的であり、特に基地反対運動に偏った内容が批判されている。
  • 玉城デニー知事に関する報道は、知事の立場を支持する一方で、対立候補や批判的意見を軽視している。
  • ワシントン駐在問題に関して、琉球新報は知事を批判し、透明性や説明責任の欠如を指摘している。
  • 沖縄が独自に外交を行うことで、日本の安全保障政策に悪影響が及ぶ可能性がある。
  • ワシントン駐在問題は沖縄だけでなく、日本全体の問題として真剣に捉えるべきであり、知事はその責任を果たすべきである。
琉球新報社 本社ビル

上の記事の元記事は、琉球新報のものである。この新聞は沖縄の米軍基地問題に関する報道が一方的であると批判されている。特に基地反対運動に偏った報道が目立ち、沖縄の地方政治や選挙に関する報道も特定の政党や候補者に対して偏向しているとの指摘がある。特に左派的な立場が強調されることが多く、誤報が指摘されるケースも見受けられる。このような状況は、琉球新報の報道スタンスや編集方針に対する疑問を引き起こし、読者の信頼性を損なうことになる。

玉城デニー知事に関する琉球新報の報道もまた、特定の政党や候補者に対する偏向が指摘される。知事の選挙時や在任中の報道において、琉球新報は基地問題や県民の権利に対する知事の立場を強調し、支持する姿勢を示している。このような報道は、知事の政策や発言を肯定的に取り上げる一方で、対立候補や批判的な意見についてはあまり扱われない傾向がある。

具体的な例として、玉城知事の訪米や米軍基地問題に関する活動が挙げられる。琉球新報は知事の努力や成果を強調する記事を多く掲載し、反対派の主張が十分に取り上げられないケースが見受けられる。この結果、読者に対して知事に対する支持を促す報道姿勢があると批判されることがある。また、過去の選挙においても、琉球新報は玉城知事の当選を支持する内容の記事を多く掲載し、対立候補に対して相対的に厳しい視点で報じることがあったため、偏向報道との指摘が生じた。このような報道姿勢は、琉球新報の編集方針や地域における政治的立場が影響していると考えられる。

沖縄米軍基地の分布

しかし、琉球新報はワシントン駐在問題に関しては知事を批判している。ワシントン駐在の設立に際し、県議会への報告が不十分であり、特に設立決定に関する文書が存在しないことが問題視されている。琉球新報は、行政の透明性が県民の信頼を得るために重要であると考え、この点で知事を厳しく非難している。

また、基地問題との関連性も無視できない。ワシントン駐在は沖縄の米軍基地問題を訴えるための重要な拠点であり、知事には効果的な発信が求められる。知事が米国において具体的な成果を挙げられない場合、琉球新報はその取り組みを厳しく評価する。

さらに、県議会との政治的対立が影響している。2023年度の一般会計決算案が不認定となった背景には、知事のワシントン駐在に対する議会の不満がある。沖縄県議会は与党と野党に分かれており、与党は主に「沖縄社会大衆党」と「日本共産党」、および知事を支持する無所属議員が含まれる。

一方、野党には「沖縄自民党」や「維新の会」、さらには「無所属の会」があり、知事の政策や運営について厳しい視点を持っている。特に野党からは「資金の流れがおかしい」といった疑問が投げかけられ、知事が議会に対して十分な説明をせず、経営状況の報告も怠ったことが問題視されている。このような議会の反発は、知事の行動を厳しく評価する報道へとつながっている。

さらに、メディアの役割とリベラル・左派の県民の期待も重要な要因である。琉球新報は地域メディアとして、リベラル左派の声を反映したり代表したりする責任があると考えている。知事が基地問題解決に向けた明確なビジョンを示さない場合、批判的な報道を行うことが求められると考えているようだ。これらの要因が相まって、琉球新報はワシントン駐在問題に関して知事を批判する姿勢を取っている。

ワシントン駐在問題は沖縄県内の政治問題であるばかりでなく、日本の外交の問題でもある。外交は国家が主管するべきものであり、沖縄がまるで独立国のように外交を行うことは、国家の一体性や外交政策の一貫性を損なう危険がある。この状況は、沖縄の多くの県民の声が埋もれるだけでなく、日本全体の外交戦略や安全保障にも悪影響を及ぼす。

玉城知事(右)は、河野洋平氏(左)とともに訪中、李強首相と会談=2023年7月、北京の人民大会堂

具体的には、沖縄が独自に外交を行うことで、日本政府の安全保障政策に対する整合性が欠け、地域における戦略的立場が弱体化する恐れがある。特に、沖縄は地政学的に重要な位置にあり、米軍基地が存在することから、日本の防衛において重要な役割を果たしている。

もし沖縄が独自の外交を進めることで日本政府と米国との関係が希薄化すれば、日本全体の安全保障に深刻な影響を及ぼす可能性がある。知事が適切な対応を取らなければ、沖縄の未来が脅かされるのは明白である。これを無視することは、県民の期待を裏切る行為に等しい。ワシントン駐在問題に関しては琉球新報ですら知事を厳しく批判している。この問題は、日本全体の問題として、真剣に捉えなければならない。その意味でも、玉城知事はこれを明らかにすべきである。  【関連記事】

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2024年12月1日日曜日

中国、南鳥島沖で「マンガン団塊」大規模採鉱を計画…商業開発認められればレアメタル独占の可能性―【私の論評】日米とEUの戦略的関与で中国主導の深海資源採掘ルール形成を阻止せよ!

中国、南鳥島沖で「マンガン団塊」大規模採鉱を計画…商業開発認められればレアメタル独占の可能性

まとめ
  • 中国の国有企業が、大規模な試験を計画: 中国は、来年夏以降、小笠原諸島沖を含む太平洋の公海で、最大7500トンのマンガン団塊を採掘する試験を実施予定。
  • 国際ルールの整備と、中国の優位性: 現時点では国際ルールが不十分なため、商業開発は行われていないが、中国が商業開発を推進すれば希少金属の供給網を支配する可能性がある。
  • 日本の対応必要性: 日本は技術開発の遅れを取り戻すため、採鉱から製錬までの商業開発技術を戦略的に向上させる必要がある。


 中国の国有企業が来年夏以降、小笠原諸島・南鳥島沖で最大7500トンのマンガン団塊を採鉱する計画を発表した。これは水深5000メートル以上での商業規模に近い試験であり、世界初とされるものである。商業開発が認められると、希少金属の国際供給網を中国が独占する恐れがあるため、各国の関心が高まっている。

 公海の海底鉱物は国連海洋法条約により人類の共有財産とされ、国際海底機構(ISA)がその管理を行っている。現在、商業開発は規制されているが、特定の国や企業には探査権が与えられている状況である。中国の企業は、南鳥島沖で20日間の試験を行う予定であり、海底のマンガン団塊を集めるとともに、生態系への影響を調査することになっている。

 一方で、日本は南鳥島周辺の資源開発を目指しているものの、技術面では中国や欧米に遅れを取っている。このような状況に対し、東京大学の教授は、中国の試験が成功すれば、日本はさらなる技術の向上を急がなければならないと指摘している。

 国際的には、環境への影響を懸念する声も存在するが、環境に配慮した採鉱技術が実現すれば、商業開発を容認する議論が進む可能性がある。日本は、商業開発に向けて採鉱から製錬までの技術を戦略的に強化し、これ以上の遅れを取らないようにすべきである。 

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日米とEUの戦略的関与で中国主導の深海資源採掘ルール形成を阻止せよ!

まとめ
  • 中国の主導的役割: 中国は国際海底機関(ISA)で深海資源の採掘ルール作りにおいて主導的な役割を果たしており、特に採掘ライセンスの発行や技術規則の策定に強い影響を及ぼしている。
  • 日本の排他的経済水域(EEZ): 日本は自国のEEZ内にマンガン団塊を持ち、その採掘権利を有するが、これは問題の本質ではなく、ISAのルールづくりを中国が主導していることだ。
  • 国家安全保障と資源不足: 中国は深海底を国家安全保障の観点から「戦略的フロンティア」と位置づけ、資源不足に対処するため深海からの鉱物資源を重視している。
  • 国際法の未整備: 現在、深海採掘に関する国際的なルールは確立されておらず、中国はこの新たな産業のルール形成において優位性を持とうとしている。
  • 米国と国際連携の必要性: 米国はISAに正式加盟しておらず、観察者に留まっているが、UNCLOSの批准や環境基準の適用を通じてルール形成に関与し、他の西側諸国ととも深海資源の中国の一極支配に対抗すべきである。
上の記事では、結局日本の技術水準の話に帰結しており、この問題の本質が語られていない。問題の本質は、ISAのルールづくりが中国主導になっているということである。そこが明確に語られていないので、上の記事を読むと消化不良を起こしたような感じを受けてしまう。

まず、中国の小笠原諸島・南鳥島沖を含む太平洋の公海における採鉱計画は、日本の排他的経済水域(EEZ)内ではなく、公海に位置している。

一方、日本のEEZ内には、自国の資源としてのマンガン団塊が存在し、日本はその採掘権利を有している。したがって、日本は自国のEEZ内での資源開発を進める権利がある一方で、公海における他国の活動については、国際法に基づく監視や規制の枠組みの中での対応が必要となる。

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問題の本質は、小笠原諸島・南鳥島沖がどうのこうのというのではなく、ISAの公海資源の採掘のルールづくりに中国が主導的役割を果たしているということなのだ。

深海底採掘に関する国際的なルールはまだ確立されておらず、この新たな産業はようやく国際海底に広がる膨大な資源の開発を開始した段階にある。中国は、この分野で中心的な役割を果たすべく、国際海底機関(ISA)や国連海洋法条約(UNCLOS)の枠組みを活用しながら積極的に動いている。

中国はUNCLOS締約国として、長年にわたり新たな海洋法の形成に取り組んできた。その中で、中国の指導者たちは深海底が持つ戦略的および経済的価値に注目し、この分野への投資を強化してきた。特に、ISAでは中国の代表団が強い影響力を行使しており、採掘ライセンスの発行や技術規則の策定において重要な役割を果たしている。2023年のISA年次会合では、中国は発展途上国や一部のヨーロッパ諸国からの慎重なライセンス発行を求める声を抑制し、議論を自国の有利な方向へと導くことに成功した。

中国が深海底採掘に積極的に関与する理由は複数ある。その一つは国家安全保障の観点である。深海底は中国の国家安全保障法で「戦略的フロンティア」として位置づけられており、習近平政権の「全面的国家安全保障」のビジョンに基づき、軍事的・経済的利益の観点からも重要視されている。

また、最近は経済が落ち込みかなり緩和されてきたとはいえ、中国経済が抱える資源不足の問題に対応して、深海底から得られる鉱物資源が中国のサプライチェーン強化に寄与すると見込んでいるようだ。さらに、深海探査技術の開発は軍事目的にも応用可能であり、軍事的優位性を高める可能性がある。外交的には、国際海底という法的枠組みが未整備の領域で中国は主導権を握り、独自のルールを構築することで影響力を拡大しようとしている。

一方、米国はISAに正式加盟しておらず、観察者としての立場にとどまっている。この状況に対し、米国が取るべき対応としては、環境保護を前面に押し出して中国を外交的に孤立させることや、中国が「人類の共通資産」とされる国際海底資源を自己利益のために利用しているという矛盾を突くべきである。また、UNCLOSや新しい高海条約の批准を検討することで、国際法における影響力を強化し、ルール形成の場に直接関与することが重要である。トランプ政権は、事の重大性に気づけば、必ずこれに対処するだろう。

総じて、中国は深海底採掘のルール作りにおいて主導的な立場を確立しつつあるが、米国もその動きを抑制するための戦略を模索している。2024年7月に開催された国際海底機構(ISA)の会合では、深海採掘の規制や環境保護に関する議論が紛糾し、多くの加盟国が科学的知識の不足を理由に深海採掘の一時停止を求めたことが、主要な争点となった。また、ISAの運営や透明性に対する批判もあった。

米国は研修プログラムや環境対策に関する議論に貢献したが、採掘の迅速な承認に反対する強い意見に対抗するのは困難だった。その結果、政策形成における影響力は限られたままとなり、ISA内の信頼や運営問題を抱えた状態で主導権を発揮するには至らなかった。

中国が軍事拠点化している南シナ海スプラトリー諸島ティトゥ島。滑走路が見える(2023年)

中国にはすでに海洋における前科がある。中国は、南シナ海における人工島建設の過程で、高度な埋め立て技術を短期間で習得した。しかも、国際司法裁判所が、南シナ海の中国による支配には根拠がないと判決を出したにもかかわらず、我が物顔で、南沙諸島の礁に滑走路や軍事施設を構築し、特に永暑礁やスビ礁では、約3,000メートルの滑走路や複雑な施設を完成させた。

これにより、南シナ海での中国の環境破壊がすすみ、それだけではなく軍事的優位性が強化され、地域の安全保障や航行の自由に深刻な影響を及ぼしている。米国の戦略家、ルトワックは南シナ海の中国軍の基地は「無防備な前哨基地にすぎず、軍事衝突になれば5分で吹き飛ばせる。象徴的価値しかない」と語ったが、米国からみてはそうかもしれないが、周辺諸国にとっては大きな脅威である。これは、明らかに米国の失態であり、このような前哨基地は最初から構築させるべきではなかった。

さらに、これらの技術習得には、他国の技術を剽窃した可能性が指摘されている。特に、ドレッジ(浚渫)技術や埋め立てに使用される特殊装置の設計が急速に進歩した背景には、他国からの技術移転や非正規な手段での技術取得が絡んでいるとの見方もある。ただし、具体的な証拠の明示は限られているが、中国の知的財産侵害や技術移転問題が他の分野で多発していることからも、この可能性は否定できない。トランプ政権は、これを調査すべきであり、西側諸国は、半導体技術と同じく、高度な深海掘削技術の中国への移転も阻止すべきだろう。

現在の深海開発ルールは中国が優位性を持つ構造になっており、それに対抗するために、米国、日本、EUは戦略的な行動を取る必要がある。米国がまず行うべきは、UNCLOS(国連海洋法条約)を批准することである。これにより、国際海底機構(ISA)の意思決定に積極的に関与できるようになり、現在のように議論の場から除外される状況を改善できる。もしその気がないというなら、国連とは別個に西側諸国で別の組織を構築すべきだ。さらに、日本やEUとの連携を深め、環境基準やESG(環境・社会・ガバナンス)に基づいた厳格な規制を推進することで、中国主導のルールが緩和される可能性を低下させる必要がある。

また、米国は深海採掘に代わる技術開発にも注力すべきである。具体的には、日本が取り組んでいるような電子廃棄物からの資源回収を可能とする都市鉱山技術や、再利用可能な資源管理システムの研究に投資を行うべきだ。こうした取り組みによって、深海採掘への依存を低下させつつ、資源供給を安定化できると考えられる。

深海採掘に反対する国々は年々増加し2023年時点では21カ国になっていた

一方で、日米とEUは深海採掘の一時停止(モラトリアム)を支持し、環境保護を目的とする国際的な支持を広げる努力を進めるべきである。これに加えて、鉱物の効率的利用や代替エネルギー技術の研究を推進し、深海採掘の必要性を根本的に減少させる方策も重要である。しかし、当然のことながらISA内での影響力拡大もまた必要であり、特に環境保護基準や透明性の高い報告基準の採択を推進することで、中国の活動に一定の制約を加えるべきである。

これらの取り組みを通じて、中国が深海開発で優位性を確立するのを抑制し、公平な国際ルールを策定すべきである。また、環境保護と資源利用のバランスを取った持続可能な開発の実現も、今後の重要な課題として取り組むべきである。世界は、第二の南シナ海よりもさらにスケールの大きい、深海資源の中国一極支配を生み出すことがないように、結束すべきである。

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2024年11月30日土曜日

日英伊戦闘機開発 サウジも参加調整 2035年に初号機配備を目指す―【私の論評】安倍政権とアブラハム合意が導いた日英伊・サウジの次期戦闘機開発と防衛力強化

日英伊戦闘機開発 サウジも参加調整 2035年に初号機配備を目指す

まとめ
  • 日本・イギリス・イタリアの次期戦闘機「GCAP」にサウジアラビアが参加する方向で調整中であり、開発費の負担軽減が期待される。
  • 2035年に初号機を配備する目標で、年内にイギリスに開発管理の国際機関が設立される予定。

次期戦闘機想像図

 日本・イギリス・イタリアの3カ国が進める次期戦闘機の共同開発に、中東のサウジアラビアが加わる方向で調整が進んでいることが分かりました。

 地元メディアによりますと、イタリアのタジャーニ外相は27日、所属政党の会合で日本とイギリスとの次期戦闘機の共同開発「GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)」について、「サウジアラビアにも拡大すると思う」と述べました。

 29日、イギリス国防省も「GCAPの3カ国は他国との協力に前向きだ」と声明を発表しました。

 サウジアラビアの参画は開発費の負担軽減などが期待できる一方、開発の遅れなどが懸念されていました。

 次期戦闘機は2035年に初号機を配備することを目指しています。

 年内に開発を管理する国際機関がイギリスに設立され、初代トップに岡真臣元防衛審議官が就任する予定です。

【私の論評】安倍政権とアブラハム合意が導いた日英伊サウジの次期戦闘機開発と防衛力強化

まとめ
  • 日本、イギリス、イタリアが進める次期戦闘機開発は「GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)」に基づき、2035年に初号機を配備することを目指している。
  • 次期戦闘機は最新のセンサー技術やAI、ステルス性能を搭載し、各国の技術を結集することで優れた性能を実現する狙いがある。
  • サウジアラビアの参加はアブラハム合意によるイスラエルとの関係改善が背景にあり、開発費の負担軽減や新市場の開拓が期待される。
  • 安倍政権による安全保障政策の改革が、日本がこの国際的な防衛プロジェクトに参加するための法的枠組みを整える要因となった。
  • このプロジェクトは日本の防衛力を強化し、国際的な地位を高めるだけでなく、防衛産業の成長や武器輸出の機会拡大にも寄与する。

日英伊の3カ国が進める次期戦闘機の共同開発は、「GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)」に基づいている。このプログラムの目的は、次世代戦闘機を共同で開発し、各国の防衛能力を向上させることだ。GCAPは2035年に初号機を配備することを目指し、各国の航空戦力を強化する新しい戦闘機の開発を進めている。

次期戦闘機は、最新のセンサー技術やAI、ステルス性能を搭載し、空対空および空対地のミッションに対応できる能力を持つことが期待されている。各国の技術を結集することで、個別に開発するよりも優れた性能を実現する狙いがある。そして、サウジアラビアの参加が調整中であることは、このプロジェクトの国際的な側面を強調している。サウジアラビアの参加は、開発費の負担軽減や新市場の開拓が期待される。

サウジアラビア国旗

サウジアラビアの参画は、アブラハム合意によるイスラエルとの関係改善が背景にある。アブラハム合意は、2020年にイスラエルとアラブ諸国(アラブ首長国連邦とバーレーン)との間で締結され、外交関係の正常化を促進した。この合意は、地域の安全保障環境に変化をもたらし、軍事的な協力や技術の共有を進める基盤を整えた。各国間の協力関係が深化し、地域の安全保障に寄与することが期待されている。

さらに、年内にイギリスに開発を管理する国際機関が設立され、岡真臣元防衛審議官が初代トップに就任する見込みだ。これにより、プロジェクトの円滑な運営が図られる。このように、日本・イギリス・イタリア・サウジアラビアの次期戦闘機の共同開発は、技術革新と国際的な防衛協力を推進する重要なプロジェクトであり、将来的な航空戦力の強化に寄与することが期待される。

この共同開発は、日本の防衛力を強化する大きなチャンスであり、新しい戦闘機を通じて最新技術を手に入れ、自国を守る力を高めることにつながる。

国際的な連携が深まることで、アメリカとの同盟関係も強化される。特に、イギリスやイタリアといった信頼できるパートナーとの協力により、地域の安全保障が向上し、日本の国際的な立場も強まる。サウジアラビアの参加は、中東の安全保障環境にも影響を与える。先進技術を持つ国々との協力により、地域の軍事力が向上し、日本にもその影響が及ぶ可能性がある。

最後に、このプロジェクトは日本の防衛産業にとっても大きなメリットがある。先進技術の開発に参加することで、防衛産業が成長し、将来的には武器輸出のチャンスも広がる。日本経済にとってプラスの影響が期待される。

総じて、日本・イギリス・イタリア・サウジアラビアの次期戦闘機開発は、日本の防衛力を強化し、国際的な地位を高めるための重要なステップである。このプロジェクトに参加できた背景には、安倍政権による安全保障政策の改革が大きく影響している。安倍政権は集団的自衛権の行使を容認し、防衛関連法を改正した。この改正により、日本は国際的な安全保障活動に積極的に参加できるようになった。

安倍首相

安倍政権の安保改正がなければ、日本はこの国際的な防衛プロジェクトに参加する法的な枠組みが整っていなかった可能性が高い。共同開発や技術共有が求められる防衛プロジェクトにおいて、法的な制約があると参加が難しくなるため、安保改正は重要な前提条件だった。したがって、安倍政権の安保改正がなければ、日本が今回のプロジェクトに参加することは難しかったであろう。これにより、日本の防衛力や国際的な地位を向上させる機会が制限されていたかもしれない。 

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