2025年1月17日金曜日

海自の潜水艦に「強力な長槍」搭載へ “水中から魚雷みたいにぶっ放す”新型ミサイルがついに量産―【私の論評】日本のスタンド・オフ・ミサイル搭載潜水艦は、戦略原潜に近いものになる

海自の潜水艦に「強力な長槍」搭載へ “水中から魚雷みたいにぶっ放す”新型ミサイルがついに量産

まとめ
  • 防衛省は2024年12月に「潜水艦発射型誘導弾」の導入方針を発表し、イメージ図を公開した。
  • 新型ミサイルは敵の脅威圏外から攻撃可能で、遠方の艦船や陸上拠点への攻撃が想定されている。
  • 三菱重工との開発契約を結び、2025年度予算案には取得費用として30億円を計上し、来年度から量産を開始する予定。

海上自衛隊の潜水艦

 防衛省は2024年12月、新たな重要装備品の選定結果を公表。その中で「潜水艦発射型誘導弾」 を導入する方針を示し、イメージ図も公開しました。  海上自衛隊の潜水艦は現在、魚雷発射管からアメリカ製のハープーン対艦ミサイルを発射することが可能です。ただ射程は140kmに過ぎないため、遠方から敵の艦船などを阻止・排除することはできません。
 導入が予定されている「潜水艦発射型誘導弾」は、敵の脅威圏外から攻撃が可能な、より長射程のスタンド・オフ・ミサイルです。洋上に展開する敵の水上艦艇だけでなく、拠点となる泊地などへの対地攻撃も想定されているようです。
 防衛省は2023年4月、三菱重工と「潜水艦発射型誘導弾」の開発に関する契約を締結しており、2025年度予算案には取得費用として30億円を計上。来年度から量産に着手する方針を示しています。

 なお、海上自衛隊の潜水艦をめぐっては、垂直ミサイル発射システム(VLS)を搭載した潜水艦も導入される予定ですが、「潜水艦発射型誘導弾」はハープーン対艦ミサイルと同様に、魚雷発射管から発射することが想定されています。

【私の論評】日本のスタンド・オフ・ミサイル搭載潜水艦は、戦略原潜に近いものになる

まとめ
  • 日本の「潜水艦発射型誘導弾」は、約1,000キロメートルの射程を持つスタンド・オフ・ミサイルになる可能性があり、日本の防衛力強化と抑止力向上を目的としている。
  • 防衛省は、現行のミサイルの射程を1000キロメートル以上に延伸することを目指し、2026年度に九州に新型対艦ミサイルを配備予定である。
  • 一方台湾のHsiung Feng-4(雄風四型)は、射程約1,000キロメートルを持ち、これはウクライナのように他国のものではなく、自前のものであり、自国に意思決定だけで用いる事が可能。
  • 日本が潜水艦からスタンド・オフ・ミサイルを発射できるようになると、中国にとって大きな脅威となり、事前の監視や攻撃が難しくなる。
  • 日本の自前開発のスタンド・オフ・ミサイルは、他国の干渉を受けずに運用できかつ、戦略原潜的な運用が可能であり中国に対する抑止力を高める大きな要素となる。

スタンド・オフ・ミサイル 想像図

「潜水艦発射型誘導弾」は、敵の脅威圏外から攻撃が可能な、より長射程のスタンド・オフ・ミサイルである。これは日本の防衛力強化と抑止力向上を目的とした重要な装備として注目されている。この新しい長射程巡航ミサイルは、陸上自衛隊の「12式地対艦誘導弾」を基に開発されており、その射程は約1,000キロメートルに延長されることが計画されている。これは、現在海上自衛隊の潜水艦に搭載されているハープーン対艦ミサイルの射程140キロメートルと比較して、大幅な長射程化を意味する。

防衛省は、12式地対艦誘導弾の能力向上型を開発中であり、現行の数百キロメートルの射程を1,000キロメートル以上に延伸することを目指している。この長射程化により、敵艦艇に対して相手のミサイル射程圏外から反撃が可能となり、将来的には敵基地攻撃への活用も視野に入れている。

2024年7月の報道によると、射程1,000キロメートル超の新型対艦ミサイルが2026年度にも九州に配備される予定である。さらに、防衛省はスタンド・オフ・ミサイルの実践的な運用能力を今後5年間で獲得し、おおむね10年後までに必要量の1,500基規模を確保する方向で検討している。

これらの取り組みは、特に中国や北朝鮮などの周辺国の軍事的脅威に対応するための重要な装備となる可能性がある。防衛省は2022年度予算案にこのスタンド・オフ・ミサイルの開発費として393億円を盛り込んでおり、2025年度予算案には取得費用として30億円を計上している。これらの予算措置は、日本の防衛能力強化に向けた具体的な取り組みを示しており、今後の安全保障政策において重要な役割を果たすことが期待される。

スタンド・オフ・ミサイルの射程距離について、一般的にこれらのミサイルは数百キロメートルから1,000キロメートル以上の射程を持つことが多い。具体例として、アメリカの「トマホーク」ミサイルは約1,600キロメートルの射程を誇る。このようなミサイルが潜水艦から水中で垂直発射可能になると、敵国の領土深くまで攻撃が可能となる。

中国に関して言えば、例えば東シナ海から発射された場合、上海や広州などの沿岸都市だけでなく、内陸の都市にも到達する可能性がある。具体的には、ミサイルの射程が1,000キロメートルであれば、北京や成都といった都市にも攻撃可能な範囲に入る。

スタンド・オフ・ミサイルの利点は、敵の防空網の外から安全に攻撃できる点である。これにより、潜水艦は敵の探知を避けつつ、効果的に打撃を加えることができる。この戦略は、抑止力や攻撃能力を大幅に向上させる要素となる。

ただし、具体的な射程距離や性能については、防衛機密に関わるため、詳細な数値を示すことは難しい。

一方、台湾は様々な対艦ミサイルや対地ミサイルを自前で開発し、多数配備している。特筆すべきは、長距離巡航ミサイル「雲峰」の量産を2019年から開始していることだ。アナリストによると、雲峰の飛行距離は1000キロ以上とされる。このミサイルは、高速で飛行し、敵艦船や地上の重要な目標に対して効果的に攻撃できる能力を持っている。特に、中国本土への攻撃能力を向上させることを目的としており、台湾の防衛戦略において重要な役割を果たす。

対艦ミサイルを発射する台湾海巡署の巡視船「安平」

Hsiung Feng-4の射程は、台湾本島から福州や厦門などの沿岸都市を超え、北京や上海はもとより中国内陸部の重要な軍事施設や経済拠点に対しても攻撃が可能であるため、台湾の抑止力を高める要素となる。

日本のスタンド・オフ・ミサイルが潜水艦から発射できるようになると、中国にとっては台湾の長距離ミサイルよりも大きな脅威となることが考えられる。なぜなら、台湾の長距離ミサイルは陸上から発射されるため、事前の監視や攻撃がある程度可能であるが、潜水艦からの発射となると、これはほぼ不可能だからである。特に、日本のステルス性に優れた潜水艦からの発射となると現状の中国には防ぐ手立てはあまりない。

射程が1,000キロメートルのスタンド・オフ・ミサイルが発射できる潜水艦は、核兵器を搭載できる米国の戦略原潜とは異なるものではあるが、仮に日本が中国の核攻撃等を受け、全土が破壊されても潜水艦から中国本土を攻撃できるという点では、戦略型原潜にかなり近いものになる。

米海軍の戦略原潜

ウクライナ戦争では、ウクライナは自前では長距離ミサイルを持っておらず、西側から供与されたものを使用している。供与国によって使用が制限され、ウクライナだけの意思決定によってこれを使用できないことが問題視されている。

しかし、台湾のように自前の長距離ミサイルを持っていれば、自国の意思決定のみで長距離ミサイルを用いることができる。

日本が潜水艦に配備しようとしているスタンド・オフ・ミサイルは、自前で開発したものであり、他国の干渉を受けずに使用できるだけでなく、潜水艦から発射できるため、核兵器を搭載した米国の戦略原潜とは異なるものの、それにかなり近いものとなる。これは、中国にとってはかなりの脅威である。

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2024年5月26日

2025年1月16日木曜日

ガザ戦闘で停戦に合意 19日発効 イスラエルとハマスが人質ら身柄交換、支援物資搬入へ―【私の論評】ガザ停戦合意でみえてきた、米・サウジ主導の中東和平プロセス

ガザ戦闘で停戦に合意 19日発効 イスラエルとハマスが人質ら身柄交換、支援物資搬入へ

まとめ
  • イスラエルとハマスは停戦合意に達し、19日から発効する。停戦案は3段階からなり、人質の解放や人道支援物資の搬入が含まれる。
  • 戦闘は約1年3カ月続き、多くの犠牲者が出た。特に2023年10月7日のハマスの奇襲が引き金となった。
  • 停戦が維持されれば中東全域の緊張緩和に寄与する可能性がある。
ガザ停戦を喜ぶ人たち

パレスチナ自治区ガザでのイスラエルとハマスの戦闘は、15日に停戦合意に達した。合意はカタールの仲介により成立し、19日から発効する。戦闘は約1年3カ月続き、中東全域に緊張をもたらした。停戦維持が期待される中、バイデン米大統領は合意成立を評価した。

停戦案は3段階からなり、第1段階ではハマスが人質33人を解放し、イスラエルが多数のパレスチナ人を釈放する。ガザには人道支援物資が日々搬入され、イスラエル軍は段階的に撤収する。第2段階は停戦発効後16日から始まり、恒久的停戦や完全撤収が議論される。第3段階では国連の監督の下、ガザの再建が開始される見込みである。

2023年10月7日にハマスがイスラエルを奇襲し、多くの市民が犠牲になったことが背景にある。イスラエルはハマスの壊滅を目指し、ガザへの攻撃を強化した。双方は人質交換のため、23年11月下旬に一時的に戦闘を休止した。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧ください。

【私の論評】ガザ停戦合意でみえてきた、米・サウジ主導の中東和平プロセス

まとめ
  • パレスチナ自治区ガザを巡るイスラエルとハマスの停戦合意は、バイデン政権の仲介外交とトランプ政権の「アブラハム合意」の影響等が交錯した結果である。
  • バイデン大統領は、エジプトやカタールと連携し、長期的な安定を見据えた停戦を求めた。
  • ガザ戦闘はシリアやイラク、レバノンに波及し、イランの影響力が増大したが、イスラエルの軍事行動がその力を削いだ。
  • EUは人道的支援を通じてガザの状況改善を目指し、停戦を求める姿勢を強めた。
  • ガザ停戦により、サウジアラビアがイスラエルとの外交関係を樹立機運が高まった。これは、中東の地政学に大きな影響を与え、地域の安定を促進する可能性が高まっている。

談笑するトランプ前大統領とバイデン大統領

パレスチナ自治区ガザを巡るイスラエルとハマスの停戦合意は、バイデン米政権の長期にわたる仲介外交と、トランプ次期政権の影響と、地域の人道危機、国際的な仲介努力、イスラエル国内の政治状況など、多様な要素によるものである。この合意により、中東地域はこれまでの緊張を打破し、希望の光を見出す瞬間を迎えたのだ。

バイデン大統領は、就任以来、イスラエルとパレスチナの問題に真剣に向き合ってきた。特に2021年5月、ガザ戦闘が激化する中で、彼は早急な停戦を求め、エジプトやカタールとの連携を強化した。このような外交努力は、国際的な圧力を高め、停戦への道を切り開く重要な手段となったのである。バイデン政権の決断は、単なる短期的な解決策ではなく、長期的な安定を見据えた戦略的なものであった。

一方、トランプ政権は「アブラハム合意」により、アラブ諸国との関係正常化を進め、イスラエルとの結びつきを強化してきた。この合意によって、アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンがイスラエルとの外交関係を樹立したことは、地域の安定を求める強い意志を示すものである。この流れの中で、サウジアラビアも関与を深める可能性が高まっているのだ。

ガザ戦闘はシリアやイラク、レバノンにも波及し、イランの影響力が増大した。しかし、イスラエルの軍事行動はその力を削ぐ結果をもたらしたのだ。イランの核開発や地域への影響力拡大を阻止するため、イスラエルは果敢に行動したのである。このような状況下で、地域のパワーバランスが変化しつつあることは、今後の中東情勢において重要な要素となるだろう。

アサド政権の崩壊も無視できない要因である。シリア内戦を通じてアサド政権が弱体化し、イランの影響が弱まる中、アラブ諸国は新たな機会を見出すことになった。この動きが、停戦合意に向けた道を開く助けとなったのだ。アラブ諸国がより主体的に行動することで、中東地域の安定に寄与することが期待される。


EUの圧力も重要な役割を果たしている。EUは人道的支援を通じて、ガザの状況改善を目指すとともに、停戦を求める姿勢を強めている。特に、EUはパレスチナ人の権利や生活条件の改善に向けた取り組みを強化し、政治的解決を促進するための支援を提供している。このようなEUのアプローチは、地域の安定に寄与するだけでなく、国際的な圧力の一環として、停戦合意を後押しする重要な要素となっているのだ。一方、国連はUNRWA問題などで、その影響力はさらに弱まった。

ガザの人道的危機も重要な要因である。多くの民間人が犠牲となり、状況は悪化の一途をたどった。住民の安全を守るため、停戦が必要不可欠だという認識が広がるのも当然である。国際的な人道支援が求められ、停戦がなければ状況がさらに悪化するとの認識も強まっていた。ハマスは停戦をしぶることも十分あり得るが、イランが弱体化した現在、そのような動きを見せても、大きな流れは変えられないだろう。それでもしぶりつづければ、国際世論からも見放され殲滅されることになるだろう。

停戦が決まったことにより、米国とサウジアラビアが主導する新たな中東和平プロセスが見えてきた。今後サウジがイスラエルとの外交関係を樹立することになるとみられるが、これはアブラハム合意の延長として位置づけられるものであり、中東の地政学に大きな影響を与えることになる。というより、まさにこの動きを阻止しようとしたのが、最近のイランやハマス、ヒズボラ等の抵抗の枢軸の動きだったともいえる。

バイデン米大統領とサウジのムハンマド皇太子(2022年7月)

これは、地域の安定をもたらし、イランや中国の影響力を低下させる契機となるだろう。サウジアラビアがイスラエルを承認することは、長年続いてきた反ユダヤ主義に対する明確な拒絶を意味する。これは平和と希望の新たな扉を開く、勇気ある一歩である。米国の全面的な支援と最新鋭の兵器が、サウジアラビアを守る盾となるのだ。

ネタニヤフ首相にとって、この協定は歴史的なチャンスである。サウジアラビアとの国交正常化は、イスラエルの地位を強化し、パレスチナ問題の解決への道を切り開くことになるのだ。これにより、イスラエルは中東における影響力をさらに強化し、地域の安定に寄与する存在となるだろう。

結論として、中東は和平へと向かう可能性が高まっている。新たな同盟が生まれることで、地域の安定と繁栄が期待できるのだ。これはまさに、長い目で見れば平和と安定への大きな貢献となるだろう。中東の未来には、明るい展望が待っている。多くの国々がこの新たな流れに乗り、共に手を携えて未来を築くことが求められている。和平の道を歩むことは、単なる理想ではなく、実現可能な現実となりつつあるのだ。

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2025年1月15日水曜日

「多様性」メタ、マクドナルド、アマゾンが後ろ向きに パリ五輪でも波紋、日本への影響は―【私の論評】個性を尊重しながらも、共通の価値を見出し、連帯感を育む社会を目指せ

 「多様性」メタ、マクドナルド、アマゾンが後ろ向きに パリ五輪でも波紋、日本への影響は

まとめ
  • 米主要企業が多様性を尊重するDEI(多様性、公平性、包摂性)に関する取り組みを廃止または縮小している。
  • トランプ次期大統領の影響を受けて、企業がこれまでの施策見直しを進めているとみられる。
  • 米国での動きが日本企業にも影響を及ぼし、トヨタや日産はDEIの取り組みを継続するが、特定の評価基準への参加を取りやめる意向を示している。
  • 昨夏のパリ五輪では、多様性をテーマにした演出が批判を受け、社会での対立を引き起こしている。
  • DEI施策が「逆差別」との批判を浴び、保守系活動家がDEIを掲げる企業へのボイコットを訴える動きが見られる。
DEIは一見いいことずくめのようにも見えるが、現実はそうではない

米主要企業が多様性を尊重する活動を後退させる動きを見せている。特に、IT大手メタがDEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性、公平性、包摂性)に関する社内の取り組みを廃止すると従業員に伝えたことが報じられた。アマゾンやマイクロソフトも同様に、多様性に配慮した取り組みを縮小する意向を示している。例えば、マイクロソフトは2024年7月にDEIチームを解散したとされている。

さらに、マクドナルドは2025年1月6日にDEIに関する方針を変更すると発表したが、同社は「DEIへの取り組みは揺るがない」としつつも、多様性確保の目標を廃止することを明言している。ウォルマートやフォード・モーターもDEI施策の見直しを行っているとのことだ。これらの動きは、トランプ次期大統領の影響を受けているとの見方もあり、アメリカ国内での事業活動を行う日本企業も影響を受ける可能性がある。実際、トヨタ自動車や日産自動車はDEIの取り組みは継続するものの、LGBTQの人権団体が実施する「企業平等指数」への参加を取りやめる意向を示している。

また、近年の多様性をテーマにした出来事として、昨夏のパリ五輪が挙げられる。開会式で、派手なメイクをしたドラァグクイーンや性的少数者が並ぶ演出が波紋を呼び、一部ではキリスト教を揶揄するものと受け取られるなど、批判が集まった。この演出に参加した者は、インターネット上で誹謗中傷を受けたという報道もある。一般社団法人「LGBT理解増進会」の代表理事は、「多様性が暴走している」とのコメントを寄せ、分断をあおるような内容は開会式にふさわしくないと指摘している。

さらに、DEIに関連する問題が競技の場にも影響を及ぼしている。ボクシング女子66キロ級に出場したアルジェリアの選手をめぐり、性別適格検査に不合格となったにもかかわらず五輪で女性として出場が認められたことで、激しい批判を受ける事例も発生している。

このように、多様性を実現するための施策が進む一方で、DEIそのものが「逆差別」との批判を浴びる事態も生じている。保守系活動家らはDEIを掲げる企業の商品ボイコットを訴えるなど、社会における対立が見られる。

今後、米国の有力企業でのDEIに関する揺り戻しが、日本や世界にどのように影響していくかが注目される。企業の多様性への取り組みがどのように変化し、社会全体にどのような影響を及ぼすのか、引き続き観察が必要だ。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】個性を尊重しながらも、共通の価値を見出し、連帯感を育む社会を目指せ

まとめ
  1. DEI(多様性、公平性、包摂性)の取り組みには成功と失敗の事例があり、特にエンターテインメント業界でその影響が顕著である。
  2. ゲーム「Concord」は、DEIの理念を過剰に取り入れた結果、キャラクターの魅力が損なわれ、わずか2週間でサービス終了に至った。
  3. ハリウッド映画や音楽業界でも、DEIを強調するあまりストーリーやキャラクターが薄くなり、観客からの支持を失った事例が多い。
  4. 一方で、DEIを意識しない成功事例も存在し、映画「トップガン:マーヴェリック」やゲーム「黒神話:悟空」などが高い評価を得ている。
  5. DEIとアイデンティティ政治は関連しているが、共通の権利と責任を重視する市民としての視点が重要であり、特定のグループに偏りすぎることなく、全体の調和を考えたアプローチが求められる。この視点を持つことで、未来の社会はより調和の取れたものとなるだろう。
企業におけるDEI(多様性、公平性、包摂性)の取り組みには、近年では失敗事例が顕著になってきた。特に、ゲーム、映画、音楽、アニメといったエンターテインメント業界では、その影響が顕著に表れている。

失敗の代表作となったゲーム「CONCORD」

まず、ゲーム業界の代表的な失敗事例として「Concord」が挙げられる。このゲームは、DEIの理念を過剰に取り入れた結果、キャラクターの魅力が損なわれてしまった。開発に8年をかけながら、発売からわずか2週間でサービス終了が決定するという悲劇を迎えた。プレイヤーが魅力を感じられないキャラクターが多く存在し、興味を失ったことが要因である。特に、キャラクターのデザインが「政治的正しさ」を追求するあまり、個性が薄れてしまったことが問題視された。

次に、ハリウッド映画でも同様の傾向が見られる。DEIを強調した作品が増える中、一部の映画はその影響でストーリーやキャラクターの深みが失われたとの批判を受けている。具体的には、映画「ウィッチャー」や「アラジン」がその例であり、特にキャスティングが多様性を重視するあまり、オリジナルの魅力が損なわれたという意見がある。また、「チャーリーズ・エンジェル」のリブート版も、DEIを意識した結果、ストーリーが薄くなり、観客からの支持を得られなかった。

音楽業界でも、DEIの取り組みが影響を及ぼしている。特定のアーティストやジャンルに焦点を当てることで、他の才能を見過ごす事例が増えている。米国の音楽祭や受賞式において、DEIを意識したプログラムが批判を受けることがあり、「多様性のための多様性」が逆に質を低下させる結果となることもある。具体的には、グラミー賞における選考過程が挙げられ、「DEIを重視しすぎるあまり、実力あるアーティストが評価されない」との声が上がっている。

一方で、DEIを取り入れなかった成功事例も存在する。「黒神話:悟空」はその代表例である。このゲームは、DEIの理念を意識せず、魅力的なキャラクターとストーリーに焦点を当てたことで成功を収めた。特に、中国市場での売上が好調であり、多様性を狙った作品が必ずしも成功するわけではないことを示している。

映画「トップガン:マーヴェリック」も、DEIを過度に意識せず、ストーリーとキャラクターの魅力を重視することで大ヒットを記録した。観客は、伝統的なテーマやキャラクターに共感し、興行収入も成功を収めた。これにより、必ずしもDEIを強調する必要がないことが示された。「Disney」は、DEI施策を強化した結果、特定の作品が興行収入で期待を下回る事態が発生した。「スターウォーズ」シリーズの最新作「スカイウォーカーの夜明け」は、キャラクターの多様性を強調しすぎたため、従来のファン層からの支持を失ったとの評価がある。

一方、日本の「ゴジラ-1.0」は従来のゴジラシリーズの魅力を維持しつつ、新しいストーリーを展開することで観客を引きつけた。この作品は、過去のキャラクターやテーマを尊重しながらも、新しい視点を取り入れることで成功を収めた。また、「進撃の巨人」や「東京リベンジャーズ」といったアニメ作品も、キャラクターの個性やストーリーの深みを重視し、多様性を強調しすぎないことで高い評価を得ている。


さらに、DEI導入により企業経営に悪影響を受けた具体的な事例も存在する。たとえば米国の飲料メーカー「Coca-Cola」は、DEIに基づく研修プログラムを導入した結果、社内の対立が激化し、従業員の士気が低下したとの報告がある。一部の従業員は、研修内容が「逆差別」と感じられるものであったと述べており、企業文化に悪影響を及ぼしているとの指摘がなされている。

さらに、DEIは企業業績だけではなく、社会に大きな影響を及ぼすことも忘れてはならない。DEIとアイデンティティ政治は密接に関連している。DEIは、さまざまな背景を持つ人々が平等に参加できる環境を整えることを目指し、特定のアイデンティティを尊重する。一方で、アイデンティティ政治は特定のグループの権利や利益を擁護する政治的アプローチであり、歴史的に抑圧されてきたコミュニティの権利を主張する。

両者は共通して多様性の尊重と平等を求めているが、DEIはより広範な多様性を促進することを重視している。また、DEIの施策はアイデンティティ政治の影響を受けることが多く、特定のグループのニーズが考慮される場合もある。しかし、アイデンティティ政治の影響を受けすぎると、逆に分断を生むという批判も存在する。

このように、DEIとアイデンティティ政治は互いに関連しながらも、実施方法やアプローチに関してはさまざまな議論がある。その対極に位置するのが、米国市民としての権利・義務や市民としての連帯感である。この市民としての視点は、すべての市民が共通して持つ権利と責任を重視し、国の一員としての連帯感を育むことを目的としている。

特に、アメリカの建国理念に根ざした「すべての人は平等に創られている」という考え方は、アイデンティティ政治とは異なる市民としての連帯感を強調している。この具体的な事例として、アメリカの公民権運動が挙げられる。この運動は、人種や性別に関係なく、すべての市民が平等に扱われるべきだという理念に基づいており、個々のアイデンティティを超えた共通の権利を主張した。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な「I Have a Dream」スピーチでは、「人種の違いを超えて、すべての人が共に生きる社会」を目指す姿勢が示されている。このように、共通の権利と責任を重視する視点は、社会の調和や発展に寄与する。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの有名な「I Have a Dream」スピーチ

無論公民権運動が時には暴力的な手段を取ったことで、その正当性について疑問を呈す人も存在するが、少なくても「人種の違いを超えて、すべての人が共に生きる社会」という理念を否定はできないだろう

近年の米国の社会運動においては、特定のグループに偏らない普遍的な価値観である米国市民としての視点が失われ、過度に暴力的となり、社会全体の調和や発展が妨げられるようになった。DEIやアイデンティティ政治の議論が続く中で、共通の権利と責任を重視する視点を忘れずに、より包括的で調和の取れた社会を築くことが重要である。これは単なる揺り戻しではなく、社会の再構築である。これに対して、トランプ政権がどの程度切り込むことができるか、注目が集まっている。

日本でも、日本国民としての共通の権利と責任を重視する視点を忘れずに、より包括的で調和の取れた社会を築くべきである。無節操なDEIやアイデンティティ政治を拙速に進めるべきではない。多様性を尊重しつつも、国民全体が共有する価値観を大切にすることで、より健全な社会を目指すことが可能になるのだ。これこそが、未来の社会に必要な視点であり、すべての人々が共に生きる道を切り開く鍵となる。

結局のところ、DEIやアイデンティティ政治は、適切にバランスを取らなければ、逆に社会の分断を招く危険性がある。特定のグループに偏りすぎることなく、全体の調和を考えたアプローチが求められている。私たちが目指すべきは、個々の違いである個性を尊重しながらも、古から存在する日本の共通の価値や文化、美意識を再認識し、我々の先達がそうだったように、新しい価値観は十分に吟味し、咀嚼したうえで受け入れられるものは受け入れつつ、現代社会に適応しつつ、連帯感を育む社会である。この道を選ぶことで、私たちの未来はより明るいものとなるだろう。 

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2025年1月14日火曜日

【ロシア制裁で起こる“もう一つの戦争”】バルト海でのロシア・NATO衝突の火種―【私の論評】ロシアのバルト海と北極圏における軍事的存在感の増強が日本に与える影響

【ロシア制裁で起こる“もう一つの戦争”】バルト海でのロシア・NATO衝突の火種

岡崎研究所

まとめ
  • バルト海におけるロシアとドイツの海軍の緊張がNATOとの衝突の危険性を示唆している。
  • ロシアの海軍艦が影の船団とされるタンカーを護衛中にドイツ艦艇と接触し、照明弾が発射される事案が発生した。
  • ロシアはウクライナ侵攻以降、NATO艦艇に対して危険な行動を強化している。
  • 中国の貨物船が海底ケーブルを切断した疑いで拘束され、NATOはハイブリッド攻撃への対応に苦戦している。
  • バルト海の状況は、ロシアとNATO間の緊張を引き起こす重要な要因であり、国際社会は注視が必要である。
NATOは、2022年6月加盟を申請した北欧のスウェーデンとフィンランドとともに海軍の大規模な演習をバルト海で実施

 2024年12月15日付のウォールストリート・ジャーナルは、バルト海におけるロシアとドイツの海軍の緊張が、北大西洋条約機構(NATO)との衝突の火種となる可能性があると警告している。特に、海底ケーブル切断事件に関連して、ロシアのハイブリッド戦争に対する対応の難しさについて詳述されている。

 11月26日には、ロシア海軍のコルベット艦がバルト海で影の船団とされる石油タンカーを護衛している際、ドイツのフリゲート艦が接近し、シーリンクス・ヘリコプターを飛ばして調査を試みた。この時、ロシア側が照明弾を発射し、負傷者は出なかったものの、冷戦以降見られなかった両国間の対立の兆候として注目されている。ウクライナへの全面侵攻以降、ロシア軍艦はNATO艦艇に対する警告射撃や電波妨害を行い、危険な行動を強めている。

 さらに、ロシアの工作員がリトアニアでテロ活動を行ったり、英国やポーランドでの放火事件がロシアの関与に疑念を抱かせている。ドイツの国防相は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟後、ロシアがバルト海での軍事的存在感を高めており、近隣諸国に対して攻撃的な姿勢を示していると述べている。

 ロシアは、ボスポラス海峡を通る軍艦の航行をトルコが拒否する中で、バルト海の港に依存せざるを得ない状況にあり、これが西側諸国との緊張を一層高めている。また、ロシアの「影の船団」は、西側の制裁を回避するためにバルト海を通航し、石油などの貨物を輸送している。

 さらに、11月19日には中国の貨物船「伊鵬3号」がバルト海で海底ケーブルを故意に切断した疑いで拘束された。この船は、ロシアの諜報機関にそそのかされて行動したとされ、NATOはこのような攻撃への対応に苦戦している。

 ドイツ国防省の元参謀長は、重要インフラをハイブリッド攻撃から守ることは非常に難しいと述べ、ロシアがハイブリッド戦を好む理由は、その直接的かつ比例的な対応が困難だからだと指摘している。

 バルト海におけるロシアの軍事行動、制裁回避の試み、そしてハイブリッド戦の戦略が相互に関連しており、これらが今後の国際的な緊張を引き起こす可能性があることを示唆している。特に、ウクライナはロシアのハイブリッド戦に対抗するため、サイバー攻撃や情報戦を行い、ロシアの重要な施設に対しても攻撃を続けている。最近では、モスクワでロシア軍の防護部隊長が爆殺され、ウクライナの関与がほのめかされている。

 このように、バルト海は今後もロシアとNATOの間で緊張が続く重要な地域であり、国際社会はその動向を注視する必要がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ロシアのバルト海・北極圏における軍事的存在感の増強が日本に与える影響

まとめ
  • ロシアのバルト海での過激な行動は、NATOの影響力が強まる中での地政学的な要因に起因している。
  • ロシアのウクライナ侵攻に端を発したフィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、ロシアにとって防衛上の脅威を増加させ、自国の安全保障に対する懸念を高めることになった。
  • ロシアはバルト海を戦略的に重要視し、エネルギー輸送ルートとしての影響力を維持しようとしている。
  • ロシアは経済的には、2024年に軍需産業が経済成長を牽引したものの、実体経済は悪化しており、直接軍事行動に出るというよりは、非軍事的手段を駆使する可能性が高い。
  • 中露の北極圏での覇権強化は、日本にとって貿易や安全保障の脅威をもたらす可能性がある。


ロシアの過激な行動がバルト海で目立つ背景には、地政学的な要因が大きく影響している。具体的には、バルト海が北大西洋条約機構(NATO)の内海となったことが、ロシアの行動を刺激しているのだ。

まず、地理的な状況が重要である。バルト海は、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツといったNATO加盟国に囲まれており、ロシアの飛び地であるカリーニングラード以外は、ほぼ全域がNATOの影響下にある。このような地理的配置は、ロシアにとって自国の安全保障上の脅威と見なされる。特に、NATO加盟国がロシアの国境近くに展開することで、ロシアは自国の防衛を強化せざるを得なくなる。

次に、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟は、ロシアにとってさらなる脅威となっている。これまで中立を維持していたこれらの国がNATOに加わることで、ロシアは自国の西側に対する防衛線が強化され、包囲されていると感じる可能性が高い。特に、フィンランドはロシアとの国境を接しており、その加盟はロシアにとって非常に敏感な問題である。

フィンランドのNATO加盟も、ロシアにとって大きな軍事的脅威となっている。フィンランドは、陸上および空中防衛において強力な能力を持っており、特に近年、NATOとの軍事演習を通じてその防衛能力を強化している。フィンランドは、ロシアとの国境が非常に長いため、自国の防衛を強化することはロシアにとって重要な課題である。加えて、フィンランドは自国の軍隊の質や訓練において高い評価を受けており、特に冬季戦闘やゲリラ戦において優れた能力を有している。このため、フィンランドがNATOに加盟することで、ロシアはその防衛戦略を再考せざるを得なくなり、さらなる脅威を感じることになる。

スウェーデンのNATO加入は、ロシアにとって特に脅威であると考えられる。スウェーデンは小国ながら、自前でステルス性能の高い潜水艦を建造しており、対潜水艦戦(ASW)に優れた能力を持っている。このような軍事的能力により、スウェーデンはバルト海でのロシア海軍の行動を制約する可能性がある。スウェーデンの潜水艦は、特にロシアの潜水艦に対して脅威となり得る。これにより、ロシアは自国の海軍が封じ込められることに対する強い懸念を抱いている。

また、ロシアはバルト海におけるNATOの軍事的存在が圧力となっていると感じている。ウクライナへの侵攻以降、ロシアはNATO艦艇に対して警告射撃を行ったり、電波妨害を行うなど、積極的な軍事行動を強化している。これらの行動は、ロシアが自国の影響力を示し、NATOに対抗する姿勢を取るための手段として位置づけられている。重要なのは、NATOのロシアに対する軍事的脅威が強調される一方で、その背景にはロシア自身がウクライナに対して軍事侵攻を行い、緊張を高めたことがある点である。この侵攻は、NATO諸国による防衛的な行動を誘発し、結果としてロシアに対する軍事的圧力を強化する要因となった。

さらに、バルト海はロシアにとって戦略的に重要な地域であり、特にエネルギーの輸送や海上交通の要所となっている。ロシアは、バルト海を通じて欧州諸国にエネルギー資源を供給しており、これが経済的な利益をもたらしている。そのため、ロシアはこの地域の影響力を維持する必要がある。

ロシアはカリーニングラードに対する物資補給を複数の手段で行っているが、陸上輸送に関してはポーランドおよびリトアニアとの国境を越える必要がある。カリーニングラードはロシアの飛び地であり、ポーランドとリトアニアに囲まれているため、ロシア本土からカリーニングラードへの陸上輸送を行う際には、これらの国の領土を通過しなければならない。このため、ポーランドやリトアニアとの政治的・軍事的な状況が、物資補給に影響を与える可能性がある。特に緊張が高まると、これらの国を通過することが難しくなることがあり、その場合、ロシアは海上輸送や航空輸送に依存することになる。

ポーランドとカリーニングラードの国境

現在のロシアのGDPは、ウクライナ戦争の直前においても韓国を若干下回る規模であった。2024年のロシア経済は、軍需産業の拡大と新興国との貿易関係強化により、当初予想を上回る成長を遂げた。実質GDP成長率は年間を通じて前年比3〜5%台で推移し、特に軍事関連産業が経済を牽引した。

しかし、高インフレと地政学的リスクが経済の先行きに影を落としている。ロシア中央銀行は高インフレ対策として積極的な金融引き締めを実施し、政策金利を21%近くまで引き上げた。ウクライナ戦争の長期化や国際的な経済制裁の影響も依然として経済に重大な影響を与えており、2024年のロシア経済は、第二次世界大戦中の日本やヨーロッパなどにもみられたように、戦争中には軍事物資の大量生産でGDPは伸びるものの、実体経済は悪化しているという、戦争経済にみられる特有の状態にあるものとみられる。

このような経済状況を考慮すると、ロシアがNATO諸国と軍事衝突を起こした場合、すぐに鎮圧される可能性が高い。そのため、ロシアは今後ハイブリッド戦を仕掛けてくる可能性が高いだろう。ハイブリッド戦は、軍事行動と非軍事的手段を組み合わせた戦略であり、経済制裁や情報戦、サイバー攻撃などを通じて相手国に影響を与えることを目的としている。現在のロシアは、軍事行動は、控えめにして政治的メッセージ程度にとどめ、特に非軍事的手段を駆使する可能性が高い。


さらに、ロシアと中国の間で北極圏における覇権強化の動きが見られる。北極圏は、資源が豊富であり、航路の開発が進む地域であるため、両国にとって戦略的な重要性が高い。ロシアは北極地域での軍事基地の建設や、海上交通路の保護を強化しており、2021年には北極戦略を発表し、軍事力の増強を宣言している。これに対し、中国も「北極海のシルクロード」構想を掲げ、北極資源の開発や航路の確保を目指している。

このような中露の動きは、バルト海やNATOとの緊張関係と密接に関連している。北極圏の覇権を強化することで、ロシアは西側諸国の影響力を抑え、自国の戦略的利益を確保しようとしている。北極圏の資源や新航路に対する関心が高まる中、ロシアはバルト海での行動を通じて、同時に北極圏でのプレゼンスを維持することを目指している。これにより、ロシアはNATO諸国との対立をさらに激化させる可能性がある。

中露のバルト海、北極圏における軍事的プレゼンスの強化は、軍事的バランスの変化により、西側諸国との力の均衡が崩れ、アジア諸国が軍備増強を迫られる可能性がある。さらに、これから活発になると期待されている北極航路の自由な利用が制限されることで、日本の貿易に影響を及ぼす可能性もある。最後に、中露がハイブリッド戦を強化する中で、日本が情報戦やサイバー攻撃の標的になるリスクも高まる。これらの要因から、バルト海や北極圏における中露の動向は、日本にとっても無視できない脅威である。

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2025年1月13日月曜日

<独自>「自爆ドローン」310機導入へ 令和8年度に陸自、イスラエル製など候補―【私の論評】ドローン運用の戦略:ウクライナ戦争と日本の海洋防衛適用の成功要因とは?

<独自>「自爆ドローン」310機導入へ 令和8年度に陸自、イスラエル製など候補

まとめ
  • 防衛省は令和8年度に約310機の自爆型小型攻撃用無人機を導入する方針を決定し、自衛隊として初の導入となる。
  • 既に複数の国のドローンで運用試験を行い、今後は一般競争入札で機種を決定する予定である。
  • ドローンの導入は、隊員不足の解消や対処力の向上を目指し、今後5年間で約1兆円を投じる計画の一環である。

ウクライナ軍が小型で探知の困難な徘徊型自爆ドローンにより大きな戦果をあげている

 防衛省は、令和8年度に約310機の小型攻撃用無人機(ドローン)を導入する方針を固めた。このドローンは爆弾を搭載し、敵の車両や舟艇に体当たりする「自爆型」であり、自衛隊がこのタイプを保有するのは初めてである。ロシアによるウクライナ侵略におけるドローンの活用を踏まえ、配備が必要と判断された。

 すでにイスラエル製、オーストラリア製、スペイン製のドローンで運用試験を行っており、今後は一般競争入札で機種を決定する。防衛省は7年度予算案に小型攻撃用ドローンの取得費として32億円を計上し、陸上自衛隊の普通科部隊に配備することで南西諸島などでの対処力を高める狙いがある。

 この導入は「無人アセット(装備品)防衛能力」の一環であり、防衛省は5年間で約1兆円をドローン配備に投じる計画である。隊員不足に悩む自衛隊にとって、隊員を危険にさらさないドローンは重要な戦力となる。陸自は段階的にドローンによる攻撃能力を高め、将来的には大型の攻撃用ドローンの保有も視野に入れている。今後の展開が注目される。

【私の論評】ドローン運用の戦略:ウクライナ戦争と日本の海洋防衛適用の成功要因とは?

まとめ
  • ドローンの運用にはインテリジェンス、兵站、索敵能力が重要であり、ウクライナ戦争の事例がその必要性を示している。
  • インテリジェンスは敵の動向を把握し、効果的な攻撃を可能にする。ウクライナのドローン攻撃がロシア高官の死亡に寄与した例がある。
  • 兵站の整備がドローン運用の持続性に影響し、兵站の脆弱性が作戦に遅延をもたらすことがある。
  • 日本は海洋防衛において優れた技術を持ち、水中ドローン等の活用により効率的な運用を進めようとしている。
  • 小型攻撃用ドローンの導入は日本の防衛力を強化し、迅速な対応や多様な戦術を可能にすることが期待されている。
ウクライナ軍のドローン活用

ドローンの効果的な運用には、インテリジェンス、兵站、索敵能力が不可欠であることが、ウクライナ戦争の事例を通じて明らかになっている。特に、インテリジェンスは敵の動きや位置を把握するための情報収集を指し、それに基づいて、ドローンによる効果的な攻撃が可能になる。

たとえば、ウクライナ側は、特定のドローン攻撃によってロシアの高官が死亡したとする報告を行っており、これが戦術的な優位性をもたらす要因となったとされている。ロシア高官の位置情報などは、優れたインテリジェンスに負うところが大きい。

兵站は、軍事作戦を支えるための物資や資源の供給を指し、ドローンの運用には小型のものは、電力、大型のものは燃料が必要であり、供給網が整っていなければ持続的な運用が困難になる。ウクライナの前線での戦闘において、燃料供給が不足したためにドローンの運用が制限されたケースが存在する。

特に前線での迅速な補給が行われないと、ドローンの飛行時間や作戦の継続性に影響を及ぼす。このような兵站の問題は、戦闘の展開や戦術に直接的な影響を与えることが分かっている。ウクライナ軍のドローン部隊は、供給ラインの脆弱性から作戦の実行に遅延が生じ、敵の攻撃を許す事態となったことが報告されている。

索敵能力は敵の動向を把握するための能力であり、ドローンの運用において不可欠である。敵の位置や動きを把握できなければ、効果的な攻撃や情報収集は難しい。ウクライナはアメリカからの偵察衛星の情報やAWACS(早期警戒機)からのデータを受け取っている可能性がある。これにより、敵の動向をリアルタイムで把握する能力が強化され、ドローンの運用に必要な情報を迅速に取得することができる。こうした情報の提供は、ウクライナ軍の戦術的な優位性を高め、より効果的な攻撃計画を立てる助けとなっている。

航空自衛隊が運用する米国製E-767早期警戒管制機

ドローンの効果的な運用には、インテリジェンス、兵站、索敵能力が必要不可欠であり、逆にいうと、これらを欠いているにもかかわらず、ドローンだけを導入したとしても、あまり意味がない。

一方、日本は特に海洋における防衛と安全保障において強力な能力を持っており、優れた水中音響探知能力や索敵能力を活用することで、水中ドローンを含む効果的なドローン運用が可能である。日本は長年にわたり、海上自衛隊の潜水艦や水上艦艇に高度なASW(Anti Submarine Warefare:対潜戦争)の技術を導入してきた。例えば、「いずも型」護衛艦や「そうりゅう型」潜水艦は水中での敵潜水艦の探知と追尾に優れた能力を持ち、周辺海域の安全を確保している。

さらに、海上自衛隊は、未来の海洋防衛に向けて革新的な技術開発を進めている。主な焦点は、ステルス性の向上と無人機の活用による省人化である。ステルス技術により、艦艇の生存性が高まり、護衛艦のデザインも進化している。

人員不足に対応するため、UUV(無人潜水艇)やUSV(無人水上艇)等の水中ドローンの開発が進められ、情報収集や監視任務の効率化が図られている。また、2026年度までに自動運航技術を活用した「哨戒艦」の導入が計画されており、少人数での運用が可能となる。これらの技術革新により、海上自衛隊は効率的かつ強力な海洋防衛体制の構築を目指している。

また、国際的な協力も重要な要素であり、日本はアメリカやオーストラリアと協力し、共同訓練や情報共有を行っている。これにより、戦術や技術の向上が図られ、効果的なドローン運用が実現する可能性が高まる。

海自の水中航走式機雷掃討具「S10」

これらの要素を総合的に考慮すると、日本は優れたASW能力と索敵能力を活用することで、水中ドローンを含む効果的なドローン運用が可能である。これにより、海洋の安全保障を強化し、地域の安定に寄与することが期待される。

今回の防衛省による小型攻撃用無人機(ドローン)の導入は、現状では試験的なもののようだが、日本にとって極めて重要な意義を持つ。これにより将来日本の防衛力が強化され、特に離島防衛や海洋安全保障において迅速かつ効果的な対応できる可能性が高まる。小型攻撃用ドローンは、敵の脅威に対して即応性を持ち、情報収集や偵察活動に加え、攻撃能力を兼ね備えることで多様な戦術を展開できるようになるだろう。

この結果、自衛隊はより柔軟で迅速な戦術を採用し、地域の安全保障環境において重要な役割を果たすことが期待される。さらに、ドローンの導入は技術革新を促進し、防衛産業の発展にも寄与するだろう。これらの要因が相まって、日本の防衛体制が一層強化されることが期待される。 

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2025年1月12日日曜日

アングル:トランプ次期米政権、LGBTQなど「政府用語」も変更か―【私の論評】アイデンティティー政治の弊害とトランプ政権の政策変更

アングル:トランプ次期米政権、LGBTQなど「政府用語」も変更か

まとめ
  • トランプ次期政権では、気候変動やLGBTQ+に関する文言が削除される可能性が高い。
  • 移民問題では「不法在留外国人」という用語が復活し、「書類のない移民」や「非市民」という表現が廃止される見込み。
  • トランプ氏の政権下で、気候変動に関する情報が削除され、環境正義が軽視されることが予想される。
  • LGBTQ+の権利に関しても、政府の言及が減少し、トランスジェンダー問題が抹消される危険性がある。
  • トランプ氏は「常識的な政策」を掲げ、教育やトランスジェンダー手術に関する方針を変更する意向を示している。
トランプ新大統領

トランプ次期大統領の政権下で、アメリカの政策や政府の文言が大幅に変更される見込みである。特に、気候変動やLGBTQ+の権利に関する記載が政府の公式ウェブサイトや文書から削除される可能性が高いとされている。専門家は、移民問題においても、従来の「書類のない移民」や「非市民」といった表現が廃止され、「不法在留外国人(illegal alien)」という用語が復活する見込みである。

トランプ政権の初回就任時にも、気候変動に関する情報が削除される事例が見られた。環境データ&ガバナンス・イニシアチブのグレッチェン・ゲルケ氏は、今回の政権でも同様の「ストレートな削除」が行われる可能性が高いと指摘している。特に、「正義」に関する文言は全て削除されると予想されており、気候変動や「多様性、公平性、包摂(DEI)」に関する政策が重大な変化をもたらすことが懸念されている。

移民に関する表現の変更については、「不法」という用語が使用されることにより、犯罪性を連想させるとの指摘がある。非営利団体の米移民評議会の政策ディレクター、ネイナ・グプタ氏は、不法移民が経済や地域社会に貢献しているという現実が軽視されることを懸念している。

また、トランスジェンダーに関する問題についても、トランプ氏の前回の政権時に言及が減少したことがあり、今回も同様の措置が取られる可能性が高いとされている。保守派の活動家たちは、「性的指向」や「性自認」といった用語を連邦規則や法律から削除するよう求めている。LGBTQ+の権利を擁護する団体のデービッド・ステイシー氏は、トランスジェンダーを社会から抹消しようとする動きが強まる危険性があると述べている。

トランプ氏の政権移行チームの報道官は、具体的な計画について明確には答えていないが、教育現場での性に関する議論の廃止や、連邦刑務所の受刑者に対する税金によるトランスジェンダー手術の廃止が政策に含まれるとされている。また、調査によると、LGBTQ+コミュニティーの保護に対する国民の支持は依然として強いが、今後の政策変更がその状況にどのように影響を与えるかが注目されている。

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【私の論評】アイデンティティー政治の弊害とトランプ政権の政策変更

まとめ
  • トランプ政権は、バイデン政権によるアイデンティティー政治の弊害を取り除くための文言の変更や政策見直しを行っている。特定のグループの権利を強調するアイデンティティー政治は、社会全体の統一感を損ない、分断を深める危険がある。
  • アイデンティティー政治の対極として、米国市民としての権利・義務や連帯感が重要であり、全体の利益を考慮した政策形成が求められている。
  • バイデン政権は国境の安全を強化しながらも、移民問題に対して柔軟な姿勢を取るなど、アイデンティティー政治の限界を示した。
  • バイデン政権のアプローチが多くの有権者に受け入れられず、昨年の大統領選ではトランプ氏の政策が再び支持を集める結果となった。

ホワイトハウスに掲げられたLGBTQの権利を主張するレインボー旗

トランプ政権が実施しようとする、文章の文言の変更などは、バイデン政権によって推し進められてきた、アイデンティティー政治の弊害を取り除こうとする正当な試みの一環である。

アイデンティティー政治とは、特定の人種、性別、性的指向、宗教などの社会的アイデンティティに基づいて政治的な立場や政策が形成されることを指す。このアプローチは、特定のグループの権利や利益を強調する一方で、社会全体の統一感を損なう可能性がある。この手法における、政策は政策というより、社会工学実験に近いものになりがちだ。民主党政権下では、アイデンティティー政治が強調されることで対立が深まり、社会的な分断が進行したとの批判が多く見られる。例えば、バーニー・サンダースやヒラリー・クリントンの選挙キャンペーンでは、特定のマイノリティグループの権利が強調される一方で、白人労働者層の不満が無視され、結果として彼らの支持を失ったという事例がある。 トランプ政権が実施しようとしている文言の変更や政策の見直しは、こうしたアイデンティティー政治の弊害を取り除こうとする試みと捉えられる。気候変動やLGBTQ+の権利に関する表現の見直しは、特定のグループの利益を優先するのではなく、全体の利益を考慮した政策形成を目指すものである。

気候変動に関しては、現実には温暖化はゆっくりとしか進んでいないし、その影響で災害が増加しているとは断言できない。温暖化の理由の一部はCO2だが、それ以外の要因も大きく、CO2の大幅排出削減は「待ったなし」ではないという見方もある。気候変動の複雑さと不確実性を考慮すると、多様な視点を持つことは重要である。多様な視点を完全否定することこそ、危険である。それこそ、ファシズムになりかねない。
移民問題において「不法在留外国人」という用語を使用することは、法の遵守を重視し、国民全体の安全や秩序を守るための措置と見なされる。例えば、トランプ氏は国境の安全を強化するために壁の建設を公約として掲げ、多くの支持を集めた。
アイデンティティー政治の対極にあるのは、米国市民としての権利・義務や市民としての連帯感である。米国市民としての視点は、すべての市民が共通して持つ権利と責任を重視し、国の一員としての連帯感を育むことを目的としている。この視点は、特定のグループに偏らない普遍的な価値観に基づいており、社会全体の調和や発展に寄与する。例えば、アメリカの建国理念である「すべての人は平等に創られている」という考え方は、アイデンティティー政治とは異なる市民としての連帯感を強調している。

米国独立宣言 クリックすると拡大します
トランプ政権の政策変更は、市民としての連帯感を再強調し、アイデンティティー政治の弊害を克服する正当な試みである。これにより、特定のグループの利益を優先するのではなく、すべての市民が共通して享受する権利を重視した政策形成が進むことが期待されている。これに関連するエピソードとして、トランプ氏の支持者の多くが「アメリカファースト」を掲げ、国民全体の利益を考慮した政策を求めていることが挙げられる。実際、彼の政権下では、低所得層や中間層の税負担を軽減する税制改革が実施された。 こうした背景の中、トランプ政権が成立したのは、アイデンティティー政治に対する反発とともに、米国市民としての連帯を重視する声が高まった結果でもある。多くの有権者は、国民全体の利益を考慮した政策を求め、特定のグループに偏らないアプローチを支持するようになった。この流れが、トランプ氏の支持基盤を形成し、彼の政権成立に寄与したと考えられる。特に、2016年の選挙では、経済的に困窮していた地域の白人労働者層がトランプ氏に票を投じたことが、彼の勝利に大きく寄与したとされている。このような選挙結果は、アイデンティティー政治からの脱却を求める国民の声を反映している。 2024年の選挙では、トランプ氏の支持基盤は依然として強固であり、アイデンティティー政治に対する反発が彼の支持を支える要因となった。特に経済的に困窮している地域の有権者が彼を支持し、彼の政策がその地域における経済的利益を代表するものとして受け入れられた。全体として、2024年の選挙は、アイデンティティー政治と市民としての連帯感の対立が再び浮き彫りになる重要な場面となり、トランプ氏の政策が国民に受け入れられる一因となった。 バイデン政権は、トランプ政権の政策を一部引き継ぐ形で国境の安全を強化する方針を示し、壁の建設に関する計画を継続した。このことは、アイデンティティー政治を重視する民主党が、実際には国民の安全や秩序を守るための現実的な政策に頼らざるを得ないことを示している。バイデン氏は、移民問題に対して柔軟な姿勢を取ると公言しながらも、国境の安全を強化する必要性を認めている。この矛盾は、彼の政権がアイデンティティー政治に基づくアプローチの限界を示している。 また、バイデン政権は、経済政策においてもアイデンティティー政治の影響を強く受けており、その結果として中間層や低所得層への具体的な支援が不足しているとの批判がある。特に、インフレや生活費の高騰に対する具体的な対策が不十分であるとされ、多くの有権者が不満を抱いている。バイデン政権は、特定のグループの利益を優先するあまり、全体の利益を考慮した政策形成ができていないという指摘が多くなされていた。結局バイデンは、選挙戦に出馬することすら叶わなかった。 アイデンティティー政治の行き着く先は、社会の分断や対立を助長し、最悪のケースでは旧ユーゴスラビアにおけるジェノサイドのような危険な結果をもたらす可能性がある。旧ユーゴスラビアでは、民族や宗教に基づく分断が深まり、最終的にはボスニア・ヘルツェゴビナにおけるジェノサイドなど悲惨な事件が発生した。このような状況を回避するためには、個々のアイデンティティではなく、共通の市民としての連帯感や責任を強調することが重要である。

がれきの山と化した商店街を歩くコソボ解放軍の兵士=1999年、コソボ自治州
これらの要因を踏まえ、2024年の選挙結果は、バイデン政権のアプローチが多くの有権者に受け入れられず、トランプ氏の政策が再び支持を集める結果となったことを示している。バイデン政権のアイデンティティー政治を重視したアプローチは、国民全体の利益を考慮した政策を欠如させ、最終的には政権の支持基盤を揺るがす要因となったのである。

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2025年1月11日土曜日

米議会下院 ICC側への制裁法案可決 “逮捕状対抗措置として”―【私の論評】拙速に過ぎるICCのネタニアフ首相逮捕状発出に、大反発する米共和党

米議会下院 ICC側への制裁法案可決 “逮捕状対抗措置として”

まとめ
  • アメリカ議会下院は、ICCがネタニヤフ首相に逮捕状を出したことへの対抗措置として、ICCに制裁を科す法案を可決した。
  • 法案では、アメリカや同盟国に対するICCの捜査に関与した人物に資産凍結などの制裁を適用する旨が含まれており、議会上院でも採決が予定されている。
  • ICCはこの法案に懸念を示し、司法の独立を損なう行動を非難している。

米国国会議事堂

アメリカ議会下院は、国際刑事裁判所(ICC)が昨年、ガザ地区での戦闘を巡りイスラエルのネタニヤフ首相などに逮捕状を出したことへの対抗措置として、ICCに対する制裁を科す法案を可決した。この法案は、アメリカやその同盟国に対するICCの捜査に関与した人物に対し、資産凍結などの制裁を適用する内容となっている。法案は賛成多数で通過し、今後は議会上院でも採決が行われる見通しである。

ICCは、昨年11月にガザ地区での戦闘に関してネタニヤフ首相に戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで逮捕状を発行したことから、アメリカ側が反発を強めている。トランプ次期大統領は自らを「史上最もイスラエル寄りの大統領」と称し、ICCに対して厳しい立場を取る意向を示している。また、トランプ政権下でホワイトハウスの安全保障政策を担当する大統領補佐官に起用されるウォルツ氏も、ICCを「信頼性がない」と厳しく批判している。

ICCはこの法案に対して懸念を表明し、「裁判所を脅すような行動や、司法の独立と権限を損なう行動を断固として非難する」とコメントしている。ICCには日本やパレスチナ暫定自治政府を含む125の国や地域が加盟しており、現在の所長は日本人の赤根智子氏である。今後の展開が注目される。

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【私の論評】拙速に過ぎるICCのネタニアフ首相逮捕状発出に、大反発する米共和党

まとめ
  • 国際刑事裁判所(ICC)は、戦争犯罪やジェノサイドに関する事件を審理するために2002年に設立された独立した国際裁判所である。
  • ICCはオランダのハーグに本部を置き、加盟国からの告発や国連安全保障理事会の紹介に基づいて事件を調査し、起訴する権限を持つ。
  • ネタニアフ首相に対する逮捕状は、イスラエルのパレスチナ自治区での行動が戦争犯罪に該当する可能性があるとの理由で発出され、国際的な論争を引き起こしている。
  • イスラエル政府はICCの権限に強く反発し、逮捕状の発出が拙速であると批判している。また、ハマス側の情報操作や卑劣な手段が国際世論に与える影響も指摘されている。
  • 日本では、パレスチナ問題に関する報道が偏向しており、イスラエルの行動が一方的に悪とされる傾向が見られる。これにより、国際情勢の理解が不十分になる可能性がある。

国際司法裁判所(ICC)

国際刑事裁判所(ICC)は、2002年7月1日に設立された独立した国際裁判所であり、戦争犯罪、ジェノサイド、犯罪対人道に関する事件を審理することを目的としている。ICCは1998年に採択されたローマ規程に基づいており、この規程はICCの設立や運営の基本的な枠組みを定めた国際法文書である。

ICCはオランダのハーグに本部を置き、加盟国の政府からの告発や国連安全保障理事会からの紹介を受けて特定の事件を調査し、起訴する権限を持っている。ICCは国連の機関ではないが、国連と協力関係にあり、国際法の遵守や人権の保護を促進するために連携することがある。現在、125以上の国と地域がICCに加盟しており、所長は日本人の赤根智子氏が務めている。

この、ICCがイスラエルのネタニアフ首相に対して逮捕状を出した件は、国際的に大きな論争を引き起こしている。この逮捕状は、イスラエルによるパレスチナ自治区での行動が戦争犯罪に該当する可能性があるとされる中で発出された。特に、ガザ地区での軍事活動やパレスチナ人に対する攻撃が問題視されている。

ネタニアフ首相に対する逮捕状の発出に対し、批判の一つは民主国家の指導者である彼が、テロリストと同等に扱われることに対するものである。批判者らは、彼の行動が国家の安全保障や防衛の一環であり、国際法に基づく正当な行為であると主張している。イスラエルは、ハマスや他の武装組織からの攻撃に対して自衛の権利を行使しており、これは国際法で認められた行為である。テロリストは国家や市民に対して無差別な暴力を振るう存在であり、その殲滅は国際社会の責務である。

この逮捕状の発出に対して、イスラエル政府はICCの権限に強い反発を示している。イスラエルの外務省は、ICCの決定を「政治的な動機に基づくものであり、イスラエルの主権を侵害する試み」と表現した。ネタニアフ首相自身も、この逮捕状を「無意味であり、国際法の精神に反する」と述べている。

イスラエル ネタニアフ首相

アメリカの政治においても、ICCに対する批判が高まっている。特に共和党の指導者たちは、ICCの活動に対して強い反発を示しており、元大統領ドナルド・トランプはICCを「アメリカやその同盟国の主権を脅かす機関」と批判した。トランプ政権は、ICCがアメリカの軍人や指導者を起訴する可能性があることを懸念し、国際的な法の枠組みからの距離を置く姿勢を強めている。

この状況の中で、ハマス側の情報操作も国際世論に影響を与えている。ハマスは、イスラエルの攻撃によって子どもが犠牲になったとする映像や写真を広め、国際的な同情を引き寄せようとしている。例えば、ある動画では子どもがイスラエルの攻撃で死亡したとされ、遺体を抱きしめる父親が泣き叫ぶ姿が映し出されるが、実際にはその子どもの足が微妙に動いている場面が確認された。この動画の真偽はともかく、このような映像は、真実を歪める形で国際世論を操作する手段として利用されている可能性がある。

さらに、ハマスは「人間の盾」として民間人を利用する卑劣な手段を用いている。彼らは民間人を攻撃から守るための防御手段として利用し、これによりイスラエルの攻撃を避ける一方で、国際的な同情を得ようとする。このような行為は、国際法に反し、無辜の市民の安全を著しく脅かすものである。

戦争状態に突入した場合、ハマスもイスラエルも情報操作を行うのは当然のことである。このため、戦争中に収集される人道やジェノサイドに関わるデータは偏りがあると考えるのが妥当だ。戦争中に得られる情報の正確性には疑問が残ることが多く、特に感情的な要素が強調されることがある。さらに、戦争を最初に仕掛けたのはハマスであるにもかかわらず、ICCがネタニアフ首相に逮捕状を出すというのは拙速であると言わざるを得ない。

パレスチナ自治区ガザ地区南部のハンユニスからイスラエルとの境界線沿いに向かうパレスチナ武装勢力=一昨年10月7日

日本では、パレスチナ問題に関する報道がしばしばイスラエルを一方的に批判し、結果的にハマスを支持するような内容が多い傾向がみられる。このような偏った報道だけを根拠に中東問題を考えると、米国の動きや国際的な力学を正しく認識できなくなる可能性がある。

例えば、日本のメディアでは、イスラエルの軍事行動が「虐殺」として報じられることが多く、ハマスのロケット攻撃やテロ行為についてはあまり言及されない。これにより、視聴者や読者はイスラエルの行動が一方的に悪であるとの印象を受けやすくなる。また、国際的な報道機関も同様の傾向を持つことがあり、特にハマスの側からの情報が強調される場合がある。このため、パレスチナ問題に対する理解が偏り、特に米国や他の国々の外交政策や軍事的な動きに対する理解が不十分になる可能性がある。

このように、ICCの逮捕状は、国家の指導者とテロリストを同列に扱うことへの反発や、国際法の適用の方法に関する批判を引き起こしている。また、アメリカの政治における反応、特に共和党やトランプ氏による強い批判も、国際的な議論の中で重要な要素となっている。

さらに、ハマス側の情報操作や卑劣な手段により、報道が偏向し、国際世論に与える影響も無視できない。テロリストは国家や市民に対して無差別な暴力を振るう存在であり、その殲滅は国際社会の責任である。しかしながら、これには法の支配や国家の主権、人権の尊重といった複雑なテーマが絡み合っており、今後の展開が注目される。

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2025年1月10日金曜日

<主張>海底ケーブル切断 深刻な脅威と見て対応を―【私の論評】実は、海底ケーブルは安保上・軍事上の最重要インフラ!日本はこれを守り抜け

<主張>海底ケーブル切断 深刻な脅威と見て対応を

まとめ
  • 台湾の海巡署は、中国人乗組員の貨物船が海底ケーブルを切断した疑いで捜査を開始し、海底ケーブルの重要性と日本への影響を強調している。
  • 中国民間船による海底ケーブルの破損が増加しており、グレーゾーンの破壊工作の可能性が指摘されている。
  • 日本政府は、中国に説明責任を求めるべきであり、海底ケーブル問題を安全保障の重要課題として国際的な連携を強化する必要がある。

AI生成画像

 台湾の海巡署は、中国人が乗組員の貨物船が台湾北部の海域で通信用の海底ケーブルを切断した疑いがあると発表し、捜査を開始した。海底ケーブルは国家の安全や経済を支える重要なインフラであり、有事やその前には敵国の攻撃対象となる可能性がある。日本は、このような問題を他国の事例として軽視すべきではない。

 疑惑の貨物船はカメルーン籍で、船主は香港籍、船員は全員中国人である。船は韓国の釜山港に向かっており、海巡署は韓国に協力を求めて捜査を進めている。日本の通信の99%は海底ケーブルを介して行われており、台湾有事の際には、日本に繋がる海底ケーブルも切断されるリスクがある。これにより、世界との通信が閉ざされる可能性があるため、非常に重大な問題である。

 最近、台湾周辺では中国民間船による海底ケーブルの破損が多発しているとの専門家の指摘があり、これがグレーゾーンの破壊工作の一環である可能性が指摘されている。自民党の萩生田光一元政調会長は、意図的に海底ケーブルを切断している事例が増えているとの見解を示し、日本政府は中国に対して説明責任を求めるべきであると訴えている。

 また、バルト海でも昨年末にフィンランドとエストニアを結ぶ海底ケーブルが損傷し、ロシアの関与が疑われている。NATOはこの地域での軍事的なプレゼンスを強化すると表明しており、日本も海底ケーブル問題を安全保障の重要な課題として捉え、国際的な連携を進める必要がある。監視やケーブルの防護、迅速な復旧の手立てを講じることが求められている。

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【私の論評】実は、海底ケーブルは安保上・軍事上の最重要インフラ!日本はこれを守り抜け

まとめ
  • 海底ケーブルは通信インフラだけでなく、国家安全保障にも関わる重要なインフラである。
  • 米国の統合海底監視システム(IUSS)や日本のSOSUSは、海中活動の監視や潜水艦の探知を目的とした高度な監視技術を提供している。
  • 自然災害や人為的要因による海底ケーブルの破損が多発しており、冗長性の向上や迅速な修理体制の整備が求められている。
  • 中国の民間船による意図的な海底ケーブル破損の疑いが浮上しており、監視体制の強化や国際法の整備が必要である。
  • 海底ケーブルの保護と監視の強化は、日本と米国の戦略的選択肢であり、国際的な安定にも寄与する重要なテーマである。
IUSS AI生成画像

海底ケーブルと聞くと、通信インフラとしての側面が強調されがちだが、その実態はそれだけではない。海底ケーブルには、センサーを付属した監視システムも存在する。たとえば、米国の統合海底監視システム(IUSS:Integrated Undersea Surveillance System)がその代表例である。

このシステムは、海底に設置されたセンサーや監視機器を用いて海中の活動を監視・追跡するためのものである。主に潜水艦の探知を目的としており、敵潜水艦やその他の水中脅威を早期に発見する技術を提供している。また、複数のセンサーから得られるデータを統合し、リアルタイムで状況を把握することで迅速な意思決定を可能にし、国家の防衛戦略に寄与している。

IUSSは、米海軍の作戦能力を向上させるために欠かせない役割を果たしている。システムは、北極海のグリーンランド海、ノルウェー海、バレンツ海、大西洋の北大西洋、地中海、インド洋、さらには太平洋の北太平洋、南太平洋に設置されており、基本的に海底ケーブルを用いてデータの伝送や通信を行っている。

日本も、統合海底監視システムとして独自のシステムを運用している。このシステムは一般的にSOSUS(Sound Surveillance System)と呼ばれ、防衛機密の中でも最高級に位置付けられている。日本のSOSUSは、米国のシステムと同様に海底ケーブルを用いて構築されており、広範囲にわたる海中音響の監視が可能となっている。

現在判明している設置箇所は津軽海峡と対馬海峡であるが、南西諸島方面、特に宮古海峡を中心に設置が進められていると考えられる。2013年に就役した敷設艦「むろと」によって、システムの拡張と性能向上が図られている。具体的な性能は不明だが、米海軍のシステムが条件次第で最大1,000km先の潜水艦音を探知できるとされていることから、日本のシステムも同様の能力を持っていると推測される。

日米協力の観点から、日本のSOSUSは米国のシステムと連接している可能性が高く、これにより日本周辺海域における潜水艦の監視能力が強化されている。また、最新の技術開発として、OKI(沖電気工業)が「海面から海底に至る空間の常時監視技術と海中音源自動識別技術の開発」を進めており、より高度な海洋監視システムの構築が期待される。

沖電気工業の水中音響計測施設「SEATEC NEO

これらのシステムは、中国をはじめとする周辺国の海洋活動の監視や、日本の海洋安全保障の強化に重要な役割を果たしている。海底ケーブルを用いたこの高度な監視システムにより、日本は自国の領海および周辺海域の安全を確保するための手段を獲得している。

海底ケーブルを介して流れる情報には、軍事的な戦略や作戦に関する重要なデータも含まれる可能性がある。しかし、具体的な情報の内容やそのセキュリティについては、国家機密として保護されているため、詳細は公にされていないことが一般的である。

米国と日本は、海底通信ケーブルの重要性を深く認識し、その保護に向けて包括的な取り組みを展開している。両国は法制度の見直しから技術的な監視、国際協力に至るまで、多角的なアプローチで海底ケーブルの安全を確保しようとしている。

米国では連邦通信委員会が2024年11月に海底ケーブル管理法制の抜本的な見直しを決定し、変化する技術、経済、国家安全保障の環境に対応しようとしている。日本も同様に、通信事業者と連携し24時間365日の継続的な監視体制を構築している。

両国は定期的な点検と迅速な修理体制を重視しており、陸上および海中での目視点検、専門技術者による状態確認を実施している。米国は水中ドローンを活用した監視技術も導入し、日本は海底ケーブル敷設船の即応体制を整えている。

国際協力の観点からは、国際電気通信連合や国際ケーブル保護委員会と連携し、情報共有や共同演習を通じて脅威に対処する体制を強化している。特にクアッド・パートナーシップを通じて、オーストラリア、インド、米国と共同で海底通信ケーブルのセキュリティと回復力の向上に取り組んでいる。

サイバーセキュリティの分野でも、両国は海底ケーブルに対する攻撃リスクを重大な脅威と認識し、サイバー防御の強化と危機管理計画の策定に注力している。これらの取り組みは、単なる国内のインフラ防衛にとどまらず、グローバルな通信ネットワークの強靭性向上に貢献している。

米国と日本の海底ケーブル保護への取り組みは、技術、法制度、国際協力の側面で相互に補完し合いながら、世界の通信インフラの安全性確保に重要な役割を果たしている。両国の連携は、急速に変化する国際通信環境において、より強固で信頼性の高いネットワークの構築に向けた重要な取り組みとなっている。

しかし、海底ケーブルの破損が多発している主な理由は、自然災害、人為的要因、技術的限界、そして老朽化である。地震や台風などの自然現象、漁業活動や船舶の事故、海底環境の厳しさ、長期使用による経年劣化などが複合的に作用している。これらの問題に対処するため、複数のケーブルルートの確保による冗長性の向上、耐久性の高い材料や設計の採用、国際協力の強化、モニタリング技術の向上、法的規制の強化、迅速な修理体制の整備などが行われている。

近年、中国の民間船による意図的な海底ケーブル破損の疑いが浮上しており、新たな対策が必要となっている。2024年11月にはバルト海で、2025年1月には台湾北東部沖で、中国籍の船舶による海底ケーブル破損事案が報告された。これらの事案に対する対抗策として、以下のような取り組みが考えられる。

イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」は台湾の大手通信業社、中華電信及び海洋委員会海巡署の話として、1月3日午前、1隻のカメルーン船籍の貨物船が北部、野柳の北東の国際水域で海底ケーブルを損傷させたと伝えた

まず、海底ケーブル周辺の監視体制を強化し、不審な船舶の動きを早期に検知する必要がある。各国の海軍や沿岸警備隊との連携を深め、必要に応じて警告や立ち入り検査を行うことも重要である。また、国際法の整備を進め、意図的な海底ケーブル破損行為を明確に違 法化し、厳しい罰則を設けることも検討すべきである。

さらに、ケーブルの物理的な保護を強化するため、より深い海底への埋設や防護カバーの改良などの技術的対策が必要である。同時に、衛星通信などの代替手段の開発・整備を進め、海底ケーブルへの依存度を下げることも長期的な対策として重要である。

これらの対策を総合的に実施することで、海底ケーブルの信頼性と耐久性を向上させ、破損のリスクを軽減することが可能になる。しかし、完全に破損を防ぐことは困難であり、継続的な努力と技術革新、そして国際社会の協力が不可欠である。

海底ケーブルは、単なる通信の手段ではなく、国家の安全保障や経済活動に直結する重要なインフラである。その保護と監視の強化は、未来に向けた日本と米国の戦略的な選択肢であり、国際社会全体の安定にも寄与するものである。海底ケーブルを巡る戦略的な動きは、今後ますます注目されるべきテーマであり、引き続き議論を深める必要がある。 

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2025年1月9日木曜日

中国海軍の「アンテナ山盛り軍艦」が日本に超接近!怪しい外観を自衛隊が撮影 鹿児島の“目と鼻の先”に出現―【私の論評】日本は情報収集艦所有とシギント能力強化で国際社会での立ち位置を強化せよ

中国海軍の「アンテナ山盛り軍艦」が日本に超接近!怪しい外観を自衛隊が撮影 鹿児島の“目と鼻の先”に出現

まとめ
  • 防衛省・統合幕僚監部は2025年1月6日、鹿児島県の種子島沖で中国海軍のドンディアオ級情報収集艦(艦番号796)を確認し、自衛隊が撮影した写真を公開した。
  • ドンディアオ級情報収集艦は、電子情報を収集するための偵察船で、弾道ミサイルを追跡する能力を持ち、2024年12月13日にも沖縄本島と宮古島の間で確認されている。
 防衛省・統合幕僚監部は2025年1月6日、鹿児島県の種子島沖で中国海軍のドンディアオ級情報収集艦(艦番号796)を確認したと発表。自衛隊が撮影した写真を公開しました。

ドンディアオ級情報収集艦(艦番号796)

 ドンディアオ級情報収集艦は、電子情報を収集するための偵察船で、合計9隻が建造されています。船体には多数のアンテナを備え、弾道ミサイルなどを追跡する能力も持つといわれています。

 今回は5日午前4時頃、種子島の北東約70kmの海域に出現したとのこと。その後、大隅海峡を西進して東シナ海へ向けて航行したとしています。なお、この艦艇は、2024年12月13日に沖縄本島と宮古島の間の海域でも確認されています。

 これに対し海上自衛隊は、護衛艦「とね」と掃海艦「あおしま」、P-1哨戒機で警戒監視・情報収集を行ったとしています。

【私の論評】日本は情報収集艦所有とシギント能力強化で国際社会での立ち位置を強化せよ

まとめ
  • 情報収集艦は、シギントを目的とした艦船であり、敵国の通信や電子信号を監視・収集する重要な役割を果たしている。
  • アメリカ、中国、ロシアなどが情報収集艦を保有し、特にアメリカは高度な技術を駆使して情報収集活動を行っている。
  • 日本は情報収集艦を持っておらず、その理由は地理的特性や防衛政策に起因している。
  • 一方日本のシギント能力は強化されており、特に経済安全保障やサイバー防衛の観点から重要性が増している。
  • 日本がインテリジェンスで米英諸国と本格的に連携するためには、国家シギント機関を創設し、情報収集艦を保有すべきである。
情報収集艦とは、主にシギント(信号情報活動)を目的とした艦船であり、海上での通信や電子信号を監視・収集するために設計されている。これらの艦は、敵国の通信やレーダー信号、その他の電子的な情報を収集し、分析する重要な役割を果たす。情報収集艦には、多数のアンテナやセンサーが装備されており、海洋や空中の状況を把握するために欠かせない機能を持っている。

米軍のミサイル追跡能力をもつ情報収集艦ハワード・O・ロレンツェン(T-AGM-25) 2つの箱状のものは巨大レーダー

情報収集艦を保有している国々には、アメリカ、中国、ロシア、フランス、ドイツなどがある。アメリカ海軍は、世界中での情報収集活動を行うために多数の情報収集艦を運用し、その艦は高度な技術を駆使して敵の通信を傍受し、分析する能力を持っている。たとえばハワード・O・ロレンツェン(T-AGM-25)は、その行動は隠されているが、日本にも寄港しており、北朝鮮のミサイルの監視をしているとみられる。一方、中国はドンディアオ級情報収集艦を用いて、弾道ミサイルの追跡能力を備えた艦艇を運用し、近年その数を増強している。ロシア海軍も情報収集艦を持ち、特に北極地域や海洋での情報収集活動を強化している。

シギントは、信号情報(Signal Intelligence)の略で、電子通信やレーダー信号などの信号を収集・分析する情報活動を指す。シギントは、通信の傍受や電子信号の解析を通じて、軍事的な状況把握や戦略的意思決定において非常に重要な役割を果たす。現代の戦争において、シギントの重要性は特に顕著であり、敵の動向を把握するための手段として不可欠である。アメリカはイラク戦争やアフガニスタン戦争において、シギントを駆使して敵の通信を傍受し、戦略的な優位性を保つことに成功した。

日本は情報収集艦を持っていない国の一つである。これはいくつかの理由による。まず、日本の地理的特性が影響している。日本は島国であり、周囲を海に囲まれているため、海上よりも空中や陸上での情報収集が重視されている。特に、衛星や航空機による情報収集が重要視され、これにリソースが集中している。

次に、日本の防衛政策が影響を与えている。日本は平和主義に基づく専守防衛を基本としており、積極的な軍事活動や情報収集艦の運用が抑制される傾向にある。また、日本はアメリカや他の同盟国との協力を重視し、他国の情報収集能力を活用するアプローチを取っている。たとえば、日本はアメリカの衛星情報を活用し、共同で情報分析を行うことで、自国の防衛能力を強化している。

これらの要因が組み合わさり、日本は情報収集艦を保有せず、代わりに他国との情報共有や協力を通じて安全保障を確保する道を選んでいる。今後の国際情勢に応じて、情報収集の手段や戦略は変わる可能性があるが、現時点ではこのようなアプローチが取られている。

日本のシギントに関しては、2020年以降、国家安全保障局(NSS)のインテリジェンス機能が強化され、特に経済安全保障や先端技術分野でのシギント能力の向上が進められている。シギントは、通信やレーダー信号の収集を含む広範な情報活動を指し、これにより国の安全保障や経済の脅威に対する監視が強化されている。

近年、サイバー空間や経済分野での情報収集の重要性が増している中、2021年には中国企業による日本の先端技術の盗用が問題視された。このような背景から、経済安全保障を確保するためにシギントの役割が強調され、NSSは国際的な技術競争の中で敵対的な情報活動に対抗するための情報収集能力を強化する施策を講じている。具体的には、経済安全保障政策が策定され、サイバー脅威や技術流出に対する防御策が検討されている。

防衛省では、自衛隊のサイバー防衛隊の人数が2022年に約540人から約800人に増強され、サイバー空間におけるシギント能力が向上している。この増強により、サイバー攻撃や情報漏洩のリスクに対する対応力が強化されており、特に2020年に発生した「JBSサイバー攻撃」のような事例が、食品供給チェーンを狙った攻撃の脅威を浮き彫りにしている。これを受けて、サイバーセキュリティに関する法整備も進められている。

自衛隊のサイバー防衛隊

また、宇宙領域での情報収集能力も強化されており、2020年には宇宙領域専門部隊が創設された。この部隊は、宇宙からの通信信号やデータを収集することでシギント能力を向上させており、2021年には日本の通信衛星が特定の地域における軍事活動を監視するためのデータを収集し、国際的な安全保障環境において重要な役割を果たした。情報収集衛星の打ち上げも継続されており、AIを活用したシギント分析システムの開発も進行中である。

さらに、日本はアメリカやオーストラリア、インドとの「クアッド」の枠組みを通じて、国際的な情報共有と協力を強化している。これにより、シギントに関する情報交換が促進され、共同の防衛戦略が策定されている。国際協力の面では、日本は「ファイブアイズ」諸国との情報共有を強化し、経済安全保障分野での協力が進んでいる。

政府は民間企業や大学との連携を強化し、最新の通信技術や暗号技術をシギント能力の向上に活用している。法制度の整備も進み、2022年には経済安全保障推進法が成立し、重要技術情報の保護やサプライチェーンの安全確保に関する法的基盤が強化された。

今後の課題としては、宇宙空間での測位信号の活用や、より高度な情報収集能力の獲得が挙げられる。多様な宇宙システムの構築・維持・向上のためには、基幹ロケットの継続運用・強化、打ち上げ能力の向上や費用低減を進める必要がある。さらに、民間ロケットの活用を含め、即時に小型衛星を打ち上げる能力の確保も重要である。安全保障と危機管理に関する情報力の強化も引き続き進める必要がある。

日本のH3ロケット

以上のように、日本のシギント能力は、経済安全保障、サイバー防衛、宇宙情報収集、国際的な協力の観点から強化され続けており、これらの取り組みは国際情勢の変化に対応するための重要な要素となっている。さらに、日本が情報収集艦を持つべき理由として、海上の脅威に対する迅速な対応能力の向上が挙げられる。中国の海洋進出や北朝鮮の動向を監視するためには、情報収集艦が有効な手段となる。情報収集艦を保有することで、より包括的かつ迅速な情報収集が可能となり、国防と経済安全保障の強化に寄与することが期待される。

日本がインテリジェンスでも米英諸国と本格的に連携しようと思うならば、自衛隊のシギント機関を発展・拡大して本格的な国家シギント機関を創設すべきである。これにより、日本は国際的な情報戦において必要な地位を確立し、同盟国との協力をさらに強化することが可能となる。情報収集艦の運用は、単なる防衛手段にとどまらず、国際的な影響力を高めるための重要な戦略的資産となるだろう。

今後もさらなる進展が期待される中で、技術の進化や地政学的な変動に対応するための柔軟な戦略が求められる。日本は、これらすべてを踏まえた上で、積極的に情報収集能力を向上させ、国際社会での立ち位置を強化する努力が必要である。情報収集艦の導入は、その第一歩として非常に重要な意味を持つだろう。これを所有することにより、日本はその決意を世界に表明することができる。国際情勢がますます複雑化する中で、日本は自らの安全保障を確保し、持続可能な未来を築くための選択肢を模索し続ける必要がある。

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