2022年5月23日月曜日

財務省の超エリート「次官候補」は何に追い込まれたのか?逮捕劇までに財務省で起こっていたこと―【私の論評】柔軟性がなくなった異様な日本の財政論議に、岸田政権の闇が透けて見える(゚д゚)!

財務省の超エリート「次官候補」は何に追い込まれたのか?逮捕劇までに財務省で起こっていたこと

自民党内で「ご説明」行脚

 財務省総括審議官の小野平八郎容疑者(56歳)が、5月20日逮捕された。
 《20日午前0時すぎ、東京都内を走行中の東急田園都市線の車内で他の乗客を殴ったり蹴ったりしたなどとして、暴行の疑いがある》(NHKニュース)


 財務省の総括審議官とは、財務事務次官(あるいは、対外的には次官級である財務官)へのコースだ。統括審議官を経た官僚は、たとえ事務次官になれなくても、国税庁長官か他省庁の事務次官になっている。財務官僚の中でも「超エリートポスト」だ。


 しかし今回の逮捕劇により、小野氏は20日付で総括審議官から大臣官房付に降格された。

 総括審議官の担当は国内経済一般である。表向き、日銀との調整事務もあり、かつては事実上公定歩合を「決めて」いたこともあったポジションだ。1998年の日銀法改正以降は形式・実質ともに日銀が金融政策を決めている。

 実をいえば、筆者は日銀法改正以前の総括審議官の下で働いていたこともある。その当時、日米経済摩擦が問題になっていた。アメリカ政府が日本に内需拡大を要求するときの経済理論的根拠になっていた「ISバランス論」を論破せよ──もし出来たらノーベル賞級という、そんな難題を課せられたこともあった。

 統括審議官は、最近では政府の経済財政諮問会議関連の仕事が多い。5月16日に諮問会議で「骨太の方針」の骨子案が出された。これは、骨子つまり項目だけであり、5月中に原案をつくり、6月上旬に閣議決定される予定だ。

 「骨太の方針」の策定に当たっては、当然のことながら、自民党との調整も必要だ。この7月に参院選を控える自民党は、6月までに公約を固める必要がある。高市早苗政調会長が自民党内で政策の取りまとめは行うものの、自民党内の各所に「ご説明」という名目で接近し、財務省の意向をできるだけ通りやすくするのも、総括審議官に課せられた仕事のようだった。

積極財政派の仕掛け?

 特に、自民党内では、財政に対する路線対立がある。岸田首相に近い財政健全化推進本部(本部長:額賀福志郎、最高顧問:麻生太郎)と、安倍元首相に近い財政政策検討本部(本部長:西田昌司、最高顧問:安倍晋三)がある。前者は財政再建路線、後者は積極財政路線であり、両者は基本的な方向が異なってる。自民党内で二つの本部があるのはかなり異様である。

 もっとも、7月の参院選を控えて党内対立・政局になるのは自民党のためにならないので、両本部とも、政局にすることなく「大人」の妥協の方向で基本方針は固まっている。

 両者の争点は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を2025年度に黒字化するという政府目標の取り扱いだ。

 「積極財政派」の財政政策検討本部は、17日、「財政再建派」の財政健全化推進本部に配慮した提言を出した。一方の財政健全化推進本部は19日、従来の財務省方針どおりの「財政健全化の旗を降ろさず」という提言をまとめる予定だったが、それでは財政積極派の議員が収まらず、19日の決定には至らなかった。その後、本部長預かりとなって、政府の「骨太の方針」に取り込まれる予定だという。

 財政健全化推進本部が19日示した案のドラフトは、どうやら小野氏がとりまとめの事務責任者だったようだ。

 小野氏は自分の案が提言として決定されなかったことで、かなりのストレスがあったと思われる。その19日の深夜に「事件」は起こった。

 それにしても、電車での暴行と聞いて驚いた。総括審議官は局長級なので、仕事なら公用車も使えるし、でなくても電車ではなくタクシーなどを使うのが普通だ。よほど腹が立って深酒をしたのだろうが、それであればなおさら電車に乗るべきでなかった。いずれにしても、どれだけストレスがあったとしても、他人に暴行をふるってはいけないのはいうまでもない。

 先週の本コラムで書いたが、安倍元首相の発言(「日銀は政府の子会社」)に対するマスコミ報道は、自民党内の対立において、有利の立場を築きたい財務省の思惑が透けてみえる。

 そういうと、今回の逮捕についても「積極財政派の仕掛け」という陰謀論も出てきそうだが、小野氏以外の人が総括審議官になっても、財務省の再建至上主義は財務省のDNAともいうべきモノで変わりはないので、仕掛ける意味がないだろう。
 
 デタラメな「財政危機」論

 この間筆者は、財政問題について意見を求められることは多かったものの、あまり表には出ていない。ある人から言われたが、筆者の見解はかなり「危険」だというのだ。会計や金融工学手法を使った筆者の説明は定量的なので、反論するなら定量的に行う必要はある。だがそれができないらしい。反論を許さない論法が「危険」といわれている。

 それでも筆者は、11日に行われた自民党若手の積極財政議連の勉強会で、マスコミを含めフルオープンで話をしている。

 そこで話したのはこういうことだ。

 今のプライマリーバランスは、狭義の政府のみに焦点をあてているので不適切である。政府・日銀の統合政府のネット債務残高対GDPを大きくさせないためには、政府・日銀のプライマリーバランスを新しい指標として、それをインフレ目標の範囲内で考慮すべきだ──興味のあるかたは、動画で示した数式を参照されたい。

 21日、大阪朝日放送「正義のミカタ」でも、財政問題を解説する機会があった。東京の地上波でこうした話はできないが、大阪では比較的自由だ。話した内容は、本コラムで何度も繰り返してきた「政府連結BSでは事実上資産超過」だ。

 もちろん簿外の徴税権を含めれば、資産超過は常に確実だ。筆者は、およそ30年前に世界に先がけて政府連結BSを作っているが、その当時から政府は当分破綻しないことを知っていた。


 これは世界ではあたり前で、IMFでも分析していることだ。安倍政権時代、ノーベル経済学者受賞者のスティグリッツ教授が経済財政諮問会議で話したことからも裏付けられる。

 財務省やマスコミのやってきたことは、そうした世界の「真実の声」を報じないことだ。だが先週の安倍元首相の発言をはじめ、自民党若手の積極財政議連のメンバーでも、財務省が債務だけでデタラメの議論をしていることについて、かなり理解が広がっている。

 昨年矢野康治財務事務次官が『文藝春秋』11月号に書いた内容も、債務だけで財政危機を論じるなど、会計的にあまりに幼稚なので失笑を買ったものだ。

 こうした過程で、一部の自民党議員の動きは、小野氏をかなり悩ませたに違いない。

 小野氏は財務省の省益を守るために努力したが、それが報われずに、そのストレスで暴行に及んだとしたならば──。もちろん、この話はあくまで筆者の邪推であり、確たる証拠はない。だがこれが正しければ、財務省のデタラメな財政危機論は、とんだところにも悪影響を及ぼしてしまったのかもしれない。

 財務省は、会計に無知で独断的な財政危機の扇動をやめるべきだ。でないと、本当の財政の姿を国民は理解しなくなり、財務省職員にとってもいいことではない。

 財務省職員に言っておきたいが、財務省論法はもう無理だということ。それでも省益のために働けと言われたら、国民のためにも辞めたほうがいい。

髙橋 洋一(経済学者)

【私の論評】柔軟性がなくなった異様な日本の財政論議に岸田政権の闇が透けて見える(゚д゚)!

上の記事にもあるように、自民党内では、財政に対する路線対立があります。岸田首相に近い財政健全化推進本部(本部長:額賀福志郎、最高顧問:麻生太郎)と、安倍元首相に近い財政政策検討本部(本部長:西田昌司、最高顧問:安倍晋三)があります。前者は財政再建路線、後者は積極財政路線であり、両者は基本的な方向が異なっています。自民党内で二つの本部があるのはかなり異様です。

両者の争点は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を2025年度に黒字化するという政府目標の取り扱いです。

ただ、こうした状況には根本的な間違いがあります。それについては、このブログでも述べたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
自民に“財政”2組織が発足 財政再建派と積極財政派が攻防―【私の論評】「○○主義」で財政を考えるなどという愚かなことはやめるべき(゚д゚)!
財政政策検討本部役員会で発言する安倍晋三元首相=1日午後、東京・永田町の自民党本部

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、結局この記事で何を言いたかったかと言う部分を長めですが、この記事から引用します。
「財政再建派と積極財政派の攻防」とは一体どういうことなのかと考えてしまいます。財政再建派といわれる人々は、どんな時でも財政再建を主張するのでしょうか。そうして、積極再生派の人々はどんなときでも積極財政をするというのでしょうか。

現状の財政が危機なのか、そうでないのか、あるいは現状は積極財政すべきなのかという「事実判断」をまず検討すべきです。それから再建すべきなのか、積極でいけるかのがわかるはずです。「主義」として議論する人は最初から間違えています。

デフレになっても、それでも財政再建ばかりしていれば、いずれさらに酷いデフレになるのは必定です。平成年間のほとんどの期間にわたり、このようなことを実施し続けたのと日銀が金融引締を続けたので、現在の日本はデフレ傾向にが続いています。積極財政主義にも確かに問題があります。積極財政を主義としていつまでも行いつづければ、いつかは超インフレになってしまいます。

日本は、財政再建主義を長い間続けてきた結果平成年間のほとんどの期間がデフレだったという、大失敗をやらかしたのですから、いい加減「主義」で財政を考えるという愚かな、馬鹿真似はやめるべきです。必要なのは、実体経済を分析した上で、積極財政すべきときは、積極財政をして、緊縮財政すべきときは積極財政をするという柔軟な姿勢てす。

安倍氏や高市氏などこのようなことは、重々承知なのでしょうが、岸田政権の枠組みの中で、このような二つの組織ができているので、「財政政策検討本部」の中で財政を検討するよりないのでしょう。

「財政健全化推進本部」と「財政政策検討本部」の二つの組織を立ち上げる岸田政権ではまともな経済対策は期待できないです。

岸田氏としては、財政健全化主義者の組織と、財政政策を検討する組織の二つの組織の意見を聴いたうえで、財政政策を実施することになるのでしょう。これは、どちらがわの意見も聴いたということをアピールするためとしか考えられません。

このようなことを実施すれば、財政政策としては、両者の意見を折衷したものとなり、不十分なものしかできないでしょう。無論先日もこのブログで述べたような米国における「高圧経済」など望むべくもないでしょう。

経済の問題、特にその時々でどのような経済対策を打つべきかに関しては、本来その時々の経済に対応して柔軟に実施すべきものです。

にも かかわらず、積極財政派と財政再建派という派閥をつくって議論をするとそこには暗黙の了解というか、暗黙の前提ができてしまいます。

それは、積極財政派はいついかなるとき、それこそ超インフレのときにも積極財政を行い続ける、財政再建派は、超デフレであっても、積極財政など考えもせずに、財政再建を続けるというような暗黙の前提です。

無論、上にも示したように、安倍元総理、高市政調会長、西田議員などそのように考えてはおらず、その時々の経済に対応した柔軟な対応をすべきと考えているでしょう。ただ、デフレが長く続いた日本では、今は積極財政をすべきと考えていることでしょう。

しかし、財政再建派の人々の多くは、どんなときでも財政再建、緊縮財政を実施するのが正しいと信じているのでしょう。この考えが間違いであり、日本は長い間デフレに見舞われ、賃金も上がらず、長期停滞を続けました。

本来経済対策は、柔軟に実施すべき筋のものであり、財政再建派のように「どんなときでも財政再建」などと考えていれば、まともな経済対策などできません。

その時々の経済状況を把握するのは大して難しいことではありません。以前にも述べたように、積極財政を行った結果、インフレ率は上がるものの、失業率が下がらない状況が続けば、積極財政はやめて、緊縮財政によって財政再建をすれば良いです。

緊縮財政を実施し、財政再建をした場合、デフレ傾向になり、失業率が上がり続ければ、財政再建など中止して、積極財政に転じるべきです。現在の日本では、デフレがあまりに長い間続いてしまい、それが当たり前のようになっていますが、デフレは正常な経済循環から逸脱した状況であり、これは必ず是正しなければなりません。

以上のように財政政策の方向性を探るのはさほど難しいことではありません。そうして岸田政権が財政政策の目標を決めて、財務省は専門家的立場から、その目標を実現するために、様々な手法を駆使するべきなのです。

財政再建派からみれば、積極財政などとんてもないし、派閥(主義)で政策を考えているのですから、積極財政派には負けられないし、なんとしても自分たちを考えを通そうというほうに流れるのは当然といえるでしょう。

20日には、岸田総理大臣直轄の機関で自民党内の財政再建派が中心の会合が開かれ、政府が6月に閣議決定する「骨太の方針」を念頭に提言案をまとめました。

20日行われた自民党財政再建派の会合

提言案には、2025年度にプライマリーバランス=基礎的財政収支の黒字化を目指す政府目標について、「財政健全化の『旗』を下ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組む。」と明記されました。

一方で黒字化目標の時期については「内外の経済情勢等を常に注視しつつ、状況に応じ必要な検証を行っていく。」との表現にとどめました。

提言案を巡っては、19日の会合で、積極財政派を中心に「アベノミクスの成果を入れるべき」といった批判が相次ぎました。

今後は、参議院選挙が迫るなか、党内での対立を避けるため両会合で連携して財政政策を検討していく方針としされていますが、これでまともな財政政策が出来上がるとはとても思えません。

結局、岸田総理は無用な対立を助長するようなことをしてしまったとしか言いようがありません。本来は岸田総理が、官僚の出す統計数値などから、判断し、積極財政をするか財政再建をするかその方向性を明らかにするとともに、財政の目標値を定めるべきです。

いずれの方向に進むにしても、党内で一致して、その方向に進むのが筋です。そうして、財政政策に成功すれば、そのまま政権を継続し、大失敗すれば、辞任すれば良いてのです。そうしないのは、本当に無責任の極みとしか言いようがありませ。

それをしないで、積極財政派、財政再建派を対立させるようなことをしてしまったのは、全く罪作りとしかいいようがありません。

財務省総括審議官の小野平八郎氏の直近の仕事内容は、日本銀行との政策調整や国会対応などで、かなりハードだっちようです。しかも今は自民党内で『積極財政派』と『財政再建派』が激しく対立し、会合では怒号が飛び交うほどです。そうした最中にあって、小野氏は財務省の省益を追求しなればならないという使命が課されていたのです。

『財政再建派』は軽くいなせたものの、『積極財政派』には、そうとう手こずらされたに違いありません。理論武装した『積極財政派』に対して稚拙な財務省論法は通じなかったでしょう。時によっては、強く叱責され、罵声を浴びせられたこともあったかもしれません。

小野氏は、調整役として奔走していました。かなりのストレスが溜まっていただろうことは、想像に難くありません。

とはいえ、電車内で乱暴狼藉を働くことはとても許されることではありません。ただ、通常ならあり得ないような今回のような事件が起こってしまったことに、岸田政権の闇が透けて見えます。

岸田政権によって、従来から異常だった日本の財政論議はますます歪められることになりそうです。

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