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岡崎研究所
この社説の主張と観察の主要点は次の通りだ。
(1)バイデンの初のアジア歴訪は、軍事に比べ経済アジェンダが貧弱だった。インド太平洋経済枠組み(IPEF)では物足りない。アジアでの影響力を維持するためには、軍事と同じレベルの経済イニシャティブが必要だ。
(2)力不足のIPEFも米の他12カ国の参加を確保できたが、「米国提案の魅力というよりも、日本の努力によるところが大きかった」。
(3)理想は環太平洋経済連携協定(TPP)に復帰することだ。しかしバイデンは議会の反対があると決め込んでいる。英国のTPP加盟は米の復帰に有益な役割を果たすかもしれない。
(4)バイデンは先ず反貿易のナラティブを変える必要がある。
(5)米国はアジアとの関与につき外交・経済サイドを軍事コミットメントと同じレベルまで高める必要がある。
バイデンのアジア政策、特に対中政策には貿易政策が欠如しているとの議論は、ここ最近、フィナンシャル・タイムズ紙が頻りに繰り返している。良いことだ。バイデン政権には良く咀嚼して欲しいものだ。
貿易政策の良し悪しを議論する前に、バイデン政権には貿易政策がないように思える。貿易について思考停止しており、貿易課題に挑戦する意思もないようだ。何故そうなのか。党内左派や議会の反貿易を過大評価し、憶病になっているのか。あるいは大統領選挙の公約違反を恐れているのか。しかし、大統領選挙では先ず国内企業への投資をせねばならない旨、注意深く発言していたはずだ。
あるいは政権内の貿易グループ、もっと言えば米通商代表部(USTR)と商務省ラインに知恵がないのか。あるいはバイデンの側にあって政策の司令塔になる最側近達が不十分なのか。あるいはタイミングを待っているのか。本当に理解し難い。
バイデンに理想型から変革型への期待
政治は闘いだ。言説を辛抱強く維持してこそ、道が開ける。それを続けてこそ説得できるし、ディールが出来る。
力強いナラティブで挑戦することによって戦略が出来る。そう考えると、バイデン政権が発足してもう2年になるが、バイデン政権は次から次へと起きる状況への対処には総体としてうまく対応してきたように見える(特にウクライナ戦争)。しかし、歴史に残る偉業を達成したかと言えば心もとない。
バイデンはそろそろ自分の理想を喋り始めることにより、「変革型」の大統領に変わることが必要なのではないだろうか(特に貿易について)。まさにナラティブを変える必要があるのだ。
【私の論評】TPPに復帰し中国を封じ込め「地政学的戦争」に勝利すれば、バイデン氏は歴史名を刻む(゚д゚)!
バイデンには米中が熾烈な地政学的戦いをしているという観念が希薄なのかもしれません。
地経学的な戦いとは、兵士によって他国を侵略する代わりに、投資を通じて相手国の産業を征服するというものです。経済を武器として使用するやり方は、過去においてもしばしば行われてきました。
そうして、中国が特殊なのはそれを公式に宣言していることです。その典型が「中国製造2025」です。これは単なる産業育成ではなく、たとえばAIの分野に国家が莫大な投資を行うことで、他国の企業を打倒すること、そして、それによって中国政府の影響力を強めることが真の狙いなのです。
その意味で、中国は国営企業、民間企業を問わず、「地経学的戦争における国家の尖兵(せんぺい)」なのです。たとえばイギリスがアジアを侵略する際の東インド会社のような存在なのです。
中国企業がスパイ行為などにより技術の窃盗を繰り返したり、貿易のルールを平然と破ったりするのは、それがビジネスであると同時に、国家による戦争だからです。
トランプ政権になって、米国がそうした行為を厳しく咎め、制裁を行うようになったのも、それを正しく「地経学的戦争」だと認識したからであり、だからこそ政権が交代しても、対中政策は変わらなかったはずです。
そうして、中国が特殊なのはそれを公式に宣言していることです。その典型が「中国製造2025」です。これは単なる産業育成ではなく、たとえばAIの分野に国家が莫大な投資を行うことで、他国の企業を打倒すること、そして、それによって中国政府の影響力を強めることが真の狙いなのです。
その意味で、中国は国営企業、民間企業を問わず、「地経学的戦争における国家の尖兵(せんぺい)」なのです。たとえばイギリスがアジアを侵略する際の東インド会社のような存在なのです。
中国企業がスパイ行為などにより技術の窃盗を繰り返したり、貿易のルールを平然と破ったりするのは、それがビジネスであると同時に、国家による戦争だからです。
トランプ政権になって、米国がそうした行為を厳しく咎め、制裁を行うようになったのも、それを正しく「地経学的戦争」だと認識したからであり、だからこそ政権が交代しても、対中政策は変わらなかったはずです。
そうであれば、不公正な行動を繰り返す中国を除いた、貿易体制を築くのが当然であり、それがまさしくTPPだったはずです。ところが、そのTPPから離脱を決めたのが、「地政学的戦争」を認識したはずのトランプ大統領だったのです。
「アメリカ・ファースト」を提唱したトランプ氏は、関税を軸とした自由貿易協定への米国内での強いアレルギーを強く意識したため、こうした挙に出たものと考えられます。
2国間か多国間かに関わらず、締約国・加盟国が相互に自国・地域の市場を開放する枠組みであり、いずれにしても関税が重要な要素であることに違いはないです。
昨年10月27日、オンライン形式で開催された第16回東アジア首脳会議(EAS)において、バイデン大統領は初めてIPEF構想に言及しました。さらに今年2月11日、ホワイトハウスは『インド太平洋戦略』を発表、IPEFについて、インド太平洋地域における通商促進、デジタル経済の拡大、サプライチェーンの回復力強化、インフラ投資の喚起などを目指す枠組みであることが示されています。
もっとも、IPEFは通商に関する多国間のフレームワークとしては極めて特殊と言えるます。理由は、関税を対象とせず、議会の承認を必要とする条約・協定でもないとされているからです。背景には、米国国内において、関税を軸とした自由貿易協定への強いアレルギーの存在があるのでしょう。
ジョージ・W・ブッシュ大統領は、APEC全体を包括する『アジア太平洋自由貿易圏構想(FTAAP)』を提唱、高い基準を設けることで、実質的に中国の排除を目指しました。それが『環太平洋パートナーシップ(TPP)』であり、バラク・オバマ大統領もこの戦略を踏襲したのです。
しかしながら、次のドナルド・トランプ大統領は、就任初日の2017年1月20日、TPP交渉から離脱する大統領令に署名、米国のインド太平洋戦略、そして対中戦略は大きく方向転換したと言えます。
ロシアによるウクライナ侵攻もあり、バイデン大統領は対中戦略の見直しを迫られています。しかし、米国の国内事情からTPPへの加盟は難しいようです。そこで、関税を含まず、議会の承認も必要のないIPEFの概念を捻りだしたと言えます。
ロシアによるウクライナ侵攻もあり、バイデン大統領は対中戦略の見直しを迫られています。しかし、米国の国内事情からTPPへの加盟は難しいようです。そこで、関税を含まず、議会の承認も必要のないIPEFの概念を捻りだしたと言えます。
問題はIPEFの実効性です。米国の関税率引き下げが期待できず、自国の非関税障壁の縮小を迫られるならば、新興国にとりIPEFに参加するメリットは不透明と言えます。一方、日本政府は、TPP加盟こそが米国の本来採るべき道と考えているようです。萩生田光一経産相は、5月10日の閣議後会見で、IPEFに関し「加盟国のメリットが不明瞭」と率直に語りました。
米国もそうした指摘は十分に認識しているのでしよう。IPEFの交渉の柱とする「公正な貿易」、「サプライチェーンの回復」、「インフラと環境への投資」、「税制と腐敗防止」の4つの分野に関し、個々の国が全ての議論に参加する必要はなく、個別に選んで参加できる方式を導入する模様です。
それでも、今のところASEAN10ヶ国でIPEFへの参加が見込まれるのはシンガポールだけと言われています。トランプ前大統領がTPPから離脱したツケは、米国のインド太平洋戦略に大きなダメージを与えていると言えます。
岸田首相は、バイデン大統領の訪日で緊密な日米関係をアピールし、中国を牽制する意向と見られます。また、岸田政権が重視する半導体に関し、IPEFを通じて日米両国を軸としたサプライチェーンの再編成を図る目論見があるようです。
ただし、インド太平洋は非常に複雑です。例えば、ベトナム、インドは中国と緊張関係にある一方、ロシアとは長期に亘り良好な関係を維持してきました。バイデン政権がIPEFを武器にこの地域の国々を自陣に引き入れることができるのか、そのシナリオは極めて不透明と言えます。
やはり米国はTPPに復帰すべきでしょう。関税削減対象外のIPEFでは、中国との地政学的戦いに挑むことはできません。やはり、TPPのような関税の撤廃や削減を含む仕組みで、中国には障壁が高く参入できないという方式のほうが、中国との地政学的な戦いにはるかに適しています。
一方中国は、TPPに参加申請をしていますが、これは最初から無理筋です。中国はTPPに参加するオーストラリアなどと貿易面での摩擦を抱えていて、加入に必要なすべての参加国の同意を得られる見込みはありません。
またTPPには貿易や投資のルールについて、国有企業に対する行き過ぎた優遇措置の是正や知的財産の保護など高い自由化を求める規定があるため、中国はこうした自由化をしない限り、TPPには加入できません。
中国がWTOに加入するときには、中国はこうした自由化をすると約束しましたが、中国は未だにその約束を守っていません。
こうしたことから、TPP加入国は中国が先に、国内で自由化がされた後でないと、加入を認めることはしないでしょう。ただ、中国共産党は自由化を認めれば、自ら体制を変えなければならず、そうなれば統治の正当性を失うことになるので、それはしません。ということは、中国はTPPには参加できません。
中国がTPPに参加申請をしたのは、本気でTPPに入ろうというのが目的ではなく、一つの中国という観点から台湾を牽制するのが目的だと考えられます。
トランプ氏は、米国のマスコミの9割はリベラルであることから、マスコミによって徹底的に印象操作され、その功績は評価されていないようにもみえますが、その実正しく米中の争いを「地経学的戦争」だとはっきり認識した最初の大統領であること、それに先日も掲載したトランプ減税等により、歴史に残る偉業を達成したといえるでしょう。
ちなみに、トランプ減税により、米国では国内投資が飛躍的に増えるとともに、賃金も上がっています。
一方残念ながら、バイデン氏は歴史に残る偉業を達成した大統領とはいえません。TPPに復帰することにより、中国を封じ込め「地政学的戦争」に勝利すれば、そうなる可能性は高まることになります。
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