2022年8月27日土曜日

日テレ「24時間テレビ」に旧統一教会信徒が募金、ボランティア 連日追求『ミヤネ屋』MCの宮根誠司は〝反省〟「われわれも自己点検していかなければいけない」―【私の論評】現在の宗教問題の本質は、宗教法人は寄附金控除の対象ではなく、寄附金額の縛りもないこと(゚д゚)!

日テレ「24時間テレビ」に旧統一教会信徒が募金、ボランティア 連日追求『ミヤネ屋』MCの宮根誠司は〝反省〟「われわれも自己点検していかなければいけない」


 今年も27、28日に放送される日本テレビ系の名物番組「24時間テレビ」をめぐり、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が、教団のサイト上で、「信徒がボランティアスタッフとして7年間参加していた」と発表。変更前の正式名称「世界基督教統一神霊協会」の名前が番組のテロップに映っているとしたテレビ画面の画像も掲示した。日本テレビは、画像は系列局のものだとしたうえで、「ボランティアの思想・信条は確認しない」とした。

■きょうから放送

 教団は25日、24時間テレビで女性信徒がボランティアスタッフとして7年間、番組ボランティアをまとめる中心的な立場で活躍していたと公表。「七尾市/世界基督教統一神霊協会能登教会」とテロップに映し出された2014年の放送分とされるテレビ画面の画像も添付した。


 教団広報部は「能登教会の名義で24時間テレビに募金させていただいている経緯があって、個人の信者様もボランティアスタッフとして貢献したいという旨で参加していた」と説明。女性信徒については「長年やっておられて、番組側としても信頼がおけるからこういった役割を任せられるようになっていた」と話した。

 21日には「過熱報道」によって被害を受けているとして、各報道機関との関わりを調査し、公表すると発表していた。

 日本テレビは26日、リリースを公表、教団名のテロップについて《この画像は、弊社系列のテレビ金沢が2014年7月27日にローカルエリアで放送したものと、テレビ金沢から報告を受けています。2014年の弊社「24時間テレビ」の中で放送されたものではなく、全国放送はされていません》とした。

 《「24時間テレビ」では、番組の趣旨に賛同していただける方にボランティアとして参加していただいております。一般的に、参加される方の個人的な思想・信条について確認することはいたしません》ともしている。

■CM一部で10回

 テレビ金沢は、テロップはボランティア団体の紹介ではなくCMの一部で、14年7月26日から31日に計10回放送したと明らかにした。

 旧統一教会問題を連日報じている日テレ系情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」の26日の放送で、MCの宮根誠司(59)が、個人の考えと前置きし、「われわれも関係がひょっとしたら分からないうちに、あったのかなかったのか」「政治家の方ばかり責め立てるのではなく、われわれも自己点検をしていかなければいけないなとは思いますね」と語った。

【私の論評】現在の日本の宗教問題の本質は、宗教法人に対する寄付は控除の対象ではなく、寄付金額の縛りすらもないこと(゚д゚)!

日テレが、24時間テレビを放映すること自体には特に問題はないと思います。先日もこのブログで示したように、そもそも日本国憲法では、憲法 20 条で「信教の自由」は認められています。ただ、一方で日テレが統一教会問題で自民党や議員を批判する報道をするのは、二重基準といわれても致し方ないとも思います。

以前このブログでも述べたように、伝統的な法学の世界で使われる「政教分離」という用語は、英語では「Separation of Church and State」と表現され、文字どおり「教会と国家の分離」を意味します。「政」は「政治」や「政党」ではなく「国家」なのです。国家が国教などを定めることや、国家が特定の宗教を支持したり、保護したりすることを禁じるものです。

国家に対して〝宗教への国家の中立性〟を求めるものであって、国民に対して〝宗教者の政治参加〟を禁じたものではありません。詳細は当該記事をご覧いただものとして、結果として、創価学会のような、宗教団体が政治に関与することも、ましてや、旧統一教会のような宗教団体が選挙運動の応援をすることも違憲ではありません。

国およびその機関が宗教に介入・関与するのがいけないのであって、政治家が宗教と関係を持つことまで禁止していないのです。

違憲ではないのですから、無論それを取り締まる法律など存在しませんし、存在すれば大変なことです。なぜなら、特定の宗教の信者を、信者であるからという理由だけで、排除すれば、それは明確な憲法違反になるからです。

とはいうものの、その関係性について、懸念を持たれることは政治家として避けたほうが良いでしょう。ただし、選挙運動員を募集するときに、「統一教会」などの所属するかを聞くわけもいかないわけですから、これは仕方ないとしか言いようがありません。

これは、政治の世界だけではなく、民間企業などの民間組織でも同じことです。特定の宗教の信者だからといって、面接等でこれを排除すれば、これは人権侵害であって、違憲です。

とはいいながら、なにやら上記のことだけでは、もやもや感が拭い去ることはできません。なぜなのでしょう。やはり、この問題の本質が見えないからでしょう。

以下をご覧になれば、もやもや感は幾分なりとも解消すると思います。ぜひ最後までご覧になってください。

最近テレヒなどで報道される旧統一教会は、50年以上昔のことですが、旧統一教会系の政治団体「国際勝共連合」が創設され、反共産主義団体として知られていました。

その後、1980年代には旧統一教会の霊感商法が社会問題化した、むしろ問題はこれでした。

ただ、霊感商法に関してはここ数年でかなりの前進がありました。安倍政権だった頃の、2016年10月から、いわゆる「消費者裁判手続特例法」が施行されました。それまで、消費者が企業(事業者)から何らかの財産的被害を受けた場合、自らその被害回復を図るためには、自力で事業者を相手に交渉するか、訴訟を提起する必要がありました。

しかし、消費者契約に関する共通の原因により相当多数の消費者に生じた財産的被害の集団的な回復を図ることを目的として、本法が制定されました。いわゆる日本版クラスアクションです。これには、霊感商法の被害も含まれます。

さらに、19年6月から、消費者契約法改正が施行されました。その結果、霊感等による知見を用いた告知により締結された消費者契約の取り消しができるようになったのです。

このような消費者被害の救済について、それまでは公序良俗違反による無効(民法90条)や不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)といった一般的な規定に委ねられていたのですが、これらの規定は要件が抽象的でしたので、どのような場合に適用されるかが、消費者にとって必ずしも明確ではない部分がありました。

消費者契約法改正により、霊感商法は取り消せるとなったので、かなり対応は楽になりました。消費者裁判手続特例法も消費者契約法改正もともに第2次安倍晋三政権での成果です。消費者契約法を厳格に適用すれば、霊感商法は成り立たなくなります。

今や残る問題は霊感商法ではなく、宗教団体が受け入れる多額の寄付金だといえます。

寄付金には様々な課題があります。

宗教団体の中には「宗教法人」として法人格をもつものがあります。宗教法人が受け取ったお布施やお賽銭には税金がかかりません。

宗教法人とは、宗教法人法により法人となった宗教団体をいいます。宗教団体のすべてが法人格をもつわけではありません。宗教活動自体は、個人でも可能です。ただし、同じ信仰を持つ個人があつまり、集団が形成されると個人の物とは区別された共有財産が発生し、管理・運営しなくてはならなくなります。そこで、個人とは別個の法人格が必要となります。この維持管理を目的としたのが宗教法人です。

そうして、宗教法人というと、どのくらいの数があるかということも知っておくべきです。

すごい数です。これでは、政治家が敵に回したくない相手であることも良く理解できます。信者数も日本の総人口を上回っています(図表2)。

個人のより集まりに過ぎない宗教団体が受け取ったお布施などについては、宗教法人法の適用がないのて、税法的には、PTAや同窓会と同じく「人格のない社団等」として、株式会社や合同会社といった普通法人と同様の存在とみなされ、お布施などの寄附についても「受贈益」として法人税が課税されます。

ただし、宗教法人を設立する場合、以下の要件をクリアしなくてはならないのです。
1.礼拝の施設その他の財産を有していること
2.布教活動をしていること
3.日頃から儀式行事を行っていること
4.信者を教化育成すること
一見単純ですが、各要件の現実的な運用は厳格です。1.は自宅でやっていればいいというものではなく、境内建物などのように公開性を有していなくてはならなりません。2から4については、宗教法人の実態の証明が必要です。

そのため、設立申請時には、設立以前からの活動実績報告(3年が目安)や所轄庁認証された規則、信者名簿などといった、宗教法人の健全な実態を証する書類を提出しなくてはならなのです。そうして認可そのものは実際3年程度かかることが多いです。宗教法人になるためには、このようなハードルを乗り越えなければならないのです。

設立・維持に関する義務への労力がクリアし、税金は免れたとしても、日常の維持管理費は避けらません。つまり、宗教法人であれ、支出がある以上、収入は不可欠です。

しかし宗教法人は、普通法人よりもお金を稼ぐための活動が制限されます。普通法人は営利活動、つまり稼ぐ行為それ自体が目的ですが、宗教法人はあくまで宗教が目的だからです。

そのため、宗教法人が収益事業を行えば、その部分には課税されます。収益事業とは以下の業種です。


そのため、宗教法人の主な収入は檀家や氏子からのお布施や寄附など、多くが他人依存的なものに限定されます。今の宗教法人の大変さのひとつは、この限定的な本来事業による収入が年々減少してきていることです。理由は、檀家や氏子といった支援組織の衰退・解散にあります。

この大変さは、「世界基督教統一神霊協会」も例外ではありません。このことが、宗教法人が高額の寄付金を信者に求める原因の一つなっていることは否めないです。霊感商法も、現在では根拠法ができ、取締が厳しくなってきたので、できなくなりましたが、根拠法がなかったときに横行していた背景にはこのようなことがあったと考えられます。

この問題を解決するには、まずは寄付金控除を宗教法人にも適用すべきです。現在の日本では、寄付金控除という制度はあるものの、それはNPO 法人などに寄付した場合寄付者に適用されるものです。残念ながら宗教法人には適用されていません。

お寺などの宗教法人への寄付の場合、その寄付が財務大臣の指定を受けたものであり、「特定寄付金」に該当する場合は、寄付金控除の対象になりますが、それ以外の場合は寄付金控除の対象となりません。ですから、ほとんどの宗教法人に寄付したとしても控除の対象にはならないのです。

この制度が宗教法人にも適用されれば、お金持ちなど自発的に、寄付する人が増えるでしょう。寄付といえば、私の叔父は住職と友人関係にあった寺に多額の寄付をしていました。寺の改修を賄えるくらいの金額だったと記憶しています。当時は税制上の優遇措置もあまりなかったと記憶しています。

なぜそのようなことをしたのか、子供の頃は理解できませんでしたが、いまになって思えば、叔父はいわゆる町の名士と呼ばれるような人で、かなり裕福でしたので、きっと町や町民に利益を還元するという意味合いで多額の寄付をしたのだと思います。もし、税制上の優遇措置があれば、叔父以外にももっと多くの人が寄付していたと思います。

宗教法人に寄付して、税制上の優遇措置があれば、今よりも自発的に寄付する人も増えると思います。米国では、慈善行為を尊重する歴史的、文化的な背景により、拭き金に対する税控除の範囲が広く設定され、控除限度額も日本より高いです。公益目的の寄付金は、法人の種類によって所得の30%もしくは50%を限度として認められます。

米国では古くから寄付金文化が根付いてきたこともあって、寄付に関しても様々なブログラムがあります。

米国における寄付の相当部分は個人(87%)により賄われており、寄付金の配分先としては宗教団体が31%で最も多く、次が教育機関(15.5%)、社会福祉団体(12.4%)、財団(10.6%)の順でした。

米国の寄付文化の特徴としては、計画寄付(planned giving)が普遍的に実施されていることや多様な寄付プログラムが存在していることが挙げられます。

計画寄付には、寄付者助言基金、遺贈、寄付年金、合同所得基金、慈善残余信託、慈善先行信託、個人財団などのプログラムがあります。

寄付年金は、寄付者が現金や資産を社会団体などに寄付すると、寄付した現金や資産の所有権は社会団体や財団に移転されるのですが、寄付された社会団体や財団から、寄付者あるいは寄付者が指定した受給者に対して、生存中は一定額の年金が受け取れます。寄付と引きかえに終身年金を受け取る権利が得られる仕組みです。

以上については、以下のリンクに詳細が記されています。興味のある方は、こちらを参照願います。
米国における501(C)(3)団体に係る寄付金税制の概要
公益法人制度の国際比較概略
アメリカにおける寄付や寄付年金の現状―どうしてアメリカ人は巨額の寄付をするのか?―

このような仕組みがあれば、資産を持っていても、収入が少ないとかか年金以外の収入がない寄付者が多額の寄付をしたとしても、寄付後にも生活などが成り立つわけです。

日本でもすみやかにこのような制度をとりいれるべきです。無論寄付金文化が根付いていない日本で、これをすべてすぐに実行するのは無理だとは思いますが、それにしても、宗教法人に寄付をすれば、寄付者が税金の控除されるとか、あるいは計画年金ブログラムが根付くまでの間の経過措置として、寄付金額の上限を年収の 10%以内にするなどの措置はすぐにできると思います。

こうすれば、資産は持っているものの、収入のない宗教法人の信者が法外な寄付金を寄付するというようなことを防ぐことができると思います。

私は、これを実行するのに最大の障害となっているのはおそらく財務省だと思います。

日本の場合欧米に比較すると、NPOをはじめとする、公共政策はお粗末です。そもそも、日本には寄付金の文化がなく、それを阻止しているのは、財政民主主義を建前とする財務省でしょう。

財政民主主義の立場から、なぜか宗教法人への寄付に税制上の優遇措置を設けず、さらに寄付金の縛りもつけないがために、ブラック宗教法人が信者に法外な寄付金を収めさせることを放置しているとすれば、これは全く本末転倒と言わざるを得ません。

彼らは、大勢の金持ちが多額の寄付をすることは、財政民主主義の立場からすれば良くないと考えているようで。宗教法人に対する寄付を解禁すれば、宗教法人の数の多さから、税収が減ることを嫌がっているのかもしれません。

ただ、宗教法人とはいっても大きい法人の数はわずかであり、他のほとんどは小規模な法人です。しかも、そこに寄付金額の縛りのある個人が寄付したからといって、いくら寄付者が多くなったとしても、国の財政を脅かすような深刻な事態になることにはなりません。

それに、日本の法人税法上、実は昭和25(1950)年まで公益法人( 税制上の分類では宗教法人も含まれる)はまったく非課税だったのです。その中心的理由としてよくいわれてきたのが、①公益法人は専ら公益を目的として設立され、営利を目的としないというその公益性と、②たとえ収益事業を行ったとしても、それから生じる利益は特定の個人に帰属する性格のものでない、ということでした。

①は、換言すると、公益法人が本来国や自治体が行うべき教育や福祉などの公益的活動を行い、そのことによって国等は本来支出すべき歳出を軽減できる、ということです。公益法人の活動によって、国や自治体が十分にまかなえない公益サービスが提供され、本来国等が負担すべき財政支出が軽減されるのなら、そのような団体に課税せずに、むしろ公益的活動の増進と歳出の軽減を図る方がいい、ということです。

 特に、地域に密着した公益法人は、国や地方自治体にはにはできない地域に密着した公益サービスができます。実際、欧米ではNPOや宗教法人などが、様々な社会貢献活動を行っています。ここでは、詳細は説明しませんが、日本ではとうてい考えられはないような巨大なブロジェクト、たとえば低所得者層の住宅と雇用のための包括プログラムを実行したりしています。

そうして、このような仕組みが古くから根付いている欧米では、優秀な大学や大学院を卒業した将来有望な学生が、宗教法人を含む公益法人に就職することは珍しいことではありません。あるいは、優秀な民間営利企業の経営者が、公益法人の経営者に転身することも珍しくはありません。日本では、考えられないことです。

日本では、宗教法人の衰退に象徴されるように、公益法人が社会に貢献する力は大きくありません。江戸時代には、寺子屋などが、大きな役割を担ってきたことをもう一度思い起こすべきです。それに、道徳とか公共の利益に関わることなど、宗教法人を含む公益法人のほうが、国や地方自治体よりはるかにやりやすいはずです。

私など、子どもの頃お寺で、「地獄図絵」を見せられ、悪いことするとこういうところに堕ちると言われたことは今でも鮮明に覚えています。なぜか、ミッション系の幼稚園に入学し、そこで聴いた、イエス・キリストの自己犠牲の極地ともいえるシスターの話も鮮明に覚えています。

今の日本社会では、勉強して良い大学にいき、良い会社に行くことばかりが強調され、このような道徳心などの教育がおざなりにされ過ぎていると思います。また、政府や自治体の支援など、帯に短し襷に長しであり、公益法人の活動があまり活発ではないため、放置されている社会問題も数多く存在します。そのためでしょうか、なにやら社会が殺伐とした雰囲気になっているところはあることは否めないと思います。

しかし、現在の日本では、良い傾向もみられます。最近ではクラウドファンディングなどで、寄付金文化が根付きつつあります。

一部の富裕層が寄付するだけではなく、多くの人が寄付するようになれば、まともな公益法人には寄付金が集まりやすくなり、より社会貢献がしやすくなり、ブラックな法人には寄付金が集まらず、それでも無理をして寄付金を集めようとすれば、法律違反となりいずれ淘汰されることになります。

宗教法人の扱いは、微妙なところがあります。特定の宗教を排除するということになれば、明らかな憲法違反です。以上のようなやり方で、社会に貢献する宗教法人は栄え、ブラックな公益法人は衰退し淘汰されるというような方法が最善だと思います。

宗教の問題ということになると、日本では上記のようなことが議論されず、全く不毛な論議で時間が無駄になるばかりです。政治家も、マスコミもそうして私達もまともな論議をすべきです。そのためには、少なくとも上記のような知識が必要不可欠です。

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