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2020年1月11日土曜日

【米イラン緊迫】開戦回避でロシアは安堵 「漁夫の利」得るとの見方も―【私の論評】近年ロシアは、中東でプレゼンス高めたが、その限界は正しく認識されるべき(゚д゚)!


年末恒例の記者会見を行うロシアのプーチン大統領=昨年12月19日、モスクワ

イランの米国への報復攻撃後、両国の全面対決が回避される見通しとなり、ロシアは安堵(あんど)している。イランと米国が開戦に至った場合、ロシアは、米国やイラン、他の中東諸国との関係上、イランを支持するかどうかで進退に窮する恐れがあったためだ。一方、今回の事態はロシアに「漁夫の利」をもたらすとの見方も出ている。

 露上院のコサチョフ国際問題委員長は9日、フェイスブック上で「戦争は回避された。安堵の息を吐ける」との見解を示した。

 ロシアは米国のシリア撤兵や、米国とトルコやサウジアラビアとの関係悪化などを背景に、中東での米国の影響力を排除しつつ自身の勢力圏を拡大する戦略を進めてきた。こうした中でロシアは、地域の主導権争いなど潜在的対立を抱えるイランとも、「米国の覇権への対抗」という旗印の下で共同歩調を取ってきた。

 両国はシリア内戦でアサド政権を支援。イランのウラン濃縮再開問題でも、ロシアは「米国がイランを追い詰めた」と同情を示した。昨年12月には、両国は中国とともにオマーン湾などで海上合同演習を実施。周辺海域で「有志連合」を主導する米国を牽制(けんせい)した。

 ただ、ロシアは、非欧米的な価値観を持つ諸国の“盟主”として影響力を確保することを狙う一方、国力上、米国との決定的な対立は避けたいのが本音だ。

 米国とイランが開戦していた場合、ロシアはイランを支持しなければ、イランとの関係ばかりか、米国に拒否感を持つ各国からの求心力も失いかねなかった。

首脳会談に臨むイランのロウハニ大統領(左)とロシアのプーチン大統領

 しかし、イランを支持すれば、対米関係の決定的な悪化は避けられない。さらにロシアは、イランと敵対するサウジやイスラエルとも協調関係を築いている。イランを支持した場合、これらの国々との関係も損なわれた可能性が高い。

 こうした立場にあったロシアには開戦の回避は最善の結果となった。また、一連の事態でロシアが利益を得るとの見方も出ている。

 コサチョフ氏は「米国の行動に批判的な立場を取った欧州やイラクと、米国との溝が深まった」と指摘。米国とは対照的に、ロシアは中東各国と良好な関係を維持しつつ、米国・イラン双方に自制を求めて存在感を高めたと評価した。

 イタル・タス通信も9日、「米国は今後、報復テロの危険や国際的信頼・評価の喪失など、戦略的な損失を受ける」とする欧州の政治学者の見方を伝えた。

【私の論評】近年ロシアは、中東でプレゼンス高めたが、その限界は正しく認識されるべき(゚д゚)!

従来、中東の対立軸と言えば、イスラエル対アラブの対立が主で、「中東和平」は、イスラエルとパレスチナ(PLO:パレスチナ解放機構)の和平合意を意味しました。

ところが、近年、「アラブの春」以降、中東諸国の様相が劇的に変化すると、中東力学の構図も大きく変化しました。特に、中東の大国の一つイラクが、サダム・フセイン後、安定した統治が出来ず、ISISの台頭を許し弱体化した後、隣国のもう一つの大国イランが、中東地域で存在感を増すようになりました。

イランには、かねてから核兵器開発の疑惑もあり、中東の核兵器保有国と言われているイスラエルは、その優位性を失うことに神経を尖らせています。

そんな中東地域の中でも、レバノン、シリア、イラクでは、長く内戦が続き、安定した統治が行われていません。それら諸国において、実は、イスラエルとイランの対決が深まっています。レバノン、シリア、イラクは国家が正統な力の行使を独占しておらず、国家の体をなしておらず、この 3か国がイラン=イスラエルの「戦争」の舞台になっているのです。このイランとイスラエルとの国家間の紛争には、イスラエル軍やイランの革命防衛隊も関わり、もはや「戦争状態」と言っても良い状況になっています。

イスラエル対イラン

イランとイスラエルの国家間対立がますます深まっていくというのが最もありうるシナリオです。この対立では、今のところ、イスラエルの軍事能力がイランを圧倒しているのですが、戦略的には、攻勢に出ているのはイランであり、イランの方が明確な目的を持っているので、イランがますます強くなる可能性があります。

いまの状況を改善していくためには、レバノンとイラクについては、現在の政府が主権国家としての実質を備えるように努力することを助けていくということでしょう。シリアについては、アサド政権の下での国家再建を支援する気に西側諸国がなることはあり得ません。

アサド政権の生き残りを可能にしたイランとロシアが何とかすべきですが、彼らは今の状況が続くことをそれほど問題とは思っていない節があります。

そうなると、シリアにおけるイランとイスラエルとの紛争は止みにくいでしょう。また、広大なイラクを治めるのに、シーア派、スンニ派、クルド族との共存も欠かせないですが、民主主義で最大の人口を有するシーア派は、同じシーア派が大多数を占めるイランに親近感を持つし、イランの革命防衛隊や情報機関も、これらシーア派にアプローチしています。

一方、スンニ派は、サダム・フセイン時代のエリート達であり、なかなか現イラク政権の中枢を占めるシーア派と上手くやって行けるかわからないです。また、中東では、イランに対して、スンニ派の大国サウジの影響力もあります。

レバノンについては、宗派間のバランスをとって統治しているところ、イランが支援する武装勢力ヒズボラが、レバノン国内のシーア派に影響力を与え、スンニ派のハリーリ率いる政権を脅かしています。

こうした複雑化した中東地域では、暫く、イスラエルとイランの国家間対立を含む紛争は続くとみておくべきです。

さて、上の記事で今回ロシアが、米国とイランが本格的戦争になることを回避したことで、漁夫の利を得る可能性もあるとしていますが、本当にそうなるのでしょうか。結論からいうと、得られたにしても、大きなものにはなりえないです。

確かに、シリアにおいてイランとイスラエルが直接衝突する事態はなんとしても避けなければならないものでした。そこでロシアは、両者の間に入って衝突を避けようとする動きを盛んに見せていました。

たとえば、イスラエルが一昨年5月にシリア領内のイラン革命防衛隊を空爆したのち、ロシアのラヴロフ外相は、「シリア南部にはシリア共和国軍の部隊だけが展開すべきである」と述べ、イラン革命防衛隊の撤退が望ましいことを示唆したことがあります。ただし、ラヴロフ外相は「これは双方向の措置でなければならない」として、イスラエルによる空爆も暗に非難しました。

また、この日、レバノン上空でロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機がイスラエル空軍のF-16戦闘機に接近したと報じられています。イスラエル側の報道によると、ロシアは5月初めからレバノン上空に軍用機を侵入させ始めていたとされ、レバノンを拠点とするイスラエルのシリア領内での活動(偵察及び爆撃)をけん制する狙いがあったと見られます。

このラヴロフ発言に続き、英国に本拠を置くシリア人権監視団は、イラン革命防衛隊及びヒズボラはゴラン高原から撤退する用意があるようだと述べており、ロシアの調停による兵力の引き離しが実を結ぶかに見えました。

しかし、現実にはロシアの調停が機能しているとは言い難いものでした。結局、ロシアのけん制にもかかわらずイラン革命防衛隊はシリア南部から撤退していないと見られており、イスラエルによるシリア領内での空爆も継続されました。

一昨年7月16日にフィンランドのヘルシンキで開催された米露首脳会談でもシリア問題は大きく取り上げられたようです。ボルトン米安保補佐官(当時)によると、この際、イランをシリアから撤退させるべきであるとの見解で両国首脳は一致したものの、現実的には難しいという結論に達したといいます。

さらに同年同月23日、イスラエルを訪問したラヴロフ外相が、ゴラン高原のイスラエル国境から100km以内にイラン部隊を立ち入らせないようにするとの提案を行ったのですが、イスラエルは不十分であるとして拒絶したとも報じられました。

ラブロフ ロシア外相

イランが一度固めたシリア領内の地歩を完全に放棄させることはロシアにとっても困難であり、かといって部分的撤退ではイスラエルも納得しないという状況が見て取れました。

それでも、ロシアとしてはシリアにおけるイラン・イスラエル対立を放置することはできません。こうした中で一昨年8月、ロシアは、国連平和維持部隊の一部としてゴラン高原にロシア軍憲兵隊を展開させ始めました。

同国南部において反体制派の掃討が進み、同地域にイラン革命防衛隊が展開してくることを懸念するイスラエルを宥める意図があると見られました。ロシア軍の哨所は最終的に8カ所が設置される予定とされ、ロシアによるゴラン高原への展開としては過去にない大規模なものとなる見込みでした。

とはいえ、ラヴロフ外相の訪露で提案されたシリア南部からのイラン部隊撤退が「不十分」とされたことからも明らかなように、ロシアの措置はイスラエルの対イラン脅威認識を抜本的に払拭するものとはならないでしょう。

以上のように、ロシアは中東において圧倒的な力を持つ「調停者」として振舞うことはできておらず、近い将来にそのような振る舞いが可能となる見込みは薄いです。煎じ詰めるならば、これはロシアが中東において発揮しうる力の限界に帰結できるでしょう。秩序を乱す者に対して受け入れがたい懲罰をもたらす存在でなければ「調停者」になることはできません。

確かにロシアは旧ソ連近隣地域(ロシアが「勢力圏」とみなす地域)においては圧倒的な軍事大国であり、政治的にも経済的にも強い影響力を発揮し得るのですが、中東はその限りではないです。

もともと外征軍ではない米軍の持つ巨大な空輸・海上輸送力を欠いているロシア軍が中東に展開できる軍事力には限りがあり、そのような大規模作戦を支える経済力となるとさらに小さいです。米CNNテレビ(電子版)によると、ロシア軍の艦船が9日、アラビア海北部で活動中の米駆逐艦に異常接近しました。米海軍が10日、明らかにしたといいます。

CNNは国防総省の当局者の話として、アラビア海において、ロシア艦は米駆逐艦「ファラガット」に約55メートルの距離まで接近した後、針路を変えたと伝えました。ファラガットは空母「ハリー・S・トルーマン」を中心とする艦隊の一部。敵の艦船の接近を阻止する役割を担っています。

ロシア国防省は同日、危険な動きをしたのはファラガットの方だと主張しました。これは、ロシア側による中東に展開する米海軍対する偵察と、牽制を兼ねた行動であると考えられますが、牽制としてはあまりにスケールが小さすぎます。かつて、経済的にも大国だった当時のソ連ならば、もっと大掛かりな行動をしたことでしょう。

ちなみに、現在のロシアのGDPは、世界10位にすら入っておらず、東京都と同レベルです。仮に、東京都が中東で何かしようと企てることができたとしても、できることは本当に限られたものになるでしょう。とはいいつつも、ロシアはソ連の核兵器と軍事技術の継承者であり、その点は無論侮ることはできません。しかし、明らかに限界はあります。

エネルギーや経済をテコとしてイスラエルやイランを従わせるというオプションもロシアにはありません。2015年のシリア介入以降、ロシアが中東情勢における影響力をかつてなく高めたことは事実ですが、その限界は正しく認識されるべきです。

同じことは、中東全体の秩序についても言えます。米国が中東へのコミットメントを低下させるなか、ロシアが米国に代わる新たな「警察官」になりつつあるとの論調が国内外には見られますが、これは明らかに過大評価であると言わざるを得ないです。

そのような限界のなかでロシアが何をしようとしており、どこまでできるのか。中東に復帰してきたロシアの役割を見通す上で必要なのは、こうした過不足ない等身大のロシア像だと思います。

近年ロシアは中東でプレゼンス高めたことは事実ですが、その限界は正しく認識されるべきだと思います。

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2019年8月5日月曜日

日本経済には漁夫の利も、英国のEU離脱―【私の論評】英国はブレグジットで緊縮策を捨て去り、新たな経済モデルを樹立するかもしれない(゚д゚)!

日本経済には漁夫の利も、英国のEU離脱

塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

英国の新首相は、EU離脱を強行する方針なので、欧州経済は混乱しそうです。しかし、日本経済への悪影響は限定的だろう、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は考えています。



失われる「自由貿易のメリット」は限定的

 EUは「人・物・資本・サービスの移動の自由」を基本理念としていますので、英国がEUを離脱すれば、大陸との間での様々な移動に支障が出る事になるでしょう。

 その中で、日本経済に影響しそうなのは、物の移動すなわち貿易でしょうから、本稿は貿易に焦点を当てましょう。

 経済学は、「自由貿易によって国際分業が促進され、それぞれの国が得意な物を作って交換し合うことで、双方にメリットがある」と教えています。それはその通りなのですが、工業国と農業国のような場合はともかく、産業構造も得意分野も似通っている先進国同士の場合には、そのメリットは限定的でしょう。したがって、EU離脱の悪影響も限定的です。

 イギリス人が「フランス産ワインに関税がかかるので国産スコッチで我慢しよう」と考えると、フランスのワインメーカーにとっては輸出が減ってしまいますが、一方でフランス人が「英国産スコッチに関税がかかるので国産ワインで我慢しよう」と考えれば、ワインメーカーの国内販売が増えるので、トータルの影響は限定的なのです。

 悲観論の好きな評論家やマスコミが「ワインメーカーは輸出が減って困るだろう」と書き立てるかもしれませんが、物事は多面的に見る必要があるので、要注意です。

 物の移動以外でも、たとえば金融業は英国から大陸への大量脱出が起こりそうですが、それによって英国のGDPが減った分は大陸のGDPが増えるわけでしょうから、欧州全体のGDPも、したがって日本から欧州への輸出も、それほど影響を受けないと思われます。

日本企業の英国工場は英国企業

 日本企業が英国に生産子会社を持っているケースは多いでしょう。したがって、英国経済が混乱したり、工場から欧州大陸への輸出が難しくなったりした場合、親会社の日本企業が痛手を被ることになりかねません。

 しかし、本当に痛手を被るのは英国企業である生産子会社であって、仮に失業するとしたら英国人従業員です。日本の本社は、海外子会社からの配当が減るだけです。これは、日本の景気にほとんど影響しません。

 日本企業は海外子会社から配当を受け取っても、それを日本人従業員のボーナスとしたり日本国内の設備投資に使ったりせず、手元資金として貯めておくか銀行に借金を返済するために使う場合が多いでしょう。それならば、配当が増えても減っても日本の景気には影響がない、というわけですね。

 親会社から生産子会社への部品の輸出が減るかも知れませんし、親会社の株価が下がれば株主の消費が減るかも知れませんが、いずれも影響は限定的でしょう。

合意なき離脱だと短期的には混乱するだろうが……

 英国のEUからの離脱が「合意なき離脱」になると、短期的には混乱が生じるでしょう。たとえば、税関が混乱して荷物が届かない、といったことが起きるかもしれません。しかし、時が経てば混乱も収まり、荷物も届くでしょう。

 部品が届かないから生産が止まる、ということもありそうですが、その場合にも部品が届き始めてから遅れを取り戻すべくフル生産が始まるでしょうから、少し長い時間軸で見れば、影響は限定的でしょう。

 そもそも、合意なき離脱の可能性が高まってから実際に離脱するまでに時間がありましたから、各企業が十分な準備をしていると考えてよさそうです。

日本経済には漁夫の利も

 欧州のGDPはそれほど減らず、英国子会社の損失も日本経済には響かず、合意なき離脱の影響も少し長い時間で考えれば影響が小さいとすれば、上記を見る限り、日本経済への影響は、限定的でしょう。

 一方で、日本経済が漁夫の利を得ることも期待されます。いままで「ドイツ車は関税がかからないから、日本車よりドイツ車を買おう」と考えていた英国人が、「どちらも関税がかかるなら日本車を買おう」と考えるかもしれません。

 もしかすると、英国と日本の自由貿易協定が締結され、「ドイツ車には関税がかかるけれども日本車はかからないから、日本車を買おう」ということになるかもしれませんね。

EUの崩壊は起きない

 悲観論を述べたがる評論家の中には、英国がEUを脱退すると、次々に脱退する国が出てきてEUが崩壊する、と言う人がいるかも知れませんが、それは杞憂です。

 まず、英国経済は今回のEUからの離脱で少なからぬ痛手を被るでしょうから、それを真似ようという国は多くないはずです。

 それ以上に重要なのは、英国がEUを離脱したのは、ユーロを使っていなかったからであって、ユーロを使っている国がユーロ圏から離脱するのは大変な労力が必要です。

 特に、対外純資産がマイナスの国がユーロ圏から離脱するのは、大きなリスクを伴います。海外の債権者が返済を求めて来たときに、今ならユーロを返済すれば良いのですが、自国通貨を使うようになると、自国通貨をユーロに替えて返済する必要が出て来ます。

 最初の返済は良いのですが、最初の返済のためにユーロを買うと、自国通貨安ユーロ高になりますから、次の返済は少し大変です。次の返済のためにユーロを買うと、3回目の返済はさらに大変です。こうして、最後の返済は非常な負担となるかもしれないわけです。

 そのことは、外国の債権者も予想ができますから、ユーロ圏を離脱した対外純債務国に対しては、高い金利を要求するようになるでしょう。今はユーロ圏にいるから安い金利で借りられているのだ、と考えれば、離脱はリスクというより明白なコストと言うべきかもしれませんね。

世界経済への影響は限定的

 英国が離脱しただけでEUの経済が大混乱をすることは考えにくいですから、仮に大混乱するとしても英国経済だけでしょう。それであれば、英国の輸入が落ち込む程度ですから、世界経済への影響は限定的なはずです。

 かつてのように英国ポンドが基軸通貨であったならば、世界中の投資や貿易等に使われている通貨の流動性が低下したりすれば大問題となりかねませんが、今は概ね英国国内だけで使われている通貨ですから、対外的な影響は小さいでしょう。

 リーマン・ショックが基軸通貨である米ドルの流動性を著しく低下させて世界経済に甚大な打撃を与えたのとは、その面でも大きく異なるわけですね。

 本稿は、以上です。

【私の論評】英国はブレグジットで緊縮策を捨て去り、新たな経済モデルを樹立するかもしれない(゚д゚)!

ロンドンではなぜか、ジョンソン氏への懸念がさほどでもないようです。それは以下の2点に集約されるようです。

1、強硬派のジョンソン氏も、首相になれば現実路線に転じて円滑な離脱を目指すはずだ
2、「合意なき離脱」でも悪影響は案外大きくないだろう
です。

1について、もう少し詳しく説明すると、党首選におけるジョンソン候補の「合意なき離脱も辞さない」とする主張は、あくまでもEU離脱派の保守党議員向けであり、首相になり離脱派と残留派が拮抗する国民世論を前にすれば、より現実的な道を選ばざるを得ないだろう、というのです。

ボリス・ジョンソン英国首相

実際、党首選が進むにつれ、ジョンソン氏は10月末の離脱を目指すという目標は変えないものの、「合意なき離脱」ではなく、EUとの交渉による円滑な離脱の可能性を探る姿勢を強めています。

ジョンソン氏は、ロンドン市長時代の左派的なスタンスからEU強硬離脱という右派的なスタンスへと立ち位置を変化させており、特定の主張に固執せず、柔軟だという指摘もあります。こうした彼の特徴が、やや根拠に欠ける安心感を国民に与えているのでしょう。

2の「合意なき離脱」でも影響はないという見方の根拠としては、

1、悪影響の試算がマイナス面だけであり過大
2、予測不能な部分が多いため、思ったほど悪くならない可能性がある
3、事前に悪影響をある程度織り込んでいるため、事後に反動でプラスとなるものがある
の3点が挙げられる。

確かに、1の過大推計はこの手の試算によくあることです。たとえば大イベントの経済効果試算などでは、プラス要因ばかりを積み上げ、消費者がイベント参加で使うお金を捻出するために、実は節約するといったマイナス面を十分に考慮しないことが多いです。

2の予測不能に関しても、予想から大きく上振れすることも下振れすることもあるということであり、上振れにのみ注目すれば、そういう考えもできるのでしょう。

3の反動についても、不透明感から投資は抑制気味のようであり、離脱後に動き出すものもあるでしょう。とすれば、思ったほど悪くはならないという程度は言えるのでしょうが、希望的観測の域を脱していないようにも見えないではありません。

ある大手会計系コンサルティングファームによると、2千社のCEOに対して行った調査で、英国は最近もなお、投資対象国としての人気ナンバーワンを維持しているといいます。ポンド安が投資の魅力を高めている面があり、こうした結果を踏まえ、ブレグジット後もイギリスへの投資が加速するのではという見方もあります。

また、ブレグジットはそもそも英国が抱える課題を解決するために実施するのですから、一時的に混乱しても、長い目で見れば悪いはずがないという声もありました。これは、日本人など部外者が見落としがちな視点なのかもしれないです。

もともと英国がブレグジットを目指した背景には、移民の流入で生活が圧迫される層の存在があり、移民流入をもたしたと彼らが考えるEUルールへの根強い反発があります。裏返せば、EUルールから解放されることが自らの生活改善につながるという期待感が、ブレグジットの原動力になっています。

ロンドンの移民

こうしてみると、楽観論の根底に、ブレグジットによってもたらされるであろう環境改善への期待があるのは確かです。離脱やむなしとなったからには、それを信じるしかありません。円滑な離脱であればなお良しということなのでしょう。

そうして、これは以前のこのブログにも掲載したのですが、ジョンソン新首相は、これまでの英国の緊縮財政を変える可能性が高いです。ジョンソン氏は以前から積極財政に舵を切ることを国民に約束しています。

金融政策に関しては不透明なところもありますが、イングランド銀行(英国の中央銀行)は、以前から果敢な金融緩和政策をおこなつてきました。ブレグジットで景気が落ち込んだ場合も、おそらく大規模な緩和に踏み切るでしょう。

これと、ジョンソン氏の積極財政が結びつけば、ブレグジットによる悪影響はかなり緩和される可能性があります。

英国で19世紀の「ディケンズ病」が再燃、猩紅熱などの患者急増

そもそも、英国の最近の保守党による緊縮策は像像を絶するところがあります。英国で19世紀から20世紀初頭にかけて流行した猩紅熱(しょうこうねつ)や栄養不良など「ディケンズ病」と呼ばれる疾病が再燃し、患者数が急増しています。

専門家が英国民保健サービス(NHS)の統計をもとにまとめた調査によると、2010年以来、猩紅熱や栄養不良、百日咳、痛風のために病院を受診した患者は、年間3000人(52%)のペースで増加しました

1900年代初頭に乳幼児の死亡の筆頭原因だった猩紅熱については、2010~11年にかけて429人だった患者数が、17~18年にかけては1321人と208%増加ししました。

百日咳は、1950年代に英全土で予防接種を推進した結果、英国ではほぼ根絶されたはずだったのですがが、患者数は2010~18年にかけて59%増となりました。

同じ期間に栄養不良の患者は54%、痛風の患者は38%、それぞれ増えています。

今回の調査結果を発表した野党労働党は、こうした疾患が増えているのは政府による緊縮策が原因だとして政府を非難しました。

労働党の影の内閣保健相、ジョナサン・アシュワース議員は、「緊縮策のために我々の社会が病んでいる」「これは貧者が若くして死亡するということだ」と強調しています。

英看護協会の専門家ヘレン・ドノバン氏も、緊縮策の影響で検査や予防対策などの予算が削減されたと述べ、「過去のものと思われていた疾患は今後も見過ごされ、国民が危険にさらされる」と指摘。「我々は、健康の不平等拡大が国土を荒廃させる国家非常事態に直面している」と危機感を募らせています。

ボリス・ジョンソン英国首相は7月25日午前、初の閣議を開催。昼前には首相として初めて議会で演説しました。

ジョンソン首相は演説の中で、英国のEU離脱(ブレグジット)を10月31日までに実現する決意を重ねて強調。EUに対しては「離脱協定に変更を加えることを一切受け付けない姿勢を再考するよう期待する」と述べました。EUがこれを拒否すれば、合意なき離脱(ノー・ディール)を選択するとし、離脱期限までにその準備を最大限加速させると力説しました。

ブレグジット以外の政策課題については、医療、治安、インフラ整備などを重視する姿勢をにじませました。演説で言及した主な方針は以下の通りです。
●国営医療サービス(NHS)の予算拡大。20の病院で施設改修を実施。かかりつけ医師(GP)の診察待ち時間の短縮。
●路上一般犯罪の抑制。2022年までに警察官2万人を増員。職務質問権限の拡大。
●初等・中等教育機関における児童・生徒に係る予算の引き上げ。今国会閉会までに教育費支出を過去の水準まで増加。
●全国の地方自治体への支援強化。各地における機会不平等の是正。
●道路、鉄道、光ファイバー、第5世代移動通信システム(5G)、住宅など社会インフラの整備。
●移民諮問委員会(MAC)によるオーストラリア型ポイント制移民政策の検証。
●(メイ前政権が発表した)2050年までの温室効果ガス(GHG)純排出ゼロ実現に向けた政策の推進。蓄電池技術開発などによる電気自動車(EV)産業や航空機産業の集積強化。
●バイオ産業、衛星や地球観測システムなどの強化。
●全国各地で自由貿易港(特区)を設置。通商交渉を加速。
演説では触れませでしたが、ジョンソン首相は保守党の党首選を通じ、個人への減税にも取り組む姿勢を明言してきました。英国では年収5万ポンド(約675万円、1ポンド=約135円)以上の所得がある居住者は40%の最高税率が適用されますが、これを8万ポンドに引き上げると約束。社会保険料の支払いが免除される所得基準も引き上げる方針を打ち出していました。

しかし、英国のシンクタンク、財政研究所の試算によると、政府はこれらの減税策を実現すれば、社会保険料免除の基準の引き上げ幅に応じて年間120億ポンドから200億ポンド超の歳入を失うことになります。

減税をうたう一方で、演説で述べたような積極財政を伴う政策を打ち出していることについて、実行を疑問視する声も聞こえています。ロンドン市長時代に見せた行政手腕を発揮できるか、注目が集まります。

ただ、財政研究所などの試算は、日本の財務省の官僚のように、緊縮脳に凝り固まった人間が算出している可能性が大であり、ジョンソン新首相が過去の緊縮財政から決別して、国債などを大規模に発行して、減税などの積極財政に取り組んだ場合は、これまでとは全く話が違ってきます。

そうして、英国にとってこれがブレグジットの最大の利点となります。自国の考えで、全く制約を受けることなく、金融緩和や積極財政ができるのです。

これが実現すれば、英国は短期ではブレグジットの悪影響を最小限にとどめ、長期的にはかなり発展することになるかもしれません。

そうなれば、緊縮という呪縛から免れることがいかに素晴らしいことなのか、多くの国々が理解するかもしれません。

それが、緊縮に凝り固まっているEUや日本にも良い影響を及ぼすかもしれません。そうして、英国が新たな経済モデルとなるかもしれません。

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2018年3月29日木曜日

トランプ氏に面子つぶされた習氏 中国は過剰債務と高インフレの懸念、日本は漁夫の利得る可能性も―【私の論評】貿易赤字自体は問題ではない!問題の本質は別にある(゚д゚)!

トランプ氏に面子つぶされた習氏 中国は過剰債務と高インフレの懸念、日本は漁夫の利得る可能性も 高橋洋一  日本の解き方

トランプと習近平

 トランプ米大統領は、中国が米国の知的財産権を侵害しているとして、通商法301条に基づき追加関税やWTOへの提訴、中国企業の米国投資制限などを打ち出した。中国も対抗措置を打ち出すとして一時、株価下落を招いたが、米中間の本格的な貿易戦争となるのか、ディール(取引)の一種なのか。

 トランプ大統領がディールの一種だと考えていたとしても、中国は面子(メンツ)の国である。特に、習近平国家主席の「独裁皇帝化」のスタート時にトランプ氏が仕掛けてきたわけで、習氏としても売り言葉に買い言葉ですぐに報復措置を打ち出した。当面は、米中間の貿易戦争の様相である。

 この貿易戦争の損得を考えてみると、経済的には中国の方が分が悪い。米国の対中輸入額は対中輸出額の4倍なので、米中の貿易が仮にゼロになったとすれば、中国経済への打撃は米国より大きいだろう。特にそれぞれの雇用に与える影響を考えると、中国の方が米国より雇用喪失の可能性が大きい。

 米国が中国から輸入しているものは、他国からの輸入で代替可能なものが多いが、中国が米国から輸入しているものは自国生産や他国からの輸入で代替できないものが多いので、この点からも中国への打撃は小さいとはいえない。

 この場合、日本は漁夫の利を得る可能性すらある。鉄鋼では当面米国の制裁対象となっているが、その他の製品では、米中が互いに貿易制裁すると、米中は日本との交易で米中間の貿易の減少を補おうとするからだ。

 しかも、政治的な観点でも、米国の方が中国よりメリットがある。というのは、トランプ氏は、大統領選の際の公約を実施しただけであり、公約を守る大統領としてトランプ支持層をしっかり捉えることで再選への道も開けるからだ。

 それに対して中国は習氏の新体制の出ばなをくじかれた格好となった。現在の中国の最大の懸念は、本コラムで紹介したように過剰債務問題である。これをうまく処理するには、生産の拡大が持続することが必要である。そのために、輸出によって国内の余剰生産を海外でさばくことが必須だ。それなのに、輸出の道を閉ざされたら、中国での過剰債務問題がいつ爆発しても不思議ではなくなる。

 米国以外への輸出増のためにも、中国は人民元の切り下げをしてくるだろう。まさに貿易戦争の兆しである。

 他の先進国では変動相場制でインフレ目標があるので、際限のない通貨の切り下げにはならない。しかし、中国は事実上固定相場であり、政府が通貨価値を管理する。しかも、インフレ目標もないので、通貨切り下げは結果として中国国内のインフレ率を高めるだろう。

 そうなると、過剰債務問題のはけ口としての外需拡大がどこまでできるか、インフレ率の上昇に国民がどこまで耐えられるか、中国政府にとってはギリギリのところだ。当分の間、世界経済は米中貿易戦争の混乱に巻き込まれざるを得ない。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】貿易赤字自体は問題ではない!問題の本質は別にある(゚д゚)!

ブログ冒頭の記事にも、米中の貿易戦争が、米国に有利なことを数字をもって、示されいましたが、その他にもこれを如実に占める数字があります。GDPに占める輸出の割合をみると、米国は数%すぎませんが、中国は30%を超えています。米国からみれば、そもそも輸出そのものが少ないわけですから、その中の対中国ということになれば、ほんとうにわずかな数字でしかありません。

さらに、中国の輸出先は香港が一位であり、米国は二位ですが、香港は統計上は中国とは別ですが、中国の一部のようなものであり、実質的には米国が第一位です。

これは、どう考えても、米中が本格的に貿易戦争に突入したとすると、中国には圧倒的に不利です。

さて、米国内では、2018年1月の米国の貿易収支統計がかつてないほどの注目を集めました。それは、トランプ大統領が、危険なほど断固とした口調で、鉄鋼とアルミニウムを対象とした輸入関税引き上げを表明した直後に発表されたからです。

2018年1月の米国の貿易赤字は、2008年10月以来、単月ベースでは過去最高の566億ドルに達しました。

米国の対中国輸出入金額(過去12ヵ月間合計)
出所:ピクテグループ、米国国勢調査局

また、「政策の争点」とも言えそうな対中国貿易赤字(季節要因調整前)は、2015年9月以来の水準である360億ドル、2018年1月までの12ヵ月間でも3,799億ドルとなりました。

問題は、鉄鋼とアルミニウムの輸入関税引き上げに関するトランプ大統領の突然の表明がや、その他通商法301条に基づき追加関税やWTOへの提訴、中国企業の米国投資制限を打ち出したことなどが、秋の中間選挙を意識した、支持層の歓心を買うための政治的駆け引きに過ぎないのか、それとも、追加輸入課税(ならびに全面的な貿易戦争に発展するリスク)措置を伴う米国の通商政策の「本物の」レジーム・シフト(体制の急激な変化)を意味するものなのか、ということです。

トランプ大統領の助言役(経済政策の司令塔)だったコーン国家経済会議(NEC)委員長の辞任を含め、足元で政策のより大きなシフトが起こるリスクは増しつつありますが、大統領の表明は、選挙前の政治的駆け引きに過ぎないとも考えられます。

トランプ大統領は、貿易収支が重要だと信じ込んでおり、中国など、一部の国が貿易のルールを守らないのだから、赤字をなくすには輸入品からの保護が必要だと言って譲らないようです。

問題なのはトランプ大統領の見解が正しいか否かは別としても、増加の一途を辿る中国からの輸入は、大統領に輸入制限発動の更なる口実を与えるリスクにもなりかねないことです。

貿易赤字そのものは、このブログに掲載してきたように、家計の赤字のようにみなして、赤字そのものが悪いことのように言うのは間違いです。たとえば、通常景気が良いと輸入は増えます。

ある年の輸出総額が1000億だったとして、輸入総額が900億なら100億の貿易黒字です。次の年輸出が900億に落ち込み、輸入は1000億に伸びたので貿易収支は100億の赤字になったとします。

あるいは、次の年輸出が仮に1100億に伸びたとして、輸入も1200億に伸びていたら貿易収支は100億の赤字になります。

さて、貿易赤字は良いことでしょうか、悪いことでしょうか。正解は、「貿易収支だけを見ても分からない」です。

輸出が増えれば輸出企業が儲かります。輸入が増えれば輸入企業が儲かります。輸入エネルギーや輸入食料の高騰が貿易赤字の原因なら確かに貿易赤字は悪いことといえそうですが、それ以外の場合は、「貿易赤字=悪」とはいえません。一国の経済にとって、貿易赤字などよりも、重要なのは、景気が良いか悪いかということです。

貿易黒字が大幅に出ていても、景気が悪いとか、貿易赤字が大幅に出ていても景気が良いということはおうおうにしてあります。そのときどきで、良いか悪いかを判断すべきものであって、赤字だから悪い、黒字だから良いと単純に判断することはできません。

このことをトランプ氏は良く理解していないようです。このような基本的なことを理解していなければ、TPPなどの自由貿易協定も良くは理解できないでしょう。



そのためでしょうか、トランプ大統領は大統領選挙のときから、TPPを脱退すること公約にしていました。そうして、実際に大統領に就任すると、脱退しました。ところが、TPPに復帰する可能性があることを公表しました。

しかし、貿易赤字についてのトランプ大統領の認識からすると、TPPへの理解など覚束ないようではあります。中国は社会構造的にみてもとうていTPPに加入することはできないですし、結果として中国封じ込めにもなることに気づいたということだけかもしれません。

中国は知財を軽視する傾向にあることは確かですし、そもそも中国自体が、民主化、政治と経済の分離、法治国家化が十分なされておらず、労働者の権利など守らていないという現実があります。

そのため、労働者を不当な低賃金や、条件で働かせて、その結果他国の労働者の権利を守っている他の国々に比較すると、不当に低い価格で輸出する傾向があるのは否めないです。

たとえば、アップルの中国での生産現場がひどい環境にあることは以前から報じられていましたが、マイクロソフトも例外ではありません。

National Labor Committee(NLC)のレポートではマウス、ウェブカム、Xboxの周辺機器を製造する会社KYEでの劣悪な労働環境を告発しています。KYE社はマイクロソフトを筆頭にHP、ベストバイ、サムソン、Foxconn、エイサー、ロジテックにアスースなど名だたるメーカーへの納入実績があり、K-Martでは自社ブランドGeniusとして販売しています。

劣悪な労働環境で働く中国の労働者

上の写真は、KYE社のものですが、これを見るだけでも異様な雰囲気ですが、実態はさらに深刻でした。

工員は16歳くらいの勤労女子高生が多く、午前7:45から午後10:55までの長時間労働に加え、時給0.65ドル。食事代は天引きされて実質時給0.52ドルという凄まじいものでした。

これらは、米国の製品を組み立てる工場なので、明るみに出たものと考えられますが、中国の企業や、地方などでは、さらに酷い事例もあります。

トランプ大統領は、貿易赤字そのものが悪いなどというトンデモ理論は捨て去り、中国を批判するなら、このようなことで批判し、批判しても是正されないというのなら、これらを是正する方向で制裁を課すべきです。

貿易赤字だからといつて、それだけで相手を批判したり、制裁を課すのは、自由貿易を阻害するだけです。特に、中国よりははるかに労働者の権利を守ってる国々に対して、制裁をするのは間違いです。そのようなことをすれば、自由貿易を阻害するだけです。

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2017年8月18日金曜日

半島緊迫ウラで権力闘争 習氏と正恩氏“絶縁”にプーチン氏、米中手玉の“漁夫の利” 河添恵子氏緊急リポート―【私の論評】半島情勢を左右するロシアの動き(゚д゚)!

半島緊迫ウラで権力闘争 習氏と正恩氏“絶縁”にプーチン氏、米中手玉の“漁夫の利” 河添恵子氏緊急リポート

習近平
朝鮮半島危機の裏で、中国とロシア、北朝鮮が狡猾に動いている。中国の習近平国家主席は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と“絶縁状態”で北朝鮮への影響力はゼロに近いが、米国と北朝鮮の緊張を権力闘争に利用しようとたくらむ。ロシアのプーチン大統領は、北朝鮮を抱き込み、米国と中国を手玉に取る。正恩氏は、米国と中国、ロシアの間でしたたかに立ち回っている。ドナルド・トランプ米大統領は、彼らの計略に気付いているのか。東アジア情勢に精通するノンフィクション作家、河添恵子氏が緊急リポートする。

 中国共産党幹部にとって、今年夏はとりわけ暑い。最高指導部が大幅に入れ替わる5年に一度の党大会を秋に控え、引退した大物長老も含めた幹部が河北省の避暑地、北戴河に集まり、非公開の会議で人事を固める重要な時期だからだ。

 一部の中国語メディアは、習氏が宿泊する豪華別荘「ゼロ号」には、暗殺防止のために防弾ガラスが設置され、習氏が海水浴をする際には、厳格な審査を経て選抜された200人以上の水上警察官が警護にあたっている-と報じた。

ロシア人のリゾート地にもなっている北戴河
 習体制が船出して5年、習氏は権力掌握と勢力拡大を目指し、盟友の王岐山・党中央規律検査委員会書記(序列6位)とタッグを組み、「トラもハエもたたく」の掛け声で、宿敵・江沢民元国家主席派の大物を次々と刑務所や鬼籍へ送り込む“死闘”を繰り広げてきた。

 昨年10月の党中央委員会総会で、習氏は、トウ小平氏や江氏と並ぶ「核心」の地位を得たが、依然として「権力の掌握ができない」というジレンマを抱えている。習政権が掲げた夢は「中華民族の偉大なる復興」だが、習氏の夢は「江一派の無力化」であり、いまだ道半ばだからだ。

 習氏の不安・焦燥はそれだけではない。

 4月の米中首脳会談で、習氏は、北朝鮮の「核・ミサイル」対応をめぐり、トランプ氏から「100日間の猶予」を取り付けたが、7月中旬までに“宿題”をこなせなかった。北朝鮮と直結するのは江一派であり、習氏は北朝鮮に何ら力を持たないのだ。

 北朝鮮は5月、「中国が中朝関係を害している」と初めて名指しで批判した。これは建国以来の「兄弟国」中国に対してではなく、習氏や習一派への罵倒と読み取るべきだ。正恩氏は強硬姿勢を崩さず、ミサイル発射を繰り返している。こうしたなか、プーチン氏の存在感が際立っている。

 中国共産党最高指導部「チャイナセブン」(中央政治局常務委員7人)のうち、4月に、江一派の張徳江・全人代常務委員(序列3位)と、張高麗副首相(同7位)が訪露し、プーチン氏と会談した。

 習氏(同1位)も7月、2泊3日でモスクワ入りし、プーチン氏と複数回会談した。これほど短期間に「プーチン詣で」が続いた背景は、北朝鮮問題である。

 北朝鮮の金王朝は1961年、旧ソ連と軍事同盟の性格を持つ「ソ朝友好協力相互援助条約」を締結するなど、古くから特別な関係にあった。プーチン氏は大統領就任直後の2000年、ロシアの最高指導者として初めて平壌(ピョンヤン)を訪れ、正恩氏の父、金正日(キム・ジョンイル)総書記から熱烈な歓迎を受けた。

 この2年前、北朝鮮は「人工衛星の打ち上げ」と称して、事実上の中距離弾道ミサイルを発射した。北朝鮮のミサイルは旧ソ連の技術が基盤とされる。

 プーチン氏の訪朝後、ロシア下院は「露朝友好善隣協力条約」を批准する。正日氏は2001年以降、公式・非公式で何度も訪露をするなど「プーチン氏との関係強化に邁進(まいしん)した。

 北朝鮮は一方、江一派の息がかかる瀋陽軍区(現北部戦区)ともつながってきた。瀋陽軍区は、米国や日本の最先端技術を盗み、金王朝と連携して「核・ミサイル開発」を進め、資源や武器、麻薬など北朝鮮利権を掌握したとされる。

 江一派と敵対する習氏としては、北朝鮮のミサイルの矛先が北京・中南海(中国共産党中枢)に向かないよう、プーチン氏との「特別な関係」に注目しながら、江一派の“無力化工作”に心血を注いでいる。

 習氏がモスクワ訪問中の7月4日、北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)を発射した。訪露にあたり、習氏は「110億ドル(約1兆2170億円)規模の経済支援」という手土産を持参した。北朝鮮をコントロールできない苦境を物語っているようだ。

 これに対し、プーチン氏はロシア最高位の「聖アンドレイ勲章」を習氏に授与した。習氏を手下にしたつもりだろうか? ロシアはすでに、北朝鮮を抱き込んでいると考えられる。

 北朝鮮の貨客船「万景峰(マンギョンボン)号」は、北朝鮮北東部・羅津(ラジン)と、ロシア極東ウラジオストク間を定期運航している。真偽は定かでないが、プーチン氏が送り込んだ旧KGBの精鋭部隊が、正恩氏の警護や、北朝鮮人民軍の訓練にあたっているという情報もある。

 一連の危機で“漁夫の利”を得るのは、間違いなくプーチン氏である。

 ■河添恵子(かわそえ・けいこ) ノンフィクション作家。1963年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学卒業後、86年より北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学。著書・共著に『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』(産経新聞出版)、『「歴史戦」はオンナの闘い』(PHP研究所)、『トランプが中国の夢を終わらせる』(ワニブックス)など。

【私の論評】半島情勢を左右するロシアの動き(゚д゚)!

結局、今回の朝鮮半島情勢も、ロシアが漁夫の利を得るだけなのかもしれません。これは、第二次世界大戦における真の勝者は誰だったのかを考えることが、参考になります。

さて、戦争の勝敗は何によって決まるでしょうか。もちろん死傷者も重要です。領土や財産を奪ったか奪われたかも重要です。しかし、本質は「目的を達成したか」どうかです。

当時のソ連の、戦争目的は、まず東欧の赤化です。これには完璧に大成功しました。次の目的は、満州の獲得です。これも成功です。それどころか、北朝鮮まで手中に収めました。ちなみに、現在の中ロ関係は良いとはいえないですが、スターリンが存命中には、毛沢東は忠実な手下です。

米国は結局ほとんど何も得られませんでした。英国は、失うものばかりが多く、本当にソ連の一人勝ちです。

ウェデマイヤーレポートの日本語版のタイトルは『第二次大戦に勝者なし』との題名なのですが、内容は「第二次大戦の勝者はソ連だけだ」です。


そうして、今日ロシアを支配しているのは、徹底した『力の論理』です。自分より強い相手とはケンカをせず、また、自分より弱い相手の話は聞かないというものです。

日本からの投資などで、ロシア側の姿勢を軟化させ北方領土問題を一歩でも進めよう、などという声もあるようですが、話を進める気のない相手に交渉を持ち込んだところで、条件を吊り上げられるのがオチです。

そもそも、戦争で取られたものは戦争で取り返すしかない、というのが国際社会の常識です。力の裏づけもないまま、話し合いで返してもらおうなどと考えている時点で、日本は甘すぎます。これは、それこそ子どもの論理と謗られてもしかたありません。
 
これは、プーチンとメドヴェージェフの役回りを考えてもわかります。子分が大袈裟に騒ぎ立てたところへ、親分が『まあまあ』と薄ら笑いで入ってくるのは、弱肉強食のマフィア社会などでは常套手段です。にもかかわらず子どものままの日本は、プーチンの薄ら笑いを友好的なスマイルだと勘違いしてしまっています。要するに、マフィアの社交辞令を真に受けているわけです。

プーチンとメドベージェフ
そもそも、多くの日本人はロシアを知らなさすぎます。ウクライナの問題にしても、ロシアの歴史を知っていれば『またやってるよ』で終了です。『アメリカの影響力の低下』を論じる向きもありますが、そもそも、旧ソ連邦であるウクライナ、とくにクリミア半島に欧米が手出しできるわけがありません。メキシコにロシアが介入できないのと一緒です。

これは、世界の通史を知れば国際社会の定石が学べ、おのずと理解できることです。そうして、文明国として、日本が強くなるべき理由やその方法も理解できるはずです。

プーチン大統領にとって、ウクライナはあくまで自分たちの持ち物です。元KGBである彼の故郷はロシアではなくソ連邦なのです。ウクライナを狙うのは、彼が旧ソ連を取り戻そうとする行為の一環なのです。

プーチンは故郷であるソ連邦の歴史をムダにしたくないし、ソ連の崩壊が敗北だったとは決して認めたくないのです。例えばプーチンは、ガスプロムという天然ガスの企業を使って、ロシア人から搾取を続けています。

かつてイギリスが東インド会社でやっていたような植民地化を自国で行っているわけです。この事実だけ見ても、彼がロシアの愛国者ではなく、ソ連への忠誠心が高いと見ていいです。

ソ連の愛国者プーチン
このやり口を理解しなければ、トランプ大統領もプーチンにしてやられるだけです。

日本では、半島情勢というと、米朝の二国間だけに注目しがちであるし、マスコミもこの側面ばかり報道します。

しかし、これらの背後にあるロシアの動きも注目しなければならないということです。

ロシアが対北朝鮮で融和政策を取る最大の理由は、北朝鮮の振る舞いに対し、アメリカやその同盟国と非常に異なった解釈をしているからです。長年ロシアは、北朝鮮とわずかに国境を接しているにも関わらず、金一族に対してアメリカよりはるかに楽観的な見方をしてきました。冷戦初期、北朝鮮とソ連は共産主義の価値観を共有していましたが、そうしたイデオロギー上の連帯感はとうの昔に消え去りました。

ロシアは金一族は奇妙だが、合理的だとも考えているようです。金正恩が核兵器を手にしたのは本当です。しかし、ロシアのアナリストは、北朝鮮が核兵器で先制攻撃すれば、アメリカによる核の報復を受けて金も北朝鮮も破滅することを、金は承知しているとみています。

冷戦時代に米ソに核兵器の使用を思いとどまらせた核抑止の論理が、北朝鮮の攻撃を回避するうえでも役に立つというのです。そのため多くのロシアのアナリストは、北朝鮮が国家の安全保障に自信をもてて、アメリカによる軍事攻撃を抑止できるという点で、北朝鮮の核開発は朝鮮半島情勢の安定化に役立つと主張しています。

ロシア政府が北朝鮮問題でアメリカと一線を画すのには、他にも理由があります。ロシアは中国と同じく、朝鮮半島が統一されて北朝鮮の政権がアメリカの同盟国に取って代わられる事態をまったく望んでいません。

ロシア政府は中国に同調し、米軍による韓国への最新鋭迎撃ミサイル「THAAD(終末高高度防衛ミサイル)」配備に強く反発しています。アメリカが東アジア地域に重点を置く限り、ロシアが今も最優先に掲げるソ連崩壊後の地域をめぐる争いにアメリカの目は行き届きにくいです。そのうえ、金が譲歩しないことでアメリカが怒りの矛先を向けるのは中国だから、ロシアがアメリカに同調しないでいることは簡単です。

実際ロシアの見方では、朝鮮半島を緊張させた責任は、北朝鮮だけでなく同じくらいアメリカにあります。そうした見方からすると、そもそも金一族がミサイルや核を開発するのは自己防衛のためだといいます。「北朝鮮は通常、自分から仕掛けるよりやられたらやり返すタイプだ」と、ロシアの外交政策分析の第一人者で政治学者のフョードル・ルキヤノフは述べました。

「北朝鮮は、強がるのは賢明でないことをイラクのサダム・フセイン元大統領やリビアのムアマル・カダフィ元大佐の末路から学んだ上で、ミサイルや核を開発している。ミサイルや核の存在が、他国による介入の代償を許容できないほど押し上げている」。ロシアのアナリストの多くは、アメリカが北朝鮮を体制転換させると言って脅しさえしなければ、そもそも北は核兵器開発の必要性を感じなかっただろうと主張しています。

悲惨な末路を遂げたサダム・フセイン(左)とカダフィ(右)
アメリカは北朝鮮に対して核開発をやめるよう圧力をかける意思も能力もない中国に苛立ち、新たな選択肢を模索しています。アメリカとしては、このまま北朝鮮に米本土を射程に収めるミサイルの開発や実験を続けさせる事態は避けたいです。

トランプが今年1月、北朝鮮が核弾頭を搭載したICBMで米本土を攻撃する能力を持つ可能性はないと約束した手前もあります。米軍が北朝鮮の核関連施設を攻撃すれば、韓国や日本を巻き込む大規模な戦争に発展する危険性があります。

もしアメリカが北朝鮮の核開発を容認し体制存続に保障を与えるなど、北朝鮮政策を穏健なものにしていたら、ロシアも他国と足並みを揃え、北朝鮮に核・ミサイルの開発や実験をやめさせるよう圧力をかけたかもしれません。しかしアメリカが北朝鮮への軍事攻撃や体制転覆を選択肢として残している限り、ロシアは金正恩だけでなくトランプにも責任を負わせ続けるでしょう。

米国としては、中途半端はもうするべきではないのです。道は2つしかありません。北朝鮮の核開発を容認し体制存続に保障を与えるか、北朝鮮を攻撃し核の脅威を取り除きいずれ、北朝鮮に民主的な政権を根付けるかです。

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