政治に左右される為替管理 国家資本主義・中国の限界
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人民元の限界とドル覇権
倉都康行 (RPテック代表取締役、国際金融評論家)
最近の為替市場や株式市場の慌ただしい展開に比べれば、国際通貨制度の動きは極めて緩慢である。10年前の金融危機の際には「ドルの信認低下」が世界中で騒がれたが、IMF(国際通貨基金)の統計によれば、昨年9月末時点での準備通貨におけるドルのシェアは61・9%と、ユーロの20・5%、円の5・0%、ポンドの4・5%を大きく引き離しており、事実上の「世界通貨」としての地位は揺らいでいない。
とはいえ、ドルの占める割合が徐々に低下していることもまた事実であり、2015年3月末の66・0%という水準から約3年半で4・1%のシェア・ダウンとなっていることを考えれば、今後一段と低下する可能性もないとは言えないだろう。
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(注)ユーロは左から20%→19.1%→20.5%で推移 (出所)IMF資料を基にウェッジ作成 |
では、この間に準備通貨のシェアはどう変わったのだろうか(上図)。ドル以外の通貨をみると、ユーロは20・0%からわずかに上昇、3・8%と同水準にあった円とポンドはともに1%超の上昇となっている。豪ドルやカナダドルは1%台のシェアでさほど変わっていない。一方で16年12月末から公表開始となった人民元のシェアは、2年足らずの間に1・1%から1・8%まで伸びて、豪ドルを抜いている。カナダドルのシェアを追い越すのも時間の問題であろう。
つまりドルのシェアを食っているのは、円やポンド、そして人民元といった通貨であることが分かるが、その変化のタイミングもまた重要である。しばらく65%台を維持していたドルのシェアが顕著に低下し始めたのが17年3月末以降であることは、トランプ大統領の登場が変化の一つの契機になっていると思われるからである。
進む新興国の「ドル嫌い」
逃避先は金と人民元
トランプ大統領は就任以来、その政治的軍事的優位を利用して経済制裁をたびたび発動してきた。米財務省外国資産管理室を通じて実行された制裁件数は、10年の1000件から18年には6000件以上に急増した。中でも、ドルの使用を制限する金融制裁は極めて強力である。その対象国は、イランやベネズエラ、ロシア、そしてトルコなど敵対国から友好国まで幅広い範囲となっている。
こうした厳しい制裁方針は、当然ながら他国のドル依存体制にも影響を及ぼしていく。米国の核合意からの離脱でドル利用が困難になったイランは、欧州諸国と共同で非ドルの決済システム構築を検討中であり、ロシアはユーロ中心となっている外貨準備においてドル保有をさらに低下させたと言われている。中国が米国債保有額を徐々に低減させていることも明らかになった。今後2年間のトランプ政権運営下で、ドル保有額が一段と減少する可能性は高い。
こうした新興国におけるドル保有の引き下げは、財政赤字や経常赤字を懸念した従来の「ドル離れ」とは性格が異なり、「ドル嫌い」といった方が適切なのかもしれない。準備通貨としての地位は認めざるを得ないが、制裁によって身動きを縛られることになれば、自国経済が麻痺(まひ)しかねない。その防衛策として、幾つかの国々で発動されているのが「金への逃避」である。
昨年8月に1195ドルまで下落した金は今年に入って上げ足を早め、1340ドル台にまで上伸し、その間10%を超える上昇率を記録している。ドル金利のピーク感や地政学リスクへの懸念などを背景に金を選好する機関投資家が増えているが、新興国などの中央銀行も昨年来着々と金購入を継続している。金の国際調査機関、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)にれば、18年の各国中銀やIMFなどの公的部門に拠る金購入量は前年比74%増の651・5トンと1971年の金ドル兌換(だかん)停止以来の最高水準を記録した、という。
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(出所)World Gold Council資料を基に筆者作成 |
その牽引(けんいん)役となっているのがロシアであり、昨年の金購入量は274・3トン、金額では270億ドルとともに過去最高記録を更新している(上図)。中銀全体の購入量も過去最高に達したと推定されるが、ロシアはいずれも40%以上を占めており、その外貨準備における金保有比率は18%前後に上昇したようだ。ドイツやオーストリア、インドネシアなど金売却を進めた国もあるが、ロシアと同様に金購入を増やしているのがトルコやカザフスタン、インド、ポーランドといった国々である。
インフレ・ヘッジという従来の金選好要因は低インフレが続く今日では説得力を失っているが、政治的なヘッジという判断での金購入には合理性がある。信用通貨へのアンチ・テーゼとして生まれた暗号通貨への信頼性が失墜したいま、ドルの逃避先としてはまず金だ、というのが実態なのかもしれない。
そして、金とともに注目されているのが人民元だ。人民元は中国政府の「準備通貨化」という国策も手伝って徐々に利用度を上げてきた。準備通貨におけるシェアは前述のようにまだユーロや円、ポンドの比ではないが、市場での利用頻度は確実に上昇している。
その一例が、イングランド銀行(英中銀)が半期に一度公表している「マーケット・サーベイ」に表れている。調査に拠れば、18年4−9月期の「ドル・人民元」の取引額は前期比17%増加して「ユーロ・ポンド」を抜き、取引シェアは2・3%から2・8%へと拡大して全体の7番目の位置にまで上昇している(下表)。
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(出所)Results of the Foreign Exchange Joint Standing
Committee (FXJSC) Turnover Survey for October 2018を基に筆者作成 |
世界全体で為替取引額がやや低下傾向にある中で人民元取引が顕著な増加を見せていることは注目に値しよう。香港市場では人民元の投機的な動きがたびたび見られるが、ロンドン市場においては人民元建て社債のような資本取引の定着を背景とする取引が着実に増えているのかもしれない。
ドル・人民元取引が第6位の「ドル・カナダ」を抜くのも時間の問題だろう。ドル円に次ぐシェアを獲得する時代の到来は、そう遠いことではないかもしれない。
西側体制に挑む中国
拙速な国際化の代償
だが、いかに準備通貨や決済通貨、あるいは資本通貨としての台頭が目覚ましくとも、人民元はユーロや円、ポンドに比べればまだマイナー通貨との印象は拭えない。ドルを脅かす存在になる日が近未来にやってくるという可能性もほとんどないと言ってよいだろう。
もっとも、この数年、ブレトンウッズ体制に挑む元の国際化の動きがあった。従来西側諸国が担ってきた、途上国へ手を差し伸べる役割をも演じ始めたのである。習主席の鳴り物入りで始まった「一帯一路」プロジェクトやインフラ投資銀行であるAIIBの創設がその好例だ。いずれも、人民元を最大限に活用しようとする試みを胚胎するものであり、特に一帯一路はアジアから中東、アフリカにまで至り世界的規模に及んでいる。
だがその積極策はパキスタンやスリランカなどで深刻な過剰債務問題を生んでいる。従来、ソブリンの債務問題にはIMFや先進国政府・銀行などが協調して対応に当たってきたが、一帯一路では国際協調路線が採れず、袋小路に陥る可能性が高い。それは人民元の拙速な国際化政策の代償でもあろう。
また、IMFは16年秋に人民元をSDR(特別引出権)バスケットの構成通貨に採用することを決定し、ドル、ユーロ、円、ポンドに並ぶ主要通貨としてのお墨付きを与えたが、あくまで国際政治的な判断であり、金融経済的な判断ではなかった。市場における人民元に対する評価とIMFの決定との間には、大きな溝があると言わざるを得ない。
人民元には準備通貨としての基本的な脆弱(ぜいじゃく)性もある。一に、その流動性や交換性についての信認が乏しいことである。経済力と金融力が比例しないのは日本を見れば明白であるが、中国の場合はさらに資本規制・為替管理がいつ課されるか分からない、という懸念が残る。人民元の国際化に関しては習政権の誕生以来改革は棚上げ状態にあり、同主席の長期政権化の下で国家による中央集権的な管理体制がむしろ強化される方向性が顕著となって、人民元の変動相場制移行など改革期待感は大きく後退している。
遅れる中国の市場整備
当面続く米国の通貨覇権
さらに、人民元の運用機会が制限されていることや、債券市場の多様化や透明化が遅れていることも、人民元が国際通貨体制のメジャー・グループに入れない要因となっている。例えば主要通貨の場合、準備通貨として保有する中銀など公的機関や貿易決済のために外貨を保有する企業、それを預金として受け容(い)れる銀行は、当該国で運用する機会を探さねばならない。
米国や日欧などでは短期から超長期まで幅広い満期を擁する国債が常時売買されており、格付けが高く流動性も高い投資適格社債や証券化商品なども存在する。だが中国の場合、国債市場は発展中だがまだ海外投資家が自由にアクセスし得る状況ではなく、社債などの信用格付けも整備されている状況からはほど遠い。
為替市場だけでなく社債などの資本市場にたびたび政府介入が見られることも、市場が政治的に歪(ゆが)められていることを示唆している。また外貨を中長期で保有する際には時にヘッジ機能も必要になるが、人民元の場合はオプションやスワップなどのデリバティブズ取引は未発達である。
換言すれば、人民元が主要な準備通貨として認められるには、中国の国家主義的資本システムが胚胎する「非市場的ルール」という印象が断ち切られる必要がある、ということでもある。だが13年に習主席がトップの座に就任して以来、市場化や自由化などの構造改革機運は大きく後退しており、米国による圧力もその流れを変えるには至らないだろう。
08年に金融危機が世界を襲った際には一気にドル不信が巻き起こり、ドル一強体制の終焉(しゅうえん)まで囁(ささや)かれたことがあったが、約10年が経過して判明したことは、逆に国際通貨体制におけるドルの強靭(きょうじん)さであった。ユーロなど既存通貨だけでなくSDRのようなバスケット通貨構想もドルを代替する力が無(な)いことが、あらためて確認されたのである。
そして経済力では目覚ましい拡大を続ける中国の人民元が準備通貨の主役候補になれそうにないことは、米国の通貨覇権がまだ当面持続することを意味している。奇妙な話ではあるが、米中覇権戦争におけるトランプ流の圧力が効かずに中国が市場経済国へと変身しない方がドルの長期的覇権を担保することになる、ということもできる。
つまり、外貨準備に占めるドルのシェアがいずれ50%台に低下し、人民元が5%程度まで上昇することになったとしても、中国が国家主導の経済モデルを放棄しない限り、ドルの「世界通貨」としての役割が低下したり存在感が薄れたりすることはないだろう。
代替性のないドル一強という
アンバランスな通貨体制
もっとも、粘り強いドルにも脆弱な構造問題があることは誰でも知っている。経常赤字は慢性化しており、財政赤字は今後急拡大することが予想されている。排他的な保守主義を主張するのはトランプ大統領だけではない。米議会にも10年前のような「世界的な金融危機の際には海外勢のドル不足を支援する」といった金融当局の行動を許すムードはない。そして英エコノミスト誌は、オフショアダラーである「ユーロダラー市場」を採り上げて、「最後の貸し手が存在しないリスク」を指摘している。
言い換えれば、政治的かつ経済的な問題を抱え続ける米国のドルが代替性のない「最強通貨」として君臨する時代がまだまだ続く、ということでもある。二番手のユーロは経済同盟が完備されていない不完全通貨から抜け出せず、準備通貨化への意欲も乏しい。円やポンドの役割は低下する一方で、人民元の信頼性や利便性が急速に改善する見通しも薄い。国際政治経済がG2時代へと移行する中で、通貨体制はアンバランスな状態が続く。
歴史的に国際通貨制度は、金・銀時代やポンド・ドル時代、ドル・金時代、ドル・マルク・円時代に見られるように、複合的で補完性のあるシステムであった。だが今後は「信頼性に欠ける一強通貨」という資本システムに依存せねばならない、フラジャイルな時代の到来が不可避となるだろう。
【私の論評】国際金融のトリレンマにはまり込んだ中国人民元の国際化は不可能(゚д゚)!
上の記事では、回りくどい解説をしていますが、「国際金融のトリレンマ」という昔から知られている原理を知れば、人民元の国際化は現状のままでは不可能であることがすぐに理解できます。
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今年3月の全人代は「異例」づくめだった |
先月開催された中国の全国人民代表大会(全人代)では、金融政策で量的緩和を実施しないことが明らかになりました。その背景は何なのでしょうか。結論からいえば、中国の政治経済の基本構造が根本要因です。
基本知識として、先進国ではマクロ経済政策として財政政策と金融政策がありますが、両者の関係を示すものとして、ノーベル経済学賞の受賞者であるロバート・マンデル教授によるマンデル・フレミング理論があります。
経済学の教科書では「固定相場制では金融政策が無効で財政政策が有効」「変動相場制では金融政策が有効で財政政策無効」と単純化されていますが、その真意は、変動相場制では金融政策を十分緩和していないと、財政政策の効果が阻害されるという意味です。つまり、変動相場制では金融政策、固定相場制では財政政策を優先する方が、マクロ経済政策は効果的になるというものです。
これを発展させたものとして、国際金融のトリレンマ(三すくみ)があります。この結論をざっくりいうと、(1)自由な資本移動(2)固定相場制(3)独立した金融政策-の全てを実行することはできず、このうちせいぜい2つしか選べないというものです。
これらの理論から、先進国は2つのタイプに分かれます。1つは日本や米国のような変動相場制です。自由な資本移動は必須なので、固定相場制をとるか独立した金融政策をとるかの選択になりますが、金融政策を選択し、固定相場制を放棄となっています。
もう1つはユーロ圏のように域内は固定相場制で、域外に対して変動相場制というタイプです。自由な資本移動は必要ですが域内では固定相場制のメリットを生かし、独立した金融政策を放棄します。域外に対しては変動相場制なので、域内を1つの国と思えば、やはり変動相場制ともいえます。
中国は、こうした先進国タイプになれません。共産党による一党独裁の社会主義であるので、自由な資本移動は基本的に採用できません。例えば土地など生産手段は国有が社会主義の建前です。
中国の社会主義では、外資が中国国内に完全な民間会社を持つことができません。中国に出資しても、中国政府の息のかかった中国企業との合弁までで、外資が会社の支配権を持つことはできません。
一方、先進国は、これまでのところ、基本的に民主主義国家です。これは、自由な政治体制がなければ自由な経済体制が作れず、その結果としての成長がないからです。
もっとも、ある程度中国への投資は中国政府としても必要なので、政府に管理されているとはいえ、完全に資本移動を禁止できません。完全な資本移動禁止なら固定相場制と独立した金融政策を採用できますが、そうではないので、固定相場制を優先するために、金融政策を放棄せざるをえなくなったのです。
要するに、固定相場制を優先しつつ、ある程度の資本移動があると、金融政策によるマネー調整を固定相場の維持に合わせる必要が生じるため、独立した金融政策が行えなくなるのです。そのため、中国は量的緩和を使えなくなってしまったのです。
そもそも、国内で金融緩和政策すらできない国の、通貨が本格的に国際化できるはずもありません。何か国際金融において、大きな問題が起こったにしても、金融緩和できないのであれば、その問題にまともに対処することすらできません。
中国は、グローバル経済に組み込まれた今や世界第2位の経済大国であり、こうした 国は最終的に日米など主要国と同様の変動相場制に移行することで、国内金融政策の 高い自由度を保持しつつ、自由な資本移動を許容することが避けられないです。
移 行が後手に回れば国際競争力が阻害されたり、国内バブルがさらに膨らむおそれがあります。一方で、 拙速に過ぎれば、大規模資本逃避や急激な人民元安が懸念されます。何より金融緩和ができないという状況は、最悪です。なぜなら、マクロ経済上の常識である、金融政策=雇用政策という事実から、中国では雇用を創造することができないからです。中国は今後一層難 しい舵取りを迫られることになるでしょう。
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