2020年11月10日火曜日

中国・習政権が直面する課題 香港とコロナで「戦略ミス」、経済目標も達成困難な状況 ―【私の論評】中国は今のままだと「中進国の罠」から逃れられず停滞し続ける(゚д゚)!

中国・習政権が直面する課題 香港とコロナで「戦略ミス」、経済目標も達成困難な状況 

高橋洋一 日本の解き方

習近平

 中国の習近平国家主席が、「2035年までに経済規模または1人当たりの収入を倍増させることは可能だ」と述べたと伝えられている。

 19年時点で、中国の1人当たり国内総生産(GDP)はほぼ1万ドルだ。本コラムで再三紹介してきたが、どこの国でもこれまでの経験則では、1人当たりGDPには「1万ドルの壁」がある。

 成長すると、経済的な自由を求めるようになってくるのが世界の常であるとともに、1万ドルを超えて成長しようとするなら、経済的な自由が必要である。というわけで、1万ドルの壁を越えるには、経済的な自由を確保するために、政治的な自由、つまり民主主義が必要というのが、これまでの経験則だ。

 筆者は、この点は中国も例外ではないと思っている。しかし、中国は今の共産党体制である限り、政治的に一党独裁を守らなければならず、政治的な自由には限界がある。これまでは1万ドルに達していなかったので経済成長が可能で、その矛盾を解消できた。しかし、現状では1万ドルにさしかかっている。

 それを乗り越えるには、民主化が必要というのが経験則だが、昨今の香港問題をみれば分かるように、中国は民主化しないまま1万ドルの壁を越えようとしている。

 その手法の一つは、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を通じた「一帯一路」構想で、国内ではなく国外での経済活動に活路を求めようとした。だが、これまでのところ、パキスタンの地下鉄建設などで既に失敗だったと国際社会から評価されている。

 もう一つの「中国製造2025」は、国内向けの産業政策である。中国の製造業の49年までの発展計画を3段階で表し、その第1段階として、25年までに世界の製造強国入りすることを目指している。

「中国製造」の発展の三段階


 しかし、ある程度の工業化がないと、1万ドルの壁を突破するのは難しいというのが、これまでの発展理論であるが、ここでも中国は今その壁にぶち当たっている。さらに米国が知的財産権の保護で中国を攻めており、以前のようにやりたい放題という状況ではなくなっているので、ここでも中国は苦しくなっている。この点については、誰が米国の次期大統領になっても変わらないだろう。

 「一帯一路」や「中国製造2025」の行き詰まりは、かつて本コラムでも指摘したが、それに追い打ちをかけているのが、香港と新型コロナウイルスの問題だ。コロナで世界経済が落ち込むのは中国にとっても打撃だが、それ以上に、「香港国家安全維持法」の施行を受けて民主主義国との価値観の違いが鮮明になった。

 長期的には経済面でも中国と付き合うのが困難だと感じる人が多くなったのではないか。しかも、コロナでは情報隠蔽もあった。

 過去の歴史を振り返っても、独裁者は広い視野を持っていないことが多い。

 中国では、習氏自らの長期政権による戦略ミスが自国を苦しめている。冒頭の経済目標も達成するのは難しいのではないか。 (内閣官房参与・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】中国は今のままだと「中進国の罠」から逃れられず停滞し続ける(゚д゚)!

上の記事で高橋洋一氏は"19年時点で、中国の1人当たり国内総生産(GDP)はほぼ1万ドルだ。本コラムで再三紹介してきたが、どこの国でもこれまでの経験則では、1人当たりGDPには「1万ドルの壁」がある"と語っています。

この「1万ドルの壁」とは、中進国の罠といわれるものです。中進国の罠とは、開発経済学における考え方です。定義に揺らぎはあるものの、新興国(途上国)の経済成長が進み、1人当たり所得が1万ドル(年収100万円程度)に達したあたりから、成長が鈍化・低迷することをいいます。

実質経済成長率と一人当たりGDPの推移(60年代以降):1万ドル前後で中所得国の罠に陥る国も

中国経済が中進国の罠を回避するには、個人の消費を増やさなければならないです。中国政府の本音は、リーマンショック後、一定期間の成長を投資によって支え、その間に個人消費の厚みを増すことでした。

ところが、リーマンマンショック後、中国の個人消費の伸び率の趨勢は低下しいています。リーマンショック後、中国GDPに占める個人消費の割合は30%台半ばから後半で推移しています。

昨年の個人消費の推移を見ても、固定資産投資の伸び率鈍化から景気が減速するにつれ、個人消費の伸び率鈍化が鮮明化しました。これは、投資効率の低下が、家計の可処分所得の減少や、その懸念上昇につながっていることを示しています。

現在、中国政府は個人消費を増やすために、自動車購入の補助金や減税の実施を重視しています。短期的に、消費刺激の効果が表れ、個人消費が上向くことはあるでしょう。ただ、長期的にその効果が続くとは考えにくいです。

なぜなら、中国政府は国営企業の成長力を高めることを目指しているからです。市場原理に基づく効率的な資源配分よりも、中国では共産党政権の権能に基づいた経済運営が進んでいます。それは、国有企業に富が集中し、民間部門との経済格差の拡大につながる恐れがあります。それは、民間企業のイノベーション力を抑圧・低下させることにもなりかねないです。

歴史を振り返ると、権力に基づいた資源配分が持続的な成長を実現することは難しいです。習近平国家主席の権力基盤の強化が重視される中、中国が1人当たりGDPを増やし、多くの国民が豊かさを実感できる環境を目指すことは、そう簡単なことではありません。

中国経済は成長の限界に直面している。投資効率の低下、個人消費の伸び悩みに加え、輸出を増加させることも難しいです。米中貿易戦争の影響に加え、効率性が低下する中で投資が累積され、中国の生産能力は過剰です。裏返せば、世界経済全体で需要が低迷しています。さらに、そこに最近のコロナ禍が追い打ちをかけています。

現在の中国が経済発展をして、中進国の罠から抜け出すためには、高橋洋一氏が上の記事で主張しているように、経済的な自由が必要です。

経済的な自由を確保するためには、「民主化」、「経済と政治の分離」、「法治国家化」が不可欠です。これがなければ、経済的な自由は確保できません。

逆にこれが保証されれば、何が起こるかといえば、経済的な中間層が多数輩出することになります。この中間層が、自由に社会・経済的活動を行い、社会に様々なイノベーションが起こることになります。

イノベーションというと、民間企業が新製品やサービスを生み出すことのみを考えがちですが、無論それだけではありません。様々な分野にイノベーションがあり、技術的イノベーションも含めてすべては社会を変革するものです。社会に変革をもたらさないイノベーションは失敗であり、イノベーションとは呼べません。改良・改善、もしくは単なる発明品や、珍奇な思考の集まりにすぎません。

   イノベーションの主体は企業だけではなく、社会のあらゆる組織によるもの
   ドラッカー氏は企業を例にとっただけのこと

そうしてこの真の意味でのイノベーションが富を生み出し、さらに多数の中間層を輩出し、これらがまた自由に社会経済活動をすることにより、イノベーションを起こすという好循環ができることになります。

この好循環を最初に獲得したのが、西欧であり、その後日本などの国々も獲得し、「中進国の罠」から抜け出たのです。そうしなければ、経済力をつけることとができず、それは国力や軍事力が他国、特に最初にそれを成し遂げた英国に比較して弱くなることを意味しました。

しかし、こうしたことは口でいうことは簡単ですが、実際に行うことはかなり難しいです。だから多くの中進国は「中進国の罠」にはまり込んで抜け出せないのです。日本は明治維新によってそれを成し遂げ、急速に経済を拡大しました。日本は、明治維新でこれをやり遂げることができなかったとすれば、西欧列強の植民地になっていたでしょう。

では、現在の中国にそのようなことができるかといえば、かなり難しいです。中国は「民主化」、「政治と経済の分離」、「法治国家化」するというプロセスを抜いたまま、これを成し遂げようとしています。

要するに、政府が掛け声をかけて、それだけではなく、頭の良い科学技術者等や思想家等に投資をしたり、先進国か科学技術や思想を剽窃して実行しようとしています。しかし、投資や剽窃をしただけで様々なイノベーションが起こることはありません。

先にも述べたように、星の数ほどの中間層が輩出して、社会の様々な分野で不合理や非効率を改めようとか、社会変革につながる様々なことをしようと切磋琢磨して努力できる自由のある社会に、様々な分野で星の数程のイノベーションが生まれるのです。

中国共産党が、自分たちが考えて、良かれと思って様々な分野に投資をしたり、あるいは他国の科学技術を剽窃したとしても、多数の中間層が自由に社会経済活動をしている社会にはかないません。

ある特定の技術や制度の革新にいくつか大成功したとしても、社会のあらゆる分野で革新が進まなければ、社会の非効率・非合理は改善・改革されず温存され、社会は停滞したままで、結局経済は発展しません。

これは、先進国と呼ばれる国々はすべて通ってきた道です。中国のみが、それを無視して、政府が計画して、大枚を叩けば、うまくいくということにはなりません。

多くの先進国は、その事実を歴史と経験から学んでいるため、完璧とはいえないまでも、中国と比較すれば、これを成し遂げています。だから、先進国は、かつて自分たちがたどってきたように、中国もいずれそのような道をたどると考えていたようですが、そうはなりませんでした。

先進国の誤算した原因は、中国の人口を計算に入れていなかったことだと思います。先進国の全部が中国よりはかなり人口が少ないです。先進国で最大は米国ですら人口は億人です。英国は、6665万人です。中国は14億人です。

これだけ人口が多いと、近代化のプロセスが遅れても、人口が少ない国よりは軍事力や経済力を古い体制を維持したまま伸ばすことができます。まさに、これまでの中国がそうでした。

しかし、中国の1人当たり国内総生産(GDP)はほぼ1万ドルに達した現在は、それも限界にきました。中国共産党もこれから経済力を伸ばし国力を強めるためには、体制を徐々にでも変換しなければ、中進国の罠から逃れられないと気付きつつあると思います。

しかし、中国共産党はそれを実行できません。なぜなら、以上で述べてきたこと、特に「民主化」、「政治と経済の分離」、「法治国家化」をしてしまえば、自分たちが統治の正当性を失い崩壊するからです。

国や社会のことを第一に考えれば、中国共産党一党独裁体制を崩してでも、新たな体制を築くべきと考えるのが当然だと思うのですが、中国共産党はそうは考えないようです。あくまで、現在の体制を継続しようと考えているようです。であれば、中国は他の「中進国」と同じように、永遠に「中進国の罠」から抜け出られないことになります。

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