2025年9月18日木曜日

FRBは利下げ、日銀は利上げに固執か──世界の流れに背を向ける危うさ


まとめ
  • 2025年9月17日、FRBは利下げを決定し、これはトランプの政治的圧力と雇用悪化への対応が重なった必然の決断であった。
  • 米国は輸出依存度が低く、利下げによって輸出だけでなく住宅購入や企業投資を促し、内需を厚くする狙いがある。
  • 欧州も輸出依存から内需拡大へと動いており、消費や公共支出の強化が外部ショックを和らげる手段として注目されている。
  • 内需拡大政策にはリスクがあり、関税強化は物価を押し上げ、報復関税や摩擦は輸出機会を失わせ、利下げ単独では効果が持続しない。
  • 日本はFRBの利下げと逆行し利上げに固執しており、円安と金利上昇で家計と企業が打撃を受け、積極財政と内需拡大への転換が急務である。
🔳FRB利下げの必然とトランプの狙い
 
米連邦準備制度理事会(FRB)は2025年9月17日、ワシントンで開かれたFOMCで政策金利を0.25ポイント引き下げ、4.00〜4.25%に設定した。これは2024年12月以来の利下げである。ジェローム・パウエル議長は、雇用市場の弱まり、とりわけ失業率の上昇に対応せざるを得なかったと説明した。唐突な決定ではなく、政治的圧力と経済的現実が重なった必然の一手であった。

米の利下げを報じる動画

トランプ大統領は就任以来「高金利は景気を潰す」と繰り返し主張し、FRBに利下げを迫ってきた。背景にあるのは、米国経済が世界でも稀な「内需主導型」であるという事実だ。多くの先進国はGDPの2〜3割を輸出に依存しているが、日米は長らく1割未満にとどまってきた。トランプが求めるのは、国内市場の厚みで経済を支える体制である。

もちろん、利下げは通貨安を通じて輸出競争力を高める作用を持つ。しかし今回の狙いはそれ以上に、住宅ローンや企業融資の金利を引き下げ、消費や投資を直接刺激することにある。消費者は住宅や耐久財を買いやすくなり、企業は設備投資や雇用拡大に踏み出しやすくなる。その効果が積み重なれば、内需の厚みは確実に増す。輸出依存からの脱却こそが、外部ショックに揺さぶられにくい経済を築く道だ。トランプの利下げは、まさにその布石である。
 
🔳欧州の潮流と世界市場の不安定化
 
同じ潮流は欧州にも見られる。欧州委員会の春季経済予測は、世界市場の混乱や保護主義の高まりを背景に、今後は民間消費や公共支出といった内需が成長の主力になると示している。オランダでは可処分所得の増加が消費を押し上げる見通しであり、輸出頼みから内需拡大への転換は、欧州でも現実的な課題として注目を集めている。
こうした世界的潮流の中でのFRBの利下げは、単なる景気刺激策ではなく、経済構造の転換を象徴する決断であった。しかし同時にリスクもある。輸入品への関税強化は物価上昇を招き、消費者の購買力を奪う恐れがある。報復関税や通商摩擦が輸出機会を狭めれば、逆風は一気に強まる。さらに、利下げだけでは持続的な内需拡大は不十分であり、賃金上昇や社会インフラ整備といった施策が伴わなければ、その効果は一過性に終わりかねない。

市場の反応は複雑だ。短期的には緩和を歓迎する動きが広がるが、ドル安による資本流出、新興国通貨の不安定化など負の連鎖も始まりつつある。欧州はスタグフレーションの影を落とし、中国は不動産不況の渦中で人民元安に苦しみ、資本規制を強めざるを得ない。世界市場はむしろ不安定化に向かう可能性が高い。
 
🔳日本への警鐘と未来への覚悟
 
この中で日本は危うい立場にある。FRBが利下げに舵を切る一方、日銀は「意味不明な利上げ」を強行し、景気の芽を自ら摘んでいる。円安と金利上昇が同時進行し、家計と企業を直撃しているのだ。私は以前の記事で日銀の利上げを批判したが、今回のFRBの利下げでその誤りは一層明らかになった。

日銀 植田総裁 経済・物価情勢の改善に応じ追加の利上げ検討 9月3日

長期的にはさらに深刻だ。利上げとデフレ圧力の長期化は、医療や福祉の財源を圧迫し、投資とイノベーションを阻害する。結果として「長寿大国」としての日本の強みすら失われかねない。私はかつて「長寿大国の崩壊を防げ」と警鐘を鳴らしたが、その危惧が現実味を帯びつつある。

結論は明白だ。トランプの内需拡大路線は方向性としては正しいが、手段と持続性に課題を抱える。だが少なくとも米国は、世界の潮流に沿って経済の再編を図ろうとしている。対して日本は、硬直的な利上げに固執し、潮流に逆行している。このままでは世界の激動に翻弄され、国力を失うだけだ。

我が国に求められるのは、日銀の誤った利上げからの転換と、積極財政による内需の強化である。世界の荒波を直視し、未来を守る覚悟が問われているのだ。

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2025年9月17日水曜日

アジア株高騰──バブル誤認と消費税増税で潰された黄金期を越え、AI・ロボット化で日本は真の黄金期を切り拓く

 

まとめ

  • アジア株は日経平均4万4千円台、韓国・台湾市場も最高値を更新し、AI成長・ロボット化・石破辞任・台湾有事リスク低下が追い風となっている。
  • 日本は過去、バブル期の誤った金融引き締めとアベノミクス期の二度の消費税増税で黄金期を逃した。
  • コロナ禍では国債100兆円規模の補正予算で雇用を守り、国債財政の有効性と安全性が証明された。
  • AI革命とロボット装置化は労働力不足を補うが、膨大な電力と低消費電力半導体の開発が不可欠であり、日本はすでにその開発に取り組んでいる。
  • 再エネ依存を捨て、火力・SMR・核融合を柱とする現実的なエネルギー政策と正しい金融財政運営を行えば、日本は真の黄金時代を切り拓ける。
アジア株式市場が沸騰している。東京市場も例外ではなく、日経平均株価はついに4万5千円台に乗せた。韓国や台湾の市場も史上最高値を更新し、アジア全体が株高の波に飲み込まれている。背景には米国の利下げ観測、AI産業の急成長、ロボット化の進展、そして日本国内の政局の変化がある。石破首相の辞任は「政治リスクの後退」と受け止められ、外国人投資家の買いを呼び込んだ。さらに台湾市場の高値は「台湾有事は差し迫っていない」というシグナルとなり、安心感を与えている。

しかし、浮かれてはならない。我々は過去に何度も黄金期を逃してきた。その最大の原因は、金融と財政の誤った政策判断である。
 
🔳過去に逃した黄金期と政策の失敗


1980年代末、日本は世界に冠たる経済大国の地位を確立しつつあった。だが、日銀は株価や地価の高騰を「過熱」と誤認し、強烈な金融引き締めに走った。結果、不動産市場は崩壊し、企業は資金繰りに苦しみ、さらに政府も緊縮財政に転じ、日本経済は長い停滞に陥った。いわゆる「失われた30年」の出発点である。

次に訪れたのがアベノミクスだ。2012年以降、異次元緩和と財政出動で株価は急騰し、企業収益も改善した。黄金期に入るかと見えたが、ここでも誤算が起きた。2014年、消費税率を5%から8%へ、2019年には8%から10%へ引き上げたことである。これで消費は冷え込み、景気は腰折れした。安倍首相は本心では増税に反対だったが、財務省、御用学者、野党、メディアの圧力に屈せざるを得なかった。これこそがアベノミクスの命取りであった。

だが皮肉にも、この誤りを証明したのがコロナ禍だった。安倍・菅政権は合計で約100兆円規模の補正予算を組み、すべて国債で賄って対策にあたった。結果、日本の失業率は主要先進国の中で最低水準を維持し、景気は深刻な落ち込みを免れた。しかも、大量の国債発行で財政が破綻することもなかった。国債による財政出動で景気を下支えできることが、この経験で証明されたのである。
 
🔳AI革命・ロボット装置化と台湾シグナル

AIが感触・音まで学習 熟練作業のロボット化進む

今、世界はAI革命のただ中にある。AIは単なる利益を生むだけではない。少子化による生産人口の減少を補う力を持つのだ。ロボット産業と結びつけば、その効果はさらに大きい。物流、介護、農業、製造業の現場で、人手不足を補う動きはすでに始まっている。2024年には日本の自動車産業だけで1万3千台以上の産業用ロボットが導入され、前年比で11%増加した。これは「労働の装置化」が現実に進んでいる証左である。

ただし、AIとロボットは膨大な電力を消費する。そしてAIを動かす心臓部である半導体も、大量の電力を必要とする。だからこそ、低消費電力半導体の開発は必須であり、日本企業はすでに次世代の省電力チップ開発に取り組んでいる。これは、AI時代における競争力の根幹となるだろう。

台湾市場の高騰も重要な意味を持つ。半導体大手TSMCを中心に、AI需要の爆発で株価は最高値を更新した。台湾のインフレ率は1.6%程度にとどまり、成長率は4%超と見込まれる。中央銀行も過度な利上げを避け、投資家に安心感を与えている。もし台湾有事が差し迫っていると本気で考えられているならば、市場がこれほど強気に振る舞うはずはない。市場の動きは「直近での有事リスクは低い」というシグナルを発しているのである。

そして日本では、石破辞任が追い風となった。迷走する政権が退場し、政治が安定へ向かうとの期待が広がった結果、株価は一段と上昇した。
 
🔳政策次第で黄金期か黄昏か

ここから先は政策次第だ。
日銀が資産価格の高騰を過熱と誤認して引き締めに走れば、過去の二の舞になる。金融政策は慎重さが必要である。

エネルギー政策も同様だ。AIとロボットが牽引する産業構造は、従来以上に電力を必要とする。だからこそ、再生可能エネルギーへの偏重は捨て去らねばならない。安定的で力強い電力供給こそが、AI時代の基盤である。火力の再評価、SMR(小型モジュール炉)、そして核融合開発に本気で取り組むことが求められる。電力を軽視すれば、AI革命もロボット装置化も絵に描いた餅に終わるだろう。

過去、日本は二度黄金期を逃した。バブル期には金融政策の誤り、アベノミクス期には消費税増税の失敗だ。同じ過ちを繰り返せば、いくら株価が騰がっても、それは幻に終わる。だが逆に、金融と財政の正しい選択、そして電力供給の現実的確保を行えば、日本は装置化とAI革命を追い風に、真の黄金時代を切り拓くことができる。

低電力半導体の製造を目指す、ラピダス千年工場の建築現場

アジア株高騰は、AI革命とロボット装置化、台湾市場の安定、石破辞任という政局変化が重なった結果だ。これは偶然ではなく、歴史が与えた再挑戦の機会である。

日本はこれまで政策の誤りで黄金期を逃してきた。しかし今度こそ、金融と財政の正しい選択を行い、低消費電力半導体を実用化し、再エネ偏重を捨て去り、火力・原子力・核融合を組み合わせた現実的エネルギー政策を築くならば、世界に冠たる黄金時代が到来するだろう。

読者の皆さん、あなたはこの株高を「未来の繁栄の入口」と見るか、「過去と同じ失敗の前触れ」と見るか。答えは我々の選択にかかっている。そうして、我々の今の選択が、現在の子どもたちの未来を大きく左右することになる。

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2025年9月16日火曜日

タイフォン日本初公開──中露の二重基準を突き、日本の覚悟を示せ


まとめ

  • 米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン」が岩国基地で初公開され、トマホークとSM-6を搭載する多用途抑止力として示された。
  • タイフォンの公開は、米国の「第一列島線」戦略と日本の反撃能力整備の動きが重なり合う象徴的な出来事となった。
  • 背景にはINF条約の崩壊があり、ロシアのSSC-8配備による条約違反と、2019年の条約失効がタイフォン開発を可能にした。
  • 中国・ロシアは自国で中距離ミサイルを配備しながら日本での米軍展開を非難しており、明らかなダブルスタンダードを示している。
  • 日本はこの矛盾を外交の場で突き、「配備を避けたいなら自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張すべきであり、これこそが「日本の覚悟」を示す行為である。

米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン(Typhon)」が、2025年9月11日から25日までの日米共同演習「レゾリュート・ドラゴン25」で初めて日本に姿を現した。公開の場は山口県岩国海兵隊航空基地で、9月16日には発射機が報道陣に公開され、2万人規模の日米部隊がその存在を支える背景となった。今回の公開で実射は行われず、展開と運用のデモンストレーションにとどまったが、訓練後には撤収される予定である。

タイフォンは、トマホーク巡航ミサイルとスタンダードミサイル6(SM-6)の双方を発射できる。トマホークの一部は射程1600キロに達し、中国東部やロシア極東を狙うことが可能だ。SM-6は対空・対艦・地上攻撃、さらには弾道ミサイル防衛までこなす多用途兵器である。この組み合わせにより、タイフォンは柔軟かつ多層的な抑止力を発揮できる。移動展開が容易なため、米軍戦略の「空白」を埋める存在として位置づけられている。
 
🔳INF条約崩壊とタイフォン誕生
 
タイフォン中距離ミサイルシステム

タイフォンの登場は、冷戦から続いた軍縮体制の崩壊の象徴でもある。1987年に米ソ両国が結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約は、射程500~5000キロの地上発射型ミサイルを全面禁止していた。しかしロシアはSSC-8(9M729)と呼ばれる中距離巡航ミサイルを配備し、INF条約に違反した。欧米にとって看過できない脅威であり、アメリカは2019年2月、第一次トランプ政権下で条約破棄を決断。INF条約は失効し、地上発射型中距離兵器の開発が解禁された。

米陸軍がそこで進めたのがタイフォンである。前線に置かれてこそ効果を発揮する兵器であり、第一列島線に位置する日本やフィリピンが展開の拠点に選ばれた。岩国での初公開は、冷戦後の軍縮秩序が終わりを告げ、新しい現実が始まったことを示すものだった。
 
🔳中露のダブルスタンダードと日本の覚悟
 

初めて一堂に会した中露朝の3首脳、「抗日戦争勝利80年」を記念する軍事パレードを観閲


中国外務省は「正当な安全上の利益を損なう」と非難し、ロシアも批判を繰り返す。しかし中国自身はDF-21DやDF-26といった中距離弾道ミサイルを大量に配備し、米空母や日本本土を射程に収めている。ロシアもまた条約違反を重ね、SSC-8を実戦配備しながら米国の行動だけを問題視してきた。これは明らかなダブルスタンダードである。

だからこそ日本は、外交の場でこの矛盾を正面から突くべきだ。「日本に配備されたくないのであれば、まず自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張することが求められる。これこそが日本の覚悟を示す道である。

今回のタイフォン公開は、単なる兵器の披露ではない。日米同盟の抑止力を「見える形」にし、日本がインド太平洋の安全保障の現実にどう立ち向かうかを示す試金石である。外交・軍事・安全保障・地政学、そのすべてにおいて意味を持つ出来事であり、日本はここで逃げるのではなく、覚悟を持って未来を切り拓かねばならないのだ。

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米、中距離核全廃条約から離脱へ=ロシア違反と批判、来週伝達 ―NYタイムズ―【私の論評】米の条約離脱は、ロシア牽制というより中国牽制の意味合いが強い
2018年10月21日

INF条約からの米国離脱の真意について、ロシアだけでなく中国を強く意識したものであることを指摘した。

2025年9月15日月曜日

長寿大国の崩壊を防げ──金融無策と投資放棄が国を滅ぼす

 

まとめ

  • 孤立死の増加、百寿者の過去最多更新、そして札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム──一見無関係な三つの出来事だが、背後には同じ構造問題が横たわっている。
  • 金融政策の誤解:名目金利の引き上げを「正常化」とするのは誤りであり、実質政策金利と自然利子率で判断すべきだ。現状の金融環境は需要を押し上げており、日銀はむしろさらなる緩和を行うべきである。
  • 投資不足が招いた惨状:八潮市の道路陥没、和歌山市の水管橋崩落、鎌倉市の断水など、インフラ老朽化による事故が相次ぐのは投資先送りの結果である。
  • 公共投資は資産形成:社会的割引率で評価すれば多くのインフラ投資は便益が費用を上回る。命を守るだけでなく、物流や生活を安定させ経済的な富を生む。
  • グローバル依存の危うさ:フリント市の鉛汚染や英国の下水問題が示すように、投資を怠れば社会は崩壊する。日本でも「貿易赤字=悪」という誤解が続くが、真の問題は医療やエネルギーの過度な海外依存である。
この数日のニュースは、日本の現状を鋭く映し出している。孤立死の増加、百歳を超える高齢者の過去最多更新、そして札幌での国際医療機器規制当局フォーラム。一見すれば無関係に見える三つの出来事だが、その根は同じである。金融と財政の政策不全、そしてグローバリズムの負の外部性という大問題だ。
 
🔳金融政策の誤解と投資不足が生む惨状

日銀がマイナス金利を解除し、政策金利を0.5%に上げたからといって「正常化」と呼ぶのは誤りである。世界標準の経済学では、実質政策金利と自然利子率の関係こそが重要だ。期待インフレが1%あれば、名目0.5%の金利は実質でマイナス0.5%となり、依然として景気を押し上げる条件にある。

さらに景気の過熱度を測るアウトプットギャップとは、実際の経済活動と潜在的な生産力の差を示す指標である。プラスなら需要超過で過熱気味、マイナスなら需要不足だ。日本では推計上プラスに転じたとされるが、失業率や賃金の伸びを見れば完全雇用には程遠い。信用スプレッドも大きく広がっておらず、資金は依然として流れている。つまり、日本の金融環境はまだ需要を押し上げる側にある。結論として言えるのは、日銀は利上げではなく、むしろさらなる緩和を行うべきだということだ。

一方で、必要な社会的投資は著しく不足している。八潮市では老朽化した下水道管が破裂し、大穴にトラックが転落して運転手が命を落とした。和歌山市の水管橋崩落による6日間の断水、鎌倉市の老朽管破裂による断水も記憶に新しい。国交省の統計では道路陥没は年間1万件規模に達する。これは「投資の先送り」の代償である。
 
🔳公共投資とグローバリズムの負の遺産
 
公共事業は「無駄」と決めつけられるが、社会的割引率(4%程度)を基準に費用便益比を算出すれば、多くのインフラ投資の便益は費用を上回る。道路や橋、上下水道の更新は命を守るだけでなく、経済的にも富をもたらす。物流が止まらなければ企業は稼ぎ続け、家庭に水が届けば生活は安定する。事故や災害を防げば医療費や復旧費も抑えられる。インフラ更新は「支出」ではなく「資産形成」である。

米国フリント市では、水道水が汚染された

海外の例を見れば、この真実は一層鮮明だ。2016年米国フリント市では腐食対策を怠り、水道水が鉛に汚染され数万人が被害を受けた。フリント市の水道事業は市が直接運営する公営事業でした。問題の発端は、財政難のフリント市がデトロイトからの水購入をやめ、自前のフリント川を水源としたことだ。

2023年英国では下水処理投資を怠った結果、未処理下水の放流が年間361万時間に達した。英国の水道・下水事業は1989年に全面ら民営化された。テムズ・ウォーターなど複数の大手水道会社が地域ごとに事業を担っているが、その多くは海外投資ファンドや外国資本に支配されているのが現状だ。利潤追求が優先され、老朽インフラへの再投資が不足した結果、2023年には未処理下水の放流が年間361万時間に達した。

いずれも「投資を怠った代償」である。同じ誤りは日本でも続いている。さらに日本では「貿易赤字は悪」という短絡思考がさらに事態を悪化させる可能性がある。現実には景気が良くなれば輸入は増えるが普通で、赤字は拡大する。ことさら赤字を問題にすれば、とんでもないことになりかねない。問題は赤字か黒字かではなく、中身と持続性である。とりわけインフラ、エネルギーや医療必需品の過度な海外依存こそが危険なのだ。

🔳国際会議が突きつける矛盾と日本の課題
 
IMDRFは、9月15日から19日まで札幌で開催される

札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)は、世界各国の規制当局が集まり、医療機器の安全基準や品質管理を議論する場である。日本が国際社会に責任ある参加をしている証でもある。

しかし、いくら立派な基準を世界と議論しても、国内の医療現場に資材や機器を安定供給できなければ意味はない。老朽化したインフラや脆弱な供給網を放置すれば、せっかくの国際会議も「絵に描いた餅」で終わる。IMDRFは、日本が国際舞台で役割を果たしつつ、国内の基盤整備を怠るという矛盾を突きつけている。

結論は明快だ。金融と財政を正しく噛み合わせ、地域の見守りや在宅医療の整備、人材の処遇改善、老朽化インフラの更新を急ぐべきである。同時に、医療必需品やエネルギー資源の一極依存を脱し、国内補完と分散調達を進めねばならない。

これらを怠ったまま「長寿社会」や「子育て支援」を語るのは虚しい。道路が陥没し、断水が続き、医療現場で防護具すら尽きる状況では、支援は砂上の楼閣だ。基盤が崩れれば、自由も責任も秩序も成立しない。

孤立死の増加も、百寿者の増大も、国際会議の開催も、すべては一つの問いに帰着する。社会の基盤を守る覚悟があるかどうかである。そして日銀は、景気を冷やすのではなく、さらなる緩和を通じて需要を支えなければならない。それをやり遂げて初めて、日本は「長寿大国の品位」と「真の豊かさ」を取り戻すのである。

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石破政権の誤った政策運営が市場を冷やす中、退陣こそ最大の経済対策であり、真逆の積極財政こそが株価6万円時代を切り開くと論じる。

トランプ半導体300%関税の衝撃、日本が学ぶべき「荒療治」 2025年8月12日
米国の苛烈な半導体関税政策を引き合いに、日本も荒療治を恐れず国内産業の再建に踏み出すべきだと示す。

「大好きな父が突如居なくなった事実を信じることも出来ません」 八潮陥没事故、家族らがコメント—【私の論評】事故の真相:緊縮財政とB/C評価が招いた人災を暴く 2025年5月3日
八潮市の道路陥没事故を通じて、緊縮財政と形式的な費用便益(B/C)評価が人災を生む構造的問題を告発する。

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり 2024年2月26日
欧州で続く出生率低下の現実を分析し、日本がAIやロボットを活用して先進的な少子化対策を実現すれば、世界のモデルになり得ると展望する。

手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由―【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実 2024年9月18日
抗菌薬原料の中国依存が医療安全保障の致命的リスクであることを示し、国産化の急務を訴える。

2025年9月14日日曜日

セルビアの民衆蜂起が突きつける現実──親中・グローバリズムにすがるエリート政治は日本でも必ず潰える

まとめ
  • 2024年11月1日、セルビア・ノヴィ・サド駅キャノピー崩落で16名死亡。元インフラ相ら13名が起訴され、中国企業による過剰請求も浮上。
  • 抗議は学生主導で全国に拡大。「赤い手形」「沈黙の抗議」が政府不信の象徴となった。
  • セルビアはEU加盟を掲げつつ中国資本に依存。グローバリズムが主権喪失や産業空洞化を招き、国民の不満を増幅。
  • 日本も同様にグローバリズムで製造業が衰退、非正規雇用拡大、地方の人口流出が深刻化。
  • 自民党が従来型エリートを据え、親中かつグローバリズム的政策を続ければ、有権者の怒りを買い、いずれ下野し多数の議員が議員バッジを失う。

🔳崩落事故が火をつけた民衆の怒り
 
セルビアはバルカン半島の内陸国であり、旧ユーゴスラビアの中心を担った。1999年のコソボ紛争ではNATOの空爆を受け、今も独立を宣言したコソボを承認していない。EU加盟を掲げながらも民族対立や複雑な対外関係に苦しんできた国である。

崩落したノヴィ・サド駅のキャノピー(ひさし)

そのセルビアで、2024年11月1日、ノヴィ・サド駅のキャノピー(ひさし)が崩落し、16名が死亡した。旧駅舎の構造と監督不備が重なったとみられ、捜査は元インフラ相や副大臣、設計者、監督者ら計13名の起訴に至った。罪状は「公共の安全を危険にさらす行為」「建設施工の違法行為」などである。さらに、中国企業二社による過剰請求が発覚し、約1億1,560万ドルが不正に支払われた可能性が指摘された。責任者の一部は拘留されたが釈放された者もおり、裁判の行方は未だ不透明だ。民衆の求める「全面的な財務調査」「情報公開」「政治的リーダーの責任追及」はまだ達成されていない。

この事件を契機に抗議は学生主導で全土に広がった。大学や高校の学生、教員が先頭に立ち、数千から数万人規模のデモが繰り返された。特に印象的なのが、“赤い手形(bloodied hands)”と「沈黙の抗議」である。赤い手形は血に染まった手を象徴し、政府に「市民の血で汚れている」と突きつける行為だ。沈黙の抗議は声を上げず整然と行進するスタイルで、奪われた言葉を取り戻そうとする静かな怒りを示す。これらは制度不信を可視化し、人々の共感を呼び、運動を押し広げる原動力となった。
 
🔳対中依存とグローバリズムの罠
 
セルビアの太陽光発電

セルビア政府はEU加盟を掲げつつ、中国資本に深く依存してきた。再生可能エネルギーで20億ユーロ規模、資源開発で12.6億ドル超の投資が流れ込み、製造業でも数億ユーロ単位の案件が積み重なった。さらに2025年には中国との犯罪人引き渡し条約が批准され、治安協力の枠組みが整った。

この「親中」の根底にはグローバリズムがある。自由貿易と国際資本の移動は投資や市場拡大を可能にする一方で、国家主権の希薄化、地域産業の空洞化、雇用の不安定化、文化的アイデンティティの喪失をもたらしてきた。セルビア市民には「国家が外資と結託し、利益を吸い上げている」ように映る。エリートと国際資本だけが潤い、市民の暮らしは犠牲にされる。

この構図は日本でも同じだ。グローバリズムの旗の下、製造業は空洞化し、地方工場は閉鎖された。非正規雇用が拡大し、若年層や地方の労働者は安定した職を得られなくなった。東京や大都市は資本を集めても、地方は衰退し、人口流出が止まらない。グローバリズムは国を強くするどころか、内部から崩壊させているのである。

一方、移民・国境管理でも同じ矛盾が見える。セルビアはFRONTEXと協力協定を結び、共同作戦や越境犯罪対策を進めた。その結果、西バルカン経路の不正規越境は2024年に前年比8割減となった。しかし現場では「押し戻し」や手続きの不備が指摘され、人権団体の批判は絶えない。EUの建前と国内の現実、その板挟みが続く中、市民の不信は深まるばかりだ。
 
🔳日本への警鐘
 
セルビアで今起きていることは、我が国に対する警告でもある。旧来型エリートは親中的であり、グローバリズムに依存する。日本における石破茂もその典型だ。官僚機構と派閥に支えられたエリート型政治は、すでに国民からの支持を失っている。そしてその親中姿勢は明白であり、議論の余地はない。

石破は旧来型エリートの典型

市民が求めているのは透明性と説明責任である。それを軽んじれば、権力基盤は急速に痩せ細る。セルビアで「人民対エリート」の構図が剥き出しになったように、日本でも同じ対立が進行している。自民党が従来型エリートを据え、グローバリズム的政策を継続する限り、有権者の怒りを買い、やがて下野する。多くの議員が議員バッジを失い、政権は崩壊するであろう。

結局のところ、セルビアの政治危機を長引かせているのは「二重の接続」である。EU加盟プロセスが改革を迫る一方で、中国資本と治安協力が短期的な統治を支えてしまう。この綱引きの中で「人民対エリート」の物語が強化され、ポピュリズムの新局面が生まれている。我が国も例外ではない。親中かつグローバリズム志向のエリートが退潮し、有権者の声が前面に出る時代に入ったのだ。

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2025年9月13日土曜日

日本が世界を圧倒する──"レールガン+SMR"が東アジアの戦略地図を塗り替える


まとめ

  • 日本は2025年、実験艦でのレールガン射撃に成功し、11月にはさらなる成果が示される予定。
  • アメリカは開発を断念、中国・欧州・ロシアは停滞、日本だけが実用化へ前進。
  • レールガンは安価な電磁弾で飽和攻撃を防ぎ、防衛コストを劇的に下げる。
  • SMR統合により「電力=火力」の時代が到来、尖閣・台湾シナリオで圧倒的抑止力を発揮。
  • 日本は製造業比率・研究開発投資・産業統合力で優位性を確立。
🔳世界の停滞と日本の躍進
 
「あすか」に搭載されたレールガン。白い布で覆われている。

日本は2025年、実験艦「あすか」に試作レールガンを搭載し、海上射撃に成功した。標的艦への命中に加え、従来よりも遠距離射撃でも成果を上げ、その映像を公開した。装備は8〜9トン級で、今後は20メガジュール級を目指す。さらに11月の技術シンポジウムでは、射程延伸、連射性能向上、砲身寿命改善、電源効率化、さらには陸上配備構想まで、さらなる成果が示される予定だ。

これに対し、アメリカは2021年に開発を断念した。理由は砲身摩耗、発射頻度の低さ、艦艇の電力不足、そして莫大なコストである。欧州は「PILUM計画」で200キロ射程を掲げるが、まだ理論段階にとどまる。中国は艦載試験を進めていると報じられるが、耐久性や精度は不透明だ。ロシアも2010年代に小型試験を行ったが、制裁による部材不足で停滞している。各国が足踏みする中、日本だけが実用化に向け着実に歩を進めている。
 
🔳電力=火力の時代へ
 
レールガンの最大の強みは「火薬不要」である。高速弾を安価に撃ち出せ、敵の飽和攻撃を受けても持ちこたえられる。従来の防空は高額な迎撃ミサイル頼みだったが、これからは低コストで持続的な防御が可能になる。防衛コストを下げつつ、攻撃側には莫大な負担を強いる──この力学の逆転こそが抑止力を飛躍的に高めるのだ。
SMRの1ユニットはトレーラーで運搬できる

将来はSMR(小型モジュール原子炉)との統合が決定打となる。レールガンは莫大な電力を消費するが、SMRなら安定出力を長期間供給できる。両者を組み合わせれば、艦艇はレーザー兵器や大型センサーと同時運用でき、「電力=火力」の新時代が現実となる。エネルギー補給に頼らず戦い続けられる艦隊は、尖閣のグレーゾーンから台湾有事の長期戦まで、あらゆる局面で圧倒的な抑止力を発揮するだろう。

具体的なシナリオを描けばこうだ。尖閣では無人機や武装漁船に対し、非炸薬弾で警告射を浴びせ、低コストで消耗戦を制する。台湾有事では外縁に展開した艦艇が敵艦隊や無人機を次々と撃破し、決定打となるミサイルを温存できる。短期決戦にも長期戦にも対応できる「削り続ける力」を日本は手に入れるのだ。
 
🔳日本を支える産業と研究力
 
日本の優位性を支えるのは、単なる技術力ではない。まず、日本はGDPに占める製造業比率が20%前後と、米国(約11%)、EU(約15%)に比べても高い水準を維持している。とりわけ精密加工や特殊合金の分野では世界トップクラスであり、こうした産業基盤が電磁加速兵器の開発を支えている。

日本の製造業を支える精密加工の現場

さらに、日本は研究開発投資でも高い水準を誇る。OECDの統計によれば、日本の研究開発費のGDP比は約3.3%で、OECD諸国の中でも上位に位置する。中国は2.5〜2.8%程度で日本より低く、米国は日本とほぼ同水準か年によってやや上回る。つまり、日本は米中と比べても同等以上の研究開発集約度を持ち、世界の中でも確固たる地位にある。

重要なのは、単に資金を投じるだけでなく、基礎研究と応用研究を結びつけ、艦艇建造からエネルギーシステムまで一貫して統合する産業の結合力だ。この点で日本は、海外依存が強い米国、米国と同じく海外依存が強くかつ精密加工に弱点を抱える中国、制裁下で技術鎖国を余儀なくされるロシアとは対照的に、安定した開発力を維持できている。

レールガンが日本の安全保障にもたらす意味は明快だ。敵は「数千発のミサイルを撃っても安価な電磁弾に迎撃される」と悟り、日本への攻撃計画は根本から狂う。日本は「安く、深く、持続的に守る力」を手に入れ、東アジアの戦略バランスを一変させるのである。

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日本の防衛費増額とNATOの新戦略:米国圧力下での未来の安全保障 2025年7月12日
GDP比2%の防衛費増額計画とNATOの戦略を比較し、日本の安全保障の進路を論じた記事。

アングル:中国のミサイル戦力抑止、イランによるイスラエル攻撃が …(私の論評) 2024年10月17日
中国の飽和攻撃戦略をイラン・イスラエル紛争に重ね、日本にとっての抑止課題を分析した記事。

NATO、スウェーデンが加盟すれば「ソ連の海」で優位…潜水艦隊に自信―【私の論評】忘れてはならない! 海洋戦略の視点 2023年12月31日
北欧の安全保障環境の変化と海洋戦略の重要性を扱い、日本の防衛にも通じる視点を示した記事。  


【独自】海自潜水艦に1000キロ射程ミサイル…敵基地攻撃能力の具体化で検討―【私の論評】日本の潜水艦隊は、長射程巡航ミサイルを搭載し、さらに戦略的要素を強めることに 2021年12月30日
海自潜水艦に1000キロ射程ミサイル搭載を検討!敵基地攻撃能力の具体化で、日本の潜水艦隊は戦略的役割を一変させる。

2025年9月12日金曜日

ロシア国内の“日本の顔”ジャパンセンター閉鎖――左派リベラル政権の致命的矛盾

 

まとめ
  • ロシア国内のジャパンセンター閉鎖は、冷戦後の日本外交の象徴的存在の終焉であり、2025年9月に日本政府が正式決定した。
  • 岸田内閣は「ロシア経済分野協力担当相」を継承し続け、制裁と協力の二重基準として批判を浴び、石破内閣はこれを廃止したが、ジャパンセンター閉鎖は遅れ、矛盾が浮き彫りになった。
  • 外交・安保においても、制裁強化を唱えつつサハリン2のLNG輸入を維持するなど、左派リベラル政権の二枚舌が続いた。
  • エネルギー政策では、再エネ賦課金徴収や原発再稼働の遅れ、釧路湿原でのメガソーラー建設など矛盾が噴出し、国民生活を圧迫した。
  • ジャパンセンター閉鎖という重大な転換にもかかわらず、日本の大手マスコミはほとんど大きく報じず、国外メディアが中心となって伝えた。
🔳ジャパンセンター閉鎖という転換点
 
モスクワ「ジャパンセンター」に刻まれた碑文

日本政府がロシアに設置していた「ジャパンセンター」の閉鎖を決めた。これは、長年の対露政策の甘さに終止符を打つものだ。これは単なる文化交流拠点の整理ではなく、冷戦後の日本外交の一つの時代の終焉を告げる象徴的な出来事である。

ジャパンセンターは1994年に設立され、モスクワやサンクトペテルブルク、ウラジオストクなど六都市に拠点を持ち、日本語教育や文化紹介、経済改革支援のセミナーを通じて日本企業の活動を後押ししてきた。外務省の資金で運営され、長らくロシア社会における「日本の顔」として存在感を示してきた。しかし2022年のウクライナ全面侵攻を境に情勢は一変し、ロシアは監視と圧力を強め、日本関連機関の活動は制約を受けるようになった。日本政府は2025年9月10日、林芳正官房長官が会見で全六拠点を閉鎖すると発表し、外交ルートではすでに8月27日にロシア側へ通知していた。
 
🔳左派リベラル政権の矛盾

岸田氏と石破氏 両氏ともロシア政策は矛盾

注目すべきは「ロシア経済分野協力担当相」の存在だ。2016年に設置され、経済産業相が兼務してきたが、岸田内閣でも継承され、制裁と協力を両立させる二重基準は批判を浴びた。石破内閣ではこの担当相を廃止し、西側との連携を優先したにもかかわらず、ジャパンセンターの閉鎖は遅れた。協力の象徴を切り捨てながら文化外交の象徴を延命する矛盾は、左派リベラル政権の曖昧さを露呈した。外交や安保の場でも同様である。制裁を強化しつつサハリン2のLNG輸入は継続、追加制裁を積み増しながら「国民生活を守る」との名目で依存を続けた。国内では価値外交を声高に語りながら、実際には実利を優先する二枚舌が続いたのである。

エネルギー政策でも矛盾は顕著だ。再エネ推進を掲げつつ再エネ賦課金を国民から徴収し、電気料金を高騰させた。原子力発電の再稼働は遅れ、火力依存が続いた結果、燃料価格の高騰が電気代に直撃した。釧路湿原周辺ではメガソーラー建設が進められ、自然保護団体や住民の反対署名が相次いだ。環境保護を掲げながら自然を破壊し、再エネ賦課金で国民生活を締め付ける――これ以上の矛盾があるだろうか。
 
🔳国益を守るための選択
 
加えて見逃せないのは、このジャパンセンター閉鎖自体を日本の大手メディアがほとんど大きく取り上げていない点だ。英字メディアや国外報道では報じられたが、国内主要紙は一面扱いを避け、小さな記事で済ませる傾向が強い。国民にとって重大な政策転換であるにもかかわらず、報道の“低温化”は政権の矛盾を覆い隠す役割を果たしている。

議員バッジ 左が衆議院議員用、右が参議院議員用

結論は明白である。今回の閉鎖は最低限の軌道修正に過ぎない。国益を守るためには、左派リベラル的な総裁を自民党が選び続けることは許されない。自民党議員は保守系総裁を擁立し、保守政策へ回帰しなければならない。さもなければ、次の選挙で議員バッジを失うことになるだろう。国民はもはや言行不一致の政治を許さず、強いリーダーシップで国益を守る真の保守を求めているのだ。これは、日本国内の一時的な現象ではなく、世界の潮流である。

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なぜ今、創生「日本」に注目すべきなのか──伝統と国益を護る 2025年9月4日
保守回帰の潮流と国益を守るための政治的価値観を掘り下げる。

英国空母、初の東京寄港 日英はランドパワー中露を睨む宿命 2025年8月29日
英国空母寄港をきっかけに、日英の安全保障協力の意義を論じる。

安倍のインド太平洋戦略と石破の「インド洋–アフリカ経済圏」構想 2025年8月22日
外交戦略の比較を通じて、日本が取るべき進路を考察。

外交カードと人質外交の実態 2025年7月18日
中国が邦人やビジネスマンを外交手段として利用している実態を解説。国益を守るための視点を提示。

内閣改造でなぜロシア協力相を続ける必要があるのか―【私の論評】派閥力学と財務省との関係性だけで動く岸田政権 2022年8月11日
内閣改造で「ロシア経済分野協力担当相」が存続。制裁を科しながら協力ポストを残す矛盾。岸田政権は派閥力学と財務省への配慮で国益を損ねるのか。

2025年9月11日木曜日

追悼――米国保守の旗手チャーリー・カークの若すぎる死 吉田松陰を思わせる魂が、日米の若者に問いかける


まとめ

  • チャーリー・カーク氏は2025年9月10日、ユタ州で演説中に暗殺され、享年31歳だった。
  • 彼は「学歴より全人格」を訴え、全米の大学で保守的価値観を若者に呼び覚まし、トランプ大統領誕生にも寄与した。
  • 2025年9月には東京で参政党主催の集会に参加したぱかりであり、国際的な保守連帯の象徴ともなった。
  • 日本の霊性文化と、米国が新たに育むべき霊性文化は互いに学び合える。カーク氏の理念はその礎になり得る。
  • その若すぎる死は吉田松陰を思わせ、未来の指導者を生み出す可能性を残した。
まずは、チャーリー・カーク氏の早すぎる死に心から哀悼の意を表したい。彼は若くして銃弾に倒れたが、その魂は消えることなく、多くの人々の心に生き続けるであろう。

🔳暗殺の衝撃と全米の動揺

暗殺される直前のチャーリー・カーク氏

チャーリー・カーク氏は、アメリカ保守派の若き旗手であり、草の根の政治運動を全国に広げてきた人物だ。その命が奪われたのは、2025年9月10日、ユタ州オーレムのユタ・バレー大学での演説中であった。ステージに立った彼は突如、約200メートル離れた建物から放たれた銃弾に倒れた。首を撃ち抜かれたその光景は観衆を恐怖と混乱に陥れ、搬送先の病院で死亡が確認された。享年31歳。あまりに早すぎる死であった。

事件は瞬時に「政治的暗殺」として全米を震撼させた。ユタ州のコックス知事は「政治的動機による暗殺だ」と断じ、死刑も視野に入れると明言した。捜査にはFBIやATFも加わったが、容疑者は依然特定されていない。この衝撃的な凶行に対し、トランプ前大統領は「偉大で伝説的な人物を失った」と悼み、オバマ元大統領やハリス副大統領までもが暴力を強く非難した。自由な言論の場が銃弾で封じられる――その現実は、分断に苦しむアメリカが直面する病理を浮き彫りにした。

🔳若者を動かしたカークの言葉と国際的活動

カーク氏は、トランプ派と連携しつつ、若者に保守の理念をわかりやすく説き続けた。彼が設立した「ターニング・ポイントUSA」は、名門大学エリートに象徴される既得権益を痛烈に批判し、「学歴より実際の賢明さ」を訴えた団体だ。カーク氏の演説は「ハーバード卒より配管工の方が賢い」と挑発的であったが、その一言が若者の胸を打った。

進歩派に染まった大学での討論は、学生に眠っていた保守的価値観を呼び覚まし、その潮流はトランプ大統領誕生にも力を貸したといわれる。カーク氏は全米の大学キャンパスを駆け巡り、保守派の存在感を取り戻す思想戦を展開したのだ。

神谷氏とチャーリー・カーク氏

さらに、2025年9月7日には東京で参政党主催の「Charlie Kirk's Symposium」に参加し、神谷宗幣代表と対談した。主催者は彼を「トランプ政権誕生の立役者」と紹介し、会場は満員となった。ここで語られたのは、米国と日本の保守の価値観を結びつけ、国際的な連帯を築く可能性であった。カーク氏は国内にとどまらず、国際社会においても保守の旗を掲げる存在になりつつあったのである。

🔳日本の霊性と米国の空洞化、そして魂の未来

以前のこのブログでも取りあげたが、カーク氏の活動の核心は「コア・バリュー」にある。人種や肩書きではなく、人格と価値観を軸に人を評価すべきだという主張である。そこに共鳴した若者は、自らを変革の担い手と信じ、カーク氏の演説に熱狂した。

ここで重要なのが「霊性」という視点だ。日本は伊勢神宮の式年遷宮に象徴されるように、自然と調和し、時間の流れを敬う独自の霊性を育んできた。その根には万世一系の天皇という文化的連続性がある。フランスのドゴール政権の文化相だったアンドレ・マルローもスイスのスイスの精神科医・心理学者のカール・グスタフ・ユングも、21世紀は霊性の時代になると予言した。戦後日本はその自覚を薄れさせたが、霊性は依然として人々の潜在意識に根強く息づいている。今こそ、それを顕在化させる努力が必要なのだ。

一方、アメリカは物質主義に傾き、共通の価値観を見失いつつある。だからこそ新たに独自の霊性の文化を育むことが求められている。日本とアメリカは互いに学び合える。日本は霊性を顕在化させ、アメリカは自国流の霊性文化を創造する。その交流が両国の文化的厚みを増すのだ。

カーク氏が残した「全人格」「コア・バリュー重視」という理念は、アメリカが霊性の文化を築く上で大きな礎となる。彼の死が悲劇で終わるか、それとも精神文化再生の契機となるか。マルローが「21世紀は霊性の時代」と述べ、ユングが「次の文明は霊性に支配される」と語ったように、彼の魂は新たな文明の胎動を後押しするだろう。

吉田松陰先生の言葉

ここで思い起こされるのが、日本の吉田松陰である。彼もまた若くして斃れたが、その思想は門下の高杉晋作や伊藤博文らを通じて明治維新の原動力となった。早逝しながらも歴史を動かした吉田松陰のように、チャーリー・カークの死もまた多くの若者に火を灯し、未来の指導者を生み出す可能性を秘めている。日本の霊性文化と響き合いながら、彼の魂はこれからも未来を語り続けるに違いない。

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参政党の急躍進と日本保守党の台頭:2025年参院選で保守層の選択肢が激変 2025年8月8日
日本の新興保守勢力の伸長を分析。若年層の動員や草の根の熱量という点で、カーク氏のキャンパス運動と響き合う。

「日本は、アメリカか中国か選ぶことになる」—リフォーモコンが築くアメリカの魂:労働者の誇りと霊性文化の創造 2024年12月29日
改革保守と“霊性の文化”をセットで論じ、米国の価値基盤づくりを提起。カーク氏の理念面の延長線として読める。

「ハーバード卒より配管工のほうが賢い」米国保守派の「若きカリスマ」の演説にインテリが熱狂するワケ―【私の論評】日本から学ぶべき、米国が創造すべき新たな霊性の精神文化
2025年2月16日

「ハーバード卒より配管工の方が賢い」と語る米国保守の若き旗手チャーリー・カーク。
学歴偏重を超えて「コア・バリュー」を訴える彼の姿は、日本の霊性文化とも響き合う。

「米国第一主義は当然、私もジャパン・ファースト」自民・高市早苗氏、トランプ氏に理解 2024年9月21日
「自国第一」思想の相互理解を論じたエントリ。米保守思想と日本側の受け止めの接点として参照価値が高い。

EU・インド太平洋が対中露で結束 閣僚会合―【私の論評】死してなお世界を動かす安倍晋三元首相に感謝 2023年5月14日
EUとインド太平洋諸国が結束し、対中露で協力強化へ。その礎を築いたのは、安倍晋三元首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想。死してなお世界を動かす安倍氏に感謝。

2025年9月10日水曜日

米国の史上最大摘発が突きつけた現実──韓国の甘さを断罪し、日本こそ日米同盟の要となれ



まとめ
  • 2025年9月4日、DHSはジョージア州の現代‐LG工場で475人を拘束し、これを「largest single-site enforcement action(単一事業所への過去最大規模の強制執行)」と発表した。
  • この摘発はトランプ政権の選挙公約「不法移民排除」の実行であり、外国企業に「アメリカ人を雇い、訓練せよ」と迫る内需拡大策の一環でもある。
  • 韓国企業は事前に警告を受けていたにもかかわらず是正せず、摘発は「予告された是正」となった。通商交渉の停滞もあり、制裁的性格が色濃い。
  • 日本人も数名拘束されたが軽微なケースで、日本企業は制度を厳格に守っていたためリスクは最小限に抑えられた。
  • 韓国の輸出管理の甘さは戦略物資が北朝鮮や中国、ロシアに流出する懸念を生み、日本は米国同様に厳格対応すべきである。CSISも、日本の輸出管理は日米信頼を深めインド太平洋戦略に有効と分析している(CSISレポート)。
🔳米国による史上最大規模の移民摘発と韓国への圧力
 

2025年9月4日、米ジョージア州エラベルの現代‐LGエナジーソリューションのEVバッテリー工場建設現場で、連邦当局が単一拠点として米国史上最大規模の職場査察型移民摘発を行い、475人が拘束された。そのうち300人以上が韓国人労働者であった。米国国土安全保障省(DHS)はこれを"largest single-site enforcement action”、すなわち「単一の事業所に対する過去最大規模の強制執行」と公式に認定した。工場は総額約43億ドルの巨大投資案件であり、完成すれば州内最大級のプロジェクトとなるはずであったが、摘発によって建設は即座に中断された。

DHSは2001年の同時多発テロを契機に設置された巨大省庁である。移民、国境、テロ対策を一手に担い、ICE(移民・税関執行局)やCBP(国境警備局)を傘下に置く。今回の摘発もこの枠組みの下で行われた。韓国政府は慌てて外相を派遣し、拘束者の帰国後の再入国に不利益が生じぬよう米側に要請した。そして9月9日、チャーター機の派遣を発表するに至った。
 
🔳トランプ政権の狙いと制裁的性格
 
トランプ大統領の選挙公約

この強制摘発は、トランプ大統領の選挙公約である「不法移民の徹底排除」の実行そのものであった。人権団体や一部メディアは「人権侵害」「経済混乱」と非難したが、政権に迷いはない。掲げてきたのは「アメリカ人雇用優先」「内需拡大」であり、その一環として外国企業に対し「アメリカ人を雇い、訓練せよ」と公言してきた。

さらに、この出来事は韓国に対する制裁的圧力の色彩を帯びている。ロイターの報道によれば、韓国企業はビザ制度のグレー運用に関し事前に警告を受けていたにもかかわらず、労働者を送り込み続けた。今回の摘発は「狙い撃ち」ではなく「予告された是正」であり、韓国企業と仲介業者の責任は極めて大きい。加えて、米韓の通商交渉は為替問題で膠着しており、移民規制と通商圧力が同時に韓国を締め付けている。まさに制裁の実効化である。

外国企業にとっても衝撃は大きかった。フィナンシャル・タイムズは、多国籍企業がこの大規模執行を受けてビザ審査の見直しや出張凍結、内部監査を急いだと伝えている。米国市場で事業を営むなら、制度を徹底的に遵守せよという強烈な警告である。

日本人も数名拘束されたが、いずれも短期就労資格の不備といった軽微なものであり、韓国人労働者の大量摘発とは異なる。これは、日本企業が従来から法を守り抜いてきた成果であり、遵法姿勢こそ最大の防御であることを裏づけた。
 
🔳韓国のグレーな対応と日本の選択肢
 
韓国が日本に対しても「グレーな対応」を続けてきたことは記憶に新しい。2019年、日本はフッ化水素や高純度レジストなど戦略物資の輸出管理において、韓国が適切な管理体制を欠いていると判断し、ホワイト国から除外した。韓国は「国際規範に沿っている」と反発したが、日本側は輸出された物資が北朝鮮や中国、ロシアといった懸念国に流出する恐れを無視できなかった。証拠が明確に示されたわけではない。しかし、管理の甘さが「グレーゾーン」を生み出していたことは否定できない。


こうした実態を直視すれば、日本も米国同様、韓国に対して厳格な姿勢をとるべきである。中途半端な対応は国益を損なうだけだ。輸出管理や法執行を徹底すれば、日本は国際社会での信頼を高め、同時に米国との同盟をさらに強固なものにできる。実際、米国の有力シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)は、日本が韓国に対して強硬な輸出管理を行うことは日米の信頼を深め、インド太平洋戦略の推進に資すると分析している。CSISの分析は以下のURLから確認できる。

結論
 
今回のジョージア州での摘発は、米国が韓国に制裁的圧力を加えた象徴的事件である。背景には韓国企業の無責任な行動があった。そして日本にとっても、この事件は大きな教訓となる。韓国がグレーな対応を続ける限り、日本は米国のように韓国に対して厳格な措置を講じなければならない。それが日本の安全保障を守り、国際的な存在感を高め、日米同盟をより強靭にする道である。
  
トランプ前大統領の“最大300%関税”は、グローバリズムの幻想に終止符を打った荒療治だ。中国を肥大化させていた仕組みの暴露でもある。日米は内需大国に回帰し、未来を創らねばならない。

【日米関税交渉】親中の末路は韓国の二の舞──石破政権の保守派排除が招く交渉崩壊 2025年8月8日
韓国は通商交渉で“骨抜き”にされた。日本も石破政権の迷走で同じ道を歩む危険が迫る。日米同盟を守るのは迎合ではなく、国益をかけた交渉だ。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 2025年8月22日
FOIPの系譜と現下の日本外交の選択を対比。日本が地域秩序形成で中心軸になり得ることを論じている。

日米が極秘協議──日本が“核使用シナリオ”に踏み込んだ歴史的転換点 2025年7月27日
拡大抑止と運用協議の実相を解説。日米同盟の実効性と日本の役割拡大に関する示唆が濃い。

中国の軍事挑発と日本の弱腰外交:日米同盟の危機を招く石破首相の選択 2025年7月11日
対中抑止と同盟信頼の観点から、日本の姿勢を厳しく点検。法と規範の順守が国益を守ると結ぶ。

韓国への輸出管理見直し 半導体製造品目など ホワイト国から初の除外 徴用工問題で対抗措置―【私の論評】韓国に対する制裁は、日本にとって本格的なeconomic statecraft(経済的な国策)の魁 2019年7月1日
経済戦略(Economic Statecraft)は、国家の“ソフトパワー”かつ安全保障の最前線だ。本稿ではその構図を明快に描いた。
 


2025年9月9日火曜日

本日、日経平均44,000円台──石破退陣こそ最大の経済対策、真逆の政策で6万円時代へ


まとめ

  • 9月9日、日経平均株価が44,000円を突破し史上最高値を更新した。石破首相の辞任が直接の引き金となり、市場は金融緩和と積極財政への転換を織り込んだ。
  • 米国との自動車関税交渉の進展や円安の追い風も株価上昇を後押しし、投資家心理を一層好転させた。
  • 日本経済の基盤は悪くないが、近年の緊縮財政と日銀の事実上の引き締めが内需停滞と実質賃金の低迷を招いている。
  • 日本は輸出依存度が低く、変動相場制の下では関税や為替の変動は自動的に均衡するため、根本的に内需と政策運営が経済のカギを握る。
  • 市場は「石破路線と真逆の政策」が続けば日本は黄金期を迎え、日経平均が6万円に達する可能性もあると見ており、自民党幹部はその期待を直視すべきだ。
🔳株価44,000円更新の背景


9月9日、日経平均株価が史上初めて44,000円を突破した。引き金となったのは石破首相の辞任である。財務官僚の操り人形と化した石破氏の退陣は、政権が金融緩和や積極財政へと転換するのではないかという期待を一気に膨らませた。市場はその可能性を先取りし、株価を押し上げたのだ。

米国との自動車関税引き下げ交渉の進展、円安進行による輸出企業の収益改善、そして金利の不透明感の中で相対的に高まった株式の魅力も、この上昇を後押しした。
 
🔳政策期待と日本経済の現状
 
石破は純正経済音痴であるが、自らはそれを否定している

今回の株価上昇は、市場の期待先行という側面が強い。次の自民党総裁がどのような政策を取るか、日銀がどの方向へ舵を切るか、そして政府がどんな経済対策を打ち出すかが、中長期的に相場を左右する決定的な要素となる。

市場がとりわけ注目しているのは二つだ。ひとつは日銀の緩和継続である。石破氏の下では金融引き締めと財政健全化が優先されると見られていたが、辞任によって「低金利環境が続く」との観測が強まった。企業の資金調達コストが下がり、投資や設備拡大が加速するとの期待が生まれた。もうひとつは積極財政だ。公共投資の拡大、減税、エネルギー支援策などが現実化すれば、内需を強力に刺激し、企業収益と消費を押し上げる。今回の史上最高値更新は、まさにそうしたシナリオを映し出している。

もっとも、日本の経済基盤そのものは悪くない。失業率は2.5%前後、企業収益も過去最高水準だ。だが現実には、財政政策は緊縮色を強め、日銀も表向きは緩和を維持しながら実質的には引き締めへ傾いている。その結果、内需は伸び悩み、実質賃金はマイナス圏から抜け出せない。「緊縮+引き締め」の組み合わせが経済停滞の元凶となっている。

🔳輸出依存の低さと市場へのメッセージ

上のグラフで、準輸出は(準輸出=輸出-輸入)GDP全体の0.2%にすぎない


日本経済はもともと輸出依存度が低い。高度成長期でもGDP比は一割前後、バブル期ですら数%台にすぎなかった。現在も主要先進国の中で低い水準にとどまり、内需が経済の中心である。したがって、関税や為替の変動が全体経済を大きく揺るがすことはない。

変動相場制では、米国が関税をかければドル高が進み、円安が進行する。結局は為替が自動的に調整し、均衡が保たれる。1980年代の日米貿易摩擦の時も、同じ構図が繰り返された。市場が本当に見ているのは輸出ではなく、国内政策と内需なのである。

だからこそ、次期政権が金融緩和と積極財政に舵を切るという期待が、株価を大きく押し上げた。皮肉なことに、直近で最も効果をもたらした「経済対策」は、政府の施策ではなく石破の退任そのものだった。そして市場は、もし次の総裁が石破路線とは正反対の政策を打ち出し、それを持続すれば、日本は再び黄金期を迎え、日経平均が6万円に届くことも夢ではないと見ている。

株価44,000円には、その強烈なメッセージが込められている。自民党幹部は、次期総裁がどれほど「石破と真逆」を示せるかによって、市場が目に見える形で反応することを直視すべきだ。

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2025年9月8日月曜日

自民党は顔を替えても救われない――高市早苗で「電力安定・減税・抑止力」を同時に立て直せ

前回の総裁選で立候補を表明した時の高市早苗氏

まとめ

  • 石破茂は連敗と党内圧力で9月7日に辞任表明に至った。前夜の官邸での菅義偉・小泉進次郎の面会は、石破に「自発的退陣」を促した可能性が高い出来事である。
  • 自民党には派閥が“担ぎやすい顔”を前に出す「操り人形」体質が根づいている。顔を替えるだけでは何も変わらない。敗因の核心は、世論の温度を外し続ける鈍感力そのものである。
  • 参院選で有権者の主争点は、外国人政策・経済(物価と賃上げ)・安全保障であった。それにもかかわらず、党内の一部は「裏金」防戦に偏り、論点の主導権を手放した。
  • SNSの一次情報(候補本人や陣営の投稿)には、保守系比例候補の敗北報告や支持層離反の自己分析が相次いで記録されている。マスコミ論調ではなく当事者の言葉が、争点の読み違いを裏づけている。
  • 次の総裁選の分岐は明快である。小泉進次郎を“新しい顔”として担ぐだけなら、石破政権の再演になる。保守票を高市早苗に一本化し、上記三争点に即した具体策を掲げるなら、反転の余地は残る。

🔳鈍感力が招いた「石破政権」終幕
 

石破茂は9月7日、辞任を表明した。理由は「米国との関税交渉が一区切りついた」というものだが、実態は選挙敗北の連鎖と党内の突き上げである。公式会見と大手通信の一斉報道が、その事実関係を裏づける。(首相官邸ホームページ, Reuters, The Japan Times)

その前夜、官邸では異例の面会があった。菅義偉が約30分で退席し、小泉進次郎は約2時間残って石破と協議――この具体的な時間経過まで報じられている。面会の狙いは「自主的辞任」の説得であり、翌日の表明につながったとみるのが自然だ。小泉が前に出て、菅が“背中を押す”。いかにも自民党らしい「段取り」である。(Nippon)

ここで強調すべきは、鈍感力の温存が同じ悲劇を繰り返すという単純な理屈だ。石破は「辞め時」を読み違え、世論の変化に鈍かった。その末路を、党内の多くがいまさら悟った。しかし、悟った“つもり”のままでは何も変わらない。鈍感さを脱しない限り、誰が総裁でも同じ道を辿るだけである。(CSIS)

🔳「操り人形」の伝統と小泉進次郎の危うさ
 
 自民党には古来、派閥領袖や実力者が「担げる器」を探し、前に押し立てる癖がある。派閥政治の重みは令和の今日も減っていない。総裁選は形式上“開かれた選挙”でも、最終局面ではキングメーカーの読みと手が結果を左右する。(East Asia Forum, Cambridge University Press & Assessment)

今回、幹部の一部が小泉進次郎を次なる「操りやすい旗頭」と見て動くのは必然だろう。実際、辞任当日に有力候補として小泉の名が並ぶ。だが、鈍感力を引きずったまま小泉を押し立てれば、石破と同じ運命になるだけだ。顔ぶれを替え、ポスターを貼り替えても、鈍感な政権運営は支持を失う。これは政局観ではなく、近年の結果が示す経験則である。(Reuters)

「保守票の結集」が勝敗を決めた例は枚挙に暇がない。2012年、総裁選は一度は石破が先行しながら、決選投票で安倍晋三が逆転した。派閥横断の乗り換えと保守票の収斂が一気に流れを変えた事実は、党公式史や同時代分析に記録されている。今回も、保守側が分裂すれば負け、結集すれば勝つ――法則は変わらない。(自民党, Brookings)
 
🔳争点の取り違え――「外国人・経済・安保」対「裏金」

世耕氏は派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で離党勧告を受け、2024年衆院選で和歌山2区から無所属で立候補して当選

参院選の実際の関心は、外国人・経済(物価)・安保だった。SNS上の話題量でも「外国人政策」が突出し、政策シンクタンクの論考でもエネルギー安全保障や物価・財政が主要争点として整理されている。現実の選挙分析でも、反移民色を強めた小党の伸長が指摘された。(毎日新聞, 東京財団, Reuters)

それでも自民党内の鈍感な一部は、「最大の争点は裏金だ」と思い込み、相手の土俵に乗った。結果は厳しい。保守系の看板議員にまで落選が相次いだ。たとえば、佐藤正久、和田政宗、山東昭子、赤池誠章――いずれも本人や陣営がX上で敗北や苦戦を明かし、支持層の離反を直視せざるを得なかった。杉田水脈も主要紙が落選確実と報じた。現場の空気は、SNSに最も率直に残っている。(X (formerly Twitter), 朝日新聞)

一方世耕氏は派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で離党勧告を受け、2024年衆院選で二階王国と言われた、和歌山2区から無所属で立候補して当選した。これは、自民党の鈍感力を鋭く抉る結果となった。

では有権者は何を見ていたか。物価高が続くなか、経済運営と対米関税対応が暮らしを直撃し、外国人政策の運用と安全保障に不安が広がった。ここを正面から語らず、スキャンダルの応酬に終始した側が負けた――それが今回の選挙の実像である。(MUFG_BANK, Reuters)

結論は単純だ。鈍感力こそ、自民党を滅ぼす毒である。石破の辞任は、その毒が政権を倒すことを証明した。菅と小泉の面談が“引導”を渡した可能性は高いが、真に必要なのは「担ぐ顔」を変えることではない。保守票をばらまく分裂をやめ、外国人問題・経済・安保という国民の切実な争点に、具体策で応えることだ。小泉を操り人形に仕立てても、鈍感さを捨てなければ沈むだけである。いま必要なのは、耳の痛い現実を直視する感覚――その回復である。(Nippon, CSIS)

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2025年9月7日日曜日

二度の選挙大敗でも居座る石破総理—民主主義を冒涜する『無限ループ』を断ち切れ

 

まとめ

  • 石破政権は国政選挙で二度大敗しながら辞任せず、世論調査を根拠に居座る姿勢は民主主義の冒涜である。
  • イギリスの「1922年委員会」やドイツの「建設的不信任案」など首相交代制度は存在するが、実際に使われたのはドイツで一度のみである。
  • 日本では総裁規定や首相代行制度があるが、閣僚を最小限に絞る「一人内閣」に近い形で延命できる抜け道がある。
  • 歴史的には田中角栄や中曽根康弘のように「総裁辞任=総理辞任」が常識だったが、法的拘束力はなく居座りも可能である。
  • 本来強制辞任制度は使われないのが望ましいが、日本の現状は危機的であり、総裁選前倒しによる速やかな政権交代が唯一の解決策である。
石破政権の延命をめぐる政治状況は、かつてない異様さを帯びている。国政選挙で二度の大敗を喫し、国民から明確に不信任を突きつけられながらも、石破首相は政権に固執している。

党内では総裁選の前倒しを求める声が強まる一方、政権側は世論調査を盾に正当性を主張している。しかし、民主主義の根幹を成すのは選挙であり、恣意的な調査ではない。国民の審判を軽んじ、数字をもてあそぶ姿勢は、憲政史において危機的状況を示す重大な兆候である。
 
🔳英独の制度と日本の「無限ループ」
 
イギリスでは、首相は下院多数派の党首という地位に依存しており、党内の支持を失えば交代は即座に可能だ。とりわけ保守党の「1922年委員会」はその象徴である。所属議員の一定数が不信任を申し立てれば党首投票が行われ、過半数が不信任に回れば首相の座を失う。しかし制度は一度も実際に発動されたことはなく、多くの首相は制度が動く直前で辞任を表明し、自ら幕を引いてきた。

ドイツには「建設的不信任案」がある。単に現職を解任するだけでなく、新しい首相候補を同時に指名して成立する仕組みだ。強力だが、実際に発動されたのは1982年、シュミット首相を退陣させコールが後任に就いた一度きりである。制度の存在が牽制として機能する一方で、現実にはほとんど使われていない。

無限ループで居座る可能性も出てきた石破氏

一方、日本の仕組みは曖昧である。自民党党則には「総裁が任期途中で職務を継続できない場合は両院議員総会で後任を選出する」との規定がある。また内閣法第九条に基づき、首相が病気や事故で職務を果たせない場合や、外国訪問中に国内に不在の場合は、あらかじめ指定された国務大臣が首相臨時代理を務める。現在の指定は林芳正官房長官である。

だが制度には抜け道もある。首相が他の閣僚を一斉に辞任させ、「一人内閣」に近い状態で居座る可能性だ。憲法は「首相およびその他の国務大臣」で内閣を構成すると定めているが、最少人数を明記していない。形式的には首相ともう一人で内閣は成立してしまう。実務的には政権運営は不可能だが、理論上は延命を可能にしてしまう。
 
🔳総裁選前倒しと民主主義の正統性
 
憲法学者もこの点を議論してきた。芦部信喜は「合議制」の建前から、少人数内閣は憲法の趣旨に反するとし、佐藤幸治も「憲法違反に準ずる状態」と警告した。判例がないため法的に断定はできないが、「法理上可能、政治的には許されない」という評価が支配的である。

現実政治でも、最小限の閣僚で政権を維持した例がある。第一次安倍内閣では不祥事と辞任が相次ぎ、残された閣僚が兼務でしのいだ。細川内閣や森内閣末期でも空席が目立ち、形だけの内閣が続いた。こうした事態は「一人内閣」にまでは至らなかったが、制度の脆弱さを露呈した。

自民党総裁選挙に立候補した田中角栄氏(左)と会談する中曽根康弘氏(東京都千代田区の砂防会館)(1972年06月21日)

歴史を振り返れば、自民党総裁の辞任は総理辞任と一体であった。田中角栄は1974年に、また中曽根康弘は1987年にそれぞれ総裁と総理を同時に退いた。この慣例は「総裁辞任=総理辞任」を常識としてきたが、法的拘束力はない。石破氏のように制度の隙間を突けば、総裁を降りても総理に居座るという異例の事態が起こり得る。

しかし、自民党総裁選の前倒しが不可欠である。石破総裁を退陣させれば、たとえ石破が総理に居座ったとしても、自民党は不信任案を突きつけることができる。こうした総理交代も連動させることでしか、政権の正統性は回復できない。迅速に断行しなければ、国民の信頼はさらに失われるだろう。

石破政権は二度の国政選挙で惨敗した。これこそ民意の最も重い審判であるにもかかわらず、政権はそれを無視し、根拠の薄い世論調査を政権維持の道具としている。選挙という民主主義の根幹を踏みにじり、数字にすがる姿勢は民主主義そのものへの冒涜である。
 
🔳結論――「使われない制度」を「検討せざるを得ない現実」
 
読売新聞の世論調査の結果

英国の制度もドイツの制度も、強制辞任の仕組みが存在するが、実際にはほとんど使われていない。むしろ「制度が使われない」こと自体が望ましい。しかし日本では、強制辞任制度の検討を避けられないほど事態は深刻だ。

選挙で敗北した政権がなおも居座り、世論調査にすがって延命を図る現実。これは民主主義の危機以外の何物でもない。いま必要なのは、総裁選前倒しによる速やかな政権交代であり、それこそが日本の民主主義を守る唯一の道である。

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メディアに守られた面妖な首相、三度の敗北を無視した石破政権が民主主義を壊す 2025年8月31日
石破首相は三度の選挙敗北にもかかわらず続投を宣言し、メディアがこれを擁護する構図を鋭く批判。「制度の抜け道」や建設的首相交代制度への提言も含め、憲政史上初の異常事態として警鐘を鳴らす。

石破政権は三度の選挙で国民に拒絶された──それでも総裁選で延命を図る危険とナチス悪魔化の教訓 2025年8月25日
選挙は民主主義の根幹であり、国民の審判を軽視すれば政治は正統性を失う。歴代総理は選挙敗北を受けて辞任してきたが、石破政権は三度の敗北にもかかわらず延命を図る事態だ。

参院過半数割れ・前倒し総裁選のいま――エネルギーを制する者が政局を制す:保守再結集の設計図 2025年8月24日
参議院で過半数を割り込んだ状況下、前倒し総裁選の可能性と、エネルギー安全保障を軸にした保守再結集の道筋を描く記事。

選挙互助会化した自民・立憲―制度疲労が示す『政治再編』の必然 2025年8月18日
石破総裁誕生の背景には「高市早苗だけは総理にしない」という派閥横断の動きがあり、保守派の慢心に警鐘を鳴らす。自民党の制度疲労と政治再編の必要性を描いた一文。

衆院選大敗で執行部批判相次ぐ 自民、2千万円支給を問題視―【私の論評】石破総理の辞任は避けられない! 2024年11月
選挙大敗を受けて党内懇談会で執行部が批判され、青山参議院議員が首相に辞任を促した経緯を紹介。支持基盤の揺らぎと総裁選前倒しの必要性を浮き彫りにする。

2025年9月6日土曜日

ドラッカーが警告した罠──参院選後に再燃する『改革の名を借りた制度破壊』


まとめ

  • 英国・米国・日本で「改革」が再燃し、日本では参院選後に財政規律や構造改革が叫ばれる一方、財政法第4条と特例公債依存の矛盾が深刻化している。
  • ドラッカーは『産業人の未来』で、改革は制度を壊すのではなく制度を用いて現実を変えるべきだと説き、制度軽視は全体主義を招くと警告した。
  • 校則の例が示すように、制度は全廃も盲従も危険であり、時代に合わせて合理的に修正して維持することが秩序と自由を両立させる道である。
  • かつてのギリシャの最大政党PASOKの凋落やフランス・英国の制度不信、日本の民主党政権や石破首相の居座りなど、制度軽視は政治不信と混乱を招き、全体主義的傾向を強めている。
  • 構造改革は破壊ではなく点検・補強・斬新的再設計を含むべきであり、財政法と特例公債の矛盾も制度を守りつつ調整することで持続可能な解決が可能となる。
ここ最近、世界中で「改革」の言葉がまたぞろ飛び交っている。英国では労働党のスターマー政権が教育や移民制度の見直しを掲げ、米国ではトランプ大統領が現職として「国家再建」を進め、日本では2025年7月の参院選後に「財政規律」や「構造改革」という言葉が再び政界を席巻している。

日本の参院選では与党が議席を減らし、財政再建を重視する勢力が相対的に発言力を増した。これに呼応する形で財務省はプライマリーバランス黒字化の前倒しを打ち出し、社会保障費の抑制に強い姿勢を見せている。メディアも「財政健全化の必要性」を繰り返し取り上げ、財政規律こそが将来世代を守る道だという言説が広がった。

かつて小泉首相は「改革には痛みが伴う」と発言した

ただしここには、戦後日本の財政制度が抱える大きな矛盾が横たわっている。1947年に制定された財政法第4条は、「国の歳出は租税によって賄わなければならず、国債は建設国債を除いて財政政策のためには発行してはならない」と定めている。これは、戦前の戦費国債乱発が深刻なインフレを招いた反省に基づく規定だった。 

ところが1975年度以降、税収不足のために毎年「特例法」を制定して国債の発行が常態化し、事実上この原則は骨抜きにされてきた。参院選後に再び声高に語られている「財政規律」「構造改革」のスローガンは、この本来の制度趣旨を盾に取りながらも、現実には特例公債の発行に依存し続けているという自己矛盾を抱えているのである。

その矛盾を見ないまま「痛みを伴う改革」を繰り返せば、経済の基盤を損ない、国民の制度への信頼をさらに揺るがしかねない。これこそが、ドラッカーが警告した「制度を無視した改革が全体主義を招く」という構図に重なるのだ。
 
🔳ドラッカーが遺した「制度を用いる改革」の原則
 
ピーター・ドラッカーは1942年の著書『産業人の未来』において、改革とは制度を否定することではなく、制度を用いて現実を変えることだと明言した。彼にとって保守、リベラル、左派といった政治的立場は本質ではなく、制度を信頼し、それを活かしながら社会を改善するという姿勢こそが重要だった。

ピーター・ドラッカー

これは、学校の規則を例にとるとわかりやすい、校則は教育現場における「制度」の一例である。校則を全廃すれば自由が広がるように見えるが、実際には秩序が乱れ、いじめや事故などの新たな問題を招きかねない。だからといって時代に合わない規則をそのまま残せば、生徒の不満や不信を高め、制度への信頼が失われる。

制度には必ず欠陥や時代遅れの部分がある。しかし制度が作られる背景には、その時代に必要とされた秩序や社会的合意があり、それを根こそぎ崩してしまえば、単なる「不便な規則」をなくす以上の悪影響をもたらす。
 
重要なのは、校則を全面否定するのでもなく、盲目的に守るのでもなく、必要に応じて柔軟に修正しながら機能させることである。髪型やスマートフォンの使用規制など、時代の変化に応じて合理的に見直すことで、校則は秩序を守りつつ自由と共存する制度として維持される。

もし制度への信頼が失われれば、改革は理念や情熱に流され、やがて全体主義に至ると彼は警告した。この警告は決して過去の話ではない。現代でも同じ構図が見て取れる。トランプ大統領の産業政策や欧州で台頭するナショナル・コンザーバティズム、保守派内部での節度ある路線への回帰の動きは、いずれも「制度を使って現実に対処する」試みであり、ドラッカーの思想と響き合っている。

しかし一方で、制度を軽視した改革はしばしば煽動や破壊思想と結びつきやすく、人々は「劇的変革」という幻想に惹かれる。ここに危うさが潜んでいる。

欧米や日本のリベラル左派政権もその典型を示した。ギリシャの社会主義政党PASOKはかつて同国を代表する大政党であり、社会保障拡充と進歩主義を掲げて国民の支持を集めたが、財政危機に直面した2010年代に緊縮策を推し進めたことで支持を失い、急激に凋落した。この「パソク化」は中道左派政党の衰退を示す代名詞となり、制度を守れなかった結果として若年層の不信と過激化を招いた。

フランスでは若者世代が高齢者優遇に強い不満を抱き、制度そのものを信じられないという感覚が広がっている。英国ではリベラルな立場の政権が移民統合やグローバル化の弊害に向き合わず、結果として社会の分断を深めた。スターマー政権も成長戦略を欠いたまま税や規制に依存しており、「制度を超えた強い管理者」を求める声が増している。しかし、制度が担うべき役割を、人の強権的リーダーシップに肩代わりさせることは、短期的には混乱を収めるように見えても、長期的には制度の弱体化や全体主義的傾向を招く危険がある

日本でも2009年の民主党政権が制度改革を持続的に進められず、短命で終わったことで政治不信が広がり、結果的に制度への信頼が揺らぎ、保守政権の長期化を招いた。

さらに現在、自民党の内部でも制度の規範が揺らいでいる。従来「選挙に負けた総裁は退く」というのは日本政治の暗黙のルールだったが、2025年7月の参院選敗北後、石破茂首相は総裁の座に居座り続けている。党内からは退陣を求める声が上がり、森山幹事長が辞任の意向を示すなど波紋は広がったが、石破首相本人に退く意思は見られない。

慣習も「制度の背景にある秩序や合意」の一部だ。これを軽視して壊してしまえば、法や規則をいくら整えても社会は混乱する。逆に、慣習を理解しつつ合理的に修正・更新することは、「制度を用いて現実を変える」改革の重要な一環となる。現在の動きは、制度に根差した政治秩序の健全性を弱め、統治への信頼をさらに損ないかねない。まさに制度を軽視するリベラル・左派的姿勢が、自民党内部にまで浸透している現実を示している。
 
🔳構造改革は「破壊」ではない──斬新的改革を含む本来の意味

日本では「構造改革」という言葉が特に誤解されやすい。2000年代、小泉政権が金融緩和や積極財政を伴わず、規制緩和や歳出削減ばかりを進めたため、構造改革と聞けば「冷酷な削減」「庶民切り捨て」という印象が定着した。

構造改革については野口旭、田中秀臣共著の『構造改革論の誤解』が詳しい

だがドラッカーが説く改革は、制度を壊すことではなく、制度を点検し、補強し、柔軟に適合させていくことだった。教育制度が機能不全に陥っているなら、それを廃止するのではなく、現場に合ったカリキュラムに調整し、研修制度を改善する。制度をゼロから作り直すのではなく、持続可能な形に修正していく。これが「制度を用いて現実を変える」という本来の改革の姿である。

ここで重要なのは、この「制度を用いた改革」には斬新的な制度自体の改革も含まれるという点だ。ドラッカーは、制度を全面否定してリセットするような急進的手法ではなく、既存制度を基盤にしながらも必要に応じて抜本的な見直しや大幅な再設計を行うことも認めていた。斬新的な改革とは、制度の枠組みを壊さずに、抜本的な修正を重ねて大きな方向転換を可能にする改革である。

例えば、年金制度が時代に合わなくなった場合、その廃止ではなく、給付水準や負担構造を大胆に再編することで持続性を確保するような改革である。つまり、制度を「残すか壊すか」の二択ではなく、「制度を用いて現実を変える」という枠内で柔軟に進めるのである。

秩序を壊さず、価値を守りつつ、時代に合わせて制度を調整すること。これこそがドラッカーの言う「改革の原理としての保守主義」であり、日本でも再評価されるべき真の意味での構造改革だ。単なる破壊のスローガンとは一線を画し、漸進と斬新を両立させる姿勢こそが重要である。
 
🔳制度を忘れた改革は、必ず全体主義に行き着く
 
制度を活かすという原理を忘れたとき、改革は全体主義に至る。1930年代のヨーロッパがそうであったように、そして現在のロシアや中国、トルコ、ベネズエラでもそうであるように、制度を無視した改革は「自由な秩序」ではなく「強制された秩序」を生む。ロシアのウクライナ侵攻、アフガニスタンでのタリバン支配の継続は、その現実を示す最新の例だ。

さらに先進国の内部でも、教育や行政の機能不全、GAFAのアルゴリズム支配など、「制度的制御の崩壊」が静かに進んでいる。ここで言う「GAFAのアルゴリズム支配」とは、GoogleやApple、Facebook(現Meta)、Amazonといった巨大IT企業が検索結果やSNSの表示順、購買推薦などをアルゴリズムによって事実上独占的に決定し、利用者の意思や社会の議題形成に強大な影響力を及ぼしている現象を指す。これにより政治的意見の偏りや市場競争の歪みが生じ、制度による民主的制御が追いつかなくなっているのである。


皮肉なことに、ドラッカー自身の本来の活動の場である経営学でも、制度と人間を結びつける知見は時代遅れとされ、因果推論や実験経済学が主流となっている。だがそれこそが、人類が制度を軽視している証左であり、自由を危機に晒している。

制度を信頼し、その枠組みを用いて現実を変えること。これ以外に人間の自由を守る道はない。制度を破壊する改革は、必ず人間の自由そのものを破壊するものへと変質してしまう。

結語:改革とは制度を信じることである
 
世界中で叫ばれる「改革」のうち、どれだけが制度を活かすものであり、どれだけが制度を破壊するものなのか。その見極めを怠れば、待っているのは秩序でも進歩でもなく、制度なき独裁と暴力による秩序の回復である。

だからこそ今、思い出すべきはこの当たり前の真理だ。
改革とは、制度を用いて現実を変えることであり、制度を否定する改革は必ず人間の自由を否定するものへと変質する。
この「当たり前のど真ん中」に立ち戻ることこそが、真の保守であり、真の改革なのである。

そして、日本が直面する「財政法第4条の趣旨を掲げながら、特例公債に依存し続ける」という自己矛盾もまた、この原理から解決策が導かれる。すなわち、制度を破壊するのではなく、制度の本来の意図を守りつつ現実に合わせて制度を調整することである。

例えば、財政法の原則を尊重しつつ、特例公債を漫然と延長するのではなく、発行目的・上限・返済ルールを制度に組み込み、透明性と責任を制度化する。さらに、経済状況に応じて柔軟に財政出動できる仕組みを法律の枠組みの中で整える。こうした制度の「補強」と「再設計」こそが、ドラッカーの言う「制度を用いた改革」である。

言い換えれば、財政規律の理念を残しながらも、現実の経済運営に耐えうる制度に修正していくことで、国民の信頼を失わず、持続可能な財政政策を実現できる。これこそが、制度の破壊ではなく、制度を信じて活かす改革の姿である。

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