2025年12月3日水曜日

マクロン訪中──フランス外交の老獪さと中国の未熟・粗暴外交、日本に訪れる“好機”と“危険な後退”

まとめ

  • 今回のポイントは、マクロン訪中を“中仏の短期利益”で片づけるマスコミなどの浅い理解を超え、実はフランスの“数百年の老獪な伝統外交”と、中国の“建国70年の未熟・粗暴外交”が激突し、文明の断層が露わになりつつある点にある。
  • 日本にとっての利益は、仮に欧州が中国へ傾けば“経済・技術の空白”を埋め、米国の信頼とインド太平洋の要としての存在感が飛躍的に高まることだ。ただし、安全保障面では確実に後退が生じる。これに対する備えを怠るべきではない。
  • 次に備えるべきは、中国外交の“粗暴さ”の源である“外交史の未熟さ”という本質を見抜き、その未熟ゆえに暴走しないよう、日米と有志国で力の空白を塞ぎ、日本が秩序形成の中心に立つ体制を整えることである。
1️⃣中国の「欧州割り」と台湾問題──マクロン訪中の本当の意味

会談前に握手する仏マクロン大統領(右)と中国の習近平国家主席=パリのエリゼ宮 2024年5月6日

中国外務省は12月1日、エマニュエル・マクロン大統領が3日から5日にかけて中国を訪問すると発表した。訪問先は北京と四川省成都で、習近平国家主席の招待による公式訪問である。フランスは2026年にG7議長国を務める予定で、中国としてはこの時期にフランスを取り込み、米国との対立が続く中で欧州に揺さぶりをかける思惑がある。

今回の訪中を考えるうえで重要なのは、台湾問題をめぐる構図だ。日本では11月7日、高市早苗首相が台湾有事が日本の安全保障に重大な影響を与えるとの認識を述べた。これは従来の政府方針そのままである。しかし中国はこれを外交材料に変え、王毅外相はフランス大統領府のボンヌ外交顧問に対し、日本を「挑発国家」と位置づけ、フランスが一つの中国原則を強く支持するよう迫った。

ここには中国の狙いがある。
台湾問題の国際化を避け、日本・台湾・米国の連携を弱め、欧州内部の分裂を広げる。

実際、欧州内部には
  • バルト三国やポーランドのような“反中国派”
  • ドイツのような経済優先型
  • 中国投資依存の南欧
  • フランスのような「独自外交」を志向する国
という深い断層が走っている。

そしてこの構図を読み解く鍵は、フランス外交の老獪さと、中国共産党外交の若く粗暴な性質である。

フランスは数百年にわたり、勢力均衡と駆け引きを繰り返してきた。老獪という言葉が最も似合う外交を持ち、その伝統はルイ14世からド・ゴールまで連綿と続く。
一方、中国共産党外交は70数年しか歴史を持たず、過去の歴代王朝は互いに断絶しており、現政権も大陸の政治文化を継承していない。国際法より力、合意より威圧を重視する姿勢は、その未成熟さを如実に示している。

そして重要なのは、
若く粗暴な外交は、老獪な外交よりも時に遥かに厄介であるという事実だ。成熟を欠く政治体制は、予測不能の行動を取り、周囲の警告を理解できず、誤った判断を繰り返す。それが国際秩序を危険にさらす。
 
2️⃣マクロンは中国の手先ではない──“栄光外交”、右派台頭、老獪なフランスの本性

ド・ゴール第18代・第五共和政初代大統領

マクロンを「中国に踊らされる愚か者」と見るのは浅い理解である。彼の行動原理はもっと複雑で、そしてフランスらしい。

「フランスは世界を動かす大国である」
「外交の舞台でその栄光を示し、国内政治の流れを反転させたい」

これがマクロンの本音である。これはフランス大統領の伝統でもあり、世界の勢力図を左右してきた“調停者としてのフランス”という自己像の延長線上にある。

しかし現実には、国内で国民連合(RN)が勢いを増し、次期選挙ではバルデラやルペンが政権を奪取すると予測されるほどだ。移民・治安・格差──フランス社会は深い不満を抱え、マクロンの支持率は低迷し続けている。
国家の空気を変えるには、外交での成果が欠かせない。北京の舞台装置は、そのための一つの賭けである。

ただし、これは老獪なフランスが中国に従うという構図ではない。
むしろ逆である。
フランスは中国の野望を利用しつつ、フランス外交の主導権を取り戻そうとしている。

だが、ここで問題となるのが、中国共産党外交の“若さ”と“粗暴さ”だ。
老獪な相手なら読みやすい。しかし粗暴な相手は予測がつかず、時として周囲の警告も理解できない。それゆえに危険である。

さらに、こうした未成熟な外交文化を矯正するには、自由主義諸国が根気強く、
中国が粗暴な行動を取るたびに制裁・圧力・コスト付けを行い、理解させるしかない。
力の空白を作れば相手は“間違った学習”をし、より粗暴になる。
力の空白を埋めることこそ、真の寛容である。

この原則を理解しなければ、フランスも日本も中国外交に対処できない。
 
3️⃣EUの揺らぎと日本の未来──安全保障では痛み、経済では日本が主役になる

EUは「人権」「環境」「民主主義」といった理想を掲げながら、実際には利害で立場を変える政治共同体である。鰻、鯨、移民政策、AI規制──二枚舌はこの20年、繰り返されてきた。

マクロン訪中と中国の揺さぶりは、欧州の内部分裂を強調し、台湾抑止の力を弱めかねない。欧州が台湾問題で曖昧になれば、中国は軍事行動の心理的ハードルを下げる可能性がある。安全保障面では、日本にとって明確な痛みだ。

だが、経済面では話が逆転する。
欧州の中国接近は、日本企業が“空いた席”に座る最大の機会になる。

米国は中国寄りの国に制裁を課し、価格の高いリスクを負わせる。欧州企業が脱落すれば、その穴を埋めるのは日本である。これまでの制裁局面と同じく、
半導体、素材、工作機械、エネルギーインフラなどでは、日本の信頼性が最も高い。
さらに政治リスクが高まった欧州から、日本への投資が流れ込む。

つまり欧州の揺らぎは、
安全保障では痛み、経済では日本が相対的に得をする
という二重の現象として現れる。

そしてこれらは読者の生活にも反映される。
エネルギー価格、物価、為替、給料、企業の設備投資──すべて国際政治の影響下にある。欧州が崩れれば資金は日本に流れ込み、日本企業の競争力は強まる。しかし台湾の安定が揺らぎ、海上輸送が危うくなれば生活コストは跳ね上がる。

こうした複雑な時代に、日本が取るべき道は明らかだ。
欧州の混乱に飲み込まれず、空白を埋める“中心国”となること。
米国との同盟を軸に、インド太平洋で供給網と安全保障を固め、自由主義諸国と連携して中国の未成熟な外交を“成熟へと導く”枠組みを作ること。

力の空白を放置すれば、粗暴な外交はますます粗暴になる。
力の空白を埋めることこそが、真の寛容であり、平和を守る唯一の方法だ。

マクロン訪中、高市発言、中国の揺さぶり、欧州の分裂、老獪なフランスと若い中国外交──すべては日本の10年後を左右する現実である。世界は静かに大きく動いている。日本はその変化を座して眺める国ではなく、自ら未来を選び取る国であるべきだ。

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EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略 2025年11月28日
EUがワシントン条約やAI規制など「ルール支配」で世界を縛ろうとする構図を解きほぐしつつ、フランスを含む欧州の老獪な外交と、中国の浸透戦略にどう対処すべきかを論じた記事。マクロン訪中を扱う本稿とも直結し、「欧州の二枚舌」「中国との距離感」を読むうえで補助線になる内容である。

ASEAN分断を立て直す──高市予防外交が挑む「安定の戦略」 2025年11月5日
世界の「大断片化」としての治安悪化・権威主義化を背景に、高市政権がASEANを軸にインド太平洋の安定を図る外交戦略を整理した記事。欧州が中国に揺さぶられるなか、日本がどこで主導権を取り得るのか、エネルギー・安全保障・サプライチェーンの観点から描いており、マクロン訪中後の日本の立ち位置を考える際の実務的な示唆が多い。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 ― 我が国外交の戦略的優先順位 2025年8月22日
安倍晋三氏のFOIP(自由で開かれたインド太平洋)が、米国を巻き込んで国際秩序の柱となった経緯を振り返りつつ、石破構想との違いを通じて「日本外交の優先順位とは何か」を問う記事。フランスやEUが中国との距離を測り直す局面で、日本がどの戦略軸を死守すべきかを整理しており、本稿の「欧州が中国に流れても日本はインド太平洋で価値を高めうる」という論点と噛み合う。

米露会談の裏に潜む『力の空白』—インド太平洋を揺るがす静かな地政学リスク 2025年8月16日
トランプ・プーチン会談を素材に、「米露接近」が生む一時的な抑止力の緩み=力の空白が、結果としてインド太平洋にどう波及し得るかを分析した記事。欧州情勢の変化がそのまま日本の安全保障リスクや対中抑止に跳ね返る構造を説明しており、マクロン訪中を「他人事ではない欧州の揺らぎ」として読み解くための背景解説として適している。

海自護衛艦「さざなみ」が台湾海峡を初通過、岸田首相が派遣指示…軍事的威圧強める中国をけん制―【私の論評】岸田政権の置き土産:台湾海峡通過が示す地政学的意義と日本の安全保障戦略 2024年9月26日
海自護衛艦「さざなみ」の台湾海峡初通過を、チョークポイント支配とFOIP実践の観点から読み解いた記事。中国が軍事・外交両面で圧力を強めるなか、日本がどのように「海の秩序」を守り、自国の安全保障とサプライチェーンを確保していくかを論じており、欧州と中国の駆け引きが激化する局面での日本の実力行使と戦略的メッセージを確認できる。

2025年12月2日火曜日

AIと半導体が塗り替える世界──未来へ進む自由社会と、古い秩序に縛られた全体主義国家の最終対決


まとめ
  • AIと半導体が21世紀の国力と安全保障の中心となり、米国は日米協力を軸に重要鉱物サプライチェーンを再構築し始めた。
  • 中国はGDPの見かけとは逆に国力の根幹が脆弱で、米国と同じ土俵に立ったことはなく、経済指標の悪化やAIによる監視強化が体制の限界を露呈している。
  • 中国・ロシア・北朝鮮は自由社会を意図的に狙って妨害するというより、自らの古い権威主義的秩序観によって国際秩序を組み替えようとし、その行動様式が自由社会の進歩に摩擦を生む構造になっている。
  •  NvidiaSynopsysの提携が象徴するように、自由社会は設計・素材・製造の三層構造の「上流工程」まで握りつつあり、AIを監視ではなく創造のために使う文明圏として次の段階へ進んでいる。
  • 日本はすでに正しい方向へ歩んでおり、課題は方向選択ではなく、外側からの摩擦を退け、自由社会の段階上昇を妨害させない構造的な強さを確保することにある。

世界はいま、AIと半導体を中心に、秩序そのものが組み替わりつつある。かつて軍事や石油が国家の強さを決めていた時代は過ぎ去った。21世紀に国力の核心を握るのは、技術と情報である。そして、最近の報道はその事実を見事に証明した。米国の戦略、衰退する中国、そしてAI文明へ踏み出す自由社会。この三つが交差し、未来の地図を描きつつある。

1️⃣米国は「AI・半導体時代の集団安全保障」を形成しつつある

トランプ大統領と高市早苗首相は、重要鉱物と希土類(レアアース)の供給確保に向けた枠組みに合意

最初の出来事は、米国が「技術と資源の安全保障同盟」を固め始めたことを示している。2025年10月27日、ホワイトハウスは日米による重要鉱物とレアアースの供給確保枠組みを公式に発表した(→ White House公式発表)。同内容は Reuters Japan でも確認されている。

この枠組みは、AIサーバーを動かすGPU、先端半導体の素材、軍需・宇宙技術に欠かせないレアアースまで、すべてを中国依存から切り離すためのものだ。採掘から精錬・加工まで、サプライチェーン全体を日米が一体で押さえる体制づくりに着手したということでもある。

冷戦期の核と石油が覇権の中心だったように、今世紀はAIと半導体が国家の生存を左右する。これは単なる産業政策ではない。21世紀版の集団安全保障である。

2️⃣中国は「米国と肩を並べたことがない国家」──そして弱体化しながら危険度を増す

第二の出来事は、中国の本質的な脆さを白日の下にさらした。長年「米中二大国」「覇権競争」という言説が幅を利かせてきたが、これは幻想である。中国は、軍事力の質、技術の自立性、通貨の信頼性、制度の強靭さ、人口構造など、国力の根幹において米国と同じ土俵に立ったことが一度もない。

GDP総額だけが膨らんだために誤解が生まれただけで、最初から比較の相手ではなかったのだ。

その“勢い”すら崩れつつある。2025年11月、中国の製造業PMIは49.9で、8か月連続の縮小となった(→ Reuters分析)。これは工業国家としての基盤が揺らぎつつあることを示す。

さらに、中国共産党はAIを監視統治の手段として徹底利用している。大手プラットフォーマーを“党の延長機関”として動員し、AIによる言論検閲、民族監視、司法判断への影響、国民のリスクスコアリング、さらには感情分析まで導入しようとしている(→ Washington Post調査報道)。


これは、AIを「創造のエンジン」とする自由社会とは正反対だ。ピーター・ドラッカーが語った「イノベーションとは社会のニーズを見つけ、新たな満足を生む体系的活動」だという定義とは正反対の方向へ進んでいる。

そして最も危険なのは、中国が弱体化すると外への攻撃性を増す構造があるという事実だ。しかし、ここで誤解してはならない。中国やロシア、北朝鮮が「日本や自由社会を狙って破壊しようとしている」という単純な話ではない。もっと深い構造問題がある。

彼らは前近代的な権威主義の秩序観に基づいて国際社会を動かし続けており、その行動様式が結果として自由社会の前進を妨害してしまうのだ。サイバー攻撃、影響工作、技術窃取、国際機関への介入は、彼らの体制から必然的に生まれる行動であり、これが自由社会の“段階上昇”を外側から鈍らせる摩擦となる。

3️⃣Nvidia × Synopsys が象徴する「自由社会の文明的飛躍」──日本はその中心へ

第三の出来事が示すのは、自由社会がAI文明の“上流工程”まで支配し始めたという事実だ。2025年12月、Nvidiaは半導体設計ソフト大手Synopsysに20億ドルを出資し、戦略提携を発表した(→ Reuters報道)。

SynopsysはEDAと呼ばれる半導体設計の中枢領域を支配する企業であり、半導体の“脳と設計図”を作る存在だ。AIの心臓部であるGPUを握るNvidiaが、その上流工程まで押さえに来た。これは、米国が「設計→素材→製造」という三層構造の最上位を固める動きそのものだ。


自由社会はこの技術を監視ではなく、医療、行政、教育、金融、産業といった社会のあらゆる領域を一段上へ押し上げる“創造のため”に使う。複数の試算で、AIは労働生産性を年率0.5〜3.4ポイント押し上げるとされ、これは産業革命に匹敵する。

産業革命級の技術を、主に軍事強化、監視、旧秩序維持に使った国家は、例外なく失敗 している。清朝(中国)、オスマン帝国、ロシア帝国、プロイセン(ドイツ帝国)、徳川幕府などだ。今回のAI革命でも同じことが繰り返されるだろう。

日本にとってAIは、人口減少と労働力不足を突破する最強のエンジンである。単なる効率化ではなく、社会そのものを高次へ押し上げる文明的転換をもたらす。

だが、その前進を外側から鈍らせる勢力がある。それは中国、ロシア、北朝鮮などの全体主義国家である。彼らは古い体制の論理・価値観のまま国際秩序を組み替えようとし、その行動が自由社会の未来に摩擦をもたらす構造にある。ただ、産業革命がそうだったように、結局新たな技術を主に社会変革に用いる国々が勝利を収めることになる。

自由社会が守るべきは方向性ではない。すでに正しい方向へ進んでいる。その前進を鈍らせない構造的な強さこそが、日本を含む自由主義国の最大の課題である。

結び

自由社会は、AIと半導体を創造のエンジンとして、社会を次の段階へ押し上げようとしている。これは単なる技術革新ではなく、文明の更新だ。米国はその基盤を固め、日本はその中心で役割を強めつつある。

しかし、その歩みには必ず外側から摩擦が生じる。中国、ロシア、北朝鮮という権威主義の古い秩序観が国際社会に持ち込まれるかぎり、自由社会は常に妨害を受ける。さらに国内では、これを理解しないマスコミ、古い頭の政治家、官僚など存在がある。しかし、その摩擦を退けたとき、自由世界は間違いなく新たな黄金期へ進む。そして日本は、その中心に立つことができる。

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EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略 2025年11月28日
ウナギ・鯨からAI・中国政策・移民まで、EUが「規範」で世界を縛ろうとする構図を解剖し、日本が科学・外交・同盟の三本柱で対抗すべきだと論じた記事。AI規制と技術覇権をめぐる攻防という点で、本稿の「AIと半導体が決める新秩序」というテーマを外側から補強している。

我が国はAI冷戦を勝ち抜けるか──総合安全保障国家への大転換こそ国家戦略の核心 2025年11月27日
GPU・電力・データセンター・クラウドをめぐる「第二の冷戦」としてAI覇権競争を位置づけ、日米欧中の構図と、日本が素材・製造・信頼性で取りうる戦略を描いたロングピース。AIと半導体を「国家の神経網」として捉える視点が、本稿の問題意識と直結している。

半導体補助金に「サイバー義務化」──高市政権が動かす“止まらないものづくり国家” 2025年11月25日
半導体補助金にサイバー要件を組み込む高市政権の方針を通じ、日本の産業政策が「工場支援」から「安全保障インフラ」へと変質した過程を分析。AI時代の半導体支援を、単なる景気対策ではなく経済安全保障として位置づける文脈は、本稿とセットで読む価値が高い。

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AI・サイバー・無人兵器が戦争の構造を変える一方で、最終的に勝敗を決めるのは兵站と製造力だと指摘し、日本の精密製造・素材力を基礎にした「総合安全保障国家」構想を提示した論考。AIを“魔法の杖”ではなく、社会変革と国力強化のための道具として位置づける点で、本稿と世界観を共有している。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAIとOracleの提携を手がかりに、米国のAIクラウド覇権構造と、それに連動する日本のAI安全保障戦略を読み解いた記事。AIインフラをめぐる米中欧の力学と、「技術主権」を取り戻そうとする日本の動きを俯瞰しており、本稿の「AIと半導体が決める新世界秩序」というテーマの国際的背景を補う一篇となっている。

2025年12月1日月曜日

OPEC減産継続が告げた現実 ――日本はアジアの電力と秩序を守り抜けるか


まとめ

  • OPECプラスの長期減産は、世界が「安定の時代」を終え、エネルギーを軸にした新たな力の再編に突入したことを示す。
  • 米国はAI・半導体・軍事を支えるため、原子力を国家戦略として復権させ、世界も「原子力・天然ガス中心」へ転換している。
  • 日本は世界最大のLNG輸入国であり、長期契約・船隊・受入基地を通じて“アジアの電力を左右する振り分け権”を握る静かな覇権国家である。
  • このLNG覇権は中国にも効き、海洋LNG市場で日本が基準を握るほど、中国はロシア依存を深め、戦略的自由度を失う。
  • 日本は原発再稼働で国内の基盤を固め、LNG覇権でアジアの電力秩序を握れば、軍事以外の領域で中国を凌駕する“21世紀型の静かな覇権”を確立できる。

OPEC(石油輸出国機構)にロシアなどを加えた産油国が閣僚級の会合を開き、従来の生産方針を維持することが確認された。

サウジアラビアなどOPECの加盟国にロシアなどを加えた「OPECプラス」は30日、オンラインで閣僚級の会合を開いた。

会合では一日あたり200万バレルの協調減産を来年末まで続けるなど、従来の生産方針を維持することが確認さた。

ウクライナ戦争は終わらず、中東はガザ紛争でさらに不安定化し、アメリカは疲弊し、ヨーロッパは自力を失った。こうした混乱を横目に、世界の血液である原油を握るOPECプラスが“2026年末まで”という長期固定を選んだ。これは価格操作ではない。
世界はもう安定を前提に動けない──その冷徹な認識がここにある。

原油を握る者は、外交も軍事も金融もサプライチェーンも動かせる。21世紀に入っても、この鉄則は揺らいでいない。いま世界は、原油の覇権の上に原子力と天然ガスという新たな支配軸が重なり、力の構造が組み替わりつつある。
 
1️⃣原子力を取り戻す米国

原子力規制委員会の改革に関する大統領令を手にするドナルド・トランプ大統領(5月23日)

アメリカが原発建設を再加速させているのは、「AIが電力を食うから」などという浅い話ではない。
AI、半導体、レーダー網、ミサイル防衛、宇宙軍──これらは一瞬たりとも止められない。
国家の神経と骨格を、再び原子力で固め直すための国家戦略である。

世界も同じ方向へ向かっている。
EUは原発をグリーン分類に正式認定し、米国はSMR建設を国家戦略とし、中国は50基以上の原子炉建設を進める。
世界の標準はすでに「原子力・天然ガス中心」であり、「太陽光中心主義」で突き進んでいるのは日本だけだ。

再エネの現実は厳しい。
ドイツやデンマークでは電気料金が日本の二〜三倍に高騰し、ブラックアウトの危機も繰り返した。不安定電源を支えるために火力を二重に抱える必要があり、AIも半導体工場も軍事インフラも支えられない。
再エネにこれ以上国家の時間を奪われる余裕は、もはや日本にはない。
 
2️⃣日本は「アジアの電力を左右できる国家」である

日本が進むべき道は明確だ。
第一に、動かせる原発をすべて再稼働させ、国家の基盤である電力を取り戻すこと。
第二に、すでに手にしている“天然ガス帝国”としての地位を国家戦略に昇格させることである。

日本は世界最大のLNG輸入国だ。
長期契約、受け入れ基地、再ガス化能力、船隊、供給国との信頼関係──その総合力は世界で群を抜く。
重要なのは、この巨大なLNGネットワークが、アジア全体の電力安全を実質的に左右する力 を日本に与えている点だ。

アジア諸国の多くはLNG調達力が弱く、スポット市場に依存する。価格が急騰すれば即停電になる。そこへ日本は、長期契約を軸に安定供給を続け、必要に応じて“どの国に”“どれだけ”“いつ”ガスを回すかを決められる。
つまり日本は、アジア地域に対して 電力燃料の「振り分け権(allocation power)」 を握っている。
これは単なる輸入量ではない。
アジア版エネルギー覇権の中心に日本が立っているということだ。


ところが、この事実を知る国民は驚くほど少ない。

理由は三つある。

第一に、日本国内では「日本は資源のない国」という古い刷り込みが強く、巨大なエネルギー調達力そのものは“資源ではない”という理由で過小評価してきた歴史がある。

第二に、このLNG覇権は派手な軍事力ではなく、外交・金融・物流が折り重なった“静かな支配力”であるため、専門家以外には見えにくい。

第三に、日本のメディアが再エネ礼賛に偏り、国家が本当に握るべきエネルギー戦略をほとんど報じてこなかった。

こうして、日本が実際にはアジアの電力安定を左右する立場にあることが、国民に共有されていないのである。

そして、この覇権はLGN原産国ロシアに対しては輸入割あてを減らしたりなどのことで有効であるし、さらに中国にも効く。
中国はLNG輸入量こそ大きいが、スポット市場依存が大きく、供給が不安定だ。日本が市場で動けば中国は必ず影響を受ける。また、海洋LNG市場で日本の優位を崩せず、ロシアの不安定なパイプラインに依存せざるを得ない。
日本がアジアLNG市場の“基準”を握れば握るほど、中国は戦略的自由度を失う。

原子力で国内の背骨を固め、天然ガスでアジアの電力網を握る。
この二つが組み合わさったとき、日本は軍事ではなく“電力基盤”という21世紀の次元で中国を制する力を持つ。これは海洋国家・日本が生み出し得る最も静かで、最も強い覇権である。
 
結論:エネルギーを握る者が次の時代を制する

高市新政権のエネルギー脱炭素政策を占う

世界は今、原油・原子力・天然ガス・AIという四本柱で再編されている。
日本はそのすべてに影響力を持ちながら、再エネ幻想で足踏みをしている場合ではない。

自国のエネルギーを確保し、必要とあれば他国に供給できる──
その力を持つ国こそが、次の時代の主役となる。
日本はすでにその舞台に立てる条件を備えている。
あとは、それを国家戦略として“使う覚悟”があるかどうかだ。高市政権にはこの面からも期待したい。

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三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換” 2025年11月15日
三井物産と米Venture Globalの20年・年100万トンLNG契約を、「国家戦略級案件」として位置付け、日本のエネルギー安全保障とアジア電力秩序への影響まで読み解いた記事。今回のOPEC減産継続を、「ガス側の長期安定化」と結びつけて理解する土台になる。

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道各地で高まる再エネ反対の動きを素材に、「脱炭素イデオロギー」の危うさと、日本がLNGと原子力で現実的なエネルギードミナンスを構築すべきだと論じた記事。OPECの減産と“再エネ偏重”の限界を対比して読める。

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論──トランプ政権が関心 2025年2月1日
アラスカLNG計画への日本参加の可能性を検討し、中東依存からの脱却とFOIP文脈での経済安保を描いた内容。OPECプラスの動きに左右されない供給源多角化という“もう一つの道”を示している。

世界に君臨する「ガス帝国」日本、エネルギーシフトの現実路線に軸足―【私の論評】日本のLNG戦略:エネルギー安全保障と国際影響力の拡大 2024年8月30日
日本のLNG戦略を体系的に整理し、「ガス帝国」としての実力と経済安全保障・外交影響力の関係を掘り下げた論考。今回のOPEC減産継続を、日本のLNGレバレッジ強化という視点から読み解く際の中核資料になる。

G7の「CO2ゼロ」は不可能、日本も「エネルギー・ドミナンス」で敵対国に対峙せよ ―【私の論評】“エネルギー共生圏”が現実的な世界秩序の再設計だ 2024年4月14日
G7の“CO2ゼロ”目標の非現実性を批判し、日本は再エネ幻想ではなく「エネルギー・ドミナンス」と共生圏構想で国際秩序に向き合うべきだと提言した記事。OPECプラスの長期減産を、「資源を握る側が秩序を書き換える」現実として位置付けるのに最適な参照記事。

2025年11月30日日曜日

移民に揺らぐ欧州──「文明の厚みを失わぬ日本」こそ、これからの世界の潮流になる

まとめ

  • 日本の文明ストックは1人あたり1億円規模で、インフラ・制度・文化・信頼・日本語など膨大な無形資産が積み上がった世界でも特異な厚みを持つ。
  • 治安・秩序・清潔さ・公共心・行政の信頼、そして“霊性の文化”と呼べる日本固有の精神的基盤が、文明ストックの最深層で機能し、国際的な比較でも突出している。
  • 欧州の移民問題は文明ストックの価値を理解せず元本を切り売りした結果であり、欧州は文明の元本を食いつぶしつつあると見るべきである。
  • 我が国の文明ストックは、緊縮・増税・デフレ放置など官僚の政策失敗にもかかわらず、ほとんど毀損されないほど強靭で、日本人はその価値を過小評価させられてきた。
  • 日本の将来は文明ストックを守り、さらに積み増していけるかどうかにかかっており、その価値を正しく自覚し磨くことが次世代への責務である。

ある外国人が日本に降り立つ。
財布の中には数万円ほどしかない。
しかし、日本に足を踏み入れた瞬間、彼は自分が想像もしなかった巨大な価値を手にしている。

誰も価格を提示しないし、領収書も存在しない。
だがその価値は確かにそこにある。
我が国が150年以上にわたって積み上げてきた“文明のストック”である。

電車は時間どおりに走り、夜道は比較的安全で、役所へ行けば最低限の秩序は守られる。
街は清潔だ。行列には自然に秩序が生まれ、誰もが当たり前のように約束を守ろうとする。
これは自然に湧いてきたものではない。
日本人が世代を超えて税を負担し、努力し、規範を守ってきた結果として築かれた“文明の元本”である。
 
1️⃣見えない「文明ストック」と国際比較

東京の夜景

内閣府の試算では、我が国の総資産は約13京円に達する。
これを国民1人あたりで割れば、およそ1億円の“見えない土台”の上に日本人は生活している計算になる。
もちろん、現金で1億円を持っているわけではない。

道路、鉄道、港湾、上下水道、電力網といったインフラ。
裁判所、警察、行政の制度。
企業文化、社会の信頼、そして日本語という知の基盤。
こうしたものすべてが「文明の基礎資産」であり、その総体が我が国の社会の滑らかな動きを支えている。

世界銀行の包括的国富(インクルーシブ・ウェルス)でも、我が国の文明ストックは国際的に極めて高い水準にある。
おおよその比較は次のとおりだ。
  • 米国:1億2,000万〜1億5,000万円
  • 日本:6,000万〜8,000万円(実際には他国にない文明資産を加えれば、1億円は下らないかそれ以上)
  • ドイツ:5,000万〜7,000万円
  • イギリス/フランス:4,000万〜6,000万円
  • 韓国:2,500万〜3,500万円
  • 中国:800万〜1,500万円
我が国は欧州主要国を上回り、アジア圏では群を抜いて厚い文明基盤を持つ。
これだけでも特異だが、実際はここに「数値化しにくい資産」が加わる。

治安、秩序、清潔さ、公共心、約束を守る文化、行政への基本的信頼。
そして何より我が国を特徴づける“霊性の文化”である。

フランスの作家アンドレ・マルローは「21世紀は宗教の時代ではなく、霊性の時代になる」と語ったとされる。
心理学者ユングも、人類が再び象徴性や内面性を重視する時代が来ると予見していた。

我が国では、祭りや祈り、自然への畏れ、穢れを避ける感覚、空気を読む文化、そして“和”を重んじる気質が、人々の行動に静かな規律を与えてきた。
宗教制度・組織に依存せずとも成立するこの“霊性の文化”は、世界的にも極めて珍しい文明資産である。

数字では測れないが、この層こそ、我が国の文明ストックが世界でも例を見ない厚さを持つ理由だといってよい。
 
2️⃣シェフの比喩が教える「文明の使い方」

パリのバンリュー(郊外)の低所得者住宅は今や移民街

一流のフレンチシェフを料理教室に呼び、「時給いくら」「材料費いくら」で価値を測ったとする。
しかし、そんな契約は本来成立しない。

背後には、何十年の経験、鍛え抜かれた技能、厨房を運営してきた判断力、店に積み上がった信頼、そして文化的な蓄積までが含まれている。
これを数時間の講師料だけで評価するなど、本質を見誤っている。

さらに、そのシェフが毎日のように安い講師業に追われれば、技術を磨く時間は失われ、店の質も落ち、後進を育てる力も削がれる。
やがて一流である理由そのものが失われる。こんなことをする経営者は経営者失格である。
文明の元本は、決して「ただで切り売りしてよいもの」ではないのだ。

いま欧州の一部で起きている移民問題は、まさにこの構図と重なる。
文明ストックの価値を考えず、目先の労働力としてだけ移民を受け入れた結果、治安の悪化、行政サービスの負荷増大、社会的信頼の崩壊といった“元本の劣化”が広がっている。
欧州は文明の元本をじわじわ食いつぶしつつある。

我が国は、同じ誤りを繰り返してはならない。
 
3️⃣我が国はまだ間に合う──元本を「守り、積み増す」方向へ


さらに特筆すべき事実がある。

我が国の文明ストックは、財務省や日本銀行がここ30年にわたり続けてきた失策──緊縮、消費増税、デフレ放置、誤った金融引き締め──によっても、ほとんど毀損されていない。
本来なら国家を弱らせかねない政策の連続にもかかわらず、治安は保たれ、秩序は崩れず、企業は契約を守り、社会は最低限の調和を維持している。

つまり、我が国の文明ストックは、政策の下手さ程度では壊れないほど強靭だったということだ。
この事実はもっと知られるべきだ。

ところが、こうした稚拙な政策のせいで、日本人自身が「我が国は衰退している」「もう貧しい国になった」と思い込まされてきた。
だがそれは数字の錯覚であり、文明の元本はむしろ世界の中で突出した厚みを維持してきた。

国家とは、収支の帳簿で動く家計とは異なる。財務省の頭の悪い官僚が示すワニの口など、愚劣極まりない例えだ。まるで、資産も経験にも乏しい小学生のお小遣い帳のようだ。本当に腹立たしい稚拙な比喩だ。そうして、実際に緊縮財政が行われ、成長率が下がったり、インフラが毀損され、全国各地で水道管が破裂するなどの事態を招いた。
しかし国家とは教育、文化、制度、信頼、霊性といった無形資本が複合し、未来を生み出す巨大な仕組みだ。
GDPは、その仕組みが生み出す出力の一部にすぎない。ましてやお小遣い帳では断じて計り知れない価値である。

我が国の未来は、先達の努力によるこの文明ストックを守り、さらに我々自身が積み増せるかどうかにかかっている。
文明ストックこそ国家の本当の力であり、その価値を理解し、自覚し、磨き続けることで初めて次の世代につながる。

我が国には、いまなお誇りうる厚みがある。
まずこれに気づくことこそ、次の一歩である。

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2025年11月29日土曜日

国家の力は“目に見えない背骨”に宿る ──日本を千年支えてきた、日本語・霊性文化・皇室・国柄の正体


まとめ

  • 日本の国家としての力は、軍事力や経済力ではなく、日本語・霊性文化・皇室・共同体倫理といった“国柄という背骨”に支えられている。
  • 日本の国柄は外圧では壊れず、連合国軍でさえ皇室を保持したほど強靭だが、「忘れれば」国家は転び、回復までに甚大な損害を受ける。
  • 日本語は単なる言語ではなく日本人の思考を形づくる認知基盤であり、社内英語化や英語講義化は背骨を抜くに等しい危険を含む。
  • 左翼系の市民運動であっても、祭礼的デモや自然への人格付与など、日本固有のアニミズム的霊性に無意識のうちに従っている。
  • ローマ・ポーランド・イスラエルの歴史が示すように、背骨そのものは残っても、背骨を国家として機能させない期間の損害は計り知れず、日本も同じ危機に直面している。

1️⃣国家の背骨とは何か──日本が世界でも稀な“千年構造”を持つ理由


国家の力を軍事力やGDPだけで測る人は多い。これは重要である。しかし国家を本当に立たせているのは、外から見える筋肉だけではない。その奥にある“背骨”、すなわち国柄である。

人が背骨を折れば動けないように、国家も背骨を失えば、外見を取り繕っても内側から崩れていく。

日本の国柄を形づくってきたのは、皇室という千年以上の歴史的縦軸、日本語という思考の器、神道的自然観、家族と共同体を重んじる倫理、そしてアニミズム・シャーマニズムが連続してきた日本独自の霊性文化である。
外来宗教が土着の霊性を押し流した文明は多いが、日本だけは違った。仏教や儒教が入っても、古来の霊性は消えず、神社、祭り、自然崇拝、祖霊信仰の形を保った。
これは世界史でも稀有な現象であり、日本の背骨の強さを示す。

1945年以降、連合国軍は日本の制度を大きく作り替えたが、皇室だけは壊さなかった。いや壊せなかったというのが正しいだろう。
天皇の存在を失えば日本社会が崩れ、統治不能になると判断したからである。占領する側ですら、日本の背骨の強靭さを理解していたということだ。

しかし背骨が折れないからといって、安全とは限らない。背骨は折れなくても、「忘れれば」国家は転ぶ。
日本が国柄を完全に失うことはないだろうが、国柄を思い出すまでの間に何が壊れるか。その損害こそが、最大の危機である。

この背骨の中心にあるのが日本語だ。日本語は単なる道具ではない。国柄そのものを支える認知の基盤である。
主語を省き、文脈で補い、空気や距離感を読み取る敬語体系。背景を含めて物事を見る“全体把握”の思考。
これらは日本人の認知と社会を形づくってきた。

ゆえに、企業が社内語を英語に統一する、大学教育を英語中心にする、といった風潮は危険である。
英語を学ぶことと、思考の基盤を英語にすることは、まったく別次元だ。
背骨を抜き取り、筋肉だけ外国製に替えようとするのに等しい。

TOEICに関しても誤解が多い。海外では英語上級層が受験し、日本では一般層まで広く受験する。
母集団が違うのに平均点だけで比較し、「日本人は英語ができない」と断じるのは雑な議論である。

そして興味深いことに、左翼系の活動家ですら、日本古来の霊性文化から逃れられていない。
反原発デモは太鼓や掛け声で“祭り”となり、ロウソクを囲む沈黙の輪は祈りの儀式のようになる。
自然保護運動は木や山や海に人格を与え、「この山を守れ」「海は母だ」と語る。
沖縄では基地反対運動の場で、土地の神を思わせる言葉が自然と出る。
神社や天皇に批判的な人でも、境内に入ると参道の中央を避け、無意識に静けさを保つ。

右であれ左であれ、日本人の深層にはアニミズム的な感覚が残っている。
国柄という背骨は、抽象論ではなく“身体化された文化”として生きている。

2️⃣外圧だけでは国家は滅びない──ローマ・ポーランド・イスラエルが示す“背骨の力”

歴史を見れば、国家は外圧だけでは滅びないことがわかる。

ローマ帝国は五賢帝の時代に繁栄を極めたが、市民が誇りと規律を失い、内部が腐敗すると急速に弱体化した。
外敵の侵入は、すでに傾いていた帝国を押し倒した最後の一撃に過ぎない。

ポーランドも同じだ。18〜19世紀に三度の分割で地図から消えたが、その背景には貴族階級の対立と改革拒否があった。
内部の弱さが外圧を招き、国の器が壊れてしまったのである。
しかしポーランド人は言語、信仰、歴史意識を守り続けた。だからこそ、123年後にポーランドは1918年に独立を回復した。ところがそのわずか21年後の1939年、第二次世界大戦の勃発時にドイツとソ連によって再び分割占領された。これは、両国が締結した独ソ不可侵条約の秘密議定書に基づくものだった、1945年になって再び独立した。
この間に失われた領土、人口、文化、政治力の毀損は計り知れない。

古代イスラエルも同様だ。ローマとの戦争で国家は滅び、ユダヤ人は離散したが、宗教、律法、ヘブライ語を守り抜き、1948年に国家を再建した。
ここでも背骨は残ったが、「国家の器」が奪われた期間の損害は巨大だった。現在でも周辺国との軋轢は絶えない。

ローマ、ポーランド、イスラエル──これらは、背骨さえ残れば復活できるという希望と、背骨が国家として機能しない時期に受ける損害の深さを同時に示している。

3️⃣日本が直面する本当の危機──背骨は折れない、しかし“忘れれば”国家は傷つく


日本の背骨は折れない。皇室、日本語、霊性文化──いずれも千年単位の連続性を持つ。
しかし、背骨を忘れれば国家は確実に傷つく。その傷が深いほど、回復には長い時間と代償が必要になる。

この危機感を、もっとも率直に語った政治家の一人が高市早苗である。
彼女は2025年の参院選直前、奈良でこう語った。
「私なりに腹をくくった。もう一回、党の背骨をがしっと入れ直す」
これは自民党だけの話ではない。長い混迷で曲がりかけた日本の背骨を立て直すという、政治家としての覚悟の表明でもあった。

日本語で考え、日本の霊性に根ざした感覚を大切にし、皇室と歴史に敬意を払い、自らの国柄を自覚して生きる──これが未来を守る条件である。

国家の背骨を忘れない国民は倒れない。
背骨の存在を軽んじれば、外圧ではなく内部の劣化によって自壊していく。

日本はいま、その分岐点に立っているのである。

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2025年11月28日金曜日

EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略

まとめ

  • EUは“規範による支配”で世界を縛ろうとしており、鰻・鯨からAIまで、自らに都合の良いルールを国際基準として押しつけている。
  • 鰻規制案否決は、日本が科学的根拠とアフリカ諸国との外交努力により、EUの規範攻勢を退けた成功例である。
  • フランスの戦後外交やEUの対中政策が象徴するように、欧州は自国の利益のためなら“物語をいつでも書き換える老獪さ”を持つ一方、移民問題では理想主義が裏目に出て脆さも露呈している。
  • 中国は悪辣な手段で影響力を拡大しており、リベラル派の理想主義ではEUの老獪さにも中国の浸透にも対抗できない。
  • 日本は高市政権のような現実主義の下、科学的根拠・アジア・アフリカとの票ブロック・日米協力という“三本柱”で国益を守り、規範戦争を主導する側に立つべきである。
1️⃣鰻と鯨に仕掛けられた“規範の罠”


近ごろ、スーパーの鰻が高いと感じる人は多いはずだ。種類や時期で差はあるが、国産鰻が長期的に高値で推移しているのは事実である。

その鰻をめぐり、日本は今、国際政治の渦中にいる。ウズベキスタンで開かれたワシントン条約(CITES)締約国会議で、ニホンウナギを含むウナギ属全種を輸出入規制に加える案が出されたからだ。可決されれば日本の食文化は大きな痛手を受けていた。

結果は、反対が賛成を大きく上回る否決だった。日本が「科学的根拠がない」と訴え、TICADでアフリカ諸国の支持を固めたことが決め手になった。木原官房長官は「ニホンウナギは絶滅の恐れなし」と明言し、鈴木農水相も日本の粘り強い外交が功を奏したと語った。

しかし根本問題は、なぜここまで欧州が絡んでくるのかにある。
答えは明快だ。
EUが“規範による支配”で世界を縛ろうとしているからである。

ヨーロッパウナギは附属書Ⅱに登録され、EU域外への輸出は禁止されている。つまりEUは鰻の世界流通を握っている。建前は自然保護だが、実際は自分たちの基準を世界に押しつける政治である。

鯨も同じだ。捕鯨の議論はIWCが主役だが、産業を窒息させたのはCITES附属書Ⅰだ。捕っても売れなければ産業が死ぬ。この二重封鎖を仕掛けたのが、EUと英国の巨大投票ブロックである。
 
2️⃣フランスの厚顔無恥とEUの手のひら返し外交

5月8日はフランスの戦勝記念日。この日にはフランス国内の各地で戦勝記念パレードが行われるが・・・

欧州の老獪さを象徴するのがフランスである。本来フランスは第二次大戦でドイツに敗れた敗戦国だ。それにもかかわらず、戦後の国際秩序で堂々と“戦勝国ヅラ”をし、国連安保理常任理事国の座までねじ込んだ。この図太さと狡知こそ、いまのフランスの影響力の源である。

EUの対中外交も同じだ。中国が巨大市場として成長していた時期、EUは理想論では人権を語りつつも中国との経済関係を深め、利益を優先した。ドイツは自動車産業保護のため中国依存を強め、フランスも商売のため北京へ笑顔で向かった。

しかし中国の台頭が欧州自身の産業と安全保障を脅かし始めると、EUは途端に手のひらを返した。「体制的ライバル」「脱中国依存」──昨日まで持ち上げていた中国を、翌日には“警戒すべき相手”に変える。自国利益のためには物語をいくらでも書き換える。これが欧州の本性である。

ただしEUは万能ではない。
むしろ構造的な弱点がある。移民問題だ。

2015年、ドイツのメルケル首相は理想主義を掲げ国境を開き、100万超の難民を受け入れた。結果、治安悪化、社会統合の崩壊、反移民政党の急伸、欧州各地のテロ頻発につながった。スウェーデンではギャング犯罪が国家危機となり、フランスでは移民二世の不満が暴動として噴出した。

つまり、
EUは外に対して老獪だが、内では理想主義に足をすくわれ、脆くなる。

しかもEU内部は利害で真っ二つだ。
ドイツは中国依存が深く強硬策に慎重。
フランスは自国の“栄光”外交が最優先。
東欧は反中・反露の歴史的背景を抱え強硬。
南欧は経済難から中国資本を歓迎する。

EUは一枚岩どころか、寄せ木細工のような矛盾の集合体である。
ここに日本が入り込む余地がある。
 
3️⃣お花畑では国は守れない──高市政権と“日本の三本柱”

ここで一つ、はっきり言っておくべきことがある。
リベラル・左派のお花畑では、EUの老獪さにも、悪辣な中国にも対抗できない。

「話し合えばわかる」「国際社会が助けてくれる」──
そんな夢物語が通用する世界ではない。

欧州が中国を持ち上げ、利用し、脅威になれば裏切ったように態度を変える姿を見れば、世界が理念で動いていないことは一目瞭然だ。動かしているのは、力と国益である。

中国は海洋侵出、サイバー攻撃、世論操作など、あらゆる手段で日本を揺さぶってくる。
その行動原理は“悪辣”であり、国際ルールも道義も通じない。
こうした相手に、お花畑で勝てるはずがない。

衆院本会議で就任後初めての所信表明演説をする高市首相


だからこそ、
高市政権の成立は、日本にとって望ましい。

高市氏は経済安全保障、技術、情報戦、サイバー防衛の重要性を早くから訴え、中国の脅威を真正面から指摘してきた政治家だ。EUの規範攻勢にも、感情ではなく科学と技術で対抗する姿勢を持つ。

いま日本が必要としているのは、この現実主義である。

では、取るべき戦略は何か。

第一に、科学的根拠を武器に国際ルールを主導する。
今回のウナギ規制案否決は、その有効性を証明した。

第二に、アジア・アフリカとの票ブロックを固める。
EUの巨大票田に対抗するには、多数国と連携するほかない。

第三に、米国との協力を第三の柱とする。
米国は科学に基づく基準を重視し、EUの規制過剰に警戒している。
日米が連携し、アジア・アフリカを巻き込めば、欧州票ブロックに対抗できる。

世界は善意では動かない。
鰻も、鯨も、AIも、中国政策も──
背景には、国益と力の衝突がある。

日本は、EUの罠にも、悪辣な中国の圧力にも屈してはならない。
主導権を握る側に立つ覚悟が必要だ。

そのためには、お花畑を捨て、現実を見る政治が不可欠である。
高市政権のような現実主義のリーダーシップの下、
科学・外交・同盟の三本柱で、
老獪なEUと悪辣な中国に立ち向かっていくしかない。

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日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
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高市政権発足とトランプ来日を軸に、スパイ防止法や対中渡航制限など、日本の対中政策転換のシナリオを描いた記事。中国の悪辣な外交とEUの偽善的な規範支配に対し、日本が「法と秩序」と同盟外交でどう対峙していくかを具体的に論じている。

西欧の移民政策はすべて失敗した──日本が今すぐ学ぶべき“移民5%と10%の壁” 2025年7月31日
スウェーデン・フランス・ドイツの事例を通じて、移民比率5%と10%を境に欧州社会がどう崩れていったかを検証する記事。EUが外向きには老獪な規範支配を展開しながら、内側では移民政策で自壊している実態を示し、本記事の「EUの理想主義と脆さ」というテーマを補強する内容になっている。


2025年11月27日木曜日

我が国はAI冷戦を勝ち抜けるか──総合安全保障国家への大転換こそ国家戦略の核心


 まとめ

  • AI冷戦は、GPU・電力・データセンター・クラウドという国家の神経網をめぐる覇権争いであり、静かだが国家の未来を左右する第二の冷戦である。
  • 米国はNVIDIA・TSMC・ASMLの“三位一体”を押さえ、核兵器を超える戦略的優位を確立しており、AIインフラの支配が国家の力の源泉になっている。
  • 中国は国家総動員で追随し、EUは厳格なAI規制で世界を縛ろうとしており、覇権は「技術・統制・ルール」の三極構造へと向かっている。
  • AIだけでは国家は勝てず、製造・電力・外交・安全保障などを統合した「総合安全保障国家」こそがAI冷戦の真の勝者となる。
  • 日本は半導体材料で世界最強の支配力を持ち、製造力・信頼性・地政学的位置・国家としてのバランス感覚を武器に、日米デジタル同盟の中核としてAI冷戦に勝ち得る資質を備えている。
1️⃣AI冷戦の現実──静かだが国家の命運を決める戦い

世界はすでに「第二の冷戦」に

AIをめぐる覇権争いは、すでに「第二の冷戦」に入っている。砲弾もミサイルも飛ばない。しかし、国家の神経そのもの──GPU、電力、データセンター、クラウド──を誰が握るかで、国の運命が決まる時代になったのだ。
米国、中国、EUが激しくぶつかり合う中で、「日本はこのAI冷戦で無力なのか」という疑問が浮かぶ。結論から言えば、そんなことはまったくない。むしろ日本は、他国が真似できない「静かな武器」をいくつも持っている。

世界は今、静かだが残酷なAI冷戦のただ中にある。この戦争には銃声も爆発音もない。しかし、その影響は前の冷戦よりも深く長く、国家の未来をじわじわと変えていく。戦場はサイバー空間であり、兵器はGPUと莫大な電力、そしてデータである。これらは、かつての石油と核に匹敵する戦略資源になった。

米国の法律専門誌 Pace International Law Review は、最近の分析でこう指摘した。AIモデル、高性能GPU、巨大データセンター、安価で安定した電力、クラウド基盤、希少資源、さらにそれらを縛る各国の規制制度──この一つひとつが「戦略資産」となり、国際秩序を作り替えている、と。
要するに、AI冷戦とは技術の競争ではなく、「国家として何を握っているか」の争いに変わったということだ。

2️⃣米国の“AI三位一体”覇権──核兵器を上回る戦略力


ここで最も優位に立っているのがアメリカである。
アメリカは、NVIDIATSMCASMLという“AI三位一体”を押さえている。NVIDIAはAI向けGPUの設計で世界をほぼ独占し、その設計を実際のチップとして形にするのがTSMCだ。そして、その最先端製造に不可欠なEUV露光装置を、世界でただ一社供給しているのがオランダのASMLである。

この三つが縦に並んでいる構造こそ、現代版の「核のボタン」と言っていい。
核兵器の本質は「撃てば自分も死ぬ」という恐怖の均衡にある。ところが、AIインフラの支配はまったく性質が違う。GPUとクラウドを握る側は、使えば使うほど相手との距離を広げられる。演算資源を握る国は、相手国の研究開発や軍事技術の進歩を遅らせ、自国だけ先に進むことができる。
核は破壊の力であるのに対し、AIは「未来を支配する力」である。だからこそ、この三位一体の支配構造は、核兵器以上の戦略的優位を米国にもたらしているのだ。

中国も黙って見ているわけではない。国家総動員で半導体とAIに巨額を注ぎ込み、HuaweiやSMICが独自のGPUやプロセス技術を開発している。データセンターを国内に大量に建設し、膨大な電力を突っ込み、演算能力でアメリカに追いつこうとしている。
EUは別の道を選んだ。技術では勝てないと割り切り、AI法やデジタルサービス法、データ法など、厳しい規制で世界を縛りにかかっている。つまり、米国は技術とハードで、中国は国家統制で、EUはルールで、それぞれ覇権を狙っているのである。

3️⃣日本の“静かな覇権”──素材・製造・信頼・バランスの力

AIはたしかに国家パワーの中核になった。しかし、AIさえ握れば勝てるという考え方は危険きわまりない。
かつてアメリカは「金融があれば製造業はいらない」と言わんばかりに、モノづくりを軽視した。その結果どうなったか。サプライチェーンは脆弱になり、基幹部品を外国に頼る国になり下がった。
今、「AIさえあればいい」と考えるのは、あの金融万能時代の愚かさを、形を変えて繰り返すようなものだ。

国家が勝つ条件は、AIだけではない。AI、電力、製造業、資源、安全保障、外交、教育、社会インフラ──これらを一体として動かせるかどうかである。
私は、これを「総合安全保障国家」と呼びたい。AI冷戦の勝者とは、AIに偏った国ではなく、AIを国家の総合力の中に組み込み、使いこなせる国だ。

日本の半導体工場

では、日本はどうか。
日本はAI冷戦で無力なのか。答えははっきりしている。無力どころか、日本は他国がどうあがいても真似できない「静かな覇権」を握っている。

まず、日本は世界有数どころか、事実上「世界最強の半導体材料国家」である。レジスト、シリコンウエハー、研磨材、特殊ガス、精密計測機器──最先端半導体をつくるうえで欠かせない多くの分野で、日本企業が圧倒的なシェアを持っている。AI向けGPUがどれほど重要になっても、その心臓部には日本の素材と技術が入り込んでいるのだ。
次に、日本の製造業と品質管理は、いまでも世界の頂点にある。AI時代のデータセンターや半導体工場は、膨大な設備をトラブルなく動かし続ける力が問われる。そこで物を言うのは、結局「現場の力」であり、日本はここで他国を寄せつけない。

さらに、日本は世界でもまれな「信頼される国家」である。政治リスクが低く、法制度が安定しているため、データを預ける側から見ても安心感がある。この「信頼」は、AI時代には金より重い資産になる。
地政学的にも、日本はアジア太平洋の要に位置している。日米がこの地域でデータセンターや海底ケーブルを押さえれば、中国の情報優位は大きく削がれるだろう。

何より大きいのは、日本が「バランス感覚」を持っていることだ。
アメリカはAIに突き進みがちで、中国は統制に走りすぎ、EUは規制を積み上げる傾向がある。それぞれ片寄っている。
日本は本来、AIと製造業、電力と安全保障、外交と経済を、無理なく一つの戦略の中にまとめられる国である。この「中庸の強さ」は、他国にはない。

日本がどちらの陣営につくかは、考えるまでもない。中国側につくなど、ありえない話だ。日本は当然、米国とともに民主主義陣営の側に立つ。
問題は、「どちらの側に立つか」ではない。「立ったうえで、勝てるのかどうか」である。

その答えもはっきりしている。
日本が勝つためには、日米同盟を軍事だけの枠から解き放ち、AI、半導体、クラウド、データ主権を含む「デジタル同盟」に格上げしなければならない。
TSMC熊本工場やRapidusの挑戦、日本の材料メーカー群という「静かな支配力」を、米国の演算資源支配と結びつけて、アジア太平洋に日米共同のAIインフラ網を築くのである。そこに、安価で安定した電力と人材育成の仕組みを載せていく。
これが、日米同盟がAI冷戦で「勝つ側」に回るための筋道だ。

世界はすでに、米国AI圏、EU AI圏、中国AI圏という三つの陣営に割れつつある。その狭間で、インドや中東、ASEAN諸国が「どちらにも属さないAI非同盟圏」を模索している。
この混沌の中で、日本が進むべき道は一つである。日米同盟の中核として、AI冷戦を「総合力」で勝ち抜く国家になることだ。

AI冷戦とは、演算能力を握った国が未来を奪い合う戦争である。しかし、本当の勝者は、AIを単体の力として崇める国ではない。AIを、製造業や電力、安全保障、外交、信頼性といった要素と一体化し、国の総合力として使いこなせる国である。
日本には、そのための条件が揃っている。AI、製造、材料、信頼、地政学、そして日米同盟。この多層の力を束ねる覚悟さえあれば、日本はAI冷戦の「勝者」になり得る。

AI冷戦は静かであるがゆえに、敗者は静かに沈んでいく。
しかし、静かに力を蓄えた国は、気づいたときには世界のルールを書き換えている。
日本がその側に回るのか、それともまた「敗戦国」として歴史に名を刻むのか。選択の時は、もうとっくに始まっているのである。

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AI偏重・ハイテク幻想に陥らず、製造・電力・外交・防衛を統合した「総合安全保障国家」を目指すべきだと説く記事。今回のテーマと完全に軌を一にする内容。

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2025年11月26日水曜日

歴史と国際法を貫く“拡張ウティ・ポシデティス(ラテン語でそのまま)”──北方領土とウクライナが示す国境原則の行方


まとめ
  • 国境の曖昧化は戦争の最大原因であり、独仏国境のアルザス・ロレーヌやウクライナの事例が示すように、国境確定こそ国際秩序を守る最低条件である。
  • 「ウティ・ポシデティス」は行政境界をそのまま国境にする原則で、独立期の混乱を防ぐため国際司法裁判所でも国際慣習法として認められたが、旧ソ連の人工的境界のような歪みには対応できない限界がある。
  • これを補完するため、私は「拡張ウティ・ポシデティス」を提唱する。これは、紛争前の国境に戻したうえで、住民にどちらの国に属するか選ぶ権利を与えることで「線」と「人」の矛盾を同時に解消する。
  • 北方領土は日本固有の領土であり、サンフランシスコ講和条約でも帰属は未確定のままで、ロシア系・ウクライナ系など多層的な住民構造を踏まえても“拡張ウティ・ポシデティス”で最も合理的に解決できる。
  • この新原則は北方領土だけでなく、南シナ海・バルカン・カシミールなど世界の火薬庫にも応用可能で、日本こそ二十一世紀の国境原則を国際社会に提示できる立場にある。

1️⃣国境の曖昧さは必ず戦争を呼ぶ──歴史が突きつける警告


ウクライナ戦争は、二十一世紀に突如として現れた地政学の逆流ではない。むしろ、国境とは何かという“国家の根本”を突きつけた出来事である。十九世紀から二十世紀にかけてフランスとドイツが争奪したアルザス・ロレーヌは、まさに「国境が曖昧だから戦争になる」という典型だった。取り返せば憎しみが積み上がり、奪われれば復讐が始まる。その怨念の連鎖がついに第一次世界大戦、そして第二次世界大戦へとつながった。

だからこそ国際社会は十九世紀の南米独立戦争の時代から、行政境界をそのまま国境として固定する「ウティ・ポシデティス」という知恵に辿り着いた。後にアフリカ独立でも採用され、二十世紀末には国際司法裁判所の判例によって、国際慣習法として確立していく。独立時の境界を固定することこそ、戦争を防ぐ“最低条件”であると世界が学んだからだ。

しかし旧ソ連の境界線は、民族や歴史を反映したものではなく、モスクワが統治しやすいように操作した人工的な線だった。ウクライナ東部やクリミアが不安定化した根本原因はそこにある。それでもロシアは1991年、ウクライナの既存国境を正式に承認している。この一点だけで、プーチン政権が後になって武力で国境を変更しようとした行為が、どれほど明確な国際法違反であるかがわかる。

にもかかわらず、一部の西側が提示する和平案は、国境を曖昧なまま停戦しようとする“仮の和平”でしかない。国境が曖昧な和平は、必ず次の戦争を呼ぶ。これはアルザス・ロレーヌでも、中東でも、バルカンでも、歴史が何度も証明してきた。ウクライナだけの問題ではない。国境を曖昧にした前例が生まれれば、日本が真っ先に狙われる。
 
2️⃣ウティ・ポシデティスの限界を超える──私が提唱する“拡張ウティ・ポシデティス”とは何か

前線付近の露軍に向けロケット弾を発射するウクライナ兵=ウクライナ南部ザポロジエ州で2023年7月13日

ウティ・ポシデティスは「線」を固定する原則であり、独立後の混乱を防ぐためには一定の合理性がある。しかし重大な弱点がある。国境線と、そこに住む“人々”が一致しない場合、国境は必ず爆発する。ドンバス、カシミール、ナゴルノ・カラバフ、コソボなど、世界の火薬庫のほぼ全てがこの問題に起因している。「線」だけ戻しても争いは終わらない。「住民意思」だけ優先しても国境が崩壊する。これが国境問題の根本的な矛盾だ。

この矛盾を解決するために、私は従来のウティ・ポシデティスを補完する「拡張ウティ・ポシデティス」を提唱する。その原則は極めてシンプルだ。国境線は紛争が起きる前の“元の線”に戻す。そして、その地域に暮らす人々には、どちらの国に属するかを自由に選ぶ“住民選択権”を与える。線と人を同時に解決する二段構えの方式である。

これは決して奇抜な案ではない。むしろ、歴史と国際法の矛盾をもっとも自然に解消する“二十一世紀の国境原則”である。もはや民族構成が流動化した現代において、「線だけ戻す」か「人だけ見るか」の二択では破綻する。線と人をセットで整合させて初めて争いが終わる。

「拡張ウティ・ポシデティス」に関して、私が自分で調べた限りでは、これをストレートに主張する見解などは見られなかった。どなたか、このような主張が他にもあることをご存知の方は、教えていただきたい。
 
3️⃣北方領土をどう扱うか──拡張ウティ・ポシデティスは日本にこそ必要だ


北方領土は日本固有の領土であり、サンフランシスコ講和条約でもソ連への帰属は一度も認められていない。つまり北方領土は“未確定領土”であり、国際法上は紛争前の線に戻せば日本領である。しかし問題は「誰が住んでいるか」だ。戦後のソ連移住政策によってロシア系住民が入植したが、実際にはロシア人だけではない。ウクライナ人、ベラルーシ人、タタール系、軍属由来の住民、さらには歴史の痕跡としての日本人や先住民族など、多層的で複雑な人口構造がある。

この現実を踏まえず、「ロシア人の意思」だけを議論するのは歴史的にも事実認識としても誤りである。だからこそ拡張ウティ・ポシデティスが必要になる。北方領土は日本に戻す。しかし、現在住むすべての住民に対して、日本国籍かロシア国籍かを選ぶ権利を保障する。さらに当然のことながら、もし必要なら自ら属する国への移動の権利を有するものとする。言語、財産権、教育、行政サービスを守る移行措置を設け、必要なら国際監視団で透明性を確保する。暴力的でも、非現実的でもない。歴史を尊重しながら、未来も守るための“現実解”である。

しかもこの原則は北方領土だけでなく、世界のどの火薬庫にも応用できる。南シナ海、バルカン、中東、カシミール──曖昧な国境と複雑な人口が生む紛争を一気に整理できる。日本こそ、この新原則を国際社会に提示する資格を持つ国家だ。北方領土という未解決問題を抱える日本だからこそ、二十一世紀の国境原則に貢献できる。

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米国の新和平案は“仮の和平”とすべき──国境問題を曖昧にすれば、次の戦争を呼ぶ 2025年11月21日
ウクライナ国境を曖昧にした和平案が、将来の紛争を呼び込む構造を解説。国境問題をめぐる本記事と最も強く連動する。

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左” 2025年11月20日
「クリミア併合モデル」が東アジアに輸入されているという視点を提示し、国境の曖昧化が日本にも迫っている現実を論じる。

<解説>ウクライナ戦争の停戦交渉が難しいのはなぜ?ベトナム戦争、朝鮮戦争の比較に見る「停戦メカニズム」の重要性 2025年3月31日
停戦メカニズムを歴史比較で解説し、「曖昧な停戦=次の戦争」という構図を整理。国境確定の不可欠性を理解する基礎となる。

“ロシア勝利”なら米負担「天文学的」──米戦争研究所が分析…ウクライナ戦争、西側諸国は支援を継続すべきか? 2023年12月16日
ロシア勝利が世界に及ぼす軍事・財政コストを分析し、日本の安全保障に直結する「国境侵犯型の戦争」の危険性を示す。

四島「不法占拠」を5年ぶりに明記──北方領土返還アピール 2023年2月7日
北方領土問題を国際法と現実政治の双方から整理し、「国境確定の原則」が日本の将来を左右することを示す。

2025年11月25日火曜日

半導体補助金に「サイバー義務化」──高市政権が動かす“止まらないものづくり国家”


まとめ
  • 半導体補助金にサイバーセキュリティ要件が義務化され、日本の産業政策が「工場をつくる支援」から「国家の生命線を守る安全保障政策」へ転換した。
  • この動きは、高市早苗政権の「強い経済」「技術立国」「危機管理投資」の戦略に基づき、AI・半導体・サイバーを国家戦略の中核に据える方針の具体化である。
  • 工場停止が国家停止に直結するという危機認識が背景にあり、TSMCのウイルス感染やトヨタ工場停止など実際の事例が政策判断を後押しした。
  • サイバー義務化は企業にとってコスト増だが、同時に“止まらないサプライチェーン”という強力な競争力を生み、日本製半導体・装置・材料の国際的な信頼性向上につながる。
  • 今回の決定は、我が国の「常若」の精神—技術を絶えず更新し未来へ継ぐという霊性の文化—と高市政権の国家戦略が重なり合い、日本が「止まらないものづくり国家」へ踏み出した象徴である。
経済産業省が2026年度から半導体工場向け補助金の条件としてサイバーセキュリティ対策を義務づける方針を固めた。日本経済新聞が「半導体工場への補助金、サイバー対策を条件に 供給途絶リスク低減」(2025年11月23日)と報じている。

この動きは、日本の産業政策の性質そのものを変える。補助金を「工場をつくるための支援」から「国家の生命線を守るための安全保障ツール」へと引き上げる方針だからだ。

ちょうど同じ時期、高市早苗政権は「『強い経済』を実現する総合経済対策」を公表した。内閣府の政策文書では、AI・半導体を経済安全保障の中核に据え、複数年度にわたる危機管理投資を行うと明記されている

さらに、首相官邸の特設ページには、AI、半導体、重要鉱物、サイバーセキュリティなどを戦略分野として重点投資する方針が記さた。

つまり今回の決定は、単なる制度変更ではない。
高市政権が掲げる「技術立国」「経済安全保障」「国家としての危機管理投資」という大きな戦略が、半導体政策の現場に具体的な制度として落とし込まれた瞬間なのである。
 
1️⃣高市政権の危機認識──工場が止まれば国が止まる

高市政権閣議

高市政権がこの政策を推し進める背景には、明確な危機認識がある。
半導体を失えば日本は立ちゆかない。
そして「半導体工場が止まる」ことは、いまやサイバー攻撃で容易に起き得る。

その危機を裏づける事例はいくつもある。TSMCは2018年、ウイルス感染で複数工場が停止し、復旧に数日を要した。米国では2021年、コロニアル・パイプラインがランサムウェアで停止し、燃料供給が混乱した。日本でも2022年、トヨタがサプライヤーのシステム攻撃によって国内14工場の稼働を丸一日止めた。

これらの事例が突きつけるのは、「攻撃はデータではなく現実を止める」という事実だ。
爆弾を落とさずとも、ラインを止められる。
これは、半導体の供給力が国家そのものの脈動と結びついているということを意味する。

高市政権は、この現実を政策の中心に据えた。
「工場が止まれば国が止まる」という極めて直接的な危機感だ。

だからこそ補助金にサイバー義務化を付けた。
「作る国」ではなく、「止められない国」を目指すという方針である。
 
2️⃣補助金とサイバー要件──負担ではなく“新しい武器”である

日経の報道によると、2026年度以降の補助金には「高度なサイバー防御体制」が求められる。工場だけでなく、装置メーカーや素材メーカーにも同一水準のセキュリティが求められる見通しだ。これはサプライチェーン丸ごとを防衛の範囲に組み込むということだ。

TSMC熊本には4,760億円、Rapidus千歳には1兆7,225億円という巨額の支援が投入されている。国家規模の投資である以上、工場が攻撃一つで止まることは許されない。だからこそ「補助金の条件=工場を守る義務」という仕組みが導入される。

ラピダスの半導体工場「IIM-1」(7月、北海道千歳市)

企業にとってサイバー投資は確かにコストだ。しかし、それ以上に「安全性」という競争力を手にできる。世界の調達基準は、価格だけではなく「止まりにくいサプライチェーン」を重視する方向に進んでいる。
日本のものづくりは、信頼性と安全性で世界を席巻してきた。
その強みを、半導体という国家戦略分野で取り戻すことができる。

つまり、今回のサイバー義務化は負担ではない。
企業にとっては新しい“武器”であり、日本にとっては“国家としての保険”である。
3 技術自立、国際競争力、国家リスク軽減──三つの柱が一つの線でつながった

今回の政策は、高市政権が掲げる三つの柱を一本化したものだ。

第一に、技術自立だ。
TSMCとRapidusの進出で先端ロジックの国産能力は回復しつつある。しかし真の自立には「いつでも動く」ことまで含まれる。サイバー義務化はその条件を制度として明確にした。

第二に、国際競争力である。
日本製の半導体、日本製の装置、日本製の材料が“止まらない”というブランドを得れば、価格競争ではなく信頼性競争で世界をリードできる。

第三に、国家リスクの軽減だ。
台湾海峡の緊張、サイバー戦の激化、複合的な地政学リスクの拡大――どれを見ても、半導体工場の停止は国家機能の停止を意味する。
だからこそ、補助金とサイバー要件を一体化した。

この三本柱が一本の線でつながった時、日本の産業政策は“量”から“守り”へと歴史的転換を迎える。
 
結語


今回の決定には、我が国ならではの背景がある。我が国には古来、「常若」の精神がある。技を磨き続け、欠けた部分は更新し、未来へ絶えずつなぐという姿勢だ。ものづくりを単なる作業ではなく“いのちある営み”として重んじてきた文化である。

半導体工場を止めないという国家の決意は、この常若の精神と響き合う。技術を守り、強め、絶えず更新する姿勢は、我が国の底に流れる霊性の文化の現代的な姿だ。

そして、この方向へ舵を切ったのが高市政権である。高市早苗は、伝統と技術を断絶させず、我が国の魂を国家戦略へと昇華させた。

「止まらないものづくり国家」とは、単に工場を止めないという意味ではない。
常若の精神を受け継ぎ、絶えず未来へつなぎ続けるという、我が国の魂そのものなのだ。

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日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道 2025年11月22日
AI・サイバー・無人兵器が戦争の構図を変える中で、日本が「AI+製造+素材」を束ねて総合安全保障国家に向かう道筋を描いた記事。高市政権が通信・サイバー・半導体戦略を一体として進めている点を詳しく論じており、半導体工場へのサイバー義務化を「技術×安全保障」の文脈で理解するうえで最も直結する内容。

財務省の呪縛を断て──“世界標準”は成長を先に、物価安定はその結果である 2025年11月12日
高市政権が、消費減税と17の重点分野(AI・半導体・防衛・農業・原子力など)への国家戦略投資を両輪とする経済政策に転換した意義を解説。成長投資と経済安全保障を一体で捉える視点が、半導体補助金とサイバー要件を「ばらまき」ではなく国家戦略として位置づける文脈と重なる。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAI×Oracle提携を、米国主導のAIインフラ覇権と「知能の封鎖線」という観点から分析し、日本がどのようにAI・半導体・クラウド基盤で安全保障を組み立てるべきかを論じた記事。サイバーセキュリティ要件付きの半導体補助金を、グローバルなAI・クラウド戦略の一部として読み解く際の背景資料として適している。

次世代電池技術、機微情報が中国に流出か 潜水艦搭載を検討中 経産相「調査したい」―【私の論評】全樹脂電池の危機:中国流出疑惑と経営混乱で日本の技術が岐路に 2025年3月2日
NEDO補助金が投入された全樹脂電池技術をめぐる中国流出疑惑と経営混乱を取り上げ、日本の先端技術保護とスパイ防止法の必要性を訴えたエントリー。補助金付きプロジェクトでもサイバー・情報管理が甘ければ国家リスクになる、という反面教師のケースとして、半導体補助金とサイバー義務化の必然性を補強する内容。

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 2024年10月25日
ラピダスへの巨額支援とジム・ケラーらとの協業を通じ、日本が次世代AI半導体と省電力化の中核を狙う国家戦略を解説した記事。安倍政権から高市政権へ続く「半導体を経済安保の要にする」流れを押さえており、今回のサイバー要件付き補助金を、その延長線上にある“止まらないものづくり国家”構想として位置づけるのに最適な関連記事。

2025年11月24日月曜日

米軍空母打撃群を派遣──ベネズエラ沖に現れた中国包囲の最初の発火点


まとめ
  • 米軍が空母打撃群をベネズエラ沖に派遣したのは、麻薬ネットワークと独裁政権、そして中国・ロシア・イランの影響力を一気に断つためであり、これはインド太平地域の“外側の環”の形成を意味する。
  • ベネズエラの崩壊と700万人超の移民流出は、中国が独裁と腐敗を支えた結果であり、米国の国境危機とも直結する“拡散型の危機”となっている。
  • ナイトストーカーズの展開は、単なる威嚇ではなく“限定的介入能力”の実動化であり、米国の外側の防衛線が実際に動き始めた証拠である。
  • 冷戦期の“多層封じ込め”が中国を相手に再現されつつあり、その思想的背景にはロング・テレグラムやNSC-68がある。大戦略が歴史的な循環として蘇っている。
  • 日本は専守防衛の名の下で“何もしない国”ではなく、安保法制後は海外任務も制度化され、インド太平洋で“内側の環”を担う実質的プレイヤーになった。だからこそ、ベネズエラ沖の動きは日本の未来に直結する。
米国がベネズエラ沖に空母を送り込んだ。

一見、極東の我が国とは無関係に見える出来事だが、これは中国の世界戦略と、日本の安全保障の「これから」を映す鏡そのものだ。

1️⃣ベネズエラ沖に現れた空母打撃群──麻薬、独裁、中国

ベネズエラ沖に現れた米空母打撃群


2025年11月16日、米海軍の最新鋭空母「USS Gerald R. Ford」がカリブ海に入った。
(出典:U.S. Department of Defense系サイト DVIDS “Gera

これは単なる力の誇示ではない。
米国は同じタイミングで、ベネズエラ軍や治安機関の一部と結びついているとされる「太陽のカルテル」を外国テロ組織に指定する方針を打ち出し、関係者を法律の網で追い詰めようとしている。米連邦航空局は周辺空域の危険性を警告し、いくつもの航空会社がベネズエラ便を止めた。

狙いははっきりしている。
麻薬ルートを断ち、独裁政権を締め上げ、その背後にいる中国やロシア、イランの影響力を押し返すことだ。

ベネズエラは長年、コカインなどの中継拠点になり、軍や情報機関までこのビジネスに深く入り込んできたとされる。米国から見れば、もはや「遠い国の不正」ではない。自国社会を毒する源そのものだ。

そこへ中国が入り込む。
巨額の融資、石油の先買い契約、通信インフラと監視システムの提供。こうした支援によって、崩壊しかけたマドゥロ政権は延命してきた。経済はボロボロなのに、権力だけはしぶとく残る。ここに中国の「支え」がある。

私は過去のブログで、この構図を何度か指摘してきた。
「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 (2019年2月9日)
「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 (2021年10月6日)
ラテンアメリカでは、社会主義の失敗 → 経済崩壊 → 中国が支援と引き換えに入り込む → 独裁の固定化、という流れが繰り返されてきた。
ベネズエラは、その最悪の見本だと言ってよい。

国家は壊れ、治安は崩れ、麻薬と汚職が地を這う。
そして、そのツケは「移民」と「治安悪化」という形で、周辺国と米国に押しつけられている。
 
2️⃣700万人が国を出た現実──移民危機とナイトストーカーズ

米軍特殊部隊 ナイトストーカーズ

ベネズエラから国を出た人は、すでに700万人規模とされる。
コロンビアやペルー、ブラジルなど周辺諸国は社会保障と治安の負担にあえぎ、米国もメキシコ国境で移民問題に揺さぶられ続けている。

米国の政治にとって、移民は「票」に直結する。
トランプ政権が強硬姿勢を取る以上、麻薬と移民の“元栓”であるベネズエラを締め上げるのは当然の流れである。

この文脈の中で、米軍特殊作戦部隊「ナイトストーカーズ(160th Special Operations Aviation Regiment)」の動きが浮かび上がる。夜間ヘリによる急襲や特殊部隊の侵入を専門とする精鋭中の精鋭だ。この部隊の展開が報じられているということは、空母打撃群という「表の力」だけでなく、必要とあらば政権中枢を一気に叩く「裏の牙」も用意しているという意味である。

私はこの点について、次のブログで論じた。
「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 (2025年10月24日)
そこで提示したのが、「日米二つの環」という見方だ。

米国は、中南米とカリブ海で、中国やロシアの浸透を押し返す“外側の環”をつくる。
日本と米国は、第一列島線からインド太平洋で、中国海軍の外洋進出を抑える“内側の環”をつくる。

この二つの環が噛み合ったとき、初めて中国の動きを内と外から締め上げることができる。
この構想は、私自身が整理した見方だが、冷戦期に欧州とその他地域を二重の輪で抑え込もうとした「封じ込め」の発想、例えば

 “ブルッキングス研究所(Brookings Institution)に掲載の “Avoiding war: Containment, competition, and cooperation in U.S.–China relations”(2017年11月1日)などは、封じ込め戦略の歴史と現代的意味を議論するものとして通じる。ただ、公開情報の範囲では「日米二つの環」という名前で同じ構図を明確に打ち出している著名な理論や組織は見当たらない。

いずれにせよ、ベネズエラ沖に空母と特殊部隊が並ぶ光景は、この「外側の環」が現実の姿をとり始めたということを示している。

3️⃣日本にとっての意味──これは「他人ごと」ではない

では、日本はこの動きをどう見るべきか。

まず、「専守防衛だから日本は軍事介入しない」という言い方は、正確ではない。
防衛省の説明でも、専守防衛とは「相手から武力攻撃を受けたときに必要最小限の力を行使する」という考え方であり、武力行使そのものを否定してはいない。

2015年の安保法制改定によって、我が国は「存立危機事態」に該当する場合、海外でも限定的な集団的自衛権を行使できるようになった。ソマリア沖の海賊対処、各地でのPKO活動、米軍への後方支援など、海外任務で武器使用を伴う行動はすでに現実のものとなっている。

つまり日本は、憲法と法律の枠内で、国際安全保障に関与しうる国家へとすでに変わっているのだ。


この現実を踏まえると、ベネズエラ沖の緊張は、インド太平洋の安全保障と一本の線でつながっていると見るべきである。

中国がベネズエラのような社会主義国家を支え、監視技術と資金を与え、国家を弱らせ、国民を国外に押し出す構図は、東シナ海・台湾海峡で我々が直面している現実と同じ根を持つ。

社会主義の破綻と中国の浸透。
国家の弱体化と移民の爆発。
地域の治安悪化と大国の介入。

私は、これをずっと私のブログでラテンアメリカ関係の記事として掲載してきた。だが、これは南米の話だけではない。中国が手を伸ばす地域で、同じことが繰り返される「型」のようなものだと考えるべきである。

だからこそ、「日米二つの環」が必要になる。

米国は中南米で“外側の環”を張り、日本はインド太平洋で“内側の環”を引き締める。
この二つの環が閉じたとき、中国の影響圏拡大は大きく抑えられる。

ベネズエラ沖の空母、カリブ海上空のナイトストーカーズ。
それは、地球の裏側で始まった「外側の環」の姿であり、同時に、我が国が担うべき「内側の環」とつながっている。

ベネズエラで動く力学は、決して例外ではない。
中国が関わる地域では、ほぼ同じ順番で危機が広がる。
その波が、いずれ日本の周りにも到達する。

ベネズエラをめぐる米中のせめぎ合いは、
我が国がこれから直面する世界の予告編なのである。

【関連記事】

「米軍『ナイトストーカーズ』展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代」 2025年10月24日
ベネズエラ沖に展開した米軍特殊部隊ナイトストーカーズを起点に、カリブ海からインド太平洋へ伸びる「外側の環」構造を読み解き、日本が担う“内側の防衛圏”の重要性を指摘した記事。

「コロンビア、送還を一転受け入れ 関税で『脅す』トランプ流に妥協―【私の論評】トランプ外交の鍵『公平』の概念が国際関係を変える、コロンビア大統領への塩対応と穏やかな英首相との会談の違い」 2025年1月27日
中南米の移民問題と、トランプ流“公平”外交の本質を鋭く読み解き、コロンビアへの圧力と中国浸透の関係にも触れた一文。今回のベネズエラ情勢と密接に連動する分析。

「ラテンアメリカの動向で注視すべき中国の存在―【私の論評】日本も本格的に、対中国制裁に踏み切れる機運が高まってきた(゚д゚)!」 2021年10月6日
中国がラテンアメリカで進める政治工作・資源浸透・経済囲い込みの実態を整理し、その危険性をいち早く指摘した分析。今回のベネズエラ問題の“隠れた背景”を予見している。

「【日本の解き方】ベネズエラめぐり米中が分断…冷戦構造を想起させる構図に 『2人の大統領』で混迷深まる―【私の論評】社会主義の実験はまた大失敗した(゚д゚)!」 2019年2月9日
マドゥロ政権とグアイド暫定政権の対立を通じ、米中対立がラテンアメリカで“新冷戦”化していく様を描く。今回の空母派遣の背景を理解する上で不可欠な基礎記事。

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2025年11月23日日曜日

COP30と財政危機は“国家を縛る罠”──日本を沈める二つの嘘


まとめ

  • COP30の本質は「地球を救う会議」ではなく、利権と政治的妥協の場であり、化石燃料廃止の核心は産油国・大国の圧力で消えた。
  • 気候モデルには初期条件の不確実性が大きく、未来を一つに決めることは原理的に不可能なのに、一部の科学者や国際機関は“最悪シナリオ”を唯一の未来として恐怖を煽っている。
  • この恐怖煽動の構造は、財務省が用いてきた「財政破綻キャンペーン」と同じであり、どちらも国民に負担を押しつけるための“恐怖装置”として機能している。
  • 脱炭素は短期的には補助金で華やかに見えるが、中長期には不安定な電源構造・二重設備コスト・電気料金の上昇など、国民に“絶望的な未来負担”をもたらす危険がある。
  • 米国はCOP30に距離を置き、トランプは気候政策を「詐欺」と批判しており、我が国は“政治に利用される科学”から距離を置き、大局観で国益を守る姿勢が必要である。
いま、我が国は二つの巨大な「恐怖装置」に挟まれている。
一つは、国際機関と一部の科学者が作り出す「気候危機」の物語。
もう一つは、財務官僚が長年振りまいてきた「財政破綻」の物語である。

どちらもやり口は同じだ。
最悪の未来だけを持ち出し、それを“必ず来る現実”のように見せかける。そして不安に駆られた国民に、増税・負担増・補助金・規制といった重荷を飲ませる。背後には、利権と権限の構造がある。

COP30は、この構造を見せつけた象徴的な舞台である。ここから、その中身を見ていく。
 
1️⃣COP30と「気候科学」という聖域

COP30会場の看板

ブラジル・ベレンで開かれたCOP30は、「地球を救う」と大げさなスローガンを掲げた国際会議だった。だがふたを開けてみれば、各国は2035年までの適応資金三倍化といった金額目標を並べる一方で、化石燃料の段階的廃止という核心は、産油国や大国の反発で結局うやむやになった。

美しい言葉を重ねながら、最も痛みを伴う部分は避ける。誰がどれだけカネを出し、誰がどれだけ受け取るか──本音はそこにある。これがCOP30の実態だ。

それでも多くの人がこの構造を直視できないのは、「科学」という看板が前面に立っているからだ。政治家や官僚の嘘には疑いの目を向けるようになった日本人も、「科学者の言葉」となると途端に無防備になる。ここが一番危ない。

その象徴が、2021年にノーベル物理学賞を受賞した日系アメリカ人科学者、真鍋淑郎である。彼は大気と気温の関係を初期の段階から理論的に明らかにし、気候モデル研究の基礎を築いた。その功績は疑いようがない。

しかし、真鍋の仕事は「地球温暖化の仕組みの理解」であって、「未来予測を一つに確定したこと」ではない。本来の気候モデルは、大気・海洋・雲・氷床など膨大なパラメータを使い、しかもそれぞれに観測の穴と不確実性がある。初期条件を少し変えれば結果が大きく変わる“気まぐれなシステム”だ。

それにもかかわらず、一部の科学者や国際機関は、このモデルを「唯一の正しい未来予測」であるかのように使い、最悪のシナリオだけを前面に押し出す。ここで科学は、冷静な知の道具ではなく、「恐怖を作るための機械」に変わってしまう。
 
2️⃣気候危機と財政危機──恐怖で国民を縛る“双子の物語”

気候危機を煽る典型例 大干ばつのイメージ

この「恐怖の機械」は、我が国ではすでに見覚えのあるものだ。財務省が長年やってきた「財政破綻キャンペーン」である。

「国の借金はGDP比200%超で異常だ」「このままでは日本は破綻する」──こうした言葉が繰り返されてきた。しかし実際には、日本国債のほとんどは円建てで発行され、その大部分を日本国内の主体が保有している。政府は自国通貨の発行主体であり、ギリシャのように外貨建て債務で首が回らなくなる構造とはまったく違う。利払い費も長く低水準で推移してきた。

それでも財務省は、「破綻するぞ」と国民を脅し続けてきた。その結果として正当化されてきたのが、増税、歳出削減、国民生活の締め付けである。つまり「破綻の物語」は、国民から取るための道具として機能してきたのだ。

気候危機の物語も、まったく同じ構造を持っている。

気候モデルの不確実性や初期条件の問題にはほとんど触れず、「この最悪シナリオが来る」とだけ言い切る。そして、「だから再エネ賦課金が必要だ」「だから炭素税が必要だ」「だから補助金をもっと出せ」と続く。そこには必ず、誰かの利権と誰かの負担がセットで存在する。

共通点は三つある。

一つ目は、最悪のケースだけを前面に出し、それを“避けがたい運命”のように語ること。
二つ目は、「専門家」「国際機関」といった権威を看板にして、疑いの余地がないかのように装うこと。
三つ目は、最後にツケを払わされるのが、いつも国民であることだ。

財政危機と気候危機──看板は違っても、どちらも「恐怖で国民を縛る物語」である。ここを見抜かなければならない。
 
3️⃣脱炭素がもたらす“絶望的な未来負担”と、米国の距離感

ユートピアとして描かれる脱炭素の世界はディストピア?

脱炭素政策は、見た目は華やかだ。再エネ企業には補助金が流れ、電気自動車や蓄電池には「未来産業」というきれいなラベルが貼られる。国際会議では拍手喝采が起こる。しかし、その裏側で何が起きているか。

太陽光や風力のような変動電源が増えると、天気次第で発電量が激しく上下する。その穴を埋めるために、火力発電など従来の安定電源を完全にはやめられない。結果として、使うかどうか分からないバックアップ設備まで抱え込む「二重投資」に陥る。

蓄電池の技術も、現時点では長期的な大量蓄電には程遠い。大量導入を試みた国では、再エネが増えるほど電力価格が乱高下し、自分で自分の利益を削る「カニバリゼーション効果」が問題になっている。採算が悪化すれば、結局は補助金や賦課金という形で、国民の負担に乗せるしかない。

日本のように、エネルギー安全保障がそのまま国家存亡に直結する国で、こうした不安定な仕組みに過度に頼るのは、危険というより無謀に近い。我が国が本当に守るべきは、「安くて安定した電力」とそれを支える産業基盤であり、「国際会議での拍手」ではないはずだ。

ここで米国の動きは象徴的である。今回、米国はCOP30に高位の政府代表を送らず、国として距離を置いた。トランプ大統領は一貫して、気候政策を「詐欺(hoax)」と呼び、グリーン・エネルギーを巨大な利権ビジネスとして批判している。もちろんトランプの政治手法に賛否はある。しかし、世界最強の大国がCOPの場から一歩引き、「そのゲームには乗らない」と示した事実は重い。

COP30が見せたものは、「人類の連帯」ではない。
それは、「恐怖を使って国民の財布を開かせる国際政治のからくり」だったと言ってよい。
 
結び──“恐怖に使われる科学”から自由になる

恐怖に支配される国は弱い。
COP30の幻想も、財政破綻の物語も、国民を縛るために仕組まれた“恐怖の装置”にすぎない。
我々が必要としているのは、恐怖ではなく、大局観と理性だ。

二つの嘘の構造を見抜いた今こそ、日本が再び立ち上がる時である。
そして高市政権には、その鎖を断ち切り、この国を力強く前へ進める役割を果たしてほしい。

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