台湾産「自由パイナップル」が中国の圧力に勝利、日本も支援
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中国から突然禁輸を通告されたパイナップルを宣伝する台湾の蔡英文総統(3月3日) |
<中長期的には、輸出の中国依存を脱却しなければいつまた突然禁輸措置を突きつけられるかわからない>台湾の市民と企業は、収穫の開始直前に中国税関から無期限の禁輸措置を受けた国内のパイナップル生産者を一丸となって支援している。
地元のバイヤーだけでなく、日本などの近隣諸国が、今年中国市場向けに生産したパイナップル4万トン以上を「ものすごい勢いで」買ってくれた、と台湾の陳吉仲(チェン・ジィゾン)農業委員会(農林水産省)主任委員は、2日に語った。
3月1日から台湾産パイナップルの輸入を停止するという中国税関総局の通知を台湾政府が受けたのは、禁輸開始3日前の2月26日のことだった。理由は、昨年以来、台湾産農産物からさまざまな有害生物が発見されたからだという。
台湾行政院農業評議会(COA)は、2020年に中国向けの輸出貨物6200件のうち13件に有害生物がいたという報告を受け、対処していた。そして同評議会は、中国政府が昨年10月に改正輸入規則を導入して以降、有害生物の苦情は受けていない、と述べた。
台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は、行き場を失ったパイナップルに対処する政権の計画を発表するフェイスブックの投稿で、土壇場で禁輸を通知した中国政府のやり方を「不意打ち」と非難した。蔡政権閣僚をふくむ政府当局者は、与党民主進歩党の支持者が多い南部の農民をターゲットにした中国による政治的な動きとみて、批判している。
いち早く日本が反応
COAのデータによると、台湾から輸出されるパイナップルのほぼすべてが中国向けで、台湾の年間産出量41~43万トンの約10%を占めている。昨年は4万1000トン以上が中国に輸出された。
台湾政府の計画では、余った5万トンものパイナップルの60%を日本、アメリカ、シンガポールなどに輸出し、残りの40%は国内加工食品メーカーに地元産パイナップルの使用を奨励することで消費するつもりだった。
しかし、蔡政権が主導し、有名人や大企業が支援を呼びかけを始めると、パイナップルの需要は急増した、と陳主任委員は語った。
中国政府の通知から約96時間後の2日正午までに、海外市場への5000トンを含む4万1687トンのパイナップルが売れた、と陳は記者らに語った。この数字は昨年の中国への販売量を上回っている。
世界で最も厳しい食品輸入基準のある日本も、最も速く反応した国のひとつだった。台湾政府のパイナップル推進キャンペーンの初日に、日本からの受注は62%増加した、と陳は言い、今年の対日輸出量は前代未聞の5000トンに達すると予測した。
台湾政府はまた、国外在住の台湾市民からの需要の増加にも対応しようとしている。そのなかには、今のところ台湾からの生の果物の輸入を許可していない国が含まれている。
陳は記者会見で、パイナップルの輸入を停止するという中国政府の「一方的な」決定は「国際貿易の規則に矛盾している」と述べた。だが農業委員会は、世界貿易機関(WTO)に対する仲裁の申し立てを検討する前に、中国の関税当局とのさらなるコミュニケーションを試みるだろうと、言った。
他の農産物の中国への輸出は影響を受けていない。
今回は「危機をチャンスに変える」ことに成功したが、そもそも台湾政府は、単一の輸出先に依存しすぎる状態を避けるために積極的に他の市場を開発していたと、陳は言う。
蔡政権は、16カ国の市場に目を向けている。そのひとつであるアメリカでは、2019年から20年の間に台湾産果物の輸入量が210%増加した。
2月28日に高雄市を訪問した蔡総統は、農業が盛んな台湾南部のパイナップル生産者の懸念を和らげようとした。「パニックに陥らないでください、政府があなた方を守ります」と、彼女は人々に語りかけた。
蔡政権は、台湾のパイナップル産業の損失を補填するために、3580万ドルの支援を約束。また、市場でパイナップルがだぶついて値段が下がり、農家が大きな損失を被らないように、現在の市場価格を維持することを約束した。
自由パイナップルに支援を
一方、台湾の外交部(外務省)は、今回の中国によるパイナップル禁輸を、かつてオーストラリアからのワイン輸入を制限した中国政府の反ダンピング(不当販売)措置のようなものとみている。あのときはオーストラリア産ワインに200%の追加関税が上乗せされた。
台湾政府はオーストラリアの「自由ワイン」を支持しようと呼びかける国々に加わった。今回、台湾の呉釗燮(ジョセフ・ウー)外交部長(外相)は台湾の「自由パイナップル」に同様の支援がほしい、とツイッターに書き込んだ。
「中国による台湾産パイナップルの輸入禁止措置は、ルールに基づく自由で公正な貿易の前に効力を失った。台湾のパイナップルの品質は最高で、最も厳しい国際認証基準を満たしている。われわれは、中国政府に決定の取り消しを求める!」と、外交部はツイートした。
経済を利用した抑圧だという台湾の非難に対して、中国の国務院台湾事務弁公室は、パイナップルの禁輸は、中国の独自の農産物を保護するために「必要」だったと発表。台湾側は、中国の信用を落とすためにこの問題を「故意に歪曲」している、と中国の当局者は述べた。
蔡が総統に就任して以来、政府の経済計画は「新南向政策」に基づいている。その目標は、中国市場への依存を解消し、そのかわりに南アジア、東南アジアのパートナー国と貿易および安全保障を構築し、それをオーストラリア、ニュージーランドまで拡大することだ。
台湾の行政院財政部(財務省)によると、昨年の台湾からの輸出の40%以上が中国と香港向けで、輸出総額3452億ドルのうち1514億ドルを占めた。
【私の論評】中国の恫喝に対応するため、同志国はさらなる協調をせよ(゚д゚)!
中国依存の危険に関しては、我が国をはじめ世界中の国々が今回のコロナ禍で再認識しました。特にマスクが一斉に姿を消したことは、私達の記憶にも新しいところです。
マスクをはじめ、どのような製品・サービスであろうと、中国にだけ過度に頼ることは本当に危険です。今回のパイナップルをめぐる出来事もその認識を強める結果となりました。
サプライチェーンに関しては、企業レベルにとどまらず国レベルでもその脆弱性を考える必要があることが明らかになったと思います。マスクや医療用ガウンなど個人防護具(Personal Protective Equipment)の不足は、感染拡大で通常時の50倍の需要が発生したことが主な要因でしたが、多くの輸出制限措置も取られました。
また、中国のオーストラリアへの措置のように、国家として政治的目的で「経済的恫喝」(economic coercion)を使うケースもあります。
貿易取引が経済的恫喝に使われる点は、1945年に
アルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)が『国力と外国貿易の構造』(National Power and the Structure of Foreign Trade)の中で説明しています。
ハーシュマンは、貿易が「供給効果」(supply effect)とともに「影響力効果」(influence effect)を生み出すと指摘しています。供給効果は、貿易により経済厚生が増大し国が豊かになる効果ですが、影響力効果は、貿易が依存関係を作り、それが政治的目的のために利用される効果です。これら両効果は相互に排他的なものではありません。
この影響力効果の基礎となる「依存」は、貿易を行う2カ国に同時に発生しますが、ハーシュマンは、依存が「非対称的」と主張しました。具体的には、1938年のドイツとブルガリアの貿易の例を引き、ブルガリアにとっては輸出の52%、輸入の59%がドイツであったのですが、ドイツにとってブルガリアとの貿易は、輸入の1.5%、輸出の1.1%にすぎなかったとし、ドイツが一方的に「影響力効果」を行使し得る関係を描きました。
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ナチスドイツ総統ヒトラー |
『国力と外国貿易の構造』は1930年代にナチス・ドイツが東・南東ヨーロッパに貿易と政治的影響力を拡大するさまを分析したもので、中国を扱うものではありませんが、その分析枠組みは今日の中国の「経済的恫喝」を考えるうえで示唆に富んでいます。世界最大の貿易大国となった中国は各国に強い「影響力効果」を有しています。
中国も自らの力を認識。習近平主席は2020年4月10日の党中央財経委員会での演説で「産業の質を高めて世界の産業チェーンのわが国への依存関係を強め、外国による人為的な供給停止に対する強力な反撃・威嚇力を形成する」と表明。実際には「反撃」にとどまらず、オーストラリアのCOVID-19発生源調査、日本の尖閣諸島、ノルウェーの劉暁波へのノーベル平和賞授与、韓国のTHAAD配備等に関連して「経済的恫喝」の先制攻撃を繰り返している点は広く知られているところです。
われわれはいかに対応したらいいのでしょうか。ハーシュマンは、貿易のメリットを生かしつつ、「影響力効果」を減らすため、貿易規制権限を各国から国際機関に移管することを主張しました。実際に国際社会はその後、GATT締結、WTO設立と貿易規制権限を国際組織に移管していきました。
しかし、国際ルールは完全でも網羅的でもありません。中国はこの隙間を利用し、自らの措置をオーストラリアのダンピングに対する対抗措置、検疫や環境に関連した措置などと主張、「経済的恫喝」とは認めません。日本が主権を有する尖閣諸島に関連して中国が2010年に行った日本向けレアアースの輸出停止も、中国は環境問題が理由と主張しました。
こうした状況に鑑みれば、WTOというの機能の強化は無論のこと、同志国の連携強化も必要であり、たとえば「自由連合基金」等を設けるべきです。
同基金では、同志国が共同して中国の「経済的恫喝」を認定し非難する枠組みをつくるべきです。そうして、この基金は中国等の貿易による損失を被った国に対してその補填をするのです。
これは「抑止力」としても有効です。同志国で真剣に議論が行われるだけでも一定の抑止的効果があります。さらに、基金による補填ということで、中国が経済力を背景とする恫喝を和らげることができます。
米国と台湾は昨年9月4日、新型コロナウイルス禍に伴うサプライチェーン(供給網)の再構築に向け、自由や民主主義など価値観を共有する「同志国」に協力を呼び掛けました。
チェコ上院議長らの台湾訪問に合わせ、米国が主催したフォーラムには、台湾やチェコ、日本、欧州連合(EU)、カナダの代表らが出席しました。
米国の台湾窓口機関、米国在台協会(AIT)台北事務所のブレント・クリステンセン所長(大使に相当)は、会議に集う全員が表現や信条の自由といった共通の価値観でつながっているとした上で、「こうした共通の価値観は将来の供給網を再構築する上での道しるべになる。経済や業界、企業が安全な供給網を構築するには、われわれ全員による協調的な取り組みが必要だ」と訴えました。
台湾の呉ショウ燮外交部長(外相に相当)は、中国を念頭に「法の支配や自由、民主主義、透明性を尊重しない国」が主要産業を牛耳れば何か起こるかをコロナ禍で思い知ったとした上で、「今後われわれは他の同志国と協力して、強制、搾取、拡張主義ではなく、共同繁栄につながる相互の産業関係を確立していく。台湾と欧州、アジア、北米の民主主義国との間に、一層緊密な協力関係を築く上で大いなる可能性がある」と述べました。
いじめっこに声を上げるのは勇気がいります。自分が直接いじめられていなければなおさらです。しかし、いじめは成功すれば繰り返されます。今日のオーストラリアとの連帯は、明日の日本を守ることなのです。
ハーシュマンは『国力と外国貿易の構造』を書いた34年後の1979年に「非対称性を超えて」(Beyond Asymmetry)という小論を記しました。その中で、貿易から生じる依存は非対称で大国が有利だが、小国が経済的懲罰を甘んじて受けるのか、自由のために戦うのか、その意志や士気も影響すると述べています。同志国が連帯して意志を示すことは、いじめの抑止への重要な一歩です。
脆弱性克服のためにできることは他にもあります。重要物資が1カ国へ過度に依存している場合、その分散や、国内生産能力の強化も有効です。
また、日豪印、日アセアンでもサプライチェーン強化の議論が始まっていますが、米国等とも協力しこの動きを拡大することは意義があります。アセアンやインドへの企業立地の促進には、インフラ整備を含めた投資環境の改善も必要で、日本がそのために協力できます。
また、石油等と同様に、重要物資の戦略備蓄の強化も大切です。さらに、GATT第20条(b号)では生命・健康に影響する場合には自由貿易原則の例外として貿易制限が認められますが、それゆえに危機時に重要物資の入手が困難になります。
輸出制限措置を制約するような国際ルールの変更、あるいは、そうした例外措置を用いないという同志国の合意は、危機時の重要物資の調達の安定性を高めまする。
オタワグループを含め、そうした動きがすでにみられることは心強いです。
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昨年日本を含むWTO有志国で構成された、オタワグループの閣僚級会合が テレビ会議形式で開催され、牧原経済産業副大臣が参加。
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ただし、サプライチェーン強化が偽装した保護主義とならないよう注意を払う必要もあります。すべての工場を国内回帰という政策は、国力を弱めます。米国でよく聞く「経済安保は国を守る」(Economic security is national security)という主張は正しい(ハーシュマンの言う影響力効果)です。
しかし、経済成長は国力を高め国防費の増加を支え、国の安全も高めます。その意味で、「経済も国を守る」(Economy is also national security)(ハーシュマンの言う供給効果)という指摘は正しいです。
日本は経済安保のさらなる強化が必要ですが、米国内で一部見られる経済安保に名を借りた保護主義は、経済を弱めることで安全保障も毀損することになります。そうした落とし穴を避け、適切な経済安保政策で貿易相手国からの影響力効果をコントロールしつつ、貿易が生む供給効果で国を豊かで強くすることこそ重要です。私達は、改めてハーシュマンの知恵に学ぶ必要があります。
今回の、台湾のパイナップルに関しては、日本をはじめとして各国の協力があって、結局中国に対する圧力に勝利することができましたが、もっと基幹的な産業の製品などにおいて同じような恫喝を受けた場合、とんでもないことになりそうです。
たとえば、EUであれば、リチュウム電池は製造しておらず、すべて中国からの輸入にたよっています。これは、輸入先を増やすとともに、EU内でも製造できるようにすべきでしょう。レアアースに関しては、日本では代替品もできてはいますが、やはり中国だけではなく、他国からも輸入できる体制を整えるべきでしょう。
日本は、ほぼすべての産業の技術が集積しており、中国からの輸入等が途絶えても、コストを無視すれば、自国内ですべて製造できます。その点は心強いです。そうして、それは、日本は中国・インド・米国などを覗けは1億人以上もの人口を有する国だからです。
他の人口が数千万人以下の国々では、自国にない技術に関しては、同志国の間で補い合うべきです。
今後中国は今回の台湾のパイナップルにとどまらず、様々な恫喝をかけてくるでしょう。それに負けないためにも、同志国は協調する道を選ぶべきです。
中国は米大統領選の混乱をついて台湾に侵攻するのか―【私の論評】中国は台湾に侵攻できない(゚д゚)!