中国「白紙革命」の行方
【まとめ】・彭載舟が10月30日「PCR検査は不要、習近平を罷免せよ」等のスローガンを掲げ、「北京四通橋横断幕事件」を起こした。
・習近平政権のロックダウンやPCR検査に対し、学生達は白紙を掲げて抗議の意志を示した。
・習近平政権が「第2次天安門事件」を起こせば、米国を中心とする世界が中国に対する制裁が更に厳しくなるのではないか。周知の如く、
今年(2022年)10月13日、突如、
彭載舟による「
北京四通橋横断幕事件」が起きている。中国共産党第20回全国代表大会開催3日前だった。
彭載舟の掲げた内容こそ、たぶん“民意”を代表していたのではないだろうか。第20回党大会では、習近平主席の「第3期目続投」が決定し、“民意”とは逆の結果となった。
彭載舟は裁判にかけられ、死刑になると思われた。けれども、裁判所で審議する際、判事・検事らが、彭の罪状として彼が「国賊、習近平を罷免せよ」と抗議したなどと言えるはずがない。そのためか、彭載舟は精神病院送りになる可能性が高い(a)という。
これで「北京四通橋横断幕事件」は一件落着、そして、事件は“風化”するかと思われた。しかし、同事件はSNSで拡散されていたのである。
さて、11月24日、新疆ウイグル自治区ウルムチ市の高層マンション15階から出火した。火は17階まで昇り、煙は21階まで上がった。
消防車がマンション付近へやって来た。ところが、当地では、厳格な「ゼロコロナ政策」が実施されていたので、約2時間も消火活動が遅れている。そのため、10人が死亡、9人が負傷した。だが、怪我人らが救急車で運ばれた病院の当直の医師の話では、死者は44人もいた(b)という。
ウルムチ市の火災を契機に、同市、北京市、上海市、南京市、広州市、武漢市等で、まず学生が立ち上がった。そこに、市民らが加わったのである。
習近平政権は、約3年近くも、厳しいロックダウンやPCR検査を行い、人民の自由を奪って来た。そこで、学生達は(A4の)白紙を掲げて、抗議の意志を示した。彭載舟の命を賭けたパフォーマンス(
「PCR検査は不要、習近平を罷免せよ」等のスローガン)は、人々に知れ渡っていたのである。抗議者が「白紙」を掲げるだけで彭の主張は十分伝わった。他方、
警察当局は「白紙」を掲げただけの学生らを起訴するのが難しかったのである(c)。
実は、各地の集会で、学生や市民らが「共産党退陣」や「習近平退陣」を連呼した。おそらく、1989年の「
民主化運動」以来、このような共産党トップの辞任要求はなかったのではないか。
デモ隊らの習近平主席の退陣要求は理解できる。しかし、万が一、共産党が「退陣」した場合、一体どうなるのか。
よく知られているように、
中国は普通の民主主義国家とは異なり、共産党に代わる合法的野党が存在しない。中国民主党という非合法な政党が、地下に潜伏している。だが、同党が突然、現れても政権を担当できるとも思えない。
一方、共産党の8友党が共産党に代わって政権を担えるだろうか。所詮、弱小翼賛政党である。したがって、それも極めて考えにくい。
だとしたら、やはり人民解放軍が全面的に表に出て、軍事政権を樹立するのではないか。あるいは、清末民初のように、軍閥が跋扈する公算が大きい。
ところで、武漢市の抗議デモでは、警察、あるいは武装警察がデモ隊を蹴散らすため、発砲した(d)疑いが持たれている。
また、上海市では、すでにデモ鎮圧用車両が用意されている(e)という。明らかに、習近平政権は、人民弾圧の準備を始めたようである。
元来、
習近平政権は、人民を徹底的に抑圧して管理するのをモットーとしている。「ゼロコロナ政策」もその一環である。だから、これ以上、各地でデモが激しくなれば「第2次天安門事件」(武力による人民の弾圧)が起こる可能性を排除できないだろう。
実際、習近平政策は、すでにこれを香港で行って来ている。けれども、仮に、
習近平政権が「第2次天安門事件」を起こせば、米国(f)を中心とする世界(g)が中国に対する制裁が更に厳しくなるのではないか。すでに、
中国経済はかなり悪化している。近い将来、経済破綻を起こしてもおかしくないだろう。
ただ、
中国の政治的経済的混乱は、世界へ与えるインパクトが大きい。したがって、中国の「ソフトランディング」を期待したいのは我々だけではないだろう。
〔注〕
(a)『万維ビデオ』「勇士・彭立発の消息あり」(2022年11月12日付)
(
https://video.creaders.net/2022/11/12/2546200.html)
(b)『中国瞭望』「新疆ウイグル自治区の火災、ネットでは死者44人と噂される 民衆が政府庁舎を取り囲み、市党書記を罵倒する」(2022年11月25日付)
(
https://news.creaders.net/china/2022/11/25/2550784.html)
(c)『中国瞭望』「『
白紙革命』に参加しても罪は問えない?ネットが武装警察拘束の詳細を暴露」(2022年11月28日付)
(
https://news.creaders.net/china/2022/11/28/2551677.html)
(d)『中国瞭望』「武漢、銃声を聞いて驚く! 民衆はパニックになって逃げ出す…。」(2022年11月27日付)
(
https://news.creaders.net/china/2022/11/27/2551361.html)
(e)『中国瞭望』「当局に『大きな動き』? 上海市街中に暴動鎮圧用車両が出現」(2022年11月27日付)
(
https://news.creaders.net/china/2022/11/27/2551383.html)
(f)『中国瞭望』「中国での抗議行動発生を受け、ホワイトハウスが声明を発表」(2022年11月28日付)
(
https://news.creaders.net/us/2022/11/28/2551608.html)
(g)『中国瞭望』「白紙革命は瞬く間に世界に伝わる 国連人権機関が声を上げる」(2022年11月28日付)
(
https://news.creaders.net/china/2022/11/28/2551587.html)
トップ写真:ゼロコロナ政策への抗議を行う民衆(2022年11月28日
中国・北京) 出典:
Photo by Kevin Frayer/Getty Images
【私の論評】バラバラだった中国国民にはじめて共通の念が生まれた。それは、中共に対する恐怖と憎悪(゚д゚)!
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彭載舟とされる人物の写真 |
中国のゼロコロナ政策は、中国共産党が人間を家畜なみに扱い、封じ込めることによって、感染を封じ込めようとしたことが、国民の大きな反感を招いたというのが、真相だと思います。
これに対する反感と憎悪は、社会階層を越え地域を越えて、元々は人工的に無理やりにつくられた中国という国の多くの中国国民が初めて共感できた共有の念かもしれません。
中国とは言っても、地方地方によって、民族も違えば、言葉も違ったり、生活習慣や風俗や物の考え方がや価値観が違っており、これまでは、中国共産党が共産党の理念で中国を一つにまとめようと思っても、なかなかうまくはいきませんでした。それが、今回ゼロコロナ政策の失敗で、中国人に共通の念が生まれたというのですから、皮肉です。
そもそも、中国という国には、普通の国民国家にみられる全国民共通の歴史上の英雄というものが存在しません。無論、豪傑や、知恵に優れた人は存在してはいて、尊敬を集めてはいましたが、特に現在の中国を一つにまとめるという意味での英雄や大人物は存在しません。
無論毛沢東を建国の父として、英雄化する試みはありましたが、これもかなり無理があります。なぜなら、毛沢東は大躍進政策の失敗で結果として、想像を絶するほどの人々を死に追いやっているからです。中国人のうち、親戚の誰かや知人の誰かがこの犠牲になっていない人はほとんどいないでしょう。
だから、本当の意味で毛沢東は、国民国家の英雄とはなり得ないのです。そのためもあってか、鄧小平は鄭和を英雄にしようとしました。習近平もこれを、一帯一路に結びつけて、持ち上げようとしました。
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鄭和の像 |
鄭和は約600年前の明の永楽帝の時代、大艦隊を率いて七回のインド洋を横断し何度かは遠くアフリカ東海岸に至る大航海を行いました。彼の艦隊の航路とその寄港地は、東南アジア、インド亜大陸、中東、アフリカ諸国といった現在の中国の経済投資国や外交上の友好国家とも一
致します。
そこには、経済力で圧倒しつつ政治的プレゼンスを強め、同時に文化的ソフトパワーで世界を席捲したい中国が、鄭和という歴史的人物とその業績を利用したいという意図も透けて見えます。
ただ、鄭和は
宦官であり、少数民族出身者であり、イスラム教徒でもありました。これを中国統一の統合の象徴にしたり、一帯一路の思想的背景にするには相当無理があります。
国民国家には、その要となる英雄や大人物が必要です。その役割は、日本では天皇が担っています。天皇の他にも日本では、様々な英雄や人物が存在します。他国にも、現在の国民国家の統合の象徴としての英雄や大人物か必ず存在します。
なぜ存在するのでしょうか。国民は一つの国に属していますが、当然のことながら、個々の国民には様々な考えや思惑があり、同じ国の国民であるからといって、利害は必ずしも一致しません。そのため、国民国家は常に分裂の方向に向かわざるを得ないところがあります。
ただ、その利害を乗り越えて、国民を一つにまとめるために、その要としての英雄や人物が必要なのです。そうして、その英雄は国家の理想や理念を体現しているのです。これによって、国家は一つにまとまるのです。
ところが、中国にはそのような英雄は存在しないのです。そのため、中国は強固に一つにまとまっているわけではありません。驚くほど様々な利害が衝突しているのが、実体です。これを警察組織や、軍事力などによって、無理やりまとめているというのが実状です。
そのためか中国では、年間20万〜30万件の暴動が起こっているとされているものの、それは各々の地域での特別な事情や様々な社会階層の思惑が複雑にからんでおり、多くの場合は散発的なものでした。そのため、中共は暴動が異常に多くても、これを何とか鎮圧することができました。
国民の統合の象徴のない中国でしたが、多くの中国国民に共通する理念の前段階ともいえる考えが今中国にできあがりつつあります。それが、中国共産党のゼロコロナ対策に対する、反感と憎悪の念です。
中国共産党が人間を家畜並に扱うとすれば、いずれ行き着く先は、鳥インフルエンザが発生した時に、これが蔓延しないように、鶏を殺処分するように、豚コロナが発生したときに、豚を殺処分するように共産党の都合で、人間も殺処分しかないという、恐怖を多くの国民が感じたことでしょう。
そのような懸念は、過去の毛沢東の大躍進政策や、ウイグル人を閉じ込め虐待して、挙句の果てに殺したり、臓器売買のために人を殺したりなどで、薄々多くの中国人も気づいていたのでしょうが、ただこれまでは、そのように殺戮される人たちは、少数民族であるとか、運の悪い人、異教徒などであり、自分とはあまり関係ないと、自らに言い聞かせ、そう信じ込もうとしてきたのでしょう。
ただ、その恐怖は潜在意識の中には埋め込まれていて、何かのきっかけで、顕在化する状態にあったものと思われます。
それが、今回のゼロコロナ政策によって、顕在化してきたのだと考えられます。今回の全国的なデモを単純なゼロコロナ政策への反対であるとみるべきではありません。
今回の「白紙革命」によって、中国共産党への恐怖・憎悪という中国国民に共通の考えができあがりつつあります。
ただ、これを理念と呼ぶには、まだ次元の低いものです。恐怖・憎悪の念は一時的には、多くの人の共感を呼びますが、それだけでは、一時的にも恐怖や憎悪が収まれば、消えてしまいかねません。プーチンは、NATOに対する恐怖や憎悪の念で、国民をまとめ、高支持率を獲得しましたが、その目論見はウクライナ侵攻では、裏目にでています。
「理念」は「物事に対して“理想“とする”概念“」のことで、「こうあるべき」というベースの考え方を指すものです。 企業では、会社の方針や社員に求める行動指針などを表現する時によく使われます。
中国においても、この恐怖・憎悪の念がいずれ誰かによって昇華され、中国国民であれば、誰もが共感できる「理念」に変わっていくかもしれません。国民国家には、「こうあるべき」という規範が必要なのです。
その誰かは、まだ見えてきません。ただ、この共通の理念となるかもしれない中国共産党に対する多くの中国国民の恐怖・憎悪の念は、容易なことでは覆されることはないでしょう。なせせなら、これは従来とは異なり、立場や社会的地位を乗り越えてかなり多くの中国人に共有されることになったからです。
今回も中国共産党は、必要があれば、天安門事件のように弾圧して、情報統制をして、何もなかったかのように取り繕うでしょう。
しかし、今回の中国共産党に対する恐怖・憎悪の念は、これからも長くくすぶり続けるでしょう。そうして、いずれは、誰かが、新たな理念を生み出し、それによって新たな中国が生まれるかもしれません。
その誰かは複数人で、中国は複数の国家に分裂するかもしれません。また、新たな中国は、単純な西欧化ではないかもしれません。日本のように、単純な西欧化ではなく、中国独自の体制をとるかもしれません。ちなみに、経営学の大家ドラッカー氏は、日本は単純な西洋化をしなかったからこそ成功したと評価しています。
ドラッカー氏は次のように語っています。歴史上、ほとんどあらゆる非西洋の国が、自らの西洋化を試みて失敗した。ところが日本は、明治維新では、西洋化を試みなかった。ドラッカー氏は「日本が行ったのは西洋の日本化だった」と語っています。だから成功したというのです。
その先はまだ見えませんが、今回の出来事によって、中国に変革の火種が生まれたことは間違いないと思います。5年〜10年では無理かもしれませんが、それ以上の期間では、大変革を成し遂げるかもしれません。これから先も、この動きに着目し、何かあれば、このブログに掲載しようと思います。
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