小川 和久氏 |
陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校を修了し、外交・安全保障・危機管理の分野で政府の政策立案にも関わってきた軍事アナリストで静岡県立大学特任教授の小川和久氏の新刊『メディアが報じない戦争のリアル』(SB新書)より一部を再編集してお届けする。
軍事的合理性のない「台湾有事論」
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Q:ロシアのウクライナ侵攻で、「次は中国の台湾侵攻では」とおそれる台湾有事論が広がっています。どう考えますか? ----------
A.『メディアが報じない戦争のリアル』でもっとも強調したい、と私が考えていることを最初に申し上げます。それは、日本で取り沙汰されている「台湾有事論」には“科学的な視点”が欠け、 軍事的合理性もない、ということです。
「軍事を語る際に必要な合理的でリアルな視点」 や「軍事に関する常識」が欠如している、と言い換えてもよいでしょう。
2021年春、そんな視点に欠けた台湾有事論を、インド太平洋軍司令官を務めるアメリカの海軍大将が公言して波紋を広げました。日本では、自衛隊の将官OBの多くが「そのとおり」と、その発言に同調しました。「専門家である軍の高官が?」と思うでしょうが、困ったことに事実だったのです。
台湾をめぐる中国の「リアルな狙い」
しかも、無責任なことに日本のマスコミは、科学的な視点に欠ける台湾有事論をきちんと検証しないまま、大々的に報道しました。その結果、「近い将来のある日、中国人民解放軍が台湾に攻め込んで軍事占領し、武力による台湾統一をはたすに違いない」という、単純な中国脅威論が拡散しました。
SNSはじめインターネットでも荒唐無稽な議論が繰り返される。社会のリーダーたる政治家までもが、テレビに出ては「中国の台湾侵攻が近い。日本はどうする?」と危機感を煽りたてる。国政に関わる政治家や自衛隊の将官OBが社会をミスリードすれば、日本の国益を大きく損ないかねない事態です。これは捨てておけません。
そこで、まず2021年の台湾有事論を紹介し、どこがどのように非科学的なのか、お話しします。
この点は、ロシアのウクライナ侵攻でますます広がった台湾有事論でも、基本的に変わりません。
そのあと中国軍の実態はどうなっているか、台湾をめぐる中国のリアルな狙いとは何か、中国の戦い方とはどんなものか、みていくことにします。
デビッドソン海軍大将の「証言」
2021年3月、台湾有事の問題に火がついたきっかけは、インド太平洋軍司令官だったデビッドソン海軍大将が上院軍事委員会の公聴会で「中国の脅威は6年以内に明らかになる」と証言したことでした。こんな内容です。
「彼ら(中国)は、ルールにのっとった国際秩序におけるアメリカのリーダーとしての役割に、取って代わろうという野心を強めている、と私は憂慮している。2050年までにである」
「台湾は、それ以前に実現させたい野望の一つであることは間違いない。その脅威はむこう10年、実際には今後6年で明らかになると思う」
「中国は、資源の豊富な南シナ海大半の領有権を主張するだけでなく、アメリカ領のグアムを奪う構えすら見せている」
「インド洋のディエゴガルシア島やグアム島にある米軍基地に酷似した基地への模擬攻撃の動画も公表している」
デビッドソン大将はこう指摘し、中国のミサイルを防御する「イージス・アショア」(地上配備型イージス・システム)のグアムへの配備を求めたほか、「やろうとしていることの代償は高くつく、と中国に知らしめるため」に、攻撃兵器の予算の拡充を議会に求めました。
米軍トップのミリー統合参謀本部議長の「発言」
なにしろインド洋と太平洋を担当する米統合軍のトップが、中国は台湾を狙っており、 6年後、つまり2027年までに脅威が現実となる、と期限付きで明言したのです。デビッドソン証言は、日本でも大きく取り上げられ、各方面に波紋が広がりました。
ところが、火元のアメリカでは証言3か月後の2021年6月17日、米軍トップのミリー統合参謀本部議長が、上院歳出委員会の公聴会で次のように発言します。
「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い」
「中国には現時点で(武力統一の)意図や動機もほとんどないし、理由もない」
「近い将来、起こる可能性は低い」
つまり、米軍のトップがデビッドソン証言をはっきりと否定したわけです。
このデビッドソン証言については、アメリカでは海軍予算を増やすためのアピール、中国の脅威への警鐘という評価だけでなく、上陸作戦に無知だったという酷評さえ出ています。
意外かもしれませんが、米軍でも上陸作戦のことを教育されるのは海兵隊と陸軍のエリートだけで、海軍と空軍の大部分には知識がないのです。
思い出す「北方脅威論」
しかし、不思議なことに日本のマスコミの多くは、デビッドソン証言のトーンを変えないまま台湾有事を報道し続け、ミリー証言に目を向けようとはしませんでした。ミリー統合参謀本部議長は軍事的な根拠を持って証言したわけですが、マスコミはもとより、研究者や自衛隊OBまでもが、その根拠を知ろうとはせず、関心を払わなかったのです。
この状況を見て私が思い出したのは、1970年代後半の「北方脅威論」です。米ソ冷戦が激しさを増した当時、日本国内では「何十個師団ものソ連軍が北海道に上陸侵攻してくる」という危機感が高まり、マスコミも煽るような報道を繰り返しました。
ここでいう「師団」とは、戦闘のほか補給・管理・衛生などを含む総合的な機能があり、独立して作戦を遂行できる陸軍の基本単位で、1個師団は数千~2万人くらい(国や時代で異なる)です。とにかく、半世紀近く前の日本では、何十万人かのソ連兵が海を渡って攻めてくる、と叫ばれていたのです。
ところが現実には、ソ連の海上輸送能力には明らかな限界がありました。リアルな姿をとらえれば、ソ連が北海道に投入できるのは3個自動車化狙撃師団(注 機械化歩兵師団のソ連側の呼称。狙撃兵の部隊ではない)、1個空挺師団、1個海軍歩兵旅団(ソ連版の海兵隊)、1個空中機動旅団にすぎません。
まだ弱体だった自衛隊ですが、米軍と力を合わせれば、攻めてくるソ連軍の半数を海に沈めるだけの能力はありました。そんなことはソ連側も自覚していますから、全滅を覚悟しない限り作戦が発動される可能性はありませんでした。
防衛大学校の1期生が「教えてくれたこと」
意外に思われるかもしれませんが、軍事はそんな角度から科学的にとらえる必要があると私に教えてくれたのは、当時一等陸佐になったばかりの防衛大学校の1期生たちです。
結局、当時の騒ぎはアメリカのワシントン発、さらには東京・永田町発のきわめて“政治的な”ソ連脅威論にすぎませんでした。空騒ぎから醒めたあと、日本人にまともな防衛意識が高まるまでに長い年月がかかりました。
今回の台湾有事論にも同じ側面が色濃く出ている、と私は考えています。
小川 和久(軍事アナリスト)
【私の論評】少し調べれば、中国が台湾に侵攻するのはかなり難しいことがすぐわかる(゚д゚)!
このブログでは、中国の台湾への武力侵攻は、簡単ではないことを何度か掲載してきました。そのため、上の小川氏の記事はまさに我が意を得たりと感じるものでした。
上の記事のようなこと、分析も何もしないで、中国が簡単に台湾に侵攻できると思い込むのは、明らかな間違いですし、中国を利することにもなりかねません。
多くの国の国民が中国の台湾侵攻は必ずあるだろうし、そうなれば中国が確実に勝つなどと思いこめば、まさに中国の思うつぼです。
まずは、中国は兵員や物資を運ぶための、海上輸送能力が足りません。その輸送能力が足りない中国が、台湾に武装侵攻すれば、一度に数万の兵員とそれに伴う物資しか運べず、ウクライナ軍よりも、はるかに強力で現代的な軍隊である、台湾軍に個別撃破されてしまいます。
一度に数万しか運べないなら、中国の軍隊の人員が百万だとしても、運ぶ都度撃破されてしまうことになります。
台湾の東海岸 |
しかも、台湾に上陸しようとした場合、台湾の中央部は急峻な山であり、最高峰の玉山は標高3,952 mであり富士山よりはるかに高いですし、海岸の際まで山が連なっており、東側に上陸するのはかなり難しいです。上陸するとすれば、平坦な西側からであり、しかも西側の海岸も大部隊が上陸できる場所は限られています。
そうなると、中国軍は台湾軍が周到に準備して、待ち構えているところで、敵前上陸しなければならないのです。
仮に将来、中国が多くの兵員を一度に運べるようになったにしても、ウクライナ軍よりはるかに現代化された、台湾軍は独自開発した強力な対艦ミサイルも配備していますし、対空ミサイルもありますし、北京を狙うことができる長距離ミサイルも存在します。
台湾が開発した超音速対艦ミサイル |
上陸する前に、兵員を輸送する多くの艦艇や支援の艦隊や航空機がこれらに攻撃され、台湾に到達する前に、かなりが沈み上陸できる兵員はわずかということになるでしょう。これでは、勝負になりません。
たとえ、日米が加勢しなかったにしても、中国が台湾に侵攻するのはかなり難しいでしょうし、日米が加勢すれば、ほとんど不可能です。
台湾の弱点をあげるとすれば、現代的な潜水艦を持っていないことです。あるにはあるのですが、4隻であり、この4隻はどれも古く、一番古いものは第二次世界大戦に建造されたものです。
つまり、もし中国が台湾への侵攻を企図して輸送船団で台湾海峡を渡ろうとしても、水深が浅いせいで、潜水艦を運用するのは東シナ海や南シナ海などと比べて困難だといえます。
ただ、太平洋側の海は深いですが、海岸からすぐに急峻な山々がそびえており、ここから大群が上陸するのは困難です。陸上部隊が上陸したとしても、急峻なもののあまり高くはない山を越えたとたんに、今度は富士山よりも高い玉山などの高山がそびえ立っています。
西側も、大部隊が上陸できるほど開けた場所は限られていますし、平らな部分も多くはなく、すぐに高地に連なり、上陸した中国軍は、見晴らしの良い高所に陣取る台湾軍から狙いうちされることになります。陸の戦いでは、標高がより高いところから、低いところに攻撃するほうが、圧倒的に有利です。
それは軍事上の常識なのですが、インド・中国紛争やウクライナ戦争でもそれが改めて実証されています。補給船なども、狙い撃ちされ、上陸した中国軍は、補給を絶たれお手上げになってしまうでしょう。
台湾の地理を知り尽くした台湾軍は、上陸した中国軍を四方八方から効果的に攻撃し、中国軍を多いに悩ますことになるでしょう。このような地形はウクライナの奥行きはかなり深いものの、比較的平坦な地形とは、全く異なります。台湾よりもはるかに面積が広い、ウクライナ最高峰のホヴェールラ山の標高は、2,061 mに過ぎません。いかに、台湾よりも平坦であることがわかると思います。
しかも、台湾は島嶼であり、面積も広くありませんから、上陸した中国軍は、まずは低地の平らな場所に密集して布陣せざるを得ません。これを台湾軍はより効率的に撃破できます。急峻な山に分散して布陣する台湾軍には隠れ場所も多くあり、かなり有利に戦闘を継続することができます。
また、高地に布陣する台湾軍を攻撃するためには、中国軍は多くの兵員をトラックなどで輸送することになるでしょうが、それは高地の多い台湾では、道路を用いて行われることになるでしょう。道路なしの急斜面を車や戦車がまっすぐに登ることはできません。台湾軍は、中国軍から不意打ちをくらうことは滅多になく、予め想定される道路を走る兵員輸送車等を容易に攻撃できます。
そうして、台湾軍は上陸した中国軍を攻撃して、撃破すれば良いだけに比して、中国軍は台湾軍と戦闘して、これを打ち負かし、さらに捕らえて武装解除し、中国軍に従わせる必要があります。さらに、一般市民も中国軍に従わせ、その後に中国は台湾を統治しなければなりません。
無論、中国が台湾を破壊すれば良いだけというのなら、上記のようなことは全く考慮せず、ただミサイルをたくさん打ち込んだり航空機で爆撃すれば良いだけです。そうではなく、侵攻して占拠するということになれば、上記のようなことを考慮しなければなりません。以前にも述べたように、武力による破壊と、侵攻とは全く別次元のことなのです。
台湾に攻め込んだ、中国軍はウクライナに攻め込んだロシア軍よりも、なお甚大な被害を被るのは必定です。
少し台湾の地理や軍事力を調べてみれば、中国が台湾に侵攻するのは、生易しいことではないことが良く理解できます。
何でも、マスコミ報道だけを鵜呑みにしていれば、間違った判断をすることになります。
中国が台湾侵攻ということになれば、ウクライナでそうしたように、日米豪加等をはじめとして、多くの国々が、台湾に加勢することになるでしょう。そうなれば、さらに中国の台湾侵攻は難しくなります。習近平はプーチン以上に八方塞がりになります。
以上のようなことをいえば、台湾有事はないから何もしなくて良いと主張しているように受け取る方もいるかもしれません。そうではありません。確かに中国が台湾に侵攻すること自体は、困難を極めますが、それでも中国は、武力で脅しをかけたり、場合によっては台湾の領土を破壊したりして、言うことを聞かせようとするかもしれません。
台湾が、中国の侵攻を防ぎ、いくら事実上は、独立を維持できたにしても、理不尽に武力等で脅され屈したり、台湾人の命や財産が危険にさらされるようなことがあっては無意味です。
だからこそ、これに備える必要があるのです。これが、リアルな台湾の安全保障なのです。
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