2022年11月21日月曜日

へルソン撤退は「敗走」ではなく、ロシアの珍しく見事な「作戦成功」と軍事専門家―【私の論評】露軍ヘルソン撤退の成功は、情報将校退潮によるものか?露軍を敗者と見なすのは、時期尚早(゚д゚)!

へルソン撤退は「敗走」ではなく、ロシアの珍しく見事な「作戦成功」と軍事専門家

アンナ・スキナー


<ヘルソン撤退はプーチンにとって大きな打撃であることは確かだが、軍事的に見れば賢明な選択で、実施も過去の「敗走」とは大違いだった>

11月9日、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相はウクライナ南部ヘルソン州の州都へルソンからロシア軍を撤退させる方針を表明し、11日には撤退完了を発表した。この動きはセルゲイ・スロビキン総司令官の提案によるものとされるが、複数の専門家たちは、今回の撤退の動きからはロシア軍の「弱さ」よりむしろ「軍事戦略の進化」が伺えたと分析している。

米海軍分析センター(CNA)でロシア研究プログラムの軍事アナリストを務めるマイケル・コフマンはキーウ・インディペンデント紙のインタビューに対し、ヘルソンから撤退するというロシアの戦略には「困惑させられた」ものの、一方でロシアは過去の失敗から学んでいるように見えると述べた。

9月にウクライナ軍が反転攻勢に出て、南部ハルキウ州イジュームからロシア軍部隊が逃走する際には、大量の弾薬や戦車、軍用車などが放棄されていたことが話題となった。

「敗北は、確かに士気を低下させるものだ。それでもヘルソンの状況は、イジュームや(同じくウクライナが奪還した東部の都市)リマンとは異なっていた」と、コフマンは言う。「(今回は)組織だった撤退であり、イジュームで見られたような多くの死傷者や装備品の放棄を伴う「敗走」ではない。ロシアは残る兵力と装備の大部分を撤退させることに成功したようだ」

つまり今回のヘルソン撤退は、ロシア軍が進化していることを示しているとコフマンは指摘する。ロシアの軍事作戦の「変化」を強く示唆する、いくつもの重要な過去との違いがあるからだ。

軍全体の指揮系統にも進化が

米戦略国際問題研究所(CSIS)のマーク・カンシアン上級顧問も本誌の取材に対し、ヘルソンのロシア軍部隊は、あまり激しい戦闘が起きていなかったイジュームを守っていた部隊よりもよく統制されていたと語った。

軍の指揮系統も、現在の方が優れているようだ。ウクライナ軍が州都ヘルソンに入り、国旗を掲げたところでスロビキン総司令官の「撤退作戦」は完了したわけだが、これによってロシア軍はドニプロ川の西岸で壊滅するリスクを避け、東岸地域の守りを固めるために兵力を再配分することが可能になった。

ヘルソンはウラジーミル・プーチン大統領が始めたウクライナ侵攻において、ロシア軍が唯一、占領できた州都だった。それを手放すことはプーチンにとって政治的な打撃ではあるが、軍事的な視点から見れば賢明な選択であり、その実行もうまくいったとカンシアンは言う。「その証拠に、捕虜になったロシア兵も失われた装備もほとんどなかった」

「しかも今回の『成功』は、橋や船が絶え間なく攻撃を受ける中で大きな川を渡らなければならないという、きわめて困難な軍事的状況下で成された」

実際、ウクライナはヘルソンからロシア軍を追い出すとしてミサイル攻撃などを加える映像を公開したが、撤退時に失われたロシア軍の兵力はごくわずかだったようだ。11月11日におけるロシア側の死傷者は合計710人とされるが、その多くはヘルソンではなく、東部バフムート市での激しい戦闘によるものだった。

【私の論評】露軍ヘルソン撤退の成功は、情報将校退潮によるものか?露軍を敗者と見なすのは、時期尚早(゚д゚)!

上の記事を裏付けるように、ウクライナのゼレンスキー大統領は20日のビデオ演説で、ロシア軍の攻撃が続いており、東部地域だけでも20日に400回近くの攻撃を受けたと述べました。

ゼレンスキー氏は「これまで同様、最も激しい戦闘はドネツク地方で行われている。天候悪化できょうは攻撃は減少したが、ロシアからの攻撃は残念ながらまだ非常に多い」と語りました。

「ルガンスク地域では戦闘を続けながらゆっくりと前進してる。東部ではきょう400近くの砲撃があった」と述べました。


ロシア軍に何があったのでしょうか。私は、ロシア軍内の「ザムポリト」の衰退があるのではないかと考えています。

ザムポリトと言われても、多くの読者には何のことだか分からないでしょう。しかし、その通称である「政治将校」という言葉なら聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

2018年9月はじめ、ロシアの有力紙『イズヴェスチヤ』が、ロシア軍の各部隊に政治担当補佐官(ザムポリト)が復活する予定であると報じていました。

「政治将校」は、ソ連軍を舞台にした映画や小説には必ず(大体は好ましくない姿で)登場します。いわゆる、共産党のお目付役です。

例えばトム・クランシー原作の傑作映画『レッド・オクトーバーを追え』では、ショーン・コネリー扮するソ連の原潜艦長とその部下たちが潜水艦ごと米国に亡命を企てた。

 その際、邪魔者として真っ先に消されたのは政治将校であった。ちなみに全くの偶然ながら、この時の気の毒な政治将校の名は(イワン・)プーチン氏でした。

政治将校の役割はソ連共産党によるソ連軍の統制(言うなれば「赤いシビリアン・コントロール」)を確保することであり、それゆえに軍内部の嫌われ者というイメージを持たれてきた。

しかし、実際の政治将校が西側のフィクションのような扱いを受けていたという証拠は乏しい。

どちらかいうと部隊内の規律維持や司令官の補佐、さらにはレクリエーション活動のロジに至るまで、軍隊生活の運営に関して不可欠の役割を果たす特殊な軍人という方が公平な政治将校像ではないかと思われる。

ただ、政治将校とは共産党による一党独裁体制を軍事面で支えるための制度であったから、ソ連が崩壊すると、共産党の出先機関であるソ連軍政治総局(GPU)とともに姿を消しました。

ソ連軍クレムリン連隊の儀仗兵

『イズヴェスチヤ』が報じた匿名情報によると、新たに設置される政治担当補佐官はどうもかつての政治将校により近い存在のようです。

まず、この政治担当補佐官は連隊、大隊、さらには中隊レベルにまで設置されるとのことであるから、ロシア軍の隅々にまで配属されたようです。

その任務も部隊内の規律維持だけにとどまらず、レクリエーションの企画、兵士やその家族に対する窓口業務、さらには将校や兵士の間に「国防政策に関する「深い理解と支持」を育む」ことまで含むとされました。

特定政党の出先機関ではない、という点を除けば、たしかにその任務上の性格は政治将校と極めてよく似ています。

昨今、西側社会ではロシアによるプロパガンダ戦が問題視されているが、ロシア自身は自国こそが西側による情報工作の対象になっていると認識しており、このことは大統領の演説や各種政策文書でも度々強調されてきました。

特に最近のロシア政府が神経を尖らせているのは軍人によるインターネット利用です。

ウクライナ問題やシリア問題に関して西側の見解(ロシア政府に言わせればプロパガンダ)に軍人たちが感化されたり、SNSを通じて作戦の実態が流出することが懸念されてきました。

このため、ロシア政府は軍人のSNS利用を登録制にしたり軍事情報をインターネットで暴露した場合に罰則を科すなどして情報漏洩対策を進めてきました。


ロシア軍兵にSNSや電子機器をむやみに使うのは控えるべきことを伝えるポスター

しかし、インターネット上にあふれる膨大な情報(例えばその中にはBBCロシア語版など、ロシア政府の立場に否定的な西側発の情報も含まれている)をどう解釈するかは軍人たちの判断に委ねられています。

政治担当補佐官の当面の任務は、こうした情報をどのように解釈すべきかをロシア政府の立場に従って示し、「国防政策に関する『深い理解と支持』を育む」ことであると考えられます。

そうして、ザムポリトの情報解釈がロシア軍に相当影響を与えていたものとみられます。ただ、所詮は政治将校という名が示すとおり、プーチンの政治的立場を中心に据えているため、純然たる軍隊とは違います。

プーチン氏など政治将校の情報にかなり左右されたものとみられます。プーチン大統領は特別軍事作戦の開始を宣言した2月24日の演説の中で「8年間、キーウ政権によって虐待や大量虐殺に晒されてきた人々を守るため、ウクライナの非軍事化とロシア人や民間人に対する数々の血なまぐさい犯罪を犯した者を裁きにかける」と主張しました。

ロシアに亡命していたヴィクトル・ヤヌコーヴィチ元大統領による親露政権樹立の準備もベラルーシで進められていたことが報告されているので、特別軍事作戦の主要目標は首都強襲によるゼレンスキー政権の転覆→親露政権樹立→ウクライナ全土の制圧だったのは間違いないです。

ロシア軍の当初の特別作戦


東部への侵攻とともに、キーウに侵攻するという多方面作戦は、おそらく政治将校の情報に基づいたものであり、この作戦により、数週間で目標を達成できるものと踏んでいたのでしょう。まともな軍人ならこのような作戦は立案しないでしょう。これは、今やGDPが韓国を若干下回るロシアの経済力ではほとんど無理な話で、まともな軍人が考えれば、ロシアが侵攻できるのは、東部の数州、それも全部ではなく一部と考えるでしょう。

そうして当初の目論見は完全に潰えてしまいました。その後も、政治将校の情報を参照していたのでしょうが、それに基づく特別作戦はことごとく失敗したのでしょう。そのため、政治将校の情報は信用されなくなったのでしょう。それに変わって、ロシア軍そのものの情報が信用されなくなったのでしょう。

だからこそ、政治的にみれば、あり得ないヘルソン撤退が行われたとみえます。そうして、この軍事作戦は、ロシア軍主導で行われ、政治将校はほとんど関与しなかったのでしょう。だからこそ、成功したのでょう。

ロシアのペスコフ大統領報道官は21日、記者から「ウクライナの政権交代は特別軍事作戦の目的の一つか?」と質問されると「ゼレンスキー政権の退陣及び新政権の樹立は特別軍事作戦の目標ではない」と答えたため注目を集めていますが、詳しい言及もないまま「ロシアは特別軍事作戦の目標を達成しようとしており、これらの目標は様々な方法や形式で達成することができる」とも付け加えており、ゼレンスキー大統領が「ロシアは一時的な停戦を望んでいる」という言及にも「我々は目標を達成するだけ」と強調しました。

ペスコフ大統領補佐官の発言は、情報将校の退潮を示すものかもしれません。政治将校の情報に頼りすぎたことが、失敗の原因であり、そのようなことはこれからせず、ロシア軍の情報を重視するようするので、これから目標を達成するし、できると踏んでいるのかもしれません。

これは、情報将校に多大な影響を受けた、当初の軍事作戦から、ロシア軍主体の軍事作戦の転換を示しているものと考えられます。

ドンバス解放以外にロシアが唱える特別軍事作戦の目標が何なのかは不明ですが「これらの目標は様々な方法や形式で達成することができる」と述べているので、恐らく政治的にも軍事的にも「ウクライナの屈服」を諦めておらず、軍事的にキーウを占領しなくてもインフラを破壊して経済破綻させれば「目標は達成できる」と示唆しているとみられます。

因みにロシア議会上院のコンスタンチン・コサチョフ副議長はウクライナとの和平交渉について「西側諸国に操られている現キーウ政権とは交渉できない」と述べており、ウクライナ側も「ロシア軍が全てのウクライナ領から離れた後に和平交渉が可能になる」と主張しているので、互いにまだまだ多く血を流す必要がありそうです。

年内には停戦も休戦もなさそうです。ロシアを敗者と見なしてしまうのは、あまりにも時期尚早です。

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