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2020年3月31日火曜日

豊田真由子さん「コメンテーター転身」をネット民歓迎の理由―【私の論評】コミュニケーションの本質を知らなければ、豊田氏の失敗の本質や現在の姿を理解できない(゚д゚)!


『バイキング!』にコメンテーターとして復活した豊田真由子氏

新型コロナウイルスが日本中の関心事となって1か月以上が経つ。テレビの情報番組もコロナウルス情報を連日、取り上げている。そのときに欠かせないのが適切な解説やコメントをしてくれる「有識者」の存在だ。東京歯科大学教授で呼吸器内科部長の寺島毅さんや、元国立感染症研究所ウイルス第三部研究員で白鴎大学教授の岡田晴恵さんなど、様々な立場や経歴の専門家が登場しているが、最近、やさしく分かりやすい語り口で評判が高まっているのが元衆議院議員の豊田真由子さんだ。

【別写真】柔和な笑顔には“まゆゆ”のニックネームが

 豊田さんといえば、2017年に報じられた秘書への暴言「このハゲーーー!」で日本中の人に激しい怒りで叫んでいる印象がついていた。しかし『バイキング!』(フジテレビ系)に初めてゲストコメンテーターとして登場した姿はそれと大きく異なり、おろした前髪に肩までのふんわりヘア、淑やかなメイクで穏やかに語っていた。ネットでも「イメチェン!」「キレイだし、やさしそう」「雰囲気かわっていい感じ」と歓迎され、その後、出演するたびに「豊田真由子」や新たに呼ばれるようになった愛称「まゆゆ」がTwitterのトレンドワード入りするほどの注目ぶりだ。

 2017年の騒動当時、ネット、とくにSNSでは豊田さんの話題には罵詈雑言がつきまとっていた。だが、今回の大歓迎ぶりはどうしたことか。たった3年で、これほど評価が変わるものなのか。ネットニュース編集者で豊田さんを当時から追い続けていた中川淳一郎氏によれば「まゆちゃんはもともと、そんなに嫌われていなかったんですよ」と断言する。3年前からそのかわいらしさに注目していたネット民にとって彼女は「まゆちゃん」と呼ばれる存在だったという。

 「騒動時から『まゆちゃんをいじめるな』と主張しているネット民は少なくなかった。確かに暴言でしたが、そこまで追い詰めるような内容かということです。それに、あの騒動のあと、政党の応援もないなか必死に選挙活動する姿が報じられていましたよね。そして落選したから、地獄をみて苦労したんだろうなということを皆が知っている。女性の国会議員はこうあるべきという型にはめられていたのが、今回のテレビ出演で本来の頭の良さやおだやかで優しそうな感じが分かりやすく伝わったのだと思います。そして、司会の坂上忍さんがひな壇に座る髪が薄いことをネタにしているそのまんま東さんなどを差して『ハゲ用意しておきました』と言い、ハゲをネタにしてもらえたことで許された雰囲気になった影響も大きいです」

 さらに、意外なイメージチェンジととられている豊田さんの見た目や言葉づかいの変化は、変わったのではなく、あれこそ本来の姿だ、と元同級生が語る。

 「学生時代はいつも淡いピンクや白などの可愛らしい服装でした。逆に、国会議員になったときのシャープなスーツ姿や髪型、メイクのほうに違和感がありました。穏やかな口調も、同じ教室で勉強していた頃のまま。大声で怒鳴ったり、叫んだりするところなんて見たことがなかった。公衆衛生の専門家として落ち着いて語る様子も、勉強熱心だった豊田さんのままです」

 東京大学法学部を卒業後、厚生省(現・厚生労働省)へ入省した豊田さんはハーバード大学へ留学、公衆衛生学で修士号を得ている。さらに2009年の新型インフルエンザ流行時には、厚生労働省の調整実務担当者だったので、未知の感染症に社会はどのように向き合っていくのか、という難題への取り組みを紹介できるのも納得だ。

 とはいえ、専門領域に詳しくても人に説明するのが上手とは限らない。どのテレビ局も、人に伝える技術も持ち合わせた専門家探しに苦労している。そんななか豊田さんが"発見"されたのは、友人宛のアドバイスが偶然、番組関係者の目に触れたためだった。

 「新型コロナウイルスについて不安を抱える友人に送った、見解とアドバイスのメールが『バイキング!』(フジテレビ系)の番組プロデューサーの目に留まったことがきっかけでした。医療に詳しくない、つまり一般の人に向けて分かりやすく解説されていて、不安を与えないように配慮が行き届いたアドバイスだったんです。テレビで話してもらうのにぴったりだとお願いしました」(番組関係者)

 出演を依頼した番組は生放送だということもあり、それを理由に及び腰になる人も少なくない。だが豊田さんは「役に立てることがあるのならやらせていただきたい、と快諾いただきました」(前述の番組関係者)という。

 その後、豊田さんは複数回、番組に出演しているが、そのたびにネットでは評価が高まっている。内容をみると、冒頭で記した見た目や語り口だけでなく「持ち込み資料すごい」「ものすごい分量の資料」と、机の上に分厚いファイルを置く姿も強く印象づけられているようだ。この「分厚い資料」には、出演者として豊田さんを迎えた番組関係者も驚いている。

「毎回、間違いないように、分かりやすく伝わるように、徹夜で準備してくださっているそうです。スタジオにまで持ち込む大量の資料には赤ペンでびっしり書き込みがある。過去の資料もたくさん用意してくださって、生放送だと間際にお願いすることも多いのですが、どうやったら一番簡潔に説明できるかを直前まで練っていただいています。想定外の質問にも備えるべく、電話帳くらいの資料をいつもそのときの状況に合わせて新しく揃えて、読み込んでいる。本当にありがたいことです」

 2017年10月の衆議院議員選挙落選後、豊田さんは公の場から一切、姿を消していた。それから今回の番組出演で再び登場するまで、どのような生活を送っていたのか。「少し前には家族で笑顔で出かける様子も見られたので、元気になってよかったと思っていたんです」と地元の支援者が語る。

「あの事件のあとは、人前から隠れるように暮らしていました。体調を崩して入院していましたが、退院後は福祉法人に勤めていました。家族にも悲しい思いをさせてしまった、と必死で向き合ってきたそうです」

 家族も落ち着き、テレビ出演によって好感度も上がる一方だ。となれば政治の世界へ復帰することやタレント転身への誘いもありそうだが、本人にはそんなつもりはまったくないそうだ。

「役に立てることがあるのならやらせていただきたいとだけ言っているそうです。この3年間、本当に笑ったことがなかったけれど、こうやって人前に出たことで笑っている自分に気づけた。出演のきっかけをつくってくれた人たちに感謝しているとも話しているそうです」

 ネット、とくにTwitterで大評判の豊田さんだが、2017年の騒動以来、Twitterは怖くてまったく見ていないという。まゆゆへのエールを直接、届けられないのは寂しいかもしれないが、少しはにかんだ笑顔が似合う今の彼女にとって、Twitterを見ないぐらいが応援してくれる人とのちょうどよい距離感なのかもしれない。

【私の論評】コミュニケーションの本質を知らなければ、豊田氏の失敗の本質や現在の姿を理解できない(゚д゚)!

本日豊田真由子氏について掲載したのは、上の記事をはじめ世の中には実に安っぽい論評が多いからです。いずれの報道をみても、コミュニケーションの原則にまで踏み込んだ話をしているものはありません。

私自身は、豊田真由子氏が失敗してしまったのは、コミュニケーションの原則を知らなかったからだと思っています。

これについては、あの事件が起きてから少したってから、(2017年9月18日)このブログに掲載したことがあります。
豊田真由子議員が会見「生きているのが恥ずかしい、死んだ方がましではないかと思ったこともありました」―【私の論評】私達の中の1人から私達の中のもう1人に伝わるものとは?
詳細は、この記事をごらんいただくものとして、この記事ではコミュニケーションの原則をとりあげました。これは、ドラッカリアン (ドラッカー・ファン)なら誰でもご存知と思われるドラッカー氏のあげている原則です。

ドラッカー氏

1. コミュニケーションは知覚である
2. コミュニケーションは期待である
3. コミュニケーションは要求である
4. コミュニケーションは情報ではない

この原則の詳細は、この記事をご覧いただくものとして、なぜ豊田真由子氏が、あの時に失敗し、現在では成功しつつあるのか、各項目ごとに従って分析したものを以下に掲載します。

1. コミュニケーションは知覚である
大工には大工の言葉で話せと、ソクラテスは言っています。コミュニケーションとは、相手に知覚されなければ伝わらず、全く無意味になってしまいます。「2.のコミュニケーションは期待である」の項でも述べますが、彼女自身が相当な努力家で優秀な人であり、こうした優秀な人間にありがちな欠点は、他者が自分と同様に優秀であり、自分にとっては疑問の余地がな言葉なので、相手にも通じるのが当然という錯覚を抱いてしまう点にあります。
言葉も、相手に合わせた言葉でいうのでなく、自身の理解できる範囲で語ることが多く、相手の範囲を超えていることもしばしばあります。 あるいは、同じ事を言っても、コミュニケーションが互いに成り立っている相手なら、理解ができても、そうでない人に対しては、理解ができないということもよくあることです。豊田氏は、このあたりの配慮が欠けていたものと思います。
2. コミュニケーションは期待である
彼女自身は、非常に優秀な人物で、ミスを仕出かす人々の気持ちが本当に理解できないのできなかったのではないでしょうか。彼女の経歴をみると、東大法学部卒業、厚生労働省入省、ハーバード大大学院修了、そして衆議院議員に当選しています。 
およそ非の打ち所のないほど華麗な経歴で、彼女自身が相当な努力家で優秀な人だったのです。こうした優秀な人間にありがちな欠点は、他者が自分と同様に優秀であるという錯覚を抱いてしまう点にあります。
本来であればできるはずなのに、意図的に努力を怠っているから、仕事ができないという風に思い込んでしまうのです。自身が優秀であればあるほど陥りがちな欠点といってよいでしょう。この罵声を浴びせられた秘書のミスを許すことができなかったのでしょう。 
ところが、人間は皆、豊田代議士ほど努力家でも優秀でもありません。多くの人が豊田代議士ほど優秀ではないというのが、世の中の常です。確かに豊田氏は優秀な官僚ではあったかもしれないですが、個々の人々の心をおもんばかることができなかったという意味においては、政治家には絶対に不適格な人物であったといえるでしょう。 
これをドラッカー流にいえば、「コミュニケーションは期待」であるということです。豊田氏は、叱責した秘書に対して過度の期待をしすぎたのです、「このハゲー」という罵声は、豊田氏の秘書に対する期待を表していたのです。
それを秘書が受け止められなかったので、あのような事件になってしまったのです。 
3. コミュニケーションは要求である
相手に何かを要求するときに、それは相手の期待の範囲をこえる場合もあります。その場合には、これからおこることは相手の期待の範囲を超えていることを伝えなければなりません、そのためには覚醒のためのショックを与える必要があります。
覚醒のためのショックというと、仰々しいですが、平たくいうと、企業活動の日常でよくあるのは叱ることです。
この覚醒のショックを与えるには、相手の期待を良く知っていないければ無理です。豊田氏の「このハゲー」発言、はまさに秘書に対する要求で、何とかしろという叫びだったのでしょう。
しかし、秘書からすれば、自分は普通に仕事をこなしていると思い、豊田氏にとってそこそこ役に立っていると思っていて、豊田氏の期待には、ほぼほぼ応えていると思っていたのでしょう。
ところが、豊田氏の期待の水準は、それよりもはるかに高く、完璧に秘書の想定の範囲を超えていたのでしょう。 豊田氏は秘書の期待がどの程度のものだったかなど、全く考慮していなかったのでしょう。
4. コミュニケーションは情報ではない
コミュニケーションは情報ではありません。しかし、両者は相互依存関係にあります。情報は人間的要素を必要とせず、むしろ感情や感想、気持ちなどを排除したものの方が信頼される傾向にあります。そして、情報が存在するためにはコミュニケーションが不可欠です。 
しかし、コミュニケーションには必ずしも情報は必要ありません。必要なのは知覚です。相手と自分との間に共通するものがあれば、それでコミュニケーションは成り立つのです。このことも豊田氏は理解していなかっのでしょう。
5年ぶりくらいに、親友に会っても、話は十分に通じます。それはコミュニケーションが成り立っているからです。しかし、初めて会った人とは、相手にあわせるとか、平易で誰にでもわかる言葉を使いをするなどの配慮しないと、なかなかコミュニケーションは成り立ちません。
ドラッカーの「コミュニケーション」の原則には、最後にもう一つ重要なものがあります。それは、コミュニケーションとは「私達の中の一人から、私達の中のもう一人に伝わるもの」であるということです。

コミュニケーションを交わすには、そもそも「私達」といえる関係になっていなければ、伝わらないのてす。

豊田氏と「このハゲー」といわれた秘書の間には、「私達」といえるまでの関係はなかったのでしょう。

コミュニケーションの成り立っていない間柄の人間同士では、表面的な付き合いしかできないということです。そうして、コミュニケーションが成り立っていない場合は、最悪の結果を招くことになります。

この元秘書は、年齢ははっきりしませんが、豊田氏よりは一回り上だったようです。であれば、経歴や学歴などでは、豊田氏には及ばないかもしれないですが、コミュニケーションにかけては一日の長があるはずで、未熟気味の豊田氏に対して何らかの対処ができたはずとも思います。

恐らく、何度も信じられないほどの暴言を浴びせられ、嫌気が差したことは理解できます。しかし、本来、彼がなすべきだったのは、ミスをした点に関しては、豊田代議士に対する心からの謝罪であり、その後になすべきは、豊田氏の異常な言動に対する「諫言」ではなかっでしょうか。

失敗した点は謝罪すべきですが、本来、非難されるべき点ではない身体的特徴を揶揄(やゆ)され、人格を否定されるような発言がなされた点に対しては、いさめるべき立場にあったと考えられます。いさめて聞き入れないというのならば、断固として、その点は認めがたいと面を冒してでも堂々と主張すべきだった思います。

これは、豊田氏に対する覚醒へのショックとなり、豊田氏も変容して、それこそ秘書と「私達」といえる関係となり、コミュニケーションが成り立つきっかけになったかもしれません。どちらか一方の期待や、要求が他方の想定よりもはるかに大きい場合、このようなことになりがちです。

昔は、本当の親友とは喧嘩をしないとなかなかなれないといわれたものですが、これは本当にコミュニケーションを成り立たせるためには、覚醒のショックが必要だということを指していたのだと思います。しかし、最近では、単なる知人を友だちなどと読んでいる人も大勢いて、こういうことが理解されていないのではないか思うことがしばしばあります。

現在の豊田氏が、現在ネット民に歓迎されているのは、やはり、このコミュニケーション能力を体得しつつあることが、ネット民にも伝わったからではないでしょうか。

見た目や語り口だけでなく、毎回、間違いないように、分かりやすく伝わるように、徹夜で準備するなど、とにかく相手を中心にものを考えるようになっていることが、評価されているのでしょう。とにかく、スタジオの共演者や視聴者の人々と、「私達」といえる関係を構築すべく努力している姿が評価されたのだと思います。

それにしても、この豊田氏の過ちを単に批判するだけの人もいましたが、現在の日本には、残念ながら、豊田氏同じよう間違いをし続ける人も多いのではないでしょうか。実際、河村建夫元官房長官は豊田氏に対して「ちょっとかわいそうだ。あんな男の代議士はいっぱいいる」と述べていました。

さらに、最近特に中間管理層には、部下を怒ったり、褒めることはできても、叱ることができない人も大勢いるようです。これでは、コミュニケーションが成り立っていないと思います。

私自身も、以前ドラッカーの「マネジメント【エッセンシャル版】」を題材として、40歳前後の有志と集い、読書会を開いたことがあります。その時、「コミュニケーションの原則」に関わる読書会の時に感じたのは、多くの人が字面を追っているだけで、ドラッカーのいうところの「コミュニケーション原則」を良く理解していないと感じたことでした。

多くの人感想は「当たり前」というものでした。では、その当たり前の事実の例証をあげてみよと指摘すると、満足な事例があがってこないのです。普段からあまりコミュニケーションに関心がないことの現れだと思いました。

他にも、事例があります。私は以前人事の仕事をしていたこともあるので、当時は企業説明会にも何度も足を運んだことがあります。そこで、他の企業の採用担当と親しく話をしたことがあります。

当時は、不況の真っ只中で、どこの企業も積極採用はしておらず、そうして多くの企業が「コミュニケーション能力重視」を採用のポイントだとしていました。


そこで、「コミュニケーション」を重視しているという企業の採用担当者の何人かに、担当直入に「御社でいうところのコミュニケーションとは何か」と質問してみました。

そうすると、多くの担当者が答えに窮していました。「コミュニケーション」とは当然のことであり、それまでまともに考えたこともないようでした。すぐに反応する人もいましたが、それにしても、技法などに限られていて、深みのあるものはほとんどありませんでした。

無論、私としてはドラッカーのいうところの「コミュニケーションの原則」のような答えを期待していたわけではないのですが、それにしてもわざわざ「コミュニケーション重視」というのですから、当然何かあるだろうという私の思いは見事裏切られました。

結局当時は、かなりの不況であり、多くの企業は、人の採用は控えていたのですが、それにしても採用を全くしなければ、将来管理者や幹部を選ぶときに候補者がいなくなり、大変なことになるので、当たり障りのない調整型の人を採用するというのが、本音だったようです。

特定の方向に能力かありあまるような人を採用すれば、不況のさなかで何か新しいことにチャレンジしようとするでしょうし、そのようなことはできないわけですから、かえって企業が混乱してしまうことになります。であれは、調整型人間を採用しておけば、当たり障りないということです。要するに「調整型」では格好が悪いので「コミュニケーション型」という曖昧な言葉を用いただけのようです。

「コミュニケーション能力=調整型能力」というわけです。これは、コミュニケーションの一側面を表しているだけで、コミュニケーションの本質ではありません。私は、以前にもカタカナ用語の弊害を主張してきましたが、この日本ではおそらく「コミュニケーション」ほど曖昧につかわれている言葉はないと思います。それが、様々な混乱を生んでいると思います。

私は、随分前から日本人はいつの間にか、コミュニケーション能力が衰えてきているような気がしていました。何しろ、豊田氏の例の事件が起こってしまったのですから、代議士もひどければ、秘書も著しくコミュニケーション能力が欠如していたと言わざるを得ません。日本の政治は一体どうなってしまうのかと思わざるを得ない低俗な事件でした。

もともとの日本人はわざわざ「コミュニケーション」という言葉を持ち出すまでもなく、そのようなことは、ある程度の年齢になれば、自然と体得していたと思うのですが、現在そうではないようです。

「報告・連絡・相談」いわゆる「ホウレンソウ」がコミュニケーションと信じて疑わない人もいます。いくら「ホウレンソウ」をしていても、コミュニケーションが希薄な場合もあります。あるいは、コミュニケーション=ノミュニケーションであり、「一緒に飲めばわかると」、中東のテロリストにツイートして、「私達はあなたを殺します」と答えられた学生がいたりします。この学生は、中東は原則禁酒であることを知らないのでしょう。
 

コミュニケーションの本質を知らない人たちが、「コミュ障」などの言葉を使っています。これでは、日本には「コミュ障」がはびこるわけです。現在では、「惻隠の情」という言葉ですら、死語になってしまったようで、わからない人が多いです。

田中角栄は「人たらし」といわれていましたが、田中氏は本当にコミュニケーション能力が優れていたのだと思います。そのような逸話は、いまでもサイトを検索するとたくさんでできます。

豊田真由子氏は、相当のストレスを抱えていたようですが、コミュニケーションに問題があれば、そうなります。

現在はストレス社会ともいわれていますが、ストレスを抱えている人の中にもコミュニケーションに問題がある人が大勢いるのではないでしょうか。

現在では、コミュニケーションという言葉を使い、ドラッカーの「コミュニケーション原則」をあげて、厳密に話をしないとわからない人が増えてきました。残念なことです。
 
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2024年1月12日金曜日

【奇跡の救出劇】JAL機炎上事故…乗客を救ったCAの半分が新人だった!―【私の論評】JAL機御巣鷹山墜落事故の教訓と企業内コミュニケーションの重要性

【奇跡の救出劇】JAL機炎上事故…乗客を救ったCAの半分が新人だった!

まとめ
  • JAL機の事故では、CAの迅速な避難誘導で乗員乗客全員が脱出できた。
  • 事故機のCAの約半数は、入社してまだ日が浅い新人だった。
  • JALのCA研修は厳しく、あらゆる事態を想定した訓練が徹底されている。
  • 今回の救出劇は、その厳しい訓練の賜物だったと言える。
  • 新人CAたちは緊張感の中で冷静に任務を遂行し、プロの実力を発揮した。
  • 彼女たちの努力に敬意を表したい。JALの訓練システムの重要性が示された。
日航のCA

 JAL機のバードストライク事故で、CAたちの迅速な避難誘導により、乗員乗客379人全員が脱出することができた。驚くべきことに、事故機のCAの約半数は入社して日が浅い新人だった。

 JALのCA研修は、バードストライクや火災など緊急事態の訓練が徹底的に行われる。新人CAはこの過酷な訓練に耐え抜き、言葉や動作のすべてにおいてプロフェッショナルとしての実力を磨かれる。今回の救出劇は、そうした訓練の成果が発揮された結果だったと言える。

 新人CAたちは、自らもパニックに陥いていただろうが、訓練で身につけた手順と冷静さを保ち任務を全うした。彼女たちの努力に心からの敬意を表したい。JALの訓練システムの重要性と、それを支える新人CAの規律正しさが示された事例だった。CAのプロフェッショナリズムが、乗員乗客の命を救った。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】JAL機御巣鷹山墜落事故の教訓と企業内コミュニケーションの重要性

まとめ
  • 日航123便の1985年の御巣鷹山墜落事故は520人もの死者を出した
  • 事故の教訓が今回のJAL機の事故で生かされたとみられる
  • 成功の要因は訓練やCAの規律正しさだけではなく、社内でコミュニケーションが確立されていたことに大きな要因があるとみられる
  • 日航では安全のための真のコミュニケーションが共有されていたようだ
  • 企業内のコミュニケーションが重要である
航空機事故として、日本で最大のものは、日航機の御巣鷹山への墜落事故です。1985年8月12日、日本航空123便(ボーイング747SR-100型機)が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹山に墜落しました。この事故は、単独機での事故としては、死者数において世界最悪の航空事故となりました。

事故の原因は、機体後部圧力隔壁の破壊とされています。この破壊により、大量の空気が流れ出し、垂直尾翼の構造が破壊されました。そのため、機体は制御不能に陥り、御巣鷹山に墜落したとされています。

事故機の乗客乗員524名のうち、死亡者数は520名、生存者は4名でした。

この事故では、事故の発生場所が山奥だったことや、事故当日の天候が悪かったことも、生存者の数を減らした要因と考えられます。また、事故機の脱出の方法にも問題があった可能性があり、乗客は機体から脱出する際に、様々な危険にさらされました。

出典は、以下のとおりです。
  • 日本航空123便墜落事故に係る航空事故調査報告書(昭和62年6月公表)
  • 日本航空123便墜落事故の真実(柳田邦男著)
  • 8・12連絡会ホームページ
なお、事故の原因や事故の状況については、様々な意見や説があります。しかし、事故調査委員会が発表した最終報告書では、機体後部圧力隔壁の破壊が原因であると結論づけられています。

この事故は、単独機での事故としては、死者数において世界最悪の航空事故となりました。事故の教訓を踏まえ、この航空機事故の防止に取り組んできました。

その成果が、今回の事故では生かされたようです。

ただ、今回の成功に関して、厳しい訓練を義務付けたからとか、CAの資質によるもののみではなく、やはり、日航内でのコミュニケーションが行き届いていたこともあると思います。

ただ、このブログでも、以前述べたことがありますが、コミュニケーションという言葉ほど曖昧に使われている言葉ありません。

アベノミクス以前のかなり景気が悪かった時期に多くの企業で採用の「コミュニケーション重視」と謳う企業が多く存在したので、就職フェアに参加していた他のいくつかの大手企業の採用担当者に「御社でいうコミュニケーションとは何を意味するのですか」と聞いてみたことがありました。

その返答はみな曖昧で、結局私には、結局のところ「景気が悪いから、独創的な人や、チャレンジ精神あふれる人ではなく、あたりさわりのない"調整型"の人を採用したい」というふうにしか聞こえませんでした。"調整型"ではあまりに格好が悪いので「コミュニケーション」という言葉言い換えたとしか思えませんでした。

この言葉は、定義が明確にされないまま、使われています。この定義に関しては、経営学の大家のドラッカー氏の原理を、このブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
豊田真由子議員が会見「生きているのが恥ずかしい、死んだ方がましではないかと思ったこともありました」―【私の論評】私達の中の1人から私達の中のもう1人に伝わるものとは?

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事よりコミュニケーションの原理に関わる部分を以下に引用します。

"
1. コミュニケーションは知覚である
これは単純に言ってしまうと、相手の立場に立つということです
知覚という言葉を広辞苑で引くと「感覚器官への刺激を通じてもたされた情報をもとに、外界の対象の性質・形態・関係および身体内部の状態を把握する働き」と出てきます。つまり、自分とその周囲のものとの差を感じるということです。 
相手との違いをきちんと把握し、相手に合わせた手段でもって人と接する必要があるということです。ソクラテスは、「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と言っています。例えば、自分が日本語と英語を話せて相手が英語しか話せなかったら、当然のように英語を使います。相手の立場に立って意思疎通をとる必要があります。受け手がいなければコミュニケーションが成り立たないのです。 
言葉だけでなく、自分の持っている情報と相手の頭にある知識は異なります。どのような言葉を使えば相手にストレートに伝わるのかを考えながらコミュニケーションをとる必要があるのです。
2. コミュニケーションは期待である
人は自分が期待していないものを知覚できない生き物です。期待していないものには意識がいかず、誤解が生じたりすることにつながるのです。相手の期待に反するようなことを伝えると相手に上手に伝わらないのはそのためです。 
今のやり方を維持したい部下に対して違うやり方を一方的に伝えても、それは相手の期待に反することであり、本当の意味で伝わることは難しくなります。そのような場合には、最初のやり方を変えるところから一緒に話し合い、納得してもらう必要があります。
受けての受け入れ範囲

3. コミュニケーションは要求である
つまり、相手の期待の範囲を知ること。コミュニケーションをとるということはつまり、相手に何らかの要求があるということです。自分の話を聞いて何かを変えたいと思うから、人は誰かとコミュニケーションをとろうとするのです。それが受け手の価値観に合致したとき、その要求は相手に伝わります。しかし、合わない時にはそれは反発され受け入れられません。コミュニケーションが難しいとされるのは、相手に何かしらの変化を与えることの難しさからくるのでしょう。 
相手に何か変化を与えたいと思ったとき、それは相手の期待の範囲をこえる場合もあります。その場合には、これからおこることは相手の期待の範囲を超えていることを伝えなけばなりません、そのためには覚醒のためのショックを与える必要があります。
覚醒のためのショックというと、仰々しいですが、平たくいうと、企業活動の日常でよくあるのは叱ることです。
この覚醒のショックを与えるには、相手の期待を良く知っていないければ無理です。 
4. コミュニケーションは情報ではない
コミュニケーションは情報ではありません。しかし、両者は相互依存関係にあります。情報は人間的要素を必要とせず、むしろ感情や感想、気持ちなどを排除したものの方が信頼される傾向にあります。そして、情報が存在するためにはコミュニケーションが不可欠です。 
しかし、コミュニケーションには必ずしも情報は必要ありません。必要なのは知覚です。相手と自分との間に共通するものがあれば、それでコミュニケーションは成り立つのです。
この原則からすると、豊田真由子氏と元秘書との間にはコミュニケーションが成り立っていなかったということで、豊田真由子氏は元秘書の期待の範囲を良く理解していなかったのだと思います。

豊田氏と元秘書の間には、「私達という関係」が成り立っていなかったのです。コミュニケーションが「私達の中の1人から、私達に伝わるもの」であるということを考えると、コミュニケーションの成り立っていない間柄の人間同士では、表面的な付き合いしかできないということです。

しかし、豊田氏はこのことを理解せず、相手のことを理解せず、「このハゲー」という覚醒のためのショックを与え、自分の要求を通そうとしたのです。

しかし、結果は惨憺たるものであり、元秘書は、豊田氏の覚醒のためのショックを暴言、暴力と受け取ってしまったのです。

"
上の記事の中で太字の部分は「私達の中の1人から、私達に伝わるもの」は、ドラッカー氏がコミュニケーション論議の結論と位置づける重要なものです。

私が、先に「ただ、今回の成功に関して、厳しい訓練を義務付けたからとか、CAの資質によるもののみではなく、やはり、日航内でのコミュニケーションが行き届いていたこともあると思います」と述べたのは、無論このコミュニケーションの原理にもとづくそれです。

上の記事には、コミュニケーションについては述べられていないものの、その原理を想起させる内容もあります。

たとえば、上の記事元記事には、 "なかには教官から『これが本番だったら、お客様は死んでいました。あなたは命を預かる責任の重さをわかってるの? 』と怒られ、涙を流す子もいるほどです」"という記述がありますが、これはコミュニケーションの原理"3.コミュニケーションは要求である"に関するものです。

ここで述べた、「覚醒のためのショック」です。日航では、安全を巡って様々なコミュニケーションが展開される、素地ができていたものと思います。

日航に入社したひとたちが、受ける新人の訓練の中には、厳しい安全に関する教育・訓練が含まれており、これを実施することで「私達といえる関係」を構築しているのでしょう。

その他にも、日航内では、公式でも非公式でも、様々なコミュニケーションが実施され、安全に関わる心構えが、社員に徹底されているいるのだと思います。

訓練システムや、規律正しさ、日航の社員の安全に関する心構えが、様々なコミュニケーションによって共有されているのでしょう。

コミュニケーションは私達の一人から私達につたわるもの

素晴らしい訓練システムが存在し、CAに規律があったからといって、それだけでは今回のような事故の安全確保ができるとは限らないと思います。

今後企業経営者が訓練システムを強化し、規律正しい新人を雇うことにだけ注力をした場合、いざというときに、日航のCAのような対応をとれるとは限らないです。

俗にいう、「ほうれんそう」=「報告・連絡・相談」を密にすることは、そもそもコミュニケーションではありません。ましてや、ノミニケーションでコミュニケーションが良くなる可能性は否定しきれませんが、これはコミュニケーションそのものではありません。実際、私達という関係を構築できていない人と飲みにいってもあまり楽しくはありません。

上の記事はそういう意味では物足りないです。もっと、日航の会社内でどのようなコミュニケーションがとられているのか、特に安全に関して、どのようにされているのか、それを明らかにして欲しかったです。

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2023年4月28日金曜日

衆参5補選で自民が4勝1敗 G7後に衆院解散・総選挙の可能性高まるが…自公が明言しない「隠れ増税」の動きに要警戒だ―【私の論評】消費者と企業経営者のマインドが安定し、将来に対する明るい展望が開けるまでは増税、特に消費税増税はやめるべき(゚д゚)!



 23日に投開票された衆参計5選挙区の補欠選挙では、自民党の「4勝1敗」という結果となった。衆院解散に追い風になるのかどうか。野党の勢力図に変化は出てくるだろうか。

 衆参の補選は政権にとって中間評価だといえる。手応えが良ければ政権運営に弾みがつくが、悪ければ行き詰まる。菅義偉政権では補選で全敗(不戦敗を含む)したので、解散もできずに退陣に追い込まれた。

 今回は衆院千葉5区、和歌山1区、山口2区、山口4区、参院大分選挙区で補選があった。補選の前はそれぞれ自民、国民、自民、自民、非自民系と「自民3、非自民2」だった。

 今回の選挙では、それぞれ自民、維新、自民、自民、自民が勝ち、自民は4勝1敗だった。注目の千葉5区は前職が不祥事で辞職、参院大分は自民候補の知名度が低く接戦だったが、自民が制した。和歌山1区は、岸田文雄首相が襲撃され、同情票もあったと思われるが、日本維新の会の勢いが強く、自民は負けた。維新が衆院小選挙区で議席を持っていたのは大阪府のほかは兵庫県だけだったが、和歌山県にも広がった。立憲民主党は議席を獲得できなかった。

 野党の立民や共産党は統一地方選でも芳しくなかった。その典型が参院大分で、自公対立民・共産の戦いだったが、立民・共産は負けてしまった。

 野党の維新は強いが、立民・共産は弱い。維新も強いのは関西だけなので、全国的にみると、まだ自公を脅かす存在にはなっていない。ただし、統一地方選で、合計約470人の地方議員と首長を「600人以上」に増やす目標を馬場伸幸代表は公約し達成したので全国政党に向けて着実に進んでいる。

 となると、5月中旬の先進7カ国(G7)広島サミット後の衆院解散・総選挙の可能性が高くなっているのではないだろうか。野党第1党が立民から維新に代わるかもしれない。

 補選は国政選挙なので、事実上の増税を予定する「防衛財源確保法」など今の国会で提出されている法案も一応審判の対象になったはずだ。だが、おそらく多くの有権者は、そんな法案を聞いてもいないだろう。国会における予算案審議で議論すべきところ、立民は「放送法文書」問題に拘泥し、成果を上げられないままに時間を浪費し、国民に防衛増税の危うさを訴えることができなかったからだ。

 「異次元の少子化対策」もその裏で増税の動きがある。本コラムで、いずれ消費増税になると予想したが、経済団体はそう主張し始めた。

 仮に総選挙になっても、自公は増税を明言することはないだろう。かといって増税を否定することもない。実際、防衛財源確保法でも増税を決めたわけでなく、行革や剰余金処理などいろいろな財源が列記されている。しかし、これらの財源捻出は財務省のさじ加減で決まるので、筆者は事実上、増税がセットされているとみている。

 本当に増税回避したいなら、外国為替資金特別会計の評価益や国債整理基金への債務償還費繰入停止などで財源を確保するはずだ。それをやらないことが増税志向だ。 (元内閣参事官・嘉悦大教授 高橋洋一)

【私の論評】消費者と企業経営者のマインドが安定し、将来に対する明るい展望が開けるまで増税、特に消費増税するな(゚д゚)!

安倍総理によるアベノミクスが行われた当時、第1の矢「大胆な金融政策」はよく飛び、第2の矢「財政政策」も、ある程度は飛びました。しかし、第3の矢「成長戦略」はさほど飛んでいないではないか、と批判されました。 


しかし、安倍政権においては、結局2度消費増税が行われ、特に二度目の増税は、経済にかなりの悪影響を与えたことを考えると、この批判は的を射たものとはいえません。増税すれば、成長戦略などできません。

1回目の消費税増税は5%から8%へ。そして2019年10月に行われた2回目の消費税増税は、軽減税率が付いていたものの、8%から10%へ上がりました。この2回のショックは多くの人の予想をはるかに超えて経済に悪影響をもたらしました。特に二回目の増税はかなりのものでした。

 1回目は「影響が出るだろう」と覚悟の上で実施したようです。エコノミストの中には、「消費税増税の影響は軽微」としたものもいましたが、その予想はことごとく外れました。

大和総研チーフエコノミスト熊谷亮丸氏は「消費税増税の影響は軽微」と語っていたが・・・・

2回目の増税は、当時の安倍首相も悪影響がなるべくでないようにと、工夫して、「全世代型社会保障政策を実施」することで、増税するけれども、お返しをするという方向で臨みました。しかし、増税されて所得が減っていくことの悪影響が、非常に大きく経済は落ち込みました。

その後、2019年の第4四半期、10~12月期には成長率がマイナスになりました。ただ、そこからコロナ禍が続いてしまいした。結局、経済の落ち込みが増税によるものなのかコロナによるものか原因がはっきりしないまま、低調が3年間続きました。

 これを見てもわかるように、消費者と企業経営者のマインドが安定し、将来に対する明るい展望が開けるまでは、増税はやめるべきです。特に消費税の増税はやめるべきです。

日銀や内閣府が計算している需給ギャップ、需要と供給のバランスで見ると、まだまだマイナスが続いています。30兆円前後のギャップがあります。やはり需要がなければ、どんな政策も難しいです。

アベノミックス第3の矢は基本的には規制緩和を行い、そして競争を喚起するものでした。それから政府のやるべき公共的な事業に投資し、それによって競争を喚起するものでした。とにかく競争を喚起しないと第3の矢は飛ばないのです。ところが、当たり前のことですが、需要がないと競争は起こらないのです。

インフレになれば「他社と違うことを行う」努力をしなければ持たなくなります。 それが生産性を上げ競争につながります。

需要がないなかで競争しようとすると、「価格を下げよう」となってしまいます。 価格が上がるなかで、どう企業が工夫するか。どのように価格上昇をお客さんに納得してもらうかという形で、工夫が生まれるのです。


これを無視して、米国のGAFAなどと比較して、日本企業は駄目になったと語る人もいますが、それは違います。米国は、日本のような深刻な長期にわたるデフレを世界恐慌以降経験したことはありません。そのような環境で生きている企業と、日本のようにデフレが長く続いた環境で生きてきた企業を同一次元で語るのは間違いです。

日本企業も、これから緩やかなインフレが長く続くと確信できるような社会になれば、さまざまな創意工夫をするようになるはずです。

価格の上昇をお客さんに納得してもらうには、もちろん政府の政策も大事なのですが、企業自身による「この環境を生き残っていくのだ」という主体的な動き、努力も合わせて必要になります。 

ただし、これまでは景気がまったく温まっていません。物価が上下しないなかで、「経済が価格によって動く」という現象が起こっていませんでした。そのため政府頼み、または同業他社を見て、同じようなことをやっていれば良かったわけです。 

このブログでも掲載しましたが、新規採用でも、いわゆる「コミュニケーション重視」が強調されることになったのです。「コミュニケーション」重視とは、景気が良くないので、やる気が目一杯、深い専門知識を持つとか、特殊能力や特技を持ちチャレンジ精神豊富でいわゆる「尖った」人よりも、周りの人を気遣う調整型の人を雇いたいのですが、それではあまりに格好が悪いので「コミュニケーション」重視というきれいな言葉で飾っただけです。

実際、私はデフレ真っ只中の最中に採用を担当していたことがありますので、就活フェアなどで、他企業の採用担当に「御社におけるコミュニケーション能力重視とはどういう意味ですか」と質問してみると、結構格好の良いキャッチフレーズなどをあげたりするのですが決起をく「ホウレンソウ」などのことを言うのみで、とてもコミュニケーションの本質を理解しているとは思えず、このことを確信しました。


現在も「コミュニケーション重視」とする企業は結構あります、これは実体経済を反映しているのてしょう。こんなことよりも、もっと「尖った」人を企業が採用するようになれば、実体経済も良くなっているということだと思います。

今後、インフレの時代になっていけば、競争力をつけて「自社が他社と違うことをやっていく」という努力をしないと、会社が持たなくなってくるでしょう。 値段以外で付加価値をつけるのです。それがまさに「生産性を上げる」ということに繋がっていくのです。

その意味では、日本はこれからがチャンスです。日本は昔からの風習が多く続いています。例えば正規職員と非正規職員の区別は、世界中にはありません。

基本的には不定期で雇う形と、フィックスターム、例えば3年契約~5年契約で雇うという、2種類しかないのです。 ところが日本では、待遇がまったく違います。社会保険の手当もそうです。同じ労働をしているにも関わらず、正規と非正規で違い過ぎます。

そういうことが非生産性を生んでしまいます。本来ならば、非正規職員の方がいつ解雇されるかわからないのですから、場合によっては高い賃金を払わなければならないのです。

 しかし、日本ではそういうことが久しくありませんでした。ベースアップは基本的には正規職員だけです。これはデフレのためにそうなってしまったのです。しかし、日本も少なくと90年代より前には、同じ仕事内容なら、正社員よりパートやアルバイトのほうが、時間あたりの賃金は高かったのです。現在の若年や中年層にはそのような経験はないでしょうが、それ以上の世代だとそれが記憶に残っている人もいるでしょう。

ただ、一部の老人たちの中では、それが記憶に残っていて、現状の経済環境を知らず、今の若者は根性なしだと、批判する人もいます。長時間働けたとか、過激に働けたのは少なくともデフレではなく、インフレ気味だっかったからです。デフレではびこった、ブラック企業での恒常的な低賃金の長時間労働とは全く性質が異なります。

さらに、特に日本では、定年制という慣行が良くないところがあります。米国では州によりますが、「定年制は年齢による不当な差別だ」として、違憲判決が出ている州が多いのです。そのような州では、担当している職務が、老化などによって規定どおりにできなくなった場合は、解雇しても問題はありませんが、年齢だけを理由にして解雇することはできません。 

無論定年制が必要な職業もあります。警察官や消防士だと、70歳~80歳の人が犯罪者を捕まえたり、火を消しに行くのは難しいです。しかし、例えば普通の会社員や公務員のような仕事は、定年を超えても普通に続けられます。

もちろん若い人に手伝ってもらわないといけないことも多いかもしれません。ただ、高齢の人は若い人にはできない各種の判断能力など備わっていることもありますし、さらには自らの職場だけではなく、会社全体のことを考えた上で業務を遂行する能力が身についている人もいます。しかし、そういうことを一切抜きにしてクビになってしまうのは、日本の生産性を損なうのではないでしょうか。非常にもったいないです。

これも、デフレであるため、このようなことがなかなか改善されないのです。インフレであれば、人手不足が恒常化し、今までは働く意思があっても、働けなかった高齢の人たちや女性や障害者の方たちにもさまざまな職場で働いてもらわなければ、事業が成り立たなくなります。

ただ、このような問題を改善していくためにも、まずは緩やかなインフレにならなければ、需要もなく、競争も起こらず、すべての前提が崩れてしまうのです。

増税の間違いについては、多くの人が理解するようになりました。特に少子化対策で増税で負担が増えるるということになれば、これこそ、本末転倒です。おそらく、増税で生活が苦しくなれば、本来子どもを産み、育てる世代の人たちの負担も増え、3人子どもを産もうと考えていた人たちが1人が2人にするとか、そもそも、子どもを持つことを諦めてしまう人もでてくるかもしれません。それどころか、結婚を諦める人もさらに多くなるかもしれません。

防衛費も同じことです。防衛増税で経済が落ち込めば、国力が衰え、防衛費を賄う事自体が難しくなります。日本は、戦中に巨額の戦費を国債でまかないました。そのため、戦後には超インフレになりかけたため、国債を忌避するむきもあります。

しかし、当時日本が巨大な戦費をすべて増税で賄っていれば、国力が衰え、米英とは戦争をしなかったというかできなかったかもしれませんが、戦後にはソ連圏に組み込まれ、現在のウクライナのようになっていたかもしれません。

それどころか、米英は冷戦に負けていたかもしれません。そうなっていれば、今頃私達は、ロシア連邦の一員となりロシア語を話し、他国との戦争の最前線に駆り出されていたかもしれません。経済もロシア(一人あたりのGDPは100万円を少し超える程度)並以下になっていたかもしれません。財務官僚も日銀官僚も、天下り先で優雅な生活を送ること等儚い夢になります。

財源をいつでも何でも増税だけに頼り続けるというやり方を続ければ、いつかはこのような破滅的なことになります。

やはり、先にもあげたように、消費者と企業経営者のマインドが安定し、将来に対する明るい展望が開けるまでは、増税はやめるべきです。特に消費税の増税はやめるべきです。絶対に駄目です。

そうして、私は何も積極財政、金融緩和を永遠に続けろと言っているわけではありません。消費者と企業経営者のマインドが安定し、将来に対する明るい展望が開ければ、その後いずれ必ず経済は加熱します。

物価が上がっても、失業率が下がらない状態になります。そうしたときには、財務官僚の大好きな増税を、日銀官僚が大好きな金融引締をすれば良いのです。

経済でも、人体でも中庸が重要です。人が、ダイエットをやりすぎて摂食障害になってしまうこもあるように、実体経済を無視して、いつでも緊縮・増税というのは明らかに間違いです。そんなことをすれば、国力が衰えるだけです。

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2022年7月18日月曜日

日本の左派やリベラルが、安倍元首相に完全に敗北したワケ―【私の論評】しっかりと実体験できた、安倍総理の功績、雇用の劇的改善(゚д゚)!

日本の左派やリベラルが、安倍元首相に完全に敗北したワケ

安倍元総理

左派を震撼させたその実績を検証すると

 7月14日、岸田首相は、暗殺された安倍元首相について今年秋に国葬を行う方針を明らかにした。これに対し、公明はコメントせず、共産、れいわ、社民は反対した。

 安倍元首相の功績については世界的には称賛されているが、国内の左派やリベラルを中心に「アベ政治を許さない」と露骨に嫌う人も目立った。安倍氏に反発するメディアも少なくなかったが、安倍氏はそうした人たちのどこを刺激したのだろうか。

 本コラムで何度も紹介したが、安倍元首相は、経済政策で雇用の確保の実績はピカイチだった。安全保障では、西側政治家の中で誰よりも早く専制国家中国の脅威に気づき、民主主義のクワッド(日米豪印)に動き、同盟(集団的自衛権)の重要性から安保法制を作った。

 これらの経済政策や外交安全保障政策は、世界標準の政策であり、世界からの評価を得るのも当然だった。経済政策は、複数のノーベル賞受賞者や世界的に著名な経済学者から評価されたし、外交安全保障も各国首脳からも支持を受けている。

 だが、それらの実績は左派を震撼させた。雇用の確保は左派の根幹思想であるが、保守の安倍元首相はその「お株」を奪った。雇用確保ができたのは左派政権ではなかったことで、左派を圧倒した。

 実際、雇用の確保について、民主党政権と安倍政権をみると、比較にならないほどに安倍政権の方が優れた業績を示している。

 外交安全保障でも、安倍元首相は第1次政権の2000年中頃、西側民主主義国のリーダーがまだ気付かない時期に、中国の野望を分かりやすく世界に暴いていた。

 その頃から、対中包囲網であるTPP(環太平洋パートナーシップ)や今でのクワッド(日米豪印)の構想に向けて動いていた。中国は左派の「心の拠りどころ」ともいえるから、左派は必死になって安倍元首相を攻撃した。

 さらに、安倍元首相は、左派の「お花畑論」も安保法制で崩し、今回のウクライナ危機ではその「お花畑論」の欺瞞が皆に知れてしまった。

 要するに、安倍元首相は、左派が信じて築き上げた戦後の虚像を、実績により見事に打ち砕いたのだ。

 左派は安倍元首相に、経済でも安全保障でも完膚なきまで打ちのめされた。左派がいくら言い訳しても、安倍政権下での左派の国政選挙6連敗は否定できない。国民は左派より安倍元首相を選んだ。雇用を守るのも国を守るのも左派でなく、安倍元首相だったのだ。

国葬は「弔問外交」の舞台になる

 雇用と外交安全保障という政策で完敗した左派は、「モリカケサクラ」というスキャンダルで安倍元首相を攻めるしかなかった。しかし、その結果は左派にとって無残だ。

 モリカケでは安倍元首相への嫌疑はまったく出なかった。財務省による公文書改竄があったが、元財務官僚の佐川氏が自らの国会答弁ミスを糊塗する保身によって生じたものであり、安倍元首相には無関係だ。

 サクラでは、安倍元首相の秘書に対する政治資金規正法不記載のみで安倍元首相は不起訴に終わった。これらがモリカケサクラの司法による結果のすべてである。

 安倍元首相については、国内では、左派メディアの影響でモリカケサクラのマイナスイメージが強かったが、海外では経済・外交安全保障での成果により高い評価を得ている。今回、この好対照が露わになった。

 これは、安倍元首相を嫌った人がどういう方々であったのかも、明らかにしてしまった。これまで、ネットを中心としたいわゆる「ネトウヨ」が安倍元首相を支持しているとされてきたが、銃殺事件の後の事件現場や増上寺、自民党への献花の状況を見ると、国内でも安倍元首相を慕う人は多い。一部左派メディアの報道に影響を受けなかった人が少なくなかったことは明白だ。

 その上、海外からの弔問も凄い。エリザベス女王、ローマ法王をはじめ、トランプ前大統領、バイデン大統領、そしてプーチン大統領と世界各国の要人から追悼の言葉が寄せられた。さらにブリンケン国務長官や台湾の頼清徳副総統が来日し、弔問に訪れた。弔意の数は、259ヵ国・地域や機関などから計1700以上にのぼっている。オーストラリアでは各都市の建物をライトアップし、インドは全土で喪に服した。米上院では安倍元首相の功績をたたえる決議案が提出された。

 これだけ内外から慕われたのだから、安倍元首相の国葬は当然だろう。

 国葬では費用を全額国が負担するので、これが問題とも言われる。2020年の中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬では約2億円かかったといわれる。今回の国葬ではその倍としても4億円。官房・外務機密費の1割程度なので、大きな支出とは言えない。

 国葬となれば、各国要人の出席にもなるだろうから、日本が「弔問外交」の舞台になることもあり得る。葬儀は故人を偲ぶものであるが、安倍元首相なら世界平和のきっかけになると許してくれるだろう。日本が外交舞台になる恰好の機会と考えれば、国葬は決して意味のないことではない。むしろ、国際的に名が知れた安倍元首相の葬儀としてふさわしいものになるだろう。

 なお、石平氏が「安倍元首相の国葬に一番困っているのは中国の習近平」という興味深いツイートをしていた。これに対して、筆者は「習氏の困ることを反対するのは当然のことか。わかりやすい」とツイートした。

 石平氏の見立ては、国葬に反対している国内勢力の立ち位置をわかりやすく解説している。

髙橋 洋一(経済学者)

【私の論評】しっかりと実体験できた、安倍総理の功績、雇用の劇的改善(゚д゚)!

安倍元首相は、経済政策で雇用の確保の実績はピカイチだったこと、これは数字でも確かめられますし、私には実体験もあります。

数字といえば、以下のグラフをご覧いただくと一目瞭然です。これは、高橋洋一氏の作成したグラブなのですが、これを民主党の議員にみせたところ「グラフが違う」と言われたそうです。しかし、労働力調査をみれば、このグラフが正しいことを確認できます。


民主党政権の頃には、私は人事を担当していました。採用の仕事もしていましたが、まずは民主党政権のときには、採用がかなりやりやすくなったことを覚えています。企業によっては、採用を手控えるところも結構あり、あまり苦労することもなく、思い通りに新卒を採用できたのを覚えています。

そうして、衝撃的だったのは、このブログも過去に掲載したように、当時の新人たちの悲惨な学生生活でした。自分たちの頃とは随分異なると思いました。

まずは、大学も大学院も一流の国立大学を卒業した新卒の女性ですが、なんと教育ローン(名前は、奨学金だが実体はローン)の返済を100万円以上も抱えているというのです。大学でも院でも、バイトはしていたそうなのですが、理系で時間の都合がつかず、十分にバイトができず、結局教育ローンに頼らざるを得なかったそうです。

国立大学といえば、学費が比較的安いというイメージが多いようですが、最近では国立大学もかなり学費があがっています。私立程ではないのですが、それにしても驚くほど高いです。国立大学でも、学部でも大学院でも年間で50万以上というのが普通です。もっと高いところもあります。


これは、大変だと思いました。さらに、バイトの実体も聞いたのですが、一流大学の学生でも、飲食店でバイトしたという人も多く、なぜそのように割の良くないバイトをするのだと聞いてみたところ、割の良いバイトはすぐに埋まってなかなか回って来ないのが実情だったようです。

自分が大学生だった頃には、家庭教師や塾講師などいくつか掛け持ちして、さらにシンクタンクで、ブログラミングなどすると、月の収入が多い時には、三十万を超えることもありました。自分の少し前の世代だと、大手熟で夏期講習をすると、夏期講習終了時には、熟全員で「ハワイ旅行」などという景気の良い話を聞いたことがあるくらいです。そのため、遊びに金がなくて不自由することはありませんでした。

そのようなこともあり、自分の若い頃とは明らかに当時の若者が置かれている状況は異なることが認識できました。

ちょうどこの頃でしょうか、早稲田大学出身の老人が、「自分は学生だった頃は、学費など全部自分で稼いだ、大学なんてなんとでもなるはずだ。今の学生は根性がない」等という話を新聞でしていて、かなり批判を浴びいたことを思い出しました。このような老人は、残念ながら、その当時日本がデフレスパイラルのどん底に沈んでいたことを理解しておらず、自分の若い頃と環境は変わっていないと考えていたのでしょう。

さらに、私学出身の私立大学の男性の新卒ですが、何と大学時代には、一度も外で飲んだことはないというのです。飲む時は全部うち飲みだというのです。この学生札幌出身ですが、一度もすすき野に行ったことがないと語っていました。

その新人は学生時代にはバイトもしていたのですが、何とそれで遊ぶということもなく、車は持たず、贅沢もせず、卒業まで数百万円貯金したと語っていました。彼の家は比較的裕福なので、学費には困らなかったようでずが、比較的裕福な家の子息がこの有様です。

ある大学の先生は、このような状況を懸念しておられて「優秀な学生に対しても、大学院に進学しろなどと、安易にすすめることができなくなった」と嘆いておられました。

このような話は他の新卒でも多く聴かれました。明らかに、世の中はデフレであり、特に若者は悲惨で、希望の持てない世の中になったのだと認識することができました。

そうして、このブログに過去にも掲載したことがあるのですが、デフレで不景気なると、企業の採用基準で「コミュニケーション能力」が重視される傾向にあるようです。それは以下のグラフをみてもわかります。


採用基準としてのコミュニケーション能力は2001年には、チャレンジ精神より低かったものが、2011年には、断トツの80%台になりました。これについて、どうしてなのかと思い、当時面接会場において、他者の採用担当者と話をする機会もあったので、いくつかの会社の採用担当者に「御社は採用において、コミュニケーション能力を重視するとされていますが、具体的にはどういうことなのですか」と質問してみたことがあります。

私としては、このブログも時々掲載するドラッカーの「コミュニケーションの原則」などことや、あるいは各社独自の何かがあるのかと期待したのですが、そのような答えはありませんでした。各社とも「コミュニケーション」という言葉の意味を深くは考えてはいないようで、いわゆる「コミュ障」でない人くらいの感じでした。

結局デフレ不況で、チャレンジ精神に溢れた人に入社されても困るというのが実情だったのでしょう。どうも話を聴いていると、調整能力に長けていることと、和を重視する人ということに思えました。

私は、これは世の中をみるときの目印にもなるように思います。多くの企業が採用基準で「コミュニケーション能力重視」ということを言い出すと、世の中かなり不況であるか、企業が先行きに不安を感じるているという目印になるのではないかと思います。そうして、現在でも「コミュニケーション能力重視」としている、企業がまだ結構多いのが気になります。

そうして、その頃から高橋洋一氏や他のまともなエコノミストらの、財政・金融政策の記事を読み、雇用=金融政策であることを知っていた私は、若者の惨状から救うためにも、財政・金融政策の本質を理解する政治家がでてきて活躍してもらいたいと願うようになりました。

そこに颯爽と登場してきたのが安倍総理であり、その安倍総理が上の髙橋洋一氏の記事にもあるように、優れた雇用政策を実行して、雇用が劇的に良くなりました。

その頃には、私はすでに人事を担当していませんでしたが、それでも劇的に変わったことを感じました。まずは、採用が従来よりは難しくなったことです。

そうして、人事を仕事を引き継ぐときに、新たな人事担当者と一緒に、大学や高校をまわったときに、大きな変化に気づきました。

無論、大卒も高卒もかなり就職率が劇的に高くなりました。それは、各学校の就職担当の先生方が口を揃えて語っておられました。

ただ、ある先生は「確かに良くなっている。卒業生の98%が就職している。ただ、学生にはこの状況はいつまで続くかわからないので、選り好みをせず、年内中に決めてしまいなさい」と指導していると語っていました。やはり、ひどい時代のことが脳裏に焼き付いているのでしょう。

若者自身を含め、就職に企業側であれ、学校側であれ、関わった人ならば、この劇的変化は誰もが認めるところだと思います。

そうして、最後に安保について述べますが、上の記事の通り安保でも安倍総理はかなり大きな貢献をしました。

これは、上の記事と同じことを書いてもつまらないので、別のことを書きます。

海上自衛隊の新型潜水艦「たいげい」が今年3月9日、就役しました。中国の海洋進出を念頭にした防衛力強化のため、政府が目標として掲げてきた潜水艦を16隻から22隻に増強する計画が完了しました。これは計画よりもはやく達成されています。

海自によると、たいげいは基準排水量3千トンで全長84メートル、全幅9.1メートル。乗員は約70人。建造費は約800億円。「大きな鯨」が名称の由来となっています。

この22隻体制の意味をあまりマスコミは報道しませんが、これによって日本の専守防衛は完成の域にたっしたといえます。

この体制だと、日本の近海を交代制で24時間日本近海を監視することができ、中国やロシアあるいは、北朝鮮などの艦艇や潜水艦などが日本に侵攻しようとした場合、これを防ぐことができます。

中露北よりは、日本は対潜哨戒能力が凌駕している上に、日本の潜水艦の静寂性(ステルス性)に優れており、中露北にはこれを発見することはかなり難しいです。

いずれの国の潜水艦も動力源をとめて、海に潜っていれば、発見するのは難しいのですが、魚雷やミサイルを発射すると、それはすぐに発見され、そこから離脱しようとして、動力源を入れて動けば、その音で敵に発見されてしまうのですが、日本の潜水艦はステル性に優れているため、動いていても発見するのは難しいです。

この22隻の潜水艦隊により、日本の専守防衛の体制はかなりの水準まて達成されたといえるでしよう。日本を侵略しようとして、艦艇や吸収揚陸艦を派遣したとしても、そのほとんどが日本に辿り着く前に撃沈されることになります。とても恐ろしくて、日本を武力で直接侵略する国などないと思います。そうして、それは無論憲法9条があるからではなく、日本は無音の潜水艦隊があるからです。

この計画も安倍総理在任中にたてられたものであり、この功績も大きいです。これによって日本の独立は保たれることになります。ただ、日本の通常型潜水艦による防衛では、専守防衛には十分ですが、それだけでは敵にミサイルを打ち込まれたりすれば、国民の生命財産を守ることはできません。それが今後の課題となりますが、それにしても専守防衛に一区切りつけた安倍総理の功績は大きいです。

安保に関しては、実体験ではないですが、雇用面においては実体験ではっきりと、安倍総理の功績を捉えることができました。このようにはっきりと実体験できた、総理大臣は安倍総理以外にいません。

私も実体験できているわけですが、他にもそのような人は大勢いると思います。そういう人にとって、野党やマスコミの垂れ流す「安倍批判」は、全く何も意味を持たないと思います。


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2022年1月15日土曜日

令和4年度物価上昇率見通し1%台に上げか 日銀、17日から決定会合―【私の論評】実は、オミクロン株よりも日銀が金融引締に転じることのほうが、はるかに恐ろしい(゚д゚)!

令和4年度物価上昇率見通し1%台に上げか 日銀、17日から決定会合

日銀黒田総裁

 日本銀行は17、18日に金融政策決定会合を開き、四半期に一度公表する「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、令和4年度の消費者物価上昇率の見通しを引き上げる方向で検討する。昨年10月の前回リポートで示した0・9%から1%台前半にするとの見方が有力だ。原材料価格の高騰などを受け値上げの動きが出ているためだが、日銀が目標とする物価上昇率2%を達成する状況ではなく、大規模な金融緩和策は維持される方向だ。

 背景にあるのが原油高や円安の進行などによる企業の輸入コストの上昇だ。企業同士の取引価格を示す国内企業物価指数は昨年11月に前年同月比の伸び率が比較可能な昭和56年以降で最大の9・2%を記録し、12月も8・5%(速報)で過去2番目の大きさだった。

 こうした輸入コスト高を販売価格に反映する動きが食品業界などで相次いでおり、12月の日銀企業短期経済観測調査(短観)では、販売価格が「上昇」したと答えた割合から「下落」の割合を差し引いた指数が大企業の製造業でプラス16と6ポイント上昇、非製造業でプラス10と4ポイント上昇した。

 日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁は今月12日の支店長会議で、物価の先行きに関して「徐々に上昇率を高めていく」との見通しを示した。日銀はこれまでの展望リポートで物価動向について「下振れリスクが大きい」と評価してきたが、今回の会合では今後の物価上昇を見据え表現を改める可能性がある。

 ただ、岸田文雄政権が求める企業の賃上げが進まなければ値上げの動きも広がりを欠き、市場では物価上昇率が2%になる状況には当面ならないとの見方が強い。このため、日銀は短期金利をマイナス0・1%とし、長期金利を0%程度に誘導する金融緩和政策を維持する見通し。

【私の論評】実は、オミクロン株よりも日銀が金融引締に転じることのほうが、はるかに恐ろしい(゚д゚)!

日銀は5日、2021年末の国債保有残高が20年末と比べて約14兆円少ない約521兆円だったと発表しました。前年末比で国債の保有残高が減少するのは、08年以来13年ぶりです。日銀は2%の物価上昇目標の達成に向けて大規模な金融緩和を続ける姿勢を崩していないが、金融市場では「事実上の量的緩和の縮小」(エコノミスト)との受け止めもあります。

日銀は13~20年の8年間で国債保有を421兆円増やし、全体の国債発行額に占める保有比率は4割を超えた。日銀は20年の新型コロナウイルス禍など非常時には購入量を増やす一方、平時は購入を減らしてきました。


21年3月には日本株に連動する上場投資信託(ETF)の購入方針も市場が動揺したときに大規模に買う方向へと改めました。21年末の残高(購入簿価)は36兆3400億円で、前年からの増加額は1兆400億円となり、20年の年間増加額(7兆500億円)から急減しました。

この状況は、白川日銀前総裁以来です。白川氏といえば、日銀はインフレをコンロールできないという、「日銀理論」の論者で、インフレ目標に頑強に反対してきました。

過去の日銀の金融政策の間違いは、まずは06年3月の福井俊彦元総裁時代に株価・地下は上がってはいたものの、一般物価は量的緩和停止を実施したことにはじまりました。

それに続き白川日銀時代には、日銀が保有する長期国債の残高を銀行券の発行残高の範囲内とする「銀行券ルール」に縛られ、結果として国債購入ができず、マネタリーベース(銀行券+当座預金)の拡大をしなかったことです。

2014年に黒田氏が日銀総裁になってから、2016年までの日銀は異次元の緩和を実施していましたがが2016年にイールドカープ・コントロールを導入して以来中途半端な緩和に転じてしまいました。

13年4月から16年9月までのマネタリーベース対前年同月比の平均は37%増ですですが、それ以降は11%増にとどまっています。直近の状態は10%にも達していないです。

「銀行券ルール」で縛られた白川日銀は、マネタリーベースを増加させるために、国債購入ではなく金融機関への貸出増加を行いました。ピーク時には、貸出のマネタリーベースに占める割合は4割程度でしたが、十分なマネタリーベース増はありませんでした。

黒田日銀は、国債増によってマネタリーベース増を行ったので、貸出はマネタリーベースの1割程度と安定していました。しかし、20年のコロナ危機以降、貸出は増加し、今や2割程度まで上昇しています。

政府の国債発行量が多くないので、マネタリーベース増を維持するために、コロナ危機を契機に貸出増となった事情もあるとは思います。

黒田総裁が大規模な金融緩和を始めてから9年近くとなりますが、早期達成するとしていた2%の物価目標はいまも「相当遠い」(黒田総裁)状況が続いています。この状況なら、本来ならさらに量的・質的金融緩和を拡大して継続すべきです。

政府が国債発行量をさらに少なくして、日銀がさらに量的緩和の縮小をするようなことにでもなれば、また日本は深刻なデフレに見舞われなかねません。

過去の深刻なデフレの期間に何が起こっていたかといえば、自殺者の増加です。これについては、このブログでも以前掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
【正論】「欲ない、夢ない、やる気ない」……現代日本の最大の危機はこの「3Y」にある 作家・堺屋太一―【私の論評】団塊の世代以上の世代には想像もつかない現代の若者の窮状(゚д゚)!
堺屋太一氏

堺屋太一氏は、2019年に他界されましたが、この記事は2016年のもので、まだご存命のときです。この当時は、日銀は異次元の緩和から、イールドカーブ・コントロールで緩和を手控える直前でした。異次元の緩和で、雇用情勢が劇的に変わっている最中でしたが、それにしても、酷いデフレと、就職氷河期の記憶が生々しく残っている時期でした。

この記事は、結果として堺屋氏を批判することにもなっていますが、その批判の矛先は、主に過去の政府や日銀による政策に向けられたものです。

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事から一部を引用します。
自殺者数と景気は相関が高いことが知られていますが、この数年間の経済状況の改善と、さらに自殺対策にここ数年経費を増加させていく方針を採用していることもあり最近は自殺者数が減っています。類似の事例はホームレス対策にもいえ、ホームレス数は景気要因に関わらず対策費の増加に合わせて減少しています。

自殺者数の減少については、マクロ(景気)とミクロ(自殺対策関連予算の増加スタンス)の両方が功を奏していると考えられます。

自殺対策関連予算の推移はまとまったデータがないので拾い集めてみると

平成19年 247億円 平成20年 144億円 平成21年 136億 平成22年 140億 平成23年 150億 平成24年 326億 平成25年 340億 平成26年 361億 となってます。

以下に、失業率と自殺者数の推移のグラフを掲載しておきます。
日本がデフレに突入した、97年あたりからそれまで、2万台であった自殺者数が、一挙に3万人台になっています。このグラフをみただけでも、経済政策の失敗は自殺者数を増やすということがいえそうです。
経済政策の失敗は自殺者を増やすであろうことは、容易に想像できます。私は、2000年代に会社で人事を担当していたことがありましたが、そのあたりに採用した新人から、様々な話をきき、その当時の若者はとてつもない状況におかれていたことを肌身で感じたことがあります。

とくにかく、就職が悪夢のようになかなか決まらないこと、国立大学を卒業しやはり国立の大学院に行った女性の新人が卒業と同時に奨学金などの名目で数百万円の借金を抱えていることや、その当時の学生たちの極めて質素な生活ぶりなどを聞き、これはただ事ではないと、ひしひしと感じていました。

だからこそ、自殺者の推移に関しても、他人事ではなく、身近に感じられたのだと思います。

ただ、当然のことながら、採用は極めてやりやすく、逆に不気味さを感じたことを覚えています。その当時は、多くの企業が採用を手控え、採用するにしても能力などは二の次にして、いわゆるコミュニケーション能力を重視していました。

ただ、このコミュニケーションという言葉が曲者で、要するに「調整型」の人材を採用したいのですが、「調整型」というのでは、格好が悪いので「コミュニケーション」という言葉を用いていたようです。

実際、当時「コミュニケーション能力重視」というキャッコピーを用いていた企業の採用担当者に「御社におけるコミュニケーション能力」とは何かという質問をしてみたところ、「報・連・相」重視などと答え、コミュニケーションの本質に迫るような答をした人はいませんでした。

そうして、この記事では、『経済政策で人は死ぬか』という書籍を紹介していますが、この書籍でははソ連が崩壊した直後のロシアで男性の平均寿命が自殺や病気で60歳未満になった事例などを丹念に分析し、経済政策のまずさが自殺者を増やす可能性がかなり高いことを示しています。

経済政策が極端にまずく、特に失業者が増えるような政策をしてしまえば、自殺者が増えるのは当然のことだと思います。それに、若者のやる気を削ぐことにもつなかります。これに思いが至らないひとは、想像力が欠如しているのではないかと思います。

現状では、オミクロン株の脅威がメディアで盛んに喧伝されていますが、感染者は増えたものの、死者はほとんど出ていません。

私は、経済政策の不味さが、自殺者を増やす可能性が高いことを考えると、オミクロン株よりも日銀が金融引締に転じることのほうが、はるかに恐ろしいと思います。白川貧乏神のように、日銀が金融引締に転ずることがあれば、景気が悪くなり、失業者が増え、自殺者が増加する悪夢が再燃しかねません。

企業の採用で再び「コミュニケーション重視」という空疎なキャッチフレーズが目立ってくれば、悪夢の再来かもしれません。

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2017年9月5日火曜日

民進党・山尾志桜里議員に私生活をめぐる問題発覚! 週刊文春が“K弁護士”との不倫疑惑を掲載する模様―【私の論評】根本的なコミュニケーション不足が民進党を駄目にした(゚д゚)!

民進党・山尾志桜里議員に私生活をめぐる問題発覚! 週刊文春が“K弁護士”との不倫疑惑を掲載する模様

山尾氏断念の背景を伝えるテレビ東京
民進党の新しい幹事長をめぐり前原新代表が山尾志桜里氏の起用を断念した背景に、山尾氏の私生活をめぐる問題が影響していたことがテレビ東京の取材で分かりました。

関係者によりますと、山尾氏はすでに一部週刊誌に私生活をめぐるスキャンダルについて取材を受けているということです。

前原代表は、山尾氏について幹事長に代えて、代表代行で処遇する方向で調整していますが、党内から更なる異論が出かねない情勢です。
ネット上には、未だ詳細は出ていませんが、以下にこれに関す山本一郎氏のツイートを掲載しておきます。
【私の論評】根本的なコミュニケーション不足が民進党を駄目にした(゚д゚)!

確かに、山尾志桜里氏の不倫等に関しては、ネット上では一部話題になっていましたが、確証がなかったため、このブログにも掲載はして来ませんでした。これで、週刊文春の新しい号が出てからは、この話題は解禁になるということです。

それにしても、これを察知できなかった、前原氏にも問題があるかもしれません。とにかく、企業でもなんでも組織というものは、常に組織の人員に関して熟知していなければ、なかなかつとまりません。

私は、会社で現場にいたときには、日々朝礼などで従業員の変化に気を使っていたものです。数年現場でマネジャーをやってからは、朝礼で従業員の様子を見ていると、今日は誰が調子が悪いとか、注意散漫状態にあるとか、女子の場合は誰が生理であるかもわかった程です。これを把握していないと、後で酷い目にあうこともありました。

その後も、組織に関わる情報、それも正規の会社の組織図上の組織だけではなく、人間の集合体としての、生身の人間の組織に関する情報も極力集めるようにしました。これなしに、組織を効率的にそうして、効果的に動かすことは不可能です。

朝礼をコミュニケーションの場として成り立たせることが管理者の重要な役割でもある
そのため、普段から従業員と食事に行ったり、時々外回りからお菓子を買ってきて、従業員と一緒に話をしながら食べるというようなこともやっていました。それ以外にも、公的なものでも私的なものでも、色々と面倒をみたり、引き受けたりということも意図して意識して行いました。

そのようにして、従業員と様々な関係を構築しておき、コミュニケーションを円滑にしておきました。そうして、このコミュニケーションというのが曲者で、いわゆる「ホウレンソウ」などと巷で言われてるものは、真のコミュニケーションではありません。いくら「報告・連絡・相談」をこまめに行ったとしても、成り立っていないことは、往々にしてみられることです。

そもそも、コミュニケーションとは、「私からあなたへ」「あなたから私へ」と単一方向に伝わるものではありません。コミュニケーションとは、「私達の中の一人から、私達の中のもう一人に伝わる」ものです。饒舌で、しょっちゅう人と話をする人が、コミュニケーションの達人であるとは限らないのです。

だからこそ、普段から組織の中の人々と「私達」といえる関係を意図して意識して構築しておかなければならないのです。これが、構築できなければ、まともな仕事などできません。

民進党ではこのようなコミュニケーションがかなりないがしろにされているのではないでしょうか。
そもそも「私達」という関係を構築していない
間柄ではコミュニケーションは成り立たない
最初に私は山尾志桜里氏が、幹事長と聴いたときには、民進党は彼女を幹事長にしなければならないほど、人材が逼迫しているのかと思いました。と思いながらも、他にもまだふさわしい人物はいるのではと訝しみました。

そうして、今回の山尾氏のスキャンダル発覚で、やはり民進党は党内でのコミュニケーションが十分ではないのだと確信しました。

民進党の旗揚げ
昨年の3月27日、民進党が衆参両院議員合わせて156人の参加によって旗揚げしました。

民進党は、1996年に誕生し、結党20周年目となる民主党が党名を変更することによって誕生した形でした。ただし、英語名はDemocratic Partyと以前のDemocratic Party of Japanとほぼ同じであり、なんとも中途半端です。かつて、財務省は大蔵省から名称変更しましたが、そのときの英語表記はMinistry of Financeとそのままにして、対外的には同じ、国内的には一応名称変更したというのを彷彿させました。

代表は岡田克也氏、幹事長に枝野幸男氏は、政調会長は細野豪志氏に代わり山尾志桜理氏を起用しました。

政治的にいえば、もったいないチャンスを逃したものです。せっかく伝統ある名前を変更したのですから、一気にイメージ・チェンジして政権時の失敗を払拭すべきでした。

そうして、政策に関しては、少なくともマクロ経済政策の基本を押さえるべきでした。そうして、このマクロ経済政策に関しては、保守派、革新派(今やこの分類方法もほとんど意味をなしませんが・・・・)に関係なく、正しい方向性を定めることができるはずです。そうして、これが党を一つまとめる縁になったかもしれません。

その上で、憲法、格差など価値観の違いによって差が出るものについては、おおいに政策論争して、その結果党の方針が定まれば、全党員がそれに従うという形にすれば良かったと思います。

しかし、ご存知のように民進党はこのせっかくの大チャンスを無為にしました。そうして、この大失敗の根底にはコミュニケーション不足があると思います。

前原氏
ここで、前原氏の主張する経済政策を振り返っておきます。前原誠司氏は代表戦では、All for Allを掲げて戦っていました。経済政策もそのAll for Allの精神に基づく、税負担を上げて再分配を重視するという政策です。

彼の政策は慶應義塾大学教授の井出栄策氏の影響を非常に強く受けたものです。そして、枝野幸男氏もこの井出教授と非常に深い関係にあり、前原氏と経済政策に関しては大きく違わないという意見を表明していました。

そのため、前原氏の目指す経済政策、すなわち民進党の目指す経済政策であるといえます。前原氏の経済政策で一番大きく、根幹にあるのが再分配の強化でしょう。

前原氏は、再分配政策をする前の貧困率と分配後の貧困率が、ドイツは8.1から3.3に、フランスでは18.0から6.7に大幅に改善しているのもかかわらず、日本では13.5から12.9とほとんど改善されていないことを指摘しています。

そしてこの原因は、若い世代に対する再分配の冷たさにあることも指摘しています。これを改善するために、老人の分配先を減らすとなると、高齢者が反発されるので、みんなが負担をして、みんなが受益する社会を目指そうといいます。

そして、社会に不安がなくなることで、過剰貯蓄に回るお金が消費に周り、経済が好循環するボトムアップの経済を目指せると語っています。

そうして、例えば現役世代に向けては、教育の無償化、安心して子供を生み育てられる社会の実現、介護士・保育士の処遇改善などを挙げています。

そして、年金に関しては、基礎年金をマクロ経済スライドから外すことで、減らない基礎年金を実現するとしています。

マクロ経済スライドは、簡単にいえば、経済情勢によって年金の額を左右させるという自民党が現在導入しているもので、これは、年金支給年齢を引き上げ、年金の額を減らすためのものだとして、前原氏は批判しているわけです。

そして、これを成し遂げるために当然指摘されるのが財源の問題です。前原氏は全世代の負担という意味で消費税を主眼で考えられている趣旨の発言をしています。

消費税増税を回避して他の財源に頼れば、サラリーマン、中小企業への負担増となり、前原氏の掲げるAll for Allの理念に反するとしています。

そして、低所得者層対策を考えながら、法人税、相続税などのベストミックスを目指すとのことです。

以上のように、前原氏の経済政策には、現在日本がデフレから抜けきっていないにもかかわらず、マクロ経済政策の根幹をなす、景気変動的に対応する金融政策も財政政策も含まれていません。

致命的なのは、経済成長が停滞しているというのに、増税して再分配政策の財源に使うという点です。これに関しては、マクロ経済学でも禁じ手とされているものであり、さらには平成14年度からの消費税の8%増税によって、最早誰もが失敗だったと認めざるをえない悪手であったことが明らかになっています。

今更ながら、なぜ前原氏がもう失敗だったということがはっきりわかっているし、これからも必ず失敗するであろう政策を採用しようとするのか、全く理解に苦しみます。

そんなことよりも、まともな財政政策、金融政策を採用することにより、経済成長をしたうえで、再分配政策を強化するという政策を打ち出したほうがはるかに効果的であり、多くの国民の支持を得られたと思います。

民進党の中には、マクロ経済対策に関してはまともな認識を持っている人も数少ないながら存在します。それは、馬淵澄夫衆議院議員と金子洋一前参議院議員(昨年落選)です。金子洋一氏のようなキーマンを落選させてしまう、民進党の選挙戦略もいかがなものかと思います。

特に、金子氏はカネコノミクスとでも呼びたくなるような経済対策の切れ者です。しかも、彼は元官僚で、霞が関や学者とも戦い合えるぐらいの知識量と実行力があります。

しかし、民進党の幹部はもとより、他の議員たちもカネコノミクスに関心を抱くものはありません。

慶應義塾大学教授の井出栄策氏
前原氏は、慶應義塾大学教授の井出栄策氏を経済ブレーンとしているようですが、私自身は井出氏の主張する経済対策が一体何を意味しているのかほとんど理解不能です。正しいとか間違いなどと言う前に、私には理解不能です。

井手氏の経済対策の理解不能ぶりは以下の記事をご覧下さい。
井手教授のいう「新しいリベラル」がちっとも新しくない件
それよりも、金子氏の主張する経済対策のほうがはるかに理解しやすいです。これについて、ご存知のない方は是非以下の記事をご覧になって下さい。
消費再増税をすればアベノミクスの息の根はとまる
 前原氏は、経済に関して、井出教授の話は聞くようですが、金子洋一氏の話は聞かないようです。金子洋一に関しては、ネットなどで調べればすぐにわかります。

党内にこれほどの、経済に関する切れ者が存在するわけですから、前原氏のような民進党の幹部は少なくとも一度は金子洋一氏と腹を割って話をすべきものと思います。

金子洋一氏
これは、業績の悪い企業にありがちなことですが、経営者が社内の意見を聴かず、社外のコンサルタントなどの意見ばかり重用することがあります。

経営者と社員とは立場が違うので、場合によっては立場の違いにより、社員のいうことなどあてにならないと思えることもあるかもしれません。しかし、社員が社員の立場から述べているということを前提に話を聴けば、それも同じ項目に関して複数の社員から話を聴けば役立つことは極めて多いです。

それは、当然といえば、当然です。何しろ、社員の話は一次情報であることも多いからです。

そうして、普段から社員と真の意味でのコミュニケーションを深めておくことにより、社員から正しい情報が迅速に入ってきやすくなるものです。コミュニケーションが成り立っていなければ、いくら「ホウレンソウ」を綿密にしたところで、まともな情報が迅速に入入ってくることはありません。

民進党の諸悪の根源は、コミュニケーション不足なのかもしれません。民主党は組織としてのコミュニケーションが成立していないのでしょう。だからこそ、まとまりに乏しく、組織としてまとまった行動ができないのだと思います。

もし、組織としてのコミュニケーションが十分に成り立っていれば、山尾氏を幹事長に指名したそのすぐ後で取り消さざるをえないような状況に追い込まれることはなかったと思います。

民進党の組織そのものは、民間企業と比較してさほど大きいものではありません。何しろ、衆参議員あわせて、200人もいないのですから、この中でコミュニケーションを成り立たせることは、本来さほど難しいことではないと思います。このあたりは、業績を上げている中小企業の社長などのほうがはるかに円滑に社内のコミュニケーションを円滑に成り立たせていると思います。

民進党がまともになりたかったら、まずは党内のコミュニケーションを密にするこだと思います。ただし、だからといって「ホウレンソウ」を多くするなどしても、何の役にもたちません。重要なことは民進党の議員らが相互に「私達」といえる関係を築くことです。

今回の山尾志桜里氏の問題は、スキャンダル自体がどうのこうのということ自体はさほど重要ではなく、民進党のコミュニケーション不足を露呈したことのほうがはるかに深刻であると思います。

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2012年1月17日火曜日

《書評》英語を社内公用語にしてはいけない3つの理由 津田幸男著−【私の論評】日本語でのコミュニケーションは世界最高!!

《書評》英語を社内公用語にしてはいけない3つの理由 津田幸男著:


2010年、楽天とファーストリテイリング(以下、ファストリ)が英語を社内公用語にすると宣言し、各所で賛否両論を呼んだ。筑波大学大学院教授である著者も、このニュースに衝撃を受けた者の一人である。英語支配論や言語政策、国際コミュニケーション論を専門とする著者はこの発表に危機感を抱き、両社の社長へ抗議の手紙を送った。 本書は、実際に送った手紙の全文掲載から始まる。その中で、「英語の社内公用語化」の弊害...

 【私の論評】日本語でのコミュニケーションは世界最高!!




論評のため、上記の記事の理由の要点を以下に掲載します。

1.「日本語・日本文化の軽視」の問題だ。現在の日本には「英語信仰」が広がっており、その結果「英語偏重社会」が生まれ、日本語や日本文化の軽視が起きている。

2.「英語の社内公用語化」が一般的になれば、収入や就職などの面で「社会的格差」が拡大する。いずれは「英語ができる階層」と「英語ができない階層」という社会階級的な分裂が生まれて国民意識の統一が保ちにくくなり、国家の維持までも危うくなる。

3.言葉は単なる道具ではなく「権利」だと主張し、「英語の社内公用語化」が、もし日本語禁止や英語使用の強制を伴うものであれば、それは重大な「人権侵害」に当たる。


特に上の、津田幸雄氏の主張は、正しくそれに付け加えるようなことはほとんどありません。日本の会社の公用語をわざわざ英語にする必要はないと思います。特に日本人同士で日本語で語れば、よく分かり合えるのに、それまで禁止するとのなら、それは、人権侵害であり完璧に法律違反です。


英語を勉強すること、グローバルな考え方を持つこと、海外に進出することなど、良いことだと思います。しかし、それと、会社の公用語を英語にするなどの愚かなことは、全く別の次元の問題だと思います。


津田氏の上の主張の1.に関しては、確かに今でも深刻なものがあります。このブログに以前「最近の死語について驚いた件」というタイトルで、この問題について掲載したことがあります。それを以下にコピペします。


数年前に、新入社員研修で「ゴルバチョフ」という人名を話したところ、ほとんどの人が知りませんでした。高卒だけでなく、大卒でも知らない人がほとんどでした。おそらく、現代史などは、歴史の教科書でも、最後にほうに出てくるし、まだ歴史的評価も定まっていないところがあるので、高校でほとんど教えていないし、試験にも出ないのだと思います。そうなると、今の大学生の多くは、現代国際政治などとは無縁なのかと思ってしまうこともあります。

また、ある機会に文学の話になって、「谷崎潤一郎」とか「耽美派」という言葉で話すと、わからない女性がいました。この人は驚いたことにある国立大学の文学部出身でした。今の大学はこの程度のことも知らないての卒業できるのかと驚いてしまいました。まあ、知らなくても別に社会人としては生活していけるから良いのでしょうが、これには驚いてしまいました。


それから、これは、会社の新人ではありませんが、ある機会があってまだ、入りたての現役の東大生と話をする機会がありました。そのときに驚いたのですが、彼は理系であるにもかかわらず「ファラディーの右手、および左手の法則」を知りませんでした。驚いたことに、彼は工学部志望でした。今の東大は、高校で物理を履修しなくても、工学部に入ることができるのです。


それと、これは、数年前から必ず、特に女性には必ず聞くようにしていますが、今の新卒のほとんどの人が貞操という言葉を知りません。こんな事実から、やはり、現代ではいわゆる昔の貞操という概念は完全消滅したのかもしれません。(下の写真は、中世の貞操帯)




高卒の人や大学卒でもかなり多くの人が、「雄雄しい」」という言葉を知りません。これは、「雄雄しい」男性がいなくなったこということでしょうか?「雄雄しい」を知らなければ、もちろん「masculine」も知らないのだと思います。


それから、最近の「全然」という言葉の遣いかたは昔とは完全に異なります。今では、「全然いいです」というような言い方が主流になってきています。本来の使い方は「全然駄目です」などの使いかたが正解です。


これに関しては、似たようなことが「たいそう」という言葉の使い方にあって、昭和初期までは、使い方としては「たいそう、不味い」などと使うのが普通であって「たいそう美味しい」などという使い方はしなかったそうです。しかし、今では、「たいそう」に関してはどちらでも使うのが普通です。これに関しては、ある小説家の随想に「最近の女子学生の流行言葉」ということで記載されていたのを覚えています。ただし、その書籍名ならびに小説家の名称は失念しました。

さて、以上のような状況皆さんはどう思われますか?「たいそう」のように言葉が移り変わっていくのは、わかりますが、やはり、日本人としてコミュニケーションが普通にとれるようにするためには、基本的な語彙はあまり変えていくべきではないと思います。

それから、「逢瀬(おうせ)」という言葉がありますが、これも、以前のブログに以下のように掲載しています。


・・・・・・・・・・語彙というと、これに関して最近面白い体験をしました。最近ひょんなきっかけで、20代の女性が「逢瀬」という言葉を知らないということを発見しました。 



「逢瀬」は皆さんご存じだとは、思いますが、小説などにはでてきても、学校のテキストなどにはまずは、出てこない言葉だと思います。だから、知らなくても、別にほとんど困るということはないでしょうが、この言葉を知らないということであれば、他の文学的な語彙もあまりわからないのではないかと思います。

現在でのこのような有様ですから、英語の公用語化や、中途半端な英語の早期教育など行われれば、とんでもないことになってしまいそうです。

2.の場合は、私自身は意外とさほど深刻なことにはならないのではないかと思います。先日もテレビでみていましたが、アメリカの大学院を卒業して、英語関係の仕事で生計を立てていた人が、最近は、仕事がないということで嘆いていました。英語ができるというだけで、階層ができあがるというのであれば、こんな人は出ないと思います。


それに、最近は、確かに英語の能力を重視する企業も増えていますが、以前にもこのブログにも菅さんについて書いたように、日本文化のバックボーンを持たない人は海外に行ってもまともに相手にされないと思います。


私は、菅さんが海外の会議に行っても、先進主要国のリーダーたちからまともに相手にされないのは、決して言葉だけの問題ではないと思います。いくら、お遍路に行ったとしても、彼は、おそらく、日本の伝統文化の背景からは程遠い存在なのだと思います。こうしたことは、いくら、外見を整えてみても、すぐに相手に悟られるものです。それは、思想や、イデオロギーなどとは無縁なものです。どんなイデオロギーがあったにしても、自分の属する文化を知らないものは、そうではない人々には、見透かされてしまいます。フランスや、イタリアの共産主義者たちは、少なくとも自国の伝統文化を背負って話をします。だから、妥協点もみいだしやすいです。


これはとりもなおさず、日本人であれば、日本の伝統文化を背負った人間と、他の国の人から認められない限り、まともな扱いはされないということです。今は、こんな簡単な理屈のわからない人があまりにも増えていると思います。まともに相手にされないのは、決して言葉だけの問題ではないと思います。いくら、お遍路に行ったとしても、彼は、おそらく、日本の伝統文化の背景からは程遠い存在なのだと思います。こうしたことは、いくら、外見を整えてみても、すぐに相手に悟られるものです。それは、思想や、イデオロギーなどとは無縁なものです。どんなイデオロギーがあったにしても、自分の属する文化を知らないものは、そうではない人々には、見透かされてしまいます。フランスや、イタリアの共産主義者たちは、少なくとも自国の伝統文化を背負って話をします。だから、妥協点もみいだしやすいです。


菅さんの行動をみていれば、日本の伝統文化を背負わない人間は結局は何もできないことがお分かりになると思います。菅さんは、鳩山さん同じく、普天間問題に関して、結局何もできないばかりか、さらに後退させたものと思います。そうして、尖閣問題に関しては、完全に失敗しました。これらの交渉に関して、菅さんが英語や中国語ができるとか、できないなどはほとんど無関係だったと思います。


私は、現在多くの会社が、英語能力を基準として、日本文化など軽視して、多くの新卒などを雇用し海外進出を目論んでいますが、このな企業はかなり大きな危機をはらんでいると思います。どのような危機かといえば、もともと、英語ができるだけでは、交渉などできるわけもないし、それを短期間養成することは困難だからです。


しかも、現在新興国も含めた、世界同時不況が進行中です。この不況が本格的になれば、英語ができても、日本文化の背景のない人間など、交渉も何もできずに無用の長物になってしまう危険性があります。そうなれば、このような人たちの大量解雇ということだってあり得ると思います。これと似たようなことは、過去にもありました。バブルの頃に大量採用された人たちが、30歳台前半になって多数解雇されたことがあります。非常に不味いやり方だと思います。


3.に関しては、まったくその通りだと思います。日本には古い歴史があります。今年は、皇紀2671年です。これは、日本の歴表示であり、最初の天皇が即位してから、2671年目という意味です。キリスト誕生を基点とした、西暦よりもはるかに古いです。この年号を知らない日本人も大勢います。しかし、これだけ古い歴史を持って、一体感を維持してきた日本人は、先の事例のように、言葉を知らない若い人が増えていることもし事実ですが、言葉も共通ですし、さまざまな文化、慣習なども共通点が多いです。




そのため、特にコミュニケーションに関しては、かなり緊密です。言葉で表せないような細かなことまで、理解しあえる土壌があります。これは、日本人はあまりに当たり前であって、気づきませんが、意外なところで発揮されたりします。たとえば、昔から今に至るまで、日本の軍隊や、大砲などは、命中率が高いです。これは、やはり、緊密なコミュニケーションによるものだと思います。他国では、コミュニケーションが日本ほど緊密ではないため、複数の人間のチームによる大砲の射撃の命中率などどうしても低くなるのだと思います。


また、日本は、他国に比較すると、さまざまな事業をしていく上で、もっともやりやすい市場だと思います。まずは、言葉は、ほとんど均一とみても良いですし、習慣なども似通っています、ものの感じ方も導入です。だから、日本の場合は日本国内を一つのマスマーケットとして、扱っても何とかなります。これが、外国の場合はそのようなことは不可能です。おそらく、今でも、一つのマスマーケットとして、扱える国としては、日本が世界一ではないでしょうか?そうして、これは、事業をする立場からすれば、本当にやりやすいと思います。


こんな話をすれば、そんな馬鹿なと思う人もいるかもしれません。たとえば、あの中国やインドがあるではないかと思う人もいるかもしれません。しかし、良く考えてください、中国や、インドは、そもそも多民族国家です。民族によって、生活習慣もかなり異なります。そういう、意味では、中国、インドも一つの省や、州が一つの国のようなものです。しかも、各々の省や、州も、複数の民族から構成されているのが普通です。そのようにみると、一つの集団という意味では、日本が最大ということになります。それに、あの広大なロシアはどうかといえば、人口は、たったの1400万人です。日本より、数千万多いだけの国ですが、多民族国家であり、領土は広大で、白人系は少数派です。


それに、皆さんご存知のあの日体大の「集団行動」。これは、やはり、かなりコミュニケーションがとれなければ、できない仕業です。諸外国でも、マーチングなどはありますが、「集団行動」には、及ばないと思います。




あの世界でも稀にみられる「集団行動」の基となっているのは、一見非合理にみえるものの、さまざまな細やかなニュアンスを含む日本語によるコミュニケーションだと思います。なるべく、すべてを言葉にする英語のコミュニケーションによっては、なかなかできないものだと思います。


最近、若い人のコミュにけーション不足が目立つようですが、これはやはり、日本語が良くできないということにも原因があると思います。日本語には、英語と比較して確かにに不合理な面もあります。しかし、たとえば、雪ひとつとっても、さまざまな表現があるように、自然に関する語彙はかなり多いです。また、感情を表す表現も豊富です。それに、日本語の非合理生などは、他国にない長い間のコミュニケーションの伝統があり、省略しても意味が十分通じるものは、省かれたがゆえにいまのような形式になっているのだと思います。日本語を知るためには、こうした、何が省略されているのかということを知らなければなりません。これが、わからないので、コミュニケーションがとれなくなるのだと思います。


しかしながら、日本語がある程度できれば、他の日本語のできる人との会話は、おそらく、世界でも最高水準のコミュニケーションとなると思います。そうした、最高水準のコミュニケーションを会社の公用語を英語とすることによって、すべてを廃止したとすれば、結局コミュニケーション不足になって、日本企業の良さを発揮できなくなると思います。それに、津田氏が語っているように、これは、重大な人権侵害にあたると思います。


そうして、このようなことは、外国語との比較の上でないと気がつかないものです。だから、私は、英語を勉強することの意義は、日本語をより良く知るためであると思ってます。また、日本語の伝統文化を広く海外に広めるという意味もあると思っています。そのためには、まずは、日本文化を知らなければなりません。

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