2023年5月12日金曜日

なぜ台湾を守る必要があるのか、その三つの理由―【私の論評】台湾有事に備えて、日本は台湾への軍事支援ができる体制を整えるべき(゚д゚)!

なぜ台湾を守る必要があるのか、その三つの理由

岡崎研究所

台湾有事は米国にも大きな損失をもたらす

 4月10日付の英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)で、同紙外交問題コメンテーターのギデオン・ラックマンが「なぜ台湾が世界にとって重要なのか。北京との緊張の危険な増大は、繁栄するアジアの民主主義を保護するために支払う価値のある代償である」との論説を書いている。

 台湾への軍事圧力の増大に対し、バイデン大統領は4回、米国は中国の攻撃から台湾を守ると約束した。米国の一部の人は、なぜ米国が人口2400万人の台湾を守るために、もう一つの核兵器国中国と戦うのかと疑問に持つ。

 台湾を守ることへの懐疑論は欧州の一部ではもっと強い。訪中から帰ったマクロンは台湾を守るためにフランスは指一本あげないと含意した。

 台湾にこだわる三つの主たる議論がある。第1は世界での政治的自由の未来について、第2は世界的なパワーバランスについて、第3は世界経済についてである。これらは台湾を北京の手から離しておく説得力のある議論になる。

 北京は既に香港での民主主義を粉砕した。習近平が台湾で同じことをすれば、世界は暗い政治的意味を持つ。

 もし中国が台湾の自律を侵攻により、または台湾が欲しない政治連合の強制で粉砕すれば、地域における米国のパワーは大きな打撃を受けるだろう。

 中国によるインド太平洋の支配は世界的意味をもつだろう。この地域は世界の人口と国内総生産(GDP)の約3分の2を占める。もし中国がこの地域を支配すれば、中国は最強国として米国にとって代わるだろう。

 台湾は世界の半導体の60%以上、最も先進的なものの90%を生産する。電話や車から工業機械まで台湾のチップで動いている。もし台湾の半導体工場が中国の支配下に入れば、中国が世界経済を牛耳ることを可能にする。

 これら経済的、戦略的、政治的考慮は、米国とその同盟国が台湾を守る説得力ある議論となる。戦争に備えることが平和を維持するために時には必要である。

*   *   *

 この台湾の重要性に関するラックマン論説は、よく考えられた論説であり、賛成できる。

 台湾は、米ソ冷戦時代のベルリンのような役割を米中冷戦においては果たすと考えられる。自由民主主義体制陣営と専制主義陣営に分断されつつある世界において、台湾は最前線に立つと言って過言ではない。マクロンの台湾に対する認識は相当問題があり、主要7カ国(G7)広島サミットの際には、彼に台湾の重要性を印象付ける必要があるだろう。この論説の議論はそのために使い得ると思われる。

人権問題は国際関心事項

 中国は台湾問題を中国の内政問題としているが、これはそうではない。中国はチベット、ウイグル地区で酷い人権侵害をしている。香港でもそうである。人権問題は、南アフリカのアパルトへイトのように、戦後の国際秩序の中では国際関心事項とされており、台湾を中国が併合した後には2400万人の台湾人の人権が侵害されることが目に見えている。台湾問題はそういう観点から内政問題とされるべき問題ではない。国際的関心事項と言える。

 中国は、世界は発展しようとしている国とそれを封じ込めようとする米国をはじめとする勢力との間で分断されているのであって、自由民主主義と専制主義との間で分断されているのではない、われわれ(中国)も民主主義であるという論理を展開している。しかし人権尊重をしない民主主義はあり得ないのであり、この点を強く主張していくことが中国に対抗する上でも必要なように思われる。

【私の論評】台湾有事に備えて、日本は台湾への軍事支援ができる体制を整えるべき(゚д゚)!

台湾軍

台湾は、その地政学的優位性、民主主義、経済力など、いくつかの理由で世界にとって重要です。

台湾は、東シナ海に位置する島国です。この島は、中国本土の南東約1,000キロメートル、フィリピンの西約1,800キロメートルに位置しています。台湾は、東シナ海の戦略的に重要な位置にあり、この地域の貿易と航行を支配する可能性があります。

台湾は、繁栄した民主主義国家でもあります。台湾は、1988年から自由で公正な選挙を実施しており、民主的な統治の長い歴史があります。台湾は、アジアで最も成功した民主主義国の1つであり、その成功は、他の国々にとっての模範となっています。

台湾は、強力な経済力を持っています。台湾は、半導体や電子機器の主要な生産国であり、世界の貿易と経済において重要な役割を果たしています。台湾は、アジアで最も成功した経済国の1つであり、その成功は、他の国々にとっての模範となっています。

中国は、台湾を自国の領土の一部と主張しており、武力を使って台湾を「統一」することを辞さない姿勢を示しています。中国の台湾に対する脅威は、アジアの平和と安定に対する深刻な脅威です。台湾を守ることは、アジアの平和と安定を守るために不可欠です。

北京との緊張の危険な増大は、繁栄するアジアの民主主義を保護するために支払う価値のある代償です。台湾は、自由で開かれたアジアを支えるために不可欠な民主主義国家です。台湾を守ることは、自由と民主主義の価値観を守るために不可欠です。

中国は強大な軍事力を持つといわれなが、今まで台湾に侵攻しませんでした。これは、なぜなのでしょう。まずは、これを正確に捉える必要があると思います。

中国が過去に台湾に侵攻しなかった理由は多岐にわたりますが、主要な理由は以下の通りと考えられます。

国際社会からの批判:中国が台湾に侵攻する場合、世界中の国々から批判を浴びることになります。中国は国際的な信頼を失うことになり、外交的な影響力を損なうことになるため、侵攻を躊躇する理由の1つとなっていると考えられます。これに関しては、最近の中国は腹をくくったようで、国際社会の批判などものともせず、香港を中国に併合しました。

経済的な損失:台湾はアジア太平洋地域で経済的に重要な役割を担っており、中国にとって台湾を併合することは莫大な経済的損失をもたらすことになると考えられています。


上の記事では、

「中国が台湾の自律を侵攻により、または台湾が欲しない政治連合の強制で粉砕すれば、地域における米国のパワーは大きな打撃を受けるだろう。

 中国によるインド太平洋の支配は世界的意味をもつだろう。この地域は世界の人口と国内総生産(GDP)の約3分の2を占める。もし中国がこの地域を支配すれば、中国は最強国として米国にとって代わるだろう」

としていますが、それほどうまくいくのでしょうか。

中国が台湾を併合することが、その経済的な利益を獲得するための最適な手段であるかどうかは議論が分かれます。例えば、併合によって中国が得るであろう経済的な利益は、長期的には政治的な不安定さや国際的な孤立などのリスクを伴う可能性があるため、実際のところ得られる利益は限られるという指摘もあります。

加えて、中国が台湾を併合することによって、台湾に対する輸出制限や投資制限が生じ、台湾企業が海外展開することが困難になることから、中国と台湾の経済的な結びつきが弱まることも懸念されています。このような理由から、中国が台湾を併合することが、必ずしも経済的な利益を獲得する最適な手段であるとは限りません。

それは、半導体について考えれば、良く理解できます。台湾の半導体製造業は、最終工程においては、世界1ともいわれています。台湾の半導体製造会社(ファウンドリー)であるTSMCは、世界で最も先端の半導体製造技術を持ち、世界の半導体受託生産の60%以上を占めています。TSMCの半導体は、スマートフォン、コンピューター、自動車など、あらゆる電子機器に使用されています。

しかし、その半導体産業も、日本、米国、オランダなどの半導体製造装置がなけば成り立ちません。日本からの、半導体製造原材料の供給がなくなれば、歩留まりがかなり悪くなります。米国等の設計技術がなければ、最先端の半導体は製造できません。

このようなことを考えれば、中国が台湾の半導体産業を手に入れたとたん、半導体産業で世界一になるとはとても思えません。それどころか、中国に併合された台湾は半導体製造ができなくなる可能性のほうが高いです。他の産業も似たところがあります。

よって英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)のギデオン・ラックマンの記事は、飛躍しすぎていると思います。ただし、習近平がこうした考えを持たないという保証はありません。


軍事力のバランス:中国が台湾に侵攻する場合、米国をはじめとする多くの国々が介入することが予想されます。これにより、軍事力のバランスが大きく崩れることになり、中国の国内安定に影響を与えることが懸念されます。

台湾国民の反発:台湾は独自の政治・社会・文化を持ち、自由な価値観を持つ人々が多数居住しています。中国が台湾を併合することは、台湾国民の反発を招き、中国による支配に対する抵抗運動が起こる可能性が高いとされています。

これはかなり厄介な問題になるでしょう。中国はアフガニスタンで米国が長い間、米軍を駐留させたようにかなりの軍隊を駐留させなけばなりません。数十万人の軍隊を50年くらいは駐留させ、体制をつくりかえす必要があります。中途半端をすれば、アフガニスタンの二の舞いになりかねません。台湾は小さな島ながら、山岳地帯が多いので、抵抗勢力の潜伏先は多くあります。

さらに、台湾を守備する方が台湾に侵攻するよりもはるかに有利であると考えられています。

第一に、台湾は島国であり、中国本土から約100マイル離れています。これは、中国軍が台湾に侵攻するためには、大規模な海上輸送作戦を行う必要があることを意味します。海上輸送作戦は非常に複雑で費用がかかり、台湾海峡には多くの機雷があることを考えると、中国軍にとって非常に困難となるでしょう。

第二に、台湾は山岳地帯が多く、防御がしやすい地形です。これは、中国軍が台湾に上陸したとしても、台湾軍に阻止される可能性があることを意味します。台湾軍は、近年、強力な軍事力を構築してきました。台湾は、米国から最新の武器や装備を輸入しており、多くの兵士が訓練を受けています。

台湾最高峰 玉山(3,952m) 富士山より高い

第三に、米国は台湾の防衛にコミットしており、中国が台湾に侵攻した場合は米国が介入する可能性があります。これは、中国軍が台湾に侵攻するリスクを高めます。米国は世界最強の軍隊を有しており、中国軍と戦う準備ができています。

第四に、台湾は世界の半導体サプライチェーンの重要な部分であり、台湾への攻撃は世界経済に大きな影響を及ぼす可能性があります。これは、中国政府が台湾への攻撃を躊躇させる要因となる可能性があります。台湾は、世界最大の半導体製造国の1つであり、半導体はスマートフォン、コンピューター、その他の電子機器に不可欠です。台湾への攻撃は、世界の半導体供給に混乱を引き起こし、経済に壊滅的な影響を及ぼす可能性があります。

これらの要因により、中国の台湾侵攻は非常に困難でリスクの高いものとなります。中国政府は、侵攻の潜在的なコストと利益を慎重に検討する必要があるでしょう。

ただし、だからといって、中国による台湾に対する武力侵攻がないという結論にはなりません。中国による台湾併合は、習近平にとって政治的に大きな意味を持つ可能性があります。習近平は、中国共産党の最高指導者であり、2012年から中国を統治しています。習近平は、中国を復活させ、世界の主要な強国にすることを約束しています。

中国が台湾を併合すれば、習近平の政治的野心を達成する上で大きな前進となるでしょう。台湾は、人口2,300万人を超える、豊かで民主的な島国です。台湾の併合は、中国に大きな領土と経済的利益をもたらすでしょう。また、中国の軍事力と影響力を世界に示すこともできます。

習近平

ウクライナ戦争も、プーチンの政治的野心を満たすという側面も大きかったとみられます。政治的野心のほうが、侵攻の難しさを上回れば、習近平も侵攻を決断するかもしれません。台湾は、中国の侵攻をくいとめることができるかもしれませんが、それにしても現在のウクライナのように、甚大な被害を受けることは免れないでしょう。

それは、できるなら避けるべきです。戦争によって、大きな被害を受ければ、建物やインフラなどは復旧できますが、戦争で亡くなった人々は戻ってきません。

いかなる国も軍事力なしに独立を維持することは困難です。軍事力は、攻撃から身を守り、領土と国民を保護するために必要です。また、他の国との交渉の強みにもなります。

台湾は、中国の脅威に直面しているため、強力な軍隊を維持することが不可欠です。中国は台湾を自国の領土の一部と主張しており、武力を使って台湾を「統一」することを辞さない姿勢を示しています。台湾は武力で自国を守る準備をする必要があります。

台湾はまた、他の国との関係を強化する必要があります。台湾は米国、日本、オーストラリアなどの国と緊密な関係を築いています。これらの関係は、台湾を中国からの侵略から守るのに役立ちます。

軍事力と強力な外交関係は、台湾が独立を維持するために不可欠です。日台は外交面では、連携を強めつつありますが、台湾への防衛装備品の供与や軍事訓練などはあまり進展していません。

日本の防衛装備品の輸出には、制約があります。日本の輸出管理制度である「戦略物資等の輸出 管理」に基づき、日本政府は、輸出品目や輸入国によって厳しい輸出許可の審査を行っています。

さらに、日本の憲法9条によって、自衛隊は自衛のために存在するとされており、他国に対する攻撃を行うことはできません。そのため、軍事訓練なども自衛隊の能力を向上させるためのものであり、他国に対する攻撃のためのものではありません。このような制約があるため、日本の軍事協力は慎重な審査や手続きを経ることになり、進展が遅れがちです。

台湾が軍事危機に直面した場合、日本に直接的な影響が及ぶ可能性があります。その影響には、次のようなものがあります。
  • 地理的に近いため、日本の領土や国民が攻撃を受ける可能性があります。
  • 台湾の海峡は、日本のエネルギーや物資の輸送にとって重要なルートです。海峡が封鎖されると、日本の経済に大きな影響を与える可能性があります。
  • 台湾危機は、東アジアの安全保障環境に大きな影響を与える可能性があり、日本はこれに巻き込まれざるを得なくなる可能性があります。
日本政府は、このような事態に備えて、台湾と防衛協力を強化しています。また、台湾海峡の平和と安定を維持するために、国際社会と協力していく姿勢を表明しています。ただ、まだまだ十分ではありません。

自衛隊は、憲法第9条によって、他国に対する攻撃を禁止されています。しかし、自衛隊は、日本の領土、領海、領空を攻撃された場合にのみ、武力による反撃を行うことができます。これは、個別的自衛権と呼ばれています。また、日本が攻撃されていない場合でも、同盟国が攻撃された場合に、同盟国を守るために武力行使を行うこともできます。これは、集団的自衛権と呼ばれています。

2014年、日本政府は集団的自衛権の行使を容認する解釈を変更しました。これにより、自衛隊は、同盟国が攻撃された場合、より積極的に武力行使を行うことができるようになりました。しかし、自衛隊は、攻撃の必要性、攻撃の手段の相当性、攻撃の目的の正当性という3つの要件を満たす必要があります。

こういう制約はありますが、法律の解釈を変更したり、運用を弾力化するなどして、日本から、台湾への武器や装備を輸出を容易にし、台湾軍兵士を訓練できる体制を整えるべきです。

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2023年5月11日木曜日

中国、外資系コンサル摘発強化 「機微な情報」警戒―【私の論評】機微な情報の中には、実は中国の金融システムの脆弱性が含まれる可能性が高い(゚д゚)!

中国、外資系コンサル摘発強化 「機微な情報」警戒

習近平主席


 中国の国家安全当局が、外資系コンサルティング会社や調査会社の摘発を活発化させている。米欧が対中抑止のために、コンサル会社を使って中国の機密情報を不正に入手しているという見方を強めているためだ。習近平政権は、7月に改正反スパイ法の施行を予定するなど「国家安全」の強化を急いでおり、中国でビジネスを行う外資企業は懸念を強めている。

 中国メディアは11日までに、中国の国家安全機関が、米ニューヨークと中国・上海に拠点を置くコンサルティング会社「凱盛融英(キャップビジョン)」の中国国内の拠点を調査したと報じた。同社の従業員が共産党や政府機関、国防企業の関係者などと接触し、高額な報酬を渡して中国の「デリケートなデータ」を得ていたと伝えた。

 中国国営中央テレビは、「海外の組織」がコンサル会社などを使い、「わが国の重点分野の国家秘密や情報を盗み取っている」という当局の見方を強調した。

 ロイター通信によると、3月には米企業調査会社「ミンツ・グループ」の北京事務所が家宅捜索を受け、4月には米コンサル会社「ベイン」の上海事務所が従業員の聴取を受けている。外資系コンサル会社などへの摘発をキャンペーン的に進めているもようだ。

 中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は9日の記者会見で、キャップビジョンへの調査について「正常な法執行であり、業界の健全な発展を促し、国家の安全と発展の利益を守ることが目的だ」と主張した。

 コンサル会社や調査会社は、企業が事業判断を行うのに必要な現地情報を収集している。その中には軍事関連など政権にとって機微な情報も含まれているとみられ、こうした情報が米国などに流れることを当局は警戒しているもようだ。

 習政権は、米国など西側諸国との対立長期化を視野に入れ、「国家安全」を重視する姿勢を強めている。7月1日に施行される改正反スパイ法は、スパイ行為の定義を広げており、当局の恣意(しい)的な判断で外国人も摘発対象になる可能性が増すと懸念されている。

 3月には、中国の当局者や企業幹部と交友が深かったアステラス製薬の現地法人幹部が、反スパイ法などに違反した疑いで北京で拘束された。

 習政権は「ゼロコロナ」政策で傷んだ中国経済を回復させるため、外資企業の呼び込みも同時に進めているが、北京の日系企業幹部は「安心して新規投資ができる状況ではない」と困惑する。

■中国の反スパイ法 習近平政権が2014年に施行した。今年4月には中国の立法機関、全国人民代表大会(全人代)常務委員会が反スパイ法の改正案を可決し、7月1日に施行することが決まっている。現行法はスパイ行為の定義を「国家機密」の提供などとしているが、改正法では「国家の安全や利益に関わる文献やデータ、資料、物品」の提供、窃取、買い集めも盛り込んだ。「国家安全」の定義はあいまいなため、当局の恣意的な摘発がさらに増えることが懸念されている。


【私の論評】機微な情報の中には、実は中国の金融システムの脆弱性が含まれる可能性が高い(゚д゚)!

中国の国家安全当局が摘発している外資系コンサルティング会社や調査会社は、主に以下の分野の機微な情報を入手していると考えられています。

  • 軍事関連:軍事技術、兵器システム、軍事戦略など
  • 先端技術関連:人工知能、半導体、量子技術など
  • 経済関連:経済政策、企業情報、貿易情報など
  • 政治関連:政府機関の内部情報、政権の政策方針など

これらの情報は、中国の安全保障や経済に大きな影響を及ぼす可能性があるため、中国政府は機密扱いしています。しかし、米欧のコンサルティング会社は、中国の企業や政府機関と取引する際に、これらの機密情報を不正に入手しているという疑いを持たれています。

具体的な事例としては、2022年に中国の国家安全当局が摘発した米系コンサルティング会社「ベイン・アンド・カンパニー」が挙げられます。ベイン・アンド・カンパニーは、中国の通信大手・華為技術(ファーウェイ)の内部情報を不正に入手したとして、中国政府から罰金を科されました。

中国政府は、外資系コンサルティング会社や調査会社による機密情報の不正入手に対して、厳しい取り締まりを行っています。今後も、このような摘発が活発化していくと考えられます。

ただ、中国の軍事技術や先端技術が欧米由来であるため、進展度合いに凸凹があります。たとえば、中国はステルス戦闘機や弾道ミサイルなどの最先端兵器の開発に成功したようですが、対潜戦争や電子戦などの分野では依然として欧米に遅れをとっています。

対潜戦争は、潜水艦を探知、追跡、撃沈する能力を必要とする複雑な分野です。中国海軍は、この分野で経験が不足しており、必要な能力を獲得するために努力しています。電子戦は、敵の電子機器を妨害または無効にする能力を必要とする分野です。中国海軍もこの分野で経験が不足しており、必要な能力を獲得する必要があります。

ロサンゼルス級原子力潜水艦の上空を飛行するオライオン対潜哨戒機

対潜戦は、海洋の戦いでの勝敗を決める決定的な要素です。電子戦はすべての戦いでの勝敗を決める決定的な要素です。

中国は軍事技術の分野で急速に進歩していますが、欧米に追いつくにはさらに時間がかかります。すでに確立された研究をもとに開発は進んでいるものの、次世代の研究は欧米から比べると遅れている可能性があります。

いわゆる先端技術もこれと似たような状況にあると考えられます。このようなことから、欧米が中国から軍事技術や先端技術を手に入れるというよりは、どの段階にまだ達したかという情報を入手している可能性はあります。

私自身は、軍事・先端技術情報よりも、経済関連に関しての情報に注目しています。

現在中国は国際金融のトリレンマに直面しています。国際金融のトリレンマとは、金融政策の独立性、為替相場の安定性、資本移動の自由化の3つは、同時に達成できないというものです。正式名称は、不可能の三角形(Impossible Trinity)です。米国の経済学者であるロバート・マンデルとアラン・テイラーによって提唱されました。これは、経験則によっても、数学的にも確かめられています。

中国は、金融政策の独立性と為替相場の安定性を重視しているため、資本移動の自由化を制限しています。しかし、資本移動の自由化が制限されていることで、中国の金融システムは脆弱になっています。


中国が独立した金融政策を実施できないことを示す具体的な兆候がいくつかあります。1つの兆候は、中国人民銀行が為替レートを安定させるためにしばしば介入していることです。これは、人民銀行が為替レートを操作する能力に制限があることを示しています。もう1つの兆候は、中国人民銀行が金利を引き上げることに消極的であることです。これは、人民銀行がインフレを抑制する能力に制限があることを示しています。

先程述べたように、国際金融のトリレンマにより、国境を越えて資本が自由に移動できる場合、中央銀行は為替レートの安定、低インフレ、金融政策の独立の3つをすべて達成することはできません。

これは、中国の金融システムの脆弱性を高める可能性があり、中国人民銀行が経済の安定を維持するための十分な柔軟性を持たないことを意味しています。

たとえば、中国人民銀行がインフレを抑制しようとする場合、為替レートの安定化や金融政策の独立を犠牲にすることになります。これは、中央銀行が金利を引き上げると、国内の金利と世界的な金利の差が生じ、資本が国内に流入する可能性があるためです。資本流入は、為替レートの上昇と金融政策の独立の喪失につながる可能性があります。

この脆弱性は、中国の金融システムがショックやストレスにさらされた場合に、金融危機につながる可能性があります。たとえば、米国が中国に制裁を課した場合、中国人民銀行は為替レートを安定させるために大量のドルを購入することを余儀なくされる可能性があります。これは、中国人民銀行の外貨準備を枯渇させ、金融危機につながる可能性があります。

さらに、中国人民銀行が金利を引き上げることに消極的であれば、インフレが制御不能になる可能性があります。これは、中国の経済成長の減速と金融危機につながる可能性があります。

全体として、国際金融のトリレンマにより、中国人民銀行が独立した金融政策を実施できないことは、中国の金融システムの脆弱性を高める可能性があります。この脆弱性は、中国の金融システムがショックやストレスにさらされた場合に、金融危機につながる可能性があります。

米国は、中国の金融システムの脆弱性を把握し、金融制裁をより効果的にするために、米欧のコンサルティング会社等による金融システムに関する機密情報の不正入手を行う可能性があります。これは、諜報活動の一般的な手法であり、米国が過去に使用した手法でもあります。

中国は、米国が過去にサイバー攻撃やスパイ活動を通じて中国の機密情報を盗んだ実績があるため、米国が中国の金融システムに関する機密情報を不正に入手する可能性を懸念していると考えられます。

全体として、中国は米国が中国の金融システムに関する機密情報を不正に入手する可能性を懸念しており、それに対処するための措置を講じています。その一つが、上の記事にも述べられているように、改正反スパイ法です。


改正法では「国家安全」の定義はあいまいなため、当局の恣意的な摘発がさらに増えることが懸念されています。

改正反スパイ法に関しては、当局の恣意的な摘発の問題が指摘されることが多いですが、それだけではなく中国での投資環境に悪影響を及ぼす可能性があります。

「国家安全」の定義があいまいなため、当局は、「国家安全」を理由に、企業や個人を恣意的に摘発することができる可能性があります。これは、投資家や企業にとって大きな不確実性を生み、中国への投資を思いとどまらせる可能性があります。

また、改正反スパイ法は、中国の金融システムや市場の不透明性を高める可能性もあります。これは、投資家にとってリスクが高まり、投資を思いとどまらせる可能性があります。

最後に、改正反スパイ法は、中国の国際的な評判を傷つける可能性もあります。これは、中国への投資や貿易を思いとどまらせる可能性があります。

全体として、改正反スパイ法は、中国での投資環境に悪影響を及ぼす可能性があります。投資家や企業は、これらのリスクを認識し、中国への投資を慎重に判断する必要があります。

これだけ弊害がありながら、中国政府が外資系コンサルタントの摘発を強化するのは、いくつか理由があるのでしょうが、やはり中国の金融システムの脆弱性を隠したいという意図もあるのではないでしょうか。それだけ、中共はこの脆弱性を表には出したくないのではないかと思われます。

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2023年5月10日水曜日

政府、中国大使発言に抗議 台湾巡り「日本民衆火に」―【私の論評】中国外交は習近平の胸先三寸で決まる、外交部長や大使等は他国に比較して地位も低く権限もない(゚д゚)!

政府、中国大使発言に抗議 台湾巡り「日本民衆火に」

中国の呉江浩駐日大使
 
林芳正外相は10日の衆院外務委員会で、中国の呉江浩駐日大使による台湾を巡る発言が「極めて不適切」として外交ルートを通じて抗議したと明らかにした。呉氏は4月に東京都内で開いた記者会見で、日本が台湾問題を安全保障政策と結び付ければ「日本の民衆が火の中に」引きずり込まれるなどと発言しけん制した。立憲民主党の松原仁氏への答弁。

 林氏は台湾海峡の平和と安定は日本の安全保障にとって重要だと強調。「対話により平和的に解決されることを期待するとの日本の立場を中国側に首脳レベルを含めて伝えている」と説明した。

【私の論評】中国外交は習近平の胸先三寸で決まる、外交部長や大使等は他国に比較して地位も低く権限もない(゚д゚)!

上の中国の駐日大使の発言に関しては、確かに不埒なもので、とても許容できるものではないのは確かです。ただ、中国においては外交の地位は他国と比較すれば、かなり低いことも理解しておくべきと思います。それを知った上で、上の記事を読めばまた違った見方ができると思います。

これについては、なせが日本のマスコミは報道せず、誤解を生むこともしばしばあります。

上の記事もそうです。上の記事だと、普通の国の権限のある外国の大使がとてつもない発言をしたかのように受け取る人も多いのではないかと思います。

中国では、外交の位置づけは、低いです。現在の中国の外交部長(外交トップ)である、秦剛は王毅氏の後任ですが、日本でいえば外務省の「部長レベル」とみるべきです。中国の序列からみれば、政治局員である王毅氏の方が完全に上です。

中国外交部

3月7日、中国の秦剛外相は、北京で開かれている全人代=全国人民代表大会に合わせ、就任以来初めてとなる記者会見を行いました。会見では、「米国が方針を変更しなければ衝突、対立は避けられない」と警告する一方で、関係改善も呼びかけました。敵対的とみなした相手を威嚇する「戦狼外交」の姿勢を示しています。

しかし、この発言、秦剛外相は交渉できる立場にないわけですから、結局強気な話を発信することしかできないのです。その立ち位置での発言を日本のマスコミが大きく取り上げているのは、滑稽ですらあります。そうして、それは駐日中国大使も同じことです。

中国の外交部長は、日本外相どころか、王毅氏も国家間の交渉相手とはならず、トップの習近平氏しかその立場にありません。これは独裁国家・共産圏の常であり、トップが外交で道を見誤ると大変なことになります。

習近平氏が何かを思い込んだら大変なことになりかねません。そのため米国様々な牽制球を投げ習近平の意図を探ろうとするのです。

習近平

このような中国ですから、外国大使の地位や権力は、他のいくつかの国に比べてかなり低いと考えるべきです。これは、中国が外交問題において共産党の役割をより重視する独自の政治システムを有しているためです。

大使が国家元首や政府の個人的な代表とみなされる他のいくつかの国とは異なり、中国では、外国の大使は、主に中国政府に対するそれぞれの国の代表とみなされます。駐中国大使は高官と接触でき、外交行事や交渉で自国を代表することができますが、他国の大使に比べ、中国の外交政策の決定に直接影響を与えることはほんどありません。

さらに、中国においては、外国大使の任命は中国政府の承認が必要です。つまり、中国政府は誰を駐中国大使に任命するかについて大きな支配力を持っており、政治的な理由やその他の理由で好ましくないと判断された候補者を拒否することができます。これに対して、他の多くの国では、外国大使の任命は主に派遣国の特権です。

また、中国では、外国大使と中国政府の最高意思決定者との間に、何層もの官僚機構が存在することも注目に値します。このため、大使が中国の外交政策の決定に直接影響を与えることは、ほとんどありません。

全体として、在中国大使は自国を代表し、中国政府と関わる上で重要な役割を担っていますが、その地位や影響力は他の国の大使に比べ、かなり限定的といえます。

日本等先進国の大使は、正式な名称を「特命全権大使」といいます。 互いに直接会って話す機会が限られている国のトップに代わり、自国の全権代表として条約に調印・署名できるなど大きな権限を持っています。

冨田駐米特命全権大使

要するに、中国が他国に派遣する大使も、他国から中国に派遣される大使も、中国においてはかなりランクも低く、できることは限られており、極端に言ってしまうと連絡係くらいに考えたほうが良さそうです。

上の記事も連絡係の権限もほとんどない呉江浩が、愚かな大言壮語をはいたということです。他の先進国の大使等が語ったのとは大違いです。他の先進国等の大使が同じようなことを言えば、場合によっては、断交などのこともあり得ます。そこまでいかなくなても、関係はかなり悪化することになるでしょう。

中共も、いちおう外交部や大使は、中国の顔と受け取られているのですから、ある程度まともな教育や躾などすべきでしょう。そもそも、権限もない大使であっても、「日本の民衆が火の中に」などと発言すれば、印象はかなり悪くなります。

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2023年5月9日火曜日

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カナダのジョリー外相

まとめ

カナダと中国の関係発火は、孟晩舟逮捕が発端(2018年12月)。
・中国が2人のカナダ人をスパイ容疑で拘束。
・カナダの人権懸念、新疆ウイグル問題への対抗措置。
・中国によるカナダ輸出品への貿易制限。
・カナダ人ロバート・シェレンバーグへの死刑宣告。
・関係の複雑性、改善の見込み低い。
・日本の「ペルソナ・ノン・グラータ」外交政策。
・中国人活動家馮正虎の入国拒否と追放事例。

 カナダ政府は8日、カナダに駐在する中国人外交官1人に対し、「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外退去を通告した。この外交官は、中国当局による少数民族ウイグルの扱いを非難するカナダ下院議員とその香港に住む親族への脅迫を企てたとされる。在カナダ中国大使館の報道官は8日、カナダ政府に「対抗措置を取る」と抗議した。

 カナダのジョリー外相は8日の声明で「我々はいかなる形の外国からの干渉も容認しない」と述べた。カナダ放送協会(CBC)によると、退去を通告された外交官は5日以内にカナダを出国する必要がある。

 カナダ紙グローブ・アンド・メールによると、カナダ情報機関は2021年の報告書で、中国・新疆ウイグル自治区の人権侵害をジェノサイド(集団殺害)と非難するカナダ下院決議を支持した野党保守党の議員とその親族らが中国当局による脅迫の標的にされていると指摘。今回、退去を通告された外交官の情報取集活動に言及していた。

 中国当局は脅迫を通じ、中国共産党に批判的な保守党議員らの態度を抑え込もうとしたとみられている。

【私の論評】スパイ防止法を制定すれば、日本は自国の利益を守り、責任ある国際社会のリーダとしての役割をさらに主張できる(゚д゚)!

まとめ
・カナダと中国の関係発火は、孟晩舟逮捕が発端(2018年12月)。
・中国が2人のカナダ人をスパイ容疑で拘束。
・カナダの人権懸念、新疆ウイグル問題への対抗措置。
・中国によるカナダ輸出品への貿易制限。
・カナダ人ロバート・シェレンバーグへの死刑宣告。
・関係の複雑性、改善の見込み低い。
・日本の「ペルソナ・ノン・グラータ」外交政策。
・中国人活動家馮正虎の入国拒否と追放事例。

カナダと中国の関係悪化は、2018年12月のファーウェイ幹部・孟晩舟の逮捕に遡ることができる。孟は、銀行詐欺と米国の対イラン制裁違反の容疑で彼女の身柄引き渡しを求める米国の要請により、バンクーバーで逮捕されました。

中国は孟氏の逮捕に即座に反応し、報復的な動きと広く見られているように、2人のカナダ人、マイケル・コヴリグとマイケル・スパボールをスパイ容疑で拘束した。彼らの拘束は、カナダとその同盟国から政治的な動機があるとして広く批判されています。

帰国したファーウェイの孟晩舟が深圳の空港で英雄として出迎えられる。お出迎えしているのは、市民ではなくファーウェイの社員らしいが・・・・・

それ以来、カナダは中国の人権記録、特に新疆ウイグル自治区のウイグル族ムスリムの扱いに懸念を表明し、ウイグル族の迫害に関与しているとされる中国の当局者や団体に制裁を課してきました。

さらに、中国がキャノーラ油や豚肉などカナダの輸出品に貿易制限をかけたり、カナダ人のロバート・シェレンバーグにすでに15年の懲役を宣告した後に麻薬密売容疑で死刑を宣告するなど、他の緊張要因もあります。

全体として、カナダと中国の関係悪化は、政治、経済、人権の複雑な問題に根ざしており、根本的な力学に大きな変化がない限り、すぐに改善されることはないでしょう。

日本でも、「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として外国人を追放したことがあります。

ペルソナ・ノン・グラータとは、外交用語で、受け入れ国にとって受け入れがたい、または歓迎されないと考えられる外国人を表す言葉です。日本では、外国人をペルソナ・ノン・グラータとして認定する権限は外務省にあります。

2011年、成田空港に3カ月以上滞在していた中国人活動家、馮正虎(フェン・ジェンフー)を追放したのは、その一例です。馮氏は何度も日本への入国を拒否され、空港のトランジットエリアで生活するようになったことに抗議していた。日中両政府の交渉の末、ようやく入国が許可されたが、数週間後に「ペルソナ・ノン・グラータ」となり、追放されました。

中国人活動家、馮正虎(フェン・ジェンフー)

馮氏は数年前から中国と日本を頻繁に行き来していましたが、2010年に日本の入国管理局から「不適切な活動である」という理由で入国を拒否されました。何度も入国を拒否された馮氏は、成田空港のトランジットエリアに住み、日本に入国せずに滞在することにしました。

馮氏の抗議活動は、日本国内だけでなく、国際的にも広く注目され、支持されるようになりました。馮氏のもとには多くの人権擁護団体やジャーナリストが訪れ、彼の話はメディアで大きく取り上げられた。

数カ月にわたる日中両政府の交渉の末、2011年1月にようやく入国が許可されたのですが、その数週間後に「ペルソナ・ノン・グラータ」と認定され、追放されました。日本政府は、馮氏の行動が訪日の目的にそぐわず、「空港とその利用者に迷惑をかけた」として、追放の理由に挙げています。

馮氏のケースは、政治的環境が制限されている国で活動家や反体制派が直面する課題、そして彼らが海外渡航や避難を試みる際に遭遇する困難を浮き彫りにしています。

また、2005年には、韓国のビジネスマンを装っていた北朝鮮のスパイを追放した例もあります。このスパイはスパイ容疑で逮捕され、懲役6年の判決を受けましたが、北朝鮮との外交交渉の一環として早期釈放されました。しかし、日本政府は彼をペルソナ・ノン・グラータとし、国外追放にしました。

最近では、ロシア軍が侵攻したウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊で多数の民間人の犠牲が判明したことを受け、日本政府は2022年4月8日、在日ロシア大使館の外交官とロシア通商代表部の職員計8人の国外退去を求めました。日本政府は「外交に影響が出る」としてロシア外交官らの追放に慎重でしたが、欧州各国に足並みをそろえた形です。ロシア産石炭の輸入削減と合わせ、追加制裁の柱となる。


外交官の地位を定めたウィーン条約では、受け入れ国は外交官らを「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物、PNG)」として派遣国に通告し、国外退去を求めることができると定めています。「外交分野での最も厳しい措置の一つが外交官追放」で、ウィーン条約などに基づく今回のロシア外交官ら8人に対する国外退去要請は異例と言えます。

なお、ペルソナ・ノン・グラータを宣言する権限は、一般に国家の安全保障やその他の重大な事柄に関わるケースに限られ、軽々しく使われることはありません。

ペルソナ・ノン・グラータを宣言は外交使節を交換している国家間で相手国に対してできます、使節団の外交官以外の職員および領事についても同様です。

ただ、ペルソナ・ノン・グラータは使節団の外交官、それ以外の職員、及び領事以外には指定できません。それ以外の人も、スパイ活動をしている可能性は高いというより、当然のことなが活動しているべきとみるべきです。

日本には、機密情報の保護に関する法律や外国為替及び外国貿易法などのスパイ行為や国家安全保障に関連する法律や規制があり、機密情報の不正な開示や国家安全保障を脅かす活動に従事した場合には、罰則が定められています。しかし、現在の日本には、外国の情報収集活動を具体的に対象とした包括的なスパイ防止法は存在しません。いずれ他先進国なみの、法整備は避けて通れません。

包括的なスパイ防止法がなければ、日本は国家安全保障上の利益を保護し、国境内における外国のスパイ活動を防止するという点で不利になる可能性があります。

このことは、以下のいくつかの具体的な損失をもたらす可能性があります。

データ漏洩のリスクの増加: 日本には、高度な技術や知的財産を開発・生産する企業が数多く存在します。スパイ行為に対する強力な法的保護がなければ、これらの企業は、外国人によって機密情報が盗まれたり、漏えいしたりする危険性があり、経済的または安全保障上の損害につながる可能性があります。

国際的な信頼を損ねる: 日本は、国際貿易や外交において重要な役割を担っており、これらの関係において信頼は不可欠な要素です。日本がスパイ行為に対する十分な法的保障を欠いているとみなされた場合、他国は機密情報の共有や協力に消極的になり、日本の戦略的目標達成の妨げとなる可能性があります。

軍事上の優位性の喪失の可能性: 日本はアジア太平洋地域の主要な軍事大国であり、その軍事力は地域の安定を維持するために不可欠です。スパイ防止法がなければ、日本は外国の情報収集活動に対して脆弱となり、軍事機密が漏洩し、軍事的優位性が損なわれる可能性があります。

国家安全保障への脅威: 日本の情報機関は、その努力を支援する包括的な法的枠組みがなければ、外国のスパイ活動を検知し防止することがより困難になる可能性がある。これは、テロ攻撃やサイバー戦争のリスクを含む、日本の国家安全保障に対する潜在的な脅威をもたらす可能性がある。

全体として、日本における包括的なスパイ防止法の欠如は、日本の競争力、安全保障、国際社会における地位を損ないかねないです。スパイ防止法を制定することで、日本は自国の利益を守り、責任ある国際社会のリーダとしての役割をさらに主張することができるようになるでしょう。

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2023年5月8日月曜日

「王室を救えるのはケイトだけ」チャールズ国王戴冠式の陰で広がる危機説「英王室は消えて消滅する運命」―【私の論評】英メディアの「英王室危機報道」は、話半分に聴くべき(゚д゚)!

「王室を救えるのはケイトだけ」チャールズ国王戴冠式の陰で広がる危機説「英王室は消えて消滅する運命」



祝賀ムードの陰に危機説

英国王チャールズ3世の戴冠式が5月6日行われ、英国は祝賀ムードに包まれていると伝えられるが、その陰で英王室の危機説が広がっているのも確かだ。

英王室危機説はかねて取り沙汰されていたが、ここへきてその風評に火をつけたのが4月16日の英紙「サンデー・エキスプレス」の記事だった。

「英王室、崩壊寸前」

一面の全面に大きな見出しを掲げたその記事は英国のシンクタンク「キビタス」の調査分析に基づくもので、英王室の公務への従事が著しく減っておりこのままだと「存在感を失ってひっそりと崩壊してしまう」というものだ。

「キビタス」の調査によると、英王族がテープカットや国民との握手などをする公務に従事したのは昨年は2079回に過ぎず、2014年には3338回に上ったのが40%近くも減ってしまった。

その背景にはエリザベス女王やフィリップ殿下の死去、ヘンリー王子の米国への移住さらにヨーク公(アンドルー王子)がスキャンダルで公務を離脱していることなどが挙げられるが、それだけでなく王族の高齢化も公務従事を妨げていると「キビタス」は指摘する。

事実、エリザベス女王の従弟のケント公は87歳、その妹のアレクサンドラ王女は86歳、やはりエリザベス女王の従弟のグロスター公夫妻はそれぞれ78歳と76歳で、このままだと王族の公務への従事は「10年後には1000回に減るかもしれない」と「キビタス」は予想する。

「その存在を目にすることこそが信頼につながる」

エリザベス女王はこう信じて公務に励んだと伝えられるが、王族の公衆との接触がなくなれば「王室の終焉にもつながる」という王室問題の作家マーガレット・ホールダーさんの談話も「サンデー・エキスプレス」紙の記事は紹介している。

エリザベス女王時代にはほとんど見られなかった反王室運動も盛んになり、チャールズ国王が公務で訪れる先々で反対派グループによるデモが起き「ノット・マイ・キング(私の王ではない)」と書かれたプラカードを掲げて抗議するのが常態化した。(米ワシントン・ポスト紙)

さらに2日には、バッキンガム宮殿へ散弾銃の薬莢を投げ込んだ男が取り押さえられるという事件も起き、犯人の男は「国王を殺してやる」と叫んでいたと伝えられた。

世論調査会社Ipsosの最新の調査でチャールズ国王に対する英国民の信頼度は49%で、昨年9月王位を継承した時の61%から大幅に下落している。

祝賀ムードの陰に危機説

英国王チャールズ3世の戴冠式が5月6日行われ、英国は祝賀ムードに包まれていると伝えられるが、その陰で英王室の危機説が広がっているのも確かだ。

英王室危機説はかねて取り沙汰されていたが、ここへきてその風評に火をつけたのが4月16日の英紙「サンデー・エキスプレス」の記事だった。

「英王室、崩壊寸前」

一面の全面に大きな見出しを掲げたその記事は英国のシンクタンク「キビタス」の調査分析に基づくもので、英王室の公務への従事が著しく減っておりこのままだと「存在感を失ってひっそりと崩壊してしまう」というものだ。

「キビタス」の調査によると、英王族がテープカットや国民との握手などをする公務に従事したのは昨年は2079回に過ぎず、2014年には3338回に上ったのが40%近くも減ってしまった。

その背景にはエリザベス女王やフィリップ殿下の死去、ヘンリー王子の米国への移住さらにヨーク公(アンドルー王子)がスキャンダルで公務を離脱していることなどが挙げられるが、それだけでなく王族の高齢化も公務従事を妨げていると「キビタス」は指摘する。

事実、エリザベス女王の従弟のケント公は87歳、その妹のアレクサンドラ王女は86歳、やはりエリザベス女王の従弟のグロスター公夫妻はそれぞれ78歳と76歳で、このままだと王族の公務への従事は「10年後には1000回に減るかもしれない」と「キビタス」は予想する。

「その存在を目にすることこそが信頼につながる」

エリザベス女王はこう信じて公務に励んだと伝えられるが、王族の公衆との接触がなくなれば「王室の終焉にもつながる」という王室問題の作家マーガレット・ホールダーさんの談話も「サンデー・エキスプレス」紙の記事は紹介している。

エリザベス女王時代にはほとんど見られなかった反王室運動も盛んになり、チャールズ国王が公務で訪れる先々で反対派グループによるデモが起き「ノット・マイ・キング(私の王ではない)」と書かれたプラカードを掲げて抗議するのが常態化した。(米ワシントン・ポスト紙)

さらに2日には、バッキンガム宮殿へ散弾銃の薬莢を投げ込んだ男が取り押さえられるという事件も起き、犯人の男は「国王を殺してやる」と叫んでいたと伝えられた。

世論調査会社Ipsosの最新の調査でチャールズ国王に対する英国民の信頼度は49%で、昨年9月王位を継承した時の61%から大幅に下落している。

キャサリン妃の人気が鍵を握る?

こうした英王室に対する反感を鎮める役割に、今期待をかけられているのがウイリアム皇太子夫人のキャサリン(愛称ケイト)妃だ。

「ケイト(キャサリン)・ミドルトン無くして王室は崩壊する」(デイリー・ミラー紙電子版3月15日)

英国の大衆紙ミラー紙の記事は、ダイアナ妃の執事だったポール・ブレル氏の言葉を引用して「王室の将来はケイト(キャサリン)妃の双肩にかかっており、すべては彼女しだいだ」とする。

そのキャサリン妃はウイリアム王子が王位法定推定相続人の「ウェールズ公」となったのに伴って、「ウェールズ公妃」と義母のダイアナ妃と同じ称号で呼ばれることになり、今なお根強いダイアナ妃の人気を継承することになった。

「かつて英王室の将来はダイアナ妃しだいだと言われた。そして今もう一人のウェールズ公妃が王室の将来を決すると期待をかけられている。しかしそれは決して羨むようなことではないのだ」

ブレル氏はこうキャサリン妃の責任が重いことを指摘するが、キャサリン妃もそれは重々承知しているように見える。

6日の戴冠式で、キャサリン妃は冠ティアラの代わりに銀とクリスタルで葉を模した髪飾りをつけたのが注目された。王室の権威をなるべく示さないよう配慮したものと言われたが、これも王室と国民の隔たりを埋める努力の表れだったのだろう。

【私の論評】英メディアの「英王室危機報道」は、話半分に聴くべき(゚д゚)!

英国王室が消滅の危機に瀕しているというのは事実ではありません。王室には長い歴史があり、王位継承制度が確立されているため、常に直系の王位継承者が存在するのです。現在王位継承権は、長男のウィリアム王子、そしてウィリアムの長男であるジョージ王子の順で継承されています。また、一族には、必要に応じて王位を継承する可能性のある他のメンバーも含まれています。

英王室

過去には、後継者不足の可能性が懸念されましたが、近年はその懸念がほぼ解消されています。例えば、2013年に皇位継承法が改正され、女性の王位継承者が男性の弟妹に奪われることがなくなるようになりました。さらに、王室は結婚や出産を通じて拡大し続けており、最近も数人の若い皇族にお子さんが誕生しています。

全体として、王室が直面する不確実性や課題はあるかもしれないですが、王室が消滅の危機に瀕しているという兆候はありません。

メディアは英王室に関して無責任な報道をするのは珍しくはありません。以下はその例です。

1. 捏造記事: 一部のメディアでは、英国王室に関する事実無根の捏造記事を掲載したことがあります。例えば、2020年、多くのタブロイド紙が、ウィリアム王子とケイト・ミドルトンが離婚を計画していると報じました。夫妻はこの噂を激しく否定したが、虚偽の報道は流布され続けました。

2. 誤解を招くようなヘッドライン: 一部のメディアは、誤解を招くような見出しを使って、王室が危機に瀕しているという印象を与えています。例えば、2019年、『Daily Mirror』の見出しには、"Queen Elizabeth II prepares to abdicate throne following death of Prince Philip "(エリザベス女王、フィリップ王子の死去に伴う退位の準備を進める)とありました。記事自体は、その主張を裏付ける証拠がないことを認めていましたが、この見出しは、女王が間もなく退位する予定であるかのような誤った印象を与えました。

3. 家族の将来に関する憶測 :メディアは、王室の個々のメンバーの将来についても憶測を呼び、王室が混乱しているとの印象を与える要因となっています。例えば、ウィリアム王子とハリー王子の関係については、一部のメディアで疎遠になっているとの憶測が広まっています。しかし、2人の兄弟は、意見の相違があることを認めつつも、家族への献身や慈善活動への貢献を強調しています。

全体として、英国王室に関するメディアの無責任な報道は、王室が危機的状況にあり、消滅の危機に瀕しているという誤った物語を助長しています。王室内には課題や意見の相違があるかもしれないですが、王室は依然として強く、公的生活における役割にコミットしていることを示す証拠があります。

英国メディアによる王室報道

英国王室に関するメディアの報道は、クリック数や閲覧数を稼ぎたいという欲求に駆られることが多いようで、その結果、センセーショナルで誤解を招くような報道がなされることがあります。

以下は、メディアがそのような行動をとる可能性のある理由です。

1.注目を集めるための競争: 多くのメディアが人々の注目を集めようと競い合っているため、人目を引く見出しや記事を作らなければならないというプレッシャーが常にあります。そのため、記事をより面白く見せるために、事実を誇張したり歪曲したりすることがあります。

2.利益動機: 多くのメディアは、広告収入と視聴者のエンゲージメントに依存する営利企業です。エンゲージメント率とは、メディアなどが投稿したコンテンツに対してユーザーが反応してくれた割合を表す指標クリック数や閲覧数のことであり。広告収入の増加につながるため、クリック数を稼ぐセンセーショナルな記事に注力することになりかねません。

3.公共性の高さ: 英国王室は国民の関心が高いテーマであり、メディアによる王室報道は国民の認識や態度を形成する可能性があります。メディアによっては、王室の活動を報道する義務があると考える場合もありますが、その際、説得力のある記事を作るために、憶測や誇張に頼ることもあります。

4.アクセス権の欠如: 王室はプライベートな存在であり、関わるメディアを選別することで知られています。そのため、ジャーナリストたちの間で、最初に記事を書く、あるいは独占的な情報を入手するという競争意識が生まれることがあります。場合によっては、競争に勝ち残るために、根拠のない噂やゴシップを発表することもある。


英国人は、新聞・雑誌などの情報をほとんど信用しないようです。今回の新聞などの「英王室危機報道」もほとんど信用していないと思われます。

全体として、英国王室に関するメディアの報道は、競争、利益動機、公共の関心、アクセスの欠如など、さまざまな要因によって影響を受ける可能性があります。事実を正確に、偏りなく報道しようと努力する責任あるジャーナリストもたくさんいますが、誤解を招くような、あるいはセンセーショナルな報道が、英国王室とその活動に対する歪んだ見方を助長する例もあるようです。

英メディアの「英王室危機報道」は、話半分に聴いておいたほうが良さそうです。

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2023年5月7日日曜日

中国と「一帯一路」沿線国、貿易拡大が続く背景ASEAN向けの輸出好調、1~3月期は28%増加―【私の論評】中国の一帯一路地域との貿易は速いペースで成長しているが、欧米との貿易の減少を完全に補うには十分ではない(゚д゚)!

中国と「一帯一路」沿線国、貿易拡大が続く背景ASEAN向けの輸出好調、1~3月期は28%増加

国有海運大手、中国遠洋海運集団の大型コンテナ船

 中国海関総署(税関)は4月13日、1~3月期の通関統計に関する記者会見を開催。そのなかで、「一帯一路」の沿線諸国と中国の貿易総額が3兆4300億元(約66兆5135億円)に達し、前年同期比16.8%増加したと明らかにした。

 (訳注:一帯一路は中国を起点にアジア、欧州、南太平洋などを結ぶ広域経済圏構想。習近平国家主席が2013年に提唱した)

 なかでも好調ぶりが目立つのが、中国からASEAN(東南アジア諸国連合)への輸出だ。1~3月の中国とASEANの貿易総額は1兆5600億元(約30兆6389億円)と前年同期比16.1%増加したが、そのうち中国からの輸出は同28%の伸びを記録した。

 「ASEANでは中国製のアパレル、ベビー用品、(スマートフォンなどの)電子機器、家電製品など幅広い商品への需要が伸びている」。貿易振興団体の中国国際貿易促進委員会で展示会部門の責任者を務める熊粲欣氏は、財新記者の取材に対してそう解説した。

 中東や南アメリカとの貿易も拡大している。「わが社ではサウジアラビア、メキシコ、ブラジル、トルコなどの新興国向けの貨物輸送量が(前年より)3割以上増加した」。中国の物流大手、環世物流集団の創業経営者の林潔氏は、そうコメントした。
トルコ経由でロシアへの迂回輸出も

 例えばサウジアラビアでは、(インフラ開発などの)大型プロジェクトに巨額の資金が投入されつつある。「中国から大量の設備や資材の輸入が必要になっている」と、あるシンガポールの市場関係者は話す。

 海関総署の月次通関統計では、2022年12月に中国からサウジアラビアに輸出されたパワーショベルの総額が6792万ドル(約90億6400万円)に達し、過去最高記録を更新した。

 貿易の動きの変化からは、ロシアのウクライナ侵攻の長期化による影響も読み取れる。前出の林氏は、トルコ向けの輸出が拡大している背景について「ロシアが輸送ルートを変更し、大量の貨物がトルコを経由して黒海沿岸のロシアの港に運ばれている」との見方を示した。

 一帯一路の沿線諸国とは対照的に、アメリカやヨーロッパと中国の貿易は低迷が続いている。欧米の個人消費の回復が遅れているためだ。1~3月期の中国からアメリカへの輸出額は前年同期比17.0%、EU(欧州連合)への輸出額は同7.1%の減少となった。

【私の論評】中国の一帯一路地域との貿易は速いペースで成長しているが、欧米との貿易の減少を完全に補うには十分ではない(゚д゚)!

上に提示されている数字からすると、中国の一帯一路沿線諸国との貿易は、減少している米国やEUとの貿易に比べ、確かに速いペースで伸びているように見えます。


2021年1~3月の中国の対米輸出額は904億2000万米ドルで、2020年の同時期から17%減少しています。一方、同期間の中国の対EU輸出額は853億1000万ユーロ(約1037億6000万米ドル)で、前年同期比7.1%減となりました。

一方、同期間の中国の一帯一路沿線諸国との貿易総額は3兆4300億元(約5288億ドル)に達し、前年比16.8%増となりました。

この成長率は素晴らしいものですが、注目すべきは、中国の米国とEUを合わせた貿易額が、一帯一路地域との貿易額をまだはるかに上回っていることです。2021年第1四半期において、中国の輸出総額のうち、米国とEUへの輸出が約30%を占めるのに対し、一帯一路地域への輸出は約14%でした。

したがって、中国の一帯一路地域との貿易は速いペースで成長していますが、米国とEUとの貿易の減少を完全に補うには十分ではないようです。米国とEUは中国の輸出にとって重要な市場であることに変わりはなく、これらの地域との貿易に大きな変化があれば、中国経済全体に大きな影響を与える可能性があります。

さらに、一般的に、米国とEUはハイテク製品の輸出入に制限を設けていますが、通常の商業製品の輸出入には制限を設けていないというのが実情です。

実際、私は2020年の大統領選に用いられた、トランプ応援用のハットを持っていますが、それには「Made in Chaina」のタグがついています。これは、米国内で製造すると高くなるので、中国から輸入しているのでしょう。

トランプ応援用のMAGAハットを被る女性

米国とEUはともに、特定の機密技術の他国への移転を制限することを目的とした輸出管理制度を有しています。これらの輸出規制は、国家安全保障を守り、大量破壊兵器の拡散を防ぐことを目的としています。

米国の輸出管理制度は、商務省、国務省、国防総省を含む複数の機関によって運営されています。米国の輸出管理制度は、半導体などのハイテク製品、暗号化技術、ある種のソフトウェアなど、広範な商品、ソフトウェア、技術を対象としています。

同様に、EUにも独自の輸出管理制度があり、欧州委員会によって管理されています。EUの輸出管理制度も、デュアルユース品(民生と軍事の両方に応用できる品目)、拷問などの人権侵害に使われる可能性のある品目など、幅広い商品、ソフトウェア、技術を対象としています。

しかし、これらの輸出管理制度は、すべてのハイテク製品の輸出入を制限しているわけではないことに注意が必要です。機密性が高く、軍事的な応用が期待できる特定の種類のハイテク製品だけが、こうした規制の対象となります。家電製品や家庭用電化製品などの一般的な商用製品は、一般的にこれらの輸出規制の対象とはならず、自由に輸出入することができます。

とはいいながら、スマホなどの半導体の最新のものは、デュアルユース品とみなされ、制限の対象になります。最新の半導体製造装置などもそうです。

ただ、これらの制限はハイテク製品に限らず、強制労働を使用して生産されたものを含む他の商品やサービスにも適用される可能性もあります。

例えば、2020年9月、米国は、ウイグル族のイスラム教徒に対する強制労働や人権侵害の懸念を理由に、中国新疆ウイグル自治区からの綿花やその他の製品の輸入を禁止しました。この禁止措置は、特に綿花の主要生産地であり、中国における強制労働の主要な発生源である新疆ウイグル自治区からの製品を対象としました。

綿花の摘み取り作業をするウィグル人の子ども

同様に、EUも中国との貿易関係において、強制労働に対処するための措置を講じています。2021年3月、欧州議会は、特にソーラーパネルやその他の再生可能エネルギー製品の生産に関連して、中国における強制労働に対処するための対策強化を求める決議を採択しました。

同決議は、欧州委員会に対し、強制労働を使用して生産された商品に対する輸入制限を課すことを検討すること、および中国から商品を輸入する企業が人権侵害に加担していないことを確認するためのデューデリジェンス規制を導入することを求めました。

したがって、米国と欧州は中国とのハイテク製品の貿易に制限を設けていますが、これらの制限はハイテク製品に限定されるものではなく、強制労働を使用して生産された商品や人権侵害に関連する他の商品・サービスにも適用される可能性があります。

現状では、一帯一路の沿線国の貿易が伸びても、欧米との貿易を代替できるほどにはならないのは確かです。今でも欧米との貿易が減少することは、中国経済に悪影響を及ぼすことになります。

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2023年5月6日土曜日

アメリカの内政統括役にタンデン氏 主要会議トップで初のアジア系―【私の論評】米民主党内の中道派が盛り返しつつあることを象徴する人事か(゚д゚)!

アメリカの内政統括役にタンデン氏 主要会議トップで初のアジア系

ニーラ・タンデン氏

 バイデン米大統領は5日、内政を統括する国内政策会議(DPC)委員長にニーラ・タンデン大統領上級顧問を起用すると発表した。近く退任するスーザン・ライス氏の後任となる。バイデン氏が再選を目指す2024年の大統領選に向けて、1期目の任期前半に成立させたインフラ投資法や気候変動・医療対策法などに基づき、内政面の実績作りを統括する。

  タンデン氏はインド系米国人で、民主党のクリントン、オバマ両政権でもホワイトハウスで大統領を支え、米シンクタンク「米国先端政策研究所」の所長も務めた。ホワイトハウスによると、国内政策会議、国家安全保障会議(NSC)、国家経済会議(NEC)の三つの主要な政策会議のトップにアジア系米国人が就くのは、タンデン氏が初めてとなる。

  バイデン氏は5日の声明で「ニーラは上級顧問として、内政、経済、国家安全保障と幅広い政策決定過程を監督してきた。(オバマ政権での)医療保険改革の主要な立案者でもあり、新たな役割でも緊密に連携するのを楽しみにしている」と述べた。

  バイデン氏は20年の大統領選後、タンデン氏を行政管理予算局(OMB)局長に指名したが、過去に共和党議員や民主党の急進左派を激しく非難したタンデン氏の言動が問題視され、人事案を撤回した経緯がある。DPC委員長は連邦上院での人事承認は必要ない。

【私の論評】米民主党内の中道派が盛り返しつつあることを象徴する人事か(゚д゚)!

上の記事にある、共和党や民主党の急進左派を激しく非難したタンデン氏の言動とは、どのようなものなのか、以下に具体的に掲載します。

OMB長官に指名された当時のタンデンとバイデン(右)

バイデン政権発足直後、ニーラ・タンデンは、バイデン大統領によって行政管理予算局(OMB)長官に指名されましたが、最終的に2021年3月に指名が撤回されました。撤回されたのは、民主党のジョー・マンチン上院議員を含む複数の上院議員が彼女の指名に反対することを表明し、その理由として彼女のソーシャルメディアにおける過去の発言を挙げたためです。

タンデンの過去のツイートや発言は物議を醸すとされ、民主党と共和党の双方から批判を浴びていました。例えば、タンデンはバーニー・サンダース上院議員や共和党のミッチ・マコーネル上院議員など、複数の著名な政治家について批判的なコメントをしたことがあります。

2017年のツイートでは、サンダース上院議員を「クレイジー」と呼び、自身の記録について「嘘をついている」と非難しています。彼女はまた、アフォーダブル・ケア法(オバマ・ケア)を廃止しようとする共和党の取り組みを "下劣 "で "邪悪 "だと批判していました。

2020年米大統領選挙の候補者だったサンダース上院議員

特定の政治家に対する発言に加え、タンデンはソーシャルメディア上での全体的なトーンについても批判されていました。彼女のツイートの中には、不必要に対立的、敵対的と見られるものがあったとされています。例えば、2017年のあるツイートでは、共和党のスーザン・コリンズ上院議員を "最悪 "と言い、別のツイートでは、共和党を "気持ち悪い無責任 "と非難しました。

全体として、タンデンの過去の発言とソーシャルメディアにおける彼女の対立的なスタイルが組み合わさって、彼女の指名が撤回されるに至ったのです。

さて、バイデン政権により、国内政策会議(DPC)委員長にニーラ・タンデン大統領上級顧問を起用することになりましたが、これは何を意味するのでしょうか。

一般に、DPC の議長の役割は、幅広い国内政策問題について大統領に助言し、様々な機関や部署にまたがる政策イニシアチブを調整することです。ニーラ・タンデンがこの役割に起用されれば、バイデン政権が彼女の指導力に自信を持ち、政権の国内政策課題を形成していることを示すことになります。

民主党内には、中道・穏健派とは異なる思想を持つ進歩派や左派など、さまざまな派閥や思想集団が存在します。既存の民主党議員の中には、特に経済政策、医療、外交に関する問題で、党内の進歩派の影響力を懸念する声もあります。

一部の民主党議員が抱いている懸念の一つは、「万人のための医療」や「グリーン・ニューディール」のような、経済への政府の大幅な介入を求める進歩的な政策が、より穏健で中道派の有権者を遠ざけ、民主党が激戦区で選挙に勝つことを難しくする可能性があるというものです。また、民主党の中には、進歩的な政策が増税につながるのではないか、一部の有権者からは極端すぎる、過激だと思われるのではないかという懸念を表明している人もいます。

政策に対する懸念に加え、一部の民主党議員は、一部の進歩派の論調や戦術に懸念を表明しています。例えば、一部の進歩派は既成の民主党に批判的で、進歩的でないと見なす現職の民主党議員に予備選挙で挑戦するよう呼びかけています。これは党内の緊張を招き、このような挑戦は民主党の結束を損ない、選挙に勝つことを難しくするという懸念があります。

全体として、民主党内には多様な思想や意見が存在しますが、一部の民主党員は、党内の進歩派が政策、戦術、選挙戦略に及ぼす影響について懸念を表明しています。その具体的な事例を以下に掲載します。

以下に、米民主党内の進歩派や左派に懸念を示す民主党議員の具体的なコメントを紹介しま。
民主党のコナー・ラム下院議員は、2020年11月のCNNのインタビューで、民主党における進歩的な政策の影響に懸念を示し、「党内には、私たちがサンフランシスコの党になることを望む人たちがいる」と述べた。しかし、私はそれは間違いだと思う。それはアメリカ人のいる場所ではないと思う。"
民主党のアビゲイル・スパンバーガー下院議員は、2020年8月にニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した論説で、「警察への資金援助」や「社会主義」といった進歩的なスローガンが、スイング地区の有権者を遠ざけ、民主党が選挙に勝つことを難しくしていると述べた。彼女は、"私たちは11月に勝つことに集中する必要があり、極左のイデオロギーはその方法ではない "と書いています。
2021年1月、民主党のジョー・マンチン上院議員はMSNBCとのインタビューで、メディケアフォーオールやグリーンニューディールといった進歩的な政策に懸念を示し、「私はメディケアフォーオールに賛成していない」と述べた。一部の人のためのメディケアにお金を払うこともできない。上記すべてを信じるが、グリーン・ニューディールには賛成できない。"と述べています。
2021年2月、民主党のディーン・フィリップス下院議員はCNNのインタビューで、一部の進歩派の戦術に懸念を示し、「常に円陣を組んでいるような政党ではダメだ。私たちは互いに耳を傾け、互いを尊重し、私たちが大きなテントを持つ政党であることを理解することから始めなければなりません。"
これらはほんの一例ですが、民主党の一部が党内の進歩派や左派の影響力について表明している懸念の一端を示しています。

ニーラ・タンデンの政治的見解は一般に進歩的とされています、民主党内の政治的スペクトルの左側に位置するものとされています。リベラル系シンクタンク「アメリカ進歩センター」の代表を務めるタンデンは、医療へのアクセス拡大、気候変動対策、経済的不平等への対応といった政策を声高に主張してきました。

しかし、タンデンは、民主党内の中道派や穏健派と協力する姿勢でも知られています。米進歩センター(Center for American Progress)の会長として在任中、タンデンは進歩派と穏健派の間の溝を埋めることに努め、民主党が政策目標を達成するためには団結する必要があると主張しました。

全体として、タンデンの政治的見解は一般に進歩的と考えられてますが、中道派や穏健派と協力してきた実績から、彼女は中道寄りの進歩派と考えられるかもしれないです。

今回の、ニーラ・タンデン大統領上級顧問の国内政策会議(DPC)委員長への起用は、こうした中道・穏健派の民主党議員の懸念を払拭するためと、党内急進左派に対する牽制という意味合いもあるでしょう。


民主党の急進左派にくすぶっていた、軍事費の削減を求める主張や、海外の紛争と距離を置く傾向がウクライナ危機の前にかすんでしまいました。バイデン大統領は本来の米民主党の流儀を取り戻しつつあるようです。

ロシアのウクライナ侵攻が米民主党内の左派と中道派のバランスを変えたと言えます。ニーラ・タンデンのDPC委員長への起用は、その象徴であると考えられます。

今後、中道派がある程度勢いを盛り返せば、米共和党と協力しあえる部分が増え政権運営も安定するでしょう。日本に対する外交方針も変わる可能性があります。無論、日本にとっては良い方向に変わる可能性がでてきたと思います。


米下院に新設された「中国委員会」 米中関係はどこへ向かうか―【私の論評】10年以内に中共を潰す勢いの米下院「中国委員会」の設置で、日本も確実に近日中に対応を迫られる(゚д゚)!


2023年5月5日金曜日

物価上回る賃金上昇へあと一歩だ 20兆円程度の需要積み増しが必要 緊縮・引き締めなら景気は腰折れ―【私の論評】米国は消費税なしで成り立っている!問題の多い消費税制はいずれ廃止すべき(゚д゚)!


高橋洋一



 「物価高に賃金上昇が追いつかない」という状況が続いている。物価上昇はどこまで続くのか。そして賃金上昇が物価を逆転するのはいつで、どんな政策が必要なのか。元内閣参事官で嘉悦大教授の高橋洋一氏が読み解いた。高橋氏は、財務省の財政緊縮・増税路線に飲み込まれずに、政府が20兆円規模の需要拡大策を実施し、日銀が金融緩和を継続することが不可欠だと指摘する。

積極財政路線を警戒する財務省

 まず、足下の経済環境をみておこう。内閣府の2022年10~12月期四半期別国内総生産(GDP)速報(2次速報値、前年同期比)によれば、物価(GDPデフレーター)は1・2%上昇、雇用者報酬は同1・8%減だった。

 失業率は22年10月~23年2月で2・5%程度だ。ただし、この失業率の数字は雇用調整助成金により見かけ上、低めに出ていると考えたほうがいい。

 いろいろと批判もあったが、安倍晋三・菅義偉政権で有効需要100兆円にもなるコロナ対策を行い、日銀が金融緩和を継続したために、マクロ経済は底抜けをしなかった。

 筆者が常に強調しているNAIRU(インフレを加速しない最低の失業率、2%半ば程度)を達成するまでには至っていないが、その近くにあるのは間違いない。失業率はややNAIRUより高めで、インフレ率はインフレ目標を安定的に達成する水準よりやや低いという状況だ。

 ここで、インフレ率を消費者物価(除く生鮮食品)でみると、例えば今年3月は前年同月比3・1%なので、高いという意見もあるだろう。しかし、1月の4・2%をピークとして徐々に低下するものと見込まれる。GDPデフレーターが2%には達していないことからわかるように、まだ成長の好循環が起こるような状態にはなっていない。

 これは、やはり内閣府が発表した昨年10~12月期の四半期別GDP速報でのGDPギャップ(総需要と供給力の差)をみてもわかる。そこでは、10兆円程度とされているが、内閣府の推計は供給力の天井が過小推計になっている。これを筆者が補正すると、総需要が20兆円程度積み増されれば、半年後くらいに、失業率が実質的なNAIRUになり、GDPデフレーターでみたインフレ率が2%になる公算が大きい。その場合、賃金上昇率はインフレ率を1~2%程度上回るようになるだろう。

 要するに、今はあと一歩の状況だ。ここで、増税や利上げを行うと、せっかく良くなってきた経済を腰折れさせてしまう。

 岸田文雄政権の内閣支持率は上がっている。岸田首相は襲撃事件を乗り越え、さらに5月の先進7カ国(G7)広島サミットを成功裏に終えた後に衆院解散・総選挙に踏み切る可能性もささやかれている。

 たしかに、外交で岸田政権は覚醒した感がある。3月のウクライナ訪問のタイミングは見事としかいいようがないものだった。しかし、ここで自信を持って「防衛増税」や「異次元少子化対策増税」を打ち出してしまうと、経済は腰折れしてしまう。

 21年10月の衆院選の前に、当時の矢野康治財務事務次官が月刊「文芸春秋」で「バラマキ批判」論文を寄稿した。筆者は増税路線を仕掛けてきたのだと受け止めた。

 今回も齋藤次郎元事務次官が同誌に論文を寄稿し、同じように仕掛けているとみている。日銀総裁も黒田東彦(はるひこ)氏から植田和男氏に代わったので、財政政策・金融政策ともに緊縮・引き締めを行いやすい環境だ。

 岸田政権がそれをこらえて経済運営するのか、できないのか。それによって物価がマイルドに上がり、賃金がそれを上回るかどうかが決まるだろう。

高橋洋一(たかはし・よういち) 元内閣参事官・嘉悦大教授。1955年東京都出身。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒。博士(政策研究)。80年大蔵省(現財務省)入省。理財局資金企画室長、米プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉純一郎内閣、第1次安倍晋三内閣で経済政策のブレーンを務める。菅義偉内閣で内閣官房参与。「『日本』の解き方」は夕刊フジで月~金曜連載中。

【私の論評】米国は消費税なしで成り立っている!問題の多い消費税制はいずれ廃止すべき(゚д゚)!

上の記事で高橋洋一氏が指摘していること、全く正しいです。日本人の賃金が上がるかどうかは、岸田首相の決断一つにかかっています。

これに対しては、付け加えることもないので、もう導入されてから30年以上もたつ消費税であり、消費税があるのが当たり前になってしまった現在、消費税そのものの是非について語ることはほとんどなくなりましたが、今日はあらためて、それについて述べようと思います。

今から34年前の1989年に消費税が導入されました。それと同時に国は「法人税と所得税」の最高税率を引き下げた。さらに相続税の最高税率も引き下げています。

消費税導入の初日、ネクタイの買い物をする竹下登首相夫妻=1989年4月1日、東京都中央区

消費税の導入前は「法人税や所得税」という、儲かったところから税金を徴収していました。しかし、消費税導入後は赤字企業からも徴収します。その結果滞納も増えています。当然の結果です。

税率が上がれば、さらに格差は広がります。2012年に経団連(日本経済団体連合会)が消費税19%を提言しています。

このときの提言は、「消費税率を2014年4月に8%、2015年10月に10%へ引き上げ、その後、2017~2025年度の間、税率を毎年1%ずつ引き上げ、最終的に19%とする」というものでした。

昨年10月、岸田総理が「消費税には触れない」と発言しており、今すぐの「増税」はない。しかし経団連や財務省の説明は、「国の基礎財政を維持するためには消費税率を上げる必要がある」としています。

現在、最も税収が多いのが消費税です。これが「19%」になれば、国民の税負担は単純に倍になります。

そしてトヨタが過去最高の業績を上げても輸出還付金が貰えるように、輸出大企業への還付金も倍になります。消費税率が上がれば、輸出大企業の税負担は減り、国民の税負担が増すのです。そうして、払えなくなる企業や個人もでてくことになります。

しかし、所得税のように「持っている人に課税」すれば無理なく徴収できるはずです。
「ある人から取って、ない人にまわす」これがアダム・スミスの租税原則です。アダム・スミスはイギリスの経済学者で、18世紀の市民革命期の租税思想を代表した人です。この人の考え方は、現在でも通じるものです。

以下にアダム・スミスの4大原則をあげておきます
■アダム・スミスの4大原則
〔1〕公平性の原則:各人の能力に応じて、公平に租税を負担すること。
〔2〕明確性の原則:租税は恣意的であってはならない。支払の時期、方法、金額は明確でなければならない。
〔3〕便宜性の原則:納税者が支払うのに、納税者の便宜をはかること。
〔4〕最小徴税費の原則:徴税のための費用が租税を上回ると“暴政”を招くので、徴税費は少ないほど良い。

アダム・スミスの像

「税負担は能力に応じて払いなさい」「能力の高い人は高い負担、能力の低い人は低い負担」というのがアダム・スミスの考え方です。

ドイツのワイマール憲法にも、税金は資力に応じて払うべきとありますし、フランス革命のきっかけは徴税問題です。

ところが消費税は「ないところから取って、あるところにまわす」。これを、あるところから取るようになれば、ある程度は下にもまわるはずです。

財務省や国会議員が「消費税を廃止したら国が立ち行かなくなる」と言いますが、この理屈は間違っています。消費税がなくても国は成り立ちます。

たとえば、米国には消費税がありません。消費税の原案を考えたのは米国人のシャウプ博士ですが、米国は熟考の末、消費税を導入しませんでした。消費税がなくても米国が立ち行かなくなってなどいません。

消費税導入前に一番税収が多かったのは「所得税と法人税」です。これは「儲かった人から取る」税金の双璧をなしていました。日本も消費税を廃止して、消費税導入前に戻せば良いのです。

しかしこのようなことを言うと、「日本は少子高齢化が進んでいるので、税収はどんどん減る。だから消費税を取らないと立ち行かなくなる」等という人もいますが、これは事実なのでしょうか。

しかし、少子高齢化が進めば、税収が減るが人口も減る。だから、やっていけないというのは間違いです。人口が減れば支出も減ります。だからバランスが取れることになります。

それに、「消費税」という税金の徴収が多ければ、物価が上がります。社会保険などの上限は決まっているので、高額所得者の負担金は減りますが、サラリーマンなど中間層から下の人の負担割合が増えていきます。だから所得格差が広がるのです。

低所得者層の負担が増えれば、当然、不景気になります。消費税は、「わずか少数の富裕層」がますます豊かになるだけです。人口の比率は、圧倒的に中間層から下の割合のほうが多いです。

「消費税」の負担が増えれば国民の税負担が増えて、世の中が不景気になります。逆に、消費税導入前のように、「儲けた人や企業に課税」するという、「法人税」や「所得税」の徴収が多ければ、本来の「税の基本概念」の通り、金持ちから貧乏人に健全に金が動くことになるのです。

さらに「消費税」のなかで、最も悪いのは「還付金」という制度です。この制度があるため、消費税は実質上「輸出企業への優遇税制」になっています。


税の基本概念は「富める者から、苦しんでいる者への分配」です。例えば、儲かっているクルマ屋さんがいたとします。そこが「利益の中から税金を納めて」、苦しんでいる他の会社や人を助ける。助けてもらって立ち直った人は、助けてくれたクルマ屋さんからクルマを買うことになります。そうやって「経済を循環させる」のが基本です。

しかし消費税は、赤字の会社からも「無理やり税金を徴収」するものです。

そうして「消費者から10%取りなさい」とは、消費税法の条文のどこにも書いていません。実は消費税は「消費者とは無関係」の税金なのです。

スーパーやコンビニなどで買い物をすると、10%消費税が乗ってきます。あれは自分が払っている消費税だと思っている人が99%でしょう。しかし、これは「消費税」ではないのです。「消費税」は、そういう税金ではありません。

コンビニやスーパーなどで物を買うと、10%消費税が乗ってきます。例えば、税率が10%上がったため100円のコーラが「110円」になったとしたら、普通、「10円分は国に納める」と思いますが、実はこれは消費税率が上ったことを「理由」に値上げされているのです。

「消費税」は、こういった“マヤカシ的”な説明のされ方をします。消費者が支払うのは商品代金であり、実際は消費税の納税義務は事業者にあります。しかし、事業者は10%を国に支払っていない。

消費税は、小売りの商品1個にかける税金ではなく、事業者が「1年間の総売上高×10%」から「1年間に仕入れた額×10%を引いた」その“残り”に対して10%かけた金額を納税します。

事業者が差し引くことが出来るのは、物品の仕入れだけではない。工場の建設費や社用車を買った、社員のユニホームを買った、家賃を払ったなど、いろんなものをそこから差し引くことが出来ます。

そこではじめて「10%」という数字が法律で出てくるわけで、「消費者から10%取りなさい」というのは条文のどこにも書いていないのです。

例えば、社屋を新築して工務店に多額の工賃を払ったとすると、「払った分は引ける」わけですから、その年は「消費税を国に納めなくてもいい」ということも起こり得るのです。

お店側も、「お客さんから預かって納めるだけだから楽だ」という単純な性質のものでなく、非常に煩雑な計算をして税額が決まるのです。

消費税率は10%だから、我々が払ったものはそっくり税務署・国に入るかのように感じますが、実は違うのです。「自分の税金」がどこに行ったかなど本当は正確には分かりません。

事業者は消費税など預かっていませんし、合法的に納税額をコントロールすることが出来るのです。

要するに、国民から10%の消費税を払わせているように思わせているだけで、純粋な商品代金なんです。これはマヤカシと言われても仕方ないと思います。このような事を言うと、半信半疑の人もいるかもしれませんが、現実に消費税は「値増し販売」であるという裁判の判決も出ています。

実際過去に「消費税がおかしい」と裁判所に訴えた人がいます。平成2年3月26日に東京地裁で行われた裁判で判決が出ています。

その判決には「消費者が払っていると思っているのは錯覚ですよ。あれは“消費税”という税金ではありません。あれは“物価の一部”です」と書かれています。

要するに、我々消費者が「税金」だと思って支払っていた「10%」は、商品代金の一部であって消費税ではないのです。つまり、値引き販売ならぬ「値増し販売」が行われているのです。

先にも述べたように、消費税の原案は、米国人のシャウプ博士が考えたものです。皆さんは「付加価値税」という名前を聞いたことがあるかもしれません。これは、英国などでも課されている税金です。英語では 「VAT(Value Added Tax)」です。これを最初に考えたのが、米国のシャウプ博士です。

昭和24年 (1949)商店主と税金について語るシャウプ博士(右眼鏡の人物)(福岡県福岡市)

シャウプ博士は戦後の1950年(昭和25年)に来日して日本の税制を考えたときに、初めて日本に「付加価値税」っていう税金を導入しようとしました。彼が作った税制は、今の消費税と全くスタイルが同じです。ただ、違うのは消費者が払う「間接税」ではなくて「直接税」ということです。

今、日本にある「法人事業税」という税金を変えて、税金を作ろうとしたわけですが、日本の国会で通ったものの、4年間塩漬けになって結局は廃案になりました。廃案になった最大の理由は「赤字会社への課税」という部分でした。当時の財界が猛反対したためです。当時は、輸出産業より、戦後復興・内需拡大が優先されていたからです。

消費税が現状のようになってしまったのは、フランス政府が自国の輸出企業を支援するために、「直接税」だった付加価値税を、無理やり消費税という「間接税」にしたことで、錯覚を起こしやすい税金にしてしまったことによります。

フランスは輸入が多くて、輸出が少ない国です。クルマのルノーもなかなか売れません。それで悩んで考えた末に、「一生懸命やっている輸出企業を応援しようじゃないか」となり。応援するにはどうしたらいいかということになり「税金を低くすこと」になったのです。

しかし、当時「GATT(関税及び貿易に関する一般協定)」という協定で法人税を下げることが禁止されている。「じゃあ、間接税ならいいんじゃないか」ということで、本来、シャウプ博士が考えた「直接税」であった付加価値税を「間接税」として導入したのです。これは「大企業に還付金を与えるために考え出したもの」です。

このようなことを言うと、消費税は「輸出企業応援税制」だから、消費税を廃止したら大企業の国際競争力がなくなるではないかという声が聞こえてきそうです。しかし、はっきり言いますが「消費税を廃止したら、大企業の国際競争力がなくなる」は“屁理屈”です。

その理由は先程もあげたように「米国」です。米国にはそもそも消費税がありません。「輸出企業応援政策」がなくても、国際貿易ができています。日本でも同じはずです。

「消費税を上げると国際競争力が高まる!」と言うのは“大企業と財務省”だけです。世界では「法人税の下げ止まり競争を止めましょう」という流れになってきています

「消費税を上げて、法人税を下げろ」を言うのは、大企業と財務省だけです。消費税を上げると、国際競争力ではなく、還付金により間違いなく大企業の「資金繰りが楽」になります。

「法人税が高いと国際競争力がなくなる。法人税は上げられない」などという声を聞くこともありますが、現在法人税は下げ過ぎです。

世界的には「法人税の下げ止まり競争を止めましょう」という議論が起こっています。日本では、消極的ですが、この考え方の方がスタンダードになってきています。

理想的には、やはり消費税を廃止して、導入前の高い法人税率に戻すこと。そうすれば、景気も良くなります。無論、それとともに、現状の日本では、上の記事で高橋洋一氏が語っているように、総需要が20兆円程度積み増する必要があります。これに消費税増税などを用いるのは、本末転倒です。

輸出企業は、消費税制によって「輸出還付金」等という、ぬるま湯に浸かっています。しかし、還付金がなければ「努力して世界で売れる商品を作り続ける」しか生き残る術はありません。最近、企業の国際競争力が落ちてきたなどといわれていますが、その背景にはこのようなこともあります。

消費税制で還付金制度を設ける方式にするのか、従来並に法人税が高いのか、どちらが発展するか等、答えは明白です。それは、なぜ昔はSONYなどの企業が世界の最先端を行っていたのに、現在は米国GAFAなどに後塵を拝しているような状況になっているかを考えればすぐにわかります。

それにしても「財務省や政治家」のような国民の幸せを考える側の人が、なぜ「消費税」に賛成するのでしょうか。それは、おそらく国民に喜んでもらうより「大企業に喜んでもらう」ほうが何かと都合が良いからだと思います。

あとは教育でしょう。有名大学の教授の多くが「大企業が強い国が経済大国」という考えななのです。官僚は、学生の頃からこのような教育されているのでしょう。

このような見方に対して、大企業の経営者や財務官僚は、「法人税率が高いと、日本を出て海外に拠点を移す」と言いますが、これも屁理屈に過ぎません。

法人税率が高いと、確かに安い税金は魅力的だと考える企業はあるでしょう。しかし、政府の統計にもありますが、海外に本社機能を移転するのは「人件費が安い」「莫大な工場用地を確保できた」という理由が圧倒的です。

それに、日本の証券取引所で株式を上場している企業が、税金が安いからという理由だけで「節税のため、本社は○○国です」と言って通すのでしょうか。私はそのようなことはないと思います。少なくと、本社機能は日本に残すと思います。

興味深いことには、「税金が安いから他の国に出る」ということを、最も許さないと考えているのは財務省なのです。財務省はさまざまな法律を作って、「税金が理由で日本を離れようとする企業」に規制を設けて防御しています。

ただ、これも本当に矛盾しています。平成年間には、デフレであろうがなかろが、財務省は消費増税を繰り返し、日銀は金融引き締めばかりを行っていました。そのため、デフレ・円高がすすみ、日本で製品を組み立てるよりは、中国などで製品を組み立てそのから輸出したほうが、はるかにコストが安くなるため、多くの企業が生産拠点を海外に移しました。国内産業の空洞化が進展しました。

結局のところ、財務官僚は増税によって、自ら他省庁への資金の差配力を増し権力を巨大化し、輸出企業を味方につけ、結局天下り先で優雅な生活を送りたいだけなのでしょう。

そのため、国民が苦しもうが、政府が国民の支持を失い、政権が安定せずに、短期政権になったすることなどはお構いなしで、増税するのでしょう。それが、財務省の増税の本当の理由ですから、そのようなことは口が避けても言えないのでしょう。まだ、そのくらいの恥じらいはあるようです。

しかし、その本音は隠して、さまざまな屁理屈をつけて結局は増税するので、さまざまな矛盾が噴出するのでしょう。消費税には他にも問題点があります。ここで述べるとまた長くなるので、いずれ機会を改めて掲載しようと思います。


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2023年5月4日木曜日

中国で2つの異なる景気回復ペース、見通し巡り懸念強まる―【私の論評】中共はアベノミクスのような異次元の包括的金融緩和ができない!中国経済は、今後しばらく低迷し続ける(゚д゚)!

中国で2つの異なる景気回復ペース、見通し巡り懸念強まる


 中国の景気回復の不均衡を示す新たな兆しが浮き彫りとなった。中国の4月の製造業活動が数カ月ぶりの縮小となる一方、連休中の旅行は急増し、個人消費を後押ししている。

 財新とS&Pグローバルの4日の発表によると、4月の財新中国製造業購買担当者指数(PMI)は49.5と、前月の50から低下し、1月以来初めて製造業活動の縮小を示唆した。

 これは労働節の5日間の大型連休中に記録した観光関連の堅調なデータと対照的だ。国内旅行新型コロナウイルス禍前に当たる2019年の水準を19%上回った。ただ、観光関連の支出回復はさほど力強くなく、消費者が倹約志向を強めたことがうかがわれる。

 最新のデータは景気回復がますますまだら模様になっていることを示唆しており、1-3月(第1四半期)の中国経済が予想を上回る伸びを示した後、成長の見通しに陰りが出ている。

原題:China’s Two-Speed Economic Recovery Fuels Concerns About Outlook(抜粋)

【私の論評】中共はアベノミクスのような異次元の包括的金融緩和ができない!中国経済は、今後しばらく低迷し続ける(゚д゚)!

上の記事では、中国経済の現象面は語っていますが、その根本原因を語っていません。

このブログでも何度か述べてきたように、国際金融のトリレンマ(三すくみ)の理論によれば、独立した国内金融政策、安定した為替相場(固定相場制)、自由な資本移動の三つは、同時に実現できません。2つ選択できないのです。これは、経験則によっても知られていますし、数学的にも確かめられています。


実際、日米を含め殆どの国は上記三つのいずれかを放棄しています。これに対して中国は、金利・為替・資本移動の自由化を極めて漸進的に進める過程において、国内金融政策の自由度を優先しつつ、状況に応じて為替と資本移動に関る規制の強弱を調整することで、海外の資本・技術を取り入れて成長し、グローバルな通貨危機等の波及を阻止できました。

しかし、資本移動を段階的に自由化した結果、近時は人民元相場と内外金利差の相互影響が強まっています。これにより、国内金融政策が制約を受けたり、資本移動の自由化が一部後退するなど、三兎を追う政策運営は難しくなりつつあります。

中国は、グローバル経済に組み込まれた今や国単位では世界第2位(一人あたりのGDPでは、100円を少し上回る程度)の経済大国であり、こうした国は最終的に日米など主要国と同様の変動相場制に移行することで、国内金融政策の高い自由度を保持しつつ、自由な資本移動を許容することが避けられないと、多くの先進国のエコノミストは思っていることでしょう。

移行が後手に回れば国際競争力が阻害されたり、国内バブルが膨らむ恐れがあります。一方で、拙速に過ぎれば、大規模資本逃避や急激な人民元安が懸念されます。中国は今後一層難
しい舵取りを迫られることになります。 

従来のように、全体景気回復するには人民元を大量に刷り増すなどの、大規模な金融緩和をしそれを資金として、大規模な公共工事等すれば良いのですが、これを実施してしまうと、国際金融のトリレンマにより、大規模な資本の海外への逃避(ドルの逃避)や、大規模な人民元安になってしまうため、それができない状態にあります。

先にあげたように、日米など主要国と同様の変動相場制に移行することで、国内金融政策の高い自由度を保持しつつ、自由な資本移動を許容することは避けられないのです。

結局、中国は日米などの主要先進国と同様に、変動相場制に移行しなければ、金融緩和策を実施すれば、資本の海外逃避や急激な人民元安に見舞われるのは確実です。

習近平政権は、このことを理解しているかいないか判然としませんが、変動相場制に移行する気はないようです。人民元のデジタル化をすれば、流動性は多少は増すでしょう。現状ではデジタル元はあまり流通していませから大規模な緩和はできませんが、デジタル元を大規模に流通させたにしても、これによって大規模な金融緩和を行えば、やはり資本の海外逃避や、急激な人民元安は免れません。

デジタル化しようが、しまいが現状の中国の実体経済にほとんど影響はありません。これと、国際金融のトリレンマは全く別次元の問題です。

中国の国家統計局によると、今年1月から3月にかけてのGDP=国内総生産の実質成長率は前の年の同時期と比べプラス4.5%となりました。中国政府が掲げる通年での成長率の目標「プラス5%前後」には届かず、景気の回復が緩やかであることが明らかになった形です。

飲食などのサービス業中心の消費は回復していますが、自動車や家電の販売、不動産市場の低迷が続いています。

しかし、昨年の1月から3月にかけては、中国ではゼロコロナ政策が実施されていたことを考えると、今年はプラス4.5%になったとしても、このくらい伸びるのは普通のことだと考えられます。

会見で国家統計局の報道官は「国内需要の不足は明らかで、構造的問題があり、回復基盤の強化には努力が必要だ」との認識を示しています。

この構造的問題の中には、独立した金融緩和ができないこともふまれていのではと推測できます。

中国の街角

また3月の都市部での16歳から24歳までの失業率は19.6%と、去年3月の16.0%に比べ大きく悪化。「ゼロコロナ政策」で業績の悪化した企業が新卒の採用を減らしていることが原因とみられとしています。

ただ、この見方は正しくはないと思います。根本原因は、金融緩和ができないことでしょう。

以上のような問題、特に若年失業率を低減させるには、大規模な金融緩和をするのが必須ともいえます。日本ではアベノミックスにより、2013年4月から異次元の包括的金融緩和により、若年層の失業率が減り、とくに高卒・大(院)卒の就職率が劇的に良くなりました。

2023年、中国では1158万人が大学を卒業し、史上最も厳しいと言われる就職難に直面しています。大学卒業生は昨年と比べると7.6%も増加しており、就職を求める学生が市場に溢れるのは必至です。

中国の統計を見れば、2022年の時点ですでに大学卒業生の就職率は極めて低いことがわかります。文系学生の就職率はなんと12.4%と極めて低水準ですし、理系でも理学系が29.5%、エンジニア系が17.3%となっています。2023年にはこの数がさらに低くなるとみられているのです。

このような状況では、日本のアベノミクスのように異次元の包括的な金融緩和を実施すべきです。そうすれば、若者の失業率を低減できます。

それを中国政府は重々承知なのでしょうが、中国政府はそれができないのです。

若年失業率が高いことは、次代を担う若年層が就労というかたちで社会に参加できていないことを意味します。若年層は貯蓄が少ないうえ、失業保険などのセーフティーネットから漏れている人が多いため、失業は貧困や格差拡大につながりやすいです。

マクロ経済的な損失も大きいです。もっとも生産性の上昇が期待できる労働力を活用できなければ、必然的に企業はもちろん経済全体の活力も低下します。また、少子化の進行や人材の海外流出など、人的資本の縮小も誘発します。

若年失業率の上昇は、いずれの国においても社会の安定や国力を左右する深刻な問題であり、優先的な取り組みが期待される政策課題です。しかし、中国では失業率の高止まりが続くと見込まれます。

中国では大学新卒者の就職難や若者の失業率の高さが大きな社会問題に イメージです

理由の一つとして、大卒が今後も増え続けることがあり。高等教育の大衆化により大学の入学者は増え続けており、大卒がこれからも、1,100万人を超える水準で推移するのは間違いないです。それに加えて、大規模な金融緩和かできないという事情もあります。

長期的にみても、供給過剰が緩和される見込みは薄いです。国連の「世界人口推計2022年版」によれば、16~24歳の人口は2007年から減少し、2022年に1億4,439万人となる減少局面にあったものの、それを底に2033年まで増え続ける局面に入ります。

中国は、すでに2022年に人口減少社会に転じているとはみられますが、若年失業率は低下に向かうどころか、今後10年にわたり高止まりの状態が続くとみておくべきでしょう。

以上のようなことを考えると、中国が今後固定相場制から変動相場制に移行するなどの大胆な構造改革を行わない限り、中国経済は今の状態より一時的に少し良くなることはあったにしても、大きな趨勢では下降し続けることになるでしょう。

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