2024年6月14日金曜日

大学入試の「女子枠」、国立の4割導入へ 背景に「偏り」への危機感―【私の論評】日本の大学のジェンダー入学枠に反対 - アイデンティティ政治の弊害

大学入試の「女子枠」、国立の4割導入へ 背景に「偏り」への危機感



 国立大学における女子枠導入の現状は朝日新聞の調査によると、全体の4割に当たる33大学が、入試に「女子枠」を導入済みもしくは導入する方向にある。主に理工系の学部を中心に、学生の多様性確保が狙いとされている。

 既に12大学が導入済みで、17大学が導入を決定している。導入時期は1994年度から2026年度まで幅広く、女子枠の募集人員は全体の1%程度から十数%程度と大学によって異なる。

 入試形式は総合型選抜や学校推薦型選抜が中心で、一般選抜には女子枠は設けられていない。さらに4大学が導入の方向で検討中であり、今後も拡大が予想される。

 例えば、大阪大学は2024~2025年度に計143人の女子枠を設け、現在13%の女子学生の割合を2割超に増やす方針を掲げている。

 一方で、男女平等の観点から批判的な意見もあり、慎重な検討が求められています。国立大学の女子枠導入は、学生の多様性確保と男女平等のバランスを取ることが重要な課題となっています。

 この記事は元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。


【私の論評】日本の大学のジェンダー入学枠に反対 - アイデンティティ政治の弊害


まとめ

  • 日本の大学がジェンダー入学枠(女子枠)を設けようとしていることは、アイデンティティ政治の一例であり、グループ間の対立を助長する有害な政治手法である。
  • アファーマティブ・アクション、スポーツの人種枠制度、政治におけるジェンダークオータ制、エンターテインメント業界の人種的優遇など、アイデンティティ政治の具体例が米国で深刻化している。
  • 女子枠の設置は、女性が学業で成功するには特別扱いが必要であるというメッセージを送り、実力主義を損なう。また、男女間の反発と対立を助長する。
  • 実力主義を支持し、性別ではなく個人の内面を重視すべきである。女性が不利な状況にあれば、社会的にその障壁を取り除くべきである。
  • 個人のアイデンティティに着目するのではなく、日本国民としての法の下の平等を追求し、誰もが公平な機会を得られるようにすべきである。
日本の大学がジェンダー入学枠(女子枠)を設けようとしているのは、アイデンティティ政治の厄介な一例と言えます。この政治的手法は残念ながらアメリカでは一般化しており、今や世界中におぞましいその姿を現しつつあります。

日本ではまだ一般にはあまり知られていないとみられる、アイデンティティ政治とは左翼による分断と破壊のゲームなのです。人種、性別、その他の属性による違いを強調することで、グループ間の対立を意図的に助長する戦術です。アフリカ系アメリカ人公民権運動の穏健派指導者として非暴力差別抵抗活動を行ったマーティン・ルーサー・キング牧師が夢見たのは、人格そのものを見るということでした。しかし左翼は個人をグループの一員へと矮小化し、憎しみと分断を煽るのです。

マーティン・ルーサー・キング牧師

米国におけるアイデンティティ政治の深刻な例をいくつか挙げましょう。 

アファーマティブ・アクション - この大学入学試験や雇用における制度では、人種や性別などを考慮し、特定のグループを他より優遇しています。つまり、その属性を持つ人々は実力だけでは成功できず、特別扱いが必要だというメッセージを送っているのです。

スポーツの人種枠制度 - 一部プロスポーツリーグや報道機関では、監督、幹部、解説者などの役職に一定数の非白人を採用することを義務づけています。これは個人の肌の色のみで判断し、資格や能力を無視する制度なのです。 

政治におけるジェンダークオータ制 - 政党や組織の中には、女性候補者やリーダーを一定割合にするためにジェンダークオータを設けているところもあります。これは女性を一枚岩と見なし、皆が同じ考えや投票行動をするという発想に基づいています。

エンターテインメント業界の人種的優遇 - 最近では、実力よりもアイデンティティに基づく受賞や評価を優先する動きがあります。これは芸術的な卓越性が人種や性別によって決まるという、トークン主義的な発想からくるものです。

さて、なぜ大学入試に「女子枠」を設けることが、この有害なアイデンティティ政治の一例となるのでしょうか。

第一に、女性が学業で成功するには特別扱いが必要だというメッセージを送ることになります。これは教育の場で優秀であることを何度も証明してきた女性の知性と能力を軽んじるものです。

第二に、実力主義の姿勢を損なうことになります。大学入試は人口統計的な目標ではなく、主に学業成績と潜在能力に基づいて行われるべきです。そうでなければ、望ましい男女比を理由に、資格ある男子学生が不当に入学を拒否される可能性があります。

第三に、男女間の反発と対立を助長することになるでしょう。男女は対等に競い合い、協力し合うべきです。クオータ制は不平等感や怒りを生み、男女を対立させかねません。

私は、国立大学出身です。理学部の生物学科に所属してましたが、そのころ同じ学科には、男子学生が8人、女子学生が3人所属していて(ただし当時は動物学と植物学が分かれていた)、明らかに男子学生のほうが多かったのですが、それで危機感など感じたことは全くありませんでした。大学の先生たちもそんなことで、危機感など全く感じていなかったと思います。

北海道大学理学部

入試に関しては、随分昔のことなのですが、ある出来事を鮮明に覚えています。知人の優秀だった女性が医大を受験したのですが、試験が終わってしばらくしたときに「試験どうだった」と聴いてみたところ、悲壮な面持ちで「全然だめだった。おそらく落ちた」と答えていました。

ところが、蓋を開けてみると、何とその方は「トップ合格」だったのです。これについて、ある予備校の先生に聴いてみたところ「かなりよく勉強している人は、自分の解答の粗について十分理解している。特に選択式ではない記述試験ではそうであり、だから評価が厳しくなり、できなかったと思ってしまう傾向がある。一方であまり勉強していない人に限って、自分の解答の粗についてほとんど理解していないので、何かを間違えなく回答しており、かなり良く出来たと思い込むのです」と納得できる答えをいただきました。その後様々な受験生をみているとこのことは、よく当てはまっていたと感じました。

このような女性も大勢いると思います。女性枠を設ければ、このような女性も女性枠があったから自分は合格できたのだと思い込み、一生引け目を感じて生活していくことになりかねません。

札幌医科大学

私たちはこの有害なアイデンティティ政治に反対しなければなりません。実力主義を支持し、性別やその他の表面的な属性ではなく、個人の内面を重視すべきです。また、女性が入学しにくいという何等かの非合理な障壁あるとすれば、それを女子枠で解決するのではなく、社会的にその障壁をなくす工夫をするべきです。それを人為的に女性枠で解消しようとするのでは、社会の障壁は残り続けることになります。それこそ、左翼の思う壺です。

そうして一番重要なのは、個々人の様々なアイデンティティに着目するのではなく、それは個性として認めたうえで、日本国民として法の下での平等を追求すべきです。ジェンダー割当制に反対し、誰もが公平な機会を得られるようにすべきです。アイデンティ政治が蔓延していき、それが社会を席巻すれぱ、日本社会も米国社会のように大きく分断されることになりかねません。アイヌ新法やLGBT理解増進法が成立した現在、日本もそちらのほうに傾きつつあるといえます。

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2024年6月13日木曜日

利下げを始めた欧州中央銀行 FRBと同様に雇用確保重視、日銀の利上げ方向と対照的だ―【私の論評】間違っても利上げだけはしてはいけない日本経済の現状

まとめ
  • ECB、FRBが利下げに転じる一方で、日銀は金融引き締め姿勢を維持している点で政策の方向性が異なる
  • ECB、FRBはインフレ高進行時に遅れてから金融引き締めを行った「ビハインド・ザ・カーブ」の対応だった
  • 中央銀行には雇用重視と金融機関重視の2つのタイプがあり、ECB、FRBは前者、日銀は典型的な後者
  • ノーベル経済学賞のクルーグマン教授は、円安に対する国内の批判的見方を皮肉っている
  • 最近は日銀の保有ETFの含み益処理を巡る議論があり、実質的な金融引き締めにつながる可能性があると指摘


 欧州中央銀行(ECB)は6日、利下げの開始を決めた。米連邦準備制度理事会(FRB)も利下げの時期が注目されており、日銀の金融引き締め姿勢との違いが目立つ。ECBは2022年7月に政策金利を引き上げ始めたが、当時のインフレ率は8.9%と高止まりしていた。

 その後も小刻みに引き上げを続け、2023年9月には4.75%となった。一方、インフレ率は2022年10月の10.6%をピークに低下に転じ、2024年5月には2.6%まで下がった。これは遅すぎる金融引き締め「ビハインド・ザ・カーブ」だった。

 FRBも同様に、2022年3月の利上げ開始時のインフレ率は5.4%と高かった。その後、政策金利を引き上げ続け2023年7月に5.5%となったが、インフレ率は2022年9月の5.5%をピークに低下し、2024年4月には2.8%まで下がっている。FRBの対応もビハインド・ザ・カーブだった。

 ECBは今後のインフレ率の見通しが分かれており、上昇すれば失業率抑制の余地はないが、下落すれば雇用確保の観点から利下げは合理的となる。中央銀行には雇用重視と金融機関重視の2つのタイプがあり、ECBとFRBは前者、日銀は典型的な後者である。

ポール・クルーグマン氏

 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授は、円安は日本に有利な好機なのに何を騒いでいるのかと冷ややかな意見を述べ、国内の円安批判を皮肉っている。日銀の利上げ姿勢は継続する公算が大きい。最近は日銀の保有ETFの含み益処理を巡る議論もあり、実質的な金融引き締めにつながる可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】間違っても利上げだけはしてはいけない日本経済の現状

まとめ
  • 日銀はデフレ脱却と2%の物価目標達成を目指し、量的・質的金融緩和を導入し、ETFを大量に買い入れている。
  • 2022年末時点で日銀の保有するETFの残高は約35兆円で、その評価益は10兆円を超えるとされる。
  • 現状ではコアコアCPIが1%程度にとどまり、日銀の物価目標2%には達していない。
  • 失業率は2023年4月で2.6%と良好で、利上げによる景気減速や失業率上昇のリスクが懸念される。日銀は利上げをすべきではない。
  • 一方政府は、消費税減税や国内産業支援策などで経済を支えるべきである。
日銀は2010年代半ばから、デフレ脱却と2%の物価目標達成を目指して、大規模な金融緩和策である「量的・質的金融緩和」を導入しました。この施策の一環として、ETF(上場投資信託)の大量買入れを行ってきました。

インデックスファンドとは、市場全体の動きを表す代表的な指数に連動した成果を目指す投資信託

ETF(上場投資信託)とは、株式や債券など様々な資産を束ねた投資信託の一種で、投資家は取引所でETFを株式と同様に売買できます。分散投資が可能で流動性が高く、管理手数料も低いのが特徴です。日銀が大量のETFを買い入れているのは、この流動性の高さと分散投資のメリットを活かし、株式市場への資金供給を通じて金融緩和の効果を高めるためです。

2022年末時点で、日銀の保有するETFの残高は約35兆円と推計されています。株式市場が好調に推移したことから、日銀が保有するETFの時価総額は取得原価を大きく上回っていると考えられます。その評価益の規模は10兆円を超えるとの試算もあります。

仮にこの評価益を実現(ETFを売却)した場合、市場からマネーを吸収する効果が生じます。つまり、実質的な金融引き締め、利上げと同等の効果を持つことになります。なぜなら、マネーの流通量が減少するためです。

現状において日銀が利上げすることは不合理であると考えられます。その理由は以下の通りです。

ますば、コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数)からみていきます。物価上昇の基調的な値を捉える指標として重要です。2024年4月時点では2.9%と高くなっており、これに基づいて日銀が利上げを検討するのは当然のようにもみえます。

しかしながら、日銀が利上げを検討するには、コアコアCPIが2%を超えるだけでなく、物価上昇が持続的・安定的に見込めることが必要です。2024年3月20日の金融政策決定会合で日銀がマイナス金利政策を解除し、金利を引き上げを決めたのは、物価上昇が持続的に見込めるという判断があったからです。

一方で、コアコアCPIが2%を超えたからといって、必ずしも日銀が利上げすべき理由にはなりません。その理由は以下の通りです。
  • コアコアCPIは、物価上昇の基調的な値を捉える指標ですが、それだけでは物価上昇が持続的に見込めるかどうかは判断できません。物価上昇の値が2%を超えたとしても、それが一時的な(たとえば海外のエネルギー価格や資源価格の高騰による波及効果による上昇)要因によるものであれば、利上げを行う必要はありません。
  • 物価上昇の要因は複雑で、単純にコアコアCPIだけを見ても全体像は把握できません。
  • 日銀が利上げを行う場合、金融市場への影響も考慮する必要があります。利上げをしても、金融市場が不安定になるような状況では、利上げを行うことは適切ではありません。
  • 日銀は物価安定の下での雇用最大化を金融政策目標としています。利上げは雇用を減らす効果があるため、物価安定の下での雇用最大化を達成するためには、利上げを行う必要はないかもしれません。
一方で、失業率については2023年4月で2.6%と完全雇用に近い極めて良好な水準にあります。雇用情勢への配慮が必要とされます。

現時点で利上げを行えば、確かに一時的にコアコアCPIを下げる効果は期待できますが、その反面で景気減速リスクが高まり、失業率の上昇を招きかねません。雇用の改善が後退する恐れがあるのです。

つまり、経済の現状に鑑みれば、日銀が現時点で利上げに踏み切ることは、金融政策の目標に反する不合理な選択と言えます。

これは、以下の高橋洋一氏がもといるマクロ政策・フィリップス曲線(フィリップス曲線に、マクロ経済政策を付したもの)を用いると良く理解できます。


確かに、コアコアCPIをみていると、インフレ目標2%は達成したようにもみえますが、ここで利上げなどの金融引き締め政策をすると、失業率がNAIRU(自然失業率のこと。長期的に見てインフレ率に関係なく、一定の水準で存在する失業者の割合のこと)2.5%を超えてしまうおそれがあるのです。これが、4月には2.6%だったのですが、利上げをするとさらに上がる可能性があります。

ちなみに、フィリップス曲線とは、失業率をグラフの横軸に、賃金上昇率を縦軸にとって関係を描くと、賃金が上がる(下がる)ほど失業率が下がる(上がる)右肩下がりの曲線が描けることを、1950年代に英経済学者が提唱。その名前を冠した曲線。これは、いずれの国でも成立する曲線です。(ただしNAIRU、インフレ目標、曲線の傾き具合、湾曲具合などは国によって若干異なるが、大局的には同じ。高橋洋一氏は、日本のNAIRUを2.5%としている)

日銀の物価目標は先にもあげたように「物価安定の下での雇用最大化」です。現状を踏まえれば、利上げによる景気減速と雇用悪化のリスクを冒すよりも、当面は現状の金融政策を継続し、緩やかな物価上昇と完全雇用維持を重視すべきと考えられます。

そのためには、消費税減税で個人消費を底上げするとともに、円安で苦しんでいる輸入産業、国内産業を支援する施策をすべきであって、間違っても、利上げなどすべきではありません。

今後日銀が利上げに走れば、日本経済には以下のような影響が考えられます。まず、利上げにより金利が上昇し、個人の住宅ローンや企業の借入金利が増加するため、消費や投資が減少する可能性があります。これにより、個人消費や企業活動が抑制されることが予想されます。

また、円の金利が上昇することで円の価値が上昇し、輸出産業にとっては競争力の低下や収益の減少が懸念されます。

さらに、企業の資金調達コストが増加し、企業の収益や成長見通しが悪化することで株式市場に悪影響が及ぶ可能性があります。最後に、金融引き締めが進むことで景気減速や雇用悪化のリスクが高まる可能性があります。これらの影響から、利上げは日本経済に様々な悪影響をもたらすことになります。

現状では、日銀は間違っても利上げだけはしてはいけないのです。

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2024年6月12日水曜日

F-16戦闘機が「いるだけ」でロシアは黙る!? ウクライナへ供与目前 空を一変させるその意味―【私の論評】ウクライナへのF-16配備で変わる戦局:経済性と拡張性がもたらす航空優勢

F-16戦闘機が「いるだけ」でロシアは黙る!? ウクライナへ供与目前 空を一変させるその意味

まとめ
  • ウクライナ侵攻では航空優勢確保が重要だが、双方の地対空ミサイル網のため航空機運用が制限されている
  • F-16には地対空ミサイルを無力化する「HARM」ミサイルと「HTS」レーダー探知システムが搭載可能
  • 「HARM」と「HTS」の組み合わせにより、敵のレーダーを探知し攻撃できる「SEAD」ミッションが可能
  • 一時的な航空優勢を確保し、他の航空作戦を支援できる
  • F-16導入は少数機でもロシア側に脅威となり、地対空ミサイル使用を控えさせる効果がある
米海軍のF/A-18Cに搭載されたAGM-88「HARM」。目標が電波を切っても逃げられないよう、マッハ2以上という高速で飛翔する

ロシアによるウクライナ侵攻では、地上戦に焦点が当てられがちですが、戦争の勝利を左右する航空優勢の確保も重要な要素です。しかし現状では、互いの強力な地対空ミサイル網のため、ウクライナとロシアはともに航空機を積極的に運用できていません。

この膠着状態を打破する可能性があるのが、アメリカ製戦闘機F-16の導入です。F-16は単なる空対空機ではなく、地対空ミサイルを無力化する能力に長けています。F-16には「HARM」という高速対レーダーミサイルと、レーダーの発信源を探知する「HTS」システムを搭載できます。

「HARM」はレーダー電波を逆探知して誘導されますが、ウクライナ既存機のMiG-29とは相性が悪く、運用が限定的でした。しかし「HTS」を搭載したF-16なら、レーダー発信源の詳細位置を特定し、「HARM」による攻撃が可能になります。例えば移動式の地対空ミサイルがF-16に攻撃を仕掛けた際、「HTS」がレーダーを探知すれば、「HARM」で反撃できます。

このように、F-16と「HARM」、「HTS」の組み合わせは、敵にレーダーオフを強制する「SEAD(敵防空網制圧)」ミッションに適しています。一時的な航空優勢を確保でき、他の航空作戦も支援可能です。さらに「HTS」で得た位置情報を使えば、強力な爆弾で発射機などを攻撃する「DEAD(敵防空網破壊)」も可能です。

F-16導入がどの程度戦局に影響するかは現時点で断言できませんが、少数機であってもロシア側には脅威と映るでしょう。F-16の存在自体が、ロシアに地対空ミサイルの無闇な使用を控えさせる効果があるためです。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧くだい。「まとめ」は元記事の要点をまとめて箇条書きにしたものです。

【私の論評】ウクライナへのF-16配備で変わる戦局:経済性と拡張性がもたらす航空優勢

まとめ
  • F-16は1970年代後半に開発が始まったものの、その後幾度もの改修を重ね、最新のアビオニクス(航空機に搭載される電子機器)、各種センサー、武装管理システムが搭載されている
  • 単発エンジンのため運用コストが抑えられ、経済性に優れる。またオープンアーキテクチャ設計のため、ソフトウェア/ハードウェアの改修により、将来の任務や新兵器への対応力が高い
  • 世界28か国以上で実際に運用されている実績があり、NATO加盟国機としても標準化が進んでいるため、ウクライナでの新規導入も比較的容易
  • 運用経済性、将来の拡張性、NATO機準との整合性に優れており、ウクライナへの供与機として最適な選択肢となっている
  • ウクライナ軍はiPadなどの民間タブレットを戦闘機に搭載することで、コストを抑えつつ柔軟に西側からの高性能兵器システムを運用してきたがその限界もあったが、F16の導入でそれも撤廃され戦況を好転させる可能性がある


F-16は1970年代後半に開発が始まった古くからの戦闘機ですが、これまで幾度もの改修を重ね、最新のアビオニクス(航空機)に搭載され飛行のために使用される電子機器、センサー、武装管制システムなどを搭載しています。

単発エンジンのため経済的で、メンテナンス性にも優れています。さらにオープンアーキテクチャ設計を採用しているため、ソフトウェア/ハードウェアの改修により、将来の任務や武器への対応力も高いのが特徴です。

加えて、28か国以上の実績があり、NATO機としての標準化も進んでいることから、ウクライナでの新規運用も比較的容易と見込まれています。経済性と拡張性、整合性に優れた機体であり、ウクライナへの最適な選択肢となっているのです。

さて、F16に搭載されている「HARM」に関しては、上の記事では、「ウクライナ既存機のMiG-29とは相性が悪く、運用が限定的でした」としています。ということは、限定的ながらも使っていいたということです。

これについては、米国で2024年4月24日行われた戦略国際問題研究所(CSIS)の年次フォーラムにて、極めて短期間にウクライナ側が「HARM」等の西側兵器を使えた理由を明らかにしています。

ウクライナ軍は、アメリカから供与された対レーダーミサイルHARMを使用するため、Su-27やMiG-29戦闘機のコックピットに改造してiPadのタブレットを設置している(写真下)のです。このタブレットには航空地図や標的識別情報が表示され、HARMミサイルの発射時に火器管制に使われていることが動画で確認されています。

ウクライナ軍のミグ19のコクピットに搭載されたiPadとみられるタブレット端末

国防当局者の発言により、このタブレットによる火器管制はHARMだけでなく、米国製の精密誘導爆弾JDAMやフランス製の通常弾精密誘導モジュールAASMなど、西側から供与された複数の兵器でも行われていることが明らかになりました。さらに今後、イギリスからJDAMと同様の精密誘導装置の供与も予定されており、タブレット活用はさらに広がる可能性があります。

戦場でのタブレット活用は火器管制だけにとどまらない。ウクライナではドローン制御の様々な場面でもタブレットが不可欠な道具となっています。また、米陸軍でも無人機からの火力支援をタブレットで行えるシステムを開発するなど、現代の戦場においてタブレットは欠かせない存在になりつつあります。

軍用機に民間のタブレットを改造して搭載するという発想の転換により、ウクライナはコストを抑えつつ、柔軟に西側の高性能兵器を運用できるようになりましたた。戦略的にも戦術的にも、タブレット活用は大きな効果を発揮していると言えます。

ただし、分かりました。文章形式で再度まとめます。

iPadなどのタブレットを、もともとは専用の火器管制システムと連携するよう設計されたHARMなどの兵器に後付けで使うことには、設計上の制約から使い勝手が大きく限定されてしまいます。

兵器システムは、コックピットに統合された専用の火器管制システムを前提に設計されており、レーダー、ナビゲーションデータ、各種センサーなどの情報が一元的に集約され、パイロットに適切に提示されるよう最適化されています。

しかしiPadはあくまでタブレットPCであり、兵器との連携は考慮されていません。そのため、情報の集約と表示が不十分になったり、操作性やユーザーインターフェースが非最適になる可能性があります。

また、センサーやナビゲーションとのデータ連携が限定的になる上、各種モードや安全機構の統合も困難です。つまり、専用システムに比べてiPadを使った運用では、情報の収集、判断、命令実行の一連の流れがスムーズに行えず、パイロットへの過剰な負荷や操作ミスのリスクが高まってしまうのです。

さらに、iPadは汎用品なので、兵器固有の高度な機能を最大限活用することもできません。機能面での制限に加え、セキュリティや安全性についても専用システムほど保証されません。緊急避難的な一時的な対応にはなり得ますが、iPadを統合的な火器管制システムの代替とするには多くの問題があり、長期的で本格的な運用は極めて難しいと考えられます。

ただし、汎用のタブレット端末を前提として設計された兵器システムは、開発コストの大幅な削減が期待できます。高価な専用コンポーネントを用いる必要がなく、民生品のタブレットを活用できるためです。さらに短いサイクルでのソフトウェア更新が可能になり、機能拡張や性能向上、セキュリティ対策の素早い適用など、機動的な能力強化が図れます。

また、タブレットならば直感的な操作性とシンプルなUIを実現しやすく、操作者の訓練負担を大幅に軽減できます。さらに、同じタブレットベースのシステムであれば、戦闘機、ドローン、艦艇などさまざまなプラットフォームで共通の操作手順が適用できるメリットもあります。

一方で、専用設計のシステムに比べるとセキュリティ面での課題はありますが、適切な対策を講じることで十分に対応可能と考えられています。むしろ迅速なソフトウェア更新によるリスク低減が期待できます。

このように、安価で機動的、かつ汎用性の高いタブレットベース兵器システムは、コストパフォーマンスに優れている点から、今後ますます多くの軍隊に普及していくと予想されます。

戦場で用いられるタブレット端末

さてF16がウクライナ軍に配備されれば、HARMの性能を遺憾なく発揮できるわけですが、これが与える戦況への影響を以下にあげます。

  • ロシアの地対空ミサイル施設への攻撃が容易になる F-16には「HARMターゲティングシステム(HTS)」が搭載されており、ロシアの地対空ミサイルレーダーの位置を正確に特定し、HARMで攻撃できます。これにより、ロシアの重要な防空施設を効率的に無力化できるようになります。
  • ウクライナの航空優勢の確保が期待できる 地対空ミサイルの脅威が低下すれば、ウクライナ空軍の他の航空機の運用範囲が広がります。これにより、爆撃や偵察、航空支援など、航空力を最大限に活用した作戦が可能になります。
  • 上の記事にもあるように、ロシア側の行動が制約される F-16/HARMの脅威を認識したロシア側は、地対空ミサイルの無秩序な運用を控えざるを得なくなります。これにより、ロシア側の機動性と対空防御能力が低下する可能性があります。
  • 戦線の膠着状況が打破される これまで双方の対空能力の高さから、航空機の効果的な運用が制限されていましたが、F-16/HARMによってその状況が変わる可能性があります。これが新たな地上での突破口を開く契機となるかもしれません。
  • 和平交渉の発言力が高まる ウクライナ側が航空優勢を確保できれば、交渉力の源泉となり、有利な和平条件を引き出せる可能性が高まります。
このように、F-16/HARMは技術的側面だけでなく、戦略的・心理的側面でもウクライナに大きな影響力をもたらす可能性があります。

当初、西側諸国はロシアの過度な反発による戦争のエスカレーションを恐れ、F-16などの最新鋭戦闘機をウクライナに直接供与することには慎重でした。また、ウクライナ側にF-16を運用する十分な訓練基盤や整備体制がなかったことも理由の一つです。

一部NATO加盟国の難色もあり、旧式機から段階的に武器供与を強化する方針を取らざるを得ませんでした。しかし戦況が長期化する中で、ウクライナの航空力の抜本的強化が不可欠となり、エスカレーションリスクを承知の上でF-16供与に踏み切る決断を下したと考えられます。

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2024年6月11日火曜日

トランプ氏有罪で共和党が連帯した―【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

トランプ氏有罪で共和党が連帯した

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」
まとめ
  • トランプ前大統領に対する有罪評決が共和党全体の連帯を強めた。
  • 上院で共和党が勢いに乗って民主党に逆転勝し多数派となる展望も。
  • 有罪評決が、民主党の団結や連帯を強める結果になった。


ニューヨーク地裁におけるドナルド・トランプ前大統領への有罪評決は、共和党内の勢力をかつてないほど一気に団結させる効果をもたらした。共和党側は一致して、この評決を民主党による政治的な工作、トランプ氏への選挙妨害、そして司法制度の武器化と激しく非難している。

これまでトランプ氏に距離を置いていた共和党の有力議員たちも、今回は有罪評決への反発からトランプ支持に回った。上院共和党総務のマコーネル氏は評決の逆転を予想し、スーザン・コリンズ氏は検事の捜査の動機に問題があったと批判した。さらにトランプ大統領の弾劾に賛成していたロムニー氏までもが、有罪評決が有権者のトランプ支持を減らすことはないと明言した。

こうした共和党の動きは、11月の連邦議会選挙で共和党が上院で多数派になる展望をも示唆している。下院の共和党議長も今回の裁判を民主党の政治攻撃と糾弾した。

政権関係者のペンス前副大統領やヘイリー元国連大使も、評決を非難しトランプ支持を表明している。トランプ陣営とそれ以外の共和党員の微妙な立場の違いが、この有罪評決への反発で一掃され、かつてない共和党内の結束が生まれたといえる。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

まとめ
  • 欧州議会選挙で極右勢力が躍進し、EUの政治的先行きが不透明に。
  • 保守派が、安全な国境や言論の自由を求める「保守の反乱」を強めている。
  • 過度の平等主義やアイデンティティ政治の進展が社会に負の影響を及ぼしている。
  • キャンセル・カルチャーやポリティカル・コレクトネスが言論の自由を脅かし、対立を助長。
  • 現代のリベラル派は、個人の自由と多様性を尊重する真のリベラルの理念に立ち返るべき。
米国では上の記事にあるとおり、保守派が利害を乗り越え結束しつつあります。一方欧州連合(EU)の欧州議会選(定数720)は9日、大勢が判明し、極右勢力が躍進しました。これを受けフランスのマクロン大統領は仏国民議会(下院)の解散総選挙を発表。EUの政治的な先行きが一段と不透明になりました。

親EU会派が引き続き過半数を維持する見通しですが、今回の選挙結果はフランス、ドイツ両政府にとって痛手となりました。

欧州議会選でイタリアのメローニ首相(写真)が率いる右派「イタリアの同胞」が国内第1党に

この現象は、私がかつてこのブログに述べた保守の反乱が加速していることを示すものと考えられます。

保守の反乱とは、以下のようなものです。
保守派は、安全な国境、安全な地域社会、言論の自由、豊かな経済を望んでいます。「極右」のレッテルを貼られた指導者たちは、サイレント・マジョリティの声を返しているだけなのです。

メディアが彼らを中傷し、理性的な保守派を黙らせようとする一方で、私たちは保守派は、もう黙ってはいません。多くの人々は、法、秩序、伝統、愛国心の尊重と生存のバランスを取りながら生活しています。そうして、このバランスを崩す急激な改革は、社会を壊すと多くの人達が再認識するようになったのです。最近設立されたばかりの日本保守党の支持者の急速な拡大も、それを示しています。

日本はもとより、他の国々の指導者も、この傾向に耳を傾けるべきです。人々はいつまでも過激な行き過ぎを容認することはないでしょう。指導者は、騒々しい過激派グループのためだけでなく、国民全体のために政治を行わなければならないのです。

リベラル・左派的な社会工学による改革よりも、国益を優先させる賢明な改革が答えです。未来は、常識のために立ち上がり、自国の文化を守り、ポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーの狂気に対して果敢に「もういい」と言う勇気ある政治家たちのものです。結局のところ、それこそがこの新しい保守の反乱の本質なのです。

 リベラル・左派的な社会改革は、平等と多様性の理念から様々な変革を推し進めてきました。しかしその過剰な進展が、かえって大きな負の影響を社会にもたらしつつあります。

まず、過度の平等主義は、努力と実力に応じた格差を是正するあまり、個人の自由な活動意欲を損ね、生産性の低下を招きつつあります。高額所得者への過剰な課税は、働く意欲を失わせかねません。また企業への過剰な規制は、事業活動を衰退させ、経済成長を阻害する要因となります。

一方、移民の受け入れ拡大は、移民コミュニティの治安悪化や、現地住民との文化的軋轢から社会分断を生む危険性があります。伝統的価値観の軽視は、家族や地域コミュニティなどの社会の基礎的な紐帯を弱体化させかねません。

さらに、キャンセル・カルチャーの台頭により、表現の自由が脅かされ、建設的な議論が阻害されてしまいます。キャンセル・カルチャーとは、不適切と見なされる発言や行為に対し、社会的制裁を加えて"存在しなかったことに"する動きです。

同様にアイデンティティ政治の過剰な進展は、人種や性別で人々を分断し、対立を助長する恐れがあります。アイデンティティ政治とは、個人や集団のアイデンティティ(性別、人種、民族、宗教など)に基づいて、権利や利益を主張する政治運動のことを指します。

具体的には、これまで差別されてきた少数者集団(女性、有色人種、LGBTなど)が自らのアイデンティティを前面に押し出し、機会の平等や権利の獲得を訴える動きがこれにあたります。

アイデンティティ政治の目的は、こうした集団が社会から受けてきた不当な扱いを是正し、平等な地位と権利を獲得することにあります。しかし一方で、アイデンティティに基づく過度な主張は、かえって人々を性別や人種で分断し、対立を助長することになりかねません。

またポリティカル・コレクトネスの追求も、言論の自由を損なう危険があります。ポリティカル・コレクトネスとは、性別、人種、宗教などのマイノリティに配慮した言葉遣いを求める動きですが、過度になれば言論の萎縮を招きかねません。

少数派の権利重視があまりにも極端になれば、多数派の不満が高まり社会の不安定化につながります。さらに、伝統や歴史への配慮不足は、社会の連続性を損ね、アイデンティティの喪失につながる可能性もあります。

こうした弊害が指摘されるなか、最近の米国やEUでは、リベラル・左派の改革への保守派から反発が高まっています。共和党はトランプ氏有罪評決に一致して反発し、EUの欧州議会選でも極右勢力が伸長するなか反移民や伝統重視への回帰を求める動きが出てきました。

こうした動きは、リベラル改革の弊害への危惧から、保守勢力がその是正を求めている現れと言えます。キャンセル・カルチャーやアイデンティティ政治、ポリティカル・コレクトネスの過剰な進展への批判の声が、その一因となっているのです。

一方、現在のいわゆるリベラル派の多くは、真のリベラルとはいえない状況になっています。真のリベラルとは、個人の自由と権利を最優先に考えながらも、寛容性と平等の実現を目指す立場です。彼らは個々人の選択の自由を尊重し、強制や不当な規制に反対します。同時に、人種、宗教、性別を問わず、多様性を受け入れる開放性があります。少数者の権利にも配慮しつつ、機会の平等と社会的公正の実現に努めるのがリベラルの理念です。

また、伝統的な因習に捕らわれることなく、新しいものを積極的に受け入れます。宗教的戒律よりも合理主義と科学的根拠を重んじ、社会の改革と進歩を前向きに支持する姿勢があります。ただし、利己主義に走ることなく、過度な平等主義の追求をするものではありません。

理想的なリベラル派の例としては、米国の建国の理念にも影響を与えたジョン・ロックが有名です。英国の経済学者で社会改革を訴えたジョン・スチュアート・ミルも代表的なリベラル思想家です。日本人では、明治時代に個人の自由と権利を強く訴えた福沢諭吉が、リベラル的思想の先駆けと評されています。

真のリベラルは、時代を見据えつつ、個人の自由と多様性の調和、そして寛容と合理性の共存を目指し続けるものであって、社会工学による改革を推進するものでありません。現代のリベラル派の中には、リベラル理念から逸脱した極端な傾向が見られます。真のリベラルは、個人の自由と権利、合理主義、寛容性を尊重しつつ、機会の平等と社会正義を追求する必要があります。アイデンティティ政治に走ることなく、すべての個人の自由と多様性を包摂する姿勢が重要になっています。

よって、リベラル派はこの反省を踏まえ、リベラル精神の本来の理念に立ち返るべき時期にきているのではないでしょうか。

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2024年6月10日月曜日

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に―【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に

まとめ
  • 入管法が改正され、難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象とする。
  • 在留資格がない外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度を導入。
  • 収容中の外国人は3か月ごとに収容の必要性を見直す。
6月8日改正入管法参院で可決

「改正入管法」が10日から施行され、難民申請中の強制送還規定が見直されます。難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象となります。また、在留資格がなく強制送還対象の外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度が導入されます。収容中の外国人も、3か月ごとに収容の必要性が見直されることになります。この改正は、難民申請を繰り返して日本に留まる外国人や、入管施設での長期収容の問題に対処するためです。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。「まとめ」は元記事を箇条書きにまとめたものです。

【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

まとめ
  • 入管法改正の背景に、難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」が増加し、在留を長引かせるケースが多発。
  • 仮放免許可者による無許可就労が横行し、法的手続きの適正性が問われた。
  • 強制送還が進まない外国人の長期収容問題が深刻化し、収容施設の過剰収容と劣悪な環境が人権問題を引き起こした。
  • 難民認定申請を入管手続きの引き延ばしに利用する外国人が多く、入国管理の難航が批判された。
  • 改正法では「監理措置」制度が導入され、収容ではなく管理措置で在留を監督する一方、母国の同意がなければ強制送還が困難なままである。
  • 不法滞在者の母国側の受け入れ拒否に対処する方法として、母国に対する支援の打ち切りや支援と引き換えに受け入れを促す、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促すなども検討すべきである

マスコミは報道しない、日本国内の移民・難民受け入れ反対デモ

今回入管法が改正されたのには、以下のような背景があります。

1.難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」
一部の外国人が難民不認定後に再び申請を行うことを繰り返し、結果的に長期間日本に残り続けるケースが多発していました。2021年には約5,800人が難民不認定後に再申請しています。
2.仮放免許可者の無許可就労の横行
 仮放免により在留特別許可を受けた外国人の中に、無許可で就労する者が多数いたことが指摘されていました。2022年には約6,700人の無許可就労が確認されています。

 3.在留資格のない外国人の長期収容問題

在留資格がなく強制送還が進まない外国人を収容する施設が慢性的な過剰収容状態にありました。代表的な例がスリランカ人でした。

2014年から2017年にかけて、スリランカ人の仮放免者や不法残留者が相次いで収容されましたが、スリランカ政府が受け入れを拒否したことから、強制送還ができない状況が続きました。その結果、最長で約6年間にわたる長期収容例が発生しました。

このように、国籍による強制送還の困難さから、長期収容を余儀なくされる事態となり、人権侵害の懸念が高まりました。収容施設は常に過剰収容状態で、環境の劣悪さも指摘されていました。

長期収容による精神的ストレスから、自傷行為に及ぶ収容者もいたと報告されています。こうした状況から、収容期間の上限設定や環境改善の必要性が主張され、今回の改正の大きな背景になったと考えられます。

4.難民認定申請を入管難航の「口実」に利用

 一部の外国人が難民認定申請を在留手続きの「引き延ばし」に利用し、入国管理を難航させているとの批判がありました。

このように、難民制度の潜脱的利用、無許可就労の横行、長期収容問題など、様々な問題点が改正の背景にありました。制度の適正運用と人権への配慮のバランスを図る必要があったと考えられています。

ただ、今回の改正入管法でも、不法滞在者の母国が受け入れを拒否した場合でも、不法残留者などを強制送還できるようになったわけではありません。

強制送還の実施には、あくまで受入国の同意が必要不可欠です。母国が受け入れを拒否すれば、引き続き強制送還は事実上困難となります。

長期収容問題の解決策として、改正法では「監理措置」制度が新設されましたが、これは収容を代替する制度であり、強制送還の実施には母国の同意が引き続き必須となります。

「監理措置」制度とは、従来の収容施設への収容に代わる新たな在留管理の措置です。対象は強制送還が執行できない在留資格を持たない外国人です。

この制度のもとでは、収容ではなく、入国者収容所の外に設けられた住居で生活することになります。ただし、出入国や行動の制限など一定のルールに従う必要があり、「監理人」と呼ばれる専門スタッフによる監督下に置かれます。

つまり、収容施設に長期間収容されることなく、より自由な環境で生活できる一方で、逃げ出しや無秩序な在留を防ぐための管理体制が設けられているというわけです。

長期収容を避けつつ、一定の在留管理を継続するための制度と位置付けられています。ただし、強制送還の実施そのものは、従来通り母国の同意が必要となります。

長期収容問題の改善に一定の役割を果たすものの、制度発足後の運用などに課題もあり、抜本的解決には至らない可能性もあると指摘されています。

欧米諸国においても、母国が不法滞在者の受入れを拒否した場合、不法滞在者を強制送還することはできません。これは国際法上の原則です。EUの加盟国間の移送や、米国の一時的な第三国への移送はできますが、母国への強制送還とは異なります。

つまり、母国の同意なく強制送還を行える例外はほとんどありません。したがって、日本の入管法改正でも、母国が受入れを拒否すれば、従来通り強制送還は困難となる可能性が高く、長期収容問題の根本的解決につながらない可能性があります。

ただ、ドイツでは変化の兆しがみえます。

ドイツでは近年、難民申請を却下されながらも滞在を許可されていた外国人による重大事件が相次ぎ、国民の間で外国人犯罪への厳しい対応を求める機運が高まっていました。

具体的には、5月末にマンハイムでアフガン人男性による集会襲撃事件があり、5人が負傷、警官1人が死亡するなどの被害がありました。この男性は難民申請を却下されながら、個別事情から国外退去が猶予されていた例でした。

ショルツ独首相

このような背景から、ショルツ首相は6日の連邦議会演説で「ドイツで保護を受けている人物による凶悪事件に憤慨する。凶悪犯罪者はシリアやアフガニスタンであっても送還されるべきだ」と述べ、難民申請が拒否された者を含め、国外退去対象の大幅な見直しに言及しました。

つまり、従来は難民認定を受けない場合でも、出身国での迫害リスクなどから国外退去を猶予してきましたが、そうした例外措置を大幅に制限し、凶悪犯罪者については確実に強制送還する考えを示したものと受け止められています。

ただし、具体的な制度改正の詳細は不明で、連立与党内にも人権侵害に当たるとの異論もあり、今後の動向が注目されています。

令和3年において、出入国管理及び難民認定法違反により退去強制手続を執った外国人は1万8,012人で、そのうち不法就労事実が認められた者は1万3,255人でした。退去強制手続を執った外国人の国籍・地域は93か国・地域であり、ベトナムが最も多く、全体の53.7%を占めました。

不法残留者は1万6,638人、不法入国者は182人、資格外活動者は37人でした。在留資格別では、「技能実習」が最も多く、次いで「短期滞在」、「特定活動」が続きました。また、不法就労の稼働場所別では、関東地区が最多で、中部地区も一定の割合を占めています。なお、退去強制令書により送還された者は4,122人で、令和3年末現在、退去強制令書が発付されている被仮放免者は4,174人です。

日本国内の不法滞在者数の推移

今回入管法が改正されましたが、不法滞在者の母国が受け入れ拒否をする場合もあります。こうした場合どのようにするか、ドイツの動向もうかがいつつ、対応を決めていくべきでしょう。

不法滞在者の強制送還に関する問題は確かに複雑で、国際法や外交関係も絡むため、一筋縄ではいきません。しかし、現実的な対策を講じなければ、日本も深刻な事態に陥る可能性があります。母国が不法滞在者の受け入れを拒否する場合、支援を打ち切る、あるいは支援と引き換えに受け入れを促す方法も検討する必要があるでしょう。

まず、支援を打ち切ることは短期的には外交関係に悪影響を及ぼすかもしれませんが、長期的には不法滞在者の問題を解決するためには避けられない手段となるかもしれません。また、不法滞在者の人権を尊重することは重要ですが、国家の法と秩序を守ることも同様に重要です。適切な手続きを踏んだ上で、送還を進めることが必要です。

他国との協力も重要で、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促す方法もあります。柔軟な対応が必要であることは理解しますが、具体的な施策については迅速かつ決断力を持って実行することが求められます。国際社会全体で協力し、共通の解決策を早急に模索することが重要になるでしょう。

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2024年6月9日日曜日

解散見送りで窮地の岸田首相〝一発逆転ホームラン〟時間稼ぎの策とは 会期大幅延長できなければ「総裁選」再選の目はほぼない―【私の論評】大胆な経済対策と官僚支配からの脱却が岸田政権の最大の起死回生策

まとめ
  • 岸田首相は今国会での解散を見送る方針だが、総選挙で勝利し総裁選で再選を狙う環境にはない
  • 政治改革法の成立過程がグダグダだったため、これを政権の成果と胸を張れない
  • 岸田政権にできることは時間稼ぎしかなく、国会を大幅延長し憲法改正や北朝鮮訪問などに取り組むことが期待されている
  • 北朝鮮訪問が実現すれば転機になりうる。また国際貿易の無秩序に対応する法改正も検討課題
  • 国会延長ができなければ総裁選に向け動き出すが、岸田首相の再選は極めて難しく、複数の候補による混戦となる公算が大きい
岸田首相

 岸田首相は今国会での解散を見送る方針だが、内閣支持率の低下や自民党の補選敗北が続いていることから、衆院選で勝利し9月の総裁選で再選を狙う環境にはない。

 政治資金規正法改正でも与野党の調整がうまくいかず、自民党内からも不満が出るなど、成立過程がグダグダだった。こうした経緯で成立した政治改革を「岸田政権の成果」と胸を張って解散総選挙に打って出るのは難しく、造反があるだろう。

 このため、岸田政権にできることは時間稼ぎしかない。ベストは今国会会期を8月中旬~下旬まで2か月程度大幅に延長し、憲法改正や北朝鮮への電撃訪問など「先送りできない課題」に取り組むことだ。

 北朝鮮訪問が実現すれば転機になりうる。また、米国の対中関税引き上げなどを受け、日本も国際貿易の無秩序に対応できる法改正も検討課題になるかもしれない。

 憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はそこに賭けるしかない状況に追い込まれている。国会延長ができなければ、総裁選に向け一気に動き出すが、その場合、岸田首相の再選は極めて難しく、上川陽子外相や高市早苗経済安保相、茂木敏充幹事長ら複数の候補の出馬が想定され、混戦になると予想される。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】大胆な経済対策と官僚支配からの脱却が岸田政権の最大の起死回生策

まとめ
  • 憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はこれに賭けるしかない状況に追い込まれている。
  • 消費税減税や積極財政、異次元の包括的緩和への再度の移行が、経済改善と内閣支持率向上の鍵となる可能性が高い。
  • 財務省と日銀の緊縮、引き締め路線が、日本経済の成長と国民の所得向上を阻害しており、国民の批判が高まっている。
  • 減税、所得補償、公共投資、日銀の人事権行使など、大規模な経済対策が必要であり、これにより経済的自由の実現と官僚支配からの脱却が期待される。
  • 財務省の強力な壁を突破することが岸田政権の支持率向上と総裁選での有利な立場につながる可能性があり、首相のリーダーシップが鍵となる。
上の記事では、憲法改正や北朝鮮訪問の実現可能性は低いが、岸田政権はそこに賭けるしかない状況に追い込まれているとしています。これは確かだと思います。

ただ、もう一つの可能性もかなり乏しいですが、あると思います。それはとりもなおさず、国民生活に直結する経済の改善です。たとえば、消費税減税を含む、大胆な積極財政です。さらに、利上げなど金融引き締めに走りそうな日銀の暴走をとめて、再度異次元の包括的緩和に戻すことです。これができれば、その後の円安により不利益を被る企業などを救済することは簡単にできるでしょう。

岸田首相はかつて消費税減税は考えていないと発言していたが・・・

これによって、多くの国民が、経済が良くなると認識できた場合、支持率が上向く可能性はあり、総裁選を有利に戦える可能性はあります。

こうした経済対策を講じれば、多くの国民が景気回復を実感し、結果として内閣支持率が上向く可能性があります。ただし現状ではこれらの実現は極めて困難に見えます。しかし、岸田首相が経済再生に全力を注げば、一つの起死回生の手段となり得るかもしれません。

その背景には、長年にわたる財務省や日銀による過度の緊縮路線の弊害があります。既得権益を重んじるこれらの官僚組織が、国民の意思を無視し続けてきた結果、日本経済の成長と国民の所得向上が阻害されてきたのです。まさにこれこそが民主主義の毀損であり、権力の私物化と言えるでしょう。

実際、財務省主導の下、法人税増税や社会保障費の負担増、公共投資削減など、国民と企業に重荷を課す政策が続けられてきました。また日銀による金融引き締め姿勢が、デフレ脱却を遅らせる要因ともなりました。こうした一連の緊縮路線が、国民の実質賃金の伸び悩みにつながっています。  

この矛盾から、有権者の間で財務省主導の緊縮路線への批判が高まるのは当然です。国民の間に景気と所得回復への強い願望がありながら、岸田政権がこれに応えられていないことが、政権の支持率低下を招いているのが実情です。

つまり財務省と日銀の既得権益擁護が、国民の期待と現実の乖離を生み出し、結果として政権不支持につながっているという構図が見え隠れします。この異常な官僚支配からの脱却が不可欠な状況となっており、岸田首相による強力な改革が求められています。

今や財務真理教教祖ともいわれる財務次官茶谷

具体的には、国会など既存のプロセスを無視し、首相自らの権限で大規模な経済対策を打ち出すことが必要かもしれません。減税や所得補償、公共投資の発注、日銀の人事権行使と異次元緩和の強制、財政ファイナンスの実施など、あらゆる手段を講じる覚悟が問われます。

これは従来の規範からの決別を意味しますが、そもそもその現在の規範自体が官僚主導の民主主義否定そのものです。マスコミに対する適切な情報発信と、国民への丁寧な政策説明が重要となります。これを並行して行えば、「官僚支配からの脱却」「経済的自由の実現」をアピールできるでしょう。

権力の専横的行使には弊害もありますが、国民生活改善が最優先である以上、岸田首相には強い覚悟が求められています。長年の官僚支配からの決別を体現し、真に民主的な経済政策の実現者となることが首相や政府に期待されているのです。

岸田首相がこれまでに取った行動や政策から、首相が政権維持のために積極的な手段を講じることがある得ることは確かです。良い、悪いは別にして、政権維持のため旧統一教会への措置や党内人事、内閣人事や派閥解消など、物議を醸すことも厭わずに行動してきたことは、その一例です。

岸田首相が財務省が自分の味方ではなく、政権維持や総裁選のためには大きな障害になるとはっきり認識した場合、財政政策において大胆な手段を取る可能性も考えられます。特に、経済成長を促進するための積極的な財政出動や、大規模な経済刺激策を導入することも考えられます。

安倍首相が、第一次安倍政権の失敗で学んだことは、経済を良くしなければ、国民の支持は得られないことです。だからこそ、第二次安倍政権では、アベノミックスを実行したのです。

ただし、安倍首相ですら、財務省の意向や三党合意の壁は超えられず、在任中に二度延期したものの、結局二度の消費税増税をせざるを得なくなりました。それだけ財務官僚の壁は厚く、高いのです。ただし、アベノミックスの金融緩和は継続されたため、雇用環境は劇的に改善しました。

安倍首相

これも、憲政史上最長となった安倍政権を支えたのは間違いないでしょう。ここで、動機が何であれ、岸田首相が、財務省の厚くて高い壁を破ったとすれば、これは既存の秩序を壊す大インパクトであり、戦後最大の政治上の出来事になることでしょう。これは何にも増して、岸田首相の総裁選を有利に運ぶことになるでしょう。

これとともに憲法改正も行えば、岸田首相は憲政史上に名宰相として、名を刻むことになるでしょう。

最終的には、岸田首相のリーダーシップスタイルや政策優先順位、そして彼の周囲の助言者や政権内の権力バランスによっても大きく影響されるでしょう。ただ、全くありえないことではないとだけは言えると思います。


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2024年6月8日土曜日

米国人の過半数、「借金をしてまで大学に行く必要なし」と回答―【私の論評】学生運動の限界:高等教育の歴史と社会変革の未達成


まとめ
  • 大多数の米国人が、学位取得のために多額の借金を背負うことに価値を見出していない。
  • 学生ローン残高の高止まりと授業料の高騰が、その背景にある。
  • 非大卒者の収入は増加基調にあり、大卒者との格差が縮小傾向。
  • 企業が採用で学位取得を必須としなくなる動きもあり、大学の価値が相対的に低下。
  • 調査結果から、良い仕事に就くための大学の重要性が低下していると米国民が認識していることがうかがえる。


米国の有名リサーチ会社、ピュー研究所の最新調査で、米国人の大多数が大学の学位取得のために多額の借金を負うことに価値を見出せていない実態が明らかになった。調査対象者の22%しか「借金を背負ってでも大学に行く価値がある」と答えておらず、47%が「借金がなければ価値がある」、29%が「いずれにしろコストに見合わない」と回答した。すでに大学を卒業した人々の間でも、過半数が借金を払って進学することに懐疑的であった。

こうした見方の背景には、米国での学生ローン残高の高止まりと授業料の高騰があげられる。一方で、最近10年間の収入動向をみると、非大卒の若年層の実質収入は増加基調にあり、大卒者との格差が縮小傾向にある。特に男性非大卒者の収入は1970年代の水準に達していないものの、女性非大卒者と比べると高い。

加えて、多くの企業が採用で学位取得を必須条件としなくなり、スキル重視に転換したことで、「良い仕事に就くための大学の価値」を疑問視する声が高まっている。調査では49%が高給与職への大学の重要性が低下したと答え、65%が重要性は中程度以下と回答した。

こうした結果から、米国社会で大学教育の価値に対する懐疑的な見方が強まり、コスト面でも就職面でも大学進学のメリットが薄れつつあることがうかがえる。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】学生運動の限界:高等教育の歴史と社会変革の未達成

まとめ
  • 米国では、過去に大学教育が広く奨励され、経済的な障壁なく多くの人に高等教育の門戸を開くことが求められていた。
  • 1960年代の学生運動は、大学教育の機会均等を求める動きの一環として、既存の価値観や体制に対する反発が広がった。
  • ドラッカー氏は、学生運動の背景に若者人口や大学生数の増加があり、これが反抗運動を生んだと分析している。
  • 現在は少子高齢化と大学教育に対する価値観の変化があることと、ドラッカー氏が指摘したように、学生運動が建設的な代替案を提示せず、運動が社会改革に結びつかなかった点が認識されている。
  • 学生運動が長期的に再燃する可能性は低いと考えられる。
過去には、米国社会で大学以上の高等教育を受けることが強く奨励されており、できる限り大学に行くべきだという価値観が広く共有されていました。

米トルーマン大統領

その一例として、1947年に発表された「高等教育のための大衆的機会均等に関する大統領委員会報告書」(通称「トルーマン委員会報告書」)があげられます。この報告書は、戦後の米国社会における高等教育の役割と重要性を強調し、以下のような見解を示しています。

「米国において、高等教育の門戸は、能力さえあれば、あらゆる市民に等しく開かれていなければならない。...中産階級や貧困層出身の有能な学生であっても、経済的理由から高等教育を受ける機会を失うべきではない。」

このように、経済的状況に関わらず、可能な限り多くの人が高等教育を受けることが望ましいと位置づけられていました。

また、1960年代に発表された「高等教育のための機会均等に関する報告書」も、大学教育のさらなる機会拡大を求めています。同報告書は「多くの優秀な学生が経済的理由で大学に行けない」状況を指摘し、連邦政府による財政支援拡充を提言しました。

このように、トルーマン政権時代から1960年代にかけて、大学教育を受けることが個人の社会的上昇に不可欠であり、できる限り多くの人に門戸を開くべきだとの認識が、政策文書からも窺えます。当時は確かに、大学に行くことが一般的な価値観とみなされていたと言えるでしょう。

そうして、この動きは1960年代の米国学生運動にも結びついたと考えられます。

1960年代は世界中で学生運動の嵐が吹き荒れた時代でした。

日本を含めた先進国を中心に、大学生らが従来の価値観や体制に疑問を呈し、大規模なデモやストライキを展開しました。ベトナム戦争への反対、人種差別への抗議、大学の権威主義的体制へのアンチテーゼなどが主な運動の背景にありました。

こうした学生運動の潮流を小説や映画でも取り上げられ、代表作の一つが1970年の映画「The Strawberry Statement」(原題)です。この映画は、ジェームズ・サイモンズの同名小説を映画化した作品です。

物語は1960年代後半のニューヨークの架空の大学を舞台に展開します。主人公のサイモンは、当初は受け身の学生でしたが、やがて学生運動に身を投じ、大学側との対立が深まっていきます。大学は徐々に弾圧的な姿勢を強め、遂には武力鎮圧にまで至ります。

この映画は、ベトナム戦争をはじめとする時代の矛盾に疑問を投げかける学生たちの思いと、それに対する体制側の威圧的な反応を描き出しています。タイトルの"Strawberry Statement"は、作者が風刺的に用いた言葉が由来だと言われています。

つまり「The Strawberry Statement」は、1960年代の学生運動の実相を活写した問題作であり、当時の大学生の価値観の変容と体制側との対立を象徴的に表した作品と言えるでしょう。

映画『いちご白書』のポスター

最近米国では学生運動が再燃しています。パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルの軍事作戦を受け、米国の大学キャンパスでパレスチナ支持の学生運動が活発化しました。一部の運動はイスラエル批判を越え、反ユダヤ主義的とみなされる言動に走る事態となりました。

コロンビア大学などでは、学生による構内占拠が起き、連邦議会から大学への介入要求が相次ぎました。学長は辞任に追い込まれる事態にまで発展しました。

今回の米国の学生運動が1968年のような規模の暴力的運動に発展するかは不透明ですが、コロンビア大学では卒業式の中止が決定される事態となり、大学側の対応が試される事態となっています。

このような学生運動の展開は、1968年の世界的な大学紛争の嵐を想起させます。フランス、米国、日本などで当時は激しい学生運動が起きていました。日本では東大の機動隊導入で運動が過激化し、入試中止にまで至りました。

この事実をもって米国で学生運動の嵐が再燃したり、これが日本などの他の国々でも、飛び火するのではと懸念する人もいます。しかし、私は学生運動は短期的に再燃することはあっても、長期的に再燃し続けることはないと思います。

 経営学の大家ドラッカー氏は、1960年代後半の学生運動の背景の1つとして、若者人口の増加や大学生の絶対数の増加をあげていました。

具体的には、以下の著書の中でそのように述べています。

『マネジメント 課題、責任、実践』(Management: Tasks, Responsibilities, Practices, 1973年)

  • この中で、ドラッカーは「ベビーブーム世代が大学に入ったことで、学生数が爆発的に増えた」と指摘しています。
  • そして「大量の若者が集まれば、必ず何らかの反抗運動が起こる」と分析しています。

つまり、ドラッカー氏は学生運動が活発化した背景として、若者人口や大学生の絶対数の増加という量的な要因を1つの原因とみなしていたということがわかります。

無論それだけではなく、価値観の変化や大学教育の問題点など、質的な要因もありました。ただし若者人口の絶対数増加は、学生運動が巨大な社会現象として興隆する上で必要不可欠な量的基盤であり、ドラッカーもそれを重視していたと理解できます。

今日の少子高齢化の社会においては、若者人口の絶対数増加はなく、絶対数の減少が顕著になっています。

さらに、上の記事にもある近年の調査結果が示すように、高等教育を巡る価値観は大きく変容しつつあり、借金を払ってまでも大学に行く必要性については、米国社会で疑問視される傾向が強まっています。

社会の大勢が、大学は行けるなら行くべきものという考え方が主流で、しかも若者の人口が増えつつある社会においては、学生運動が興隆しますが、大学に借金してまで積極的にいくべきところではないという価値観が大勢をしめ、少子化で若者が減少する社会においては学生運動が、一時的に興隆するようにみえても、長く続くことはないでしょう。

1960年代の日本の学生デモ

さらに学生運動が社会に改革をもたらさなかったことも、学生運動が今後再燃することはないことの根拠になりえると思います。

ドラッカーも学生運動を評価してはいません。ドラッカーが1960年代後半の学生運動について言及している主な著書は以下のとおりです。

『断絶の時代』(The Age of Discontinuity, 1969年)

  • この著書の中で、ドラッカーは学生運動を「権力の空白」と呼び、既存の制度や権威に対する挑戦と位置づけています。
  • しかし同時に、学生運動が建設的な代替案を提示していないことを批判しています。
『新しい現実』(The New Realities, 1989年)

  • この著書でも1968年の学生運動を取り上げ、「反体制的」であり「単なる抗議」に終始したと評価しています。
  • 学生たちが大学の既得権益に反発しつつ、自分たちも将来の既得権益層になろうとしていた矛盾を指摘しています。
『マネジメント 課題、責任、実践』(Management: Tasks, Responsibilities, Practices, 1973年)
  • この著作では、学生運動に関する直接的な言及はありませんが、大学教育の改革の必要性を説いています。
  • 専門教育に偏重し、人間性や倫理教育が軽視されていることを危惧しています。

ドラッカーは学生運動の一時的なインパクトは認めつつも、その目的や手段、大学体制への批判の一貫性のなさに疑問を呈していたことがわかります。

いわゆる学生運動が、何らかの改革や、改善に結びつき、社会を良い方向に変えていたのなら別ですが、そうではなかったのですから、これが長続きする可能性は低いでしょう。無論これは、米国だけではなく、先進国に共通することであり、日本などで学生運動が再燃する可能性はかなり低いでしょう。

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2024年6月7日金曜日

【ウクライナ防衛が台湾の守護に?】ロシアの中国「属国化」への傾倒と、日本も取り組むべき3つのこと―【私の論評】ウクライナ・台湾問題に対処すべき自由主義陣営の共通の課題

【ウクライナ防衛が台湾の守護に?】ロシアの中国「属国化」への傾倒と、日本も取り組むべき3つのこと

岡崎研究所

まとめ
  • ウクライナ支援が台湾防衛につながり、中国の覇権主義への抑止力になる ・台湾の戦略的重要性は極めて高い(世界経済へのインパクト、海上交通路の要衝)
  • 中国は台湾に対し、軍事的威嚇、偽情報工作、選挙介入など多方面から圧力をかけている 
  • 民主主義国家は以下の3点で対処すべき 1.中国の威嚇行為への確実な対抗 2.台湾との経済統合の深化 3.台湾が中国の「一つの省」とする中国の主張への反対
  • 台湾の運命は日本を含めた民主主義国家の失敗が許されない重大な試練
台湾人義勇兵、曽聖光の追悼式で、ウクライナ国旗と台湾「国旗」を掲げる参列者='22年11月、ウクライナ西部リビウ

 2024年5月9日付のフォーリン・アフェアーズ誌で、Joseph Wu台湾外交部長(当時)は、「ウクライナ防衛による台湾防衛」と題する論説ウクライナ支援が実は台湾防衛につながり、中国の覇権主義に対する重要な抑止力になるという主張がなされている。

 グローバル化した現代世界において、各国の安全保障は密接に結びついているため、ロシアによるウクライナ侵攻を黙認すれば、次は中国による台湾侵攻が現実味を帯びてくる。

 中国とロシアが「制限のないパートナーシップ」を結んでいる以上、民主主義陣営も一致協力して対処する必要があり、ウクライナ支援を通じて中露連合に対する相対的な力を高められると指摘している。

 さらに、台湾の戦略的重要性が強く説かれている。仮に台湾有事となれば、世界経済に10兆ドル、つまり世界のGDPの約10%近くに相当する壊滅的な損失がもたらされる。また、主要な国際海上交通路の要衝でもあり、台湾海峡が遮断されればグローバルサプライチェーンに甚大な影響を与えかねない。

 こうした観点から、台湾防衛は単なる地域問題に留まらず、世界的な意味合いを持つ。一方の中国政府は、武力行使も辞さない姿勢を鮮明にし、台湾に対して軍事的威嚇、偽情報工作、選挙介入など様々な圧力を継続的にかけている状況にある。それに対し台湾側は、国を挙げて中国による軍事的侵攻に立ち向かう決意を固めている。

 そこで国際社会、特に民主主義国家に対し、中国の脅威に対処すべく3点の行動が求められている。第一に、中国の軍事的威嚇行為などに対し、それには必ず結果が伴うことを明確に示し、抑止力を働かせること。第二に、台湾との経済統合をいっそう深化させ、中国の経済的影響力を排除すること。第三に、台湾が中国の一部ではないことを認めた国連決議の精神に反する解釈に反対すること。

 台湾側が国防予算の大幅増額や徴兵期間延長など自助努力に乗り出していることにも言及し、「自衛への強いコミットメントがなければ、同盟国からの支援も望めない」とのウクライナからの教訓を強調している。そして結論として、台湾の運命がウクライナ同様、民主主義国家が失敗を許されない極めて重要な試練であると訴えている。権威主義者の横暴を容認する世界秩序は作り出してはならないと力説している。

 この文章は、元記事の要約です。詳細は元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ウクライナ・台湾問題に対処すべき自由主義陣営の共通の課題

まとめ
  • 地理的条件や台湾軍の実力から、中国による台湾への全面的な武力侵攻は容易ではない。しかし、それが中国による何らかの武力行使がないことを意味するわけではない。
  • ロシアはウクライナに対し、当初は政権交代を企図していたが、ウクライナ軍の抵抗に遭い失速した。しかし、無差別の攻撃を続けることで、結果的に同じ目的の実現を追求している。
  • 習近平は台湾統一を中国の「核心的利益」と位置づけており、決して譲歩する様子はない。平和的手段のみならず、武力行使も辞さない姿勢である。
  • 自由主義陣営は中国の一方的現状変更を決して許してはならず、ロシアがウクライナに対してとった手段(サイバー攻撃、偽情報工作など)にも注意が必要。
  • 具体的な対処方針として、有事の支援体制構築、安全保障協力の枠組み、サイバー防衛の連携、中国企業への規制強化など、多角的な取り組みが求められるが、日本を含む主要国の結束した取り組みが何より重要

このブログでも何度か述べてきたように、天然の要塞とも形容できる台湾の地形、ウクライナ戦争勃発時に比較すれば、当時のウクライナ軍より、はるかに精強な台湾軍の存在などから、中国による台湾への全面的な武力侵攻は容易ではありません。

台湾の東は急峻な山岳地帯、西側の平野は河川と小さな湾が入り込んでいる

しかし、それがただちに中国が台湾に対して武力行使をしないことを意味するわけではありません。むしろ台湾有事の恐れは常に存在し、その際の中国の武力行使は十分に考えられます。

ロシアのウクライナ侵攻を見れば、その点はよく分かります。当初ロシアは、それができるできない、本意かそうでないかは別にして、本格侵攻の意図をウクライナにみせつけ、キエフなどの主要都市を制圧し、結果としてゼレンスキー政権を追放または弱体化させ、親ロシア政権を樹立することを企図していたと見られています。これは、習近平の台湾に対する思惑や姿勢と軌を一にしていると言ってよいでしょう。

しかし、プーチンの思惑は見事に外れ、ウクライナ軍の強硬な抵抗にあってロシア軍は失速、当初の目的は遂行できないまま長期戦に入っています。

プーチン

しかし一方で、ロシアはウクライナに対する無差別なミサイル攻撃や砲撃を続け、多くの都市が壊滅的な被害を受けています。これは恐らく、ウクライナ側に最大限の痛手を与え、結果的に当初の目論見の実現を追求し続ける狙いがあるのだと言えるでしょう。

ここで仮にウクライナがロシアの圧力に屈し、事実上のロシア傘下に入ってしまえば、台湾の置かれた状況は一変することになります。そうした事態は世界的な権威主義の勝利を意味し、民主主義陣営に重大な打撃を与えかねません。

したがって、日本を含む主要民主主義国家は、ウクライナがロシアの脅威に屈することのないよう、断固たる支援を継続する必要があります。同時に、中国による台湾に対するあらゆる武力行使の可能性に備え、それを牽制し続けることが不可欠です。

中国は台湾問題を平和的に解決する考えはありません。本格的な武力侵攻はないかもしれませんが、それでも中国は武力行使も辞さない超限戦を挑み、あくまで台湾を中国の一つの省と位置づけ、その編入を目指しています。習近平国家主席はこれを中国の核心的利益としており、決して譲歩する姿勢はみられません。

習近平

したがって、日本を含む自由主義陣営は、中国のこうした姿勢に気を許すわけにはいきません。中国による一方的な現状変更を決して許さぬよう、断固たる対応を取る必要があります。

ウクライナ情勢を見れば、全面侵攻に踏み切る前に、ロシアは長期に渡りウクライナを揺さぶり、弱体化させようとしてきました。サイバー攻撃、偽情報工作、親ロシア派への支援など、さまざまな手段が講じられてきました。

中国も同様に、台湾に対し、すでに軍事的威嚇、サイバー攻撃、デマ工作、野党への支援など、あらゆる超限戦の手段を講じています。

日本を含む主要国は、こうした「グレーゾーン」の脅威にも油断なく対処する必要があります。具体的には、

①中台間の軍事的緊張がさらに高まった場合の対処方針を明確化

  • 有事における武器の供与や後方支援体制の構築
  • 中国による台湾封鎖時の対抗措置(海上交通路の確保など)の検討

②台湾に対する安全保障支援の枠組みづくり

  • 日米台の3か国による安全保障対話の常設化
  • 台湾との武器譲渡やミサイル防衛における技術協力の拡大

③サイバー防衛や認識戦(偽情報対策)での連携強化

  • 台湾を標的とするサイバー攻撃への共同対処能力の強化
  • デマや偽情報対策でのインテリジェンス共有や対策の協調

④中国企業への厳格な輸出規制

  • 半導体をはじめとする先端技術の中国企業への供給規制
  • 軍民両用技術や貨物の移転を水際で厳格にチェック
⑤その他

  • 中台有事における経済制裁措置の検討(金融・貿易面での制裁)
  • NATOプラスアジア枠組みによる安保協力の推進
  • 台湾有事における在留邦人の退避計画の整備
  • ADIZ(防空識別圏)を含む台湾周辺の監視能力の強化

などが考えられます。経済的な側面では、台湾との関係を一層緊密化し、重要技術や資源確保においても中国依存からの脱却を進めることが重要でしょう。

同時に、中国に対しても、一方的な現状変更が暴力の行使によってもたらされれば、重大な代償が伴うことを断固たる姿勢で示し続ける必要があります。

ウクライナ情勢への対応が試される中、台湾有事への備えは待ったなしの課題であり、日本を含む主要国の結束した取り組みが何より重要となってきています。

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