2025年9月30日火曜日

世界が霊性を取り戻し始めた──日本こそ千年の祈りを継ぐ国だ


まとめ
  • 欧米では宗教離れが進む一方で、瞑想や自然崇拝など霊性を求めるSBNR層が拡大している。
  • 日本のSBNRは欧米型の輸入ではなく、八百万の神や祖霊祭祀などの伝統が現代に姿を変えて表れたものにすぎない。米津玄師「Lemon」が震災後の喪失感と鎮魂の心に響いたのはその象徴である。
  • 災害・地方・外交において霊性文化が言説や行動に影響している一方、教育無償化やグローバリズム政策などは霊性文化に反している。
  • 天皇の祈りと庶民の祈りの二重構造、さらに伊勢神宮の式年遷宮のような制度化された継承が、千年以上にわたり日本の霊性文化を支えてきた。
  • ドラッカーは当時の日本の政治を「経済より社会を重視する」と評した。彼の「改革の原理としての保守主義」は、霊性文化の持続性と通底するものだ。

1️⃣世界が求める「目に見えない力」
 
世界を見渡すと、霊性(スピリチュアル)がかつてないほど注目を浴びている。欧米では宗教離れが進む一方、人々は空虚さを埋めるように瞑想やヨガ、自然崇拝、マインドフルネスに熱心に取り組んでいる。経済的な豊かさだけでは心を満たせないことが明らかになったからだ。宗教に所属しなくても霊的実践を求める人々は増え続け、政治や社会運動においても「スピリチュアルな価値観」が力を持ち始めている。

その象徴がSBNR(Spiritual But Not Religious)である。組織宗教に属さず、精神性や内面の成熟を大切にする立場だ。祈りや瞑想、自然との交感を通じて意味を探り、制度や教義よりも個人の体験を重視する。神ではなく「気」や「宇宙の力」といった曖昧な超越概念に手掛かりを求め、人や自然の中に神聖を見出そうとする。

日本でも2022年の調査で国民の約43%、20代では約48%がSBNR層に属するとされた。「お金より縁を信じる」「学歴より運命を重んじる」という価値観がそれを裏付ける。御朱印収集や寺社参拝は帰属意識とは異なる霊性の実践となり、坐禅や写経、森林浴、サウナの「ととのう」体験までもが現代の霊的実践として受け入れられている。

だが、日本のSBNRは欧米から輸入された潮流ではない。八百万の神、自然崇拝、祖霊祭祀の伝統が古代から受け継がれ、神道は祭祀と自然共生を軸に、仏教は修験道や民間信仰と融合して開かれた。SBNRは日本の精神文化が現代に姿を変えて表れたものにすぎない。

その生きた例が、米津玄師の代表曲「Lemon」である。2018年に発表されたテレビドラマ『アンナチュラル』の主題歌でもあるこの曲は、発売直後からダウンロード数300万を突破し、YouTubeの公式MVは9億回以上再生され、日本音楽史に残る大ヒットとなった。第69回NHK紅白歌合戦で披露されたとき、多くの人々は涙を流しながら耳を傾けた。

Lemon 米津玄師 歌詞付き

なぜこれほど支持を集めたのか。それは、この曲が単なるJ-popではなく、現代の鎮魂歌として響いたからである。失われた命を悼み、なおも続く絆を歌い上げる「Lemon」のメッセージは、東日本大震災以降の日本人が抱えてきた喪失感と深く結びついた。あの日から多くの人々が亡き人への祈りを胸に生きてきた。米津の歌は、その感情に寄り添い、癒やしと意味を与えるものとして受け止められたのである。

そうしてテレビドラマ『アンナチュラル』も「霊性の文化」を想起させる作品といえる。死因究明を専門とする不自然死究明研究所(UDIラボ)の法医たちが、毎回「なぜ人は死んだのか」を追究していく物語だが、その根底には「亡くなった命を軽んじない」「死者を無名の存在にせず、声なき声を聞く」という姿勢が貫かれている。

これは、表面的には科学ドラマでありながら、日本文化に根ざした 鎮魂や供養の精神 に通じる。死者の魂を慰め、その存在を社会の中で位置づけ直す営みは、古来の祖霊祭祀や弔いの心と同じ地平にある。つまり「アンナチュラル」は、現代的な形式を取りながらも、日本の霊性文化の系譜をなぞっているのである。「Lemon」が主題歌として国民的共感を呼んだのも、ドラマのテーマと同じく「死者と生者をつなぐ祈り」が根底に流れていたからだといえる。

死者を忘れず、悲しみの中に生の意味を見出そうとする姿勢は、祖霊祭祀や供養の心と地続きにある。「Lemon」が国民的支持を集めたのは、日本人の潜在意識に刻まれた霊性文化に響いたからにほかならない。SBNRという言葉が指すものは、実はこのように日本人の生活や文化の中にもともと自然に表れている。
 
2️⃣霊性文化と政治の歪み
 
この感覚は政治にも及ぶ。欧米ではSBNR層が環境や人権を霊的価値として政策に反映させているが、日本でも災害時に「命の尊厳」、地方では「家族」「郷土」、外交では「和」「共生」が言説として現れる。合理主義では補えないものを、霊性文化が支えているのである。

一方で、霊性文化に反する政策も目立つ。教育無償化や子育て支援を国家が肩代わりする発想は、家庭や地域の責任感を弱める。LGBT施策は家族と世代継承を揺るがし、アイヌ新法は地域社会を分断する。グローバリズムは土地や共同体への愛着を壊し、人を「労働力」「消費単位」に矮小化する。伝統行事や祭祀を軽んじる政策も同様だ。


財政・金融政策もまた霊性文化を損なってきた。財政緊縮を絶対視して歳入と歳出の帳簿の均衡だけを優先すれば、人の営みを軽んじることになる。数値目標やインフレ率に固執し物価安定だけを重視し、失業率などを軽視する金融政策は、生活実感や地域循環といった霊的基盤を切り捨てる。これらは国民を無視した官僚本位の政策であり、社会の根を弱らせてきた。

自民党がこうした誤った方向に傾斜してきたことは致命的である。このままではどのような看板政策を掲げても、国民の心をつかむことはできない。

では、何を守り、何を変えるべきか。保守政治に戻るべきとする人も多いが、保守とは過去に戻ることではない。潜在する霊性を損なわずに改革を進めることだ。家族や地域の自発性を支える制度、自然を神聖視する防災と環境政策、外交における「和」と「共生」。これらは理念ではなく、現実を動かす力である。
 
3️⃣祈りと制度継承の一体性
 
この営みの中核にあるのが祈りである。宮中祭祀を通じて五穀豊穣と国民安寧を祈る天皇の祈り。そして鎮守の森や祖霊祭祀、村落の祭礼や家族の供養といった庶民の祈り。この二重構造こそが、日本の霊性文化を千年以上支え続けてきた仕組みだ。制度と生活、中心と周縁が呼応し、国を形づくってきたのである。

天皇の祈りは、大嘗祭や新嘗祭に象徴される。大嘗祭は新天皇が即位の後に一度だけ執り行う祭祀であり、新嘗祭は毎年の収穫を感謝する恒例の儀式である。これらは単なる宮中行事ではなく、国家と自然、祖先と国民をつなぐ祈りであり、霊性文化の中枢を担ってきた。

庶民は村の鎮守祭や盆の祖霊供養を通じて、自らの暮らしの中で祈りを積み重ねてきた。田植えや収穫を祝う行事もまた、自然への畏れと感謝を形にする営みである。上下の祈りが重なり合うことで、国全体の霊性文化は力強く継承されてきた。

式年遷宮に向けて厳粛な雰囲気に包まれた祭場で営まれた御船代祭=9月17日午後、三重県伊勢市の伊勢神宮内宮で

さらに、伊勢神宮の式年遷宮は祈りと制度継承が一体となった典型である。二十年ごとに社殿を造り替え、神宝を新調する営みは、単なる建築技術の伝承ではない。祈りそのものを更新し、常若の精神を制度化する仕組みである。人々は代々その営みに参加し、技を磨き、森を育て、祈りを未来へと手渡してきた。ここに祈りと制度継承が不可分の形で存在している。

この構造の妥当性は、ドラッカーも見抜いた。彼は社会の基盤に潜む価値を持続させることの重要性を指摘し、それを「改革の原理としての保守主義」と呼んだ。さらに当時の日本の政治家を評して「経済よりも社会を重視している。社会が毀損されなければよしとする」と述べ(『断絶の時代』1969年/日本語版1970年、『新しい現実』1989年/日本語版1990年)、日本型組織を「社会の安定を支える器」として高く評価した。

霊性文化は潜在意識に宿り、共同体と世代をつなぐ。経済は表層にすぎず、根幹をなすのは社会である。いかなる経済政策も社会を毀損するものてあってはならない。祈りと制度の継承を両立させながら更新を続ける作法――それこそがドラッカーの説いた「改革の原理としての保守主義」と響き合う。ドラッカーは保守主義を以下のように語っている。
保守主義とは、明日のために、すでに存在するものを基盤とし、すでに知られている方法を使い、自由で機能する社会をもつための必要条件に反しないかたちで具体的な問題を解決していくという原理である。これ以外の原理では、すべて目を覆う結果をもたらすこと必定である。(ドラッカー『産業人の未来』)
ドラッカーが理論で示した「改革の原理としての保守主義」は、日本の霊性文化における二重の祈りの構造を最もよく説明できる思想である。日本はすでに千年の歴史を通して、時には失敗しながらも、この原理を実践してきたと言える。

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2025年9月29日月曜日

奈良の鹿騒動──高市早苗氏発言切り取り報道と拡散、日本の霊性を無視した攻撃が招く必然の国民の反発

 

まとめ

  • 騒ぎの起点は、2025年9月22日の自民党総裁選・所見発表演説での高市早苗氏の発言である(奈良公園で一部外国人観光客による鹿への不適切行為を指摘)。
  • 9月24日の日本記者クラブ討論会後、奈良県担当者は「外国人による暴行は確認していない」との趣旨を示し、外国人加害の断定を避ける立場を示した。
  • 報道とSNSでは限定表現が切り取り一般化され、「外国人全体が鹿を虐待」と読める見出しやデマが拡散したことが炎上を拡大させた。
  • 一方、奈良市レベルでは動物愛護管理条例に基づく多言語の注意看板など具体的対応が進み、一部外国人による不適切行為への抑止が図られている。へずまりゅう(原田将大)の長期的な鹿保護活動と市議当選も、課題の現実性を裏づける材料である。
  • 奈良の鹿は春日大社の神鹿として日本の「霊性の文化」を象徴する存在であり、この背景を無視した高市氏への攻撃は日本人の潜在意識を逆なでするため、選挙上も有利に働かないだろう。
1️⃣高市氏発言と奈良県の対応


2025年9月22日、総裁選の所見発表演説で高市早苗氏は「奈良公園で一部の外国人観光客が鹿を蹴ったり殴ったりして怖がらせている」と指摘した。外国人観光客による迷惑行為対策を強化すべきだという文脈の中での発言であった。実際の発言を以下に掲載する。

高市氏は演説冒頭、「皆様、こんにちは。高市早苗、奈良の女です。大和の国で育ちました」と切り出した。  

「奈良のシカをですよ、足で蹴り上げる、とんでもない人がいます」  

「奈良の女としては奈良公園に1460頭以上住んでいるシカのことを気にかけずにはいられません」とし、万葉集で詠われた和歌を引用した。 

「1300年も前から奈良にはもうシカがいて......それも夫婦仲のむつまじいシカがいて、歌になっていたということがわかります」としつつ、「そんな奈良のシカをですよ、足で蹴り上げる、とんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん何かが行きすぎていると、そう思われませんか?」と問いかけた。

だが9月24日の日本記者クラブ討論会で根拠を問われた際、高市氏は「自分なりに確認した」と述べたものの、具体的証拠は示さなかった。奈良県の担当者は「把握している限り、殴る・蹴るといった暴行は確認していない」と説明した。この言葉は一見すると鹿への暴行そのものを否定しているようにも聞こえるが、文脈を読めば「外国人による暴行とは確認していない」という意味であることは明らかだ。県は、あくまで外国人が加害者であると断定できていない、という事実を述べているにすぎない。否定も肯定もしていない。

さらに9月25日には高市氏の秘書が「旅館関係者や公園周辺を巡回するボランティアから聞いた話が根拠」と補足した。実際、2024年には「鹿を蹴る、叩く」といった映像がSNSで拡散され、奈良県は2025年4月から県立都市公園条例を改正し、鹿への加害行為を禁止している。ただし、加害者の国籍は特定されていない。
 
2️⃣報道と切り取りの実態

9月24日の日本記者クラブ討論会で発言する高市氏

報道やSNSでの拡散は「切り取り」そのものであった。記事本文では「一部の外国人観光客」と書いていても、見出しには「外国人が鹿を蹴る」といった全体化された表現が躍る。発言の主旨は「外国人の迷惑行為対策の厳格化」だったが、鹿への言及だけを抜き出して広めた結果、あたかも多くの外国人観光客が加害者であるかのような印象を与えた。

しかも、総裁選という政治的文脈の中でこの切り取りは大きく炎上した。行政側は「外国人による暴行は確認していない」と説明し、否定も肯定もしていないにもかかわらず、SNS上では「外国人全体が鹿を虐待している」と誇張されてしまったのである。さらに一部サイトでは「高市氏がインバウンドを全面禁止へ」といったデマまで流布されたが、これはファクトチェックで完全に否定されている。

事実として確認できるのは三点だ。高市氏が「一部の外国人観光客による鹿への不適切行為」に言及したこと。奈良県は「暴行自体は事実だが、外国人による暴行に関しては確認していない」と説明していること。そして、条例改正で鹿への加害行為が明確に禁止されたことである。
 
3️⃣霊性の文化と政治的意味
 
奈良市のレベルでは事情が違う。市内には「動物愛護管理条例」に基づき、鹿への暴力行為を禁じる看板が日本語だけではなく英語、中国語併記で設置されている(以下写真)。これは、観光客の中でも一部外国人による不適切行為が実際に存在したことを示す証拠である。

迷惑系YouTuberとして知られたへずまりゅう氏(本名・原田将大)は、かつては社会を騒がせたが、やがて心を入れ替え、奈良の鹿の保護活動に長期にわたり尽力し続けている。その活動が注目を集め、市議会議員に当選した事実もある。市レベルでは、一部外国人による鹿虐待が現実の課題であったことは疑いようがない。

ここで重要なのは、日本の「霊性の文化」である。奈良の鹿は春日大社の神鹿として古代から神聖視され、人々の生活や信仰に深く根付いてきた。そうして、朝廷がその継続を天皇の祈りとともに担保してきた。

「霊性」という言葉は日常的には用いられないため誤解されがちだが、本来は自然や生命に宿る尊さ、目に見えない価値を深く受け止める心の働きを指す。鹿は単なる観光資源ではなく、我が国の霊性の象徴である。その鹿が一部外国人に蹴られ虐待されることは、肉体的加害にとどまらず、日本文化の根幹を傷つける行為に等しい。

この文化的背景を理解せずに高市氏を「外国人排斥的だ」と批判する報道やSNSの論調は、表層的であり、日本人の精神性を軽んじている。高市氏は奈良出身であり、春日大社や神鹿の歴史的背景にたびたび言及してきた政治家だ。つまり彼女の発言には「霊性の文化」への配慮が込められている。逆に、攻撃する側の論調にはその視点が欠落している。

選挙のさなかには揚げ足取りや誇張が横行する。警察が動いたとしても調査が終わる頃には選挙が終わっていることが多く、結局「言ったもの勝ち」となるのが常だ。だが今回の件は違う。霊性の文化に根差す日本人の潜在意識を逆なでするものであり、切り取りをした側がむしろ反発を受けるだろう。

事実、自民党が直近の衆院、都議選、参院で三連敗を喫した背景には外国人問題が大きく影を落としていた。その根底には、日本人の潜在意識に刻まれた「霊性の文化」が作用している可能性が高い。霊性の文化自体は、外国人や他宗教を排除するどころむしろ寛容に受け入れる立場だ。しかし、これをグローバリスや拝金主義者らが悪用して場当たり的に外国人を多数受け入れることは、むしろ「霊性の文化」を毀損することになりかねないことに、多くの国民が目覚めたり、無意識にでも反発したのだと思われる。

これを軽んじれば必ず国民の強い反発に直面する。目に見えないが確かに存在する力であり、無視すれば大きなしっぺ返しを受けるのだ。

こうして整理すると、高市氏の発言は「一部外国人による不適切行為」への現実的な指摘であり、批判は切り取りによる政治利用にすぎない。むしろ彼女は、我が国の深層に流れる「霊性の文化」を理解した上で語っているのである。

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『ハーバード卒より配管工のほうが賢い』…若きカリスマチャーリー・カークの演説 2025年9月18日
米国で注目された演説を取り上げつつ、「日本から学ぶべき新たな霊性の精神文化」との対比を行っている。社会の土台に霊性が必要であることを強く訴える。

映画「鹿の国」が異例の大ヒットになったのはなぜ?鹿の瞳の奥から感じること、日本でも静かに広がる土着信仰への回帰も影響か―【私の論評】日本の霊性が世界を魅了:天皇、鹿、式年遷宮が示す魂の響き 2025年4月17日
奈良の鹿をモチーフとした映画『鹿の国』の大ヒットを手がかりに、日本人の無意識に根差す土着信仰と霊性文化の復活を論じている。天皇の祈りや伊勢神宮の式年遷宮との関連性を示し、我が国の霊性がいかに世界を惹きつけるかを解き明かしている。

石平手記『天皇陛下は無私だからこそ無敵』 2019年5月4日
御代替わりの儀礼を通じて天皇の在り方を描写。天皇を中心に受け継がれる祈りと霊性文化が、日本文明の独自性を支えてきたことを浮き彫りにしている。

2025年9月28日日曜日

秋田から三菱撤退──再エネ幻想崩壊に見る反グローバリズムの最前線

まとめ

  • 三菱商事を含む事業連合が秋田の洋上風力からコスト高騰で撤退し、県知事は再公募を要望したが合理性には疑問がある。
  • 太陽光や風力は我が国日本の条件に合わず、欧州でも失敗。中国製依存やウイグル強制労働の問題もあり、反グローバリズムの観点から容認できない。
  • 再エネは天候に左右され不安定で、九州や東北では出力抑制が常態化。電気料金も2010年から2023年にかけて大幅に上昇し、国民負担を増やしている。
  • 原子力には長年の実績があり、開発中のSMRは安全性が高い。ただし既存技術と人材が不可欠で、ドイツのように原発を全廃すれば未来を閉ざす。
  • 小樽や青森では住民運動が再エネ計画を阻止。反グローバリズムは世界的潮流となり、秋田の撤退は我が国日本のエネルギー政策を正道へ導く契機となる。
1️⃣秋田の洋上風力と再エネの現実
 

2025年夏、三菱商事を含む事業連合が秋田県沖と千葉県沖の大規模洋上風力事業から撤退した。建設費は当初の二倍に膨れ上がり、インフレや金利上昇、円安が追い打ちをかけ、採算は崩壊した。これを受け、秋田県知事は国に早期の再公募を求めた。しかし、果たしてそれは合理的な選択なのか。

問題は単なる洋上風力の失敗にとどまらない。太陽光や風力といった再エネそのものが、我が国日本の地理的条件や経済環境に合致していない。欧州でも同じ失敗が繰り返されている。ドイツが推進した「エネルギー・ヴェンデ(原発廃止と再エネ全面移行)」は、結果として電気料金の高騰と産業競争力の喪失を招き、国民から激しい批判を浴びている。

加えて、再エネはその供給網がグローバリズムに絡め取られている。太陽光パネルの約8割、風力タービンや蓄電池の多くは中国製であり、利益は海外に流れる。しかも新疆ウイグル自治区の強制労働や、中国国内の低賃金・劣悪環境労働がその製造工程に関わっているとの報告もある。再エネを拡大することは、人権侵害に加担し、経済的従属を深めることに直結する。これこそ反グローバリズムの立場から断固拒絶すべき事態である。
 
2️⃣インフラに不適格な再エネと原子力の選択肢
 
再エネの最大の弱点は不安定性だ。天候次第で発電が止まる電源をインフラの基盤に据えること自体が無謀である。実際、九州電力管内では太陽光の過剰導入で出力抑制が常態化し、2023年度は58日間、2024年度も50日を超える見通しとなっている。東北や四国でも同じ現象が起きており、作っても使えない電気があふれている。

電気料金の推移も深刻だ。資源エネルギー庁の統計によれば、家庭向け電気料金は2010年に1kWhあたり約22円だったものが、2023年には30円を超えた。再エネ賦課金や制御コストが原因である。ドイツと同じく、我が国日本も「再エネをインフラに据える」という誤った政策が国民負担を膨らませている。

三菱SMRを開発
 
これに対し、原子力には半世紀の運用実績がある。潜水艦や空母に搭載された小型炉は過酷な環境下でも安定して稼働してきた。さらに次世代の小型モジュール炉(SMR)は現在開発中であり、冷却システムや格納容器の設計が改善され、従来型より安全性が高い。だがSMRは既存の原子力技術と人材があってこそ開発できるものであり、ドイツのように拙速に原発を全廃すれば技術基盤を失い、将来の選択肢を自ら閉ざすことになる。

秋田に必要なのは「待つ」ことではなく「見切り」だ。洋上風力を含む再エネはコスト高、環境破壊、不安定性の三重苦を抱え、社会インフラとして失格である。我が国日本の未来を託す価値はない。撤退こそが最も合理的な選択である。
 
3️⃣地方の抵抗と反グローバリズムの潮流
 
再エネが国家政策として押し付けられても、地方には抗う力がある。小樽市では2022年、天狗山スキー場近くに計画された風力発電が、住民や市議会の強い反発で撤回された。青森でも漁業者の反対が計画を修正させた。秋田でも漁協が同意しなければ事業は進まない。地方の意思は巨大資本や国策すら押し返す力を持つのだ。

HPで計画中止発表 小樽市・余市町にまたがる風力発電計画 地元の理解得られず…資材高騰も理由

そして今、反グローバリズムは世界の潮流となりつつある。一昔前は陰謀論と片付けられた言葉だったが、いまや米国では「アメリカ・ファースト」が政権の中枢を担い、欧州でも反グローバリズムを掲げる政党が議席を伸ばしている。英国のEU離脱(Brexit)はその象徴である。2024年のEU議会選挙では右派政党が躍進し、エネルギーや移民政策で国の針路を大きく動かした。

秋田が再エネ撤退を決断することは、単なる地域防衛にとどまらない。我が国日本がグローバリズムの呪縛から抜け出し、真に自立したエネルギー政策を打ち立てる突破口となる。地方の勇気ある行動が、政府の誤りを正し、我が国日本全体を正道へ導く力になるのだ。

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2025年9月27日土曜日

小泉進次郎ステマ事件──日本版Twitter Files、民主主義の危機は現実だ


まとめ

  • 小泉進次郎陣営は、動画配信に「称賛コメント」「他候補への批判コメント」を大量投稿させる“ステマ要請”を行い、実際に一つのIDから500件超の投稿が確認された。
  • 陣営内部で「24種類の具体的コメント例」を示したメールが存在し、計画的な世論操作の証拠が浮き彫りとなった。
  • この行為は、牧島かれん元デジタル相の「誹謗中傷対策」発言や、平井卓也元デジタル相の「政治家中傷の消し込み」発言と正面から矛盾し、国民の不信を招いている。
  • 米国の「Twitter Files」では、政府とSNS企業の癒着による言論統制が暴かれたが、日本でも政治家自身が“仕込みの声”を作り出し、民主主義を歪めている点で構造は同じである。
  • 安倍元総理への批判や殺害予告の事例、台湾の透明なファクトチェック制度が示すように、「批判と脅迫の線引き」「誰が削除を決めるのか」の議論を避けてはならない。小泉陣営の事件は、その危機を突きつける試金石だ。

1️⃣小泉陣営の「ステマ要請」問題の発覚


自民党総裁選に立候補している小泉進次郎農林水産相の陣営が、インターネット配信の動画に称賛コメントを投稿するよう依頼していた事実が明らかになった。陣営から支援者に送られたメールには具体的な文例まで示され、「小泉氏を応援する」「他候補を批判する」といった投稿を求める内容が書かれていた。

実際、動画のコメント欄には一つのIDから500件を超える称賛が連続して投稿されており、世論操作の疑いが濃厚となった。小泉氏本人も事実を認め、「行き過ぎがあった」と謝罪した。問題は単なる噂ではない。報道によれば「24種類の具体的コメント例」を示した文案まで存在し、その中には「石破さんを説得できたのスゴい」といった持ち上げの言葉や、高市氏への中傷まで含まれていた。これは計画的なコメント誘導工作にほかならない。 

2️⃣牧島・平井両氏の発言との矛盾

2021年10月5日、デジタル大臣退任式・就任式での平井氏と牧島かれん氏

この不祥事には、牧島かれん元デジタル大臣の事務所が関わっていたとされ、本人は責任を取り役割を辞する意向を示した。ただし大量投稿が陣営関係者によるものかは特定されていない。だが「ステマ要請」という事実だけで十分に重い。候補者本人の監督責任は免れない。

さらに厳しい視線を浴びているのは、牧島氏自身の過去の発言との矛盾である。デジタル大臣時代、彼女はSNS上の誹謗中傷や不適切な投稿を迅速に削除する仕組みを強化すべきだと繰り返し訴えていた。特に「政治家だからといって誹謗中傷にさらされ続けるのは健全ではない」と強調し、削除対象に政治家への中傷も含めるべきだと主張した。

しかし今回明らかになったのは、その同じ人物の陣営が称賛コメントの水増しを行い、さらには他候補への攻撃投稿まで仕込んでいたという現実だ。誹謗中傷対策を掲げながら、裏で世論操作に手を染める。落差はあまりに大きく、国民の不信は避けられない。

平井卓也元デジタル大臣もまた、政治家に対するネット中傷を「消し込む」べきだと語った人物である。デジタル庁創設時、彼は「政治家も人権を守られるべきだ」とし、SNS事業者に削除を強く求める方針を示した。だが一方で「批判封じに悪用されるのではないか」との懸念も拡がった。こうした流れを踏まえれば、今回の小泉陣営の不祥事は、日本のデジタル政策と政治倫理の矛盾を白日の下にさらしたといえる。
 
3️⃣民主主義と言論統制の危機

世論の反応は容赦ない。SNS上では「総裁選から退くべきだ」という声も噴出し、単なる不祥事を超えて政治倫理全体への不信に発展している。一部支持者は「戦術の一つ」と擁護するが、批判が圧倒的多数である。

問題の核心は選挙の公正性にある。ネット上のコメントは本来、有権者の自然な声であるべきだ。しかし現実には、陣営の指示で量産された「仕込みの声」が混じり、政策評価を歪めてしまう危険がある。しかも中には他候補を攻撃する内容まで含まれていた。これは誹謗中傷対策を進める自民党の方針と真っ向から矛盾し、党全体の信頼を失墜させかねない。

こうした問題は日本だけではない。米国では2020年大統領選の際、ツイッター(現X)が誤情報対策を名目に投稿を削除し、現職大統領であったトランプ氏のアカウントを凍結した。さらに“Twitter Files”の公開で、政府機関が削除や拡散抑制を要請していた事実、フェイクアカウントを使った世論操作の実態が暴かれた。これは2022年12月以降、イーロン・マスクがTwitter(現X)を買収した後、ジャーナリストに社内文書を公開させて始まった一連の内部暴露のことだ。これは単なる企業スキャンダルではなく、SNS企業と米国政府がどのように結びつき、言論空間を操作していたか を示す実例である。SNS企業の判断が政治的に偏っているのではないかという疑念はいまも米国を分断している。

THE Twitter FILES

日本の今回のケースも同じ構造を映し出している。「誹謗中傷対策」と「政治的言論の制御」は表裏一体なのだ。

ここで忘れてはならないのは安倍晋三元総理の事例である。彼は生前、反対派から激しい批判にさらされ続けた。しかし政治家である以上、批判を受けるのは当然である。根拠に基づく批判を避けたいなら、政治家になるべきではない。

ただし一線はある。安倍氏に向けられた殺害予告のような極端な発言は明確な犯罪であり、削除されて当然だ。問題はその中間、つまり厳しい批判と誹謗中傷の境界があいまいな「灰色ゾーン」である。この領域をどう扱うかは民主主義にとって大きな課題だ。それに加えて、今の日本はネット上で、安倍氏暗殺を喜ぶような発言をした人たちが、社会的制裁も受けない異様と言える状況にあるのも事実だ。

米国では、チャーリー・カーク暗殺後に「報復の銃撃」や「集会への放火」をほのめかす発言をした人物が相次いで逮捕・起訴された。表現の自由が広く保障される米国でも、暴力を煽動したり暗殺を喜ぶ言動は「真の脅迫」とみなされ、処罰の対象となっているのだ。これに比べ、日本では安倍元総理の暗殺を喜ぶ発言を公然と行っても、刑事的・社会的制裁を受けないケースが目立つ。この落差は、我が国の民主主義の未成熟さを如実に物語っている。

台湾は参考になる。台湾では政府が直接削除を指揮するのではなく、独立したファクトチェック団体が検証し、結果を公開したうえでプラットフォームに通知する仕組みを持つ。司法の関与もあり、政治的恣意性を抑えている。完全ではないにせよ、「誰が、どの基準で削除するのか」を明示する点で日本が学ぶ価値は大きい。

結局のところ、ネット空間をどう統治するかは民主主義の根幹に関わる問題である。SNS企業の過剰介入も危険であり、政治家による世論操作もまた危険だ。安倍元総理の例が示すように、批判と犯罪的脅迫の境界をどう引くかは避けて通れない。台湾の取り組みは一つの解であるが、日本も透明性と公正性を制度として担保しなければならない。

小泉陣営の事件は、単なる一候補の不祥事ではない。日本の民主主義が、ネット時代にふさわしい選挙と言論のルールを確立できるかを問う試金石である。

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2025年9月26日金曜日

アンパンマンが映す日本の本質──天皇の祈りと霊性文化の継承

まとめ

  • アンパンマンの自己犠牲は日本の霊性文化の象徴であり、自らの顔を分け与える姿は命を分かち合うという日本的霊性の直感を体現している。
  • 朝ドラ「あんぱん」は贖罪意識と霊性のせめぎ合いを描き、最終回では「思いやりと自己犠牲」が前面に出て日本人の無意識に根差す霊性文化が浮かび上がった。
  • 天皇の祈りは大嘗祭や新嘗祭において命の循環を国家の中心で体現しており、アンパンマンの行為と同じ系譜にある。
  • やなせたかしの思想は「正義とは空腹を救うことだ」という信念に示されるように、権力ではなく人間の思いやりに根差すもので霊性文化と同質である。
  • バイキンマンは「悪もまた世界の一部」という循環を、ジャムおじさんやバタコさんは「調和と共同体」を体現し、物語全体が日本的霊性の縮図となっている。
アンパンマンは単なる子ども向けアニメではない。自己を削って他者を救う姿は、日本が古から継承してきた霊性文化の縮図である。そして、その祈りの循環は、天皇が代々担ってきた祈りの営みと深く響き合う。
 
1️⃣霊性文化とアンパンマン・朝ドラ「あんぱん」
 

「アンパンマン」は、やなせたかし原作の絵本・漫画を基にしたアニメであり、1988年の放送開始以来、国民的作品として親しまれている。アンパンマンは自らの顔をちぎって人々に分け与える。そこに描かれるのは、単なる子ども向けのヒーロー物語ではなく、日本文明が継承してきた霊性文化の核心である。

NHKの朝ドラ「あんぱん」は、アンパンマン誕生の背景にあるやなせたかしの人生と戦争体験を描いた。NHKはしばしば、GHQ占領政策の影響を色濃く残し、国家と宗教の分離や戦争批判を通じて「贖罪意識」を国民に植え付ける番組を作ってきた。この作品でも戦地での悲劇や戦争責任を問う場面が描かれ、その姿勢が表れていた。

しかし本日の最終回で強調されたのは、アンパンマンの「自己犠牲」と「他者への思いやり」であった。やなせ自身が「正義とは空腹を救うことだ」と語ったように(『アンパンマンの遺書』)、作品の根底に流れるのは命の分有という霊性の思想である。戦後に刷り込まれた贖罪意識を超えて、最終的に浮かび上がったのは日本人の無意識に根差す霊性文化だった。この最終回を「贖罪意識」を強調するものとしたら、この朝ドラはぶち壊しになってしまったろう。そこには、日本独自の霊性文化と美意識が確かに息づいていたと思う。

霊性とは特定の宗教の教義ではない。人間と自然、そして世界の根底に流れる命のつながり、魂の感覚を指す。古代からアニミズムやシャーマニズムを受け継いだ日本人は、それを「霊性の文化」として形を変えながら今も継承している。詳しくは昨日の記事で論じたので、あわせて参照されたい。
 
3️⃣天皇と霊性文化の響き合い
 
天皇の祈りは、日本の霊性文化の中心である。形式ではなく、具体的な営みとして生きている。
 
「悠紀殿供饌の儀」のため、祭服で大嘗宮の悠紀殿に向かわれる天皇陛下(2019年11月)

第一に、年中の祭祀が稲作の循環と人々の命を結び直す軸になっている。新嘗祭では、その年の新穀を神に供え、天皇みずからもいただく。神にささげたものを人も口にするという「分け合い」の型は、命が共同体の中で循環するという直感を可視化する作法である。即位ののち最初に行う大嘗祭は、その作法を新たな御代の始まりとして厳粛に刻む儀礼だ。ここには「恵みを受け、感謝し、分かち、次へ手渡す」という日本的霊性の筋が通っている。アンパンマンが新しく焼かれた顔をまた他者のために差し出す循環は、この筋と響き合う。

第二に、祈りは個人の資質に依存せず、位そのものが連続性を担保する点だ。誰が天皇であっても、祈りは代々受け継がれ、途切れない。これは権力の誇示ではなく、共同体の「いのちのリレー」を象徴する役割である。だからこそ、人々は天皇の祈りに安心を見いだす。

第三に、祈りは抽象論ではなく現場に降りていく。災害や悲劇のあと、天皇・皇后が静かに手を取り、黙祷し、言葉少なに寄り添う姿が繰り返し記録されてきた。そこにあるのは上からの支配ではなく、「同じ命として並ぶ」態度だ。最小の所作で最大の意味を示すこの在り方は、声高な主張より深く共同体を癒やす。アンパンマンが豪語せず、黙って分け与える姿と重なる。

要するに、天皇の祈りは、恵みをいただき、感謝し、分かち合い、次代へ渡すという循環を国家の中心で体現してきた。教義や制度の外側で働く日本的霊性の中核であり、アンパンマンの物語が示す「自己を削って他者を生かす」倫理と同じ波長にある。天皇と霊性の関係については、昨日の記事に詳述しているので参照されたい。

芸道を描いた映画『国宝』が「100年に一本の芸道映画」と称され、日本人の霊性を呼び覚ましたように、アンパンマンもまた大衆文化の中で日本文明の霊性を子どもにも理解しやすい形で継承している。

この霊性文化の理解に欠かせないのが、やなせたかしの妻・暢(のぶ)さんの存在である。暢さんは病を抱えながらも、声高に語ることなく夫を支え続けた。その姿は、日本の霊性文化が重んじる「陰の祈り」を体現している。表に立つ夫を、影のように静かに支えた暢さんの生き方は、天皇の祈りと呼応するもう一つの祈りであった。

3️⃣やなせたかしの思想とキャラクター世界
  
朝ドラ「あんぱん」のポスター

やなせたかしは「正義の味方は必ずしも強くない。弱いものを助けることにこそ正義がある」と語った。彼の思想は、権力や制度に依らず、人間の思いやりと祈りを正義の根に置くものであった。やなせは“霊性”という言葉を用いはしなかったが、その代わりに“命・思いやり・愛と勇気”といった言葉で同じ感覚を表していた。

そもそも「霊性」という言葉自体は、普段の会話や日常の新聞記事などで使われる頻度は高くない。むしろ宗教学や哲学、あるいは仏教学などの文脈で用いられる専門的な語彙である。しかし、私はこの言葉を戦後に植え付けられた「贖罪意識」などと明確に区分するために、あえてこの言葉を使っている。この言葉がもっと一般に普及されることを期待している。「命(いのち) 、思いやり・やさしさ 、愛と勇気、魂・こころ」の言葉だけでは、どうしても明確に表現できないことがしばしばあったからだ。日本の霊性の文化は、戦後の贖罪意識などとは無関係に、古から継続されてきた日本の文化だからだ。

朝ドラ「あんぱん」には、霊性を想起させる場面が随所にあった。戦後の混乱期に主人公が自らの空腹を我慢してでも子どもにパンを与える姿は、命を分かち合う実践であった。また「人は人を思いやることでしか救われない」と語る場面もあり、これは組織宗教ではなく人間存在そのものから立ち上がる霊性文化の言葉である。

アンパンマンの世界にはバイキンマンという対立者が存在する。彼は何度も敗北しながら生き続け、善と悪が固定されず循環する構図を体現している。これは「悪もまた世界の一部」とする日本的世界観を映している。また、ジャムおじさんやバタコさんは共同体を支える役割を果たし、「個の突出ではなく全体の調和」という霊性の価値観を示している。

アンパンマンは一人で完結するヒーローではない。悪を含む全体の循環と、仲間の協働によって成り立つ物語である。そこにこそ、日本文明が古代から継承してきた霊性文化の縮図がある。
 
結び
 
アンパンマンの物語は、子ども向けの娯楽を超えて、日本文明が誇る霊性文化を映し出している。天皇が祈りをもって国民と共にあるように、アンパンマンは自己犠牲をもって弱き者に寄り添う。その姿に、日本人の魂が無意識のうちに求めてきたものがある。霊性の文化は決して過去の遺物ではなく、今も形を変えて生き続けているのだ。

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100年に一本の芸道映画『国宝』が照らす、日本人の霊性と天皇の祈り 2025年9月25日
『国宝』が示すのは芸道の美だけではない。日本文明の核心──霊性文化と天皇の祈りが浮かび上がる。

『ハーバード卒より配管工のほうが賢い』…若きカリスマチャーリー・カークの演説 2025年9月18日
米国で注目された演説を取り上げつつ、「日本から学ぶべき新たな霊性の精神文化」との対比を行っている。社会の土台に霊性が必要であることを強く訴える。

映画「鹿の国」が異例の大ヒットになったのはなぜ?鹿の瞳の奥から感じること、日本でも静かに広がる土着信仰への回帰も影響か―【私の論評】日本の霊性が世界を魅了:天皇、鹿、式年遷宮が示す魂の響き 2025年4月17日
奈良の鹿をモチーフとした映画『鹿の国』の大ヒットを手がかりに、日本人の無意識に根差す土着信仰と霊性文化の復活を論じている。天皇の祈りや伊勢神宮の式年遷宮との関連性を示し、我が国の霊性がいかに世界を惹きつけるかを解き明かしている。

〖全文掲載〗天皇陛下 新年ビデオメッセージ 2024年1月2日
「国民を思い祈り続けてくださる」天皇の姿を紹介。日本文明の霊性文化の中心に祈りがあることを再確認させる記事である。

石平手記『天皇陛下は無私だからこそ無敵』 2019年5月4日
御代替わりの儀礼を通じて天皇の在り方を描写。天皇を中心に受け継がれる祈りと霊性文化が、日本文明の独自性を支えてきたことを浮き彫りにしている。

2025年9月25日木曜日

100年に一本の芸道映画『国宝』が照らす、日本人の霊性と天皇の祈り


 まとめ
  • 映画『国宝』は公開から三か月で興行収入150億円、動員1,066万人を突破し、「100年に一本の芸道映画」と評された。日本文化の奥底に眠る霊性が呼び覚まされた。
  • 歌舞伎は単なる芝居ではなく、祖霊を敬い魂を継ぐ儀式であり、主人公が人間国宝を目指す姿は栄達ではなく霊的試練の物語である。
  • 李相日監督は外部的視座を持ち、日本人が無意識に抱える霊性文化を鮮やかに可視化し、伝統と人間の矛盾を正面から描いた。
  • マルローは芸術を「死を超える試み」と語り、ユングは集合的無意識を説いた。鈴木大拙は霊的直観を示し、マルローやユングは「21世紀は霊性の時代」と予見した。『国宝』はその兆しを体現している。
  • 日本はアニミズムやシャーマニズムを断絶させず昇華し、天皇を中心に霊性文化を継承してきた。戦後は物質主義で薄れたが、初詣や祭礼を通じ潜在意識に刻まれ、日本人は無意識のうちに霊性文化の継承者であり続けている。

1️⃣芸道映画としての衝撃
 

日本人は、忘れていた魂の声に再び呼び覚まされた。その象徴が映画『国宝』の大ヒットである。

公開から三か月を過ぎてもなお観客は劇場に押し寄せ、興行収入は150億円を突破した。これは単なる娯楽映画の成功にとどまらない。我が国の文化に脈打つ霊性が、現代の若者をも巻き込み、再び炎を上げたことを示しているのだ。評論家の間では「100年に一本の芸道映画」と評されているが、それは決して誇張ではない。

『国宝』は吉田修一の同名小説を原作とし、李相日が監督を務めた2025年の邦画である。主演は吉沢亮と横浜流星。極道の家に生まれた喜久雄が、歌舞伎界で育った俊介と切磋琢磨しながら人間国宝を目指す一代記を描く。血と宿命、芸の継承、嫉妬と確執、そして成功と挫折を鮮烈に描き出し、観客を伝統芸能の深みに引き込む。

興行は異例の伸びを見せた。公開から110日で興収150億円、動員は1,066万人。週末ランキングでは16週連続で5位以内を維持し、2003年の『踊る大捜査線 THE MOVIE2』が持つ173.5億円の実写邦画最高記録に迫っている。記録更新は目前である。
 
2️⃣霊性の文化と思想家たちの視座
 
我が国は長らく科学技術と経済効率を至上の価値としてきた。その結果、神社仏閣は観光地と化し、伝統芸能は一部の愛好家に閉じ込められた。しかし物質主義がどれほど広がろうとも、日本人の心の奥には「形を超えて精神を継ぐ」という意識が眠り続けていた。その証拠に、歌舞伎という古典的題材を扱ったこの映画が、若い世代にまで強い共感を呼んでいるのである。

歌舞伎は単なる芝居ではない。そこには祖霊を敬い、神仏を畏れる心が息づいている。役者が「型」を守り抜く行為は、師匠から弟子へ、先祖から子孫へと魂を渡す儀式だ。『国宝』の主人公が人間国宝を目指す姿は、単なる栄達の物語ではない。彼は祖先の魂に連なるための霊的な試練に挑んでいるのだ。

アンドレ・マルロー

さらに、この霊性文化の背景は世界的思想とも響き合う。フランスの思想家マルローは芸術を「人間が死を超えようとする試み」と語り、スイスの心理学者ユングは「集合的無意識」の存在を示した。日本人が『国宝』で涙するのは、まさにその無意識に埋め込まれた祖霊の記憶に触れるからだろう。禅を世界に広めた鈴木大拙は「霊的直観」を説き、歌舞伎の一挙手一投足が儀式として観客に伝わる理由を示している。マルローやユングはまた「21世紀は霊性の時代」と語り、人類が物質主義の限界を超え、再び霊性に回帰する時代が来ると予見していた。『国宝』の成功はまさにその兆しといえるかもしれない。
 
3️⃣日本文明の特異性と未来
 
ここで組織宗教という言葉にも触れておきたい。組織宗教とは、体系的な教義や聖職者、儀礼を持ち、社会に制度として根づいた宗教のことである。キリスト教、イスラム教、仏教などが典型であり、世界各地でアニミズムやシャーマニズムは多くの場合こうした組織宗教に取って代わられ、社会の中から姿を消した。

そして忘れてはならないのは、我が国の霊性文化の中心には常に天皇がおられるという事実である。天皇は単なる元首ではなく、国民統合の象徴であり、古来より祭祀を司る存在であった。その祈りが国家の根幹に霊性を宿らせ、日本人の精神を支え続けてきた。『国宝』が国民的共感を呼んだのは、伝統芸能を通してその祈りの系譜に触れさせたからにほかならない。

霊性文化の核心としての天皇──世代を超えて祈りを受け継ぎ、日本文明の独自性を示す

日本文明の独自性もここにある。中国が儒教的秩序を中核に据え、韓国が共同体規範を強調してきたのに対し、日本文化は「見えざるもの」との交感を基盤とし、自然と祖霊への祈りを社会に生かし続けてきた。文明論で知られるサミエル・ハンチントンも『文明の衝突』で、日本を中華文明に含めず「日本文明」として独立に位置づけた。世界が認めたこの特異性こそ、『国宝』の大ヒットが示す精神的背景である。

さらに強調すべきは、日本が古代以来、世界各地に存在したアニミズムシャーマニズムを断ち切らず、伝承し、芸術や祭祀として昇華してきた稀有な国であるという点だ。多くの地域ではアニミズムやシャーマニズムは組織宗教に取って代わられ、社会から姿を消した。無論残っている事例もあるが、社会的に意味のある存在ではなくなっている。しかし日本では、神道や芸能、民間信仰や修行に姿を変え、現代社会の一角に根を張り続けている。その背景にもまた、祈りを司る天皇の存在がある。天皇が中心に立ち続けたことで、日本の霊性文化は断絶せず受け継がれてきたのだ。

ただし戦後、日本の霊性文化は確かに薄れてきた。GHQの占領政策による国家と宗教の分離、急速な経済成長に伴う物質主義の蔓延、そして伝統儀礼の軽視がその背景にある。しかし、それでも多くの日本人は、初詣や墓参り、祭礼や芸事に加え、剣道、柔道、茶道、華道といった「道」のつく修練を通じて、潜在意識に霊性文化を刻み込んできた。これらは単なる技術や競技ではなく、その根底に霊性の文化を宿すものである。たとえ無意識であっても、日本人は霊性文化の継承者であり続けたのである。

長年使ってきた廃棄される機械に対して、中小企業の社長さんが、長年にわたる働きに感謝込めて神主を呼んで儀式を行う姿が報道されたり、折れた針を供養する「針供養」があったりと、これらは日本人が古代から受け継いできたアニミズム的世界観の表れである。万物に霊を認め、感謝と祈りを捧げる行為は、組織宗教とは異なる「霊性文化」の一部であり、その背景には天皇が司ってきた祭祀と伝統がある。こうした習俗は、日本文明が現代においても霊性を生きた形で継承している象徴である。

映画「国宝」の人気は、SNSの拡散や俳優人気がヒットを後押ししたことは否定できない。しかしそれだけでは説明にならない。観客が涙を流し、二度三度と劇場に足を運ぶのは、「自分たちも霊性文化の継承者だ」と無意識に悟ったからである。現代の喧騒に疲れ、デジタルの洪水に押し流されながらも、人は超越的なものに触れたいと願っている。『国宝』はその渇望に応えたのである。

思い出してほしい。我が国の文化は常に霊性を基盤としてきた。神社の祭礼も、茶道の一碗も、能の一挙手一投足も、すべては見えざるものとの交感だった。『国宝』がこれほどの支持を集めたのは、その忘れかけた原点を思い出させたからだ。

この映画を単なる娯楽の成功と片づけることはできない。150億円という数字は、経済的成功を超えて、「100年に一本の芸道映画」と呼ばれるにふさわしい、日本人の霊性文化が再び動き出した証である。我々が失いかけた魂を取り戻す第一歩であり、未来へと継ぐべき誇りなのだ。

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追悼――米国保守の旗手チャーリー・カークの若すぎる死 2025年9月20日
米国の保守思想における「霊性の再生」を軸に論じ、日本の霊性文化との共鳴に触れている。現代文明における精神的基盤の再評価を示唆する内容だ。

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映画「鹿の国」が異例の大ヒットになったのはなぜ?鹿の瞳の奥から感じること、日本でも静かに広がる土着信仰への回帰も影響か―【私の論評】日本の霊性が世界を魅了:天皇、鹿、式年遷宮が示す魂の響き 2025年4月17日
奈良の鹿をモチーフとした映画『鹿の国』の大ヒットを手がかりに、日本人の無意識に根差す土着信仰と霊性文化の復活を論じている。天皇の祈りや伊勢神宮の式年遷宮との関連性を示し、我が国の霊性がいかに世界を惹きつけるかを解き明かしている。

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2025年9月24日水曜日

札幌市手稲区前田で熊らしきものを目撃──命を守るのは感傷ではなく防衛だ


まとめ
  • まとめ札幌市手稲区ではクマの出没が相次ぎ、前田・本町・富丘・稲穂など複数の地点で目撃情報が報告されている。
  • 前田2丁目での道路横断目撃など具体性の高い事例もあり、誤認の可能性は低いが、痕跡が乏しく確証は得られていない。
  • 生活圏への接近は現実の脅威であり、住民は防犯メールの確認、外出自粛、鈴の携帯、戸締まり、ゴミ管理など冷静な備えが必要である。
  • クマの駆除に対して「かわいそうだ」といった苦情が出るが、これは人命軽視の誤りであり、安全保障における国境防衛と同じ論理で考えるべきである。
  • 駆除は人間のエゴではなく、地域社会を守る安全保障の一環である。感情論に惑わされず、現実を直視する冷静な判断が求められる。

1️⃣目撃情報の整理と信憑性の検証

昨日熊の目撃情報あった付近

札幌市手稲区では、近年クマの出没情報が相次いでいる。ヒグマ、あるいはそれに類する動物の姿が繰り返し目撃され、住民の間に不安が広がっている。ここでは最近の事例を追い、その信憑性を検証しながら、住民が取るべき対応を考えたい。

最も新しいのは2025年9月23日の早朝だ。手稲区前田2丁目の道道を車で走っていた女性が、ヒグマのような動物が道路を横断するのを目撃し、通報している。時間は午前5時半ごろ。現場は住宅地に近く、視界も悪くない状況での目撃だった。この事例は具体性が高く、誤認の可能性は低いといえる。

それ以前にも報告は相次ぐ。9月16日の夜には手稲本町で熊らしき動物が目撃され、8月17日には同じく手稲本町の藪で倉庫関係者が体長2メートルほどの動物を見ている。6月28日には富丘で、車を運転していた人が二頭のクマを確認。サッポロテイネスキー場近くの市道でキャンプ場方向へ逃げていった。さらに6月24日には稲穂5条4丁目で目撃され、手稲署が防犯メールを配信して注意を呼びかけた。

これらを総合すると、手稲区でクマが出没している可能性は高い。特に前田での道路横断は、状況の具体性から見ても見間違いとは考えにくい。もっとも、報道や警察発表でも「ヒグマのような動物」と表現されることが多く、必ずしも断定には至っていない。夜間や藪での目撃は視界も悪く、パトロール後に発見できなかった例もある。足跡やフンなどの痕跡確認は限られており、確証が得られていない点は残る。
 
2️⃣地域社会に迫る脅威

それでも前田、本町、富丘、稲穂と広範囲で目撃が重なっていることは無視できない。手稲山から市街地にかけては森林や藪が連なり、ヒグマが潜む条件は十分だ。特に早朝や夜間は人通りが少なく、遭遇の危険は増す。住民は市や警察からの情報をこまめに確認し、不要不急の外出を控える必要がある。犬の散歩やジョギングの際は鈴を携帯し、藪に近づかない。戸締まりを徹底し、ゴミを放置しないことも欠かせない。

札幌市手稲区でのクマ出没は、もはや一過性の噂ではない。繰り返し報告が重なっている以上、現実の問題として向き合わなければならない。前田での発見を含めれば、生活圏に接近している可能性は高い。確たる証拠がそろっていないからといって軽んじれば、犠牲を生むのは住民自身だ。今求められるのは恐怖ではなく冷静な備えである。

最新の手稲区熊出没・目撃情報(時系列)

日付時刻・場所内容警察等の対応・特徴
2025年9月23日 午前5時30分頃手稲区前田2丁目 道道車を運転していた女性が、ヒグマのような動物1頭が道路を横断するのを目撃し、110番通報。 北海道新聞デジタル通報あり。目撃時間が早朝で、視界がある程度確保された状況と推定される。追跡・発見の続報は確認されていない。
2025年9月16日 深夜手稲区手稲本町、手稲インターチェンジ近辺熊が出没したとする目撃情報。午後11時ごろ。 北海道新聞デジタル+1目撃情報のみ。警察発表の確定情報ではない。
2025年月日等(ほか複数)前記他地域(稲穂、富丘、本町など)クマまたはクマのような動物の目撃や通報が複数回。車での目撃・藪の中での動物・複数頭などバリエーションあり。例:6月24日稲穂5条4丁目、6月28日富丘付近など。 The Headline+2STV札幌テ


3️⃣駆除と安全保障の比喩

ここで避けて通れないのが「駆除」の是非だ。自治体がクマを駆除すると、「かわいそうだ」「人間のエゴだ」といった苦情が寄せられる。しかしこれは現実を知らない者の無責任な声にすぎない。住宅地や学校に現れたクマを放置すれば、人命が奪われかねない。駆除は単なる都合ではなく、地域社会を守る安全保障そのものなのだ。


国防を考えればわかりやすい。もし外国の武装勢力が国境を越えて侵入してきたとき、「相手にも事情があるから撃つな」と言えるだろうか。その瞬間、国民の命と生活は危険にさらされる。ヒグマの駆除も同じだ。現場の切迫した状況を理解せずに「かわいそうだから撃つな」と唱えるのは、無責任な安全保障論に等しい。事情を知らずに感情だけで判断すれば、犠牲になるのは住民である。私たちは冷静に現実を直視し、地域を守るために必要な措置を認めなければならない。
 

札幌手稲区で繰り返されるクマ出没情報は、風聞ではなく地域社会が直面する現実の脅威だ。前田や本町、富丘、稲穂での目撃は具体性を持ち、住民生活のすぐそばに迫っている。行政が駆除に踏み切るのは人間の勝手ではない。命を守るための安全保障である。外部の人間が事情も知らずに感情だけで語ることは、住民の安全を軽視することにほかならない。

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札幌デモが示した世界的潮流──鈴木知事批判は反グローバリズムの最前線 2025年9月23日
札幌で行われたデモを、世界的な反グローバリズム運動の文脈に位置づけ、鈴木知事批判が単なる地方問題ではなく国際的潮流と重なることを論じている。

移民・財政規律にすがった自民リベラル派──治安も経済も壊して、ついにおしまい 2025年9月21日
自民リベラル派(宏池会)路線の限界を、移民・治安・経済の観点から総括した記事である。欧米の潮流との連動も指摘する。

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安倍暗殺から始まった日本政治の漂流──石破政権の暴走と保守再結集への狼煙 2025年8月2日
安倍晋三元首相暗殺から3年を経て、日本政治が迷走する中で石破政権の独断専行を批判し、保守再結集の必要性を強調する。

ヒグマ駆除「特殊部隊と戦うようなもの」 北海道の猟友会が協力辞退―【私の論評】安保と熊駆除:被害防止や国民保護の本来の目的を失わないことが何より肝心 2024年5月27日
猟友会がヒグマ駆除への協力を辞退した背景を、安全保障や国民保護の観点から分析し、駆除の目的を見失わない重要性を説いた。

2025年9月23日火曜日

札幌デモが示した世界的潮流──鈴木知事批判は反グローバリズムの最前線

まとめ

  • 鈴木直道知事の辞任を求めるデモや署名運動は進んでいるが、解職請求には有権者の3分の1(約146万人)の署名が必要で、実現は極めて困難。政治的圧力としてどこまで効果が焦点
  • 鈴木知事は外資売却やインバウンド政策を進めてきたが、小野寺まさる氏らから「外資依存で地域を犠牲にしている」と批判され、論争は「短期的合理性か地域の存続か」に集中している。
  • 石破茂氏は防衛政策を国際規範に沿わせ、石丸慎二氏は外需依存の構想を掲げた。鈴木氏も同じ系譜に属し、三者ともグローバリスト的リーダー像を示したが、国民的支持は得られない。
  • 世界では米国の保護主義、EUの移民問題やBrexitなど、反グローバリズムの潮流が広がっており、日本国内の動きや北海道の批判もその一環といえる。
  • 中国はWTO加盟後に輸出大国として繁栄したが、市場自由化や補助金規制などの約束を守らず、世界の市場を歪めてきた

1️⃣北海道民の反発とリコールの高い壁
 
初の鈴木知事辞任要求デモ

北海道では鈴木直道知事の辞任を求める声が高まっている。札幌でデモが行われ、市民が「やめろ」と訴え、オンライン署名サイトでもリコールを求める運動が始まった。背景には、外国資本による土地買収、移民政策への不安、行政の透明性の不足に対する不信がある。主導しているのは市民有志や地域住民だが、既存の活動家団体が関与しているかどうかは不明である。

ただし、リコールは容易ではない。地方自治法により、解職請求には有権者の3分の1(約146万人)の署名を2か月以内に集めねばならず、その後の住民投票で過半数の賛成を得る必要がある。北海道規模でこれを達成するのは極めて困難だ。結局、今回の動きは現実の解職というより、政治的圧力としてどこまで効果を持つかが焦点となる。次の知事選は2027年4月22日であり、そこが正式な審判の場となる。
 
2️⃣グローバリズムの負の側面と鈴木知事批判
 
鈴木知事への不信感の根底には、彼が石破茂首相や石丸慎二元安芸高田市長と同様、グローバリスト的立場に立っているのではないかという疑念がある。グローバリズムは経済成長や国際交流を促進する利点を持つが、負の側面は深刻だ。地域資源が外国資本に握られる危険、移民受け入れによる社会不安、国際規範が国益を押しつぶす危険である。特に安全保障の観点は重大で、外国資本による土地取得が防衛拠点の脆弱化につながる懸念は現実味を帯びている。釧路湿原での再エネ開発、羊蹄山のリゾート開発、水資源や森林の買収など、危機はすでに進行している。

鈴木直道北海道知事

元北海道議会議員の小野寺まさる氏は、鈴木知事の政治姿勢を「外資依存と合理化に偏り、地域の公共性を犠牲にしている」と厳しく批判してきた。夕張市長時代の観光施設売却や鉄道廃線、知事就任後の再エネ推進、さらには「北海道開拓記念塔」破棄などがその象徴である。一方で鈴木知事は、財政再建や環境対応を理由に「やむを得ない決断だった」と反論している。ここに「短期的合理性か、地域の存続か」という論争の核心がある。

石破氏は「国際協調」を旗印に、防衛・安全保障政策でも国際規範を優先する姿勢を鮮明にしてきた。例えば、インドとの首脳会談では「海洋紛争はUNCLOS(国連海洋法条約)に基づいて解決すべきだ」と表明し、また国連のグテーレス事務総長との会談では「分断ではなく対話と協調が国際社会の利益だ」と語った。米国によるイラン攻撃をめぐっても「国際法に基づく評価」を重視すると述べ、日本の防衛政策を国際社会の規範に従わせる姿勢を明確にしている。

石丸氏は安芸高田市長としての実績は限られるが、その後の都知事選などで「地方の衰退を食い止める」ための方策として、外需やインバウンドを活用する構想を打ち出した。特に「外からの需要を取り込む」ことを強調し、地方創生を外資や外部リソースに依存する観点を示していた。これは大規模な政策実行には至らなかったが、その発想自体にグローバリズム的志向が表れている。

鈴木氏も夕張市での観光施設の外資売却、そして北海道知事としてインバウンド拡大を進め、国際市場との結び付きを優先させてきた。同じ系譜に連なるリーダー像がそこに見える。

しかし現実は、石破氏も石丸氏も選挙で敗退し、国民の支持を広く得られなかった。これは、グローバリズムに対する懐疑と反発が単なる一時的ムーブメントではなく、もはや国民の切実な願いであることを示している。
 
3️⃣ 国内外の潮流と中国という超受益者
 
この潮流は国内政治にとどまらない。米国ではトランプ政権が「アメリカ・ファースト」を掲げ、自由貿易と多国間主義に疑問を突き付けた。その後もバイデン政権下で保護主義的な通商政策は継続し、第二次トランプ政権ではさらに強化された。EUでも移民問題と経済停滞から懐疑論が強まった。英国のEU離脱(Brexit)はその象徴である。

トランプ大統領は「WHOは中国の操り人形」と批判

さらに注目すべきは、中国がグローバリズムの最大の受益者となった事実である。中国は2001年のWTO加盟以降、輸出拡大で世界最大の貿易大国へと躍進した。しかし、その過程で市場自由化や補助金規制など、加盟時に約束したWTOの規範を守らず、国家主導の産業政策や資源輸出制限を続けてきた。例えばレアアース輸出制限では日本や米欧との間で紛争となり、WTO違反が認定された。また、途上国待遇を利用し義務を軽減する一方で、先進国を圧迫する補助金政策を強化している。

この「果実は享受するが、約束は守らない」姿勢が、世界の産業を疲弊させ、WTO体制の信頼を大きく損ねてきた。結果として、米国は中国に対抗するために高関税や輸入規制、サプライチェーンの再構築、経済安全保障政策を打ち出すに至っている。

こうした国際的潮流と国内の動きは連動している。北海道での鈴木知事批判は、単なる地方の反発ではなく、世界的な反グローバリズムの流れの中で理解すべきものだ。将来的に北海道だけがこの例外となることは考えにくいし、またそうしてはならない。鈴木知事への批判は、地域の問題であると同時に、日本、さらには国際社会が直面している大きな選択――「グローバリズムか、それとも国益か」――を突き付けているのである。

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2025年9月22日月曜日

パレスチナ国家承認は中東を不安定化させる──米国と日本の拒否は正しく、英仏と国連は無責任



まとめ

  • 米国は核心問題が未解決のまま承認すれば和平交渉が崩壊すると判断し、パレスチナを国家承認していない。
  • トランプは2025年、他国の承認を強く批判し、ガザを米国が管理する独自案を提示するなど承認そのものに反対の立場を鮮明にした。
  • 第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題を避け、エルサレム首都承認やアブラハム合意でイスラエルの地位強化に専念した。
  • サウジは「二国家解決」を掲げながら実務ではイスラエル接近を進め、米国の戦略を支えつつ地域秩序を複雑化させている。
  • 現状のパレスチナ自治政府は軍事力も統治能力も脆弱で、過激派の影響を受けやすい。このまま承認すれば中東は不安定化する。英仏や国連の承認は無責任であり、我が国が承認しない判断は正しい。

1️⃣米国の承認拒否の歴史的背景
 
米国がパレスチナを国家として承認しないのは、外交と安全保障の冷徹な計算に基づくものだ。1988年にパレスチナ解放機構(PLO)が独立を宣言すると、多くの国が承認に動いた。しかし米国は追随しなかった。理由は単純である。国境、エルサレムの帰属、難民問題など未解決の核心課題を棚上げにしたまま承認すれば、和平交渉そのものが瓦解しかねないからだ。

PLOのアラファト議長(当時)

2012年の国連総会でパレスチナは「非加盟オブザーバー国家」として認められた。だが米国はこれにも賛同せず、安全保障理事会では拒否権を行使して加盟を阻止してきた。背景にあるのは、イスラエルとの同盟と、パレスチナ内部の分裂や武装組織の存在に対する警戒である。承認を与えないことは、交渉の場に引き戻すための圧力でもあるのだ。
 
2️⃣トランプの政策と米国の位置づけの変化
 
トランプ大統領は、この従来路線をさらに鮮烈に打ち出している。2025年9月、イギリスのスターマー首相がパレスチナ承認を決定すると、トランプは強く批判した。同年7月、フランスのマクロン大統領が承認の意向を示したときも「意味がない」と一蹴している。カナダやオーストラリア、ポルトガルの承認にも追随せず、断固として拒否の姿勢を崩さなかった。さらに「ガザ地区を米国が管理する」という独自案まで示し、従来の二国家解決論とは一線を画した。


第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題に触れず、イスラエルの地位強化に徹した。大使館をエルサレムに移転し、首都承認を断行。さらに「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーンなどの国交正常化を仲介した。パレスチナ問題を国際舞台の主役から外すことに成功したのである。

一方で2025年のトランプは、承認に「明確な反対」を突きつけ、他国の決定を公然と批判し、自らの構想を提示する段階にまで踏み込んだ。過去が「棚上げ外交」だったのに対し、今は「反対外交」へと変わったのである。

冷戦期からオバマ政権期まで、米国は調停者としての顔を装い、イスラエルとアラブ双方に目配せをしてきた。しかしトランプはその均衡を破り、イスラエル寄りを鮮明にしたうえで、アブラハム合意を通じアラブ諸国との関係も強化した。いまや米国は「仲介者」ではなく、「イスラエルを起点に中東秩序を再編する推進者」として振る舞っているのだ。
 
3️⃣サウジの二重戦略とパレスチナ承認の危険性
 
サウジアラビアの動きも決定的である。表向きは「二国家解決」を唱えつつ、実務ではイスラエル接近を容認する。イランとの対抗、経済利益、安全保障の必要からだ。国内世論を意識して原則を掲げながら、裏ではイスラエルとの接触を進めるという二重戦略を採っている。これにより米国はイスラエル寄りの姿勢を取りながらも、アラブ諸国の支持を確保できる基盤を築いた。

しかし根本の問題は、パレスチナ自治政府そのものが脆弱であることだ。自前の軍隊はなく、財政はイスラエルの税収移転や国際援助に依存する。ガザと西岸は分裂したまま、統治の正統性は揺らぎ、汚職も蔓延している。過激派の影響をまともに受ける組織を、このまま「国家」として承認すれば、安定どころか大混乱が待ち受けている。

パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース議長

真に国家として機能させるには、安全保障の強化、財政自立、統一選挙、司法独立といった改革のロードマップを実行しなければならない。だが現状、その実現は遠く、承認を先行させれば混乱を加速させるだけである。

それにもかかわらず、イギリスやフランスが承認に踏み切ったのは無責任であり、国連がこれを後押しする姿勢はさらに無責任の極みだ。トランプが独自の中東政策を打ち出しているが、誰かがパレスチナを本物の国家に育てない限り、平和は訪れない。これが厳しい現実だ。

だからこそ、我が国が現時点でパレスチナを国家として承認しないという判断は、正しいのである。中途半端な介入は、かえって混乱を招くだけであることは、歴史が証明している。これを誤れば、中東は火薬庫として爆(は)ぜ続けるだろう。

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イスラエル“金融制裁の核”を発動──イラン中央銀行テロ指定の衝撃と日本への波紋 2025年7月24日
イスラエルがイラン中銀をテロ指定した動きは、金融を武器化する新たな局面を示したものだ。中東の不安定化と国際金融秩序への影響を考える上で重要な事例である。

サウジの要請を受けたトランプの政策転換は、中東再編の現実を浮き彫りにした。米国の立場と地域大国の二重戦略を読み解く手掛かりとなる。 

ガザ再建を困難にしているのはイランの影響力である。承認を急げば混乱を招くという主張を裏付ける材料となる。 

国際刑事裁判所(ICC)と米国の対立は、国際機関の限界と政治化を示すものだ。国連によるパレスチナ承認の問題点を理解する上で有益である。 

ハマス統治の現実を踏まえれば、単純な「殲滅論」が成り立たないことは明白だ。自治政府の脆弱性や承認の危険性と直結する内容である。

2025年9月21日日曜日

移民・財政規律にすがった自民リベラル派──治安も経済も壊して、ついにおしまい


 まとめ

  • 宏池会の変質と誤認識:池田勇人の「所得倍増計画」は国内需要刺激策だったが、大平・宮澤期以降、財務省の「赤字」呪縛を信じたことが元凶となり、宏池会はグローバリズム路線へ転換した。
  • グローバリズム忌避の拡大:かつて「国際協調=善」と考えられていたが、近年は外国人問題を契機にその幻想が崩壊し、グローバリズム政策は日本でも支持されにくくなっている。
  • 石丸伸二の蹉跌:国際協調・多文化共生を当然視するグローバリスト的姿勢が、国民の空気と乖離し、支持を得られなかった。
  • 欧米の大混乱:フランスでは国民連合が躍進し、移民政策を巡る暴動や抗議が頻発。ドイツでもAfDが第二党に浮上し、米国ではトランプ再登場と国境問題が国家の統治危機となっている。
  • 自民党リベラル派の終焉:「大テント政党」としての安定は失われ、総裁選の争点は「積極財政」と「外国人問題」へ。宏池会=リベラル派が再び主流に返り咲く可能性はもはやない。

1️⃣宏池会の変質と「赤字」呪縛の誤り

自民党のリベラル派、すなわち宏池会を中心とした「財政規律・官僚協調・通商自由化」を柱とするグローバリズム路線は、もはや総裁選の勝敗にかかわらず終焉に向かっている。

もともと宏池会は池田勇人の「所得倍増計画」に端を発する。この計画は、1960年に打ち出された10年で国民所得を倍増させる構想であり、減税と公共投資による国内需要拡大を主軸とした積極的な経済政策であった。

池田勇人氏

その後、高度経済成長の終焉と1970年代のオイルショックを経て、政府財政は国債発行が常態化する状況へと移行した。ここで注意すべきは、「赤字国債」「財政赤字拡大」という言葉が誤解を招いてきた点である。実際には日本政府は自国通貨建て国債を発行しており、財政破綻の危険は当時も現実的ではなかった。にもかかわらず、財務省のアドバイスを信じて「赤字」と認識したことが、大平・宮澤時代以降の“財政規律重視”路線の元凶となった。

しかし戦後一貫して日本国債は国内消化率がほとんどであり、金利上昇や国債暴落の危機は起きていない。むしろ「赤字」という言葉の呪縛が、政策の自由度を狭めたのである。こうした誤認識を背景に、宏池会は大平正芳や宮澤喜一の時代に「通商自由化・官僚協調・財政規律重視」を基調とするグローバリズム路線へと舵を切った。

2️⃣グローバリズム忌避と外国人問題の顕在化

10年ほど前までは、「国際協調」と聞けば自動的に「良いこと」と受け止められ、「国際連合」をはじめ「国際」の冠がつけば無条件に「善」と考える有権者が多かった。

しかし近年、その思い込みの呪縛から解放された人々が増え、グローバリズム政策はかつてのように支持されなくなった。その背景には、まず欧米で表面化した外国人問題がある。大量移民の流入が治安不安、文化摩擦、社会保障制度の圧迫を引き起こし、その現実が「グローバリズム=善」という単純図式を打ち砕いた。

日本でも技能実習制度や外国人労働者問題を通じて同様の不安が可視化し、グローバリズム忌避が広がっている。石丸伸二の政治的蹉跌(さてつ)、すなわち国民の期待を大きく裏切る形でのつまずきは、彼がグローバリストとして国際協調を過信した結果にほかならない。彼は典型的なグローバリストであり「国際協調」「多文化共生」を当然の前提として主張した。だが、国民の多くはむしろ外国人受け入れ拡大への反発を強めており、時代の空気と逆行した姿勢が票につながらなかった。

都知事選で敗北した石丸伸二、地域政党「再生の道」は、擁立したすべての都議会議員候補者が落選

この動きは日本だけではない。欧州では移民流入が治安問題や社会分断を深刻化させ、暴動や抗議デモが相次いでいる。フランスでは移民政策を巡る国民的対立が激化し、警察との衝突が繰り返されている。ドイツでも移民施設を巡る地域住民の反発が広がり、国内政治の不安定要因となっている。

米国では国境管理問題が大きな火種であり、南部国境では不法入国者の急増が地方政府の負担を圧迫し、連邦政府と州政府の対立を激化させている。ニューヨークやシカゴなど大都市では受け入れ施設が逼迫し、住民との摩擦が表面化。結果として「移民問題=国家の統治危機」として、国政の最重要課題の一つに浮上している。

その結果欧州ではフランスの国民連合(RN)が2024年欧州議会選挙で約31%の得票を獲得し、マクロン与党を大きく引き離した。ドイツでも「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持率20%前後で第二党に浮上している。米国ではトランプが大統領に返り咲き、反移民と反グローバリズムを旗印に再び国民的人気を集めている。

かつては陰謀論めいた扱いを受けたグローバリズム批判が、今や欧米を含め世界的に現実的な政治課題となり、日本も例外ではない。

3️⃣派閥の機能と「大テント政党」の揺らぎ

2023〜24年に発覚した派閥パーティー不記載問題は、宏池会を含む主要派閥を解散に追い込み、資金配分・人事調整といった政治運営の基盤を崩壊させた。しかしここで留意すべきは、派閥それ自体が「悪」であるわけではないという点だ。

派閥は本来、政治家が経験を積み、人材を育てるための学校のような機能を持っていた。それを「政治とカネ」の文脈だけで悪と決めつけたのは、マスコミによる刷り込みである。派閥解体は結果的に自民党の人材育成と政策形成能力を弱めたとも言える。

さらに、岸田文雄の退陣、石破茂の短命政権、そして現在の総裁選に至る過程で、自民党は「大テント政党」としての安定性を完全に失った。大テント政党とは、保守からリベラルまで幅広い政治思想を一つの党に抱え込み、選挙での勝利を優先してきた“寄り合い所帯”型の組織を指す。しかし派閥解体とリベラル派の衰退により、そのバランスを維持する力は急速に縮小している。

自民党総裁選後の両院議員総会で、あいさつを終えた岸田首相(左)と石破茂新総裁昨年9月27日

世論も宏池会の立場を後退させている。石破政権の支持率は20%台にまで低下し、参院選では与党が過半を喪失。国民の期待は「生活直結の即効性ある政策」と「外国人問題への明確な対応」に傾き、増税や金融引締めを重んじるグローバリズム的処方箋は、選挙での支持を得にくくなった。

こうした環境下で行われる総裁選は、「保守かリベラルか」という従来の軸ではなく、「積極的な景気刺激策をどこまで打ち出すか」と「外国人問題にどう向き合うか」という二つの大争点が交錯する戦いとなっている。高市早苗が勝てば積極財政と防衛強化に加えて外国人受け入れへの慎重姿勢が前面に出る。

他方、小泉進次郎が勝っても「減税と賃上げ」を掲げる彼の姿勢は宏池会的リベラリズムとは異なり、むしろ時代の空気を意識した対応を取らざるを得ない。ただし、小泉進次郎は自民党リベラル派と同じくマクロ経済を全く理解しておらず、結局彼が総裁になったとしてもその政策は成就しないだろうが、それにしても、もはや「減税だけはさせない」などとは口が裂けても言えない。

いずれにせよ、宏池会を中核とした自民党リベラル派=戦後日本のグローバリズム路線は、減税政策を渋々実施するくらいでは、再び主流に返り咲くシナリオは、もはや存在しないのである。

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2025年9月20日土曜日

ロシア・中国・日銀──我が国を脅かす三つの危機。我が国を守れる指導者は誰か

まとめ

  • ロシアの挑発エストニア上空でロシア戦闘機が領空侵犯、NATO第4条協議に発展。日本周辺でも同様の危険がある。
  • 中国の浸透豪州とパプアニューギニアの安全保障条約「Pukpuk Treaty」に中国が反発。南太平洋シーレーンを巡る覇権争いが激化。
  • 日銀の裏切りETF・REIT売却発表直後、日経平均は一時1.78%超急落。デフレ脱却前の金融引き締めは国力低下を招く。
  • 三つの脅威ロシアの軍事、中国の経済、日銀の内的失策。これらは相互に関わり、国家独立を揺るがす。
  • 高市自民総裁の役割防衛強化、積極財政、経済安全保障で一貫した姿勢を持つ高市自民総裁が誕生すれば、三つの脅威に立ち向かえる。

1️⃣ロシアと中国の外圧
 

2025年9月19日の朝、エストニア上空にロシア空軍のMiG-31戦闘機3機が突如侵入した。場所はフィンランド湾のヴァインドロー島付近。飛行計画は未提出、トランスポンダーは停止、航空管制との交信もなしという無法行為で、約12分間も領空に居座った。

迎え撃ったのは、NATOのバルト空域防衛任務に参加し、エストニアのエーマリ基地に展開していたイタリア空軍F-35Aだ。2機がスクランブル発進し、対象機を識別・追尾。ロシア機は領空を離脱し、事態は拡大せずに収束した。

トランスポンダーとは、航空機が識別コードや高度を自動送信する装置である。これを切って飛ぶ行為は、意図的に姿を消す挑発行為にほかならない。エストニアはこの事態を重大な脅威とみなし、NATO条約第4条協議を要請した。第4条とは、加盟国が安全や独立が脅かされると感じたとき、全同盟国に正式協議を求める条項である。軍事行動を義務づけるものではないが、同盟全体の危機意識を呼び覚ます仕組みだ。北海道や尖閣で同じ事態が起きても不思議はない。日本もまた、即応体制と政治の意思を持てるかが問われている。

一方、南太平洋でも緊張が走った。豪州とパプアニューギニアが「Pukpuk Treaty(クロコダイル条約)」と呼ばれる安全保障条約の文書に合意したのだ。内容は相互防衛、軍事協力、サイバー防衛など多岐にわたる。しかしPNGの閣議が署名承認に必要な定足数を欠いたため、今回は共同声明にとどまり、正式署名は後日に持ち越された。

この動きに中国は「PNGの主権を損なう」と強く反発した。だが狙いは明白だ。経済援助と債務で島嶼国を囲い込み、我が国の生命線たる南太平洋のシーレーンを握ろうとしているのである。ここが押さえ込まれれば、日本のエネルギーも交易も途絶し、経済は窒息する。豪州は立ち上がった。米国も支援を表明した。我が国も「自由で開かれたインド太平洋」を口先ではなく行動で示さねばならない。
 
2️⃣日銀の裏切りと国力の切り崩し
 
日銀植田総裁

同じ日、日本国内では日銀が新たな動きを見せた。ETF(上場投資信託)とREIT(不動産投資信託)の売却開始を決めたのである。ETFとは株価指数などに連動する投資信託で、REITは不動産収益を投資家に分配する仕組みだ。日銀は金融緩和の一環でこれらを大量に抱えてきたが、ここで出口を切った。

発表直後の2025年9月19日、東京市場は敏感に反応した。日経平均は高値圏から一気に崩れ、一時1.78%超の下落を記録。為替市場では円高に振れる場面が出た。市場は「緩和の終焉」という合図を読み取り、資金調達コスト上昇や資産価格の調整を織り込み始めた。

だが忘れてはならない。我が国はまだ完全にデフレを克服していない。ここで金融を締めれば、需要は冷え込み、投資は鈍る。再び「失われた30年」に逆戻りしかねない。経済がやせ細れば、外交も防衛も空虚な看板に成り下がる。戦闘機を飛ばし、艦艇を動かす力の源泉は経済にある。日銀の判断は、市場原理の仮面をかぶった国力切り崩しだ。
 
3️⃣我が国を守る指導者
 
空からはロシアの挑発、海からは中国の浸透、そして内側からは日銀の裏切り。これらは互いに無関係ではない。すべてが我が国の独立を揺るがす「三つの脅威」である。

戦いは銃弾だけで行われるのではない。為替と株価の乱高下も、シーレーンの封鎖も、国家を無力化する武器になる。経済の背骨を欠いた安全保障は虚構であり、外交は砂上の楼閣である。我が国はいま、この三つの脅威に同時に晒されている。

必要なのは、他国の顔色をうかがう政治ではない。断固たる意思と国民を守る覚悟である。強い意志を持つ国だけが生き残る。この真実を忘れてはならない。


では誰がこの三つの脅威に立ち向かえるのか。答えは明白だ。高市早苗総裁の誕生である。高市氏は防衛費増額と自衛隊強化を一貫して訴え、経済政策では積極財政を主張してきた。さらに総務大臣時代から経済安全保障を最重要課題に据え、通信や放送といった基盤を守るために実績を残してきた。

軍事・外交・経済を一体として捉え、国家の独立を守る覚悟を示す指導者――いま我が国に必要なのは、高市総裁誕生である。

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電力・財政・安全保障を一体で立て直す処方箋を提示。三つの危機に対するリーダー像(高市総裁)を補強する。

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能動的サイバー防御の枠組みを整理。ロシアの挑発や中国の浸透に対する国内の実装戦(経済安保・インフラ防御)を補完。

NEC、太平洋島嶼国を結ぶ光海底ケーブルの供給契約を締結―【私の論評】…  2023年6月7日
島嶼国の通信インフラと海底ケーブルの戦略性を解説。豪州・PNGの動きと南太平洋の要衝性を理解する基礎資料。

追補リスト

本日、日経平均44,000円台──石破退陣こそ最大の経済対策、真逆の政策で6万円時代へ  2025年9月9日
市場の急騰局面を材料に、積極財政と金融運営の最適解を提案。日銀の出口と株価・為替の連動性を考える参考に。

ロシアの戦争継続はいつまで? 経済・軍事・社会の限界が迫る2025年末の真実  2025年6月5日
ロシアの持久力を三位一体で検証。NATO空域侵犯の背景にある戦略的意図を読み解く手がかり。

中台で情報戦激化の様相…中国が台湾のサイバー部隊を名指し非難—【私の論評】中台サイバー戦争の最前線   2025年4月28日
サイバー領域での攻防を時系列で整理。中国の「浸透」戦術を多層で理解できる。

<主張>海底ケーブル切断 深刻な脅威と見て対応を―【私の論評】実は、海底ケーブルは安保上・軍事上の最重要インフラ!  2025年1月10日。
シーレーンと同格の生命線である海底ケーブルの脆弱性を警告。南太平洋・インド太平洋戦略の基盤認識を補強。


霊性を忘れた政治の末路──小泉進次郎ステマ疑惑が示す保守再生の道

  まとめ 自民リベラル派は財務省支配とグローバリズム依存により、増税と緊縮を優先し、産業空洞化や地域衰退を招いた。 小泉進次郎のステマ疑惑は、単なる不祥事ではなく国民の潜在意識におけるリベラル派拒絶の象徴である。 週刊文春第一報(9月18日発売)から総裁選告示(9月22日)、陣...