2020年12月23日水曜日

軍拡続ける中国への対処に必要な「経済安保」―【私の論評】日本の経済安全保障の国家戦略策定においては、中国と対峙することを明確にせよ(゚д゚)!

軍拡続ける中国への対処に必要な「経済安保」

岡崎研究所

 ワシントン・ポスト紙コラムニストのジョシュ・ロウギンが、12月3日付け同紙に「中国の軍拡がバイデン政権を試練にさらす(China’s military expansion will test the Biden administration)」と題する論説を書き、中国の軍拡がアジアのパワー・バランスを変え、米国に試練を与えると論じている。ロウギンは、間もなく任期を終え退任する予定のデイヴィッドソン米インド太平洋軍司令官の発言、および、11月末に公表された米中経済・安保見直し委員会の年次報告の指摘を引用して、中国の軍拡について描写している。まず、そのごくあらましを御紹介しておくと、次の通りである。


・中国軍は単にその領土を防衛する戦略を超えて、その海岸から遠い地域で行動し、戦えるようにとの目標をもって近代化している。習近平の下で、中国は先進的武器システム、プラットフォーム、ロケット部隊を建設し、戦略環境を変化させた。中国は、移動中の船舶を弾道ミサイルで攻撃する能力を持つに至った。(デイヴィッドソン)

・中国は今年、通常および核ミサイルの実験を世界の他のすべての国を合わせたよりも数多く実施した。これは戦略環境の変化の規模の大きさを表している。(同上)

・中国のミサイル、ロケット部隊は地域での「大きな非対称性」を代表しており、朝鮮、日本、東南アジア、台湾を結ぶ第1列島戦への脅威である。(同上)

・装備、組織、兵站での最近の進歩は、人民解放軍の戦力投射能力と中国から遠く離れたところに遠征軍を派遣する能力を改善した。軍事戦略上の進歩は、人民解放軍に、世界のどこでも作戦を遂行できる能力、および、命令があれば米軍に対抗できる能力を求めている。(年次報告書)

・人民解放軍の米軍に追いつく戦略は、中国の企業が世界で構築している民間の情報システムを使い、サイバー、宇宙、情報戦争の能力を強化することを含む。北京は、これを「軍民融合」と呼んでいる。(年次報告書)

 ロウギンのこの論説は、時宜を得た良い論説である。中国の軍拡は自分の領土を防衛する戦略を超えてきているとのディヴィトソン提督の指摘はその通りであろう。アジア、さらには世界での覇権を目指しているように思える。強い警戒心をもって中国軍の拡大には対処すべきである。

 中国は軍と民間が統合された形で軍事的優位を狙っている。いわゆる軍民統合であるが、そういう中で、「安全保障は米国、経済は中国重視」という政策は通用しない。また、人民解放軍の大学、研究所などへの進出に注意するとともに、日本に進出している企業についても、米国と情報交換しつつ、人民解放軍との関係を精査すべきであろう。サイバー空間、宇宙、情報における戦いのこともよく考える必要がある。

 経済安全保障の問題は複雑で、新技術の軍事への適用や機密保持など、多くの論点がある。新しい脅威にどう対応するかは大きな問題であり、国家安全保障会議に経済班ができたし、経産省も貿易経済協力局を中心に体制強化が図られている。

 なお、上記ロウギン論説は結論で、「最初の良い動きは、バイデンがこの脅威の性格と緊急性を理解する人を国防長官に指名することである」と述べているが、論説が掲載された後の12月8日、バイデンは、次期国防長官として、元陸軍大将で元米中央軍司令官(中東を管轄)のロイド・オースティンを指名した。いささか疑問が残る。対中強硬派でインド太平洋重視を鮮明にしているミシェル・フロノイ元国防次官が次期国防長官の最有力候補と取り沙汰されていただけに、失望を覚えた安全保障専門家は少なくないと思われる。フロノイを指名していればロウギンの言う通り「最初の良い動き」になったはずである。

【私の論評】日本の経済安全保障の国家戦略策定においては、中国と対峙することを明確にせよ(゚д゚)!

経済安全保障とは何かと問われると、「重要な技術を外国から盗まれないように守る」「安全なサプライチェーン(供給網)を築く」といった政策を思い浮かべる人が多いと思います。こうした政策は経済安保に含まれてはいますが、それだけでは経済安保の全容を正しく捉えているとは言えません。

地球規模の指導力が欠如し、紛争の危険が増す「Gゼロ」の世界が到来することを予言した米政治学者のイアン・ブレマー氏は2020年11月、読売新聞に掲載された小川 聡 (読売新聞東京本社編集局政治部次長)との電話インタビューで、経済安保について以下のように語りました。

イアン・ブレマー氏

「世界では今、Gゼロと、米中がテクノロジーで世界を二分する、私が『T-2』と呼ぶ新たなダイナミクスが共存している。(中略)米政府がもし、『テクノロジー冷戦』の方向に進むのであれば、Gゼロは終わり、世界の新たな無秩序状態が作り出される」

テクノロジーが軍事力など地政学に直結するようになる中、経済安保が、国際情勢を規定する新たな潮流になる可能性を見通しているのです。

経済安保が注目されるようになったのは、中国のおかげです。中国は過去10年以上にわたり、先進民主主義国から先端技術や情報を手段を問わずに入手し、「軍民融合」を図って軍事力強化につなげてきました。象徴的な例が、海外の優秀な研究者らを破格の厚遇で招致し、機微な技術や情報を移転させる「千人計画」です。

中国は、様々な手段で獲得した高度で機微な技術を生かし、戦略的に重要な産業で中国主導のシステムを世界中に広げることも画策しています。

中国の通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)は、日米などの大学に寄付や共同研究を呼びかけ、技術を吸収したうえで、世界各国に高速・大容量の通信規格「5G」のネットワークを安価に提供しています。

12月9日、中国でファーウェイの顔認証システムによって、少数民族のウイグル族を検知し、自動的に警察へ通報する仕組みが用いられていると報道されました。ファーウェイが中国共産党による少数民族弾圧に加担しているとして、それを批判するかたちでサッカー・フランス代表のアントワーヌ・グリーズマン選手がファーウェイとのスポンサー契約打ち切りを発表しました。

それだけでなく、中国アリババグループもウイグル人を識別するクラウドサービスを展開していたことが報道されました。

技術者であれば、これが単なる「ウイグル族に対する差別」にとどまらず、驚異的な事件だとわかります。つまり、中国が「ほぼすべての地球上の人類の種族を、顔認証システムによって分類できる」能力を持ったという意味なのです。これは、中国国内にとどまらず、世界中で顔認証システムにより分類できることを意味します。末恐ろしいです。

問題はこの技術がどこからきたかということです。中国単独ではこれは、開発できません。最終的にはシステム・インテグレーションも必要となるが、それも中国は強くない。高速処理を行うシステムでのトータルソリューションとしてインテグレーションを行うには、米国家安全保障局(NSA)や米中央情報局(CIA)で開発するレベルでのインテグレーターが必要となりますが、それらの技術がどこから来たのかは不明です。

今日の世界は、監視カメラはもとより多くのモノがインターネットとつながっています。その血管とも言える5Gネットワークをコントロールすることで、中国は、情報を抜き取る「バックドア」や、システム自体を停止させる「キルスイッチ」などを自在に発動することができるとされます。中国製の5Gネットワークを受け入れた国は、安全保障上のリスクを抱え込むことになるのです。

米国は18年頃から、中国の取り組みに対抗するため、経済安保の対策を次々と打ち出してきました。外国から25万㌦を超える資金を受け入れた場合の政府への報告義務、エネルギー省などと契約する関係者は外国の人材招致計画への参加禁止、留学生へのビザ発給の厳格化─などの規制を導入しました。司法省は20年1月、中国湖北省の武漢理工大で千人計画に参加していた事実を隠していたハーバード大学の教授を訴追した。

輸出管理改革法を制定し、「バイオテクノロジー」「ロボティクス」「極超音速」など14の新興技術に関する輸出規制も厳格化しようとしています。19年度国防権限法では、ファーウェイや「中興通訊」(ZTE)など中国製品の通信関連製品からの排除も決めました。20年8月には中国IT企業5社の機器やサービスを使う企業と米政府の取引を禁止とする規則も施行しました。

中国の国家情報法が中国企業に捜査や情報収集活動への「支持と協力」を義務づけていることなどから、刑事事件にできるような明確な証拠がなくても安全保障上の懸念としてリスクを除去する「ゼロリスク」の姿勢で対処しています。
米国務省が20年8月、通信網や携帯電話アプリ、クラウドサービス、海底ケーブルなど通信関連の5分野で、中国を排除した「クリーンネットワーク」の構築を各国に呼びかけた際、日本は「特定の国を排除する枠組みには参加できない」として参加を見送っています。

米国の経済安保は、敵と味方を区別し、敵対勢力に機微な技術が流出しないようにすることを前提としているにもかかわらず、日本には、中国を経済安保の対象として名指しする覚悟がないようです。経済安保は個別政策にとどまらず、米中の覇権争いにつながっていくのは明らかであるにもかかわらず、日本の対応は、個別政策の域にとどまっている感が拭えないです。

菅総理(左)と甘利氏(右)

自民党の新国際秩序創造戦略本部の甘利明座長(元経済再生担当相)らは22日、菅義偉首相を官邸に訪ね、経済安全保障の国家戦略策定を求める提言を渡しました。各種施策の法的根拠となる「経済安全保障一括推進法」を令和4年の通常国会で制定することを柱に据えた内容とされています。首相は、米中の対立激化などを念頭に「非常に重要で、時宜にかなった提案だ」と述べました。

提言では、エネルギーや食料、医療といった国民生活や経済活動の維持に必要な分野を「戦略基盤産業」と位置付け、外国への依存低減や代替策の準備を要求しました。

情報保全に関する資格制度の新設や、米英など5カ国による機密情報の共有枠組み「ファイブ・アイズ」への参画も訴えました。

今後、経済安全保障の国家戦略がどのようなものになるのかは、見えませんが、国家戦略をつくろうとしている点では評価できます。

4月に国家安全保障局(NSS)に発足した経済班が経済安保政策の司令塔に

ただし、このブログでも以前から指摘しているように、日本が現在のまま中途半端な姿勢を取り続けた場合、どこかの時点で「日本はどちらの味方なのか」と米国に不信感が広がるりかねません。

日本が米国にとって経済安保の「抜け穴」と見なされれば、日本の企業や大学が機微な技術や情報を扱う研究・開発に参加できなくなり、日本の国益を大きく損なうことになりかねません。そうして、日米同盟の信頼性、そして日米安保の抑止力が弱まることにもなりかねないです。

日本は、経済安保では、中国と対峙することを明確にすべきです。経済安保国家戦略の前に、日本の対中戦略を早急に定めるべきです。

このブログでも以前掲載したように、米国の大手世論調査専門機関ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が10月6日に発表した世界規模の世論調査報告によると、多くの先進国における反中感情は近年ますます強まり、この1年で歴代最悪を記録しました。

同調査によると、反中感情を持つ14か国とその割合は、高い順番から日本(86%)、スウェーデン(85%)、豪州(81%)、デンマーク・韓国(75%)、英国(74%)、米国・カナダ・オランダ(73%)、ドイツ・ベルギー(71%)、フランス(70%)、スペイン(63%)、イタリア(62%)となっています。また、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデン、イタリア、韓国、豪州、カナダの9か国の反中感情は、同機関が調査を始めてからの15年間で、過去最悪となっています。

反中感情の高まりは、米国では顕著となっており、これが米国による対中国経済安全保証の背景ともなっています。

日本の反中感情は86%にも達しているわけですから、経済安保において、中国と対峙することを明確にしなければ、米国からは不信感を抱かれ、多くの国民から反発されかねません。そうなってしまえば、菅政権の求心力は一気に低下することになりかねません。


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