2019年1月5日土曜日

中国は「月の裏側」の着陸探査で世界をリードする―【私の論評】中国が、ジオン公国妄想を夢見て月面の裏の探査活動を続けるなら日米にとって歓迎すべきこと(゚д゚)!


地球の前を横切るの「裏の顔」を、NASAの宇宙
天気観測衛星「DSCOVR(ディスカヴァー)」が捉えた様子

世界で初めての裏側への着陸を目指していた中国の無人月探査機「嫦娥4号」が、着陸に成功したと発表された。これから探査ミッションが本格化することになるが、中国の最終的な目標は、将来の有人宇宙探査に利用する月面基地の建設にある。まだ知られざる月の裏側の探索において、中国が世界をリードし始めた。

月の裏側は、実は「ダークサイド」ではない。それがわかっているのは月面車だけでなく、月を周回するアポロのカプセルに搭乗した人間たちも多くの写真を撮ってきたからだ。しかし、間もなくわれわれは、これまで地球から詳しく観測することができなかった月の裏面を見られるようになるだろう。

それは、12月8日に打ち上げられた中国の月探査機「嫦娥4号」のおかげだ。嫦娥4号は、四川省にある西昌衛星発射センターから、「長征3号B」ロケットによって打ち上げられた[編註:記事初出は2018年12月だが、「嫦娥4号」は1月3日夜に月の裏側に到着したことが発表された]。

ランダー(着陸船)と月面車を搭載したこの月探査機は、地球に最も近く忠実に寄り添ってくれる仲間である月の、まだ誰も足を(あるいはタイヤを)踏み入れたことのない裏側に着陸する初めての探査機となる。月面車が周囲を巡回し、月の表面や、表面に近い層を調査することになるのだ。

嫦娥4号は、27日間にわたって探検に挑戦する予定だ。月面に着陸する宇宙船としては、13年の「嫦娥3号」に続いて中国で2機目となる。嫦娥3号の月面着陸は、1976年に月面に着陸してサンプルリターンのミッションを果たしたソ連の「ルナ24号」以来だった。

最終目標は月面基地の建設

今回のミッションの目的は各種の実験を行うことだが、中国の最終的な計画は、将来の有人宇宙探査に利用するための月面基地の建設だ。ただし中国国家航天局(CNSA)は、今回のミッションがその実現に向けた計画を先導するものであるかどうかについては明らかにしていない。

一方でこのミッションは、国際的な月探査科学界で複雑な感情をあおる可能性がある。12年にパリ地球物理研究所のマルク・ウィチョレックは欧州宇宙機関(ESA)に対して、月の裏側を探査する「Farside Explorer」計画を主張したが却下された。

セントルイス・ワシントン大学のブラッド・ジョリフも、17年に「MoonRise」と呼ばれるミッションを米航空宇宙局(NASA)向けに提案したが、残念ながら採用されなかった。

「NASAとESAが選択しなかったミッションを中国の研究者たちが実現することについては、嬉しさ半分悔しさ半分という思い、あるいはもっと強い感情があるかもしれません」と語るのは、テネシー大学地球惑星科学科のブラッド・トムソンだ。

月面の巨大クレーターに着陸

軌道上を回る人工衛星からの遠距離観測によると、月の裏側の表面は表側よりもはるかに古いもので、衝突クレーターの数も多く、地殻も厚い。表側と裏側で状況が異なる理由は謎だ。嫦娥4号の月面車によって、何らかの手がかりが見つかる可能性がある。

ブラウン大学の地質科学教授ジェームズ・ヘッドは、「ランダーによるミッションが行われるたびに、多くの新しい驚きが生まれます。月のどの部分を訪れても、何らかの新しい、根本的なことを学ぶことができます」と話す。

前回のミッション(嫦娥3号)で13年12月に月面に軟着陸した「玉兔号」は、予定されていた3カ月よりもはるかに長い31カ月間にわたってデータを送り続けた。16年7月31日に稼働を停止したが、月の表側に永遠に留まることになっている。

嫦娥4号は、直径180kmのクレーター「フォン・カルマン」の内側に着陸する予定とされていた。ESAの月探査用技術試験衛星「スマート1」のミッションを率いた科学者バーナード・フォーイングによると、このクレーターは、直径2,500km、深さ12kmという巨大クレーター「南極エイトケン盆地」にあるという。

この巨大クレーターは月面上で最も古い地形で、太陽系全体でこれまでに知られている最も大きな衝突クレーターのひとつだ。南極エイトケン盆地をつくった衝撃によって「月の地殻が剥ぎ取られ上部マントル物質がむき出しになった可能性があります。岩や土といった鉱物的特徴と共にです」とフォーイングは説明する。

月面車は、可視光と近赤外光の画像分光計を使って、月表面の鉱物組成の測定を試みる計画だ。

ジャガイモなどの栽培実験も実施

多分野にわたる航空宇宙科学のコンサルティング会社であるスペース・エクスプロレーション・エンジニアリングの最高経営責任者(CEO)マイク・ロウクスによると、南極エイトケン盆地には、クレーター内に永久に影になる部分があるとする説もあるという。「そうした地域には氷が堆積している可能性があり、そうだとすれば月面基地には非常に便利です。そのような氷の堆積する場所が特定されたら、その近くに月面基地が置かれる可能性は高くなります」

作業はそれだけではない。ミッションの目的の詳細を説明する論文によると、ほかにも月面の地図の作成や、地中探知レーダーを使った表面に近い層の厚さや形状の測定などで、小さな月面車は大忙しだ。月の形成から間もないころのプロセスを理解するために、月面から100mほど内部の画像化も試みることになっている。

嫦娥4号には、ジャガイモとシロイヌナズナの種も積み込まれた。地球の6分の1とされる月面の低重力下で、温度と湿度が調節された密閉環境で育つことができるかどうかを調べるためだ。有効であることがわかれば、人類による宇宙探査の出発点として、月に基地を建設することにつながるかもしれない。

低周波での電波天文学の実験も行われる予定だ。地球では、電離層や人工的な無線周波数、オーロラからの放射ノイズといった干渉があるが、月の裏面ではこうしたものは遮断されている。

地球との通信は中継衛星経由

嫦娥4号には、低周波受信機が搭載されている。18年5月に中国によって打ち上げられ、現在は月の周囲を回っている通信中継衛星「鵲橋」にも受信機が1台搭載されている。さらに、鵲橋から月の軌道上に発射された超小型衛星にも、3台目の受信機が搭載されている(4台目を搭載していたもうひとつの超小型衛星は、地球との連絡がとれなくなっている)。

太陽の電波バーストや、ほかの惑星のオーロラ、最初の星の形成につながる原始の水素ガスなどから発生する信号を検出することが目的だ。

月の裏側が地球のほうを向くことは決してないため、月面車と直接通信することは不可能だ。月面車は、鵲橋を中継局として使う必要があるが、これがミッションの重大な部分だとブラウン大学のヘッドは述べる。

「アポロ計画の最中に、わたしたちは裏側での着陸について話し合いました」とヘッドは述べる(有力候補に挙がったのは「ツィオルコフスキー」クレーターだった)。「しかし、当時は通信を中継できるものがなかったうえ、コミュニケーションのチェーンがどうしても複雑になり、それはあまりにも安全性が低いと考えられました」
「中国のリードは明らか」

中国が月の調査を行うのは最近のことではない。中国の月の女神にちなんで名付けられた「嫦娥計画」は、2000年代初期に始まった。CNSAが「嫦娥1号」と「嫦娥2号」を打ち上げたのは、それぞれ07年と10年だ。

「月の裏側の探査について中国がリードしているのは明らかです」とヘッドは話す。「わたしたちは中国が今後、裏側からのサンプルリターンのミッション、特に南極エイトケン盆地からのサンプルリターンによって、調査をさらに進めてくれることを期待しています」

【私の論評】中国が、ジオン公国妄想を夢見て月面の裏の探査活動を続けるなら日米にとって歓迎すべきこと(゚д゚)!

宇宙空間で制御不能となり、世界の少なからぬ人たちを心配させた中国の軌道上実験モジュール「天宮1号」は、昨年4月2日午前9時すぎ(日本時間)、南太平洋上で大気圏に再突入し、すべて燃えつきたと発表されました。大惨事は回避され、ほっとしている方もいらっしゃたと思います。

「天宮1号」は、昨年南太平洋上で大気圏に再突入し、すべて燃えつきた

しかし、本当に懸念すべきなのはこれからかもしれません。「天宮1号」は宇宙空間での宇宙船とのドッキングをテストするための、いわば"宇宙実験室"でした。いったいなぜそんな実験をする必要があるでしょうか。

そこを掘り下げていくと、中国の戦慄すべき宇宙開発への野望が見えてきます。そうして、今回は月の裏側の探査をはじめました。地球からは絶対に見えない前人未到の領域で、中国は何を狙っているのでしょうか。

まずは、なぜ月の裏側が地球から見えないのかを簡単に説明します。月が地球の周りをくるりと1回、公転する間に、月自身もちょうど1回、自転します。そのため、月はいつも同じ面(表側)を地球に向けることになります。これは偶然ではありません。

裏側より少し重い表側がつねに地球の重力に引っぱられているので、「起き上がり小法師」が自然に立ち上がるように、表側が自然と地球を向くのです。木星の4つのガリレオ衛星や、火星の2つの衛星(フォボスとダイモス)も、同じ面を惑星に向けています。

さて、この地球からは見えない、月の裏側ですが、過去にも観測された事例はあります。最初に月の裏側を観測したのは旧ソ連のルナ3号で1959年のことでした。そのため月の裏側は、ロシアの偉人にちなんだ地名がたくさんついています。

その後も、月の周回軌道に入った探査機の多くが月の裏側を観測しています。日本の大型月周回衛星「かぐや」も、月の裏側を含んだ全球(つまり月の地表すべて)を観測して、詳細な地形図や重力異常図をつくりました。

月の表側にはおなじみの、ウサギが餅をついているような黒い模様があります。これは月の火山活動で溶岩が流れた跡で、「海」と呼ばれています。しかし裏側には、この海がほとんどありません。つまり表のほうが裏よりも火山活動が激しかったのです。

また、表に比べて裏のほうが、地殻が厚いらしいこともわかっていますが、なぜ表と裏で地下構造が異なっているのかは、よくわかっていません。地球もできたての時期は場所によって地下構造が異なっていたかもしれませんが、地球は初期の地殻がプレートテクトニクスによって失われているので、月の研究が、地球の初期地殻を知る手がかりとなるかもしれません。

次に、月裏側への着陸の難易度などについ説明します。月の裏側には、地球の電波が直接届きません。しかし現代の無人探査機は基本的に自動操縦なので、着陸そのものは月の裏側でもさほど難しいことではありません。

ただし、少し難しいのは、観測したデータを地球に送るときです。普通は月周回衛星を同時に打ち上げて、中継させます。月の裏側で探査機から衛星にデータを転送して、さらに衛星が表側から地球に転送するのです。

しかし、中国はさらに高度な技術を使っています。月の裏側の上空に、中継局を飛ばしています。地球と月の周辺にはラグランジュポイントといって、重力がつりあうため一定の場所で止まっていられるポイントが5つ存在します。そのうち、月の裏側にある「L2」に中継局を飛ばして、途切らせることなくつねに電波を中継しようというわけです。

ラグランジュポイント。中心の黄色い円が地球、
右の青く小さい円が月、地球から見て月の裏側に「L2」がある


では、中国はなぜ、このように裏面着陸に力を入れているかを説明します。月の裏側以外にも、科学的に興味のある場所はたくさんあります。しかし中国は、単なる科学探査としてだけでなく、L2に電波中継システムをつくるという技術開発を重要視しているのです。

1回の探査だけなら、周回衛星に中継させたほうがローコストでできますが、中国は長い年月での月開発を視野に入れて、インフラ技術の整備を着々と進めているのです。

いずれは、L2に有人宇宙ステーションをつくるはずです。4月2日に落下した「天宮1号」によるドッキング実験も、宇宙ステーション建設のためだったのです。世界で最もまじめに月に取り組んでいる国、それがいまの中国です。

話は少し飛びますが、L2とは、アニメ作品「機動戦士ガンダム」で、ジオン公国がつくられたスペースコロニー群「サイド3」のある場所です。

アニメ作品「機動戦士ガンダム」で、ジオン公国がつくられたスペースコロニー群「サイド3」のある場所

そうして、中国はこれを実現するつもりかもしれません。近い将来、中国の宇宙ステーションに1億人以上が移り住んでコロニーとなり、中国がL2にジオン公国をつくるということもありえるかもしれません。

L2は月の裏側との通信のためにはどの国も使いたい場所ですから、中国一国が独占するということはないでしょう。でも巨大なコロニーができたら、それが国家のようなものになることはあるかもしれません。

中国が今回月裏側の着陸に成功したことにより、学術面、軍事面、資源の面などの観点から様々な収穫がありました。

中国はこれまで月について、科学的な成果では一歩遅れをとっていました。欧米や日本は月の石や隕石を使った宇宙物質研究の蓄積があるので、探査データを科学的成果に結びつけるアイデアが豊富なのに対し、中国は探査ができても、データをうまく科学成果に結びつけられませんでした。

しかし裏側の岩石の詳細なデータがとれれば、間違いなく新しい科学的発見につながるでしょう。

軍事面では、いますぐ直接に私たちの脅威になる要素はないです。ただ、L2に有人宇宙ステーションがつくられれば、国際宇宙ステーションに代わる新しい国際宇宙秩序の中核施設となる可能性はありますね。

資源の面では、現在のところ、裏にしかない物質というのはとくに見つかっていませんが、裏側に関して優位に立てば、資源採掘でも中国が有利になるでしょう。また「場所」も資源と考えれば、地球の反射光や電波にさらされない月の裏側は、深宇宙の天体観測に最適な場所となります。
今回の月の裏側着陸の成功によって、しばらくは、月の裏側と常時通信ができるのは中国だけ、という状態になるでしょう。他国が月の裏側を探査・開発するときは、中国の通信設備に依存するようになるかもしれません。

機動戦士ガンダムに登場するシャア・アズナブル

しかし、L2に宇宙ステーションを設置する構想はアメリカやロシアなどにもあり、いつまでも中国に独占させることにはならないでしょう。ただし、現在のロシアのGDPは東京都を若干下回る程度なので、一国だけではむりかもしません。

宇宙開発においては、中国が重力天体への着陸やローバー(天体探査用の探査車)の運用も成功させているのに対して、日本はいま計画中の「SLIM」が成功してやっと重力天体への着陸技術を得ることになります。現時点では、大きく遅れていると言わざるをえません。

また、中国は30年間使用可能な原子力電池を探査車に搭載しているので、2週間も続く極寒の夜の間も、機器が低温で壊れないよう温めることができます。昨年10月には嫦娥3号から発進した月探査車「玉兎号」が684日稼働し、月面の稼働日数最長記録を更新しました。

ところが日本は放射性物質に対して厳しい国なので、原子力電池を使うという選択肢が最初からないのです。これは宇宙探査において非常に不利な条件となっています。

さらに気になるのは、宇宙探査についての日本の考え方です。日本はどうしても、低予算で最大の成果をあげようとして、特色のある探査をしようとします。自動車産業にたとえると、フェラーリやランボルギーニのようなスーパーカーで勝負しようとするメーカーのようです。しかし自動車大国になったのは、地味でもきちんと役に立つ大衆車をつくるメーカーがある国です。

科学探査だけなら日本の戦略もアリなのですが、本当に宇宙で活躍できる国になるためには、宇宙開発の基盤技術を着実に育てていく戦略が重要です。そういう意味で、重力天体の着陸実証をするSLIM計画や、H-IIIロケットの開発は大変重要で、ぜひ成功させなくてはなりません。
世界の宇宙開発トップを走っていた中国が、さらに前進しています。アメリカは月上空の宇宙ステーション「深宇宙ゲートウェイ」の構築を検討していますが、実現するのは早くても2025年になりそうです。

日本は中国に大きく遅れをとっていましたが、アメリカの「深宇宙ゲートウェイ」への参加を表明し、SLIM計画やインドと共同の月極域探査計画が現実味を帯びてくるなど、ようやく国内に「月への風」が吹きはじめています。「かぐや」で得た優位を保てるか、ここが踏ん張りどころです。

ここまでは、宇宙開発に関してのみ掲載してきましたが、ご存知のように現在は、米国による対中冷戦が激化しています。

これにより、中国は経済的にも窮地に追い込まれつつあります。これについては、このブログでも過去に何度も掲載してきていますし、他のメディアでもかなり報道されています。

昨日のブログでは、以下のような内容を掲載しました。
中国の習近平国家主席は昨年12月14日に開かれた政治局会議で、反腐敗との戦いに「圧勝を収めた」と宣言しました。2012年の共産党大会後に同運動が始まって以来の「勝利宣言」となりました。 
同発言について、貿易問題に端を発した米中対立が先鋭化するなか、中国共産党政権は執政の危機にさらされ、「内部の団結」を優先させた、と専門家は分析しています。
要するに、米国の制裁に対抗するため、「内部の団結」を優先し、反腐敗の戦いは二の次にするということです。

私自身は、今すぐに利益を産まず、ここしばらくは長期にわたって資金を要する、宇宙開発は「腐敗撲滅」と同様に二の次にされる可能性があると思っています。

もし、そうしなかったとすれば、米国は喜ぶべきです。なぜなら、金食い虫の宇宙開発は、中国の経済をさらに疲弊させるだけであって、何の益も中国にもたらさないからです。

かつてのソ連の崩壊の大きな要因として、通常の軍拡、通常の宇宙開発、先の2つにまたがる戦略ミサイル防衛構想(スターウォーズ計画)への対抗がありました。

これらの実施にはいずれも途方もないほどの天文学的な資金を要しました。これらへの投資でソ連経済は疲弊し崩壊しました。

ジオン公国の国旗

中国が、ジオン公国を夢見て月面の裏の探査活動を続けるなら、さらに経済的に疲弊し、中共の崩壊が早まることになります。これは、日米にとって歓迎すべきことです。

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2019年1月4日金曜日

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米国、3月に中国の息の根を止める可能性…米中交渉決裂で中国バブル崩壊も

渡邉哲也/経済評論家

米中首脳会談に臨む習近平中国国家主席と、トランプ米国大統領

 昨年、世界経済の最大のリスクとなったのはアメリカと中国による貿易摩擦だ。ドナルド・トランプ政権は3度にわたって中国製品に制裁関税を発動し、そのたびに習近平政権が報復するという構図が続いた。アメリカは中国の通信大手である華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)を狙い撃ちにするかたちで潰しにかかっており、それに日本、イギリス、オーストラリアなどの同盟国も追随している。

 通商問題のみならずサイバー覇権や軍事覇権を争う米中の対立は「新冷戦」などとも評されるが、もはや経済戦争といっていい。

中国、米国の圧力でバブル崩壊が加速か

 では、19年はどう動くのか。米中関係は3月がひとつの焦点となりそうだ。米中は18年12月の首脳会談で、90日間かけて知的財産権の保護や技術移転の強要、サイバー攻撃などの5分野で協議することを決定した。90日以内に合意できない場合は、アメリカが予定通りに約2000億ドル分の中国製品の関税率を25%に引き上げる方針だが、このタイムリミットが3月1日となる。

 換言すれば、アメリカは中国に「90日の猶予を与えるから、構造改革の具体案を示せ」と追い詰めているわけで、これを中国がのむかどうかが注目されている。しかし、中国は3月に全国人民代表大会(全人代)が控えており、習国家主席としては妥協や譲歩の姿勢を見せれば求心力の低下につながりかねない。ましてや、アメリカが狙っているのは習主席肝煎りの政策「中国製造2025」だ。

 一方で、仮に交渉が決裂してアメリカが関税引き上げに動けば、習主席は全人代前にメンツを潰されることになる。中国はすでに景気減速が伝えられており、アメリカの出方次第ではバブル崩壊が加速する可能性もあるだろう。

 トランプ大統領としても、18年11月の中間選挙をなんとか乗り切り、20年の大統領選挙で再選を狙う以上、対中政策の成果は欠かせない要素となるはずだ。そのアメリカに不安要素があるとすれば、ジェームズ・マティス氏が国防長官を電撃的に辞任したことだろう。当初は2月末の予定だったが前倒しされ、19年からは国防副長官だったパトリック・シャナハン氏が長官代行を務める。

 トランプ大統領が断行したシリアからの米軍撤退が引き金になったといわれるが、国際協調派のマティス氏が退くことで、安全保障政策や軍事戦略にどのような変化が出るかは世界が注視するところだ。18年9月には、南シナ海で「航行の自由」作戦を遂行していた米軍艦に中国軍艦が異常接近して衝突寸前になる事態が起きている。今後も、南シナ海では予断を許さない状況が続くだろう。

 18年10月にマイク・ペンス副大統領が行った中国批判の演説は大きな話題となったが、アメリカの対中強硬姿勢は今や超党派の合意であるため、19年も中国潰しの手を緩めることはないと思われる。

 また、米連邦準備理事会(FRB)は18年に4回の政策金利引き上げを実行、19年も2回を予定しているが、このゆくえも注目される。18年は、FRBの利上げが新興国からの資金引き揚げおよび世界的な景気減速につながったと見られている。もちろん、実体経済の悪化は複合的な要因であるが、逆風が吹くなかでFRBが利上げ路線を維持できるかどうかは意見がわかれるところだ。

 18年に史上初めて実現した米朝首脳会談は、1~2月にも2度目が行われるとされている。しかし、非核化をめぐる実務協議は進展しておらず、アメリカは18年12月に人権侵害を理由に金正恩朝鮮労働党委員長の側近である崔竜海党副委員長ら3人を新たな制裁対象に指定するなど、揺さぶりをかけている。本当に2度目の会談が実現するのか否かも含めて、米朝交渉のゆくえも19年の国際社会の大きな関心事だ。
 また、日米間では19年から物品貿易協定(TAG)の交渉が始まる。農産品や為替条項の問題がクローズアップされているが、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表と対峙する茂木敏充経済再生担当大臣の手腕が問われるところだろう。

日本を左右する2つの選挙と消費増税

 日本にとって19年が歴史的な年になることに異論を挟む人はいないだろう。4月末には天皇譲位が行われ、5月からは新元号が制定される。また、6月には主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が、9~11月にはラグビーワールドカップが行われる。いずれも、日本で開催されるのは初めてだ。

 また、春には統一地方選挙、夏には参議院議員選挙が行われる点も見逃せない。安倍晋三首相は18年9月の自民党総裁選挙で3選を果たし、21年9月までの任期を手に入れたが、この2つの選挙が7年目を迎えた第二次安倍政権の試金石になるといえる。さらにいえば、安倍首相は変わらず20年の新憲法施行を目指しており、そうなれば憲法改正をめぐる国民投票の19年中の実施も自ずと視野に入ってくる。

 一方で、10月には消費税率8%から10%への引き上げが予定されており、景気減速および軽減税率導入による混乱などが懸念されている。いまだ再々延期の可能性も残されてはいるが、国民の生活に直結する問題だけに慎重な舵取りが要求されるところだ。


分断される欧州、英国がEU離脱


 ヨーロッパでは、3月に控えたイギリスの欧州連合(EU)離脱が最大の関心事となる。両者の間で離脱協定に関する合意がなされ、いわゆる“ハードブレグジット”は避けられそうな気配だが、イギリス国内の混乱は収束していない。18年12月には、テリーザ・メイ首相に対して保守党党首としての信任投票が実施され、信任票が過半数を得たものの、分断は隠せない状況だ。

 また、5月には欧州議会議員選挙が行われ、10月には欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が任期満了を迎えるほか、総選挙が行われる国も多い。日本とのかかわりでいえば、ルノー・日産連合の問題を抱えるフランスの動向が気になるところであり、支持率低下に悩むエマニュエル・マクロン大統領にとっては勝負の年になるだろう。

 いずれにせよ、今年も米中の覇権争いが激化し、その余波が日本やヨーロッパに影響をもたらすという事態が続きそうだ。
(文=渡邉哲也/経済評論家)


【私の論評】昨年もしくは今年は、中国共産党崩壊を決定づけた年と後にいわれるようになるかもしれない(゚д゚)!


中国共産党による一党支配体制が限界に来ているのは、誰の目にも明らかでした。習近平国家主席も、そのことは十分に承知しています。だからこそ、崩壊を避けるために多くの国家戦略を進めたのです。

中国には、共産党が支配する社会主義国家として、あってはならない激しい貧富の格差と、党幹部が利権集団として暴利をむさぼり人民を苦しめている、という現実があります。

党幹部の周りには、コネと賄賂による腐敗天国が出来上がっています。そこで、このままでは「党が滅び、国が滅ぶ」として、2012年11月の第18回党大会で、胡錦濤前総書記も、新しく就任した習近平総書記も「反腐敗」を叫んだのです。

2012年11月の第18回党大会において
親しげに握手する習近平と胡錦濤

以来、共産党は「虎もハエも同時に叩(たた)く」として、激しい反腐敗運動を展開。その結果、13年には18万2000人の党員が、14年には23万2000人の党員が党規約に違反したとして「処分」されました。

15年には非党員も含め9万2000人が処分されています。その後も、処分は続いています。この処分には、死刑、無期懲役から数年間の懲役、財産没収など、さまざまな種類と程度があります。習近平政権になってから、合計50万人以上が何らかの形で腐敗分子として処分されたことになります。

この反腐敗運動を「権力闘争」などと言いたがる人たちもいるようですが、そのような側面が全くないとはいいませが、それがすべてであると思いこむのは中国の現実を知らな過ぎる故の誤解です。

腐敗を撲滅しなければ、もはや共産党の一党支配が成立しないほど、中国は腐敗が蔓延(まんえん)しており、反腐敗で逮捕されることを恐れるあまり経済活動が萎縮し、成長を鈍化させる要因の一つになったほどなのです。

中国の習近平国家主席は昨年12月14日に開かれた政治局会議で、反腐敗との戦いに「圧勝を収めた」と宣言しました。2012年の共産党大会後に同運動が始まって以来の「勝利宣言」となりました。
同発言について、貿易問題に端を発した米中対立が先鋭化するなか、中国共産党政権は執政の危機にさらされ、「内部の団結」を優先させた、と専門家は分析しています。

反腐敗運動の進展について、習主席は一昨年10月の共産党大会で汚職対策が「圧倒的な態勢」に入ったと述べていました。

当局の発表によると、昨年の共産党大会までの5年間で、当局は次官級とそれ以上の政府・軍幹部440人、末端幹部6万3000人をそれぞれ処分したとしています。

昨年1~9月に汚職監視当局が取り扱った案件は46万4000件に上り、40万6000人に罰則を科しました。

しかし、この勝利宣言が反腐敗の収束を意味するものではないとの分析が出ています。

北京大学の荘徳水教授はサウスチャイナ・モーニング・ポストの取材に対して、反腐敗の取り組みが6割ほどしか進んでいないと圧勝までまだ程遠いと述べました。

香港科学技術大学の丁学良教授は、反腐敗が共産党政権の最重要課題ではなくなったと今回の勝利宣言の意味を分析しました。「経済問題と米中貿易戦争が現在、当局にとって喫緊の問題だ」

香港科学技術大学の丁学良教授

香港紙・蘋果日報の記事は、この圧勝宣言が共産党政権の危機を意味すると分析しました。米中対立で経済状況が悪化し、執政危機に立たされている今、止むを得ず「団結」をアピールし、「一丸となって外敵と戦う必要があるからだ」といいます。

中国が昨年12月14日発表した11月の小売売上高の伸びは前年同月比8.1%増で、2003年5月以来、15年半ぶりの低い伸びとなりました。個人消費の減速懸念が高まっています。

米金融大手JPモルガン・チェースとバンク・オブ・アメリカはこのほど、来年の中国国内総生産(GDP)成長率が6.2%で、失業者数が440万人に上るとの見通しを示しました。

新唐人のコメンテーター唐靖遠氏は「圧倒的な態勢」から「圧勝」への変化は、反腐敗運動が一段落することを示唆した」とみています。しかし、圧勝と宣言しても、「江沢民など最大のトラがまだ捕らえられていない。圧勝と言っても誰も信じていないだろう」

新唐人のコメンテーター唐靖遠氏

結局のところ、中国共産党内部での汚職摘発など二の次にして、全共産党を集結して、一致団結して、米国の対中国冷戦に集中しようというのが、習近平の反腐敗との戦いに「圧勝を収めた」との宣言であると捉えるのが最も合理的なようです。

中国共産党は、経済的にも政治的にもかなり追い詰められているようです。今年すぐに、中国共産党の一党独裁が崩れることはないでしょうが、昨年もしくは今年が、その方向性を決定づけた年と将来いわれるようになるかもしれません。その可能性はかなり高いです。

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2019年1月3日木曜日

もう“カモ”ではない、トランプの世界観、再び鮮明に―【私の論評】中東での米国の負担を減らし、中国との対峙に専念するトランプ大統領の考えは、理にかなっている(゚д゚)!

もう“カモ”ではない、トランプの世界観、再び鮮明に

佐々木伸 (星槎大学大学院教授)

 トランプ米大統領が先の電撃的なイラク訪問で行った演説は中東政策ばかりか、同氏の描く世界戦略をあらためて鮮明にした。「米国はもはや(金をむしり取られる)“カモ(suckers)”ではない」。こう宣言した大統領の狙いはずばり、「軍事資源」の再配置と同盟国に対する防衛費の公平分担要求だ。

昨年末電撃的イラク訪問をしたトランプ大統領

トランプ節全開

 大統領は12月26日、イラク西部アンバル州のアルアサド空軍基地に到着、約100人の兵士の歓迎を受けた。大統領の紛争地への訪問は就任以来これが初めて。歴代の大統領は何度も紛争地の米部隊を慰問しており、紛争地入りを渋るトランプ大統領を「臆病呼ばわり」する向きもあった。今回の訪問はそうした批判に応えるためでもある。

 大統領の演説は批判にさらされているシリアやアフガニスタンからの軍撤退方針を正当化する内容であったが、自らの世界観を強く印象付けるものでもあった。

 「われわれは世界の警察官であり続けられない」
 「ほとんどの人が聞いたこともない国に軍を派遣するのは馬鹿げている」
 「米国1人が重荷を背負うのは公平でない」
 「金持ちの国々がその防衛に米国を利用することはもうできない」

 ニューヨーク・タイムズによると、大統領のこうした世界観は何年も前から思い描いてきたことだ。例えば、大統領は2012年2月27日のツイッターで「アフガニスタンから出ていく時だ。われわれを憎悪する人々のために道路や学校を作っているのは国益に沿わない」とつぶやいている。

 大統領はイラク演説でこの持論の世界観を披歴した上で、「元々シリアへの軍派遣は3カ月限定だった」と撤退決定を擁護。ペンタゴンの将軍たちが「撤退の半年延期を提案したが、私は即座に拒絶した」と自らの決断だったことを誇示した。

対中国向けに転換か

 この決定について、ホワイトハウスの黒幕といわれたバノン元首席戦略官は「孤立主義への回帰ではなく、国際主義者の“人道的派遣症”からのピボット(転換)」との分析を米紙に明らかにしている。

 バノン氏によると、トランプ大統領は中国との経済的、地政学的な戦いに集中できるよう、シリアなどの軍駐留を終わらせたいのだという。限定的な軍事資源を最大の脅威と見なす中国向けに転換するということだ。こうした「アジアシフト」はトランプ氏が敵視するオバマ前大統領の主張「リバランス政策」と基本的に同じ考えだろう。

 大統領は中東政策についても(1)シリア撤退の一方でイラクからは撤退しない(2)イラクをイランと戦い、過激派組織「イスラム国」(IS)を叩く「出撃基地」にする(3)シリアのISの監視と掃討作戦はトルコのエルドアン大統領に任せる(4)シリアの復興資金はサウジアラビアなどに拠出させる――などの考えを明らかにした。イラクには現在約5200人が駐留している。

 大統領の撤退方針に対しては「賢い選択」(元駐シリア米大使)と評価する声もあるが、撤退した後に米国益をいかに守るのか、全体的な中東政策にシリア撤退をどう反映させて組み立てていくのか、戦略が見えないという指摘が多い。

 ただ、大統領の演説で忘れてはならない発言の1つは防衛費の公平分担という指摘だ。すでにトランプ政権は在韓米軍の駐留分担で具体的な提案を韓国側に行ったとされており、日本や北大西洋条約機構(NATO)にも早々に分担増を突き付けてくるのは間違いないところだろう。

見捨てられたクルド人の選択

 今回の軍撤退決定で最大の敗者はIS壊滅作戦で米国に翻弄された末に切り捨てられたシリアのクルド人だ。米国の説得を受けてシリア民主軍(SDF)の中核として最も厳しい地上戦を主導し、多くの戦死者を出した。だが、トランプ政権は「クルド人を見限った上、トルコのエルドアンに差し出した」(ベイルート筋)。

 クルド人勢力の民兵組織「クルド人民防衛部隊」(YPG)は米軍の支援の下、ISを駆逐してシリア北東部を支配下に置いた。支配地域はシリア全土の3分の1弱に相当するが、これを自国の安全保障上の脅威と見なす隣国のトルコのエルドアン大統領は容認できなかった。

 同大統領は国境に大規模部隊や戦車を集結させ、すぐにでも侵攻すると恫喝する一方、「トランプ大統領と裏取引し、米軍の撤退と引き換えにクルド人の勢力拡大を食い止める“裁量権”を獲得した」(同)。まさに大国のエゴに弄ばれる少数民族の悲劇を感じさせる展開だ。

 だが、クルド人もしたたかだ。この窮地に、トルコと敵対するアサド・シリア政権に庇護を求め、手を結んだのだ。砂漠の風紋のように変化する中東の離合集散を見る思いだが、シリア側の発表によると、シリア政府軍が28日、YPGの招きでクルド人支配下の北部の要衝マンビジュに進駐したという。トルコをけん制する動きに他ならない。

 これに対し、エルドアン大統領は「シリア側の心理作戦」と一蹴している。だが、トルコ軍がシリア領に侵攻する事態になれば、シリア政府軍との交戦の恐れも出てこよう。アサド政権の背後にはロシアとイランの存在があり、米軍が撤退する「力の空白」をめぐってシリア情勢は一段と複雑な様相を呈している。

【私の論評】中東での米国の負担を減らし、中国との対峙に専念するトランプ大統領の考えは、理にかなっている(゚д゚)!

冒頭の記事には、「見捨てられたクルド人の選択」と記されていますが、これは予め予想されたことです。

イラク情勢については、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
アメリカの2度目のシリア攻撃は大規模になる―【私の論評】今後の攻撃はアサド政権を弱体化させ、反政府勢力と拮抗させる程度のものに(゚д゚)!
シリアの首都ダマスカス。アサド大統領のポスターの前で警備に当たるロシア軍とシリア軍兵士。
米軍が大規模な攻撃を仕掛ければ、ロシアとぶつかる危険がある
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事にはルトワック氏の主張する米国のあるべきシリア政策を掲載しました。

ルトワック氏によれば、米国のあるべき戦略は、シリアのアサド政権と、反政府勢力を拮抗させるというものです。

アサド政権が強くなれば、米国が反政府勢力に軍事援助を与えるなどして、反政府勢力を強化して、アサド政権を弱らせるます。逆に、反省勢力が強くなりアサド政権が弱体化すれば、今度は反政府勢力に対する軍事援助などを減らし、相対的にアサド政権を強くするというものです。

米国にとって望ましいと思える結末は「勝負のつかない引き分け」であるというのです。

なぜこれが望ましいかといえば、 まず第一に、もしシリアのアサド政権が反政府活動を完全に制圧して国の支配権を取り戻して秩序を回復してしまえば、これは大災害になるからです。

第二に、 もしこれらの反政府勢力が勝利するようなことになれば、彼ら(クルド人勢力を含む)は米国に対して敵対的な政府をつくることになるのはほぼ確実だからです。これは、反政府勢力が、アルカイダであろうが、非宗教的なマルクス主義/アナーキスト組織的でもあるクルド人勢力であろうが、他の勢力であろうと同じことです。

クルディスタン地域政府の軍隊「ペシュメルガ」のクルド人女性隊員=2016年3月30日

米国に対して親和的な勢力など、アサド政権を含めて、シリアには存在しないのです。クルド人勢力もたまたま一時的に米国と利害が一致しただけのことです。実際、トランプ氏が米軍引上げを宣言すると、トルコと敵対するアサド・シリア政権に庇護を求め、手を結んだではありませんか。

さらにいえば、イスラエルはその北側の国境の向こうのシリアにおいてジハード主義者たちが勝利したとなれば、平穏でいられるわけがないです。

非スンニ派のシリア人は、もし反政府勢力が勝てば社会的な排除か虐殺に直面することになるし、非原理主義のスンニ派の多数派の人々は、もしアサド政府側が勝てば新たな政治的抑圧に直面することになります。

そして反政府勢力(アサド政権と手を結ぶ前のクルド人勢力)が勝てば、穏健なスンニ派は非宗教的なマルクス主義/アナーキスト組織的な支配者たちによって政治的に排除され、国内には激しい禁止条項が次々と制定されることになります。

シリアの人々にとっても、いずれが勝利しても良いことはないのです。そうして、これでは、いずれが勝利したとしても、米国に勝利はないのです。だからこそ、ルトワック氏は米国はアサド政権と反政府勢力を拮抗させておくのが、最上の策としたのです。

ただし、ルトワック氏がこの主張をしたときには、トルコはシリア内の紛争に関して機能停止状態でした。国内のクルド人勢力の対応に追われていたのでしょう。

そのトルコがシリア問題に介入すると、トランプ大統領に確約したのです。これは、ルトワック氏の戦略の枠組みからみれば、アサド政権と国内の反政府勢力と拮抗させることから、アサド政権と、トルコ政府との拮抗へとシフトすることを意味しています。

これは、反政府勢力よりもさらに頼もしい存在です。トルコが介入すれば、シリア情勢はかなり変わります。

エルドアン・トルコ大統領

トランプ大統領は、アサド政権と、トルコのエルドアン政権とを拮抗させ、米軍をシリアからひきあげ、対中国向けに集中する道を選んだのです。

そうして、これはバノン元首席戦略官が分析しているように、「孤立主義への回帰ではなく、国際主義者の“人道的派遣症”からのピボット(転換)」に他ならないのです。

そうして、この判断には、合理性があります。アサド政権の後ろにはロシアが控えていますが、そのロシアは経済的にはGDPは東京都より若干小さいくらいの規模で、軍事的には旧ソ連の技術や、核兵器を受け継いでいるので強いですが、国力から見れば米国の敵ではありません。

局所的な戦闘には勝つことはできるかもしれませんが、本格的な戦争となれば、どうあがいても、米国に勝つことはできません。シリアやトルコを含む中東の諸国も、軍事的にも、経済的にも米国の敵ではありません。

一方中国は、一人あたりのGDPは未だ低い水準で、先進国には及びませんが、人口が13億を超えており、国単位でGDPは日本を抜き世界第二位の規模になっています。ただし、専門家によっては、実際はドイツより低く世界第三位であるとするものもいます。

この真偽は別にして、現在のロシアよりは、はるかに経済規模が大きく、米国にとっては中国が敵対勢力のうち最大であることにはかわりありません。

トランプ政権をはじめ、米国議会も、中国がかつてのソ連のようにならないように、今のうちに叩いてしまおうという腹です。

であれば、トルコという新たな中東のプレイヤーにシリアをまかせ、トルコが弱くなれば、トルコに軍事援助をするということで、アサド政権を牽制し、中東での米国の負担を少しでも減らして、中国との対峙に専念するというトランプ大統領の考えは、理にかなっています。

物事には優先順位があるのです、優先順位が一番高いことに集中し、それを解決してしまえば、いくつかの他の問題も自動的に解決してしまうことは、優れた企業経営者や管理者なら常識として知っていることです。

しかし、優先順位の高い問題を放置して、他のことに取り組んでも、結局モグラたたきになることも、昔からよく知られていることです。

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2019年1月2日水曜日

米国議会で広まる中国国営メディア規制の動き―【私の論評】もはや中国を利することは米国から制裁されかねない危険行為であると認識せよ(゚д゚)!


超党派の14議員が米AP通信と新華社の業務提携拡大に懸念を表明
米国ニューヨークにあるAP通信本社ビル

(古森 義久:ジャーナリスト、産経新聞ワシントン駐在客員特派員)


 米国の民間通信社、AP通信が、中国の国営通信社である新華社との業務提携を強化した。しかし米国では、この提携強化は中国政府のプロパガンダ工作に利用される恐れがあるとの懸念が出ている。

 米国連邦議会上下両院の超党派14議員は、AP通信と新華社の業務提携に対する懸念を連名で表明し、AP通信に提携の内容を公表するよう求める書簡を送った。この異例の動きは、米国政府の新華社への警戒の強まりを反映している。最近、米国政府は新華社を中国共産党政権の対外宣伝工作機関であると断じ、米国での活動内容を司法省に届け出させる新たな措置をとった。

米国政府は「新華社は報道機関ではない」

 2018年12月19日、米国議会の下院のマイク・ギャラガー(共和党)、ブラッド・シャーマン(民主党)、上院のマルコ・ルビオ(共和党)、マーク・ウォーナー(民主党)ら超党派の合計14人の議員は、AP通信のゲイリー・プルイット社長あてに書簡を送り、同社が11月に発表した新華社との業務提携・協力の拡大合意の内容を明らかにすることを求めた。

下院のマイク・ギャラガー議員(共和党)

 ギャラガー議員らの発表によると、同書簡の趣旨は以下の通りだという。

・AP通信は独立した民間のジャーナリズム機関である。だが、それとはまったく対照的に、新華社の使命の核心は、中国内外で中国共産党の正当性と行動への理解を広めることにある。

・新華社は米国内でも中国共産党のプロパガンダ機関として機能している。さらには、米側の情報を集める諜報機関としての機能も果たしている。その任務には、外国の報道機関への宣伝の浸透と影響力の行使も含まれる。

・米国政府は新華社のそうした機能や任務を重く見て、最近、米国における「外国代理人」に認定した。その結果、新華社は報道機関ではなく中国政府の政治活動団体とみなされるようになった。

・AP通信は、中国政府機関である新華社との提携を強化することによって、中国側からの宣伝が浸透し、影響を受ける可能性が高くなる。この可能性は米国の国家安全保障にも関わるため、AP通信は新華社との提携内容を公表すべきである。

 以上の趣旨の書簡の意義について、共和党のギャラガー議員は「中国政府の政治宣伝機関である新華社は、事実に基づく報道をする他の諸国の一般ニュースメディアとは根本から異なる。新華社と米国の報道機関との提携は、米国の国益や、共産党の弾圧に苦しむ中国国民の利益に反するおそれがあるため、その内容の透明性が欠かせない」と述べた。

 民主党リベラル派として知られるシャーマン議員は、「新華社が米国内の支局や通信員を使って、米側の秘密情報を集める諜報活動に関与してきたことは立証されている。新華社がAP通信からどれほどの協力を得るかについて公表は必要だ」と語った。

中国政府の言論統制は既知の事実

 新華社側の見解としては、AP通信との提携強化を発表した11月に、蔡名照社長が「新メディア、AI(人口知能)、経済情報などの領域に新たに重点を置いて、提携を拡大していく」と語っている。

 AP通信側は「今回の合意は、長年の提携内容からとくに変わったことはなく、APの報道の独立性が侵されることはない」と述べており、提携強化の内容を公表するかどうかは言明していない。

 だが、米国では民間からも懸念の声があがっている。人権擁護団体の「全米民主主義財団」のクリス・ウォーカー代表は、「中国政府が言論の自由を制限していることは周知の事実であり、その中国政府のプロパガンダ組織と提携する民主主義国のメディアは自己検閲や中国の政治宣伝の拡散に陥る危険を冒すことになる」と述べた。

 今回の米国議会の動きは、最近の米国の中国に対する新たな対決姿勢の一環とも言える。特に、トランプ政権に反対する民主党議員たちまでが共和党議員と歩調を完全に合わせて、中国の国営通信社への不信や警戒を示している点が注目に値する。なお日本では、共同通信社が新華社通信と長年、提携・協力の関係を保っている。

【私の論評】もはや中国を利することは米国から制裁されかねない危険行為であると認識せよ(゚д゚)!

冒頭の記事では、「なお日本では、共同通信社が新華社通信と長年、提携・協力の関係を保っている」と締めくくっていますが、日本のマスコミと新華社の関係はどうなのでしょうか。

中国国営新華社通信は昨年1月31日、都内で説明会を開き、日本向けに日本語でのニュース配信サービスを2月1日から始めると発表しました。これまで同社は中国語以外では、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、アラビア語、ポルトガル語でニュースを配信してきたが、日本語が7言語目になるという。

新華社によると、中国関連ニュースを中心に1日約80本の記事や、写真や映像も配信しています。中国の経済などに関するニュースを中心とし、それ以外に国際関係や日本に関する報道についても配信しています。

日本での配信サービスでは、共同通信グループの共同通信デジタルと共同通信イメージズが販売面で協力しています。

新華社の蔡名照社長は説明会で「日本でのサービスが中日関係の発展に寄与し、両国人民の友好促進の新たな力になることを願っている」と述べました。

説明会には福田康夫元首相や中国の程永華駐日大使らも出席。福田氏は「日中平和友好条約締結40周年など記念すべき年にこの事業が開始されるのは大変意味のあることだ」と語りました。



それにしても、米国とは大きな違いです。本当に日本は呑気といえば、呑気です。

日本のメディアの中国に対する協力姿勢は以前から顕著です。それは、2015年のAIIBに「反対」世論と乖離するメディアの論調をみても明らかです。

当時、中国が設立を主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加の是非をめぐって、多くのメディアの論調と世論とが、大きな違いをみせていました。

軍事・安全保障面につづき、金融面でも既存の世界秩序に挑戦する中国の姿勢の表れとみられているAIIB構想。北京で設立覚書きが調印された2014年11月の時点では、僅か21カ国にとどまっていたAIIBの参加表明国は、2015年3月11日にイギリスが参加を表明すると、雪崩を打ったように増え、4月16日の中国の発表によると、57カ国にのぼりました。

日本政府に「バスに乗り遅れるな」といった参加を促す掛け声が国内財界などで急速に高まったのも、この頃でした。中国も、創設メンバーとなるための申請期限(3月末)後も、日本や米国の参加を歓迎する意向を繰り返し示してきまし。

しかし日本政府は、AIIBについて、債務の持続性や(融資対象とする開発プロジェクトが)環境・社会に与える影響への配慮、加盟国を代表する理事会のガバナンス(統治)、日本が歴代総裁を出すアジア開発銀行(ADB)とのすみ分け--などが不透明で懸念されるとして、米国とともに参加に慎重な姿勢で一貫してきた。

一方、国内の多くのメディアは、政府の慎重姿勢の転換を求めていました。日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞が日本政府の姿勢を批判、疑問視する社説や論評記事を掲載していました。

NHKも、「AIIB創設からみえてきたもの」と題した5月8日(午前0時)放送の「時論公論」で、加藤青延解説委員が「世界銀行やアジア開発銀行ADBは、最近、AIIBとは競うのではなく協力しあってゆく方針を示しました。もし日本が加わることで、その中身に深くかかわることができるのであれば、日本はアジアにおいて、ADBとAIIBという二枚のカードを手にすることになります」と参加の“利点”を説いていました。

民放でも、「報道ステーション」(テレビ朝日系)などが、政府の姿勢に批判的なコメンテーターの発言を伝えていました。

ところが、です。読売新聞社が5月8~10日に行った全国世論調査では、≪AIIBに日本政府が米国と共に参加を見送っていること≫を「適切だ」とする肯定的評価がなんと73%に上ったのです。≪そうは思わない≫はわずか12%に過ぎませんでした(5月11日付朝刊)。

3月28~29日に産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が実施した合同世論調査では、AIIB参加への反対は53.5%、賛成は20,1%でした。調査の実施主体は異なりますが、メディアの多くが「参加すべき」と説いたにもかかわらず、AIIBへの参加に反対する国民は明らかに増えていたのです。

日本政府がAIIBに示してきた懸念は、すでに現実化しつつありました。2015年5月22日までシンガポールで行われた創設メンバー国による第5回首席交渉官会合では、代表である理事が、AIIBの本部が置かれる北京に常駐しないことで一致しました。

理事が本部に常駐する世界銀行やADBの体制と比べ、運用上の公平性の担保が難しいことは明らかでした。同会合では中国が重要案件に拒否権を持つことでも合意しました。これでは、中国の専制は止められないと見るのが当然でした。

「平和的台頭」をうたいながら急速な軍備拡張を続け、日本をふくむ周辺国と軍事的摩擦を相次いで引き起こしていた中国の横暴な覇権主義、歴史問題での反日姿勢に対して、国民の不信感は極度に高まっていました。

たとえ金融の分野であっても、中国の覇権主義的な動きには警戒を要することを見抜いている国民にとって、AIIBを評価する国内メディアは、もはや「中国の代弁者」に過ぎない存在に思えていたのではないでしょうか。先に挙げたメディアのいずれもが、過去に「親中」的な報道が目立っただけになおさらでした。

安倍晋三首相は2015年5月21日、東京都内で講演し、公的資金によるアジア向けのインフラ投資を今後5年間で約3割増やすと表明しました。AIIBに対抗する狙いは明らかでした。引っ張らないよう願いたい。

この当時は、米国の大統領はまだオバマでした。そのオバマですら、拒否したAIIBに対して、世論を無視してまでマスコミは日本も参入すべきと報道したのです。

これは、日本のマスコミは中国を利するためにあると思われても仕方ないです。特に、米国からそう思われしまうと、とんでもないことになりかねません。

これについては、似たような懸念を日本の先端産業に抱いていることを以前このブログで表明したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
米国の技術を盗用して開発された中国のステルス戦闘機J-20

この記事では、中国の技術窃取に悩まされ続ける米国の対抗措置を掲載しました。このように米国が対策に苦慮している一方。日本には、「スパイ防止法」もなく「スパイ天国」の様相を呈しています。

そのことに関する懸念をこのブロクでは表明しました。以下のその部分のみを引用します。
世界一ともいえる「産業スパイ天国」を終わらせることが、中国の「技術略奪」の時代を終わらせることに直結します。と同時に、「世界秩序の破壊者」トランプ氏が目指す「米中冷戦」の勝利を一気に引き寄せることになるでしょう。
これをいつまでもグズグズ実行しなければ、日本の先端的な企業は中国への技術移転を防ぐために、米国から制裁をくらうことにもなりかねません。そのことを理解している経営者や研究機関はまだ少ないのではないかと危惧しています。
日本の先端産業は、中国のスパイに対してあまりも無防備です。米国が必死で、米国内で気密漏洩をしても、どこからか情報が漏れていることに気づき、よく調査してみたら、それは「日本のスパイ天国」から漏れていたことが明らかになった場合など、米国は日本の先端産業に何らかの制裁を課してくる可能性は十分にあります。

さらに、米国の技術が「日本のスパイ天国」から漏れなくなったにしても、日本が中国に対して、日本の先端産業を漏洩して、その結果として中国は米国から技術の窃盗をしなくても、日本からの窃盗で十分やっていけるような状況になったとすれば、この場合も日本の先端産業は米国から制裁される可能性は十分あります。

最近の米国は中国に対する攻勢を、強めています。こんな最中に中国に利することが、正しいことなどという考えはすでに時代遅れであり、そのような考えを捨てることができなければ、自滅するおそれもあるということです。

これには、何も先端産業に限ったことではないです。マスコミも同じことです。中国を利するような報道ばかりしていて、それが米国にも伝わって、中国のプロパガンダが米国に悪影響を及ぼしていると考えれば、米国は日本のマスコミ業界にさえ制裁を加えかねないです。

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