2025年11月22日土曜日

日本はAI時代の「情報戦」を制せるのか──ハイテク幻想を打ち砕き、“総合安全保障国家”へ進む道

まとめ

  • AIは認知戦・サイバー攻撃・無人兵器で戦争の構造を変えつつあり、日本はこれら三領域で対応が遅れている。
  • AI万能論は誤りで、戦争の勝敗は今も兵站が決め、ウクライナ戦争では旧式兵器が優位に立つ例が示された。
  • アメリカは製造力、中国は品質、ロシアは部品供給に弱点があり、総合力ではいずれも脆さが露呈している。
  • 日本は精密製造と素材の両面で世界最強クラスの基盤を持ち、素材から加工・製造装置まで一貫して国内で完結できる稀有な国である。
  • 高市政権はAI・製造・素材を統合する国家戦略を明確に掲げており、日米EUがそれぞれの強みを補完し合えばAI時代の最強の安全保障圏となる。
1️⃣AIが変えた戦争の現実──認知戦、サイバー、無人兵器

サイバー攻撃をリアルタイムで表示するカぺルスキーの地図


AIは戦争の姿を根本から変えた。かつて弾丸や砲弾が戦場を支配した時代は過ぎ、今は映像一つ、投稿一つが国家を揺るがす。欧米では選挙がAI偽情報によって翻弄され、市民の判断が攻撃対象になっている。これが現実だ。

だが我が国では、AIが国防の最前線にあるという感覚が薄い。表現の自由だの萎縮だのと議論が空を切り、肝心の“国家を守る”という視点が抜け落ちている。この遅れは致命傷になりかねない。

AIが変えたのは認知戦だけではない。AIはサイバー攻撃の武器にもなり、脆弱性の探索から攻撃実行までを自動化し、国家の中枢を一瞬で麻痺させる。防衛省がAI防衛を強化し始めたとはいえ、人材も法制度も追いついていないのが実情だ。

さらに無人兵器である。ウクライナ戦争では安価なドローンが高価な戦車を次々に葬った。AI搭載の無人機は偵察から攻撃までを担い、戦場の主役に躍り出た。他国がこの波に乗る中、我が国の防衛産業は民間依存と制度の遅れで大きく立ち遅れている。

2️⃣ハイテク万能論の崩壊──戦争は兵站で決まり、旧式技術が甦る

ウクライナ陸軍の2S3「アカ―ツィヤ」152mm自走榴弾砲(画像:ウクライナ国防省)


AIの進歩は目覚ましい。だが、いくら技術が進もうとも、戦争の勝敗を決めるのは“兵站(ロジスティックス)”であるという古来の真理だけは揺るがない。補給が滞れば、最新鋭のAI兵器もただの箱である。

ウクライナ戦争はその現実を突きつけた。高性能戦車が無人機や榴弾砲で破壊され、逆に旧式戦車が戦場に戻った。理由は単純だ。旧式は部品が手に入りやすく、修理が容易で、量を揃えられる。戦争は結局、こうした“回る兵器”が強い。

この兵站の視点で見れば、アメリカの弱点もはっきりする。アメリカは設計なら世界一だが、肝心の製造力が衰え、自国で作れないものが増え続けている。中国は量は作れても品質に限界があり、ロシアは制裁一つで部品供給が止まり、現代戦を維持できない。

ここで浮かび上がるのが我が国の強みだ。我が国は旧式技術と先端技術の両方を保持できる数少ない国である。金属加工、鋳造、油圧、精密機械、アナログ回路。これらは高齢化で細っているとはいえ、世界最高水準の技術者と企業が今も現場に残っている。

さらに我が国は素材でも世界最強クラスだ。半導体フォトレジスト、高純度フッ化水素、炭素繊維、光学材料、電池素材など、AI、半導体、宇宙、無人兵器の核となる素材の多くは日本企業が圧倒的シェアを握っている。これらは単なる材料ではない。代替の利かない戦略資産である。

そして我が国は素材から精密加工、製造装置までを国内で完結できる“世界でも極めて稀な国家”だ。この一貫性こそ、AI戦争時代において決定的な力になる。

3️⃣日本こそ“AI+製造+素材”で最前線に立てる国──高市政権と日米EUの連携

三沢航空祭での12機のF-35Aによる大編隊飛行

この潜在力を国家戦略として束ねる歴史的契機が、高市政権の登場である。高市首相は総務相時代から通信・電波行政を刷新し、サイバー防衛、量子暗号、次世代通信など最先端分野を国家の柱として扱ってきた。経済安保担当相としても、装備庁改革、半導体戦略、製造基盤の再生など、国家の“実体”を築く政策を徹底してきた。

高市政権はAIだけを進める政権ではない。AIと製造と素材の三本柱で国家を立て直す政権である。戦後の日本政治でこの方向性がここまで明確に示されたのは初めてだ。我が国が総合安全保障国家へと踏み出す条件は整っている。

この“AI+製造+素材”を国家戦力として統合できる国は、中国でもロシアでもない。日米、そしてEUである。アメリカは設計とAI研究で世界を牽引する。EUは国際標準化、化学規制、航空宇宙材料など、世界経済を動かす規格と素材を握っている。我が国は精密製造と先端素材で他国の追随を許さない。

この三者が手を組み、それぞれの強みを補い合えば、AI時代における最強の安全保障圏が形成される。我が国はその中心に立つ条件を揃えている。

AI時代の国防は、技術への理解と同じだけ、国家としての覚悟が問われる。我が国は、旧式技術と先端技術、ソフトとハード、兵站とAI、素材と製造。その全てを総合し、国家の実体を再び強固なものにしなければならない。

歴史は常に、備えを怠った国から消えていく。我が国だけは、その轍を踏んではならないのである。

【関連記事】

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左” 2025年11月20日
ロシアのクリミア併合とウクライナ侵攻の対比から、中国が軍事一辺倒ではなく「静かな侵略」としての情報戦・心理戦・グレーゾーン戦に重心を移している現実を描き、日本の情報戦対応の遅れを指摘する記事。

中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ 2025年11月19日
高市首相の台湾有事発言に対する中国の「撤回要求」を、我が国の主権と議会制民主主義への露骨な介入と位置づけ、情報戦・恫喝外交の構造を解き明かしつつ、日本が退いてはならない理由を論じたエントリー。

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
台湾有事は日本有事であり、現代戦はサイバー・情報攪乱・インフラ麻痺を伴うハイブリッド戦になるという前提から、高市首相の発言を“好戦”ではなく「戦争を避けるための抑止論」として位置づける安全保障論。

OpenAIとOracle提携が示す世界の現実――高市政権が挑むAI安全保障と日本再生の道 2025年10月18日
OpenAI×Oracleの提携を、米国主導のAIインフラ戦・知能封鎖線構築の文脈で捉え、日本のAI・半導体・量子技術を「高市政権によるAI安全保障戦略」と結びつけて論じる、今回の記事と直結するAI安全保障論。

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 2024年10月25日
ジム・ケラーらとの協業を軸に、ラピダスを「日米連携による次世代AI半導体・省電力化の中核」と位置づけ、日本が製造・素材・設計を束ねて経済安全保障とAIインフラの要になる可能性を示した技術・安全保障論。

2025年11月21日金曜日

米国の新和平案は“仮の和平”とすべき──国境問題を曖昧にすれば、次の戦争を呼ぶ

まとめ

  • 現在の米国主導の新たなウクライナ和平案は、ロシアの既成事実を国際的に認める危険性があり、「力による現状変更」を容認する重大な転換点となり得る。
  • ウクライナとロシアの国境線は、ソ連が民族を混在させ境界をゆがめた“地政学的地雷”の結果であり、これが軋轢の根本原因となっている。
  • 1991年の独立時に国境を再検討する機会を逃したことが、30年後の戦争再燃につながった。今回も国境問題を避ければ同じ轍を踏む。
  • 今回の停戦は“仮の和平”にとどめ、数年かけた国境再策定プロセスを義務づけるべきであり、日本を含む中立国がオブザーバーとして関与する必要がある。
  • ウクライナに不本意な領土割譲を迫る停戦が成立すれば、中国が台湾・尖閣で同様の「既成事実化」を試みる可能性が高まり、日本の安全保障にも直結する。
1️⃣ソ連が仕掛けた「地雷」と、新和平案の本当の怖さ

米ロが和平の新計画案 トランプ大統領が承認・政権が受け入れ求める 米英報道

ウクライナ戦争をめぐり、欧米メディアが「新和平案」を報じ始めている。
その中身が凄まじい。クリミア半島と東部二州を事実上ロシア領と認め、ウクライナ軍を60万人規模に縛る――。もしこれが通れば、ロシアは「武力侵攻をやっても、耐え抜けば領土が手に入る」という前例を世界に示すことになる。

これは単なる停戦条件ではない。冷戦後、国際社会が辛うじて守ってきた「力による現状変更は認めない」という筋が折れるかどうか、その瀬戸際である。ウクライナから見れば、自分たちがとても納得できない形で領土の一部を事実上手放すことを迫られたうえに、軍事力まで制限される。これは、主権国家としての根幹を削られ、ロシアの勢力圏に半ば組み込まれることを意味する。

ここで忘れてはならないのが、そもそも現在のウクライナとロシアの国境線が、「歴史の自然な結果」ではないという事実である。
ソ連時代、モスクワはウクライナ東部で重工業化を進める一方、ロシア系住民を大量に移住させた。1932〜33年のホロドモールでは、ウクライナ農村が壊滅的な打撃を受け、その空白を埋めるようにロシア人が再配置された。クリミアに至っては1954年、住民の意思ではなく、共産党内部の政治判断だけでロシア共和国からウクライナ共和国へ編入されている。

要するに、いまの国境線は、民族や歴史の流れに沿って引かれた線ではない。ソ連が「統治しやすくするため」に民族をかき回し、境界線をいじった結果である。あなたのブログ記事「米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む(2025年3月23日)」でも指摘しているように、これは民族対立を意図的に仕込んだ「地雷」だ。その地雷が、ソ連崩壊から30年以上たった今になって大爆発しているのである。

だからこそ、「ロシアが侵略し、武力で奪った地域を、そのまま既成事実として固定してよいのか」という問いは、単なる感情論ではない。そこには、ソ連が残した歪んだ国境線という根本問題が横たわっている。

2️⃣1991年に逃した「最後のチャンス」と、再び迫る岐路

1991828日、キエフ中心部に集まった数千人の独立派デモの参加者たち。あげた3本の指は、ウクライナの国章を表している。


では、1991年にウクライナが独立したとき、この問題は解決されていたのか。答えは明確な「ノー」である。

独立そのものは国民投票で圧倒的多数の支持を受けたが、国境線はソ連時代の「共和国間の行政境界」をほぼそのまま国家境界として引き継いだ。民族構成や歴史的経緯を踏まえた見直しは行われず、「看板だけソ連からウクライナに掛け替えた」ような状態で始まってしまったのである。

本来なら、1991年こそがロシアとウクライナが腰を据えて、双方が納得できる国境線を引き直すべき「最後のチャンス」だった。ところが現実には、旧ソ連全域が混乱し、経済も治安もガタガタで、とてもそこまで議論を深める余裕はなかった。ソ連式の混住構造も、治安機構の名残も、エネルギー依存の構図も、そのまま新生ウクライナに持ち越された。火種は消えるどころか、むしろ見えにくいところでくすぶり続けたのである。

いま世界は、再び同じ岐路に立たされている。今回の和平案を「これで一件落着」と扱うのは、1991年の過ちをもう一度なぞることにほかならない。
国境問題の核心に踏み込まないまま、「とにかく撃ち合いを止めたから良し」としてしまえば、数年先、十数年先に、必ず同じような爆発を迎えることになる。

3️⃣今回の停戦は「仮の和平」にとどめよ──国境を引き直さなければ、次の戦争が来る


だからこそ、今回の停戦は「最終的な和平」としてではなく、あくまで「仮の和平(終戦ではなく停戦)」、戦闘をいったん止めるための暫定措置として扱うべきである。
そのうえで、本番はこれからだ。数年単位の時間をかけて、ウクライナとロシアが、そして周辺諸国と国際社会が、「どこに線を引けば、これ以上血が流れないのか」を正面から話し合う必要がある。

このプロセスには、欧米とロシアだけではなく、日本を含む中立的な複数の国々がオブザーバーとして参加すべきだと考える。利害当事者だけで国境線を決めれば、必ずどちらかが「押し切られた」と感じる。そこに第三者の目と記録が入ることで、少なくとも「どういう経緯で決まったのか」という透明性だけは確保できる。

逆に言えば、この国境再策定のプロセスを避け、「とりあえず今の線で停戦しておこう」「実効支配に合わせて、あとはなしくずしで認めていけばいい」という安易な道を選べば、国際秩序そのものが揺らぐ。ソ連が残した歪んだ線を見て見ぬふりをすれば、その歪みは必ず次の戦争となって跳ね返ってくる。

この問題は、日本にとっても他人事ではない。もしウクライナが、自国も仲介国も納得できない形で領土の割譲を強く迫られるような停戦に追い込まれれば、中国はそれを「モデルケース」として見てくるだろう。
「長く圧力をかければ、西側はどこかで妥協する。台湾でも尖閣でも同じことができるのではないか」――。そう考えるのは自然だ。台湾有事のリスクは一段と高まり、南西諸島は今以上に最前線としての重みを増す。尖閣周辺の挑発も、確実にエスカレートする。専守防衛だけで国土と国民を守り切れるのかという問いが、現実の問題として突きつけられることになる。

一方、アメリカも無限の体力があるわけではない。ウクライナ支援で財政も軍備も消耗し、国内世論も疲れ、さらに対中戦略との両立を迫られている。三つの戦線を同時に維持できない以上、どこかで「この戦争は早く終わらせたい」と考えるのは当然だ。ウクライナ和平を「大幅譲歩型」でまとめてしまおうとする動きの裏には、こうした計算がある。

しかし、そこでウクライナに望まぬ形で領土の一部を手放すことを事実上強要し、軍の力まで縛り上げるような停戦を押し付ければ、その前例はそのまま東アジアにコピーされる。
「最前線の国にはある程度犠牲を払ってもらい、どこかで落としどころを探そう」――こうした発想が一度通用してしまえば、日本と台湾は、いつ同じ扱いを受けてもおかしくない。

世界はいま、はっきりとした分岐点に立っている。
ウクライナが望まぬ領土の手放しと軍縮を呑まされる和平を認めるのか、それともいったん停戦をしたうえで、時間をかけて国境と安全保障の枠組みを引き直すのか。前者を選べば、国際秩序は大きく歪み、力による現状変更が「やった者勝ち」となる時代に逆戻りする。後者を選ぶなら、日本もまた、当事者の一国として責任を負う覚悟が求められる。ソ連に北方領土を奪われ、いまだにロシアに奪われたままになっている、我が国こそ、仲介にもっとも相応しいと、私は思う。

この和平案は、その覚悟を私たちに突きつけているのである。

【関連記事】

<解説>ウクライナ戦争の停戦交渉が難しいのはなぜ?ベトナム戦争、朝鮮戦争の比較に見る「停戦メカニズム」の重要性―【私の論評】ウクライナ戦争停戦のカギを握る米国と日本:ルトワックが明かす勝利への道 2025年3月31日
ベトナム戦争と朝鮮戦争の対比から「停戦を維持する仕組み」の重要性を解き明かし、ルトワックの住民投票+駐留案を軸に、ウクライナ停戦を米国と日本がどう主導すべきかを論じた記事。

「トランプ誕生で、世界は捕食者と喰われる者に二分割される」アメリカの知性が語るヤバすぎる未来―【私の論評】Gゼロ時代を生き抜け!ルトワックが日本に突きつけた冷徹戦略と安倍路線の真価 2025年3月30日
トランプ再登場後の「Gゼロ世界」を背景に、強者が弱者を食う国際秩序の変質を描きつつ、ウクライナ停戦と領土問題が「力による現状変更」を正当化しかねない危険を指摘し、日本が取るべき戦略を掘り下げた論考。

米特使 “ロシアの支配地域 世界が露の領土と認めるか焦点”―【私の論評】ウクライナ戦争の裏に隠れたソ連の闇と地域の真実:これを無視すれば新たな火種を生む 2025年3月23日
米特使の「ロシア支配地域を世界が認めるかが焦点」との発言を手がかりに、ソ連時代の人為的な国境線とウクライナ内部の分断構造を詳しく整理し、それを直視しない停戦案は将来の紛争の火種になると警鐘を鳴らした記事。

有志国、停戦後のウクライナ支援へ準備強化 20日に軍会合=英首相―【私の論評】ウクライナ支援の裏に隠された有志国の野望:権益と安全保障の真実 2025年3月17日
英国主導の「有志国連合」による停戦後支援の動きを取り上げ、表向きは安全保障でも裏には資源・市場をめぐる権益争いがあることを描写。ウクライナ和平と戦後秩序の行方を、利権と安全保障の両面から読み解いている。

ウクライナに史上初めてアメリカの液化天然ガスが届いた。ガスの逆流で、ロシアのガスが欧州から消える時―【私の論評】ウクライナのエネルギー政策転換と国際的なエネルギー供給の大転換がロシア経済に与える大打撃 2024年12月31日
米国産LNGのウクライナ初輸入と「垂直回廊」による逆流輸送を通じて、欧州の脱ロシア依存が進む構図を解説。エネルギー面からロシアの影響力を削ぐ動きが、ウクライナ戦争後の国際秩序にどうつながるかを論じた内容。

2025年11月20日木曜日

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左”


まとめ
  • グレーゾーン戦は、軍事行動の前に国家を静かに弱体化させる“侵攻の第一段階”であり、日本はこの領域への備えが最も遅れている状態にある。
  • ロシアがクリミア併合で示した曖昧戦の成功と、ウクライナ本土侵攻で露呈した古典的戦争の失敗は、中国が軍事よりも非軍事領域の戦いに比重を移す大きな動機になっている。
  • 台湾ドラマ『零日攻擊』は、中国が日常の中で進める“静かな侵略”をリアルに描き台湾では社会現象になったが、日本では危機感として十分に共有されず、認識ギャップが浮き彫りになった。
  • 高市首相の台湾有事発言に対し日本国内で起きた批判の多くは、戦争を「軍事行動=可視化された戦闘」と狭く理解する思考から生まれたものであり、日本社会が認知戦・情報戦に弱いという現実を露呈している。
  • 中国は今後、軍事衝突を回避しつつ、情報・経済・心理を武器に日本の内部構造へ浸透する戦略を強めると見られ、大学・自治体・世論空間を含む社会全体の認識改革が不可欠になっている。

1️⃣クリミアとウクライナが教える「静かな侵略」の威力

いま我が国の安全保障で本当に怖いのは、戦車が一斉に国境を越えてくる「派手な戦争」ではなく、じわじわと忍び寄る「静かな侵略」だと思う。いわゆるグレーゾーン戦である。軍事行動と平時の外交・経済・情報活動のあいだにまたがる曖昧な領域を、相手のレッドラインを踏み越えないギリギリで突き続けるやり方だ。


ロシアのクリミア奪取はグレーゾーン作戦で成功

その典型例が、2014年のロシアによるクリミア半島併合である。ロシアは正体を隠した「小さな緑の男たち」(ロシア兵)と親露勢力、情報操作を組み合わせ、ほとんど本格戦闘をせずにクリミアを奪ったと多くの研究者が分析している。(デジタル・コモンズ)一方で2022年のウクライナ本土への全面侵攻は、戦車とミサイルを前面に押し出した古典的な軍事作戦になり、キエフ電撃占領は失敗し、ロシア軍は甚大な損害を被った。

この対照は、北京にもはっきり観察されている。中国の軍事・安全保障研究を追っているシンクタンクや研究者は、ロシアの失敗から「正面からの全面侵攻はコストが高すぎる」という教訓を中国指導部が学んでいると指摘している。(RAND Corporation)だからこそ、習近平は台湾や日本に対しても、いきなりノルマンディー上陸のような作戦ではなく、クリミア型のグレーゾーン戦、つまりサイバー攻撃、情報攪乱、経済依存の利用、国内政治への浸透といった「静かな侵略」にますます力を入れる可能性が高いと言わざるを得ない。

その延長線上で見ると、大阪の中国総領事・薛剣がXで高市早苗首相に対し「汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した事件は象徴的である。(Reuters)表向きは一外交官の“暴言”だが、実態は日本の台湾支援発言を萎縮させ、日本国内に「台湾に深入りすると危ない」という空気を醸成する心理的攻撃だと見た方が筋が通る。これ自体が、軍事と外交・世論操作が一体化したグレーゾーン戦の一部なのである。

2️⃣台湾ドラマ『零日攻撃』と日本の鈍い危機感

グレーゾーン戦への認識の差を、これほど鮮やかに見せつける作品は他にない――そう感じさせるのが台湾ドラマ『零日攻擊 ZERO DAY ATTACK』(日本題『零日攻撃/ゼロ・デイ・アタック』)である。人民解放軍による台湾侵攻を描くといっても、大量上陸や大爆撃はほとんど出てこない。描かれるのは、投票所爆破事件を利用した世論操作、偵察機「行方不明」を口実とした海上封鎖、サイバー攻撃によるインフラ麻痺、中国製半導体に仕込まれた“裏口”を通じた情報窃取、SNSインフルエンサーを使ったデマ拡散など、「静かな侵略」の積み重ねである。(ウィキペディア)

製作陣はCINRAのインタビューで「台湾が直面している脅威は、日本にとっても決して他人事ではない」と語っている。(CINRA)日本からも人気俳優の高橋一生と水川あさみが参加している。高橋一生は第3話「ON AIR」で、中国系半導体メーカーの幹部となった元恋人として登場し、中国製チップに仕込まれたバックドアをめぐる告発劇に絡む。(まり☆こうじの映画辺境日記)水川あさみは、第5話「シークレット・ボックス」で、米国行きを夢見る女性と陰謀に巻き込まれる人物として物語の鍵を握る役どころだと紹介されている。(vinotabi.blog.fc2.com)これだけ見ても、日本の視聴者に訴えかける要素は十分にあるはずだ。

台湾ドラマ零日攻撃に出演した水川あさみ

実際、台湾では予告編の段階から大きな反響を呼び、「台湾有事」を真正面から描いた社会現象的作品として議論を巻き起こしたと報じられている。(大紀元)一方で、日本ではAmazonプライムで配信されているにもかかわらず、視聴率や世論調査などで「大ヒット」と呼べるようなデータは、少なくとも公開ベースではほとんど見当たらない。東洋経済やVODレビューサイトの分析でも、日本の視聴者の評価は「報道の自由と戦争を描いた硬派な社会派ドラマとして高く評価する層」と、「地味で難しく、メッセージ性が強すぎて疲れると感じる層」に二分されていると指摘されている。(東洋経済オンライン)

つまり、台湾側はこのドラマを通じて、「中国の台湾侵攻は古典的侵略戦争ではなく、グレーゾーン活動(極大)+軍事力行使(極小)の組み合わせとして進む」とリアルに想定しているのに対し、日本側はせっかくの“教科書”を前にしながら、その重さを十分には受け止めきれていないのではないか。

日本人の多くは「台湾有事」と聞くと、どうしても第二次大戦のノルマンディー上陸作戦のような派手な上陸戦を思い浮かべがちである。しかし、台湾ドラマが見せるのはまったく逆の絵だ。ほとんど銃声の鳴らないまま、選挙、不満デモ、サイバー攻撃、電力遮断、経済封鎖、情報空間の操作を通じて、気がついたら社会機能と民心が崩れている世界である。台湾人が描く侵攻シナリオは、グレーゾーン活動こそが主戦場であり、軍事力はその最後の“スイッチ”にすぎないという冷徹なリアリズムに立っている。

日本国内でも、このドラマについては「日本では絶対に作れない作品」「報道と戦争の関係をここまで描いたドラマは初めてだ」と評価する声がある一方で、全体として社会現象と呼べるほどの盛り上がりには至っていない、というのが公開情報から読み取れる範囲での現実だと思う。(今こそ見よう!)この点については、データが限られる以上「日本でヒットしなかったのは、グレーゾーン戦への認識の低さを反映している」とまでは断定できない。ただ、台湾と日本で受け止め方に大きな温度差があるのは確かであり、その背景として「グレーゾーンを主戦場とみなす台湾」と、「どうしても正面衝突の戦争像に引きずられる日本」という認識ギャップがあるのではないか――というのは十分妥当な推測だと考える。

3️⃣高市発言バッシングは、「認知戦」の一部だ


この認識ギャップは、高市早苗首相の「台湾有事は存立危機事態になり得る」という国会答弁をめぐる国内報道にも、そのまま投影されている。高市首相は、中国が台湾を海上封鎖し、戦艦を用いた武力行使を伴う事態になれば、日本のシーレーンや在留邦人、米軍基地への影響から見ても、我が国の存立が脅かされ得る――と、現行法制から見てごく当たり前の整理をしたにすぎない。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ところが、国内の一部メディアや野党は、発言の文脈を切り取り、「軍事的緊張を煽った」「軽率だ」といった批判に走った。ここには、「台湾有事=ノルマンディー型の大戦争」という前提に立ち、「そんな話をするだけで危険だ」という感情的な反応が透けて見える。一方で、中国側はどうか。

先に触れたように、大阪の薛剣総領事はXで、高市首相を念頭に「勝手に突っ込んできたその汚い首は、一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と投稿した。(Reuters)日本政府は公式に抗議し、台湾の国家安全会議や総統府も「非文明的」「外交マナーの逸脱」と強く批判したが、中国外務省は「個人の投稿」「日本側の危険な発言への反応だ」と突っぱねた。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ここで重要なのは、こうした「首を斬る」発言が、単なる外交的失言ではなく、世論を震え上がらせることを狙った情報心理戦の一環だという点である。日本国内で、「台湾なんかに関わるから危ない」「首相が余計なことを言うから中国に睨まれる」という空気が少しでも広がれば、それだけで北京にとっては成功である。実際、「中国の怒りを買った高市が悪い」という論調は、国内の一部論者やSNSですでに散見される。これは、まさに中国側のグレーゾーン活動が、日本社会の認知空間にまで食い込み始めている証拠ではないか。

同じ頃、中国は南シナ海でフィリピン船舶への体当たりや高圧放水、乗員負傷を伴う過激な威嚇行動を繰り返している。2024年のセカンド・トーマス礁事件では、フィリピン側の補給船が中国海警により妨害され、兵士が負傷する事態にまで発展した。(ウィキペディア)一歩間違えば「戦闘」と報道されてもおかしくないギリギリの挑発だが、中国は一貫して「正当な法執行」だと言い張っている。ここにも、「相手に殴り返させたら勝ち」というグレーゾーン戦の発想が透けて見える。

ロシアがクリミアで成功し、ウクライナ本土への全面侵攻で大きく躓いたのを見て、習近平がどちらの戦い方に魅力を感じるかは、改めて言うまでもないだろう。(デジタル・コモンズ)少なくとも当面、中国は「いきなり戦車とミサイル」ではなく、情報戦・経済戦・法律戦・心理戦を総動員したグレーゾーン活動を最大限に活用し、その延長線上で軍事力をちらつかせるという道を選ぶ可能性が高い。

その最前線は、もはや尖閣や台湾海峡だけではない。我が国の大学・研究機関を通じた技術流出、北海道や自衛隊基地周辺の土地買収、水源地への静かな浸透、地方自治体や政党、メディアへの巧妙な働きかけ――いずれも、すでに個別の報道や調査で明らかになりつつある現実だ。(pttweb.cc)そして、台湾ドラマ『零日攻撃』の日本での“今ひとつの響き方”や、高市発言への過剰ともいえるバッシングは、「中国のグレーゾーン戦がすでに日本社会の認知空間を揺さぶりつつある」という不愉快な現実を、逆説的に映し出しているように思えてならない。

平和を望むことは尊い。しかし、「戦争の話をしないこと」が平和を守る道だと信じ込まされることこそ、グレーゾーン戦を仕掛ける側の思う壺である。台湾は、ドラマという形で自国の危機を直視し、国民に突きつけている。我が国もそろそろ、「ノルマンディー型の戦争は起きてほしくない」という願望の世界から抜け出し、「静かな侵略」にどう備えるかという現実の土俵に立たなければならない時期に来ているのではないか。

【関連記事】

中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ 2025年11月19日
高市首相の台湾有事発言に中国が撤回を迫り、在中国邦人への注意喚起まで発せられた背景を分析。中国の圧力を「内政干渉」として正面から跳ね返すべきだと論じ、日本のメディアや“識者”の及び腰も批判している。 

中国の我が国威嚇は脅威の裏返し—台湾をめぐる現実と我が国の覚悟 2025年11月14日
大阪総領事の「汚い首は斬ってやる」発言や中国外務省の威嚇を取り上げ、それが日本の「自立した主権国家」への回帰を恐れるがゆえの反応だと指摘。ASW・AWACSなど日本の優位と、我が国の霊性文化と結びついた防衛の意義を掘り下げる。 

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持” 2025年11月11日
中国大阪総領事・薛剣による「その汚い首を斬る。覚悟はあるか?」という暴言を軸に、“戦狼外交”の構造と危険性を分析。英国やカナダのようにペルソナ・ノン・グラータ宣言も辞さない対応を取りうること、日本が「沈黙の平和」から「覚悟の平和」へ転換すべきだと訴える。 

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
高市首相が「台湾有事=日本有事」と位置づけた国会答弁の意味を整理し、南西シフトやスタンドオフ防衛など具体的な備えを解説。台湾ドラマ『零日攻撃』を引きつつ、サイバー攻撃や情報攪乱による“静かな侵略”に日本社会の認識が追いついていない危機を描く。 

「力の空白は侵略を招く」――NATOの東方戦略が示す、日本の生存戦略 2025年8月14日
ロシアのグルジア侵攻・クリミア併合・ウクライナ侵攻を「力の空白」が招いた典型例として整理し、NATOの東方防衛ライン強化を詳述。日本もロシア・中国・北朝鮮の三正面に直面する中で、空白を作らず多域連携とグローバルな抑止構造を築く必要があると提言している。


2025年11月19日水曜日

中国の恫喝に屈するな――高市政権は“内政干渉”を跳ね返せ


まとめ
  • 我が国政府が在中国邦人に「広場・人混みを避けよ」と警告したのは、中国国内の政治的緊張と反日感情の高まりを現実的な危険として捉えた結果である。
  • 高市首相の台湾有事に関する国会答弁は、我が国の安全保障の常識に沿ったものであり、中国がこれを撤回させようとするのは明白な内政干渉である。
  • 中国の反日デモは過去たびたび発生し、その一部は反政府運動へ転化し、当局の統制さえ危うくした事例があるため、邦人が巻き込まれる危険性は無視できない。
  • 国際環境も台湾海峡をめぐり緊張を高めており、米国務省や米議会は中国の現状変更を強く非難し、日本との連携を明示している。
  • 国内の一部メディアや識者は、事態の本質を見ず「挑発だ」「日本が自制すべきだ」といった浅い反応に終始し、危機の構造を理解しようとしない姿勢がむしろ問題を深刻化させている。

1️⃣我が国政府の警告は“静かな危機”の始まりである


11月中旬、我が国政府は在中国邦人に向けて「大人数の広場や人混みを避けよ」と注意喚起を出した。表向きは安全情報に見えるが、その文言には通常の旅行注意を超えた緊張感が漂う。広場、群衆、不審な集団――いずれも政治的騒乱を暗示する言葉だ。我が国は、中国国内で反日感情が溜まりつつある危険を見逃さず、それが邦人リスクに転化する可能性を現実に読み取っている。

背景には、高市早苗首相が国会で台湾海峡の危機に言及したことがある。中国はこれに反発し、日本政府に“発言撤回”を迫った。外交の場で他国の首相答弁に口出しする行為は、主権国家への明白な干渉である。それにもかかわらず、国内の一部メディアと“識者”は、高市首相に対して「挑発的だ」「余計な発言だ」と責める調子ばかりで、中国側の不当性を指摘する声は驚くほど少なかった。

11月18日の中日外務高官協議では、中国外務省の毛寧報道官が高市首相の答弁に抗議し、撤回を要求したと明らかにした(出典:ロイター China urges Japan PM to retract 'egregious' remarks on Taiwan, 2025年11月13日)。
これは、まぎれもなく我が国への干渉であり、看過すれば今後も際限なく踏み込まれる。高市首相が退く理由はまったくない。

さらに、国会でもこの問題は核心に触れた。11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也氏が「台湾とフィリピンの間の海峡が封鎖された場合、存立危機事態に当たるのか」と問い、高市首相は「武力を伴うものなら該当し得る」と答えた。
国家安全保障の責任者として当然の答弁であり、これを中国が“撤回せよ”と迫る構造自体が危険なのだ。

2️⃣中国が最も恐れるのは“反日”の暴走ではなく“反政府”への転化である

中国は長年、反日ナショナリズムを国内統治の道具として利用してきた。経済不満や政治不満を外に向け、国民の視線をそらす典型的な手法である。しかし、この方法には重大な欠点がある。火が大きくなりすぎると、矛先が“反政府”へ向かう危険を常に伴う。まさに諸刃の剣なのだ。

実際、過去には反日デモが反政府へ“転化”した事例がある。2005年の反日デモでは日本企業の店舗破壊が起きたが、一部では汚職批判のスローガンが混ざった。2012年の尖閣をめぐるデモでも、地方政府の腐敗や不満が叫ばれた場面が確認されている。その後も反日デモを野放しにおくと、それが反政府でもになってしまうという現象が度々発生したので、それ以来政府は反日デモを開催させないように方針を変えた。

中国にはかつて、反日サイトが多数あったが、これを放置しておくといつの間にやら反政府サイトに変わってしまうので。これを事実上閉鎖した。SNSの投稿にも常に目を光らせ、反日が反政府になる兆候が見えた場合、投稿を削除している。

自由を求めた中国のゼロコロナ抗議デモ

中国当局はこの転化を恐れている。
なぜなら、反日デモは「政府が許した範囲」でしか燃やせない炎だからだ。しかし、中国人民の中には、政府に対する憤怒のマグマがいつ爆破してもおかしくないほど鬱積している。火力が上がり過ぎれば、中国共産党の統治正当性そのものに跳ね返り、制御不能になる。

しかし現状の中国は、経済政策の失敗などから、この危険を冒してまでも、自らが国民の憤怒のマグマを直接浴びることを避けるため反日を煽らなければならない状況にある。しかしながら、反日を煽り続ければ、今度は自分たちが危なくなるため、一定の限度がある。

その一定の限度を乗り越えず統治の正当性を維持するには、台湾統一をすぐにも実現すべきだが、これもこのブログで過去に述べてきたように、すぐにはできそうにもない。こういう窮地に立った時に、中国は他国への恫喝を強めるのは常道と言っても良い。中国は今危険な綱渡りをしているのだ。

したがって、我が国政府の警告は、当然のことである。中国国内の反日感情が高まる時期は、中国当局が神経質になる時期でもあり、これがさらにエスカレートしさらに反政府運動にまで拡大すれば、多数の邦人が巻き込まれる可能性は一気に高まる。広場を避けよという警告は、混乱の“暴発”とその限界を我が国が冷静に見通した結果である。

3️⃣国際環境の現実と、情けない国内“専門家”たち

国際社会も台湾海峡の危機を本気で見ている。7月、米国務省は「台湾海峡の現状変更に強く反対する」と公的に表明し、日本を含む同盟国と連携する姿勢を明確にした。さらに米議会では、台湾侵攻に備えた中国制裁法案が超党派で進み、米軍制服組も議会で「台湾有事の危険は過去より切迫している」と証言した。
(出典:米国務省・台湾に関するプレスリリース / 米議会公聴会記録)

こうした状況下で、高市首相が台湾海峡の安全保障を語るのは国際常識に沿っている。むしろ、語らないほうが不自然だ。台湾海峡は我が国の生命線であり、その危機は我が国の危機だ。首相が国会で現実を述べたからといって、それを中国が撤回させようとするのは、主権を踏みにじる行為にほかならない。


ところが、国内の一部メディアと“識者”は、まるで中国の広報官のような反応を示した。「挑発的だ」「不用意だ」「中国を刺激するな」――そうした言葉ばかりが紙面に躍り、高市首相を批判する声はあっても、中国の不当性を指摘する声はほとんど聞こえなかった。
中国が日本の首相に“発言撤回”を求める異常事態であるにもかかわらず、その重要性に触れようともしない。

目の前で起きているのは「台湾有事の現実化」と「中国による日本政治への介入」であり、いずれも国家の根幹にかかわる問題である。これを矮小化する報道は国益を損なう。

結論:高市首相は一歩たりとも退いてはならない

中国による“発言撤回要求”は、我が国の主権と議会制民主主義への挑戦である。もしこの要求を受け入れれば、我が国は今後あらゆる外交・安全保障上の議論で中国の顔色を窺う国になるだろう。それは国家としての自殺行為だ。

台湾海峡の危機が迫る中、我が国は同盟国と歩調を合わせ、毅然とした姿勢を貫くべきだ。高市首相の答弁はその第一歩であり、撤回する理由はどこにもない。

我が国は、主権国家として当たり前のことを当たり前に言う国でなければならない。
それこそが国民を守る確かな道である。

【関連記事】

中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』  2025年11月16日
高市首相の「台湾有事=日本の存立危機」発言に、中国が暴言・威嚇・渡航自粛で過剰反応した背景を、フリードマン地政学から読み解く記事だ。日本列島が中国の外洋進出を塞ぐ“壁”であることを踏まえ、中国の恫喝がむしろ「日本への恐怖と焦り」の裏返しである構図を描き出している。

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持”  2025年11月11日
大阪の中国総領事が高市首相に対して「汚い首を斬ってやる」と発言した前代未聞の暴言を取り上げ、日本がどのような抗議と対抗措置を取るべきかを論じたエントリーである。外交とは礼と覚悟の勝負であり、中国の恫喝に沈黙してきた日本の姿勢を改めるべきだと強く訴えている。

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
高市首相が国会で「台湾の安定は日本の安全保障に直結する」と明言した意味を、南西シフトやハイブリッド戦のリアリズムから掘り下げた記事だ。台湾有事は日本有事であり、防衛力整備は“戦争準備”ではなく戦争を避けるための抑止であるという視点を提示している。

高市総理誕生──日本を蝕んだ“中国利権”を断て  2025年10月21日
高市総理誕生を、日本政治に巣食ってきた「中国利権ネットワーク」を断ち切る転換点として描いた論考である。IR汚職や海外の事例を引きつつ、中国マネーが政財官界や大学・地方自治体にまで浸透してきた実態を示し、高市政権に求められる利権構造の一掃を提起している。

日本の沈黙が終わる――高市政権が斬る“中国の見えない支配”  2025年10月19日
高市政権の成立を「情報主権国家」への出発点と位置づけ、中国の情報操作・統一戦線工作にようやくメスが入る過程を描いた記事だ。スパイ取締法構想や“空白証拠”の分析を通じて、メディアと政治の親中構造が生んだ沈黙を断ち切る必要性を訴えている。

2025年11月18日火曜日

COP30が暴いた環境正義の虚像──SDGsの欺瞞と日本が取り戻すべき“MOTTAINAI”


まとめ
  • COP30は“科学の会議”ではなく政治装置であり、先住民運動や抗議行動は欧米型アイデンティティ政治と結びついた演出として利用されている。
  • 気候変動問題は純粋な科学ではなく政治的思惑に支配され、異論は封殺され、IPCC要約も政治によって方向性が決められている。
  • SDGsは利権構造を生み出す仕組みとなり、SDGウォッシングや評価産業が肥大化している一方、アメリカではバッジが“馬鹿の印”と揶揄され、金融界でも距離を置かれ始めている。
  • 日本の霊性の文化は自然との調和を重んじる独自の価値体系であり、欧米の環境思想とは異なる文明的強みを持つ。
  • “MOTTAINAI”は利権にならないため国際社会から押しやられたが、本来は世界が学ぶべき文明の叡智であり、日本はこれを再び掲げ「本当の持続可能性」を世界に示すべきである。
1️⃣気候正義の裏に潜む政治装置──科学の皮を被った気候物語と欧米型アイデンティティ政治

COP30では、会場の外で「気候正義」を掲げる大規模デモが行われた

ブラジル・ベレンで開かれているCOP30では、会場の外で「気候正義」を掲げる大規模デモが連日行われている。数万人規模の「市民行進」には先住民や環境団体が参加し、化石燃料の「葬式」パフォーマンスまで繰り広げられた。(ガーディアン)
別の日には、先住民らが会場の主要入口を数時間ふさぎ、ライオットポリスや軍の車両が並ぶ物々しい光景も報じられている。(ガーディアン)

表向きは「科学に基づく地球規模の議論」だが、その中身はかなり政治的だ。
温暖化は人類の罪、化石燃料は絶対悪、炭素削減は道徳的義務――こうした前提が最初から固定され、そこに疑問を挟む余地はほとんどない。

CO₂と気温上昇の関係は、未解明の部分が残っている。それでも、懐疑的な研究者は主流から外され、慎重な姿勢を見せる政治家は「地球の敵」のように叩かれる。IPCC報告書の要約版は各国政府の交渉で書き換えられ、その「政治的要約」が世界の政策の根拠として独り歩きする。もはや純粋な科学ではない。気候変動は、科学の衣をまとった政治の道具になっている。

この気候物語を“道徳的に補強”しているのが、欧米発のアイデンティティ政治だ。社会を「被害者」と「加害者」に分け、被害者とされた側に絶対的な正義を与えるやり方である。COP30でも、先住民はその象徴として前面に立たされている。彼らの怒りは、本来なら是々非々で議論されるべき開発・インフラ政策を、「植民地主義の再来」と断罪するための強力なカードとして使われる。

もちろん、先住民側に切実な問題があることは事実だ。しかし、抗議行動の背後には、欧米の環境NGOや国際基金からの資金、組織的な支援があるケースも多い。誰がスピーカーを選び、誰がマイクを渡しているのか。その力学を見ないまま「環境正義」というきれいな言葉だけを信じれば、欧米の政治ゲームに巻き込まれるだけである。
 
2️⃣環境ファシズムとSDGs──“きれいごと”が巨大利権に変わる

今やSDGsバッジは馬鹿の目印・・・・・・?

気候物語とアイデンティティ政治が結び付くと、環境ファシズムと呼ぶべきものが顔を出す。環境の名さえ掲げれば、企業活動の停止要求も、道路封鎖も、生活への重大な制約も、「地球のため」として正当化される。

同じ構図は、ここ数年のアメリカ金融界でも姿を変えて表れている。ESG投資への反発が急速に強まり、20以上の州で「反ESG」法や規制が次々に導入された。ESGを看板にした投信への資金流入も伸び悩み、全体残高が頭打ちになったとの分析も出ている。(Oxford Law Blogs)

そんな中で象徴的なのがSDGsだ。
17の目標、169のターゲット、カラフルなアイコン――見た目は立派だが、世界中で「SDGウォッシング」という言葉が飛び交うようになっている。企業や自治体がSDGsのロゴだけを並べ、中身の伴わない取り組みを“善行”として宣伝する現象だ。学術論文でも「SDGsの報告は象徴的にすぎず、実態を伴わない“SDGウォッシング”の危険がある」との指摘が相次いでいる。(Emerald Publishing)

SDGsそのものの設計についても、目標が多すぎる、指標があいまい、互いに矛盾する、結局は現状維持の道具になっている――といった批判が研究者から出ている。(ウィキペディア)

日本でも、いわゆる「SDGsバッジ」が一時期は流行した。だが空気は変わりつつある。
経済評論家の渡邉哲也氏は、片山さつき氏との対談や自身のX(旧Twitter)で、アメリカではSDGsバッジは「バカの印」とまで揶揄されており、そんなものを付けていれば銀行や投資家の信用を失う、と語っている。(note(ノート))
これは、実務の世界では「きれいごとの飾り」を嫌い、数字と実績を重んじる風潮が強まっていることの反映だろう。

SDGsは、本来なら人類の未来のための旗印であるはずだった。ところが現実には、国際機関、金融機関、格付け会社、コンサル企業、広告代理店――こうしたプレーヤーが参入しやすい「利権の器」になってしまった。評価指標を作る側が主導権を握り、企業や自治体はそれに合わせて高価なレポートや認証を買う。きれいな言葉とは裏腹に、「点数を売る産業」だけが太っていく構図ができ上がっているのである。(ウィキペディア)
 
3️⃣日本が取り戻すべき霊性の文化──“MOTTAINAI”こそ世界が学ぶべき文明の叡智

しかし、我が国には欧米が持たない文明的な武器がある。
森羅万象に命が宿ると考え、自然と人間を対立させず、畏れと感謝の心で向き合う「霊性の文化」である。自然を征服する対象とも、神棚に飾る偶像ともせず、「共にある存在」として扱ってきた。この感覚は、環境問題が思想闘争と利権の道具にされている現代において、非常に大きな意味を持つ。

この精神文化を最もよく表す言葉が、「MOTTAINAI(もったいない)」だ。
“勿体無い”は、本来あるべき姿や価値を無駄にしてしまうことを惜しむ感情であり、「ものにも命が宿る」という感覚が裏にある。まだ使える物を捨てるのはもったいない。料理を残すのはもったいない。使い捨てはもったいない。ここにあるのは、難しい理論ではなく、生活に根付いた自然な徳目である。

この言葉に世界が注目したきっかけは、2005年のワンガリ・マータイ氏の来日だ。ケニア出身で、環境保護の功績によりノーベル平和賞を受賞したマータイ氏は、日本で「もったいない」という言葉に出会い、その深い意味に衝撃を受けた。彼女は、この一語に「減らす・繰り返し使う・再生する・敬意」の四つの思いが込められているとして、国連などの場で“MOTTAINAI”を世界に紹介した。(外務省)

これを受けて毎日新聞社などが「MOTTAINAIキャンペーン」を展開し、循環型社会づくりの合言葉として広めようとした。(政府オンライン)
本来であれば、日本発の“MOTTAINAI”が、世界の環境運動の中心に座っていてもおかしくなかった。


ところが現実には、その後、国際社会で主役になったのは“MOTTAINAI”ではなくSDGsだった。なぜか。
理由は単純である。

MOTTAINAIは「無駄を減らせ」「余計なものを作るな」「静かにやるべきことをやれ」という思想だ。これでは利権にならない。派手なシンポジウムも、巨大なコンサルビジネスも、複雑な認証ビジネスも生まれない。誰かが儲かる仕組みにはなりにくい。

一方、SDGsはどうか。
目標は多く、指標は細かい。だからこそ、「指標づくり」「評価」「認証」「コンサル」「広報」といった分野に、いくらでも仕事を生み出せる。国際会議も増える。報告書も山のように作れる。つまり、利権を量産するにはもってこいの仕組みだ。世界は「利権になるSDGs」を選び、「利権にならないMOTTAINAI」を隅に追いやったのである。

しかし、日本が従うべきはどちらか。
答えは明らかだ。

我が国は、欧米発のスローガンをありがたがる必要はない。
むしろ、自らの霊性の文化と“MOTTAINAI”の精神を今こそ掘り起こし、現代的な言葉で語り直し、世界に示すべきだ。

自然を畏れ、同時に共に生きる。
物を大切にし、無駄を恥じる。
誰かに見せるためではなく、自分たちの暮らしと心をまっすぐに保つために、環境を守る。

この静かで強い価値観こそ、気候変動詐欺、アイデンティティ政治、環境ファシズム、SDGs利権の欺瞞に振り回されないための“心の防波堤”である。

日本は、ただ外圧をはねつける国であってはならない。
我が国こそ、「本当の持続可能性とは何か」を世界に示す役割を担うべきだ。
その土台になるのが、霊性の文化と“MOTTAINAI”なのである。

【関連記事】

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
北海道で進む再エネ偏重政策の歪みを俯瞰し、日本は「脱炭素」ではなくエネルギードミナンスで国家戦略を構築すべきだと論じた記事。COP30の環境正義批判と極めて整合する。

きょうは「みどりの日」 「MOTTAINAI」普及 循環型社会、目指し―エコエゴにならないように!! 2010年5月4日
「MOTTAINAI」の本来の意味を仏教・神道由来の霊性の文化として掘り下げ、二酸化炭素神話やエコグッズ商法と切り離して論じた。COP30批判やSDGs利権批判と組み合わせることで、「日本発の環境観」を打ち出す土台として使いやすい内容。

【主張】温室ガス中期目標 実現可能な数値にしたい―地球温暖化二酸化炭素説がいつまでも主要な学説であり続けることはあり得ない!! 2009年5月8日
京都議定書や温室ガス削減目標をめぐる国際政治の偽善性を指摘し、「地球温暖化二酸化炭素説」は虚偽であり省エネと混同すべきでないと論じた。COP30の「環境正義」レトリックを批判する際の理論的バックボーンとして位置づけられる。

日本の森林問題の特殊性-環境問題は教条主義的には対処できない 2008年5月21日
日本は「伐らないと森が死ぬ」森林大国であり、欧米型の教条的グリーン思想ではかえって環境を壊すという逆説を具体的に示した記事。

私が環境問題に興味を持ったきっかけ-マスコミの危険性を教えていただいた恩師の想い出 2007年9月10日
「前脚のない猿」報道をめぐる誤報・扇動の実例から、環境報道とマスコミの危険性を告発した原点回帰の記事である。COP30報道、SDGs礼賛、ESGバブルなどに踊らされる世論を批判し、「自分で裏を取る読者になるべき」と主張。

2025年11月17日月曜日

中国依存が剥がれ落ちる時代──訪日観光と留学生の激減は、我が国にとって福音



まとめ

  • 中国人観光客への過度な依存がオーバーツーリズムや奈良の鹿への乱暴などを招き、今回の縮小は観光の質と日本文化を守る好機である。
  • 観光消費の6割以上は日本人によるものであり、「中国人が来なければ観光経済が崩れる」という言説は事実に反している。
  • 中国の国家情報法により中国籍者は国外でも情報活動への協力義務を負うため、日本の大学・研究機関での受け入れは構造的な情報流出リスクを抱えている。
  • 北海道の水源地や自衛隊周辺の土地買収、経済報復、SNSを使った世論操作、行政システムへの中国企業の入り込みなど、日本ではあまり報じられない形で中国の浸透が進んでいる。
  • 米国のPew Research Centerの調査で世界の過半数が中国を否定的に見ており、日本でも好意的評価は1割強にとどまることから、中国依存から距離を置くことは我が国の生存戦略そのものである。

1️⃣観光と教育の“ゆがみ”が正される絶好のチャンスだ


中国政府が自国民に「日本への渡航・留学を控えよ」と警告を出した。日本のテレビや新聞は、「観光産業への打撃」「大学経営への影響」といった話ばかりだ。しかし、実態を見れば、これは我が国にとってむしろ好機である。長年続いた中国依存のゆがみを、ようやく是正できる入り口だからだ。

まず観光である。爆買いツアーに象徴されるように、中国人観光客への過度な依存は、日本の街の景色を大きく変えてきた。京都や浅草の商店街は中国語の看板であふれ、深夜まで騒がしく、文化財の扱いは荒くなった。日本文化を味わう場だったはずの観光地が、「安さ」と「買い物」だけを求める団体旅行の舞台に変わってしまったのである。

その結果がオーバーツーリズムだ。京都では地元住民が市バスに乗れず、鎌倉では通勤者が駅前を抜けられない。浅草や富良野でも生活道路が観光バスと観光客で埋まり、住民の生活は押しのけられてきた。観光が地域を潤すどころか、地元の人から日常を奪う存在になりつつあった。

奈良公園の鹿への乱暴狼藉は、その象徴である。鹿を蹴る、追い回す、角をつかむ、食べ物を投げつけて動画を撮る──。奈良の鹿は千年以上、神域とともに生きてきた神鹿であり、我が国の文化そのものだ。それを“見世物”のように扱う行為は、日本文化への侮辱である。こうした迷惑行為の多くが特定の国の観光客によるものであることは、もはや誰の目にも明らかだ。

それでも日本のメディアは、「中国人が来なくなったら日本の観光は成り立たない」といった調子で不安を煽る。しかし数字を見れば実態は逆である。政府資料によれば、2023年の観光消費総額28.1兆円のうち、日本人による国内観光消費は21.9兆円であり、全体の6割以上を占める。(国土交通省) 外国人訪日客の消費は5.3兆円にとどまる。(ジェトロ) つまり、観光産業の屋台骨を支えているのは我が国民自身であり、中国人観光客ではない。

しかも、中国人観光客の購買力はすでに落ちている。日本政府観光局などの統計を整理した報道によれば、2025年4〜6月期の中国人訪日客の一人当たり買い物代は、前年比29%減まで落ち込んだ。(China Travel News) その一方で、日本国内の中国系店舗や中国系ツアーだけを回り、経済圏を中国語コミュニティの中で完結させる動きも強まっている。表向きの人数が増えても、日本経済に落ちるお金は細っているのが現実だ。

教育分野のリスクは、さらに深刻である。中国人留学生は、単なる「外国からの優秀な学生」では済まない。2017年に施行された中国の国家情報法は、第7条で「すべての組織と公民は、法律に従って国家情報活動を支持し、援助し、協力しなければならない」と定めている。(chinalawtranslate.com) 第10条も、情報機関が必要な協力を求められる権限を明確にしている。(chinalawtranslate.com) つまり中国籍の者は、国外にいても国家が命じれば情報収集への協力が“義務”になるということだ。

この前提に立てば、日本の大学や研究機関に大量の中国人留学生・研究者を受け入れてきた構図が、いかに危ういものであったかが見えてくる。先端材料、AI、量子技術など、軍事転用の余地がある分野ほど中国側が強い関心を持っているのは各国共通の認識である。それでも日本では、「国際化」「大学経営」などの言葉の陰で、安全保障の視点がほとんど語られてこなかった。

さらに、日本のメディアがまず取り上げないのが「医療」と「教育資金」の問題だ。中国系ブローカーが短期滞在の観光客を高額医療へ誘導し、未払いのまま帰国して病院が泣き寝入りする例が現場で問題になっていることは、医療関係者の間では知られた話である。また、一部の大学が中国系ファンドからの寄付や共同研究資金を受け取り、その見返りに研究テーマや成果の扱いに目をつぶってしまう構図も懸念されている。これらは派手なニュースにはならないが、静かに国の基盤を侵食するリスクである。

今回の「渡航・留学は控えよ」という中国政府の動きは、こうしたゆがんだ構造を見直す絶好のきっかけだ。観光も教育も、日本側の主導で再設計し直すチャンスである。
 
2️⃣土地買収・経済報復・情報戦──静かに進んできた中国の浸透

中国リスクは、観光と留学にとどまらない。もっと根の深い部分で、静かに、しかし確実に進行してきたのが土地の買収である。北海道の水源地、山林、海岸線、離島、自衛隊施設の周辺──本来なら国家が神経を尖らせるべき地域で、中国資本による買収が相次いできた。政府資料や有識者の調査でも、こうした重要地点に中国資本が入り込んでいる実態が報告されている。(China Travel News)

さらに厄介なのは、土地の所有者がペーパーカンパニー同然の中国企業で、実際の支配者が誰なのか分からないケースが少なくないことだ。連絡先も曖昧で、日本側が実態を把握できないまま所有権だけが海外へ流れていく。これは「国際化」などという言葉でごまかせる問題ではなく、紛れもない主権の侵食である。

中国のやり方は経済面でも同じだ。外交で気に入らない動きを見せた国には、観光客の送客制限や輸入禁止といった“経済制裁”を平然と行う。韓国、オーストラリア、ノルウェーなどが実際にその標的になってきた。日本が中国への依存度を高めれば高めるほど、日本の外交・安全保障政策が中国の機嫌に縛られる危険が増す。

重要物資の支配も見逃せない。レアアースや太陽光パネル、医薬品原料、ドローン関連部品など、世界の供給を中国が大きく握っている分野は多い。いったん供給を絞られれば、日本の産業は簡単に混乱に陥る。経済安全保障という言葉が政府の基本方針にまで書き込まれるようになった背景には、こうした現実がある。

経済安全保障法制準備室の看板掛け(2021年11月)

情報空間への浸透も急速に進んでいる。中国政府寄りのアカウントやボットが、日本語のSNS空間に入り込み、台湾有事、日米同盟、自衛隊の役割などをめぐって世論誘導を図っている。だが、より問題なのは、中国系の動画アプリやフリマアプリなどを通じて、日本人の顔写真や位置情報、購買履歴が大量に中国側へ吸い上げられている疑いである。データは一度流出すれば戻らない。AIによる監視や軍事技術の訓練データとして利用される可能性も否定できない。

地方自治体も決して安全地帯ではない。財政難に悩む自治体ほど、安価な海外製クラウドサービスやシステム導入に飛びつきやすい。中には、中国企業が絡む事業を「コスト削減」だけで選んでしまうケースもある。だが、行政データは住民の生活そのものであり、そこに海外企業が深く入り込むことは、国家全体のリスクに直結する。

企業買収による技術流出も続いている。日本の中小企業は、世界に誇る精密加工技術や素材技術を持つ一方で、資本力では中国勢にかなわない。買収が成立すると、中国系の技術者が一気に流れ込み、数年後には技術と人材の中身が入れ替わってしまう。技術は中国側に吸い上げられ、日本側には空洞だけが残る。これは単なる企業買収ではなく、産業基盤の切り崩しと言ってよい。

軍事面での脅威は、もはや説明するまでもない。尖閣諸島周辺では中国公船の侵入が日常化し、台湾への軍事的圧力は年々強まっている。台湾有事は日本有事であり、中国のミサイルは日本列島の主要都市を射程に収める。最近では、中国の海洋調査船が太平洋側で海底ケーブル網を“測量”していると指摘されており、日本の通信インフラそのものが標的になりつつある。

文化面でも、日本は傷つけられている。神社仏閣での乱暴な振る舞いや落書き、中国で大量に作られる「なんちゃって日本文化」商品、歴史問題を使った対日プロパガンダなど、日本文化そのものが攻撃の対象になっている。奈良の鹿への暴挙は、その一端が表に出たに過ぎない。
 
3️⃣世界も中国を警戒している──中国依存から離れることこそ我が国の生存戦略である

こうした中国リスクは、日本だけが感じているものではない。米ピュー・リサーチ・センターが2025年7月に発表した調査では、25か国の中央値で、中国を好意的に見る人は36%、否定的に見る人は54%だった。(Pew Research Center) 日本では、中国を好意的に見る人はわずか13%にとどまっている。(Pew Research Center) 中国への警戒と不信は、世界的な潮流になりつつある。

観光地の混雑とマナー違反、奈良の鹿への乱暴狼藉、研究流出、土地買収、企業買収、医療制度の悪用、経済報復、行政への浸透、情報戦、文化破壊──これらはバラバラの現象ではない。すべてが一本の線でつながった「中国依存」の結果である。

大阪市の特区民泊』44.7%が中国人や中国系企業

だからこそ、中国から距離を取ることは、我が国の安全保障だけでなく、文化と経済と技術、そして子や孫の世代の自由を守るための最低条件なのだ。今回の中国側による渡航・留学抑制は、短期的には騒がしく見えるかもしれないが、長期的には我が国が自らの足で立ち、依存から抜け出すための絶好の機会である。

中国依存が剥がれ落ちることを、過度に恐れる必要はない。むしろ歓迎すべきだ。日本人が自ら旅をし、自らの国でお金を使い、自らの文化と土地を守る。海外からの観光客や留学生も、日本の文化とルールを尊重する人々を選び取っていく。その流れこそが、我が国が健全なかたちで世界と向き合う道である。

中国依存が剥がれ落ちる。それは、我が国が本来の姿を取り戻す第一歩である。

【関連記事】

高市総理誕生──日本を蝕んだ“中国利権”を断て 2025年10月21日
中国マネーが政財官・大学・地方自治体に張り巡らせてきた「見えない支配」を、高市政権がどう断ち切ろうとしているのかを描いた論考。FARAやFITS法など海外の対中規制も踏まえ、日本の経済・安全保障政策の針路を問う。

羊蹄山の危機:倶知安町違法開発が暴く環境破壊と行政の怠慢 2025年6月17日
ニセコ・倶知安での違法開発を入り口に、中国系資本による土地投機と水源地破壊のリスクを告発。北海道が「中国の省」になる危険性や、行政の監視不全がもたらす長期的な安全保障・観光への打撃を論じている。

大阪の中国人移民が急増している理由—【私の論評】大阪を揺らす中国人移民急増の危機:民泊、不法滞在、中国の動員法がもたらす社会崩壊の予兆 2025年5月9日
大阪・西成区を中心に、中国人移民と特区民泊が急増する実態をレポート。国防動員法・国家情報法など中国の法律が、有事には在日中国人を「民兵・スパイ」に変えかねないという安全保障リスクも掘り下げている。

なぜ「日本語が話せない」在日中国人が急増しているのか…国内にじわじわ広がる「巨大中国経済圏」の実態―【私の論評】在日中国人の急増と社会・経済圏形成:日本がとるべき対策 2024年9月17日
在日中国人が日本語抜きで完結する「中国式エコシステム」を築き、教育・不動産・観光を巻き込む巨大経済圏を形成している実態を分析。高度人材ビザや経営・管理ビザの運用見直しなど、日本がとるべき対策を提示する。

手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由―【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実 2024年9月11日
抗菌薬の原料・原薬をほぼ中国に依存してきた日本の医療供給体制の脆弱さを告発。戦時・有事の際に中国が供給を絞れば、日本の医療と国民の命が直撃されるという「静かな安全保障リスク」と国産化の必要性を論じている。

2025年11月16日日曜日

中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』


 まとめ

  • 高市首相の「台湾有事=日本の存立危機」発言に対し、中国が外交暴言・威嚇・渡航自粛など異常な反応を示し、日本を戦略的脅威と見なしていることが浮き彫りになった。
  • 中国は地政学の大家フリードマンの見解を研究しており、日本列島が中国の外洋進出を封じる“地政学的な壁”であるという現実を深刻に捉えているため、対日威嚇が強まっている。
  • 中国軍の強硬行動は一見攻勢に見えるが、その根底には日本が主体的に安全保障を語り始めたことへの焦りがあり、日本の変化に神経質になっている。
  • フリードマンの分析では、日本は第一列島線の核心を占め、技術力と地理的位置によって中国の軍事拡張に最も大きな制約を与える国とされ、中国側の研究者もこれを認識している。
  • 日本が取るべき道は、海洋国家としての防衛強化、主体性ある日米同盟の活用、そして技術・経済力を戦略資産として最大限に生かすことであり、中国が日本を恐れるのは日本にはそれを実現できる力があるからである。
今月、我が国の安全保障をめぐって大きな転機があった。高市早苗首相が国会で「中国が台湾へ軍事侵攻すれば、我が国の存立危機事態に当たり得る」とはっきり述べたのである。台湾有事は日本の有事──当たり前の話だが、ここまで明確に口にした戦後首相はほとんどいない。(FNNプライムオンライン)

この一言に、最も過敏に反応したのが中国だった。大阪の中国総領事・薛剣はXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は斬ってやるしかない」と投稿し、我が国政府はただちに抗議した。外交官が一国の首相に向けて「首を斬る」と公言するなど、常識では考えられない暴言である。(毎日新聞)

さらに、中国外務省報道官は記者会見で「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば侵略行為となる」「台湾問題で火遊びをするな」と強い言葉で牽制した。(FNNプライムオンライン)

追い打ちをかけるように、中国政府は自国民に対し「当面、日本への渡航を控えるように」とする旅行警告を出し、中国の航空会社は日本行き航空券の払い戻し・変更に応じ始めた。日本政府は直ちに抗議し、「適切な対応を取るよう求めた」と発表している。(Reuters)

外交上の暴言、火に油を注ぐような会見、そして渡航自粛の呼びかけ──ここまで重ねてくるということは、中国が日本を「ただの隣国」ではなく、はっきりとした戦略上の脅威として見ている証拠である。

しかも重要なのは、中国がこうした反応を、その場の感情だけでやっているわけではない、という点だ。中国の戦略・外交の研究者たちは、アメリカの地政学者ジョージ・フリードマンの議論を長年検討してきた。フリードマンは『The Coming War With Japan(日本との次なる戦争)』などで、「日本列島は中国にとって海への出口を塞ぐ“壁”になる」と繰り返し書いてきた人物である。(gongfa.com)

中国側の論文の中には、フリードマンの著作を参考文献として挙げ、日本列島・第一列島線・日米同盟の意味を分析しているものもある。つまり中国の戦略エリートは、「フリードマンが描いた最悪のシナリオ」が現実になりかねないと分かっている。その不安が、いま日本への威嚇として噴き出しているのである。
 
1️⃣中国の威嚇が物語る「焦り」と「変わりゆく日本」


一見すると、中国は強気一辺倒に見える。南西諸島周辺や台湾近海で軍事演習を繰り返し、海と空でプレッシャーをかけ続けている。しかし、その振る舞いの底にある感情は、むしろ焦りに近い。

かつての日本は、台湾や安全保障の問題になると口をつぐみ、「あいまいな同盟国」として扱われてきた。ところが今、高市首相は国会という公の場で、「台湾有事=日本の存立危機」と明言した。これで日本は、台湾問題を「他人事」ではなく「自分に直接かかわる問題」として位置づけ直したことになる。

中国にとって、これは面倒どころではない。台湾の背後に「本気の日本」が立つ構図が浮かび上がるからだ。だからこそ、総領事の暴言や外務省の「火遊び」発言といった、品位を欠いた言葉が次々と飛び出したのである。言い換えれば、日本が黙っていた時代の方が、中国にとっては都合が良かったのだ。

そこへ、渡航自粛という形の“世論戦”も重ねてきた。日本を「危ない国」と印象づけ、中国国内で反日感情を煽れば、日本側の発言力を削ぐことができると踏んでいるのだろう。だが、この種の宣伝は、裏を返せば「日本の言葉が効いている」「日本の動きが怖い」と白状しているようなものでもある。

中国は今、日本が“沈黙するアジアの大国”から、“主張する海洋国家”へ変わりつつあることを肌で感じている。その変化が、中国をいら立たせているのである。
 
2️⃣フリードマン地政学から見た「日本という壁」

ジョージ・フリードマン

ジョージ・フリードマンの地政学は、難しい理論ではない。要はこういうことだ。
  • 中国は大陸国家であり、四方を山と砂漠とジャングルに囲まれた「半ば閉じた大国」である。
  • 外へ出ようとすれば、東の海に頼るしかない。
  • しかし、その東側の出口を日本列島と第一列島線がふさいでいる。
この地理条件のせいで、中国海軍が外洋へ出ようとするときには、必ず日本列島や台湾の周辺を通らなければならない。第一列島線上には、米軍基地と同盟国が並んでいる。ここを突破できなければ、中国はいつまでたっても「近海の大国」にとどまり、「外洋の覇権国」にはなれない。(プレジデント)

フリードマンは、この構造をはっきりと言葉にした。「日本は海から中国を封じ込めることのできる位置にある」「日本列島は米国の海洋覇権を支える支点だ」と。中国側の研究者たちがこの本を読み、引用しているのは当然だろう。彼らにとって、これは悪夢の設計図そのものだからだ。(gongfa.com)

軍事面でも事情は似ている。中国は量では圧倒的だが、対潜戦や機雷戦、島嶼防衛など、日本と米国が得意とする分野では、優位とは言えない。日本が本気で海と空の防衛力を高めれば、中国は簡単には手出しできない。

さらに、中国が恐れているのは日本の技術力だ。半導体、精密機械、素材、造船、海洋技術──日本が持つこうした力は、そのまま中国の軍事的野心に対する「見えない鎖」になる。日本が供給を絞り、欧米と歩調を合わせれば、中国の軍事近代化の足はたちまち重くなる。

だからこそ、中国の威嚇は止まらない。劣勢を自覚する国ほど、大声で相手を脅す。フリードマンが描いたこのパターンどおりに、いまの中国は動いているのである。

3️⃣日本が取るべき道――「海洋国家としての覚悟」を固める

赤線で囲われた部分が日本の排他的経済水域
 
ここまで見てくると、日本が進むべき道ははっきりしてくる。

第一に、日本は海洋国家としての本分を思い出すべきだ。海上自衛隊と航空自衛隊を中心に、島嶼防衛とシーレーン防衛を徹底的に強化する。長射程のスタンド・オフミサイル、潜水艦、対潜哨戒機、衛星・無人機など、海空の「目」と「牙」を磨き上げることが抑止力そのものである。

第二に、日米同盟を軸にしつつも、日本自身の判断軸をしっかり持つことだ。アメリカに全面的におんぶされるのでもなく、反米に走るのでもなく、「我が国の利益は何か」をはっきりさせたうえで同盟を使いこなす。この姿勢が、中国にとって最も厄介であり、同時に日本にとって最も安全な道である。(Nippon)

第三に、日本の技術と経済を「安全保障の柱」として扱うことである。サプライチェーンの多角化、重要技術の管理、インフラ投資──これらは単なる経済政策ではない。中国が最も恐れているのは、日本が本気で「技術と経済で中国を締める」局面である。ならば、そこをこそ強めればよい。

中国の日本に対する威嚇は、日本の弱さの証明ではない。むしろ、日本が目を覚ましつつあることへの悲鳴だと言ってよい。無論、だからと言って、何を言っても良いなどのことはあり得ず、今回の中国側の威嚇は異様である。国際社会から受け入れられるものではない。また、中国はその異形ぶりを日本国民や国際社会に暴露したと言える。とは言いながら、フリードマン地政学が教えるのは、「日本こそが中国の前に立ちはだかる海の壁であり、東アジアの均衡を決める鍵だ」という冷厳な事実である。

我が国はその現実から逃げるべきではない。むしろ、その役割を自覚し、海洋国家としての覚悟を固める時だ。中国が日本を恐れているのは、日本にはそれを実現できる力があるからだ。

ならば、その力をさらに鍛え上げればよいのである。

【関連記事】

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛の原点” 2025年11月9日
高市首相が「台湾有事は日本有事」と明言した意味を掘り下げ、中国の心理戦・ハイブリッド戦を踏まえた日本の抑止力強化の必要性を論じた記事。

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持” 2025年11月11日
大阪の中国総領事による暴言問題を手がかりに、日本が取るべき対抗措置と、「沈黙の平和」から「覚悟の平和」への転換を訴えた論考。

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す 2025年10月23日
高市政権とトランプ政権の連携が東アジアの戦略バランスをどう変えるかを分析し、中国・ロシア・北朝鮮が最も恐れる「日米主導の抑止軸」の姿を描いた記事。

高市総理誕生の遅れが我が国を危うくする──決断なき政治が日本を沈める 2025年10月14日
国際情勢が緊迫する中で高市総理誕生の遅れが招くリスクを指摘し、中国の軍拡や台湾有事を直視できる政権の必要性を論じたエントリー。

中国の大学「海底ケーブル切断装置」を特許出願 台湾周辺で何が起きているのか
2025年2月21日

中国の海底ケーブル切断技術の特許出願と各国で相次ぐケーブル損傷事案を取り上げ、日本の安全保障・通信インフラ防衛の観点から警鐘を鳴らした記事。


2025年11月15日土曜日

三井物産×米国LNGの20年契約──日本のエネルギー戦略を変える“静かな大転換”


まとめ
  • 三井物産と米Venture Globalの20年・年100万トンLNG契約は、日本の将来を左右する国家戦略級の案件である。
  • 米国との長期契約によって供給源が多角化し、我が国のエネルギー安全保障は大幅に強化される。
  • 日本は世界最大のLNG輸入国としてアジア需給を調整する実力を持ち、行き先自由化契約で市場安定にも寄与している。
  • 日本の安定供給力は、高市政権のASEAN外交と連動し、アジア全体の秩序維持にもつながっている。
  • 契約は民間同士だが、背後には日米両政府が整えた“政策レール”が存在し、実質的な戦略エネルギー案件となっている。
1️⃣日本の国力を左右する“静かな大契約”

現在の三井物産の主なLNG持分権益、これにさらに米国分が加わることに

三井物産が米国のLNG輸出企業 Venture Global LNG と、20年間にわたり毎年100万トンを供給する契約を結んだ。発表は2025年11月11日、供給開始は2029年からである。国内報道は驚くほど少ない。しかし、この契約は我が国の将来を左右する。単なる商社取引ではなく、日本の国家戦略そのものを支える“静かな大転換”である。

この契約が持つ意味は、まず供給源が米国である点にある。我が国は長く中東、東南アジア、オーストラリアに依存してきた。米国との20年契約は、危うい地政学リスクから距離を置き、エネルギーの柱を太くする。しかも100万トンは、800万世帯をまかなう規模であり、大型火力発電所を丸ごと動かす量だ。それが20年間続く。国家基盤の“根太”を打ち直すようなものだ。

世界は今、エネルギー争奪戦の真っただ中にある。ウクライナ戦争を機に欧州がLNGを買い集め、価格は乱高下し、市場は慢性的に逼迫したままだ。中東の緊張、ロシアの供給減少、アジア諸国の需要増が重なれば、LNGは「取れた者勝ち」の戦略物資になる。こうした中、三井物産は冷静に先を読み、「動くなら今しかない」と判断したのである。

にもかかわらず、国内メディアはこの契約を大きく扱わない。理由は単純だ。日本のメディアは“脱炭素”の言葉に酔いしれ、現実のエネルギー安全保障から目を背けている。再生可能エネルギーだけで国の電力を賄える時代はまだ来ていない。欧米ですら火力と原子力を使い続けている。それが世界の現実である。
 
2️⃣日本は“ガス帝国”──アジア需給を動かす見えざる力


エネルギーは国家の血流だ。それが滞れば、産業も生活も防衛力も崩れる。我が国に資源はない。だからこそ、先に長期供給を押さえることこそ、生存戦略である。今回の契約は、電力不足のリスクを下げ、価格の乱高下を抑え、中国と中東への過度な依存を避ける。そして、同盟国アメリカとの戦略協力を一段と強める。見栄えこそ地味だが、国家の骨格を支える重大な手である。

日本が“ガス帝国”と呼ばれる理由は、産出国ではないのにアジアの需給を左右してきたからだ。日本は世界最大のLNG輸入国であり、年間7,000万トン規模を商社・電力・ガス会社が安定的に扱う。全国に広がる受入基地と再ガス化設備はアジア最大規模であり、アジアの緊急時には“最後の調整弁”として機能してきた。

さらに日本企業は、長年の交渉で「行き先指定のない長期契約」を勝ち取ってきた。これにより、余ったLNGをインド、韓国、台湾、シンガポールなどに融通できる。市場が熱狂や恐慌のように揺れるとき、日本のこうした柔軟な運用がアジアの需給を救ってきたのは事実である。これは単なる商取引ではない。アジアを支える“見えない外交力”である。
 
3️⃣日米が敷いた“政策レール”の上で進むエネルギー同盟


この点は、高市首相のASEAN外交ともつながっている。東南アジアの安定と繁栄には電力が欠かせない。高市政権が示した「連結性」「海洋秩序」「インフラ協力」は、すべてエネルギー供給と表裏一体だ。日本が米国との長期契約でエネルギーを安定させれば、その余力はASEANの安定にも直結する。これは安倍外交が築いた“アジアの秩序”を、高市政権がエネルギー面から受け継ぐものでもある。

そして今回の契約には、表からは見えない日米政府の“政策レール”が確かに存在する。契約書には政府名は出てこない。だが日本政府は長期LNG確保を政策として掲げ、米国政府はLNG輸出拡大を通商・地政学の柱に据えてきた。民間の判断に見えても、その背後には両国政府が長年整えてきた環境がある。企業が走るべき線路は、すでに敷かれていたのである。

つまり今回の契約は、表向きは民間の取引でありながら、実態は日米両国の戦略が交錯する“見えない国家戦略”だ。我が国のエネルギーを安定させ、アジアの秩序を守る。その二つを同時に実現する静かな一手である。国内でほとんど報じられない今だからこそ、この重要性を正しく理解しておくべきだ。日本の未来を支える柱は、派手なところには立っていない。静かに、しかし確実に国力を押し上げる柱が、今まさに打ち込まれたのである。

【関連記事】

ASEAN分断を立て直す──高市予防外交が挑む「安定の戦略」 2025年11月5日
高市首相のASEAN外交を通じて、日本がエネルギー連携と安全保障で地域秩序を立て直す姿を描いた記事。今回のLNG契約を「インド太平洋戦略の延長線」として理解しやすくする。

参院過半数割れ・前倒し総裁選のいま――エネルギーを制する者が政局を制す:保守再結集の設計図 2025年8月24日
エネルギー政策が政局の核心にあると論じた記事で、日本が主導権を握るべき「LNG・原発・SMR」体制の重要性を示している。三井物産の契約を保守政権の要と位置づける補強線になる。

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
再エネ偏重の危うさを指摘し、日本がLNGインフラでアジアの安定を支えてきた現実を示す。今回の契約を「エネルギードミナンス戦略の一環」として捉えやすくなる。

世界に君臨する「ガス帝国」日本、エネルギーシフトの現実路線に軸足 2024年8月30日
日本のLNG戦略を体系的に整理した重要な論考。三井物産の契約を“ガス帝国”としての実力の延長として読み解くための理論的土台になる。

エネルギー武器化の脅威:ドイツのノルドストリーム問題と中国のフィリピン電力網支配 2024年3月30日
エネルギーが安全保障上の武器になる現実を描いた記事。今回の契約を「日本が武器化リスクから自立するための戦略的措置」として補強する文脈が示されている。

2025年11月14日金曜日

中国の我が国威嚇は脅威の裏返し—台湾をめぐる現実と我が国の覚悟


まとめ

  • 中国の威嚇は、日本が「沈黙する国」から「自立した主権国家」へ戻り始めたことへの恐怖の表れである。
  • 日本の“和の精神”は服従ではなく境界を守る静かな強さであり、第一列島線を守る姿勢は我が国の霊性文化に沿う行動である。
  • 日本はASWとAWACSで海と空の情報優位を握り、中国の軍事行動に大きな制約を与えられる。
  • 中国の唯一の海戦上の優位は核だが、核を使えば目的は永遠に達成できず、中国自身が破滅に向かうため現実的には使えない。
  • 「中国を刺激するな論」は完全に破綻しており、日本が国家の矜持と主体性を示して初めて抑止が成立する。

1️⃣中国の威嚇が示す「日本の変化」とその背景


今月上旬、高市早苗首相は国会で「中国が台湾へ軍事侵攻すれば、我が国の存立危機事態に当たり得る」と明言した。台湾有事は日本の有事である──この当たり前の現実を、ここまで明確に語った首相は戦後ほとんど例がない。

その発言に、最も過敏に反応したのが中国だった。大阪の中国総領事・薛剣はXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は斬ってやるしかない」と書き込み、日本政府はただちに抗議した。外交官が一国の首相に向けて「首を斬る」などという暴言を吐いた例は近年ほとんどない。

さらに中国外務省の報道官は「台湾問題で火遊びをするな。火遊びをする者は必ず火傷する」と述べ、日本を名指しせずとも明確に威嚇した。それは単なる強がりではない。中国は、日本が“沈黙する国”から“自立した主権国家”へ戻っていくことを最も恐れている。だからこそ、言葉で日本を抑え込もうとしているのである。

米国防総省は日本の防衛力強化を「第一列島線の戦略構造における最大級の変化」と評価し、米シンクタンクも「台湾防衛は日本の協力なしには成立しない」と分析している。中国自身が公式声明で、日本を「核心利益に挑戦し得る主要国」と位置付けた。日本が挑発したからではない。日本が眠りから覚め始めたからだ。

そして、これを“和を乱す”と受け取る向きもある。しかし、日本文化における「和を以て貴しとなす」は、外圧に沈黙して従うことを意味しない。和とは、秩序を守り、境界を乱させないための知恵である。鎮護国家の祈り、武家社会の自立、共同体を守る覚悟──そのどれもが“守るための静かな強さ”だ。

第一列島線を守り、日本自身の存立を守ることは、我が国の霊性の文化に反するどころか、その核心に沿う行動である。外からの暴力に沈黙することは“和”ではない。守るべきものを守ることで初めて、和は成り立つのである。
 
2️⃣海と空で日本が握る優位──ASW・AWACS、そして中国唯一の強み“核”の現実

Boeing E-767 AWACS

中国海軍の艦艇数が増えたことで「海では日本がもう勝てない」という声がある。しかし、海戦は数では決まらない。勝敗を分けるのは質、地理、そして情報優位である。ここで日本は、中国にとって最も厄介な強みを持っている。

まずASW(対潜戦)だ。
日本の対潜能力は世界でもトップクラスであり、P-1哨戒機、P-3Cの多数運用、「そうりゅう型」「たいげい型」の静粛性、そして何より日本近海で蓄積してきた膨大な音響データが中国潜水艦の動きを縛っている。中国原潜が太平洋に出るには限られた海峡を通るしかなく、その出口には日本の監視網が張り付いている。

次にAWACS(早期警戒管制機)である。
日本のAWACSはE-767とE-2Dを運用し、空中だけでなく巡航ミサイルなど低空飛翔体も捉える。機数は多くないが、日本周辺に集中運用されており、この地域に限れば世界最高密度の監視網を形成している。中国軍機や艦隊がどこで動こうとしても、その多くは“日本側が先に気付く”構造が定着している。

ここまでが日本の優位だ。だが公平に言えば、中国に唯一、日本より海戦上の明確な優位がある。それは核兵器を保有していることだ。

しかし、この“唯一の強み”は、実のところ中国自身を最も縛っている。

海戦に核を使えば、中国は戦術的には勝利できるかもしれない。だが、そこで終わりだ。核を使った瞬間、中国は国際社会の正統性を完全に失う。
〇 台湾統一という「目的」は永久に達成不能
〇 中国は全方位から経済制裁と封鎖を受ける
〇 インド・米国・欧州・ASEANが完全に対中包囲へ転じる
〇 自国経済が崩壊し、共産党の統治そのものが揺らぐ
つまり、核を使えば“勝てる”が、“目的達成は絶対にできないという矛盾が生まれる。

そして、この“核の不合理”を理解する上で、今まさに世界が目撃している事例がある。

それがロシアである。

ロシアは戦術核を大量に保有している。追い詰められた場面も多かった。それでも、ウクライナに核を使っていない。なぜか。
理由は明白だ。
核を使えば“勝利”はできるかもしれないが、
その瞬間、ロシアは国際社会の敵として完全に孤立し、国家としての目的を果たせなくなるからだ。

中国も同じである。
核は強いように見えて、実は“最後まで使えない兵器”なのだ。
その核を過大評価する必要はないし、過小評価する必要もない。
ただ冷静に、ロシアの現実を見ればよい。

中国が本当に恐れるのは、核が使えない状況で、日本がASWとAWACSで海と空の主導権を握り、第一列島線を固めてしまう未来である。

そして、その未来に最も近づきつつあるのが、まさに今の日本だ。
 
3️⃣「刺激するな論」の破綻と、国家の矜持を取り戻すとき

伊勢神宮の日の出

それでも日本国内には、「中国を刺激するな」「台湾に関わるな」と繰り返す勢力がいる。石破政権でもこの姿勢が堂々と語られた。しかし、この論法は現実に耐えない。

中国は、日本が沈黙しようが反論しようが、自らの利益のために圧力を強める国家である。尖閣で日本が弱腰を見せても、中国公船の進入は減らなかった。台湾が融和を示しても、中国の軍事圧力はむしろ強まった。香港では抵抗が弱まった瞬間、一気に国家安全維持法が適用された。

譲歩して得をした例は、ほとんど存在しない。

だからこそ、高市首相の台湾発言に中国が過剰反応したこと自体が、日本の方向が正しい証左でもある。日本が安全保障の現実に向き合い始めたことが、中国には最大の脅威だからだ。

台湾が崩れれば、次は南西諸島であり、その先には本土がある。我が国は台湾と地政学的に運命共同体であり、この事実から逃れることはできない。

いま問われているのは、外交の巧拙ではない。
我が国が「国家の矜持」を取り戻せるかどうかだ。

中国の暴言に沈黙し、波風を立てない道を選ぶのか。
それとも、霊性の文化にもとづき、守るべきものを守るという当たり前の覚悟を示すのか。

第一列島線を日本が主体的に守るとき、中国は初めて日本を恐れる。
そのとき初めて、真の抑止が成立する。

歴史はいま、日本に覚悟を問うている。
未来を守るために、退く理由はどこにもない。

【関連記事】

中国外交官「汚い首を斬る」暴言──日本が示すべき“国家の矜持” 2025年11月11日
高市首相への暴言事件を起点に、中国の戦狼外交の本質と日本外交のあるべき姿を論じる。脅しに屈しない国家の姿勢、霊性文化の観点からの“秩序を守る覚悟”を解説。

台湾有事は日本有事──高市首相発言が示した現実 2025年11月9日
台湾情勢をめぐる日本の立場を「存立危機事態」の観点から整理。中国の心理戦・威圧行動の実態と、抑止力強化の必要性を現実主義で描く。

小泉防衛相「原潜も選択肢」──日本が問われる防衛の決断 2025年11月1日
日本が原潜保有に踏み込む可能性を背景に、潜水艦戦略の変化と中国海軍の動向を分析。静粛性に優れた日本潜水艦の強みと、広域防衛に必要な能力を提示。

中台サイバー戦の最前線──中国が台湾の部隊を名指し非難 2025年4月28日
中台対立の“見えにくい戦場”であるサイバー攻撃・情報戦の実態を紹介。台湾有事はサイバー圧力から始まる可能性が高いことを示す。

対中国ASWの核心──P-1哨戒機訓練が示す日本の対潜戦能力 2023年1月18日
P-1哨戒機の訓練を通じて、日本のASW(対潜戦)能力の高さを具体的に解説した記事。第一列島線防衛の要としての役割をわかりやすく提示。

2025年11月13日木曜日

女性首相と土俵──伝統か、常若か。我々は何を守り、何を変えるのか


まとめ

  • 女性首相の土俵入り問題は、「伝統をどう扱うか」を国民全体に問いかける場であり、単なるジェンダー論争ではなく日本文化の核心に触れる問題である。
  • 相撲は神事を起源とし、土俵は長い歴史の中で神聖な場として守られてきた。伝統を軽んじれば、文化そのものが空洞化し、社会の精神的土台が揺らぐ。
  • 英国の世襲貴族制度改革は、伝統の“核”を守りつつ、時代にそぐわない特権だけを見直すという保守的判断であり、日本が伝統を扱う際の参考になる。
  • 日本文化の「常若」の精神は、本質を守りながら必要な部分のみを更新する思想であり、土俵の伝統を考える際も“変えるための理由”は極めて慎重でなければならない。
  • マスコミ・野党がどの判断にも浅薄な批判を向ける中で、重要なのは声の大きさではなく、伝統の本質を守り、日本社会の健全さを保つ冷静な判断である。


1️⃣女性首相と土俵をめぐる「試される場」


大相撲九州場所の千秋楽を前に、高市早苗首相が内閣総理大臣杯を土俵上で授与するのかどうかが、国内外の強い関心を呼んでいる。政府は「最終決定には至っていない」と説明し、判断を保留したままだ。初の女性首相と、長く女人禁制の慣習を抱えた相撲界──この二つが正面からぶつかる状況が生まれている。

英紙ガーディアンは「日本初の女性首相が相撲の伝統と向き合うジレンマ」と題し、大きく報じた。土俵が古来「神聖な場」とされてきた背景、女性が“穢れ”とされてきた宗教的起源(これについては異論を後述する)を紹介しつつ、高市首相の判断は日本文化と現代の価値観が交差する象徴的場面だとしている。
外国メディアが着目しているのは、「女性リーダーが古い慣習とどう向き合うか」であり、単なる儀式以上の意味がそこにある。

相撲は神事を起源に持つ。我が国で千年以上続いた文化である以上、土俵上の儀礼は単なるイベントではない。女性知事や女性要職者が土俵上で表彰しようとした際、相撲協会が慣習を理由に断った例もある。高市首相が土俵に上がるかどうかは、我が国が自らの伝統文化をどう扱うのかを世界に示す判断となる。

政治的にも重い。首相が儀式に加われば伝統尊重の姿勢を示す反面、女性首相の土俵入りという未踏の事態は、相撲界に新たな解釈を迫る。政府が慎重なのは当然である。

千秋楽当日の判断次第で、世界が日本文化をどう見るかが変わる。土俵に上がれば“歴史的瞬間”と報じられるだろうし、上がらなければ「伝統重視」と受け取られる。どちらにせよ、日本は今、文化と価値観の分岐点に立っている。
 
2️⃣英国の世襲貴族改革が示す「伝統」との距離感

英国貴族院

伝統と改革の関係を考えるうえで、イギリスで進む議会上院改革は重要な参考になる。
2024年に提出された法案は、世襲貴族が自動的に上院議席を得る仕組みを廃止する内容で、2025年時点でも議会で審議が続いている。制度そのものが「今年完全に廃止された」わけではない。だが、英国は確実に、伝統という名の特権を時代に合わせて見直そうとしている。

この改革は、「親が政治家だから政治家になれない」という話ではない。あくまで「爵位を持っているだけで議席が自動的に転がり込む」という特権を終わらせる取り組みだ。伝統を重んじる英国が、あえて古い制度へ手を入れるのは、時代にそぐわなくなれば伝統そのものの信頼を傷つけるからである。

日本の霊性文化も、これと深い共通点を持つ。我が国の伝統は「形を絶対視する文化」ではない。形式を更新しながら本質を守るという「常若(とこわか)」の精神で支えられてきた。伊勢神宮の式年遷宮がその象徴だ。新しい社殿を建て替えることで、かえって古い魂をつなぐのである。

相撲もまた、神事を根に持つ文化だ。形式を守るだけでは本質は保てない。“何を伝えるのか”が問われている。今回の議論は、その核心に触れている。

ただ、ここで強調しておきたいことがある。
欧米メディアや国連などがしばしば「宗教的起源」と説明する女人禁制の背景は、日本文化に照らすと大きな誤解を含んでいる。神道は、欧米における“組織・制度宗教”とはまったく異なる。教祖も教典も教義もなく、組織化された信仰体系でもない。むしろ、自然と共同体の暮らしに深く結びついた儀礼文化である。
土俵が神聖視されてきたのも、特定の教義が女人禁制を定めたからではない。長い歴史の中で培われた共同体儀礼と、清らかさを重んじる日本独自の清浄観が生んだ文化的慣習にすぎない。
ここを誤ると、日本の伝統を“宗教対差別”という欧米の図式に押し込めることになり、本質を見失う。我が国の伝統は、教義で縛るためのものではなく、共同体の秩序と祈りの場を保つために、ゆるやかに受け継がれてきたものである。

3️⃣「改革する保守」と常若、そして浅薄な批判に惑わされるな

伊勢神宮の鳥居

ここで「改革の原理としての保守主義」を重ねて考えてみたい。
保守とは「変わらないこと」ではない。守るべきものを守るために、時代にそぐわない制度には手を入れる。その覚悟を持つ思想だ。英国の世襲改革が典型である。伝統が時代から取り残され、社会の健全性を損ないかねないと判断したからこそ、手を付けたのである。

この原理を相撲に当てはめれば、女性首相の土俵入りも整理できる。
私の考えはこうだ。
● 女性首相が土俵に入らないことで、社会が傷つくことがないのなら、伝統を守るべきである。
● 反対に、首相が土俵に入るという決断をするなら、それは常若の精神にかなう、筋の通った理由が必要である。
ただのジェンダー論争ではない。
これは伝統を未来へつなぐかどうかの問題だ。

常若とは、古きを敬いながら、形をあえて更新し続けることで本質を生かす日本固有の精神である。伊勢神宮が何度も建て替えられてきたのはその象徴だ。
この精神と「改革の原理としての保守主義」は深いところでつながっている。どちらも「本質を守るために変える」ことを肯定する。

だが、ここで注意すべき点がある。
マスコミと野党は、おそらく高市首相が土俵に入ろうと入るまいと、どちらの判断でも批判を強めるだろう。「入らなければ伝統への屈服」と言い、入れば「伝統破壊」と騒ぎ立てる。最初から結論ありきで、文化への敬意も霊性への理解もない。私は、これこそがマスコミや一部野党の堕落の要因だと考えている。

だが、我々はその浅薄な言説に振り回されてはならない。
問われているのは「マスコミが何と言うか」ではない。
その判断が、日本文化の本質を守り、日本社会の健全さを保つかどうか──それである。

高市首相の決断がどうあれ、我が国が自らの伝統と向き合い、未来へどう橋を架けるか。
問われているのは、その一点だ。

【関連記事】

高市政権82%、自民党24%――国民が問う“浄化の政治”とは何か 2025年11月4日
女性首相・高市政権への圧倒的支持と、自民党そのものへの不信というギャップを分析し、「浄化」と「整備」の時間が不可欠だと論じた記事。礼節ある外交と霊性の文化、「改革の原理としての保守主義」を結びつけ、高市政治の本質を掘り下げている。(yutakarlson.blogspot.com)

雑音を捨て、成果で測れ――高市総裁の現実的保守主義 2025年10月9日
「ワーク・ライフ・バランス」発言や「奈良の鹿」発言をめぐる報道の切り取りを検証し、高市総裁の姿勢をドラッカーの「改革の原理としての保守主義」と日本の霊性文化から読み解いた論考。感情論ではなく成果と国益を基準に政治を測る視点を提示している。(yutakarlson.blogspot.com)

高市早苗の登場は国民覚醒の第一歩──常若(とこわか)の国・日本を守る改革が始まった 2025年10月6日
物価高や治安悪化、グローバリズムの行き過ぎへの危機感の中で、高市総裁誕生を「守るために変える」保守改革の出発点として位置づけた記事。常若の精神と霊性の文化を軸に、「国民覚醒の環」というキーワードで新しい保守運動の方向性を示している。(yutakarlson.blogspot.com)

総裁選の政治的混乱も株価の乱高下も超えて──霊性の文化こそ我が国の国柄2025年10月4日
総裁選や市場の動揺に振り回される日々の政治ニュースを越えて、日本の国柄を支える「霊性の文化」と伊勢神宮の式年遷宮に象徴される常若の精神を掘り下げた一篇。デジタル神社やメタバース参拝など、新しい形で受け継がれる祈りの姿も紹介している。(yutakarlson.blogspot.com)

世界が霊性を取り戻し始めた──日本こそ千年の祈りを継ぐ国だ 2025年9月30日
欧米で広がる「Spiritual But Not Religious(SBNR)」現象を紹介しつつ、日本では八百万の神や祖霊祭祀が現代のライフスタイルに姿を変えて生き続けていることを解説。天皇の祈りや式年遷宮を通じて、日本が霊性回復時代の中核となりうることを論じている。(yutakarlson.blogspot.com)

移民に揺らぐ欧州──「文明の厚みを失わぬ日本」こそ、これからの世界の潮流になる

まとめ 日本の文明ストックは1人あたり1億円規模で、インフラ・制度・文化・信頼・日本語など膨大な無形資産が積み上がった世界でも特異な厚みを持つ。 治安・秩序・清潔さ・公共心・行政の信頼、そして“霊性の文化”と呼べる日本固有の精神的基盤が、文明ストックの最深層で機能し、国際的な比較...