2025年9月5日金曜日

ドイツで何が起きているのか──AfD支持者7人の突然死と“民主主義の危機

 
まとめ
  • ドイツ地方選でAfD候補者7人が死亡したが、制度や高齢化による偶然とされている。
  • AfDは不法移民や治安強化を訴え支持を拡大、2025年には支持率16〜22%、第一党の州も出現。
  • 既存政党はAfDを民主主義の敵とみなし批判、一方で市民運動が盛り上がるなど反応が分かれる。
  • AfDは全レベルの議会に議席を持ち、制度内部からの影響力強化を進めている。
  • AfDの台頭を「制度に挑戦する異端」と見なすのではなく、制度の再構築を促す歴史的な試金石と捉えるべき

🔳AfD候補者の連続死と選挙制度の構造的背景
 
2025年9月、ノルトライン=ヴェストファーレン州の地方選挙を目前にして、AfD(ドイツのための選択肢)の候補者や予備候補が13日間で7名も死亡する事件が発生し、驚きと衝撃をもたらした。最初は6名と報じられたが、自然死とされた1名が追加され、合計7名となった。そのうち本選候補者は4名、補欠候補者2名、そして長期療養中の80歳の候補者が1名皿に加わるという構成である。公式発表によれば、死因はすべて自然死、既往症、自殺とされ、警察や選挙管理当局も他殺の痕跡は認めなかった。しかしその連続性の強烈さは、SNSやメディアに陰謀論的な反応を引き起こし、政治的な不安を煽ったことも事実だ。

だが、この事態の裏側には、ドイツの地方議会制度の都議選などとは単純比較できない特徴がある。多くの地方議員は報酬の低い非常勤の名誉職であり、その大半は高齢の定年世代や自営業者で構成されている。立候補者総数は約2万人にのぼり、その中で死亡したのは16名。そのうちAfD所属は7名という事実は、選管も「統計的には異常とはいえない」と評価しているにもかかわらず、死者名が投票用紙や郵送票に含まれていたため、印刷の差し替え、投票の無効再処理や補欠選挙の検討といった実務上の混乱を引き起こしてしまった。冷静さを訴えた州副代表ケイ・ゴットシャルク氏と、「統計的にあり得ない」と発言した全国代表アリス・ワイデル氏とのやりとりは、この事件の政治的緊張を物語っている。

🔳支持構造の厚みと既成政党の対応
 
AfD共同代表アリス・エリーザベト・ワイデル

AfDが掲げる政策には、不法移民の制限、EU官僚主義への批判、原発再稼働/エネルギー価格安定、伝統的家族観の強調、治安強化など、現実に根ざした争点が含まれている。かつて「過激」と嘲笑されたそれらが、市井の実感と結びつき、旧東ドイツ地域や地方都市、更には学歴が高くない層や18歳から44歳の若年層からの支持を急速に得ている。2021年の連邦選挙支持率が10.3%だったのに対し、2025年には16%から22%に達し、東部では第一党にまで上昇した(2025年2月23日の連邦選では20.8%を得票)(ニューヨーク・ポスト, ウィキペディア, AP News, ガーディアン)。

この躍進に対し、SPD(連立与党第一党)や緑の党(中道左派、2025年2月の選挙以降、野党に転じた)はAfDの政策を「民主主義への脅威」として批判を強めている。一方CDUは選挙戦略として右寄りの姿勢を取り、AfD支持層の一部を取り込もうとしている。だが、この対抗姿勢がかえってAfDの主張に正統性を与えてしまう面もある。市民側からは「#BleibOffen(開かれた社会であれ)」というムーブメントが広がり、多様性と民主主義の価値を守ろうとする流れも拡大している。

AfDは2024年の欧州議会選において15.9%という結果を得て連邦第二党となり、党員数も2023年から60%増加し約4万7千人となった(Reuters)。さらに2025年にはアリス・ワイデル氏が党首候補を務めるというかたちで、AfDが制度の内部で存在感を高めてきたことが明確になった。

🔳欧州右派再編の震源としてのAfD
 
ヨーロッパ3大国(黄色)

ヨーロッパ三大国において、AfDほど制度内で影響力を保持する右派政党はほかにない。フランスのRNは欧州市場で結果を出したが議会ではやや勢いを欠き、英国のReform UKは支持率10%でも議席に結びついていない。これに対しAfDは比例代表を活かし、連邦議会・欧州議会・州議会に議席を持ち、制度の中で確実に存在し続けている。Reutersによれば、ドイツ国内情報機関はAfDを「過激主義的」と分類し、監視の対象としたことで物議を醸した(Reuters)。さらにその後、裁判所の判断によりその分類は一時保留されるなど、議論の渦中にある(Reuters)。

国際メディアはAfDの台頭を民主主義の分断として捉えている。Guardianは若年層や地域分断に注目し(ガーディアン)、WSJは欧州右派再編の中心としてAfDを描いた(ウォール・ストリート・ジャーナル)。FT(フィナンシャルタイムズ)は若者への入り口としてのSNS活用を評価し、Reutersは移民政策と地域の現実の乖離こそAfD支持の根深さと位置づけた(ガーディアン, Reuters)。

この事件は、単なる候補者の不幸や悲劇として片づけられるべきではない。AfD(ドイツのための選択肢)は、グローバリズムと移民政策に疲弊したドイツ国民の「声なき声」をすくい上げ、腐敗し硬直化したエリート主導の政治体制に真正面から異議を唱えてきた。いまやAfDは、現実政治に働きかける政党へと変貌し、既成政党が目を逸らしてきた「不都合な真実」を代弁する存在となった。

こうした動きを単に「過激」「極右」とレッテルを貼り、制度の外に排除することは、民主主義の破壊行為そのものである。むしろ、AfDの台頭こそが体制の病理を照らし出し、いまドイツ社会に求められている本質的な変化の兆しと見るべきだ。既得権層がこの現実から目を背け、言論封殺や社会的抹殺で対抗すれば、それは民主主義の名を借りた「リベラル独裁」に他ならない。

この構図は、実はわが国・日本においても他人事ではない。国民の多数が望む保守的価値観(家族、国柄、安全保障、伝統)に反し、少数のイデオロギー集団がメディアと官僚制を通じて政策を捻じ曲げている構図は、奇しくも現在のドイツと酷似している。政治家や評論家が「国民が間違っている」と言わんばかりの姿勢を見せる限り、同じように“正統な保守勢力”の排除が進み、やがて同様の悲劇的な摩擦が生じることを我々は覚悟すべきだ。

民主主義とは、国民を“啓蒙する”ことではない。国民の意志を制度に反映させる“誠実な媒介装置”でなければならない。AfDの台頭を「制度に挑戦する異端」と見なすのではなく、制度の再構築を促す歴史的な試金石と捉えること。それこそが今、ドイツ、そして我が国・日本においても問われている姿勢である。

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ドイツ、移民政策厳格化の決議案可決 — 私の論評:2025年ドイツ政治の激変―AfD台頭と欧州保守主義の新潮流 2025年1月31日
最大野党CDUがAfDに歩み寄る形で移民政策厳格化案を支持したことで、ドイツ政治に大きな転換点が訪れたことを解説。移民に寛容だった体制の再構築と、欧州全体の保守化の流れも分析。

東ドイツ地域でAfDが支持を拡大している背景に、産業空洞化・物価高・エネルギー政策の失敗など経済問題を重視。西側エリート層との断絶も指摘。

変化が始まったEU、欧州議会選挙の連鎖は続くのか? ― 私の論評:日本メディアの用語使用に疑問、欧州の保守政党を"極右"と呼ぶ偏見 2024年6月21日
欧州で拡大する保守政党の連携や政策協調を紹介しながら、日本の報道がしばしば「極右」とラベリングすることへの疑義を呈した記事。

2025年9月4日木曜日

なぜ今、創生『日本』に注目すべきなのか──伝統と国益を護る最後の砦


まとめ
  • 創生『日本』は安倍晋三元首相が築いた議員連盟であり、「改革の原理としての保守主義」を体現し、伝統と国益を守る拠点として再び動き出している。
  • 2015年の再始動、2020年の再結集、2022年以降の勉強会、2025年の総会へと活動を重ね、保守の原則である「漸進的改革」を政治に結びつけてきた。
  • 勉強会ではFOIPや家族制度を議論し、安全保障から社会制度まで「保守的改革」の方向性を示している。
  • 安保法制や憲法解釈の転換を後押しし、夫婦別姓論争では通称使用拡大を提案するなど、現実政治に影響を与えてきた。
  • 台湾有事と防衛増税が迫る今、創生『日本』は「改革の原理としての保守主義」を体現しつつ、安倍晋三の遺志を継ぎ、高市早苗らと共に国家の針路を示す最後の砦となっている。
🔳なぜ今「創生『日本』」に注目すべきなのか

2月5日の創生『日本』の総会・研修会

日本の政治は停滞の色を濃くし、外交・安全保障・経済の全てが岐路に立たされている。台湾有事の現実味が高まり、防衛増税が避けられない議題となる今こそ、理念に裏打ちされた羅針盤が求められている。そうした中で、安倍晋三元首相が立ち上げた議員連盟「創生『日本』」が再び動きを強めている。

この議連は、安倍外交の根幹である自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を継承し、家族制度や憲法改正といった制度の根幹に踏み込んできた。単なる思想結社ではない。安全保障関連法制や憲法解釈の転換など、国家の方向を決定づける実際の政治に影響を及ぼしてきた。その存在感は今後ますます増すだろう。
 
🔳創生『日本』の歩みと再始動
 
創生『日本』は2007年に「真・保守政策研究会」として発足し、2010年に現在の名称となった。目的は、伝統と文化の擁護、戦後体制の見直し、そして国益の確保と国際的尊敬を得る国づくりである。

活動は第二次安倍内閣期に一時休止したが、2015年の自民党創党60周年を機に再始動。2020年11月には安倍辞任から3カ月後、加藤勝信、衛藤晟一、稲田朋美ら約20名が集まり、事実上の再出発を果たした。 

安倍氏の死去後、2022年9月には「会長は置かず月1回の勉強会を継続する」と決定。初回には米ハドソン研究所のケネス・ワインシュタイン博士を迎え、FOIPの意義を学んだ。2023年2月には産経新聞の阿比留瑠比氏が「安倍氏は戦後体制を漸進的に改革した政治家」と語り、保守的改革の象徴として評価した。

2025年2月5日には国会で総会・研修会が開かれ、41名が参加。議題は選択的夫婦別姓制度だった。講師の皆川豪志氏(産経新聞)は「子どもの視点を尊重すべき」とし、別姓導入に懸念を示した。最終的に、戸籍は同一氏を維持しつつ旧姓を通称として広く使える制度改正で一致した。中曽根弘文は「国民の声を受け止めるべき」と訴え、高市早苗は通称使用拡大を柱とする私案を提示した。
 
🔳改革の原理としての保守主義と創生『日本』の意義
 
これらの動きは、憲法改正や台湾有事、防衛増税と深く関わる。憲法改正では家族保護規定を踏まえつつ現実的改善を追求し、安全保障では台湾有事を避けて通れない課題と認識。FOIPの理念を基盤としたシーパワー連携が不可欠である。防衛増税は急進を避け、国民合意を前提に段階的に進めることが強調されている。

創生『日本』は、単なる懐古の場ではない。国家の針路を決定する拠点である。伝統を守ることを前提に家族制度を中核に据え、急進的個人主義の奔流に抗う。国家の存立を賭けた安全保障を直視し、現実逃避的な融和論を退ける。そしてFOIPを議会から支え、日本が単なる米国追従でないことを世界に示す。

ドラッカー

ここに改革の原理としての保守主義の本質がある。政治信条が保守かリベラルかは実は一般に考えられているほどには重要な問題ではない。しかし、実際に改革を断行する際は保守的でなければならない。
保守主義とは、明日のために、すでに存在するものを基盤とし、すでに知られている方法を使い、自由で機能する社会をもつための必要条件に反しないかたちで具体的な問題を解決していくという原理である。これ以外の原理では、すべて目を覆う結果をもたらすこと必定である。(ドラッカー『産業人の未来』)
壊せば二度と戻らない制度や価値が社会には存在するからだ。ピーター・ドラッカーが説いたように、持続可能な改革は伝統と制度の骨格を尊重しなければならない。改革とは「伝統を尊重しながら未来へ進む行為」であり、理念なき急進は社会を混乱に陥れるだけである。

ドラッカーは、改革のための原理は、保守主義たるべしとする。

第一に、過去は復活しえないことを認識することが必要である。第二に、青写真と万能薬をあきらめ、目前の問題に対する有効な解決策をみつけるという、控え目で地味な仕事に満足することを知ることが必要である。第三に、使えるものは既に手にしているものだけであることを知ることが必要である。(『産業人の未来』)

守るべきを守り、変えるべきを変える。秩序だった斬新的改革こそ国民の進路を示すものであり、創生『日本』はその羅針盤なのだ。

創生『日本』は現実政治に影響を与えてきた。第二次安倍内閣期、集団的自衛権の限定容認を含む安保法制の成立を後押しした。外交面では、早くからFOIPを共有し、日本政府が公式戦略として採用する土台を築いた。近年では夫婦別姓をめぐる議論で通称使用拡大という折衷案を提示し、現実の政策に影響を及ぼした。
 
🔳高市早苗の立ち位置
  
 
高市早苗の存在は見逃せない。彼女は創生『日本』の中心人物であり、家族制度や経済安全保障の議論をリードしてきた。2025年の総会で通称使用拡大案を示し、議論を現実的方向に導いたのは象徴的である。安倍晋三の理念を最も忠実に受け継ぐ政治家の一人として、発言力を増している。彼女は創生『日本』を思想の場にとどめず、現実政治に結びつける推進力となっている。

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ドラッカーの保守主義に反する再エネ政策への警鐘 2025年8月23日
理念先行で環境資源を破壊しかねない再エネ政策を批判し、「改革の原理としての保守主義」に基づく現実的な視点を示した。

選挙互助会化した自民・立憲――制度疲労が示す『政治再編』の必然 2025年8月18日
既成政治の弊害を批判し、保守的改革の必要性と信条に基づく政治再編の急務を論じた。

年金引き金『大連立』臆測 自民一部に期待、立民火消――私の論評 2025年5月27日
年金改革や与野党の連携論をめぐり、秩序だった改革の必要性を訴えた。

百田尚樹氏と有本香氏が「百田新党」立ち上げ準備を本格化 2023年8月31日
保守的改革の立場から、新たな政治運動の可能性を模索する動きを紹介した。

ドラッカーの言う「改革の原理としての保守主義」とは何か 2013年10月15日
急進的改革を戒め、伝統を尊重しつつ未来志向の変革を説いたドラッカーの思想を解説。

2025年9月3日水曜日

歴史をも武器にする全体主義──中国・ロシア・北朝鮮の記憶統制を暴く


20159月に行われた「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の軍事パレード=北京の天安門前

まとめ

  • 中国共産党の抗日戦勝利叙述は1937年の洛川会議で始まり、1994年の愛国主義教育綱要や2014年の記念日法定化で国家的に固定された。
  • 米国の研究者やシンクタンクは、中国共産党の戦功を「虚構」と批判し、実際の主力は国民党軍であったと指摘している。
  • 毛沢東は1972年の田中角栄との会談を含む複数の場で「日本の侵略が共産党の台頭を促した」と語り、公式叙述と現実の間に矛盾がある。
  • 中国の歴史統制はロシアや北朝鮮の記憶統治と共通し、法制度・教育・演出で国家に都合の良い歴史を作り上げている。
  • 1937年から2025年までの年表や比較表から、中国・ロシア・北朝鮮の三国が歴史を政治的正統性のために制度化・固定化してきた流れが見える。
注意喚起! 以下の文書にリンクされているURLで、中国発のものに関しては、あなたの情報(パスワード、メッセージ、クレジット カード情報など)を不正に取得しようとしている可能性があります。google検索では、警告が出ます。閲覧にあたっては、なんらかの対策を行った上で、閲覧してください。対策できない場合は、閲覧しないでください。

🔳「抗日勝利」の物語はどこから始まり、いま何に使われているのか
 

中国共産党は9月3日に「抗日戦争勝利記念」の式典を大々的に行い、自党こそが日本軍を打ち負かした主役だと強調する。終戦80年となる今年は、プーチンや金正恩らの来訪も報じられ、内外へアピールする色合いが濃い。こうした戦時ナラティブの再強化は近年の既定路線であり、習近平体制は第二次大戦の記憶を国内統合と対外メッセージの両方に使っていると米主要紙は指摘する。ウォール・ストリート・ジャーナルは、共産党が自らの役割を前面に出して戦後秩序の「共同の担い手」を装い、台湾問題など当代の政治課題へ結びつけていると報じた。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

この種の国家的演出は国際メディアでも広く取り上げられ、ガーディアンやAPは、軍事パレードを含む大規模行事が「大国間対立の文脈での歴史動員」であることを描いている。(ガーディアン, AP News)

「共産党軍が抗日戦の正統な主体」という自己規定は、日中戦争開戦直後の1937年8月、陝西省で開かれた洛川会議に遡る。ここで中共中央は「抗日救国十大綱領」を採択し、紅軍を八路軍として“抗日の主力”に位置付けた。中国政府系の公的解説でも、洛川会議が対日抵抗路線と八路軍の役割を明確化した節目だったことが記されている。(china.org.cn)

もっとも、戦後しばらくは記念日の体系が整っていなかった。現在の記念日制度は2014年に全人代常務委が9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」として法定化したことに端を発する。政府・公的資料で決定過程が確認できる。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

🔳「虚構」批判と、毛沢東の“感謝”発言という矛盾
 
この党史叙述に対しては、米国の研究者・メディアから一貫した反論がある。ハドソン研究所のマイルズ・ユーは2025年の論考で、共産党の対日戦「武勲」は誇張であり、戦時の主力は蒋介石の国民党軍で、共産党は戦力温存に努めたと断じた。(hudson.org, Hoover Institution)
同趣旨の指摘は2014年の『ザ・ディプロマット』にも見られ、国民党軍が正面戦で主に戦い、共産党は内戦を見据え勢力を伸ばしたという構図が示されている。(The Diplomat)
戦後記憶の再編については、WSJが習政権の「歴史書き換え」を分析し、ラナ・ミッターら歴史家の見解として、国民党・台湾・米国の貢献が矮小化されている事実を伝えている。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

毛沢東

決定的なのは毛沢東自身の言葉だ。毛は建国(1949年10月1日)後、複数の場で「日本の侵略がなければ、国共合作も、最終的な権力獲得もなかった」と趣旨の発言をしている。とりわけ1972年9月27日の田中角栄との会談に関連し、「日本には感謝せねばならぬ」との言辞が出たと記録され、出典付きで“毛沢東の対日発言”論争として整理されている。一次資料の完全な逐語録は限定的だが、史料化された公的アーカイブや研究史で「侵略が共産党の台頭を促した」という毛の認識自体は確かめられる。(ウィキペディア)

すなわち、毛は日本軍と主に戦ったのは国民党軍である現実を踏まえつつ、その侵攻が結果として共産党の伸長を促したと評価した。一方で党は1937年の洛川会議で「共産党こそ抗日の主体」と公式化し、戦後は国民党の戦功を自党の物語に吸収していった。ここに「発言」と「公式叙述」のズレが生じる。

この矛盾は中国に限らない。ロシアでは2020年の憲法改正で「歴史的真実の保護」を明記し、記憶を法と憲法で固定化した。学術レビューは、憲法67.1条2項が“歴史の武器化”に使われていると分析する。さらに2014年導入の刑法354.1条(“ナチズムの賛美・正当化”)は、第二次大戦史の異説を萎縮させる道具として運用されてきたと法学者は指摘する。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog)
北朝鮮も建国以来、金日成の「抗日パルチザン」神話を国家正統性の核に据え、党史・教材・記念施設で徹底的に再生産してきたことが、比較政治・朝鮮研究の蓄積から知られている(ここは学界一般知として要点のみ挙げる)。

以上を踏まえると、全体主義・権威主義体制の本質は「事実より政治」を優先し、国家目的に適合する形で歴史を設計・固定することだと言える。中国の対日戦叙述はその典型であり、ロシアや北朝鮮の“記憶統治”とも共通の手口を示す。

🔳年表と比較で見る「記憶の制度化」

簡易年表(1937→1949→1994→2014→2015→2021→2025)

  • 1937年:洛川会議。「抗日救国十大綱領」を採択、八路軍を抗日主体に位置付け。(china.org.cn)

  • 1949年:中華人民共和国成立(10月1日)。

  • 1994年:愛国主義教育綱要が発表され、学校・博物館・メディアで対日戦記憶の定着が加速(政府方針・教化政策として制度化)。

  • 2014年:全人代常務委が9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」に法定化。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

  • 2015年:戦後70年の大規模軍事パレードを実施。

  • 2021年:共産党「歴史決議」を採択。習近平を“百年史の中心”に位置づけ、歴史解釈を公式に固定。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

  • 2025年:終戦80年の一連行事。海外主要紙は、戦時記憶の再動員と対外戦略の接続を指摘。(ウォール・ストリート・ジャーナル, ガーディアン, AP News)

中国・ロシア・北朝鮮の「制度化・法制化・演出」比較

区分 中国 ロシア 北朝鮮
制度化 記念日法定化(2014年)と愛国主義教育の全国展開(1990年代以降) 「歴史歪曲対策」機関設置(2009年)など記憶行政の拡充 党史・教材・記念施設で指導者神話を恒常再生産
法制化 記念日決定の法令化、歴史決議(2021年)による正史固定化 憲法67.1条に「歴史的真実」条項、刑法354.1条の運用拡大 「唯一思想体系」関連規範で歴史叙述を統制
演出 軍事パレード、映画・連ドラ・博物館の演出強化 戦勝記念パレード、記念碑・博物館群の国家演出 映像・文学・記念日動員による英雄譚の上塗り

(ロシア憲法・刑法の位置付けは法学レビュー・憲法学ブログが詳しい。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog))

中国では南京事件を題材とした中国映画「南京写真館」が好調

結語

洛川会議で掲げられた「共産党こそ抗日の主体」という旗印は、戦後の記憶政治で法と制度にまで昇華された。だが、戦時の主力は国民党軍であったという実態、そして毛沢東自身が“日本の侵略が共産党の伸長を結果として促した”と語った事実は、党の公式物語と噛み合わない。ここにこそ、全体主義が繰り返す「事実より政治」の本性が露出する。2025年の記念行事まで連なる長い軌跡は、その証拠である。(hudson.org, The Diplomat, ウォール・ストリート・ジャーナル, ウィキペディア)

※注:毛沢東の「感謝」発言は1972年会談を含む複数の場面で伝えられており、研究的整理の出典として参照しやすいのは英語版の概説記事である(当該項目は出典リンクを多数付す)。逐語の一次史料は限定的だが、趣旨の把握には足りると判断した。(ウィキペディア)

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2025年9月2日火曜日

伝統を守る改革か、世襲に縛られる衰退か――日英の明暗


まとめ
  • 英国の最近の政治改革は、爵位を理由に自動的に議席を継承する制度を廃止したもので、親が議員だから政治家になれないという差別的制度ではない。
  • 貴族院は13世紀以来、爵位で議席を得られる伝統が21世紀まで存続していたことは驚きであり、今回の改革はその歴史を断ち切りつつ議会制度を現代化した。
  • ドラッカーの「改革の原理としての保守主義」は未来志向と現実主義を基盤にし、理念先行の改革を戒める思想である。
  • 英国は貴族院改革で成功した一方、移民・エネルギー政策では失敗を重ねた。この対比が「改革哲学の重要性」を示す。
  • 石破茂氏は典型的エリート政治家であり、その低迷は日本政治の構造的停滞を象徴している。英国の経験は日本に大きな教訓を与える。
🔳英国貴族院改革の本質と驚きの歴史的背景
 
英国政治に激震が走った。今年、政府は新たな世襲貴族の任命を全面的に禁止し、議員退職制度を導入するという歴史的改革に踏み切った。ただし、この「世襲貴族任命禁止」は、親が議員であるからといって政治家になる権利を奪うものではない。これはあくまで、爵位を理由に自動的に上院議席を継承する特権を廃止することを意味し、血統主義を改め、民主主義を強化するための改革である。

英国貴族院

驚くべきは、この特権的慣習が長らく英国に根付いていたことだ。13世紀に王の諮問機関として始まった貴族院は、長らく貴族と聖職者の支配の象徴であり、爵位を持つ者が選挙を経ずに議席を得る制度は、21世紀に入っても一部で存続していた。この「自動議席継承」は1999年の改革でも92議席が残され、制度疲労の象徴となっていたが、今回ついに終止符が打たれた。

重要なのは、この改革が伝統を破壊せず、議会の歴史的価値を尊重した点である。貴族院は英国政治文化の基盤であり、熟議を重んじる上院の機能を保ちつつ、特権を撤廃した。この決断は、歴史を重んじながら時代に合わせて制度を改める英国の強さを象徴するものであり、伝統と改革の調和を体現している。

🔳ドラッカーが説く「改革の原理」と英国政治の思想的成熟
 

ピーター・ドラッカーは『産業人の未来』で、真に成功する改革は「保守主義」の原理に従うべきだと断言した。ここでの保守主義は過去を美化する懐古主義ではない。むしろ未来を見据え、社会を健全に機能させ続けるための哲学だ。ドラッカーは、大設計や万能薬に頼る改革は必ず失敗し、社会を混乱させると警告し、改革は理想の青写真を描くことではなく、現実の課題を一つずつ解決する地道な作業であると説いた。そして、そのためには歴史の中で実証済みの制度や慣行を最大限活用することが欠かせないと指摘した。

英国の貴族院改革は、この思想を忠実に反映している。特権的な制度を見直しつつも、貴族院という歴史の象徴を廃止することはせず、漸進的な改革によって社会の安定と信頼を保った。英国政治には、まさにドラッカーが説いた「改革の原理としての保守主義」が息づいている。一方で、英国の移民政策やエネルギー政策は理念先行の急進的改革が裏目に出て社会の分断やエネルギー危機を招き、哲学なき改革がいかに危険かを示す教訓となった。英国にも政治的混乱はあるが、それにしても今の日本ほど酷くはない。選挙で負けた首相が居座ったことは一度もない。英国の成功と失敗は、改革の命運を分けるのは思想と原理であることを物語っている。

🔳日本政治の世襲構造と石破茂の象徴性

石破茂氏が衆院選に初当選した時のテレビのインタビュー

日本政治は世襲議員の比率が高く、衆議院議員の約3割、自民党内では約4割が世襲出身である。選挙基盤や後援会を受け継ぐ仕組みは権力の固定化を生み、政治文化を硬直化させてきた。石破茂首相はその典型例である。父・石破二朗氏(元自治大臣・鳥取県知事)の地盤を継ぎ、慶應義塾大学法学部を卒業後、銀行勤務を経て政界に進出した。強固な慶應三田会ネットワークを背景に、若くから名門の文化と人脈の中で育った典型的エリート政治家だ。

高校時代は体育会ゴルフ部に所属し、多くの部員が大学でもゴルフ部に進む中で「スコア100を切ったことはない」と語ったエピソードも残る。スポーツの実績は平凡でも、名門校文化の中で築いた人脈や学歴・家系・組織力の三拍子は、まさにエリート政治家の典型だ。しかし、石破氏の低迷する支持率は旧来型政治の求心力が失われたことを示し、エリートモデルの限界を浮き彫りにしている。

英国は貴族院改革で伝統を尊重しながら制度疲労を取り除き、漸進改革によって信頼を築いた。一方で移民やエネルギー政策では理念先行の失敗が社会を混乱させた。この対比は「改革には哲学が必要」というドラッカーの思想を裏付ける。日本は世襲と旧派閥のしがらみで停滞しており、石破氏は旧来型政治の象徴である。英国の経験は「伝統を守りながら変わる」というモデルの重要性を日本に示すものである。

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2025年9月1日月曜日

天津SCOサミット──多極化の仮面をかぶった権威主義連合の“新世界秩序”を直視せよ


まとめ

  • 天津SCOサミットは非西側諸国の結束を誇示し、国連事務総長の参加は国連の権威低下を象徴した。
  • 中国経済は製造業PMI49.4で縮小、BRIは債務危機や計画中止が相次ぎ、影響力に陰りが見える。
  • SCO加盟国の多くは権威主義体制で、国際規範を弱体化し西側の秩序を脅かしている。
  • インドはSCO共同声明署名を拒否し、中国・パキスタン寄りの姿勢に異議を唱えたが、外交的立場は揺れている。
  • 天津サミットは新世界秩序を狙う権威主義連合の台頭を示し、西側諸国は自由と民主を守るため対抗戦略を急ぐ必要がある。

🔳SCOサミットの全貌と国連の権威低下
 

2025年8月31日から9月1日、中国・天津で第25回上海協力機構(SCO)首脳会議が開かれた。習近平国家主席が議長を務め、ロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相ら20を超える国の首脳が集結し、西側主導の国際秩序に対する挑戦を鮮明に示した。

この会議は突発的なものではない。7月11日のデジタル経済フォーラムを皮切りに、外相理事会やシンクタンクサミット、農業大臣会議など複数の準備会合が重ねられた。8月28日には報道センターが設置され、世界中の注目が天津に集まった。

8月31日、習近平夫妻が赤絨毯で各国首脳を迎える姿は、中国が新秩序の中心を宣言する姿勢を象徴していた。その場に国連のグテーレス事務総長も姿を見せた。第二次世界大戦戦勝国の価値観を守るはずだった国連が、非西側主導の場に積極的に参加した事実は、国連の権威が失墜し、国際秩序の潮流が変わったことを示す象徴的な瞬間だった。グテーレス氏の「中国の役割は多国間主義の命綱」という発言は、国連が影響力を失い、非西側への迎合を余儀なくされている現実を突き付けている (Reuters)。

🔳中国経済の脆弱性とSCOの権威主義的本質

クリツクすると拡大します

天津サミットの華やかさの裏で、中国経済の失速は深刻だ。2025年8月の製造業PMIは49.4と5か月連続で縮小。地方政府の巨額債務、不動産市場の崩壊、銀行収益の悪化が経済を蝕む。フィッチは中国の外貨建て信用格付けを「A」に格下げした。さらに「一帯一路(BRI)」構想も停滞し、75か国が年間220億ドル超の対中債務に苦しみ、インフラ計画は遅延・中止の連鎖に陥っている。ベルリンのシンクタンクMERICSはBRIを「経済合理性より政治的影響力を優先した戦略」と断じており、中国の影響力の限界が浮き彫りになっている。


図表1:中国経済指標(2025年)

指標現状・数値
製造業PMI(2025年8月)49.4(5か月連続縮小)
外貨建て信用格付け(フィッチ)A(2025年4月、格下げ)
一帯一路関連債務年間220億ドル超(75か国)
都市部若年失業率約15%(非公式推計)


SCO加盟国の多くは中国、ロシア、イラン、ベラルーシなど権威主義体制を取る国々で、「権威主義国家のクラブ」と揶揄されることも多い (britannica.com)。この枠組みは、内政不干渉や主権尊重を盾に国際規範の弱体化を図り、民主主義陣営への対抗軸を構築している。中央アジアや中東での軍事演習や治安協力は既に実施され、西側の影響網を回避した「もう一つの国際秩序」が現実になりつつある。


図表2:SCOと西側の比較(2025年)

項目SCO加盟国西側(日米欧)
世界人口割合約40%約30%
世界GDP割合約25%約50%
資源支配率(石油)約30%約20%
政治体制傾向権威主義・非自由主義民主主義


🔳インド外交の揺れと西側への警告
 
31日、中国・天津市で、握手するインドのモディ首相(左)と中国の習近平国家主席

インドのモディ首相は、天津で「戦略的自律」を強調し、中国との協力強化を通じて地域安定を模索した。しかし、『Foreign Policy』誌はインドのこの姿勢を「米国や民主主義陣営との関係を危うくしかねない」と警告している (foreignpolicy.com)。

さらにインドはSCOの共同声明署名を拒否した。声明がテロ問題に対し中国・パキスタン寄りであることを理由としたもので、SCOが形成しようとする新秩序が西側価値を軽視していることを浮き彫りにした (economictimes.indiatimes.com)。

天津サミットは「権威主義国家連合」が世界秩序の書き換えを進める試みであり、これがもたらす未来は民主主義陣営にとって破滅的だ。西側が対抗戦略を持たずにいることは許されない。自由・法治・人権を基盤にした秩序を守る責務は、今この瞬間に突き付けられている。

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西欧の移民政策はすべて失敗した──日本が今すぐ学ぶべき“移民5%と10%の壁”  2025年7月31日
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2025年8月31日日曜日

メディアに守られた面妖な首相、三度の敗北を無視した石破政権が民主主義を壊す


まとめ
  • タイのペートンタン・シナワトラ首相は通話録音流出を発端としたスキャンダルで2025年8月29日に憲法裁判所により失職し、司法と政治の対立を示す事例となった。
  • 日本には首相を直接解任する制度がなく、内閣不信任案や政治圧力に依存する現状は、国民の意思を十分に反映できない弱点となっている。
  • 石破茂首相は三度の選挙敗北後も続投を宣言し、これは憲政史上初の異常事態である。一部メディアはこれを擁護し、民主主義を軽視する姿勢を見せている。
  • 自民党内には総裁選の前倒しや両院議員総会による退陣勧告など、首相辞任を促す制度があるが、実効性には疑問も残る。
  • 英独の制度を参考に、不信任決議時に次期候補を同時提示する「建設的首相交代制度」を導入し、レームダック化や政治混乱を防ぐ改革が求められる。
🔳タイ首相解任劇が突きつけた教訓
 
タイのペートンタン・シナワトラ元首相

2025年8月29日、タイのペートンタン・シナワトラ首相が憲法裁判所の判断により失職した。辞任ではなく裁判所の命令による解任であり、タイ国内外に衝撃を与えた。彼女は2024年8月、タイ史上最年少で2人目の女性首相として就任したが、シナワトラ家の強大な影響力を背負いながらの政権運営は短命に終わった。

発端は、2025年6月に流出したカンボジアのフン・セン元首相との通話録音だった。「おじさん」と呼ぶ親密なやり取りや、タイ軍高官への批判が含まれていたため国家の威信を損なったと非難が集中。これを契機に連立政権の要だったブムジャイタイ党が離脱し、政権は危機に陥った。7月1日、憲法裁判所は7対2で首相の職務を停止。8月29日、6対3で「国家利益より私情を優先した」と断じ、失職が確定した。この一連の流れは、司法と政治が鋭く対立しながらも機能した例として国際的な注目を集めた。

🔳石破政権が示す日本政治の異常事態
 
一方、日本では首相を裁判で解任する制度は存在せず、議院内閣制の下で首相は国会の信任に基づいて選出される。首相の辞任は内閣不信任案の可決や与党内の圧力、刑事責任の追及など政治的プロセスで行われてきた。田中角栄元首相もロッキード事件での辞職は司法判断によるものではなく、政治的圧力による決断だった。

米国や韓国のような大統領制国家では、議会が法的手続きを経て国家元首を解任できる「弾劾制度」がある。米国では下院が訴追し上院で審理、有罪なら罷免される仕組みだ。リチャード・ニクソン元大統領は弾劾審理開始前に辞任し、ビル・クリントン、ドナルド・トランプ両氏は訴追されたが罷免を免れた。韓国では朴槿恵元大統領が国会で弾劾され、憲法裁判所の判断で罷免された。こうした仕組みは大統領の強大な権限を抑制するための法的装置だ。
 
2020年トランプ大統領は弾劾裁判で無罪となった

しかし日本には弾劾制度がない。理由のひとつは、こうした制度が政争の道具になりやすいからだ。実際に、韓国では大混乱を招いている。だが、今の日本政治はそれ以上に深刻な危機に直面している。石破茂首相は三度連続の選挙敗北(うち二つは国政選挙)にもかかわらず辞任を拒み続投を表明した。これは日本憲政史上初の異常事態であり、彼の政治姿勢の異常性を鮮明に示している。従来、日本では選挙の結果が首相や政権の正統性を直ちに左右し、敗北した首相や総裁は責任を取って辞任するのが常識だった。その慣習を無視する行為は国民の意思を軽視し、議会制民主主義の根幹を揺るがす暴挙である。さらに一部のマスコミは「石破首相は辞める必要はない」というキャンペーンを張り、選挙結果を軽視する報道を続けている。権力監視という報道機関の使命を放棄し、世論操作に加担する姿勢は民主国家において看過できない。

自民党内には首相や総裁を辞任に追い込むための制度も整備されている。党則により国会議員や地方組織の過半数の要求で総裁選を前倒しできるほか、党所属議員の三分の一以上の要請で「両院議員総会」を開き、退陣勧告を突きつけることが可能だ。法的弾劾がなくても、党内の仕組みを使えば現職首相に対抗できる余地は十分にある。

それでも石破首相は「選挙で敗れた総裁は辞任する」という長年の自民党慣例を破り、総裁の座に居座った初の人物である。この前例は党内統治の根幹を揺るがし、自民党総裁でない人物が首相に就くという事態を現実化させる恐れすらある。その結果、政権は完全にレームダック化し、政治の停滞、外交的信用の失墜、国民の不信拡大など計り知れない悪影響をもたらすだろう。
 
🔳日本に必要な「建設的首相交代制度」
 
日本は今こそ首相の責任を制度的に問う新たな仕組みを整えるべきだ。米国や韓国の弾劾制度のような政争の温床になりかねない制度ではなく、英国やドイツの制度に学ぶ道がある。英国は議会の信任が揺らげば即座に不信任投票を行い、可決されれば首相交代に進む。ドイツはさらに踏み込み、「建設的不信任案」によって次期首相候補を同時に提示し、政治空白を回避している。「反対」だけでなく「誰を据えるか」という合意を形成することで、不信任案が単なる政争に終わらず、合理的で安定した政権交代を実現するのだ。

ヘルムート・シュミット首相(当時)

ただし、英国ではこれによって辞任した首相は存在しない。ドイツではただ一つ1982年10月1日、当時の西ドイツで行われた歴史的な出来事が唯一だ。この日に、議会(ブンデスターク)はヘルムート・シュミット首相に対して「代替候補を同時に提示する建設的不信任案」を可決し、新たにヘルムート・コール氏を首相に選出した。これはドイツ連邦共和国史上唯一、首相が建設的不信任案によって交代したケースだ。

日本でもこれを応用し、首相への不信任決議時に次期候補を提示する「建設的首相交代制度」を法制度化すべきだ。党総裁と首相の地位の連動を法的に明確化し、慣例崩壊による正統性の揺らぎを防ぐことも必要だ。この制度は議院内閣制の枠組みを補強し、国民の意思を制度的に担保しつつ迅速で安定的な政権交代を可能にする改革案となる。

首相を辞任に追い込む明確な制度を整えることは、政治の停滞と混乱を防ぎ、国民の信任を取り戻す鍵である。石破政権の前例が放置されれば、権力の正統性は崩れ、政権は完全なレームダック化に陥る。いま必要なのは、この危機を乗り越えるための制度改革である。ただし、このような制度が作られたにしても、英国のように一度も実施されないことの方が、望ましいことは言うまでもない。

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石破政権は三度の選挙で国民に拒絶された──それでも総裁選で延命を図る危険とナチス悪魔化の教訓 2025年8月25日
石破政権は三度の選挙で国民から退場を突きつけられたが居座り続けようとしている。ナチス台頭期の「合法性を偽装した権力掌握」から何を学ぶべきか。痛烈な歴史からの警鐘を届ける論考。

参院過半数割れ・前倒し総裁選のいま――エネルギーを制する者が政局を制す:保守再結集の設計図 2025年8月24日
参院過半数割れと前倒し総裁選のいまを検証。エネルギー安全保障を軸に、LNG→SMR→核融合の三層戦略と保守再結集の筋道を示す。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 2025年8月22日
外交の視点から石破政権の戦略的脆弱性を浮き彫りにした記事。

選挙互助会化した自民・立憲―制度疲労が示す『政治再編』の必然 2025年8月18日
党内勢力構造と総裁選の裏側、保守派再結集の構図を整理した興味深い論考。

衆参同日選で激動!石破政権の終焉と保守再編の未来 2025年6月8日
現政権の選挙敗北と保守再編の潮流が鮮明に描かれた分析記事。

2025年8月30日土曜日

日本のF-15J、欧州へ! 日英の“空の連携”がいよいよ実戦仕様になる


まとめ

  • 公式確認:英防相スピーチと日英共同声明が、日本戦闘機の欧州(英国拠点)展開と「数週間以内」の時間軸を明示した。
  • 狙い:相互運用性の実地検証、RAAの運用確認、GCAPに直結する運用知見の獲得。
  • 訓練:英本土のRAFロジーマス、RAFコンニングズビーなどQRA拠点で、スクランブル~識別~離脱の手順を共通化。
  • AAR前提:F-15Jはブーム受給、英空軍ボイジャーはプローブ&ドローグ専用のため、USAFのKC-135/46やMMFのA330MRTT(ブーム)を活用。
  • 実利と意義:受給回数・オフロード量・滞空延伸、Link 16共有率・遅延、QRAのタイムライン、TATや補給リードタイム、RAA通関所要、GCAP“差分抽出”で成果を数値化。日本戦闘機の欧州展開は初で、海(POW寄港)と空(F-15J展開)で協力を常態化する。

今回の記事、専門的な言葉も多く使用してしまい、読書に読みにくい印書を与えるかもしれない。用語に関しては、文末に「用語の簡潔な説明」に簡潔に説明したので、それを参考にしていただきたい。結局このブログ記事の趣旨は、日英の連携強化の政治の言葉を現場の運用で裏打ちする動き(日本の戦闘機の欧州展開)があることを強調するものである。

🔳決定事項と背景
 
日本の戦闘機が欧州に向かう。英国防相ジョン・ヒーリーが東京のパシフィック・フューチャー・フォーラムで「今後数週間のうちに、日本のF-15が英国を拠点に欧州へ展開する」と明言した。日英防衛相の共同声明も「日本の戦闘機と輸送機による、英国を含む欧州への将来の展開を歓迎」と書き込んだ。これは憶測ではない。英政府の一次情報が裏づける既定路線である。

中谷防衛相は28日、英国のジョン・ヒーリー国防相と防衛省で会談し、両国の安全保障協力の拡大を盛り込んだ共同声明を発表した。日英の防衛相会談で共同声明を出すのは初めてで、インド太平洋地域で覇権的な動きを強める中国をけん制する狙いがある。
背景には、英空母「HMSプリンス・オブ・ウェールズ」の東京寄港がある。英海軍は今回の長期展開をオペレーション・ハイマストと名づけ、来日を大きく打ち出した。主要通信社も「前例のない安全保障協力の水準」と評している(ReutersAP)。インド太平洋と欧州大西洋はつながっている――両政府はそう示したのである。

🔳狙いと運用の要点
 
今回の欧州派遣の狙いは三つに絞られる。第一は相互運用性の実地検証だ。指揮系統、戦術無線、Link 16(NATO標準の戦術データリンク)まで、現場の“癖”を合わせ込むには、同じ空で飛ぶしかない。第二はRAA(相互アクセス協定)の運用である。相手国内での共同訓練に伴う出入国・装備搬入・税関・法的地位といった手続きを簡素化する枠組みで、日英では2023年1月に署名2023年10月に発効した。第三はGCAP(次期戦闘機共同開発)への波及だ。現場の知見は要件定義、試験・評価、ソフト更新に直結する。これらの方向性はすべて共同声明が示している。

実際の訓練像も見えてくる。英国本土のQRA(Quick Reaction Alert=領空警戒即応、平時から24時間365日、数分〜十数分で発進)を担うRAFロジーマスRAFコンニングズビーで、要撃の標準手順を短時間で擦り合わせるのが近道だ。QRAの仕組み自体は英空軍の公式解説が詳しい。ここで「スクランブル→識別→離脱」の流れを共通化できれば、運用の“合格証”を早期に手にできる。

イラク上空で給油をおこなう英国の給油機

一方で、空中給油(AAR)には技術仕様の違いがある。F-15Jはブーム受給(給油機の硬いパイプ=フライング・ブームを機体の受油口に差し込む方式)だが、英空軍の主力タンカーボイジャーはプローブ&ドローグ方式(受油側の細いプローブを、給油機のホース先端のドローグ=バスケットに差し込む方式)に特化し、ブームを装備していない。構成は英空軍のボイジャー解説に明示がある。ゆえに欧州でのF-15Jへの給油は、米空軍のKC-135/46や、ブーム装備のA330MRTT(MMFなど)を組み合わせるのが筋だ(運用上の制約はKCL War Studiesの分析ペーパーも参照に値する)。
 
🔳実利の可視化と今後

では、この派遣は日本にどれほどの“実利”を運ぶのか。ここは数字で可視化する。空中給油は受給回数・平均オフロード量・滞空延伸で手応えを測る(方式差は上記のとおり)。データ連接は英側C2とのトラック共有率・遅延で評価する。QRA手順はスクランブルから識別までのタイムラインと誤警戒率で見る。海空の複合作戦(COMAO=多種機が役割分担して同時進行する複合航空作戦)なら、電子戦環境での隊形維持率・任務成功率を演習ごとに残す。整備面はTAT(ターンアラウンド時間)と補給リードタイムを欧州条件で測る。制度面はRAAの入出国・通関所要でボトルネックを洗う。そしてGCAPは、今回の共同運用から得られる**“差分抽出”件数**(センサー融合・通信仕様の改善点)でカウントする。これらは共同声明の方針に沿う“現場の物差し”である。

QRAとは何かを最後に押さえる。QRAは領空警戒の即応態勢だ。監視・識別・指揮のハブであるCRC(管制警戒所)からの通報で、戦闘機が短時間で上がり、識別・警告・誘導を行う。英国では前述のロジーマス、コンニングズビーが中核を担い、仕組みは英空軍のQRA解説に沿って運用されている。日本も同趣旨のスクランブルを常時実施し、2023年度の実績は669回だった(防衛省の公表資料参照)。


歴史的意義は重い。日本の戦闘機が欧州に展開すれば初だ。長距離フェリー、在外整備、保安・保険、契約実務まで、遠隔地航空作戦に必要な総合力が鍛えられる。英側ではすでに英F-35Bの「かが」発着が実現し、その点も共同声明に明記されている。海の相互運用に空の循環が加われば、日英協力は“示威”から“常態”へ踏み込む。

なお、日本側の時期・基地・規模は未公表だが、英防相スピーチは「数週間以内」と時間軸を示し、共同声明も政策枠を固めた。正式発表が出次第、さらに当ブログに掲載する。

最後に要約する。英空母の東京寄港という“海のシンボル”に呼応し、日本のF-15Jが“空のシンボル”として欧州へ渡る。政治の言葉を現場の運用で裏打ちする動きであり、この記事で訴えたかったのはまさにこの一点である(寄港の一次情報はRoyal Navy公式、全体の政策枠は英政府一次資料が担保する)。

主要ソース


用語の簡潔な説明
  • ブーム受給:給油機の硬いパイプ(フライング・ブーム)を受油口に差し込んで燃料を受ける方式だ。F-15やF-16などが採用する。

  • プローブ&ドローグ:受油側が細いプローブを伸ばし、給油機のホース先端の**ドローグ(バスケット)**に差し込んで受ける方式だ。タイフーンやF-35Bなどが採用する。

  • AAR(空中給油):飛行中に燃料を補給する運用の総称だ。方式は大きくブームプローブ&ドローグの二つがある。

  • QRA(Quick Reaction Alert):領空警戒の即応態勢だ。24時間365日、短時間(一般に数分〜十数分)で戦闘機を発進させ、識別・警告・誘導を行う。

  • CRC(Control and Reporting Centre):レーダー監視・識別・指揮を担う管制警戒所だ。QRA発進の指令中枢になる。

  • COMAO(Composite Air Operation):多種類の航空機が役割分担して同時に作戦を行う複合航空作戦だ。

  • Link 16:NATO標準の戦術データリンクだ。友軍位置や目標情報をリアルタイム共有する。

  • RAA(相互アクセス協定):共同訓練などで相手国に出入りする部隊の法的地位・装備搬入・通関手続を簡素化する協定だ。

  • GCAP(Global Combat Air Programme):日英伊の次期戦闘機共同開発計画だ。運用知見が要件定義や試験に直結する。

  • KPI:「重要業績評価指標」(Key Performance Indicator)の略で、組織の大きな目標達成に向けたプロセスの進捗状況を数値で測定するための中間目標指標のこと。

【関連記事】

東京寄港の背景と狙いを整理。日英協力の地政学的意味を押さえ、今回のF-15J欧州展開の文脈がつながる。

 AUKUS・中国・台湾・インドの潜水艦動向を俯瞰。海の抑止の要を整理し、空の連携との補完関係を示す。

FOIPの再評価と外交資源の配分を論じ、対中抑止を軸に据えるべき理由を提示する。

欧州発の“力の空白”がアジアへ波及するリスクを解説。日英連携強化の必要性を裏づける視点。 

前方配置・即応体制の実像から、日本が学ぶべき抑止の原則を抽出。多域連携の具体像を描く。

2025年8月29日金曜日

英国空母、初の東京寄港 日英はランドパワー中露を睨む宿命の同盟国だ



まとめ
  • 2025年8月28日、英国空母HMSプリンス・オブ・ウェールズが初めて東京港を防衛外交の一環として訪問し、日本の国際的地位や日英関係の深化を世界に示した。
  • この派遣は欧州からアジアまで展開する「オペレーション・ハイマスト」の一環で、12カ国・約4,000人規模のキャリア・ストライク・グループに所属し、多国間連携と戦力投射を象徴した。
  • 日本とイギリスはユーラシア大陸の両端に位置する海洋国家であり、ロシアや中国といった大陸勢力に対抗してきた歴史を共有し、戦略的理解を深めやすい関係にある。
  • 1923年に日英同盟が解消され日本は孤立し、イギリスも極東戦略に空白を生んだとされるが、維持されていれば第二次世界大戦や両国の権益は大きく変わった可能性があると歴史家らは指摘している。
  • HMSプリンス・オブ・ウェールズの東京寄港は単なる友好訪問ではなく、日英の歴史的絆と未来志向の協力を象徴し、両国は戦略的関係をさらに強化すべきことを示している。
🔳東京港を揺るがす歴史的寄港と多国間連携の象徴
 

英海軍の空母HMSプリンス・オブ・ウェールズは2025年8月28日、初めて東京港に寄港した。外国空母が防衛外交の一環として東京港を公式訪問したのは史上初である。戦後直後の占領期には米海軍の空母ヨークタウンやハンコックが東京湾に入港した例があるが、主権国家となった日本の首都港に平時に友好国の空母が寄港するのは極めて画期的だ。

この派遣は「オペレーション・ハイマスト」と名付けられた戦略任務の一部であり、欧州からアジアまでの長期展開を通じて英国のインド太平洋関与を示した。プリンス・オブ・ウェールズは12カ国・約4,000人規模のキャリア・ストライク・グループ(CSG)に所属し、空母を中核とした多国間戦力の象徴となった。CSGは護衛艦、潜水艦、補給艦を組み合わせた洋上戦闘部隊で、国際的な戦力投射と連携強化の象徴でもある。
 
🔳演習で示された日英連携能力と外交的意義
 

寄港に先立ちフィリピン海で日米を含む多国間演習が実施され、対潜・防空・補給作戦のほか、英国F-35B戦闘機が日本の護衛艦「かが」に着艦するクロスデッキ訓練も行われた。これは日英間の戦術的連携の高さを世界に示す歴史的成果だ。

艦上では「パシフィック・フューチャー・フォーラム(PFF’25)」や防衛産業関係イベントも開かれ、サイバーや宇宙、先端技術などでの日英協力が加速した。中谷元防衛相は「日英の安全保障協力は前例のない水準に達した」と語り、ジョン・ヒーリー英防衛相も「インド太平洋と欧州大西洋の安全は不可分だ」と強調。プリンス・オブ・ウェールズの東京寄港は、単なる友好訪問を超えた安全保障メッセージとなった。
 
🔳歴史の教訓が示す「運命の同盟」
 
日英両国は地政学的にユーラシア大陸の両端を守る海洋国家

日英両国は地政学的にユーラシア大陸の両端を守る海洋国家であり、歴史的にロシアや中国といったランドパワーを牽制する宿命を背負ってきた。19世紀には英国が中央アジアでロシア帝国と対立した「グレート・ゲーム」を展開し、日本も日露戦争や満州国建国を通じてソ連と緊張関係を維持した。こうした歴史を踏まえると、日本の行動は英国にとって理解しやすく、米国などとは異なる視点で共感し合える関係が築かれてきたといえる。

1902年に締結された日英同盟は日本の国際的地位向上に寄与したが、1923年に解消され、英国は極東での戦略的パートナーを失った。歴史家の伊藤之雄氏やイアン・ニッシュ氏は、この決断が日本の孤立と英帝国の極東戦略の崩壊を招いたと指摘している。もし同盟が維持されていれば第二次世界大戦の様相は大きく変わり、日本も外交交渉を通じて破滅的な敗戦を避けられた可能性がある。

共通の脅威にさらされてきた日英両国にとって、関係強化は歴史的必然だ。プリンス・オブ・ウェールズの寄港は、その必然性を示す行動であり、日英が再び世界秩序を支える同盟国となるべきことを力強く物語っている。

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