ところで、厚生労働省が7月30日に発表した簡易生命表によると、2020年の日本人の平均寿命は男性が81・64歳、女性が87・74歳となり、ともに過去最高を更新した。女性は世界1位、男性は世界2位だ。
過去最高となった要因は、インフルエンザなどで亡くなる人が減少したためだという。もともとインフルエンザによる超過死亡者は1万人程度あったが、それがなくなり、新型コロナによる死者が置き換わった形だ。要するに、新型コロナの影響は小さく、その他の要因が寄与して日本人の平均寿命が伸びた。
本来は、新型コロナだけではなく、全ての要因による死亡を分析し、その結果で健康政策を判断すべきである。しかし、マスコミ報道は、新型コロナに偏っており、多くの国民も関心を持つ。その結果、新型コロナだけで政権を判断・評価することになってしまう。
実際、菅義偉政権の支持率は、新型コロナの新規感染者数と大いに関係がある。
新規感染者数と内閣支持率は、相関係数マイナス0・8程度と高い(逆)相関がある。つまり、新規感染者数を減らすと内閣支持率が高くなり、感染者が増えると支持率が低くなるというわけだ。
筆者は本コラムで何回も書いたが、本来であれば、健康政策の見地から注目すべきは、新規感染者数ではなく、重症者数、死亡者数だ。しかし、現実の政治では、新規感染者数がポイントにならざるを得ないだろう。
本稿執筆時点で、人口100万人当たりの新規感染者(7日間移動平均)について日本は80人程度だ。世界でみると、英国が380人程度、フランスが330人程度、米国が260人程度、イタリアが90人程度、ドイツやカナダが20人程度だ。
これら欧米の例を見ると、ワクチン接種がかなり行き渡った後でも、新規感染者数は増加しうるし、そもそも新型コロナウイルスが根絶されることはほとんど考えられない。このため、この数字がゼロになることはないだろう。
ただし、ワクチン接種が進めば、多少の変異株でも重症化リスクや死亡リスクはかなり低下するので、深刻な医療崩壊にはつながらないはずだ。欧米のように、ワクチン接種により日常生活を回復していくことが望ましい。
新規感染者数であおられ、緊急事態宣言や蔓延(まんえん)防止等重点措置などが発令される。その結果、日常生活でも不自由が生じてストレスを人々に与え、政権批判にもつながるというのが最近の流れだ。
ワクチン接種者には、各種自粛措置の例外を明確にした方が、ワクチン接種促進のためにもいいだろう。
われわれ有権者も、新型コロナの状況を判断するのに、新規感染者数だけではなく日常生活がどうなるかに注目したい。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)
シンガポールはコロナを「はやり風邪」の扱いに…方針転換の根拠はイスラエルのデータ―【私の論評】なぜ私達は「ゼロコロナ」という考えを捨て、「ウィズコロナ」にシフトしなければならないのか(゚д゚)!
シンガポールはコロナを「はやり風邪」の扱いに… |
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事より一部を引用します。
シンガポール政府は6月下旬に「感染者数の集計をせずに重症患者の治療に集中する」と宣言、新型コロナウイルスを季節性インフルエンザのように管理する戦略に切り替えた。
シンガポール政府の方針転換の根拠になったのはイスラエルのデータである。それによれば、ワクチン接種完了者が感染する確率は未接種者の30分の1、重症化は10分の1に過ぎないという。昨年の新型コロナウイルスの致死率は2〜3%だったが、イスラエルのワクチン接種完了者の致死率は0.3%まで低下している。この数字は季節性インフルエンザの致死率(0.1%未満)と大きな差はない。
新型コロナウイルスはインフルエンザのような「はやり風邪」になりつつあるとの認識が今後定着するようになれば、「社会としてどの程度まで感染の広がりを許容するのか」という判断が次の大きな問題となる。
この傾向は、ご覧いただければおわかりになるようにこの記事にもありますが、イギリスでも同じような傾向です。というより、現状では、特に先進国では日本だけが感染者数に注目して、とにかく感染者数を減らそうとしているようにみえます。
日本ではコロナワクチンの接種は先進国では一番の速さという勢いで、すすんでいますが、まだ全国民の60%が2回以上接種をするまでには及んでいません。60%に達すると集団 免疫が獲得できるとされていますが、40%以上でもかなり感染者数、死者数が抑えられるようになるとされています。
それと、はっきりした事実があります。それは、この先長い期間(数年から数十年)期間にわたって、コロナ感染症を撲滅することはできないということです。コロナワクチンは、感染症予防に有効ですが、絶対というわけではありません。われわれは、否応なくこれから、コロナと共生していくしかないのです。
であれば、感染者数だけに着目して、感染者数を減らすことにだけ注力することは早晩不可能になります。それよりも、重傷者数や死傷者数に着目して、ある程度感染者数が増えたとしても、重傷者や死者数が少なく、社会経済活動に支障がでない強靭な社会を目指すべきです。
そうして、それにはすでに手本があります。それはインフルエンザです。インフルエンザも重症化すれば大変なことになります。特に、インフルエンザは小学生以下の若年層にも深刻なダメージを与えることもあり、実際過去にはインフルエンザ脳炎などで、なくなった若年層も存在します。
これを軽く考える人もいますが、一度対応を間違えば、インフルエンザも決して侮ることのできない、恐ろしい感染症です。そうして、2016年にはこのインフルエンザが蔓延して、1週間で200万人もの感染者が出ました。しかし、それでも医療崩壊は起きませんでした。
なぜ起きなかったかといえば、インフルエンザ感染症は、日本の分類では5類に分類されているためです。5類に分類されていれば、普通「風邪」と同じような扱いができるので、医療崩壊など起きないのです。
これについては、過去に何度かこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
“緊急事態”AI予測で14日に東京で5000人感染 死者数増も止まらず1カ月後に115人死亡も―【私の論評】日本では2016年にはインフルエンザの感染者数が1週間で200万超となったが、医療崩壊も経済の落ち込みもなかった、希望を失うな(゚д゚)!
この記事は1月8日のものです。 この記事を書いたときには、ワクチン接種はほとんどすすんでいませんでしたが、海外から比較すると、感染者数は桁違いに低いにもかかわらず、マスコミは連日コロナ感染症の脅威を煽り煽っていました。五輪も中止が当然という空気が流れていました。
しかし、この頃から私は私達はコロナと共存していくしかないと考え、しかも日本では重傷者、死者数が元々かなり低かったことから、コロナも「インフルエンザ」と同じような扱いにすべきと主張したのです。
その頃は、一部にはありましたが私のような主張はあまりみられなかったですし、とても多くの人に理解していただけるような状況ではありませんでしたが、最近では新型コロナウイルス感染症の感染症法上の扱いが政府内でも議論を呼んでいます。感染症では感染症を1~5類などに分類しており、入院や就業制限など、それぞれに実施できる措置等を定めています。新型コロナウイルスについてはこれまでSARSや結核など同じ2類相当としてきたが、季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げることについて厚生労働省の内部で議論されていることが明らかになりました。
加藤官房長官は10日、「新たな科学的知見なども踏まえながら不断に見直しが行われていることが求められている」と発言しています。
私たちと新型コロナウイルス感染症との付き合いは、先程も述べたように残念ながらそれほど短い期間で終わるものではありません。コロナだけに特化し、他の疾病や事故を無視したり、どこまでも“ゼロコロナ”を目指したりするような政策を続けていては、それ以外のところで命を落とす人が山ほど出てくることになりかねません。
だからこそ軽症者は原則的に自宅対応とし、そのために医師会の協力を得て訪問看護ステーションや開業医に診てもらうという政府の方針は極めてまともですし、合理的な判断です。
5類相当のインフルエンザの場合、普通の風邪よりは辛いし、中には亡くなる方もいます。だから企業も感染者に無理して出社するな、学校も出席停止だ、という付き合い方になっています。
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