黒海に面したルーマニアが潜水艦部隊の再建に動き出しており、スコルペヌ型潜水艦を調達するためフランスに接触していると報じられている。
参考:Romania’s Submarine Ambitions: Which Impact For The Black Sea Region?
ロシアが聖域と考えている黒海はNATO加盟国やウクライナの潜水艦が跋扈する海域になるのだろう
黒海に面したルーマニア海軍は1985年に導入したキロ級潜水艦「デルフィヌル」を現在も保持しているが、資金不足のため1995年以降は運用を停止して保管状態にあり、30年以上も港で係留されているデルフィヌルを再び動かすことも潜水艦を運用する人員も失われてしまった。
出典:Romanian Ministery of Defence/CC BY-SA 3.0 ルーマニア海軍の潜水艦デルフィヌル |
しかしルーマニアのドゥンク国防相は現地メディアの取材を受けた際「軍の調達計画にはフランスのスコルペヌ型潜水艦やヘリコプターが含まれており、この調達に関してフランスの国防相と基本合意書(LOI)を交わした。我々は計画の実現に向けて国内手続きを開始している」と明かし、黒海にNATO加盟国の潜水艦が増える可能性に注目が集まっている。
因みに黒海に面したブルガリアもクリミア併合やウクライナ東部紛争を受けて潜水艦部隊の再建を決意、2021年に中古潜水艦を2隻手に入れるため交渉が開始されたと報じられていたが、ウクライナ侵攻リスクの高まりを受けて調達交渉がスピードアップしているらしい。
交渉相手は恐らくドイツで10年前に退役した206型潜水艦(稼働可能なものが残っているのか不明だが次期潜水艦/212CDは2032年頃に引き渡し予定なので212A型潜水艦は当面退役する予定がない)を引っ張ってくることをブルガリア海軍は考えている可能性が高く、ウクライナも今回の戦いが終結した先を見越してドイツと潜水艦導入に関する話し合いをスタートさせており、ロシアが聖域と考えている黒海はNATO加盟国やウクライナの潜水艦が跋扈する海域になる可能性がある。
【私の論評】ロシア軍がウクライナ南部で優位性を発揮できるのは潜水艦によるものか(゚д゚)!
なぜルーマニアが潜水艦を再配備しようとしているのか、以下の地図を見れば一目瞭然です。黒海にはルーマニアが接しているとともに、ロシアも接しているのです。
ですから、陸や空からの攻撃だけではなく、海からの攻撃に備える必要があるのです。それは、ルーマニアだけではなく、周辺諸国のブルガリア、モルドバ、トルコ、ウクライナも同じことです。
2022年2月下旬のロシア侵攻以来、ウクライナ軍は対艦巡航ミサイル「ネプチューン」や攻撃型ドローンで、ロシア黒海艦隊の艦艇に相当な被害を与えてきました。それでも、ロシアによる海上封鎖は解けず、大半を海運に頼るウクライナの穀物輸出の停滞は世界に影響を与えています。
もちろん、黒海艦隊の水上艦艇は対艦ミサイルの射程内まで近づけません。しかしロシア側には、対艦ミサイルでは撃退できない「改キロ級潜水艦」という切り札があります。
ロシア黒海艦隊にはキロ級1隻と改キロ級6隻、計7隻の潜水艦が配備されています。キロ級はNATO(北大西洋条約機構)の呼称で、旧ソ連時代の1980(昭和55)年から連邦解体後の1999(平成11)年まで建造された「プロジェクト877」の通常動力(ディーゼル電気推進)型潜水艦のことです。
キロ級潜水艦は、全長約74m、水中排水量は約3100トンあり、海上自衛隊のおやしお型潜水艦よりも一回り小型です。武装は艦首に備えた6門の魚雷発射管で、ここからは魚雷のほかに対地、対艦、対潜水艦の各種ミサイルを放つことができ、発射管射出型の機雷も使用が可能です。2000年(平成12)までに43隻が就役していますが、そのうち19隻がポーランド、インド、アルジェリア、ミャンマー、イランに輸出されて現役で、インドネシアも保有が疑われています。
対して、改キロ級はロシアでは「プロジェクト636」と呼ばれるアップデート型で、1996(平成8)年に建造が始まり、2019年までに20隻が就役しています。ただし、この20隻は輸出用で、中国に10隻、ベトナムに6隻、アルジェリアに4隻引き渡されており、これらは全て現役です。
この改キロ級のなかでも、ロシア黒海艦隊で運用されているのは、2010(平成22)年から建造が始まった「プロジェクト636.3」と呼ばれるモデルです。こちらは現在までに9隻が就役しており、前出の通り黒海艦隊には6隻配備、さらに2隻が建造中で1隻が発注済みです。
これらキロ級および改キロ級は、比較的水深の浅い沿岸警備用の攻撃型潜水艦です。潜水艦にとって必須の静粛性に優れており、さらに改キロ級はエンジン出力の向上やスクリューの改良など近代化改良が施されていることから、実質的に最新鋭の潜水艦といえます。
黒海艦隊にはフリゲートやコルベット、巡洋艦、潜水艦からなる第5作戦戦隊があり、2013(平成25)年のシリア内戦で軍事介入しています。この第5作戦戦隊の戦力を確保するためとして、改キロ級2隻がウクライナ侵攻後の5月に地中海へ配備されています。
2022年7月現在、黒海と地中海を結ぶボスポラス海峡とダーダネルス海峡は、トルコが軍艦の通航を表向きは制限しています。トルコが海峡の通航制限を行うのは、1936(昭和11)年に発効したモントルー条約が根拠になっています。ただしトルコ政府は黒海沿岸諸国の船舶が母港に帰港する場合は例外としています。そこでロシア側は、地中海に出るロシアの改キロ級を、最終的にバルト艦隊の基地で整備される名目で、海峡の通過を正当化しました。
先に述べたようにロシア黒海艦隊には、キロ級1隻と改キロ級6隻がおり、そのうち後者の2隻が地中海へ派遣されています。そして黒海に残った改キロ級のうち1隻は母港のセヴァストポリで整備中のため、いま黒海で行動しているのは、キロ級1隻と改キロ級3隻ということになります。
改キロ級潜水艦 |
ウクライナ軍は6月10日、ロシア軍が黒海艦隊に潜水艦1隻を新たに配備し、巡航ミサイル40発が発射できる状態にあるとSNSで明らかにしました。
潜水艦ならではの隠密性もあって、今般のウクライナ紛争における潜水艦の作戦行動について情報はほとんど出てきませんが、ムィコラーイウやオデーサ(ロシア名オデッサ)に対するミサイル攻撃は、水上艦艇だけでなく潜水艦から発射された可能性があります。
ウクライナは、「ネプチューン」や西側から供与された「ハープーン」といった対艦ミサイルでは潜水艦を掃討できないため、対潜哨戒機や対潜ヘリが必要になります。しかし、西側諸国は155mm榴弾砲や対戦車ミサイル、地対空ミサイルと違って、航空機の供与はより直接的な軍事介入になるとして及び腰です。
また、戦闘機ならウクライナ空軍のパイロットは使いこなせますが、対潜哨戒機となるとそうはいきません。一応、ウクライナ海軍には航空旅団があるものの、戦闘機や汎用ヘリコプター、無人機(UAV)の飛行隊に限られており、対潜哨戒用としてはMi-14PLヘリコプターが3機あるだけです。固定翼の対潜哨戒機は運用実績すらないので、機体だけでなく搭乗員も供与しないと使い物にならないといえるでしょう。
加えて、たとえ対潜哨戒の態勢がとれたとしても航空優勢を確保する必要があります。ただし、開戦初期にウクライナ軍の対空ミサイルで多くのロシア軍機を撃墜したとはいえ、ウクライナもロシアも航空優勢を確保できていない現状では、ウクライナ側もおいそれと対潜哨戒機を黒海周辺で使うわけにはいきません。したがって現在、ウクライナ軍には、改キロ級への対抗手段がない状況なのです。
今後も黒海艦隊の水上艦艇は対艦ミサイルに狙われ続けるでしょう。しかし、潜水艦ならウクライナが使用するミサイルの射程内まで近づけます。ウクライナ側が潜水艦に対処できない限り、ロシアによる対地攻撃と海上封鎖は終わらないといえるでしょう。
最近、ウクライナ軍はクリミア大橋を破壊するという計画もあるといわれています。
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ウクライナは、「ネプチューン」や西側から供与された「ハープーン」といった対艦ミサイルでは潜水艦を掃討できないため、対潜哨戒機や対潜ヘリが必要になります。しかし、西側諸国は155mm榴弾砲や対戦車ミサイル、地対空ミサイルと違って、航空機の供与はより直接的な軍事介入になるとして及び腰です。
また、戦闘機ならウクライナ空軍のパイロットは使いこなせますが、対潜哨戒機となるとそうはいきません。一応、ウクライナ海軍には航空旅団があるものの、戦闘機や汎用ヘリコプター、無人機(UAV)の飛行隊に限られており、対潜哨戒用としてはMi-14PLヘリコプターが3機あるだけです。固定翼の対潜哨戒機は運用実績すらないので、機体だけでなく搭乗員も供与しないと使い物にならないといえるでしょう。
加えて、たとえ対潜哨戒の態勢がとれたとしても航空優勢を確保する必要があります。ただし、開戦初期にウクライナ軍の対空ミサイルで多くのロシア軍機を撃墜したとはいえ、ウクライナもロシアも航空優勢を確保できていない現状では、ウクライナ側もおいそれと対潜哨戒機を黒海周辺で使うわけにはいきません。したがって現在、ウクライナ軍には、改キロ級への対抗手段がない状況なのです。
今後も黒海艦隊の水上艦艇は対艦ミサイルに狙われ続けるでしょう。しかし、潜水艦ならウクライナが使用するミサイルの射程内まで近づけます。ウクライナ側が潜水艦に対処できない限り、ロシアによる対地攻撃と海上封鎖は終わらないといえるでしょう。
ウクライナに米軍もしくは日本並のASW(Anti Submarine Wafare:対潜水艦戦闘力)があれば、ロシアの潜水艦などほとんど問題にもならないでしょうが、残念ながらウクライナのASWは無いに等しいです。
これでは、いつまでもウクライナはロシアの海からの脅威に対処できません。2014年のクリミア危機のときにも、潜水艦のことは報道されませんでしたが、私はこの時にもロシアの潜水艦が活躍したと思います。ただ、潜水艦の行動は隠密にされるのが、普通ですから、他の報道にまぎれてほとんど報道されなかったのだと思います。
クリミア半島は半島とはいいながら島に近いですから、これを1〜2隻の潜水艦で交代制で24時間包囲してしまえば、これはロシア軍にとってかなり有利です。まずは、近くの海域にロシアの潜水艦がいるというだけで、ウクライナの艦艇などクリミアに接近することはできなくなります。
クリミアに常駐していた軍も、潜水艦で包囲され、陸路も絶たれてしまえば、艦艇を近づけようとしても撃沈されてしまうことになり、補給ができず、食料・水、弾薬などが尽きてお手上げになってしまいます。クリミア危機においては、ロシアの潜水艦はこのような動きをしていたと思います。
報道ではハイブリット戦などが強調されていましたが、クリミアが安々とロシアに併合されてしまった背景には、潜水艦の何らかの動きがあったのはほぼ間違いないと思います。
ちなみに、クリミア危機のときには、ウクライナは潜水艦「ザポリージャ」1隻だけを所有していたのですが、ロシア軍に接収されています。
ウクライナへの侵攻が始まったあと、この橋がロシア軍の物資の輸送に使われているので破壊すべきだという意見が、ウクライナ側から出ていました。クリミア大橋を破壊すれば、ロシアの黒海艦隊が母港としているセヴァストポリへの陸からの補給路を断つことができるからです。
クリミア大橋は、2014年にクリミア半島を併合したあと、ロシアが造りました。ロシアのクラスノダール地方にあるタマン半島とクリミア半島東端のケルチという町の間に架かっています。
クリミア大橋は、2014年にクリミア半島を併合したあと、ロシアが造りました。ロシアのクラスノダール地方にあるタマン半島とクリミア半島東端のケルチという町の間に架かっています。
全長およそ19キロメートルに及ぶ、鉄道と道路の併用橋です。2015年5月に工事が始まり、道路は18年5月に、鉄道は19年12月に完成しました。これによって、ロシア本土とクリミア半島が陸路でつながりました。
工費は37億ドルといわれます。 開通の式典には、プーチン大統領も出席。大型トラックのハンドルを自ら握って車列を先導し、ロシア側からクリミア半島へ渡るパフォーマンスを演じました。
クリミア大橋の開通式でトラックを運転したプーチン |
ただ、クリミア大橋を破壊することはでき、それによってロシア軍の兵站には支障がでることにはなりますが、それにしても黒海にロシアの潜水艦隊が存在するので、ロシア海軍の優位性は崩れることはなく、橋が破壊されれば、船や遠回りになるものの、他の陸のルートで物資を運ぶことになると思います。
ロシア海軍の優位性がある限りにおいては、ウクライナが南部を奪還したり、ましてやクリミアを奪還するのはかなり難しいでしょう。クリミア大橋を破壊したとしても、それで圧倒的にウクライナ側が有利になるというわけではないと思います。
このような背景があるからこそ、ルーマニアやウクライナもいずれ潜水艦を手に入れようとしているのでしょう。日米並の高い能力を持つ対潜哨戒機なども手に入れれば、ロシア海軍に対峙できます。
トルコ海軍は14隻の潜水艦を持っていますし、黒海はNATO加盟国やウクライナの潜水艦が跋扈する海域になる可能性があるのは間違いないようです。そうなれば、ロシア海軍の優位戦もゆらぐことになるでしょう。
おしむらくは、ウクライナが現在潜水艦もまともな対潜哨戒機もないことです。これらをウクライナが有していれば、戦況特に南部での戦況が変わった可能性は十分にあったと思います。
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