古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
ロシア軍へ向けて砲撃を行うウクライナ軍兵士=24日、ウクライナ・バフムート近郊 |
・プーチン大統領がウクライナでのロシア軍の侵攻を初めて「戦争」と呼んだ。
・この表現の変更で、停戦を視野に入れる方向に傾いたとの見方も生んでいる。
・バイデン政権は、プーチンが現実を認める次の段階として、軍の撤退及び終戦を求めると表明。
ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵略を初めて「戦争」と呼んだ。これまでは一貫して「特別軍事作戦」と呼び続けていたのだ。この言葉上の変化にどんな意味があるのだろうか。
アメリカ側ではさまざまな読み方があるが、バイデン政権は公式には「呼称をどう変えても侵略戦争はあくまで侵略戦争」として、厳しい態度を変えていない。
だがプーチン大統領の表現の変更はウクライナでの戦闘が同大統領にとってこれまでよりも深刻さを増して、停戦を視野に入れる方向に傾いたとの見方も生んでいる。
プーチン大統領は12月22日のモスクワのクレムリンでの記者会見でウクライナでの軍事行動について「われわれの目標はこの軍事衝突を弾みを増す車輪のように回転させることとは正反対に、この戦争を終わらせることだ。そのためにわれわれは努力している」と語った。
この言明でプーチン大統領がウクライナでのロシア軍の侵攻を公式発言としては初めて「戦争」と呼んだこととなり、幅広い関心を集めた。
プーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻を始めた2022年2月24日の冒頭からこの軍事行動を「特別軍事作戦」と呼び、その動きを「北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に対する防衛的行動とウクライナのナチス勢力からロシア民族系住民を解放する努力だ」と宣言してきた。
プーチン大統領とプーチン政権はウクライナでの自国の軍事行動に対してあくまで特別な作戦だと言明し、ロシア国内でこの「作戦」を「戦争」と呼ぶことをも新たな法律や条令で事実上、禁止してきた。プーチン政権に反対する野党側の国会議員がウクライナ侵攻を「戦争」と呼んで非難したことに対して同政権は逮捕して、懲役刑に処すという厳しい態度さえとってきた。
プーチン政権としてはロシア国民にウクライナへの軍事侵攻はロシアの国家や国民の全体を巻き込む戦争では決してなく、限界的、一時的な特殊の軍事作戦だと印象を与えるために「戦争」という呼称を禁じてきたとされる。
だがプーチン大統領自身がその禁句だったはずの「戦争」という言葉を公式の場で使ったのである。
しかしこの新たな動きに対してアメリカのバイデン政権は冷淡な対応をみせただけだった。アメリカ国務省報道官は次のような声明を発表した。
「今年2月24日以来、アメリカと全世界の多数の諸国はプーチンの『特別軍事作戦』というのはウクライナに対する一方的で不当な戦争であることをよく知ってきた。その300日も後にプーチンはついにその戦争が戦争であると認めたのだ」
「アメリカは、プーチンが現実を認める次の段階としてウクライナからロシア軍を撤退させ、この戦争を終わらせることを求める」
「プーチンの言葉の選択にかかわらず、ロシアの隣接した主権国家への侵略は多くの死、破壊、混迷を引き起こした」
「ウクライナ国民はプーチンの言葉の上での自明の表明になんの慰めも感じないだろう。プ―チンの戦争のために身内の人間を失った何万ものロシア人の家族たちも同じだろう」
以上のようなアメリカ政府の態度はこれまでも一貫してきた。バイデン政権が共和党側の支持をも得て、プーチン政権のウクライナ侵略を全面的に糾弾し、その中止をロシアに求める一方、ウクライナへの軍事支援を絶やさないという対応を保ってきたのだ。その大前提にはロシアの軍事行動の結果、ウクライナ領内で起きている事態は戦争だとする認識があった。
だがプーチン大統領はその軍事行動を戦争とは認めず、長い期間、ロシア国内でも「戦争」を禁句とし、徹底抗戦の構えを崩さなかった。ところが侵攻開始から約300日という時点にきて、やっと戦争を戦争だと認めることに踏みきったわけだ。
そのプーチン大統領の態度の変化についてワシントン・ポストなどの主要メディアはアメリカ側の複数の専門家たちの見解として
(1)プーチン大統領はこれまではウクライナを対等の主権国家とみなさないという前提を保ち、「戦争」という用語を使わなかったが、戦場での苦境を考慮すると、停戦への柔軟な余地を残すことが有益だと判断するようになった。
(2)国際世論のさらなる反ロシア化に対して、ある程度の譲歩を示すことが賢明だと考えるようになった。
(3)ロシア国内での国民に対する軍隊への動員令の拡大の必要性を考えると、ロシア自体がいま戦争状態にあることを明示するほうが現実的だと判断するようになった――ことなどをその理由としてあげていた。
【私の論評】戦争・コロナで弱体化する中露が強く結びつけは、和平は遠のく(゚д゚)!
プーチンは22日、ロシアはウクライナでの戦争の終結を望んでいるとし、全ての武力紛争は外交交渉で終結すると述べました。
プーチン氏は記者団に対し「われわれの目標は軍事衝突を継続することではない。逆に、この戦争を終わらせることを目標としている。この目標に向け努力しており、今後も努力を続ける」とし、「これを終わらせるために努力する。当然、早ければ早いほど望ましい」と語りました。その上で「これまでに何度も言っているが、敵対行為の激化は不当な損失をもたらす」と指摘。「全ての武力紛争は何らかの外交交渉によって終結する」とし、「遅かれ早かれ、紛争状態にある当事者は交渉の席について合意する。ロシアに敵対する者がこうしたことを早く認識するのが望ましい。ロシアは決して諦めていない」と述べました。
米ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官はオンライン形式の記者会見で、プーチン大統領は「交渉の意図があることを全く示していない」と指摘。「全く逆だ。プーチン氏が行っていることは全て、戦争をエスカレートさせる意向を示している」と述べました。
その上で、バイデン米大統領はプーチン大統領との会談を排除していないが、プーチン氏が交渉に真剣な姿勢を示し、ウクライナのほか同盟各国と協議した後のみに実現するとの見方を示しました。
ロシアはこれまでも交渉に応じる姿勢を示し、交渉を拒否しているのはウクライナだと主張。これに対しウクライナや米国などは、ロシアは戦況が思わしくないことから時間稼ぎをしようとしているのではないかと懐疑的な見方を示しています。
ウクライナのゼレンスキー氏は21日に訪米し、ホワイトハウスでバイデン大統領と会談した後、議会で演説。米政府はゼレンスキー氏の訪問にあわせ、ウクライナに対し広域防空用地対空ミサイルシステム「パトリオット」を含む18億5000万ドルの追加軍事支援を行うと発表しました。
プーチン大統領は米国が「パトリオット」供与を決めたことについて、パトリオットは「かなり古いシステム」で、ロシアの地対空ミサイルシステム「S300」のようには機能しないとし、ロシアは対抗できるとの見方を示しました。
また、ロシアの戦費調達能力を制限することを目的とした西側諸国によるロシア産石油の価格上限設定がロシア経済に打撃を与えることはないと強調。その上で、来週初めにロシアの対応を打ち出すための法令に署名すると述べました。
ドイツのシュタインマイヤー大統領は12月20日、中国の習近平国家主席と電話会談を行い、ウクライナ戦争を終結させるためロシアのプーチン大統領に対して影響力を行使するよう要請しました。
シュタンマイヤー独大統領 |
同会談で、シュタインマイヤー大統領はロシア軍がウクライナから撤退することは中国と欧州の共通の利益と強調したといいます。ドイツのショルツ首相が11月上旬に中国を訪問して習氏と会談した際、習氏はウクライナでの核兵器使用に明確に反対する意思を示しており、今回の電話会談もその延長線上にあり、ドイツとしてプーチン大統領と関係を保つ習氏に要請するという極めて現実的な路線を取ったといえます
仮に、習氏がプーチン大統領を説得し、同大統領をバイデン大統領やゼレンスキー大統領が待つ対話のテーブルに座らせ、ウクライナからロシア軍が撤退し、和平への兆しを主導したならば、習国家主席はノーベル平和賞ものでしょう。しかし、これについては3つのシナリオがあると考えらます。
1つは、社会主義による現代化により中国の強化を目指す習氏としては、対外的影響力を確保・拡大させるために諸外国からの評価、信頼を獲得するというシナリオです。特に、欧米との対立が激しくなるなか、習氏としてはできるだけ多くの欧米諸国と摩擦を最小化しておきたいのです。
そこで、戦争終結や和平で一役を買えば、欧米だけでなく途上国からも一定の信頼、評価を得らえられます。ロシアがウクライナに侵攻することによる中国にはメリットはほぼ皆無です。習がプーチン大統領と遠からず近からずのポジションを維持している背景には、“ウクライナ侵攻を黙認する中国”というイメージが国際社会で浸透することを回避したいという本音があります。
もう1つは、和平どころか、プーチン大統領の説得にも動かず、現在のポジションを維持するというシナリオです。習には、国内経済の勢いが低下し、反ゼロコロナなど反政権的な動向もみられ、米中対立や台湾問題など課題が山積するなか、ウクライナ問題で時間を割かれたくない、首を突っ込みたくないという想いがあると考えられます。
仮に、説得に乗り出したものの、プーチン大統領がそれを拒否すれば、中ロ関係の冷え込みに繋がる可能性すらあります。習氏も侵攻を決断したプーチン大統領を良く思わない部分もあるでしょうが、対米国という文脈でロシアが戦略的共闘パートナーであることは間違いなく、その部分で中ロ関係を悪化させたくないという本音もあるでしょう。
また、説得に失敗すれば、これまで積み上げた中国のイメージ低下に繋がる可能性もあります。欧米やグローバルサウスの中からは、“所詮、中国の国力はこんなものだ”、“3期目となっても習氏の外交交渉力は大したことない”という声が増えてくることも考えられます。米国にとってはむしろ歓迎という考えもあろうが、習氏にはそういった警戒感もあるでしょう。
以上が、中国がゼロコロナ前までのシナリオですが、もう一つのシナリオも見えてきました。
それは、中国がゼロコロナ政策をやめた後の変化によるシナリオです。
プーチンと 習近平は30日、オンライン形式で会談しました。露大統領府によると、プーチン氏は会談の冒頭、習氏に訪露を招請し、来春のモスクワ訪問に向けて準備していることを明らかにしました。ウクライナ侵略後の米欧からの圧力に対し、中露の軍事協力の拡大で対抗する姿勢も強調しました。
30日、モスクワで、中国の習国家主席(左)とオンライン形式で会談するプーチン露大統領 |
両首脳による会談は、9月15日に中央アジア・ウズベキスタンのサマルカンドで行った対面会談以来です。プーチン氏は習氏の訪露について、「(中露の)強固な関係を世界中に誇示することになる」と述べました。
習氏の訪露が実現すれば、2019年6月に露西部サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムに出席して以来となります。2月のウクライナ侵略以降、米欧との対立が先鋭化しているプーチンにとって大きな外交成果となります。
習は露側が公開した冒頭のやり取りで、「ロシアとの戦略的な協力を増大する用意がある」と表明しました。訪露には言及しませんでした。
プーチン氏は、中国との軍事協力に関し、中露関係全体で「特別な地位を占めている」と重要性を強調し、「我々はロシアと中国軍の協力強化を目指す」と語りました。ウクライナ侵略が長期化する中、中国軍との緊密な関係を誇示し、ウクライナを支援する米欧をけん制する意図があるとみらます。
プーチン氏と習氏は、中露間の貿易が記録的な水準で伸びていることを互いに指摘し、エネルギー分野を中心に連携を深める方針も確認しました。
今回の両首脳による会談は、露側が再三日程に言及するなど意欲的な姿勢が目立った。先進7か国(G7)と欧州連合(EU)が今月、海上輸送する露産原油の取引価格に上限を設定する追加制裁を発動しており、プーチン氏は年内に中国との緊密な関係を確認しておきたかったものとみられます
習の訪露が実現すれば、習にとってプーチンを説得できる、絶好の機会となります。ただ、来春というと、英医療調査会社エアフィニティーは29日、新型コロナウイルス感染者が急増する中国の死者について「来年4月末までに170万人に達する恐れがある」と警告しています。米ジョンズ・ホプキンス大の集計では、コロナによる世界の死者数は約669万人。同社の推計が正しければ、中国だけで一気に死者数が膨らみそうです。
来年の4月頃には、このブログにも以前掲載したとおり、サマーズ氏が予告したように、中国は国内生産(GDP)で米国を追い越すと言われていた国とは思えないような国になっているでしょう。その頃には、中国の最大の課題はコロナ禍からの回復に絞られているはずです。
プーチンはこのことも理解していると思われます。にもかかわらす、来春に習の訪露を招請するのでしょうか。
コロナで弱りきった中国は、西側諸国のように同盟国は存在せず、しかも現状では西側諸国と対立しており、コロナ復興は自力で行わなければなりません。コロナ前の中国なら、先あげた二番目のシナリオで、和平どころか、プーチン大統領の説得にも動かず、現在のポジションを維持をする公算が高かったと考えられます。
しかし、弱りきった中国なら、ロシアにかなり接近してくる可能性は高まるでしょう。特に、エネルギーや食料に関しては、中国はロシアにかなり頼れそうです。ロシア側とすれば、中国に武器に関しては頼れそうです。両者の利益が合致して、なりふり構わず、両者のパートナーシップは強まり、同盟関係に近くなるかもしれません。
ロシアとしては、ソ連の軍事技術を引き継いでいますから、中国に対してはこれからも、軍事技術を供与しつつ、中国に武器を製造させこれを輸入し、ロシアは中国に対してエネルギーと食料を輸出するということで、互いに密接に助け合うという構図が成立するかもしれません。
習氏に訪露を招請した、プーチンの腹にはこうした思惑があると考えられます。そうであれば、プーチンの「戦争を終わらせる」という発言は単なる時間稼ぎかもしれません。
中露関係が、パートナーシップから同盟関係に近いものになれば、ロシアはウクライナでの戦争をこれからも、安定して続けられるかもしれません。そうなれば、和平は遠のくでしょう。
西側諸国は、こうしたことを防ぐために、中露に何らかの形で楔を打ち込む必要がでてくるかもしれません。
皆様、今年も当ブログをご訪問していただき誠に有りがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。明日は、ブログを書くことができるかわからないので、念のためのご挨拶です。
西側諸国は、こうしたことを防ぐために、中露に何らかの形で楔を打ち込む必要がでてくるかもしれません。
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