2025年11月1日土曜日

小泉防衛相『原潜も選択肢』──日本がいま問われる“国家の覚悟”

まとめ

  • 2025年10月31日、小泉進次郎防衛大臣が「原子力推進潜水艦も議論対象」と明言し、戦後初めて原潜保有を政策議論の俎上に載せた。背景には中国やロシアの潜水艦活動の活発化と、我が国のシーレーン全域に及ぶ安全保障環境の変化がある。
  • 日本の通常動力潜水艦は世界最高水準にあり、たいげい型を中心に静粛性と造船精度で群を抜く。米海軍関係者からも「日本の通常型は我々の原潜より静か」と評されている。
  • 原潜は長期間の潜航が可能という強みを持つが、原子炉を搭載する以上、完全な無音化は不可能であり、最終的な静寂性では日本の通常型に及ばない。
  • 米国は冷戦期に通常型潜水艦の建造を中止し、現在は原潜しか造れない国になった。日本はその轍を踏まず、原潜と通常型の両輪を維持すべきである。
  • 小型モジュール炉(SMR)を原潜動力として開発すれば、民間と軍事の技術革新が相互に加速し、工場製造による短工期化とコスト削減が可能となり、我が国のエネルギー安全保障と防衛抑止力の両面を強化できる。
1️⃣小泉防衛大臣の発言が示した政策転換


2025年10月31日、小泉進次郎防衛大臣は「すべての選択肢を排除せず、原子力推進潜水艦も議論対象にある」と明言した。長らくタブー視されてきた原潜保有の可否を、政府として正式に政策議論の俎上に載せた発言である。シンガポール紙『The Straits Times』はこの発言を「防衛政策の明確な転換点」と評し、国際社会も強い関心を寄せた。

その背景には、安全保障環境の急速な悪化がある。中国海軍は南シナ海から西太平洋に原潜と攻撃型潜水艦を常時展開し、ロシアの太平洋艦隊もオホーツク海を拠点に活動を強化している。台湾海峡有事を想定した演習が頻発し、日本のシーレーン全域が潜在的な作戦空域と化した。防衛省の有識者会議が2025年9月に公表した「防衛力の抜本的強化に関する報告書」で、「長距離かつ長時間潜航を可能とする潜水艦能力」の必要性が明記されたのは、こうした現実を踏まえてのことだ。日本は今、近海防衛の殻を破り、広域防衛へと戦略を転じざるを得ない。

2️⃣日本の潜水艦技術と静粛性の真価

久慈港上諏訪岸壁に停泊する最新鋭潜水艦「じんげい」 2024年7月13日

日本の通常動力潜水艦は、すでに世界の頂点に立っている。たいげい型をはじめ、川崎重工と三菱重工が手がける艦は、リチウムイオン電池による静音航行、防振構造、吸音タイルの貼付精度など、あらゆる点で群を抜く。米海軍関係者の間でも「日本の通常型は、我々の原潜より静かだ」と評されているほどだ。短期間の潜航では、世界最静音といって差し支えない。

原潜の強みは、燃料補給や充電を必要とせず、数か月単位で潜航できる点にある。海上交通路の監視、インド太平洋全域での情報収集、長期の抑止任務など、行動範囲の広さでは圧倒的だ。しかし、いかに技術革新が進んでも、原子炉を搭載する限り「完全な静寂」は不可能である。自然循環冷却やウォータージェット推進などの工夫によって騒音は劇的に減ったが、タービンの軸音や冷却系のわずかな振動はゼロにはできない。これが原潜という構造の宿命だ。

したがって、「原潜はうるさい」という古い通念は時代遅れではあるが、完全に間違いとも言い切れない。静粛性の最終段階で原潜に勝るのは、依然として電池駆動の通常型である。日本はこの静音技術を極限まで磨き上げており、世界に類例がない。

米国は冷戦期に通常型潜水艦の建造をやめ、今では原潜しか造れない国になった。ディーゼル電動潜水艦のノウハウはすでに失われ、盟友オーストラリアにすら通常型供与ができず、AUKUSで原潜供与に踏み切ったのはその裏返しでもある。日本はこの轍を踏むべきではない。原潜と通常型の両輪を維持し、任務に応じて最適な艦を選べる態勢を保つことこそ、真の海洋国家の戦略的柔軟性である。

3️⃣SMR原潜の現実性と民間技術の加速効果

NuScale Power社のSMR(小型モジュール炉)の1ユニットモジュールの模型

その中で注目されるのが、SMR(小型モジュール炉)を原潜に搭載する構想である。SMRは小型で安全性が高く、自然循環冷却を採用できるため静粛性との両立が図れる。日本では経産省と日本原子力研究開発機構(JAEA)を中心に研究が進み、民間では東芝の4S炉や三菱重工のiSMRなどが開発段階にある。これらは潜水艦用動力に転用しやすい設計思想を持ち、国内技術の蓄積をそのまま防衛分野に活かせる。

SMRを原潜搭載を前提に開発すれば、民間と軍事の両分野が相互に加速する。SMRの特徴はモジュール化と工場製造にあり、量産効果で建設期間を半減できると米国ITIFの報告書も指摘している。 日本政策投資銀行(DBJ)の調査でも、標準化と供給網整備が進めば導入速度が上がり、社会実装への障壁が下がると結論づけられている。

民生と軍事で技術・人材・部品供給を共有できれば、制度的ボトルネックが一気に消える。国家としてのエネルギー安全保障と防衛抑止の両面で、大きな“投資のうねり”を生む。小泉防衛大臣の「選択肢を排除しない」という言葉は、この二つの流れを一本に束ねる号砲にほかならない。

結論

我が国が原潜を持つべきか否か。その議論は単なる装備論を超え、「海に生きる国家としてどこまで責任を負うか」という覚悟の問題である。
静粛性で世界を凌駕する通常型潜水艦を極めつつ、SMRを軸とした新世代原潜の研究を進める。その両輪を維持できるのは、日本だけだ。
原潜に頼り切るのではなく、静けさを極めた通常型を磨きながら、長期行動を支える原潜を育てる。そのバランスを保った国こそ、真に強い海洋国家である。

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