2024年12月28日土曜日

「恐ろしい時代」 留学生に米大学が注意喚起、トランプ氏就任前に入国を―【私の論評】無秩序な留学生増加がもたらす国家の危機:日本と米国の実態と教訓

「恐ろしい時代」 留学生に米大学が注意喚起、トランプ氏就任前に入国を

まとめ
  • ドナルド・トランプ新大統領の就任を控え、外国人留学生の間で再入国禁止措置への不安が広がり、早期の帰国を促す大学が増えている。
  • トランプ氏は強硬な移民政策を公約しており、中国やインドが新たに入国禁止の対象になる可能性がある。
  • 一方で、トランプ氏は米国の大学を卒業した外国人に自動的に永住権を与える公約もしており、これが実現すれば多くの留学生が合法的な永住資格を得る可能性があるが、対象は限定される見込みである。

米コーネル大学

米国でドナルド・トランプ新大統領の就任を控え、外国人留学生の間に不安が広がっている。特に、再入国禁止措置の再実施を懸念する声が多く、米国外に渡航した留学生に対して早めに米国に戻るよう促す大学も存在する。外国人留学生は2023~24年度に110万人以上に達しており、トランプ氏は強硬な移民政策を公約している。これには、過去に入国禁止措置の対象となった国々に加え、中国やインドが新たに含まれる可能性がある。

例えば、ニューヨーク大学では、インドからの留学生が「外国人留学生にとって恐ろしい時代」と述べ、同大学の留学生受け入れ数が昨年度で27,000人以上だったことからも、その懸念がいかに広がっているかが伺える。コーネル大学は、冬休みを利用して米国外に渡航する留学生に対し、1月21日より前に戻るか、渡航計画についてアドバイザーに相談するよう呼びかけている。大学側は、トランプ氏の就任後に入国禁止措置が講じられる可能性が高いと警告しており、これにより留学生の生活や卒業が影響を受ける可能性がある。

また、サザンカリフォルニア大学も、留学生に対してトランプ氏が就任する1週間前までに米国に戻るよう促している。大学側は、大統領令が出される可能性があり、渡航やビザ手続きに影響を及ぼす恐れがあるため、早期の帰国が最も安全であると指摘している。さらに、不法移民の大量強制送還の影響により、冬休みの旅行計画に関係なく学生に支障が出る可能性も懸念されている。

一方で、トランプ氏は米国の大学を卒業した外国人に自動的に永住権を与える公約を掲げており、これが実現すれば数百万人の留学生が合法的な永住資格を得る可能性がある。しかし、この公約の対象は「最もスキルをもつ卒業生」に限られると強調されており、共産主義者やイスラム過激派、アメリカ嫌いの人々は除外されるとされている。トランプ氏がこの公約について公の場で言及していないため、新政権が実際にどのような対応をするのかは不明である。留学生たちは、今後の動向に非常に敏感になっている状況である。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】無秩序な留学生増加がもたらす国家の危機:日本と米国の実態と教訓

まとめ
  • 米国では留学生の急増(過去10年間で80%増)により管理体制が追いつかず、特にF-1ビザの簡素化が無秩序な受け入れを助長している。
  • 中国人留学生が多く(全体の約30%)、スパイ活動や国家安全保障へのリスクが指摘され、特定の事例も報告されている。
  • 日本は「留学生300,000人計画」を掲げ、受け入れ人数を増加させようとしているが、受け入れ体制が不十分であり、米国と比較して周回遅れといえる。
  • 留学生関連のトラブルや労働市場での摩擦、地域社会との対立が社会的不安を引き起こしている。
  • 米国および日本は国家安全保障や社会的統合を考慮した管理体制の強化が必要で、無秩序な受け入れは国家の未来を危うくするリスクがある。

アメリカの留学生受け入れが無秩序に行われているという指摘は、具体的なエビデンスによって裏付けられている。まず、近年の留学生の急増がその主要因である。2023年のデータによれば、米国には約110万人以上の外国人留学生が在籍しており、その数は過去10年間で約80%も増加している。この急増は、教育機関や政府の管理体制が追いついていないことを示している。

留学生ビザ(F-1ビザ)

留学生ビザ(F-1ビザ)の取得プロセスが簡素化されていることも、無秩序な受け入れを助長する要因となっている。オンライン申請や迅速なビザ発給が行われる一方で、申請者の背景調査が不十分であるとの指摘がある。2020年の調査によれば、FBIは外国人留学生の中にテロリズムに関与する可能性のある者が含まれていると警告しており、これは留学生受け入れの管理が甘いことを示している。

特に問題なのは、中国からの留学生が全体の約30%を占めていることだ。この集中は、スパイ活動やテロリズムのリスクを高める要因となり、2020年にはアメリカの大学に在籍する中国人留学生が国家安全保障上の脅威としてFBIに注目される事例もあった。このような状況は、特定の国からの留学生受け入れが無秩序に行われていることを示唆している。

また、アメリカのいくつかの都市では、留学生が多数集まることで地域社会との摩擦が生じている。ニューヨーク市では、外国人留学生が多く住む地区で地元住民との対立が報告され、地域社会の分断が進む可能性がある。大学院でも、研究活動に参加する留学生が多く、特に技術や科学分野においては国家安全保障に関わる重要な情報が扱われることがある。米国の大学院で学ぶ中国人留学生の中には、国家機関からスパイ活動を指示されているケースが報告されており、これによりアメリカの先端技術や研究成果が盗まれるリスクが高まっている。特に2020年には、ハーバード大学の教授が中国のスパイ活動に関与していたとして逮捕される事件が発生し、大学院における研究の脆弱性が露呈した。

ハーバード大学で化学・化学生物学科長を務めていたチャールズ・リーバーはスパイ容疑で逮捕された

アメリカ政府は近年、留学生の受け入れに対する規制を強化する動きを見せているが、依然として多くの留学生が無秩序に入国している状況は続いている。2021年には国土安全保障省が留学生のビザ発給基準を見直す方針を示したが、具体的な実施には時間がかかるとされている。このように、米国の留学生受け入れが無秩序に行われていることは、国家安全保障や社会的統合の観点からも深刻な問題である。

これらの状況を鑑みると、米国にとって、今までの無秩序な留学生受け入れこそが「恐ろしい時代」であったと言える。テロリズムやスパイ活動、社会的対立といったリスクを引き起こす可能性があるため、アメリカはより厳格な管理と規制を必要としている。国益を守るためには、留学生の受け入れに関する政策を見直し、適切な管理体制を整えることが求められる。大学院においても、特に研究活動におけるリスクを考慮し、留学生に対する監視や管理を強化することが重要である。

一方、日本の留学生受け入れに関する政策は、近年、無秩序に行われているとの指摘が多く、支援を拡張する傾向が見られる。これは周回遅れのとんでもない措置であり、厳しく批判されるべきである。文部科学省は「留学生300,000人計画」を掲げ、2020年までに300,000人の留学生を受け入れることを目指しているが、受け入れ体制の整備が追いついていない。

留学生の増加は、日本の大学や専門学校においても顕著で、特にアジア諸国からの学生が増加している。2022年のデータによれば、日本には約31万人の留学生が在籍しており、特に中国、ベトナム、ネパールからの学生が多くを占めている。しかし、この急増に対して、受け入れ体制やサポート体制が整っていないとの指摘がある。言語の壁や文化的な違いから、留学生が日本社会に適応するのが難しいという報告も多く、これが社会的な摩擦や地域コミュニティとの対立を引き起こす原因となっている。

加えて、留学生の受け入れは経済的な側面からも重要視されているが、無秩序な受け入れは労働市場における競争を激化させる可能性がある。特に、留学生が安価な労働力として利用されるケースがあり、これが日本人労働者との摩擦を生むことが懸念されている。外国人労働者が多く働く業種では、賃金の低下や労働条件の悪化が報告されており、社会的不安を引き起こす要因となっている。

さらに、留学生に関連する犯罪やトラブルが増加していることも問題視されている。2021年には、留学生が関与した犯罪事件がメディアで報じられることが増え、地域社会との関係が悪化する事例が見られた。これにより、留学生に対する偏見や差別的な感情が高まることも懸念されている。

クリックすると拡大します

さらに、大学院生による日本の機微な情報が盗まれるリスクにも注意が必要だ。近年、特に中国人留学生が日本の大学院で学ぶ機会が増加しており、彼らが研究する分野は科学技術や情報通信に関わる重要な領域である。これにより、日本の先端技術や研究成果が狙われる可能性が高まっている。具体的には、特定の中国人留学生が日本の大学で扱う研究データを不正に取得し、母国に持ち帰った事例も存在する。このような行為は、国家安全保障に対する深刻な脅威となり得る。

日本は留学生の受け入れに関する政策を根本的に見直す必要がある。特に、留学生が日本社会に適応できるような支援体制を整えるとともに、国家安全保障に対する配慮を強化することが求められる。言語教育や文化交流の促進を図ることに加え、研究機関や大学における情報管理体制の強化が不可欠である。

これらの課題に対処しなければ、日本は留学生受け入れにおいて深刻なリスクを抱え続けることになる。国益を守るためには、包括的な戦略を持ち、留学生の受け入れに伴うリスクを適切に管理することが重要である。無秩序な受け入れを続けることは、国家の未来を危うくする危険な賭けである。日本は、留学生に対する管理を強化し、真の意味での国際交流を実現するために必要な手立てを講じるべきだ。国際的な信頼を築くためにも、留学生受け入れの質を高め、真に社会に貢献する人材を育成する環境を整えることが急務である。

今後、留学生の受け入れ政策を見直し、適切な管理体制と支援を整えることが、国家の未来を守るための第一歩となる。社会全体にとって有益な形での留学生受け入れを目指すことで、国際的な競争力を高め、より良い未来を築くことができるだろう。日本は、留学生受け入れにおいて真剣に取り組む必要があり、その結果として国益を守り、社会の調和を図ることが求められている。

【関連記事】 

WHO運営にも支障が…アメリカのトランプ次期大統領が政権発足の日にWHO脱退か 複数メディア報じる―【私の論評】最近のトランプ氏の発言から垣間見る米国流交渉の戦略的アプローチ 2024年12月27日


米議会、中国人留学生“排除”に本腰 「ビザ発給禁止」共和党議員が法案提出…日本に同じ措置要請も? 最先端技術の流出阻止へ―【私の論評】日本も米国に倣い中国人留学生を大幅に制限すべき 2019年5月24日

2024年12月27日金曜日

WHO運営にも支障が…アメリカのトランプ次期大統領が政権発足の日にWHO脱退か 複数メディア報じる―【私の論評】最近のトランプ氏の発言から垣間見る米国流交渉の戦略的アプローチ

WHO運営にも支障が…アメリカのトランプ次期大統領が政権発足の日にWHO脱退か 複数メディア報じる

まとめ
  • トランプ次期大統領が政権発足日にWHOからの脱退を検討していると報じられ、政権移行チームが公衆衛生専門家にその計画を伝えた。
  • アメリカはWHOの最大の資金拠出国であり、脱退がWHOの運営や国際的な感染症対策に影響を及ぼす可能性がある。


 アメリカのトランプ次期大統領が政権発足の日にWHO=世界保健機関からの脱退を検討していると複数のメディアが報じました。

 イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」などによりますと、トランプ氏の政権移行チームが公衆衛生の専門家に対して、1月20日の就任式にもWHOからの脱退を発表する計画を伝えたということです。

 トランプ氏は1期目に新型コロナウイルスの感染拡大をめぐりWHOが「中国寄りだ」と批判して脱退する方針を示していましたが、その後に就任したバイデン大統領が撤回しました。

 アメリカはWHOへの最大の資金拠出国で、脱退した場合、WHOの運営に支障が出る可能性があります。

 また(新型コロナウィルスのような)世界的な感染症が発生した場合、国際的な取り組みに影響が出る恐れもあります。

【私の論評】最近のトランプ氏の発言から垣間見る米国流交渉の戦略的アプローチ

まとめ
  • トランプ氏がWHOからの脱退をほのめかすのは、米国流の交渉手法の一環であり、交渉の余地が残されていると考えられる。
  • トランプ氏がカナダとメキシコに関税をかける意向を示している背景には、アメリカ社会を蝕むフェンタニル問題が関与しており、両国に対する警告として捉えられる。
  • アメリカ流の交渉スタイルでは、高い初期要求を提示し、その後の交渉で妥協点を見つける手法が一般的である。
  • オープンなコミュニケーションが重視される一方で、威嚇や懐柔といった戦術も用いられ、特に中国との交渉ではリスクか顕在化した。
  • トランプ氏の行動を理解することで、国際的な課題へのアプローチが柔軟にできるようになる。日本もこれを理解して、適切な交渉を行うべきである。

米国流交渉術とは・・・・

トランプ氏がWHOからの脱退をほのめかしているのは、米国流の交渉の一過程である可能性が高い。米国の交渉スタイル、特にビジネスにおいては、初めに自分の望ましい条件を強く主張し、その後交渉を進めながら要求水準を下げつつも、譲れないポイントを堅持するという手法が一般的である。トランプ氏もこのような交渉術を用いており、彼とWHOとの間には未だ交渉の余地があると考えるべきだ。

もしトランプ氏が本当にWHOからの脱退を考えているのであれば、彼は上記のような発言をすることはないだろう。第二次トランプ政権が始まった際、淡々と脱退の手続きを進める可能性が高い。

トランプ氏はカナダとメキシコに関税をかける意向を示しているが、その背後にはアメリカ社会を蝕むフェンタニル問題がある。両国には、中国からフェンタニルの原料が輸出され、両国のギャングがこれを加工してアメリカに流入させているという調査内容も存在する。トランプ氏は「両国がフェンタニルを厳しく取り締まらなければ、関税を引き上げる」と語っており、この発言は単なる脅しではなく、実際に両国との交渉を有利に進めるための下準備と捉えられる。

昨日このブログにも掲載した、 トランプ次期米大統領がグリーンランドの「購入」の意図の表明も、デンマーク政府との交渉を有利に導くための交渉の前準備と捉えられる。


アメリカ流の交渉スタイルは、その特性や戦略において非常に興味深い。アメリカの交渉スタイルの基本的な特徴の一つは、「高い初期要求」を提示することである。交渉の初期段階で自分の理想的な条件を強く主張することで、後の交渉での妥協点を見つけやすくなる。著名な交渉家ロジャー・フィッシャーとウィリアム・ユーリーは、著書『Getting to Yes』の中で、最初の要求が高ければ高いほど最終的な合意も有利になる可能性が高いと述べている。この理論は心理学的にも支持されており、初期の要求がその後の交渉に影響を与えることが多いという研究結果もある。

次に、アメリカ流の交渉では「オープンなコミュニケーション」が重視されるが、特に影響力の大きい交渉では、率直さだけでなく、日本でいうところの「腹芸」に近い、威嚇や懐柔といった戦術も用いられる。アメリカのテクノロジー企業が中国企業との契約交渉において、オープンに意見を交換し透明性を持って進めるケースが多く見られるたが、必ずしも成功を収めているわけではない。

具体的な失敗事例として、アメリカのテクノロジー企業IBMが中国の企業と提携した際、重要な技術が流出し競合他社に利用されることとなった。このようなケースは、アメリカ企業が中国側の意図を過小評価し、オープンなコミュニケーションを信じすぎた結果、技術の剽窃に遭う典型的な失敗を示している。また、2015年には中国のハッカーによるサイバー攻撃で、数百万人の顧客データが流出した。この事件は、アメリカ企業が中国市場でビジネスを進める際、情報セキュリティや知的財産権の保護がいかに重要であるかを浮き彫りにした。


さらに、アメリカの自動車メーカーであるフォードが中国の自動車メーカーとの提携を進めた結果、フォードの技術が模倣される事態が発生した。これも、オープンに意見交換を行うことが必ずしも安全であるとは限らないことを示している。

これらの失敗事例は、アメリカ企業がオープンなコミュニケーションを重視するあまり、中国側の意図やリスクを過小評価し、結果的に重要な資産が流出するリスクを冒していることを示している。このような観点を踏まえると、アメリカ流の交渉スタイルは、表面的にはオープンなコミュニケーションを重視しつつも、実際には複雑な心理戦や戦略的な駆け引きが必要であることが理解できる。

トランプ氏の行動は、このスタイルを反映している。彼が最初に高い要求を示し、その後妥協点を探るプロセスは、アメリカ流の交渉術に基づいている。

そうして、以上で述べたような視点を持つことで、トランプ氏の行動をより深く理解し、国際的な公衆衛生問題や他の国際的な課題へのアプローチを柔軟に捉えることが可能になるだろう。 日本に対してもいずれ法外な要求をしてくる可能性もある。しかし、焦ってはならない。その意図するところを正しく理解して、交渉すべきである。

【関連記事】

グリーンランドの防衛費拡大へ トランプ氏の「購入」に反発―【私の論評】中露の北極圏覇権と米国の安全保障: グリーンランドの重要性と未来 2024年12月26日

トランプ氏、プーチン氏との会談示唆-ウクライナ戦争終結に向け―【私の論評】トランプ政権とウクライナ戦争:和平への道筋とバイデン政権の戦略 2024年12月23日

トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能性も...「本当に怖い存在」習近平の中国との関係は?―【私の論評】発足もしてない政権に対して性急な結論をだすべきではない 2024年12月22日

トランプ氏「シリアでトルコが鍵握る」、強力な軍隊保有―【私の論評】トランプ政権トルコのシリア介入許容:中東地政学の新たな局面 
2024年12月18日

<北極圏を侵食する中国とロシア>着実に進める軍事的拡大、新たな国の関与も―【私の論評】中露の北極圏戦略が日本の安全保障に与える影響とその対策 2024年10月29日

2024年12月26日木曜日

グリーンランドの防衛費拡大へ トランプ氏の「購入」に反発―【私の論評】中露の北極圏覇権と米国の安全保障: グリーンランドの重要性と未来

グリーンランドの防衛費拡大へ トランプ氏の「購入」に反発

まとめ
  • デンマーク政府はグリーンランドの防衛費を拡大し、予算を少なくとも15億ドルに増やすと発表した。これは長距離ドローンの購入に充てられる予定である。
  • トランプ次期米大統領がグリーンランドの「購入」に意欲を示したが、エーエデ首相は「我々は売り物ではない」と反発した。
  • グリーンランドは地政学的に重要な地域であり、ロシアの軍備増強や資源開発が進む中、米国の安全保障上の関心が高まっている。
北極圏にある世界最大の島グリーンランド

 デンマーク政府は、グリーンランドの防衛費を拡大することを発表した。この発表は、トランプ次期米大統領がグリーンランドの「購入」に意欲を示した後に行われたが、エーエデ首相は「我々は売り物ではない」と反発している。デンマークの国防相であるポールセン氏は、これまで北極圏への投資が不足していたことを認め、グリーンランドの防衛予算を少なくとも15億ドル(約2350億円)に増やすと述べた。この資金は、長距離ドローン(無人機)の購入などに充てられる予定である。

 グリーンランドが近年注目される背景には、その地政学的な重要性がある。米国のニュースサイト「ポリティコ」によると、ロシアが米国に向けて核を搭載した長距離弾道ミサイルを発射した場合、グリーンランド上空を通過する可能性が高いとされている。また、グリーンランド北部には米軍の宇宙軍基地も存在するが、視界が悪い北極圏上空では十分な対抗ができないという懸念もある。

 近年、ロシアは北極圏での軍備を増強しており、中国も資源開発を進めている。トランプ氏はこうした状況を考慮し、「米国はグリーンランドを所有し、管理することが絶対に必要だ」と訴えている。実際、1946年には当時のトルーマン米大統領もグリーンランドの購入をデンマークに打診していたことがある。

 グリーンランドは面積が約217万平方キロメートルと日本の約6倍であり、国土の約80%は氷で覆われている。人口は約5万6000人で、主な産業はエビや魚の輸出である。しかし、地球温暖化の影響で氷が解け始め、地下資源の調査が容易になっている。グリーンランドには豊富なウラン、金、レアアース(希土類)、さらには石油や天然ガスが埋蔵されている可能性が高い。これにより、グリーンランドの地政学的な価値はさらに高まりつつある。 

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】中露の北極圏覇権と米国の安全保障: グリーンランドの重要性と未来

まとめ
  •  ロシアと中国は、北極圏の軍事プレゼンスを拡大し、資源の管理を強化している。
  • 中露の活動が米国の警戒レベルを引き上げ、早期警戒能力を制限し、北極圏での軍事的プレゼンスを強化する必要が生じている。
  • トランプ前大統領がグリーンランドの「購入」に意欲を示したのは、北極圏での影響力を高めるための重要な戦略である。
  •  中露が北極圏の資源を独占することで、米国や日本、欧州諸国のエネルギー供給が制限される可能性がある。
  • NATOとロシアの軍事演習の拡大や、通信インフラの損傷事件が、北極圏での監視の困難さを浮き彫りにしている。


中露が北極圏での影響力を強化している今、私たちが目にしているのは単なる地政学的な変化ではない。これは、未来のエネルギー供給や安全保障を左右する大きな潮流である。2022年夏、ロシアのプーチン大統領は「ロシア連邦海洋ドクトリン」を改訂し、北極圏を戦略的優先地域と位置づけた。北方艦隊の防衛体制を強化し、北極海航路沿いでの防衛を強化することで、資源保護だけではなく、NATOに対する警戒も意識している。

一方、中国も「氷上シルクロード」構想の一環として、北極開発に乗り出している。ヤマルLNGプロジェクトへの270億ドルの投資は、その象徴だ。このプロジェクトは、ロシアの天然ガスを欧州やアジアに輸出するための重要なインフラとなり、中国の影響力を一層強化する。中露の連携は軍事演習にも及び、北極圏での戦略的パートナーシップを堅固にしている。

ロシアは旧ソ連時代の軍事基地の再開発や新設を進め、フランツ・ヨーゼフ諸島やノヴァヤゼムリャに新たな軍事インフラを構築している。対空ミサイルシステムや新型レーダーを配備することでその存在感を高め、ノルウェーに近いコラ半島には潜水艦基地を増強している。このような動きは、ロシアが北極圏全体を支配する力を増していることを示している。

これらの活動は、米国にとって多方面での脅威をもたらす。特に、グリーンランド北部にある米国の宇宙軍基地が悪天候や極夜の影響を受けやすいことから、ロシアのミサイル発射に対する早期警戒能力が制限される。これにより、米国はより高い警戒レベルを維持せざるを得ない。新たな監視システムの導入や基地とその人員を増やすことで、迅速な対応を可能にする必要があるのだ。

さらに、中国の影響力も無視できない。グリーンランドやアイスランドでの科学調査やインフラ投資を通じて、北極圏全体における影響力を強化している。グリーンランドでの鉱山開発プロジェクトへの投資は、米国や西側諸国にとって戦略的な懸念材料となっている。アイスランドでは、海底ケーブルの敷設計画が進行中で、中国が通信インフラを通じて地域での影響力を拡大しようとしている。

2022年の事件は、北極圏の状況の深刻さを浮き彫りにしている。ノルウェーのスバールバル(Svalbard:地図上)諸島にある世界最大の人工衛星地上局は、北極海底の光ファイバーケーブルの一部が切断され、バックアップ回線に頼らざるを得なくなった。


この損傷は偶然の事故かもしれないが、ノルウェー軍の司令官はロシアにケーブルを切断する能力があると警告している。さらに、ロシアのウクライナ侵攻によってポスト冷戦期が終わりを告げる中、北極海での軍事演習が拡大していることも見逃せない。

今年も北極圏に接するバルト海で海底ケーブル2本が相次いで破断した問題について、中国の貨物船「伊鵬3」がこれらを意図的に切断した疑いが持たれており、NATOの複数の軍艦が1週間以上にわたって同貨物船を包囲して監視を行っていた。

もし、中露が北極圏の覇権を握ると、豊富な天然資源を独占的に管理することで、エネルギー供給の面で世界的な影響力を強化することになる。特に、ロシアや中国がエネルギー供給の主導権を握ることで、米国や日本、欧州諸国はエネルギーの供給源を制限され、経済的な依存度が高まるリスクがある。また、北極圏での軍事的存在感が高まることで、米国本土への脅威が現実のものとなり、米国は北極圏での軍事的なプレゼンスを強化せざるを得なくなる。

このような状況下で、トランプ前大統領がグリーンランドの「購入」に意欲を示したことは非常に重要である。グリーンランドは北極圏の戦略的な地理的位置にあり、米国にとっては軍事的な拠点を強化するための鍵となる地域である。グリーンランドを米国が管理することで、北極圏での影響力を高め、ロシアや中国の動きに対抗するための戦略的な優位性を確保できる。


さらに、グリーンランドには未開発の資源が豊富に存在し、これを米国が管理することでエネルギー覇権を中露に渡すことを阻止できる。グリーンランドの「購入」は単なる土地の取得にとどまらず、北極圏における安全保障や経済的な利益を守るための重要な戦略と言える。

このように、中露の北極圏での覇権が強化されることに対抗するために、グリーンランドは米国にとって非常に重要な意味を持つのだ。トランプ氏が本気でグリーンランドを購入すべきと考えているか否かは別にして、これは西側諸国と、そうして中露に対しても強烈な政治的メッセージを送ることになったといえる。デンマーク政府と米国政府が折り合いをつけ、北極圏で中露に十分に対抗できる体制を整えてもらいたいものだ。

北極圏を巡る争いは、今後ますます激化するだろう。その行方は、私たちの未来にも大きな影響を及ぼすに違いない。

【関連記事】

<北極圏を侵食する中国とロシア>着実に進める軍事的拡大、新たな国の関与も―【私の論評】中露の北極圏戦略が日本の安全保障に与える影響とその対策 2024年10月29日

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚”―【私の論評】第二次世界大戦中の経済成長でも示された、 大規模な戦争でGDPが伸びるからくり 2024年5月18日

北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)! 
2023年11月14日

北方領土で演習のロシア太平洋艦隊は日本を脅かせるほど強くない──米ISW―【私の論評】ロシアが北方領土で軍事演習を行っても日本に全く影響なし(゚д゚)! 2023年4月17日

中国軍がロシア軍事演習に参加 必要な日米欧の怒り―【私の論評】満面の笑みを浮かべてオホーツク海で、大演習をしたほうがよほど効果的(゚д゚)! 2022年9月7日

2024年12月25日水曜日

来年度予算案、税収70兆円台後半とする方針…6年連続で最高更新の見通し―【私の論評】日本の税収増加と債務管理の実態:財政危機を煽る誤解を解く

来年度予算案、税収70兆円台後半とする方針…6年連続で最高更新の見通し

まとめ
  • 政府は2025年度の一般会計税収見積もりを70兆円台の後半に設定し、2024年度の税収を上回る見通しで、6年連続で過去最高を更新する見込みである。
  • 2024年度の税収は物価高や企業業績の好調により増加しており、2025年度も定額減税の影響がなくなることで税収が増加する。


 政府は2025年度予算案で一般会計の税収見積もりを70兆円台の後半に設定する方針を固めた。この見積もりは、2024年度の税収(73.4兆円)を上回るものであり、これにより6年連続で過去最高を更新する見通しである。2024年度の税収は、物価高や企業業績の好調を背景に、昨年末の当初予算での見積もり(69.6兆円)を3.8兆円上回った。特に、所得税、法人税、消費税といった基幹税が好調に推移している。

 また、2025年度は今年6月に始まった定額減税による減収の影響がなくなるため、税収が増加する要因となる。政府は定額減税による2024年度の減収を2.3兆円と見込んでおり、これが2025年度の税収増に寄与する。

 この記事は、元記事の要約です。詳細はも、元記事をご覧になってください。

【私の論評】日本の税収増加と債務管理の実態:財政危機を煽る誤解を解く

まとめ
  • 日本の税収は急増しており、2024年度には70兆円台後半に達する見込みで、コロナ前と比べて年20兆円近い増加が見込まれている。
  • 増税が進む中、日本の債務対GDP比は他の先進国と比較しても安定しており、新規国債の発行の大半は借り換えであるため、実質的な債務は増加していない。
  • 日本銀行(日銀)は国債を購入し、政府の債務の一部を吸収することで金融市場の安定を保ち、経済全体の負担を軽減している。
  • 個人の借金のような不安を煽ることは財務省の意図的な情報操作であり、国民に対して過剰な危機感を与えることがある。
  • 正しい財政政策を求めるためには、国民や野党が冷静に経済の実態を理解し、政府に対して積極的に働きかけを行う必要がある。
上の要約前の元記事の結論は、「24年度の歳入に占める新たな国債(国の借金)の割合を示す「公債依存度」は33%となる。25年度も税収が伸びても歳出を賄うことはできず、予算案でも巨額の国債発行は避けられない見通しだ」となっている、しかしこれは誤解を招くばかりでなく、薄弱な根拠で、多くの人々の不安を煽るものとなっているため、割愛した。割愛した理由を以下に述べる。


ここ数年、日本の税収は驚異的な伸びを見せている。来年の税収は70兆円台後半に達し、コロナ前と比べて年20兆円近い増加が見込まれている。この背景には、円安による企業業績の向上、インフレによる物価や所得の増加、そして税控除額を上げないことで生じた隠れ増税がある。特に、物価の上昇は消費税を押し上げ、税収を増加させる要因となっている。実際、2023年度の税収は73.4兆円に達し、これは過去最高の水準である。だが、この状況をただの好景気と捉えることはできない。マスメディアは知識不足から批判的視点を欠いており、真実を見逃しているのだ。



増税が進む中、日本の債務対GDP比は急速に改善している。国際通貨基金(IMF)やOECDのデータによれば、日本の債務対GDP比は他の先進国と比較しても相対的に安定している。新規国債の発行の大半は借り換えであり、一般企業が借入金を返すために新たに借入をするのと同じ構造だ。言い換えると、企業は借金返済のために、返済条件の良い借り換えを模索するのである。企業の資金調達手段として、既存の借入を返済するために新たな借入を行うことは珍しくない。このような企業の財務戦略は、政府にも当てはまる。政府が発行する国債の多くは、既存の国債を返済するためのものであり、実質的な債務は増加していない。 さらに、ここで重要なのは日本銀行(日銀)の役割だ。日銀は政府の国債を購入し、市場に流通する国債の量を調整することで金利を安定させている。日銀が国債を買い入れることで、政府の債務の一部は日銀のバランスシートに吸収され、実質的な負担は軽減される。これにより、金融市場の安定が保たれ、経済全体にとっての負担が減少する効果がある。実際、日銀の資産は2023年9月時点で約700兆円に達し、その大半が国債であることからも、政府の債務が日銀によって支えられていることが明らかだ。

しかし、企業と政府の財政は根本的に異なる。企業は利益を上げて返済する必要があるが、政府は税収や日銀の政策を通じて債務を管理することができる。ましてや、個人の借金とは全く異なる。個人は収入に基づいて返済しなければならないが、政府は国民からの税収や日銀の支援を受けて債務を持続的に管理している。これを、個人や、ほとんど個人に近いような小規模事業者の自転車操業のように考えるのは明らかな間違いである。



ここで注意が必要なのは、個人の借金のような不安を煽るのは、財務省の意向が反映されていることが多いということだ。財務省は、国民に対して財政危機を強調し、緊縮政策を正当化するための道具として「債務問題」を利用することがある。例えば、2020年の財務省の報告書では、債務の危機感を煽る内容が多く見受けられ、これが国民の不安を増幅させる要因となっている。


実際、国際的な比較においても、日本の債務はGDP比で安定しており、過剰な危機感を持つ必要はない。さらに、統合政府ベース(政府+中央銀行、中央銀行による債務隠しを防ぐという意味合いで、政府単体の財務指標より信頼できるのでEU加入各国共通の財務指標ともなっている)では、2020年度以降、日本の統合政府の収支は黒字に転じている。



結論として、現在の税収増加と政府の債務管理の仕組みを正しく理解することが重要である。個人の借金のような不安を煽ることは、財務省の意図的な情報操作に他ならない。私たちは冷静に、真実を見極める必要があり、経済の実態を理解した上で、正しい政策を求めていかなければならないのだ。


最近の国民民主党の「103万円」の壁議論は、野党による正しい政策を求める行動の一環であり、その点で評価するが、このようなことは実は他にいくらでも存在する。他の野党もこうした要求をすべきてあるし、何よりもまずは自民党内でこのような議論をして、政府が正しい財政政策ができるように率先して行動すべきである。そうしなければ、来年参院選では惨敗することになるだろう。


【関連記事】

財務省と自民税調の〝悪だくみ〟減税圧縮・穴埋め増税 野党分断で予算修正阻止 足並み乱れた間隙狙い…特定野党に便宜も―【私の論評】これからの日本政治における野党の戦略と国民の役割 2024年12月19日

「178万円玉木案」を否定…”何としてでも減税額をゼロに近づけたい”財政緊縮派の「ラスボス」宮沢洋一・自民党税調会長の正体―【私の論評】宮沢洋一氏の奇妙な振る舞いと自公政権の変化:2024年衆院選後の財政政策の行方 2024年12月16日

石破政権で〝消費税15%〟も 自民総裁選は好ましくない結果に…国際情勢・国内の課題、期待できない〝財務省の走狗〟―【私の論評】岸田政権の国際戦略転換と石破氏のアジア版NATO構想:大義を忘れた政治の危険性 2024年10月3日

民間企業なら絶対許されない…政治家が繰り返す「減税の法改正は時間がかかる」の大嘘「本当は能力がないだけ」―【私の論評】国民を苦しめる与党税調の独占!自民党は国民の声を反映した迅速な減税を! 2023年10月21日

国民負担率47.5%で「五公五民」がトレンド入り「日本中で一揆が」「江戸時代とどっちがマシ」の声―【私の論評】財務省は昨年の国民負担率を高く見せ増税したいようだが、頭の回路が狂ったか 2023年2月22日


2024年12月24日火曜日

<主張>シー・シェパード 釈放は日本外交の敗北だ―【私の論評】ポール・ワトソン容疑者引き渡しに見る日本の外交的失敗の要因

<主張>シー・シェパード 釈放は日本外交の敗北だ

まとめ
  • ポール・ワトソン容疑者がデンマークで釈放され、日本政府の引き渡し要求が拒否された。ワトソン容疑者は釈放後にフランスへ行き、反捕鯨活動を継続すると表明。
  • シー・シェパードの活動は危険であり、デンマークの釈放は法の正義を否定するものである。
  • 日本政府はフランスに対して強く働きかけ、ワトソン容疑者の拘束と引き渡しを実現すべき。
釈放されたポール・ワトソン容疑者

 日本の調査捕鯨に対する妨害活動を指示したとして、海上保安庁が国際手配していたシー・シェパードの創設者ポール・ワトソン容疑者がデンマークで釈放された。日本政府は彼の引き渡しを求めたが、デンマークはこれを拒否した。ワトソン容疑者は釈放後、フランスに移り、反捕鯨活動を続ける意向を示している。

 シー・シェパードは過去に日本の捕鯨船に対して危険な行動を繰り返しており、デンマーク政府の釈放は法に基づく正義を否定するものであり、日本との友好関係を損なう行動であると批判されている。林芳正官房長官は遺憾の意を表明したが、外交的対応が不十分との意見が強まっている。

 ワトソン容疑者は、今年7月にデンマーク自治領グリーンランドに立ち寄り、その際に拘束された。日本側の引き渡し要求はフランスの反対を受け、勾留は5カ月間に及んだ。海上保安庁の国際手配は正当なものであり、デンマークの釈放はシー・シェパードの暴力を容認することにつながる。

 ワトソン容疑者はパリで「捕鯨船が南極海のサンクチュアリに入ってきたら介入する」と述べているが、日本の捕鯨は合法であり、無法を許してはならない。日本政府はフランスに対して強く働きかけ、ワトソン容疑者の拘束と引き渡しを実現する必要がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ポール・ワトソン容疑者引き渡しに見る日本の外交的失敗の要因

まとめ
  • ポール・ワトソン容疑者はデンマークで約5カ月間拘留された後、釈放されたが、日本への引き渡しはフランスの反捕鯨国からの圧力により難航した。
  • デンマーク側は容疑者の高齢や過去の行為を理由に引き渡しを拒否し、日本の法律も影響して交渉は進展しなかった。
  • 日本政府の及び腰や不作為は外交の失敗を示しており、岸田政権は国際捕鯨委員会からの批判に対して効果的な反論を行わなかった。
  • 石破茂氏は捕鯨を日本の文化として支持する立場を示しているが、身柄引き渡しの問題に対しては政権としてコメントがなかった。
  • 捕鯨に対する国際的な意識の違いが引き渡しの判断に影響を与え、日本政府の無策が他国の判断に悪影響を及ぼした。

ポール・ワトソン容疑者がデンマークで約5カ月間拘留された後、ついに釈放された。海上保安庁は引き渡しの準備を進めていたが、フランスなどの反捕鯨国からの圧力が強まり、マクロン大統領が日本への引き渡しに反対する声明を発表した。このような状況の中、ワトソン容疑者の引き渡しは難航した。

デンマーク側は、容疑者が高齢であることや、容疑の対象となる行為が14年前のものであることを理由に、引き渡しに対して良い返事をしなかった。最終的に、デンマークは「未決勾留」の期間を刑期から差し引く妥協案を日本側に提示したが、日本の法律では海外での未決勾留日数を刑期に算入することが認められておらず、この要求は受け入れられなかった。

ワトソン容疑者は保釈後にフランスに移住する意向を示し、これにより引き渡しの可能性がさらに低くなると見られている。国家間の身柄引き渡しに関しては最近、オーストラリアが米国にオーストラリア国籍の元米国人を引き渡すニュースが報じられた。

オーストラリアのドレイファス司法長官は、23日米海兵隊を退役後に南アフリカで中国軍パイロットに空母の発着艦方法を訓練したとして、武器輸出管理法違反の疑いがあるオーストラリア国籍のダニエル・ダガン容疑者(56)を近く米国に引き渡すことを明らかにした。ダガン容疑者は容疑を否認しており、有罪となれば最高で禁錮65年の可能性がある。彼は米国で生まれ、1989年から2002年にかけて海兵隊パイロットとして勤務した後、南アフリカで無許可で中国軍兵士を訓練し、報酬を得ていた。ダガン容疑者は13年前にオーストラリア国籍を取得し、同国で家族と暮らしていたが、2022年10月に米国の要請で拘束された。

当局提供の写真の元米海兵隊パイロット、ダニエル・ダガン(右)

この二つの出来事は、性質も背景も全く異なる。しかし、日米の対応の差は歴然としている。デンマーク政府によるワトソン容疑者の日本への身柄引き渡しが実現しなかった一方で、オーストラリア国籍のダニエル・ダガン容疑者の米国への引き渡しが決まった背景には、いくつかの要因が存在する。

まず、法的枠組みの違いが大きい。ワトソン容疑者に対する嫌疑は日本の法律に基づくものであり、日本の捕鯨に対する国際的な見解との対立が影響した。デンマーク政府は捕鯨問題における政治的圧力や国際的な批判を考慮し、引き渡しを拒否した。一方、ダガン容疑者のケースは、米国の武器輸出管理法に違反した明確な事例であり、法律の適用がより直接的であるため、引き渡しがスムーズに進んだと考えられる。

次に、政治的背景も重要な要因である。ワトソン容疑者の釈放に対する国際的な反捕鯨の圧力が大きく、フランスのマクロン大統領をはじめとする反捕鯨国からの強い支持があった。これに対し、ダガン容疑者のケースでは、オーストラリアと米国の間の長年にわたる軍事的および戦略的な同盟関係が強固であり、米国がオーストラリアに対して引き渡しを求める際の政治的背景が異なる。この同盟関係は、法律に対する相互の信頼と協力を基盤としているため、ダガン容疑者の引き渡しが実現したのだ。

さらに、日本政府の及び腰や不作為は、日本外交の失敗を如実に示している。岸田政権は、捕鯨問題において国際的な批判を受けつつも強硬な姿勢を貫かず、効果的な外交戦略を欠いていた。特に、岸田政権が国際捕鯨委員会(IWC)からの批判に対して反論を行わず、むしろ国際社会との対話を避ける傾向が見受けられた。このような姿勢は、国際的な孤立を深める結果を招いた。

石破茂氏は、2014年4月4日の自身のブログで、国際司法裁判所が日本の南極海における調査捕鯨を認めない判決を下したことに関して言及しています。この中で、石破氏は「捕鯨は日本の文化であり、食文化の多様性は尊重されるべき」との立場を示している。
(ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com)

また、石破氏は農林水産大臣を務めていた2007年にも、商業捕鯨の再開を目指す考えを示しており、捕鯨に対する支持を表明している。にもかかわらず、今回の身柄引き渡しの失敗に関しては、林官房長官の「遺憾」発言があったのみである。


また、社会的・文化的要因も影響を及ぼしている。捕鯨に対する国際的な意識や文化の違いが、ワトソン容疑者の引き渡しに対する慎重な判断をもたらした。彼は反捕鯨活動の象徴的存在であり、引き渡しが日本の捕鯨政策に対する国際的な反発を強める可能性があったため、デンマーク政府はそのリスクを回避した。このように、日本政府の無策が結果として他国の判断に悪影響を及ぼすことになった。

これらの要因が複雑に絡み合い、ワトソン容疑者とダガン容疑者のケースで異なる結果をもたらした。特に、日本政府の外交的アプローチと国際的な圧力の受け止め方が、両国の対応に大きな影響を与える要素となったことは重要である。日本政府の及び腰や不作為は、国際社会における日本の立場を弱め、外交的な失敗を招いたと言わざるを得ない。この状況を打破するためには、より強い外交戦略と国際的な対話が求められる。日本は今こそ、国際社会における信頼を取り戻すために、果敢な行動を起こさなければならない。 

【関連記事】

日米捕鯨問題でインド太平洋貿易協定が脅かされる―【私の論評】中国への対抗軸を形成するのに残されている時間は少ない!日米が捕鯨で争っている時ではない 2023年8月12日

半導体などサプライチェーンの強化で実質妥結 IPEF閣僚級会合―【私の論評】日本は米国と新興国との橋渡しをし、双方の信頼を勝ち得て、いずれ米国がTPPに復帰するように促すべき(゚д゚)! 2023年5月28日

「日本は捕鯨続けるべきだ」和歌山の豪ジャーナリスト 取材で来日、伝統漁法に感銘―【私の論評】今度は日本の近海捕鯨が脅かされる可能性が高い! ノルウェーなみの厳しい方針で臨むべき 2014年4月13日

日本の捕鯨団体、米連邦地裁にシーシェパードを提訴―【私の論評】景気が落ち込んでいるうちに、息の根を止めておこう!! 2011年12月13日

シー・シェパード船、監視船進路に割り込む-人命を軽視するシー・シェパードの行動 2010年1月7日

2024年12月23日月曜日

トランプ氏、プーチン氏との会談示唆-ウクライナ戦争終結に向け―【私の論評】トランプ政権とウクライナ戦争:和平への道筋とバイデン政権の戦略

トランプ氏、プーチン氏との会談示唆-ウクライナ戦争終結に向け

まとめ
  • ウクライナ戦争を「終わらせる必要」とトランプ氏-詳細には触れず
  • トランプ氏、ロシアによるウクライナ領の一部占拠も容認の意向示唆

プーチン露大統領とトランプ米大統領 2019年大阪G20サミット

 トランプ次期米大統領は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻に関する戦争の終結について、プーチン大統領との会談を行う意向を示唆した。プーチン氏は19日の年次会見で、トランプ氏が会いたいと思えば会う準備があると発言したが、具体的な日時については不明であり、彼とは4年以上話していないと語った。

 これを受けて、トランプ氏は22日にアリゾナ州フェニックスで開催された保守派のカンファレンスで、ウクライナでの戦闘によって多くの兵士が命を落としたと強調し、プーチン氏が早期の会談を望んでいると述べた。しかし、具体的な会談の詳細には触れず、明確にコミットすることはなかった。

 さらに、トランプ氏はロシアが占領した地域についてはあまりこだわらず、ウクライナ領の一部占拠を認めるような取引に応じる意向を示唆している。この発言は、11月の米大統領選挙におけるトランプ氏の勝利が、ロシアに対抗して占領地を奪還しようとするウクライナのゼレンスキー大統領の取り組みに対する米国の軍事支援にどのような影響を及ぼすかについて疑問を投げかけるものである。トランプ氏はゼレンスキー大統領に対し、「取引を行う準備をすべきだ」とコメントしており、今後の米国の外交政策に注目が集まっている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】トランプ政権とウクライナ戦争:和平への道筋とバイデン政権の戦略

まとめ
  • トランプ氏の政権移行チームとアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)は、ウクライナ戦争の終結に向けた提言や活動を行っている。
  • トランプ氏は、ロシアとの和平交渉を進める意向を示し、ウクライナへの軍事支援の撤回やNATO加盟の延期も提案している。
  • バイデン大統領はプーチン大統領との直接会談を避け、ウクライナへの支持を強化する戦略を取っていた。
  • ウクライナとロシアの国境はソ連時代に人為的に決められたもので、歴史的な経緯が現在の緊張に影響している。
  • ウクライナとロシアも最終的には朝鮮半島のように妥協が必要であり、トランプ政権はウクライナ和平を早期に進める意図があるのは間違いない。
トランプ氏の政権移行チームと、彼のシンクタンクともいえるアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)は、ウクライナ戦争の終結に向けてさまざまな活動や提言を行っている。トランプ氏の国家安全保障チームは、ホワイトハウスおよびウクライナ当局と協議を重ね、ロシアとの戦争を終結させる方法を模索している。具体的な和平案はまだキーウに提示されていないが、トランプ氏は就任前から戦争を終結させる意向を示しており、ロシアに対する平和的アプローチとウクライナへの軍事支援削減の可能性を示唆している。


一方、AFPIはウクライナへの軍事支援と平和的解決の両立を支持しつつ、追加支援には監視と政策目標との関連付けが必要であると提言している。また、NATOメンバーの貢献増加を求め、米国が和平交渉の条件を整える必要性を強調している。具体的な提案として、AFPIメンバーでありトランプ氏にウクライナ・ロシア担当特使に指名されたキース・ケロッグ氏は、両当事者に交渉を促すため、ウクライナへの軍事支援の撤回と、モスクワが交渉を拒否した場合の武器供給増加を提案している。この計画では、ウクライナのNATO加盟を最長10年間延期し、現在の前線を一時的に受け入れ、失地回復は外交的手段に限定するとされている。

さらに、トランプチームはロシアとの和平交渉を促すため、ウクライナのNATO加盟を無期限に禁止するか、特定期間制限する可能性も示唆している。これらの提案は、ウクライナの主権と安全保障を維持しつつ、ロシアとの交渉の余地を残すことを目指している。

バイデン大統領がウクライナ侵攻の直前にプーチン大統領と直接会談を行わなかったことは広く報じられている事実である。2021年12月、バイデン大統領はプーチン大統領とのオンラインサミットを開催したが、その後は直接的な会談は行われていない。

バイデン大統領がプーチン大統領と会談しなかった理由は、いくつかの要素が考えられる。まず、バイデン政権はロシアの軍事的動きに強い懸念を抱いており、対話よりも抑止力を重視する姿勢があった。プーチン大統領との直接会談が、ロシアの侵攻を正当化する口実を与える恐れがあったため、会談を避ける選択をした可能性がある。

また、バイデン政権はウクライナへの支持を強化し、「オレンジ革命」や「ユーロマイダン」といったウクライナ国内の民主化運動への関与も行っていた。これらの運動は、ウクライナの政治体制の改革や民主主義の確立を目指すものであり、バイデン大統領がプーチン大統領との会談を避けることで、ウクライナに対する支持を明確にし、民主化運動を後押しする姿勢を示すことができたとされている。

さらに、バイデン政権はNATOやEUとの連携を深め、国際的な支持を得ることを優先事項としており、ロシアとの直接的な対話がその戦略に反する可能性があった。このように、バイデン大統領がプーチン大統領との会談を避けた理由には、外交的な戦略やウクライナ国内の民主化運動への関与が背景にあると考えられる。これにより、ウクライナへの支援を強化し、国際的な連携を進めることが可能となったとされている。

ゼレンスキー宇大統領とバイデン米大統領

ウクライナとロシアの国境は、ソ連時代に人為的に決められたものである。ソビエト連邦は、多様な民族と文化を持つ広大な国家であり、各共和国の境界線は歴史的、政治的な要因によって設定された。このため、国境は民族の分布や地理的な要因と必ずしも一致していなかった。

特に、ウクライナとロシアの国境は、ソ連の内部行政区画に基づいて決定された。1922年にソ連が成立した際、ウクライナはウクライナ・ソビエト社会主義共和国として設立され、さまざまな地域が組み込まれた。その後、1930年代から1940年代にかけて、国境の調整や領土の移動が行われ、ウクライナとロシアの境界が形成された。

このように、ウクライナとロシアの国境は、歴史的な経緯やソ連の内部政治によって人為的に決められたものであり、現在の国境問題や民族的な緊張の背景には、このような歴史が影響している。国境が民族や文化の実態を反映していないため、現在でもさまざまな対立や摩擦が生じている。

朝鮮半島の38度線

一方、朝鮮半島は長い歴史の中でさまざまな王朝や勢力によって統治されてきたが、20世紀に入ると日本の植民地支配を経て、第二次世界大戦後に南北に分断された。1945年に日本が降伏した際、連合国は朝鮮半島を北緯38度線を境にソ連とアメリカで分割占領することを決定した。この38度線は、実際には地政学的な理由に基づいて引かれたものであり、民族的・歴史的な境界を反映したものではない。このため、国境が設定された時点では、明確な文化的・民族的な境界が存在せず、曖昧な部分が多かったと言える。

その後、1948年に韓国(大韓民国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がそれぞれ独立した国として成立し、1950年に朝鮮戦争が勃発した。この戦争の結果、38度線が事実上の国境として固定されたが、もともとの境界設定が曖昧であったため、現在でも南北間には緊張が残り続けている。

ウクライナとロシアもいつまでも戦争を続けられるわけではない。いずれ、朝鮮半島のように両国が妥協しなければならない時がやってくるのは確実である。その端緒をトランプが開こうとしていることは間違いない。トランプ政権としては、中国との対峙に専念できる体制を築くため、ウクライナ和平を早期に進めようとしているのは間違いないだろう。

【関連記事】

トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能性も...「本当に怖い存在」習近平の中国との関係は?―【私の論評】発足もしてない政権に対して性急な結論をだすべきではない 2024年12月22日

トランプ氏「シリアでトルコが鍵握る」、強力な軍隊保有―【私の論評】トランプ政権トルコのシリア介入許容:中東地政学の新たな局面 2024年12月18日

トランプ氏の「お客様至上主義」マーケティングから学べること―【私の論評】真の意味でのポピュリズムで成功した保守主義者の典型トランプ氏に学べ 2024年11月17日

もしトランプ政権になれば その2 NATO離脱ではない―【私の論評】トランプ氏のNATO離脱示唆はメディアの印象操作?アメリカ第一政策研究所の真の見解 2024年3月22日

米最高裁がトランプ氏出馬認める決定 コロラド予備選、トランプ氏「大きな勝利」―【私の論評】トランプ氏の政策シンクタンク、アメリカ第一政策研究所(AFPI)に注目せよ 2024年3月5日

2024年12月22日日曜日

トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能性も...「本当に怖い存在」習近平の中国との関係は?―【私の論評】発足もしてない政権に対して性急な結論をだすべきではない

トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能性も...「本当に怖い存在」習近平の中国との関係は?

まとめ
  • トランプ次期大統領はNATO加盟国に国防費をGDP比5%に引き上げるよう要求し、ウクライナへの支援は継続すると伝えた。
  • 現在のNATOの国防費目標はGDP比2%であり、クリアしている国は31カ国中23カ国である。
  • トランプ氏は過去の発言でウクライナ支援の打ち切りを示唆していたが、最近の意向では支援を維持する考えを示している。
  • 来年のNATO首脳会議で国防費増額が合意される可能性があり、目標は2.5%から2030年までに3%に引き上げることが計画されている。
  • 日本にも防衛費の引き上げが求められており、トランプ氏は日本の防衛費をGDP比3%にするべきだと主張している。
メルケルとトランプ

 ドナルド・トランプ次期大統領の政権移行チームは、NATO加盟国に対し国防費を国内総生産(GDP)比5%に引き上げるよう要求する一方、ウクライナへの支援は継続する意向を示した。この情報は、英紙フィナンシャル・タイムズの報道によるものである。トランプ氏は大統領選中に「ウクライナ支援を打ち切り、24時間以内にウクライナ戦争を解決する」と発言しており、この発言は欧州各国に不安をもたらした。

 前独首相のアンゲラ・メルケル氏は回顧録において、トランプ氏がビジネスマンの視点から損得勘定で物事を判断していると振り返っている。現在のNATOの国防費目標はGDP比2%であるが、これをクリアしている国は31カ国中23カ国にとどまっている。トランプ氏が主張する5%は、交渉戦術としてのブラフである可能性が高く、最終的には3.5%での妥協が見込まれている。

 トランプ氏は第1次政権時代にメルケル氏を嫌悪しており、彼女の国防費の抑制やロシアとの関係を問題視していたことがある。現在、ロシアの侵攻によってウクライナの戦況が厳しくなっている中、米国の支援が途絶えると、欧州だけでウクライナを支えることは非常に困難であると考えられている。

 さらに、来年6月のNATO首脳会議では国防費の増額が合意される可能性が高まっており、具体的にはGDP比2.5%を目指し、2030年までに3%を達成する計画が進められている。ポーランドの大統領も国防費の引き上げを提案しており、トランプ氏は日本にも防衛費をGDP比3%に引き上げるべきだと主張している。

 トランプ氏にとって本当に脅威なのはプーチンではなく、中国の習近平国家主席である。欧州が自国の防衛を強化することは、日本にとっても利益となる。これにより、米国はインド太平洋地域に軍事資産をより振り向けることが可能となる。その一方で石破茂首相は防衛費拡大、米国の兵器購入、在日米軍駐留経費の負担増の要求を覚悟しなければなるまい。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧にっなってください。

【私の論評】発足もしてない政権に対して性急な結論をだすべきではない

まとめ
  • トランプ第二次政権の政権移行チームは、AFPI(米国第一政策研究所)を含む専門家や支持者を中心に構成され、政策の一貫性を重視している。
  • 中国に対する政策は、関税の大幅引き上げや技術移転の制限を含む強硬な姿勢が示されており、米国の製造業を保護する狙いがある。
  • ウクライナ政策においては、具体的な時系列や戦略が不明瞭であり、政権移行後の実際の行動次第といえる。
  • トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、米国の利益を優先しつつ国際社会での役割を再定義しようとする試みであり、単なる排他主義ではない。
  • トランプ氏の政策の実施によって、アメリカは経済復活、外交政策の再構築、安全保障の強化などを通じて新たな時代を迎える可能性がある。
来年のトランプ第二次政権への政権移行チームは、すでに構成されており、さまざまな要素を考慮して活動を進めている。チームのメンバーは、トランプ氏の信任を受けた専門家や支持者が中心となっており、前回の政権での経験を持つ人々や米国第一政策研究所(AFPI)からの人材が参加している。このような構成は、トランプ氏の政策の一貫性を保つために重要である。

トランプ第二次政権の政策方針は、特に中国との対峙において、前政権よりもさらに厳しくなる可能性が高い。トランプ氏は中国に対して強硬な対中姿勢を貫く意向を示しており、関税政策の大幅な強化がその象徴である。彼は中国からの輸入品に対する関税を現在の平均18%から60%に引き上げることを提案しており、さらに全輸入品に対して10%から20%の関税を課す可能性も示唆している。これは中国の「新生産力」戦略に対抗するためであり、米国の製造業と企業を保護する狙いがある。

トランプ氏と政権移行チーム

また、技術移転の制限もトランプ政権の重要な政策の一つである。半導体や製造装置などの先端技術の中国への輸出制限が強化される見込みであり、中国企業による米国の不動産や産業への投資もさらに制限される可能性がある。共和党綱領では、中国による米国の土地や産業の購入を阻止する方針が明記されていることからも、その意図は明らかだ。

サプライチェーンの見直しも重要な課題であり、医薬品や電子機器などの重要分野での中国依存度を完全に排除する計画が掲げられている。これは「リショアリング」アジェンダの一環として推進される見込みであり、米国の自立性を高める重要なステップとなるだろう。

外交政策においても、トランプ政権は独自のアプローチを取る可能性がある。EU諸国や日本に対しては引き続きGDP比2%以上の防衛費支出を要求する見込みであり、台湾への支援も強化されるだろう。しかし、トランプ氏は台湾に対して「米国の保護に対してより多くの支払いを求める」という複雑な姿勢を示しており、そのバランスが問われる。ただ、メルケルドイツ前首相は、移民政策やエネルギー政策によって今日のドイツの弱体化を招いた張本人であり、とても彼女のトランプ批判が正鵠を射たものとはいえない。

ウクライナ政策については、大きな変化が見られる可能性がある。トランプ氏は「24時間以内に戦争を終結させる」と主張しているが、具体的な方法は明らかにしていない。ウクライナへの支援を「ローン」形式に変更する提案も行っており、これは支援の実質的な削減につながる恐れがある。

ただ、トランプ氏の今までのウクライナ政策に関する発言は、総じて具体的な時系列や明確な戦略については述べておらず、彼の政策がどのように具体化されるかは、政権移行後の実際の行動次第であり、その結果が国際情勢にどのように影響を与えるかは注視する必要がある。ただ、マスコミが批判するような極端なことにはならないだろう。彼の中東政策などをみていると、一見極端にみえたこともあったが、総じてまともなものだった。バイデンのアフガン撤退のような無様な真似はせず、アブラハム合意や、選挙公約でもあったシリアからの撤退、イスラエルの支援など現在の中東政策につながる政策を実行していた。

国内政策と国際戦略の連動も重要な特徴である。移民政策の厳格化やスパイ対策の強化が予想され、特に中国人留学生や移民がスパイとして活動する可能性についての懸念から、対策が強化される見込みだ。

アメリカ第一政策研究所(AFPI)の提言は、トランプ第二次政権の政策形成に大きな影響を与えるだろう。AFPIは「アメリカ第一」の中国政策原則を提唱しており、その核心は互恵主義にある。彼らは、中国共産党とそれに関連する者が、アメリカ国内で中国におけるアメリカ人の権利以上の権利を持つべきではないと主張している。


ここで重要なのは、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」が必ずしもネガティブな意味合いを持つものではないという点だ。この政策は、米国がモンロー主義に戻ったり、単に米国の国益だけを考えるものではなく、民主党政権が米国政府の本来の役割をないがしろにしていたことへの批判が含まれている。トランプ氏の「アメリカ・ファースト」政策は、米国の利益を最大化しつつ、国際社会における米国の役割を再定義しようとする試みと捉えることができる。

このように、トランプ氏の政策は、米国の国益を最優先しつつも国際社会における米国の役割を再定義し、より持続可能な形で米国のリーダーシップを維持しようとする試みである。特に中国に対する強硬な政策は、米国の製造業を守るための重要な戦略であり、単なる保護主義ではなく、公平な競争環境の創出を目指すものである。


トランプ第二次政権は、単純な排他主義を超え、米国の利益を守りつつ国際的な責任を果たすという、より複雑で深い戦略を展開する可能性が高い。これは、米国が世界においてどのように振る舞うべきかを再考する契機となるだろう。アメリカの未来は、こうした政策の実施によって大きく変わるかもしれないのだ。

経済の復活、外交政策の再構築、安全保障の強化、さらには国内の社会構造の変化が進むことで、アメリカは新たな時代を迎えることになるだろう。これらの政策が実現すれば、アメリカは再び力強い国としての地位を確立し、国際社会におけるリーダーシップを維持する可能性がある。性急に結論を出すことなく、未来がどのように変わるのか、その行く先を注意深く見守る必要がある。

【関連記事】

トランプ氏「シリアでトルコが鍵握る」、強力な軍隊保有―【私の論評】トランプ政権トルコのシリア介入許容:中東地政学の新たな局面 2024年12月18日

トランプ氏の「お客様至上主義」マーケティングから学べること―【私の論評】真の意味でのポピュリズムで成功した保守主義者の典型トランプ氏に学べ 2024年11月17日

2024年12月21日土曜日

経産省が素案公表「エネルギー基本計画」の読み方 欧米と比較、日本の原子力強化は理にかなっている 国際情勢の変化を反映すべき―【私の論評】エネルギー政策は確実性のある技術を基にし、過去の成功事例を参考にしながら進めるべき


まとめ
  • 経済産業省はエネルギー基本計画の素案を公表し、再生可能エネルギーを4割から5割、原子力を2割程度に設定している。
  • 2024年度中の7次計画策定を目指しており、現在は経産省内の審議会レベルで進行中である。
  • 2022年時点での日本のエネルギー構成は、化石燃料由来の火力が72.8%、原子力が5.5%、再生可能エネルギーが21.5%である。
  • 7次計画では再エネへの転換を加速し、原子力の比率を引き上げる必要があるが、国際情勢の変化が十分に考慮されていない懸念がある。
  • 無理をすれば計画は達成できるだろうが、そもそも計画があるべき姿からかけ離れているようだ。


 経済産業省は17日にエネルギー基本計画の素案を公表した。この素案では、再生可能エネルギーの割合を4割から5割程度、原子力を2割程度に設定している。この基本計画は、エネルギーの需給や利用に関する国の政策の基本的な方向性を定めるもので、政府はおおむね3年ごとに改定を行っている。現在、2024年度中の7次計画策定を目指しており、現時点では経産省内の審議会レベルだが、いずれ閣議決定される見込みである。

 2022年時点のエネルギー構成比を見ると、日本は化石燃料由来の火力が72.8%、原子力が5.5%、再生可能エネルギーが21.5%を占めている。これに対して、米国は火力が60.6%、原子力が18.0%、再エネが21.4%であり、欧州連合(EU)は火力が39.6%、原子力が21.8%、再エネが38.7%である。日米を比較すると、日本は火力の比率が高く、原子力が低く、再エネは同程度である。日欧を比較すると、日本は火力の比率が高く、原子力と再エネが低い状況である。

 日欧を比較すると、日本は火力の比率が高く、原子力と再エネが低い。脱原発をして経済成長しなくなったドイツと、日本の原子力は同レベルだ。

 前回の第6次計画では、2030年度における火力41%、原子力20~22%、再エネ36~38%という目標を掲げていた。今回の7次計画では、火力から再生可能エネルギーへの流れを加速させる意向が示されている。政府は、50年に温暖化ガスの排出を実質ゼロにする目標を持っており、このために再エネの比率を高める必要があるとされている。

 また、国際情勢の変化も考慮すべきである。米国では、トランプ政権の下で脱炭素化の方針が見直され、シェールガスの増産・輸出が進む可能性がある。日本もエネルギーの中東依存の見直しや日米同盟の強化を考慮し、火力に柔軟性を持たせるべきである。

 しかし、7次計画にはエネルギー技術の進展や国際情勢の変化が十分に反映されていない点が懸念される。経産官僚が世間の目を気にしながら、状況の変化を考慮せずに前回計画を単純に踏襲しているように見える。無理をすれば計画は達成可能だが、そもそも計画があるべき姿からかけ離れているのではないかと考えられる。したがって、今後のエネルギー政策は、より柔軟で現実的なアプローチを必要とするであろう。 

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたいかたは、元記事をご覧になってください。

【私の論評】エネルギー政策は確実性のある技術を基にし、過去の成功事例を参考にしながら進めるべき

まとめ
  • ドイツと日本は異なる政策を進めているが、いずれも経済成長に対する原子力の役割が低下している。
  • エネルギー政策は国家の安全保障や経済の安定に直結するため、実績のある技術に基づく柔軟な運営が求められる。
  • 小型モジュール炉(SMR)や天然ガスの利用拡大、エネルギー調達先の多様化が重要である。
  • エネルギー政策は、実績のある技術を重視し、確実性と安定性をもって進めることが最も重要である。
  • エネルギー効率化技術の導入や、エネルギー供給の多様化を図るための国際的な協力が不可欠である。
ドイツと日本は、原子力発電に対する依存度を下げたが・・・・

上の記事では、「脱原発をして経済成長しなくなったドイツと、日本の原子力は同レベルだ」と述べている。この言葉は、両国が原子力発電に対する依存度を低下させた結果、経済成長に影響を受けていることを指摘している。

まず、ドイツの脱原発政策について考察する。2011年の福島第一原発事故を契機に、ドイツは原子力発電からの脱却を決定し、「エネルギー転換(Energiewende)」と呼ばれる政策を推進した。この政策の下、ドイツは2022年までに全ての原発を停止する方針を掲げ、再生可能エネルギーの導入を促進してきた。

2019年のデータによれば、ドイツの再生可能エネルギーは全体の37%を占め、特に風力と太陽光が大きな割合を占めている。しかし、原子力の停止に伴い、化石燃料、特に石炭の使用が増加し、温暖化ガスの排出量が減少しないという批判が高まっている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書でも、ドイツのエネルギー政策に対する懸念が指摘されており、持続可能なエネルギー供給の確保が課題とされている。

次に、日本の原子力政策について考えると、福島事故以降、日本の原発は多くが運転を停止し、再稼働が進まない状況が続いている。2022年のデータによると、日本のエネルギー構成は化石燃料由来の火力発電が72.8%を占め、原子力は5.5%にとどまる。日本政府は再生可能エネルギーの導入を進めているが、火力発電への依存度が高いことがエネルギー安全保障やコスト面での懸念を生じさせている。

日本の電力料金は上昇傾向にあり、経済成長に対する影響が指摘されている。例えば、経済産業省の報告によれば、2021年の日本の電力コストは国際的に見ても高い水準にあり、企業の競争力に影響を与えている。

さらに、両国の経済成長に与える影響についても考慮する必要がある。ドイツはエネルギーコストの上昇や電力供給の不安定さによって、短期的には経済成長に逆風が吹いている。特に、エネルギー価格が高騰する中、製造業を中心とした企業活動に負担がかかっている。経済協力開発機構(OECD)の報告によれば、ドイツの経済成長率は2022年に1.9%と予測されているが、エネルギーコストの影響で成長が鈍化する可能性が指摘されている。

一方、日本も同様に、原発の停止による火力発電のコスト増加が電力料金を押し上げ、企業の競争力に影響を与えている。エネルギーコストの上昇が成長を鈍化させる要因となっている。

このように、ドイツと日本は原子力政策において異なる道を選んでいるが、いずれも経済成長に対する原子力の役割が低下している点で共通している。「脱原発をして経済成長しなくなったドイツと、日本の原子力は同レベルだ」という表現は、両国の原子力依存度の低下とそれに伴う経済的影響を示しており、持続可能なエネルギー政策の重要性を改めて考えさせるものである。

エネルギー基本計画を素案を公表した経済産業省

上の記事では、結論として「7次計画では、エネルギー技術の進展や国際情勢の変化があまり盛り込まれていない点が気になる」としているが、これは具体的には、エネルギー技術の進展、国際情勢の変化、政策形成のプロセス、そして計画の実効性という観点から十分に検討されていないという疑念を示しているものと考えられる。

エネルギー政策は国家の安全保障や経済の安定に直結する極めて重要な分野である。確実性と信頼性が求められるこの領域において、安直な革新性を取り入れることは、予測不可能なリスクを伴い、深刻な影響をもたらす可能性がある。そのため、エネルギー政策は実績のある技術や手法に基づき、柔軟性を持った運営が必要である。

エネルギー多様化の方策としては、まず7次計画にも記載のある、小型モジュール炉(SMR)の開発が注目される。SMRは、従来の原子力発電所に比べて小型であり、建設コストが低く、柔軟な設置が可能である。特筆すべきは、すでに似たようなものが、原子力空母や潜水艦などで数十年にわたり運用されてきた実績である。この間、大規模な事故は発生していない。アメリカ海軍の原子力潜水艦は、1980年代から運用され、数十年にわたり安全に稼働している。その実績は、SMRの安全性と信頼性を裏付ける重要な要素となる。SMRは小型原子炉の軍事から民間利用への転換ともいえるだろう。

次に、天然ガスの利用拡大も重要な方策である。天然ガスは化石燃料の中でも比較的クリーンなエネルギー源であり、多くの国がその供給を増やしている。米国のシェールガス革命によって、国内の生産量は劇的に増加し、国際市場での価格安定にも寄与している。例えば、米国エネルギー情報局(EIA)のデータによれば、アメリカの天然ガス生産量は2022年に約1,000ビリオン立方フィートを超え、世界最大の生産国となった。日本もLNG(液化天然ガス)の調達先を多様化し、オーストラリアやアメリカ、カタールなどからの輸入を進めている。これにより、エネルギー供給の安定性が高まる。

また、既存のエネルギー調達先の多様化も重要である。特に石油や石炭の供給元を多様化することで、特定の国や地域への依存を減らし、エネルギー供給の安定性を向上させることができる。インドは石炭の輸入先を米国、オーストラリア、インドネシアなどに分散させ、供給の安定性を高めている。さらに、EU諸国もロシアからのエネルギー依存を減らすために、ノルウェーやアメリカからの輸入を増やす取り組みを進めている。

再生可能エネルギーの導入が進められる中で、現状では政府の補助が必要であるため、これは持続可能なエネルギー供給の不安定化を招く要因となる。再生可能エネルギーの導入に関する調査では、政府の補助金がなければ経済的に成り立たないという報告が多く見られる。たとえば、日本の再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)は、再生可能エネルギーの導入を促進する一方で、補助がなければ経済的に持続できない現実がある。

将来的には大きな技術革新が起こり、再生可能エネルギーが自立したエネルギー源となる可能性もあるが、現時点ではその実現には時間がかかる。再生可能エネルギーは大規模実験程度の規模で実施すべきである。これに大きな比重を置くべきではない。

そもそも、過去のエネルギー革命は、たとえば運搬手段が馬や牛から、化石燃料を用いる車輌に変わったように、政府がほとんど何もしなくても、急速に進んだ。百数十年前の最大の都市問題は、馬糞の処理であったことを忘れるべきではない。民間企業は、経済的に有利とみれば、政府の補助金などあてにせず、我先にその分野に飛び込み、先行者利益を目指すものである。補助金をあてにする事業など、そもそも革新ではない。単なる社会実験に過ぎない。

ウクライナ戦争で破壊された集合住宅

国際情勢の変化も考慮する必要がある。特にロシアのウクライナ侵攻以降、エネルギー供給の安定性やエネルギー安全保障が重要な課題として浮上している。日本も中東依存の見直しや、より多様なエネルギー供給源の確保が求められているが、7次計画にはこれらの国際情勢に対する具体的な対応策が欠けている。

政策形成のプロセスにおいて、日本の経産官僚が外部の圧力や世間の反応を過度に気にするあまり、柔軟な対応ができていないという懸念も存在する。このような状況を踏まえ、エネルギー政策は確実性のある技術を基にし、過去の成功事例を参考にしながら進めるべきである。具体的には、エネルギー効率化技術の導入や、エネルギー供給の多様化を図るための国際的な協力が不可欠である。

以上のように、現実に基づいた政策がなければ、7次計画は理想的なエネルギー政策とは言えない。エネルギー政策は、実績のある技術を重視し、確実性と安定性をもって進めることが最も重要である。エネルギー供給の安定を確保するためには、過去の実績から学び、現実的な取り組みを重視する姿勢が求められる。 

【関連記事】

〈やっぱりあの国⁉︎〉相次ぐ海底ケーブル、海底パイプラインの破壊工作、日本が他人事ではいられない深刻な理由―【私の論評】日本のエネルギー安保と持続可能性:原子力と省電力半導体の未来 2024年12月20日

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 2024年10月25日

マイクロソフト・グーグル・アマゾンが「原発」に投資しまくる事情―【私の論評】米ビッグ・テックのエネルギー戦略とドイツの現状 2024年10月24日

G7の「CO2ゼロ」は不可能、日本も「エネルギー・ドミナンス」で敵対国に対峙せよ 「トランプ大統領」復活なら米はパリ協定離脱― 【私の論評】エネルギー共生圏 - 現実的な世界秩序の再編成への道 2024年4月14日

ドイツの脱原発政策の「欺瞞」 欧州のなかでは異質の存在 価格高騰し脱炭素は進まず…日本は〝反面教師〟とすべきだ―【私の論評】エネルギーコストがあがれば、産業も人も近隣諸国に脱出 2023年4月23日

2024年12月20日金曜日

〈やっぱりあの国⁉︎〉相次ぐ海底ケーブル、海底パイプラインの破壊工作、日本が他人事ではいられない深刻な理由―【私の論評】日本のエネルギー安保と持続可能性:原子力と省電力半導体の未来

 〈やっぱりあの国⁉︎〉相次ぐ海底ケーブル、海底パイプラインの破壊工作、日本が他人事ではいられない深刻な理由

まとめ

  • 海底インフラの破壊活動が増加しており、特に中国船による意図的な破壊が懸念されている。
  • 2016年の嵐によるイギリスとフランス間の海底送電線の切断事件が、電力供給のリスクを浮き彫りにした。
  • 日本はデータセンターの国内設置が急務であり、安定した電力供給が必要である。
  • アメリカでは原子力発電所近くにデータセンターを設置する計画が進行中で、電力供給の効率化が求められている。
  • 日本の第7次エネルギー基本計画では、2030年度以降の電力需要の増加に対応する必要があり、自由化された市場では将来の電気料金について予見性が失われ巨額な設備投資は実行されない。投資を支援する制度の創出は待ったなしだ。

破壊された海底ケーブル AI生成画像

 近年、海底インフラの破壊活動が増加し、安全保障上のリスクが高まっている。2016年11月20日、ドーバー海峡で発生した猛烈な嵐により、イギリスとフランスを繋ぐ海底送電線の能力が半減した。この嵐の中、錨を下ろした船が流され、英仏間に敷設された海底送電線8本のうち4本が切断された。この結果、フランスからの電力供給に依存するイギリスは、冬の電力需要期において原発1基分に相当する100万キロワットの供給力を失うという深刻な事態に直面した。

 このような海底インフラの切断は時折発生するが、意図的な破壊行為は稀であった。しかし、最近の数年間で状況が変化してきている。例えば、2022年9月にはロシアとドイツを結ぶノルドストリーム1と2のパイプラインが破壊され、その後の調査でウクライナ人に対する逮捕状が発行されるなど、国際的な緊張が高まっている。また、2023年10月にはフィンランドとエストニアを結ぶ海底パイプラインが損傷し、24年11月にはスウェーデン領海での通信ケーブルが破壊される事件が発生した。これらの事件は、中国の船による破壊工作の可能性が報じられ、国際的な安全保障に対する新たな脅威を浮き彫りにしている。

 日本もこのような脅威に直面しており、海底ケーブルが破壊される危険性があるため、データセンターを国内に設置することが急務である。安定的な電力供給がなければ、AIの進展に伴うデータセンター向けの電力需要の急増に対応できず、半導体製造などの重要産業も国内に立地できなくなる。特に、AIの利用が進む中で、データセンターの電力需要は今後急増すると予測されている。

 アメリカでは、データセンターの電力需要が急速に増加しており、特に原子力発電所の近くにデータセンターを設置する計画が進行中である。マイクロソフトは、閉鎖されたスリーマイル島原発1号機からの電力供給を20年間受ける計画を発表しており、アマゾンも小型モジュール炉(SMR)をデータセンターの隣接地に新設する計画を立てている。これにより、発電所からの最短距離の送電が可能となり、安定した電力供給が実現される見込みである。

欧州系石油メジャーの動きは英BPは米東海岸の洋上風力事業から撤退、シェルも、洋上風力発電事業への新規投資を中止し、石油、ガス事業への投資に振り向けると発表し。欧米石油メジャーの方向は異なるが、より収益性の高い事業へシフトしている。

 一方、日本では、経済産業省が12月17日に発表した第7次エネルギー基本計画の素案が、今後の電力需要の増加に対応するための方針を示している。この計画では、2030年度の電力需要が減少から増加に転じ、2040年度には発電量が1.1兆から1.2兆kWhに増加することを目指している。具体的には、原子力発電の比率を20%、火力を30%から40%、再生可能エネルギーを40%から50%に設定している。再生可能エネルギーの導入が進む中で、電気料金の上昇と引き換えに固定価格買取制度を利用することが想定されている。

 しかし、この計画を実現するためには、原子力発電の設備の新設や建て替えが必要である。自由化された電力市場においては、将来の電気料金の予見性が失われているため、巨額の設備投資が行われにくくなっている。したがって、設備新設を支援する制度の創出が急務である。これにより、日本は将来の電力供給の安定性を確保し、経済成長を支えることが可能となる。

 海底インフラの破壊活動の増加は、日本の安全保障や経済成長に新たな脅威をもたらしている。具体的な数値目標を掲げるだけではなく、実現に向けた具体的な施策や道筋を示すことが求められている。これにより、日本は将来的な電力供給の不安定さや安全保障上のリスクに対処することができるだろう。 

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】日本のエネルギー安保と持続可能性:原子力と省電力半導体の未来

まとめ

  • 日本の電力システムは独立しており、海外からの電力輸入は行っていない。これにより安全保障上のリスクを回避している。
  • フィリピンの電力供給が中国の影響下にあることは、国家安全保障上の懸念を引き起こしている。
  • 再生可能エネルギーは供給チェーンの脆弱性や不安定性などの欠点があり、原子力発電への注力が必要とされる。
  • 小型モジュール炉(SMR)や核融合技術の実用化により、日本のエネルギー供給の安定性が向上する。
  • 原子力の推進と省電力半導体の実用化によって、日本のエネルギー供給は盤石になる。

現在、日本の国際通信は主に光海底ケーブルによって行われているが、海底送電線を用いて海外から直接電力を輸入してはいない。日本の電力システムは独立した状態にあり、他国との接続がない。特に電力を輸入していないことは、日本が島国であることに起因し、外国との間に海底送電線網を構築するには莫大な資金が必要となる。結果として、これは安全保障上正しい判断といえる。

2017年当時。供給余力と特に地方では少ない

フィリピンは海底送電線を用いて中国から直接電力を輸入しているわけではないが、中国は間接的にフィリピンの電力供給に大きな影響力を持っている。中国の国家電網公司がフィリピンの送電企業NGCPの株式の40%を保有しており、NGCPは2009年からフィリピン全土で送電事業を行っている。NGCPはフィリピンの家庭の約78%に電力を供給しているため、中国の影響力は無視できない。この状況には懸念も存在する。フィリピンの電力供給網が中国政府の支配下にある可能性が指摘されており、紛争時に中国が電力網を遮断するリスクがあるという内部報告書も存在する。この状況は、国家安全保障上の懸念事項である。

日本は、フィリピンのようなエネルギー安全保障上の懸念を抱えることなく、独立した電力の確保を継続するために、今後も電力の輸入はせず、外国の事業者を関与させるべきではない。これを実現するためには、特に設備新設を支援する制度の創出が急務である。しかし、再生可能エネルギーには重大な問題が潜んでいる。

現在、日本で使用されている太陽光パネルや風力発電設備の多くは中国から輸入されたものであり、特に太陽光パネルは中国が世界最大の生産国であるため、そのシェアは非常に高い。風力発電設備も多くが中国製であり、コスト面でも競争力がある。この状況はエネルギーの導入促進に寄与しているが、安保上の懸念がある。

日本に設置されている太陽光パネルはほとんどが中国製

具体的には、供給チェーンの脆弱性が問題視されている。特定の国に依存することで、政治的な緊張や貿易摩擦が生じた際に供給が途絶えるリスクがある。また、重要なエネルギーインフラに関わる技術が他国に依存していると、技術的な安全性や信頼性の確保が難しくなる可能性もある。さらに、エネルギーの自給自足を強化することは、国際的な競争力の向上やエネルギー安全保障の確保にもつながる。

環境や労働条件に関する懸念も生じており、持続可能な開発を考慮した場合、地域や国内での生産を促進することが求められている。これらの理由から、日本は再生可能エネルギーの国内生産を強化し、供給チェーンの多様化を図る努力が必要である。

再生可能エネルギーにはいくつかの欠点がある。不安定性があり、太陽光や風力は天候や時間帯に依存するため、発電量が変動しやすい。また、エネルギーの貯蔵が難しく、効率的な貯蔵システムが十分に普及していない。さらに、大規模な発電所は広大な土地を必要とし、土地利用や自然環境への影響が懸念される。初期投資が高く、特定地域では資源が限られることもある。これらの課題を克服するためには、技術の進化や政策の支援が重要であり、再エネを社会のインフラにしてしまうことは大きな間違いである。

こうしたことから、再エネは将来の技術革新を促すために、実験を継続する程度にとどめて、原子力発電に傾注すべきである。特に日本は当面、小型モジュール炉(SMR)の実用化を目指し、将来的には核融合を目指すべきである。

小型モジュール炉は安全性が高く、建設コストが比較的低いため、導入が容易である。従来の大型原子炉に比べて設計がシンプルであり、事故のリスクを低減できる点が評価されている。例えば、米国のWestinghouseが開発したSMRは、冷却システムが自然循環に基づいており、外部電源がなくても冷却が可能である。これにより、重大事故のリスクが大幅に軽減される。

エネルギーの安定供給が求められる中で、SMRは地域分散型の電源としての役割を果たすことができる。特に地方の電力供給において、地域ごとの電力需要に応じた柔軟な対応が可能である。

小型モジール炉のサイズ感 1ユニットだとトレーラーに格納することができる

将来的には核融合技術の実用化を目指すべきである。核融合は地球上のエネルギー需要を持続可能な形で満たす可能性を秘めている。燃料となる重水素やトリチウムは豊富に存在し、核融合による発電は放射性廃棄物が少なく、事故のリスクも極めて低いとされている。国際熱核融合実験炉(ITER)プロジェクトが進行中であり、これにより核融合技術の商業化が現実味を帯びている。

日本がSMRの実用化を進めつつ、核融合技術の研究開発を並行して行うことで、エネルギーの安定供給と持続可能性を両立させる道を確保することができる。これにより、エネルギー政策の多様化と国際的なエネルギー市場における競争力の向上が期待される。

さらに、AIの発展に伴い、電力使用量が増すことが懸念されているが、これには以前似たようなことが指摘されたことがある。たとえば、米Googleは2009年1月11日、「Googleで1回検索すると、やかんでお湯を沸かす半分のエネルギーが必要で、二酸化炭素7グラムを排出している」との指摘に対して反論している。当時はインターネットの発展に伴い電子力消費量が幾何級数的に伸び、とんでもないことになるだろうといわれていた。しかし、現実にはそうならなかった。その理由は、半導体の電力使用量が大幅に減ったからである。

現在の半導体は、20年前の半導体と比較して同じ性能を持つ場合、電力消費量が大幅に減少している。具体的には、一般的に同性能の半導体は、20年前に比べて約50%から70%程度の電力消費量を削減できるとされている。この減少は、製造プロセスの進化や微細化技術の向上、さらには新しい材料や設計手法の導入によるものである。ナノテクノロジーの進展によりトランジスタのサイズが小さくなり、電力効率が向上している。また、低消費電力の設計が求められる中で、様々な省エネ技術が開発されている。

ラピダスの小池淳義社長とテンストレントのジム・ケラー氏

今後も半導体の電力消費量は減っていくであろう。特にAIの普及が進む中で、現在の技術のままでは電力消費が破滅的に増加する可能性がある。これを回避するためには、超省電力半導体の設計と製造が不可欠である。北海道千歳市で工場建設が進んでいるラピダスとカナダのテンストレントの提携は、この課題に取り組む重要なステップである。ラピダスの社長である小池淳義氏は、超省電力半導体の開発を通じて、AIやその他の高度な計算処理が求められるアプリケーションに対応できる技術を推進している。具体的には、低消費電力で高性能を実現する新しい半導体材料や構造の研究が進められている。

この提携によって、ラピダスはテンストレントの先進的な技術を活用し、次世代の半導体市場において競争力を高めることを目指している。AI技術の進化に伴い、半導体の電力効率を向上させることは、持続可能なエネルギー利用に寄与するだけでなく、経済的な成長にもつながる。

小池社長のビジョンは、こうした超省電力半導体の実現を通じて、AIの普及を支えつつ、環境への負荷を軽減し、エネルギー効率の高い社会を築くことである。これにより、技術革新が持続可能な未来を実現するための基盤となることが期待される。

結論として、原子力の推進と省電力半導体の実用化によって、日本のエネルギー供給は盤石になる。小型モジュール炉や核融合技術の開発に注力しつつ、半導体技術の進化を活用することで、持続可能で安全なエネルギー供給体制を確立することが可能である。これにより、日本はエネルギーの自給自足を強化し、国際的な競争力を高めることができる。

【関連記事】  

半導体ラピダスへ追加支援検討 武藤経産相、秋の経済対策で―【私の論評】安倍ビジョンが実を結ぶ!ラピダスとテンストレントの協業で切り拓く日本の次世代AI半導体と超省電力化 
2024年10月25日

マイクロソフト・グーグル・アマゾンが「原発」に投資しまくる事情―【私の論評】米ビッグ・テックのエネルギー戦略とドイツの現状 2024年10月24日

G7の「CO2ゼロ」は不可能、日本も「エネルギー・ドミナンス」で敵対国に対峙せよ 「トランプ大統領」復活なら米はパリ協定離脱― 【私の論評】エネルギー共生圏 - 現実的な世界秩序の再編成への道 2024年4月14日

ドイツの脱原発政策の「欺瞞」 欧州のなかでは異質の存在 価格高騰し脱炭素は進まず…日本は〝反面教師〟とすべきだ―【私の論評】エネルギーコストがあがれば、産業も人も近隣諸国に脱出 2023年4月23日

原発が最もクリーンで経済的なエネルギー―【私の論評】小型原発と核融合炉で日本の未来を切り拓け 2022年2月14日

2025年参院選と自民党の危機:石破首相の試練と麻生・高市の逆襲

まとめ 参院選の重要性 : 2025年7月20日の参院選は、石破茂首相の求心力を左右する。124議席が争われ、与党は過半数(125議席)確保を目指すが、党内不満と経済問題が課題だ。 自民党内の対立 : 石破首相への不満が高まり、東京都議選での応援控えが求心力低下を露呈。高市早苗氏...