2019年6月10日月曜日

「老後に2000万円不足」金融庁レポートと消費増税の不穏な関係―【私の論評】財務省も金融庁も国民のことは二の次で自らの利益のため国政を操っている(゚д゚)!

「老後に2000万円不足」金融庁レポートと消費増税の不穏な関係

財務省が、ほくそ笑んでいる




老後資金「2000万円不足」は本当か?

先週末ごろから、「7月の選挙は衆参ダブル選ではなく、10月の消費増税は予定通りに行われる」という観測記事が出始めた。

7月の参院選における自民党の公約に、「本年10月に消費税率を10%に引き上げる」と書かれていることが判明した、というのがその根拠である。

これまで安倍総理も「消費増税は予定通り」と公言してきたので、既定路線に変更なしということなのだろう。たしかに、7月の参院選公約をそろそろ確定しないと、もろもろの作業が間に合わなくなるころだ。

自民党の参院選公約と同時並行で策定されるのが、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」である。この原案でも、「消費増税は予定通り」となっている。これが政府の正式案として閣議決定されるのは6月中下旬である。

自民党の公約、政府の骨太方針ともに、これから政府与党内プロセスを経て正式決定されるが、報道によれば、現状の案のまま決定される見込みという。

「べき論」からいうと、今の時期に消費増税を実施すべきではないのは、筆者のこれまでの本コラムを読んでもらえばわかるだろう。

筆者は単に(1)景気論から消費増税に反対しているのではなく、(2)財政論(今の日本の財政は健全で、消費増税を行う必然性はない)や、(3)社会保障論(消費税を社会保障目的税とする国はなく、社会保障拡充のためには歳入庁の創設が有効)の見地からも消費増税はおかしいという、日本では珍しい意見の持ち主である。

まず、(1)景気論がひどい。

福岡市で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は9日、共同声明を採択した。世界経済の下振れリスクとして貿易摩擦の激化を挙げ、「G20はこれらのリスクに対処し続けるとともに、さらなる行動をとる用意がある」とした。にもかかわらず麻生財務大臣は、10月の消費増税を各国に説明したというのだから、まるで議長国として発表した共同声明を無視するかのような経済政策である。これでは日本の見識が疑われる。

福岡市で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議にて

(2)の財政論は、先週の本コラムで再三書いたので、繰り返さない。

今回の本題は、(3)の社会保障論だ。

6月3日に金融庁が公表した、資産形成に関する金融審議会報告書が話題である(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf)。報道では、「95歳まで生きるには、夫婦で約2000万円の金融資産の取り崩しが必要になる」とされている。

報告書の中の記述は、「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる」である。

これは、審議会に提出された厚労省資料に基づく見解であるが、オリジナル資料は総務省家計調査(2017年)で、数字は夫65歳以上、妻60歳以上の高齢無職夫婦世帯の平均だ。

実は、同じ総務省の家計調査では、貯蓄額の数字も出ている。60歳以上の二人以上世帯の平均貯蓄額は2366万円である。このため、不足額の2000万円は賄えることになる。

もちろん、高齢者世帯の貯蓄額は人それぞれだ。貯蓄はある意味で人生の結果でもあるので、格差は大きく、その分布はピンからキリまでわかれている。

平均は2366万円であるが、貯蓄額を低い世帯から並べたときにちょうど中央に位置する世帯の貯蓄額は、1500万円程度である。このため、「2000万円の金融資産の取り崩しが必要」というマスコミ報道について、過剰に反応する人が多く出てくるのだろう。

要するに、今でも高齢者世帯では貯蓄の取り崩しが行われているわけで、これを公的年金の不足のせいとみるか、それとも公的年金以上の支出水準を維持するために貯蓄した結果とみるかは、人それぞれであろう。

しかし、報告書で「2000万円の不足」と書かれ、それだけがマスコミ報道で切り取られているから、案の定、「今さら年金をあてにするな、自助努力しろ、と言うのはおかしい」という意見が多く出ている。これは、高齢者世帯の貯蓄額の数字を出さずに「2000万円の不足」と強調し、煽る報道のためである。ネットで過剰反応する人は、高齢者世帯の貯蓄額も調べない人ばかりであろう。

金融庁と財務省の思惑

ここで重要なのは、公的年金について「不足している」、「ひょっとしたら破たんしているかもしれない」と一般の人が考えることは、消費増税を狙う財務省にとって好都合である、ということだ。「年金充実のためにも消費増税」と主張できるのである。

そこで、今回の金融庁による報告書が意味を持ってくる。金融庁のトップは麻生財務大臣である。金融庁はもともと財務省から分離された組織で、今の金融庁幹部は財務省に入省した官僚だから、財務官僚と同じ遺伝子を持っているといってもいい。

マスコミが過剰反応し「年金が不足する」と報じるのを金融庁は見越して、報告書でもその部分を強調したはずだ。それが結果として、「年金充実のための消費増税」をサポートするわけだ。

年金が少ない、あるいは破たんすると煽って金融商品を売りつけるのは、金融機関の営業ではよくある話だ。今回の金融庁の報告書は、まるで金融機関のパンフレットのように金融商品を推奨している。金融庁が金融機関の営業を後押ししている点でも異様なのだ。

年金制度「破綻疑惑」の読み方

では、日本の年金制度は破綻しているのか? 筆者の答えはノーだ。

そもそも年金とは、長生きするリスクに備えて、早逝した人の保険料を長生きした人に渡して補償する保険であるといえる。

65歳を年金の支給開始年齢とすれば、それ以前に亡くなった人にとっては、完全な掛け捨てになる。遺族には遺族年金が入るが、本人には1円も入らない。逆に運よく100歳まで生きられれば、35年間にわたりお金をもらえる。

極端に単純化して言えば、年金とは、平均年齢よりも前に死んだ人にとっては賭け損だが、平均年齢以上生きた人にとっては賭け得になるものだ。このように単純な仕組みなので、人口動態が正しく予測できれば、まず破綻しない。

具体的に言えば年金は、数学や統計学を用いてリスクを評価する数理計算に基づいて、破綻しないように、保険料と保険給付が同じになるように設計されている。確率・統計の手法を駆使して、緻密な計算によって保険料と給付額が決められている。

年金制度を実施する集団について、脱退率、年金受給者が何歳まで生きているのかという死亡率、積立金の運用利回り(予定利率)など、将来の状態の予想値(基礎率)を用いた「年金数理」で算出している。

2004年の年金制度改革で、給付額についてマクロ経済スライドが導入された。端的に言えば、保険料収入の範囲内で給付を維持できるように、数理計算で給付額を算出しようということだ。物価や賃金が上がると、それに連動して給付額は増えるが、現役世代の人口減少や平均寿命の延びを加味して、給付水準を自動的に調整(抑制)する仕組みだ。

年金は掛け捨ての部分が大きくなれば保障額が多くなり、小さければ少なくなる。つまり、現役世代の人口が減って保険料収入が少なくなろうが、平均寿命が延びて給付額が増えようが、社会環境に合わせて保険料と給付額を上下させれば、破綻しない制度ということだ。

経済界も加担している

年金不安の根拠として必ず持ち出されるのが、「65歳以上の高齢者1人を、15~64歳の現役世代X人で支えることになる」という理屈だ。

内閣府の「高齢者白書」によれば、2020年には2人、2040年には1・5人で1人の高齢者を支えることになる。このような人口減少はすでに十分予測されており、年金数理にも織り込まれている。つまり、人口減少は予測通りに起こっているので、社会保障制度での心配は想定内である。

にもかかわらず、一般国民にとっては、「年金は間もなく破たんする」という印象が強い。消費増税を目論む財務省が、社会保障費に対する世間の不安を煽り、マスコミがそれを増幅しているからだ。

「年金は保険」という認識が一般人に浸透すれば、消費増税ではなく保険料アップで対応すればいいという、至極まっとうな指摘が出てくる。しかしそうなると、予算編成と国税の権力を握り「最強官庁」の名をほしいままにしてきた、財務省の屋台骨が揺らいでしまう。

つまり、財務省としては「年金は社会福祉であり、今は原資が不十分な状態」という誤解が広まれば広まるほど、「社会福祉は税金でまかなうものだから、消費増税しかない」という俗論がまかり通るほど、好都合なのだ。

その意味では経済界も、「年金は保険」という認識が世間に浸透すると困る立場にある。「保険料の引き上げ」という本来の解決策がとれないのは、経済界の強硬な反対もある。なぜなら、年金保険料は労使折半だからだ。

企業は従業員の保険料の半分を負担しているため、負担を上げてほしくない。保険料アップで年金がまかなえるとなれば、会社負担が増えるのは明らかだ。だから、広く社会一般に負担を押し付ける消費増税の方がマシだと経営サイドは考えている。

財務省は年金制度の成功例として、社会保障が充実している北欧をしばしば引き合いにするが、それらの国における社会保障の充実が社会保険料負担、それも労働者というより経営サイドの大きな負担でもたらされていることには、決して言及しない。

そんな財務省の意向のもとで消費増税を実行すれば、かえって将来の社会保障制度も危機にさらされてしまうだろう。

【私の論評】財務省も金融庁も国民のことは二の次で自らの利益のため国政を操っている(゚д゚)!

さて、今回話題になっている、6月3日に金融庁が公表した、資産形成に関する金融審議会報告書ですが、正式名称は、金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書、「高齢社会における資産形成・管理」です。PDFで56ページに及ぶ提案書です。

オリジナルの文書に関心のある方は、リンクを張っておくので、よろしければご覧になってください。

この文書のキモの部分だけを抜き出すと、以下のようになります。
・定年の退職金が、バブル期のピークからすでに3~4割ほど減少している
・年金だけで暮らすのは厳しく、試算では毎月約5万円ほど貯金等からの持ち出しが必要となる
・つまり100歳近くまで生きるなら、2000万円は必要なので、準備しなさい

SMBCコンシューマーファイナンスは、2019年1月7日~9日の3日間、30歳~49歳の男女を対象に「30代・40代の金銭感覚についての意識調査2019」をインターネットリサーチで実施し、1,000名の有効回答を得ました。

全国の30歳~49歳の男女1,000名(全回答者)に対し、毎月自由に使えるお金はいくらあるか聞いたところ、全体の平均額は30,532円。家族構成別にみると、未婚者は38,674円、子どものいない既婚者は28,565円、子どものいる既婚者は22,096円となりました。

2018年に同社が実施した調査と比較すると、平均額は2018年30,272円→2019年30,532円と微増しています。

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、驚いたことに、30、40代では23.1%もの人が貯蓄セロと答えていることです。



このグラフからは、貯蓄が0円~50万円以下という人が、何と47%と、半数近く占めることが分かります。

年代別の報告では、

30代・・2018年198万円→2019年194万円(4万円減)
40代・・2018年316万円→2019年196万円(120万円減)

と、40代では、たった1年で、平均が120万円も減少しています。

平均で出すと分かりにくいですが、これまでの流れから見ると、全体的に額面が落ちたのではなく、おそらく「ゼロに近い人の頭数」が増えたのではないでしょうか。

この人たちが、仮に35歳から60歳までに2000万円貯金するには、月々8万円を貯金しなければならないことになります。衝撃です。

そんなことが出来るくらいなら、現時点の貯蓄が50万円以下であるはずがないです。

しかし、落ち着いて、今一度この金融庁の文書をよく読んでみると、実はこの報告書にはは、国民に対して「貯金しろ」という言葉は出てこないです。

人々がこぞって貯金をするというのは、消費が落ち、内需が縮小することに直結します。この文書をよく見ると、「預金」ではなく、「運用」という言葉が頻繁に出てきます。
そしてご丁寧に、「金融サービスのあり方」と銘打った、銀行に対してのアドバイスの項目も含まれています。

私は、この文書のキモは、国民の老後を考えているものではなくて、長引く金融緩和で疲弊した銀行が、顧客に資産運用商品を売りやすくするためのキャンペーンを、金融庁が張ったのではないかと見ています。無論、上で高橋洋一氏が語ったように、この背景には無論財務省の増税という意図もあるでしょう。

しかし、将来の年金の不安を煽ることで、銀行が個人資産コンサルティングに入り込みやすい顧客の心理状況をつくり、なんとか銀行の業績を底上げしようという意図があるのではないでしょうか。

もはや構造不況業種の銀行業

おそらく銀行界隈では、今後、老後のための個人向け資産を長期運用する類の商品が続出するのではないでしょうか。

若・中年層が老後に突入する頃、麻生大臣はもちろん、財務省のおエラ方も定年を迎え、とっくに現場からいなくなっています。その時、世の中がどうなっていようが、そんなことに彼らは興味がないのでしょう。彼らが心配するのは、常に目先の話なのでしょう。

上の高橋洋一氏の文章のなかにも、「今回の金融庁の報告書は、まるで金融機関のパンフレットのように金融商品を推奨している。金融庁が金融機関の営業を後押ししている点でも異様なのだ」としています。

結局現状の、銀行等の金融機関はそれほど窮地に立たされているということでしょう。

欧米に比較すると、投資に不慣れな日本人は、運用よりも貯蓄に走ってしまう可能性のほうが高いと思います。人々がこぞって貯金をするということは、一見良いようにも見えますが、消費が落ち、内需が縮小することに直結します。そんなことになれば、国内景気が悪くなり、税収が減ります。そうなれば、また財務省は国民などおかまいなしに、増税するのでしょう。

財務省も金融庁も国民のことなどどうでも良いのでしょう。とにかく、天下り等のために有利な状況をつくっておきたい一心で、増税したり金融機関を助けようとして国政を操っているのです。

【関連記事】

消費増税のために財務省が繰り出す「屁理屈」をすべて論破しよう―【私の論評】財務省の既存の手口、新たな手口に惑わされるな(゚д゚)!


2019年6月9日日曜日

日本を危険にさらす財務省「ヤバい本音」〜教育に金は出せないって…―【私の論評】希望にあふれる未来を次世代の国民に約束するため、教育や研究に投資するのは当然のこと(゚д゚)!

日本を危険にさらす財務省「ヤバい本音」〜教育に金は出せないって…

そもそも「税でまかなう」は間違いです


教育は「見返りが少ない」って…?

「知識に投資することは、常に最大の利益をもたらす」というのは、18世紀米国の政治家、ベンジャミン・フランクリンの言葉だ。

現代の政治において、政府ができる最大の「知識の投資」とは、もちろん教育のことである。実際、将来の所得を増やす実証分析は多く、たとえば大学や専門学校などの「高等教育」と呼ばれる教育は、将来の所得増・失業減などによって、2.4倍の費用対経済的便益があるという。

政府も教育投資を純粋に進める方針を取ればいいのだが、財務省の理屈が絡むと話がこじれるのが常だ。

5月16日、財政制度等審議会(財政審)財政制度分科会歳出改革部会が開かれ、高等教育にかかる経済的負担軽減について議論した。

このなかで、6年制薬学部の卒業率や薬剤師合格率を例示し、基本的な教育の質を保証できていない大学があるとした。こうした大学は、財政負担軽減の対象除外とすることを徹底すべきとの考えが上がったのだ。

財政審は各界から有識者を集めているが、結局財務省官僚のお手盛りのメンバーにすぎない。そのため、財政審の意見には財務省の「本音」が見え隠れする。「教育の質」に関する議論がたびたび起こるが、これは財務省のソロバンの上では、教育が「見返りが少ない」投資対象だと思われていることにある。

教育投資が非常に重要であることは冒頭で述べたとおりだ。ただでさえ財務省は、消費増税によって学生の経済状況を苦しめることになるのに、何を言っているのかと思うのが普通だろう。

たしかに教育や大学の基礎研究は、大規模で結果に結びつくまでの期間が長い。だからこそ、民間部門ではなく公的部門として主導し、国債を発行すれば、財源を確保しつつ将来の税収増で十分な見返りが見込まれる。にもかかわらず、教育を税財源で補う前提の財務省は、一部の薬学部のケースを例に挙げ、まるで社会の負担であるかのように言うのだ。

国債を発行すれば済む話

これは民間の企業であれば、本来行うべき投資を単なる費用と勘違いしてケチり、結局会社を潰す典型的なダメ経営者と似ている。

基礎研究と教育の財源は、国債発行によって賄うべきだという考え方は、じつは旧大蔵省にはあったものだ。かつて本コラムでも触れたが、小村武元大蔵事務次官の『予算と財政法』という本に、興味深い記述がある。この本は財務省主計局の「法規バイブル」であり、本来であれば財務省の「公式見解」とみるべきものだ。


同書には「投資の対象が、通常のインフラストラクチャーのような有形固定資産であれば国債で賄うのは当然」のこととし、「研究開発費を例として、基礎研究や教育のような無形固定資産の場合も、建設国債の対象経費としうる」とある。

現在の財務省は、道路や下水道を整備するのに建設国債を発行するのは当たり前と考えていても、教育や研究開発費は目に見えない資産なので、国債を発行してまで投資するものではないと勘違いしているのだろう。

税財源のみで教育を賄おうとするからこそ、無意味な増税を繰り返したり、「教育の質」問題を蒸し返す。根本的なロジックの誤りを認めない財務省は、この国に悪影響を与えるばかりだ。

『週刊現代』2019年6月15日号より

【私の論評】希望にあふれる未来を次世代の国民に約束するため、教育や研究に投資するのは当然のこと(゚д゚)!

大学や専門学校などの「高等教育」と呼ばれる教育は、将来の所得増・失業減などによって、2.4倍の費用対経済的便益があるという事実は昔から経験的に知られていることです。それは、当たり前といえば当たり前です。企業が新人を雇用するのは、この経験則を十分知っているからです。

そもそも、会社のほとんどの仕事は人が実行します。会社で働いている人も、一定の年齢になれば、退職します。新人を雇用しなければ、将来会社は消えることになります。そうして、新人を雇用すれば、様々な資金がかかるだけではなく、入ったばかりの新人は仕事ができないため、訓練や教育を必要とします。

目先の生産性だけを考えれば、新人など採用しないで既存の社員に仕事を実施させれば、経費も訓練や教育のための資金もいりません。しかし、それを続けていれば、会社は発展もしないし、継続すらできません。だからこそ、適切な雇用管理が重要なのでする。

ほとんどの企業は、雇用の重要性を理解しているのですが、それでも企業によってその重要性の理解度は異なります。駄目な会社は、景気が良いと人を多めに雇用し、景気が悪いと人を雇用しないというようなことをします。

そうすると、新しい管理職が必要なときに困ることになります。優秀な管理職を登用するためには、少なくとも6人の候補者が必要ですが、その時に候補者が十分いないということになります。

まともな会社は、その時々の景気に関係なく、将来と現在を見極めて毎年本当に必要な人数を雇用します。景気が悪かったからといって一人も雇わないということはしません。

現在の、財務省の官僚はこのような単純な経験則を十分理解していないようです。将来の日本国のビジョンに基づき、教育や研究に投資しなければ、将来の日本はとんでもない国になるだけです。日本を存続するだけではなく、希望にあふれる未来を次世代の国民に約束するため、教育や研究に投資するのは、当然のことです。

日本は経済大国ですが、財務省の姿勢ともあいまって教育にカネを使わない国であることはよく知られています。その根拠とされるのが、GDP(国内総生産)に占める公的教育費の支出額の割合です。

OECD(経済協力開発機構)の2017年版の教育白書によると、2014年の日本の数値は3.2%と加盟国の中で最も低いです。ここ数年は最下位を免れていたのですが、再び不名誉なランキングに転落してしまいました。

しかし日本は少子化が進んで子どもが少ないので、この割合が低いのは当然という見方もできます。子ども人口比が15%の国と30%の国を同列で比べるのは公平ではないです。そこで、子ども・若者1人あたりの額を試算して比較してみます。

2014年の日本の名目GDPは4兆8531億2100万ドルなので、先ほどの比率(3.2%)をかけて、公的教育費の支出額は1561億200万ドル。これを25歳未満人口(2898万人)で割ると1人あたり5386ドル(約60万円)となります。

同じやり方で、主要国の子ども・若者1人あたりの公的教育費を試算すると<表1>のようになります。


日本は韓国に次いで低いです。子ども・若者1人あたりの絶対額で見ても、教育にカネを使わない国であることは明らかです。スウェーデンは10342ドル(約114万円)と、日本の2倍近くの額を費やしています。

他のOECD加盟国の試算もできます。下の<図1>は、横軸に公的教育費の対GDP比、縦軸に子ども・若者1人あたりの公的教育費をとった座標上に、34カ国を配置したグラフです(瑞はスウェーデンをさす)。公的教育費の相対比率と絶対額が見られるようにしました。


日本の横軸が最下位なのは分かっていますが、子ども・若者1人あたりの公的教育費(縦軸)の絶対額でも少ない部類に属しています。OECD諸国の平均値に達していないです。

対極の右上には、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった北欧諸国があります。ノルウェーでは1人あたり1万9000ドル(約210万円)もの教育費を国が投じています。幼児教育から高等教育までの学費が無償であるのも頷けます。ICT(情報通信技術)教育先進国のデンマークも、教育への公的投資額が多いです。

日本は高等教育への進学率が高く、今や同世代の半分が大学に進学します。それにもかかわらず公的教育投資が少ないため、負担が家計にのしかかっています。高額な学費や貧弱な奨学金は、その表れに他ならないです。OECDの教育・スキル局長も「日本の私費負担は重い。家庭の経済状態による格差をなくすためにも、一層の公的支出が必要だ」と指摘しています(2017年9月12日、日本経済新聞)。

給付型奨学金が導入され、高等教育の無償化の議論が進むなど、日本の教育の現状も変わりつつあります。高等教育のどの部分を対象にするかなど議論の余地は多いですが、法が定める「教育の機会均等」の理念が実現するよう改善が必要です。

そうして、何よりも今必要なのは、国債で教育費を賄うのが当然であるという、財務省に欠けた知識です。このブログでも以前指摘したように、BSを読めず、雇用も理解できず適正な会社運営できない彼らには無理なのかもしれません。

【関連記事】

本庶氏が語った研究の原動力 ノーベル医学・生理学賞―【私の論評】 日本も未来投資として、教育・研究国債を発行すべきときがきた(゚д゚)!


2019年6月8日土曜日

墜落したF35A戦闘機 パイロットの遺体の一部を発見―【私の論評】戦闘機の運用は、全体を考えて3機種体制を堅持すべき(゚д゚)!

墜落したF35A戦闘機 パイロットの遺体の一部を発見


今年の4月9日19 時27分ごろ、青森県三沢市の北東135kmの海上で、航空自衛隊三沢基地に所属する最新鋭のF35戦闘機1機が、訓練で飛行中にレーダーから機影が消えた件について、岩屋防衛相は7日、行方不明になっていたパイロットの遺体の一部を発見したと発表した。


当時、この機体にはパイロット1名が搭乗しており、およそ30分前の19時頃、三沢基地を離陸したということで、航空自衛隊は詳しい状況を確認していた。これまでにエンジンや主翼の一部を発見していたが、フライトレコーダーは見つかっていないという。現在、機体の捜索は事実上打ち切りとなっている。

岩屋防衛相は、F35Aの部品が散在していた海域から、パイロットの体の一部とみられるものを発見したと明らかにし、死亡と判断したという。

同機は、ステルス性能を備えた最新鋭の戦闘機で、2018年1月から三沢基地で配備が始まり現在13機運用されている。同機はレーダーに映りにくいステルス性能を持つが、訓練中は機体から位置情報が発信され、飛行を把握できる仕組みになっているという。

【私の論評】戦闘機の運用は、全体を考えて3機種体制を堅持すべき(゚д゚)!

まずは、今回の事故で亡くなられた細見彰里3等空佐(41)のご冥福をお祈りさせていただきます。

この事故はF35Aの飛行隊が発足して2週間後に発生しており、まだ試験運用中だったはずだったとみられます。自衛隊に導入された装備はすぐに使えるようになると思っている人が多いようですが、実際には数年の試験期間を要します。すでに開発企業による試験が重ねられていても、導入された後に運用サイドが、さらに数年かけて試験をくり返すのです。

これは大変重要なプロセスで、機器を熟知する時間が必要なのはもちろんのことです。さらに大事なのは、自衛隊の装備品は基本的には「国内運用」が前提であり、輸入品は特に、気象、地形、そして法律も、人の体格も外国と違う条件のため、すべて適合させるための期間を設けることです。

装備品を戦力化することは、そう簡単ではないのです。日本向けでない外国製品はかえって手間がかかることも多いのです。

そして、事故機が国内組み立て初号機だったことが取り沙汰されていますが、最終チェックは米国側が行っています。このため、このことが事故と関係あるとは思えないです。

むしろ問題視して省みるべきは、日本が「武器輸出3原則」によって、世界のトレンドである共同開発に乗り遅れたことです。苦肉の策で、国内最終組み立てとなりましたが、実際ほとんどブラックボックスで、言ってみれば製造場所をロッキードマーティン社に提供しているだけのような状況だったことでしょう。この状況からも、事故調査も日本が主導できないことは想像できます。

織田邦男・元空将に、空自がこれまで続けてきた「3機体制」の重要性を聞いたことがある。これは「3機体制」というより正確には「3機種体制」と言ったほうが良いかもしれません。

織田邦男・元空将

最新鋭機種で航空優勢を維持することと、国内技術・生産基盤に配慮した機種を持つこと、また、万が一、事故が起きた際は同機種は飛行停止になるため、多機種を持つようにしていたのです。

わが国は今後F35Aを105機、艦艇に発着できるF35Bを42機導入する計画だといいますが、何かトラブルがあれば全てが飛べなくなります。スクランブルが増加するなか、国民の安全を守る隙のない防空には思慮深い調達が不可欠です。

逆にあまりに多くの機種を持つことにも危険があります。あまりに多いと量産体制がとれないということもあります。さらに、部品供給に支障をきたすということもあります。

それを考えると、3機種体制は丁度良いのかもしれません。

多機種体制というと、米軍は今でも多機種体制です。その中でも、特に最近米軍がF15EXの調達を決めたことが目を引きます。

米国防総省は2019年3月12日に発表した2020年度予算案で、「F-15EX」戦闘機8機の調達費として、10億5000万ドルを計上。合わせて2020年度から2024年度までの5年度で、80機を調達する方針を発表しました。同機は、航空自衛隊などが運用しているF-15「イーグル」戦闘機の最新型で、この「最新型のF-15」に関しては、これまで多くのメディアが「F-15X」という名称で報じてきました。

F-15EX

米空軍は現在、空対空戦闘を主任務とする制空戦闘機型で、航空自衛隊が保有するF-15Jの原型となった単座型(乗員1名)のF-15Cと、同じく航空自衛隊F-15DJの原型となった複座型(乗員2名)のF-15D、複座で精密誘導爆弾なども搭載できる、多用途戦闘機型のF-15Eという、3種類のF-15を運用しています。

メーカーのボーイングは、既存のF-15Cを大幅に能力向上させる「F-15C 2040」をアメリカ空軍に提案してきました。今回、調達計画が発表された80機のF-15EXは、老朽化したF-15C/Dの更新用という位置づけですが、アメリカ空軍は制空戦闘機型であるF-15C/Dの能力向上型ではなく、F-15Eをベースとする多用途戦闘機型のF-15EXを選択しました。

F-15C/Dは生産が終了していますが、F-15Eはミズーリ州セントルイスにあるボーイングの工場で、サウジアラビア空軍向けの能力向上型F-15SAが生産されており、カタール空軍向け能力向上型F-15QAの生産も開始されています(ボーイングはこれら輸出向けの能力向上型F-15Eをまとめて「アドバンスドF-15」と呼称)。このため、新規に生産ラインを設置するための投資を必要とせず、機体の価格を抑えられることも、F-15EがF-15EXのベース機となった理由のひとつだと、ボーイングは説明しています。

なお、ボーイングは「F-15EXと同じ能力を持つ単座型の開発も可能である」とも述べており、もし採用された場合は、「F-15CX」という名称になるとの見通しも示しています。

アメリカ空軍はF-35A「ライトニングII」戦闘機の導入を進めており、2020年度予算案でも48機の調達費を要求しています。アメリカ軍の制服組トップであるジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は、3月14日にアメリカ議会上院軍事委員会で、第5世代戦闘機であるF-35Aの導入が進むなかで、あえてF-15EXを導入する理由として、「アメリカ空軍の戦闘機の数を確保するためである」と説明。ボーイングによれば、アメリカ空軍が現在の戦闘機戦力を維持するためには、1年に72機の戦闘機を導入する必要があるのだそうです。

2020年度予算に計上されたF-15EXの機体価格は、1機あたり1億3125万ドル(約151億円)と、F-35Aの1機あたり機体価格8920万ドル(約99億円)を上回りますが、1年度あたり18機の調達を計画している2021年度以降は、約9100万ドル(約101億円)から9800万ドル(約109億円)と、F-35Aと大差無い価格になります。

ダンフォード統合参謀本部議長は、F-15EXの機体価格はF-35Aと同程度ながら、維持運用にかかる経費はF-35Aの半分以下、機体寿命は2倍以上であると説明した上で、アメリカ空軍における将来の主力戦闘機がF-35Aであるという方針は変わらないものの、現状において、限られた経費のなかで戦闘機の量を確保するには、F-35AとF-15EXを混合運用することが正しい選択だと判断したと述べています。

またボーイングは、たとえば濃密な防空網を持つ敵地への攻撃といった、F-35AやF-22Aのような第5世代戦闘機でなければ行なえない作戦があることを認めた上で、必ずしも第5世代戦闘機を投入する必要の無い作戦環境では、兵装搭載量、航続距離、速度性能でF-35Aを上回るF-15EXを投入し、また必要に応じてF-35Aと連携することで、アメリカ空軍へより柔軟な戦闘機の運用能力を与えるとの見解を示しています。

F-16にも、F-16Vという最新型があります。15年10月16日、ロッキード・マーティンF-16V仕様機が初飛行しました。

F-16V

F-16には、ノースロップ・グラマンの先進APG-83アクティブ電子走査アレイ(AESA)スケーラブル・アジャイル・ビーム・レーダー(SABR)が搭載されています。このほか今後数十年間に出現する脅威に対抗するため、新しいセンター・ペデスタル・ディスプレイや新しいミッション・コンピューター、高容量イーサネット・データバスなど先進のアビオニクスを採用しています。

「F-16V仕様は、世界中で実績のあるF-16を第4世代戦闘機としての地位を確実なものにし、国際的な安全保障の最前線で使用し続けるために多くの機能が強化されている」とロッキード・マーティンF-16/F-22インテグレーテッド・ファイターグループのロッド・マクレーン氏が話しています。

F-16Vは新造機でも従来機のアップグレードにも対応し、これまでのインフラが活用でき、実績のあるマルチロール戦闘機を手頃な予算で大幅に性能アップさせることができ、今まで4,550機以上をデリバリーしたF-16のステップアップとして、最も自然なものとしています。

ノースロップ・グラマンはF-22ラプターとF-35ライトニングIIのAESAレーダーを生産し、APG-83 SABR AESAレーダーは第5世代戦闘機の空対空、空対地戦闘能力をもたらします。いわゆるステルス機でなくても、現状のステルス機と同じレベルのレベルのレーダーを搭載すれば、ミッションによってはステルス機並みの性能を発揮できるというわけです。

日本も、F35ばかり揃えるというのではなく、既存のF-15やF-2(F-16を大型化した機体に空対艦ミサイルを最大4発搭載可能で、戦闘機としては世界最高レベルの対艦攻撃能力と対空能力を兼備)の改修や、新型の導入で織田邦男・元空将の主張する3機種体制を維持すべきです。中国のステルス戦闘機J-31の脅威が囁かれなくなった現状では、最新鋭戦闘機ばかりに力を入れるのではなく、稼働率をを高めるとか、運用のしやすさなども加味して、日本の防空体制を考えていくべきです。

【関連記事】

2019年6月7日金曜日

ついに「在韓米軍」撤収の号砲が鳴る 米国が北朝鮮を先行攻撃できる体制は整った―【私の論評】日本はこれからは、米韓同盟が存在しないことを前提にしなければならない(゚д゚)!


鄭景斗・韓国国防部長官とシャナハン・米国防長官代行(韓国国防部公式より)

「在韓米軍撤収」の号砲が鳴った。米軍人その家族が半島から引き上げれば、米国は心おきなく北朝鮮を先制攻撃できる。(鈴置高史/韓国観察者)

司令部も家族も「ソウル脱出」

 米国のシャナハン国防長官代行は6月3日、韓国で鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防部長官と、米韓連合司令部をソウルから南方の京畿道・平沢(ピョンテク)の米軍基地キャンプ・ハンフリーに移転することで合意した。

 これにより、米軍の司令部や第1線部隊はソウル市内を流れる漢江の北からほぼ姿を消す。移転先のキャンプ・ハンフリーには国連軍司令部や在韓米軍司令部、歩兵2個旅団などが集結済みだ。

米韓連合司令部はソウル、ヨンサン区からピョンテク市に移動

 ソウルの北の京畿道・東豆川(キョンギド・トンドゥチョン)には米砲兵旅団が駐屯するものの、いずれ兵器を韓国軍に引き渡して兵員は米本土に撤収する計画と報じられている。

 米韓同盟に自動介入条項はない。北朝鮮軍が侵攻してきた場合、米地上部隊と兵火を交えない限り米国は本格的な軍事介入をためらう、と韓国人は恐れてきた。

 ことにイラク戦争以降、被害の大きい地上部隊の投入を米国は極度に嫌うようになった。防衛線となる漢江以北から米軍人とその家族が姿を消せば、北朝鮮の「奇襲攻撃でソウルの北半分を占領したうえ、韓国と停戦する」との作戦が現実味を帯びる。

 保守系紙、朝鮮日報は「韓米連合司令部が平沢に、米軍の仕掛け線は南下」(6月4日、韓国語版)で、朴元坤(パク・ウォンゴン)韓東大教授の談話を紹介した。以下である。

《平沢基地に行くというのは結局、米国は(軍事介入の引き金となる)仕掛け線たる陸軍を引き抜き、有事の際も空・海軍依存の「適当な」支援をする、ということだ》

 同じ6月3日、ソウルの米軍基地内にあった米国人学校が閉校し60年の歴史を終えた。在校生は今後、キャンプ・ハンフリー内の米国人学校などで学ぶことになる。

韓国人が在韓米軍を指揮

 では、米陸軍は漢江の南には残るのだろうか。専門家はそれにも首を傾げる。6月3日のシャナハン国防長官代行と鄭景斗国防部長官の会談で、米韓連合司令部のトップを韓国側が務めることでも合意したからだ。

 韓国軍の戦時の作戦統制権は米国が握っている。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は韓国に引き渡すよう要求、米国も応じていた。それに伴い、連合司令官も韓国側から出すことを今回、正式に決めたのだ。

 韓国人の連合司令官の誕生は、在韓米陸軍の撤収に直結する。米国は一定以上の規模の部隊の指揮を外国人に任せない。米軍人が副司令官を務めるといっても、在韓米軍の3万人弱の米兵士が韓国人の指揮を受けるのは米国の基本原則に反する。在韓米陸軍の人員が大きく削減されると見るのが自然である。

 そうなれば、あるいは米陸軍が韓国から撤収すれば、連合司令部は有名無実の存在となる。米国は韓国に海軍と海兵隊の実戦部隊を配備していない。在韓米空軍はハワイの太平洋空軍司令部の指揮下にある。

 連合司令部が指揮する米国軍が、ほとんど存在しなくなるのだ。米国にすれば、有名無実の連合司令部のトップなら韓国人に任せても実害はない、ということだろう。

 6月2日、シャナハン国防長官代行がソウルに向かう飛行機の中で、記者団に「米韓合同軍事演習を再開する必要はない」と語ったことも、在韓米陸軍の撤収を予感させた。もし陸軍兵力を残すのなら、韓国軍との合同演習が不可欠だからだ。

寝耳に水の南方移転

 米韓連合司令部の平沢移転は、韓国政府・軍にとって寝耳に水だった。在韓米軍司令部などが平沢に移っても、米韓連合司令部だけはソウルに残ると米国は約束してきた。

 首都ソウルに米国の高級軍人と家族が残る、という事実こそが、韓国人に大きな安心感を与えるからだ。だが5月16日、中央日報が特ダネとして「米軍が最近、連合司令部の移転を要請してきた」と報じて1か月もしないうちに、それが実現した。米国はよほどの決意を固めたのだろう。

 2017年にスタートした米韓の両政権ともに、同盟を重荷に感じていた。トランプ大統領はカネがかかる在韓米軍の存在に疑問を抱き「今すぐではないが朝鮮半島の米軍兵士を故郷に戻す」と約束した(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。

 一方、文在寅政権の中枢は「民族内部の対立を煽る米帝国主義こそが真の敵」と固く信じる親北反米派が固めている(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。

中国の脅しに屈した韓国

 米韓の間の溝は深まるばかりだ。米国や日本は経済制裁により北朝鮮に核を手放させようとしている。というのに、韓国は露骨にそれを邪魔する。

 世界の朝鮮半島専門家の多くが、文在寅大統領は金正恩(キム・ジョンウン)委員長の使い走りと見なすようになった。

 6月5日にも、文在寅政権は北朝鮮への支援用として800万ドルを国連に拠出することを決めた。人道援助の名目だが、国際社会はそのカネで購った食糧が軍に回るのではないかと懸念する(デイリー新潮「文在寅は金正恩の使い走り、北朝鮮のミサイル発射で韓国が食糧支援という猿芝居」参照)

 北朝鮮との緊張が高まった2017年3月、米国は慶尚北道・星州(キョンサンプクト・ソンジュ)にTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)を持ち込んだ。韓国と在韓米軍を北朝鮮のミサイル攻撃から守るためだ。

 だが、韓国政府は2年以上たった今も、配備を正式に許可していない。表向き環境影響評価に時間がかかると説明しているが、中国が怖いからだとは誰もが知っている。配備の場所が韓国南東部で中国から離れているのも、中国への忖度からとされる。

 中国は、韓国配備のTHAADの高性能レーダーが米国に向けて発射した自身のICBM(大陸間弾道弾)の検知に利用されると懸念する。

 2017年10月には「これ以上のTHAAD配備には応じない」との一札を韓国から取り上げた(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第2章第2節「どうせ属国だったのだ……」参照)。

 今年6月1日にシンガポールで開いた中韓国防相会談でも、中国はTHAADの話題を持ち出し、韓国を圧迫した模様だ。韓国政府は隠していたが記者の追及で明らかとなった。

「市民」がTHAAD基地を包囲

 親北反米派の「市民」はTHAAD基地の周辺道路を封鎖しているが、韓国政府は放置している。米軍はやむなく、食糧や燃料、交代要員を基地まで空輸している。

 米軍の度重なる要請を受け、2019年3月になって韓国政府は一般環境評価に重い腰を上げた。だが、今後も政府の時間稼ぎは続くと見られ「正式配備を認めるかどうか、結論を下すのに1年はかかるだろう」と韓国メディアは報じている。

 米議会調査局は5月20日に発表した「South Korea: Background and U.S. Relations」で「米韓の協力関係は、ことに北朝鮮に関しては、亀裂が深まる一方で先行きは予測しがたい」と断じた。

 中立的な議会調査局までが「米韓同盟はいつまで持つか分からない」と言い出したのだ。そんな空気が広がるワシントンにとって、米陸軍の韓国からの撤収は、当然、通るべき一里塚である。

 米下院軍事委員会は2020年度の国防授権法の草案から「在韓米軍の兵力の下限」を定めた条項を削除した。2019年度の同法は2万2000人と定めていた。

 なお、上院の軍事委員会は2020年度も2万8500人を下限とする草案を固めた。この条項は上下両院で調整することになるとVOAは「米下院、国防授権法草案公開…『韓国と情報共有強化』」(6月5日、韓国版)で報じた。

「先制攻撃は北に通報」

 急に現実味を帯びた在韓米軍の削減――。北朝鮮は喜んでいるのだろうか。確かに北朝鮮にとって、安全保障上の脅威である米軍の兵力削減は願ってもないことだ。米韓同盟の解体にもつながる話だから、普通なら大喜びするところだ。

 ただ良く考えれば、北朝鮮が攻め込まない限り、在韓米陸軍は脅威ではない。それどころか、北朝鮮のミサイルやロケット攻撃の人質にとれる。

 そして今は、先制攻撃も念頭に米国が核放棄を迫って来る最中なのだ。陸軍やその家族が引き揚げた後、米軍は思う存分、北朝鮮を空から叩けることになる。

 もちろん、在韓米空軍は特性を生かして、日本に瞬時に後退できる。そもそも韓国の空軍基地は使いにくい。そこから先制攻撃に動けば、文在寅政権が金正恩政権に直ちに知らせるのは間違いないからだ。

 文在寅氏は大統領選挙の最中の2017年4月13日、「米国が北朝鮮を攻撃しようとしたらどうするか」と聞かれ、「米国を止める。北朝鮮にも、先制攻撃の口実となる挑発をやめるよう要請する」と答えている(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。

加賀とワスプ

 米国は北朝鮮の核施設への先制攻撃を、日本、グアム、海上から実施する。韓国の基地が使いにくい以上、北朝鮮に最も近い日本の基地が極めて重要になる。

 北朝鮮は「第2次朝鮮戦争に巻き込まれるな」との声が起きるよう、日本の左派陣営を煽ってきた。その意味で金正恩委員長は、トランプ大統領の5月25日からの3泊4日の訪日に、大きなショックを受けたに違いない。

 トランプ大統領とその夫人は、皇居で天皇陛下やご家族と親しく交わった。横須賀では、安倍晋三首相夫妻と海上自衛隊の空母型護衛艦「かが」に乗艦。その後、大統領夫妻は米海軍の強襲揚陸艦「ワスプ(Wasp)」にヘリコプターで移動した。

天皇陛下とトランプ大統領

 太平洋戦争で空母「加賀」は真珠湾攻撃に参加し、ミッドウェー海戦で米海軍の急降下爆撃機によって沈められた。先々代の米正規空母「ワスプ」は第2次ソロモン海戦で伊19潜水艦の雷撃を受けて大火災を起こし、総員退艦後に自沈した。

 太平洋の覇権をかけ死に物狂いで戦った2つの海洋国家が、固く結束し共通の敵に立ち向かう意思を表明したのだ。もちろん「共通の敵」の第1候補は北朝鮮である。

 在韓米軍撤収の号砲が、日米の運命的な結束誇示の直後に始まったことも、金正恩委員長の目には、さぞ不気味に映っていることだろう。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集


【私の論評】日本はこれからは、米韓同盟が存在しないことを前提にしなければならない(゚д゚)!

上の鈴置氏の記事の中で、トランプ大統領の日本訪問の意義の大きさを指摘していますが、私もそう思います。それについては、以前このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
安倍総理が米国でゴルフをしたときは、トランプ大統領がカートを運転したので、今回は安倍首相が
運転するのが当たり前だが、多くマスコミはトランプの運転手安倍総理ということで揶揄していた
詳細は、この記事をご覧いただくものとして、今回の日米会談の意義に関する部分をこの記事から引用します。


様々な背景を知った上で、トランプ大統領のこれら一連の行動は何を意味するのかは、明らかです。それは、戦後はじめて、米国の大統領が大東亜戦争(米では太平洋戦争)の清算を日本で行ったということです。


そうして、これは大東亜戦争のわだかまりを捨てた日米関係のさらなる強化を意味します。そうして、これは中国・北・韓国にとって、大きな脅威です。
中国は貿易問題で米国と激しく対立しています。トランプ政権の制裁強化に対し、中国はすぐさま報復に出ましたが、どう見ても中国に勝ち目はないです。そもそも、中国の米国からの輸入量が米国の輸入量に比べて4分の1程度しかないのに加えて、米国からみれば、多くの中国製品は他国製品で代替可能だからです。 
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は先月、年内に「3回目の米朝首脳会談に応じる用意がある」との声明を出しました。ところが、一方で5月に入ると、短距離の弾道ミサイルを2度、発射しました。

それだけでは、国内強行派をなだめることがでなかったのか、2月の米朝首脳会談が物別れに終わった責任を問い、金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表、および事務レベルの交渉を行った複数の外務省担当者を処刑したとの報道もされています。

金革哲(キム・ヒョクチョル)氏

しかしこれでは、米国は痛くもかゆくもないです。国内の強硬派をなだめるために、何かせざるを得ないが、「これくらいなら大統領を怒らせないだろう」という中途半端な中途半端な短距離弾道ミサイルの発射です。逆に言えば「私も困っている。どうか、私ともう一度会ってください」というラブコールにほかならならなかったようです。

それでも、国内強行派はおさまらず、金革哲氏らを処刑せざるを得なかったのでしょう。米国との交渉の顔だった金革哲氏のような人々を処刑あるいは完全に排除することは、協議したことの全面否定を示唆することにもなり、米国に非常に悪いシグナルを送ることになりかねません。それでも、処刑せざるを得ないかったのは、金正恩がかなり追い詰められているということです。

一言で言えば、中国も北朝鮮も「八方塞がり」に陥っているのです。トランプ政権は相手が制裁に音を上げて動くのを待っていればいいだけです。北朝鮮による日本人拉致問題では、安倍首相も相手の出方待ちでしょう。無条件で正恩氏との会談に応じる姿勢を示しているのは、呼び水です
日米首脳会談により双方が基本認識を確認したので、中国と北朝鮮に対して、「ボールはそちら側にある」と対応を迫るかたちなりました。

本当は、中国の干渉を嫌う北朝鮮に籠絡された上、中国に従属しようとする韓国も、中国や北よりもさらに、「八方塞がり」に陥っています。文在寅は、米国と中国のバランスをとっているつもりのようですが、結果として、米国からも中国からも見放されています。

マスコミは、以上のような状況に全く対処できないのでしょう。これが、習近平や文在寅、金正恩などが来日して、首脳会談をして大歓迎ということであれば、大絶賛したのでしょう。なにやら、見出しが踊るのが目に見えるようです。残念ながら、そのような機会は永遠に来ないでしょう。ご愁傷様といいたいです。
 金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表の処刑に関しては、トランプ大統領自身は否定しています。これが事実かどうかは、まだはっきりしないところがありますが、このような噂が乱れ飛ぶくらいですから、金正恩が相当追い詰められていることには変わりはないです。

米軍は、今春になり韓国との大規模合同軍事演習をすべて打ち切りました。停止ではなく廃止です。ただし、大隊レベルの小規模合同演習は当面継続しています。トランプ大統領は盛んに「経費節減」を打ち上げ、米国防総省は「外交を後押しするための打ち切り」という側面を強調していますが、理由はそれだけではないでしょう。

より大きな戦略的判断が背後にあることを見落としてはならないてしょう。

第一に、もはや米国は、韓国を守るため、すなわち北の対南侵攻部隊を撃退するために自国兵士の血を流す気はないです。文在寅政権が対北宥和に汲々とし、自ら武装解除を進める以上、当然です。

また北への反攻に当たっても米側は基本的に地上軍を投入するつもりはないです。海空軍力による北の指令系統中枢や軍の拠点への攻撃は行っても、地上戦はもっぱら韓国軍の責任という仕切りになるでしょう。

従って、韓国領土の防衛および韓国領からの北進を想定した従来型の大規模合同演習は存在の意味を失ったのです。

一般的な現代同盟のあり方を考えても、これは自然な流れです。例えば日本領土に外国軍が侵攻した場合、地上で撃退に当たるのは日本の陸上自衛隊であり、米軍はそもそも地上戦闘部隊を日本に駐留させていないです。米軍は専ら「槍」の役割、すなわち海空軍力を用いた敵の拠点攻撃の役割を担うことになるでしょう。

一方、在韓米軍2万8500名の内訳は、目下、陸軍1万8500名、空軍8000名、海軍・海兵隊併せて2000名と「陸」偏重が明らかです。

従来のように北が異常に危険な存在という認識に立てば、「異常な」戦力配置も正当化されますが、韓国政府自らが北は「主敵」ではなく「気の合うパートナー」との認識に転換した以上、米軍が特異な配置を続ける理由はなくなりました。

米韓同盟が続くとしても、米軍は海空軍力による「槍」の役割に特化する方向に動くでしょう。その場合、敵の短中距離ミサイルの射程内にある韓国に基地を置く必然性はないどころか置かない方がより安全に攻撃態勢を取れます。

米韓合同軍事演習が廃止に至ったもう一つ見逃せない理由は、このブログでも以前掲載したように、情報漏れの阻止です。

米軍が現状の韓国と合同演習を行うと、機微な軍事情報が北朝鮮に筒抜けになると見ておかねばならないです。情報が伝わる先は北に留まらないです。北は南から得た情報を、中国、ロシア、イラン、キューバ等に適宜与え、代わりに別の秘密情報や禁輸物資を得ようとするでしょう。韓国と実戦に近い演習をすればするほど、米軍はより重要な作戦情報を世界中の反米勢力に知られかねないのです。

日本としては、38度線はすでに対馬にまで降りてきたと考え、これに対する準備をすべきでしょう。韓国からの軍事攻撃は滅多なことではないとは思いますが、いざというときには韓国から大量の難民が押し寄せることもありえます。さらには、北のテロリストが難民に紛れて入ってくる可能性は否定できません。

この状況に、日本は米韓同盟が存在しないことを前提で対処しなければならないのです。

【関連記事】

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚”―【私の論評】第二次世界大戦中の経済成長でも示された、 大規模な戦争でGDPが伸びるからくり

ロシア1~3月GDP 去年同期比+5.4% “巨額軍事費で経済浮揚” まとめ ロシアの今年1月から3月までのGDP伸び率が去年の同期比で5.4%と発表された。 これは4期連続のプラス成長で、経済好調の兆しとされる。 専門家は、軍事費の増加が経済を一時的に押し上げていると分析。 I...