2025年9月26日金曜日

アンパンマンが映す日本の本質──天皇の祈りと霊性文化の継承

まとめ

  • アンパンマンの自己犠牲は日本の霊性文化の象徴であり、自らの顔を分け与える姿は命を分かち合うという日本的霊性の直感を体現している。
  • 朝ドラ「あんぱん」は贖罪意識と霊性のせめぎ合いを描き、最終回では「思いやりと自己犠牲」が前面に出て日本人の無意識に根差す霊性文化が浮かび上がった。
  • 天皇の祈りは大嘗祭や新嘗祭において命の循環を国家の中心で体現しており、アンパンマンの行為と同じ系譜にある。
  • やなせたかしの思想は「正義とは空腹を救うことだ」という信念に示されるように、権力ではなく人間の思いやりに根差すもので霊性文化と同質である。
  • バイキンマンは「悪もまた世界の一部」という循環を、ジャムおじさんやバタコさんは「調和と共同体」を体現し、物語全体が日本的霊性の縮図となっている。
アンパンマンは単なる子ども向けアニメではない。自己を削って他者を救う姿は、日本が古から継承してきた霊性文化の縮図である。そして、その祈りの循環は、天皇が代々担ってきた祈りの営みと深く響き合う。
 
1️⃣霊性文化とアンパンマン・朝ドラ「あんぱん」
 

「アンパンマン」は、やなせたかし原作の絵本・漫画を基にしたアニメであり、1988年の放送開始以来、国民的作品として親しまれている。アンパンマンは自らの顔をちぎって人々に分け与える。そこに描かれるのは、単なる子ども向けのヒーロー物語ではなく、日本文明が継承してきた霊性文化の核心である。

NHKの朝ドラ「あんぱん」は、アンパンマン誕生の背景にあるやなせたかしの人生と戦争体験を描いた。NHKはしばしば、GHQ占領政策の影響を色濃く残し、国家と宗教の分離や戦争批判を通じて「贖罪意識」を国民に植え付ける番組を作ってきた。この作品でも戦地での悲劇や戦争責任を問う場面が描かれ、その姿勢が表れていた。

しかし本日の最終回で強調されたのは、アンパンマンの「自己犠牲」と「他者への思いやり」であった。やなせ自身が「正義とは空腹を救うことだ」と語ったように(『アンパンマンの遺書』)、作品の根底に流れるのは命の分有という霊性の思想である。戦後に刷り込まれた贖罪意識を超えて、最終的に浮かび上がったのは日本人の無意識に根差す霊性文化だった。この最終回を「贖罪意識」を強調するものとしたら、この朝ドラはぶち壊しになってしまったろう。そこには、日本独自の霊性文化と美意識が確かに息づいていたと思う。

霊性とは特定の宗教の教義ではない。人間と自然、そして世界の根底に流れる命のつながり、魂の感覚を指す。古代からアニミズムやシャーマニズムを受け継いだ日本人は、それを「霊性の文化」として形を変えながら今も継承している。詳しくは昨日の記事で論じたので、あわせて参照されたい。
 
3️⃣天皇と霊性文化の響き合い
 
天皇の祈りは、日本の霊性文化の中心である。形式ではなく、具体的な営みとして生きている。
 
「悠紀殿供饌の儀」のため、祭服で大嘗宮の悠紀殿に向かわれる天皇陛下(2019年11月)

第一に、年中の祭祀が稲作の循環と人々の命を結び直す軸になっている。新嘗祭では、その年の新穀を神に供え、天皇みずからもいただく。神にささげたものを人も口にするという「分け合い」の型は、命が共同体の中で循環するという直感を可視化する作法である。即位ののち最初に行う大嘗祭は、その作法を新たな御代の始まりとして厳粛に刻む儀礼だ。ここには「恵みを受け、感謝し、分かち、次へ手渡す」という日本的霊性の筋が通っている。アンパンマンが新しく焼かれた顔をまた他者のために差し出す循環は、この筋と響き合う。

第二に、祈りは個人の資質に依存せず、位そのものが連続性を担保する点だ。誰が天皇であっても、祈りは代々受け継がれ、途切れない。これは権力の誇示ではなく、共同体の「いのちのリレー」を象徴する役割である。だからこそ、人々は天皇の祈りに安心を見いだす。

第三に、祈りは抽象論ではなく現場に降りていく。災害や悲劇のあと、天皇・皇后が静かに手を取り、黙祷し、言葉少なに寄り添う姿が繰り返し記録されてきた。そこにあるのは上からの支配ではなく、「同じ命として並ぶ」態度だ。最小の所作で最大の意味を示すこの在り方は、声高な主張より深く共同体を癒やす。アンパンマンが豪語せず、黙って分け与える姿と重なる。

要するに、天皇の祈りは、恵みをいただき、感謝し、分かち合い、次代へ渡すという循環を国家の中心で体現してきた。教義や制度の外側で働く日本的霊性の中核であり、アンパンマンの物語が示す「自己を削って他者を生かす」倫理と同じ波長にある。天皇と霊性の関係については、昨日の記事に詳述しているので参照されたい。

芸道を描いた映画『国宝』が「100年に一本の芸道映画」と称され、日本人の霊性を呼び覚ましたように、アンパンマンもまた大衆文化の中で日本文明の霊性を子どもにも理解しやすい形で継承している。
 
3️⃣やなせたかしの思想とキャラクター世界
  
朝ドラ「あんぱん」のポスター

やなせたかしは「正義の味方は必ずしも強くない。弱いものを助けることにこそ正義がある」と語った。彼の思想は、権力や制度に依らず、人間の思いやりと祈りを正義の根に置くものであった。やなせは“霊性”という言葉を用いはしなかったが、その代わりに“命・思いやり・愛と勇気”といった言葉で同じ感覚を表していた。

そもそも「霊性」という言葉自体は、普段の会話や日常の新聞記事などで使われる頻度は高くない。むしろ宗教学や哲学、あるいは仏教学などの文脈で用いられる専門的な語彙である。しかし、私はこの言葉を戦後に植え付けられた「贖罪意識」などと明確に区分するために、あえてこの言葉を使っている。この言葉がもっと一般に普及されることを期待している。「命(いのち) 、思いやり・やさしさ 、愛と勇気、魂・こころ」の言葉だけでは、どうしても明確に表現できないことがしばしばあったからだ。日本の霊性の文化は、戦後の贖罪意識などとは無関係に、古から継続されてきた日本の文化だからだ。

朝ドラ「あんぱん」には、霊性を想起させる場面が随所にあった。戦後の混乱期に主人公が自らの空腹を我慢してでも子どもにパンを与える姿は、命を分かち合う実践であった。また「人は人を思いやることでしか救われない」と語る場面もあり、これは組織宗教ではなく人間存在そのものから立ち上がる霊性文化の言葉である。

アンパンマンの世界にはバイキンマンという対立者が存在する。彼は何度も敗北しながら生き続け、善と悪が固定されず循環する構図を体現している。これは「悪もまた世界の一部」とする日本的世界観を映している。また、ジャムおじさんやバタコさんは共同体を支える役割を果たし、「個の突出ではなく全体の調和」という霊性の価値観を示している。

アンパンマンは一人で完結するヒーローではない。悪を含む全体の循環と、仲間の協働によって成り立つ物語である。そこにこそ、日本文明が古代から継承してきた霊性文化の縮図がある。
 
結び
 
アンパンマンの物語は、子ども向けの娯楽を超えて、日本文明が誇る霊性文化を映し出している。天皇が祈りをもって国民と共にあるように、アンパンマンは自己犠牲をもって弱き者に寄り添う。その姿に、日本人の魂が無意識のうちに求めてきたものがある。霊性の文化は決して過去の遺物ではなく、今も形を変えて生き続けているのだ。

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『ハーバード卒より配管工のほうが賢い』…若きカリスマチャーリー・カークの演説 2025年9月18日
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〖全文掲載〗天皇陛下 新年ビデオメッセージ 2024年1月2日
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2025年9月25日木曜日

100年に一本の芸道映画『国宝』が照らす、日本人の霊性と天皇の祈り


 まとめ
  • 映画『国宝』は公開から三か月で興行収入150億円、動員1,066万人を突破し、「100年に一本の芸道映画」と評された。日本文化の奥底に眠る霊性が呼び覚まされた。
  • 歌舞伎は単なる芝居ではなく、祖霊を敬い魂を継ぐ儀式であり、主人公が人間国宝を目指す姿は栄達ではなく霊的試練の物語である。
  • 李相日監督は外部的視座を持ち、日本人が無意識に抱える霊性文化を鮮やかに可視化し、伝統と人間の矛盾を正面から描いた。
  • マルローは芸術を「死を超える試み」と語り、ユングは集合的無意識を説いた。鈴木大拙は霊的直観を示し、マルローやユングは「21世紀は霊性の時代」と予見した。『国宝』はその兆しを体現している。
  • 日本はアニミズムやシャーマニズムを断絶させず昇華し、天皇を中心に霊性文化を継承してきた。戦後は物質主義で薄れたが、初詣や祭礼を通じ潜在意識に刻まれ、日本人は無意識のうちに霊性文化の継承者であり続けている。

1️⃣芸道映画としての衝撃
 

日本人は、忘れていた魂の声に再び呼び覚まされた。その象徴が映画『国宝』の大ヒットである。

公開から三か月を過ぎてもなお観客は劇場に押し寄せ、興行収入は150億円を突破した。これは単なる娯楽映画の成功にとどまらない。我が国の文化に脈打つ霊性が、現代の若者をも巻き込み、再び炎を上げたことを示しているのだ。評論家の間では「100年に一本の芸道映画」と評されているが、それは決して誇張ではない。

『国宝』は吉田修一の同名小説を原作とし、李相日が監督を務めた2025年の邦画である。主演は吉沢亮と横浜流星。極道の家に生まれた喜久雄が、歌舞伎界で育った俊介と切磋琢磨しながら人間国宝を目指す一代記を描く。血と宿命、芸の継承、嫉妬と確執、そして成功と挫折を鮮烈に描き出し、観客を伝統芸能の深みに引き込む。

興行は異例の伸びを見せた。公開から110日で興収150億円、動員は1,066万人。週末ランキングでは16週連続で5位以内を維持し、2003年の『踊る大捜査線 THE MOVIE2』が持つ173.5億円の実写邦画最高記録に迫っている。記録更新は目前である。
 
2️⃣霊性の文化と思想家たちの視座
 
我が国は長らく科学技術と経済効率を至上の価値としてきた。その結果、神社仏閣は観光地と化し、伝統芸能は一部の愛好家に閉じ込められた。しかし物質主義がどれほど広がろうとも、日本人の心の奥には「形を超えて精神を継ぐ」という意識が眠り続けていた。その証拠に、歌舞伎という古典的題材を扱ったこの映画が、若い世代にまで強い共感を呼んでいるのである。

歌舞伎は単なる芝居ではない。そこには祖霊を敬い、神仏を畏れる心が息づいている。役者が「型」を守り抜く行為は、師匠から弟子へ、先祖から子孫へと魂を渡す儀式だ。『国宝』の主人公が人間国宝を目指す姿は、単なる栄達の物語ではない。彼は祖先の魂に連なるための霊的な試練に挑んでいるのだ。

アンドレ・マルロー

さらに、この霊性文化の背景は世界的思想とも響き合う。フランスの思想家マルローは芸術を「人間が死を超えようとする試み」と語り、スイスの心理学者ユングは「集合的無意識」の存在を示した。日本人が『国宝』で涙するのは、まさにその無意識に埋め込まれた祖霊の記憶に触れるからだろう。禅を世界に広めた鈴木大拙は「霊的直観」を説き、歌舞伎の一挙手一投足が儀式として観客に伝わる理由を示している。マルローやユングはまた「21世紀は霊性の時代」と語り、人類が物質主義の限界を超え、再び霊性に回帰する時代が来ると予見していた。『国宝』の成功はまさにその兆しといえるかもしれない。
 
3️⃣日本文明の特異性と未来
 
ここで組織宗教という言葉にも触れておきたい。組織宗教とは、体系的な教義や聖職者、儀礼を持ち、社会に制度として根づいた宗教のことである。キリスト教、イスラム教、仏教などが典型であり、世界各地でアニミズムやシャーマニズムは多くの場合こうした組織宗教に取って代わられ、社会の中から姿を消した。

そして忘れてはならないのは、我が国の霊性文化の中心には常に天皇がおられるという事実である。天皇は単なる元首ではなく、国民統合の象徴であり、古来より祭祀を司る存在であった。その祈りが国家の根幹に霊性を宿らせ、日本人の精神を支え続けてきた。『国宝』が国民的共感を呼んだのは、伝統芸能を通してその祈りの系譜に触れさせたからにほかならない。

霊性文化の核心としての天皇──世代を超えて祈りを受け継ぎ、日本文明の独自性を示す

日本文明の独自性もここにある。中国が儒教的秩序を中核に据え、韓国が共同体規範を強調してきたのに対し、日本文化は「見えざるもの」との交感を基盤とし、自然と祖霊への祈りを社会に生かし続けてきた。文明論で知られるサミエル・ハンチントンも『文明の衝突』で、日本を中華文明に含めず「日本文明」として独立に位置づけた。世界が認めたこの特異性こそ、『国宝』の大ヒットが示す精神的背景である。

さらに強調すべきは、日本が古代以来、世界各地に存在したアニミズムシャーマニズムを断ち切らず、伝承し、芸術や祭祀として昇華してきた稀有な国であるという点だ。多くの地域ではアニミズムやシャーマニズムは組織宗教に取って代わられ、社会から姿を消した。無論残っている事例もあるが、社会的に意味のある存在ではなくなっている。しかし日本では、神道や芸能、民間信仰や修行に姿を変え、現代社会の一角に根を張り続けている。その背景にもまた、祈りを司る天皇の存在がある。天皇が中心に立ち続けたことで、日本の霊性文化は断絶せず受け継がれてきたのだ。

ただし戦後、日本の霊性文化は確かに薄れてきた。GHQの占領政策による国家と宗教の分離、急速な経済成長に伴う物質主義の蔓延、そして伝統儀礼の軽視がその背景にある。しかし、それでも多くの日本人は、初詣や墓参り、祭礼や芸事に加え、剣道、柔道、茶道、華道といった「道」のつく修練を通じて、潜在意識に霊性文化を刻み込んできた。これらは単なる技術や競技ではなく、その根底に霊性の文化を宿すものである。たとえ無意識であっても、日本人は霊性文化の継承者であり続けたのである。

日本の中小企業では長年使ってきた廃棄される機械に神主を呼んで儀式を行う習慣があったり、折れた針を供養する「針供養」があったりと、これらは日本人が古代から受け継いできたアニミズム的世界観の表れである。万物に霊を認め、感謝と祈りを捧げる行為は、組織宗教とは異なる「霊性文化」の一部であり、その背景には天皇が司ってきた祭祀と伝統がある。こうした習俗は、日本文明が現代においても霊性を生きた形で継承している象徴である。

映画「国宝」の人気は、SNSの拡散や俳優人気がヒットを後押ししたことは否定できない。しかしそれだけでは説明にならない。観客が涙を流し、二度三度と劇場に足を運ぶのは、「自分たちも霊性文化の継承者だ」と無意識に悟ったからである。現代の喧騒に疲れ、デジタルの洪水に押し流されながらも、人は超越的なものに触れたいと願っている。『国宝』はその渇望に応えたのである。

思い出してほしい。我が国の文化は常に霊性を基盤としてきた。神社の祭礼も、茶道の一碗も、能の一挙手一投足も、すべては見えざるものとの交感だった。『国宝』がこれほどの支持を集めたのは、その忘れかけた原点を思い出させたからだ。

この映画を単なる娯楽の成功と片づけることはできない。150億円という数字は、経済的成功を超えて、「100年に一本の芸道映画」と呼ばれるにふさわしい、日本人の霊性文化が再び動き出した証である。我々が失いかけた魂を取り戻す第一歩であり、未来へと継ぐべき誇りなのだ。

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追悼――米国保守の旗手チャーリー・カークの若すぎる死 2025年9月20日
米国の保守思想における「霊性の再生」を軸に論じ、日本の霊性文化との共鳴に触れている。現代文明における精神的基盤の再評価を示唆する内容だ。

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〖全文掲載〗天皇陛下 新年ビデオメッセージ 2024年1月2日
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石平手記『天皇陛下は無私だからこそ無敵』 2019年5月4日
御代替わりの儀礼を通じて天皇の在り方を描写。天皇を中心に受け継がれる祈りと霊性文化が、日本文明の独自性を支えてきたことを浮き彫りにしている。

2025年9月24日水曜日

札幌市手稲区前田で熊らしきものを目撃──命を守るのは感傷ではなく防衛だ


まとめ
  • まとめ札幌市手稲区ではクマの出没が相次ぎ、前田・本町・富丘・稲穂など複数の地点で目撃情報が報告されている。
  • 前田2丁目での道路横断目撃など具体性の高い事例もあり、誤認の可能性は低いが、痕跡が乏しく確証は得られていない。
  • 生活圏への接近は現実の脅威であり、住民は防犯メールの確認、外出自粛、鈴の携帯、戸締まり、ゴミ管理など冷静な備えが必要である。
  • クマの駆除に対して「かわいそうだ」といった苦情が出るが、これは人命軽視の誤りであり、安全保障における国境防衛と同じ論理で考えるべきである。
  • 駆除は人間のエゴではなく、地域社会を守る安全保障の一環である。感情論に惑わされず、現実を直視する冷静な判断が求められる。

1️⃣目撃情報の整理と信憑性の検証

昨日熊の目撃情報あった付近

札幌市手稲区では、近年クマの出没情報が相次いでいる。ヒグマ、あるいはそれに類する動物の姿が繰り返し目撃され、住民の間に不安が広がっている。ここでは最近の事例を追い、その信憑性を検証しながら、住民が取るべき対応を考えたい。

最も新しいのは2025年9月23日の早朝だ。手稲区前田2丁目の道道を車で走っていた女性が、ヒグマのような動物が道路を横断するのを目撃し、通報している。時間は午前5時半ごろ。現場は住宅地に近く、視界も悪くない状況での目撃だった。この事例は具体性が高く、誤認の可能性は低いといえる。

それ以前にも報告は相次ぐ。9月16日の夜には手稲本町で熊らしき動物が目撃され、8月17日には同じく手稲本町の藪で倉庫関係者が体長2メートルほどの動物を見ている。6月28日には富丘で、車を運転していた人が二頭のクマを確認。サッポロテイネスキー場近くの市道でキャンプ場方向へ逃げていった。さらに6月24日には稲穂5条4丁目で目撃され、手稲署が防犯メールを配信して注意を呼びかけた。

これらを総合すると、手稲区でクマが出没している可能性は高い。特に前田での道路横断は、状況の具体性から見ても見間違いとは考えにくい。もっとも、報道や警察発表でも「ヒグマのような動物」と表現されることが多く、必ずしも断定には至っていない。夜間や藪での目撃は視界も悪く、パトロール後に発見できなかった例もある。足跡やフンなどの痕跡確認は限られており、確証が得られていない点は残る。
 
2️⃣地域社会に迫る脅威

それでも前田、本町、富丘、稲穂と広範囲で目撃が重なっていることは無視できない。手稲山から市街地にかけては森林や藪が連なり、ヒグマが潜む条件は十分だ。特に早朝や夜間は人通りが少なく、遭遇の危険は増す。住民は市や警察からの情報をこまめに確認し、不要不急の外出を控える必要がある。犬の散歩やジョギングの際は鈴を携帯し、藪に近づかない。戸締まりを徹底し、ゴミを放置しないことも欠かせない。

札幌市手稲区でのクマ出没は、もはや一過性の噂ではない。繰り返し報告が重なっている以上、現実の問題として向き合わなければならない。前田での発見を含めれば、生活圏に接近している可能性は高い。確たる証拠がそろっていないからといって軽んじれば、犠牲を生むのは住民自身だ。今求められるのは恐怖ではなく冷静な備えである。

最新の手稲区熊出没・目撃情報(時系列)

日付時刻・場所内容警察等の対応・特徴
2025年9月23日 午前5時30分頃手稲区前田2丁目 道道車を運転していた女性が、ヒグマのような動物1頭が道路を横断するのを目撃し、110番通報。 北海道新聞デジタル通報あり。目撃時間が早朝で、視界がある程度確保された状況と推定される。追跡・発見の続報は確認されていない。
2025年9月16日 深夜手稲区手稲本町、手稲インターチェンジ近辺熊が出没したとする目撃情報。午後11時ごろ。 北海道新聞デジタル+1目撃情報のみ。警察発表の確定情報ではない。
2025年月日等(ほか複数)前記他地域(稲穂、富丘、本町など)クマまたはクマのような動物の目撃や通報が複数回。車での目撃・藪の中での動物・複数頭などバリエーションあり。例:6月24日稲穂5条4丁目、6月28日富丘付近など。 The Headline+2STV札幌テ


3️⃣駆除と安全保障の比喩

ここで避けて通れないのが「駆除」の是非だ。自治体がクマを駆除すると、「かわいそうだ」「人間のエゴだ」といった苦情が寄せられる。しかしこれは現実を知らない者の無責任な声にすぎない。住宅地や学校に現れたクマを放置すれば、人命が奪われかねない。駆除は単なる都合ではなく、地域社会を守る安全保障そのものなのだ。


国防を考えればわかりやすい。もし外国の武装勢力が国境を越えて侵入してきたとき、「相手にも事情があるから撃つな」と言えるだろうか。その瞬間、国民の命と生活は危険にさらされる。ヒグマの駆除も同じだ。現場の切迫した状況を理解せずに「かわいそうだから撃つな」と唱えるのは、無責任な安全保障論に等しい。事情を知らずに感情だけで判断すれば、犠牲になるのは住民である。私たちは冷静に現実を直視し、地域を守るために必要な措置を認めなければならない。
 

札幌手稲区で繰り返されるクマ出没情報は、風聞ではなく地域社会が直面する現実の脅威だ。前田や本町、富丘、稲穂での目撃は具体性を持ち、住民生活のすぐそばに迫っている。行政が駆除に踏み切るのは人間の勝手ではない。命を守るための安全保障である。外部の人間が事情も知らずに感情だけで語ることは、住民の安全を軽視することにほかならない。

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札幌デモが示した世界的潮流──鈴木知事批判は反グローバリズムの最前線 2025年9月23日
札幌で行われたデモを、世界的な反グローバリズム運動の文脈に位置づけ、鈴木知事批判が単なる地方問題ではなく国際的潮流と重なることを論じている。

移民・財政規律にすがった自民リベラル派──治安も経済も壊して、ついにおしまい 2025年9月21日
自民リベラル派(宏池会)路線の限界を、移民・治安・経済の観点から総括した記事である。欧米の潮流との連動も指摘する。

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対外(ロシア・中国)と対内(日銀)の三重リスクを横断し、必要な国家戦略とリーダー像を論じる。

安倍暗殺から始まった日本政治の漂流──石破政権の暴走と保守再結集への狼煙 2025年8月2日
安倍晋三元首相暗殺から3年を経て、日本政治が迷走する中で石破政権の独断専行を批判し、保守再結集の必要性を強調する。

ヒグマ駆除「特殊部隊と戦うようなもの」 北海道の猟友会が協力辞退―【私の論評】安保と熊駆除:被害防止や国民保護の本来の目的を失わないことが何より肝心 2024年5月27日
猟友会がヒグマ駆除への協力を辞退した背景を、安全保障や国民保護の観点から分析し、駆除の目的を見失わない重要性を説いた。

2025年9月23日火曜日

札幌デモが示した世界的潮流──鈴木知事批判は反グローバリズムの最前線

まとめ

  • 鈴木直道知事の辞任を求めるデモや署名運動は進んでいるが、解職請求には有権者の3分の1(約146万人)の署名が必要で、実現は極めて困難。政治的圧力としてどこまで効果が焦点
  • 鈴木知事は外資売却やインバウンド政策を進めてきたが、小野寺まさる氏らから「外資依存で地域を犠牲にしている」と批判され、論争は「短期的合理性か地域の存続か」に集中している。
  • 石破茂氏は防衛政策を国際規範に沿わせ、石丸慎二氏は外需依存の構想を掲げた。鈴木氏も同じ系譜に属し、三者ともグローバリスト的リーダー像を示したが、国民的支持は得られない。
  • 世界では米国の保護主義、EUの移民問題やBrexitなど、反グローバリズムの潮流が広がっており、日本国内の動きや北海道の批判もその一環といえる。
  • 中国はWTO加盟後に輸出大国として繁栄したが、市場自由化や補助金規制などの約束を守らず、世界の市場を歪めてきた

1️⃣北海道民の反発とリコールの高い壁
 
初の鈴木知事辞任要求デモ

北海道では鈴木直道知事の辞任を求める声が高まっている。札幌でデモが行われ、市民が「やめろ」と訴え、オンライン署名サイトでもリコールを求める運動が始まった。背景には、外国資本による土地買収、移民政策への不安、行政の透明性の不足に対する不信がある。主導しているのは市民有志や地域住民だが、既存の活動家団体が関与しているかどうかは不明である。

ただし、リコールは容易ではない。地方自治法により、解職請求には有権者の3分の1(約146万人)の署名を2か月以内に集めねばならず、その後の住民投票で過半数の賛成を得る必要がある。北海道規模でこれを達成するのは極めて困難だ。結局、今回の動きは現実の解職というより、政治的圧力としてどこまで効果を持つかが焦点となる。次の知事選は2027年4月22日であり、そこが正式な審判の場となる。
 
2️⃣グローバリズムの負の側面と鈴木知事批判
 
鈴木知事への不信感の根底には、彼が石破茂首相や石丸慎二元安芸高田市長と同様、グローバリスト的立場に立っているのではないかという疑念がある。グローバリズムは経済成長や国際交流を促進する利点を持つが、負の側面は深刻だ。地域資源が外国資本に握られる危険、移民受け入れによる社会不安、国際規範が国益を押しつぶす危険である。特に安全保障の観点は重大で、外国資本による土地取得が防衛拠点の脆弱化につながる懸念は現実味を帯びている。釧路湿原での再エネ開発、羊蹄山のリゾート開発、水資源や森林の買収など、危機はすでに進行している。

鈴木直道北海道知事

元北海道議会議員の小野寺まさる氏は、鈴木知事の政治姿勢を「外資依存と合理化に偏り、地域の公共性を犠牲にしている」と厳しく批判してきた。夕張市長時代の観光施設売却や鉄道廃線、知事就任後の再エネ推進、さらには「北海道開拓記念塔」破棄などがその象徴である。一方で鈴木知事は、財政再建や環境対応を理由に「やむを得ない決断だった」と反論している。ここに「短期的合理性か、地域の存続か」という論争の核心がある。

石破氏は「国際協調」を旗印に、防衛・安全保障政策でも国際規範を優先する姿勢を鮮明にしてきた。例えば、インドとの首脳会談では「海洋紛争はUNCLOS(国連海洋法条約)に基づいて解決すべきだ」と表明し、また国連のグテーレス事務総長との会談では「分断ではなく対話と協調が国際社会の利益だ」と語った。米国によるイラン攻撃をめぐっても「国際法に基づく評価」を重視すると述べ、日本の防衛政策を国際社会の規範に従わせる姿勢を明確にしている。

石丸氏は安芸高田市長としての実績は限られるが、その後の都知事選などで「地方の衰退を食い止める」ための方策として、外需やインバウンドを活用する構想を打ち出した。特に「外からの需要を取り込む」ことを強調し、地方創生を外資や外部リソースに依存する観点を示していた。これは大規模な政策実行には至らなかったが、その発想自体にグローバリズム的志向が表れている。

鈴木氏も夕張市での観光施設の外資売却、そして北海道知事としてインバウンド拡大を進め、国際市場との結び付きを優先させてきた。同じ系譜に連なるリーダー像がそこに見える。

しかし現実は、石破氏も石丸氏も選挙で敗退し、国民の支持を広く得られなかった。これは、グローバリズムに対する懐疑と反発が単なる一時的ムーブメントではなく、もはや国民の切実な願いであることを示している。
 
3️⃣ 国内外の潮流と中国という超受益者
 
この潮流は国内政治にとどまらない。米国ではトランプ政権が「アメリカ・ファースト」を掲げ、自由貿易と多国間主義に疑問を突き付けた。その後もバイデン政権下で保護主義的な通商政策は継続し、第二次トランプ政権ではさらに強化された。EUでも移民問題と経済停滞から懐疑論が強まった。英国のEU離脱(Brexit)はその象徴である。

トランプ大統領は「WHOは中国の操り人形」と批判

さらに注目すべきは、中国がグローバリズムの最大の受益者となった事実である。中国は2001年のWTO加盟以降、輸出拡大で世界最大の貿易大国へと躍進した。しかし、その過程で市場自由化や補助金規制など、加盟時に約束したWTOの規範を守らず、国家主導の産業政策や資源輸出制限を続けてきた。例えばレアアース輸出制限では日本や米欧との間で紛争となり、WTO違反が認定された。また、途上国待遇を利用し義務を軽減する一方で、先進国を圧迫する補助金政策を強化している。

この「果実は享受するが、約束は守らない」姿勢が、世界の産業を疲弊させ、WTO体制の信頼を大きく損ねてきた。結果として、米国は中国に対抗するために高関税や輸入規制、サプライチェーンの再構築、経済安全保障政策を打ち出すに至っている。

こうした国際的潮流と国内の動きは連動している。北海道での鈴木知事批判は、単なる地方の反発ではなく、世界的な反グローバリズムの流れの中で理解すべきものだ。将来的に北海道だけがこの例外となることは考えにくいし、またそうしてはならない。鈴木知事への批判は、地域の問題であると同時に、日本、さらには国際社会が直面している大きな選択――「グローバリズムか、それとも国益か」――を突き付けているのである。

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2025年9月22日月曜日

パレスチナ国家承認は中東を不安定化させる──米国と日本の拒否は正しく、英仏と国連は無責任



まとめ

  • 米国は核心問題が未解決のまま承認すれば和平交渉が崩壊すると判断し、パレスチナを国家承認していない。
  • トランプは2025年、他国の承認を強く批判し、ガザを米国が管理する独自案を提示するなど承認そのものに反対の立場を鮮明にした。
  • 第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題を避け、エルサレム首都承認やアブラハム合意でイスラエルの地位強化に専念した。
  • サウジは「二国家解決」を掲げながら実務ではイスラエル接近を進め、米国の戦略を支えつつ地域秩序を複雑化させている。
  • 現状のパレスチナ自治政府は軍事力も統治能力も脆弱で、過激派の影響を受けやすい。このまま承認すれば中東は不安定化する。英仏や国連の承認は無責任であり、我が国が承認しない判断は正しい。

1️⃣米国の承認拒否の歴史的背景
 
米国がパレスチナを国家として承認しないのは、外交と安全保障の冷徹な計算に基づくものだ。1988年にパレスチナ解放機構(PLO)が独立を宣言すると、多くの国が承認に動いた。しかし米国は追随しなかった。理由は単純である。国境、エルサレムの帰属、難民問題など未解決の核心課題を棚上げにしたまま承認すれば、和平交渉そのものが瓦解しかねないからだ。

PLOのアラファト議長(当時)

2012年の国連総会でパレスチナは「非加盟オブザーバー国家」として認められた。だが米国はこれにも賛同せず、安全保障理事会では拒否権を行使して加盟を阻止してきた。背景にあるのは、イスラエルとの同盟と、パレスチナ内部の分裂や武装組織の存在に対する警戒である。承認を与えないことは、交渉の場に引き戻すための圧力でもあるのだ。
 
2️⃣トランプの政策と米国の位置づけの変化
 
トランプ大統領は、この従来路線をさらに鮮烈に打ち出している。2025年9月、イギリスのスターマー首相がパレスチナ承認を決定すると、トランプは強く批判した。同年7月、フランスのマクロン大統領が承認の意向を示したときも「意味がない」と一蹴している。カナダやオーストラリア、ポルトガルの承認にも追随せず、断固として拒否の姿勢を崩さなかった。さらに「ガザ地区を米国が管理する」という独自案まで示し、従来の二国家解決論とは一線を画した。


第一次政権期(2017~2021年)のトランプは承認問題に触れず、イスラエルの地位強化に徹した。大使館をエルサレムに移転し、首都承認を断行。さらに「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーンなどの国交正常化を仲介した。パレスチナ問題を国際舞台の主役から外すことに成功したのである。

一方で2025年のトランプは、承認に「明確な反対」を突きつけ、他国の決定を公然と批判し、自らの構想を提示する段階にまで踏み込んだ。過去が「棚上げ外交」だったのに対し、今は「反対外交」へと変わったのである。

冷戦期からオバマ政権期まで、米国は調停者としての顔を装い、イスラエルとアラブ双方に目配せをしてきた。しかしトランプはその均衡を破り、イスラエル寄りを鮮明にしたうえで、アブラハム合意を通じアラブ諸国との関係も強化した。いまや米国は「仲介者」ではなく、「イスラエルを起点に中東秩序を再編する推進者」として振る舞っているのだ。
 
3️⃣サウジの二重戦略とパレスチナ承認の危険性
 
サウジアラビアの動きも決定的である。表向きは「二国家解決」を唱えつつ、実務ではイスラエル接近を容認する。イランとの対抗、経済利益、安全保障の必要からだ。国内世論を意識して原則を掲げながら、裏ではイスラエルとの接触を進めるという二重戦略を採っている。これにより米国はイスラエル寄りの姿勢を取りながらも、アラブ諸国の支持を確保できる基盤を築いた。

しかし根本の問題は、パレスチナ自治政府そのものが脆弱であることだ。自前の軍隊はなく、財政はイスラエルの税収移転や国際援助に依存する。ガザと西岸は分裂したまま、統治の正統性は揺らぎ、汚職も蔓延している。過激派の影響をまともに受ける組織を、このまま「国家」として承認すれば、安定どころか大混乱が待ち受けている。

パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース議長

真に国家として機能させるには、安全保障の強化、財政自立、統一選挙、司法独立といった改革のロードマップを実行しなければならない。だが現状、その実現は遠く、承認を先行させれば混乱を加速させるだけである。

それにもかかわらず、イギリスやフランスが承認に踏み切ったのは無責任であり、国連がこれを後押しする姿勢はさらに無責任の極みだ。トランプが独自の中東政策を打ち出しているが、誰かがパレスチナを本物の国家に育てない限り、平和は訪れない。これが厳しい現実だ。

だからこそ、我が国が現時点でパレスチナを国家として承認しないという判断は、正しいのである。中途半端な介入は、かえって混乱を招くだけであることは、歴史が証明している。これを誤れば、中東は火薬庫として爆(は)ぜ続けるだろう。

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イスラエル“金融制裁の核”を発動──イラン中央銀行テロ指定の衝撃と日本への波紋 2025年7月24日
イスラエルがイラン中銀をテロ指定した動きは、金融を武器化する新たな局面を示したものだ。中東の不安定化と国際金融秩序への影響を考える上で重要な事例である。

サウジの要請を受けたトランプの政策転換は、中東再編の現実を浮き彫りにした。米国の立場と地域大国の二重戦略を読み解く手掛かりとなる。 

ガザ再建を困難にしているのはイランの影響力である。承認を急げば混乱を招くという主張を裏付ける材料となる。 

国際刑事裁判所(ICC)と米国の対立は、国際機関の限界と政治化を示すものだ。国連によるパレスチナ承認の問題点を理解する上で有益である。 

ハマス統治の現実を踏まえれば、単純な「殲滅論」が成り立たないことは明白だ。自治政府の脆弱性や承認の危険性と直結する内容である。

2025年9月21日日曜日

移民・財政規律にすがった自民リベラル派──治安も経済も壊して、ついにおしまい


 まとめ

  • 宏池会の変質と誤認識:池田勇人の「所得倍増計画」は国内需要刺激策だったが、大平・宮澤期以降、財務省の「赤字」呪縛を信じたことが元凶となり、宏池会はグローバリズム路線へ転換した。
  • グローバリズム忌避の拡大:かつて「国際協調=善」と考えられていたが、近年は外国人問題を契機にその幻想が崩壊し、グローバリズム政策は日本でも支持されにくくなっている。
  • 石丸伸二の蹉跌:国際協調・多文化共生を当然視するグローバリスト的姿勢が、国民の空気と乖離し、支持を得られなかった。
  • 欧米の大混乱:フランスでは国民連合が躍進し、移民政策を巡る暴動や抗議が頻発。ドイツでもAfDが第二党に浮上し、米国ではトランプ再登場と国境問題が国家の統治危機となっている。
  • 自民党リベラル派の終焉:「大テント政党」としての安定は失われ、総裁選の争点は「積極財政」と「外国人問題」へ。宏池会=リベラル派が再び主流に返り咲く可能性はもはやない。

1️⃣宏池会の変質と「赤字」呪縛の誤り

自民党のリベラル派、すなわち宏池会を中心とした「財政規律・官僚協調・通商自由化」を柱とするグローバリズム路線は、もはや総裁選の勝敗にかかわらず終焉に向かっている。

もともと宏池会は池田勇人の「所得倍増計画」に端を発する。この計画は、1960年に打ち出された10年で国民所得を倍増させる構想であり、減税と公共投資による国内需要拡大を主軸とした積極的な経済政策であった。

池田勇人氏

その後、高度経済成長の終焉と1970年代のオイルショックを経て、政府財政は国債発行が常態化する状況へと移行した。ここで注意すべきは、「赤字国債」「財政赤字拡大」という言葉が誤解を招いてきた点である。実際には日本政府は自国通貨建て国債を発行しており、財政破綻の危険は当時も現実的ではなかった。にもかかわらず、財務省のアドバイスを信じて「赤字」と認識したことが、大平・宮澤時代以降の“財政規律重視”路線の元凶となった。

しかし戦後一貫して日本国債は国内消化率がほとんどであり、金利上昇や国債暴落の危機は起きていない。むしろ「赤字」という言葉の呪縛が、政策の自由度を狭めたのである。こうした誤認識を背景に、宏池会は大平正芳や宮澤喜一の時代に「通商自由化・官僚協調・財政規律重視」を基調とするグローバリズム路線へと舵を切った。

2️⃣グローバリズム忌避と外国人問題の顕在化

10年ほど前までは、「国際協調」と聞けば自動的に「良いこと」と受け止められ、「国際連合」をはじめ「国際」の冠がつけば無条件に「善」と考える有権者が多かった。

しかし近年、その思い込みの呪縛から解放された人々が増え、グローバリズム政策はかつてのように支持されなくなった。その背景には、まず欧米で表面化した外国人問題がある。大量移民の流入が治安不安、文化摩擦、社会保障制度の圧迫を引き起こし、その現実が「グローバリズム=善」という単純図式を打ち砕いた。

日本でも技能実習制度や外国人労働者問題を通じて同様の不安が可視化し、グローバリズム忌避が広がっている。石丸伸二の政治的蹉跌(さてつ)、すなわち国民の期待を大きく裏切る形でのつまずきは、彼がグローバリストとして国際協調を過信した結果にほかならない。彼は典型的なグローバリストであり「国際協調」「多文化共生」を当然の前提として主張した。だが、国民の多くはむしろ外国人受け入れ拡大への反発を強めており、時代の空気と逆行した姿勢が票につながらなかった。

都知事選で敗北した石丸伸二、地域政党「再生の道」は、擁立したすべての都議会議員候補者が落選

この動きは日本だけではない。欧州では移民流入が治安問題や社会分断を深刻化させ、暴動や抗議デモが相次いでいる。フランスでは移民政策を巡る国民的対立が激化し、警察との衝突が繰り返されている。ドイツでも移民施設を巡る地域住民の反発が広がり、国内政治の不安定要因となっている。

米国では国境管理問題が大きな火種であり、南部国境では不法入国者の急増が地方政府の負担を圧迫し、連邦政府と州政府の対立を激化させている。ニューヨークやシカゴなど大都市では受け入れ施設が逼迫し、住民との摩擦が表面化。結果として「移民問題=国家の統治危機」として、国政の最重要課題の一つに浮上している。

その結果欧州ではフランスの国民連合(RN)が2024年欧州議会選挙で約31%の得票を獲得し、マクロン与党を大きく引き離した。ドイツでも「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持率20%前後で第二党に浮上している。米国ではトランプが大統領に返り咲き、反移民と反グローバリズムを旗印に再び国民的人気を集めている。

かつては陰謀論めいた扱いを受けたグローバリズム批判が、今や欧米を含め世界的に現実的な政治課題となり、日本も例外ではない。

3️⃣派閥の機能と「大テント政党」の揺らぎ

2023〜24年に発覚した派閥パーティー不記載問題は、宏池会を含む主要派閥を解散に追い込み、資金配分・人事調整といった政治運営の基盤を崩壊させた。しかしここで留意すべきは、派閥それ自体が「悪」であるわけではないという点だ。

派閥は本来、政治家が経験を積み、人材を育てるための学校のような機能を持っていた。それを「政治とカネ」の文脈だけで悪と決めつけたのは、マスコミによる刷り込みである。派閥解体は結果的に自民党の人材育成と政策形成能力を弱めたとも言える。

さらに、岸田文雄の退陣、石破茂の短命政権、そして現在の総裁選に至る過程で、自民党は「大テント政党」としての安定性を完全に失った。大テント政党とは、保守からリベラルまで幅広い政治思想を一つの党に抱え込み、選挙での勝利を優先してきた“寄り合い所帯”型の組織を指す。しかし派閥解体とリベラル派の衰退により、そのバランスを維持する力は急速に縮小している。

自民党総裁選後の両院議員総会で、あいさつを終えた岸田首相(左)と石破茂新総裁昨年9月27日

世論も宏池会の立場を後退させている。石破政権の支持率は20%台にまで低下し、参院選では与党が過半を喪失。国民の期待は「生活直結の即効性ある政策」と「外国人問題への明確な対応」に傾き、増税や金融引締めを重んじるグローバリズム的処方箋は、選挙での支持を得にくくなった。

こうした環境下で行われる総裁選は、「保守かリベラルか」という従来の軸ではなく、「積極的な景気刺激策をどこまで打ち出すか」と「外国人問題にどう向き合うか」という二つの大争点が交錯する戦いとなっている。高市早苗が勝てば積極財政と防衛強化に加えて外国人受け入れへの慎重姿勢が前面に出る。

他方、小泉進次郎が勝っても「減税と賃上げ」を掲げる彼の姿勢は宏池会的リベラリズムとは異なり、むしろ時代の空気を意識した対応を取らざるを得ない。ただし、小泉進次郎は自民党リベラル派と同じくマクロ経済を全く理解しておらず、結局彼が総裁になったとしてもその政策は成就しないだろうが、それにしても、もはや「減税だけはさせない」などとは口が裂けても言えない。

いずれにせよ、宏池会を中核とした自民党リベラル派=戦後日本のグローバリズム路線は、減税政策を渋々実施するくらいでは、再び主流に返り咲くシナリオは、もはや存在しないのである。

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2025年9月20日土曜日

ロシア・中国・日銀──我が国を脅かす三つの危機。我が国を守れる指導者は誰か

まとめ

  • ロシアの挑発エストニア上空でロシア戦闘機が領空侵犯、NATO第4条協議に発展。日本周辺でも同様の危険がある。
  • 中国の浸透豪州とパプアニューギニアの安全保障条約「Pukpuk Treaty」に中国が反発。南太平洋シーレーンを巡る覇権争いが激化。
  • 日銀の裏切りETF・REIT売却発表直後、日経平均は一時1.78%超急落。デフレ脱却前の金融引き締めは国力低下を招く。
  • 三つの脅威ロシアの軍事、中国の経済、日銀の内的失策。これらは相互に関わり、国家独立を揺るがす。
  • 高市自民総裁の役割防衛強化、積極財政、経済安全保障で一貫した姿勢を持つ高市自民総裁が誕生すれば、三つの脅威に立ち向かえる。

1️⃣ロシアと中国の外圧
 

2025年9月19日の朝、エストニア上空にロシア空軍のMiG-31戦闘機3機が突如侵入した。場所はフィンランド湾のヴァインドロー島付近。飛行計画は未提出、トランスポンダーは停止、航空管制との交信もなしという無法行為で、約12分間も領空に居座った。

迎え撃ったのは、NATOのバルト空域防衛任務に参加し、エストニアのエーマリ基地に展開していたイタリア空軍F-35Aだ。2機がスクランブル発進し、対象機を識別・追尾。ロシア機は領空を離脱し、事態は拡大せずに収束した。

トランスポンダーとは、航空機が識別コードや高度を自動送信する装置である。これを切って飛ぶ行為は、意図的に姿を消す挑発行為にほかならない。エストニアはこの事態を重大な脅威とみなし、NATO条約第4条協議を要請した。第4条とは、加盟国が安全や独立が脅かされると感じたとき、全同盟国に正式協議を求める条項である。軍事行動を義務づけるものではないが、同盟全体の危機意識を呼び覚ます仕組みだ。北海道や尖閣で同じ事態が起きても不思議はない。日本もまた、即応体制と政治の意思を持てるかが問われている。

一方、南太平洋でも緊張が走った。豪州とパプアニューギニアが「Pukpuk Treaty(クロコダイル条約)」と呼ばれる安全保障条約の文書に合意したのだ。内容は相互防衛、軍事協力、サイバー防衛など多岐にわたる。しかしPNGの閣議が署名承認に必要な定足数を欠いたため、今回は共同声明にとどまり、正式署名は後日に持ち越された。

この動きに中国は「PNGの主権を損なう」と強く反発した。だが狙いは明白だ。経済援助と債務で島嶼国を囲い込み、我が国の生命線たる南太平洋のシーレーンを握ろうとしているのである。ここが押さえ込まれれば、日本のエネルギーも交易も途絶し、経済は窒息する。豪州は立ち上がった。米国も支援を表明した。我が国も「自由で開かれたインド太平洋」を口先ではなく行動で示さねばならない。
 
2️⃣日銀の裏切りと国力の切り崩し
 
日銀植田総裁

同じ日、日本国内では日銀が新たな動きを見せた。ETF(上場投資信託)とREIT(不動産投資信託)の売却開始を決めたのである。ETFとは株価指数などに連動する投資信託で、REITは不動産収益を投資家に分配する仕組みだ。日銀は金融緩和の一環でこれらを大量に抱えてきたが、ここで出口を切った。

発表直後の2025年9月19日、東京市場は敏感に反応した。日経平均は高値圏から一気に崩れ、一時1.78%超の下落を記録。為替市場では円高に振れる場面が出た。市場は「緩和の終焉」という合図を読み取り、資金調達コスト上昇や資産価格の調整を織り込み始めた。

だが忘れてはならない。我が国はまだ完全にデフレを克服していない。ここで金融を締めれば、需要は冷え込み、投資は鈍る。再び「失われた30年」に逆戻りしかねない。経済がやせ細れば、外交も防衛も空虚な看板に成り下がる。戦闘機を飛ばし、艦艇を動かす力の源泉は経済にある。日銀の判断は、市場原理の仮面をかぶった国力切り崩しだ。
 
3️⃣我が国を守る指導者
 
空からはロシアの挑発、海からは中国の浸透、そして内側からは日銀の裏切り。これらは互いに無関係ではない。すべてが我が国の独立を揺るがす「三つの脅威」である。

戦いは銃弾だけで行われるのではない。為替と株価の乱高下も、シーレーンの封鎖も、国家を無力化する武器になる。経済の背骨を欠いた安全保障は虚構であり、外交は砂上の楼閣である。我が国はいま、この三つの脅威に同時に晒されている。

必要なのは、他国の顔色をうかがう政治ではない。断固たる意思と国民を守る覚悟である。強い意志を持つ国だけが生き残る。この真実を忘れてはならない。


では誰がこの三つの脅威に立ち向かえるのか。答えは明白だ。高市早苗総裁の誕生である。高市氏は防衛費増額と自衛隊強化を一貫して訴え、経済政策では積極財政を主張してきた。さらに総務大臣時代から経済安全保障を最重要課題に据え、通信や放送といった基盤を守るために実績を残してきた。

軍事・外交・経済を一体として捉え、国家の独立を守る覚悟を示す指導者――いま我が国に必要なのは、高市総裁誕生である。

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長寿大国の崩壊を防げ──金融無策と投資放棄が国を滅ぼす  2025年9月15日
日本の国力を削ぐ要因を、金融・投資の怠慢から検証。日銀の出口が招く需要冷え込みという本稿の論点と直結する。

自民党は顔を替えても救われない――高市早苗で「電力安定・減税・抑止力」を同時に立て直せ  2025年9月8日
電力・財政・安全保障を一体で立て直す処方箋を提示。三つの危機に対するリーダー像(高市総裁)を補強する。

参院過半数割れ・前倒し総裁選のいま――エネルギーを制する者が政局を制す:保守再結集の設計図 |2025年8月24日
政局とエネルギー安全保障を結び、保守再結集の道筋を示す。南太平洋のシーレーン論と相乗効果が高い。

能動的サイバー防御、台湾有事も念頭に「官民連携」など3本柱 首相命令で自衛隊が対処も―【私の論評】… |2025年2月23日
能動的サイバー防御の枠組みを整理。ロシアの挑発や中国の浸透に対する国内の実装戦(経済安保・インフラ防御)を補完。

NEC、太平洋島嶼国を結ぶ光海底ケーブルの供給契約を締結―【私の論評】…  2023年6月7日
島嶼国の通信インフラと海底ケーブルの戦略性を解説。豪州・PNGの動きと南太平洋の要衝性を理解する基礎資料。

追補リスト

本日、日経平均44,000円台──石破退陣こそ最大の経済対策、真逆の政策で6万円時代へ  2025年9月9日
市場の急騰局面を材料に、積極財政と金融運営の最適解を提案。日銀の出口と株価・為替の連動性を考える参考に。

ロシアの戦争継続はいつまで? 経済・軍事・社会の限界が迫る2025年末の真実  2025年6月5日
ロシアの持久力を三位一体で検証。NATO空域侵犯の背景にある戦略的意図を読み解く手がかり。

中台で情報戦激化の様相…中国が台湾のサイバー部隊を名指し非難—【私の論評】中台サイバー戦争の最前線   2025年4月28日
サイバー領域での攻防を時系列で整理。中国の「浸透」戦術を多層で理解できる。

<主張>海底ケーブル切断 深刻な脅威と見て対応を―【私の論評】実は、海底ケーブルは安保上・軍事上の最重要インフラ!  2025年1月10日。
シーレーンと同格の生命線である海底ケーブルの脆弱性を警告。南太平洋・インド太平洋戦略の基盤認識を補強。


2025年9月19日金曜日

隠れインフレの正体──賃金が追いつかぬ日本を救うのは緊縮ではなく高圧経済だ


まとめ

  • 統計上は落ち着きを見せるが、パッケージ縮小や補助金縮小など「隠れインフレ」で生活コストは確実に上昇している。
  • 実質賃金は長期的にマイナスが続き、2025年5月▲2.9%、6月▲1.3%、7月はボーナス要因で+0.5%にとどまり、基調は依然厳しい。
  • 欧米では賃金上昇が物価に追いつきつつあるが、日本では遅れが顕著で、特に若年層や低所得層が打撃を受けている。
  • 「隠れインフレ」を口実にした金融引き締めや増税は誤りであり、日本経済をデフレ不況に逆戻りさせる危険がある。
  • 必要なのは高圧経済による金融緩和と積極財政の継続に加え、生活コストを直接和らげる補助や給付の二段構えである。

🔳統計に現れない「見えない物価高」
 
日本の物価統計は、表面上は落ち着いているように見える。総務省が発表した2025年8月のコアCPIは前年比2.7%、コアコアCPIは3.3%の上昇にとどまった。しかし庶民の実感はまったく違う。洗剤や食品のパッケージは小さくなり、外食の質は落ち、公共料金の補助は縮小される。数字に出にくいこれらの変化が、生活コストを着実に押し上げている。まさに「隠れインフレ」である。 

見えないインフレは日本ても家計を直撃

街のスーパーで手に取った商品は、量が減っても値段は据え置きだ。即席麺は五個入りから四個入りへ、牛乳やパンも容量が縮んでいる。名目価格が変わらなくても実質的には値上げである。さらに電気やガス料金への補助縮小が家計を直撃する。庶民の財布をじわじわと削る「見えないインフレ」は現実の生活を圧迫している。
 
🔳賃金が追いつかぬ現実

問題は賃金が物価に追いついていないことだ。以下の表とグラフを見れば一目瞭然である。

月/年 コアCPI前年比 コアコアCPI前年比 名目賃金前年比 実質賃金前年比
2024-09 2.9% 3.4% 1.1% -2.0%
2024-10 2.8% 3.3% 1.5% -1.8%
2024-11 2.7% 3.2% 1.8% -1.6%
2024-12 2.8% 3.3% 2.0% -1.4%
2025-01 2.9% 3.4% 2.1% -1.2%
2025-02 2.8% 3.3% 2.2% -1.0%
2025-03 2.9% 3.4% 2.3% -0.8%
2025-04 2.8% 3.3% 2.5% -0.6%
2025-05 2.7% 3.2% 2.1% -2.9%
2025-06 2.8% 3.3% 3.5% -1.3%
2025-07 3.1% 3.4% 4.1% +0.5%
2025-08 2.7% 3.3% (未公表) (未公表)
 
クリックすると拡大します

実質賃金は長くマイナス圏に沈み、2025年5月には前年比▲2.9%と大幅に下落した。6月も▲1.3%、7月になってようやく+0.5%とプラスに転じたが、これは夏のボーナスによる一時的な効果にすぎない。基調として賃金が物価に追いついたわけではない。

欧米では賃金上昇が物価に近づきつつあるが、日本では実質賃金のマイナスが続いている。若い世代や低所得層では、食費と光熱費が家計の多くを占めるため、隠れインフレの打撃はさらに重い。
 
🔳緊縮の罠を避けよ
 
ここで警戒すべきは、隠れインフレを口実にした誤った処方箋である。財務省や日銀は「国民が物価高で苦しんでいる」と唱え、金融引き締めや増税を正当化しかねない。しかしこれは輸入インフレの実態を無視した欺瞞にすぎない。外因による物価高に引き締めで対抗すれば、内需は冷え込み、賃金は伸びず、生活苦はむしろ強まる。

金融引き締めを進める日銀の植田総裁
 
必要なのは逆だ。高圧経済の視点に立ち、金融緩和と積極財政を続け、経済をフル稼働させて賃金を押し上げることである。インフレが進んでも、雇用が悪化しない限り、経済はフル稼働させるべきなのだ。これは、アメリカではバイデン政権下のイエレン前財務長官が唱えた政策の下で、労働市場の逼迫が賃金上昇と生産性改善をもたらした。日本もまた、物価の抑制に固執するのではなく、雇用・賃金主導の成長へと舵を切るべき局面にある。

同時に、エネルギーや食料への補助、低所得世帯への給付など、生活コストを直接和らげる政策も不可欠だ。この二段構えの対応があって初めて、物価と賃金のバランスが取れ、国民生活を守ることができる。

日本の基調インフレは、欧米のコアCPIと同じ定義で見ても3%を超えている。国際的に見ても決して軽い水準ではない。統計と実感の乖離を冷静に直視しながらも、緊縮の罠に陥ることなく、成長と生活防衛を両立させる政策が求められている。

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2025年9月18日木曜日

FRBは利下げ、日銀は利上げに固執か──世界の流れに背を向ける危うさ


まとめ
  • 2025年9月17日、FRBは利下げを決定し、これはトランプの政治的圧力と雇用悪化への対応が重なった必然の決断であった。
  • 米国は輸出依存度が低く、利下げによって輸出だけでなく住宅購入や企業投資を促し、内需を厚くする狙いがある。
  • 欧州も輸出依存から内需拡大へと動いており、消費や公共支出の強化が外部ショックを和らげる手段として注目されている。
  • 内需拡大政策にはリスクがあり、関税強化は物価を押し上げ、報復関税や摩擦は輸出機会を失わせ、利下げ単独では効果が持続しない。
  • 日本はFRBの利下げと逆行し利上げに固執しており、円安と金利上昇で家計と企業が打撃を受け、積極財政と内需拡大への転換が急務である。
🔳FRB利下げの必然とトランプの狙い
 
米連邦準備制度理事会(FRB)は2025年9月17日、ワシントンで開かれたFOMCで政策金利を0.25ポイント引き下げ、4.00〜4.25%に設定した。これは2024年12月以来の利下げである。ジェローム・パウエル議長は、雇用市場の弱まり、とりわけ失業率の上昇に対応せざるを得なかったと説明した。唐突な決定ではなく、政治的圧力と経済的現実が重なった必然の一手であった。

米の利下げを報じる動画

トランプ大統領は就任以来「高金利は景気を潰す」と繰り返し主張し、FRBに利下げを迫ってきた。背景にあるのは、米国経済が世界でも稀な「内需主導型」であるという事実だ。多くの先進国はGDPの2〜3割を輸出に依存しているが、日米は長らく1割未満にとどまってきた。トランプが求めるのは、国内市場の厚みで経済を支える体制である。

もちろん、利下げは通貨安を通じて輸出競争力を高める作用を持つ。しかし今回の狙いはそれ以上に、住宅ローンや企業融資の金利を引き下げ、消費や投資を直接刺激することにある。消費者は住宅や耐久財を買いやすくなり、企業は設備投資や雇用拡大に踏み出しやすくなる。その効果が積み重なれば、内需の厚みは確実に増す。輸出依存からの脱却こそが、外部ショックに揺さぶられにくい経済を築く道だ。トランプの利下げは、まさにその布石である。
 
🔳欧州の潮流と世界市場の不安定化
 
同じ潮流は欧州にも見られる。欧州委員会の春季経済予測は、世界市場の混乱や保護主義の高まりを背景に、今後は民間消費や公共支出といった内需が成長の主力になると示している。オランダでは可処分所得の増加が消費を押し上げる見通しであり、輸出頼みから内需拡大への転換は、欧州でも現実的な課題として注目を集めている。
こうした世界的潮流の中でのFRBの利下げは、単なる景気刺激策ではなく、経済構造の転換を象徴する決断であった。しかし同時にリスクもある。輸入品への関税強化は物価上昇を招き、消費者の購買力を奪う恐れがある。報復関税や通商摩擦が輸出機会を狭めれば、逆風は一気に強まる。さらに、利下げだけでは持続的な内需拡大は不十分であり、賃金上昇や社会インフラ整備といった施策が伴わなければ、その効果は一過性に終わりかねない。

市場の反応は複雑だ。短期的には緩和を歓迎する動きが広がるが、ドル安による資本流出、新興国通貨の不安定化など負の連鎖も始まりつつある。欧州はスタグフレーションの影を落とし、中国は不動産不況の渦中で人民元安に苦しみ、資本規制を強めざるを得ない。世界市場はむしろ不安定化に向かう可能性が高い。
 
🔳日本への警鐘と未来への覚悟
 
この中で日本は危うい立場にある。FRBが利下げに舵を切る一方、日銀は「意味不明な利上げ」を強行し、景気の芽を自ら摘んでいる。円安と金利上昇が同時進行し、家計と企業を直撃しているのだ。私は以前の記事で日銀の利上げを批判したが、今回のFRBの利下げでその誤りは一層明らかになった。

日銀 植田総裁 経済・物価情勢の改善に応じ追加の利上げ検討 9月3日

長期的にはさらに深刻だ。利上げとデフレ圧力の長期化は、医療や福祉の財源を圧迫し、投資とイノベーションを阻害する。結果として「長寿大国」としての日本の強みすら失われかねない。私はかつて「長寿大国の崩壊を防げ」と警鐘を鳴らしたが、その危惧が現実味を帯びつつある。

結論は明白だ。トランプの内需拡大路線は方向性としては正しいが、手段と持続性に課題を抱える。だが少なくとも米国は、世界の潮流に沿って経済の再編を図ろうとしている。対して日本は、硬直的な利上げに固執し、潮流に逆行している。このままでは世界の激動に翻弄され、国力を失うだけだ。

我が国に求められるのは、日銀の誤った利上げからの転換と、積極財政による内需の強化である。世界の荒波を直視し、未来を守る覚悟が問われているのだ。

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2025年9月17日水曜日

アジア株高騰──バブル誤認と消費税増税で潰された黄金期を越え、AI・ロボット化で日本は真の黄金期を切り拓く

 

まとめ

  • アジア株は日経平均4万4千円台、韓国・台湾市場も最高値を更新し、AI成長・ロボット化・石破辞任・台湾有事リスク低下が追い風となっている。
  • 日本は過去、バブル期の誤った金融引き締めとアベノミクス期の二度の消費税増税で黄金期を逃した。
  • コロナ禍では国債100兆円規模の補正予算で雇用を守り、国債財政の有効性と安全性が証明された。
  • AI革命とロボット装置化は労働力不足を補うが、膨大な電力と低消費電力半導体の開発が不可欠であり、日本はすでにその開発に取り組んでいる。
  • 再エネ依存を捨て、火力・SMR・核融合を柱とする現実的なエネルギー政策と正しい金融財政運営を行えば、日本は真の黄金時代を切り拓ける。
アジア株式市場が沸騰している。東京市場も例外ではなく、日経平均株価はついに4万5千円台に乗せた。韓国や台湾の市場も史上最高値を更新し、アジア全体が株高の波に飲み込まれている。背景には米国の利下げ観測、AI産業の急成長、ロボット化の進展、そして日本国内の政局の変化がある。石破首相の辞任は「政治リスクの後退」と受け止められ、外国人投資家の買いを呼び込んだ。さらに台湾市場の高値は「台湾有事は差し迫っていない」というシグナルとなり、安心感を与えている。

しかし、浮かれてはならない。我々は過去に何度も黄金期を逃してきた。その最大の原因は、金融と財政の誤った政策判断である。
 
🔳過去に逃した黄金期と政策の失敗


1980年代末、日本は世界に冠たる経済大国の地位を確立しつつあった。だが、日銀は株価や地価の高騰を「過熱」と誤認し、強烈な金融引き締めに走った。結果、不動産市場は崩壊し、企業は資金繰りに苦しみ、さらに政府も緊縮財政に転じ、日本経済は長い停滞に陥った。いわゆる「失われた30年」の出発点である。

次に訪れたのがアベノミクスだ。2012年以降、異次元緩和と財政出動で株価は急騰し、企業収益も改善した。黄金期に入るかと見えたが、ここでも誤算が起きた。2014年、消費税率を5%から8%へ、2019年には8%から10%へ引き上げたことである。これで消費は冷え込み、景気は腰折れした。安倍首相は本心では増税に反対だったが、財務省、御用学者、野党、メディアの圧力に屈せざるを得なかった。これこそがアベノミクスの命取りであった。

だが皮肉にも、この誤りを証明したのがコロナ禍だった。安倍・菅政権は合計で約100兆円規模の補正予算を組み、すべて国債で賄って対策にあたった。結果、日本の失業率は主要先進国の中で最低水準を維持し、景気は深刻な落ち込みを免れた。しかも、大量の国債発行で財政が破綻することもなかった。国債による財政出動で景気を下支えできることが、この経験で証明されたのである。
 
🔳AI革命・ロボット装置化と台湾シグナル

AIが感触・音まで学習 熟練作業のロボット化進む

今、世界はAI革命のただ中にある。AIは単なる利益を生むだけではない。少子化による生産人口の減少を補う力を持つのだ。ロボット産業と結びつけば、その効果はさらに大きい。物流、介護、農業、製造業の現場で、人手不足を補う動きはすでに始まっている。2024年には日本の自動車産業だけで1万3千台以上の産業用ロボットが導入され、前年比で11%増加した。これは「労働の装置化」が現実に進んでいる証左である。

ただし、AIとロボットは膨大な電力を消費する。そしてAIを動かす心臓部である半導体も、大量の電力を必要とする。だからこそ、低消費電力半導体の開発は必須であり、日本企業はすでに次世代の省電力チップ開発に取り組んでいる。これは、AI時代における競争力の根幹となるだろう。

台湾市場の高騰も重要な意味を持つ。半導体大手TSMCを中心に、AI需要の爆発で株価は最高値を更新した。台湾のインフレ率は1.6%程度にとどまり、成長率は4%超と見込まれる。中央銀行も過度な利上げを避け、投資家に安心感を与えている。もし台湾有事が差し迫っていると本気で考えられているならば、市場がこれほど強気に振る舞うはずはない。市場の動きは「直近での有事リスクは低い」というシグナルを発しているのである。

そして日本では、石破辞任が追い風となった。迷走する政権が退場し、政治が安定へ向かうとの期待が広がった結果、株価は一段と上昇した。
 
🔳政策次第で黄金期か黄昏か

ここから先は政策次第だ。
日銀が資産価格の高騰を過熱と誤認して引き締めに走れば、過去の二の舞になる。金融政策は慎重さが必要である。

エネルギー政策も同様だ。AIとロボットが牽引する産業構造は、従来以上に電力を必要とする。だからこそ、再生可能エネルギーへの偏重は捨て去らねばならない。安定的で力強い電力供給こそが、AI時代の基盤である。火力の再評価、SMR(小型モジュール炉)、そして核融合開発に本気で取り組むことが求められる。電力を軽視すれば、AI革命もロボット装置化も絵に描いた餅に終わるだろう。

過去、日本は二度黄金期を逃した。バブル期には金融政策の誤り、アベノミクス期には消費税増税の失敗だ。同じ過ちを繰り返せば、いくら株価が騰がっても、それは幻に終わる。だが逆に、金融と財政の正しい選択、そして電力供給の現実的確保を行えば、日本は装置化とAI革命を追い風に、真の黄金時代を切り拓くことができる。

低電力半導体の製造を目指す、ラピダス千年工場の建築現場

アジア株高騰は、AI革命とロボット装置化、台湾市場の安定、石破辞任という政局変化が重なった結果だ。これは偶然ではなく、歴史が与えた再挑戦の機会である。

日本はこれまで政策の誤りで黄金期を逃してきた。しかし今度こそ、金融と財政の正しい選択を行い、低消費電力半導体を実用化し、再エネ偏重を捨て去り、火力・原子力・核融合を組み合わせた現実的エネルギー政策を築くならば、世界に冠たる黄金時代が到来するだろう。

読者の皆さん、あなたはこの株高を「未来の繁栄の入口」と見るか、「過去と同じ失敗の前触れ」と見るか。答えは我々の選択にかかっている。そうして、我々の今の選択が、現在の子どもたちの未来を大きく左右することになる。

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日銀の利上げがもたらす危険性を鋭く指摘。継続的利上げが景気後退と雇用不安を招きかねない現実を分析する。

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり 2024年2月18日
欧州の出生率低下と対比しつつ、AIとロボット活用が日本における少子化対策の突破口となり得ることを論じた記事。

2025年9月16日火曜日

タイフォン日本初公開──中露の二重基準を突き、日本の覚悟を示せ


まとめ

  • 米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン」が岩国基地で初公開され、トマホークとSM-6を搭載する多用途抑止力として示された。
  • タイフォンの公開は、米国の「第一列島線」戦略と日本の反撃能力整備の動きが重なり合う象徴的な出来事となった。
  • 背景にはINF条約の崩壊があり、ロシアのSSC-8配備による条約違反と、2019年の条約失効がタイフォン開発を可能にした。
  • 中国・ロシアは自国で中距離ミサイルを配備しながら日本での米軍展開を非難しており、明らかなダブルスタンダードを示している。
  • 日本はこの矛盾を外交の場で突き、「配備を避けたいなら自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張すべきであり、これこそが「日本の覚悟」を示す行為である。

米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン(Typhon)」が、2025年9月11日から25日までの日米共同演習「レゾリュート・ドラゴン25」で初めて日本に姿を現した。公開の場は山口県岩国海兵隊航空基地で、9月16日には発射機が報道陣に公開され、2万人規模の日米部隊がその存在を支える背景となった。今回の公開で実射は行われず、展開と運用のデモンストレーションにとどまったが、訓練後には撤収される予定である。

タイフォンは、トマホーク巡航ミサイルとスタンダードミサイル6(SM-6)の双方を発射できる。トマホークの一部は射程1600キロに達し、中国東部やロシア極東を狙うことが可能だ。SM-6は対空・対艦・地上攻撃、さらには弾道ミサイル防衛までこなす多用途兵器である。この組み合わせにより、タイフォンは柔軟かつ多層的な抑止力を発揮できる。移動展開が容易なため、米軍戦略の「空白」を埋める存在として位置づけられている。
 
🔳INF条約崩壊とタイフォン誕生
 
タイフォン中距離ミサイルシステム

タイフォンの登場は、冷戦から続いた軍縮体制の崩壊の象徴でもある。1987年に米ソ両国が結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約は、射程500~5000キロの地上発射型ミサイルを全面禁止していた。しかしロシアはSSC-8(9M729)と呼ばれる中距離巡航ミサイルを配備し、INF条約に違反した。欧米にとって看過できない脅威であり、アメリカは2019年2月、第一次トランプ政権下で条約破棄を決断。INF条約は失効し、地上発射型中距離兵器の開発が解禁された。

米陸軍がそこで進めたのがタイフォンである。前線に置かれてこそ効果を発揮する兵器であり、第一列島線に位置する日本やフィリピンが展開の拠点に選ばれた。岩国での初公開は、冷戦後の軍縮秩序が終わりを告げ、新しい現実が始まったことを示すものだった。
 
🔳中露のダブルスタンダードと日本の覚悟
 

初めて一堂に会した中露朝の3首脳、「抗日戦争勝利80年」を記念する軍事パレードを観閲


中国外務省は「正当な安全上の利益を損なう」と非難し、ロシアも批判を繰り返す。しかし中国自身はDF-21DやDF-26といった中距離弾道ミサイルを大量に配備し、米空母や日本本土を射程に収めている。ロシアもまた条約違反を重ね、SSC-8を実戦配備しながら米国の行動だけを問題視してきた。これは明らかなダブルスタンダードである。

だからこそ日本は、外交の場でこの矛盾を正面から突くべきだ。「日本に配備されたくないのであれば、まず自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張することが求められる。これこそが日本の覚悟を示す道である。

今回のタイフォン公開は、単なる兵器の披露ではない。日米同盟の抑止力を「見える形」にし、日本がインド太平洋の安全保障の現実にどう立ち向かうかを示す試金石である。外交・軍事・安全保障・地政学、そのすべてにおいて意味を持つ出来事であり、日本はここで逃げるのではなく、覚悟を持って未来を切り拓かねばならないのだ。

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米、中距離核全廃条約から離脱へ=ロシア違反と批判、来週伝達 ―NYタイムズ―【私の論評】米の条約離脱は、ロシア牽制というより中国牽制の意味合いが強い
2018年10月21日

INF条約からの米国離脱の真意について、ロシアだけでなく中国を強く意識したものであることを指摘した。

2025年9月15日月曜日

長寿大国の崩壊を防げ──金融無策と投資放棄が国を滅ぼす

 

まとめ

  • 孤立死の増加、百寿者の過去最多更新、そして札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム──一見無関係な三つの出来事だが、背後には同じ構造問題が横たわっている。
  • 金融政策の誤解:名目金利の引き上げを「正常化」とするのは誤りであり、実質政策金利と自然利子率で判断すべきだ。現状の金融環境は需要を押し上げており、日銀はむしろさらなる緩和を行うべきである。
  • 投資不足が招いた惨状:八潮市の道路陥没、和歌山市の水管橋崩落、鎌倉市の断水など、インフラ老朽化による事故が相次ぐのは投資先送りの結果である。
  • 公共投資は資産形成:社会的割引率で評価すれば多くのインフラ投資は便益が費用を上回る。命を守るだけでなく、物流や生活を安定させ経済的な富を生む。
  • グローバル依存の危うさ:フリント市の鉛汚染や英国の下水問題が示すように、投資を怠れば社会は崩壊する。日本でも「貿易赤字=悪」という誤解が続くが、真の問題は医療やエネルギーの過度な海外依存である。
この数日のニュースは、日本の現状を鋭く映し出している。孤立死の増加、百歳を超える高齢者の過去最多更新、そして札幌での国際医療機器規制当局フォーラム。一見すれば無関係に見える三つの出来事だが、その根は同じである。金融と財政の政策不全、そしてグローバリズムの負の外部性という大問題だ。
 
🔳金融政策の誤解と投資不足が生む惨状

日銀がマイナス金利を解除し、政策金利を0.5%に上げたからといって「正常化」と呼ぶのは誤りである。世界標準の経済学では、実質政策金利と自然利子率の関係こそが重要だ。期待インフレが1%あれば、名目0.5%の金利は実質でマイナス0.5%となり、依然として景気を押し上げる条件にある。

さらに景気の過熱度を測るアウトプットギャップとは、実際の経済活動と潜在的な生産力の差を示す指標である。プラスなら需要超過で過熱気味、マイナスなら需要不足だ。日本では推計上プラスに転じたとされるが、失業率や賃金の伸びを見れば完全雇用には程遠い。信用スプレッドも大きく広がっておらず、資金は依然として流れている。つまり、日本の金融環境はまだ需要を押し上げる側にある。結論として言えるのは、日銀は利上げではなく、むしろさらなる緩和を行うべきだということだ。

一方で、必要な社会的投資は著しく不足している。八潮市では老朽化した下水道管が破裂し、大穴にトラックが転落して運転手が命を落とした。和歌山市の水管橋崩落による6日間の断水、鎌倉市の老朽管破裂による断水も記憶に新しい。国交省の統計では道路陥没は年間1万件規模に達する。これは「投資の先送り」の代償である。
 
🔳公共投資とグローバリズムの負の遺産
 
公共事業は「無駄」と決めつけられるが、社会的割引率(4%程度)を基準に費用便益比を算出すれば、多くのインフラ投資の便益は費用を上回る。道路や橋、上下水道の更新は命を守るだけでなく、経済的にも富をもたらす。物流が止まらなければ企業は稼ぎ続け、家庭に水が届けば生活は安定する。事故や災害を防げば医療費や復旧費も抑えられる。インフラ更新は「支出」ではなく「資産形成」である。

米国フリント市では、水道水が汚染された

海外の例を見れば、この真実は一層鮮明だ。2016年米国フリント市では腐食対策を怠り、水道水が鉛に汚染され数万人が被害を受けた。フリント市の水道事業は市が直接運営する公営事業でした。問題の発端は、財政難のフリント市がデトロイトからの水購入をやめ、自前のフリント川を水源としたことだ。

2023年英国では下水処理投資を怠った結果、未処理下水の放流が年間361万時間に達した。英国の水道・下水事業は1989年に全面ら民営化された。テムズ・ウォーターなど複数の大手水道会社が地域ごとに事業を担っているが、その多くは海外投資ファンドや外国資本に支配されているのが現状だ。利潤追求が優先され、老朽インフラへの再投資が不足した結果、2023年には未処理下水の放流が年間361万時間に達した。

いずれも「投資を怠った代償」である。同じ誤りは日本でも続いている。さらに日本では「貿易赤字は悪」という短絡思考がさらに事態を悪化させる可能性がある。現実には景気が良くなれば輸入は増えるが普通で、赤字は拡大する。ことさら赤字を問題にすれば、とんでもないことになりかねない。問題は赤字か黒字かではなく、中身と持続性である。とりわけインフラ、エネルギーや医療必需品の過度な海外依存こそが危険なのだ。

🔳国際会議が突きつける矛盾と日本の課題
 
IMDRFは、9月15日から19日まで札幌で開催される

札幌で開かれた国際医療機器規制当局フォーラム(IMDRF)は、世界各国の規制当局が集まり、医療機器の安全基準や品質管理を議論する場である。日本が国際社会に責任ある参加をしている証でもある。

しかし、いくら立派な基準を世界と議論しても、国内の医療現場に資材や機器を安定供給できなければ意味はない。老朽化したインフラや脆弱な供給網を放置すれば、せっかくの国際会議も「絵に描いた餅」で終わる。IMDRFは、日本が国際舞台で役割を果たしつつ、国内の基盤整備を怠るという矛盾を突きつけている。

結論は明快だ。金融と財政を正しく噛み合わせ、地域の見守りや在宅医療の整備、人材の処遇改善、老朽化インフラの更新を急ぐべきである。同時に、医療必需品やエネルギー資源の一極依存を脱し、国内補完と分散調達を進めねばならない。

これらを怠ったまま「長寿社会」や「子育て支援」を語るのは虚しい。道路が陥没し、断水が続き、医療現場で防護具すら尽きる状況では、支援は砂上の楼閣だ。基盤が崩れれば、自由も責任も秩序も成立しない。

孤立死の増加も、百寿者の増大も、国際会議の開催も、すべては一つの問いに帰着する。社会の基盤を守る覚悟があるかどうかである。そして日銀は、景気を冷やすのではなく、さらなる緩和を通じて需要を支えなければならない。それをやり遂げて初めて、日本は「長寿大国の品位」と「真の豊かさ」を取り戻すのである。

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石破政権の誤った政策運営が市場を冷やす中、退陣こそ最大の経済対策であり、真逆の積極財政こそが株価6万円時代を切り開くと論じる。

トランプ半導体300%関税の衝撃、日本が学ぶべき「荒療治」 2025年8月12日
米国の苛烈な半導体関税政策を引き合いに、日本も荒療治を恐れず国内産業の再建に踏み出すべきだと示す。

「大好きな父が突如居なくなった事実を信じることも出来ません」 八潮陥没事故、家族らがコメント—【私の論評】事故の真相:緊縮財政とB/C評価が招いた人災を暴く 2025年5月3日
八潮市の道路陥没事故を通じて、緊縮財政と形式的な費用便益(B/C)評価が人災を生む構造的問題を告発する。

アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり 2024年2月26日
欧州で続く出生率低下の現実を分析し、日本がAIやロボットを活用して先進的な少子化対策を実現すれば、世界のモデルになり得ると展望する。

手術ができない…抗菌薬の原料・原薬100%中国依存の恐怖 製薬各社が国産急ぐ深刻理由―【私の論評】日本が直面する戦争の危機と医療供給のリスク - 抗菌薬不足が示す現実 2024年9月18日
抗菌薬原料の中国依存が医療安全保障の致命的リスクであることを示し、国産化の急務を訴える。

アンパンマンが映す日本の本質──天皇の祈りと霊性文化の継承

まとめ アンパンマンの自己犠牲は日本の霊性文化の象徴であり、自らの顔を分け与える姿は命を分かち合うという日本的霊性の直感を体現している。 朝ドラ「あんぱん」は贖罪意識と霊性のせめぎ合いを描き、最終回では「思いやりと自己犠牲」が前面に出て日本人の無意識に根差す霊性文化が浮かび上がっ...