2025年2月22日土曜日

トランプ大統領“停戦会合ゼレンスキー大統領出席重要でない”―【私の論評】トランプ大統領の本当の対ロシア・ウクライナ戦略とは?日本メディアが報じない真実とは

 トランプ大統領“停戦会合ゼレンスキー大統領出席重要でない”

まとめ
  • トランプ前大統領は、ロシアのウクライナ侵攻に対するゼレンスキー大統領の交渉姿勢を「効果的でない」と批判し、停戦会合への出席も重要ではないと主張した。
  • トランプ氏は、ウクライナ国内の鉱物資源をめぐる協議が不調に終わったことに不満を示したが、ゼレンスキー氏からの電話には「もちろん応じる」と対話の意向を示した。
トランプ米大統領

トランプ前大統領は、ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、ゼレンスキー大統領の交渉姿勢を厳しく批判しました。彼は、ゼレンスキー氏が「選挙なき独裁者」であり、これまで効果的に交渉できておらず、停戦会合に出席する重要性も感じないと主張しました。

また、ウクライナ国内の鉱物資源をめぐる協議が不調に終わったことにも不満を示しました。一方で、ゼレンスキー氏から電話があれば「もちろん応じる」と述べ、対話自体は拒まない姿勢を見せています。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】トランプ大統領の本当の対ロシア・ウクライナ戦略とは?日本メディアが報じない真実とは

まとめ
  • トランプ大統領は、ロシアに対して宥和的ではなく、制裁や威嚇を通じて厳しい姿勢を示している。具体的には、2025年1月には偽情報キャンペーンに関与したロシアとイランのグループに制裁を科し、ウクライナ戦争を終わらせない場合には制裁を強化する意向も示している。
  • トランプ氏のロシア政策は一貫しており、第一期政権時にもオリガルヒや企業に対する大規模な制裁を実施しており、宥和的な姿勢ではないことが示されている。
  • ウクライナに対しては、厳しい対応というよりも、条件付きで軍事援助を継続する姿勢を示している。2025年2月にはゼレンスキー大統領が援助削減はないと述べ、実際に5億ドル規模の軍事援助パッケージが発表されている。
  • ウクライナ支援には条件が付随しており、例えばレアアース鉱物へのアクセスを求めるなど、単純な支援ではなく取引的な要素がある。
  • 日本のメディアは「ロシアに宥和的、ウクライナに厳しい」と単純化して報じているが、実際の政策は複雑で、和平交渉を進めるための戦略的な意図がある。
トランプ大統領のロシアとウクライナに対する政策は、日本のメディアで報じられているような単純なものではない。日本のメディアでは、煎じ詰めると「ロシアに対して宥和的で、ウクライナに対して厳しい対応をしている」との描写がなされているが、実際の政策行動を詳細に分析すると、この見方が正確ではないことが明らかになる。トランプ大統領はロシアに対して制裁を強化し、ウクライナに対しては条件付きながらも軍事援助を継続しているのだ。

プーチン

まず、ロシアに対する政策を考えてみる。トランプ大統領は宥和的な姿勢を取っていない。むしろ、制裁を強化する動きが明確に見られる。例えば、2025年1月には、アメリカの選挙を標的とした偽情報キャンペーンに関与したロシアとイランのグループに対して制裁が科された。これは、Reutersの報道でも確認できる。

さらに、ウクライナ戦争を終わらせるための交渉に応じない場合、関税と制裁を強化するとトランプ大統領は威嚇している。この発言は、NPRの記事で詳しく報じられている。これらの行動は、第一期政権時にも見られたロシアへの制裁の継続を示している。2018年には、ロシアのオリガルヒや企業に対して大規模な制裁が実施されたことがあり、これはNBC Newsで報じられている。これらの動きは、ロシアの行動に対する明確な対抗措置であり、宥和的な姿勢ではないことを裏付けている。

次に、ウクライナに対する政策を見てみよう。トランプ大統領が厳しい対応をしているというよりは、条件付きながらも支援を続けているのが実情だ。2025年2月には、ゼレンスキー大統領がアメリカの軍事援助が削減されていないと述べ、支援が続いていることを確認している。この発言は、Reutersの記事で確認できる。

ゼレンスキー ウクライナ大統領

また、トランプ大統領はウクライナへの軍事援助を継続する意向を示し、その見返りとしてレアアース鉱物へのアクセスを求めている。これは、NBC Newsの報道で詳しく述べられている。つまり、援助を完全に停止するのではなく、条件付きで支援を続ける姿勢なのだ。さらに、2025年1月には、トランプ政権の初期段階でウクライナへの軍事援助パッケージが発表され、その価値は5億ドルとされている。この情報は、米国国務省の公式発表で確認できる。これは、ウクライナの防衛を支援する意図があることを示している。

ただし、トランプ大統領はウクライナへの援助を削減する可能性も示唆している点に注意が必要だ。2024年6月の選挙キャンペーン中には、「再選された場合、すぐに援助を解決する」と述べている。これは、POLITICOの記事で報じられている。

また、2025年1月には外国援助を90日間凍結する決定を下し、これがウクライナにも影響を与えた。しかし、軍事援助自体は影響を受けていないとされている。この状況は、PBSの報道で詳しく説明されている。これらの動きから、援助の継続はあるものの、条件や威嚇が付随していることが分かる。

以上の事実から、トランプ大統領はロシアに対して完全に宥和的ではなく、制裁や威嚇を通じて厳しい姿勢を取っていることが確認できる。一方、ウクライナに対しては厳しい対応をしているというよりは、条件付きながらも軍事援助を継続している。ゼレンスキー大統領の声明や援助パッケージの発表がその証拠となる。ただし、援助には条件が付くことが多く、完全に支援的な姿勢とは言えない複雑な状況であることも確かだ。

和平交渉の席につく、ゼレンスキー、トランプ、プーチン AI生成画像

しかし日本のメディアの報道が必ずしも正確ではなく、トランプの政策はより多面的であることが明らかである。ロシア制裁の実施とウクライナ援助の継続は、宥和的で厳しいという二元的な描写を覆す重要なポイントである。これらの事実を踏まえると、トランプ大統領の政策は単純なレッテル貼りでは捉えきれず、複雑かつ戦略的な意図を持っていることが理解できる。

わかりやすく言えば、最近のトランプ大統領の発言は、和平交渉をスムーズに進めるためのトランプ流の地ならしとみるべきだろう。交渉のテーブルについたときに、双方の主張ばかりに時間が割かれることなく、現実的で、実質的で実りあるものにしたいのだろう。そうして、何よりもロシアの10倍のGDPと人口を持つ最大の相手である中国との対立に専念したいのだろう。

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2025年2月21日金曜日

中国の大学「海底ケーブル切断装置」を特許出願 台湾周辺で損傷も日本政府は見解避ける―【私の論評】危機に直面する日本!海底ケーブルの切断と国際紛争の闇を暴く

中国の大学「海底ケーブル切断装置」を特許出願 台湾周辺で損傷も日本政府は見解避ける

まとめ
  • 中国・麗水大の技術者が「海底ケーブル切断装置」を特許出願し、台湾周辺やバルト海でのケーブル損傷に中国船が関与している疑いが浮上。
  • 装置は2009年の中国国家海洋局の技術を基に2020年に改良され、高速・低コストでの緊急ケーブル切断を目的とし、米専門家は中国の海底戦争意図を指摘。
  • 日本政府は詳細回答を避けつつ注視を表明し、台湾では中国人乗組員の貨物船による意図的損傷や断線が先月と今月に報告された。
AI生成画像

 中国・浙江省麗水市に拠点を置く麗水大学の技術者グループが、「海底ケーブル切断装置」の特許を出願していたことが明らかになった。台湾の対岸に位置するこの地域からの出願は、近年の台湾周辺やバルト海での海底ケーブル損傷の多発と相まって注目されている。これらの損傷事件では、中国船の関与が繰り返し疑われており、日本の通信インフラにも影響を及ぼす可能性が懸念されている。

 この切断装置は、2009年に中国国家海洋局(現・自然資源部)が特許出願した「海洋曳航型切断装置」を基礎とし、2020年に麗水大が改良を加えて出願したものだ。海底に下ろしたいかりを引っ張る方式で、「緊急時には迅速かつ低コストでケーブルを切断する必要がある」と説明されている。ペンシルベニア大学のベンジャミン・シュミット上級研究員は、米誌ニューズウィークで「この特許は、中国が将来、海底を舞台にした戦争作戦を計画している動機を示している」と警告した。

 日本政府は、松原仁元拉致問題担当相からの質問主意書に対し、今月7日の閣議決定で「海底ケーブル周辺の状況を注視する」と回答したが、切断装置の詳細については「事柄の性質上、回答を差し控える」と具体性を避けた。台湾では先月、通信用海底ケーブルが損傷し、中国人7人が乗る貨物船が意図的に関与した疑いが台湾海巡署から発表され、さらに今月17日には台湾本島と福建省近くの馬祖を結ぶケーブルが断線したことが確認された。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】危機に直面する日本!海底ケーブルの切断と国際紛争の闇を暴く

まとめ
  • 中国・麗水大学の技術者が2020年に「引きずり型海底ケーブル切断装置」を特許出願し、2009年の中国国家海洋局の技術を基に、アンカーでケーブルを切断する仕組みを開発。軍事目的や他国インフラ破壊の疑いが指摘されている。
  • 台湾周辺やバルト海で海底ケーブル損傷が頻発し、2025年や2023~2024年の事件で中国船の関与が疑われるが、直接証拠は不明。通信や経済に大混乱を引き起こす可能性がある。
  • 海底ケーブルは通信だけでなく、日米の潜水艦探知(SOSUS/IUSS)にも利用され、中国がASW能力のギャップを埋めるため意図的な切断を企てる懸念がある。
  • 国際社会(NATOなど)や日本政府は警戒を強めるが、具体策は限定的で、さらなる監視や法整備が必要とされる。
  • 対策として、監視強化、ケーブルの物理的保護、代替通信の整備が急務であり、海底ケーブルの保護は国家安全保障と世界の安定に不可欠だ。
中国麗水大学の校門

中国・浙江省麗水市の麗水大学の技術者どもが、2020年に「引きずり型海底ケーブル切断装置」を特許出願したことが明るみに出た。特許番号はCN111203499A、中国国家知識産権局のデータベースでしっかり確認できる。この装置、実は2009年に中国国家海洋局(今は自然資源部だ)が申請した「海洋曳航型切断装置」(特許番号CN101585192A)をパワーアップさせたものだ。海底にアンカーを下ろして引っ張り、ケーブルをぶった切る。切れたかどうかは、アンカーにくっついた銅のカスで判断する仕組みだ。海底ケーブルの心臓部が銅だから、これは理にかなっている。

特許申請書には「緊急事態でケーブルを切る必要がある。高速かつ安く済ませたい」と書いてある。2009年版では「中国沿岸の違法ケーブルを排除する」ともっともらしい理由が並ぶが、「緊急事態」や「違法」の定義が曖昧すぎだ。ここに疑惑が漂う。軍事目的か、他国の通信網をぶち壊す気じゃないかと疑いの目が向けられている。

ペンシルベニア大学のベンジャミン・シュミットという研究者がニューズウィークでぶちまけた。「これは、中国が海底戦争を企んでる証拠だ」と。中国の「民軍両用」戦略であり、表向きは合法に見せかけて裏で軍事利用を狙ってる可能性が濃厚だ。

なぜこのようなな話がでてくるというと、台湾周辺やバルト海で海底ケーブルが次々と切断されているからだ。2025年1月、台湾北部海域で米西海岸とつながるケーブルが壊され、台湾海巡署が「カメルーン船籍の貨物船『順鑫39号』、中国人7人乗り込んでたのが怪しい」と発表した。この船、香港企業が所有しつつ中国本土の取締役が操ってる。

さらに2月2日、2月8日台湾本島と福建省そばの馬祖を結ぶケーブルが断線(上図)。意図的だと睨まれている。バルト海でも、2023年10月、フィンランドとエストニア間のガスパイプラインとケーブルが切断され、中国船「Newnew Polar Bear」のアンカーが原因だとされたが、中国は「事故だ」とシラを切った。

2024年11月にはスウェーデン―リトアニア間とフィンランド―ドイツ間のケーブルが切断され、デンマークが中国船をマークしたものの、故意かどうかはまだわからない。どの事件でも中国船が近くにウロウロしてるから、特許技術とのつながりが囁かれているのだ。ただ、ハッキリした証拠はまだ出てこない。

海底ケーブルは世界の通信の95%を支える命綱だ。それが壊されれば経済も軍事も社会も大混乱だ。NATOや欧州各国は目を光らせ、中国への対策を練っている。日本はどうだ? 松原仁元拉致問題担当相が質問主意書を出したが、政府は2025年2月7日の閣議決定で「公開情報は知ってるが、詳しくは言えない。様子見だ」と逃げ腰だ。ニューズウィークは「中国の戦略だ」と報じ、海洋の専門家は「こんな切り方じゃ正規のインフラも危ない」と警告する。

特許は一般公開され、18カ月後に内容が明るみにでたため、各国が分析に乗り出している。2009年と2020年の特許が奇妙な理由でボツになったらしいが、最新状況は不明だ。軍事目的を隠しているのではなくく、意図的に技術を見せびらかして圧をかけてるのかもしれないと見る向きもある。しかし公開したせいでパクられるリスクもあるわけだ。今のところ、この技術が使われた証拠はないし、損傷事件とのリンクも推測止まりだ。調査と情報公開が進まない限り真相は闇の中だ。

日本に接続する海底ケーブル 日本の通信は99%が海底ケーブルに依存している

海底ケーブル、通信だけではなく、潜水艦の動きを探る役割もある。日米はSOSUSという海底音響監視網を冷戦時代から運用中で、太平洋や大西洋で敵潜水艦を追ってきた。米国はIUSSというシステムで世界を監視し、日本の海上自衛隊も東シナ海や日本海で使っている。

これが対潜水艦戦(ASW)の要ともなっている。中国やロシアの探知能力は日米に遠く及ばず、日米が圧倒している。しかし中国はこれに追いつきたくてたまらない。ケーブルを切って日米の監視網を潰せば、ASWの差を縮められるという計算だ。台湾やバルト海の事件がその一手だと疑う声もある。これが本当なら、ただの通信障害じゃない。軍事挑発だ。

だから日本は本気を出すべきだ。海底ケーブルの監視を徹底的に固めるべきだ。不審な船をすぐ見つけ出し、海軍や沿岸警備隊と組んで警告や臨検をすべきだ。水面下でもドローンを走らせ、監視しそしすべきだ。国際法も曖昧にせず、意図的ケーブル切断を犯罪と明確に定めて、厳罰を適用すべきだ。

ケーブル自体も深く埋めたり、カバーを頑丈にしたりして守るべきだ。衛星通信を増やし、ケーブル頼みを減らすのも重要だ。やれることは全部やって、リスクを下げるべきだ。それでも完全には防げないかもしれないが、海底ケーブルは国家の安全と経済を支える大動脈だ。日本と米国が守り抜くのは未来への責任であり、世界の安定にもつながる。この戦いはこれからだ。最後まで目を離すべきではない。

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2025年2月20日木曜日

「硫黄島の戦い」から80年 トランプ大統領が談話「日米同盟は平和と繁栄の礎となった」―【私の論評】トランプのゼレンスキー塩対応と硫黄島80周年談話の驚くべき連動を解き明かす

「硫黄島の戦い」から80年 トランプ大統領が談話「日米同盟は平和と繁栄の礎となった」

まとめ
  • トランプ大統領は「硫黄島の戦い」80周年を記念し、1945年の戦いで旧日本軍が約2万2000人の犠牲を出して敗北したことを振り返り、アメリカの自由が若者たちによって守られたと談話で述べた。
  • 日米が過去に激しい戦争を戦ったにもかかわらず、現在の日米同盟はインド太平洋地域の平和と繁栄の礎となっていると強調した。
「硫黄島の戦い」から80年の談話を公表したトランプ 背景は硫黄島のすり鉢山に米国旗を立てた米兵の銅像 AI生成画像

 トランプ米大統領は、太平洋戦争末期に日米両軍が激突した「硫黄島の戦い」から80年が経過した2月19日、談話を発表した。この戦いは1945年2月19日から始まり、旧日本軍が約2万2000人という甚大な犠牲を出し玉砕した歴史的な戦闘である。

 トランプ大統領は談話の中で、「アメリカの自由は、硫黄島の戦いで旧日本軍を打ち破ったアメリカの勇敢な若者たちによって守られた」と当時を振り返った。その上で、「日本とアメリカはかつて残酷な戦争を戦ったにもかかわらず、今日の日米同盟はインド太平洋地域における平和と繁栄の礎として確立されている」と述べ、同盟の意義を強く強調した。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】トランプのゼレンスキー塩対応と硫黄島80周年談話の驚くべき連動を解き明かす

以下に「トランプ談話に関する分析」と、談話の本文及びその翻訳を掲載します。

まとめ 
  • トランプ大統領が2025年2月19日、硫黄島の戦い80周年談話とゼレンスキー批判を同日に行ったのは偶然ではなく、外交と国内アピールを絡めた戦略だ。
  • 硫黄島談話は日米同盟を称賛し、アメリカの強さと「アメリカ第一主義」を強調する愛国的なメッセージである。
  • ゼレンスキー批判はウクライナ戦争の早期終結を求めるトランプの外交姿勢を示し、同盟国を選びつつアメリカの利益を優先する意図が透ける。
  • 中国との対峙を最優先とするトランプは、ウクライナ問題を片付け、日本との連携を強化してインド太平洋に集中する狙いがある。
  • 日本への間接的な警告も含まれ、アメリカの優先事項に協力しない場合、同盟関係に影響が出ると示唆している。 
トランプ大統領が2025年2月19日、硫黄島の戦い80周年を記念する談話を発表した。同日にSNSでウクライナのゼレンスキー大統領を「選挙をしていない独裁者」とぶった斬った。この二つ、無関係ではない可能性がある。タイミングがドンピシャであるし、トランプの政治スタイルを考えれば、外交戦略と国内メッセージが絡んだ一石二鳥の仕掛けだと見る余地がある。
安倍首相は日本の首相として初めて、米上下院合同会議で演説した

まず、硫黄島談話だ。歴史的な勝利を前面に持ち出し、日米同盟の重みを強調する。アメリカの軍事力の偉業を自慢し、今の同盟関係を褒めちぎる内容だ。トランプの「アメリカ第一主義」と愛国心がむき出しで、保守層や退役軍人に響く、胸が熱くなるメッセージだ。ここには歴史を活かす工夫がある。
2015年4月29日、安倍晋三首相が米議会で「希望の同盟」と演説したことを思い出せ。あの時、安倍首相は硫黄島の戦いを引き合いに出し、敵だった日本とアメリカが今や同盟国になった「歴史の奇跡」を称えた。リンカーンのゲティズバーグ演説をオマージュし、「人民のための政治」を引用して戦死者の犠牲に意味を持たせ、未来の絆を描いた。トランプも同じだ。硫黄島を称え、日米の結束を強調する歴史の使い方が巧みである。
一方、ゼレンスキーへの塩対応はどうだ。ロシアとの停戦協議でウクライナがゴネる姿勢に、トランプが苛立っているのが透ける。彼の外交の軸、つまりウクライナ戦争をさっさと終わらせたい立場を正当化する一発だ。この二つが同日に飛び出した意味は大きい。歴史と今をつなぎ、リーダーシップを際立たせる。トランプの狙いがそこにあるとしか思えない。
具体的に見てみよう。硫黄島談話では、日米同盟を「インド太平洋の平和と繁栄の礎」と位置づける。日本との絆を称賛し、アジアでのアメリカの影響力を誇示する。これは外交のシグナルだ。ウクライナ問題で欧米がギクシャクする中、同盟国との結束を打ち出す。一方で、ゼレンスキーへの冷淡さは鮮明だ。トランプのSNS、Truth Socialで「独裁者」と切り捨て、2月18日の会見でも「戦争を自分で始めた」と言い放つ。ウクライナ支援に懐疑的で、ロシアとの交渉を優先する姿勢が鮮明だ。日本への敬意とウクライナへの批判。この対比が、同盟国を選びつつアメリカの利益を最優先するトランプの姿を浮かび上がらせる。
トランプはこう考えている可能性がある。超大国アメリカでも、二正面、三正面で戦うのはキツい。中国との対立を最優先に据えるなら、ロシアやウクライナ、EUが足を引っ張るのは我慢ならない。中国の「残虐で身勝手な価値観」が世界に広がるのを防ぐ。それが大義だ。EUやウクライナ、ロシアにも利するはずなのに、なぜ邪魔するのか。トランプは苛立つ。そんな思いが両方の発言に滲む。
硫黄島談話で日米同盟を強調するのは、中国への対抗軸として日本の役割を再確認するものだ。ゼレンスキー批判は、ウクライナ問題にリソースを食われることへの警告である。トランプにとって、ウクライナ戦争の長期化やEUの対ロ強硬姿勢は、中国への集中力を削ぐ厄介者だ。それを排除する意図が両方に隠れている。
さらに、日本への警告もあると見える。硫黄島で日米同盟を称賛しつつ、ゼレンスキーに冷酷な態度を取る。これは日本への間接的な一言だ。「アメリカの優先事項に逆らうなら、同盟関係も危ういぞ」と。安倍の演説を思い出せ。彼は硫黄島の戦いで戦った米兵と日本兵の子孫が並んで聴いている姿を「歴史の奇跡」と呼び、第2次大戦記念碑への敬意を述べた。戦死者の犠牲を称え、未来の協力を説いたのだ。トランプも硫黄島を称えるが、その裏には、日本の政権が特に対中戦略で安倍路線を継承しない場合、牙をむく可能性もあるということだ。
日本とアメリカの反応も対照的だ。日本では、ゼレンスキー批判に反発が渦巻く。朝日新聞(2025年2月20日)は「トランプの独善が露呈」と切り捨てた。北方領土問題を抱える日本にとって、ウクライナ侵攻はアジアの安全保障と直結する。一方、アメリカでは支持層がゼレンスキー批判を歓迎だ。Fox News(2025年2月20日)は「ウクライナに税金を使うな」と煽り、保守派から拍手喝采だ。だが、民主党やリベラル層は「ロシアへの譲歩は危険」と反発。国内は真っ二つだ。この違いが、トランプが日本より国内の支持を優先していることを示す。
タイミングも見逃せない。2025年2月19日は硫黄島の戦い開始から80年だ。歴史的な節目である。同時に、ロシアとアメリカの停戦協議が進む中、ゼレンスキーが前日(2月18日)に不満をぶちまけた直後でもある。トランプはこの日に硫黄島談話を出し、ゼレンスキーを叩く。歴史の勝利でアメリカの強さを誇り、ウクライナ問題で交渉力を正当化する二重のメッセージだ。硫黄島では犠牲を払って勝ったが、ウクライナでは犠牲を避け、早く終わらせたい。それがトランプの立場だ。中国との対峙を優先するなら、ウクライナを片付けてインド太平洋に集中する。それが戦略の核心である。
トランプは歴史を政治の道具にするのが上手い。1期目には南北戦争の記念碑問題で愛国心を煽り、支持層を固めた。今回も硫黄島80周年を活用し、愛国心を呼び起こす。同時に、ゼレンスキー批判で「現実主義」をアピールする。「独裁者」発言はウクライナが選挙を延期している状況(2022年ロシア侵攻以降)を指すが、実利を優先するトランプらしい。「自由を守った若者たち」と硫黄島談話で言い、「選挙をしない独裁者」とゼレンスキーを叩く。自由と独裁の対比で外交観を際立たせる。中国との対立を大義とするなら、ウクライナやEU、日本が足を引っ張るのは我慢ならない。そんな思いが隠れている。
硫黄島80周年談話とゼレンスキー批判は無関係ではない。トランプの政治的アイデンティティがそこにある。歴史への敬意、アメリカの強さの誇示、同盟国との選択的協力、ウクライナでの独自路線。それが両者に映し出される。安倍首相が「希望の同盟」で歴史を援用し、日米の絆を強調したように、トランプも硫黄島を活用する。ただし、その裏には厳しい現実主義がある。中国との対峙を最優先とするなら、硫黄島談話で日本との連携を固め、ゼレンスキー批判でウクライナ問題を切り上げる。それがトランプの狙いだ。
日本への警告も込めつつ、国内基盤を優先する姿勢が透ける。アメリカの国益を最大化し、中国という大敵に備える。トランプの外交姿勢の一部だ。ただし、これがどこまで計算ずくか、偶然かは、彼のさらなる発言や証拠がない限り断定できない。だが、この二つが絡み合う物語は、目を離せない展開を見せるだろう。

以下にトランプ大統領の談話の全文と、その翻訳をに掲載します。

Proclamation—80th Anniversary of the Battle of Iwo Jima

February 19, 2025

By the President of the United States of America
A Proclamation

On the morning of February 19, 1945, the first wave of United States Marines landed on the island of Iwo Jima -- commencing 36 long, perilous days of gruesome warfare, and one of the most consequential campaigns of the Second World War. With ruthless fervor, the Japanese struck our forces with mortars, heavy artillery, and a steady barrage of small arms fire, but they could not shake the spirit of the Marines, and American forces did not retreat.

Five days into the conflict, six Marines ascended the island's highest peak and hoisted Old Glory into the summit of Mount Suribachi -- a triumphant moment that has stood the test of time as a lasting symbol of the grit, resolve, and unflinching courage of Marines and all of those who serve our Nation in uniform.

After five weeks of unrelenting warfare, the island was declared secure, and our victory advanced America's cause in the Pacific Theater -- but at a staggering cost. Of the 70,000 men assembled for the campaign, nearly 7,000 Marines and Sailors died, and 20,000 more were wounded.

The battle was defined by massive casualties but also acts of gallantry -- 27 Marines and Sailors received the Medal of Honor for their valor during Iwo Jima. No other single battle in our Nation's history bears this distinction. Eighty years later, we proudly continue to honor their heroism.

American liberty was secured, in part, by young men who stormed the black sand shores of Iwo Jima and defeated the Japanese Imperial Army eight decades ago. In spite of a brutal war, the United States–Japan Alliance represents the cornerstone of peace and prosperity in the Indo-Pacific.

Nonetheless, our victory at Iwo Jima stands as a legendary display of American might and an eternal testament to the unending love, nobility, and fortitude of America's Greatest Generation. To every Patriot who selflessly rose to the occasion, left behind his family and his home, and gallantly shed his blood for freedom on the battlefields at Iwo Jima, we vow to never forget your intrepid devotion -- and we pledge to build a country, a culture, and a future worthy of your sacrifice.

NOW, THEREFORE, I, DONALD J. TRUMP, President of the United States of America, by virtue of the authority vested in me by the Constitution and the laws of the United States, do hereby proclaim February 19, 2025, as the 80th Anniversary of the Battle of Iwo Jima. I encourage all Americans to remember the selfless patriots of the Greatest Generation.

IN WITNESS WHEREOF, I have hereunto set my hand this nineteenth day of February, in the year of our Lord two thousand twenty-five, and of the Independence of the United States of America the two hundred and forty-ninth.

Signature of Donald Trump
DONALD J. TRUMP



摺鉢山山頂に星条旗を立てる米海兵隊員。これをモチーフにしたブロンズ像がワシントンDCのアーリントン国立墓地に設置されている



翻訳文
宣言—硫黄島の戦い80周年
2025年2月19日


1945年2月19日の朝、アメリカ合衆国海兵隊の第一波が硫黄島に上陸し、36日間にわたる長く危険な戦闘が始まりました。これは第二次世界大戦で最も重要な作戦の一つとなりました。日本軍は容赦ない勢いで迫撃砲、重砲、そして小火器の絶え間ない弾幕で我々の軍を攻撃しましたが、海兵隊の精神を揺るがすことはできず、アメリカ軍は後退しませんでした。
戦闘開始から5日目に、6人の海兵隊員が島の最高峰である摺鉢山に登り、山頂に星条旗を掲げました。この勝利の瞬間は、時を経ても色褪せることのない、海兵隊員や我が国に制服で仕えるすべての人々の勇気、決意、そして不屈の精神を象徴する永遠のシンボルとして残っています。
5週間にわたる絶え間ない戦闘の後、島は制圧されたと宣言され、我々の勝利は太平洋戦域におけるアメリカの大義を前進させました。しかし、その代償は驚異的なものでした。この作戦のために集められた7万人のうち、約7,000人の海兵隊員と水兵が命を落とし、さらに2万人が負傷しました。
この戦いは膨大な犠牲を特徴づけましたが、勇敢な行動もまたその一部でした。硫黄島での勇気ある行動に対し、27人の海兵隊員と水兵が名誉勲章を受章しました。我が国の歴史において、単一の戦闘でこれほど多くの受章者を出した例はありません。80年後の今もなお、彼らの英雄的行為を誇りを持って称え続けています。
アメリカの自由は、80年前に硫黄島の黒い砂浜に突撃し、日本帝国軍を打ち破った若者たちによって一部守られました。残酷な戦争にもかかわらず、アメリカ合衆国と日本の同盟は、インド太平洋における平和と繁栄の礎を代表しています。
それでもなお、硫黄島での我々の勝利は、アメリカの力の伝説的な示威として、またアメリカの「最も偉大な世代」の尽きることのない愛、高潔さ、そして不屈の精神の永遠の証として残っています。家族や故郷を後にし、硫黄島の戦場で自由のために勇敢に血を流し、無私の思いで立ち上がったすべての愛国者に、我々はあなたの不屈の献身を決して忘れないと誓います。そして、あなたの犠牲にふさわしい国、文化、そして未来を築くことを約束します。
よって、ここに私、ドナルド・J・トランプ、アメリカ合衆国大統領は、合衆国憲法および法律によって与えられた権限に基づき、2025年2月19日を「硫黄島の戦い80周年」と宣言します。私はすべてのアメリカ人に、最も偉大な世代の無私の愛国者たちを思い起こすことを奨励します。
以上の証として、私はここに署名し、主の年2025年2月19日、アメリカ合衆国の独立249年目にこれを記します。
ドナルド・トランプ

2025年2月19日水曜日

【視点】人命の損耗止めるのが最優先―【私の論評】ウクライナ戦争の行方:勝者なき戦いの現実と中国との対立に生かすべき教訓

【視点】人命の損耗止めるのが最優先

まとめ
  • 米国とロシアがウクライナ戦争の和平交渉を開始したが、ウクライナや欧州を除外した形に警戒の声があがっている。
  • 戦争は3年目に入り、人命の損耗を止めることが最優先とすべき。
  • ロシアの侵略は非難されるべきだが、現実には「完全勝利」は困難で、核の存在が抑止力と難しさを示めしている。
  • 米国は最終的にウクライナを交渉に参加させる意向だが、和平交渉は「ディール」の場となる。
  • 侵略国が最大の悪だが、被害国の政府もまた国民の生命財産を守る責務を負う以上、戦争を抑止できなかった結果責任は甘受しなくてはならない。

18日、サウジアラビア・リヤドで顔を合わせたロシアのラブロフ外相(手前左から2人目)とルビオ米国務長官(同4人目)ら

 米国とロシアがウクライナ戦争の停止に向けた和平交渉を始めたが、これがウクライナや欧州抜きで行われることに警戒の声が上がっている。バンス米副大統領はゼレンスキー大統領との会談で「戦争の終結と永続的な平和」を目指すと述べた。戦争は2022年2月から3年が経過し、人命の損耗を止めることが最優先課題であり、和平交渉の進展に期待が寄せられている。

 ウクライナ戦争はロシアの侵略行為が100%非難されるべきだが、現実には正義が必ずしも勝つわけではない。両国とも「完全勝利」は難しく、欧米諸国が直接参戦しない中途半端な支援しかできない現状がある。ロシアが核の使用をちらつかせることで、欧米の動きを牽制している。

 「核なき世界」は理想だが、ウクライナ戦争は核を持たない国が核保有国に攻撃されるリスクを示している。和平交渉がウクライナや欧州抜きで進めば、ロシアが何らかの実利を得る懸念があり、その内容がロシアの犠牲と孤立に見合うかは疑問だ。しかし、停戦合意には国内向けのアピールも必要で、ウクライナも早急に停戦を望んでいる。

 米国は最終的にウクライナを交渉に参加させる意向を示しており、これから両国が互いの利益を最大化する「ディール」が始まるだろう。日本にとって、この戦争は中国の動向を見る上で重要であり、戦争の教訓は事前の抑止力が何より大切であること。侵略国が最大の悪であるとしても、被害国の政府もまた国民の生命財産を守る責務を負う以上、戦争を抑止できなかった結果責任は甘受しなくてはならない。どの国の政府であれ、抑止力の強化に全力を挙げるのは当然である。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】ウクライナ戦争の行方:勝者なき戦いの現実と中国との対立に生かすべき教訓

まとめ
  • ウクライナは、兵員不足と兵士の疲弊が深刻で、戦争継続が困難。西側の軍事支援に依存するが、補給が不安定。インフラ攻撃により補給線が脅かされ、国民の士気も低下。
  • ロシアは、経済制裁により国庫が枯渇しつつあり、戦争経済も持続困難。兵士の士気が低く、技術面でもウクライナに後れを取る。国際社会から孤立し、長期戦に耐えられない可能性。
  • ウクライナは全領土奪還が困難、ロシアはウクライナ完全支配が不可能。いまのままだと、戦争の長期化は避けられず、一方的な突然の崩壊の可能性も低い。停戦の交渉が唯一の解決策。
  • ミンスク協定の履行や軍備増強がウクライナの抑止策となり得た。ロシアは外交交渉や軍事集結の抑制で回避できた可能性。EUや米国が早期に強力な制裁や安全保障協定を実施していれば抑止できたかもしれない。
  • 戦争犯罪の追及よりも人的被害の最小化を優先すべき。現代戦争ではどの国も「真の勝者」にはなれず、中国との対決にもこの教訓を生かすべき。
ウクライナとロシアのいずれか一方がこの戦争で勝利する可能性は極めて低い。その理由は明白だ。

ウクライナの絶望的状況 AI生成画像

ウクライナは深刻な人的資源の枯渇に直面している。戦争が続く中、新たな兵士の募集は困難で、現役の兵士たちは疲弊している。例えば、ウクライナ政府は2023年初頭に兵役年齢を18歳から60歳までだったものを、18歳から70歳までに引き上げた。それでも兵員不足は解消されていない。また、ウクライナの防衛は西側からの軍事支援に依存しているが、米国議会が2023年に新たなウクライナ支援パッケージを承認するまでに長時間を要し、補給が不安定になることがある。

さらに、ロシア軍によるインフラへの攻撃は、ウクライナの補給線を脅かし、復旧作業が追いつかない状況を生み出している。領土問題では、クリミアやドンバス地域の奪還は軍事的に難しく、2023年のバフムト攻防戦ではウクライナ軍が大きな人的損失を被った。これらの要因が精神的な疲弊を招き、国民全体が戦争のストレスにさらされている。

一方、ロシアも絶望的な状況にある。経済制裁により国庫は枯渇しつつあるが、戦争経済の影響で短期的なGDPの伸びが見られる。しかし、この成長は軍事支出の増加によるものであり、持続可能ではない。長期的には経済の構造的な問題や制裁の影響により、成長は抑制されると予想されている。国際的にはロシアは孤立しており、2022年の国連総会でロシアのウクライナ侵攻を非難する決議が圧倒的多数で採択されたことは、その象徴と言える。

兵士の士気低下も顕著だ。動員によって集められた兵士たちの間では、戦闘意欲の欠如や脱走の事例が報告されている。技術面では、ロシアはウクライナの対空防衛システムや無人機の活用に追いつけていない。2022年9月のクリミア橋攻撃や2023年の無人機によるロシア国内への攻撃は、その技術的劣位を浮き彫りにした。兵士自体の高齢化も見逃せない。契約兵の平均年齢が上昇しており、モスクワの契約兵の半数以上が45歳以上、平均年齢が50歳に近づいているという情報があり、60歳以上の男性も新兵として応募しているとの報告もある。

ロシア軍は高齢化しつつある

これらの要因から、ウクライナもロシアも完全な勝利を達成するのは不可能だ。ウクライナにとって全領土の奪還は現実的ではなく、ロシアにとってウクライナの完全支配は国際社会の反発とウクライナの抵抗により達成できない。また、資源の枯渇と精神的・経済的な疲弊により、戦争は長期化する可能性が高く、どちらかが突然崩壊することも考えにくい。

さらに、国際的な影響を考慮すると、ロシアの勝利は西側とのさらなる対立を招き、ウクライナの勝利はロシア内部の不安定化を進める可能性がある。したがって、現状では和平交渉による妥協こそが唯一の解決策であり、完全な勝利は現実的ではない。

ウクライナ、ロシア、EU、そして米国には、ウクライナ戦争を抑止する機会が何度もあった。

ウクライナに関しては、2014年と2015年のミンスク協定が大きな抑止のチャンスだった。これはウクライナ東部の紛争を解決するための和平協定であり、ウクライナがこれに完全に従い、自治権を認めるなどの措置を履行していれば、戦争の拡大を防げた可能性がある。

さらに、ウクライナはソ連崩壊後に核兵器を保有していたが、1994年のブダペスト覚書により放棄した。もし核を保有し続けていたならば、ロシアの侵攻を抑止する強力な手段となったかもしれない。少なくとも、防衛力を強化し、軍事予算を大幅に増やしていれば、ロシアの侵攻を防ぐ可能性は高かった。ウクライナは2014年以降、NATOとの協力を強化したが、正式加盟が遅れたことで抑止力は限定的だった。

ロシアも何度も外交的解決の機会を逃した。例えば、2021年12月にロシアが提案した安全保障案では、NATOの東方拡大を停止することを求めていた。この要求が受け入れられれば戦争を回避できた可能性があるが、ロシアは最終的に軍事行動を選択した。また、2021年末から2022年初頭にかけての軍事集結を抑制できれば、戦争は避けられただろう。

EUは経済制裁の早期強化を通じて、ロシアへの圧力を強めることができた。実際に制裁が強化されたのは侵攻後であり、もしそれ以前に厳格な制裁が課されていれば、ロシアの侵攻に対するコストが増し、抑止効果を発揮した可能性がある。また、EUが早くからロシアへのエネルギー依存を脱却していれば、経済的影響力が強まり、抑止力として機能したかもしれない。

米国はウクライナに具体的な軍事的保証を提供することで、抑止できた可能性がある。例えば、ウクライナのNATO即時加盟や、それに代わるより強力な安全保障協定があれば、ロシアの侵攻を思いとどまらせることができた。しかし、米国は慎重な姿勢を崩さず、具体的な行動が後手に回った。さらに、情報公開や外交努力も戦争を抑止する手段となり得たが、より積極的なアプローチが求められた。

バイデン大統領はロシアの侵攻を抑止するどころか、2022年1月のCNNインタビューで「小規模侵攻なら対応は限定的」と発言し、結果としてロシアに侵攻を認めるシグナルを送ったとの批判もある。

これらの事実から、ウクライナ戦争を抑止する可能性は十分にあったと言える。各国がより積極的かつ迅速に対応していれば、現在の紛争を回避できたかもしれない。

ただし、今さら「もしも」を語っても意味はない。現実には、いまもウクライナとロシア双方で人的被害が発生している。一刻も早く停戦または休戦の道を探るべきだ。戦争犯罪の追及は後回しにし、まずは人的被害を最小限に抑えるべきである。

そして、現代の戦争においては、いずれの国にも真の勝利はない。この教訓を、中国との対決に生かすべきである。

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2025年2月18日火曜日

日米仏の「空母」共同訓練を実施 空母と艦載機が一同に会したレアショットを公開―【私の論評】仏軍空母、60年ぶりの太平洋展開が示すインド太平洋戦略の新局面

日米仏の「空母」共同訓練を実施 空母と艦載機が一同に会したレアショットを公開

まとめ
  • アメリカ海軍の「カール・ヴィンソン」、海上自衛隊の「かが」、フランス海軍の「シャルル・ド・ゴール」が、2025年2月10日から18日にかけてフィリピン東方海域で日米仏共同訓練「パシフィック・ステラー」を実施し、その様子が「カール・ヴィンソン」の公式Facebookで公開された。
  • 訓練の目的は、日米仏海軍の相互運用性の向上、アメリカ海軍の能力の発信、地域の安定への貢献、そして持続的な影響力の強調にある。

カール・ビンソンの公式Face Bookに掲載された写真

アメリカ海軍の原子力空母「カール・ヴィンソン」の公式Facebookは2025年2月17日、海上自衛隊の護衛艦「かが」とフランス海軍の原子力空母「シャルル・ド・ゴール」との合同訓練の画像を公開した。この訓練は、2025年2月10日から18日にかけてフィリピン東方の海域で行われる日米仏共同訓練「パシフィック・ステラー」の一環として実施されたものである。

訓練中の画像には、「カール・ヴィンソン」、「シャルル・ド・ゴール」、「かが」の3隻が他の艦艇を従えて並んで航行する様子が映し出されており、さらに「カール・ヴィンソン」のF/A-18F「スーパーホーネット」、F-35C「ライトニングII」、E-2D「アドバンスドホークアイ」や、「シャルル・ド・ゴール」の「ラファールM」といった艦載機が揃った場面も投稿されている。

今回の訓練の目的について、「カール・ヴィンソン」の公式Facebookは、アメリカ、日本、フランス海軍間の相互運用性を向上させるとともに、アメリカ海軍の能力を示し、地域の安定への貢献を促し、さらには持続的な影響力を強調することにあると説明している。

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【私の論評】仏軍空母、60年ぶりの太平洋展開が示すインド太平洋戦略の新局面

まとめ
  • 「パシフィック・ステラー25」は中国の海洋進出を念頭に、日米仏の協力強化を図る多国間共同訓練である。
  • フランスの「クレマンソー25」任務と戦略的に連携し、日本の「自由で開かれたインド太平洋」構想を具体化する狙いがある。
  • フランスの空母展開は1960年代以来初であり、沖縄のホワイトビーチへのフランス艦船の寄港を通じて戦略的影響力を示している。
  • フランス領ポリネシアなどの海外領土を背景に、フランスはインド太平洋地域での関与を強めている。
  • 本訓練は、単なる軍事演習にとどまらず、インド太平洋地域の安定に向けた具体的な行動である。日米仏の協力関係を強化し、戦略的な抑止力を高めることで、この地域の安全保障環境を守る重要な訓練であると言える。

吉田圭秀統合幕僚長

「パシフィック・ステラー25」は、現在の国際情勢において極めて重要な多国間共同訓練である。中国の海洋進出が加速する中、日米仏の連携を示すことで、地域の安定を維持し、抑止力を高める狙いがある。吉田圭秀統合幕僚長も指摘するように、同盟国との協力強化は安全保障上、不可欠な要素である。

この訓練は、日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けた具体的な取り組みであり、フランスの「クレマンソー25」任務(後述)と戦略的利益が一致していることを示している。日米仏の艦艇が集結することで相互運用性が向上し、日本の防衛能力の向上にも大きく寄与する。

フランス空母の太平洋展開は1960年代以来初となる。これは、フランスのインド太平洋地域への関与を強く示す出来事でもある。実際、フランス軍の活動は沖縄県内でも活発化しており、2025年2月13日にはフランス海軍の原子力空母「シャルル・ド・ゴール」を中心とする艦隊の一部が、沖縄県うるま市の米海軍施設ホワイトビーチに寄港した。これは「クレマンソー25」の一環であり、三カ国の協力関係を視覚的に示す象徴的な出来事となった。

クレマンソー25のシンボルマーク

「クレマンソー」とは、フランス空母シャルル・ド・ゴールを中心とする空母打撃群の長期任務全体を指す名称である。フランス側にとって、「パシフィック・ステラー」への参加は「クレマンソー25」任務の一環という位置づけであり、この地域における戦略的影響力を高める狙いがある。

ホワイトビーチに寄港したのは、フリゲート艦と最新鋭補給艦「ジャック・シュヴァリエ」である。一方、原子力艦である空母「シャルル・ド・ゴール」は寄港していない。これは手続き上の問題があると推測される。これらの艦船は、国連安保理の制裁決議に違反する北朝鮮の密輸行為を監視する目的で、国連軍地位協定に基づき入港したとされている。

フランス大使館は、これらの動きについて「このオペレーションは、パートナー国や同盟国の支援のもと、フランス軍の自律を示している」とコメントしている。これは単なる軍事演習にとどまらず、フランスの戦略的関与の明確なメッセージでもある。

フランスは南太平洋に海外領土を持ち、その中でも特に重要なのがフランス領ポリネシアである。この地域は、1842年から順次フランス領となり、1958年に海外領土として確立された。ソシエテ諸島、トゥアモトゥ諸島、マルケサス諸島などを含み、首都はタヒチ島のパペーテである。

フランスが1960年代に太平洋に空母を展開した背景には、当時の核実験政策が関係している。フランス領ポリネシアのムルロア環礁は1966年から1996年まで核実験場として使用されていた。当時の空母展開は、核実験を支援するとともに、フランスの軍事的プレゼンスを示す目的もあった。

「パシフィック・ステラー25」は、単なる軍事演習にとどまらず、インド太平洋地域の安定に向けた具体的な行動である。日米仏の協力関係を強化し、戦略的な抑止力を高めることで、この地域の安全保障環境を守る重要な訓練であると言える。

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2025年2月17日月曜日

戦車不足ロシア、ついに80年前の主力戦車を出撃準備の「証拠映像」拡散…「現代兵器にどう対抗するのか」―【私の論評】ロシア軍のT-34登場は戦車不足の象徴か? ウクライナ戦争の行方と停戦交渉の危うさ

戦車不足ロシア、ついに80年前の主力戦車を出撃準備の「証拠映像」拡散…「現代兵器にどう対抗するのか」

まとめ
  • ウクライナ国防省は、ロシアがウクライナ侵攻で1万両の戦車を失ったと発表。
  • ロシアは戦車不足から、冷戦時代のT-54/55や第二次大戦のT-34まで投入する可能性がSNSで話題。
  • ウクライナの発表では正確性に限界があり、Oryxの調査によると3740両の戦車が失われたとされる。
  • ソーシャルメディア上では、T-34が現代の対戦車兵器にどう対抗するかが疑問視されている。
  • ロシアの旧式装備の使用は、戦争継続能力に疑問を投げかけている。

T34-85(85ミリ砲を装備したT34)

ロシアのウクライナ侵攻により、ウクライナ国防省はロシアが1万両の戦車を失ったと発表した。これはロシアの深刻な戦車不足を示すもので、冷戦時代のT-54やT-55に続き、第二次世界大戦のT-34までもが戦場に投入される可能性があるとSNSで話題になっている。2月10日、ウクライナはロシアが過去24時間で9両の戦車を失ったと報告し、これにより戦争開始以来の戦車損失総数が初めて1万両を超えたと明らかにした。しかし、戦車の損失数は概算であり完全には正確ではないと注意を促している。

調査サイト「Oryx」によると、ロシアは3740両の戦車を失っており、その内訳は2672両が破壊、157両が損傷、377両が放棄、534両が鹵獲されたとしている。SNSでは、T-34が現代の対戦車兵器にどのように対抗するか疑問視され、この旧式戦車が破壊される映像が待ち望まれている。

ロシア国内では、昨年の戦勝記念日の軍事パレードで新型戦車がほとんど見られず、T-34が1両のみ登場したことで、装備の不足が話題となった。この状況は、ロシアが戦争を継続するための能力に疑問を投げかけるものともなっている。現在、ロシアはウクライナ東部ドネツク州で攻勢を強めているが、兵士と装備の大きな損失を出し続けており、停戦合意の可能性が議論される中でもその損失は増え続けている。

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【私の論評】ロシア軍のT-34登場は戦車不足の象徴か? ウクライナ戦争の行方と停戦交渉の危うさ

まとめ
  • ロシア軍の訓練動画に第二次大戦期のT-34戦車が登場し、訓練用車両不足のため式典用を流用した可能性が指摘されている。
  • T-34は圧倒的な生産数と戦闘力で独ソ戦を優位に進め、第二次大戦後も朝鮮戦争や冷戦期に使用された。
  • 戦車損失が深刻化し、補充が困難なため、オートバイや荷馬車など非伝統的な手段に依存している。
  • トランプ前大統領が停戦交渉を模索するも、多大な譲歩を伴う可能性があり、米国の姿勢が焦点となる。
  • 力による現状変更を容認する停戦は中国の増長を招き、日本の安全保障や北方領土問題にも悪影響を及ぼす可能性がある。米国は停戦というよりは、凍結を目指しているのではないか。中国との対決を最優先しているのではないか。
2024年10月、ロシア軍の訓練動画に、第二次世界大戦で運用されたT-34中戦車が登場し、SNSで話題となった。専門家の見解では、ウクライナとの戦闘により訓練用車両が不足し、式典用に保管されていたT-34を引っ張り出した可能性が高いとされる。

T-34は、戦車史に燦然と輝く傑作である。第二次世界大戦中に約3万5000両、戦後を含めれば約6万4000両が生産された。ドイツ軍のIV号戦車が約9000両だったことを考えれば、T-34がいかに量産されたかが分かる。この圧倒的な数は、戦局を左右する決定的な要因の一つとなった。

ドイツ軍のIV号戦車

1940年9月、ハリコフ機関車工場でT-34の量産が始まり、翌1941年6月22日、独ソ戦が勃発すると、ドイツ軍を驚愕させた。傾斜装甲により砲弾を弾く設計、当時のドイツ軍戦車を凌駕する76.2mm砲、燃えにくいディーゼルエンジン、そして悪路に強い履帯。これらの要素が組み合わさり、T-34は圧倒的な戦闘力を発揮した。

ソ連は、この優れた戦車を極限まで量産した。鋳造製砲塔、アーク溶接を採用し、生産性を飛躍的に向上。1942年には生産数1万両を超え、スターリングラード攻防戦では、戦闘中にも工場で生産が続けられ、戦局を変えた。1943年末には85mm砲搭載のT-34-85が登場し、ドイツ軍を数でも性能でも圧倒。第二次大戦後もT-34-85は朝鮮戦争で北朝鮮軍の主力として活躍し、冷戦期にも多くの戦場で使用された。

だが、時代は変わった。現在、ロシアが保有するT-34は式典用のものに過ぎない。現代の戦場では、火力、防御力ともに通用しない。偵察や防衛戦に活用できる可能性はあるが、最前線に投入されることは考えにくい。

英国防省の衛星写真は、ロシアの軍用車両保管基地の車両数が激減していることを示している。戦車の損失は深刻で、ロシア軍はオートバイや荷馬車といった輸送手段に頼るまでになっている。新規戦車の生産能力も低く、西側の経済制裁により必要な部品調達が困難なため、補充は容易ではない。

第二次世界大戦中は各国の軍隊で馬が用いられていた 写真はパリを占拠したド逸群

こうした状況下で、ウクライナ戦争は長期化の様相を呈している。その解決に向け、トランプ前大統領が停戦交渉に乗り出した。だが、問題は米国の姿勢だ。ウクライナのNATO加盟もクリミア奪還も「現実的ではない」とされ、多大な譲歩を強いられる可能性がある。

力による現状変更を認める停戦は、未来の災いの種となる。トランプ政権の意図は理解できる。中国との対決を見据え、戦争を終わらせたいのだろう。しかし、中途半端な妥協は、逆に中国を増長させる。台湾問題にも悪影響を及ぼし、日本の安全保障にも関わる。ロシアの北方領土占拠を事実上追認することにもなりかねない。

この状況での停戦は、危険だ。トランプ政権が目指すのは停戦ではなく、休戦ではないか。ウクライナ戦争を一時凍結し、中国との対決に備える。そして、世界秩序を再構築した上で、北朝鮮、ウクライナ、日本の領土問題等を解決する狙いなのではないか。

今も朝鮮半島は38度線で分断されている 朝鮮戦争は休戦であり停戦ではない

だが、歴史は示している。安易な妥協は、次の戦争を招く。しかし、朝鮮戦争は停戦ではなく、休戦状態にあるが、その休戦は今も続いている。ものごとには優先順位が必要である、優先順位の高い問題を片付ければ、優先順位の低い問題は自動的に片付くという経験則もある。

トランプ政権のやり方は、どうなるのか、そうしてその結果はどうなるのか、注目が集まる。

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2025年2月16日日曜日

「ハーバード卒より配管工のほうが賢い」米国保守派の「若きカリスマ」の演説にインテリが熱狂するワケ―【私の論評】日本から学ぶべき、米国が創造すべき新たな霊性の精神文化

「ハーバード卒より配管工のほうが賢い」米国保守派の「若きカリスマ」の演説にインテリが熱狂するワケ

まとめ
  • 「ターニング・ポイント・USA」は、既得権益を享受する「勝ち組」、特に名門大学出身者を批判の対象としている。
  • 創設者カークは、学歴より実際の賢明さを重視し、ハーバードやイェール卒よりも配管工の方が優れていると主張。
  • 若者たちは保守派集会に参加し、アメリカの分岐点での革命的変化やリーダーとなる使命感からカークの演説に熱狂。
  • 保守勢力は人種の境界が曖昧になりつつあり、白人以外の参加者も増えている。カークは人格重視を説く。
  • 価値観(コア・バリュー)が思想の強靱性を与え、相互理解を促進。保守派は全人格で判断する価値観を重視。
若手保守派団体「ターニング・ポイント・USA」の創始者チャーリー・カーク氏

 トランプ大統領が再選を果たした大統領選では、特に若者の動向が注目された。筆者は、若手保守派団体「ターニング・ポイント・USA」の3000人規模の集会に潜入し、その熱気をリポートした。この内容は、及川順の著書『引き裂かれるアメリカ トランプをめぐるZ世代の闘争』からの抜粋である。

 「ターニング・ポイント・USA」は保守的価値観から「勝ち組」や名門校出身者を批判する傾向がある。この団体の創設者であるチャーリー・カークは、彼の演説の中で、ハーバードやイェール大学の卒業生よりも、配管工の方が賢明であると主張した。この発言は、学歴よりも実際の価値観や能力を重視する彼のスタンスを反映している。カーク自身は大学に入学したが卒業しておらず、自身の成功が学歴に依存しないことを示す例として挙げられる。これはトランプ大統領が高校卒の労働者層を扇動する手法に似ており、既存の社会秩序や教育の価値に対する疑問を投げかけている。

 一方で、将来有望な若者たちが「ターニング・ポイント・USA」の集会に集まる理由は興味深い。これらの学生は社会に対する高い意識を持ち、政治や思想に深く関心がある。彼らはカークの高学歴否定の演説に熱狂するのは、アメリカが分岐点にあると考え、革命的な変化を求めているからかもしれない。また、自分たちが社会を牽引するリーダーになるという使命感も大きい。彼らが目指す革命の目標は、アメリカが本来持つ保守的な価値観を取り戻し、再び偉大な国になることである。こうしたエネルギーや情熱は、急進的な変化を希求する彼らの使命感と結びついている。

 保守勢力は伝統的に白人中心の集団と見なされてきたが、2016年の大統領選挙やそれ以前の「ティーパーティ」運動から、その人種間の境界が徐々に曖昧になってきた。保守派の集会では、白人以外にもヒスパニック、アジア系、黒人などが一定数参加するようになっている。「ターニング・ポイント・USA」もこの流れに沿い、カークは演説で人種ではなく人格で判断するべきだと訴えている。彼は、アメリカの建国の父や偉大な大統領を称えることで、保守思想の普遍性を強調し、人種の壁を越えようとしている。

 「コア・バリュー」という概念は、このような保守派の思想を理解する上で鍵となる。価値観は個人の根本を形成し、思想の強靱性を与える。取材では、参加者に対して自身のコア・バリューについて質問することで、相互理解を深めることができる。カークやその追随者は、全人格をもって判断すべきだと主張し、それが特に若者たちに強く響いている。彼らは日本からの視聴者に対しても、自分の価値観を簡潔に説明しようと努め、異文化間のコミュニケーションを促進する。こうした交流を通じて、保守派の理念や価値観がより広く理解され、共感を得る機会が増えている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日本から学ぶべき、米国が創造すべき新たな霊性の精神文化

まとめ
  • 日本のコアバリューは「霊性」霊性は万物に霊が宿る考え方を含み、自己探求や自然への敬意、超越的なつながりなどを通じて表現される。
  • 霊性を忘れることの危険性霊性を忘れると、形式的な宗教観念等に固執し、個々の精神性や創造性が抑圧される可能性がある。
  • 伊勢神社の式年遷宮日本の霊性を象徴する儀式で、自然と人間の調和、時間の流れへの敬意を示す。
  • 霊性の歴史的背景天皇を中心とした文化的連続性が、日本の霊性の根源であり、その重要性はマルローやユングにより指摘されている。
  • 現代の霊性再評価日本では霊性が文化に深く根ざし、左翼活動家でもその影響から逃れられない。米国では霊性の再評価が必要で、イーロン・マスクの日本文化への関心がそのヒントとなる。

日本文化 AI生成画像

上の記事の元記事において、この記事の筆者である及川氏は"一方で「日本のコア・バリューとはどういうものですか」などと逆質問を受けた時には、結構答えるのに苦労したが、お互いのコア・バリューについて話をすることで、コミュニケーションはスムーズに進んだと思う"としている。

及川氏が「日本のコアバリュー」について何を話したかまでは、記載されていないが、私が「日本のコアバリューは何か」と問われたら、真っ先に言うのは「霊性」というキーワードだろう。

霊性は万物に霊がやどるという考え方を含み、それだけではなく、物質的な世界を超えた心や魂の領域に関するものであり、自己探求、超越的なつながり、倫理、美学を通じて表現される。それは特定の宗教に限定されず、個々の体験や感覚、哲学、自然への敬意、超越的なものとのつながりなどを通じて探求される。霊性は、存在の意味や目的、生命の価値、そして死後の世界や来世についての問いを追求するものである。

しかし、霊性を忘れると、宗教的観念だけに凝り固まる危険性がある。これは、個々の内面的な探求を軽視し、信仰が形式化され、硬直した教義や儀式に依存する傾向を生み出す。このような状況では、個々の精神性や創造性が抑圧され、社会的な変化や個人の多様性への適応が難しくなる可能性がある。また、他者の信仰や異なる文化理解の尊重が不足し、対話や共存のチャンスが失われる危険性も伴う。

日本の霊性を示す代表格として、伊勢神社の式年遷宮がある。式年遷宮は、伊勢神宮の主要な神殿を20年ごとに新たに建て替える伝統的な儀式で、自然と人間の関係、そして時間の流れに対する敬意を体現している。この儀式は、神聖な存在の更新と自然の循環を祝福し、人間の生活と自然界の調和を象徴する。式年遷宮は、古来から続く日本の霊性の象徴であり、その中で神聖視される木材や自然素材の使用、厳格な作法を通じて、自然と神聖性が一体となる瞬間を人々に提供する。

日本の霊性は、宗教的な枠組みを超えて、自然との共存、芸術の美学、個々の内面探求を通じて表現されてきた。宗教的な信仰を超え、自然崇拝、芸術、季節感、日常の儀式や習慣を通じて体現され、現代でもその価値が失われることはない。マルローとユングの見解から考えると、この霊性は、現代の日本で特に重要性を増しており、人々が物質的な世界を超えて、自己の意味や存在の価値を見つけ出す道具ともなっている。

アンドレ・マルロー

日本の霊性の根源に万世一系の天皇がある。フランスの作家で、ドゴール政権の文化相を長く務めたアンドレ・マルローは、自著でこう述べている。「21世紀は霊性の時代となろう。霊性の根源には神話があり、それは歴史の一面を物語っている。神話が現代なお生きているのが日本であり、日本とは、それ自体、そのものの国で、他国の影響を吸収し切って、連綿たる一個の超越性を帯びている。霊性の根源に万世一系の天皇がある。これは歴代天皇の連続性であるのみならず、日本文化の継続性の保証でもあるのに、戦後日本はそのことを忘却してしまった。しかし、霊性の時代が、今や忘却の渕から日本の真髄を取り戻すことを要請している。また文化は水平的に見るのではなく、垂直的に見るべきだ」。

確かに、中国や朝鮮文化の影響を過大に語る一部日本の文化人には大きな誤解があるように思う。知る限り、英仏独の文化人、史家には、後生大事にギリシャ・ローマを奉る人など皆無であり、米国の識者がイギリスをむやみにもてはやす事例を耳目にしたこともない。日本文化・文明と日本人は、中華文明や長年にわたりその属国であり続けた朝鮮文明とは全く異質であり、むしろアジアの中でも、もっとも遠い存在であるといえる。日本人の氏神、天照大御神に思いを馳せるのべきだろう。

スイスの心理学者グスタフ・ユングも「キリスト教中心の西洋文明の終末は20世紀末から21世紀初頭にかけて到来する。そして次の文明は、一神教や独裁専制ではなく、霊性の支配する時代となるであろう」と期せずしてマルローと同じ予言をしている。要するに、カネ・モノに執着する物質依存世界から、人間の理性と精神世界を重視する義と捉えるならば、超大国アメリカや金と軍事力で餓鬼道に陥った中国を痛烈に批判・否定しているように思える。それに比して、多神教日本は、古来、山や川に霊性を感じ、自然を畏れ、神を尊ぶ心を抱いてきたわけで、その代表が伊勢の森だったといえる。

霊性に関しては、宗教が台頭する以前には、いずれの世界にもアニミズム、シャーマニズムなどの形で存在していた。これらの霊性は、自然や動植物、現象に生命や魂が宿ると信じる信仰であった。しかし、宗教の台頭によって、これらの原始的な霊性は徐々に排除され、制度化された信仰体系に取って代わられた。宗教は社会の秩序や道徳の基準を提供する一方で、自然や個人的な霊性体験を抑圧する効果ももたらした。

日本は他国とは異なり、宗教の台頭によっても、霊性を失わなかった稀有の国である。神道と仏教が共存し、自然と神聖性が融合する形で、この土地の霊性が保持され、深化してきた。日本が霊性を失わなかった背景として、天皇を頂点とする朝廷の存在がある。天皇は神聖な存在として国民に敬われ、その存在が日本人の精神性や文化的な連続性を保証する役割を果たしてきた。

確かに、戦後この意識は薄れてきたとはいえ、日本の霊性は、伊勢神宮の式年遷宮や花見、紅葉狩りなどの季節行事を通じて生活に溶け込んでいる。この儀式や行事は自然との一体感や時間の流れへの敬意を示す。神道の信仰では、自然や場所に神々が宿るとされ、山や川への敬意が日常生活に反映されている。茶道、華道、能楽といった伝統芸術も霊性を表現し、内面的な静けさや美しさを追求する。

歴史的には、神仏習合により宗教的な霊性が日常に取り入れられ、武士道精神では死後の信仰や自己犠牲の価値が強調された。明治維新では国家神道が推進され、天皇を中心とする国家の霊性が国民の精神性を高めた。戦後、国家神道から離れたものの、自然回帰やスピリチュアリティへの関心高まりが見られ、日本の文化や生活に深く埋め込まれた霊性が再評価されつつある。

ただし、日本の霊性は深く文化や生活習慣に根ざしており、個人の意識の表層を超えたところで影響を及ぼし続けている。そのため、左翼活動家であってすらも、自らのそうして他者の潜在意識に埋め込まれた霊性を完全に打ち砕くことは非常に困難であるといえる。ただし、現在の国際情勢を考えると、これすらも破壊しようという勢力が強まりつつあり、今後日本では、これを顕在化する努力が求められるだろう。

一方、霊性があまり顧みられない米国では、個々の利害や物質的な成功に焦点が当たりすぎ、共通の価値観や目的意識が薄れてきた。これは、政治的な分裂を超えた、社会的・文化的な分断を引き起こしている。政権が変わっても、政府の主張が変わるだけで根本的な解決には至らない可能性がある。米国流の霊性の精神文化を創造し、育んでいくべきだろう。無論これは、米国独自のものである。日本のそれは、参考にはなるかもしれないが、米国の霊性の精神文化とはなり得ない。

日本文化を愛するイーロン・マスク AI生成画像

ただし、イーロン・マスクの日本文化への関心は、米国での霊性再評価にヒントを提供するだろう。マスクが強調する「禅とテクノロジー」では、禅の静寂が技術革新の創造性を高め、「自然への敬意」では自然との調和が持続可能性と精神的充足感を促す。「伝統とイノベーションのバランス」は古来の価値観の再評価を教え、「文化交流」は霊性や哲学の共有を促進する。これらの要素が、米国での広範な社会変革を促すかもしれない。

以上のことを考えると、チャーリー・カーク氏は、「コア・バリュー」で満足することなく、今後米国流の霊性の精神文化を創造し、育んでいくことに邁進すべきだろう。日本は、日本のそれを顕在化する努力を惜しんではならない。両者ともに互いに学びあうべきところがあるだろう。

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2025年2月15日土曜日

<見えてきた再エネの限界>ドイツ総選挙の争点から見える電力供給と電気料金の窮状―【私の論評】ドイツ経済危機と日本の選択:エネ政策・内需拡大、そして求められるリーダー交代

<見えてきた再エネの限界>ドイツ総選挙の争点から見える電力供給と電気料金の窮状

山本隆三( 常葉大学名誉教授)

まとめ
  • 原発の停止2年前、ドイツは大多数の国民の意見に反して最後の3基の原発を停止。
  • 世論と政策のずれ世論調査では原発の継続利用を望む声が強かったが、福島事故後の脱原発政策が推進された。
  • 政治的変動連立政権の崩壊後、原発回帰や新型炉開発を訴える政党が支持を伸ばし、総選挙を控える。
  • 電気料金上昇ロシアからの化石燃料依存減少により電気料金が急騰、経済に影響。
  • 電力需要増加AIやデーターセンターの普及による電力需要増加に対応するため、原発の再評価が進む。ドイツは原発、特にSMR(小型原子炉)等の新規開発に舵を切るだろう。

ドイツで爆破された原発の給水塔

 2年前、ドイツは国民の3分の2が原発の継続利用を望む中、最後の3基の原発を停止した。これは2011年の福島第一原発事故を受けた脱原発政策に基づくもので、当時稼働していた17基の原発を徐々に廃止する方針が決定され、最後まで稼働していた3基は2023年4月15日に停止された。世論調査会社YouGovの調査では、33%が原発の無期限利用、32%が期間限定での利用を望み、脱原発支持は26%に留まっていた。

 その後、ドイツでは原発回帰や新型炉の開発を訴える政党が支持を伸ばし、欧州の多くの国が原発の新増設を検討する中、ドイツも再び原発に回帰する可能性が高まっている。昨年11月に社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の連立政権が瓦解し、2月23日に総選挙を迎えることになった。

 現政権のSPDと緑の党の支持率を合わせても30%しかなく、キリスト教民主同盟/社会同盟(CDU/CSU)が支持率トップを走っている。CDU/CSU、次いでドイツのための選択肢(AfD)、FDPの3党は選挙キャンペーンで原発の再活用や小型モジュール炉(SMR)の開発を訴えている。これは、高騰した電気料金、増加が予想される電力需要、安定供給の課題に対応するためである。

 脱原発政策が進められた背景には、ウクライナ侵攻に対する制裁としてロシア産化石燃料の輸入削減が行われたことがあり、これが電気料金の上昇を引き起こした。特にロシアとの天然ガスパイプラインに依存していたドイツでは、家庭用電気料金が2021年の1キロワット時(kWh)当たり32.16ユーロセントから2023年には45.73ユーロセントに42%上昇した。この高騰はEU内でもトップクラスの電気料金となり、ドイツの産業にも影響を与えている。化学関連企業などエネルギー多消費型産業は、エネルギー価格が安い国への工場移転を検討している。

 電力需要はAIやデーターセンターの普及により増加傾向にある。米国では電力需要が大幅に増えると予想されており、ドイツも例外ではない。安定供給のために原発やSMRの役割が再評価されている。ただし、既に閉鎖された原発を再稼働させることは技術的にも実務的にも難しいと指摘される一方、新たな原発の建設やSMRの導入が検討される可能性は高い。

 次期政権では、原発政策の見直しが不可避であり、CDU/CSUは電気料金の引き下げを政策に掲げている。しかし、原発の利用再開は短期的な電気料金対策にはならない。ドイツの原発政策変更は、技術開発の国際競争を激化させる可能性があり、国として新規電源導入と研究開発を支援する必要性が高まっている。

 日本は再稼働可能な原発を保有し、電気料金抑制と安定供給が可能だが、電力需要増加に対応するためには新たな原発も必要。ドイツの原発政策変更は技術競争を激化させ、自由化された市場では新規電源投資が難しいため、国による支援が求められる。

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【私の論評】ドイツ経済危機と日本の選択:エネ政策・内需拡大、そして求められるリーダー交代

まとめ
  • ドイツ経済の低迷:2025年のGDPは前年比0.5%減で3年連続マイナス成長。投資減退や輸出減少が深刻。
  • エネルギー政策の課題原発再稼働は技術的・社会的に困難で、SMR開発も政治的反発で停滞。エネルギー価格の低下が最優先課題。
  • 内需拡大の必要性外需依存から内需重視への転換が不可避だが、産業構造の変革には時間がかかる。
  • 日本の優位性再稼働可能な原発が多く、GDP成長見込みも1%とドイツより好条件。適切な政策で内需拡大が可能。
  • 政治的リーダーシップの重要性ドイツ、日本ともに現状を打破するためには指導者の交代が求められる。

ドイツ商工会議所(DIHK)

ドイツ商工会議所(DIHK)は、2025年のドイツのGDPが前年から0.5%減少し、3年連続でマイナス成長になると予測した。その要因は、外国企業との競争激化、エネルギー価格の高騰、金利上昇、不確実な経済見通しによるものだ。調査では、31%の企業が今後12カ月の業績悪化を見込み、改善を期待する企業はわずか14%にとどまる。

投資計画を持つ企業は22%に過ぎず、40%近くが投資を控えている。DIHKのヘレナ・メルニコフ専務理事は、経済政策の枠組みが最大の事業リスクと見なされる状況にあることを指摘し、現在が転換点であると警鐘を鳴らす。輸出に関しても、28%の企業が減少を予想し、増加を見込むのはわずか20%だ。

ドイツのGDPに占める輸出の割合は、日米と比べて際立って高い。ドイツの輸出額はGDPの約50%を占めるのに対し、アメリカは約12%、日本は約18%だ。この高い輸出依存度は、ドイツ経済が世界市場の変動に極めて敏感であることを示している。

ドイツが取るべき道は明白だ。国内のエネルギー価格を引き下げ、外需依存から内需拡大へとシフトする必要がある。

2018年、ウクライナ戦争やコロナの影響がなかった時期の世界各国の輸出依存度は以下の通りだ。

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輸出依存度の高いドイツや韓国は、それぞれGDPの47%と44%を占め、主要国の中で特に高い。一方、日本は18%に過ぎず、OECD36カ国中35番目という低水準だ。これは内需主導のアメリカ(12%)と同様の傾向にある。ただし、両国ともかつては10%未満だったものが、近年10%以上に上昇している。

以前にも本ブログで紹介したが、世界銀行の分析によれば、国内市場規模がGDPの60%を超える経済圏は、外部ショックへの耐性が格段に高まる。米国の民間消費がGDPの68%を占める現状(2023年)は、この理論を裏付ける好例だ。中国が「国内大循環」戦略を掲げ、2035年までに中所得層を8億人に拡大しようとしているのも、同様の経済構造転換の一環である。国際分業の効率性追求から内需主導の安定性重視へとシフトすることが、新たなグローバル経済の潮流となりつつある。

もっとも、内需拡大は積極財政や金融緩和である程度は可能だが、限界もある。根本的には産業構造の転換が必要であり、相応の時間を要する。

ドイツがこの窮地を脱するには、まずエネルギー価格の引き下げが不可欠だ。

しかし、既に閉鎖された原発の再稼働は、技術的にも実務的にも極めて困難である。長期間稼働していない設備の劣化が進み、再稼働には大規模なメンテナンスや修理が必要だ。核燃料の供給網も途絶えており、新たな調達には時間を要する。さらに、安全基準の強化により、既存設備の改修が求められる。

実務面でも、閉鎖に伴う専門人材の流出や、新たな運用許可の取得が障壁となる。再稼働コストが新規建設を上回る可能性もあり、解体が進んだ原発では再稼働はほぼ不可能だ。社会的にも、原発に対する反対運動が強まり、現政権は原発復活を阻止するために給水塔を破壊する措置まで講じた。このような状況では、閉鎖済み原発の再稼働は現実的ではない。

新規建設も莫大な費用と時間を要するため、より安全で短期間で設置可能な小型モジュール炉(SMR)が注目されている。しかし、ドイツの脱原発政策と再生可能エネルギーへの傾斜により、SMR開発はほぼ停滞している。福島第一原発事故後のエネルギー転換政策(Energiewende)の影響で、原子力技術への投資や研究開発は大幅に縮小された。国内での商業化の動きはほぼ見られず、技術評価や研究が一部の研究機関で細々と続けられているにすぎない。

SMR発電所のイメージ図(米ニュースケール・パワー社提供)


政治的・社会的な反発も強く、特に緑の党を中心とする反原発勢力がSMR開発を阻止しようとしている。再生可能エネルギーの拡大により、SMR投資は経済的に合理的でないとの意見もある。2025年の総選挙でCDU/CSUやAfDがSMR導入を支持する姿勢を示しているが、政策転換には時間を要し、短期的な進展は期待できない。

一方で、フランスやポーランドではSMR開発が進んでおり、ドイツもその動向を注視している。国際協力の議論もあるが、具体的な計画には至っていない。現状では、国内の反原発感情や政治的制約が強く、進展は限定的だ。仮にSMR導入が必要になれば、フランスや米国、英国からの輸入が現実的な選択肢となる。

ドイツは現状、完全に行き詰まっている。しかし、政権交代によってエネルギー価格が低下し、内需拡大へと舵を切れば、再び強大な経済力を取り戻せるだろう。そして、それこそが世界の安定にとっても望ましい展開である。

一方、日本はドイツと比べて圧倒的に有利な状況にある。再稼働可能な原発が多数存在し、2025年のGDP成長率は約1%と予測されている。これは消費と輸出の回復が主因だ。現状でもドイツよりははるかに内需は大きいが、適切な金融財政政策を実行すれば、さらに内需拡大の余地は大きい。

だが、その幸運を理解していない政治家もいる。石破政権はまさにその典型だ。ひたすら、財務省が流布する貧乏妄想に耽っている。このままでは、日本もドイツのように迷走することになりかねない。リーダーの交代が必要なのは、何もドイツだけではない。

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