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2018年7月1日日曜日

雇用指標、5月は一段と改善 失業率は25年7カ月ぶり2.2%―【私の論評】出口論者に煽られるな!日銀の金融緩和は未だ道半ばであったことが明らかに(゚д゚)!


総務省が29日発表した5月の完全失業率(季節調整値)は2.2%と前月(2.5%)から低下し、1992年10月以来となる25年7カ月ぶりの低水準となった。厚生労働省が発表した同月の有効求人倍率(同)も1.60倍に上昇。1974年1月以来、44年4カ月ぶりの高水準となり、雇用情勢は一段と改善が進んでいる。

マイナビの合同企業説明会にて

完全失業率はロイターの事前予測調査で2.5%と予想されていた。

季節調整値でみた5月の就業者数は前月比20万人減の6673万人、完全失業者数は同21万人減の151万人となった。非労働力人口は同35万人増の4270万人だった。この結果、完全失業率は2.2%と4カ月ぶりに低下した。

原数値でみた就業者数は6698万人、15─64歳の就業率が77.0%といずれも過去最高を更新。景気拡大を背景とした企業の求人増に伴って5月は幅広い年齢層で就業者が増加しており、総務省は「雇用情勢は着実に改善している」と判断している。

有効求人倍率は、ロイターの事前予測調査で1.59倍が見込まれていたが、結果はこれを上回った。有効求人数は前月比1.1%増、有効求職者数は同0.5%増だった。

新規求人倍率は2.34倍と前月から低下した。

【私の論評】出口論者に煽られるな!日銀の金融緩和は未だ道半ばにあったことが明らかに(゚д゚)!

5月の雇用指数は確かにかなり良くなっています。これについて、高橋洋一氏は以下のようなツイートをしています。

確かに、この状況では、日銀の過去のUV分析は明らかに間違っていたということがいえます。そうして、日銀の金融緩和は失業率の加減が2.2%かもしれないという可能性もあることから、未だ道半ばであったことも明らかになったといえます。

日銀の分析もそうですが、以前ある経済評論家がUV分析のグラフを示しつつ、バブル崩壊後に構造失業率が上昇したと説明していました。しかし、失業率と欠員率で示される点が、横軸に沿って動いている、縦軸に沿って動くようになったと怪しい説明を行っていました。変化したのは図表に太線で書かれているUV曲線なのですが、良く分かっていないようでした。

短期的には失業率が高いと欠員率が低く、失業率が低いと欠員率が高くなるものです。この関係を示したのがUV曲線で、理論的には強い裏づけは無いものの、失業率と欠員率が等しくなる点を構造失業率と見なしています。転職期間が長い世界では構造失業率が高く、短い世界では低くなる傾向があります。

このように日本語で説明しても良いのですが、数式を用いた方が、特に理系の方々には、理解しやすいと思いますので、山上(2010)の説明を見つつ背景を確認していきます。

失業者数をU、欠員数をV、新規雇用者数をMと置くと、これらの関係は以下のようになります。
Mは凹関数としておきます。失業者数が増えても、そうは新規雇用者数は増えません。この世界で欠員が充当される確率mは以下のようになります。

where

失業状態から脱出できる確率は以下のようになります。


生産性ショックの到来確率(=雇用喪失率)をqと置けば、失業者数の変化は以下のようになる。Lは労働人口で、L-Uが雇用者数、q(L-U)が失業する人数になり、θm(θ)Uが新規雇用者数になる事に注意。


失業率の変動は以下のようになる。
where

定常状態はになるため、短期の均衡条件は以下のようになります。


図を描いてみましょう。m(θ)はθの減少関数ですが凹関数なので、θm(θ)は増加関数になり、原点に凸の曲線が描かれます。


均衡点は雇用逼迫率、もしくは有効求人倍率θに依存するわけですが、θが定常になるときが構造失業率となります。山上(2010)ではサーチ理論から定常点を議論していますが、内閣府の推定などでは便宜的にθ=1と置いています。

景気悪化したときはθが減少して(1/θが増加して)均衡点が上方に移動し、構造変化が起きたときはUV曲線自体が右上もしくは左下へ移動します。



以上がUV曲線です。理系以外の方で、上記が理解しずらい方は、グラフを理解されれば、UV分析については、十分だと思います。このグラフを理解していると、失業率に関する頓珍漢な理論に煽られることはありません。

これぐらい知っておくと、問題の経済評論家の解釈のどこがおかしいかが分かります。つまり、失業率と欠員率ではなく、UV曲線がどう移動したかで議論すべきだったのです。なお、引用されていたグラフは以下で、年代ごとのUV曲線が明確に書かれています(西川(2010))。




日銀はUV分析が正しく実行できればそれにこしたことはありませんが、一度構造的失業率(失業率の下限と考えられる失業率)3.0%と分析したにしたとしても、その状態がしばらく続いても実質賃金等が上がらない状態が続けば、再度分析するとか、あるいは実験的にさらに量的緩和を強化するなどの措置をとるべきだったでしょう。

日銀は、構造的失業率が3%は間違いであろうことを高橋洋一氏はすでに、昨年の4月あたりに指摘していました。日銀は、このあたりで構造的失業率の値を見直すべきでした。そうして、さらなる量的緩和に踏み切るべきでした。

この頃といえば、UV分析はさることながら、私自身は過去の失業率などからみて、やはり日本の構造的失業率はどうみても、3%台ではなく、2.5%くらいであろうと考えていていて、このブログにもそのように掲載しました。

私のような素人ですら、このように考えるのですから、日銀はさらなる量的緩和をすべきだったでしょう。

さらに、この頃私は日銀が量的緩和をするには当時から国債が品薄状態でしたから、政府は国債の刷り増しもすべきであると主張していました。いまそれらが正しいことが証明されたと思います。

昨年あたりから、日銀の金融緩和の出口論を語る頓馬な人たちがいましたが、彼らは一体何を見ているのかと思ってしまいます。というより、彼らの目は節穴です。彼らに幻惑されるべきではありません。

高橋洋一氏は、完全失業率2.2%が三ヶ月も続けば、再考するとしていますが、その時には日銀にも金融政策を再考していただきいたものです。

日銀や政府(財務省)も、様々な分析や、理論を発表するのは悪いことではない(明らかに悪質と思われるものもありますが、それは例外として)とは思いますが、直近の統計数値にあわせて、機動的な金融政策、財政政策を行うべきです。

ちなみに、野口氏と田中氏の共著『構造改革論の誤解』(2001年)には構造失業率を2.4パーセントぐらいとした上で、構造的だと思われていた雇用の状況が変化してさらに下がる仮説を提示してます。

この仮設は常識的に考えてみてもわかります。失業率が下がりつつある段階では、失業率が高いので、従来は全く就業を諦めていた人が、就業機会が増えたので、それが動機づけとなり、就業に踏み切るという構図は多いに考えられることです。

現状をみると、どうやらこの仮説は正しそうです。であれば、構造失業率がどの水準かと議論すること自体には、あまり意義を見いだせません。これだけ失業率が下がっても、急激な賃金上昇圧力が起きないという事は、まだまだ金融緩和と財政出動ということを意味しているかもしれないです。

構造失業率ばかりに注目するのではなく、インフレ率の加速に注目し、やはり機動的な金融政策を実施すべきなのです。ただし、構造失業率の数値自体にはあまり意味はないですが、結果としての失業率については多いに神経をつかうべきでしょう。

そもそも、経済対策としては、他が悪くても、失業率が低ければ、まずまずといえるからです。雇用こそ最も重要だからです。

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2017年12月9日土曜日

【日本の解き方】日銀の資金供給量鈍化でインフレ目標達成できるのか 国民経済のための金融政策を―【私の論評】年長者こそ、正しい金融政策に目覚めよ(゚д゚)!

【日本の解き方】日銀の資金供給量鈍化でインフレ目標達成できるのか 国民経済のための金融政策を


日銀が市場に供給しているお金の量(マネタリーベース)の増加額が、11月は前年との差が51・7兆円(末残高ベース)と異次元緩和開始以降、事実上最低になったと報じられた。

 日銀は昨年9月から長期金利をゼロ%程度にするように調整しており、その意味では、マネタリーベースの増加額は金利維持のために必要な額となるので、長期金利がゼロ%になっていれば、増加額が低下すること自体はさほど意味があるわけでない。

 12月6日時点の新発10年国債利回りは0・055%であり、ほぼゼロ%金利水準は達成されているといえよう。今年初めからの動きをみても、おおむね0~0・1%の範囲になっているので、日銀の意図した金利ともいえる。

 問題は、それでインフレ目標2%が達成できるかどうかである。もちろん、インフレ目標の達成には、本コラムで述べたように、内閣府が算出するGDP(国内総生産)ギャップでプラス2%程度になる必要があるので、金融緩和と財政出動が必要である。

 過去10年間の10年国債利回りの推移をみると、昨年9月以前はマイナスレンジであったが、日銀がゼロ金利を打ち出してから、若干のプラスレンジになっている。ほぼ同時期に、日銀のマネタリーベースの増加額が減少し始めるが、それは日銀の国債購入額の減少によるものだ。つまり、国債購入額の減少が、長期金利の若干の上昇をもたらしている。

 こういう日銀のオペレーションは、果たしてインフレ目標達成の近道になっているのだろうか。データを見る限り、失業率の低下は足踏み状態だし、インフレ率についても、11月の全品目消費者物価指数対前年同月比は0・2%。生鮮食品を除いてみると0・8%、食料とエネルギーを除くと0・3%であり、インフレ目標2%にはほど遠い状況だ。こうしたデータから、筆者は日銀のオペレーションは短期的には正しい方向には見えない。

 金融政策は、これ以上は下げられない失業率を達成し、無用なインフレを起こさないためのものだ。つまり、経済学でいう「NAIRU(インフレを加速しない失業率)」を達成する最低のインフレ率をインフレ目標とするもので、NAIRUとインフレ目標の最適点を目指すものといえる。

 日本で具体的に言えば、NAIRUは2%台半ばであり、そのために必要なインフレ率は2%であるので、それをインフレ目標としているわけだ。

 現時点では、失業率3%弱、インフレ率0%強という程度で、最適点には民主党時代よりかなり近づいたが、いま一歩のところで足踏みをしている。

 米国は、NAIRU4%程度、インフレ目標2%という「最適点」に到達したので、出口の議論が起こっている。

 日本の出口はまだまだなのに出口議論が盛んなのは、国民経済のための金融政策を、金融業界の利害のために使おうとしているからだろう。それに日銀は加担してはいけない。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】年長者こそ、正しい金融政策に
目覚めよ(゚д゚)!
時期合計(平均残高)前年比
2017/10473.9兆円+14.50%
2017/09471.1兆円+15.61%
2017/08466.3兆円+16.28%
2017/07465.1兆円+15.55%
2017/06459.5兆円+17.01%
2017/05456.0兆円+19.43%
2017/04456.2兆円+19.80%
2017/03436.3兆円+20.33%
2017/02431.0兆円+21.41%
2017/01435.2兆円+22.56%
2016/12426.4兆円+23.09%
2016/11417.7兆円+21.53%
2016/10413.9兆円+22.13%
2016/09407.5兆円+22
マネタリーベースの前年同月比増加率の推移

マネタリーベースとは、日銀が発行している紙幣発行残高と日銀当座預金、貨幣流通高(100円玉などの硬貨)の合計金額です。言い換えると、市中に流通している現金(紙幣+貨幣)と日銀当座預金の合計です。

日銀当座預金は、民間金融機関が日銀に預けているお金の合計で、民間金融機関は日銀当座預金を通じて銀行間取引などを行っています。

ちなみに、マネタリーベースに占める貨幣流通高は微々たるものです。したがって、日銀が刷った紙幣残高(貨幣の発行は政府になる)と日銀に預けられた預金残高の合計がマネタリーベースの金額とほぼ一致します。

マネタリーベースは、日銀が金融政策を通じてコントロールしており、景気が加熱しすぎたと思ったらマネタリーベースを減少させ、景気が悪化していると考えれば思い切り増やします。ただし、日銀が黒田総裁よりも前の時代には、このような金融政策をとらずに、何かといえば引き締め政策をしました。

マネタリーベースを増やす金融政策を量的緩和と言い、これは金融機関から主に国債を買い取って、日銀当座預金を増加させる(日銀が民間金融機関から国債を買い取った代金を日銀当座預金に振り込む)政策です。

従来は金利の上げ下げを目的とした金融政策が行われていましたが、近年は先進国で金利を下げる余地がなくなってきたため、お金の量をターゲットにした金融政策を実行する手法が取られています。

マネタリーベースの増加に敏感に反応する指標の1つが株価で、日銀がマネタリーベースを増加させる政策を採用すると株価も上昇トレンドに入ります。

マネタリーベースを拡大させると、金融機関が日銀当座預金に溜まったお金を原資にして貸出を増やしてマネーストック(世の中に出回るお金の総量)が増え、経済が活性化すると期待されるからです。株価は将来の経済環境を先取りして上昇するわけです。

日銀はこれまでにない規模でマネタリーベースを拡大していますが、米国と比較すると、少し遅れて拡大しています。

2008年9月のリーマン・ショックで景気が下振れし、それに伴い米国はマネタリーベースを拡大(金融緩和)していたのですが、日銀は効果的な金融政策を打ちませんでした。2013年に日銀の正副総裁が代わり、ようやく世界標準の金融政策をとるようになりました。

マネタリーベースのコントロールする方針は、日銀の金融政策決定会合で決められます。

以下に、失業率の推移のグラフを掲載します。


最近のニュースを見ていると9月末の都市銀行5行の貸し倒れ引当金は、前年同月比13.4%減の9016億円だと言い、1985年2月以来「32年半ぶり」に1兆円を下回ったと言います。

更に、10月の有効求人倍率は「43年ぶり」の1.55倍だそうです。このように実に、四半世紀以上を経過している現象が、次々に市場を賑わしています。先日の日経平均株価の16連騰は、東証の創設以来の歴史的な現象が生まれたのです。

これらの現象は、やはり2013年から金融緩和を継続してきたからこそ今日このようなことが実現されてきたということです。これは金融緩和を継続するということ自体は、正しいことであることを示しています。

しかし、ブログ冒頭の記事で高橋洋一氏が指摘するように、失業率は未だNAIRUの2%台半ばには達していません。高橋洋一氏は、適正なNAIRUを算定した上で、2%半ばとしているようですが、私自身は日本が本格的にデフレに突入する前には、NAIRUは2.7%くらいであるといわれていたことを根拠にやはり、NAIRUは2.7%くらいであると考えています。

この頃は、失業率が3%台になると、雇用状況が悪化しつつあるといわれていました。しかし、その後日本がデフレに突入してからは、3%台は当たり前どころか、悪くない数値と受け取られる程に日本の雇用は悪化しました。

多くの人(特に50歳以上の人)は、過去の日本では3%を超えると雇用は赤信号であるとされていたことを忘れているようです。これでは、年長者の知識を活かせているとはいえません。

NIRUが達成されてはじめて、経営者の心を動かし、厳寒状態だった「心の壁」の氷を溶かし始め、貯めこんだ現預金残(内部留保)の活用に向かいます。この状況は、産業ごと企業ごとでも違います。たとえば、現状のファナックは、フル操業を続けており、それでも間に合わない状況にあります。

ファナックのロボット製造工場
事前に工場用地を手当てして工場を建設していましたが、積極的なファナックでさえ半年、遅かったと言われています。

一方、シャープは、亀井工場に続き、堺工場の建設が、命取りに繋がりました。

すべての企業が、積極的になるにはまだ十分ではないのです。

NAIRU2%半ばが達成されてはじめて、一部の限界的な産業や企業を除いてほとんどすべての産業や企業で、本格的に人手不足が実感されるようになり、賃金を上げざるを得ない状況に追い込まれ、経営者の心を動かし、厳寒状態だった「心の壁」の氷を溶かし始め、貯めこんだ現預金残(内部留保)の活用に向かい、本格的なイノベーションのため賃金をあげたり、設備投資をしたりして、需要増に応えるようになり、日本経済は本格的に上向くことになるのです。

NAIRUも達成されておらず、物価目標にまだ程遠い日本では、金融緩和の出口には未だ程遠い状況にあるのです。特に年長者こそ、過去の失業率などから、この状況を正しく判断すべきです。多数の若者は、就職率が格段にあがり、もう過去に戻りたくないと考えていますが、実質賃金の上昇などの恩恵にいまだあずかっていない年長者や、年金生活者の年長者はそうは思っていない人が未だ多いようです。

多数の年長者の覚醒と、若者層により金融政策に関するまともな世論が形成されなければ、またまた国民経済のための金融政策を、金融業界の利害のために使われてしまったり、マスコミの無知で無責任な報道により、日本は金融政策は中途半端に終わり、またまたデフレスパイラルのどん底に沈むことになります。そのようなことは絶対に避けるべきです。

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2017年9月2日土曜日

【日本の解き方】鳥貴族の値上げやイオン値下げ、個別物価と混同される一般物価 中期的な物価目標と関連は薄い―【私の論評】物価は需給関係だけではなく、日銀の金融政策で決まる(゚д゚)!

【日本の解き方】鳥貴族の値上げやイオン値下げ、個別物価と混同される一般物価 中期的な物価目標と関連は薄い

鳥貴族の看板
全品280円均一の焼き鳥チェーン、鳥貴族が10月から298円に値上げすると発表した。人手不足による人件費増や、材料費などのコスト増が要因とのことだ。こうした動きがある一方で、小売り大手のイオンや西友、家具販売のイケアが値下げを打ち出し、2%の物価目標達成は困難だとの論評もある。

 こうした報道では、「個別価格」と全体の「一般物価」がしばしば混同されている。つまり、雇用改善などを受けた値上げや消費の伸び悩みを受けた戦略としての値下げなど個別企業の動きと、マクロ経済を反映した物価全体の動きについて、区別されていないのである。

<イオンの8月25日からの値下げ商品の一例 >

 個別価格は、それぞれの商品に付けられている価格であり、誰でもイメージできるだろう。

 一般物価については、例えば消費者物価指数が典型例であるが、イメージが難しい。それぞれの個別物価を指数化して、各商品の加重平均ウエートで平均を取るという作り方だ。

 この手法だけを見れば、各商品の積み上げによって一般物価が算出されるので、ある商品の個別価格の上昇がそのまま一般物価に反映されると思ってしまう。しかし、そうならないところが、マクロ経済学のポイントである。

 これは、ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマン氏が指摘した「スイッチ効果」と呼ばれる。ある財の個別価格が上昇すると他の財を節約し、その消費が減少することでその財の個別価格が低下するので、結果として一般物価には変化がないというものだ。

 もっとも、現実にはある個別価格の変化がただちに他の個別価格の変化をもたらすような価格伸縮性があるわけでない。このため、短期的には大きな個別価格の変化があった場合、それは一般物価の変化にも影響するが、数年単位でみれば、価格は伸縮的になるので、スイッチ効果が認められる。

 いずれにしても、こうした事情を踏まえると、長期的な視点を含む政策論で考えるときには、個別価格と一般物価は区別したほうがいい。

 個別価格は各財の競争状態で決まる。つまり、ニーズが高かったり、供給が少ないと個別価格は上昇する。

 一般物価はどうかといえば、スイッチ効果で説明したように、所得が一定であれば、高いものを買うときは他のものを控えるが、所得が大きくなれば、他の財の節約は必要なくなる。ということは、所得に応じて一般物価が決まってくるわけだ。

 これをマクロ経済の言葉で言えば、有効需要によって基本的には一般物価が決まる。このため、本コラムで紹介したように、GDPギャップ(潜在GDPと実際のGDPの差)によって、インフレ率(一般物価の変化率)が決まるのだ。

 その際、以前のコラムで説明したように、インフレ率のみならず失業率も決まる。ここがマクロ経済学のキモである。有効需要をコントロールするために、金融政策と財政政策があるので、それらの即効性や遅効性を考慮しながら、マクロ経済管理をするわけだ。

 こうしてみても、個別物価の動きと中期的なインフレ目標の関連は薄い。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】物価は需給関係だけではなく、日銀の金融政策で決まる(゚д゚)!

個別物価と一般物価のこの違いの理解は非常に重要です。巷では、デフレとかインフレ等と言われていますが、これは何をもって判断すべきかといえば、一般物価によって判断すべきです。個別物価では全く判断できません。

ざっくりわかりやすく言うと、世の中にある様々な財やサービスをバスケットの中に入れてぐちゃぐちゃにして、加重平均したものが一般物価であり。この代表的な指数がブログ冒頭の記事で高橋洋一氏も指摘する消費者物価指数などです。

日本では、一般に以下の3つの指標をもとに景気を判断しています。
  • CPI(Consumer Price Index:消費者物価指数):製品やサービスなど、家計支出割合の大きいものを600品目ほど選び、それぞれの価格をそれぞれの支出割合に掛けて足したもの。価格は毎月の小売物価統計をもとにした平均価格で、支出割合は基準年(5年ごとに改定)のものを使う。総務省が毎月作成・発表している
  • ユニット・レイバー・コスト(単位労働コスト):いわゆる賃金
  • GDPデフレーター:名目GDPを実質GDPで割ることで求める物価指数
特にCPIは重要です。CPIにはコアCPIとコアコアCPIがある。コアCPIは、CPIから生鮮食品を除いたもので、コアコアCPIは、CPIから食品(酒類を除く)とエネルギー価格を除いたものです。これらの指標の意義は、天候に左右されやすい生鮮食品や原油価格の影響を受けるガソリンなどの影響などを取り除き、核となる物価を把握しやすくするためです。

つまり、CPIではなく、コアコアを見ないと物価の状況はよくわからないのです。コアコアCPIは毎月公表され、GDPデフレーターと似た動きをするため、非常に役立つ指標です。ちなみに、海外のコアCPIは日本のコアコアCPIと同じです。

総務省が発表している消費者物価指数
一方、個別価格は読んで字のごとく、車とか住宅とかエネルギーなどの個別の価格のことです。これは、当たり前といえば当たり前なのですが、勘違いする人も多いです。

では、一般物価は何によって決まるかといえば、金融政策によって決まります。つまり、世の中に出回っている全体のおカネの量が一般物価を決めます。

一般物価は人口も個別の需要や供給も、何にも関係ありません。日本国の発行するお金が全てが入る財布があるとします。

この大き財布に入っているおカネの量が一般物価を決めるのです。それとは対照的に、個別価格は、個別の需要と供給で決まるのです。

言い換えると、一般物価は金融政策による全体のおカネの量で決まり、個別価格は需給で決まるのです。

次はすごく大事な論点です。今、ある財の供給が過多になり、個別価格が下がったとします。例えば、自動車の価格やコンビニやスーパーの弁当の価格が需要減で下がりました。

そうなると、マスコミではデフレが深刻化する大変だーと、騒ぐかもしれません。

しかし、待って下さい。一般物価は何で決まるのでしょうか。そうです、金融政策です。金融政策が一定なら一般物価は変わらないはずです。そうです、実際変わらないのです。

ということは、パソコンや自動車以外の価格が上がっているということです。この議論の間違いが非常に多いです。個別価格の低下は、デフレを招く原因になると騒ぎたてる人が多いです。それも識者の中にもそういう人がいるので驚いてしまうことが、しばしばありました。

これは明らかな間違いです。金融政策が一定で消費性向が変化していなければ、ブログ冒頭の記事で高橋洋一氏が、「スイッチ効果」と指摘しているように、ある個別価格の低下は他の製品の需要を押し上げるはずなのです。

例えば給与が30万円で貯蓄が10万円なら消費に回せるおカネは20万円です。金融政策が同じなら、個別の価格が下がろうが上がろうが、使うお金は20万円であり大きく変わることはないと考えるのです。

これは現実世界でもよく当てはまります。一時良く言われたのが「中国から安い製品が流入するから」という中国デフレ論がありました。これに対する反論は、アメリカをはじめとする先進国なや北朝鮮やミャンマーなどの発展途上国も、も同じように中国製品が流入していますが、全くデフレにはなっていません。

その他、中国だけではなく、他の発展途上国や新興国などから低価格の物品が入ってくることをもって、グローバル化デフレ原因説などもいわれていたことがありましたが、これもあてはまらないのははっきりしています。

確かに、個別物価は安くなっているかもしれないですが、一般物価には関係ありません。一般物価はあくまで、世の中に出回っている全体のおカネの量できまるものです。

これは、消費者は安い商品が海外から入ったにしても、所得が一定であれば、他の財の購入を控えなくなるということです。所得に応じて一般物価が決まってくるということです。

経済のグローバル化がデフレの原因ではない
デフレは個別価格の低下によって引き起こされるものではなく、あくまで金融政策によって決定される消費に回せるおカネの量で決まるのです。そこが非常に大事な論点です。

イオンのように商品の価格を下げたとしても、それ自体が即デフレにつながるというものではありません。あくまでも、デフレは日銀の通貨供給量によってきまるものであり、通貨供給量が低くて、所得が下がれば一般価格も下がるということです。

個別物価の動きと中期的なインフレ目標の関連は薄いのです。イオンが商品価格を下げたことにより、インフレ目標を達成しにくくなるとか、鳥貴族が商品価格を上げたから、インフレ目標を達成しやすくなるというものではないのです。

これを理解すれば、スーパーや、コンビニなどで、お弁当の価格などが急激に下がったとして、それがデフレの原因になるわけでなく、デフレ(日銀の通貨の供給量が本来の市場に見合った量より少ない)が、お弁当などの個別価格の低下をもたす場合もある(いつもそうであるとは限らない)ということが理解できるはずです。

物価の根底には、需給関係だけではなく、日銀の金融政策による通貨供給量があるということです。

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2017年8月27日日曜日

なぜ日銀の金融政策では、AIをうまく活用できないのか―【私の論評】AIは2013年以前の日銀がいかに愚かだったかをより鮮明にする(゚д゚)!

なぜ日銀の金融政策では、AIをうまく活用できないのか

問題は「不透明さ」と「常識の欠如」

最近人間はチェスではAIに負けている
 日銀の政策決定は「不透明」

日本銀行の金融政策を分析・予測するために、AI(人工知能)を用いる試みが、行き詰まっているとの報道があった。AI分析の一例としては、黒田東彦総裁の記者会見や日銀の出す「金融経済統計月報」をAIが読み込み、その特徴から追加緩和などの可能性を予測するものなどが考えられていた。

クレディ・スイス証券もAI分析を取り入れた「日銀テキストインデックス」なるものを公表していたが、計画が行き詰まり2016年に公表を取りやめている。だが、はたして本当に日銀の金融政策をAIで予測することは不可能なのだろうか。

まず、そもそもクレディ・スイス証券が開発したのは「テキストマイニング」というもので、「AI」というと少し大げさだ。経済学におけるテキストマイニングとは、もとはと言えば様々なニュースから株価を予測するモデルのことを指す。

具体的には、黒田総裁の会見など、日銀のテキストから物価に対する見方を数量化して、実際の金融政策と照らし合わせるというもの。「AI」と聞くと最新技術かと思うが、実は古くから採られてきた手法である。

中央銀行の金融政策決定に関する研究は、有名なものではスタンフォード大教授のジョン・テイラー氏が1993年に示した「テイラールール」がある。

このルールに基づくと、政策金利は、現実のインフレ率が目標インフレ率を上回るほど、また実質GDP成長率が潜在GDP成長率を上回るほど引き上げられ、反対に下回れば引き下げられる。このルールに基づいて分析を試みれば、実際の金融政策は9割方予想できると言われている。

もっとも、このルールは、FRB(米連邦準備制度理事会)では有効だが、日銀では通用しない。というのも、日銀がどのようなセオリーで金融政策決定をしているか、不透明なところが多いからだ。クレディ・スイス証券の分析が上手く機能しなかったのも、それが理由として考えられる。

 日銀の金融政策は「常識」が欠けていた

実際、日銀の金融政策はほかの先進国のそれとは大きな違いがある。たとえば他の先進国では、金融政策は物価の安定と雇用の確保のために行うというのが「常識」とされている。このため、インフレ率と失業率が、望ましい値から乖離しないように金融政策が行われている。

ところが、日銀のこれまでの金融政策には、「雇用の確保」が重要な目的であるという「常識」が欠けていた。だから、海外の予測モデルは日銀の金融政策に適用できなかったのだ。

しかも日銀の公表文書は基本的に日銀事務方が書いているが、これはずっと金融政策の「常識」を反映しない従来の日銀スタイルで書かれてきた。クレディ・スイス証券がそうした文書を分析しても、金融政策をうまく予測できなかったのは仕方ないだろう。

この7月、民主党時代からの日銀審議委員2名が退任した。これをきっかけに潮目が変わり、欧米的な経済モデルを取り入れようと意識改革が行われるかもしれない。

そうして金融政策の方法論さえしっかりしていけば、政策予測は決して難しいことではなくなる。筆者の感覚では、自動車の完全自動運転か日銀の自動金融政策の完成か、どちらが早いかというところだ。

【私の論評】AIは2013年以前の日銀がいかに愚かだったかをより鮮明にする(゚д゚)!

私はAIというと、あの名画『2001年宇宙の旅』のHAL9000を思い出してしまいます。以下のこの映画から、HAL9000が人に対して反乱を起こす場面の動画を掲載します。


この、今でいう人工知能でもある、HAL9000。何故HALは反乱を起こし、人間を殺害するに至ったのでしょうか。

これは一般的には「正確な情報を正確に処理する事を義務づけられた人工知能であるHALは、乗組員にはモノリスの情報を隠しながらも、同時にモノリスと地球外知的生命体の調査は行うように命令されていたため、何も知らされていない乗組員と共同生活の中でその矛盾に苦しみ、一種の精神疾患のような状態に陥った」、「挙動不審なHALの状態に乗組員は危機感を憶え、高度な論理回路だけ切断するという検討を始めた。それを自身の死刑宣告だと判断したHALは人間を排除し、知的生命体の調査は自身の能力だけでするしかない、と考え実行に移した」とされているようです。

この説明を納得するか否か、また他の説明が可能か等はここでは検証しません。個人的には十分納得できるレベルだと思います。

そうして、日本銀行の金融政策を分析・予測するために、AI(人工知能)を用いる試みが、行き詰まるのもこれと同じ理由です。

映画『2001年宇宙の旅』の監督スタンリー・キューブリック氏
正確な情報を正確に処理する事を義務づけられたAIが、方やマクロ経済の常識ともいわれる理論に従ってインフレ率と失業率が、望ましい値から乖離しないように構築されているのにもかかわらず、日銀のこれまでの金融政策には、「雇用の確保」が重要な目的であるという「常識」が欠けていて、とんでもない政策をとってきたからです。

この日銀の政策を正しいものとして、インプットすればAIは自己矛盾を起こし、制御不能となります。これでは、AI(人工知能)を用いる試みが、行き詰まってしまうのも無理はありせん。過去の日銀の政策をみると、景気が落ち込み本来緩和すべきときに引き締めを行い、それで景気が悪くなってもさらに引き締めを行い、それがためにデフレになっても、引き締めるか緩和はしないというものでした。

このAI他のシステムと結びついてはいないで、直接害を及ぼすことはありませんが、もし銀行のシステムなどと結びついたとしたら、大変なことになるかもしれません。それこそ、とんでもない金融政策を打ち出し、それがために大勢の人が苦境においこまれ、途端の苦しみに追いやられら、自殺する人もでるかもしれません。

実際、日銀の間違った金融政策が是正された2013年あたりから、それまで自殺者が3万人台だったのが、2万人台に減っています。これについては、このブログにも掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
“安倍辞めろ”の先にある「失われた20年」とデフレの再来 雇用悪化で社会不安も高まる―【私の論評】安倍首相が辞めたら、あなたは自ら死を選ぶことになるかも(゚д゚)!
自民党候補の応援演説を行った安倍晋三首相=7月1日午後東京都千代田区

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下にこの記事より失業者と自殺者の推移のグラフとその説明のみを以下に引用します。

ところで、自殺者数と景気は相関が高いことが知られていますが、この数年間の経済状況の改善と、さらに自殺対策にここ数年経費を増加させていく方針を採用していることもあり最近は自殺者数が減っています。類似の事例はホームレス対策にもいえ、ホームレス数は景気要因に関わらず対策費の増加に合わせて減少しています。 
自殺者数の減少については、マクロ(景気)とミクロ(自殺対策関連予算の増加スタンス)の両方が功を奏していると考えられます。 
自殺対策関連予算の推移はまとまったデータがないので拾い集めてみると
平成19年 247億円 平成20年 144億円 平成21年 136億 平成22年 140億 平成23年 150億 平成24年 326億 平成25年 340億 平成26年 361億 となってます。 
日本がデフレに突入した、97年あたりからそれまで、2万台であった自殺者数が、一挙に3万人台になっています。このグラフをみただけでも、経済政策の失敗は自殺者数を増やすということがいえそうです。
再度「2001年宇宙の旅」に戻ります、私がかねてから、疑問に思っていたのは、「どうしてキューブリックとクラークは人工知能が反乱を起こして、クルーを殺すという設定を持ち出して来たのか?」ということです。

実はその裏話の一部始終がクラークの著書『失われた宇宙の旅2001』で語られています。当初はクルー全員が無事に木星圏にたどり着き、ビック・ブラザー(巨大なモノリス)の詳細な調査が行われる予定でした。その後、スペース・ポッドに乗り単独でビックブラザーの調査に向かったボーマンが変化したモノリスに飲み込まれる、という流れになっていました。

最終的にこの案はボツになり、ボーマンだけが生き残る事になりました。その理由は明確ではありませんが、木星探査のプロセスを映像化するには予算が足りない、または当時のSFX技術で映像化するにはハードルが高すぎる(実際木星を映像化するだけでも悪戦苦闘していました)など理由はいくらでもありそうですが、クラークは「そもそもオデッセウスも唯一の生存者だから」と説明しています。つまり神話との共通性を示唆したかってのでしょう。

『2001年宇宙の旅』の原作者アーサー・C・クラーク氏
ではどうやってボーマン以外の乗組員を殺害するのか?当初は「ホワイトヘッド(映画ではプールに名前が変更)のポッドが故障により暴走しアンテナと衝突、ホワイトヘッドは回収不可能になりアンテナも失われる。その後人工冬眠中のクルーも蘇生に失敗する」というものでした。

これは「偶然にも事故が連発する」という説得力のないもので、当然のようにボツになりますが、同時にヒントももたらされました。上記の原案の中には「ボーマンがアンテナ回収のためポッドで離船しようとした際、人工知能HAL9000(この時はアテーナという名前でした)にそれを断られる」というシーンがあります。これをふくらませて「全システムを管理する人工知能が反乱を起こしクルーを殺害する」という案に落ち着きました。

つまり「HALの反乱」はボーマン一人を生き残らせるための後付けの設定でしかなかったのです。当然先に述べたその原因も後付けです。でもこれによって興味深い偶然が起こります。

つまり「人間と人工知能、同じく知性を持った二つの種のどちらが未来を勝ち取るかという生存競争」という側面がこの物語に付加されたのです。これにはキューブリックもクラークも「しめた」と思ったに違いありません。クラークはこの解釈を効果的に続編『2010年宇宙の旅』(これ以降も)に取り込み、キューブリックは『A.I.』で正面からこの問題に取り組む予定でした。

こんな裏事情を知ってしまうと「な~んだ」となってしまうかも知れません。クラークは「意図したものもあれば、偶然そうなったものもある」と語っています。その偶然がどの部分を指すのかはともかく、この素晴らしいアイデアは、彼らが繰り広げた「際限のないブレーンストーミング」の結果呼び込み事のできた偶然ではない「必然」だったいえるでしょう。

いずれにせよ、中央銀行による金融政策は、HAL9000が担当した、木星探査のための宇宙船全システムの制御という膨大で、複雑なものと比較すれば、極めて単純です。

システムの定義から、定量的なものは完璧に無視して、定性的なものだけとりあげれば日銀のシステムは、以下のようになります。

「不景気になりそうになった場合は適当な時期に金融を緩和する。デフレのときはただちに金融緩和をする。景気が過熱しそうな場合は、適当な時期に金融引締めをする。ハイパーインフレなら、ただちに金融引締めを行う。判断のための指標としては、貨幣の通貨量、物価と雇用状況を用いる」

という具合に、非常にシンプルなものです。無論、定量的なものまであらわすとなるとかなり複雑になります。

HAL9000の心臓部 メモリバンク
一方HAL9000の場合は、「木星まで、行って無事帰還する」などのように定義したとしたら、これは定義などとはいえず、単なる全システムの目的に過ぎません。日銀のシステムの目的は「日本国の金融政策を適正に定める」ということになるでしょう。

システムの定義を定めるのでも、HAL9000は、宇宙船そのものの制御、冬眠を含む乗組員のための環境制御、その他モノリス探査の制御なども含みより複雑です。定義を定めるためだけでも、A4用紙数枚になりそうです。日銀のシステムよりははるかに複雑になります。定量的なことまで含めると、さらにとんでもなく複雑なものになります。

このようなことを考えると、私は意外と、自動車の完全自動運転より単純ではないかと思います。このようなことを考えると、旧日銀はこのような単純なことすらまともにできなかったということが暴露されてしまったと思います。

これから、まともな金融政策をやりはじめてからのデータをもとにして、日本銀行の金融政策を分析・予測するために、AI(人)を作成すれば意外と短期でできあがることになるかもしれません。

そうして、これが成功したあかつきには、少なくともAIは、中央銀行が行う金融政策に関して、定量的なものはともかく定性的には間違うことはないと思います。デフレのときに金融引締めを行う、インフレのときに金融緩和を行うなどという馬鹿なことはしないでしょう。

そうして、いまでも明らかになっているのですが、2013年以前までの日銀がいかに愚かだったかをより浮き彫りにすると思います。

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2017年8月6日日曜日

07年追加利上げで「逆噴射」… いまも日銀で尾を引く潜在成長率の“間違った前提”―【私の論評】モノを知らないということは本当に恐ろしいことだ(゚д゚)!

07年追加利上げで「逆噴射」… いまも日銀で尾を引く潜在成長率の“間違った前提”

 日銀は、2007年1~6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。追加利上げをめぐる議論やサブプライムローン問題への認識がどうだったのか注目されたが、議事録から何が読み解けるだろうか。

 筆者にとって、10年前の日銀議事録はきわめて興味深い。06年3月、日銀は量的緩和を解除した。筆者は当時、総務大臣補佐官を務めていたが、「消費者物価統計が安定的にプラスになっている」という日銀の主張に対し、「消費者物価統計には上方バイアスがありプラスではない」と主張していた。そのため、06年3月時点では日銀が量的緩和解除することに反対だった。

竹中平蔵氏
 この主張は、当時の竹中平蔵総務相と中川秀直政調会長らには賛同してもらったが、与謝野馨経済財政担当相らが強く反対し、結局政府は何もアクションをとらずに、06年3月、日銀は量的緩和解除した。

中川秀直氏
 筆者は当時、官房長官だった安倍晋三氏に「この量的緩和解除により半年から1年後に景気が悪くなる」と話した。結果として、筆者の主張が正しく、安倍首相は国会でも06年3月の量的緩和解除に懐疑的な意見を述べており、それがアベノミクスの金融緩和につながっている。

官房長官時代の安倍晋三氏
 そして日銀は06年7月に無担保コールレート(オーバーナイト物)について、0%から0・25%に、07年2月に0・25%から0・5%へと利上げし、さらなる金融引き締めを行った。

 06年7月の利上げは全員一致であったが、07年2月には岩田一政副総裁が反対した。副総裁は総裁を補佐する立場であり、利上げは決定会合議長、つまり総裁の提案なので、かなり異例の事態だった。

 07年2月の金融政策決定会合の議事録をみると、岩田副総裁の苦悩が読み取れる。岩田副総裁と他の委員の意見の差は、物価の将来見通しである。岩田副総裁は物価上昇率の先行きに不透明感が強いことを強調したが、他の委員は楽観的だった。

 物価については、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比でみて、06年7~12月は小幅プラス(0・1~0・3%)であったが、07年1~6月は小幅マイナス(▲0・3~0%)だったので、岩田副総裁の懸念はもっともだった。

 その根拠として、岩田副総裁は、潜在成長率を1・7%としていることを主張していた。これは驚きである。日銀は最近まで0%台半ばと言っている。4月には上昇修正し0%台後半と言っているようだが、それでも07年当時に、執行部である副総裁が1・7%と言ったのはびっくりした。もちろん当時の議事要旨にはまったく書かれていない。

 筆者としては、この岩田副総裁の前提はまともであり、その後の物価上昇率の推移を説明できると思う。しかし、日銀としてはこの意見を取り入れることはできなかった。

 潜在GDPの天井が低いという日銀の前提が、リーマン・ショックでも他の先進国でも巨額な量的緩和が採用されたのに日銀がやらなかった遠因になったといえるだろう。そして、いまでもそれを引きずっている。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】モノを知らないということは本当に恐ろしいことだ(゚д゚)!

上の記事では、当事の岩田総裁が潜在成長率を1.7%としていたことが掲載されていますが、当事から本当にこのくらい成長していれば、デフレなどにはならなかったはずです。

にもかかわらず、本来緩和政策をすべきときに、利上げという金融引締めを実行してしまったことが、日本経済の転落のはじまりです。

さて、現在の日銀はどうかいとえば、やはりまともな経済理論を忘れているようです。そうして、日銀は政策に掲げているインフレ率の2%上昇の達成時期を「'19年ごろ」と1年先延ばしにしました。

日銀は消費拡大を「緩やかに進んでいる」とポジティブに捉えていますが、物価目標はすでに、'13年の導入決定からなかなか達成できていないことから、これ以上目標を掲げ続けることに意味があるのかと疑問を呈する向きも多いです。果たして「2%」という数字目標、そして今回の達成延期にはどのような意味があるのでしょうか。

そもそも、金融政策の究極的な目標は何なのでしょうか。それは「物価の安定」ではなく、「雇用の確保」を達成することです。経済理論では、インフレ率と失業率は「逆相関」の関係にあります。インフレ率が高ければ失業率は低く、逆にインフレ率が低ければ失業率が高くなるのです。これは、フィリップス曲線としてこのブログでも過去に何度か掲載してきました。

しかし、インフレ率がいくら上がっても失業率がほとんど下がらなくなる「限界」がこの逆相関にはあります。経済政策を行っても失業率の改善に効果がなければ意味がないです。

インフレ率の上限を定めているのは、失業率を無理やり下げるために極端な金融政策を実施しようとすることを自制させるためでもあります。

安倍政権の経済政策によって、現在就業者数は200万人程度上昇し、失業率は3%程度まで改善しています。

ここで重要なのは、なかなかインフレ率が上がらなくても、失業率が低下すれば金融政策の目的は達成されているということです。

日銀はあまりこのような説明をしない。というのは、日銀自身「金融政策=雇用政策」という意識が欠けていたからだでしょう。特に、民主党政権時代に任命された総裁、副総裁、政策委員会審議委員にはこのような成果基準を念頭に置かない人がほとんどでした。

しかし、おそらく今の日銀は構造失業率を「2%台半ば」と考えを改めているはずです。そして、完全雇用を達成するためには、金融緩和は継続すべきだと判断した結果が今回の目標達成の延期です。

インフレ率上昇の達成時期を'19年としたのは、裏を返せば少なくともあと2年は金融緩和を続けるということです。それと同時に、失業率を「2%台半ば」まで下げていくとの宣言でもあるのです。

たしかに金融政策は「物価の安定」を名目として実施されることが多く、今回の日銀のインフレ目標も例に漏れないです。ただし、「物価の安定」は雇用が確保されてこそ成り立つものです。

日銀もそのことに気づいて方針転換を図っているのですから、雇用の確保のために金融緩和を続けると説明したほうが国民に対して説得力もあるはずだし、これは報道にも同様のことがいえます。メディアにはもっと金融政策のリテラシーを持ってもらいたいです。

そうして、無論のこと、政治家などにもリテラシー持ってもらいたいものです。ブログ冒頭の記事で、高橋洋一氏が総務大臣補佐官を務めていた当事、「消費者物価統計が安定的にプラスになっている」という日銀の主張に対し、「消費者物価統計には上方バイアスがありプラスではない」と主張していたそうで、そのため、06年3月時点では日銀が量的緩和解除することに反対していたとあります。

そうして、この主張は、当時の竹中平蔵総務相と中川秀直政調会長には理解していただいたとあります。

中川秀直氏といえば、ご存知現在週刊新潮の女性問題スクープによって辞任に追い込まれた中川俊直の父親です。中川秀直も女性スキャンダル等にまみれた政治家でした。

中川俊直氏の女性スキャンダルを報道した週刊新潮の紙面
何を隠そう第66代内閣官房長官を辞任したのは、それが理由なのです。

2000年にゴシップ雑誌に中川秀直は愛人とともに一緒に撮影された写真がスクープとして掲載されました。

また愛人と過ごしている時のビデオや音声テープまでも流出したと言われていました。それによると中川秀直と思われる人物が愛人の女性に、警察情報を垂れ流していたのです。

この問題は国会で取り上げられて、厳しく詰問されるものの、中川秀直氏は否定していました。

しかし、2000年10月27日に音声テープの声の主が自分であると認め、これらの騒動の責任をとって内閣官房長官を辞任したのです。

中川秀直氏の不倫を伝える当事の週刊誌の紙面
中川秀直氏は、このようなスキャンダルにまみれた政治家ではありましたが、経済政策にはある程度まともな見識をもちあわせていました。中川秀直氏は、上げ潮派とも呼ばれていました。

上げ潮派(あげしおは)とは、経済と財政の関係において、財政(国家)による、経済(市場)への介入を少なくすることによって経済を成長させ、成長率が上がる事で税収が自然増となり、消費税の税率を上げなくても財政が再建されるとする立場を指します。

2006年、小泉政権の下、内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策担当)与謝野馨を中心とする経済財政諮問会議は、『「歳出・歳入一体改革」中間とりまとめ』と『経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006』を発表しました。これらの文書では、2011年度までの基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目標として掲げており、歳出・歳入の一体改革が提唱されました。

上げ潮派は、増税を先送りし金融緩和による景気刺激策や、大胆なイノベーションなどにより経済成長が達成されることで、税収が自然増となりプライマリーバランスの黒字化が達成できると主張していました。

経済学者の高橋洋一は「上げ潮派」は、自身、中川秀直、竹中平蔵の3人しかいないと明言しています。当事は残念ながら、安倍晋三氏は未だ金融政策などを理解していると高橋洋一氏は見ていなかったのだと思います。

しかし、安倍総理は第一次安倍内閣が崩壊してから、真摯に反省をして、やはりまともな経済対策の重要性を確信したのでしょう。

経済学者の田中秀臣氏は「『上げ潮派』はサプライサイド経済学だけでなく、その正反対の立ち位置と言えるオールド・ケインジアンのローレンス・クラインに理論的根拠を策定してもらっている」と指摘しています(田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、123頁)。

田中氏は「『上げ潮派』の目的は『小さな政府』の実現であり、デフレ脱却が目的ではなく、『小さな政府』達成のための一手段でしかなかったところが、この政治集団の限界であった」と指摘しています。確かに『上げ潮派』の主張と一致する、いわゆる『小さな政府』を実行するため、何もかも民営化して、たとえば「株式会社大学」を設立するような試みはほとんど全部失敗しています。

現在まともに残っている株式会社大学は、4つです。その4つもかなり機能を限定しています。
LEC東京リーガルマインド大学院大学 (2004年 株式会社東京リーガルマインド) - 「LEC東京リーガルマインド大学」として設立されたが、2013年に学部を廃止し、大学院のみを存続させ、現大学名に改称。 
デジタルハリウッド大学 (2005年 デジタルハリウッド株式会社) - 大学院のみの「デジタルハリウッド大学院大学」として設立。その後、学部を設置してデジタルハリウッド大学に改称。 
ビジネス・ブレークスルー大学 (2005年 ・2010年 株式会社ビジネス・ブレークスルー) - 大学院のみの「ビジネス・ブレークスルー大学院大学」として設立。その後、学部を設置してビジネス・ブレークスルー大学に改称。 
サイバー大学 (2007年 株式会社サイバーユニバーシティ株式会社) - ソフトバンク株式会社系列。なお本学は、全講義ともにインターネット配信形式となっており、スクーリングは一切ない。
そういった意味では、高橋洋一氏はデフレ脱却を目的としていましたから、厳密な意味では上げ潮派ではなかったといえます。そうして、その後リフレ派と呼ばれる人々が出てきて、まともな財政政策と金融政策を実行すべきことを主張しました。

しかし、いずれにせよ、当事の上げ潮派の考え方が、日銀の政策などにとりいれられていて今日に至っていれば、日本は早期にデフレから脱却できていた可能性がかなり高いです。しかし、中川秀直氏がスキャンダルに塗れて、辞任してしまうようでは、それが叶わなかったのも無理はありません。

いずれにせよ、政治家にはもっと財政政策や金融政策のリテラシーを持ってもらいたいです。現在のように未だに政治家のほとんどがリテラシーを持っていない状況では、安倍内閣が終焉を迎えれば、自民党の終焉というだけではなく、その後どの党が政権の座につこうと、超短期政権で終わり、日本は混乱します。

これに関しては、日本以外の国の人々と日本経済に関して、議論をしていると良く理解できます。多くの外国人には「何でここで量的緩和解除するのか」「金融緩和なしで財政出動して、製造業を見殺しにするのか」など日本はなぜ愚かな経済対策をやるのかといわれることがしばしばあり、何とも情けない限りです。

さらに最近では、戦後初めてといっても良いくらいの、まともな金融政策を実行する安倍政権を倒閣する動きが顕著になっており、もしそれが成功したら、政治家はもとより官僚も、マスコミも、日本はとんでもないどん底に陥ることを全く理解していないようです。

いずれ日本は、また雇用もGDPもどん底に落ちて、その後ようやっと、まともな金融政策や財政政策が重要だということに気づくのでしょうか。いや、それにさえ気付かず、どん底まで真っ逆さまに落ちていくのでしょうか。

本当に恐ろしいことです。モノを知らないということは本当に恐ろしいです。

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2017年7月27日木曜日

インフレ目標未達の真の問題 増税影響の説明と政治的配慮、追加緩和は補正と一体実施も―【私の論評】日銀は奇妙な景況感を捨て去り速やかに追加金融緩和せよ(゚д゚)!


グラフ、写真はブログ管理人挿入 以下同じ

日銀の金融緩和によって雇用環境は劇的に改善しているが、2%のインフレ目標達成時期は先送りが続いている。インフレ目標政策のセオリーから見て、目標達成の先送りをどのように考えたらいいのだろうか。

 本コラムでこれまで繰り返してきたことであるが、金融政策の究極的な目標は雇用の確保である。

 経済理論では、インフレ率と失業率には逆相関(インフレ率が高ければ失業率は低く、逆にインフレ率が低ければ失業率が高い)がある。失業率を低くしようとしても、これ以上は下がらない構造失業率があるのでそれ以下にはできず、その場合、インフレ率だけが高くなる。

 つまり、インフレ目標は過度に失業率を下げようとするのを歯止めをかけるために、失業率と逆相関になっているインフレ率の上限を設けていると考えてよい。つまり、失業率が低下していれば、インフレ目標に達していないのは、さらに金融緩和せよとのシグナルになり得ても、それまでの金融緩和が間違っていたということにはならない。

インフレ率と失業率の間の逆相関は「フィリップス曲線」として知られている
 その上で、インフレ目標に達していないことについて、中央銀行には説明責任が出てくる。

 日銀の金融政策による雇用のパフォーマンスをみれば、失業率の低下のほか、就業者数の増加、有効求人倍率の上昇が顕著であり、これまでの金融緩和を否定する材料はない。ただし、インフレ目標の達成の説明では、原油価格の動向の影響があるとしたものの、2014年4月からの消費増税の影響にはできるだけ触れないようにしており、不十分である。

 黒田東彦(はるひこ)総裁自らが、消費増税しても影響が軽微と言っていたことから、総裁自身の説得的な説明力に疑問が出てしまうのだ。


 今後の金融政策を考えると、2つの選択肢が出てくる。1つは、金融緩和を現状維持で継続すること。もう1つは追加緩和である。

 マネタリーベース(中央銀行が供給する資金)残高が増加していれば金融緩和とみていいが、限界的に見れば金融緩和のスピードは落ちている。これは、実際の失業率がそろそろ構造失業率(筆者の推計では2%半ば)に近づいており、本格的な賃金上昇が始まるかどうかというギリギリの段階まで来ているからだ。

 政治的に見ても、失業率が下限にぶち当たった後にくる賃金上昇は経営者サイドにはすこぶる不満な事態となる。本来の金融政策としては望ましいものの、政治的な配慮をすれば、追加緩和に踏み切れないという面もある。

 もっとも、現状維持でも失業率が下がらず、その一方で賃金やインフレ率が高まらなければ、追加緩和すべきだとなる。その手法としては、目先の影響度・注目度を考えれば外債購入であるが、そのハードルは高い。秋に開かれる見通しの臨時国会では補正予算が打ち出され、国債増発となるだろうから、それを見計らって国債買い入れを若干増加させるというのが現実的な財政金融一体の対応策だろう。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

【私の論評】日銀は奇妙な景況感を捨て去り速やかに追加金融緩和せよ(゚д゚)!

ブログ冒頭の記事で高橋洋一氏は「黒田東彦(はるひこ)総裁自らが、消費増税しても影響が軽微と言っていたことから、総裁自身の説得的な説明力に疑問が出てしまうのだ」としています。

この認識は、奇妙といえば、奇妙でした。その奇妙な状態はその後も続き、現在も続いています。

昨年7月29日に日本銀行(以下、日銀)は金融政策決定会合で追加緩和を決定しまし
た。決定のポイントは (1)年間80兆円の国債購入ペースを維持、(2)日銀当座預金の超過準備(政策金利残高)に対するマイナス金利0.1%を維持、(3)ETF購入のペースを年間3.3兆円から6兆円に増額、(4) 次回の金融政策決定会合で2013年4月以降の量的・質的緩和(マイナス金利を含む)の検証を行うと要約できるものでした。いわゆる追加緩和は上記の(3)のみでした。

ETFとは証券取引所に上場されており、TOPIX(東証株価指数)等の指標に連動する投資信託を意味します。実は我が国におけるETFの市場はそれほど大きくはありません、野村資本市場研究所の推定によれば2016年2月末で14.5兆円程度です。


ETF市場14.5兆円のうち日銀が約6兆円を購入するという当事の追加緩和は一見すると大きな額のように見えました。しかし、実際にはそうでありせんでした。

日銀の使命は、日銀法に定められている通り「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展」に努めることです。言うまでもなくそのETF購入も国民経済の健全な発展のために行うのであって、ETF市場を活性化することにはありません。ETF購入は、日銀が株式市場全体に資金を供給することで、日本経済全体の活性化を図るものです。

しかし、東証一部上場企業の株だけでも時価総額は約500兆円前後(昨年7月末)あり、日銀が購入する6兆円はそれに比べて少額にすぎるといえます。つまり、当事の追加緩和は、2014年4月の消費増税以後、停滞が続く日本経済を回復させるにはまったく力不足であると言わざるをえないものでした。

さらに、政策決定会合後の記者会見で黒田東彦総裁は「英国のEU離脱問題や新興国経済の減速を背景に、海外経済の不透明感が高まり、国際金融市場では不安定な動きが続いている。日本銀行は、こうした不確実性が企業や家計のコンフィデンスの悪化につながることを防止する」ことが必要と述べており、その認識は間違いではなかったと思います。

日銀黒田総裁
しかし、黒田総裁が「わが国の景気は、新興国経済の減速の影響などから輸出・生産面に鈍さがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けている」と述べた部分、さらに「その後は、家計・企業の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、潜在成長率を上回る成長を続け、基調として緩やかに拡大していく」の部分には大きく首を傾げざるを得ませんでした。

現実には2014年4月の消費増税以後、日本経済は民間需要が低迷し、黒田総裁が述べるような「前向きの循環メカニズム」が機能しているようには到底見えませんでした、どうしてあのような認識だったのでしょうか。

2013年4月に現在の日銀執行部が量的・質的緩和を始めて、すでに4年以上が経過しました。しかし、消費者物価指数でみたインフレ率(前年同月比)はブログ冒頭のグラフをご覧いただいてもおわかりなる通り、2%にはほど遠いです。

昨年からすでに失業率が下がらず、その一方で賃金やインフレ率も高まらならい状況が続いています。日銀は、このような状況を、奇妙な景況感でごまかすことなく、国内の景気が低迷していることを直視すべきです。

そして、より思い切った量的追加緩和策を検討し、次回の政策決定会合で実行に移すべきです。

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2017年6月30日金曜日

日銀の原田泰審議委員はヒトラーを賞賛してはいない。ロイターの記事は誤解を招く―【私の論評】経済史を理解しないと馬鹿になる(゚д゚)!

日銀の原田泰審議委員はヒトラーを賞賛してはいない。ロイターの記事は誤解を招く

田中秀臣


上武大学教授田中秀臣氏

非常に驚く記事を読んだ。ニューズウィーク日本版ウェブに6月28日に掲載された、ロイターの伊藤純夫(編集 田巻一彦)による"日銀の原田審議委員「ヒトラーが正しい財政・金融政策をして悲劇起きた」" と題された記事だ。

 深刻な誤解を世界の読者に与えた

この題名しか読まない人は、あたかも原田泰審議委員が、ヒトラーの政策を「正しい」ものとして肯定したかのような印象をうけとったのではないか。実際にこの記事へのコメントには、少数ながらそのような反応がある。さらに深刻なのはこの記事の海外版の見出しであり、Bank of Japan policymaker Yutaka Harada praises Hitler's economic policiesとある。つまり「原田泰日銀政策委員がヒトラーの経済政策を賞賛した」というものとして掲示されている。これは深刻な誤解を世界の読者に与えたであろう。

もし原田審議委員のヒトラーに対する評価を肯定的なものと解釈するならば、それは解釈する側の無理解か、または悪意による歪曲か、そのいずれかでしかない。原田審議委員は従前から、ヒトラーの悪行の数々を痛烈に批判し、ヒトラー政権のような存在が二度とこの世に現れないために、いままでもいくつかの著作・書籍を書いてきた。それらは公知のものであり、ロイターの記者らも簡単に入手でき、原田審議委員の発言の趣旨を確認できたはずだ。それをしないのであれば、私見では深刻な問題であろう。また少なくともヒトラー政権を肯定的にみなしていると誤解を与えないような記事内容、また見出しの工夫が必要だったろう。

 原田審議委員の趣旨は

以下では、原田泰審議委員のヒトラー政権の評価、そしてヒトラーの経済政策の問題性を、彼の著作『反資本主義の亡霊』(日経プレミアムシリーズ)を参照に解説したい。なるべく原田審議委員の趣旨を伝えたいので、文章も彼のものをできるだけ拝借したことを、著者と読者の方々にお断りしたい。

原田泰審議委員 写真はブログ管理人挿入 以下同じ
「第一次世界大戦後の混乱の中で、ドイツは物価水準が一兆倍にもなるハイパーインフレ―ションに襲われた。その混乱の中でナチスが権力を握り、ヨーロッパを戦乱に陥れ、ユダヤ人の大虐殺を行った。世界を征服しようというナチスの勢いを見て、日本の軍部は日独同盟を結び、アジア征服に乗り出した。その結果が、大惨事である。だから、インフレを起こしてはいけないと議論されることが多い」(同書。187頁)。

このハイパーインフレ(高いインフレ)がドイツ社会を破壊し、それがナチスの台頭を招いたというのは誤解であると、原田審議委員は説いている。ハイパーインフレや高いインフレではなく、デフレの蔓延こそがナチスの台頭を招き、後の大惨事につながったというのが原田審議委員の主張だ。

ドイツのハイパー・インフレ時に紙くずになった札束をゴミ箱に捨てる人たち
そもそもドイツでハイパーインフレが起きたのは1910年代の末であり、ナチスが政権を奪取したのは1934年であり、ハイパーインフレから15年も時間が経過している。1920年代はワイマール共和国の時代であり、なんとか平和が維持されていた、それが崩れたのは1930年代の大恐慌というデフレと失業の時代ゆえであった、というのが原田審議委員の着眼点だ。インフレではなく、デフレこそナチス台頭の経済的原因であったということだ。

「ヒトラーは、インフレの中では(ミュンヘン一揆の失敗など)権力が握れず、デフレになって初めて権力を得たのである。この単純な事実から、インフレもデフレも悪いが、デフレの方がより悪いと結論を下すのが当然と思うのだが、なぜ逆の結論になって、その結論を多くの人が信じているのだろうか」(カッコ内は田中の補遺、同書188頁)。

1930年代のドイツでは、デフレの進行と30%を超える極度に高い失業率が出現した。ナチスはこの経済的混乱を利用して、「人々の敵愾心をあおり、政権を奪ったのである」(同書、189頁)。

「政権を奪った後に何をしたか。金融緩和政策でデフレから脱却し、景気を回復させ、アウトバーンという高速道路を建設し、フォルクスワーゲン(国民車)を造るという産業政策も行った。(略)すべては大成功だった。国民はこの大成功を見て、ナチスの対外政策、ヨーロッパ征服も正しいのではないかと思ってしまった。日本の軍部もそう思ったのである」(同書、189頁)。

 ナチスの経済政策の「大成功」をほめたたえているのではない

だが、これはナチスの経済政策の「大成功」をほめたたえているのではない。経済政策は「大成功」したが、それによってもたらされたのは、ナチス政権による「人種差別や世界征服」などの「大惨事」であった。ナチスの経済政策の「大成功」という皮相な評価にドイツ国民や日本の軍部が目を奪われないで済んだ可能性の方に、原田審議委員は注目すべきだと説いているのだ。ここを間違えてはいけない。ロイターの記事のように間違えてはいけないのだ。

「そもそも、ヒトラーの前の政権が、金融を緩和し、デフレから脱却すればよかっただけの話である。そうすれば、失業率は低下し、人々は理性を取り戻し、人種差別や世界征服を呼号するナチスに投票などしなかっただろう。ヒトラーは政権に就くことができず、第二次世界大戦は起こらなかった」(同書、189-190頁)。

この一文を読めば、原田審議委員の趣旨は明瞭であろう。彼ほど世界の人々の自由を愛しその可能性を推し進めようというエコノミストは、ほとんど私のまわりにいなかった。その発言の一部だけを切り取り、自由と人権とそして人々の生命を奪ったヒトラーの政策、そして経済政策を「賞賛」することほど、原田の趣旨に遠いものはない。

【私の論評】経済史を理解しないと馬鹿になる(゚д゚)!

ナチスを台頭させたのは、ハイパーインフレであると思い込んでいる人は結構多いようです。しかし、これは真実ではありません。ナチスを台頭させたのは、デフレです。

この歴史的事実を把握している人は、原田審議員の主張を間違えて受け取ることはなかったでしょう。

原田氏は、誤解を招いたことに関しては、謝罪をしています。以下にそれに関する記事のリンクを掲載します。
ヒトラーの政策を正当化する意図ない=原田日銀委員が謝罪


日銀の原田泰審議委員は30日、都内で29日に行った講演で、ナチス・ドイツ総統だったヒトラーが「正しい財政・金融政策をしてしまったことで、かえって世界が悪くなった」などと発言したことについて、誤解を招く表現があったことを心よりお詫び申し上げたいと謝罪した。ロイターに対してコメントした。 
原田委員は一連の発言について「早期に適切な政策運営を行うことの重要性を述べたものであり、ヒトラーの政策を正当化する意図は全くない」と述べ、「実際、発言の中において、ヒトラーの政策が悲劇をもたらしたことは明確に指摘している」とした。 
ただ、「一部に誤解を招くような表現があったことについては、心よりお詫び申し上げたい」と謝罪した。 
原田委員の発言について日銀では「日本銀行としても、審議委員の発言に誤解を招くような表現があったことについては遺憾に思っており、こうしたことがないよう、今後とも注意してまいりたい」とコメントした。 
原田委員は29日の講演で、1929年の世界大恐慌後の欧米の財政・金融政策に言及し、「ケインズは財政・金融両面の政策が必要と言った。1930年代からそう述べていたが、景気刺激策が実際、取られたのは遅かった」と述べた。 
さらに欧米各国を比較すると、英国は相対的に早めに財政・金融措置を講じたが、ドイツ、米国は遅く、フランスは最も遅くなったと分析。 
そのうえで「ヒトラーが正しい財政・金融政策をやらなければ、一時的に政権を取ったかもしれないが、国民はヒトラーの言うことをそれ以上、聞かなかっただろう。彼が正しい財政・金融政策をしてしまったことによって、なおさら悲劇が起きた。ヒトラーより前の人が、正しい政策を取るべきだった」と語った。 
合わせてナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺と第2次世界大戦によって、数千万人の人々が死んだとも述べた。
この謝罪の内容からみて、ブログ冒頭の田中秀臣氏の論評は筋の通ったものであることがわかります。

さて、ドイツのハイパーインフレに関してさらに付け加えさせていただきます。

1922年から1923年に起きたドイツのハイパーインフレ Hyper Inflation は、西側諸国の教科書では「政府の通貨システム支配の失敗による典型的な人災」として紹介されています。

銀行家が通貨発行権を支配するということは「責任を課せられ」、「安全を保障する」ことです。しかしその実、銀行家と彼らが支配する中央銀行は、ドイツにハイパーインフレを起こした黒幕でした。

ドイツ帝国銀行 Reichsbank(1876~1948年)は、1876年に創設された民間所有のドイツの中央銀行ではありましたが、ドイツ皇帝 Deutscher Kaiser と時の政府の意向を大きく受けていました。帝国銀行の総裁と理事は全て政府の要職が担当し、皇帝が直接に任命する終身制でした。中央銀行の収益は民間株主と政府に配当されましたが、株主は中央銀行の政策決定権を有していませんでした。

これはイングランド銀行 Bank of England(1694年~)や、フランス銀行 Banque de France(1800年~)、アメリカ連邦準備銀行と明らかに異なり、ドイツ特有の中央銀行制度であり、通貨発行権は最高統治者のドイツ皇帝にしっかりと握られていました。ドイツ帝国銀行創設後のマルク Deutsche Mark は非常に安定し、ドイツの経済成長を大いに促進し、金融制度の立ち遅れた国家が先進国を追い越す成功事例となりました。

ドイツ敗戦後の1918年から1922年の間も、マルクの購買力は依然として堅調であり、インフレは英米仏などの戦勝国と比べてもあまり差はありませんでした。焦土と化した敗戦国でありながら、ドイツ帝国銀行の通貨政策がこれだけのレベル Level〔※水準〕で維持され、効果を上げたことは称賛されるべきことでした。

敗戦後、戦勝国はドイツの中央銀行に対するドイツ政府の支配権を完全に剥奪しました。1922年5月26日、ドイツ帝国銀行の「独立性」を確保する法律が制定され、中央銀行はドイツ政府の支配から抜け出し、政府の通貨政策支配権も完全に廃止されました。ドイツの通貨発行権は、ウォーバーグ Warburg Family などの国際銀行家を含む個人銀行家に移譲されたのです。

そうして、ドイツのハイパーインフレの直接のきっかけは、第一次大戦後のヴェルサイユ講話条約により、戦勝国がドイツに支払い不可能な天文学的な数字の賠償金を課したことによります。ドイツ政府はそこで賠償金の資金を調達するため、当時のドイツ帝国銀行に国債を引き受けさせた結果、ドイツ帝国銀行は、大量の紙幣を新規発行したため通貨価値が急激に下がりハイパーインフレが起こったのです。

ウィリアム・オルペン画『1919年6月28日、ベルサイユ宮殿、鏡の間での講和条約の調印』
そうして、それを可能にしたのが、当時のドイツ帝国銀行の独立性です。先にも掲載したように、ドイツ帝国銀行は、ドイツ政府の支配から抜け出し、政府の通貨政策支配権も完全に廃止されました。これは、ドイツ帝国の金融政策を政府はなく、ドイツ帝国銀行が決めることができるということです。

これが、ハイパーインフレを招いた根本にあります。ドイツ帝国銀行としては、天文学的な国債を引き受けるためには、ドイツ帝国の金融政策などおかまいなしで、大量のマルクを刷り増すしか方法がなかったのでしょう。

このドイツのハイパーインフレの惨禍の反省にたち、現在世界各国の中央銀行は、国の金融政策を自ら決定することはなくなりました。国の金融政策の目標はあくまで、政府が定め、中央銀行は、その目標に従い、専門家的立場からその目標を達成するための手段を自由に選べるというのが、今日世界中の中央銀行の独立性のスタンダードとなっています。

しかし、現在そうではない国があります。そうです。それは、日本です。日本もかつては、日本国の金融政策の目標を政府が定めることができたのですが、1997年に日銀法が改悪され、日本国の金融政策は日銀が定めることになったのです。

これでは、あたかも日銀が、1922年当時のドイツ帝国銀行のようになってしまったようです。そうして、これはドイツの惨禍とは全く異なる形で、惨禍をもたらしました。そうです。何が何でも金融引締めということで、デフレをもたらし、その結果として超円高となり日本経済が長い間デフレ・スパイラルの泥沼にしずみこんでしまいました。

しかし、2013年より金融緩和を標榜する安倍政権が登場し、日銀の総裁も白川総裁から、黒田総裁に変わり、金融緩和を実施するようになりました。その後、量的緩和が十分ではない部分もありますが、緩和策が実行され続け、雇用状況は劇的に改善されました。

しかし、日銀法は改悪されたままであり、日本国の金融政策の目標は日銀の審議会で定められています。そうして、現状ではこの新議員の多数派、金融緩和派で占められているので、不十分とはいながら、緩和政策が続けられています。

しかし、日本国の金融政策は日銀の審議会で決定されるわけですから、今後緩和に反対する審議員が多数派になれば、日本政府の意図とは関係なしに、引き締めに転じてしまうということも十分にあり得るのです。

こんな馬鹿なことがつづけられているのが、日本国の金融なのです。しかし、上記のようにドイツ帝国銀行の「独立性」がハイパーインフレの原因の一つであったことが多くの人々に認知されれば、現行の日銀法は改正して、再度日本の金融政策の目標は政府が定めるようにすべきであるという認識が広まると思います。

それと、経済史的な観点からもう一つ付け加えると、世界金融恐慌の原因は、1990年代の研究でデフレであったことがわかっています。

そうして、この世界恐慌から一番最初に抜け出したのは、実はドイツではないのです。それは、日本です。当時の高橋是清大蔵大臣が、今日でいうところの、リフレ政策すなわち、金融緩和策、積極財政を実行していち早く脱却しています。

これについては、このブログでも以前何度か掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
ポール・クルーグマンの新著『さっさと不況を終わらせろ』−【私の論評】まったくその通り!!

 

詳細は、この記事をご覧下さい。この記事には、「宝永の改鋳」という江戸時代の、金融緩和策と、高橋是清の政策についても掲載しています。

いずれにせよ、このような経済史を知れば、どういうタイミングで、金融緩和や積極財政を実施すれば良いのか理解できるはずです。

しかし、経済史を知らなければ、原田泰審議委員の講演はヒトラーを賞賛したものと思い込んだり、デフレであるにもかかわらず、金融引締めをしたり、増税などの緊縮財政を正しいと思い込んでしまうような、頓珍漢なことをしても何もおかしいとは思わないということにもなりかねません。

現在のメディア関係者や、政治家などこのような知見を欠いている人が多いです。このようなひとたちが、8%増税を強力に推進したり、景気や雇用が悪い時に、金融引締めを推進するという馬鹿なことをしてしまうのです。

心ある人、特に若い人は、是非経済史を振り返っていただきたいです。そうすることにより、日本国の経済に関して、正しい認識を持てるようになります。

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