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習近平 |
米欧の中国包囲網が強まってきた。
欧州連合(EU)と米国、英国、カナダがウイグル人弾圧を批判して対中制裁を決めた一方、米英カナダと豪州、ニュージーランドの外相も、それぞれ中国を批判する共同声明を出した。日本は様子見でいいのか。欧州連合は3月22日、新疆ウイグル自治区での人権弾圧について、中国共産党の地元党委員会幹部ら4人と拘束施設を管理する公安当局について、EU域内への渡航禁止や資産凍結を決めた(https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2021/03/22/eu-imposes-further-sanctions-over-serious-violations-of-human-rights-around-the-world/)。
決定は、EUに加盟する27カ国による全会一致だった。ハンガリー外相が「(制裁は)有害で、的外れだ」と述べたが、決定には反対しなかった(https://www.reuters.com/article/us-eu-china-sanctions-idUSKBN2BE1AI)。親中国で知られたイタリアも同様だ。EUの対中制裁は、1989年の天安門事件以来である。欧州には、かつてユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツの忌まわしい記憶が残っている。なにより、人権弾圧には敏感なのだ。欧州が対中批判で足並みをそろえた背景には、新型コロナの感染拡大を機に、中国への反発が高まっていた事情もあるだろう。そんな欧州が人権弾圧で制裁に踏み切ったとなると、中長期的な欧州の「中国離れ」につながる可能性が高い。欧州は
習近平総書記(国家主席)の肝いり政策である「一帯一路」の終着点に位置づけられている。もちろん、中国には大打撃だ。それを証明するように、中国外務省の報道官は制裁に対して、次のように最大級の非難を浴びせた。中国もEUとの関係改善は当分、あきらめたかのようだ。----------
〈この(制裁の)動きは嘘と偽情報以外の何物にも基づかず、事実を無視し歪曲し、中国の内政に干渉し、国際法と国際関係を規律する基本的規範に全面的に違反し、中国・EU関係を深刻に傷つけている。中国は断固として反対し、強く非難する〉(https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/t1863106.shtml)
アメリカなど5カ国も、人権侵害を批判
一方、米国務省は3月22日、制裁発動に合わせて、英国、カナダとともに次のような共同声明を発表した(https://www.state.gov/joint-statement-on-xinjiang/)。
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〈カナダと英国の外務大臣、および米国の国務長官は、新疆ウイグル自治区における中国の人権侵害と虐待について、深く継続的な懸念で一致している。中国政府自身の文書、衛星画像、目撃証言などからの証拠は圧倒的だ。中国の弾圧プログラムには、宗教の自由に対する厳しい制限、強制労働の断行、収容所での大量拘禁、強制不妊手術、ウイグル人の遺産に対する破壊が含まれる〉
〈我々は、新疆ウイグル自治区における人権侵害と虐待について明確なメッセージを送るために、
欧州連合による措置と並んで、協調的に行動した。我々は、中国がウイグル人の「イスラム教徒や新疆ウイグル自治区の他の民族的および宗教的少数グループに対する抑圧的慣行を終わらせ、恣意的に拘束された人々を釈放するよう呼びかける〉
〈我々は透明性と説明責任の重要性を強調し、独立した国連の調査官、ジャーナリスト、外交官を含めて、国際社会に新疆への妨害されないアクセスを与えるよう、中国に要請する。我々は中国の人権侵害にスポットライトを当てるために、引き続き協力していく。私たちは団結し、新疆ウイグル自治区で苦しんでいる人々のために正義を求める〉
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すると、豪州とニュージーランドの政府も翌23日、米英カナダと立場と共有する、次のような声明を出した(https://www.foreignminister.gov.au/minister/marise-payne/media-release/joint-statement-human-rights-abuses-xinjiang)。
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〈豪州政府とニュージーランド政府は今日、新疆ウイグル自治区のウイグル人や、その他のイスラム教徒の少数民族に対する深刻な人権侵害について、信頼できる報告が増えていることを懸念する。宗教の自由の制限、大量監視、大規模な司法外の拘禁、強制労働、不妊手術を含む強制避妊など、深刻な人権侵害の明らかな証拠がある〉
〈豪州とニュージーランドは、カナダ、欧州連合、英国、米国が発表した措置を歓迎する。我々は、これらの国々の深い懸念を共有する。懸念はオーストラリアとニュージーランドの社会全体で共有されている〉
〈新疆ウイグル自治区の収容所に関する報告が出始めた2018年以来、豪州とニュージーランドは国連で一貫して中国に対し、ウイグル人やその他の宗教的および少数民族の人権を尊重するよう求めてきた。我々は透明性と説明責任の重要性を強調し、国連の専門家や他の独立したオブザーバーに新疆への有意義で自由なアクセスを許可するよう、中国に繰り返し呼びかける〉
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2つの声明は別々に発表されたが、中身はほぼ同じ内容だ。したがって、両者は一体とみてもいい。ちなみに、NHKは「5カ国の共同声明」と報じた(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210323/k10012930421000.html)。豪州とニュージーランドは、米英カナダの姿勢に異論はなかったが、何かの事情で同じ声明には名を連ねずに、1日遅れで参加した形になった。この経緯は興味深い。日本も同じ立場であるなら、少なくとも、1日遅れの豪州とニュージーランドと足並みをそろえるのは、可能だったはずだからだ。
中国に対して弱腰すぎる菅政権
日本はどう対応したのか。答えを先に言えば「何もしなかった」。
加藤勝信官房長官は3月23日の会見で、EUと米英カナダの制裁について、記者に見解を質問され、次のように答えている(https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202103/23_a.html 以下は動画からの書き起こし)。
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〈新疆ウイグル自治区については、重大な人権侵害が行われているとの報告が数多く出されており、我が国として同自治区の人権状況については深刻に懸念し、中国政府に対して透明性のある説明を行うよう働きかけをしている。引き続き国際社会が緊密に連携して、中国側に強く働きかけることが重要と考えている〉
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これだけ聞くと、あたかも日本政府も欧米と同じように中国を批判した、と思われるかもしれない。だが、まったく違う。日本政府は独自に声明を出したわけでも、共同声明に加わったわけでもない。ただ、官房長官が記者の質問に答えただけだ。逆に言えば、記者の質問がなければ、日本政府は何のコメントも出さなかったのだ。自分で判断して声明を出すのと、記者に聞かれたから答えるのとでは、外交上の意味はまったく異なる。これでは、欧米の制裁に沈黙したのと同じである。記者からは「日本も制裁に加わるよう、米欧から打診があったのか」「日本として、人権侵害の認識はどうなのか」などと質問が飛んだ。すると、加藤氏はこう答えた。
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〈欧米諸国とは日頃からさまざまな意見交換を行っているところだが、具体的にどういう外交のやりとりがあったかについては、コメントを控えさせていただく〉
〈我が国としては国際社会における普遍的かつ自由、基本的人権の尊重、法の支配が中国においても保証されることが重要と考えており、こうした立場を含めて国際社会からの関心が高まっているウイグル地区の人権状況について、中国政府が透明性のある説明をするよう、働きかけを行っている〉
〈昨年10月、国連第3委員会で香港、新疆ウイグルに関する共同ステートメントにアジアから唯一の参加国として参加し、新疆の人権状況に関する深刻な懸念を表明した。さらに本年2月23日の人権理事会においても、我が国から深刻な懸念を表明するとともに、中国に対し具体的な行動をとるよう強く求めた〉
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これも同じだ。「国連で懸念を表明した」という過去の経緯を紹介しただけで、今回の制裁を受けた日本の対応を説明したわけではない。何も対応していないから、話せないのだ。そのうえで、具体的に日本が制裁できるかどうかについては、こう答えている。----------
〈人権に関する制裁について、現行の外国為替及び外国貿易法においては、資産凍結や輸出入規制の要件として、我が国が締結した条約その他の国際約束を誠実に履行するための必要があると認めるとき、国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、とくに必要があると認めるとき、我が国の平和および安全の維持のためとくに必要があるとき、とされており、人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない〉
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結論を言えば、日本の
菅義偉政権は残念ながら、欧米に比べて、中国に弱腰と言わざるをえない。自ら「国際社会の連携が重要」と強調しながら、自分自身は欧米が制裁したタイミングで「何もしていない」も同然なのだから、言行不一致と言ってもいい。加藤氏は言及しなかったが、日米の外務、防衛閣僚による安全保障協議委員会(2+2)が3月16日に発表した共同声明は「閣僚は、香港及び新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有した」と書いている(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100161034.pdf)。それでも、この1行だけでは物足りないのは当然だ。先週のコラムにも書いたように、私はかねて、
ジョー・バイデン米大統領の対中宥和姿勢を懸念してきたが、こうなると、菅政権のほうが心配になる(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81341)。菅政権は4月初めに予定される訪米までに、本腰を入れて対中政策を見直す必要がある。このままでは、せっかく同盟国で真っ先に日本の首相との対面会談をセットしてくれたのに、バイデン政権を失望させてしまいかねない。
付け加えれば、今回の制裁は来年冬の北京五輪を直撃する可能性も出てきた。欧米が人権弾圧で制裁している国の五輪に参加するだろうか。「ウイグル人弾圧は許せない。大量虐殺(ジェノサイド)だ」と拳を振り上げながら「五輪は平和の祭典。成功を祈る」というのは、辻褄が合わない。いずれ、日本は北京五輪への態度表明も迫られるだろう。
長谷川 幸洋(ジャーナリスト)
【私の論評】菅首相は自ら制裁措置を取ろうと取るまいと、中国に進出している日本企業の商業活動を同盟国・米国から妨害されてしまいかねない(゚д゚)
日本政府は経済的影響への懸念から対中制裁は慎重な姿勢を崩していません。ただし、与野党には主要7カ国(G7)の中で孤立するのは避けたいとの意見もあり、対応に苦慮しているようです。
実は中国新疆ウイグル自治区のウイグル人弾圧問題を巡り、日本でも中国への制裁措置に関する議論が始まっていました。同問題に関する議論は日本の国家安全保障局(NSS)、経済産業省(METI)、国会議員により推進されていました。
中国北西部に位置する同自治区ではイスラム教徒が多数を占めているが、中国政府は電子監視装置や不妊手術の強制など、同地域住民を対象としたいくつかの政策を施行しています。
世界各国もこの動きに注目していました。オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が2020年3月に発表した報告書により、そのサプライチェーンがウイグル人労働力に絡んでいるとする83社の主要国際ブランドが特定されましたが、その中では11社の日本企業が名指しされていました。
同報告書によると、中国政府の労働力移送プログラムにより、少なくとも8万人のウイグル人が新疆ウイグル自治区(ウイグル人には東トルキスタンとして知られている)から中国各地の工場に労働力として強制的に移送されているといいます。
日本経済新聞(日経新聞)が報じたところでは、2020年6月、米国ではドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領の署名によりウイグル人権法が成立したことで、継続的なウイグル人弾圧に関与する中国の個人や組織を制裁対象に指定することが可能となったのですが、日本が今後同様の法律制定を視野に入れて動く場合、報告書で指摘された日本企業が害を被る可能性があります。
すでに2020年12月の時点で、ウイグル人権法に基づき、4人の個人と1企業が米国の資産を凍結されています。
同盟を結ぶ日米政府間のこうした連携は、世界の民主主義諸国の国会議員代表により構成される非政府組織(NGO)「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の取り組みに端を発している可能性があります
日本では対象を絞った制裁を認める米国の法律と同様の効果のある法案が起草される可能性が高いともされていました。現在の日本国憲法に基づく法体系では、人権侵害問題だけを理由に制裁措置を課すことは難しいのです。
人権を理由にした制裁としては、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)の際に日本が経済制裁を発動した事例がありますが、当時、日本は国連決議を踏まえて同国との取引に規制を課しています。
国連決議がない限り制裁は難しい状況ではありますが、そもそも国連安全保障理事会常任理事国である中国がその類の決議を認めるはずがありません。こうした事情も踏まえ、同議会連盟が国際刑事裁判所(ICC)と国際連合人権理事会に、ウイグル民族に対する人道上の罪と大量虐殺(ジェノサイド)を理由に告発された中国当局者に関する調査を依頼しています。
日本が制裁に慎重なのは、中国が対抗措置に踏み切れば、日本経済に大きな影響が及びかねないと考えているからなのでしょう。特に経済界からは、対中貿易に影響を与えないでほしいと強く要望されていると思われます。確かに、経済的な依存度は天安門事件当時とは比べものにならず、制裁には相当な覚悟が必要なのかもしれません。
しかし、そうはいっても、中国政府は、日本企業のような外資企業が中国本土でビジネス展開を始めると、海外への送金を制限して、人民元を海外の本国通貨に自由に両替させないことで、資金が本国に戻ることを阻止しています。これでは、中国ビジネスの意味はないです。
それにウイグル問題は明日のわが国の問題ともいえます。そうなってしまえば、ビジネスどころではありません。むしろ、欧米諸国以上に日本が真剣に前へ出なければならないはずです。マスメディアはそれを後押しすべく、今こそ「対中包囲網というバスに乗り遅れるな」と大合唱すべきです。
確かに、人権侵害を理由に制裁を科す国内法がない現状では、国連安全保障理事会の決議がなければ資産凍結や貿易制限は難しいというのが政府見解のようではあります。ただ、与野党には米国の法律を参考に「
マグニツキー法(人権侵害制裁法)」の制定を求める声もありますが、制裁実施が義務化される可能性もあり、政府は慎重な姿勢です。
一方で、各国と連携して対中圧力を高めたい米国の意向も無視できないです。バイデン米大統領が初めて対面で会談する外国首脳に菅義偉首相を選んだことなどから、日本にこれだけ配慮してくれた以上、日本も米国の要求をのまざるを得ないという見方もあります。
先日もこのブログに掲載した、新疆ウイグル自治区での人権抑圧状況を徹底調査してきたオーストラリア戦略政策研究所(Austrarian Strategy and Policy Institute=ASPI)が2020年3月に発表した報告書には、こう記述されています。
「中国政府の労働力移送プログラムにより、少なくとも8万人のウイグル人が新疆ウイグル自治区から中国各地の工場に労働力として強制的に移送されている」
「これらの工場で国際的なブランド製品を生産している企業は、H&M、日立、カルバン・クライン、アディダス、ビクトリアズ・シークレット、ジャパン・ディスプレイ、ミツミ、TDK、東芝、京セラ、アップル、グーグル、HP、マイクロソフト、任天堂、ソニー、シャープなど83社に上っている」
このリストには掲載はされていないものの、兵庫県に本社を置くスポーツ用品大手・アシックスの中国法人は3月25日、中国SNS・ウェイボーで、引き続き新疆ウイグル自治区産の綿花を購入すると発表しました。