2021年3月28日日曜日

安保法施行5年、進む日米一体化=武器等防護、豪州に拡大へ―【私の論評】正確には武器防護は一度も行われてないないが、警護は行われ、それが中国等への牽制となっている(゚д゚)!

安保法施行5年、進む日米一体化=武器等防護、豪州に拡大へ

日本の燃料補給艦から補給を受ける米軍のイージス艦

 集団的自衛権行使を一部容認する安全保障関連法が施行されて29日で5年。この間、海上自衛隊の艦艇による米艦防護などを通じ、日米の軍事的一体化は進んだ。先の日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、東・南シナ海で威圧的行動を繰り返す中国への懸念を共有。菅義偉首相とバイデン大統領による4月の日米首脳会談でも対中戦略が主要議題となる見通しだ。

 「もう米国から『ブーツ・オン・ザ・グラウンド』『ショー・ザ・フラッグ』と言われるような日本ではなくなっている」。茂木敏充外相は22日の参院外交防衛委員会で、イラク戦争で自衛隊の貢献を求められた象徴的な言葉を引き合いに、安保法施行後の日米同盟強化を強調しました。

ブーツ・オン・ザ・グラウンド』『ショー・ザ・フラッグ』発言をしたアーミテージ氏

 同法施行により、自衛隊は外国の艦艇や航空機を「武器等防護」の名目で護衛することが可能になった。2017年5月に初めて海自護衛艦が米補給艦を防護して以降、18年は16件、19年は14件と着実に実施。防衛省幹部は「米国からの信頼を得ている証しだ」と胸を張る。

 20年は25件で過去最多となった。内訳は、弾道ミサイル対応を含む情報収集・警戒監視に当たる米艦艇の防護が4件、共同訓練の際の航空機防護が21件だった。

 しかし、自衛隊の任務が拡大する一方で、その活動実態は不透明だ。防衛省は運用状況を毎年公表しているが、分類は「情報収集・警戒監視」「輸送・補給」「共同訓練」といった概要のみ。実施場所や時期も明らかにしていない。岸信夫防衛相は23日の記者会見で「相手(米軍)との関係で発信できる情報も限られてしまう」と理解を求めた。

 沖縄県・尖閣諸島周辺では中国海警局の船舶が領海侵入を繰り返している。米政府は対日防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が尖閣にも適用されると明言しているが、外務省幹部は「日本がまず自分たちで戦うことが前提。そうじゃないと米国は守ってくれない」と指摘する。年内に再び開く日米2プラス2では、自衛隊のさらなる役割拡大が議論される見通しだ。

 防護対象は米国以外にも拡大しつつある。昨年10月の日豪防衛相会談では、オーストラリア軍を防護対象に加える調整に入ることで合意。実現すれば米国に続き2カ国目となる。

 欧州各国も中国の海洋進出への懸念を強めている。フランスは昨年末、沖ノ鳥島(東京都小笠原村)周辺海域での日米仏共同訓練に潜水艦を派遣。英国は年内に最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を東アジアに派遣する方針だ。こうした国も将来的に武器等防護の対象になる可能性がある。

 ◇武器等防護の実施件数と種類

       情報収集・警戒監視 輸送・補給 共同訓練

2017年      0       0     2

  18年      3       0    13

  19年      4       0    10

  20年      4       0    21

【了】

【私の論評】正確には武器防護は一度も行われてないないが、警護は行われ、それが中国等への牽制となっている(゚д゚)!

2015年成立した安全保障関連法で新設された「武器等防護」(自衛隊法95条の2)の規定をいかに掲載します。
(合衆国軍隊等の部隊の武器等の防護のための武器の使用)

第九十五条の二  自衛官は、アメリカ合衆国の軍隊その他の外国の軍隊その他これに類する組織(次項において「合衆国軍隊等」という。)の部隊であつて自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含み、現に戦闘行為が行われている現場で行われるものを除く。)に現に従事しているものの武器等を職務上警護するに当たり、人又は武器等を防護するため必要であると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六 又は第三十七条 に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

2 前項の警護は、合衆国軍隊等から要請があつた場合であつて、防衛大臣が必要と認めるときに限り、自衛官が行うものとする。
米軍等の要請を受けて防衛相が必要と認めるときは「警護」(95条の2第2項)を行う。この「警護」中に、外部からの攻撃など「防護」の必要がある場合に武器使用ができる(同第1項)。

現時点では外部からの攻撃が発生していません。今後「防護」すべき事態が起きる可能性がゼロとは言えないが、現段階はそうした事態に至っていません。したがって、正確には「防護」ではなく、「警護」の実施という段階にあるというのが正しいです。

法律概念の違いだけでなく、「防護」と「警護」では一般に与える印象も違うと思われます。「防護」は「警護」よりも一段と差し迫った状況を想起するのではないでしょうか。なぜ、メディアはわざわざ「警護」を飛び越えて「防護」の表現を使いたがるのでしょうか。

ところで、一部メディアでは、2017年当時には「防護」の際には「正当防衛や緊急避難のための必要最小限の範囲で武器の使用が認められる」(毎日新聞)といった解説もみらましたが、これも正確ではありません。武器使用要件は「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」、正当防衛等は危害許容要件(同但書)であるが、両者を混同しています。

ところが、新設された自衛隊法95条の2に基づく「警護」の実施は初めてだとしても事実上の米艦「警護」の例は過去にもありました。

9・11同時多発テロ直後の2001年9月21日、米空母キティホークなど4隻の米艦艇が横須賀から出航した際に、海自の護衛艦2隻が事実上の護衛に当たったとされる例です(東京新聞2007年5月28日付記事参照)。

当時は、自衛隊法に基づく米艦の警護が行えず、政府は防衛庁設置法の「調査・研究」名目という苦し紛れの説明を行っていました。ところが、中谷元防衛庁長官(当時)が記者会見で警戒監視であったことを認めるなど、実態的には「警護」同然だったと言われています。

上の記事もすべて、正しくは「警護」というべきものと思います。

防衛省は上の記事にもあるように、2月19日、自衛隊が米軍などを守る「武器等防護」の件数が昨年は過去最高の25件だったと国家安全保障会議(NSC)に報告した。武器等防護は自衛隊法95条に基づき必要最小限の武器使用を条件に艦艇や航空機を護衛する活動だ。安保関連法の施行で米軍など他国軍も対象とすることが可能になった。

安保関連法で可能になった活動のほとんどが発令されず武器防護も実施されず、警護では着実に実績を積み重ねています。

安保関連法制定当時、与党協議会座長だった高村正彦元自民党副総裁は「日本の自衛艦が米空母を警護して動いている絵が世界に発信される。これは大変な抑止力だ」と語っています。

この方は、無意識なのかもしれませんが、警護という言葉を使っています。洋上だけではなく、航空自衛隊の戦闘機は米空軍爆撃機を警備する形で東シナ海上空などをたびたび飛来しており、これが北朝鮮や中国などを牽制(けんせい)する意味も持っています。

一方、集団的自衛権の行使が可能になり、日米関係の安定に貢献する側面もありました。同盟国の公平な分担を求める米国のトランプ前大統領が安倍晋三前首相と親密な関係を築いた基礎には、安保関連法があったとの見方が政府内には根強いです。バイデン政権との関係でも政府高官は「法的な問題はすべて決着済みで日米間の懸案にはならない」と語っています。

安保関連法がもしなかったとしたら、トランプ前政権の時代は大変だったでしょうし、バイデン政権にも不興を買う恐れは十分にありました。2015年当時にやっておいて本当によかったです。当時は、マスコミも憲法学者も左派・リベラルも安保法制には大反対でした。

選挙などには明らかに不利になることを覚悟で当時の安倍総理は。安保法制の改正に取り組みました。ただ、中国や北朝鮮の脅威が高まりはじめていた当時には、いずれ誰ががやらなければ ならかったことは明らかでした。

安倍前総理大臣

岸防衛大臣は昨年10月19日、オーストラリアのレイノルズ国防相と会談し、安全保障関連法に基づいて、自衛隊が他国の艦艇などを守る「武器等防護」の対象にオーストラリア軍も加える方向で調整を始めることを確認しました。

岸大臣は、閣議のあとの記者会見で「オーストラリアは特別な戦略的パートナーであり相互運用性の向上が不可欠だ。連携する基礎となる『武器等防護』は、わが国の平和と安全や防衛協力にとって重要な意義のある活動だ」と述べました。

一方、岸大臣は、記者団から「自衛隊と他国の軍隊が一体化し、武力衝突に巻き込まれるのではないか」と問われたのに対し、「武力攻撃に至らない侵害からの防護を目的として行うものだ」と述べ、いわゆる武力行使とは区別して考えるべきだと説明しました。

岸防衛大臣

私自身は、岸防衛大臣は「警護」という言葉を使えば良かったと思います。警護と武器防護は明らかに違います。

ただ、ぃくら「警護」のつもりであっても、武力衝突になってしまえば「武器防護」に変わるわけですから、その意味では岸防衛大臣の対応は正しいのかもしれません。ただ、過去の「警護」については、これからは「警護」と語るべきと思います。

日本としては、少なくともQUADに属する、米豪印の三国に関しては、「武器防護」の対象とすべきです。

その後、日本は中国に対する牽制に参加する国々はすべて「武器防護」の対象とすべきです。

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2021年3月27日土曜日

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台湾の防空識別圏に飛来したH6K爆撃機の同型機(上)。下は台湾のF-16戦闘機

 中国が台湾への圧力を強めている。台湾の国防部(国防省に相当)は26日、戦闘機12機、爆撃機4機を含む中国軍機計20機が同日、台湾南西部の防空識別圏(ADIZ)に進入したと発表した。米国と台湾が沿岸警備当局の協力強化に合意する覚書に署名したことに反発、威嚇したとみられる。ジョー・バイデン米大統領は同日、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する、民主主義国家による連携構想をボリス・ジョンソン英首相に提案した。

 ◇

 台湾のADIZに進入したのは、「J16戦闘機」10機と「J10戦闘機」2機、「H6K爆撃機」4機、「Y8対潜哨戒機」2機、「KJ500早期警戒管制機」1機、「Y8偵察機」1機の計延べ20機。

 中国は昨年9月19日、台湾の李登輝元総統の告別式に米政府高官が参列したのに合わせて計19機をADIZに進入させており、それを上回る最大規模となった。

 中国は2月、海警局に外国船舶への武器使用を認める海警法を施行した。台湾や沖縄県・尖閣諸島など、地域の緊張が高まるなか、米国と台湾は25日、沿岸警備当局の協力強化に合意する覚書に署名した。バイデン政権発足後、米台が文書に合意するのは初めて。

 こうしたなか、バイデン氏は26日、ジョンソン氏と米英電話首脳会談を行い、対中政策を協議した。この中で、中国の「一帯一路」に対抗するため、民主主義国家が連携して途上国の開発を支援する構想を提案した。

 「一帯一路」をめぐっては、中国が多額の借款を発展途上国に押しつけ、借金のカタに重要インフラなどを奪う「債務の罠」が国際問題になっている。民主主義陣営として、これに対峙(たいじ)するようだ。

 今回の中国軍機による台湾のADIZ進入をどうみるか。

 軍事ジャーナリストの世良光弘氏は、「これまでは、爆撃機や戦闘機などの単独飛行が多かったが、今回は爆撃機を戦闘機が護衛するかたちになっており、『台湾有事』を想定した演習かつ恫喝(どうかつ)とみていい。『H6K爆撃機』は、ADIZ外からも台湾本島をミサイルの射程範囲に入れる能力を持つ。今後、台湾の澎湖(ほうこ)諸島や蘭嶼(らんしょ)などに、中国軍が強行上陸してくる可能性もある。尖閣諸島を含む日本の八重山諸島も危険にさらされるため、十分警戒が必要だ」と語った。

【私の論評】中国が台湾に侵攻すれば、台湾は三峡ダムをミサイルで破壊し報復する(゚д゚)!

今年は、米国のバイデン政権の成立を好機として中国の習近平は、懸案になっている台湾占領を目標とする軍事行動を始めるものと予想されています。

米海軍や米太平洋軍の情報担当者の分析によるもので、習近平はバイデン政権がこれまでのトランプ政権とは違って、台湾を守るために断固とした姿勢をとることはないと考えているようです。

オバマとバイデン親子

ただし、習近平の目論見が予期されたようにうまくいくとは限らないという見方も、米国の専門家のなかで有力になっているようです。

習近平が台湾に対する軍事行動に踏み切る最大の理由がジョー・バイデンにあることは、間違いがないでしょう。ジョー・バイデンが中国と深い関係を持ち、息子のハンター・バイデンが中国に買収されてしまっているのは紛れもない事実です。

そういった情勢のなか、習近平が台湾海峡を越えての大がかりな上陸作戦を練っていることはよく知られています。習近平が懸案になっている台湾占領に動き出す可能性が高まってきました。早ければ2021年中と推定されます。

米国防総省の中国軍事体制分析レポートは、次の点を指摘しています。
これまで中国が台湾占領に踏み切れなかったのは、三つの問題があったからである。まず、強力な陸軍部隊を搭載する輸送船団が不足していた。二番目に、台湾海峡を越えて上陸作戦を行うための準備ないし訓練を十分に行ってこなかった。三番目に、アジア極東に展開する強力な米海軍に対抗する海軍能力を持ちえなかった。
米国防総省の専門家によれば、この三つの問題を解決するために習近平がとくに力を入れているのは、台湾海峡を押し渡って攻撃部隊を上陸させるという作戦です。

確かに1950年代、金門馬祖の戦いといわれる中国の台湾攻撃計画は、大量の陸軍部隊を送り込むという計画がなかったために失敗に終わってしまいました。

現在の中国は、10隻以上の揚陸用舟艇や、さらに20隻近い強襲攻撃艦の建造を急ピッチで進めており、あと一年もすれば台湾海峡を越えての上陸作戦が可能になります。

中国はこういった上陸作戦を支援するため、すでに航空戦力の強化にも力を入れており、米軍のF35に対抗するステルス攻撃機J10などの大量生産を始めています。

こうした動きは、懸案になってきた台湾への軍事行動を早急に実施しようという中国側の意図を明確に示しているようです。

軍事面だけを考えれば、中国は台湾海峡を越えての上陸作戦を行う戦力を保有するに至っています。そのための軍事訓練も行われています。軍事的に見てようやく、中国の台湾上陸作戦が可能な状況になっているといえます。

ただ、米太平洋軍などの第一線の専門家たちの考えは、やや異なっています。その理由は、台湾側がすでに最新鋭通常型潜水艦などの大量生産に成功するとみられていること、優秀な中短距離攻撃ミサイルを開発し実戦配備したからです。

こうした現場の分析を詳しく見てみると、現在ジョー・バイデンの登場によって政治的には有利な立場に立った習近平や中国海軍がこのまま台湾占領戦争を始めたとしても、成功させるにはいま一つ不安な要因があるのは確かです。

先にも述べたように、台湾はすでに通常型潜水艦の建造に着手しています。そうして、台湾は日本やドイツ並みの最新鋭潜水艦を建造する可能性が高まっています。特に静寂性(ステルス性)に優れた潜水艦を建造する可能性が高いです。

これが、成功すれば、このブログにも以前掲載したように、今後数十年にわたって台湾は中国の侵攻を阻止できます。

ただ、現像には数年を要すると考えられるため、現状では残念ながら、まだ戦力にはなりません。

一方、中短距離ミサイルは実際に配備されつつあります。台湾は、長年かけて自主開発した中距離巡航ミサイル「雲峰」の量産を2019年から開始しています。アナリストによると、雲峰の飛行距離は2000キロで、台湾南部の高雄から北京を納める距離です。


さらに、台湾は中長距離ミサイルの開発配備も視野に入れています。台湾の国防部(国防省)は25日、4年に1度となる国防計画の見直しを行い、立法院(国会)に報告しました。中国軍機が繰り返し台湾の防空識別圏に侵入するなど、軍事的圧力が強まっていることを踏まえ、長距離ミサイルを配備し、抑止力を強化する内容を盛り込みました。予備役など有事の際の動員強化も掲げました。

台湾当局は25日、1種類の長距離ミサイルの大量生産を開始したことを明らかにしました。これとは別に3種類の長距離ミサイルを開発していることも認めました。

台湾が兵器の開発を公表するのは異例のことです。中国は台湾周辺で軍事活動を強化している。

台湾は、戦争時に中国内陸部の基地を攻撃する能力も含め、抑止力を高めるため、軍の近代化を進めています。

台湾の邱国正・国防部長(国防相)は、立法院(国会に相当)で長距離攻撃の能力向上が優先課題だと発言。

「長距離で、正確な、移動式(の兵器)が望ましい」とし、公的研究機関である国家中山科学研究院がそうした兵器の研究を「中止したことは一度もない」と述べました。

同研究院の幹部も立法院で、1種類の陸上発射型長距離ミサイルがすでに生産段階に入ったと発言。これとは別に3種類の長距離ミサイルを開発中だと述べました。ミサイルの飛行距離は明らかにしませんでした。

同研究所は台湾の兵器開発で中心的な役割を担っており、ここ数カ月、南東部の海岸で一連のミサイル実験を実施しています。

台湾はミサイルによる防衛体制や、中近距離ミサイルによる抑止戦略について、あまり多くを語ってこなかったのですが、今回は異例の公表だといえます。しかしながら消息筋によると、現状でも、台湾側は中近距離ミサイルによって、中国本土の三峡ダムを破壊することを含め、抑止体制を十分に整え終わってるとされています。

三峡ダム

これについては、中国の軍事情報サイト「捷訊網」は21日、米国や台湾と戦争の事態になった場合、三峡ダムがミサイル攻撃を受け破壊された場合には、戦争に必要な軍部隊も水に飲まれ、民間人の被害は数億人にのぼると紹介しています。

三峡ダムの危険性については早い時期から指摘があり、応用数学などを研究した著名学者の銭偉長氏(1912-2010年)は、三峡ダムが通常弾頭付き巡航ミサイルで攻撃されて崩壊すれば、上海市を含む下流の6省市が「泥沼」となり、数億人が被害を受けると試算しました。三峡ダムが崩壊すると、中国の1/4が水没するといわれています。

記事によると、三峡ダム下流の長江沿岸には軍の駐屯地が多く、軍も戦争遂行が不能になるといいます。

記事は、三峡ダム攻撃をまず研究したのは台湾と指摘。中国軍が台湾侵攻を試みた場合、台湾は同ダムを含む大陸部のインフラ施設攻撃を念頭に置いたといいます。

記事は次に、尖閣諸島で対立する日本による攻撃も取り上げました。奇襲すれば「釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)はポケットの中の物を取り出すのと同様に簡単に手に入る」と豪語するタカ派軍人もいると紹介する一方で、三峡ダムへの攻撃リスクを考えれば、「釣魚島奇襲は不可能」と指摘。それまでに、時間をかけて三峡ダムの水を抜いておかねばならないと主張しました。

記事はさらに「釣魚島を奪取しても利は小さい。三峡ダムの被害は甚大だ。しかも、(尖閣奇襲で)先に手を出した方(中国)が国際世論の非難を浴びる」と論じました。

記事は、尖閣諸島が原因で戦争になった場合、米国による三峡ダム攻撃もありうると指摘。さらに、国境問題で対立するインドが攻撃する可能性にも触れました。

台湾が、ミサイルだけではなく、今後最新鋭の通常型潜水艦を建造し、さらに最新の対潜哨戒能力をつければ台湾の守りは完璧になります。

習近平が台湾攻撃にこのところ熱心になっているのは、中国国内政治の動向が不安定になっているからだと考えられます。それに、元々中国は自国の内部の都合で動くことが多い国です。習近平は中国国内の政治情勢についてあまり懸念していないといわれてますが、現実的に考えると、中国はアメリカをはじめヨーロッパへの輸出が急速に減っているうえ、「一帯一路」と呼ばれる全世界的な貿易輸出体制計画も行き詰まっています。

さらには、中国のウイグル民族に対する民族絶滅計画やチベット文明破壊などといった非人道的な行動に対してヨーロッパが強く反発しています。これが、国内で反習近平派から批判を受けないわけはありません。

中国は7月1日、中国共産党(中共)の結党100周年記念日に習近平国家主席(68)が「重要演説」を行う計画だと明らかにしました。天安門広場パレードは行わないと発表しました。記念日を100日後に控えた23日の記者会見でのことです。

「7月1日」の中共結成記念日は、1938年に共産国際と呼ばれるソ連のコミンテルンの指示で定められました。中共は1921年7月23日にコミンテルンの指揮により上海と嘉興を行き来し、創党した。その後、「7月1日」に中共は人民大会堂で記念大会を開いて結成を記念し、5周年・10周年には、さらに盛大な規模の記念式を開催しました。

 しかし、文化革命のさなか、1971年結成50周年「7月1日」に毛沢東は記念式の代わりに、中央文革小組の主要宣伝チャンネルだった人民日報・解放軍報・紅旗(両報一刊)に記念社説を掲載するに留まりました。

当時、毛沢東が後継者に指名した林彪を前面に出し、劉少奇国家主席を修正主義者として批判し、大規模な整風運動を展開しました。 以降、中共は結党60・70・80・90周年「7月1日」に人民大会堂で祝賀大会を開き、胡耀邦、江沢民、胡錦濤国家主席が記念演説をしました。

劉少奇氏

さて、今回の中共結成100周年で、習近平は何を行おうとしているのでしょうか。本来であれば、台湾を武力で併合して、100周年で盛大にその成果を誇りたかったのだと思います。

何しろ、毛沢東は建国の父、鄧小平は開放改革の立役者ということで、大きな実績があるのですが、習近平には、そのような実績はありません。にもかかわらず、憲法を修正してまで、みずからを終身主席の座に収まっています。

これでは、反習近平派から統治の正当性を疑われても当然です。こうした国内の反発をかわすためにも、習近平は台湾を併合したかったのでしょうが、それも難しいです。

では、習近平は共産党結成100周年の「重要演説」で、かつての毛沢東のように、政敵を葬るための演説をすることになるのではないでしょうか。

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2021年3月26日金曜日

習近平に逃げ場なし…人権弾圧を続ける中国に、アメリカ・EUが反撃を始めた!―【私の論評】菅首相は自ら制裁措置を取ろうと取るまいと、中国に進出している日本企業の商業活動を同盟国・米国から妨害されてしまいかねない(゚д゚)!

習近平に逃げ場なし…人権弾圧を続ける中国に、アメリカ・EUが反撃を始めた!

とうとう、EUが対中制裁を決めた

習近平

米欧の中国包囲網が強まってきた。欧州連合(EU)と米国、英国、カナダがウイグル人弾圧を批判して対中制裁を決めた一方、米英カナダと豪州、ニュージーランドの外相も、それぞれ中国を批判する共同声明を出した。日本は様子見でいいのか。欧州連合は3月22日、新疆ウイグル自治区での人権弾圧について、中国共産党の地元党委員会幹部ら4人と拘束施設を管理する公安当局について、EU域内への渡航禁止や資産凍結を決めた(https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2021/03/22/eu-imposes-further-sanctions-over-serious-violations-of-human-rights-around-the-world/)。

 決定は、EUに加盟する27カ国による全会一致だった。ハンガリー外相が「(制裁は)有害で、的外れだ」と述べたが、決定には反対しなかった(https://www.reuters.com/article/us-eu-china-sanctions-idUSKBN2BE1AI)。親中国で知られたイタリアも同様だ。EUの対中制裁は、1989年の天安門事件以来である。欧州には、かつてユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツの忌まわしい記憶が残っている。なにより、人権弾圧には敏感なのだ。欧州が対中批判で足並みをそろえた背景には、新型コロナの感染拡大を機に、中国への反発が高まっていた事情もあるだろう。そんな欧州が人権弾圧で制裁に踏み切ったとなると、中長期的な欧州の「中国離れ」につながる可能性が高い。欧州は習近平総書記(国家主席)の肝いり政策である「一帯一路」の終着点に位置づけられている。もちろん、中国には大打撃だ。それを証明するように、中国外務省の報道官は制裁に対して、次のように最大級の非難を浴びせた。中国もEUとの関係改善は当分、あきらめたかのようだ。---------- 

〈この(制裁の)動きは嘘と偽情報以外の何物にも基づかず、事実を無視し歪曲し、中国の内政に干渉し、国際法と国際関係を規律する基本的規範に全面的に違反し、中国・EU関係を深刻に傷つけている。中国は断固として反対し、強く非難する〉(https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/t1863106.shtml)



アメリカなど5カ国も、人権侵害を批判

一方、米国務省は3月22日、制裁発動に合わせて、英国、カナダとともに次のような共同声明を発表した(https://www.state.gov/joint-statement-on-xinjiang/)。
 ---------- 

〈カナダと英国の外務大臣、および米国の国務長官は、新疆ウイグル自治区における中国の人権侵害と虐待について、深く継続的な懸念で一致している。中国政府自身の文書、衛星画像、目撃証言などからの証拠は圧倒的だ。中国の弾圧プログラムには、宗教の自由に対する厳しい制限、強制労働の断行、収容所での大量拘禁、強制不妊手術、ウイグル人の遺産に対する破壊が含まれる〉

 〈我々は、新疆ウイグル自治区における人権侵害と虐待について明確なメッセージを送るために、欧州連合による措置と並んで、協調的に行動した。我々は、中国がウイグル人の「イスラム教徒や新疆ウイグル自治区の他の民族的および宗教的少数グループに対する抑圧的慣行を終わらせ、恣意的に拘束された人々を釈放するよう呼びかける〉 

〈我々は透明性と説明責任の重要性を強調し、独立した国連の調査官、ジャーナリスト、外交官を含めて、国際社会に新疆への妨害されないアクセスを与えるよう、中国に要請する。我々は中国の人権侵害にスポットライトを当てるために、引き続き協力していく。私たちは団結し、新疆ウイグル自治区で苦しんでいる人々のために正義を求める〉
 ---------- 

すると、豪州とニュージーランドの政府も翌23日、米英カナダと立場と共有する、次のような声明を出した(https://www.foreignminister.gov.au/minister/marise-payne/media-release/joint-statement-human-rights-abuses-xinjiang)。
 ---------- 

〈豪州政府とニュージーランド政府は今日、新疆ウイグル自治区のウイグル人や、その他のイスラム教徒の少数民族に対する深刻な人権侵害について、信頼できる報告が増えていることを懸念する。宗教の自由の制限、大量監視、大規模な司法外の拘禁、強制労働、不妊手術を含む強制避妊など、深刻な人権侵害の明らかな証拠がある〉 

〈豪州とニュージーランドは、カナダ、欧州連合、英国、米国が発表した措置を歓迎する。我々は、これらの国々の深い懸念を共有する。懸念はオーストラリアとニュージーランドの社会全体で共有されている〉 

〈新疆ウイグル自治区の収容所に関する報告が出始めた2018年以来、豪州とニュージーランドは国連で一貫して中国に対し、ウイグル人やその他の宗教的および少数民族の人権を尊重するよう求めてきた。我々は透明性と説明責任の重要性を強調し、国連の専門家や他の独立したオブザーバーに新疆への有意義で自由なアクセスを許可するよう、中国に繰り返し呼びかける〉
 ---------- 

2つの声明は別々に発表されたが、中身はほぼ同じ内容だ。したがって、両者は一体とみてもいい。ちなみに、NHKは「5カ国の共同声明」と報じた(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210323/k10012930421000.html)。豪州とニュージーランドは、米英カナダの姿勢に異論はなかったが、何かの事情で同じ声明には名を連ねずに、1日遅れで参加した形になった。この経緯は興味深い。日本も同じ立場であるなら、少なくとも、1日遅れの豪州とニュージーランドと足並みをそろえるのは、可能だったはずだからだ。

中国に対して弱腰すぎる菅政権

加藤勝信官房長官

日本はどう対応したのか。答えを先に言えば「何もしなかった」。加藤勝信官房長官は3月23日の会見で、EUと米英カナダの制裁について、記者に見解を質問され、次のように答えている(https://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202103/23_a.html 以下は動画からの書き起こし)。
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〈新疆ウイグル自治区については、重大な人権侵害が行われているとの報告が数多く出されており、我が国として同自治区の人権状況については深刻に懸念し、中国政府に対して透明性のある説明を行うよう働きかけをしている。引き続き国際社会が緊密に連携して、中国側に強く働きかけることが重要と考えている〉
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これだけ聞くと、あたかも日本政府も欧米と同じように中国を批判した、と思われるかもしれない。だが、まったく違う。日本政府は独自に声明を出したわけでも、共同声明に加わったわけでもない。ただ、官房長官が記者の質問に答えただけだ。逆に言えば、記者の質問がなければ、日本政府は何のコメントも出さなかったのだ。自分で判断して声明を出すのと、記者に聞かれたから答えるのとでは、外交上の意味はまったく異なる。これでは、欧米の制裁に沈黙したのと同じである。記者からは「日本も制裁に加わるよう、米欧から打診があったのか」「日本として、人権侵害の認識はどうなのか」などと質問が飛んだ。すると、加藤氏はこう答えた。
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〈欧米諸国とは日頃からさまざまな意見交換を行っているところだが、具体的にどういう外交のやりとりがあったかについては、コメントを控えさせていただく〉 

〈我が国としては国際社会における普遍的かつ自由、基本的人権の尊重、法の支配が中国においても保証されることが重要と考えており、こうした立場を含めて国際社会からの関心が高まっているウイグル地区の人権状況について、中国政府が透明性のある説明をするよう、働きかけを行っている〉 

〈昨年10月、国連第3委員会で香港、新疆ウイグルに関する共同ステートメントにアジアから唯一の参加国として参加し、新疆の人権状況に関する深刻な懸念を表明した。さらに本年2月23日の人権理事会においても、我が国から深刻な懸念を表明するとともに、中国に対し具体的な行動をとるよう強く求めた〉 
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これも同じだ。「国連で懸念を表明した」という過去の経緯を紹介しただけで、今回の制裁を受けた日本の対応を説明したわけではない。何も対応していないから、話せないのだ。そのうえで、具体的に日本が制裁できるかどうかについては、こう答えている。---------- 

〈人権に関する制裁について、現行の外国為替及び外国貿易法においては、資産凍結や輸出入規制の要件として、我が国が締結した条約その他の国際約束を誠実に履行するための必要があると認めるとき、国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため、とくに必要があると認めるとき、我が国の平和および安全の維持のためとくに必要があるとき、とされており、人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない〉
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 結論を言えば、日本の菅義偉政権は残念ながら、欧米に比べて、中国に弱腰と言わざるをえない。自ら「国際社会の連携が重要」と強調しながら、自分自身は欧米が制裁したタイミングで「何もしていない」も同然なのだから、言行不一致と言ってもいい。加藤氏は言及しなかったが、日米の外務、防衛閣僚による安全保障協議委員会(2+2)が3月16日に発表した共同声明は「閣僚は、香港及び新疆ウイグル自治区の人権状況について深刻な懸念を共有した」と書いている(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100161034.pdf)。それでも、この1行だけでは物足りないのは当然だ。先週のコラムにも書いたように、私はかねて、ジョー・バイデン米大統領の対中宥和姿勢を懸念してきたが、こうなると、菅政権のほうが心配になる(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81341)。菅政権は4月初めに予定される訪米までに、本腰を入れて対中政策を見直す必要がある。このままでは、せっかく同盟国で真っ先に日本の首相との対面会談をセットしてくれたのに、バイデン政権を失望させてしまいかねない。

 付け加えれば、今回の制裁は来年冬の北京五輪を直撃する可能性も出てきた。欧米が人権弾圧で制裁している国の五輪に参加するだろうか。「ウイグル人弾圧は許せない。大量虐殺(ジェノサイド)だ」と拳を振り上げながら「五輪は平和の祭典。成功を祈る」というのは、辻褄が合わない。いずれ、日本は北京五輪への態度表明も迫られるだろう。

長谷川 幸洋(ジャーナリスト)

【私の論評】菅首相は自ら制裁措置を取ろうと取るまいと、中国に進出している日本企業の商業活動を同盟国・米国から妨害されてしまいかねない(゚д゚)

日本政府は経済的影響への懸念から対中制裁は慎重な姿勢を崩していません。ただし、与野党には主要7カ国(G7)の中で孤立するのは避けたいとの意見もあり、対応に苦慮しているようです。


実は中国新疆ウイグル自治区のウイグル人弾圧問題を巡り、日本でも中国への制裁措置に関する議論が始まっていました。同問題に関する議論は日本の国家安全保障局(NSS)、経済産業省(METI)、国会議員により推進されていました。

中国北西部に位置する同自治区ではイスラム教徒が多数を占めているが、中国政府は電子監視装置や不妊手術の強制など、同地域住民を対象としたいくつかの政策を施行しています。

世界各国もこの動きに注目していました。オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が2020年3月に発表した報告書により、そのサプライチェーンがウイグル人労働力に絡んでいるとする83社の主要国際ブランドが特定されましたが、その中では11社の日本企業が名指しされていました。

同報告書によると、中国政府の労働力移送プログラムにより、少なくとも8万人のウイグル人が新疆ウイグル自治区(ウイグル人には東トルキスタンとして知られている)から中国各地の工場に労働力として強制的に移送されているといいます。

日本経済新聞(日経新聞)が報じたところでは、2020年6月、米国ではドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領の署名によりウイグル人権法が成立したことで、継続的なウイグル人弾圧に関与する中国の個人や組織を制裁対象に指定することが可能となったのですが、日本が今後同様の法律制定を視野に入れて動く場合、報告書で指摘された日本企業が害を被る可能性があります。

すでに2020年12月の時点で、ウイグル人権法に基づき、4人の個人と1企業が米国の資産を凍結されています。

同盟を結ぶ日米政府間のこうした連携は、世界の民主主義諸国の国会議員代表により構成される非政府組織(NGO)「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の取り組みに端を発している可能性があります

日本では対象を絞った制裁を認める米国の法律と同様の効果のある法案が起草される可能性が高いともされていました。現在の日本国憲法に基づく法体系では、人権侵害問題だけを理由に制裁措置を課すことは難しいのです。

人権を理由にした制裁としては、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)の際に日本が経済制裁を発動した事例がありますが、当時、日本は国連決議を踏まえて同国との取引に規制を課しています。

国連決議がない限り制裁は難しい状況ではありますが、そもそも国連安全保障理事会常任理事国である中国がその類の決議を認めるはずがありません。こうした事情も踏まえ、同議会連盟が国際刑事裁判所(ICC)と国際連合人権理事会に、ウイグル民族に対する人道上の罪と大量虐殺(ジェノサイド)を理由に告発された中国当局者に関する調査を依頼しています。

日本が制裁に慎重なのは、中国が対抗措置に踏み切れば、日本経済に大きな影響が及びかねないと考えているからなのでしょう。特に経済界からは、対中貿易に影響を与えないでほしいと強く要望されていると思われます。確かに、経済的な依存度は天安門事件当時とは比べものにならず、制裁には相当な覚悟が必要なのかもしれません。

しかし、そうはいっても、中国政府は、日本企業のような外資企業が中国本土でビジネス展開を始めると、海外への送金を制限して、人民元を海外の本国通貨に自由に両替させないことで、資金が本国に戻ることを阻止しています。これでは、中国ビジネスの意味はないです。

それにウイグル問題は明日のわが国の問題ともいえます。そうなってしまえば、ビジネスどころではありません。むしろ、欧米諸国以上に日本が真剣に前へ出なければならないはずです。マスメディアはそれを後押しすべく、今こそ「対中包囲網というバスに乗り遅れるな」と大合唱すべきです。

確かに、人権侵害を理由に制裁を科す国内法がない現状では、国連安全保障理事会の決議がなければ資産凍結や貿易制限は難しいというのが政府見解のようではあります。ただ、与野党には米国の法律を参考に「マグニツキー法(人権侵害制裁法)」の制定を求める声もありますが、制裁実施が義務化される可能性もあり、政府は慎重な姿勢です。

一方で、各国と連携して対中圧力を高めたい米国の意向も無視できないです。バイデン米大統領が初めて対面で会談する外国首脳に菅義偉首相を選んだことなどから、日本にこれだけ配慮してくれた以上、日本も米国の要求をのまざるを得ないという見方もあります。

先日もこのブログに掲載した、新疆ウイグル自治区での人権抑圧状況を徹底調査してきたオーストラリア戦略政策研究所(Austrarian Strategy and Policy Institute=ASPI)が2020年3月に発表した報告書には、こう記述されています。

「中国政府の労働力移送プログラムにより、少なくとも8万人のウイグル人が新疆ウイグル自治区から中国各地の工場に労働力として強制的に移送されている」

「これらの工場で国際的なブランド製品を生産している企業は、H&M、日立、カルバン・クライン、アディダス、ビクトリアズ・シークレット、ジャパン・ディスプレイ、ミツミ、TDK、東芝、京セラ、アップル、グーグル、HP、マイクロソフト、任天堂、ソニー、シャープなど83社に上っている」

このリストには掲載はされていないものの、兵庫県に本社を置くスポーツ用品大手・アシックスの中国法人は3月25日、中国SNS・ウェイボーで、引き続き新疆ウイグル自治区産の綿花を購入すると発表しました。

重慶市のアシックス店舗

中国では、同自治区産の綿花を購入しないなどとした海外企業に対するボイコットが呼びかけられていて、アシックスは「中国に対する一切の中傷やデマに反対する」とした。声明は日本の本社の了解を得て出された模様です。

ほかにも、良品計画のブランド「無印良品」も新疆ウイグル自治区産の原材料を使っているとの指摘もあります。それ以外にも調査すれば、ある可能性もあります。

バイデン政権がこれら製品がウイグル人を強制労働で生産していると特定し、制裁対象にすれば、対米輸出ができなくなります。「メイド・イン・チャイナ」の日本製品も対象外ではなくなります。

菅首相は自ら制裁措置を取ろうと取るまいと、中国に進出している日本企業の商業活動を同盟国・米国から妨害されてしまうことになります。そうなってしまえば、日本の存在感は地に落ちることになります。

そうなる前に、日本も対中国制裁に乗り出し、日本政府の立場を明確にする必要があります。対中制裁を発動するだけではなく、日本企業に対する制裁も視野に入れるべきでしょう。


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2021年3月25日木曜日

バイデン政権、北朝鮮政策「最終段階」 ミサイル発射で再検討も―【私の論評】バイデン政権が取り組むべきは、中朝国境と38度線を1ミリたりとも動かさないこと(゚д゚)!

バイデン政権、北朝鮮政策「最終段階」 ミサイル発射で再検討も

北朝鮮の国旗

 政府は25日、北朝鮮が午前7時4分と23分に、東部咸鏡南道(ハムギョンナムド)宣徳(ソンドク)付近から弾道ミサイル2発を発射したと発表した。東方向の日本海に向けいずれも約450キロ飛行し、日本の領海と周辺の排他的経済水域(EEZ)の外側に落下した。韓国軍合同参謀本部は高度約60キロと発表した。日本は北京の大使館ルートを通じて、北朝鮮に対し厳重に抗議した。

 米国のバイデン政権は現在、対北朝鮮政策の見直しを進めており、来週末にもとりまとめ、サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が日本と韓国のカウンターパートと詰めの協議に入る予定だ。

 北朝鮮による挑発行為が続いたり、さらにエスカレートしたりすれば、現在「最終段階」(米政府高官)にあるという政策の見直しが根本から覆る可能性がある。また北朝鮮の非核化に向けた本格的な交渉再開への道が遠のく恐れもあり、北朝鮮の動向を注意深く探っている。

 バイデン政権は北朝鮮との「対話」を試みており、ここまで、北朝鮮をむやみに刺激しない姿勢が目立っている。北朝鮮が21日に巡航ミサイルを発射した際には「通常の軍事活動」と判断して、非難するメッセージを極力避けた。米政府高官は23日の電話記者会見で発射の時期や内容を詳しく語らず「短距離のシステム」とだけ説明。バイデン大統領も記者団から「挑発行為と考えるか」と問われ、「国防総省によると、いつものことだ。新しいものではない」と問題視しない姿勢を強調した。巡航ミサイルの発射が国連安全保障理事会の決議違反に該当しないことや、米国に直接的な脅威となる大陸間弾道ミサイル(ICBM)ではないことも、背景にあるとみられる。

 だが、今回の弾道ミサイル発射は、明白な国連安保理の決議違反に該当し、米国の対応次第では、日本や韓国との危機感の差が浮き彫りになる可能性がある。トランプ前政権は短距離であれば問題視しない姿勢を続け、日本などとの対応の違いが露呈した経緯がある。

 バイデン政権はこれまで「日本と韓国と緊密に連携して北朝鮮問題に対応する」と繰り返し説明しているが、北朝鮮との「対話」の道を模索しながら、日韓と歩調を合わせる難しい「さじ加減」を迫られることになる。

【私の論評】バイデン政権が取り組むべきは、中朝国境と38度線を1ミリたりとも動かさないこと(゚д゚)!

北朝鮮は、米国のバイデン大統領の就任式直後の1月22日にも巡航ミサイルを発射していました。さらに、北朝鮮は今月21日に巡航ミサイル2発を発射し、およそ410キロ飛行したとされています。本日は、25日朝7時4分ごろと23分ごろ、北朝鮮の東岸のソンドク付近から1発ずつ、合わせて2発の弾道ミサイルを東方向に発射し、いずれも、およそ450キロ飛しょうしたと推定されるということです。

本日の弾道ミサイル発射では、Jアラートが鳴らなかったそうですが、その理由に関しては、佐藤正久議員が以下のようにツイートしています。


これは、北朝鮮は日本などに対してことさら、刺激をしたくないという意図もあったのかもしれません。それについては、以下で明らかにしていこうと思います。

北朝鮮国内では新型コロナウイルスが感染拡大しているとの見方もあり、内部の引き締めを図ると共にミサイル技術の向上を目指す狙いがありそうです。

米国の分析によると、北朝鮮は30日ほど軍の活動が停止されたということも言われています。北朝鮮国内でも、軍にまでコロナウイルスの影響が及んでいるのではないか、非常に深刻なのではないかという分析もあります。

そのようななか、金正恩委員長がマスクをせずに公に姿を現しています。「北朝鮮はこんなに新しい武器を持って、それを金正恩委員長が主導して来たのだ。やって来たことは間違っていないのだ」ということを見せるのと同時に、軍に対しても引き締めを図るためだったのだと思われます。

もう1つは、国際的にアピールをせざるを得なかったという面もありそうです。コロナウイルスのパンデミックと米中対立の激化激化等により、北朝鮮問題の影がどんどん薄くなってきていました。北朝鮮としてはそれは、避けなければいけないのでしょう。コロナウイルスで厳しい状況に置かれているなか、他国からもっと注目してもらいたいので、「北朝鮮はここにいるぞ」とわざわざ示したかったのでしょう。

金正恩は「コロナを共に戦って行こう」という親書を、韓国へも送っていました。一方でトランプ大統領からは、「援助をする」という親書が北朝鮮に送られていたようですが、バイデン政権は北朝鮮にとってはまだ未知数です。

医療体制が整っていない北朝鮮で、新型コロナウイルスが蔓延してとんでもなっているだろうという考えを北朝鮮は払拭したいという目論見もあったものとみられます。

ただ、いくら巡航ミサイルや弾道ミサイルを発射したにしても、北朝鮮の内情は隠し通すことはできないようです。

平壌の街角で交通整理にあたる女性


米拠点の北朝鮮専門サイト「NKニュース」は19日、平壌駐在の世界食糧計画(WFP)職員やチェコスロバキアの外交官ら計二十数人が18日、陸路、中国へ出国したと伝えました。

北朝鮮は新型コロナウイルス対策で昨年1月末から国境を封鎖し、輸入品を中心に食材や日用品の不足が深刻化。交代要員の入国も認めず外交官らの生活維持が難しくなっているとしています。各国大使館は一時閉鎖したり、規模を縮小したりしています。

NKニュースによると、今回の出国で北朝鮮には国連機関や国際非政府組織(NGO)の外国人スタッフは一人もいなくなり、人道支援活動への影響が懸念されてい。

BBCも以下のような報道をしています。
ロシア外務省は25日、北朝鮮のロシア大使館に勤務するロシア人外交官とその家族が、手押しトロッコという異例の手段でロシアに帰国したと明らかにした。北朝鮮は新型コロナウイルス対策として国境を封鎖している。このため、外交官たちは「ほかに手段がなかった」とロシアは説明している。 
家族を連れたロシアの外交官たちは1キロ以上、手押しトロッコで線路を移動し、北朝鮮を離れた

北朝鮮の厳しい感染対策によって、国内の移動が制限されているほか、生活必需品も不足しがちだという。ウイルスの越境を防ぐため、国境地帯の警備は強化されている。 
この1年間で多くの外交官は北朝鮮を離れ、欧米諸国は大使館をいったん閉鎖した。 
外国からの旅行者の大半は国境を越えて中国に移動した。昨年3月にはウラジオストクへ向かった同じ飛行機で、一度にドイツ、ロシア、フランス、スイス、ポーランド、ルーマニア、モンゴル、エジプトの各国外交官がまとめて出国していた。

多くの国々の 外交官が退避した北朝鮮は、かなり混乱を極めているのは確かなようです。これだけの外交官が退避することが想定できるのは、戦争のような緊急事態以外を除いて考えられません。

新型コロナウイルスの感染者は出ていないと主張する北朝鮮が、世界保健機関(WHO)が支援する分配計画でワクチンの申請を行い、199万回分を受け取る予定であることが、ワクチン普及に取り組む国際組織「Gaviワクチンアライアンス(Gavi, the Vaccine Alliance)」の報告で分かっています。

北朝鮮が国際支援を求めたのが公式に確認されたのはこれが初めてです。同国の医療インフラは、どんな感染症の大流行に対応するにも痛ましいほど不十分とみられています。

実際には、北朝鮮はコロナによってかなり痛めつけられているとみて間違いないと思います。巡航ミサイルや弾道ミサイルの発射は、北朝鮮の断末魔の最後の叫びなのかもしれません。

バイデン政権は、冒頭の記事北朝鮮との「対話」を試みているようですが、それよりも重要なことがあります。それは、中朝国境はもとより、38度線を動かさないということです。(下の地図は、朝鮮戦争当時の国境が動く状態を示しています)


一番危惧されるのは、中国が北朝鮮に浸透することです。現状では、朝鮮半島には北朝鮮と、その核が存在しており、その核は日米のみだけではなく、北京にも照準をあわせおり、結果として、中国の朝鮮半島への浸透を防いできました。さらに、北朝鮮は中国の浸透を嫌ってきたということもあります。金正恩の望みは、金王朝を継続することであり、これが朝鮮半島への中国への浸透を防いできました。

その北朝鮮がコロナにより衰弱し、これに乗じて中国に浸透されてしまえば、現状の文政権の韓国は中国と対峙する意思はなく、すぐに朝鮮半島全体が中国に浸透されてしまうことになります。

それどころか、いずれ朝鮮半島は中国の省になるか、自治区になりかねません。それは、日米にとっても脅威ですし、朝鮮戦争休戦の当事者であるロシアにとっても許しがたいことです。

バイデン政権が取り組むべき課題は、これを防ぐことです。あくまで、38度線を動かさないこと、中国が北朝鮮を併合したり、浸透して、北朝鮮を傀儡国家にすることを防ぐことです。

とにかく中朝国境、38度線を1ミリたりとも中国に動かさないようにすることです。トランプは、中国との対峙を最優先して、北朝鮮など他の事柄は、そのための制約条件とみていました。特にトランプ政権の後期はそうでした。

この点は、バイデンも見習うべきでしょう。ものごとには優先順位をつけるべきであり、そうして現在では中国との対峙が最優先ということになるでしょう。北朝鮮問題が解消したとしても、中国との問題が解決されなければ、あまり大きな意味はありません。

一方、中国問題を解消できれば、北朝鮮問題も一気に解決するでしょう。北朝鮮問題も、中国問題の一環あるいは、そのための制約条件としてとらえるべきなのです。様々な問題を個別に解消しようとしても、何も解決できません。

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2021年3月24日水曜日

中国最大の汚点・ウイグル族強制収容問題、日本に飛び火か…国会議員が制裁対象の可能性も―【私の論評】中国の制裁より、米国・EU・日本による制裁のほうがはるかに過酷(゚д゚)!

中国最大の汚点・ウイグル族強制収容問題、日本に飛び火か…国会議員が制裁対象の可能性も

 ウイグル族への人権侵害疑惑をめぐり、ついに欧州連合(EU)と中国の間で制裁合戦が勃発した。EU外相理事会が22日に制裁を発表すると、アメリカとカナダもそれに合わせて制裁実施に舵を切った。一方、中国も即日、対抗措置としてEUに制裁を発動すると声明を出した。

 複数の日本外務省関係者らは、一連の動きを「大規模な経済制裁の応酬に発展する可能性は低く、あくまで象徴的な事案」との見解を示している。一方で、中国側の制裁対象はEUの意思決定機関である欧州議会議員だけではなく、中国のウイグル族問題に関して批判的な言動をしていたオランダの国会議員や研究者も含まれていた。日本の一部国会議員からは「もし、我が国は制裁に参加すれば日本の議員も狙い撃ちにされるのではないか」との懸念も聞かれた。

写真はブログ管理人挿入 以下同じ

 制裁対象者はどこの誰なのか

 日本の国内メディアは制裁対象者について「中国の個人4人と1団体」「欧州議会議員ら10人と4組織」などと報道する例が散見された。だが両陣営の「誰」に対して制裁が行われるのかを整理しないと、両陣営の制裁の意図は見えにくいのではないだろうか。

 EUは22日、人権制裁制度に基づき以下の人物と団体に一部資産の凍結や旅行禁止などの制裁を課した。EU側の制裁対象に関しては、BBC NEWS JAPANの記事が簡潔でわかりやすい。記事『欧米、中国に制裁を発動 ウイグル族への「人権侵害」で』より該当部分を引用する。

 「陳明国氏=地元警察組織・新疆公安局の局長

王明山氏=新疆の党委員会メンバー。ウイグル族拘束の「政治的な監督責任者」だとEUはみている

王君正氏=国営の準軍事的経済組織・新疆生産建設兵団(XPCC)の党事務局長

朱海侖氏=新疆の元党幹部。収容施設の運営を監督する『重要な政治的職責』にあったとされる

新疆生産建設兵団公安局=収容施設の運営など、XPCCの治安問題に関する活動方針の実施主体」

 EUは「中国政府により新疆ウイグル自治区のウイグル族が大規模に拘束されている」として人権侵害や虐待の“実質的な責任者”に対して具体的な措置を取ったようだ。

 一方、中国は人権侵害を否定。欧米の指摘する“収容施設”はテロ対策の「再教育」施設や刑務所だと主張している。前出のBBCの記事によると、中国は「ヨーロッパの10人と4組織に対し、『中国の主権と国益を大きく損ない、うそと誤った情報を悪意をもって広めた』として、制裁を発動する」と説明したという。つまり今回のウイグル問題に対する他国の情報発信者に対し、制裁がかけられたのだ。

 日本の外務省関係者から入手した資料によると、中国の制裁対象者は欧州議会議員Reinhard Bütikofer氏、Michael Gahler氏、Raphaël Glucksmann氏、ИлханКючюк氏、Miriam Lexmann氏の5人。そのほか欧州各国の議員やシンクタンクもターゲットにされた。残りの個人5人はオランダの国会議員Sjoerd Wiemer Sjoerdsma氏、ベルギーの議員Samuel Cogolati氏、リトアニアの議員のDovile Sakaliene氏、強制不妊手術の実態を報告したドイツの学者Adrian Zenz氏とスウェーデンの学者Björn Jerdén氏だった。

 4つの組織はEU理事会の政治安全委員会、欧州議会人権小委員会、ドイツのメルカトル中国研究研究所、デンマークの民主主義連合財団だったという。

 「人口14億人の超大国に“敵認定”されるということ」

 外務省関係者は次のように話す。

 「オランダの下院は先月、中国に対する『ジェノサイド非難決議』を採択しました。Sjoerdsma議員はその主導的な人物のひとりです。そこを狙い撃ちにされた形ではないかと思います。ただ今回の一件が、すぐに大規模な経済制裁の応酬に発展する可能性は低いと首相官邸筋は見ているようです」

 一方、Sjoerdsma氏は自身に対する中国の制裁に対して、Twitter上で以下のような抗議声明を発表している。



  「中国がウイグル人に大量虐殺を行っている限り、私は黙っていません。

 これらの制裁は、中国が外圧の影響を受けやすいことの証拠です。ヨーロッパの同僚たちも、この瞬間をとらえて発言してくれることを願っています」

 中国の対EU制裁に関し、自民党関係者は次のように話す。

 「象徴的だと思うのは、中国の制裁対象者に入った欧州議会のBütikofer氏とLexmann氏の2人が制裁対象者に入っていることです。2人は香港民主化デモを国家安全法で鎮圧した中国政府を非難するために設立された『対中政策に関する列国議会連盟』の幹部です。

 この列国議員連盟にはうちからは中谷元氏、国民民主から山尾志桜里氏が参加しています。党内では対中問題をめぐってかなり意見が割れていますが、仮に欧州や米国と足並みを揃えることになれば、日本国内の議員が制裁対象になることも当然、覚悟しなければならないでしょう。

山雄志桜里氏(左)と中谷元氏(右)

 しかも中国の制裁は、行政当局者や議員だけではなく、シンクタンクや学者など表現活動に携わる人物、組織にも向けられています。周辺国の安全保障に脅威を与える軍事政権のトップや将軍でも、テロ組織の構成員でもない人物が人口14億人の超大国に名指しで“敵”認定されるのと同義です。中国国内に凍結されるような資産を所持せず、実害がなかったとしても、そのインパクトとプレッシャーは強力でしょう。

 事実と反する風説を流布することは世界的に批判されるべき行為です。しかし、ウイグル問題に関して中国側が積極的に情報開示をし、自国の主張する“潔白”を証明しているとは思えません。この制裁は他国の言論や政治活動に脅威を与えるものだと思います」

 日本政府はこの問題にどう対応するのだろうか。

(文=編集部)

【私の論評】中国の制裁より、米国・EU・日本による制裁のほうがはるかに過酷(゚д゚)!

上の記事、最初は、日本に飛び火ということで、米国やEUの制裁が日本の国会議員や、企業経営者、学者などにも制裁が及ぶ可能性を指摘しているのかと思いましたが、そうではありません。中国の制裁が日本にも及ぶことを心配した記事でした。

わたしとしては、中国の制裁よりも米国、EU制裁が日本に及ぶ可能性のほうがより深刻だと思います。制裁といえば、中国内における資産の凍結や、中国への入国禁止というのが主なものです。

そもそも、中国に金を預ける人などほとんどいないでしょう。あったにしても、中国に長期間滞在するための資金くらいなものでしょう。中国に渡航できないと困る人もいるのでしょうが、それにしても、米国・EUに入れなくなるほうがより困ることのほうが多いでしょう。

中国の共産党幹部や、その家族や富裕層など、中国の金融機関よりは、米国やEUの金融機関を信用しており、米国やEUに大量の資産を預けているのが普通です。これが凍結されれば大変なことになります。

また、中国の共産党幹部や、その家族や富裕層などは本当は大陸中国が大嫌いで、老後は米国やEUに住もうと考えている人がほとんどです。そもそも、彼らは、中国共産党の未来を信じていません。

共産党の幹部や、富裕層のほとんどは、中国など金儲けの道具にしかすぎず、中国人民などどうなっても構わず、自分とその宗族だけが、重要であり、その他は全部敵であり、自分の宗族だけが儲かれば良いと考えています。

共産党も習近平の宗族や、他の各部の宗族との戦いであって、彼らの世界は自らと自らが属する宗族だけが、自分の居場所であり、世界なのです。他の宗族は滅ぼうがどうなろうが、お構いなしです。自分の属する宗族が栄えればそれで良いのですが、反対に宗族が敗れれば、それに属する自分も滅びる以外にないのです。

日本人、いや先進国などのほとんどの人は、宗族主義などやめて、人民全体のことを考えれば良いではないかということに、なるのでしょうが、中国にはそのように考える人はほとんどいません。

日本や他の先進国であれは、ますば自分の国の国民を第一に考えますが、あるいは少なくともそれを建前としますが、そのような考えは中国人にはありません。

このような異質な世界から、制裁を受けたとしても、すぐに命を取られるとか、社会的地位を失うというのならまだしも、制裁されたという事自体は、異質な中国以外の国にいる限り、それはマイナスではなく、むしろプラスだと思います。

ある意味、中国当局から制裁を受けることは、人権問題等の積極的に取り組んでいるる証であり、先進国などでは、ポジティブに受け取られると思います。

そうして、中国による新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族への人権侵害に関しては、中国での生産をサプライチェーン(供給網)に組み込む日本の国内企業が対応に動いています。

オーストラリアのシンクタンクは中国の工場がウイグル族の強制労働の場となっている可能性を指摘。企業の社会的責任が重視される中、調達先の工場などで強制労働があれば間接的な人権侵害への加担につながるため、各企業は「厳正な対処」を強調しています。

強制労働をめぐっては、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)が昨年3月、世界の有力企業80社超がウイグル族を強制労働させている中国の工場と取引していた可能性があるとの報告書を発表。この中には日本企業14社も含まれていました。衛星写真や中国側の文献、報道、各社が公表している取引先のリストなどに基づき分析したといいます。

オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)

報告書は2017~19年に8万人以上のウイグル族が強制収容所などから中国全土の工場に送られたと分析。各社が供給網の末端で強制労働とつながりがある可能性は排除されていないとしました。

指摘を受けた各企業は事実確認などの対応を急いでいます。東芝は強制労働の疑いがある調達先を調査。「当社や連結子会社の直接取引先ではないことを確認」した一方、東芝がブランド使用を認めている企業で、疑いのある調達先と取引があったケースが判明。「強制労働の実態は確認されなかったものの、昨年以降の開発機種は当該調達先の部品を採用していない」としています。

ソニーは「指摘された調達先のうち、サプライチェーン上にある調達先を調べた結果、強制労働の事実は確認されなかった」と強調。シャープや日立製作所、TDKも確認された強制労働の事実はないとしています。その一方で、「今後、事実が取引先で判明した場合は断固として是正を求め、改善されない場合は取引停止などの対応も検討する」(シャープ)としています。

企業の短期的な利益追求よりも経営の持続可能性が求められる中、人権を含む社会問題や環境問題への企業責任を重視する投資家からの圧力は強まりつつあります。今回の強制労働をめぐる疑惑も対応が遅れれば、企業にとっては重大な経営上のリスクに発展しかねないです。

海外企業の動きも迅速です。ASPIの報告書発表以降、米アウトドア用品大手パタゴニア、スウェーデン衣料品大手H&Mなどが指摘された調達先との取引停止などを表明しています。


この動きは、現状では企業が対照ですが、いずれ個人にも及んでくる可能性があります。ウイグル人に対する強制労働に間接的にでも加担していれば、政治家、企業経営者、学者なども糾弾され、それこそ米国、EUなどから制裁の対象にされる可能性は十分にあります。

今のところ、日本政府のこの動きへの対応は鈍いですが、米国やEUから追求されるようになれば、日本も個人などに対して制裁を課するようになる可能性は高いです。

自国に制裁を食らってしまえば、政治家や企業経営者、学者なども自国内で活動できなくなってしまいます。それこそ、政治生命、企業家生命、学者生命が絶たれてしまうことになるのですからの中国の制裁などよりもはるかに恐ろしいことです。

中国による他国への制裁よりは、日米EUによる制裁のほうがはるかに過酷であることは間違いないです。

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2021年3月23日火曜日

カズオ・イシグロの警告が理解できない、リベラルの限界―【私の論評】リベラリストこそ、マネジメントを「リベラルアート」であるとしたドラッカー流マネジメントに学べ(゚д゚)!

カズオ・イシグロの警告が理解できない、リベラルの限界

彼らはなぜ「格差」を無視し続けるのか


 「横」を見るだけでは不十分

2017年にノーベル文学賞を受賞した小説家カズオ・イシグロ氏の、あるインタビューが各所で大きな話題になった。

そのインタビューが多くの人から注目されたのはほかでもない――「リベラル」を標榜する人びとが自分たちのイデオロギーを教条的に絶対正義とみなし、また自身の感情的・認知的好悪と社会的正義/不正義を疑いもなくイコールで結びつける風潮の高まりに対して、自身もリベラリズムを擁護する立場であるイシグロ氏自身が、批判的なまなざしを向けていることを明言する内容となっていたからだ。

カズオ・イシグロ氏
〈俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。

私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。(中略)

小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません。

しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です〉(2021年3月4日、東洋経済オンライン『カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ』より引用)
平時には多様性の尊さや重要性を謳っているはずのリベラリストたちが、他者に向けて画一的な価値体系への同調圧力を向けていること、彼・彼女らと政治的・道徳的価値観を異にする者の言論・表現活動に対して「政治的ただしさ」を背景にした攻撃的で排他的な言動をとっていることなど、まさしく現代のリベラリストや人文学者たちが陥っている自己矛盾を、イシグロ氏は端的に指摘している。

イシグロ氏の指摘は、私自身がこの「現代ビジネス」を含め各所で幾度となく述べてきたこととほとんど差異はなく、個人的には新味を感じない。しかしながら、こうした「政治的にただしくない」主張を私のような末席の文筆業者がするのではなく、世界に冠たるノーベル文学賞受賞者がすることにこそ大きな意味があるのだ。

――案の定というべきか、イシグロ氏に「批判を受けた」と感じた人びとからは、氏の主張に対して落胆や反発の声が多くあがっているばかりか、中には「どうして自分たちにこのような批判が向けられているのかまるで理解できない」といった人もいるようだ。彼らはまさか自分たちがそのような「不寛容で排他的で、強い同調圧力を発揮している先鋭化集団」などと批判されるとは夢にも思わなかったらしい。

 同調しない者は「抹消」してもいいのか

「芸術・エンタテインメントの世界が、リベラル以外の声を反映することをできないでいる」というイシグロ氏の指摘はきわめて重要で、本質的であるだろう。

というのも、昨今における芸術・エンタテインメントの領域では、いままさにリベラリズムにその端緒を持つ社会正義運動「ポリティカル・コレクトネス」と「フェミニズム」と「キャンセル・カルチャー」が猖獗をきわめており、それらのイデオロギーに沿わないものを片っ端からバッシングして排除し、不可視化することに勤しんでいる最中だからだ。

彼らは、自分たちの世界観や価値体系にリベラル以外の声を反映するどころか、リベラル以外の価値観に基づく表現や存在そのものを、現在のみならず過去に遡ってまで抹殺しようとしている。

こうした同調圧力は、芸術やエンタテインメントのみならず、学術の世界――とりわけ人文学――でも顕著にみられる。学問の名を借りながら、実際にはラディカル・レフトの政治的主張を展開する人びとにとって、自分たちのイデオロギーに同調しない者などあってはならない。ましてや批判や抗議の声を上げようものなら、「社会正義に反する者」として徹底的に糾弾され、業界からの「追放」を求められることも珍しくはない。

リベラリストが語る「多様性」の一員とみなされ包摂されるのは、あくまでそのイデオロギーを受け入れ、これにはっきりと恭順の姿勢を示し、信奉していると表明した者だけだ。それ以外は「多様性」のメンバーの範疇ではなく、埒外の存在としてみなされる。

リベラリストが考える「多様性」に含まれないものは、社会的に寛容に扱われる必要もないし、内容によっては自由を享受することも許されるべきではない――それが彼らのロジックである。今日のリベラリストは「多様性」や「反差別」を謳うが、その実自身のイデオロギーを受け入れない者を多様性の枠組みから排除する口実や、特定の者を排除しても「差別に当たらない」と正当化するためのロジックを磨き上げることばかりにご執心のようだ。

「累積的な抑圧経験」「性的まなざし」「寛容のパラドックス」「マンスプレイニング」「トーンポリシング」などはその典型例だ。自分たちの独自裁量でもって「加害者」「差別者」「抑圧者」などと認定した者であれば、その対象に対する攻撃や排除は、自由の侵害や差別や疎外にあたらず、一切が正当化されるというのが彼らの主張である。

いち表現者として、またひとりのリベラリストとして、こうした風潮をイシグロ氏が憂慮するのはもっともだ。リベラル(自由主義)を標榜する人びとが、その実「リベラリズムのイデオロギーに賛同する芸術・エンタテインメント」以外を許容しない――イシグロ氏は自身も激しい反発にさらされるリスクを承知していながら、それでもなお、そうした形容矛盾とも言える状況を批判せずにいられなかったのだろう。

 インテリの傲慢こそ「分断」の正体

リベラリストや人文学者のいう「多様性」「寛容性」「政治的ただしさ」など、局地的にしか通用しない虚妄にすぎない。それらは結局のところ、自分たちと政治的・経済的・社会的な水準がほとんど同じ人びとによって共有されることを前提にした規範にすぎないからだ。

つまりそれは、人間社会におけるヒエラルキーの階層を水平に切り取った――言い換えれば、経済力や社会的地位などが同質化された――いわば「横軸の多様性(イシグロ氏のいうところの《横の旅行》)」でしかない。

自分たちと同じような経済的・社会的ステータスをもつ人びとの間だけで、自分たちに都合の良いイデオロギーを拡大させていったところで、全社会的な融和や和解など起きるはずはない。むろん世界はいまより良くもならない。むしろさらに軋轢と分断を拡大させるだけだ。いまこの世界に顕在化する「分断」は、政治的・経済的・社会的レベルの異なる人びとの間にある格差によって生じる「縦軸の多様性《縦の旅行》」が無視されているからこそ起こっている。インテリでリベラルなエリートたちが、「横軸の多様性」をやたらに礼賛する一方で、この「縦軸の多様性」には見て見ぬふりを続けていることが、この「分断」をますます悪化させている。

金持ちで、実家も太く、高学歴インテリで、もちろん思想はリベラルで、つねに最新バージョンの人権感覚に「アップデート」し続ける人びとが、ポリティカル・コレクトネスやSDGsといった概念を称揚し、経済的豊かさや社会的地位だけでなく、ついには「社会的・道徳的・政治的ただしさ」までも独占するようになった。その過程で彼らは、知性でも経済力でも自分たちに劣る人びとを「愚かで貧しく人権意識のアップデートも遅れている未開の人びと」として糾弾したり嘲笑してきたりしてきた。その傲慢に対する怒りや反動が、いま「分断」と呼ばれるものの正体である。

「偏狭で、差別主義的で、知的に劣っていて、非科学的で、人権感覚の遅れた人びとが『分断』の原因である(そして我々はそのような連中を糾弾する正義の側である)」――という、リベラリストが論をまたずに自明としている奢り高ぶりこそが、世界に「分断」をもたらす根源となっている。この点を、自身もまたインテリ・リベラル・エリートの一員でありながら指摘したイシグロ氏の言葉には大きな意味があるが、しかし残念ながら肝心の「リベラリスト」の大半には届かないだろう。

 イシグロ氏の限界

――だが、イシグロ氏のこうした言明にも、やはり限界が見える。というのも、氏にはいまだに「歴史のただしい側」に立つことへの未練があるように思えてならないからだ。

たしかに、現状のリベラルの問題点を殊勝に列挙してはいるものの、しかし「リベラリズムがただしいことには疑いの余地もない」というコンテクストそれ自体を批判することはできないままなのである。冒頭で引用したインタビュー内の言明でも、あくまで「リベラリズムのただしさ」は自明としたうえで「リベラル派も(よりよいリベラルを目指すために)反省するべき点がある」と述べるにとどまっている。

ようするに、「私たちが知的にも道徳的にも政治的にもすぐれており、なおかつ『歴史のただしい側』に立っていることは明らかだ。だが、前提として間違っている彼らの側にも、一定の『言い分』があることを、我々はもっと寛容に想像しなければならないのではないか」というスタンスを取るのが、やはりノーベル文学賞受賞者という西欧文明の価値体系のど真ん中にいる人物にとって、踏み込めるぎりぎりのラインなのだろう。それを非難するつもりはない。これ以上攻めると、イシグロ氏自身も当世流行の「キャンセル・カルチャー」の餌食となってしまいかねない。氏にもまだまだ生活や人生がある。ためらって当然だ。

しかしながら「まず前提として私たちリベラルはただしい。だが、間違っている愚かで遅れた彼らにも、まずは居場所を与えてやろう。そして、彼らにも勉強させる(≒私たちのただしさを納得させる)ことが必要だ」という傲慢で侮蔑的なコンテクストこそが、アメリカではトランプとその支持者を、ヨーロッパでは極右政党を台頭させる最大の原因のひとつとなったのではないか。このコンテクスト自体を批判的に再評価することなく、いま世界中で顕在化している「分断」を癒すことなどできない。

私たちの主張をよく勉強して理解すれば、いずれは彼らも自らの間違いを認めて、世界はきっとよくなる――という善悪二元論的で、単純明快な勧善懲悪の物語を信じてやまないがゆえに、リベラリストの問題意識はいつだって的外れなのだ。

「ひょっとして、自分たちも、世界に分断や憎悪をもたらす『間違い』の一員なのではないか」という内省的な考えを――イシグロ氏ほどでなくともよいから――持つようになれば、彼らの望みどおり、世界はいまよりずっとよくなるのだが。

【私の論評】リベラリストこそ、マネジメントを「リベラルアート」であるとしたドラッカー流マネジメントに学べ(゚д゚)!

このブログでも、米国に分断について述べたことがあります。現在の米国の分断は、無論上の御田寺 圭氏の記事にもあるように、いわゆるリベラルの奢り高ぶりによるものではあると思います。

米国の分断については、以前もこのブログに掲載したことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
【日本の選択】バイデン大統領就任演説の白々しさ 国を分断させたのは「リベラル」、トランプ氏を「悪魔化」して「結束」はあり得ない―【私の論評】米国の分断は、ドラッカー流の見方が忘れ去られたことにも原因が(゚д゚)!
ドラッカー氏

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、この記事の結論は以下のようなものでした。
本来米国では、テクノロジストを育てていくべきだったのに、それを怠ってしまったのが、失敗の本質だったと思います。

テクノロジストが大勢育っていれば、そうしてサンベルトや南部の白人たちが、テクノロジストに転換していれば、大きくて深刻な分断は起こらなかったはずです。というより、ある程度の分断は、互いに競い合うということで、決して悪いことではないと思うのですが、米国の分断は度が過ぎます。
ドラッカーは、20世紀におけるマネジメントの偉業とは、肉体労働の生産性を50倍に挙げたことであり、21世紀のマネジメントの目標はテクノロジストの生産性を上げることだと語っています。

テクノロジストとは、肉体労働をしていながらも、その仕事は知識に基づいて行う労働者のことをいいます。知識に基づいて仕事をする専門職業人のことです。いわゆるエンジニアよりも広範囲な職種を含みます。ドラッカー氏が挙げている例は、コンピューター技術者、ソフトウエア設計者、臨床検査技師、製造技能技術者、理学療法士、精神科ケースワーカー、歯科技工士などです。

さらに、もっともわかりやすい事例は外科医です。外科医の仕事自体は、肉体労働ですが、それは知識に基づき行われています。脳外科医などは、手先の器用さがもとめられ、非常に狭いところで、ピンセットなどを使って、糸を縫い合わせる技能がもとめられます。しかし、それができたからと言って、外科医になれるわけではありません。

ただし、現代では、すべての仕事がテクノロジスト的になっています。たとえば、一昔の前の小売業では、従業員のほとんどの仕事が、商品を運んだり、陳列したり、顧客対応でしたが、現在では様々な分析などをして、それを仕事に適応して売上や利益をあげることが求められています。

建築現場もそうです。一昔前だと、スコップで穴を掘る、重い建材を運び組み上げるなどの肉体労働がほとんどですが、現在では様々な工法があり、それを管理したり、全体の工程を管理する仕事が大部分をしめ、肉体労働の割合はかなり減っています。

本来は、このようなテクノロジストが社会の大半を占めていれば、米国でも極端な分断など起こらなかったはずです。従来の肉体労働者に変わって、テクノロジストが労働者の多くを占めていれば、分断など起こらなかったでしょう。米国では、テクノロジストになれなかった、従来型の肉体労働者が、打ち捨てられたままになっており、それが深刻な分断を生んでいる大きな原因の一つにもなっているということです。

さらに、ドラッカーは、自らを社会生態学者と呼んだように、社会そのものや、社会現象にも大きな関心を寄せていました。

そうして、知識社会における知識についても、主張していました。
今後とも、物理学では、専門化が王道であり続けるだろう。しかし他の多くの分野では、専門化は、今後ますます、知識を習得するうえで障害となっていく。(『新しい現実』)
学問の世界では、書かれたもの、すなわち論文を知識と定義しているようです。それどころか、その論文の書き方までをとやかくいいます。そのくせ、まるで理解不能な文章があっても平気なようです。

ドラッカーは、そのようなものは知識ではないし、知識とはいかなるかかわりもないと怒っています。それらはデータにすぎないというのです。


本の中にあるのは情報のみです。知識とは、それらの情報を仕事や成果に結びつける能力です。そして知識は人間、すなわち、その頭脳と技能のうちのみに存在するというのです。

知識とは、行動の基盤となるべきものだというのです。人や組織をして、なんらかの成果をもたらす行動を可能にするものであるべきなのです。なにかを、あるいは誰かを、変えるべきものなのです。

そもそも、理解されることが学識ある者の責務であるはずだ、という昔からの原則が忘れられてしまったとしています。行動の基盤であるということならば、広く理解されることなくして、知識とは言えないのです。

ドラッカーは、問題は今日学界の専門家たちの学識が、急速に知識ではなくなっていることにあるといいます。それらのものは、データにすぎず、せいぜいが専門知識にすぎません。世の中を変える力を失ってしまっているというのです。
過去200年間にわたって知識を生み出してきた学問の体系と方法が、少なくとも自然科学以外の分野では非生産的となっている。学際的な研究の急速な進展が、このことを示している。(『新しい現実』)
知識とは、人や組織をして、なんらかの成果をもたらす行動を可能にすべきものというのであれば、いわゆるリベラリスト(私は似非リベラリストと呼びたいです)たちが、他者に向けて打ち出す一的な価値体系はとても「知識」と呼べるしろものではありません。

なぜかといえば、人や組織をして、なんらかの成果をもたらす行動を可能にするのではなく、分断をもたらしているからです。

ドラッカー氏は、今日の知識社会における学校にも注文をつけています。
今日、経済的には、知識が真の資本となり、富を生み出す中心的な資源となりつつある。そのような経済にあっては、学校に対し、教育の成果と責任について、新しくかつ厳しい要求が突きつけられる。さらにまた、今日、社会的には、知識労働者が中心的存在となっている。そのような社会にあっては、学校に対し、社会的な成果と責任について、もっと新しく厳しい要求が突きつけられる。学校に対する社会の要求は、経済からの要求よりもさらに厳しいものとなる。(『新しい現実』)
ドラッカーは、学校に対して、二つの要求を行なっています。
第一に、肉体ではなく知識が中心の社会となったからには、知識の変化が急である。繰り返し、知識の更新を図っていかなければ、急速に時代遅れとなる。
しかし、いかなる学校でも、必要とされるすべての知識を与えることは不可能です。そこで必要となるのが、“学習の方法”を教えることです。方法論、自己啓発、ハウツーを馬鹿にしてはならないです。近代合理主義は、デカルトの『方法序説』から始まりました。

第二に、知識が中心の社会では、知識ある者がリーダーの役を務める。ということは、知性と、価値観と、“道徳観”が要求されるということである。
今日、道徳教育は人気がありません。ドラッカーによれば、これまで、あまりにしばしば、思考や、言論や、反対を抑圧するために濫用され、権威への盲従を教えるために使われてきたせいだといいます。

つまり、道徳教育自体が、非道徳的だったのです。しかし、このままでは、若者は間違った価値観を植えつけられることになりかねません。人は、必ずなんらかの価値観を持つからです。

高邁な価値観を持つかもしれなければ、低劣な価値観を持つかもしれないです。あるいは、少なくとも、無関心、無責任、無感動のいずれかにはなります。

知識社会における道徳教育については、論議も大いにあるはずです。しかし、教育が道徳を伴い、かつ、それを重視すべきものでなければならないことだけは間違いないです。知識と知識労働者には責任が伴うからです。

ドラッカーは、青年期にヒトラーの政治的手法に代表されるファシズムを体験します。全体主義によって人間や社会が瞬く間に変容してしまうのを目の当たりにしました。この原体験が、彼を「マネジメント」の研究に向かわせたのです。
われわれは、人間の本質および 社会の目的についての新しい理念を基盤として、 自由で機能する社会をつくりあげなければならない。(ドラッカー「産業人の未来」)
ファシズムが二度と出現しないように、できる限り早く新しい自由な産業社会を作る必要があります。そして、その社会を作るのは、政府や政治家や官僚ではなく、『マネジメント』だ、と若きドラッカーは提言しました。

マネジメントこそが、自由で機能する社会を築く上で不可欠な条件だと確信したからです。ここに、多くの人が注目し、General Motors(GM)の副社長から同社を調査研究する依頼を受けることになり、ドラッカーのマネジメントの世界への入り口が開かれました。

ドラッカーは、ヒトラーのような過激な言動に同調してしまった人の心理の根底にあるのは、人間の「不安」「不満」「絶望」だったとしています。当然のことながら「経済的不満」が最も深いところにあるはずです。

つまり、仕事がない、給料が上がらない、生活がどんどん苦しくなる、という不満です。そこでドラッカーは、「個々人の能力を生かし、マーケティングとイノベーションによって顧客が喜ぶ価値を創造し、高い倫理観によって社会に貢献し続ける組織が増えることで、経済的な問題を民衆が自ら解決できるようになる」という答えを出します。

私たちが、毎日関わっている様々な仕事や活動における「マネジメント」が、幸福に人々が暮らせる健全な社会を築く上で大きな力になると彼は考えたのです。
マネジメントとは、現代社会の信念の具現である。それは、資源を組織化することによって人類の生活を向上させることができるとの信念、経済の発展が福祉と正義を実現するための強力な原動力になりうるとの信念の具現である。(ドラッカー「現代の経営」)

 ドラッカーは、こうも主張しました。

「マネジメントは、一般教養(リベラルアーツ)である」

リベラルアーツとは、文字通り、「人を自由にする学び」です。本来、リベラルを自認する人たちが学ぶべきことです。

ドラッカー氏はマネジメントをついてこうも語っています。
マネジメントとは文化であり、価値観と信条の体系である。それは、それぞれの社会が、自らの価値観と信条を活かすための手段である」(『すでに起こった未来』)
マネジメントは、急速に世界的なものとなりつつある近代文明と、多様な伝統、価値観、信条、遺産からなるそれぞれの文化とのかけ橋なのです。マネジメントこそ、文化の多様性を人類共通の目的に奉仕させるものだとドラッカーは言います。

マネジメントは共通の目的のために個人、コミュニティ、社会の価値観、意欲、伝統を活かすものです。マネジメントが伝統を機能させない限り、社会と経済の発展は起こりえないのです。私は、分断した社会もマネジメントにより、統合可能であると考えます。

マネジメントが経済的・社会的な発展をもたします。発展はマネジメントの結果です。途上国など存在しないと断言してよいのです。存在するのは、いまだマネジメントの存在しない国だけなのです。

経済発展についてのあらゆる経験がこれを裏づけています。経済的な生産要素、特に資金しか供与されなかった途上国では、経済発展は起こりませんでした。例外的と見られていた中国でさえ、この原則からは免れ得ないことが日増しにあきらかになりつつあります。

先進国では、重要な課題のほとんどが組織され、かつマネジメントされた機関において遂行されています。企業はそれらの最初のものであるにすぎません。
われわれは、これまで企業のマネジメントについて行なってきたことを、政府をはじめ他のあらゆる組織について行なわなければならない。(『すでに起こった未来』)
多くの人が「マネジメント」に関心を持ち、それを学ぶことで、多くの職場が笑顔と活気に溢れていきます。その結果、社会が健全になり、民主主義が守られ、自由で、健全に機能する社会が実現されていくはずです。そうして、社会の分断もなくなるはずです。

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2021年3月22日月曜日

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米中「新冷戦」が始まった…孤立した中国が「やがて没落する」と言える理由

「中所得国の罠」から抜け出せない


i国家観の対立が明確になった瞬間

先週18、19日の米中外交協議は、米中による非難合戦で始まった。これは、米中間の新「冷戦」の幕開けと言えるだろう。

初会合は、米国のアラスカだった。中国にとっては完全「アウェー」だが、米国との対決は避けて通れない道だ。

米側はアントニー・ブリンケン国務長官とジェイク・サリヴァン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、中国側は楊潔篪(ヤン・チエチー)中国共産党中央政治局委員と王毅(ワン・イー)外相とが出席した。


冒頭から、ブリンケン米国務長官は「新疆ウイグル、香港、台湾」を持ちだした。これに対し、楊潔篪政治局委員も、「中国には中国式の民主主義がある。内政干渉するな。米は黒人虐殺の歴史がある」と反論した。

協議の内容はそれぞれ2分間だけマスコミ公開という段取りだったが、互いに「待て」といいながら、1時間も米中対立がマスコミに映し出された。

要するに、米中の国家観の対立が明確になった瞬間である。

トランプ前政権では、貿易問題の二国間問題が端緒だった。政権終盤では中国のジェノサイド認定をして中国の非民主主義観を否定するなど、まさに国家体制の在り方を問題視したが、バイデン政権でもその流れは止まってない。もちろん、これはアメリカ国内の中国観が一変したことも背景にある。

通常であれば、外交辞令もあるので、こうした会談では食事会があるが、今回は新型コロナ対策という名目で計画もされていなかった。中国への「もてなし」で、食事なしとはキツい。今後の米中関係を暗示しているかのようだ。

i日米豪印と中国の対立を意味する

バイデン政権は、このアラスカ会談に先立って、同盟国との意見疎通をして用意周到だった。

3月12日、日米豪印の、菅義偉首相、バイデン米大統領、モリソン豪首相、モディ印首相の間で初の首脳会談がオンラインで行われた。

3月16日、東京において、茂木外務大臣、岸防衛大臣、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官は、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)を開催した。

3月17日、ソウルにおいて、米韓で「2+2」を開催した。ただし、東京の共同声明では、中国を名指しし北朝鮮の非核化が盛り込まれていたが、このソウル会合では盛り込まれていなかった。はっきりいって、韓国は、日米が中心となっている中国包囲網の蚊帳の外だ。

ともあれ、日米豪印クワッドがしっかり機能していることを確認した上で、バイデン政権は中国に対峙した。米中の国家観の対立は、日米豪印と中国、つまり民主主義対一党独裁非民主主義との対立でもある。

アメリカの指摘したのは、中国の「核心的利益」だ。これへの妥協は中国ではありえないので、アメリカが折れるか、米中で激突するかしか、選択肢はない。「核心的利益」は、アメリカが名指しした、新疆ウイグル、香港、台湾のほか、南シナ海と尖閣だ。

筆者が「核心的利益」を本コラムで取り上げたのは、今から10年以上前の本コラム発足直後の2010年10月4日〈尖閣問題を「核心的国家利益」と位置づけた中国の「覇権主義」〉だ。

その後の本コラムなどを読んでいる方にはわかるだろうが、その当時から、新疆ウイグル、南シナ海、香港の現在はある程度予見出来た。それがいよいよ台湾と尖閣にも及んできた。

i中国経済は今後どうなるのか

奇遇なことであるが、そのコラムでは、中国の覇権主義を多国間協調で抑えよと主張している。筆者が、第一次安倍政権で官邸勤務の時に、今の日米豪印のクワッドの初期段階を垣間見ていたので、安全保障での多国間協調をいったわけだが、今のバイデン政権はまさにそれを実戦しようとしている。

こうした中国の覇権主義を支えるのは、中国経済だ。これまで中国経済が伸びてきたからこそ、覇権主義を続けられたともいえる。

となると、中国の覇権主義の裏にある中国経済の今後が予想できれば、覇権主義の行方も占うことが出来るだろう。もっとも、こうした予測は、短期的な経済予測よりはるかに難しいが、やってみよう。

まず、楊潔篪政治局委員は、中国の一党独裁体制の優位性を今回の新型コロナを押さえ込んだからといった。これは、データからみると、確かにいえる。

民主主義国と非民主主義国で新型コロナ拡大について、どちらが封じ込めるのかといえば、非民主主義国だ。新型コロナ拡大の防止のためには、人々の行動を制限するのが手っ取り早いが、非民主主義国では国家による強制的な措置が迅速に行えるからだ。

実際に、各国について民主主義指数によって民主主義の度合と新型コロナ死亡者を100万人あたりで数値化すると、非民主主義のほうがいい成績だ。民主主義指数として英エコノミスト誌が毎年公表しているものの最新2020年版で、世界163ヶ国でみると、民主主義指数と100万人あたり死亡者数の相関係数は0.46だ。


もちろん、民主主義国の中でも、適切な手続きにより非常事態宣言を予め規定しそれを適切に行使して対応することもできるので、民主主義国では上手く対処したところもあり、やり方次第とも言える。

民主主義指数で8より高く、100万人当たりコロナ死者が200人より低い国は、世界の中でも優等生といえるが、それらは163ヶ国中9ヶ国しかない(上図の右下の赤枠内)。

それらの国は、オーストラリア、フィンランド、アイスランド、日本、モーリシャス、ニュージーランド、ノルウェー、韓国、台湾だ。日本はこうした意味で世界の優等生でもある。

i中所得の罠にハマる国

ただし、民主主義は、経済成長と深い関係があり、非民主主義国で成長するのは難しいのが、これまでの歴史だ。

開発経済学では「中所得国の罠」というのがしばしば話題になる。一種の経験則であるが、発展途上国が一定の中所得までは経済発展するが、その後は成長が鈍化し、なかなか高所得になれないのだ。ここで、中所得の国とは、一人あたりGDPが3000~10000ドルあたりの国をいうことが多い。

これをG20諸国の時系列データで見てみよう。1980年以降、一人あたりGDPがほぼ1万ドルを超えているのは、G7(日、米、加、英、独、仏、伊)とオーストラリアだけだ。

アルゼンチンとブラジルは、1万ドルがなかなか破れない。2010年代の初めに突破したかに見えたが、最近まで1万ドルに届いていない。インドは3000ドルにも達していなし、インドネシアは最近5000ドルまで上がってきているが、まだ1万ドルは見えない。

韓国は、2000年代から1万ドル以上を維持しており、今は高所得国入りしているといってもいいだろう。メキシコは、2010年頃までは順調に上昇してきたが、1万ドルの壁に苦悩し、1万ドル程度で低迷している。

ロシアは、2010年ごろに1万ドルを突破したかにみえたが、その後低迷し、今は1万ドル程度となっている。サウジアラビアは、豊富な石油収入で順調に上昇してきており、2000年代中頃から、1万ドル以上を維持して、今は高所得国入りだ。

南アフリカは、順調に上昇してきたが、2010年あたりから8000ドル程度に壁があるようで、それを超えられないでいる。

 i中国の「民主主義」が抱える問題

トルコも、2010年くらい1万ドルを一時突破したようにみえたが、その後低迷し、1万ドルの壁で低迷している。中国は、これまで順調に伸びてきたが、現在が1万ドル程度であり、これからどうなるのかが注目だ。

以上のG20の状況をまとめると、高所得国はもともとG7諸国とオーストラリアであった。それに1万ドルの壁を破った韓国、サウジ。残りは中所得国で、1万ドルの壁に跳ね返されたアルゼンチン、ブラジル、メキシコ、ロシア、南アフリカ、トルコの6ヶ国、まだそれに至らないインドとインドネシア。それに1万ドルになったと思われる中国だ。

さらに、世界銀行のデータにより2000年以降20年間の一人当たりGDPの平均を算出し、上の民主主義指数を組み合わせてみると、面白い。中所得国の罠がきちんとデータにでている。


民主主義指数が6程度以下の国・地域は、一人当たりGDPは1万ドルにほとんど達しない。ただし、その例外が10ヶ国ある。その内訳は、カタール、UAEなどの産油国8ヶ国と、シンガポールと香港だ。

ここでシンガポールと香港の民主主義指数はそれぞれ、6.03と5.57だ。民主主義指数6というのは、メキシコなどと同じ程度で、民主主義国としてはギリギリだ。

もっとも、民主主義指数6を超えると、一人当たりGDPは民主主義度に応じて伸びる。一人当たりGDPが1万ドル超の国で、一人当たりGDPと民主主義指数の相関係数は0.71と高い。

さて、中国の一人当たりGDPはようやく1万ドル程度になったので、これからどうなるか。中国の民主主義指数は2.27なので、6にはほど遠く、今の程度のGDPを20年間も維持できる確率はかなり低い。

GDP数字を改ざんすることもできるし、かつて崩壊前のソ連では行われていた。そのため、いつ中国経済が息詰まるとは言いにくいが、これまでの社会科学の経験則からは、そろそろ成長の限界に近づいているのだろう。

i中国の経済発展の見込みの少なさ

中所得国の罠をクリアするためには、民主主義の度合を高めないといけない。それと同時に、各種の経済構造の転換が必要だといわれる。

その一例として、国有企業改革や対外取引自由化などが必要だが、本コラムで再三強調してきたとおり、一党独裁の共産主義国の中国はそれらができない。

共産主義国家では、資本主義国家とは異なり生産手段の国有が国家運営の大原則であるからだ。アリババへの中国政府の統制をみると、やはりだ。

こう考えると、中国が民主化をしないままでは、中所得国の罠にはまり、これから経済発展する可能性は少ないと筆者は見ている。一時的に1万ドルを突破しても跳ね返され、長期的に1万ドル以上にならない。10年程度で行き詰まりが見えてくるのではないだろうか。

中国はどの程度の民主化をすればいいかというと、民主主義指数6程度の香港並みをせめてやるべきであった。しかし、逆に香港を中国本土並みにしたので、香港の没落も確実だし、中国もダメだろう。

【私の論評】中国政府の発表する昨年のGDP2.3%成長はファンタジー、絶対に信じてはならない(゚д゚)!

中所得国の罠(中進国の罠ともいう)については、このブログでも何度か掲載したことがありますので、上の高橋洋一氏の中国は、中所得国の罠に嵌るという主張は当然の主張であり、正しいと思います。

上の高橋洋一氏の記事の中には「中所得国の罠をクリアするためには、民主主義の度合を高めないといけない。それと同時に、各種の経済構造の転換が必要だといわれる」とありますが、これをさらにはっきりといえば、民主化、政治と経済の分離、法治国家化です。

これができない国は、何がすぐれていても、結局のところ先進国にはなれません。日本は、明治維新で民主化、政治と経済の分離、法治国家化を強力に推進しました。アルゼンチンは、先進国にはなれたものの、これらが十分でなかったか、ある時点で後退したといえます。

中国の場合は、香港やウイグル自治区の現状をみていれば、とても民主的とはいえませんし、経済のあらゆる面を政府が規制しており、憲法は中国共産党の下に位置しているという有様です。これでは、中所得国の罠からは逃れられず、今後中国のさらなる経済発展はないでしょう。

これができない国は、中進国の罠にはまるのです。現在まで、発展途上国から先進国になったのは、日本だけです。先進国から発展途上国になったのはアルゼンチンだけです。世界には、この2つの国と、先進国と、発展途上国があるだけです。中国が例外となることもありません。

中国国家統計局が1月18日に発表した速報値によれば、中国の2020年の国内総生産(GDP)は2.3%のプラス成長で、101兆6000億元と初めて100兆元の大台を突破しています。

昨年12月1日に発表されたOECDの「エコノミックアウトルック(経済見通し)」では、2020年の世界経済の成長率をマイナス4.2%としていますから、「共産党発表を信じれば」中国は偉大な成長を遂げる国ということになります。

ただし、このブログにも何度か述べてきたように、中国の経済統計、特にGDPは出鱈目です。だから、過去においては各省のGDPの合計よりも、中国政府の発表した中国の全体のGDPのほうが、大きいというような齟齬が生じていました。これは、さすがに最近は改善されたようですが、それにしてもGDPそのものの信ぴょう性はないと言って良いでしょう。

その他にも、鉱工業生産指数とGDPの間に齟齬が生じていたり、輸出・輸入(これらは相手国があるので、相手国のデータは信ぴょう性がある)とGDPの間に齟齬が生じていたりで、出鱈目ぶりは未だ改善されていません。

2020年7月に「テンセント・フィナンシャル・レポート―『新型コロナ』後、8割近い国民の収入が減少、投資財テク傾向は堅調―」という世論調査結果が発表された。この調査によって新型コロナ感染症の蔓延で78%の中国人が収入が減少したとし、29.5%の人が消費を減らして貯蓄すると回答しました。

78%の中国人の収入が減少しているのに、本当に経済成長しているのでしょうか。

2020年の自動車の販売台数は、前年比7.4%減と大きく落ち込んだ2019年の2070万台をさらに下回り、1929万台(前年比6.8%減)となりました。

2020年のスマホの販売台数も、前年比6.0%減と大きく落ち込んだ2019年の3.9億台からさらに落ち込み、3.1億台(前年比20.8%減)となりました。

このような状態でGDPが前年比2.3%も成長したということがありうるのでしょうか。もうこれはファンタジーと言っても良いくらいです。

ファンタジーのような重慶の夜景

英民間調査機関「経済・ビジネス研究センター」(CEBR)は、「中国が2028年に米国を抜いて世界トップの経済規模になる」という見通しを昨年12月26日発表しました。これは、無論中国政府の発表した統計数値を信じた上でこのような公表をしたのでしょう。

中国では、地方政府も危機的な状況にあります。地方政府は、「地域経済振興」を大義名分として独自に資金調達を行っています。ただし、多くの資金が地方幹部の私的利益確保のために使われています。

「地域経済振興」のために使われた資金は、うまくいけば実際に地域経済を活性化させ利益を生むから返済可能かもしれません。「地方共産党幹部振興」のために使われた資金は、彼らの懐に入るだけで、例え利益を生んだとしても返済するつもりはないようです。

これまでは、中国全体の経済が好調で、貸し手が次から次へと現れたから、いわゆる「ねずみ講原理」で、「借金を借金で返す」ことも難しくはありませんでした。しかし、ねずみ講が最終的には破綻することが明らかなように、「借金の自転車操業」もいつか終わります。

もう、中国の破綻は目に見えています。中国の破綻は20年前からいわれてきましたが、それを中国政府はなんとか隠しおおせてきたのですが、今後数年以内に隠せなくなるでしょう。

そうして、中国は先進国になれないまま、没落していくことでしょう。

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