タイが潜水艦購入延期、コロナで崩れた中国の目論見
日本にチャンス到来、安倍首相の置き土産を無駄にしてはならない
(北村 淳:軍事社会学者)
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S-26T潜水艦の原型となる中国海軍の元型潜水艦 |
タイ政府は中国からの潜水艦輸入調達を、少なくとも1年間は棚上げにする決定を下した模様である。安倍首相が門戸を開いた「日本から国際社会に向けての戦略的兵器輸出」にとって、好機到来である。国際社会への戦略的兵器輸出によって、裾野の広い防衛関連産業が活性化し、ひいては日本経済再生の原動力の一つとなることが期待される。
兵器輸出の素人に立ちはだかった厚い壁 かつて安倍首相はオーストラリアのアボット首相との信頼関係に基づいて、次世代潜水艦選定作業に取りかかっていたオーストラリア海軍に、「そうりゅう」型をベースとする潜水艦の売り込みを図ろうとした。
しかし、すでに日本が参加する数年前から売り込み活動を開始していたフランスとドイツの壁は厚い上、本格的兵器輸出の経験とノウハウを全く持たない防衛省をはじめとする日本政府や日本防衛産業界は、潜水艦輸出という超大型取引の土俵に上がることすらできなかったというのが実情であった(参照:本コラム2016年4月14日「
決定間近、オーストラリアは日本の潜水艦を選ぶのか」、2016年5月5日「
素人には歯が立たなかった国際武器取引マーケット」)。
今回のタイ海軍調達計画の一時的頓挫は、日本にとって潜水艦輸出再挑戦の機会となり得る事件と言えるかもしれない。
噴出した追加調達反対の声 2017年にタイ政府は中国からの3隻の潜水艦調達を決定した。1隻目の元型S-26T潜水艦は現在中国で建造が進められ、2024年中にはタイ海軍に引き渡される予定となっている。
2隻目、そして3隻目のS-26T潜水艦調達価格は約760億円(8月31日のドル円レート換算で)で、7年間にわたって支払われる予定となっていた。だがタイ国会の予算調査小委員会では、与党(プアタイ党)議員にも反対の立場を取る議員が存在したため、8月25日の潜水艦追加調達費決定会合において2隻目、3隻目の購入予算は僅差で可決された。すると、野党(民主党)はじめ多数の市民から潜水艦追加購入に反対する声が上がり、SNSなどを通して抗議活動は極めて強いものとなった。
追加購入に反対したプアタイ党議員は「現時点で潜水艦追加購入を棚上げにしてもタイと中国関係に悪影響を及ぼすことはない。新型コロナウイルス対策、そして経済再生政策のほうが潜水艦調達よりもタイ国民にとって重要であることを、中国政府に納得させることができる」と述べている。
同時に、中国からの潜水艦購入は国家間の公式契約ではなく、タイ海軍代表者と中国企業代表者が取り交わした契約であり、現在1隻の潜水艦を建造しているとはいえ、契約には引き続いて2隻目そしてそれ以上を購入しなければならないという取り決めはなされていない、とも指摘した。
場合によっては一時中断ではなく中止 タイ海軍首脳は、このような指摘に対して、事実を歪曲していると反論した。そして、是が非でも少なくとも3隻の近代的潜水艦を手にしたいタイ海軍側は「タイ国防のために強力な潜水艦戦力は必要不可欠である」と、プラユット政権や与野党、そして多くの国民に対して、潜水艦購入調達の重要性を強調している。また「潜水艦調達は海軍戦略上の要請であり、政争の具にすべきではない」とも力説している。
タイ政府当局も、潜水艦建造契約は政府間の契約であるとの立場を確認したものの、「新型コロナウイルス感染拡大によってタイ史上最悪と言われるほどの大打撃を受けているタイ経済の再建と、新型コロナ対策を優先的に推し進めよ」との世論や野党、そして一部与党の声に耳を貸さないわけにはいかなくなり、この時期における潜水艦の追加調達費計上に躊躇する姿勢が見え始めた。
結局、プラユット・チェンオチャ首相(兼国防相、退役陸軍大将)が自らタイ海軍に対して、現時点での潜水艦追加調達要求を取り下げるよう説得し、タイ海軍としても2021年度予算における潜水艦追加調達費要求額をゼロとしたという。
これによって、少なくとも1年間はタイ海軍による2隻目、3隻目の中国製S-26T潜水艦の調達計画は中断することとなった。そして、潜水艦追加調達予定額とほぼ同額が新型コロナウイルス感染に伴う経済再建策に対する予算として確保されたとのことである。
7年間分割の潜水艦追加調達費とほぼ同額が緊急経済再建策に投入されるとなると、場合によってはS-26Tの追加調達は1年間の中断ではなく中止に追い込まれる可能性もあると考えられる。
安倍首相の置き土産を無駄にするな 米国のオバマ政権は、タイで軍人政権が発足したことに反発して、それまで密接であった米軍とタイ軍の関係を弱体化させる政策を打ち出した。その状況を好機と捉えた中国政府は、タイとの軍事的関係を構築するため、タイ軍当局に対して戦闘車両の売り込みや潜水艦を含む軍艦の売り込みなどを強烈に推し進めた。その結果、タイ軍・政府当局は中国からの潜水艦や戦車の調達に踏み切ったという経緯がある(本コラム2015年7月2日「
米国に衝撃、タイが中国から潜水艦を購入へ」、2016年7月14日「
潜水艦3隻購入で中国に取り込まれるタイ海軍」)。
それに対して、タイ軍との良好な関係を維持することの戦略的重要性を熟知していた米軍関係者たちは、オバマ政権がタイ軍事政権を冷たくあしらう姿勢を強く批判していた。現在、オバマ政権と違ってトランプ政権は、経済的のみならず軍事的にも対中国包囲網を構築しようとしている。したがって、アメリカとしては中国に取り込まれつつあるタイ軍を自らの陣営に引き戻す必要がある。
そのための一手が、中国製潜水艦調達計画を頓挫させて、元型S-26T潜水艦2隻に取って代わる潜水艦をタイ海軍に供給することである。
しかしながら、アメリカは原子力潜水艦しか建造することができず、タイ海軍に供給する潜水艦を建造することはできない。
そこで出番となるのが、世界的にも高水準の潜水艦建造企業を2社も擁する日本である。
日本メーカーの潜水艦は、S-26Tより高性能で世界中の海軍関係者から高い評価を受けている。タイ海軍が是が非でも欲しい高性能潜水艦を、日本政府が中国よりも好条件を提示して、2隻といわず4隻、そして6隻を供与するとの交渉を開始すれば、1隻のS-26Tという高い月謝を払ってしまったタイ海軍、そしてタイ政府が日本から調達する方針に転換する可能性がないわけではない。
もちろん、中国側がそう簡単にタイ海軍への追加輸出を諦めることなどあり得ない。そして、タイでの好機に乗じて、韓国、フランス、ドイツ、スウェーデン、そしてロシアなども、すでに売り込み工作を開始しているかもしれない。
日本政府はその競争に打ち勝つ覚悟を決め、安倍首相による置き土産ともなる「潜水艦の輸出」という防衛装備移転三原則の具体的推進を今度こそ成功させなければならない。
【私の論評】タイは日本から潜水艦を手にいれれば、圧倒的に有利になる(゚д゚)!
タイが中国から購入す予定の潜水艦は、原潜ではなく、
非大気依存推進(AIP)機関を用いたものです。
原潜と通常型の潜水艦を比較すると、原潜は燃料として原子力を用いますので、一度潜水艦に原子炉を搭載すると、潜水艦の寿命が来るまで燃料を補給する必要はありません。
ただし、原潜といえでも、現状では乗員がいなければ、航行できないので、燃料補給は必要はないものの、水や食糧の補給と、交代要員を乗せるために、いずれかの港に定期的に入港しなけれぱなりません。ただし、燃料の補給は必要がないので、港に入港する頻度は原潜のほうが低いです。
さらに、通常動力潜水艦は、原子力潜水艦のように艦内で酸素を発生させることができません。また、真水の使用にも制限があるといいます。原子炉を持たないため、使ったバッテリーの充電や換気などをする目的で、定期的に海面に浮上する必要もあります。
このように、一見すると原子力潜水艦に劣るように思えるかもしれない通常動力潜水艦ですが、実は原子力潜水艦に勝る長所があります。1隻あたりの調達価格や放射性廃棄物の処理問題などもありますが、なによりもその「静粛性」です。
原子力潜水艦は、長期間に渡って潜航し続けることができますが、難点があります。それは「うるさい」ということです。原子炉で発生させた蒸気を使ってタービンを回し、その力でプロペラ軸を回しますが、この時に使う減速歯車が騒音の原因といわれています。タービン自体は高速で回転させるほうが効率も良いのですが、そのまま海中でプロペラを回転させるとさらなる騒音を発生させるために、減速歯車を使ってプロペラ軸に伝わる回転数を落とす必要があります。
ほかにも、炉心冷却材を循環させるためのポンプも大きな騒音を発生さるといいます。このポンプは静かな物を採用することによって、かつてに比べ騒音レベルは下がってきているといいますが、頻繁に原子炉の停止・再稼動をさせることが難しい原子力潜水艦においては、基本的にこのポンプの動きを止めることはできません。
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093B 核潜水艦(SSN) |
対する通常動力潜水艦は、原子力潜水艦が不得意とする静粛性に優れています。なぜならば、ディーゼル機関等を止めてバッテリー駆動に切り替えることによって、艦内で発生させる音をほぼ皆無にすることができるからです。この場合、唯一の音の発生源は乗員の発する音なので、例えば海上自衛隊の潜水艦の艦内には多くの場所に絨毯が敷かれ、艦内を歩く隊員の足音すら発生させないような工夫が施されています。
海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦には、従来タイが中国から購入することを予定した「AIP(非大気依存推進)機関」が搭載されていました。これは簡単にいうと、ヘリウムガスを加熱、冷却して得られる体積の変化を利用し動力を得るという装置です。これにより、従来のバッテリー駆動と比べて潜航時間が延びたといいます。
ただし、このAIP機関はあくまでもディーゼル機関の補助装置なので、AIP機関をメインにずっと行動し続けることはありません。ではどのような時に使うのでしょうか。それは、海底深くに身を潜めている時です。
海上自衛隊は、敵潜水艦の行動を探知するべく、日本の近海に潜んでいます。もし、敵潜水艦が近づいてきた場合、ディーゼル機関を停止させて、補助動力装置に切り替えます。ここで海上自衛隊の潜水艦は、ほぼ無音状態になります。視界も電波もさえぎられる水中、敵は音を探知しながら進んできますが、音を発しないこちらの姿を探知することは、ほとんどできないと言います。まるで、ニンジャの様にその姿を隠すことができるのが、通常動力潜水艦艦の強みです。
専守防衛を掲げる日本の場合、原子力潜水艦よりも通常動力潜水艦の方が圧倒的に有利に戦うことができるのです。タイ海軍でも、通常型潜水艦の方が圧倒的に有利なので、通常型潜水艦の購入を目指したのでしょう。
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呉の潜水艦基地に向かう日本のそうりゅう型潜水艦 |
兵庫県神戸市の三菱重工業神戸工場で今年の3月5日、海上自衛隊の新潜水艦「おうりゅう」の引き渡し式が開かれました。海自の主力潜水艦「そうりゅう型」の11番艦で、潜水艦の推進力としてリチウムイオン蓄電池搭載の通常動力型潜水艦としては世界初めてとなります。
そうりゅう型11番艦のおうりゅうからは、前述のスターリングエンジンを廃止した。鉛電池に替えて、GSユアサが開発したリチウムイオン蓄電池を搭載する。
リチウムイオン電池技術を採用し、ディーゼルエンジンを使う通常動力型潜水艦は、実は日本が世界で初めてだ。この点で、おうりゅうは日本の最新技術の結晶と言える。リチウムイオン電池の蓄電量は鉛酸電池の2倍以上といわれ、水中航行能力が高くなり、潜航時間も大幅に延ばすことができる。さらに忘れてならないのは、静寂性も増すということです。
この静寂性は世界でも群を抜いているというか、おそらく世界一です。ただし、潜水艦に関しては、世界各国が詳しいことは秘密にしているため公式の資料からは伺い知ることはできませんが、日本の工作技術が世界一ということや、リチュウムイオン電池で推進することから、ほとんど無音であり、おそらく世界で最も静寂性に優れていると言って良いでしょう。
さらに、中国の対潜哨戒能力が低いこともあいまって、日本の潜水艦を中国側は探知することができません。これは、何を意味するかといえば、日本の潜水艦は中国に探知されることなく、あらゆる海域を航行でき、いつでも中国の艦艇を撃沈できるということです。
実際、日米の潜水艦は、模擬訓練で何度も中国の空母「遼寧」をはじめあらゆる艦艇を模擬攻撃して、撃沈に成功しているといわれています。
一方中国の通常潜水艦は、日本の通常潜水艦と比較すると、はるかに静寂性で劣っているため日本側にすぐに探知されてしまいます。
たとえば、今年6月、奄美大島周辺の接続水域を中国の潜水艦が航行という出来事がありましたが、これは日本側が探知できたからこそ、このような発表をしたということです。
私ははおらくこの時の中国の潜水艦は、中国では静寂性にすくれた最新の通常型だったのだと思います。中国側としては、意図的に日本の接続海域を航行させて、日本側が探知できるのか、探知できるとしてどのタイミングで探知できるのかなど、いろいろ試したのでしょう。
その結果、すぐに発見されてしまったということです。しかし、発見できるということは、日本側が優位にたっているということです。発見できなければ、大変なことです。潜水艦を探知した情報に関しては、探知能力にもかかわることなので、通常は発表しないことが多いのですが、探知能力に自信のある日本側はあえて発表したのでしょう。
日本の潜水艦は、中国に探知されないことから、南シナ海や東シナ海の海域を自由に航行していることでしよう。もしかすると台湾海峡や黄海も航行してるかもしれません。ただし、これは軍事機密なので、たとえそうであったにしても公表はされません。しかし、中国側がこれを発見した場合は、少なくとも人民日報などでは報道されるはずですが、未だにそのような発表はありません。
やはり、中国の対潜哨戒能力は未だに劣っているということだと思います。尖閣付近で中国艦艇が傍若無人な真似を繰り返していますが、未だに尖閣を奪取できないでいるのは、このような事情があるからと思います。中国が尖閣を奪取しようとすると、東シナ海に潜んでいる日本の潜水艦から攻撃を受ける可能性がありますし、中国にはそれを排除する術はないからです。
このようなことを考えると、やはりタイは日本から潜水艦を購入すべきでしょう。もしそうなれば、タイは中国側から補足されない潜水艦を手にいれることになり、軍事バランスが崩れ
タイにとってかなり有利になります。中国だけでなく、周辺諸国ににらみを利かすことができます。
タイが中国の潜水艦を購入した場合は、中国の潜水艦に装備されている電子機器には、バックドアが隠されていて、様々な情報を中国側に伝えるだけではなく、タイが中国に敵対する行動をとった場合には、電子機器を無効にされたり、潜水艦自体に何らかの損傷を与え、航行できなくなるすることさえ、想定されます。
さらには、現在は米中冷戦の真っ只中です。そのような最中には、中国に利するような行動をとれば、米国に制裁されかねません。そのようなことは、タイも避けたいでしょう。
おうりゅうに続く、そうりゅう型の最終艦の12番艦となるのが「とうりゅう」です。2019年11月6日にその命名・進水式が川崎重工業神戸造船所で行われました。
海上自衛隊は、そうりゅう型の後継艦として、今後は新型のソナーシステムを装備して探知能力などが向上した新型潜水艦(3000トン型)を配備します。海上幕僚監部広報室によると、三菱重工業神戸造船所でその1番艦、川崎重工業神戸造船所でその2番艦がそれぞれすでに建造中です。2019年度予算ではその3番艦建造費として698億円、2020年度予算ではその4番艦建造費として702億円がそれぞれ計上されています。
日本の潜水艦は三菱重工業神戸造船所と川崎重工業神戸造船所が隔年で交互に建造しています。
海自は、おうりゅうの就役で護衛艦48隻、潜水艦20隻の体制を整えたことになります。そうして、2018年12月に閣議決定された新たな防衛大綱に基づき、これを護衛艦54隻、潜水艦22隻に増勢することにしています。海自7隻目のイージス艦となる護衛艦「まや」は今年3月19日に中に就役しました。
米国が通常型潜水艦を作らなくなってから、日本の通常型潜水艦は、世界一の水準になったといえるでしょう。ただし、この潜水艦は日本の生命線でもあります。中国が未だ尖閣を奪取できないことや、未だ第二・第三列島線はおろか、第一列島線すら確保できないのは、日本の潜水艦の優位性ならびに日本の哨戒能力の優位性が保たれているからです。この優位性はこれからも、死守すべきです。
タイが要望すれば、日本は日本の安全保障のためにも、タイに潜水艦を売るべきとは思いますが、航行方法や他の操艦方法は、教えるにしても、潜水艦の根幹部部はブラックボックスにしておき、航行に関わるような重要な部分の修理は日本側が行うようにすべきです。その条件のもとで、タイに販売すべものと思います。
なお、日本が潜水艦をタイに販売できれば、財政が潤うなどと考える人もいるかもしれませんが、コロナ禍で経済が停滞している現在、日本がまともな減税など、まともな財政政策や、制限なしの金融緩和策等の経済政策をとれば、タイに潜水艦を数隻売るよりも、はるかに経済が潤います。
潜水艦を数席売ったくらいでは、日本の経済の規模からいえば、焼け石に水にすぎません。やはり、潜水艦を売る売らないは、日本の安全保障を第一に考えるべきです。タイに日本の潜水艦が配備されれば、タイだけではなく日本にとっても安全保障上好ましいというなら、販売すべきです。
コロナ以前に、アウトバウンド消費が脚光を浴びていましたが、それは全体からみれば、ほんのわずかのものでした。わずかのアウトバウンドをあてにして、中国などに媚びを売るようなまねはすべきではありません。潜水艦のタイへの販売も同じことです。
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