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岡崎研究所
英国の元外交官(キャメロン首相の安全保障担当補佐官)ピーター・リケッツは、「NATOは米国の一方的な決定に完全に出し抜かれた」「アフガン作戦は何時かは終わらねばならなかったが、……終結の方法は屈辱的でNATOに害をなすものであった」と述べ、「9.11」当時のNATO事務総長ジョージ・ロバートソンは、「入るのも出るのも一緒(in together, out together)というNATOの原則がトランプおよびバイデンの双方に捨てられたようである」と述べている。
ニブリットの論説は苛立つ欧州側に頭を冷やすように促すとともに、バイデン政権がアフガニスタンの失態に懲りて及び腰になることを怖れてか、引き続き欧州と共に戦略目標を追及するよう説いている。一方、ニブリットは、バイデン政権を批判することも躊躇していない。欧州の当局者が適切に米国から協議を受けたとは思っていないことを指摘している。
「9.11」の事態にNATOは集団防衛を規定するNATO条約5条を発動して米国を支持したのであるから、撤退にあたってNATOと協議すべきはけだし当然である。バイデン政権は協議を遂げたと述べているが、欧州としては既成事実(fait accompli)の押し付けと感じたに違いない。英国のベン・ウォレス国防相が米国抜きで有志の欧州諸国と残留することを模索したが、米国抜きでは安全を確保し得ず、涙を呑んだという一件はこの辺りの事情を物語っている。
2001年10月7日、英軍は米軍と共にアフガニスタンに進攻したのであるから、英国は特にねんごろに協議にあずかる立場にあったはずである。8月18日の下院でジョンソン首相は与野党の激しい批判に晒された。
テリーザ・メイ前首相は「我々のインテリジェンスはそれ程お粗末なのか、アフガン政府についての我々の理解はそれ程 弱いのか、現場の状況の我々の知識はそれ程不足なのか?それとも、 米国に付き従わねばならないと感じ神頼みで夜には何とかなると希望しただけなのか?」と批判した。
「台湾への衝撃」も的外れ
米国による安全保障のコミットメントの信頼性が揺らいでいるという議論は的外れだとするニブリットの論説の指摘は首肯出来るものである。特に、アフガニスタン撤退は中国に戦略的焦点を絞る努力の反映であることが強調されるべきであろう。
8月16日付の環球時報は、ワシントンがカブールの政権を見捨てたことは台湾島にも特に衝撃を与えたと述べ、「これが台湾の将来の命運の或る種の前兆か?」と述べている。この種の議論の片棒を担ぐことに利益はないと言うべきであろう。
後を継いだバイデン政権は、タリバンに課していた条件を事実上撤廃する代わりに、撤退期限を数か月延長したという経緯があります。バイデンは、タリバンの急拡大を阻止する何らかの手を打つべきではないかと性急な撤退を戒める声にも耳を貸しませんでした。バイデン政権の対応の是非を検討することは無意味ではないと思います。
しかし、カブール政府の崩壊は早晩避けられなかったことです。米国が支持してきたカルザイ、ガニの歴代政権は、汚職にまみれ、統治能力が全く不十分でした。アフガンでは部族主義がはびこり、彼らの目まぐるしい合従連衡が統治を極めて困難にしているという事情もあります。
米軍はアフガンの政府軍に支援を施し、強力な軍を造ったと主張してきたましたが、実態はそれとはかけ離れた姿でした。BBCの報道によれば、記録上はアフガン治安部隊は30万以上を擁することになっていたのですが、名前だけの「幽霊兵」も多く、アフガニスタン復興特別監察官(SIGAR)の米連邦議会への最新報告は、「実際の兵力のデータは正確性が疑わしい」と指摘していたといいます。
アフガニスタン治安部隊 |
そもそもアフガンでの戦争は、2001年の9・11テロを受け、実行犯であるアルカイダを当時のタリバン政権が支援したことに対する自衛権の発動として開始されたものです。テロを根絶し、罰し、裁くことが目的でした。それがいつの間にか、テロの温床にしてはいけないという錦の御旗の下、アフガンの国造りが戦争目的に変わってしまった結果、泥沼化したのです。
なお、ブリンケン国務長官は、アフガンでの戦争はビンラーディンを殺害するなどテロに対する戦争としては成功したのであり、今後5年、10年も米軍を留めおくことは米国の国益に反する、という趣旨のことをCNNの番組で述べています。
今回の「陥落劇」は、ベトナム戦争でのサイゴン陥落を想起させるとしてセンセーショナルに報道されています。米国衰退論、米国の撤退を中国などが埋めることへの懸念、同盟国を見捨てたことによる米国への信認の低下などが、喧しく指摘されることになるでしょう。しかし、こうした議論のすべてが適切であるのか、疑問です。
陥落直前にサイゴンを脱出し、空母ミッドウェイに到着した南ベトナム市民 |
まず、米国史上最長となる不毛な戦争に終止符を打った。カブール陥落という米国にとり不面目で衝撃的な幕引きを迎えたにもかかわらず、米国がアフガンから手を引き、大国との競争、とりわけ中国との対立に集中する意思を表明し、そういう態勢を目指すことを示すことができたことの意義は重視されるべきです。
サイゴン陥落を想起させるといいますが、フィナンシャルタイムズ紙コラムニストのギデオン・ラックマンがカブール政権崩壊直前の8月13日付け同紙掲載の論説‘Joe Biden’s credibility has been shredded in Afghanistan’で指摘する通り、サイゴン陥落の14年後に冷戦に勝利したのは米国です。
そうして、昨日も述べたように「サイゴン陥落は米国時代の終わり」と嘯いていた旧ソ連でしたが、15年後に崩壊したのは自らでした。
中国は確かに「一帯一路」にアフガンを取り込もうとしています。中国・パキスタン経済回廊(CPEC)のアフガンへの延長を模索しているらしいです。これは地政学的に重要なことです。
7月末には、王毅外相が天津でタリバンの共同創設者アブドゥル・ガニ・バラダルら幹部と会談しています。この際、米軍のアフガン撤収について米国の失敗を言い立て、中国はアフガンの主権独立と領土安全の尊重や内政不干渉を徹底するとして、来るべきタリバン政権に中国を売り込んでいる。
中国のアフガンへの関与についても、前出のラックマンの論説が参考になります。ラックマンによれば、一つには、中国による新疆ウイグルのムスリム弾圧へのタリバン側の反応がどうなるのか頭痛の種になるといいます。
もう一つは、混沌としたアフガンに軍事的に介入すべきか、それとも自助努力に任せるかという、「古典的な超大国のジレンマ」に陥ることだといいます。これは米国が陥ったジレンマに他ならないです。アフガンの部族主義にも直面するでしょう。中国にとりプラスになるかマイナスになるか、現段階で判断するのは時期尚早です。
ただ、昨日も述べたように、米軍が長年アフガニスタンの治安を担ってきたことで、中国をはじめ近隣諸国はその恩恵に浴してきたのですが、その安全装置が突然なくなってしまったのです。アフガニスタンの隣国である中国にとって、将来の戦略的利益よりも、タリバンの突然の復権による安全保障上の課題のほうがはるかに大きいのではないでしょうか。
仮に中国がパキスタン、タリバン政権下のアフガンと「一帯一路」を推進することになれば、これはパキスタンおよび中国と敵対するインドの警戒、インドとの対立を招くことになります。新たな地政学的局面を迎えると言ってよいです。
こうなった場合、無論米国はインドを支援するでしょう。日米英印のQuad諸国も、インドの安全保障のため、インドを支援するでしょう。インドはインド太平洋戦略の柱の一つである重要な大国です。アフガン情勢は今後ともとりわけ地政学側面から注視していく必要があります。
国連はタリバンがデモ参加者に対して実弾を使用していると報告、その他にも様々なタリバンの暴力についての報告がなされています。タリバンは所詮、単なるテロリストであり、烏合の衆であり統治能力などありません。
早晩、様々な勢力のうちの一つになり、これらの勢力が拮抗して、再び紛争になるのは目に見えています。そうして、新たな秩序が形成されることになります。米国のアフガン撤退は、その序盤に過ぎないのです。
そうして、米軍も長年かかってもできなかったように、中露もアフガン情勢を変えることはできません。
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