2024年6月18日火曜日

衛星画像に「えぐれた滑走路」...ウクライナがドローン「少なくとも70機」でロシア空軍基地を集中攻撃―【私の論評】ドローン攻撃と防空システムの脆弱性:F-35対零戦の戦術比較

衛星画像に「えぐれた滑走路」...ウクライナがドローン「少なくとも70機」でロシア空軍基地を集中攻撃

まとめ
  • ウクライナ軍は6月13-14日の夜、ロシアのモロゾフスク空軍基地に対し70機以上のドローンを使った大規模攻撃を行った
  • 攻撃後の衛星画像で、同基地の建物や滑走路が大きな被害を受けていることが確認された
  • ウクライナはこの攻撃にアメリカから供与された武器を使い、ロシアの高性能防空システムの一部を破壊できたと主張
  • ウクライナはロシアのハリコフ州攻勢をアメリカの武器で食い止めたと表明し、クリミア半島への攻撃も強める構え
  • 双方の発表した数字は確認できていないが、ウクライナがドローンと西側の武器を併用し、ロシア軍の能力を標的にしていることが見て取れる
ウクライナのドローンにより破壊された(赤枠内)とみられるモロゾフスク空軍基地

 ウクライナ軍は6月13日から14日にかけて、ロシア南部ロストフ州のモロゾフスク空軍基地に対し、少なくとも70機以上のドローンを使った大規模な攻撃を行ったと見られる。

 攻撃前の6月4日の衛星画像では、同基地の建物や滑走路は無傷で、周辺に複数の航空機が駐機していた。しかし、14日の画像では屋根が崩れ、滑走路も大きく破損し、航空機の姿はなくなっていた。

 ウクライナ国防省は、この作戦にウクライナ製ドローン「ドラゴン」と「スプラッシュ」を使い、ウクライナ領内から実施したと主張している。一方でロシア国防省は、この夜にウクライナからの大規模ドローン攻撃を受けたが、87機を迎撃したと発表した。

 モロゾフスク基地には、ロシア製の戦闘爆撃機Su-24、Su-24M、Su-34が配備されていた。ウクライナ側は、この攻撃でアメリカから供与された武器を使い、ロシアの高性能防空システムの一部を破壊できたと主張する。

 4月にもこの基地へのドローン攻撃があり、ウクライナはロシアのハリコフ州への攻勢をアメリカの武器で食い止めたと表明。さらにロシアが一方的に併合したクリミア半島への攻撃も強めていく構えだ。

 双方の発表数字は確認できていないが、ウクライナがドローンと西側の武器供与を活用し、ロシアの空軍力や能力を標的にしていることがうかがえる。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】ドローン攻撃と防空システムの脆弱性:F-35対零戦の戦術比較

まとめ
  • ウクライナのドローン攻撃成功は、ロシアの防空システムの脆弱性を露呈した。低コストの小型ドローンを多数投入し、同時に飛行させることで防空システムを突破した。
  • F-35と零戦を数で比較すると、数千機の零戦に対してF-35の数的劣勢が大きな問題となる。F-35は搭載弾薬やパイロットの限界、補給の必要性などで制約を受ける。
  • 現代のドローンは零戦に似た機動性と自爆攻撃能力を持ち、F-35にとって大きな脅威となる。ドローンは自動で動き、長時間の継戦能力があるため、F-35だけでは完全に防ぎきれない可能性が高い。
  • 主要国の軍隊は、レーザー兵器や電子妨害、AI防衛システムなどを導入し、マルチレイヤー防空網を強化している。総合的な対ドローン対処能力の向上が重視される。
  • 日本もドローン脅威に対処するため、先端技術の積極的導入と運用面での革新が求められる。有人戦闘機と無人機の長所を組み合わせた運用が重要であり、日本の技術力と同盟国との絆を基に防衛力を強化すべき。

ウクライナのドローン攻撃が成功したことは、ロシア軍の防空システムの有効性に疑問を投げかけています。

ウクライナが使用した低コストのドローンは、小型で複数同時に飛行することで防空システムに過剰な負荷をかけ、突破に成功しました。さらに、ロストフ州知事が再攻撃の可能性を認めたことは、防空システムの脆弱性を裏付けています。住民が爆発音を聞いたとの報告も、防空システムが市民の安全を完全に保障できていないことを示しており、心理的な不安を引き起こしています。

これらの事実は、ロシアの防空システムがウクライナのドローン攻撃に対して効果的でないことを具体的に示しています。

最近このようなドローンの奮戦の報道がなされることが多くなりました。このような報道から、私が軍事オタク少年であった頃の疑問が少しずつ明らかになるとともに、今後の軍事戦術や戦略が変わりつつあることをひしひしと感じています。

セミ軍事オタクだった少年時代に私が、抱いた疑問は、現代の最新鋭ジェット戦闘機1機(当時はF15)と、それを製造できる経費で、製造した多数の零戦が戦った場合どうなるかという疑問です。当時の私の分析では、約3000機製造できると試算しました。

零式艦上戦闘機

F15が1機と零戦3000機であれば、零戦に十分勝ち目があるのではと考えたのです。

第二次世界大戦中の1944年時点での零戦52型の価格は、約63,000円(当時のレートで約16,000ドル)と推定されています。

現代の最新鋭戦闘機F35の1機分の費用があれば、やはり零戦を数千機は製造できると考えられます。ただし、これは単なる製造コストの比較に過ぎず、性能の違いや開発費用、運用コスト、搭載される武器などはまったく考慮されていない非常に大まかな試算です。

この試算を前提として、F-35 1機が数千機の零戦に対して戦った場合、F-35が勝利は難しいと考えられます。理由は以下の通りです。
  • 対空兵装の制限 F-35が搭載できる対空ミサイルの数には限りがあり、数千機の標的に対して早期に弾薬を射尽くしてしまう可能性が高い。
  • パイロットの体力的限界 パイロット1人が数千機の航空機を同時に捕捉、攻撃することは物理的に不可能である。
  • 整備・補給の問題 F-35が搭載している燃料で飛行できる時間が限られており、燃料や武器の補給なしに長時間戦闘を続けられない。
  • 零戦は低速・低空域での機動性能が非常に優れている 零戦は低速での旋回性能が抜群で、F-35のようなハイテク機器を使ったミサイル誘導などでは的確に捕捉しにくい
つまり、数的劣勢と持続能力の制約から、どんなに性能が優れていてもF-35 1機が数千機の航空機を撃墜できる可能性は極めて低いと言えます。よっておそらく、零戦側が勝利する可能性が高いといえます。

ただし、上の想定では、零戦のパイロットのことなどを想定しておらず、その人件費や教育・訓練など完璧に無視しています。それにF35と多数の零戦が戦うシチュエーションなどほとんどありえません。

編隊飛行するF35

ただし、それに近いことが現代戦では起こっています。そうです。ドローンの存在です。零戦をドローンに置き換えたとすれば、また異なる風景がみえてきます。

多数のドローンの一斉攻撃に対して、たとえF-35が最新鋭の性能を持っていても完全に防ぎきれる保証はありません。ドローンは、かつての零戦が持っていた機動性の良さを小型軽量ボディで体現しています。数千機もの現代の零戦ドローンが一斉に押し寄せれば、F-35の対空兵装では撃墜しきれる数に限界があり、一部が必ず突破してくる可能性が高くなります。

また、ドローンは自らを敵目標に向けて自爆攻撃を仕掛けてくる脅威があり、F-35のミサイルでは完全に防げません。零戦がしばしば自爆特攻を行ったように、ドローンも命令次第でそうした自爆攻撃ができます。この点で、現代のドローンは、数的優位に加えて自爆の脅威という、零戦に似た特性を持っているといえるでしょう。

さらに、たとえF-35のパイロットが優れた能力を持っていても、長時間にわたって多数の小型標的を捕捉・攻撃し続けることには人間の限界があります。一方のドローンはAIにより自動で動くため、そうした疲労はありません。また、F-35も継戦能力には制約があり、整備や給油の体制が整わなければ持続した防空作戦は難しくなります。

つまり、性能が優れていてもF-35単機では、かつての零戦の数的力と自爆攻撃の脅威を併せ持つドローン部隊には対応しきれない可能性が高く、他の防空網や支援部隊との綿密な連携が不可欠になってくるといえます。

ドローン部隊による脅威に対し、米軍を始めとする主要国の軍隊は様々な対処方針を立てています。レーザー兵器の開発や電子妨害能力の強化、AI防衛システムの導入などが検討されており、ドローン対ドローンの運用も視野に入れられています。

また、単なる個々の対ドローン手段だけでなく、地対空ミサイル、戦闘機、レーザー兵器などを統合したマルチレイヤー防空網の強化が重視されています。つまり、革新的な新兵器と既存資産を組み合わせた総合的な対ドローン対処能力の向上が、各国軍でめざしてます。

早期警戒機と無人機(ドローン)とのコラボ 想像図

ただし有人戦闘機を運用するメリットは依然として大きいと言えます。人間パイロットならではの状況判断力、戦闘機の機動的運用能力、重要な攻撃目標への人的判断の確保、大量のセンサーデータ解釈への人間の能力、整備点検での人的対応の必要性などが挙げられます。

一方で無人機には人命リスクがない、持続時間が長い、コストが低いというメリットもあります。したがって、人間とAIの長所を組み合わせ、有人無人の戦力を使い分ける運用が最も合理的であり、その役割分担が今後の課題となるでしょう。

今後は、日本も、ドローンなどの新たな脅威に対処するため、先端技術の積極的な取り入れや、運用面での革新的な発想が求められます。しかし、日本が培ってきた技術力と同盟国との絆があれば、ドローンの脅威にも立ち向かえるでしょう。過去の実績と現在の能力を基に、日本の防衛力は将来に向けて磐石のものにすべきです。

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2024年6月17日月曜日

沖縄県の玉城知事「選挙結果、真摯に受け止める」 辺野古反対の姿勢は「揺るがず」―【私の論評】玉城デニー知事不支持派の勝利の要因

沖縄県の玉城知事「選挙結果、真摯に受け止める」 辺野古反対の姿勢は「揺るがず」

まとめ
  • 沖縄県議選で知事不支持派が過半数を占めたことから、玉城知事は厳しい県政運営を余儀なくされると述べた。
  • しかし、普天間飛行場の名護市辺野古移設への反対姿勢は変わらず、政治理念自体は変わらないと強調した。

玉城デニー知事

 16日投開票された沖縄県議選で、自民、公明両党などの玉城デニー知事不支持派が過半数を確保したことを受け、玉城デニー知事は17日未明、知事公舎で報道陣の取材に応じ、「選挙結果は真摯(しんし)に受け止めなければならない。非常に厳しい県政運営を余儀なくされる」と語った。

 一方、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する姿勢は「揺るがない」と強調。「私の県政運営、私の政治理念というものがこの(選挙)結果でどう変わるかといえば、それほど変化することはないと思う」と述べた。

【私の論評】玉城デニー知事不支持派の勝利の要因

まとめ
  • 2024年沖縄県議選では改憲勢力が過半数を占め、玉城デニー知事の政策運営への牽制が可能になった。
  • 選挙結果には辺野古基地移設問題が大きな影響を与え、経済利益を期待する層や本土政党支持の県民も影響した。
  • 玉城知事の親中的な姿勢が反発を招き、不支持派の勝利に繋がった。
  • 政権の不祥事がなければ不支持派の勝利はさらに大きかった可能性がある。
  • 今後、玉城知事への支持はさらに衰える可能性がある。
2024年6月16日に行われた沖縄県議会議員選挙の結果は以下の通りです。

【与党・改憲勢力】 自民党 14議席(前回比+4)、 公明党 5議席(±0)、 日本維新の会 2議席(+2)、 改憲勢力計 21議席

【野党・反改憲勢力】 玉城デニー知事支持の無所属系 12議席(-3) 、沖縄の風 5議席(±0)、 共産党 3議席(+1)、 反改憲勢力計 20議席

改憲勢力が過半数の21議席を獲得し、玉城デニー知事の政策運営に対する牽制が可能となりました。一方、反改憲勢力も20議席を確保し、過半数には至らなかったものの一定の勢力を維持しています。

沖縄県議選で自民、公明両党などの玉城デニー知事不支持派が過半数を確保した背景には、複数の要因が絡み合っていると考えられます。

まず最大の焦点は、辺野古への米軍基地移設問題をめぐる対立でした。政府与党は移設を推進する方針ですが、玉城知事はこれに反対してきました。有権者の一部は、政府の方針に従うべきと判断し、不支持派に投票した可能性があります。一方で、基地が存在する地域では、基地関連収入などの経済的利益を享受しており、その維持を望む層も一定数いたと推測されます。

米軍基地が移設される予定の辺野古

また、沖縄の本土離れが進んでいるのではないかとの危機感から、本土政党への支持につながった側面もあるでしょう。一部の県民から、玉城県政の下で沖縄と本土との連帯感が希薄化しているとの不安視があったようです。

さらに、玉城県政の政策面での実績や成果に対する不満から、不支持派に投票した有権者もいたと考えられます。例えば雇用対策、経済振興、子育て支援など、県政の取り組みが十分でないと感じた層がいたかもしれません。

以上のように、辺野古問題が最大の焦点となりましたが、それ以外にも、基地経済の影響、本土との連帯感の希薄化への危機感、県政の実績への不満など、複合的な要因が不支持派への投票行動を後押ししたものと推測されます。

沖縄県議選で玉城知事の不支持派が過半数を占めた最大の要因は、知事の親中的な対応への県民の強い反発にあったと考えられます。

特に、以下の発言・行動が県民の反中・反共産主義の感情を刺激し、不支持につながったと指摘されています。
  • 玉城知事は、中国の要人と定期的に会談を行っており、2019年には、中国の王毅外相(当時)との会談を行った
  • 同じく2019年玉城知事は、河野洋平元外相が会長を務める日本国際貿易促進協会の訪中団の一員として同年訪中した際、面談した胡春華副首相に対し「中国政府の提唱する広域経済圏構想『一帯一路』に関する日本の出入り口として沖縄を活用してほしい」と提案したことを明らかにしている
  • 中国共産党の機関紙「人民日報」への寄稿(2021年)で「中国は大切な隣国」と記載 
  • 国家主席・習近平との会談(2022年)で「沖縄と中国の絆は太古の昔からある」と持論 
  • 沖縄・尖閣問題での「沖縄と中国は一つの海をともにする」発言(2023年) 
  • 対中国ビジネス促進のため、中国企業の沖縄進出を歓迎する立場を鮮明に

昨年の新聞記事

さらに、辺野古移設問題で、「中国の領海を切り開くリスクもある」として移設に猛反対する一方、代替案を示さなかったことも県民の反発を買いました。

このように、中国との関係強化を優先し続けた玉城知事の言動が、中国の軍事的脅威に危機感を持つ沖縄県民の間で強い反発を招き、結果として不支持派が勝利した可能性があります。

今回自公政権の政治資金不記載問題などの不祥事がなければ、玉城知事不支持派のさらなる勝利につながった可能性もあります。

政治資金不記載問題など自公政権の不祥事がなかったならば、沖縄県議選ではより一層、玉城知事の不支持派が圧勝していた公算が高いと考えられます。

なぜなら、不祥事がなければ、有権者は安全保障問題に一層フォーカスできたからです。自公政権への不信感がない中で、中国の存在感増大への危機意識が一層高まり、玉城知事の親中的姿勢への反発がより強まった可能性があります。

加えて、不祥事がなければ自公政権の安全保障政策への信頼も維持され、自公路線支持の動機付けになっていたでしょう。中国への対決姿勢を評価する層の支持を改めて得られた可能性もあります。

政治資金不記載問題で揺れた自民 マスコミは「安倍派」という名称を用い続けた

つまり、政権不祥事がなく、安全保障一辺倒の選挙情勢となれば、親中的な玉城知事への反発はさらに高まり、不支持派の沖縄県議会での勝利はより圧倒的なものになっていた可能性が高いと言えます。

今後、玉城デニー知事への支持はさらに衰える可能性があります。まずは、知事を支える「オール沖縄」の勢力が内部対立や影響力低下で弱体化しており、2022年の那覇市長選挙での敗北もその兆候です。

また、経済や社会問題への対応が不十分であるとの批判があり、新型コロナウイルスからの経済回復、人手不足や物価高騰などの課題に対して効果的な対策が求められています。

さらに、辺野古新基地建設問題で具体的な成果を上げられていないことも支持低下の要因となっているようです。経済回復や子どもの貧困問題への新しい施策の効果が不透明であり、これらの要因がさらなる支持率の低下に繋がる可能性が高いです。

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2024年6月16日日曜日

中国の台湾侵攻を「地獄絵図」化する米インド太平洋軍の非対称戦略―【私の論評】中国の台湾侵攻に備える日米台の新旧『地獄絵図戦略』でインド太平洋戦略を守り抜け

中国の台湾侵攻を「地獄絵図」化する米インド太平洋軍の非対称戦略

まとめ
  • 米国は中国の台湾侵攻に備え、無人機・無人艦艇を大量投入する「地獄絵図(ヘルスケープ)戦略」を策定した。
  • この戦略は、米軍の本格増援までの約1カ月間を無人兵器で時間を稼ぐことを目的としている。
  • 「地獄絵図戦略」は、中国の人的・物的な量的優位に対抗する「レプリケーター構想」に基づく。
  • 「レプリケーター構想」は民間技術を活用し、低コスト・大量生産の無人機・自律型兵器を短期開発する。
  • 日本も中国に対する非対称戦力として、無人化技術の積極的防衛分野への導入が不可欠といえよう。


 米インド太平洋軍のパパロ司令官は、中国が台湾に侵攻した際の対応策として「地獄絵図(ヘルスケープ)戦略」を明らかにした。この戦略では、中国軍が台湾海峡を渡ろうとした瞬間に、台湾の全周に数千機の無人機、無人艦艇、潜水艦を展開し、致命的なドローン攻撃で中国軍を「惨めな」状態に陥れることを目指す。

 この構想が生まれた背景には、2022年の台湾有事の際に中国軍が示した迅速な包囲・封鎖能力と、ウクライナ戦でのドローン活用の教訓がある。中国の優位性は兵力の「量」にあり、ウクライナがドローンでこれに対抗したように、米軍もAIを活用した大量の無人兵器で中国の数的優位を打ち破ろうとしている。

 「地獄絵図」戦略は、2023年8月に副長官ヒックスが発表した「レプリケーター」構想に基づく。同構想は、中国の圧倒的な数的優位を打ち負かすため、民間企業と連携しながら「小型で精密、安価で大量生産可能」な無人機・自律型兵器システムを短期間で開発・配備することを目指している。すでに2024年度で約5億ドル、2025年度にも同規模の予算が計上されている。

 一方、米軍の本格的な軍事介入には、大量の重装備や兵站の海上輸送が不可欠で、概ね1カ月程度の時間を要する。その間、台湾軍と在日米軍中心の「地獄絵図」戦略で中国軍の侵攻を阻止し、米本土からの増援を待つ構想となっている。

 ウクライナ戦の経験から、無人機とAIによる自律型兵器の戦術的価値が高まっている。日本も中国の量的優位に対抗するための非対称戦力確保が喫緊の課題であり、民間と連携しながら低コストの無人化技術を積極的に防衛分野に導入することが重要となる。「地獄絵図」戦略に倣い、陸海空のあらゆる領域に無人機・自律型兵器システムを配備する必要があるだろう。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】中国の台湾侵攻に備える日米台の新旧『地獄絵図戦略』でインド太平洋戦略を守り抜け

まとめ
  • 中国が台湾を侵攻しようとすれば、天然の要塞ともいえる台湾の地形的条件から「地獄絵図」を経験する可能性が高い
  • さらに、台湾自身の高性能ミサイル等による防衛力に加え、日米の艦載機・潜水艦などの軍事力で中国軍は大打撃被るだろう
  • 日米台の電子戦・サイバー戦能力で中国の指揮統制システムをマヒ化することになるだろう。
  • 日米主導の対中経済制裁により、中国経済に深刻なダメージ被るだろう
  • 台湾は戦略的に重要であり、台湾が中国の影響下に置かれれば、日米のインド太平洋戦略の根幹が揺らぐため、戦略見直しを余儀なくされることになる。
中国が台湾を侵攻した場合、上記の「地獄絵図戦略」以前にいくつかの「地獄絵」になることが予想されます。

ロイド・オースティン米国防長官

米国防総省のロイド・オースティン国防長官は5月25日に、先月中国軍が台湾を包囲する形で実施した軍事演習について声明を発表しました。この声明の中で、オースティン長官は中国軍が実施したような作戦を成功させることの難しさを示しました。
これは、事実です。このブログでは過去に何回か掲載したように、台湾は地理的に侵攻が難しいです。あの小さな島嶼である台湾に、日本の富士山(標高3,776 m)よりも高い、玉山(3,952m)がそびえたっていることに象徴されるように、国土の大半は急峻な山岳地帯です。

東部は、海岸からすぐに急峻な山岳地帯となっており、大軍が上陸できるような場所はありません。西側には平野もあるのですが、河川や小さな湾が入り組んでおり、こちらも大軍が上陸できる地点は限られています。

また台湾の西側の海は、水深が浅く潜水艦の行動は制限されます。東側の海は水深が深いですが、日本の領海が直ぐ目の前という状況です。まさに、台湾は天然の要塞といっても良いです。

第二次世界大戦末期に米軍は、台湾上陸作戦は実行せずに、沖縄侵攻作戦を実施しました。これは、台湾が天然の要塞であることを理解したため、侵攻作成を実施すれば、多大な被害を被ることを認識していたためと考えられます。

台湾の東海岸

台湾は米軍に侵攻されることなく、1945年10月25日、連合国軍の一員として、中華民国軍が台湾に上陸し、日本の台湾総督府から統治権を移譲されました。戦後の台湾は、米国ではなく、中国の国民党政権によって統治されるようになったのです。米国は連合国の一員として、台湾の対日「返還」を求める立場にはあったものの、直接の実効支配はしませんでした。

中国軍が台湾に侵攻しようとした場合、天然の要塞台湾という地形に阻まれ「地獄図絵」をみることになる可能性が高いです。

「地獄図絵」はそれだけではありません。

まず台湾自身の防衛力が重要な役割を果たします。台湾が保有する高性能の地対空・地対艦ミサイルシステムは、中国軍の艦船や航空機に甚大な被害を与えるでしょう。特に台湾東部の山岳地帯に展開された大量の地対艦ミサイルは、中国艦隊の台湾東部への진出を事実上阻止できる能力を持っています。また、台湾は国産の精密誘導長距離ミサイル「雲峰」を保有しており、これらで中国本土の軍事施設や指揮所、兵站基地、監視衛星関連地上施設、レーダー基地を攻撃できます。

次に日米の海上優勢が極めて大きな影響力を持ちます。日本とグアムに展開する米軍の強力な空母機動部隊は、中国艦隊に対して圧倒的な航空優勢を持っており、艦載機からの空爆で中国艦船に壊滅的な被害を与えられます。

さらに日米の最新鋭の潜水艦群の脅威は計り知れません。中国海軍のASW能力の低さから、これらの潜水艦に対する対処は極めて難しく、中国の艦船は潜水艦からのミサイル攻撃の標的となり、多数が撃沈される可能性があります。また、台湾も自主開発した新型潜水艦を運用しています。

さらに日米台の電子戦・サイバー戦能力によって、中国軍の指揮統制システムや通信網が完全にマヒさせられる可能性があります。これにより中国軍の作戦能力が著しく低下し、組織的な軍事行動を取ることすら困難になるでしょう。

加えて、日米主導の対中国経済制裁が極めて深刻なダメージとなります。中国の対外貿易が完全に止まり、企業活動が麻痺すれば、中国経済は深刻な打撃を受けることになります。これは中国の国力の根幹を揺るがすものです。

上記で示したように、中国が台湾に侵攻しようとした場合、すでにいくつかの「地獄図絵」が予想されるのです。

島嶼である台湾は、ウクライナのような国土の大半が平坦な陸上国であり、他国(特に敵国ロシア)と国境を接しているような国とは違い、海洋での戦いで勝利すれば、守り抜くことが出来ます。

多数のドローンが飛行している想像図

それでも、米軍は、さらに無人機・自律型兵器システムを短期間で開発・配備し新たな「地獄絵図」を作り出し、時間的猶予をつくりだし、米本土からの増援を送ると表明したのです。

これは、台湾だけは香港などのように中国にやすやすとは取らせないという強い決意を表明したものと受け取ることができます。これがいわゆる、レッドラインであり、これを中国が超えた場合、直接の武力衝突もいとわないという意思表示です。

それだけ、台湾の戦略的な価値は高いのです。台湾が、武力であろがなかろうが、何らかの形で、中国の覇権の及ぶ地域になったり、最悪中国の領土になり、中国の支配下に置かれてしまい中国が自由に台湾に軍事基地を設置できるようになってしまえば、日米のインド太平洋戦略に甚大な影響を及ぼすことになります。

台湾が中国に組み込まれれば、中国の軍事力が一気に増強され、日米の対中国抑止力は著しく低下します。さらに、台湾周辺の海上交通路が中国のコントロール下に置かれ、日本を含めた多くの国々の経済安全保障が脅かされかねません。

また、台湾有事により、東アジアや太平洋における地政学的パワーバランスが大きく変化し、価値観の対立も一層深刻になる恐れがあります。

台湾が中国化すれば、日米が目指す自由で開かれたインド太平洋の秩序維持という戦略の根幹が揺らぐことになり、戦略自体を抜本的に見直さざるを得なくなるのです。まさに、台湾有事は、日本有事なのです。

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2024年6月15日土曜日

プーチン氏、戦争終結に向けた条件提示 ウクライナは拒否「完全な茶番」―【私の論評】受け入れがたいプーチンの和平案と西側諸国がすべき強硬対応

プーチン氏、戦争終結に向けた条件提示 ウクライナは拒否「完全な茶番」

まとめ
  • プーチン大統領は、ウクライナ軍の撤退とNATO不加盟をウクライナ戦争終結の条件として示した
  • これらの条件はウクライナ政府から即座に拒否された
  • プーチン大統領の条件は過去の提案よりも拡大主義的で、ロシアの当初の戦争目標を達成できなかったことを示唆している
  • ロシアは当初、短期間でウクライナ全土を制圧することを目指していたが、現在は領土の約5分の1しか占領していない
  • ゼレンスキー大統領はプーチンの提案を受け入れがたいものと指摘し、戦争終結への道のりは依然として険しいことを示した

 ロシアのプーチン大統領は14日、ウクライナ戦争の終結条件として、ウクライナ軍のロシアが領有を主張する4州(ドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリージャ)からの撤退と、ウクライナのNATO加盟申請の即時取り下げを挙げた。この要求は、スイスで開催される平和サミットを前にした演説で述べられ、プーチン氏がウクライナ全面侵攻以降で最も詳しく示した戦争終結の条件である。なお、プーチン氏はこの平和サミットに招待されていない。

 ウクライナ政府はこの条件を「完全な茶番」「良識への攻撃」として即座に拒否した。プーチン氏はまた、ウクライナの非武装化や欧米諸国による対ロシア制裁の解除も要求し、これらの条件を国際協定に明記することを求めた。

 プーチン氏は外務省へのコメントで、戦争終結の条件は「シンプル」だと説明し、ウクライナ軍の安全な撤退を保証するとも述べた。しかし、これらの条件は以前の提案よりも拡大主義的な内容であり、ロシアが戦争の初期目標を達成できなかったことを示唆している。当初、ロシアは短期間で首都キーウやウクライナ全土を制圧することを目指していたが、戦争は2年4カ月近くに及び、ロシアが占領しているのはウクライナ領の約5分の1に過ぎない。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、プーチン氏の「最後通告」を「信用していない」と述べ、これが以前の提案と大差ないとの認識を示した。ゼレンスキー氏は、ロシアの提案がウクライナにとって受け入れ難いものであると強調し、戦争終結への道のりは依然として険しいことを示している。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】受け入れがたいプーチンの和平案と西側諸国がすべき強硬対応

まとめ

  • プーチン大統領のウクライナ戦争終結条件は、ウクライナ軍の4州からの撤退、NATO加盟申請の取り下げ、非武装化、対ロシア制裁の解除、これらを国際協定に明記することを含む。
  • ウクライナ政府はこれらの条件を主権侵害とみなし、「茶番」「良識への攻撃」として即座に拒否。
  • 西側諸国の過去の対応には、クリミア併合への限定的制裁や、ドンバス紛争中の決定的対決回避など開戦直前・直後にロシアに対して断固とした対応をしなかった。
  • さらに、ノルド・ストリーム2計画がロシアへのエネルギー依存を助長し、制裁の実効性を損なった。
  • 西側諸国は開戦直前・直後のロシアに対する緩慢な対応を反省し、ロシアへの経済制裁強化、ウクライナ軍への武器供与、軍事的プレゼンス増強、反体制派支援を通じて、ロシアの体制転換を促すなど断固とした対応をすべき


プーチン大統領のウクライナ戦争終結条件の要点は以下の通りです。

  • ウクライナ軍のロシア領有を主張する4州からの撤退
  • ウクライナのNATO加盟申請の即時取り下げ
  • ウクライナの非武装化
  • 欧米諸国による対ロシア制裁の解除
  • これらの条件を国際協定に明記すること
プーチン大統領が示したウクライナ戦争終結条件は、ウクライナやそして西側諸国にとって到底受け入れがたいものです。その理由は以下の通りです。

まず第一に、ロシアが一方的に「領有を主張」する4州からウクライナ軍を撤退させることは、ウクライナの領土的一体性を損なう主権侵害にあたります。ウクライナはその領土保全を最重要課題としており、自らの主権が著しく侵害される状況は決して容認できません。

第二に、プーチン大統領はウクライナのNATO加盟申請の即時取り下げを要求していますが、NATO加盟は主権国家が自由に選択できる権利です。ウクライナがNATO加盟を求めることは正当な権利行使であり、ロシアがこれを一方的に制限することは許されません。

第三に、ウクライナの非武装化を求める条件は、国家の自衛権を完全に剥奪するものであり、ウクライナの主権と安全保障上の権利を著しく損なうことになります。

第四に、プーチン大統領は欧米諸国による対ロシア制裁の解除を求めていますが、これらの制裁はロシアの違法な軍事侵攻に対する正当な対応措置です。不当な要求を受け入れれば、国際社会の規範が軽んじられてしまいます。

最後に、これらの条件を国際協定に明記することは、ウクライナや西側諸国がその内容を事実上承認することを意味します。つまり、ウクライナの主権と領土保全、そして西側の価値観や国際規範に完全に反するこの提案を受け入れざるをえなくなるのです。

以上のように、プーチン大統領の戦争終結条件は、あまりにもウクライナや西側諸国の立場を無視した一方的で不当なものであり、到底受け入れられるはずがありません。

このような和平案は考慮に値しないことをはっきりと西側諸国は、示すべきです。

そもそも、西側諸国はウクライナ侵攻直前・直後にロシアに対して強硬な手段を取らなかったことは、大きな失策でした。

2014年のロシアによるウクライナ領クリミア半島の不法併合に対し、西側は経済制裁を科しましたが、その水準は限定的でした。ロシアの一層の領土侵略を強く牽制するだけの制裁ではありませんでした。

また、ロシアがウクライナ東部で引き起こしたドンバス紛争が長期化する中、西側はロシアとの決定的な対決を避け、事態の沈静化を優先しました。さらに、ドイツ主導で推進されたノルド・ストリーム2計画は、ロシアへのエネルギー依存を助長し、制裁の実効性を損なう結果となりました。

加えて、ウクライナ侵攻直前の2022年1月、バイデン大統領は「ロシアによるウクライナ侵攻」について問われた際、NATO加盟国間で対応が分かれる可能性があることを示唆しました。

一部メディアがバイデン発言を「小規模な侵攻なら対応が分かれる」と誤報したことから、この「小規模な侵攻」発言があったかのように広まってしまいました。しかし、バイデン氏が当初から徹底抗戦を主張するなどの発言をしていれば、このような間違いは起こらなかったでしょう。こればプーチンに積極的な行動を取るよう促す結果となったとみられます。


このように、西側は一貫してロシアの動きに強く反発するだけの手段を取ってこなかったことが、プーチンのさらなる傲慢な行動を許す一因となってしまった点は否めません。

西側諸国は、プーチンの今回の和平案に対し、これまでの緩慢な対応を反省し、より強硬な手段を取るべきです。

具体的には、ロシアへの経済制裁を更に強化し、石油・ガス禁輸、金融システムからの排除など、制裁の水準を格段に引き上げる必要があります。

また、ウクライナ軍に対し、精密誘導ミサイルや無人攻撃機など最新鋭武器を大量に供与し、ロシア軍に対する決定的優位を築かせます。

さらに、NATO・EUが一体となって、ウクライナ国境周辺への軍事的プレゼンスを増強するとともに、一定の軍隊をウクライナ領内に配置し、直接的な軍事支援も行うことが求められるでしょう。

加えて、ロシアの野党・反体制派への支援を強化し、プーチン政権の早期崩壊を狙う必要もあります。

経済的、軍事的、そして政治的に、ロシアを完全に包囲し、その存続と今後の侵略を許さない環境を整えるべきです。

プーチンが示した今回の和平案は、主権国家であるウクライナに対する一方的な要求の押し付けに過ぎません。ウクライナの領土的一体性を損ない、NATO加盟の権利を制限し、非武装化までを迫るものです。これは対等な交渉による平和的解決とはかけ離れています。

プーチンはこれまで、クリミア併合、ドンバス紛争の引き起こしと様々な機会に、国際規範を無視し、武力の一方的な行使によってしか自国の利益を追求できないことを示してきました。今回の侵攻でも、同様に軍事力で現状を有利に作り変えようとしているにすぎません。

つまり、プーチンは対話による建設的な平和を志向しているのではなく、ウクライナに対する力による支配と従属を強要しようとしているだけなのです。こうした体制には一切の妥協の余地がありません。

したがって、西側諸国が多角的な対抗手段で最大限の圧力をかけ、プーチンを力で現状から引き離させるしかありません。これが、プーチンに対する唯一の対処方法であり、真の平和への条件でもあると言えるでしょう。さらにこれは、中国の台湾侵攻に対する牽制にもなるでしょう。ここで中途半端な対応をすると、習近平の台湾武力侵攻を後押しすることになりかねません。

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2024年6月14日金曜日

大学入試の「女子枠」、国立の4割導入へ 背景に「偏り」への危機感―【私の論評】日本の大学のジェンダー入学枠に反対 - アイデンティティ政治の弊害

大学入試の「女子枠」、国立の4割導入へ 背景に「偏り」への危機感



 国立大学における女子枠導入の現状は朝日新聞の調査によると、全体の4割に当たる33大学が、入試に「女子枠」を導入済みもしくは導入する方向にある。主に理工系の学部を中心に、学生の多様性確保が狙いとされている。

 既に12大学が導入済みで、17大学が導入を決定している。導入時期は1994年度から2026年度まで幅広く、女子枠の募集人員は全体の1%程度から十数%程度と大学によって異なる。

 入試形式は総合型選抜や学校推薦型選抜が中心で、一般選抜には女子枠は設けられていない。さらに4大学が導入の方向で検討中であり、今後も拡大が予想される。

 例えば、大阪大学は2024~2025年度に計143人の女子枠を設け、現在13%の女子学生の割合を2割超に増やす方針を掲げている。

 一方で、男女平等の観点から批判的な意見もあり、慎重な検討が求められています。国立大学の女子枠導入は、学生の多様性確保と男女平等のバランスを取ることが重要な課題となっています。

 この記事は元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。


【私の論評】日本の大学のジェンダー入学枠に反対 - アイデンティティ政治の弊害


まとめ

  • 日本の大学がジェンダー入学枠(女子枠)を設けようとしていることは、アイデンティティ政治の一例であり、グループ間の対立を助長する有害な政治手法である。
  • アファーマティブ・アクション、スポーツの人種枠制度、政治におけるジェンダークオータ制、エンターテインメント業界の人種的優遇など、アイデンティティ政治の具体例が米国で深刻化している。
  • 女子枠の設置は、女性が学業で成功するには特別扱いが必要であるというメッセージを送り、実力主義を損なう。また、男女間の反発と対立を助長する。
  • 実力主義を支持し、性別ではなく個人の内面を重視すべきである。女性が不利な状況にあれば、社会的にその障壁を取り除くべきである。
  • 個人のアイデンティティに着目するのではなく、日本国民としての法の下の平等を追求し、誰もが公平な機会を得られるようにすべきである。
日本の大学がジェンダー入学枠(女子枠)を設けようとしているのは、アイデンティティ政治の厄介な一例と言えます。この政治的手法は残念ながらアメリカでは一般化しており、今や世界中におぞましいその姿を現しつつあります。

日本ではまだ一般にはあまり知られていないとみられる、アイデンティティ政治とは左翼による分断と破壊のゲームなのです。人種、性別、その他の属性による違いを強調することで、グループ間の対立を意図的に助長する戦術です。アフリカ系アメリカ人公民権運動の穏健派指導者として非暴力差別抵抗活動を行ったマーティン・ルーサー・キング牧師が夢見たのは、人格そのものを見るということでした。しかし左翼は個人をグループの一員へと矮小化し、憎しみと分断を煽るのです。

マーティン・ルーサー・キング牧師

米国におけるアイデンティティ政治の深刻な例をいくつか挙げましょう。 

アファーマティブ・アクション - この大学入学試験や雇用における制度では、人種や性別などを考慮し、特定のグループを他より優遇しています。つまり、その属性を持つ人々は実力だけでは成功できず、特別扱いが必要だというメッセージを送っているのです。

スポーツの人種枠制度 - 一部プロスポーツリーグや報道機関では、監督、幹部、解説者などの役職に一定数の非白人を採用することを義務づけています。これは個人の肌の色のみで判断し、資格や能力を無視する制度なのです。 

政治におけるジェンダークオータ制 - 政党や組織の中には、女性候補者やリーダーを一定割合にするためにジェンダークオータを設けているところもあります。これは女性を一枚岩と見なし、皆が同じ考えや投票行動をするという発想に基づいています。

エンターテインメント業界の人種的優遇 - 最近では、実力よりもアイデンティティに基づく受賞や評価を優先する動きがあります。これは芸術的な卓越性が人種や性別によって決まるという、トークン主義的な発想からくるものです。

さて、なぜ大学入試に「女子枠」を設けることが、この有害なアイデンティティ政治の一例となるのでしょうか。

第一に、女性が学業で成功するには特別扱いが必要だというメッセージを送ることになります。これは教育の場で優秀であることを何度も証明してきた女性の知性と能力を軽んじるものです。

第二に、実力主義の姿勢を損なうことになります。大学入試は人口統計的な目標ではなく、主に学業成績と潜在能力に基づいて行われるべきです。そうでなければ、望ましい男女比を理由に、資格ある男子学生が不当に入学を拒否される可能性があります。

第三に、男女間の反発と対立を助長することになるでしょう。男女は対等に競い合い、協力し合うべきです。クオータ制は不平等感や怒りを生み、男女を対立させかねません。

私は、国立大学出身です。理学部の生物学科に所属してましたが、そのころ同じ学科には、男子学生が8人、女子学生が3人所属していて(ただし当時は動物学と植物学が分かれていた)、明らかに男子学生のほうが多かったのですが、それで危機感など感じたことは全くありませんでした。大学の先生たちもそんなことで、危機感など全く感じていなかったと思います。

北海道大学理学部

入試に関しては、随分昔のことなのですが、ある出来事を鮮明に覚えています。知人の優秀だった女性が医大を受験したのですが、試験が終わってしばらくしたときに「試験どうだった」と聴いてみたところ、悲壮な面持ちで「全然だめだった。おそらく落ちた」と答えていました。

ところが、蓋を開けてみると、何とその方は「トップ合格」だったのです。これについて、ある予備校の先生に聴いてみたところ「かなりよく勉強している人は、自分の解答の粗について十分理解している。特に選択式ではない記述試験ではそうであり、だから評価が厳しくなり、できなかったと思ってしまう傾向がある。一方であまり勉強していない人に限って、自分の解答の粗についてほとんど理解していないので、何かを間違えなく回答しており、かなり良く出来たと思い込むのです」と納得できる答えをいただきました。その後様々な受験生をみているとこのことは、よく当てはまっていたと感じました。

このような女性も大勢いると思います。女性枠を設ければ、このような女性も女性枠があったから自分は合格できたのだと思い込み、一生引け目を感じて生活していくことになりかねません。

札幌医科大学

私たちはこの有害なアイデンティティ政治に反対しなければなりません。実力主義を支持し、性別やその他の表面的な属性ではなく、個人の内面を重視すべきです。また、女性が入学しにくいという何等かの非合理な障壁あるとすれば、それを女子枠で解決するのではなく、社会的にその障壁をなくす工夫をするべきです。それを人為的に女性枠で解消しようとするのでは、社会の障壁は残り続けることになります。それこそ、左翼の思う壺です。

そうして一番重要なのは、個々人の様々なアイデンティティに着目するのではなく、それは個性として認めたうえで、日本国民として法の下での平等を追求すべきです。ジェンダー割当制に反対し、誰もが公平な機会を得られるようにすべきです。アイデンティ政治が蔓延していき、それが社会を席巻すれぱ、日本社会も米国社会のように大きく分断されることになりかねません。アイヌ新法やLGBT理解増進法が成立した現在、日本もそちらのほうに傾きつつあるといえます。

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2024年6月13日木曜日

利下げを始めた欧州中央銀行 FRBと同様に雇用確保重視、日銀の利上げ方向と対照的だ―【私の論評】間違っても利上げだけはしてはいけない日本経済の現状

まとめ
  • ECB、FRBが利下げに転じる一方で、日銀は金融引き締め姿勢を維持している点で政策の方向性が異なる
  • ECB、FRBはインフレ高進行時に遅れてから金融引き締めを行った「ビハインド・ザ・カーブ」の対応だった
  • 中央銀行には雇用重視と金融機関重視の2つのタイプがあり、ECB、FRBは前者、日銀は典型的な後者
  • ノーベル経済学賞のクルーグマン教授は、円安に対する国内の批判的見方を皮肉っている
  • 最近は日銀の保有ETFの含み益処理を巡る議論があり、実質的な金融引き締めにつながる可能性があると指摘


 欧州中央銀行(ECB)は6日、利下げの開始を決めた。米連邦準備制度理事会(FRB)も利下げの時期が注目されており、日銀の金融引き締め姿勢との違いが目立つ。ECBは2022年7月に政策金利を引き上げ始めたが、当時のインフレ率は8.9%と高止まりしていた。

 その後も小刻みに引き上げを続け、2023年9月には4.75%となった。一方、インフレ率は2022年10月の10.6%をピークに低下に転じ、2024年5月には2.6%まで下がった。これは遅すぎる金融引き締め「ビハインド・ザ・カーブ」だった。

 FRBも同様に、2022年3月の利上げ開始時のインフレ率は5.4%と高かった。その後、政策金利を引き上げ続け2023年7月に5.5%となったが、インフレ率は2022年9月の5.5%をピークに低下し、2024年4月には2.8%まで下がっている。FRBの対応もビハインド・ザ・カーブだった。

 ECBは今後のインフレ率の見通しが分かれており、上昇すれば失業率抑制の余地はないが、下落すれば雇用確保の観点から利下げは合理的となる。中央銀行には雇用重視と金融機関重視の2つのタイプがあり、ECBとFRBは前者、日銀は典型的な後者である。

ポール・クルーグマン氏

 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授は、円安は日本に有利な好機なのに何を騒いでいるのかと冷ややかな意見を述べ、国内の円安批判を皮肉っている。日銀の利上げ姿勢は継続する公算が大きい。最近は日銀の保有ETFの含み益処理を巡る議論もあり、実質的な金融引き締めにつながる可能性がある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】間違っても利上げだけはしてはいけない日本経済の現状

まとめ
  • 日銀はデフレ脱却と2%の物価目標達成を目指し、量的・質的金融緩和を導入し、ETFを大量に買い入れている。
  • 2022年末時点で日銀の保有するETFの残高は約35兆円で、その評価益は10兆円を超えるとされる。
  • 現状ではコアコアCPIが1%程度にとどまり、日銀の物価目標2%には達していない。
  • 失業率は2023年4月で2.6%と良好で、利上げによる景気減速や失業率上昇のリスクが懸念される。日銀は利上げをすべきではない。
  • 一方政府は、消費税減税や国内産業支援策などで経済を支えるべきである。
日銀は2010年代半ばから、デフレ脱却と2%の物価目標達成を目指して、大規模な金融緩和策である「量的・質的金融緩和」を導入しました。この施策の一環として、ETF(上場投資信託)の大量買入れを行ってきました。

インデックスファンドとは、市場全体の動きを表す代表的な指数に連動した成果を目指す投資信託

ETF(上場投資信託)とは、株式や債券など様々な資産を束ねた投資信託の一種で、投資家は取引所でETFを株式と同様に売買できます。分散投資が可能で流動性が高く、管理手数料も低いのが特徴です。日銀が大量のETFを買い入れているのは、この流動性の高さと分散投資のメリットを活かし、株式市場への資金供給を通じて金融緩和の効果を高めるためです。

2022年末時点で、日銀の保有するETFの残高は約35兆円と推計されています。株式市場が好調に推移したことから、日銀が保有するETFの時価総額は取得原価を大きく上回っていると考えられます。その評価益の規模は10兆円を超えるとの試算もあります。

仮にこの評価益を実現(ETFを売却)した場合、市場からマネーを吸収する効果が生じます。つまり、実質的な金融引き締め、利上げと同等の効果を持つことになります。なぜなら、マネーの流通量が減少するためです。

現状において日銀が利上げすることは不合理であると考えられます。その理由は以下の通りです。

ますば、コアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数)からみていきます。物価上昇の基調的な値を捉える指標として重要です。2024年4月時点では2.9%と高くなっており、これに基づいて日銀が利上げを検討するのは当然のようにもみえます。

しかしながら、日銀が利上げを検討するには、コアコアCPIが2%を超えるだけでなく、物価上昇が持続的・安定的に見込めることが必要です。2024年3月20日の金融政策決定会合で日銀がマイナス金利政策を解除し、金利を引き上げを決めたのは、物価上昇が持続的に見込めるという判断があったからです。

一方で、コアコアCPIが2%を超えたからといって、必ずしも日銀が利上げすべき理由にはなりません。その理由は以下の通りです。
  • コアコアCPIは、物価上昇の基調的な値を捉える指標ですが、それだけでは物価上昇が持続的に見込めるかどうかは判断できません。物価上昇の値が2%を超えたとしても、それが一時的な(たとえば海外のエネルギー価格や資源価格の高騰による波及効果による上昇)要因によるものであれば、利上げを行う必要はありません。
  • 物価上昇の要因は複雑で、単純にコアコアCPIだけを見ても全体像は把握できません。
  • 日銀が利上げを行う場合、金融市場への影響も考慮する必要があります。利上げをしても、金融市場が不安定になるような状況では、利上げを行うことは適切ではありません。
  • 日銀は物価安定の下での雇用最大化を金融政策目標としています。利上げは雇用を減らす効果があるため、物価安定の下での雇用最大化を達成するためには、利上げを行う必要はないかもしれません。
一方で、失業率については2023年4月で2.6%と完全雇用に近い極めて良好な水準にあります。雇用情勢への配慮が必要とされます。

現時点で利上げを行えば、確かに一時的にコアコアCPIを下げる効果は期待できますが、その反面で景気減速リスクが高まり、失業率の上昇を招きかねません。雇用の改善が後退する恐れがあるのです。

つまり、経済の現状に鑑みれば、日銀が現時点で利上げに踏み切ることは、金融政策の目標に反する不合理な選択と言えます。

これは、以下の高橋洋一氏がもといるマクロ政策・フィリップス曲線(フィリップス曲線に、マクロ経済政策を付したもの)を用いると良く理解できます。


確かに、コアコアCPIをみていると、インフレ目標2%は達成したようにもみえますが、ここで利上げなどの金融引き締め政策をすると、失業率がNAIRU(自然失業率のこと。長期的に見てインフレ率に関係なく、一定の水準で存在する失業者の割合のこと)2.5%を超えてしまうおそれがあるのです。これが、4月には2.6%だったのですが、利上げをするとさらに上がる可能性があります。

ちなみに、フィリップス曲線とは、失業率をグラフの横軸に、賃金上昇率を縦軸にとって関係を描くと、賃金が上がる(下がる)ほど失業率が下がる(上がる)右肩下がりの曲線が描けることを、1950年代に英経済学者が提唱。その名前を冠した曲線。これは、いずれの国でも成立する曲線です。(ただしNAIRU、インフレ目標、曲線の傾き具合、湾曲具合などは国によって若干異なるが、大局的には同じ。高橋洋一氏は、日本のNAIRUを2.5%としている)

日銀の物価目標は先にもあげたように「物価安定の下での雇用最大化」です。現状を踏まえれば、利上げによる景気減速と雇用悪化のリスクを冒すよりも、当面は現状の金融政策を継続し、緩やかな物価上昇と完全雇用維持を重視すべきと考えられます。

そのためには、消費税減税で個人消費を底上げするとともに、円安で苦しんでいる輸入産業、国内産業を支援する施策をすべきであって、間違っても、利上げなどすべきではありません。

今後日銀が利上げに走れば、日本経済には以下のような影響が考えられます。まず、利上げにより金利が上昇し、個人の住宅ローンや企業の借入金利が増加するため、消費や投資が減少する可能性があります。これにより、個人消費や企業活動が抑制されることが予想されます。

また、円の金利が上昇することで円の価値が上昇し、輸出産業にとっては競争力の低下や収益の減少が懸念されます。

さらに、企業の資金調達コストが増加し、企業の収益や成長見通しが悪化することで株式市場に悪影響が及ぶ可能性があります。最後に、金融引き締めが進むことで景気減速や雇用悪化のリスクが高まる可能性があります。これらの影響から、利上げは日本経済に様々な悪影響をもたらすことになります。

現状では、日銀は間違っても利上げだけはしてはいけないのです。

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2024年6月12日水曜日

F-16戦闘機が「いるだけ」でロシアは黙る!? ウクライナへ供与目前 空を一変させるその意味―【私の論評】ウクライナへのF-16配備で変わる戦局:経済性と拡張性がもたらす航空優勢

F-16戦闘機が「いるだけ」でロシアは黙る!? ウクライナへ供与目前 空を一変させるその意味

まとめ
  • ウクライナ侵攻では航空優勢確保が重要だが、双方の地対空ミサイル網のため航空機運用が制限されている
  • F-16には地対空ミサイルを無力化する「HARM」ミサイルと「HTS」レーダー探知システムが搭載可能
  • 「HARM」と「HTS」の組み合わせにより、敵のレーダーを探知し攻撃できる「SEAD」ミッションが可能
  • 一時的な航空優勢を確保し、他の航空作戦を支援できる
  • F-16導入は少数機でもロシア側に脅威となり、地対空ミサイル使用を控えさせる効果がある
米海軍のF/A-18Cに搭載されたAGM-88「HARM」。目標が電波を切っても逃げられないよう、マッハ2以上という高速で飛翔する

ロシアによるウクライナ侵攻では、地上戦に焦点が当てられがちですが、戦争の勝利を左右する航空優勢の確保も重要な要素です。しかし現状では、互いの強力な地対空ミサイル網のため、ウクライナとロシアはともに航空機を積極的に運用できていません。

この膠着状態を打破する可能性があるのが、アメリカ製戦闘機F-16の導入です。F-16は単なる空対空機ではなく、地対空ミサイルを無力化する能力に長けています。F-16には「HARM」という高速対レーダーミサイルと、レーダーの発信源を探知する「HTS」システムを搭載できます。

「HARM」はレーダー電波を逆探知して誘導されますが、ウクライナ既存機のMiG-29とは相性が悪く、運用が限定的でした。しかし「HTS」を搭載したF-16なら、レーダー発信源の詳細位置を特定し、「HARM」による攻撃が可能になります。例えば移動式の地対空ミサイルがF-16に攻撃を仕掛けた際、「HTS」がレーダーを探知すれば、「HARM」で反撃できます。

このように、F-16と「HARM」、「HTS」の組み合わせは、敵にレーダーオフを強制する「SEAD(敵防空網制圧)」ミッションに適しています。一時的な航空優勢を確保でき、他の航空作戦も支援可能です。さらに「HTS」で得た位置情報を使えば、強力な爆弾で発射機などを攻撃する「DEAD(敵防空網破壊)」も可能です。

F-16導入がどの程度戦局に影響するかは現時点で断言できませんが、少数機であってもロシア側には脅威と映るでしょう。F-16の存在自体が、ロシアに地対空ミサイルの無闇な使用を控えさせる効果があるためです。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧くだい。「まとめ」は元記事の要点をまとめて箇条書きにしたものです。

【私の論評】ウクライナへのF-16配備で変わる戦局:経済性と拡張性がもたらす航空優勢

まとめ
  • F-16は1970年代後半に開発が始まったものの、その後幾度もの改修を重ね、最新のアビオニクス(航空機に搭載される電子機器)、各種センサー、武装管理システムが搭載されている
  • 単発エンジンのため運用コストが抑えられ、経済性に優れる。またオープンアーキテクチャ設計のため、ソフトウェア/ハードウェアの改修により、将来の任務や新兵器への対応力が高い
  • 世界28か国以上で実際に運用されている実績があり、NATO加盟国機としても標準化が進んでいるため、ウクライナでの新規導入も比較的容易
  • 運用経済性、将来の拡張性、NATO機準との整合性に優れており、ウクライナへの供与機として最適な選択肢となっている
  • ウクライナ軍はiPadなどの民間タブレットを戦闘機に搭載することで、コストを抑えつつ柔軟に西側からの高性能兵器システムを運用してきたがその限界もあったが、F16の導入でそれも撤廃され戦況を好転させる可能性がある


F-16は1970年代後半に開発が始まった古くからの戦闘機ですが、これまで幾度もの改修を重ね、最新のアビオニクス(航空機)に搭載され飛行のために使用される電子機器、センサー、武装管制システムなどを搭載しています。

単発エンジンのため経済的で、メンテナンス性にも優れています。さらにオープンアーキテクチャ設計を採用しているため、ソフトウェア/ハードウェアの改修により、将来の任務や武器への対応力も高いのが特徴です。

加えて、28か国以上の実績があり、NATO機としての標準化も進んでいることから、ウクライナでの新規運用も比較的容易と見込まれています。経済性と拡張性、整合性に優れた機体であり、ウクライナへの最適な選択肢となっているのです。

さて、F16に搭載されている「HARM」に関しては、上の記事では、「ウクライナ既存機のMiG-29とは相性が悪く、運用が限定的でした」としています。ということは、限定的ながらも使っていいたということです。

これについては、米国で2024年4月24日行われた戦略国際問題研究所(CSIS)の年次フォーラムにて、極めて短期間にウクライナ側が「HARM」等の西側兵器を使えた理由を明らかにしています。

ウクライナ軍は、アメリカから供与された対レーダーミサイルHARMを使用するため、Su-27やMiG-29戦闘機のコックピットに改造してiPadのタブレットを設置している(写真下)のです。このタブレットには航空地図や標的識別情報が表示され、HARMミサイルの発射時に火器管制に使われていることが動画で確認されています。

ウクライナ軍のミグ19のコクピットに搭載されたiPadとみられるタブレット端末

国防当局者の発言により、このタブレットによる火器管制はHARMだけでなく、米国製の精密誘導爆弾JDAMやフランス製の通常弾精密誘導モジュールAASMなど、西側から供与された複数の兵器でも行われていることが明らかになりました。さらに今後、イギリスからJDAMと同様の精密誘導装置の供与も予定されており、タブレット活用はさらに広がる可能性があります。

戦場でのタブレット活用は火器管制だけにとどまらない。ウクライナではドローン制御の様々な場面でもタブレットが不可欠な道具となっています。また、米陸軍でも無人機からの火力支援をタブレットで行えるシステムを開発するなど、現代の戦場においてタブレットは欠かせない存在になりつつあります。

軍用機に民間のタブレットを改造して搭載するという発想の転換により、ウクライナはコストを抑えつつ、柔軟に西側の高性能兵器を運用できるようになりましたた。戦略的にも戦術的にも、タブレット活用は大きな効果を発揮していると言えます。

ただし、分かりました。文章形式で再度まとめます。

iPadなどのタブレットを、もともとは専用の火器管制システムと連携するよう設計されたHARMなどの兵器に後付けで使うことには、設計上の制約から使い勝手が大きく限定されてしまいます。

兵器システムは、コックピットに統合された専用の火器管制システムを前提に設計されており、レーダー、ナビゲーションデータ、各種センサーなどの情報が一元的に集約され、パイロットに適切に提示されるよう最適化されています。

しかしiPadはあくまでタブレットPCであり、兵器との連携は考慮されていません。そのため、情報の集約と表示が不十分になったり、操作性やユーザーインターフェースが非最適になる可能性があります。

また、センサーやナビゲーションとのデータ連携が限定的になる上、各種モードや安全機構の統合も困難です。つまり、専用システムに比べてiPadを使った運用では、情報の収集、判断、命令実行の一連の流れがスムーズに行えず、パイロットへの過剰な負荷や操作ミスのリスクが高まってしまうのです。

さらに、iPadは汎用品なので、兵器固有の高度な機能を最大限活用することもできません。機能面での制限に加え、セキュリティや安全性についても専用システムほど保証されません。緊急避難的な一時的な対応にはなり得ますが、iPadを統合的な火器管制システムの代替とするには多くの問題があり、長期的で本格的な運用は極めて難しいと考えられます。

ただし、汎用のタブレット端末を前提として設計された兵器システムは、開発コストの大幅な削減が期待できます。高価な専用コンポーネントを用いる必要がなく、民生品のタブレットを活用できるためです。さらに短いサイクルでのソフトウェア更新が可能になり、機能拡張や性能向上、セキュリティ対策の素早い適用など、機動的な能力強化が図れます。

また、タブレットならば直感的な操作性とシンプルなUIを実現しやすく、操作者の訓練負担を大幅に軽減できます。さらに、同じタブレットベースのシステムであれば、戦闘機、ドローン、艦艇などさまざまなプラットフォームで共通の操作手順が適用できるメリットもあります。

一方で、専用設計のシステムに比べるとセキュリティ面での課題はありますが、適切な対策を講じることで十分に対応可能と考えられています。むしろ迅速なソフトウェア更新によるリスク低減が期待できます。

このように、安価で機動的、かつ汎用性の高いタブレットベース兵器システムは、コストパフォーマンスに優れている点から、今後ますます多くの軍隊に普及していくと予想されます。

戦場で用いられるタブレット端末

さてF16がウクライナ軍に配備されれば、HARMの性能を遺憾なく発揮できるわけですが、これが与える戦況への影響を以下にあげます。

  • ロシアの地対空ミサイル施設への攻撃が容易になる F-16には「HARMターゲティングシステム(HTS)」が搭載されており、ロシアの地対空ミサイルレーダーの位置を正確に特定し、HARMで攻撃できます。これにより、ロシアの重要な防空施設を効率的に無力化できるようになります。
  • ウクライナの航空優勢の確保が期待できる 地対空ミサイルの脅威が低下すれば、ウクライナ空軍の他の航空機の運用範囲が広がります。これにより、爆撃や偵察、航空支援など、航空力を最大限に活用した作戦が可能になります。
  • 上の記事にもあるように、ロシア側の行動が制約される F-16/HARMの脅威を認識したロシア側は、地対空ミサイルの無秩序な運用を控えざるを得なくなります。これにより、ロシア側の機動性と対空防御能力が低下する可能性があります。
  • 戦線の膠着状況が打破される これまで双方の対空能力の高さから、航空機の効果的な運用が制限されていましたが、F-16/HARMによってその状況が変わる可能性があります。これが新たな地上での突破口を開く契機となるかもしれません。
  • 和平交渉の発言力が高まる ウクライナ側が航空優勢を確保できれば、交渉力の源泉となり、有利な和平条件を引き出せる可能性が高まります。
このように、F-16/HARMは技術的側面だけでなく、戦略的・心理的側面でもウクライナに大きな影響力をもたらす可能性があります。

当初、西側諸国はロシアの過度な反発による戦争のエスカレーションを恐れ、F-16などの最新鋭戦闘機をウクライナに直接供与することには慎重でした。また、ウクライナ側にF-16を運用する十分な訓練基盤や整備体制がなかったことも理由の一つです。

一部NATO加盟国の難色もあり、旧式機から段階的に武器供与を強化する方針を取らざるを得ませんでした。しかし戦況が長期化する中で、ウクライナの航空力の抜本的強化が不可欠となり、エスカレーションリスクを承知の上でF-16供与に踏み切る決断を下したと考えられます。

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2024年6月11日火曜日

トランプ氏有罪で共和党が連帯した―【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

トランプ氏有罪で共和党が連帯した

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」
まとめ
  • トランプ前大統領に対する有罪評決が共和党全体の連帯を強めた。
  • 上院で共和党が勢いに乗って民主党に逆転勝し多数派となる展望も。
  • 有罪評決が、民主党の団結や連帯を強める結果になった。


ニューヨーク地裁におけるドナルド・トランプ前大統領への有罪評決は、共和党内の勢力をかつてないほど一気に団結させる効果をもたらした。共和党側は一致して、この評決を民主党による政治的な工作、トランプ氏への選挙妨害、そして司法制度の武器化と激しく非難している。

これまでトランプ氏に距離を置いていた共和党の有力議員たちも、今回は有罪評決への反発からトランプ支持に回った。上院共和党総務のマコーネル氏は評決の逆転を予想し、スーザン・コリンズ氏は検事の捜査の動機に問題があったと批判した。さらにトランプ大統領の弾劾に賛成していたロムニー氏までもが、有罪評決が有権者のトランプ支持を減らすことはないと明言した。

こうした共和党の動きは、11月の連邦議会選挙で共和党が上院で多数派になる展望をも示唆している。下院の共和党議長も今回の裁判を民主党の政治攻撃と糾弾した。

政権関係者のペンス前副大統領やヘイリー元国連大使も、評決を非難しトランプ支持を表明している。トランプ陣営とそれ以外の共和党員の微妙な立場の違いが、この有罪評決への反発で一掃され、かつてない共和党内の結束が生まれたといえる。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】EU選挙で極右躍進と保守派の反乱:リベラル改革の弊害が浮き彫りに

まとめ
  • 欧州議会選挙で極右勢力が躍進し、EUの政治的先行きが不透明に。
  • 保守派が、安全な国境や言論の自由を求める「保守の反乱」を強めている。
  • 過度の平等主義やアイデンティティ政治の進展が社会に負の影響を及ぼしている。
  • キャンセル・カルチャーやポリティカル・コレクトネスが言論の自由を脅かし、対立を助長。
  • 現代のリベラル派は、個人の自由と多様性を尊重する真のリベラルの理念に立ち返るべき。
米国では上の記事にあるとおり、保守派が利害を乗り越え結束しつつあります。一方欧州連合(EU)の欧州議会選(定数720)は9日、大勢が判明し、極右勢力が躍進しました。これを受けフランスのマクロン大統領は仏国民議会(下院)の解散総選挙を発表。EUの政治的な先行きが一段と不透明になりました。

親EU会派が引き続き過半数を維持する見通しですが、今回の選挙結果はフランス、ドイツ両政府にとって痛手となりました。

欧州議会選でイタリアのメローニ首相(写真)が率いる右派「イタリアの同胞」が国内第1党に

この現象は、私がかつてこのブログに述べた保守の反乱が加速していることを示すものと考えられます。

保守の反乱とは、以下のようなものです。
保守派は、安全な国境、安全な地域社会、言論の自由、豊かな経済を望んでいます。「極右」のレッテルを貼られた指導者たちは、サイレント・マジョリティの声を返しているだけなのです。

メディアが彼らを中傷し、理性的な保守派を黙らせようとする一方で、私たちは保守派は、もう黙ってはいません。多くの人々は、法、秩序、伝統、愛国心の尊重と生存のバランスを取りながら生活しています。そうして、このバランスを崩す急激な改革は、社会を壊すと多くの人達が再認識するようになったのです。最近設立されたばかりの日本保守党の支持者の急速な拡大も、それを示しています。

日本はもとより、他の国々の指導者も、この傾向に耳を傾けるべきです。人々はいつまでも過激な行き過ぎを容認することはないでしょう。指導者は、騒々しい過激派グループのためだけでなく、国民全体のために政治を行わなければならないのです。

リベラル・左派的な社会工学による改革よりも、国益を優先させる賢明な改革が答えです。未来は、常識のために立ち上がり、自国の文化を守り、ポリティカル・コレクトネスやキャンセル・カルチャーの狂気に対して果敢に「もういい」と言う勇気ある政治家たちのものです。結局のところ、それこそがこの新しい保守の反乱の本質なのです。

 リベラル・左派的な社会改革は、平等と多様性の理念から様々な変革を推し進めてきました。しかしその過剰な進展が、かえって大きな負の影響を社会にもたらしつつあります。

まず、過度の平等主義は、努力と実力に応じた格差を是正するあまり、個人の自由な活動意欲を損ね、生産性の低下を招きつつあります。高額所得者への過剰な課税は、働く意欲を失わせかねません。また企業への過剰な規制は、事業活動を衰退させ、経済成長を阻害する要因となります。

一方、移民の受け入れ拡大は、移民コミュニティの治安悪化や、現地住民との文化的軋轢から社会分断を生む危険性があります。伝統的価値観の軽視は、家族や地域コミュニティなどの社会の基礎的な紐帯を弱体化させかねません。

さらに、キャンセル・カルチャーの台頭により、表現の自由が脅かされ、建設的な議論が阻害されてしまいます。キャンセル・カルチャーとは、不適切と見なされる発言や行為に対し、社会的制裁を加えて"存在しなかったことに"する動きです。

同様にアイデンティティ政治の過剰な進展は、人種や性別で人々を分断し、対立を助長する恐れがあります。アイデンティティ政治とは、個人や集団のアイデンティティ(性別、人種、民族、宗教など)に基づいて、権利や利益を主張する政治運動のことを指します。

具体的には、これまで差別されてきた少数者集団(女性、有色人種、LGBTなど)が自らのアイデンティティを前面に押し出し、機会の平等や権利の獲得を訴える動きがこれにあたります。

アイデンティティ政治の目的は、こうした集団が社会から受けてきた不当な扱いを是正し、平等な地位と権利を獲得することにあります。しかし一方で、アイデンティティに基づく過度な主張は、かえって人々を性別や人種で分断し、対立を助長することになりかねません。

またポリティカル・コレクトネスの追求も、言論の自由を損なう危険があります。ポリティカル・コレクトネスとは、性別、人種、宗教などのマイノリティに配慮した言葉遣いを求める動きですが、過度になれば言論の萎縮を招きかねません。

少数派の権利重視があまりにも極端になれば、多数派の不満が高まり社会の不安定化につながります。さらに、伝統や歴史への配慮不足は、社会の連続性を損ね、アイデンティティの喪失につながる可能性もあります。

こうした弊害が指摘されるなか、最近の米国やEUでは、リベラル・左派の改革への保守派から反発が高まっています。共和党はトランプ氏有罪評決に一致して反発し、EUの欧州議会選でも極右勢力が伸長するなか反移民や伝統重視への回帰を求める動きが出てきました。

こうした動きは、リベラル改革の弊害への危惧から、保守勢力がその是正を求めている現れと言えます。キャンセル・カルチャーやアイデンティティ政治、ポリティカル・コレクトネスの過剰な進展への批判の声が、その一因となっているのです。

一方、現在のいわゆるリベラル派の多くは、真のリベラルとはいえない状況になっています。真のリベラルとは、個人の自由と権利を最優先に考えながらも、寛容性と平等の実現を目指す立場です。彼らは個々人の選択の自由を尊重し、強制や不当な規制に反対します。同時に、人種、宗教、性別を問わず、多様性を受け入れる開放性があります。少数者の権利にも配慮しつつ、機会の平等と社会的公正の実現に努めるのがリベラルの理念です。

また、伝統的な因習に捕らわれることなく、新しいものを積極的に受け入れます。宗教的戒律よりも合理主義と科学的根拠を重んじ、社会の改革と進歩を前向きに支持する姿勢があります。ただし、利己主義に走ることなく、過度な平等主義の追求をするものではありません。

理想的なリベラル派の例としては、米国の建国の理念にも影響を与えたジョン・ロックが有名です。英国の経済学者で社会改革を訴えたジョン・スチュアート・ミルも代表的なリベラル思想家です。日本人では、明治時代に個人の自由と権利を強く訴えた福沢諭吉が、リベラル的思想の先駆けと評されています。

真のリベラルは、時代を見据えつつ、個人の自由と多様性の調和、そして寛容と合理性の共存を目指し続けるものであって、社会工学による改革を推進するものでありません。現代のリベラル派の中には、リベラル理念から逸脱した極端な傾向が見られます。真のリベラルは、個人の自由と権利、合理主義、寛容性を尊重しつつ、機会の平等と社会正義を追求する必要があります。アイデンティティ政治に走ることなく、すべての個人の自由と多様性を包摂する姿勢が重要になっています。

よって、リベラル派はこの反省を踏まえ、リベラル精神の本来の理念に立ち返るべき時期にきているのではないでしょうか。

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2024年6月10日月曜日

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に―【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

「改正入管法」きょうから施行 3回目以降は難民申請中でも強制送還可能に

まとめ
  • 入管法が改正され、難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象とする。
  • 在留資格がない外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度を導入。
  • 収容中の外国人は3か月ごとに収容の必要性を見直す。
6月8日改正入管法参院で可決

「改正入管法」が10日から施行され、難民申請中の強制送還規定が見直されます。難民申請は原則2回までとし、3回目以降は「相当の理由」を示さない限り強制送還対象となります。また、在留資格がなく強制送還対象の外国人は、「監理人」の監督下で収容施設外で生活できる「監理措置」制度が導入されます。収容中の外国人も、3か月ごとに収容の必要性が見直されることになります。この改正は、難民申請を繰り返して日本に留まる外国人や、入管施設での長期収容の問題に対処するためです。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。「まとめ」は元記事を箇条書きにまとめたものです。

【私の論評】改正入管法の背景と弱点、不法滞在者の母国が受け入れ拒否した場合どうするか

まとめ
  • 入管法改正の背景に、難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」が増加し、在留を長引かせるケースが多発。
  • 仮放免許可者による無許可就労が横行し、法的手続きの適正性が問われた。
  • 強制送還が進まない外国人の長期収容問題が深刻化し、収容施設の過剰収容と劣悪な環境が人権問題を引き起こした。
  • 難民認定申請を入管手続きの引き延ばしに利用する外国人が多く、入国管理の難航が批判された。
  • 改正法では「監理措置」制度が導入され、収容ではなく管理措置で在留を監督する一方、母国の同意がなければ強制送還が困難なままである。
  • 不法滞在者の母国側の受け入れ拒否に対処する方法として、母国に対する支援の打ち切りや支援と引き換えに受け入れを促す、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促すなども検討すべきである

マスコミは報道しない、日本国内の移民・難民受け入れ反対デモ

今回入管法が改正されたのには、以下のような背景があります。

1.難民不認定後に繰り返し申請する「事実上の在留」
一部の外国人が難民不認定後に再び申請を行うことを繰り返し、結果的に長期間日本に残り続けるケースが多発していました。2021年には約5,800人が難民不認定後に再申請しています。
2.仮放免許可者の無許可就労の横行
 仮放免により在留特別許可を受けた外国人の中に、無許可で就労する者が多数いたことが指摘されていました。2022年には約6,700人の無許可就労が確認されています。

 3.在留資格のない外国人の長期収容問題

在留資格がなく強制送還が進まない外国人を収容する施設が慢性的な過剰収容状態にありました。代表的な例がスリランカ人でした。

2014年から2017年にかけて、スリランカ人の仮放免者や不法残留者が相次いで収容されましたが、スリランカ政府が受け入れを拒否したことから、強制送還ができない状況が続きました。その結果、最長で約6年間にわたる長期収容例が発生しました。

このように、国籍による強制送還の困難さから、長期収容を余儀なくされる事態となり、人権侵害の懸念が高まりました。収容施設は常に過剰収容状態で、環境の劣悪さも指摘されていました。

長期収容による精神的ストレスから、自傷行為に及ぶ収容者もいたと報告されています。こうした状況から、収容期間の上限設定や環境改善の必要性が主張され、今回の改正の大きな背景になったと考えられます。

4.難民認定申請を入管難航の「口実」に利用

 一部の外国人が難民認定申請を在留手続きの「引き延ばし」に利用し、入国管理を難航させているとの批判がありました。

このように、難民制度の潜脱的利用、無許可就労の横行、長期収容問題など、様々な問題点が改正の背景にありました。制度の適正運用と人権への配慮のバランスを図る必要があったと考えられています。

ただ、今回の改正入管法でも、不法滞在者の母国が受け入れを拒否した場合でも、不法残留者などを強制送還できるようになったわけではありません。

強制送還の実施には、あくまで受入国の同意が必要不可欠です。母国が受け入れを拒否すれば、引き続き強制送還は事実上困難となります。

長期収容問題の解決策として、改正法では「監理措置」制度が新設されましたが、これは収容を代替する制度であり、強制送還の実施には母国の同意が引き続き必須となります。

「監理措置」制度とは、従来の収容施設への収容に代わる新たな在留管理の措置です。対象は強制送還が執行できない在留資格を持たない外国人です。

この制度のもとでは、収容ではなく、入国者収容所の外に設けられた住居で生活することになります。ただし、出入国や行動の制限など一定のルールに従う必要があり、「監理人」と呼ばれる専門スタッフによる監督下に置かれます。

つまり、収容施設に長期間収容されることなく、より自由な環境で生活できる一方で、逃げ出しや無秩序な在留を防ぐための管理体制が設けられているというわけです。

長期収容を避けつつ、一定の在留管理を継続するための制度と位置付けられています。ただし、強制送還の実施そのものは、従来通り母国の同意が必要となります。

長期収容問題の改善に一定の役割を果たすものの、制度発足後の運用などに課題もあり、抜本的解決には至らない可能性もあると指摘されています。

欧米諸国においても、母国が不法滞在者の受入れを拒否した場合、不法滞在者を強制送還することはできません。これは国際法上の原則です。EUの加盟国間の移送や、米国の一時的な第三国への移送はできますが、母国への強制送還とは異なります。

つまり、母国の同意なく強制送還を行える例外はほとんどありません。したがって、日本の入管法改正でも、母国が受入れを拒否すれば、従来通り強制送還は困難となる可能性が高く、長期収容問題の根本的解決につながらない可能性があります。

ただ、ドイツでは変化の兆しがみえます。

ドイツでは近年、難民申請を却下されながらも滞在を許可されていた外国人による重大事件が相次ぎ、国民の間で外国人犯罪への厳しい対応を求める機運が高まっていました。

具体的には、5月末にマンハイムでアフガン人男性による集会襲撃事件があり、5人が負傷、警官1人が死亡するなどの被害がありました。この男性は難民申請を却下されながら、個別事情から国外退去が猶予されていた例でした。

ショルツ独首相

このような背景から、ショルツ首相は6日の連邦議会演説で「ドイツで保護を受けている人物による凶悪事件に憤慨する。凶悪犯罪者はシリアやアフガニスタンであっても送還されるべきだ」と述べ、難民申請が拒否された者を含め、国外退去対象の大幅な見直しに言及しました。

つまり、従来は難民認定を受けない場合でも、出身国での迫害リスクなどから国外退去を猶予してきましたが、そうした例外措置を大幅に制限し、凶悪犯罪者については確実に強制送還する考えを示したものと受け止められています。

ただし、具体的な制度改正の詳細は不明で、連立与党内にも人権侵害に当たるとの異論もあり、今後の動向が注目されています。

令和3年において、出入国管理及び難民認定法違反により退去強制手続を執った外国人は1万8,012人で、そのうち不法就労事実が認められた者は1万3,255人でした。退去強制手続を執った外国人の国籍・地域は93か国・地域であり、ベトナムが最も多く、全体の53.7%を占めました。

不法残留者は1万6,638人、不法入国者は182人、資格外活動者は37人でした。在留資格別では、「技能実習」が最も多く、次いで「短期滞在」、「特定活動」が続きました。また、不法就労の稼働場所別では、関東地区が最多で、中部地区も一定の割合を占めています。なお、退去強制令書により送還された者は4,122人で、令和3年末現在、退去強制令書が発付されている被仮放免者は4,174人です。

日本国内の不法滞在者数の推移

今回入管法が改正されましたが、不法滞在者の母国が受け入れ拒否をする場合もあります。こうした場合どのようにするか、ドイツの動向もうかがいつつ、対応を決めていくべきでしょう。

不法滞在者の強制送還に関する問題は確かに複雑で、国際法や外交関係も絡むため、一筋縄ではいきません。しかし、現実的な対策を講じなければ、日本も深刻な事態に陥る可能性があります。母国が不法滞在者の受け入れを拒否する場合、支援を打ち切る、あるいは支援と引き換えに受け入れを促す方法も検討する必要があるでしょう。

まず、支援を打ち切ることは短期的には外交関係に悪影響を及ぼすかもしれませんが、長期的には不法滞在者の問題を解決するためには避けられない手段となるかもしれません。また、不法滞在者の人権を尊重することは重要ですが、国家の法と秩序を守ることも同様に重要です。適切な手続きを踏んだ上で、送還を進めることが必要です。

他国との協力も重要で、国際的な圧力を通じて母国に受け入れを促す方法もあります。柔軟な対応が必要であることは理解しますが、具体的な施策については迅速かつ決断力を持って実行することが求められます。国際社会全体で協力し、共通の解決策を早急に模索することが重要になるでしょう。

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