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2025年11月20日木曜日

すでに始まっていた中国の「静かな日台侵略」──クリミアと高市バッシングが示す“証左”


まとめ
  • グレーゾーン戦は、軍事行動の前に国家を静かに弱体化させる“侵攻の第一段階”であり、日本はこの領域への備えが最も遅れている状態にある。
  • ロシアがクリミア併合で示した曖昧戦の成功と、ウクライナ本土侵攻で露呈した古典的戦争の失敗は、中国が軍事よりも非軍事領域の戦いに比重を移す大きな動機になっている。
  • 台湾ドラマ『零日攻擊』は、中国が日常の中で進める“静かな侵略”をリアルに描き台湾では社会現象になったが、日本では危機感として十分に共有されず、認識ギャップが浮き彫りになった。
  • 高市首相の台湾有事発言に対し日本国内で起きた批判の多くは、戦争を「軍事行動=可視化された戦闘」と狭く理解する思考から生まれたものであり、日本社会が認知戦・情報戦に弱いという現実を露呈している。
  • 中国は今後、軍事衝突を回避しつつ、情報・経済・心理を武器に日本の内部構造へ浸透する戦略を強めると見られ、大学・自治体・世論空間を含む社会全体の認識改革が不可欠になっている。

1️⃣クリミアとウクライナが教える「静かな侵略」の威力

いま我が国の安全保障で本当に怖いのは、戦車が一斉に国境を越えてくる「派手な戦争」ではなく、じわじわと忍び寄る「静かな侵略」だと思う。いわゆるグレーゾーン戦である。軍事行動と平時の外交・経済・情報活動のあいだにまたがる曖昧な領域を、相手のレッドラインを踏み越えないギリギリで突き続けるやり方だ。


ロシアのクリミア奪取はグレーゾーン作戦で成功

その典型例が、2014年のロシアによるクリミア半島併合である。ロシアは正体を隠した「小さな緑の男たち」(ロシア兵)と親露勢力、情報操作を組み合わせ、ほとんど本格戦闘をせずにクリミアを奪ったと多くの研究者が分析している。(デジタル・コモンズ)一方で2022年のウクライナ本土への全面侵攻は、戦車とミサイルを前面に押し出した古典的な軍事作戦になり、キエフ電撃占領は失敗し、ロシア軍は甚大な損害を被った。

この対照は、北京にもはっきり観察されている。中国の軍事・安全保障研究を追っているシンクタンクや研究者は、ロシアの失敗から「正面からの全面侵攻はコストが高すぎる」という教訓を中国指導部が学んでいると指摘している。(RAND Corporation)だからこそ、習近平は台湾や日本に対しても、いきなりノルマンディー上陸のような作戦ではなく、クリミア型のグレーゾーン戦、つまりサイバー攻撃、情報攪乱、経済依存の利用、国内政治への浸透といった「静かな侵略」にますます力を入れる可能性が高いと言わざるを得ない。

その延長線上で見ると、大阪の中国総領事・薛剣がXで高市早苗首相に対し「汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した事件は象徴的である。(Reuters)表向きは一外交官の“暴言”だが、実態は日本の台湾支援発言を萎縮させ、日本国内に「台湾に深入りすると危ない」という空気を醸成する心理的攻撃だと見た方が筋が通る。これ自体が、軍事と外交・世論操作が一体化したグレーゾーン戦の一部なのである。

2️⃣台湾ドラマ『零日攻撃』と日本の鈍い危機感

グレーゾーン戦への認識の差を、これほど鮮やかに見せつける作品は他にない――そう感じさせるのが台湾ドラマ『零日攻擊 ZERO DAY ATTACK』(日本題『零日攻撃/ゼロ・デイ・アタック』)である。人民解放軍による台湾侵攻を描くといっても、大量上陸や大爆撃はほとんど出てこない。描かれるのは、投票所爆破事件を利用した世論操作、偵察機「行方不明」を口実とした海上封鎖、サイバー攻撃によるインフラ麻痺、中国製半導体に仕込まれた“裏口”を通じた情報窃取、SNSインフルエンサーを使ったデマ拡散など、「静かな侵略」の積み重ねである。(ウィキペディア)

製作陣はCINRAのインタビューで「台湾が直面している脅威は、日本にとっても決して他人事ではない」と語っている。(CINRA)日本からも人気俳優の高橋一生と水川あさみが参加している。高橋一生は第3話「ON AIR」で、中国系半導体メーカーの幹部となった元恋人として登場し、中国製チップに仕込まれたバックドアをめぐる告発劇に絡む。(まり☆こうじの映画辺境日記)水川あさみは、第5話「シークレット・ボックス」で、米国行きを夢見る女性と陰謀に巻き込まれる人物として物語の鍵を握る役どころだと紹介されている。(vinotabi.blog.fc2.com)これだけ見ても、日本の視聴者に訴えかける要素は十分にあるはずだ。

台湾ドラマ零日攻撃に出演した水川あさみ

実際、台湾では予告編の段階から大きな反響を呼び、「台湾有事」を真正面から描いた社会現象的作品として議論を巻き起こしたと報じられている。(大紀元)一方で、日本ではAmazonプライムで配信されているにもかかわらず、視聴率や世論調査などで「大ヒット」と呼べるようなデータは、少なくとも公開ベースではほとんど見当たらない。東洋経済やVODレビューサイトの分析でも、日本の視聴者の評価は「報道の自由と戦争を描いた硬派な社会派ドラマとして高く評価する層」と、「地味で難しく、メッセージ性が強すぎて疲れると感じる層」に二分されていると指摘されている。(東洋経済オンライン)

つまり、台湾側はこのドラマを通じて、「中国の台湾侵攻は古典的侵略戦争ではなく、グレーゾーン活動(極大)+軍事力行使(極小)の組み合わせとして進む」とリアルに想定しているのに対し、日本側はせっかくの“教科書”を前にしながら、その重さを十分には受け止めきれていないのではないか。

日本人の多くは「台湾有事」と聞くと、どうしても第二次大戦のノルマンディー上陸作戦のような派手な上陸戦を思い浮かべがちである。しかし、台湾ドラマが見せるのはまったく逆の絵だ。ほとんど銃声の鳴らないまま、選挙、不満デモ、サイバー攻撃、電力遮断、経済封鎖、情報空間の操作を通じて、気がついたら社会機能と民心が崩れている世界である。台湾人が描く侵攻シナリオは、グレーゾーン活動こそが主戦場であり、軍事力はその最後の“スイッチ”にすぎないという冷徹なリアリズムに立っている。

日本国内でも、このドラマについては「日本では絶対に作れない作品」「報道と戦争の関係をここまで描いたドラマは初めてだ」と評価する声がある一方で、全体として社会現象と呼べるほどの盛り上がりには至っていない、というのが公開情報から読み取れる範囲での現実だと思う。(今こそ見よう!)この点については、データが限られる以上「日本でヒットしなかったのは、グレーゾーン戦への認識の低さを反映している」とまでは断定できない。ただ、台湾と日本で受け止め方に大きな温度差があるのは確かであり、その背景として「グレーゾーンを主戦場とみなす台湾」と、「どうしても正面衝突の戦争像に引きずられる日本」という認識ギャップがあるのではないか――というのは十分妥当な推測だと考える。

3️⃣高市発言バッシングは、「認知戦」の一部だ


この認識ギャップは、高市早苗首相の「台湾有事は存立危機事態になり得る」という国会答弁をめぐる国内報道にも、そのまま投影されている。高市首相は、中国が台湾を海上封鎖し、戦艦を用いた武力行使を伴う事態になれば、日本のシーレーンや在留邦人、米軍基地への影響から見ても、我が国の存立が脅かされ得る――と、現行法制から見てごく当たり前の整理をしたにすぎない。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ところが、国内の一部メディアや野党は、発言の文脈を切り取り、「軍事的緊張を煽った」「軽率だ」といった批判に走った。ここには、「台湾有事=ノルマンディー型の大戦争」という前提に立ち、「そんな話をするだけで危険だ」という感情的な反応が透けて見える。一方で、中国側はどうか。

先に触れたように、大阪の薛剣総領事はXで、高市首相を念頭に「勝手に突っ込んできたその汚い首は、一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」と投稿した。(Reuters)日本政府は公式に抗議し、台湾の国家安全会議や総統府も「非文明的」「外交マナーの逸脱」と強く批判したが、中国外務省は「個人の投稿」「日本側の危険な発言への反応だ」と突っぱねた。(フォーカス台湾 - 中央社日本語版)

ここで重要なのは、こうした「首を斬る」発言が、単なる外交的失言ではなく、世論を震え上がらせることを狙った情報心理戦の一環だという点である。日本国内で、「台湾なんかに関わるから危ない」「首相が余計なことを言うから中国に睨まれる」という空気が少しでも広がれば、それだけで北京にとっては成功である。実際、「中国の怒りを買った高市が悪い」という論調は、国内の一部論者やSNSですでに散見される。これは、まさに中国側のグレーゾーン活動が、日本社会の認知空間にまで食い込み始めている証拠ではないか。

同じ頃、中国は南シナ海でフィリピン船舶への体当たりや高圧放水、乗員負傷を伴う過激な威嚇行動を繰り返している。2024年のセカンド・トーマス礁事件では、フィリピン側の補給船が中国海警により妨害され、兵士が負傷する事態にまで発展した。(ウィキペディア)一歩間違えば「戦闘」と報道されてもおかしくないギリギリの挑発だが、中国は一貫して「正当な法執行」だと言い張っている。ここにも、「相手に殴り返させたら勝ち」というグレーゾーン戦の発想が透けて見える。

ロシアがクリミアで成功し、ウクライナ本土への全面侵攻で大きく躓いたのを見て、習近平がどちらの戦い方に魅力を感じるかは、改めて言うまでもないだろう。(デジタル・コモンズ)少なくとも当面、中国は「いきなり戦車とミサイル」ではなく、情報戦・経済戦・法律戦・心理戦を総動員したグレーゾーン活動を最大限に活用し、その延長線上で軍事力をちらつかせるという道を選ぶ可能性が高い。

その最前線は、もはや尖閣や台湾海峡だけではない。我が国の大学・研究機関を通じた技術流出、北海道や自衛隊基地周辺の土地買収、水源地への静かな浸透、地方自治体や政党、メディアへの巧妙な働きかけ――いずれも、すでに個別の報道や調査で明らかになりつつある現実だ。(pttweb.cc)そして、台湾ドラマ『零日攻撃』の日本での“今ひとつの響き方”や、高市発言への過剰ともいえるバッシングは、「中国のグレーゾーン戦がすでに日本社会の認知空間を揺さぶりつつある」という不愉快な現実を、逆説的に映し出しているように思えてならない。

平和を望むことは尊い。しかし、「戦争の話をしないこと」が平和を守る道だと信じ込まされることこそ、グレーゾーン戦を仕掛ける側の思う壺である。台湾は、ドラマという形で自国の危機を直視し、国民に突きつけている。我が国もそろそろ、「ノルマンディー型の戦争は起きてほしくない」という願望の世界から抜け出し、「静かな侵略」にどう備えるかという現実の土俵に立たなければならない時期に来ているのではないか。

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高市首相の台湾有事発言に中国が撤回を迫り、在中国邦人への注意喚起まで発せられた背景を分析。中国の圧力を「内政干渉」として正面から跳ね返すべきだと論じ、日本のメディアや“識者”の及び腰も批判している。 

中国の我が国威嚇は脅威の裏返し—台湾をめぐる現実と我が国の覚悟 2025年11月14日
大阪総領事の「汚い首は斬ってやる」発言や中国外務省の威嚇を取り上げ、それが日本の「自立した主権国家」への回帰を恐れるがゆえの反応だと指摘。ASW・AWACSなど日本の優位と、我が国の霊性文化と結びついた防衛の意義を掘り下げる。 

沈黙はもう終わりだ──中国外交官の“汚い首を斬る”発言に、日本が示すべき“国家の矜持” 2025年11月11日
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「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム” 2025年11月9日
高市首相が「台湾有事=日本有事」と位置づけた国会答弁の意味を整理し、南西シフトやスタンドオフ防衛など具体的な備えを解説。台湾ドラマ『零日攻撃』を引きつつ、サイバー攻撃や情報攪乱による“静かな侵略”に日本社会の認識が追いついていない危機を描く。 

「力の空白は侵略を招く」――NATOの東方戦略が示す、日本の生存戦略 2025年8月14日
ロシアのグルジア侵攻・クリミア併合・ウクライナ侵攻を「力の空白」が招いた典型例として整理し、NATOの東方防衛ライン強化を詳述。日本もロシア・中国・北朝鮮の三正面に直面する中で、空白を作らず多域連携とグローバルな抑止構造を築く必要があると提言している。


2025年11月16日日曜日

中国の威嚇は脅威の裏返し――地政学の大家フリードマンが指摘した『日本こそ中国の恐れる存在』


 まとめ

  • 高市首相の「台湾有事=日本の存立危機」発言に対し、中国が外交暴言・威嚇・渡航自粛など異常な反応を示し、日本を戦略的脅威と見なしていることが浮き彫りになった。
  • 中国は地政学の大家フリードマンの見解を研究しており、日本列島が中国の外洋進出を封じる“地政学的な壁”であるという現実を深刻に捉えているため、対日威嚇が強まっている。
  • 中国軍の強硬行動は一見攻勢に見えるが、その根底には日本が主体的に安全保障を語り始めたことへの焦りがあり、日本の変化に神経質になっている。
  • フリードマンの分析では、日本は第一列島線の核心を占め、技術力と地理的位置によって中国の軍事拡張に最も大きな制約を与える国とされ、中国側の研究者もこれを認識している。
  • 日本が取るべき道は、海洋国家としての防衛強化、主体性ある日米同盟の活用、そして技術・経済力を戦略資産として最大限に生かすことであり、中国が日本を恐れるのは日本にはそれを実現できる力があるからである。
今月、我が国の安全保障をめぐって大きな転機があった。高市早苗首相が国会で「中国が台湾へ軍事侵攻すれば、我が国の存立危機事態に当たり得る」とはっきり述べたのである。台湾有事は日本の有事──当たり前の話だが、ここまで明確に口にした戦後首相はほとんどいない。(FNNプライムオンライン)

この一言に、最も過敏に反応したのが中国だった。大阪の中国総領事・薛剣はXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は斬ってやるしかない」と投稿し、我が国政府はただちに抗議した。外交官が一国の首相に向けて「首を斬る」と公言するなど、常識では考えられない暴言である。(毎日新聞)

さらに、中国外務省報道官は記者会見で「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば侵略行為となる」「台湾問題で火遊びをするな」と強い言葉で牽制した。(FNNプライムオンライン)

追い打ちをかけるように、中国政府は自国民に対し「当面、日本への渡航を控えるように」とする旅行警告を出し、中国の航空会社は日本行き航空券の払い戻し・変更に応じ始めた。日本政府は直ちに抗議し、「適切な対応を取るよう求めた」と発表している。(Reuters)

外交上の暴言、火に油を注ぐような会見、そして渡航自粛の呼びかけ──ここまで重ねてくるということは、中国が日本を「ただの隣国」ではなく、はっきりとした戦略上の脅威として見ている証拠である。

しかも重要なのは、中国がこうした反応を、その場の感情だけでやっているわけではない、という点だ。中国の戦略・外交の研究者たちは、アメリカの地政学者ジョージ・フリードマンの議論を長年検討してきた。フリードマンは『The Coming War With Japan(日本との次なる戦争)』などで、「日本列島は中国にとって海への出口を塞ぐ“壁”になる」と繰り返し書いてきた人物である。(gongfa.com)

中国側の論文の中には、フリードマンの著作を参考文献として挙げ、日本列島・第一列島線・日米同盟の意味を分析しているものもある。つまり中国の戦略エリートは、「フリードマンが描いた最悪のシナリオ」が現実になりかねないと分かっている。その不安が、いま日本への威嚇として噴き出しているのである。
 
1️⃣中国の威嚇が物語る「焦り」と「変わりゆく日本」


一見すると、中国は強気一辺倒に見える。南西諸島周辺や台湾近海で軍事演習を繰り返し、海と空でプレッシャーをかけ続けている。しかし、その振る舞いの底にある感情は、むしろ焦りに近い。

かつての日本は、台湾や安全保障の問題になると口をつぐみ、「あいまいな同盟国」として扱われてきた。ところが今、高市首相は国会という公の場で、「台湾有事=日本の存立危機」と明言した。これで日本は、台湾問題を「他人事」ではなく「自分に直接かかわる問題」として位置づけ直したことになる。

中国にとって、これは面倒どころではない。台湾の背後に「本気の日本」が立つ構図が浮かび上がるからだ。だからこそ、総領事の暴言や外務省の「火遊び」発言といった、品位を欠いた言葉が次々と飛び出したのである。言い換えれば、日本が黙っていた時代の方が、中国にとっては都合が良かったのだ。

そこへ、渡航自粛という形の“世論戦”も重ねてきた。日本を「危ない国」と印象づけ、中国国内で反日感情を煽れば、日本側の発言力を削ぐことができると踏んでいるのだろう。だが、この種の宣伝は、裏を返せば「日本の言葉が効いている」「日本の動きが怖い」と白状しているようなものでもある。

中国は今、日本が“沈黙するアジアの大国”から、“主張する海洋国家”へ変わりつつあることを肌で感じている。その変化が、中国をいら立たせているのである。
 
2️⃣フリードマン地政学から見た「日本という壁」

ジョージ・フリードマン

ジョージ・フリードマンの地政学は、難しい理論ではない。要はこういうことだ。
  • 中国は大陸国家であり、四方を山と砂漠とジャングルに囲まれた「半ば閉じた大国」である。
  • 外へ出ようとすれば、東の海に頼るしかない。
  • しかし、その東側の出口を日本列島と第一列島線がふさいでいる。
この地理条件のせいで、中国海軍が外洋へ出ようとするときには、必ず日本列島や台湾の周辺を通らなければならない。第一列島線上には、米軍基地と同盟国が並んでいる。ここを突破できなければ、中国はいつまでたっても「近海の大国」にとどまり、「外洋の覇権国」にはなれない。(プレジデント)

フリードマンは、この構造をはっきりと言葉にした。「日本は海から中国を封じ込めることのできる位置にある」「日本列島は米国の海洋覇権を支える支点だ」と。中国側の研究者たちがこの本を読み、引用しているのは当然だろう。彼らにとって、これは悪夢の設計図そのものだからだ。(gongfa.com)

軍事面でも事情は似ている。中国は量では圧倒的だが、対潜戦や機雷戦、島嶼防衛など、日本と米国が得意とする分野では、優位とは言えない。日本が本気で海と空の防衛力を高めれば、中国は簡単には手出しできない。

さらに、中国が恐れているのは日本の技術力だ。半導体、精密機械、素材、造船、海洋技術──日本が持つこうした力は、そのまま中国の軍事的野心に対する「見えない鎖」になる。日本が供給を絞り、欧米と歩調を合わせれば、中国の軍事近代化の足はたちまち重くなる。

だからこそ、中国の威嚇は止まらない。劣勢を自覚する国ほど、大声で相手を脅す。フリードマンが描いたこのパターンどおりに、いまの中国は動いているのである。

3️⃣日本が取るべき道――「海洋国家としての覚悟」を固める

赤線で囲われた部分が日本の排他的経済水域
 
ここまで見てくると、日本が進むべき道ははっきりしてくる。

第一に、日本は海洋国家としての本分を思い出すべきだ。海上自衛隊と航空自衛隊を中心に、島嶼防衛とシーレーン防衛を徹底的に強化する。長射程のスタンド・オフミサイル、潜水艦、対潜哨戒機、衛星・無人機など、海空の「目」と「牙」を磨き上げることが抑止力そのものである。

第二に、日米同盟を軸にしつつも、日本自身の判断軸をしっかり持つことだ。アメリカに全面的におんぶされるのでもなく、反米に走るのでもなく、「我が国の利益は何か」をはっきりさせたうえで同盟を使いこなす。この姿勢が、中国にとって最も厄介であり、同時に日本にとって最も安全な道である。(Nippon)

第三に、日本の技術と経済を「安全保障の柱」として扱うことである。サプライチェーンの多角化、重要技術の管理、インフラ投資──これらは単なる経済政策ではない。中国が最も恐れているのは、日本が本気で「技術と経済で中国を締める」局面である。ならば、そこをこそ強めればよい。

中国の日本に対する威嚇は、日本の弱さの証明ではない。むしろ、日本が目を覚ましつつあることへの悲鳴だと言ってよい。無論、だからと言って、何を言っても良いなどのことはあり得ず、今回の中国側の威嚇は異様である。国際社会から受け入れられるものではない。また、中国はその異形ぶりを日本国民や国際社会に暴露したと言える。とは言いながら、フリードマン地政学が教えるのは、「日本こそが中国の前に立ちはだかる海の壁であり、東アジアの均衡を決める鍵だ」という冷厳な事実である。

我が国はその現実から逃げるべきではない。むしろ、その役割を自覚し、海洋国家としての覚悟を固める時だ。中国が日本を恐れているのは、日本にはそれを実現できる力があるからだ。

ならば、その力をさらに鍛え上げればよいのである。

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2025年11月9日日曜日

「台湾有事」への覚悟──高市首相が示した“国家防衛のリアリズム”


まとめ

  • 高市首相は台湾有事を「日本有事」と位置づけ、平和を守るには抑止力を備える覚悟が必要と明言した。戦を避けるための防衛強化こそ現実的な平和政策であると示した。
  • 中国の台湾周辺での艦艇・航空機展開は古典的侵略ではなく、心理戦による圧力であり、戦わずして優位を得ようとする戦略である。
  • 台湾で大ヒットしたが日本ではヒットしなかったテレビドラマ『ゼロ日攻撃』が示す現代戦のリアリズムは、サイバー攻撃や情報攪乱による“静かな侵略”であり、限定的な軍事行使を伴うハイブリッド戦の実像を描いている。
  • 日本のマスコミは古典的戦争像に囚われ、高市政権の現実主義を「好戦的」と誤解している。政治が現実を直視する一方で、報道は幻想を信じ続けるという齟齬が生じている。
  • 「戦争できる国」とは「戦争する国」ではなく、攻められた時に守れる国のことだ。高市首相は防衛費の議論を超えて“国家を守る意思”の再生を訴えており、真の平和はその覚悟に宿る。

1️⃣「平和を守る覚悟」──高市首相が突きつけた現実主義


「平和を守るためには、覚悟がいる」。高市早苗首相の一言が、永田町を震わせた。台湾海峡は緊張を増し、首相は2025年11月7日の衆院予算委員会で「台湾の安定は我が国の安全保障に直結する。万一の際に備えることこそ、平和を守る最も現実的な道である」と述べた。これは戦を望む言葉ではない。戦を避けるための抑止の論理である。

自衛隊は南西シフトを進めている。与那国・宮古・石垣の体制強化、電子戦・無人機の拠点整備、海空の警戒と長射程スタンドオフの配備。これらは「台湾防衛」ではなく「日本防衛」そのものだ。台湾海峡で事が起きれば、最初に影響を受けるのは沖縄・与那国・宮古である可能性が高い。備えの欠如こそ最大のリスクだ。

「台湾有事は日本有事」。安倍晋三元首相の遺言とも言うべきこの言葉を、高市首相は政策の言葉に引き戻した。中国はこの数カ月、台湾周辺で過去最多規模の艦艇・航空機を展開している。だが、これは古典的侵略の前触れではない。台湾と周辺国に「包囲されている」という圧迫感を与える心理戦の一環である。中国はまず“見せる力”で相手の心を折りにくる。

日本の世論はまだ鈍い。平和を願うことは尊いが、願いだけでは平和は守れない。現実から逃げる政治こそ危険だ。抑止は言葉ではなく、力と意思の裏付けで成り立つ。中国もロシアも北朝鮮も、残念ながら「力による平和」しか信じていない。
 
2️⃣台湾のリアリズムとテレビドラマ『ゼロ日攻撃』の示唆

人気俳優、高橋一生も出演した台湾大ヒットドラマ「零日攻撃 ZERO DAY」は日本でヒットしなかったが・・・


数十年前、北朝鮮も中国も軍事的には取るに足らぬ存在だった。いまや様相は一変した。中国は経済と軍事を融合させた全体主義国家へと変貌し、北朝鮮は核・ミサイルで恫喝する。イランは西側から離反し、ロシアと結び秩序を掻き回す。変わった現実を、我が国だけが直視しきれていない。

この遅れを照らすのが、台湾ドラマ『ゼロ日攻撃』である。派手な爆撃も大規模上陸もない。描かれるのはサイバー、情報攪乱、電力遮断――“静かな侵略”だ。台湾は、中国が損害を最小化しつつ社会機能を内部から崩す現実的手段を選ぶと見ている。

そもそも台湾は古典的上陸侵攻に向かない。台湾海峡は浅く、天候と潮流の制約が大きい。西岸は干潟(ひがた)と軟弱地盤が多く大規模上陸に不利、東岸は断崖が連なり兵站が続かない。東シナ海からバシー海峡に至る日米の哨戒網も補給線に圧力をかける。ゆえに“一気呵成の占領”は地理的にほぼ不可能だ。台湾が見据える戦争は、銃弾の応酬ではなく、電波・情報・社会機能を奪う現代型の戦争である。

ただし、現代戦は非軍事だけではない。戦略・戦術上、有効な局面では軍事力が使われる。離島制圧、指揮通信網の破壊、示威のための限定攻撃――そうした局面で中国は躊躇しないだろう。つまり本質は、軍事と非軍事が一体のハイブリッド戦である。

高市首相の「現実を見よ」という呼びかけは、このリアリズムと通底する。台湾が見ているのは「弾が飛び交う映画」ではなく「社会が内部から制圧される現実」だ。首相はその現実を日本に突きつけた。さらに首相は軍事だけでなく、情報・経済・サイバー・外交を束ねる総合的抑止を志向している。戦う前に勝つ。戦争を起こさせないための現実的戦略である。

これに対し、マスコミは今なお古典的侵略の像に囚われる。日本が台湾有事への対抗策を講じるたび、「日本が古典的総力戦を始めるのではないか」といった懸念を並べる。現実を直視する政治と、物語にすがる報道の齟齬は深い。

『ゼロ日攻撃』は、その齟齬を映す鏡でもあった。日本では“ヒット”しなかった。期待されたのは派手な戦争ドラマ、示されたのは無音の侵略。台湾は危機を現実として理解し、日本メディアはまだ“物語としての危機”に酔っている。この落差こそ、アジア防衛の盲点である。
 
3️⃣変わるアメリカ、停滞する日本──報道が国を誤らせる

アメリカではテレビ局・配信の再編が進む。私はこれを衰退とは見ない。旧来の媒体が自らを解体し、時代に適応し直す自然な進化である。朽ちるより変われ。成熟社会の当たり前だ。

一方、日本のオールドメディアは「自分たちが世論を導く」と信じ込み、時代遅れの“正義”に拘泥する。国家観を欠いた情緒的平和主義を振りかざし、現実を見ない。それどころか、自分たちこそ、国民の代表であり、よって道徳規範の制定者であるかのような誤った認識を持っているようだ。記者の中には、首相会見前に「支持率を落とす映像だけ流してやる」といった不見識な発言まであった。ここで報道は真実の伝達ではなく、“望ましい物語”の創作へと堕していることが明らかになった。


日本のメディアは報道機関ではなく「言論業界」になった。自らの思想を国民に押しつけ、現実を歪める。だが世界は変わった。国際秩序は再編され、情報戦が最前線に立つ。それでもなお「反権力こそ正義」という時代遅れの旗を振り続けるのか。

高市首相の言葉は国家の矜持を取り戻す行為である。対して、旧メディアの頑迷はその矜持を腐らせる宿痾(しゅくあ)だ。守るべきものを語らず、時代遅れの“正義”を繰り返す者に未来はない。日本が生き延びるには、政治だけでなく報道も覚醒しなければならない。

戦後八十年、我が国は「戦争をしない国」を誇ってきた。いま問われるのは「戦争できる国」かどうかだ。誤解してはならない。「戦争できる国」は「戦争する国」ではない。仕掛けられた戦いに応じ得る力を持つ国だ。これが“守れる国”の本質である。いかなる国も、軍事的側面を欠いて独立は維持できない。平和を守るには、戦う力と意志が要る。

高市首相が訴えるのは、防衛費の数字や条文の改廃だけではない。現代戦から「国家を守る意思」を取り戻せ、である。平和は努力の果実だ。備えなき平和は幻だ。戦を煽るのではない。戦を防ぐ覚悟の宣言である。再び我々が、戦うことを恐れず、平和を守るために立つ。軍事国家への回帰ではない。国家としての責任への回帰である。

平和を語る者こそ現実的であれ。防衛を語る者こそ冷静であれ。国家を守る者こそ強くあれ。台湾海峡の波が高まるいま、我が国が取るべきは「見て見ぬふり」ではなく「覚悟」である。抑止は力だけでなく、意志の問題だ。守る覚悟のない国に、平和は訪れない。高市政権の真価は、そこにこそある。

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高市政権の外交を軸に、安倍政権の戦略一体運用(経済・安全保障・外交)の継承と再起動を評価。対中抑止と対話の両立という“現実主義”の要点を整理する記事。

東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活 2025/10/28
ASEANの揺れる分断に対し、日本がエネルギー連携とFOIPで秩序を再構築するシナリオを提示。台湾海峡を含む海洋安保の“実務的結節点”としての日本の役割を論じる。

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった 2025/10/23
日米の戦略的再接近がもたらす抑止力の質的転換を解説。中国・ロシア・北朝鮮をにらんだ「アジアの抑止軸」としての日本の位置づけを明確化する。

高市総理誕生の遅れが我が国を危うくする──決断なき政治が日本を沈める 2025/10/14
政局の空白が同盟運用と対中抑止に与えるリスクを指摘。台湾有事を見据えた「決断の遅滞」の代償を論じ、現実対応の必要性を説く。

能動的サイバー防御、台湾有事も念頭に「官民連携」など3本柱 首相命令で自衛隊が対処も 2025/02/23
電力・通信・金融など基幹インフラを狙うハイブリッド戦に対する日本の制度設計を整理。台湾有事の現実的想定として、軍事力以外の防衛手段強化の重要性を示す。

2025年11月7日金曜日

韓国発“トランプ-金正恩再会談”に踊った報道──面白い情報ほど危険だ



まとめ
  • 2025年夏、米韓首脳会談でのトランプ発言を契機に、李在明政権が「トランプ-金正恩再会談」観測を政治利用し、韓国メディアが“演出外交”として国内外の期待を煽った。
  • Japan In-Depthの記事で、朴斗鎮・コリア国際研究所所長は、李政権の「再会談」情報操作を意図的な外交演出と分析し、板門店の立ち入り制限や要人発言を“期待値操作”と指摘した。
  • 韓国の“観測気球外交”は2018年以降も繰り返されており、外交と報道が一体化して世論を動かす構図が定着している。
  • 日本の一部メディアや識者がこの演出に踊らされ、「年内再会談」などを裏付けなく報じたことで、報道が政治的幻想の拡散装置となった。
  • 高市早苗氏が冷静な分析姿勢を保った一方、石破首相や報道機関は“情報の演出”に巻き込まれた。外交は演出ではなく現実の構造を読む戦いであり、幻想に酔えば国を誤る。
1️⃣憶測外交の仕掛け──李在明政権と韓国メディアの構図

2025年夏、東アジアの空気が不穏に揺れた。発端は8月20日、北朝鮮の国営通信が李在明大統領の「南北対話提案」を「たわごと(gibberish)」と切り捨て、韓国を「米国の忠実な犬」と罵倒したことだった。米韓合同軍事演習への反発が、やがて“米朝再会談”という幻想を生む火種となった。

8月25日の米韓首脳会談

その数日後の8月25日、ワシントンのホワイトハウスで行われた米韓首脳会談の場で、ドナルド・トランプ大統領が「年内に金正恩と会いたい」と発言した。アメリカ国内の選挙戦が熱を帯びる中、この発言は韓国側にとって千載一遇の好機となった。

8月26日には、複数の報道でトランプが“年内会談に前向き”であること、李在明がトランプに“peacemaker(仲介者)役”を要請したことが伝えられ、世界のメディアが一斉に反応した。再会談の観測は現実味を帯びて広がったが、「トランプ氏が訪韓時に金正恩との会談を模索」と韓国政府が公式に発表したという一次情報は存在しない。観測を支えたのは、報道が積み上げた“期待”にすぎなかった。

9月22日、金正恩は最高人民会議の演説で「米国が非核化要求を捨て、現実的な平和共存を認めるなら対話の余地がある」と述べ、さらに「トランプとは良い思い出がある」と語った。この“柔らかい調子”が国際メディアに取り上げられ、再会談の期待が再燃した。

国連総会の期間中、韓国外相は「李大統領はトランプ大統領に朝鮮半島の仲介者(peacemaker)となってほしいと要請した」と発言し、観測は頂点に達した。だが10月末、韓国大統領府の安保当局者が「会談の実現は近くない」と述べ、報道の熱は急速に冷めた。

Japan In-Depth(2025年11月6日付)の記事「李在明政権が流した『トランプ・金正恩会談』憶測情報」(著:朴斗鎮・コリア国際研究所所長)は、この流れを「意図的に助長された外交演出」と指摘している。朴氏は、李政権が支持率低迷を挽回するために“米朝幻想”を政治利用したと分析する。板門店周辺の立ち入り制限や与党要人の発言は“期待値の操作”であり、外交を“物語”化する韓国政治の伝統的手法が再び使われたのである。
 
3️⃣踊らされた報道と政治──日本の識者・メディアの過ち

この“演出外交”に最も敏感に反応したのは、実は日本の一部メディアだった。
9月下旬から10月上旬にかけて、JBpress(近藤大介)、Forbes JAPAN(牧野愛博)、JBpress(松本方哉)、文春オンライン(朴承珉)といった主要媒体が「年内再会談」「米朝対話再開」の見通しを相次いで報じた。
しかし、裏付けとなる一次情報は乏しく、ほとんどが韓国発の観測情報を基にした推測に過ぎなかった。

米朝会談についてのテレビ報道

報道は本来、熱狂を冷ます役割を担うべきだ。だが今回、日本の報道はその熱狂を拡散し、“観測気球外交”の一部となった。情報が「面白い」ほど、それが「危険」になることを忘れてはならない。

政治家の反応にも違いがあった。石破首相は「対話による安定」を強調し、慎重ながらも一定の期待をにじませた。一方、高市早苗氏は「根拠なき観測に振り回されるべきではない」と明言し、距離を取った。外交とは感情ではなく、構造を読む力で動く。
この両者の差は、まさに情報に対する“嗅覚”の違いである。
 
3️⃣幻想の代償──情報戦の時代に問われる覚悟

観測に最も強く反応したのは、政界よりもメディアと識者だった。JBpressやForbes、文春オンラインの記事はその象徴であり、SNS上では「日朝・米朝同時和平」などの幻影が拡散した。だが、外交は舞台ではない。演出に喝采を送る者は、現実の冷たさを見誤る。

報道が政治の熱に呑まれ、政治が報道の幻想を信じる──その瞬間、国家は方向を失う。
外交とは、事実を競うものではなく、「事実らしく見せる力」との戦いである。

前回の米朝首脳会談

韓国の情報機関は、来年3月の米韓合同軍事演習後に米朝首脳会談が行われる可能性が高いと見ている。4日韓国聯合ニュースが報じた。
報道によると、情報機関の国家情報院(NIS)の国会監査後、議員が記者団に対し「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は米国との対話に意欲的で、今後条件が整えば米国と接触するとNISは判断している」と語った。
北朝鮮は、米国が非核化要求を取り下げれば対話に応じるとしているが、先週訪韓したトランプ米大統領が会談の意向を示した際、公には応じなかった。
米ホワイトハウス当局者はロイターに対し「米国の対北朝鮮政策に変更はない」とし、トランプ大統領は前提条件なしで金総書記と対話を行う用意がある」と述べた。ただ、現時点で発表できる会談の予定はないとした。

この報道にまたマスコミや識者たちは踊るのだろうか。あるいはそのまま垂れ流すのか?


我が国が進むべき道は、虚構の演出に乗ることではない。
幻想に酔えば、足をすくわれる。
現実を見抜く者だけが、次を動かす。

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2025年10月30日木曜日

ロシアの“限界宣言”――ドミトリエフ特使「1年以内に和平」発言の真意を読む


まとめ
  • 2025年10月29日、サウジ・リヤドの投資会議でキリル・ドミトリエフ特使が「1年以内に和平」と発言。投資家とアメリカに向けた安心と交渉のシグナルであり、ロシアを和平主導国として見せる戦略的演出だった。
  • ドミトリエフはスタンフォード大学出身の投資家で、ロシア直接投資基金(RDIF)トップ。プーチン政権の経済・外交をつなぐ“財政戦略家”として、経済カードを用いた停戦ムード作りを担っている。
  • ロシアは人的損耗、装備喪失、財政赤字、産業疲弊に苦しみ、長期戦を維持できる体力を失いつつある。「1年以内に和平」という発言は、裏を返せば“あと1年が限界”という現実認識を反映している。
  • 戦車3,000両超、死傷者100万人規模、北朝鮮製弾薬への依存など、ロシアの継戦能力は急速に低下。国防費はGDP比6%を超え、国家福祉基金の取り崩しで軍費を賄うなど、経済基盤は脆弱化している。
  • 日本は感情論ではなく現実主義で対応し、エネルギー調達の多元化、制裁の実効性確保、地政学リスクへの備え、ウクライナ復興への経済参加を通じて、停戦後の国益確保を図るべきである。

1️⃣「1年以内に和平」の真意――市場とワシントンへの同時メッセージである

サウジアラビア・リャド投資会議

ロシアのキリル・ドミトリエフ特使(ロシア直接投資基金〈RDIF〉トップ、国際経済・投資協力担当)は、サウジアラビア・リヤドの投資会議で「ウクライナ戦争は1年以内に終わる」と述べた。

発言の場は公開の投資フォーラムであり、言葉の矛先は二つある。第一に、原油・ガス・資金の循環をにらむ市場関係者への安堵シグナル。第二に、米政権中枢――直近で会合したトランプ政権側関係者――への“交渉は前に進む”という政治的合図である。

ロシア側は「米・サウジ・ロシアという資源大国の協調」を強調し、地政学リスクの沈静化と投資正常化を同時に演出した。リヤドという舞台設定そのものが、資源と投資の回路を意識した戦略だった。

発言は2025年10月29日、リヤドの投資会議でのもの。直前週には、同氏の訪米と米側要人との接触が報じられている。

この男――キリル・ドミトリエフとは何者か。スタンフォード大学出身の投資家で、ゴールドマン・サックスを経てロシア直接投資基金の初代CEOに就いた。プーチン政権の経済戦略を支える“財政と外交の中継点”であり、海外資本との交渉を担うエリート官僚だ。

つまり彼は、単なる経済人ではなく「投資と政治を同時に動かす仕掛け人」である。今回の発言も、市場の不安を抑えながら、米国に対して「ロシアは和平を主導する立場にある」と印象づける狙いが透けて見える。彼は経済カードを駆使して停戦ムードを演出する役割を果たしているのだ。
 
2️⃣裏返しの意味――ロシアの継戦体力は“壁”に近づいている


「1年以内に和平」という言い回しは、ロシアが無期限の持久戦を選べない現実をにおわせる。人的損耗、装備の枯渇、弾薬・機器のサプライ制約、財政・マクロの歪み――どれも“少しずつ効く”が、積み上がると止血が要る。ロシア国内でのガソリン価格急騰・供給問題は、まさに「戦争・経済・国家体制の三重圧力」の中で、ロシアの継戦・持久能力が限界に近づきつつあることを示す シグナルとみることができる。

ロシアは予備装備の引っ張り出しと改修で弾力を見せてきたが、前線の消耗ペースと背後の補充ペースの差は埋まり切らない。ドローンと長射程で後方を叩かれる構図は定着し、国内インフラ・精製所・輸送の復旧コストが財政をじわじわ圧迫している。

人員面では、追加動員の政治コストが上がり、刑務所・周縁地域からの動員に頼るほど、部隊の質・統制・士気のばらつきが増す。経済は軍需で見かけの成長を演出できても、実生活のインフレと金利で“疲れ”がたまっている。

だからこそ「1年」という期限付きの“楽観”を、投資家とワシントンに投げてきたのである。発言の最後に「我々はピースメーカーだ」と重ねたのも、停戦の主導権を自分たちに引き寄せたいからだ。
 
3️⃣日本の選択――資源・制裁・安全保障を一本の線で貫け


日本は、資源市場と金融の安定を最優先しつつ、対露制裁の実効性と国益の均衡を取らねばならない。

第一に、LNG・原油の多元調達と長期契約をてこに、価格変動と供給途絶への耐性をさらに厚くすること。

第二に、対露テクノロジー流出と資本還流の“抜け穴”を塞ぐ国内執行を強化し、同盟・有志国の輸出管理と足並みを揃えること。

第三に、黒海・バルト・北極圏で進む新しい回廊の地政学に目を配り、インド太平洋側の抑止と経済安全保障を噛み合わせること。そして最後に、ウクライナ支援の継続と復興局面の経済参加――エネルギー、交通、デジタル――を、官民で“事業化”しておくべきだ。

日本の強みは、感情で揺れない現実主義と資金・技術・調達の組み合わせにある。ここを磨けば、停戦の“翌日”に国益を取りこぼさない。岸田、石破両政権には国益毀損の危機が常につきまっとていたように見えたが、高市政権ではそのようなことはないだろう。
 
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2025年10月23日木曜日

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった



 まとめ
  • 高市・トランプ同盟は、中露北にとって最大の脅威となっており、日本が軍事・経済・技術の三領域で主導的立場を強化するのは確実だ。
  • 今年5月14日のFOIP戦略本部の再始動は、高市政権誕生を見据えた布石であり、日米豪印連携と経済安保、台湾安定化が主要議題だった。
  • 高市政権では政治の安定と財政制約の解除が進み、防衛・技術・インフラ投資が再び動き出し、国家戦略の推進力が回復するだろう。
  • 今回の日米首脳会談の中心は「インド太平洋戦略の再定義」であり、貿易、防衛、テクノロジーの三本柱で新たな同盟体制を築こうとしている。
  • 日本は「同盟の受け手」から「秩序の設計者」へと再転換し、自由主義陣営の戦略地図を高市・トランプ両首脳が描き直そうとしている。

1️⃣中露北が最も恐れる「高市・トランプ同盟」の再始動

2025年10月、高市早苗が首相に就任し、ほどなくドナルド・トランプ米大統領の訪日が発表された。この二つの出来事は、東アジアの戦略秩序を根底から揺さぶるものであり、中国・ロシア・北朝鮮の三国は露骨な警戒感を示している。彼らが最も恐れているのは、日本が米国と再び完全に歩調を合わせ、軍事・経済・技術の三つの領域で主導権を握ることだ。日本が単なる“同盟の一員”ではなく、アジアの抑止軸として立ち上がる──その兆しが現実味を帯びてきたのである。


高市首相は、戦後日本の政治家の中でも際立った安全保障観を持つ。中国を戦略的脅威と明言し、台湾問題では一歩も退かない。北朝鮮に対しては拉致・核・ミサイル問題で妥協を許さず、ロシアにも安易な融和を拒む。彼女が掲げるのは「抑止力を前提とした平和主義」である。安倍晋三が唱えた積極的平和主義を、さらに現実の政策に引き上げた形だ。中露北にとって、それは日本がアメリカの最前線に立つという構図の定着を意味し、我が国の政治がようやく「防衛のための自立」という現実路線に舵を切ったことを示している。

2️⃣高市政権の設計図──「FOIP戦略本部」再始動の真意

自民党「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」の初会合であいさつする麻生最高顧問(党本部5月14日)

この戦略的構想は、首相就任以前からすでに動き出していた。高市早苗氏が政調会長時代に立ち上げた「自由で開かれたインド太平洋戦略本部(FOIP)」は、彼女の外交構想の中核を担う組織である。

2025年5月14日には、麻生太郎氏や秋葉剛男氏らを迎えて本部が再始動し、日本が複雑化する国際環境の中でいかに外交を主導すべきかを議論した。

会合では、日本が世界の架け橋となり、FOIP構想を再び軸に据えて国際社会をリードする方針が確認された。

この動きは、結果的に高市政権の外交路線の原型となり、同年秋の総裁選での勝利、そして第102代内閣の発足へとつながる流れを形づくった。
 
3️⃣秩序を描き直す日米首脳会談──理念から実行へ

10月27日から29日まで行われる日米首脳会談では、防衛・経済・テクノロジーの三分野で包括的な協議が予定されている。アメリカ側の狙いは「インド太平洋戦略の再定義」、日本側の目的は「日米同盟の再構築」だ。形式的な儀礼外交ではなく、失速したFOIPを再点火させる戦略会談である。

岸田・石破政権期には、FOIPは理念倒れに終わった。政治の不安定、財政制約、実行力の欠如。防衛費の増額も人員不足に阻まれ、国家戦略は推進力を失った。しかし高市政権では、こうした足かせが一掃される。議会運営は安定し、長期政権を見据えた政治基盤が整い、財政面でも「緊縮」の呪縛が解かれる。防衛・技術・インフラへの国家投資が再び動き出し、政策実行の自由度が広がる。政治の安定と財政の解放という二つの条件が揃い、秩序設計に必要な地盤が再び固まるのである。


今回の首脳会談では、三本の柱が据えられる。第一に貿易。LNG供給と農産物輸入の相互拡大により、インド太平洋のエネルギー供給網を安定化させる。第二に防衛。台湾有事や南西諸島防衛を視野に、日米共同司令体制と長射程兵器の共同運用を協議する。第三にテクノロジー。AI・量子・サイバーの三領域を「経済安保の中核」として統合し、両国が技術同盟を築く構想である。

これらは単なる政策項目ではない。すべてが「インド太平洋全体の戦略設計を描き直す」という一点に収束している。高市政権にとって、それは日本を“従属する側”から“設計する側”へと転じさせる第一歩であり、トランプ政権にとってはアジアの主導権を再び握り返す機会である。両者の利害は完全に一致している。だからこそ、今回の会談は“アジア秩序の再設計会議”と呼ぶにふさわしい。

日本は今、同盟の確認ではなく、秩序の設計に踏み出している。FOIP戦略本部の再始動から、わずか半年。あの時描かれた青写真は、現実の政治の場で動き始めた。高市早苗とドナルド・トランプ──この二人が描こうとしているのは、失速したインド太平洋戦略を再び燃え上がらせ、自由主義陣営の地図を新しい線で描き直すことだ。国内は安定し、財政の縛りも解かれる。準備はすでに整った。日本は今、再び秩序の設計者として歴史の前面に立とうとしている。

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トランプ来日が高市外交に与える実利的効果を分析。日米同盟の再加速を論じる。 

日本はもう迷わない──高市政権とトランプが開く“再生の扉” 2025年10月8日
日米の再結束を軸に、日本の戦略転換を提示。国内外の論点を一気通貫で整理。

世界標準で挑む円安と物価の舵取り――高市×本田が選ぶ現実的な道 2025年10月10日
利上げ先行ではなく成長と賃上げを優先する「世界標準」の政策運営を、データで読み解く。 

【自民保守派の動き活発化】安倍元首相支えた人の再結集—【私の論評】自民党保守派の逆襲:参院選大敗で石破政権を揺さぶる戦略と安倍イズムの再結 2025年5月22日
参院選後の保守再結集と党内力学の変化を追う。FOIP再始動の布陣にも言及。

「対中ファラ法」強化で中国の影響力を封じ込めろ──米国の世論はすでに“戦場”だ、日本は? 2025年7月23日
米FARA強化の動向を整理し、日本の制度整備の遅れと対応策を提言。 

2025年10月14日火曜日

高市総理誕生の遅れが我が国を危うくする──決断なき政治が日本を沈める


まとめ

  • 高市早苗氏の総理誕生が遅れている。理由は党内抗争、連立調整の難航、メディアの妨害。
  • その間にも国際情勢は激変し、台湾有事、中国の軍拡、ロシア・北朝鮮の挑発が進行。
  • 米国はすでに次の同盟ステージへ。日本の政治の停滞は「同盟のリスク」となりつつある。
  • 国内では物価高と賃金低迷、外国人犯罪の質的変化、エネルギー高が進む。円安は本来、輸出で利点にもなりうるが、家計防衛策が欠けている。
  • 政治の空白が続けば、日本は世界に取り残される。高市政権の誕生こそが、日本再起動の「起点」である。

1️⃣政局の迷走と「決断の空白」
 
高市早苗氏の総理誕生が遅れるかもしれない。理由は明白である。党内の一部保守派が結集を急ぐ一方、非主流派の抵抗と連立調整の難航、さらにメディアによる意図的なネガティブ報道が重なっている。派閥の思惑と権力闘争が絡み合い、政権誕生のタイミングを押し下げているのである。だが、その間にも、国際情勢は激変している。


中国は台湾への圧力を強め、アメリカは同盟国との役割分担を再構築しつつ、アジア太平洋での抑止体制を固めている。ロシアは北方領土周辺で軍事演習を繰り返し、北朝鮮は極超音速ミサイルの発射を重ねている。中東ではイランが代理勢力を操り、イスラエルとの小競り合いが火種を抱えたまま拡大している。危機の季節は、すでに目前に迫っているのだ。
 
2️⃣世界が動く中で、立ち止まる日本
 
中国の新空母「福建」

東アジアの海は荒れている。中国の空母「山東」と「福建」が南シナ海から出撃し、台湾周辺で同時演習を行った。これは単なる示威ではない。海空一体の運用能力を誇示し、台湾封鎖を想定した作戦行動の訓練である。米国防総省も「実戦想定の包囲訓練」と警鐘を鳴らした。アメリカはフィリピン・バサ空軍基地を再整備し、台湾と南シナ海を結ぶ補給線の強化に踏み切った。我が国が政局に足を取られている間に、同盟国は次の段階へ進んでいる。

ワシントンでは、日米同盟の即応性を評価する報告が複数存在する。その一つが、アメリカ議会調査局(CRS)が2021年12月3日に発表した「Political Transition in Tokyo」である(CRS Report for Congress, IF10199)。この報告は日本の政権交代が日米同盟に与える影響を分析し、指導者交替が同盟の継戦能力に「一時的空白」を生む危険性を指摘している。こうした分析は、現在の「総理誕生の遅れ」が単なる国内問題にとどまらず、国際安全保障上のリスクとして認識され得ることを意味している。
 
3️⃣内憂外患──止まった政治が国を蝕む

内側でも、我が国は限界に近づいている。物価はじわじわと上がり続け、国民生活は目に見えぬ圧迫を受けている。電気代・ガソリン代・食料品の「隠れ値上げ」。実質賃金は二年以上にわたりマイナスが続く。統計の安定とは裏腹に、庶民の暮らしは確実に苦しくなっている。

外国人労働者の急増は社会の歪みを広げている。地方都市では技能実習生が集中する地区が事実上の外国人街と化し、学校や医療機関では通訳が常駐しなければならない状況だ。統合政策は後手に回り、文化摩擦が日常化している。警察庁の統計によれば、令和5年中の来日外国人による刑法犯検挙件数のうち共犯事件の割合は38.7%で、日本人の3倍に達した(警察庁「令和6年版警察白書」)。さらに、来日外国人犯罪の罪種別構成では、窃盗・詐欺などの組織化が顕著になっている。

令和6年の全国における来日外国人犯罪の検挙件数は、21,794件に上った。これは九州管区警察が同年の地域別統計で明示した公式数値である(九州管区警察局統計資料)。ただし、この数字は速報値であり、最終確定値では若干の修正が入る可能性がある。だが、重要なのは件数そのものではない。

犯罪の“質”が変わっているということだ。越境的ネットワークを持つ多国籍犯罪グループがSNSや暗号通貨を使い、詐欺・密輸・不法送金を同時に展開している。統計では測れない犯罪の多層化が、我が国の治安の根を静かに侵食している。さらに、西欧諸国の移民政策は、明らかに間違いであったことが認識されつつある。統計数値だけを根拠として、外国人犯罪そのものがあまり増えていないからといって、外国人問題はないと結論づけるには無理がありすぎる。

外国人問題は参院選で争点となった これは無視すべきではない

こうした内外の危機が同時に進行するなか、政治だけが立ち止まっている。経済は金融市場の信認を揺らぎ始め、円相場は150円前後の水準で推移している。円安そのものは輸出を促し、製造業にとって追い風となる。だが同時に、輸入価格の高騰を招き、エネルギーや食料のコストが家計を直撃している。求められているのは、円安を「恐れる」政策ではなく、「活かす」政策だ。企業の輸出力を支えつつ、家計への負担を和らげる。財政出動と減税を軸に、国力を底上げする経済運営が不可欠である。

国内外の投資家は、高市政権がどんな経済・外交の道筋を描くのかに注目している。誕生が遅れれば遅れるほど、信頼の空白が広がる。市場は冷酷だ。躊躇は許されない。

政治が止まれば、世界は一歩先へ進む。高市早苗が総理として立つ日は、単なる政権交代ではない。我が国を再起動させる転換点である。外交も経済も安全保障も、もはや先送りはできない。遅れは許されない。時間を失うことこそ、国家の最大の敗北である。高市総理誕生は、衆院選、参院選で示された、国民の声でもある。

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トランプ訪日──「高市外交」に試練どころか追い風 2025年10月12日
トランプ訪日が高市政権構想に与える影響と、対中・対米外交の展望を分析。

日本はもう迷わない──高市政権とトランプが開く“再生の扉” 2025年10月8日
日米同盟再編と経済主権を高市政権の課題軸として提示した論考。

SNSは若者だけのものではない──高市総裁誕生が示す“情報空間の成熟” 2025年10月7日
世代を超えた政治発信の変化を読み解き、高市支持拡大の意味を探る。

高市早苗総裁誕生──メディアに抗う盾、保守派と国民が築く「国民覚醒の環」 2025年10月5日
報道の偏向に抗し、保守派と国民の新しい連帯の萌芽を論じる。

世界が霊性を取り戻し始めた──日本こそ千年の祈りを継ぐ国だ 2025年9月30日
世界的な霊性回帰の潮流の中で、日本文化と精神の再評価を訴える。

2025年10月2日木曜日

本当に国際秩序を壊したのは誰か――トランプではなく中国だ

まとめ

  • トランプ批判は短期的混乱だけを根拠にした一面的評価であり、中国の長年の無法行為を背景に考える必要がある。
  • 中国はWTO加盟時の約束を守らず、市場閉鎖・為替操作・補助金政策・知財侵害を続け、日本の鉄鋼や太陽光産業に壊滅的打撃を与えてきた。
  • 中国の人権問題や南シナ海での国際法違反、「一帯一路」での債務外交は国際秩序への露骨な挑戦である。
  • 野口旭氏の指摘する「貯蓄過剰2.0」により世界は慢性的な需要不足に陥り、各国の金融緩和でも景気は加熱せず、緊縮策で失速する。これは現在の日本の姿とも重なる。
  • 中国の挑戦は日本にとっても他人事ではなく、経済・安全保障両面で覚悟を持ち、未来を選び取る必要がある。

1️⃣トランプ批判の一面的な見方
 
国連で演説するトランプ大統領

トランプ大統領の政策はしばしば「国際秩序を乱した失敗」と決めつけられる。防衛費負担をめぐる強硬な要求、中国への関税政策、ロシアや北朝鮮との対話路線。確かに短期的には混乱を招き、国内外で批判を浴びた。しかし、その評価はあまりにも一面的だ。

そもそも背景には、中国が長年繰り返してきた無法がある。国有企業への補助金、知的財産権の侵害、技術移転の強要、市場の閉鎖。2001年に米国の支援でWTOに加盟した際、中国は市場開放や公正取引の遵守を約束したが、その多くを守らず今日に至っている。米通商代表部(USTR)の年次報告でも、非市場的な政策と国有企業への過剰支援が透明性を欠くとして「約束不履行」が繰り返し指摘されている。金融、デジタル、エネルギー分野で外資を制限し、自国市場を閉ざしたまま欧米市場で活動を続ける不均衡な状態が続いている。

為替でも人民元は「完全固定」ではないにせよ、中国人民銀行が毎朝基準値を設定し、その±2%のバンドで動く管理フロート制を敷いており、国際市場の需給に委ねる体制からは大きく逸脱している。

日本の産業はこの不均衡の直撃を受けてきた。鉄鋼では中国の過剰生産とダンピングで価格が暴落し、国内メーカーは疲弊を余儀なくされた。2024年の普通鋼鋼材輸入量は505万トンに達し、前年から7.5%増、1997年以来の500万トン超えとなった(日本鉄鋼連盟)。太陽光パネルでも中国製が圧倒的シェアを占め、日本企業は次々と撤退。日本国内で使われる太陽光パネルは輸入依存が極端に高く、JPEAの統計では外国企業シェアが64%、国内生産はわずか5%に過ぎない。世界的には中国製が8割を超え、2025年には95%に達する見通しが示されている(JETRO/IEA)。北海道では安価な中国製パネルによる乱開発が進み、地域社会と自然環境を蝕んでいる。

さらに、中国の人権問題も看過できない。新疆ウイグル自治区での強制労働や収容所、人身売買や臓器売買の疑惑。南シナ海では国際仲裁裁判所が2016年に「中国の主張には法的根拠がない」と判定したにもかかわらず、人工島を造成し軍事拠点化を続けている。「一帯一路」では途上国に過大債務を負わせ、返済不能に陥った国の港湾や資源を接収している。これらは国際秩序への露骨な挑戦である。
 
2️⃣世界経済を歪めた「貯蓄過剰2.0」
 
中国の無法は安全保障にとどまらず、世界経済を根底から歪めてきた。経済学者の野口旭氏は、リーマン・ショック以降の先進国に共通する「低すぎるインフレ率」の背景に、中国を中心とする「世界的貯蓄過剰2.0」があると指摘している(野口旭「世界が反緊縮を必要とする理由」)。

中国の過剰生産は結果的に世界に貯蓄過剰をもたらした

中国は輸出主導で成長を遂げ、国内需要が供給に追いつかず余剰資金を海外に流出させた。これが世界の経常黒字を押し上げ、需要不足を固定化した。実際、世界の経常黒字のうち中国のシェアは2019年時点で約40%に達し、米国の経常赤字とほぼ表裏の関係をなしていた。2022年には中国の経常黒字が4,170億ドルに上り(IMF統計)、世界的な需給バランスを大きく歪めている。

供給は膨張しているのに、需要は足りない。インフレが起きにくく、金利も上がらない。各国が金融緩和をしても景気が加熱せず、逆に緊縮策を急げば、たちまち需要不足で経済が失速する。これはまさに現在の日本の姿でもある。長らく日銀は慎重すぎる金融政策でデフレを固定化し、景気を押し下げてきた。2013年に黒田総裁が「異次元緩和」で大胆に転換したが、十分なインフレ定着には至らなかった。2023年に植田総裁が就任すると、再び利上げ方向へと傾き、需要の弱さを抱えたまま経済が減速しかねない状況にある。

中国の輸出攻勢は米国の製造業を空洞化させ、日本の鉄鋼や太陽光も壊滅的打撃を受けた。補助金漬けの国有企業、為替管理、低賃金労働。この体制が「貯蓄過剰2.0」を生み出し、世界全体の成長力を押し下げてきたのである。

こうした構造を放置すれば、各国は財政と金融で経済を支え続けるしかなく、支えを外せばすぐに失速する。だからこそ、トランプ政権の対中関税やサプライチェーン再編は、単なる「貿易戦争」ではなく、この不均衡に切り込む試みだった。短期的な痛みを覚悟してでも、世界経済を正す戦いだったのである。
 
3️⃣日本が問われる覚悟

当時、多くの反発があった。関税は物価を押し上げ、中国の報復で米農業は打撃を受けた。同盟国への防衛費要求は摩擦を強め、「孤立主義」との批判も高まった。だが、バイデン政権になっても対中強硬路線は継続され、米中デカップリングは超党派の合意となった。半導体やエネルギー分野では国内投資が拡大し、NATO諸国は防衛費を増額、日豪印との協力も強化された。当初「失敗」とされた政策が、結果として国際社会の対中包囲網を後押ししたのだ。

参院選での石破首相の応援演説 同盟国の首相としてはあり得ない発言

短期的な混乱だけを見てトランプを「秩序破壊者」と決めつけるのは誤りである。中国の壊してきた秩序を正すには犠牲も伴う。だが、直視しなければならない。さらに、中国を批判する者は自らも公正であるべきとされるだろう。それには、リスクも伴う。トランプを批判するのであれば、中国を牽制する代替案を示すべきである。非難を繰り返すだけでは現実は変わらない。

そして、これはアメリカだけの問題ではない。我が国日本にとっても、中国の無法を放置すれば、経済と安全保障の両面で取り返しのつかない代償を払うことになる。鉄鋼や太陽光での被害は氷山の一角に過ぎない。中国の挑戦は我が国に突きつけられた現実だ。我々自身が覚悟を持ち、未来を選び取れるかどうか。その岐路に立っているのである。

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2025年9月16日火曜日

タイフォン日本初公開──中露の二重基準を突き、日本の覚悟を示せ


まとめ

  • 米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン」が岩国基地で初公開され、トマホークとSM-6を搭載する多用途抑止力として示された。
  • タイフォンの公開は、米国の「第一列島線」戦略と日本の反撃能力整備の動きが重なり合う象徴的な出来事となった。
  • 背景にはINF条約の崩壊があり、ロシアのSSC-8配備による条約違反と、2019年の条約失効がタイフォン開発を可能にした。
  • 中国・ロシアは自国で中距離ミサイルを配備しながら日本での米軍展開を非難しており、明らかなダブルスタンダードを示している。
  • 日本はこの矛盾を外交の場で突き、「配備を避けたいなら自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張すべきであり、これこそが「日本の覚悟」を示す行為である。

米陸軍の中距離ミサイルシステム「タイフォン(Typhon)」が、2025年9月11日から25日までの日米共同演習「レゾリュート・ドラゴン25」で初めて日本に姿を現した。公開の場は山口県岩国海兵隊航空基地で、9月16日には発射機が報道陣に公開され、2万人規模の日米部隊がその存在を支える背景となった。今回の公開で実射は行われず、展開と運用のデモンストレーションにとどまったが、訓練後には撤収される予定である。

タイフォンは、トマホーク巡航ミサイルとスタンダードミサイル6(SM-6)の双方を発射できる。トマホークの一部は射程1600キロに達し、中国東部やロシア極東を狙うことが可能だ。SM-6は対空・対艦・地上攻撃、さらには弾道ミサイル防衛までこなす多用途兵器である。この組み合わせにより、タイフォンは柔軟かつ多層的な抑止力を発揮できる。移動展開が容易なため、米軍戦略の「空白」を埋める存在として位置づけられている。
 
🔳INF条約崩壊とタイフォン誕生
 
タイフォン中距離ミサイルシステム

タイフォンの登場は、冷戦から続いた軍縮体制の崩壊の象徴でもある。1987年に米ソ両国が結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約は、射程500~5000キロの地上発射型ミサイルを全面禁止していた。しかしロシアはSSC-8(9M729)と呼ばれる中距離巡航ミサイルを配備し、INF条約に違反した。欧米にとって看過できない脅威であり、アメリカは2019年2月、第一次トランプ政権下で条約破棄を決断。INF条約は失効し、地上発射型中距離兵器の開発が解禁された。

米陸軍がそこで進めたのがタイフォンである。前線に置かれてこそ効果を発揮する兵器であり、第一列島線に位置する日本やフィリピンが展開の拠点に選ばれた。岩国での初公開は、冷戦後の軍縮秩序が終わりを告げ、新しい現実が始まったことを示すものだった。
 
🔳中露のダブルスタンダードと日本の覚悟
 

初めて一堂に会した中露朝の3首脳、「抗日戦争勝利80年」を記念する軍事パレードを観閲


中国外務省は「正当な安全上の利益を損なう」と非難し、ロシアも批判を繰り返す。しかし中国自身はDF-21DやDF-26といった中距離弾道ミサイルを大量に配備し、米空母や日本本土を射程に収めている。ロシアもまた条約違反を重ね、SSC-8を実戦配備しながら米国の行動だけを問題視してきた。これは明らかなダブルスタンダードである。

だからこそ日本は、外交の場でこの矛盾を正面から突くべきだ。「日本に配備されたくないのであれば、まず自国の中距離ミサイルを撤去せよ」と毅然と主張することが求められる。これこそが日本の覚悟を示す道である。

今回のタイフォン公開は、単なる兵器の披露ではない。日米同盟の抑止力を「見える形」にし、日本がインド太平洋の安全保障の現実にどう立ち向かうかを示す試金石である。外交・軍事・安全保障・地政学、そのすべてにおいて意味を持つ出来事であり、日本はここで逃げるのではなく、覚悟を持って未来を切り拓かねばならないのだ。

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米、中距離核全廃条約から離脱へ=ロシア違反と批判、来週伝達 ―NYタイムズ―【私の論評】米の条約離脱は、ロシア牽制というより中国牽制の意味合いが強い
2018年10月21日

INF条約からの米国離脱の真意について、ロシアだけでなく中国を強く意識したものであることを指摘した。

2025年9月10日水曜日

米国の史上最大摘発が突きつけた現実──韓国の甘さを断罪し、日本こそ日米同盟の要となれ



まとめ
  • 2025年9月4日、DHSはジョージア州の現代‐LG工場で475人を拘束し、これを「largest single-site enforcement action(単一事業所への過去最大規模の強制執行)」と発表した。
  • この摘発はトランプ政権の選挙公約「不法移民排除」の実行であり、外国企業に「アメリカ人を雇い、訓練せよ」と迫る内需拡大策の一環でもある。
  • 韓国企業は事前に警告を受けていたにもかかわらず是正せず、摘発は「予告された是正」となった。通商交渉の停滞もあり、制裁的性格が色濃い。
  • 日本人も数名拘束されたが軽微なケースで、日本企業は制度を厳格に守っていたためリスクは最小限に抑えられた。
  • 韓国の輸出管理の甘さは戦略物資が北朝鮮や中国、ロシアに流出する懸念を生み、日本は米国同様に厳格対応すべきである。CSISも、日本の輸出管理は日米信頼を深めインド太平洋戦略に有効と分析している(CSISレポート)。
🔳米国による史上最大規模の移民摘発と韓国への圧力
 

2025年9月4日、米ジョージア州エラベルの現代‐LGエナジーソリューションのEVバッテリー工場建設現場で、連邦当局が単一拠点として米国史上最大規模の職場査察型移民摘発を行い、475人が拘束された。そのうち300人以上が韓国人労働者であった。米国国土安全保障省(DHS)はこれを"largest single-site enforcement action”、すなわち「単一の事業所に対する過去最大規模の強制執行」と公式に認定した。工場は総額約43億ドルの巨大投資案件であり、完成すれば州内最大級のプロジェクトとなるはずであったが、摘発によって建設は即座に中断された。

DHSは2001年の同時多発テロを契機に設置された巨大省庁である。移民、国境、テロ対策を一手に担い、ICE(移民・税関執行局)やCBP(国境警備局)を傘下に置く。今回の摘発もこの枠組みの下で行われた。韓国政府は慌てて外相を派遣し、拘束者の帰国後の再入国に不利益が生じぬよう米側に要請した。そして9月9日、チャーター機の派遣を発表するに至った。
 
🔳トランプ政権の狙いと制裁的性格
 
トランプ大統領の選挙公約

この強制摘発は、トランプ大統領の選挙公約である「不法移民の徹底排除」の実行そのものであった。人権団体や一部メディアは「人権侵害」「経済混乱」と非難したが、政権に迷いはない。掲げてきたのは「アメリカ人雇用優先」「内需拡大」であり、その一環として外国企業に対し「アメリカ人を雇い、訓練せよ」と公言してきた。

さらに、この出来事は韓国に対する制裁的圧力の色彩を帯びている。ロイターの報道によれば、韓国企業はビザ制度のグレー運用に関し事前に警告を受けていたにもかかわらず、労働者を送り込み続けた。今回の摘発は「狙い撃ち」ではなく「予告された是正」であり、韓国企業と仲介業者の責任は極めて大きい。加えて、米韓の通商交渉は為替問題で膠着しており、移民規制と通商圧力が同時に韓国を締め付けている。まさに制裁の実効化である。

外国企業にとっても衝撃は大きかった。フィナンシャル・タイムズは、多国籍企業がこの大規模執行を受けてビザ審査の見直しや出張凍結、内部監査を急いだと伝えている。米国市場で事業を営むなら、制度を徹底的に遵守せよという強烈な警告である。

日本人も数名拘束されたが、いずれも短期就労資格の不備といった軽微なものであり、韓国人労働者の大量摘発とは異なる。これは、日本企業が従来から法を守り抜いてきた成果であり、遵法姿勢こそ最大の防御であることを裏づけた。
 
🔳韓国のグレーな対応と日本の選択肢
 
韓国が日本に対しても「グレーな対応」を続けてきたことは記憶に新しい。2019年、日本はフッ化水素や高純度レジストなど戦略物資の輸出管理において、韓国が適切な管理体制を欠いていると判断し、ホワイト国から除外した。韓国は「国際規範に沿っている」と反発したが、日本側は輸出された物資が北朝鮮や中国、ロシアといった懸念国に流出する恐れを無視できなかった。証拠が明確に示されたわけではない。しかし、管理の甘さが「グレーゾーン」を生み出していたことは否定できない。


こうした実態を直視すれば、日本も米国同様、韓国に対して厳格な姿勢をとるべきである。中途半端な対応は国益を損なうだけだ。輸出管理や法執行を徹底すれば、日本は国際社会での信頼を高め、同時に米国との同盟をさらに強固なものにできる。実際、米国の有力シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)は、日本が韓国に対して強硬な輸出管理を行うことは日米の信頼を深め、インド太平洋戦略の推進に資すると分析している。CSISの分析は以下のURLから確認できる。

結論
 
今回のジョージア州での摘発は、米国が韓国に制裁的圧力を加えた象徴的事件である。背景には韓国企業の無責任な行動があった。そして日本にとっても、この事件は大きな教訓となる。韓国がグレーな対応を続ける限り、日本は米国のように韓国に対して厳格な措置を講じなければならない。それが日本の安全保障を守り、国際的な存在感を高め、日米同盟をより強靭にする道である。
  
トランプ前大統領の“最大300%関税”は、グローバリズムの幻想に終止符を打った荒療治だ。中国を肥大化させていた仕組みの暴露でもある。日米は内需大国に回帰し、未来を創らねばならない。

【日米関税交渉】親中の末路は韓国の二の舞──石破政権の保守派排除が招く交渉崩壊 2025年8月8日
韓国は通商交渉で“骨抜き”にされた。日本も石破政権の迷走で同じ道を歩む危険が迫る。日米同盟を守るのは迎合ではなく、国益をかけた交渉だ。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 2025年8月22日
FOIPの系譜と現下の日本外交の選択を対比。日本が地域秩序形成で中心軸になり得ることを論じている。

日米が極秘協議──日本が“核使用シナリオ”に踏み込んだ歴史的転換点 2025年7月27日
拡大抑止と運用協議の実相を解説。日米同盟の実効性と日本の役割拡大に関する示唆が濃い。

中国の軍事挑発と日本の弱腰外交:日米同盟の危機を招く石破首相の選択 2025年7月11日
対中抑止と同盟信頼の観点から、日本の姿勢を厳しく点検。法と規範の順守が国益を守ると結ぶ。

韓国への輸出管理見直し 半導体製造品目など ホワイト国から初の除外 徴用工問題で対抗措置―【私の論評】韓国に対する制裁は、日本にとって本格的なeconomic statecraft(経済的な国策)の魁 2019年7月1日
経済戦略(Economic Statecraft)は、国家の“ソフトパワー”かつ安全保障の最前線だ。本稿ではその構図を明快に描いた。
 


2025年9月3日水曜日

歴史をも武器にする全体主義──中国・ロシア・北朝鮮の記憶統制を暴く


20159月に行われた「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の軍事パレード=北京の天安門前

まとめ

  • 中国共産党の抗日戦勝利叙述は1937年の洛川会議で始まり、1994年の愛国主義教育綱要や2014年の記念日法定化で国家的に固定された。
  • 米国の研究者やシンクタンクは、中国共産党の戦功を「虚構」と批判し、実際の主力は国民党軍であったと指摘している。
  • 毛沢東は1972年の田中角栄との会談を含む複数の場で「日本の侵略が共産党の台頭を促した」と語り、公式叙述と現実の間に矛盾がある。
  • 中国の歴史統制はロシアや北朝鮮の記憶統治と共通し、法制度・教育・演出で国家に都合の良い歴史を作り上げている。
  • 1937年から2025年までの年表や比較表から、中国・ロシア・北朝鮮の三国が歴史を政治的正統性のために制度化・固定化してきた流れが見える。
注意喚起! 以下の文書にリンクされているURLで、中国発のものに関しては、あなたの情報(パスワード、メッセージ、クレジット カード情報など)を不正に取得しようとしている可能性があります。google検索では、警告が出ます。閲覧にあたっては、なんらかの対策を行った上で、閲覧してください。対策できない場合は、閲覧しないでください。

🔳「抗日勝利」の物語はどこから始まり、いま何に使われているのか
 

中国共産党は9月3日に「抗日戦争勝利記念」の式典を大々的に行い、自党こそが日本軍を打ち負かした主役だと強調する。終戦80年となる今年は、プーチンや金正恩らの来訪も報じられ、内外へアピールする色合いが濃い。こうした戦時ナラティブの再強化は近年の既定路線であり、習近平体制は第二次大戦の記憶を国内統合と対外メッセージの両方に使っていると米主要紙は指摘する。ウォール・ストリート・ジャーナルは、共産党が自らの役割を前面に出して戦後秩序の「共同の担い手」を装い、台湾問題など当代の政治課題へ結びつけていると報じた。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

この種の国家的演出は国際メディアでも広く取り上げられ、ガーディアンやAPは、軍事パレードを含む大規模行事が「大国間対立の文脈での歴史動員」であることを描いている。(ガーディアン, AP News)

「共産党軍が抗日戦の正統な主体」という自己規定は、日中戦争開戦直後の1937年8月、陝西省で開かれた洛川会議に遡る。ここで中共中央は「抗日救国十大綱領」を採択し、紅軍を八路軍として“抗日の主力”に位置付けた。中国政府系の公的解説でも、洛川会議が対日抵抗路線と八路軍の役割を明確化した節目だったことが記されている。(china.org.cn)

もっとも、戦後しばらくは記念日の体系が整っていなかった。現在の記念日制度は2014年に全人代常務委が9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」として法定化したことに端を発する。政府・公的資料で決定過程が確認できる。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

🔳「虚構」批判と、毛沢東の“感謝”発言という矛盾
 
この党史叙述に対しては、米国の研究者・メディアから一貫した反論がある。ハドソン研究所のマイルズ・ユーは2025年の論考で、共産党の対日戦「武勲」は誇張であり、戦時の主力は蒋介石の国民党軍で、共産党は戦力温存に努めたと断じた。(hudson.org, Hoover Institution)
同趣旨の指摘は2014年の『ザ・ディプロマット』にも見られ、国民党軍が正面戦で主に戦い、共産党は内戦を見据え勢力を伸ばしたという構図が示されている。(The Diplomat)
戦後記憶の再編については、WSJが習政権の「歴史書き換え」を分析し、ラナ・ミッターら歴史家の見解として、国民党・台湾・米国の貢献が矮小化されている事実を伝えている。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

毛沢東

決定的なのは毛沢東自身の言葉だ。毛は建国(1949年10月1日)後、複数の場で「日本の侵略がなければ、国共合作も、最終的な権力獲得もなかった」と趣旨の発言をしている。とりわけ1972年9月27日の田中角栄との会談に関連し、「日本には感謝せねばならぬ」との言辞が出たと記録され、出典付きで“毛沢東の対日発言”論争として整理されている。一次資料の完全な逐語録は限定的だが、史料化された公的アーカイブや研究史で「侵略が共産党の台頭を促した」という毛の認識自体は確かめられる。(ウィキペディア)

すなわち、毛は日本軍と主に戦ったのは国民党軍である現実を踏まえつつ、その侵攻が結果として共産党の伸長を促したと評価した。一方で党は1937年の洛川会議で「共産党こそ抗日の主体」と公式化し、戦後は国民党の戦功を自党の物語に吸収していった。ここに「発言」と「公式叙述」のズレが生じる。

この矛盾は中国に限らない。ロシアでは2020年の憲法改正で「歴史的真実の保護」を明記し、記憶を法と憲法で固定化した。学術レビューは、憲法67.1条2項が“歴史の武器化”に使われていると分析する。さらに2014年導入の刑法354.1条(“ナチズムの賛美・正当化”)は、第二次大戦史の異説を萎縮させる道具として運用されてきたと法学者は指摘する。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog)
北朝鮮も建国以来、金日成の「抗日パルチザン」神話を国家正統性の核に据え、党史・教材・記念施設で徹底的に再生産してきたことが、比較政治・朝鮮研究の蓄積から知られている(ここは学界一般知として要点のみ挙げる)。

以上を踏まえると、全体主義・権威主義体制の本質は「事実より政治」を優先し、国家目的に適合する形で歴史を設計・固定することだと言える。中国の対日戦叙述はその典型であり、ロシアや北朝鮮の“記憶統治”とも共通の手口を示す。

🔳年表と比較で見る「記憶の制度化」

簡易年表(1937→1949→1994→2014→2015→2021→2025)

  • 1937年:洛川会議。「抗日救国十大綱領」を採択、八路軍を抗日主体に位置付け。(china.org.cn)

  • 1949年:中華人民共和国成立(10月1日)。

  • 1994年:愛国主義教育綱要が発表され、学校・博物館・メディアで対日戦記憶の定着が加速(政府方針・教化政策として制度化)。

  • 2014年:全人代常務委が9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、12月13日を「南京大虐殺国家追悼日」に法定化。(us.china-embassy.gov.cn, 中国法翻訳, ウィキペディア)

  • 2015年:戦後70年の大規模軍事パレードを実施。

  • 2021年:共産党「歴史決議」を採択。習近平を“百年史の中心”に位置づけ、歴史解釈を公式に固定。(ウォール・ストリート・ジャーナル)

  • 2025年:終戦80年の一連行事。海外主要紙は、戦時記憶の再動員と対外戦略の接続を指摘。(ウォール・ストリート・ジャーナル, ガーディアン, AP News)

中国・ロシア・北朝鮮の「制度化・法制化・演出」比較

区分 中国 ロシア 北朝鮮
制度化 記念日法定化(2014年)と愛国主義教育の全国展開(1990年代以降) 「歴史歪曲対策」機関設置(2009年)など記憶行政の拡充 党史・教材・記念施設で指導者神話を恒常再生産
法制化 記念日決定の法令化、歴史決議(2021年)による正史固定化 憲法67.1条に「歴史的真実」条項、刑法354.1条の運用拡大 「唯一思想体系」関連規範で歴史叙述を統制
演出 軍事パレード、映画・連ドラ・博物館の演出強化 戦勝記念パレード、記念碑・博物館群の国家演出 映像・文学・記念日動員による英雄譚の上塗り

(ロシア憲法・刑法の位置付けは法学レビュー・憲法学ブログが詳しい。(スプリンガーリンク, PONARS Eurasia, Verfassungsblog))

中国では南京事件を題材とした中国映画「南京写真館」が好調

結語

洛川会議で掲げられた「共産党こそ抗日の主体」という旗印は、戦後の記憶政治で法と制度にまで昇華された。だが、戦時の主力は国民党軍であったという実態、そして毛沢東自身が“日本の侵略が共産党の伸長を結果として促した”と語った事実は、党の公式物語と噛み合わない。ここにこそ、全体主義が繰り返す「事実より政治」の本性が露出する。2025年の記念行事まで連なる長い軌跡は、その証拠である。(hudson.org, The Diplomat, ウォール・ストリート・ジャーナル, ウィキペディア)

※注:毛沢東の「感謝」発言は1972年会談を含む複数の場面で伝えられており、研究的整理の出典として参照しやすいのは英語版の概説記事である(当該項目は出典リンクを多数付す)。逐語の一次史料は限定的だが、趣旨の把握には足りると判断した。(ウィキペディア)

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