北朝鮮の軍事パレードで登場した大陸間弾道ミサイル(ICBM)=8日、平壌(朝鮮中央通信配信) |
北朝鮮の弾道ミサイル発射は1月1日以来で、日本のEEZへの着弾は昨年11月以降初めて。防衛省によれば、飛行距離は約900キロ、最高高度は約5700キロに達したとみられる。通常より高角度の「ロフテッド軌道」で打ち上げられた可能性がある。
岸田文雄首相は、情報収集・分析や航空機・船舶の安全確認の徹底、不測の事態に備えた万全の態勢の構築を指示した。
北朝鮮は今月17日の外務省報道官談話で、米国が北朝鮮に関する国連安全保障理事会の会合開催に動いたと批判。「正常な軍事活動の範囲外での追加的行動」を検討すると警告していた。ミサイル発射には、米国への反発を示す狙いがあるもようだ。
北朝鮮は、従来から国際的注目を引くために様々な動きに出ています。そうした行為はもはや恒例行事と化し、従来のサプライズ感も失われました。北朝鮮の姿勢から察するに、北の指導者たちは、自国が国際社会から孤立した「隠者の王国(Hermit Kingdom)」であることに不満はないのでしょうが、国際社会から「忘れられた国(Forgotten Land)」になることは何としても避けたい、というところがあるのでしょう。
最近の人工衛星/ミサイル発射実験をはじめ、北朝鮮が定期的に大胆な行動に出ることに対しては、米国およびその同盟国に対話を強要し、譲歩を引き出すための行為だ、と見る向きが大半であり、こうした見解はもっともに思えます。
この構図は、もう10年以上も変わりないように見えます。ただ、年々北のミサイル発射技術が高まっているのも事実です。しかし、金正恩とその同志の真の望みは何なのでしょうか。そうして、その代わりに北朝鮮は何を差し出せるのというのでしょうか。
北朝鮮の核兵器開発プログラムを終わらせることが、米国にとって最重要課題であることは論を待ちません。とりわけ、北朝鮮のミサイル技術が米国本土を射程距離圏内に収めたであろう段階の今、絶対に譲れないところです。
軍事パレードを視察した金正恩総書記と娘のジュエ氏(8日) |
この点に関する分析の大半専門家などが、北朝鮮に核兵器保有を断念させることは不可能ではないが極めて困難としています。これはおそらく正しい見方です。しかし、核兵器開発プログラムのみならず、核兵器自体をも廃棄した国があることは想起しておく価値がります。なかでも最重要なのがウクライナです。
ソ連が崩壊しウクライナとして独立した時点で、国内には世界第3位の核兵器保有国となる程大量の核兵器が存在していました。
1986年に発生したチェルノブイリ原発事故が、ウクライナにとって大きな引き金となったことは言うまでもないでしょう。あのような悲劇が、北朝鮮をはじめ世界のいずれの場所においても再び発生することを望む者はいないでしょう。
当時のウクライナは結局、核兵器がもたらすメリットはわずかしかない、という判断を下したのであり、安全保障と財政的補償のバランスがとれた枠組みを模索していたのです。後者については、後日米国、ウクライナ、ロシアの3カ国交渉の過程で浮上し実現したものです。ウクライナは、核弾頭をロシアに引き渡したのです。
北朝鮮も当然安全保障と金銭的な見返りを望んでいます。だが、その額はどの程度で、どのような種類の安全保障なのか、そうして、最終的に、北朝鮮は本当に核兵器保有を断念するでしょうか。
もちろん、チェルノブイリ事故を別にしても、ウクライナと北朝鮮の間には多くの違いがあります。とりわけ最も重要なのは、ウクライナの指導者が、核兵器は自国の安全保障に資するところはわずかしかない、という判断を下した点です。
もうひとつ、同様に重要なことがあります。当時ウクライナが核兵器備蓄の一部だけでなく、米ソ軍事交渉や米ソ政府関係者としての経験を有する外交官や専門家を含む外務・国防官僚の一部も、旧ソ連から受け継いだという点です。
これが、核放棄プロセスの異例のスピードにつながったのでしょう。交渉が6カ国間ではなく3カ国のみであった点も、このスピード化に貢献しました。最後に、ウクライナは共同覚書(最終的には、英国を含む4カ国で締結された)で定められた安全「保障」に満足し、米上院の批准承認が必要な条約による安全保障を主張することはありませんでした。
もっとも、ウクライナは第一次戦略兵器削減条約(START I)を継承したのですが。北朝鮮との「重要な取引」には朝鮮戦争を終結させる正式な平和条約が求められる可能性があるため、交渉および実行はより困難になることが予想されます。
このような差はあるものの、ウクライナの核兵器廃棄という決断は、北朝鮮について考える上で有益なヒントとなったのは確かです。そのひとつとして、ウクライナは旧ソ連構成国であり、冷戦時代米国と対立関係にあったのにもかかわらず、米国からではなく、ロシアから自国を守るための安全保障を求めた、という事実があります。
その背景として、1990年代のウクライナは、誕生から間もなく、国家として脆弱な状態にあったこと、独立国家としての威厳に乏しく(民族的にロシア人が多いことも一因)、またロシアとの国境線が長い上に、両国の相互関連性は強かったことと、ウクライナがやや経済的に依存状態にあったことがあります。
こうした構図を念頭に置いて考えると、北はかつてのウクライナとは異なり、中国の朝鮮半島への浸透を嫌っているのは確かなようです。大半のアナリストは、北朝鮮は基本的に中国を信頼できる庇護者、経済的ライフラインとみなしており、一方で自国が目的を追求する必要に迫られれば、問題なく裏をかく可能性がある国であると見ているようですが、それは間違いでしょう。
北朝鮮には選択肢が限られていることを考えれば、これは論理的評価ではあります。しかし一般的に、大国と国境を接する小国は脅威を感じるものです。巨大な隣国と連携を深め、安全保障を確保しようとしている時ですら、どこか安心できないのが普通です。北朝鮮は、中国との関係に不満を抱いているとみるべきです。
中朝関係史を長期的視点で見た場合、北朝鮮指導者の一部が、中国、特に上り調子にある中国への圧倒的経済依存を苦々しく感じているのは間違いないでしょう。
こうした観点からすれば、核兵器は実際のところ、中国からの政治的独立を保持しうる唯一の方法なのです。結局、対中関係において、核兵器以外の切り札を北朝鮮が見出すのは難しいです。相手は人口にして50倍、財政規模で250倍の超大国です。
金日成が核配備に乗り出した当初、そうした目論見があったとは思えないですが、この30年間、中国が経済力、政治力、軍事力を高める中で、北朝鮮にとって核兵器が対中国の交渉上の切り札となっていった考えるほうが自然です。
そうして、このブログでは度々指摘したように、北朝鮮ならびその核があることが、中国が朝鮮半島に浸透することを防いでいるのです。多くの人は、台湾にばかり注目しますが、中国は隙さえあれば、朝鮮半島に浸透し、我が物にし、朝鮮半島を中国の自治区か省にしようと目論んでいると考えるのは自然なことだと思います。
これがほとんど話題にならないのは、北に核兵器と長距離ミサイルがあるからです。台湾にも長距離ミサイルはありますが、核はありません。もし、北に核がなければ、現在朝鮮半島はとうの昔に、中国の一部になっていたかもしれません。一方、台湾に核兵器があれば、中国も現在のように度々台湾を威嚇することもなかったかもしれません。
これが想像の賜物でなく真実であるとしたら、北朝鮮が米国の関心を引こうと頻繁に行なっている行為についての解釈も違ってきます。北朝鮮が中国に懸念を抱いているということであれば、そうした見解をおくびにも出せない6カ国協議よりも、米国との2国間交渉を強く望んだのは当然です。
これは、北朝鮮指導者が、米国や日本、韓国に対する安全保障に懸念を抱いていない、という意味ではないです。おそらく抱いているでしょう。しかし同時に、対中関係における現実的安全保障を北朝鮮に提供できる国は、全世界を見渡しても米国以外にはないです。
皮肉にも、そして残念なことに、上述の論法に頼れば、北朝鮮に核兵器を廃棄させることはより難しくなってしまいます。なぜなら、その代償として、米国はより高次の安全保障を、より信頼性の高い形で北朝鮮に提供しなければならないからです。それは、現状のウクライナをみても明らかでです。核を捨てたウクライナは、現在ロシアから侵攻されています。
ウクライナに関しては、米国は経済支援は行ったものの、ウクライナはNATOに入ることはできず、結局現状ではウクライナはロシアに侵攻されています。ただ、米国やNATO諸国の軍事ならびに経済的支援があり、ロシアはウクライナでかなり苦戦しています。
ただし、ウクライナでは失敗したものの、米国は過去において、これ以上の難題を切り抜けてきた実績があります。20年前のソ連解体時、米国はロシアや旧ソ連に所属していた国々に大規模な暴動が発生しないよう支援を行いました。
ウクライナやカザフスタン、ベラルーシを説得して核放棄にまで持っていきました。さらには、東西ドイツ再統一の支援も行いました。ただ、ウクライナに関しては、現在ロシアからの侵攻という手痛い打撃を被ってしまいましたが、それでもソ連崩壊後の混乱を最小限に留めることには成功しました。
2002年の核保有国 |
このようなことから考えると、第一の、そして最も重要な問いは、「北朝鮮の真の望みは何か」なのです。
一つ確かなのは、金正恩は、金王朝を存続させるため、中国の浸透を嫌い、親中派とみられた、血の繋がった金正男、おじである張成沢氏を殺害し、核開発をしミサイル開発も継続しているのです。
ウクライナでの失敗を繰り返さないために、米国そうして日本は何をしなければならないのでしょうか。朝鮮半島への中国の浸透を防ぐということでは、日米や北の望みは一致しています。
まずは、ウクライナでの戦争をロシアの一方的な敗北で終わらせるべきです。その後のウクライナの安全保障をどのようにするか、さらにはどのように経済発展させるかが鍵となるでしょう。
私としては、まずはウクライナをNATOとEUに加入させ、安保と経済発展させるべきと思います。しかし、そのためには、ウクライナも民主化をさらにすすめなければならず、特に酷い腐敗は撲滅しなければなりません。
さらに、西側諸国は中国との冷戦に勝利して、中国に体制を変えさせるか、そこまでできないのなら、徹底的に弱体化させるべきです。特に、軍事的に弱体化させるべきです。そうなれば、現体制の北朝鮮と、そうして金王朝の唯一の存在意義である、朝鮮半島への中国の浸透の阻止という意義がなくなります。
ただし、そうはいっても、ウクライナの例もあるように、中国もしくは現在中国の一部が将来、現在のロシアのような存在になり、北を侵攻するなどということもあり得ます。現実に、それに近いことが現在ウクライナで起こっています。
こうしたことに対処するため、アジアにも拡大NATOかそれに準ずる組織をつくり、北もそれに加入できる体制を整えるべきです。さらに、北がTPP等に加入することを迫るべきと思います。NATOやTPPに入るには、それなりに体制を整えなければならず、北も他国との集団安全保障体制を整えたり、市場の開放や、民主化などが迫られることになります。
それが嫌なら国際社会から時々ミサイルを発射する核開発をする「忘れられた国(Forgotten Land)」になるしかありません。ミサイルを何発発射しようと、核兵器を多く持とうと、それで何をするのか、はっきりした目標や目的がなければ、あるいあってにしても、それを国際社会にわかるように表明しなけけば無意味です。本音とは裏腹に、台湾のように中国と対峙しようとする姿勢を国際社会に見せない今の北朝鮮は、まさにそうなりつつあります。安倍晋三氏(右)と握手を交わす李登輝氏=2010年10月、台北市 |