2024年5月31日金曜日

「配偶者控除」の見直し論相次ぐ 日本に「年収の壁」問題 欧米方式への移行は一案だが…〝便乗増税〟に警戒すべき―【私の論評】現在は、ステルス増税等すべきでない、速やかに新たな減税・補助金策を導入すべき

高橋洋一「日本の解き方」

まとめ
  • 配偶者控除の見直し議論が政府税制調査会で行われている。
  • 現在の配偶者控除は高所得者に有利で、低所得者には恩恵が少ない。
  • 日本の配偶者控除制度は、米国や欧州諸国の制度と異なり、年収の少ない配偶者がいる場合に追加控除を行う。
  • 年収の壁を解消するために、N分N乗方式やタックスクレジットの導入が提案されている。
  • 制度見直しによる税負担増がないようにすることが重要である。
岸田首相

 日本独特の「配偶者控除」制度の見直しを求める声が政府税制調査会で上がっている。この控除は、収入の少ない配偶者がいる場合に認められる税金の控除制度で、政策目的を達成するための租税歳出の一種だ。しかし、高所得者に有利な側面があり、低所得者には恩恵が少ない。

 欧米では、夫婦単位課税や世帯単位課税など異なる制度を採用している。日本でも、税金や社会保険料の負担が急変する「年収の壁」問題を解決するため、欧米のN分N乗方式やタックスクレジットの導入が提案されている。

 しかし、制度の見直しに便乗した「ステルス増税」への警戒感もある。欧米並みの制度を目指すのは良いが、税負担増につながらないようすべきである。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事を御覧ください。

【私の論評】現在は、ステルス増税等すべきでない、速やかに新たな減税・補助金策を導入すべき

まとめ
  • フランスの世帯単位課税は家族全員の所得を合計し、家族構成に応じて割った金額を基に税金を計算(N分N乗方式)。子供が多いほど税負担が減る。
  • 米国などのタックスクレジットは、税金から直接差し引かれる金額で、低所得者にも恩恵が及ぶ「給付付き」制度が特徴。所得からではなく税金そのものから控除される。
  • 以上のような制度を参考にして、「配偶者控除」が検討されるのなら良いが、これを利用してステルス増税を目論むのではないかとの危惧がある
  • 岸田政権発足後、復興特別所得税の延長、介護保険料の引き上げ、国民年金保険料の引き上げ、森林環境税の導入等がすでに実施されている。
  • 現状の日本経済は需要不足で潜在成長率を下回る状況にあり、あらたな増税やステルス増税などしている場合ではなく、GDPギャップを埋めるためにさらなる減税策や補助金策の実施が必要である。

上の記事にある、N分N乗方式やタックスクレジトについて、簡単に説明します。

N分N乗方式を、特にフランスの「世帯単位課税」を例に取って、誰でも分かるように簡単に説明します。

まず、世帯単位課税とは、家族全員の所得を合計し、その家族の人数や構成に応じて割った金額を基に税金を計算する方式です。

フランスの家族

例えば、フランスのN分N乗方式では次のようになります。

  1. 家族の所得を合計: 夫の年収800万円 + 妻の年収200万円 = 世帯の総所得1,000万円
  2. 世帯の「N」を決める:
    • 単身者:N = 1
    • 夫婦:N = 2
    • 夫婦+子供1人:N = 2.5
    • 夫婦+子供2人:N = 3
    • 以降、子供1人増えるごとにNに1を加算
    例:夫婦+子供2人の場合、N = 3
  3. 世帯の総所得をNで割る: 1,000万円 ÷ 3 = 約333万円
  4. この333万円に対する税率を適用して税額を算出: 例:333万円に20%の税率が適用されるとすると、 333万円 × 20% = 約67万円
  5. 算出した税額をN倍する: 67万円 × 3 = 201万円

つまり、この世帯の納税額は201万円になります。これは、単に夫婦の所得1,000万円に対して税率を適用するよりも、かなり低い額になります。子供の数が多いほど、Nの値が大きくなるため、税負担が減ります。

このように、世帯の人数や構成に応じて税負担を公平にするのがN分N乗方式の特徴です。日本の配偶者控除とは違い、世帯全体の所得と家族構成を見て税額を決めるので、「年収の壁」のような問題も起きにくくなります。

米国の伝統的な家族

次に、タックスクレジットについて説明します。

タックスクレジットとは、税金から直接差し引かれる金額のことです。普通の控除は所得から差し引きますが、タックスクレジットは税金そのものから差し引きます。

例えば:

  • 所得控除:所得100万円、控除20万円 → 課税所得80万円 → 税率20%なら税金16万円
  • タックスクレジット:所得100万円 → 税率20%なら税金20万円 → クレジット5万円 → 最終的な税金15万円

さらに、タックスクレジットには「給付付き」というすごい特徴があります。

例:年収200万円の人にタックスクレジット10万円

  • 税金が8万円なら → 8万円から10万円を引いて、2万円が返ってくる!
  • 税金が0円なら → 全額の10万円が支給される!

つまり、低所得者にも恩恵が及ぶのが特徴です。米国では、子育て世帯や低所得者向けにこの制度が使われています。日本の配偶者控除は高所得者に有利ですが、タックスクレジットを使えば低所得者にも公平な制度になります。

こうした、制度を参考にして日本でも「年収の壁」を解消するために、上で述べたような制度を検討し導入すべきことはいうまでもないのですが、問題はこれを利用して、結局増税をするのではないかという懸念を高橋洋一氏は示しています。

具体的にどのようなステルス増税が可能か、解説します。N分のN乗方式では、ステルス増税することは難しいですが、それでも、一般的なステルス増税の手法として挙げた以下のような操作で増税できます。
  1. 控除額や控除率の減額
  2. 所得区分の境界を調整し、より高い税率が適用される層を増やす
  3. 物品税や付加価値税などの間接税率のわずかな引き上げ
タックスクレジットに関しては以下のような操作ができます。

タックスクレジットは、一見すると増税と結びつきにくい制度ですが、巧妙に使えばステルス増税の手段になり得ます。

  1. クレジット額の据え置き インフレや賃金上昇に合わせてクレジット額を調整しないことで、実質的な増税になります。例えば、10年間で物価が20%上昇しても、クレジット額が10万円のままなら、実質的な価値は8万3,333円に低下します。
  2. 適格条件の厳格化 「子供が18歳未満」など、クレジット適用条件を厳しくします。例えば、「子供が15歳未満」に変更すれば、15〜18歳の子を持つ世帯の税負担が増えます。
  3. 所得制限の引き下げ クレジット適用の所得制限を下げることで、中間所得層の税負担が増えます。例えば、適用所得上限を500万円から400万円に下げれば、400〜500万円の所得層の税負担が増えます。
  4. 給付率の逓減 給付付きクレジットでは、所得に応じて給付率を減らすことがあります。この逓減率を強めれば、増税効果があります。
  5. 他の控除との相殺 タックスクレジットを導入する際に、既存の所得控除を縮小・廃止する場合があります。これにより、実質的な増税効果が生じます。
  6. 部分的な廃止 「高所得者には適用しない」等の措置で、特定層の税負担が増えます。
タックスクレジットは福祉政策の色彩が強く、反対が起こりにくいため、政府はこれらの手法を使って知らない間に増税することができるのです。

特に、1のインフレに合わせた調整を行わないことは、「ブラケット・クリープ(税率の段階区分が変わらないことによる実質的な増税)」と呼ばれ、最もよく使われるステルス増税の手法の一つです。

以下に、岸田政権が発足してからの新たな税制の創設や、ステルス増税とみられる施策なと網羅的にあげておきます。

まず、東日本大震災の復興財源として導入された復興特別所得税の徴収期間が、当初の10年から25年に延長されることが決まりました。これにより、納税者の負担が長期化することになります。

所得の高い高齢者の介護保険料が段階的に引き上げられることが決まっています。これにより、一部の高齢者世帯の負担が増加することになります。

国民年金保険料も段階的に引き上げられ、最終的には月額16,900円になる見込みです。これは事実上の年金給付の減少につながるものと考えられます。

2024年度から、国内に住所のある個人に対して年額1,000円の「森林環境税」が課税されることになりました。

以上の通り、岸田政権下で実施された主な税制変更や社会保障制度の改正は、国民の負担増につながるものとなっています。


政府は、6月から所得税の定額減税を実施する方針です。この減税の恩恵を国民が実感しやすくするため、企業に対して給与明細への減税額の明記を義務付けました。これにより、従業員一人一人が自身の手取り収入の増加を確認できるようになります。

一方で、この減税措置については一部から懸念の声も上がっています。減税額が小さく本来であれば昨年12月に実施すべきだった対策が6月になってしまいました。そのため、減税額の引き上げや追加の経済対策の実施が必要であり、新たななステルス減税などしている場合ではありません。

経済全体の需給ギャップの観点から見ると、現在日本経済は潜在成長率を下回る水準にあり、需要不足の状況にあると考えられます。このため、政府には国民の生活を支える効果的な経済対策の実施が期待されています。

GDPギャップとは、経済の実際の活動水準と潜在的な供給能力の差のことを指します。この指標は、経済の現状を把握し、将来の物価動向を予測する上で重要な指標となっています。

実際の需要が潜在供給を上回る場合(正のGDPギャップ)は、インフレ圧力が高まる可能性があります。一方で、実際の需要が潜在供給を下回る場合(負のGDPギャップ)は、デフレ圧力が高まる可能性があります。高橋洋一氏は現在の日本の負のGDPギャップは20兆円と試算しています。

このような状況下では、ステルス増税などすべきではなく、GDPギャップを埋めるための、さらなる減税策、補助金策などをすみやかに実施すべきです。

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2024年5月30日木曜日

<米国・サウジの安全保障条約の機運高まる?>その背景と、実現阻み続ける多くの壁―【私の論評】安保条約締結による中東情勢の変化と日本へのプラス効果

<米国・サウジの安全保障条約の機運高まる?>その背景と、実現阻み続ける多くの壁

岡崎研究所

まとめ
  • 米国とサウジアラビアは安全保障条約の締結に向けて協議を進めている。当初は、サウジ・イスラエル間の国交正常化とパッケージにする構想があったが、ガザの衝突後、サウジの要求がイスラエルに受け入れられる状況ではなくなった。
  • サウジとの単独の安全保障条約では上院の支持を得られないと判断し、イスラエルとの関係正常化をパッケージにすることで上院の支持を得られると米国は考えていた。
  • しかし、米国・サウジ関係をさらに複雑化させるリスクがあるため、安全保障条約にイスラエル関係を絡めるべきではないとみられる。
  • 中東からの米軍撤退の中で、イランの脅威に対してGCC諸国の不安が高まり、サウジは米国との公式の安全保障条約を求めている。
  • 原油価格の高騰、中国への対抗、イランの核開発疑念などから、米国はサウジとの安全保障条約締結に前向きな雰囲気がある。

サウジアラビアを訪問したバイデン米大統領(左)。ムハマンド・ビン・サルマン皇太子(右)

 米国とサウジアラビアは、両国間の安全保障条約締結に向けて協議を進めている。当初は、この条約にサウジとイスラエルの国交正常化をパッケージングする構想があった。なぜなら、米国側はサウジとの単独の安全保障条約では上院の3分の2の支持を得られないと判断していたからだ。しかし、イスラエル・パレスチナ間のガザ地区での衝突後、サウジ側がイスラエルに求める要求事項がイスラエル側に受け入れられるものではなくなってしまった。

 この状況を受け、Foreign Policy誌のコラムニストは、米国がサウジとの安全保障条約締結の条件としてイスラエルとの関係正常化を要求すれば、既に複雑な米サウジ関係をさらに難しくしてしまう恐れがあると警告している。例えば、サウジがイランとの関係で微妙な対応をすればイスラエルを怒らせかねず、問題が生じる可能性がある。コラムニストは、条約締結にイスラエル問題を絡めるべきではないと主張する。

 一方で、中東からの米軍撤退が進む中、イランの脅威に曝されているGCC諸国(Gulf Cooperation Council”の略で、日本語では「湾岸協力会議」と呼ばれ、1981年5月に設立された、中東・アラビア湾岸地域における地域協力機構をいう。現在、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタール、バーレーン、オマーンの6カ国が参加している)の不安が高まっている。

 特にサウジは、米国との公式な安全保障条約締結を強く求めている。サウジ側の懸念として、2019年にフーシー派から攻撃を受けた際、トランプ前政権が適切に対応してくれなかったことが挙げられる。また、原油価格の高騰、中国の台頭への対抗、イランの核開発の疑念なども、米国がサウジとの安全保障条約締結に前のめりになっている要因だろう。バイデン政権は当初、イラン核合意の復活を目指していたが、イラン側にその意思がないと判断し、イランを封じ込める方針に転換したようだ。

 さらに米国とサウジは、原子力協力の分野でも協定締結に向け協議を進めているが、サウジの要求がサウジによる核武装につながる可能性があり、警戒が必要とされている。全体として、地政学的な駆け引きの中で、米サウジ両国の安全保障上の利害が一致し、条約締結に向けた機運が高まっていると言えるだろう。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】安保条約締結による中東情勢の変化と日本へのプラス効果

まとめ
  • 米国とサウジアラビアの安全保障条約は、イランの影響力抑制や核開発阻止に重要な役割を果たす。
  • サウジはOPECの中心国であり、エネルギー安全保障のために米国と緊密な関係を維持する必要がある。
  • サウジとの同盟強化は、中国やロシアの中東での影響力低下につながる。
  • 同盟により、米国は中東でのプレゼンスを強化し、地域の勢力均衡を保つことができる。
  • 日本にとって、エネルギー供給の安定化や中東での発言力強化というメリットがあり、米サウジ安保条約はプラスの影響をもたらす。


サウジ・イスラエル国交正常化をパッケージに含まなくても、米国とサウジアラビアが安全保障条約を締結することには大きな意義があります。

なぜなら、イランの影響力を抑制し核開発を阻止する上で、サウジアラビアは地理的にも政治的にも重要な役割を担っているためです。サウジとの同盟関係を公式化し、中東地域の勢力均衡を維持することが不可欠だからです。

さらに、サウジはOPECの中核国であり、米国のエネルギー安全保障を確保する上で緊密な関係を持つ必要があります。加えて、中国の中東における影響力拡大に対抗するため、米国がサウジとの同盟を強化することは戦略的に重要です。

また、同盟国サウジに軍事施設を置くことで、米国は中東地域でのプレゼンスを維持できます。このように、イスラエル関係を含まなくても、サウジとの安全保障条約締結により、米国は中東政策を礎づけ、様々な戦略的利益を得ることができるのです。

米国とサウジアラビアが安全保障条約を締結すれば、中東地域の地政学的バランスに大きな影響を及ぼすことになります。

まずサウジはイランの長年のライバル国であり、米国がサウジと公式に安全保障同盟を結べば、イランはより一層孤立無援の状況に追い込まれ、米国の対イラン圧力が強まる可能性があります。

一方でサウジはパレスチナ問題をめぐりイスラエルとの確執があるため、サウジが事実上米イスラエル陣営に加わることで、イスラエルとの緊張がさらに高まるリスクがあります。

また、サウジはGCC(湾岸協力会議)の中核国であり、米国とサウジが安保同盟を結べば、GCC諸国の求心力が高まり、米国の影響力が中東で増大する可能性があります。

GCC諸国位置関係

さらに、サウジはロシアや中国とも一定の関係を持っていますが、米国との安保条約締結でその関係が希薄化すれば、中東におけるロシア・中国の発言力が相対的に低下するでしょう。そして何より、米サウジvs.イランという構図が鮮明になれば、中東情勢がさらに二極化し、緊張が高まる恐れがあり、中東和平にも影響が出るかもしれません。

このように米サウジ安保条約は、中東の勢力バランスに大きな変化をもたらし、新たな緊張関係を生む可能性があります。

米国とサウジアラビアが安全保障条約を締結すれば、中東地域の地政学的な緊張関係の構図に大きな変化がもたらされるでしょう。現状でもイランをめぐる緊張は高まっていますが、サウジがより公式に米国の同盟国となれば、米国対イラン、サウジ対イランという緊張の軸が一層鮮明になります。

一方で、イスラエルとの関係においては、従来サウジはパレスチナ問題で確執があり緊張関係にありましたが、米国の同盟国となれば、サウジはイスラエルとの緊張を避ける必要に迫られるかもしれません。

なぜなら、安保条約によりサウジ側にとってイスラエルとの関係正常化は中東の新たな安定した秩序構築に貢献できる現実的な選択肢となるからです。また、サウジとイスラエルの共通の懸念事項であるイランの影響力拡大に対して、安保条約を拠り所にイスラエルとの関係改善を通じてイランへの圧力を強めることができます。

さらに、米国がサウジの同盟国となれば、国交正常化に向けた仲介の地位が確かなものになり、サウジの安全保障上の懸念も払拭しやすくなるでしょう。加えて、親米路線が確実になれば、サウジ国内の反イスラエル空気が和らぎ、正常化への機運が高まる可能性があります。ただし、パレスチナ問題の溝は根深いため、国交正常化に直ちにつながるかは不透明ですが、安保条約はそうした動きを後押しする好材料になり得るでしょう。

このように緊張の構造や質それ自体が変化する中で、サウジがGCC諸国の求心力を高め、結果として米国の中東における影響力が増大する可能性があります。また、サウジがロシアや中国との関係を切り離されれば、中東における両国の発言力は相対的に低下するでしょう。

条約締結によって、緊張状況の程度自体は必ずしも現状を上回るわけではありませんが、その緊張の構造や質が米国や同盟国にとって有利な形に変化する可能性があると言えるでしょう。緊張を完全に解消することはできなくとも、望ましい方向へとコントロールできる素地は生まれる可能性は高いです。

護衛艦「あけぼの」とEU会場部隊との共同訓練 アデン湾

そうして、米サウジ安保条約の締結は日本にとって望ましいプラスの出来事であるといえます。

その理由は、第一に中東情勢が安定化し、エネルギー安全保障における最重要国サウジからの原油供給が持続できることです。日本にとってエネルギー安全保障は最重要課題の一つであり、この点では大きなメリットがあります。

第二に、日本は伝統的にアラブ諸国との関係を重視してきましたが、同時にイランにも一定の影響力を持っています。サウジとの関係強化によってイランへの牽制力が高まれば、中東における日本の発言力が保たれることになります。

一方で、パレスチナ問題への配慮や、治安面でのリスク増大など一部デメリットもありますが、日本はこれまでもそうした懸念材料を抱えながらも中東進出を続けてきました。サウジとの安保条約があれば、そうしたリスクへの対処が一層容易になると考えられます。

したがって、日本の立場から総合的に判断すれば、米サウジ安保条約締結はエネルギー安全保障と中東におけるプレゼンスの維持・強化につながり、プラスの効果が上回ると評価できます。

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2024年5月29日水曜日

【攻撃性を増す中国の「茹でガエル」戦術】緊張高まる南シナ海へ、日本に必要な対応とは―【私の論評】同盟軍への指揮権移譲のリスクと歴史的教訓:自国防衛力強化の重要性

【攻撃性を増す中国の「茹でガエル」戦術】緊張高まる南シナ海へ、日本に必要な対応とは

まとめ
  • アキリーノ米インド太平洋軍司令官は、中国が「茹でガエル戦術」で徐々に圧力を強めており、南シナ海や台湾海峡での軍事行動が一層攻撃的で危険になっていると指摘した。
  • 中国の沿岸警備隊によるフィリピンの排他的経済水域内でのサンゴ礁周辺での威嚇行為に強く懸念を示した。
  • 北朝鮮とロシアの脅威、中露の協力関係深化にも警戒を要すると述べた。
  • 同盟国との連携が重要であり、新たな軍事能力の強化と相互運用態勢の早期確立が課題だと指摘した。
  • 日本としては、同盟国との連携強化に伴う指揮命令系統の問題など、主権にかかわる課題が将来的に生じる可能性があるため、自らの防衛能力強化を急ぐ必要がある。

アキリーノ米インド太平洋軍司令官

 アキリーノ米インド太平洋軍司令官は、退任を前に、中国の南シナ海や台湾海峡における軍事的圧力の強化を「茹でガエル戦術」と表現し、強く非難した。中国は徐々に温度を上げることで相手に危険性を過小評価させ、いつの間にか危機的状況に陥らせるこの戦術を追求しており、行動は次第に攻撃的かつ大胆になり、地域の不安定化を助長していると指摘した。

 特に、フィリピンの排他的経済水域内のサンゴ礁周辺での中国沿岸警備隊の威嚇行為は一線を越えた新たな段階に入ったとの懸念を示した。放水砲を用いてフィリピン軍への補給を妨害するなど、これまで以上に攻撃的な姿勢を見せているからだ。

 アキリーノ司令官はさらに、北朝鮮の度重なるミサイル発射や、北朝鮮・ロシアの協力関係、中国・ロシアの関係深化にも危惧の視線を向けた。これらの動きは地域の緊張をさらに高める要因になりかねないと警鐘を鳴らした。

 そして、中国を始めとするこれらの脅威に対抗するには、同盟国との連携が不可欠であり、各国の新たな軍事能力の強化とそれらの早急な相互運用態勢の確立が喫緊の課題だと力説した。アキリーノ司令官自身、台湾有事の際にも指揮を執っており、中国の一方的な行動に強い危機感を抱いていたことがうかがえる。

 こうした現状認識を踏まえ、日本としても自らの防衛能力の強化を急ぐ必要があるだけでなく、同盟国との連携強化に伴い、将来的には指揮命令系統の一体化など、主権にもかかわる重大な課題が生じる可能性も想定されるため、十分な検討が求められよう。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】同盟軍の指揮権移譲のリスクと歴史的教訓:自国防衛力強化の重要性

まとめ
  • 軍隊の指揮権を他の同盟国などに移譲すると、現場の実情が正確に伝わらず、同盟国全体の利益が優先されることで、自国の利益が損なわれる可能性がある。
  • 自衛隊が米軍の指揮下に入ることで、日本の防衛任務や戦略的利益が適切に反映されないリスクが高まる。
  • 第二次世界大戦中の英国の例では、第二次世界大戦中の指揮権移譲により戦略的利益が損なわれ、戦後の国力低下にもつながった。
  • ソ連は指揮権を維持し続けた結果、戦中には最大の損害を被りながらも、戦後に領土拡大と国際的な主導権を獲得し、最も利益を得た国となった。
  • 自国の防衛力を自助努力で高めつつ、同盟国と対等な関係を保ち連携することが重要であり、軽々な指揮権移譲は避けるべきである。
上の記事の元記事の最後のほうでは、「古来、同盟軍の戦いでは指揮権を移譲した側の損害が大きくなるとの定評に鑑み、その観点からもわが国は自らの能力強化を早急に進めるべきだという声は傾聴に値する」としています。

これは、指揮権を移譲すれば、意思決定の場が離れた司令部に移ったとすれば、現場の実情を正確に伝えきれず、状況に適さない判断がなされる可能性があります。また、自国の利益よりも同盟国全体の利益が優先されがちになります。このような懸念から、自国の指揮権を最大限維持し、独自の能力を強化すべきだという主張がなされているものと思われます。

台湾有事の場合を想定して、より具体的に説明します。

頼清徳台湾新総統

仮に中国が台湾に武力侵攻した場合、日米同盟に基づき、自衛隊は米軍と共に対処にあたることになるでしょう。しかし、この際に自衛隊の指揮権を完全に米軍に移譲してしまうと、以下のようなリスクが生じる可能性があります。
  1. 現場の実情が適切に伝わらない 台湾有事における自衛隊の活動は、日本の領土、領海、領空の防衛という自国の防衛任務と深く関わっています。しかし、指揮権を米軍に移譲してしまえば、そうした日本の主権的利益が必ずしも十分に反映されない可能性があります。
  2. 自国の戦略的利益が損なわれる 米軍の司令部は、同盟国全体の戦略的利益を最優先します。一方で日本は、例えば中国との関係修復などの将来的な国益を考慮する必要があります。指揮権を移譲すれば、そうした自国の長期的な利益が無視される恐れがあります。
  3. 現場の機動性が失われる 有事における自衛隊の機動的な活動には、政府の迅速な判断と指示が不可欠です。しかし指揮権を移譲してしまえば、意思決定のプロセスが遅延し、機動性が失われてしまう可能性があります。
こういった理由から、自国の防衛能力を強化し、最大限の主体性を維持することが重要であり、安易に指揮権を移譲すべきではないという主張が出てくるのです。台湾有事のように、自国の主権的利益が深く関わる事態では、この点は特に重要になってくるでしょう。

指揮権の移譲によって、不利益を被った国の例としては、英国があげられます。

第二次世界大戦中の英国首相 チャーチル

第二次世界大戦の欧州戦線において、英国と米国の間でこのような事態が生じました。
1942年にドイツ領内への本格的な侵攻を開始した時点で、英国よりも兵力と装備で優位にあった米軍が事実上の主導権を握りました。それにより英軍は以下の不利益を被りました。
 
作戦計画の立案段階から英国側の意見が尊重されない事態が生じました。米軍中心の作戦計画になり、英国軍の犠牲が無視される側面がありました。

航空機や戦車、兵員の割り当てで不利な扱いを受け、英国軍の戦力が十分に生かされませんでした。ノルマンディー上陸作戦では、英国軍の提案する上陸地点が米軍の希望で変更され、不利な展開を強いられました。

このように、同盟国内での指揮権の主導権を持った米軍が、自国の都合を優先する形で作戦を指揮したため、英国軍は戦略的利益を損ねる事態に陥りました。

戦後も同様です。インドをはじめ、連合国内で英国の植民地独立運動が活発化し、戦後に英帝国は瓦解に追い込まれました。他の連合国に比べ、植民地喪失の打撃が最も大きかったと言えます。

戦時下の莫大な費用と戦後の経済的疲弊により、英国は深刻な国力低下に見舞われました。この間、他の米ソなど連合国の国力は向上しており、格差が開きました。

このように、戦時中の連合国内での影響力喪失と、戦後の国力低下が相まって、英国は第二次世界大戦の連合国内で最大の損失を被った国と評価されているのです。

では、米国が第二次世界大戦でもっとも利益を得たかというと、そうとは言い切れないところがあります。

米国は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツと戦うソビエト連邦(以下ソ連と略す)に支援を行いました。

支援内容は以下の通りです。
  • 武器・軍需品の供与 米国はレンドリース法に基づき、ソ連に戦車、航空機、艦船、食料品、石油製品等の軍需品を大量に供与しました。金額にして現在の換算で1,800億ドル相当とされています。
  • 資金支援 ソ連への借款や信用供与を行い、戦費の一部を肩代わりしました。合計で109億ドル相当の資金援助がありました。
  • 戦略物資の提供 非鉄金属、燃料、機械類、車両など、ソ連が不足していた戦略物資を米国から供給を受けました。
  • 輸送路の開設 同盟国からソ連へのルートとして、北極海航路・ペルシャ湾ルート・極東ルートなどを開設し、物資の輸送を支援しました。
この大規模な軍事・経済援助によって、ソ連の対ドイツ戦線が物資的に支えられ、持久戦を可能にしたと評価されています。

しかし、結局のところ、もっとも被害の大きかった国でもある、当時のソ連が最大の利益を得たと言えます。その主な理由は、当時のイギリスとは異なり、ソ連は軍の指揮権を一片たりとも、米国に譲らなかったことにつきるでしょう。

これは、ソ連と米国は地理的、歴史的、文化的にも隔絶していたため、米国として指揮のとりようもなかったということに起因してはいるのですが、これが戦後に英国との大きな差を生み出すことになるのです。

第二次世界大戦中のソ連の指導者 スターリン

ソ連が東方戦線の作戦指揮権を完全に自国が掌握し続け、他国に決して権限を譲らなかったことが、戦後の勢力圏拡大と冷戦構造における主導権の獲得につながったといえます。

指揮権の一元的な維持が、戦後のソ連の"利益"獲得に大きく寄与したと言えるでしょう。

ソ連は戦後、日本の現在「北方領土」といわれる地域を領土とし、東欧諸国をソ連の影響下に置き、バルト3国などを事実上の一部領土化しました。領土を大幅に拡大することができました。

ソ連は、ナチス・ドイツ撃滅の最大の功労者となり、戦後は米国とともに超大国の座に着くことができました。東西冷戦構造の一方の中心的存在になりました。戦後設立された、国際連合では、中国とともに常任理事国となっています。

東欧を中心に社会主義圏が大きく広がり、ソ連の影響力が最大化しました。イデオロギー的にも大きな勝利を収めたと言えます。
 
ソ連は、連合国側で主導的な役割を果たし、戦後の東西ドイツ分割や東欧での影響力拡大などを主導できました。

このように、領土的・イデオロギー的な大幅な拡大と、戦後の国際秩序形成における主導権の獲得という意味で、ソ連が第二次世界大戦から最も利益を得た国であると評価できます。

このように、軽々な指揮権移譲は避け、自国の防衛力は自助努力で高めつつ、同盟国とは対等な関係を保ち、緊密に連携する。この二つの側面を両立させることが、軍事力の最大発揮につながるとともに、戦後に不利益を被らないための対策ともなるのです。

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2024年5月28日火曜日

【現地ルポ】ウクライナの次はモルドバ?平和に見えても、所々に潜む亀裂、現地から見た小国モルドバの“今”―【私の論評】モルドバ情勢が欧州の安全保障に与える重大な影響

【現地ルポ】ウクライナの次はモルドバ?平和に見えても、所々に潜む亀裂、現地から見た小国モルドバの“今”

服部倫卓( 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)

まとめ
  • ロシアがウクライナ侵攻後、次にモルドバを標的にする可能性がある。モルドバには親ロシア地域が存在する。
  • 10月に大統領選と並行してEU加盟の是非を問う国民投票が予定されており、親欧米派のサンドゥ大統領が有力視されている。
  • 経済問題などで国民の不満が高まる中、ロシアが選挙介入などで親欧米路線を妨げようとしている。
  • サンドゥ大統領が再選されても、来年の議会選で与党が敗北すれば大統領の権限が制限される可能性がある。
  • ウクライナ情勢次第で、ロシアの軍事的脅威にさらされる恐れがあるが、武力に対する抵抗力は乏しい。


 モルドバは小国ながら、ロシアとEUの狭間に位置する地政学的に重要な国である。ロシアによるウクライナ侵攻の最中、プーチン政権がウクライナの次の標的としてモルドバを見据えているのではないかとの懸念が生じた。モルドバには親ロシア地域が存在し、ロシアがこうした地域を梃子にしてモルドバ全土を支配下に置こうとする可能性がある。

 一方で、モルドバは欧州連合(EU)加盟を目指しており、今年10月に大統領選と並行してEU加盟の是非を問う国民投票が実施される予定だ。現職の親欧米派サンドゥ大統領が有力視されているものの、経済問題などで国民の不満も高まっている。ロシアが選挙介入や買収工作などで親欧米路線を妨げようとする動きも見られる。

 さらに、仮にサンドゥ大統領が再選されても、来年夏の議会選挙で与党が敗北すれば、大統領の権限が制限されかねない。モルドバの政治体制は議会と内閣の権限が大きいためだ。ロシア側は、この議会選挙に向けても工作を強めるものと予想される。

 ウクライナ情勢次第では、モルドバはロシアの軍事的脅威に直面する可能性もある。しかし武力に対する抵抗力は乏しく、サンドゥ大統領が国外退避を選び、多くの市民がルーマニアなどEU域内に逃れる事態も想定される。

 このように、モルドバはロシアとEUの狭間に位置する小国ながら、その帰趨がロシアの影響力の及ぶ範囲やEUの東方拡大、ひいては地域秩序全体に大きな影響を与えかねない重要な試金石となっている。

この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】モルドバ情勢が欧州の安全保障に与える重大な影響

まとめ
  • モルドバはEUとロシアの狭間に位置する緩衝地帯であり、その動向が地域秩序に大きな影響を与える。
  • モルドバ国内にはロシア世界への親和性の高い勢力が存在し、分離独立運動地域「プリドネストロヴィエ共和国」も存在する。
  • モルドバの民族・言語面ではルーマニアと深い繋がりがあり、国家統一の可能性がある。
  • モルドバがロシアの影響下に入れば、ウクライナへの新たな軍事的脅威となる。
  • モルドバはウクライナ情勢次第で、黒海を北上するロシア軍の通り道となる可能性がある。
モルドバ共和国は1991年に旧ソ連から独立した東欧の小国です。ルーマニア系住民が大多数を占め、ルーマニア語が公用語となっています。経済はロシアからのエネルギー供給に依存する一方、欧州連合(EU)加盟を目指す親欧米路線を掲げています。

しかし国内にはロシア世界に親和的な親ロシア派勢力も根強く、実効支配下にある分離独立運動地域「プリドネストロヴィエ共和国」も存在します。ウクライナ情勢次第では、この地域をめぐってロシアとの対立が深まる可能性もあります。このようにモルドバは小国ながら、EUとロシアの狭間に位置する緩衝地帯として、その動向が地域秩序に大きな影響を与えかねない重要な国となっています。

モルドバの地政学的重要性は非常に大きいと言えます。以下に簡単にまとめます。
  • ロシアとEUの狭間に位置する緩衝地帯。モルドバがロシア陣営に入れば、ロシアの影響力がさらに拡大する。一方でEUに加盟すれば、EUの東方シフトが進む。
  • モルドバにはロシア世界を象徴する分離勢力地域(プリドネストロヴィエ)が存在する。この地域をめぐってロシアとの対立が生じかねない。
  • モルドバの民族・言語面ではルーマニアと深い繋がりがあり、国家統一の可能性も存在する。その場合、ルーマニアを介してEUとロシアの対立が先鋭化する恐れ。
  • モルドバがロシアの影響下に入れば、ウクライナのもう一つの軍事的脅威になる。その意味でもウクライナ情勢に影響を与える。
  • 黒海に面さず内陸国ながら、ウクライナ情勢次第では黒海を北上するロシア軍の通り道となりかねない。
モルドバ東部でウクライナに接する赤色部分がプリネストロヴィエ(PMR)

プリドネストロヴィエ(PMR)とは、モルドバ領内に実効支配する分離独立運動地域です。1992年にモルドバから分離を宣言しましたが、国際社会からは承認されていません。住民の多くがロシア系で、ロシア語が公用語となっており、ロシア軍も駐留しています。

PMRは「プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国」として独立宣言を行っています。無論、モルドバはこれを認めていません。ロシア、アブハジア、南オセチア、ナウル共和国のわずか4か国のみがこれを独立国として認めていますが、他の国はこれを認めていません。

この地方は、「沿ドニエストル地方」とも呼ばれますが、その地理的な位置を表した別の呼び名です。プリドネストロヴィエは「ドニエストル川沿い」を意味する語源から来ています。

プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国とは、モルドバ東部のウクライナとの国境に位置する、モルドヴァから実効支配上分離しているドニエストル川沿いの地域を指す、自称独立国家のことになります。

PMRの首都とされるティラスポリ市の市庁舎

地理的には「沿ドニエストル地方」ですが、政治的実体としては「プリドネストロヴィエ・モルドヴァ共和国」と呼ばれる分離独立運動体制のことを指しています。

ロシアの支援を受けて独立を主張するPMRの存在は、モルドバの親ロシア傾斜を生み出す一因ともなっています。モルドバは領土の一体性を重視していますが、PMRとの交渉は難航しており、この問題がモルドバ情勢を不安定化させる要因の一つになっています。今後、ロシアがウクライナ侵攻の口実としてPMRを利用する可能性も危惧されています。

このようにモルドバの行方は、ロシアとEUの勢力圏の行方、ウクライナ情勢などに大きな影響を与える重要な地政学的位置にあります。

モルドバとウクライナ南部一帯がロシアに占領され、ロシアとモルドバの間に回廊が設置されれば、そこから様々な深刻な地政学的リスクが生じる可能性があります。

まずロシアの影響力が黒海に至るまで拡大することになり、NATOやEUなど西側勢力との対立がさらに先鋭化してしまいます。ウクライナはポーランド国境以外は、ロシアに包囲されてしまい、国土が事実上二分される恐れがあります。

一方のモルドバも同様に包囲され、親ロシア地域の離反や、ロシアの事実上の支配下に置かれるリスクにさらされる。両国から大量の難民流出も起こりかねない。さらにルーマニアまでがロシアに囲まれる事態となれば、東西間の緊張は最高潮に達するでしょう。

最悪の場合、このまま事態がエスカレートすれば、新たな東西冷戦状況に陥る危険性すらあります。この地域一帯がロシアの影響下に置かれれば、ロシアの勢力圏拡大とNATO/EU側の対抗姿勢から、欧州の安全保障は極めて深刻な事態に陥ることになるでしょう。

モルドバのチーズ専門店

ただし、モルドバとウクライナ南部一帯がロシアに占領され、ロシアとモルドバの間に回廊ができる可能性は、現状では低いでしょう。

その理由の一つは、ウクライナ軍の強硬な抵抗があり、ロシア軍がウクライナ南部を完全に制圧することは容易ではないということです。さらに、ロシア軍の兵力と武器は十分ではなく、新たな大規模作戦を展開するのは現実的ではないです。

そのような行動を取れば、国際社会からの非難と追加制裁を受けるリスクも高まります。加えて、モルドバはNATO非加盟国ではありますが、EUメンバーのルーマニアが防衛面で深く関与しているため、ロシアが容易にモルドバに進出できる状況にないです。

また、モルドバ国内に親ロシア勢力は根強いものの、現政権与党は親欧米路線を掲げていることも影響しています。このように、客観的に判断すると、ロシアがモルドバまで勢力範囲を広げて回廊を確保する可能性は現時点では低いと言えます。ただし、ウクライナ情勢次第では、この地政学的リスクを完全に除外することはできないでしょう。

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2024年5月27日月曜日

ヒグマ駆除「特殊部隊と戦うようなもの」 北海道の猟友会が協力辞退―【私の論評】安保と熊駆除:被害防止や国民保護の本来の目的を失わないことが何より肝心

ヒグマ駆除「特殊部隊と戦うようなもの」 北海道の猟友会が協力辞退

まとめ
  • 北海道奈井江町でヒグマの市街地出没が相次ぎ、対策が急務となっている
  • 町が設置した「鳥獣被害対策実施隊」への地元猟友会の協力要請に対し、報酬額の少なさから部会が辞退
  • 部会長は「ヒグマは極めて危険な存在で、報酬が命がけの作業に見合わない」と訴え
  • 高齢で人手不足の部会側と、近隣事例から報酬を設定した町側で条件が折り合わず
  • 危険作業に見合った適正報酬の設定が課題で、行政と現場の建設的対話が求められる


 北海道奈井江町では近年、ヒグマの市街地出没が相次ぎ、対策が急務の課題となっていた。町は昨年20件ものヒグマ目撃情報があり、今年4月に「鳥獣被害対策実施隊」を設置。地元の北海道猟友会砂川支部奈井江部会に出没時の見回りから捕獲・駆除、処分作業までの一連の対応を委託することにした。

 しかし、日額4800円から最大1万300円程度と提示された報酬額が低額であったため、部会側が協力要請を辞退してしまった。部会の山岸部会長は「ヒグマは森を縦横に動く賢い動物。人間には気づかれずにいつ襲われるかわからない極めて危険な存在で、米軍の特殊部隊と森の中で戦うようなものだ」と指摘し、命がけの作業に報酬が見合わないと強く訴えた。

 高齢会員中心で人手不足に悩む部会としては、長時間労働を伴う危険作業に対し、提示された報酬額では納得がいかなかった。一方の町側は、近隣自治体の実例を参考に報酬を設定したと説明している。

 このように双方の条件の折り合いがつかず、専門家の協力が得られずにヒグマ対策が適切に進められない事態となっている。人命にかかわる危険な作業に見合った適正な報酬設定が課題となり、行政と現場関係者の建設的な対話による解決が求められている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】安保と熊駆除:被害防止や国民保護の本来の目的を失わないことが何より肝心

まとめ
  • 1960年代後半から徐々にライフル銃の使用に関する規制が強化されてきた。
  •  中でも、射程の制限により、熊駆除の際の安全な射撃機会が減少した。威力の低い猟銃使用では、確実に熊を仕留められない恐れがある。
  • 厳しいライフル銃所持要件により、熟練狩猟者の減少。装備の脆弱化によるリスク増加に対する報酬の確保が難しい。
  • ハーフライフル銃なども含め規制強化により、熊駆除への協力が得にくくなり、ヒグマ被害の増大が懸念される。過度な規制が市民の生命・身体の安全に悪影響を及ぼす可能性がある。
  • ライフル銃規制と、日本の安保には類似点がある。どちらも規制と実効的な力の行使のバランスが重要。 適切な運用体制の整備が必要であり、規制一辺倒ではなく被害防止や国民保護の目的を見失わないことが肝心。 
上の記事では、ヒグマ狩りの危険性と、報酬にかかわることが解説されていますが、肝心なことが説明されていません。

それは、最近のライフル銃を用いることの規制の強化です。今回は、これについて解説しようと思います。

ライフル銃


まずはライフル銃の定義を以下に掲載します。

ライフル銃は、銃身内部に螺旋状の溝(つる巻)が刻まれた長物の火器です。この特徴的なつる巻き構造により、発射時に弾丸に回転力が付与されます。これによって弾丸の姿勢が安定し、弾道のブレが抑えられるため、非常に高い命中精度が得られます。

ライフル銃は基本的に1発ずつ発射する単発射撃銃ですが、レバーアクション式などでは比較的速射も可能です。つる巻きによる弾道の精度の高さから、狩猟や射撃競技などで200m以上の長距離狙撃が可能となります。

一般的にライフル銃は大きく分けて2種類があり、狩猟用と軍用があげられます。狩猟用は主に有害鳥獣の捕獲などに使われ、軍用ライフル銃は戦場での狙撃や長距離射撃を目的としています。いずれも長距離からの確実な命中能力が最大の特徴です。

しかし、ライフル銃のこの高い射程と貫徹力ゆえに、犯罪などに使用された場合の危険性が高まるため、所持に際しては厳しい規制が設けられているのが実情です。そうして、その規制が年々強化されています。

ライフル銃に対する規制強化の流れは、主に1960年代後半から徐々に進められてきました。

具体的には、以下のような経緯があります。

1960年代後半
  • 銃器犯罪への対策から、狩猟銃の規制が本格化
  • 総器銃(ライフル銃)の所持許可制が導入された
1970年代
  • 口径規制、連射機能の制限が開始
  • 所持者の経歴審査、適切な保管場所の確保が義務化
1980年代以降
  • 射程距離規制の導入が進む
  • 弾丸の初速規制も段階的に強化
  • 自動小銃など特に危険な銃器の所持が原則禁止に
2000年代以降
  • 規制対象銃器の精査と基準の統一化が進む
  • 代替兵器(空気銃、麻酔銃など)の普及で、ライフル銃代替が進む


2024年3月

長野県での殺人事件を受け、ハーフライフル銃に対する規制が強化されました。これは、散弾銃とライフル銃の中間的な性能を持つ銃です。

主な変更点は以下の2点です。

  • 所持許可条件: 散弾銃を10年以上継続所持していること
  • 腔線定義: ライフル銃とみなされる比率を「2分の1以上」から「5分の1以上」に変更

規制強化により、初心者ハンターによる 大型獣の駆除が困難になりました。特例として北海道では狩猟免許5年以上で所持できます、また都道府県知事許可で散弾銃所持10年未満でも所持可能です。

このように治安維持を主な理由として、1960年代後半から徐々にライフル銃の規制が強化されてきました。一方で、狩猟の用途を考慮し、一定の性能は認められています。今後も新たな代替兵器の開発などに伴い、規制の見直し強化が継続される可能性があります。

ライフル銃の所持要件が厳しくなったことが、熊の駆除作業に悪影響を及ぼしている可能性は十分に考えられます。

その主な理由は以下の通りです。
  1. 有効な射撃距離の制限 ライフル銃の規制により、遠距離からの確実な射撃が困難になります。熊は警戒心が強く、近付くと逃げられてしまう危険があるため、ある程度の距離から射撃できることが重要です。射程が制限されると、安全な射撃機会が失われる可能性があります。
  2. 殺傷能力の低下 ライフル銃に代わり、威力の低い猟銃を使わざるを得なくなると、確実に仕留められない恐れがあります。怪我を負った熊はさらに危険です。
  3. 熟練狩猟者の減少 厳しい要件のため、ライフル銃を所持できる熟練狩猟者が減る可能性があります。経験と射撃能力は熊駆除に不可欠です。
  4. リスクに見合う報酬の確保が困難に 命がけの熊駆除作業に対して、装備の脆弱化はリスクが高まることを意味します。しかし、そのリスクに見合う十分な報酬を町が支払えない場合、協力は得られません。
このように、ライフル銃の規制強化は、射撃の安全性・確実性を低下させ、リスクに見合う報酬額の確保も難しくなるため、熊駆除への協力が得にくくなる恐れがあります。

規制の強化ばかりでは、結果として十分な対策が取れず、被害が増大する恐れがあります。安全保障の分野でも、過度の自制に偏れば、国民の安全が脅かされかねません。

ヒグマ被害への対処が遅れれば、市民の生命・身体の安全が脅かされます。ライフル銃の規制が強すぎて、専門家が適切な装備を持てず、確実な捕獲・駆除ができなくなれば、被害は深刻化する一方です。

野営訓練に出動する自衛隊員

同様に、日本の安全保障においても、他国の軍事的脅威があるにもかかわらず、過度の軍備規制により、国民の守られるべき権利や生命の安全が確保できなくなれば、大きな問題となります。

つまり、ライフル銃規制でも安全保障でも、一方的な規制や軍備抑制ばかりでは、かえって守るべき対象を危険に晒すことになりかねません。

専門家の確実な装備や、国民の権利と生命の安全確保のためには、ある程度の実効的な力の行使が不可欠です。その上で、暴発を防ぐ適切な運用体制を整備することが重要となります。

規制や軍備抑制自体を全面的に否定すべきではありませんが、必要以上に規制一辺倒に偏らぬよう、被害防止や国民保護の本来の目的を失わないことが何より肝心です。

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吉村府知事VSヒゲの隊長 “自衛隊便利屋”に反論―【私の論評】「自衛隊は便利屋ではない」発言は、平時というぬるま湯に長年浸かってきた日本人への警告でもある(゚д゚)! 2020年12月8日

2024年5月26日日曜日

西側兵器使ったウクライナのロシア領内攻撃、NATO事務総長が支持―【私の論評】ロシア領攻撃能力解禁の波紋、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがる可能性

西側兵器使ったウクライナのロシア領内攻撃、NATO事務総長が支持

まとめ

  • NATO加盟国は制限解除を検討すべきだ-ストルテンベルグ氏
  • 「軍事的で正当な標的」への攻撃は自衛-エコノミスト紙に発言

NATOのストルテンベルグ事務総長

 NATOのストルテンベルグ事務総長は、英誌エコノミストとのインタビューで、ウクライナがロシア領内の軍事標的を攻撃できるよう、NATO加盟国がウクライナに供与する兵器の利用制限を一部解除することを検討すべき時期が来たと示唆した。

 これまでロシア領内の攻撃については、米国やドイツなどが消極的な姿勢をとってきたが、ストルテンベルグ氏は、ウクライナの自衛権の行使として、正当な軍事標的であればロシア領内を攻撃する能力も認められるべきだとの認識を示した。

 一方で、ゼレンスキー大統領はかねてより、支援国に対してウクライナへの兵器提供時の制限解除を求めていた。

 ストルテンベルグ氏の発言を受け、ロシア外務省のザハロワ報道官は激しく反発し、6月半ばに予定されている「平和会議」への参加者全員に対してこの発言を知っておくよう皮肉を込めて伝えている。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ロシア領攻撃能力解禁の波紋、中国の台湾侵攻への難易度がさらにあがる可能性

まとめ

  • ウクライナの粘り強い抵抗、国際社会からの広範な支援、ロシア自身の軍事力の限界から、最終的にロシアの脅威を封じ込め、抑止することは可能だろう。
  • NATOがウクライナのロシア領内攻撃能力を認めたことで、西側がロシアの暴挙に毅然と立ち向かう姿勢を更に明確に示した
  • ウクライナ軍がロシア国内への攻撃を制限されたことで、ロシア側の砲撃発信地点への反撃や軍事施設への打撃ができず、作戦行動が制約を受けていた
  • しかし、ウクライナがロシア領内の正当な軍事目標のみを攻撃する場合は自衛権の行使として国際法上問題なく、むしろ自衛権行使を制限する方が違反となる
  • 台湾軍は質・量ともにウクライナ軍を上回る戦力を有し、地理的にも有利な立地条件にあるため、同様の制限解除により中国軍の台湾侵攻は極めて困難になると予想される

私は、一昨日のこのブログで、以下のような主張もしました。

ロシアの侵攻は確かに現実的で差し迫った脅威です。しかし同時に、ウクライナの奮闘、国際社会の広範な支援、ロシア自身の能力の限界という現実も見逃せません。こうした要因を組み合わせれば、この脅威を最終的に封じ込め、抑止できるはずです。

その実現に向け、何よりも冷静さを失わず、ロシアの軍事行動を断固として非難し続けることが大切です。そうすれば第三次世界大戦の悪夢は現実のものとはならず、かえってロシアが現実路線に傾き、停戦への道を模索せざるを得なくなるでしょう。平和を願うなら、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことこそが何より重要なのです。

そうして、ウクライナを訪問中のブリンケン国務長官は15日、米国製兵器を使ったロシア領内への攻撃を容認する可能性に言及し、「この戦争をどう遂行するかは最終的にはウクライナが決断することだ」と述べたことを評価しました。

ブリンケン米国務長官

今回、これに続いてNATOのストルテンベルグ事務総長が「ウクライナの自衛権の行使として、正当な軍事標的であればロシア領内を攻撃する能力も認められるべき」は西側諸国が、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことをさらに、明確に示したといえます。

ウクライナ軍がロシア国内への攻撃を制限されていたことで、さまざまな不利益を被っていました。まず、ロシア国境沿いの地域では、ロシア側の砲撃や攻撃の発信地点がロシア国内にあるケースが多数ありましたが、ウクライナ軍はそれらを直接攻撃できなかったため、攻撃の根源をなくすことができませんでした。

また、ロシア国内には戦闘部隊の補給や兵站の拠点となる軍事施設が多数存在しますが、これらを直接攻撃できなかったため、ロシア軍の戦力に大きな打撃を与えられませんでした。

さらに、ウクライナ国外からの攻撃が制限されていたため、ウクライナ軍の戦略的選択肢は狭まり、様々な攻撃ルートや戦術を選べない状況に陥っていました。加えて、ロシア国境付近の一部地域では、ロシア国内からの攻撃阻止が難しく、国外からの反撃ができないため、完全な領土防衛が困難でした。

こうした制約があったため、ウクライナ軍の作戦行動は制限を受け、防衛における自由度が失われていたと考えられます。制限が解除されれば、より効果的な反撃と防衛が可能になると期待されています。

こうした、制限がなければウクライナ側の対応力が格段に上がり、ロシア側の侵攻計画の破綻や戦線の維持が極めて困難になった可能性が高いです。戦況は現在とは大きく異なったシナリオとなっていた可能性があります。

ウクライナがロシア領内の正当な軍事目標のみを攻撃する場合は、国際法上問題はありません。

国際法、特に国連憲章と国際人道法のもとでは、紛争当事国には自国を防衛するための必要かつ適切な軍事行動をとる権利、つまり自衛権が認められています。ロシアからの現在の軍事侵攻に対し、ウクライナが自国領土の防衛のために、ロシア側の軍事施設や軍隊を直接攻撃することは、この自衛権の行使に当たります。

その際、民間人や民間施設を意図的に攻撃することは禁止されていますが、正当な軍事目標のみを攻撃することは許容されています。ウクライナがロシア領内の軍事目標に限定して攻撃を行えば、国際法に反することにはなりません。

むしろ、効果的な自衛権の行使を制限することこそが、国際法違反の恐れがあります。ですので、ウクライナがロシア領内の軍事目標のみを攻撃する限りにおいては、国際法上、何ら問題はないと言えます。

以上は、ウクライナだけではなく、中国の台湾侵攻作戦にも大きな影響を及ぼす可能性が高いです。

台湾軍の新型潜水艦

台湾の軍隊はロシアのウクライナ侵攻直前のウクライナ軍よりもはるかに精強であるという事実を踏まえると、今回のロシア領内攻撃制限の撤廃により、中国にとって台湾侵攻の難易度が一層高くなる可能性があると考えられます。

台湾軍は長年にわたり近代化を重ね、島嶼防衛に特化した戦力を擁しています。即応戦力の質的向上に加え、長距離ミサイルを含む奥行きも裾野も広いミサイル群の存在、艦艇、航空機の保有数も一定の水準に達しています。特に、台湾が自前で潜水艦を開発できるようになったのは特筆すべきです。対して当時のウクライナ軍は、旧ソ連時代の装備が多く残る状況でした。

こうした台湾軍の戦力を前提とすれば、仮に台湾側が中国本土の軍事施設を直接攻撃できるようになれば、中国軍の台湾侵攻は極めて困難になると予想されます。

例えば、台湾側の潜水艦や対艦ミサイルで中国軍の潜水艦を含む艦隊の行動が制限されたり、中国国内の基地への攻撃で航空機の運用が阻害されれば、台湾沖でのシナリオが総崩れになる可能性があります。さらには輸送ルートや後方支援部隊への打撃で、軍の機動性と持続力が低下することも考えられます。

さらに、台湾は天然の要塞とでもいえるような、独特の地形をしています。東側は海岸線からすぐに急峻な山岳地帯となるため、上陸して内陸部へ進軍することが非常に難しいです。また、西側は比較的平野が多いのですが、河川が入り組んでおり、機動性の高い大規模上陸作戦の実施は制約を受けます。加えて、河川が入り組んた平地部では限られた上陸地点しかないため、防衛側の台湾軍が集中的に対処できるメリットがあります。

このように、台湾の地形は中国の上陸部隊の展開や機動を著しく阻害し、孤立化や分断された状況に追い込まれる危険性が高くなります。一方で守備側の台湾軍は、事前に重点地域を特定して防御態勢を構築しやすい有利な条件にあります。

更に、台湾軍がロシア領内への攻撃制限の解除によって、中国本土の軍事施設や補給線への反撃能力を得れば、中国軍の作戦は一層困難を極めることでしょう。

したがって、台湾の地理的特性に加え、この新たな事態は、中国指導部が台湾有事の難易度をより高いリスクと認識せざるを得ない理由となっていると考えられます。台湾は本当に天然の要塞であり、第二次世界大戦中には米軍は台湾への上陸作戦を実施しなかった要因ともなっていると考えられます。

オースティン米国防長官

米国防総省のロイド・オースティン国防長官は5月25日に、中国軍が台湾を包囲する形で実施した軍事演習について声明を発表しました。この声明の中で、オースティン長官は中国軍が実施したような作戦を成功させることの難しさを示しました。

また、こうした演習が行われるたびに、米軍は中国軍の運用方法についてさらに深い洞察を得ることができると説明しました。これにより、米軍が中国軍の演習動向を分析し、適切な対応策を練っていることを示唆しました​ (Defense.gov)​​ (Military Times)​。

この発言は、オースティン長官がシンガポールで開催されたシャングリラ・ダイアログの場で行ったもので、アジア太平洋地域の安全保障に関する米国の立場を強調するものです​ (New York Post)​。この声明は、中国と台湾の緊張が高まる中で、米国が地域の安定を維持するための取り組みを続けていることを示しています​ (Voice of America)​。

このような発言の背景には、オースティン長官は、上記で私が示したのと同じような認識をしているものと考えられます。  

つまり、台湾軍の戦力を前提とすれば、今回の制限撤廃により、中国軍の台湾侵攻は想定外の損害リスクを抱えることになり、作戦の実施可能性が計り知れなくなる恐れがあるのです。

こうした観点から、中国指導部は今回の動きを重く受け止め、台湾侵攻の難易度が高まったと危惧しているか、今後そうなる可能性が高いと言えるでしょう。



2024年5月25日土曜日

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭―【私の論評】北朝鮮の核、中国の朝鮮半島浸透を抑制する"緩衝材"の役割も

日中韓「朝鮮半島の完全な非核化目標」…首脳会談の共同宣言原案、北朝鮮の核・ミサイル開発念頭

まとめ
  • 北朝鮮の核・ミサイル開発への対応として、朝鮮半島の非核化を強く求めている
  • 国連安保理決議の履行や日本人拉致問題の解決を訴えている
  • 一方的な現状変更の試みへの反対を盛り込んでいる
  • 6分野(人的交流、持続可能な開発、経済協力など)での協力強化を目指す
  • 経済分野では、日中韓の貿易額を1兆ドルまで増やす目標と、FTA交渉の加速を掲げている

日中韓三首脳

 27日にソウルで開催される日中韓首脳会談で採択される共同宣言原案が判明した。原案では、北朝鮮の核・ミサイル開発の加速を念頭に、「朝鮮半島と北東アジアの平和と安定の維持は我々の共通の利益及び責任だ」と強調し、「朝鮮半島の完全な非核化は我々の共通目標だ」と訴えている。

 日中韓首脳会談の開催は2019年12月以来4年半ぶりとなる。3か国は共同宣言で、朝鮮半島の完全な非核化の実現に向け、対話や外交、また国連安保理決議の履行の重要性を唱える。日本人拉致問題の即時解決も求める考えを共有する。

 さらに、法の支配に基づく国際秩序への関与を確認するほか、「力または威圧による一方的な現状変更の試み」への反対も盛り込まれている。

 3か国協力を巡っては、人的交流、持続可能な開発と気候変動、経済協力と貿易、公衆衛生と高齢化社会、科学技術とデジタル化、災害救援の6分野で協力強化を目指すことで一致した。

 特に経済協力と貿易分野では、ルールに基づく開かれた公正な国際経済秩序の維持・強化に「共通の責任を有する」と強調し、現在の7,700億ドルの貿易額を今後数年で1兆ドルまで増やす目標を掲げる。また、日中韓FTAの交渉を加速する方針も明記されている。

 3か国は協力を前進させるため、首脳や閣僚による会談の定期開催の必要性にも言及している。

 現在、3か国の実務者が共同宣言の成案に向け最終調整を行っているが、北朝鮮問題や一方的現状変更への反対を巡る表現で中国が難色を示す可能性もある。

 この記事は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】北朝鮮の核、中国の朝鮮半島浸透を抑制する"緩衝材"の役割も

まとめ
  • 北朝鮮の核保有は、中国の朝鮮半島への影響力拡大を抑制する「緩衝材」の役割を果たしている。
  • 日中韓3か国が朝鮮半島の非核化を唱えるのは、結果として中国の利益につながる可能性がある。
  • 朝鮮半島問題の解決には、朝鮮戦争休戦協定の当事国など関係国が交渉すべきである。
  • 北朝鮮の非核化を推進するには、米国による韓国への核再配備も選択肢の一つとなり得る。
  • 現実的には米国の韓国核再配備は困難であり、現状維持せざるを得ない状況にある。

北朝鮮の核

現在の状況において北朝鮮とその核は、それが良いか悪いか、将来はどうなるかは別問題として、中国の朝鮮半島への浸透を防いでいます。

中国は、北朝鮮の最大の支援国であり、経済的・軍事的な面で密接な関係を築っています。一方で、中国は北朝鮮の核開発に対しても懸念を抱いており、国際的な圧力をかけています。

北朝鮮が核兵器を保有していることは、中国にとっても懸念材料です。中国は、北朝鮮の核開発を抑制し、朝鮮半島の安定を維持するために努力しています。

一方、中国は朝鮮半島における自身の戦略的利益を追求しています。北朝鮮の核が朝鮮半島における中国の影響力を制限する一因となっているといえます。

ルトワック氏

これについては、私だけの突飛な考えというわけではありません。たとえば米国の有名な戦略家ルトワック氏も、現状を以下のように認識しているようです。

彼の著書「自滅する中国」で、中国の台頭とその影響について詳しく説明しています。ルトワックはその北が核開発とロケットを開発をする理由を、「北朝鮮は核が中国からの自立と存続を保証している」からだ、としています

朝鮮半島が分断されたまま非核化された場合、北は中国に完全に取り込まれ、植民地になるだろうとしています。

さらに、元トランプ大統領の補佐官であったボルトン氏は、もっと直裁に、著書「The Room Where It Happened」(2020年)の中で、次のように述べています。

「北朝鮮の核兵器は、朝鮮半島における中国の影響力拡大を実質的に抑制してきた。北朝鮮は中国の属国になることを恐れており、核兵器は朝鮮半島に対する中国の軍事介入を困難にする」


ボルトン氏

また、ロバート・ギャリー元駐韓米国大使(2011-2014年)も同様の見解を示しています。 「北朝鮮は中国が朝鮮半島に介入することを嫌がっており、核兵器はその抑止力になっている」

つまり、これらの米国の戦略家らは、北朝鮮の核・ミサイル能力が中国の朝鮮半島進出への「緩衝材」の役割を果たしてきたと主張しているわけです。

これは、正しいとか正しくない、望ましいとか望ましくないの判断とは別に、現状はそうだといえるでしょう。

これを前提として、もう一度「日中韓3か国は共同宣言で、朝鮮半島の完全な非核化の実現に向け、対話や外交、また国連安保理決議の履行の重要性を唱える」とはどのように捉えられるでしょうか。

そうです、これは「中国」にとって最も良い宣言ということになります。無論このような宣言をしたからといって、朝鮮半島では、朝鮮戦争の休戦状態が続いており米国やロシアも関わっており、すぐに北朝鮮の非核化が実現するというわけではないですが、それにしても中国にとっては最も都合の良い宣言となります。

これは、目先だけのことを考えた場合、良いことづくめのようにみえるものの、その実中国を利することになることのわかり易い事例だと思います。

これに似たような事例は過去にもあります。

香港返還式(1997年)

たとえば、香港返還(1997年)です。イギリスが150年以上にわたって植民地支配していた香港を中国に返還した事件です。香港返還は、中国の国際的なイメージ向上に繋がり、経済発展にも貢献しました。しかし、近年は中国による香港への統制強化が問題視されており、一国二制度の原則が揺らいでいるとの批判もあります。

中国は、2001年にWTOに加盟しました。これは、中国の輸出拡大と経済成長をもたらしたのですが、知的財産権侵害、環境問題、人権問題悪化などの課題も露呈しました。中国は現在でもWTOルール遵守することなく、本来WTO加入に必要であった実施すべき改革などを実施していません。

このような中国の態度をみれば、朝鮮半島の非核化について、日中韓で軽々しく論ずれば、中国に利することになる可能性は否定できません。

やはり、朝鮮戦争休戦の当事者等が、交渉すべきでしょう。

朝鮮戦争は1950年から1953年までの3年間、朝鮮半島を舞台に北朝鮮と韓国の間で繰り広げられた東西冷戦の代理戦争でした。多くの犠牲者を出したこの戦争の終結に向け、1953年7月27日に板門店で朝鮮戦争休戦協定が調印されました。

この協定は戦闘行為の停止と休戦ラインの設定などを定め、事実上の戦争終結を宣言しましたが、正式な平和条約は締結されていません。休戦協定の署名国は北朝鮮、中国、朝鮮人民軍、国連軍司令部(米国が間接参加)の4カ国でした。

ソ連と韓国は署名していませんが、前者は北朝鮮支援、後者は休戦ラインで北朝鮮と対峙しています。協定締結から70年近くが経過した現在も、朝鮮半島には緊張が続き、再び戦争になる可能性も否定できません。

北朝鮮の非核化を推進するというのなら、これらの国々で交渉をし、米国として韓国に核を配備することを認めさせるべきでしょう。これがなければ、先にも示したように中国が朝鮮半島全体に浸透する可能性があるからです。

そうして、これも私だけの突飛な考えというわけではありません。実際、1958年から1991年まで、韓国の群山空軍基地に米国の核兵器(戦術・戦略核)が配備されていました。当時の目的は、北朝鮮の脅威に対抗し、韓国の安全保障を強化することでした。

しかし、1991年、米国は韓国からすべての核兵器を撤去しました。ただし、近年、北朝鮮の核開発の進展を受けて、韓国内で独自の核武装を求める声が高まっています。2021年の世論調査では、韓国国民の60.2%が韓国の核武装に賛成していることが分かりました。韓国保守派は、米国による核兵器の再配備を代替案として追求してきましたが、実現していません。

北の核がなくなり、韓国にも核がないということになれば、朝鮮半島はいずれ中国に浸透され、朝鮮半島全体が中国の朝鮮自治区や朝鮮省になる可能性もあります。それを防ぐためにも、米国は韓国の核を配備をすべきでしょう。また、北朝鮮が望めば、北の民主化などを条件に、北にも核を配備すべきでしょう。

現状では、米国が再び韓国に核を配備することは困難を極めるでしょう。ましてや北にそれを配備することなど考えられません。であれば、現状維持をするしかないというのが、実情です。それが、北の非核化がなかなか進まない本当の理由だと思われます。


北朝鮮が黄海へ短距離弾道ミサイル4発、米軍は戦略爆撃機を展開―【私の論評】北が黄海にミサイルを発射したのは、朝鮮半島浸透を狙う中国を牽制するため(゚д゚)! 2022年11月5日

北朝鮮『4・15ミサイル発射』に現実味!? 「絶対に許さない」米は警告も…強行なら“戦争”リスク―【私の論評】北がミサイル発射実験を開始すれば、米・中・露に圧力をかけられ制裁がますます厳しくなるだけ(゚д゚)! 2019年4月4日

2024年5月24日金曜日

戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ―【私の論評】大戦の脅威を煽るより、ロシアの違法な軍事行動に対し、断固とした姿勢で臨め

戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ

まとめ
  • 歴史学者ティモシー・スナイダーは、ロシアと戦うウクライナが第3次世界大戦を防いでいると述べ、現在の状況を第2次世界大戦直前に例えた。
  • スナイダーは、ウクライナをナチスに降伏したチェコスロバキアになぞらえ、ウクライナが諦めると将来ロシアがさらなる戦争を引き起こすと警告した。
  • 現在のウクライナ紛争は第3次世界大戦の危機を高めているが、NATO諸国は関与を避け、暴力の拡大を防ごうとしている。
  • ウクライナのゼレンスキー大統領は、ウクライナがロシアに敗れれば次にヨーロッパの他の国が攻撃対象になると警告している。
  • ベラルーシのルカシェンコ大統領も世界が崖っぷちに立たされていると警告し、第3次世界大戦の懸念を表明している。

ウクライナ軍女性兵士

 著名な歴史学者ティモシー・スナイダーは、ロシアと戦っているウクライナが第3次世界大戦を防いでいると述べた。彼は米イェール大学の歴史学教授で、東欧とソビエト連邦を専門家だ。スナイダーは、ウクライナとロシアの全面戦争が3年目に突入している現状を、第2次世界大戦直前の時期に例えた。

 彼は2024年を1938年と比較し、ウクライナが第2次大戦初期にナチスに降伏したチェコスロバキアと似ていると述べた。1939年、ナチス・ドイツがチェコスロバキアに侵攻し、これによりイギリスとフランスがポーランドの同盟国としてナチス・ドイツに宣戦布告し、第2次世界大戦が始まった。スナイダーは、エストニアのタリンでの会議で、ウクライナが諦めるか、国際社会がウクライナを見捨てれば、将来的に異なるロシアが戦争を行うことになると警告した。

 スナイダーは、ウクライナが現在の状況を引き延ばし、1939年のような大戦の勃発を防いでいると述べた。ウクライナでの2年以上にわたる紛争は、第3次世界大戦の可能性を高めているが、NATO諸国はウクライナ戦争の当事者ではないと強調し、暴力が国境を越えて広がるのを防いでいるとした。ウクライナは、ロシアに敗北すれば次にヨーロッパの他の国がロシアの攻撃対象になると警告している。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は2022年2月、ロシア軍がウクライナに侵入してきた直後に、ウクライナの戦いを支援するよう呼び掛けた。彼は「もしウクライナが倒れれば、ヨーロッパも倒れる」と述べた。また、3月中旬には世界が「本格的な第3次世界大戦の一歩手前」にあると警告した。

 一方、プーチンの忠実な味方であるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は2024年2月に世界が「再び崖っぷちに立たされている」と警告し、第3次世界大戦について「懸念する根拠はある」と述べた。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】ロシアの経済的制約と西側の圧力 - ウクライナ侵攻の行方

まとめ
  • 現代ロシアは軍事力は侮れないが、経済力ではナチス・ドイツほどの潜在力はない。資源依存型の経済構造が足かせとなっている。GDPでは韓国を若干下回る程度である。
  • 一方、当時のドイツは再軍備と経済成長の相乗効果で、ヨーロッパ有数の経済・軍事大国として台頭していた。
  • ロシアのウクライナ侵攻は長期化すれば、その経済的制約からロシアに第三次世界大戦を引き起こすだけの実力はない。
  • 重要なのは、ロシアの違法な軍事行動を容認せず、ウクライナの主権と領土を守ることである。
  • 米国を筆頭に西側がロシアへの圧力を強める動きは、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かう決意の表れである。
第二次世界大戦中のドイツSS(親衛隊)

現代ロシアは確かに軍事力に優れていますが、経済面ではナチス・ドイツほどの潜在力はありません。現在ロシア経済は天然資源、とりわけエネルギー輸出に過度に依存しているのに対し、かつてのソ連は現在のロシアと比較して、製造業や先端技術分野での地位ははるかに上位に位置し、米国としのぎを削っていました。国内総生産(GDP)でも、米中に大きく水をあけられている有様です。  

これは、第二次世界大戦前のドイツとはかけ離れた状況です。1939年当時、ドイツの名目GDPは約411億ドル(1990年価格換算)と、アメリカに次ぐ経済大国でした。軍備増強と内需拡大策の効果により、ドイツは欧州有数の経済力を誇っていました。軍事と経済の相乗効果で、ヨーロッパ全域に影響力を及ぼすに至ったのです。

一方の現代ロシアは、2022年のGDPがわずか1.7兆ドル程度に過ぎず、主要欧州諸国よりも小さい規模です。世界ランキングでは11位と、韓国をわずかに下回る程度です。これは日本でいえば、東京都と同じくらいです。長年の対外制裁と資源依存の経済構造が災いし、伸び悩んでいるのが実情です。

軍事パレードをするロシア軍兵士

このように、ナチス政権下のドイツは再興期にあり、軍備増強と経済発展を遂げ、ヨーロッパでの覇権を狙っていました。一方でプーチン政権のロシアは、経済的な盤石さを欠いており、他国に影響力を及ぼす余地は限られています。

こうした経済力の違いが、ロシアのウクライナ侵攻の遂行能力に大きく影響しています。戦争が長期化するなか、ロシアは経済的に行き詰まる可能性すら浮上してきました。第三次世界大戦を引き起こせるような実力は、到底持ち合わせていないと言えるでしょう。  

武力面ではロシアが軍事技術と核兵器で優れているのは事実です。しかし経済規模が韓国と肩を並べるに過ぎなければ、その行動には自ずと一定の制約がつきまとうはずです。つまり、現在の紛争が再び世界大戦に発展するリスクは、杞憂に過ぎないのかもしれません。かえって、目の前の現実的で差し迫った問題から目を逸らしかねません。

重要なのは、第三次世界大戦の脅威などではなく、ロシアのウクライナ侵攻が国際法に明白に反すること、これを決して容認できないことです。欧米諸国を中心に、ロシアのこの暴挙に対する責任を明確に追及し、ウクライナの主権と領土保全を尊重した平和的解決を目指すべきなのです。  

もちろん、ロシア軍の戦力は侮れません。しかし、ウクライナ軍の強固な決意、西側からの軍事支援、そしてロシア自身の経済的制約といった要因を考えれば、ロシアがこの紛争で完全勝利を収めることは極めて困難です。平和の実現に向けては、第三次世界大戦を恐れるのではなく、ロシアのこの明白な違法行為に毅然と対処することこそが重要なのです。

ロシアの侵攻は確かに現実的で差し迫った脅威です。しかし同時に、ウクライナの奮闘、国際社会の広範な支援、ロシア自身の能力の限界という現実も見逃せません。こうした要因を組み合わせれば、この脅威を最終的に封じ込め、抑止できるはずです。

その実現に向け、何よりも冷静さを失わず、ロシアの軍事行動を断固として非難し続けることが大切です。そうすれば第三次世界大戦の悪夢は現実のものとはならず、かえってロシアが現実路線に傾き、停戦への道を模索せざるを得なくなるでしょう。平和を願うなら、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かうことこそが何より重要なのです。

第三次世界大戦をテーマとしたゲームの画面

実際、米国はロシアの違法な軍事行動に対する姿勢を一層厳しくしつつあります。ウクライナを訪問中のブリンケン国務長官は15日、米国製兵器を使ったロシア領内への攻撃を容認する可能性に言及し、「この戦争をどう遂行するかは最終的にはウクライナが決断することだ」と述べました。

バイデン政権はこれまで、ロシア領への直接攻撃を制限してきましたが、この発言はその方針の転換を示唆しています。ロシア側に有利に働いているとの批判を受けて、制限撤廃の要望が高まっていたためです。   

このように、おくればせながらも、米国を始めとする西側諸国がロシアへの圧力を強める動きは、ロシアの暴挙に毅然と立ち向かう決意の表れと言えるでしょう。平和実現に向けては、第三次世界大戦の脅威を煽るよりもロシアの違法な軍事行動に対し、断固とした姿勢で臨むことが何より重要なのです。

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2024年5月23日木曜日

〈急速にこじれる中国と欧州〉EUの外交姿勢の変化と駆け引き、習近平の欧州歴訪から見えたもの―【私の論評】インド・太平洋地域秩序の構築と日本の対中政策転換

〈急速にこじれる中国と欧州〉EUの外交姿勢の変化と駆け引き、習近平の欧州歴訪から見えたもの

久末亮一( 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員)

まとめ
  • 中国の「戦狼外交」や人権問題、ウクライナ戦争での対ロ支持などにより、EUの対中不信感が高まった。
  • EUは中国を「システミック・ライバル」と見なし、経済面での対中依存からの脱却(デリスキング)を図っている。
  • ドイツなど主要国が従来の親中路線から転換し、対中強硬姿勢に転じた。
  • 中国は「グローバル・サウス」外交を活発化させ、西側の包囲を打開しようとしている。
  • 価値観や安全保障をめぐるEU対中の構造的対立は深刻化する可能性が高く、厳しい対立が始まったばかりかもしれない。
習近平とマクロン

 近年、中国と欧州連合(EU)の関係が急速に悪化しているが、その背景には複合的な要因が存在する。

 第一に、中国側の外交姿勢の変化が大きい。国力の隆盛を背景に、習近平政権は2010年代後半から「戦狼外交」と呼ばれる攻撃的な外交スタンスを強めた。人権問題などで欧州諸国との軋轢を生み、特にEU加盟国の一部で反発を招いた。さらに2020年の新型コロナウイルス流行をめぐる開き直り外交により、中国に対するEU全体のイメージが急速に悪化することとなった。

 次に2021年、新疆ウイグル人権問題をめぐる制裁応酬や、リトアニアが台湾と接近したことへの中国の経済的威圧措置など、両者の確執がエスカレートした。そして決定打となったのが、2022年のロシアのウクライナ侵攻である。中国がロシアを事実上支持したことで、EUは中国への不信を決定的なものとした。

 こうした事態を受け、EUは中国を潜在的な「システミック・ライバル」と位置づけ、経済面での対中依存からの脱却を目指すデリスキング政策へと転換した。2023年に入ると、中国製EV補助金への調査開始や、重要原材料の対中依存削減法案の合意など、本格的な対中経済安全保障政策が打ち出された。

 特に注目に値するのが、かつて対中投資を積極的に行い経済界に親中派が多かったドイツの転換である。昨年7月に予想外の強硬な対中戦略を発表し、最近の習近平訪独時も冷遇に終わるなど、親中路線から一転した。

 一方の習近平は、欧州での孤立を避けるため、フランスなど一部の親中国に柔軟な姿勢を見せる一方、東南アジアやアフリカなどのいわゆる「グローバル・サウス」地域への経済外交を活発化させ、西側による包囲を打開しようとしている。ロシアのプーチン大統領と「同盟」関係をアピールするなど、対抗姿勢も鮮明になってきた。

 こうしてみると、EU対中関係の悪化は、単なる経済的利害の問題を超え、価値観や安全保障をめぐる構造的な対立へと発展しつつある。EUが自由主義・民主主義陣営の一員として対中姿勢を硬化させたことは、一定の前進といえるが、価値観を巡る対立はさらに深刻化する可能性が高い。

 中国は今のところ、「グローバル・サウス」外交の深化で、西側の包囲を打開しようとしているが、一方で債務の罠などの負のイメージも存在する。仮に中国の影響力が拡大すれば、国際社会において「普遍的価値」を奉じる立場が少数派になる「新しい世界」の到来する可能性すら指摘できよう。つまり、価値観をめぐる厳しい対立は、まさに始まったばかりなのかもしれない。

この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になってください。

【私の論評】インド・太平洋地域秩序の構築と日本の対中政策転換

 まとめ
  • EUと中国の対立は、経済、安全保障、技術覇権、国際規範、エネルギー分野にまで及び、人権や法の支配などの基本的価値観の溝が根底にある。
  • EUの対中国リスク低減策や中国の影響力拡大への反発により、経済面や安全保障面でさらなる摩擦や地域紛争のリスクが高まっている。
  • エネルギー・ドミナンスの観点から新型小型モジュール原子炉発電が注目される中、それまでのつなぎとして化石燃料の見直しが課題となっており、中国とのエネルギー分野での対立が深まる可能性がある。
  • 日本は、自衛隊法や経済安保法の改正を通じて、対中姿勢を強化しつつある。米国やEUとの連携を深めつつ、安全保障や経済面での準備を進める必要がある。
  • 日本は、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守るため、ASEAN諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築を目指し、対中関与路線からの転換を図るべきである。
中国の工場

EUと中国の価値観の対立は、経済的な領域にとどまらず、安全保障、技術覇権、国際規範、さらにはエネルギー分野にまで及ぶことになるでしょう。そして何より、人権、法の支配、平等といった基本的価値観をめぐる溝が、この対立の根底にあります。

まず経済面では、EUを中心とした西側諸国による対中国デリスキング(リスク低減)の動きと、中国の影響力拡大への反発により、さらなる摩擦が避けられないでしょう。一部の新興国が経済実利を優先して中国側に傾斜すれば、国際社会での中国のプレゼンスは高まることになります。

安全保障面に目を転じると、価値観の対立が地域紛争への武力介入やさらなる軍備増強につながるリスクも存在します。また、技術覇権や国際規範をめぐる確執により、国際秩序の二極化・分断も現実味を帯びてきます。

加えて、エネルギー安全保障の観点からも、両陣営の対立が深まる可能性があります。自由主義陣営は気候変動対策から再生可能エネルギーへのシフトを後押ししてきましたが、中国は化石燃料産出国との関係を重視しており、対立軸の一つになっています。

しかし今後は、より実用的なエネルギー需給対策が優先されることになるでしょう。いわゆるエネルギー・ドミナンスの考え方が優勢になるでしょう。具体的には、小型モジュール原子炉などの新型原子力発電や、それまでのつなぎとしての化石燃料の一時的な活用も視野に入ってきます。

一つ間違えば、EUはエネルギー問題で中国に遅れをとることになりかねません。エネルギー供給自体だけでなく、グローバルサウスへのエネルギー関連の支援においても同様です。

トレーラーで運べるようになる小型モジール原子炉の1ユニットの想像図

このように、価値観の対立は多方面にわたり、容易に解決できるものではありません。対話と相互理解を深めつつ建設的解決を目指す一方で、努力が功を奏さず対立がエスカレートすれば、自由主義陣営は価値観防衛のための厳しい対決姿勢を示さざるを得ません。

さらに、自由主義陣営が掲げる個人の自由や権利の尊重、法の下の平等などの理念に対し、中国は国家主権や安定重視の立場から、集団的権利や国家による統制を正当化してきました。新疆ウイグル問題に見られるような人権状況への批判にも強く反発しています。

また、法治主義に関しても、自由主義陣営が普遍的な法の支配を重んじるのに対し、中国は自国の一党支配体制の正当性を主張しており、根本的な溝が存在します。

このような溝は簡単には埋まることはありません。中国の権威主義的価値観が国際社会で評価されれば、人権や自由、法の支配といった理念が後退する恐れがあります。一方で、自由主義陣営がこれらの価値観の守護を強く打ち出せば、中国との対立は先鋭化するでしょう。

つまり、基本的価値観をめぐる対立は、経済や安全保障と同様に、今後ますます中心的な確執の種となっていくことが予想されます。この領域での調和のとれた解決は極めて難しく、価値観対立の長期化が避けられない可能性が高いと言えるでしょう。

一方、日本では、政治資金規正法の改正案の成否が注目を集める終盤国会において、対中国を想定した2つの重要な法律が成立しました。

一つ目は、改正自衛隊法で、陸海空の自衛隊を統合して指揮する「統合作戦司令部」を常設することが盛り込まれました。これにより、例えば台湾有事の際に、米軍との連携を強化し、迅速な対応が可能になります。

自衛隊が平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できるよう、宇宙・サイバー・電磁波の領域と陸海空の領域を有機的に融合させつつ、統合運用により機動的・持続的な活動を行うことが不可欠です。こうした観点から自衛隊の「統合作戦司令部」新設等を盛り込んだ防衛省設置法改正が5月10日、参院本会議で可決、成立しました。

二つ目は、経済安全保障上の機密情報へのアクセスを規制(セキュリティー・クリアランス)する「重要経済安保情報保護・活用法」で、高市経済安保相が重視してきた法律です。

これには、一定の要職者(国務大臣、副大臣など)が適性評価の対象外とされる規定があったり、適性評価の審査項目に「性行動」が含まれていないなどの問題がありますが、今までなかった制度が出来上がったという点では、一歩前進です。

さらに、沖縄県民らの島外避難やシェルター建設に向けた動きもあり、中国による台湾侵攻とそれに伴う沖縄県への影響に備える動きが、遅ればせながら具体化し始めています。

長年の対中建設的関与路線にもかかわらず、中国による尖閣諸島や台湾をめぐる一方的な現状変更の試みが横行するに至り、日本は対中姿勢を抜本的に見直さざるを得ない状況に立たされています。

何よりも基本的人権や民主主義、法の支配といった普遍的価値観において、日本は米国やEUとの連帯を一層深め、中国の一党独裁体制や人権状況への批判を鮮明にしていく必要があります。尖閣諸島は日本固有の領土であり、中国の力による一方的な現状変更の試みは到底容認できません。日米同盟の下で領土・主権を断固として守る姿勢が不可欠です。

加えて、中国による台湾侵攻の可能性を常に視野に入れ、有事への切れ目のない準備を怠ってはなりません。在沖縄米軍の近代化、自衛隊の遠距離対応能力の強化など、具体的な備えを着実に進めなければなりません。

同時に、重要技術流出防止、サイバーセキュリティ強化、サプライチェーン分散を一層推し進め、中国に過度に依存しない経済構造への転換を図る経済安全保障の確保にも注力が必要です。

インド太平洋地域

こうした取り組みと並行して、日本は主導的な立場から、ASEANをはじめとする環インド太平洋諸国と新たなルールに基づく地域秩序の構築に向けた具体的なビジョンを打ち立てていかねばなりません。中国の覇権主義的な動きに対抗し、自由で開かれたインド・太平洋地域の秩序を守っていく決意が問われています。

これまでの対中関与路線からの転換は避けられない道となりました。日本は普遍的価値観と法の支配の尊重、領土・主権の守護、経済安全保障の確保、地域秩序の再構築に全力を尽くす覚悟が必要とされています。

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日本 アメリカ 韓国の海保機関が初の合同訓練へ 中国を念頭か―【私の論評】アジア太平洋地域の海上保安協力と中国海警局の動向
2024年5月17日

立場の違いが明確に、埋められないEUと中国の溝―【私の論評】EUは、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与すべき(゚д゚)!
2020年10月9日


特報 米国司法省 IR疑惑で500ドットコムと前CEOを起訴 どうなる岩屋外務大臣―【私の論評】岩屋外務大臣の賄賂疑惑が日本に与える影響と重要性が増した企業の自立したリスク管理

特報 米国司法省 IR疑惑で500ドットコムと前CEOを起訴 どうなる岩屋外務大臣 渡邉哲也(作家・経済評論家) まとめ 米国司法省は500ドットコムと元CEOを起訴し、両者が有罪答弁を行い司法取引を結んだ。 日本側では5名が資金を受け取ったが、立件されたのは秋本司被告のみで、他...