2021年11月16日火曜日

インフレがトランプ氏の返り咲きもたらす可能性-サマーズ氏が警告―【私の論評】2024年の米大統領選挙でトランプ氏が返り咲くか、大きな影響力を行使するのは間違いない情勢に(゚д゚)!

インフレがトランプ氏の返り咲きもたらす可能性-サマーズ氏が警告

ローレンス・サマーズ氏

ブルームバーグ): サマーズ元米財務長官は15日、過度なインフレへの対処に失敗すればトランプ前米大統領の返り咲きをもたらす可能性があると警告した。

1999年から2001年まで財務長官を務めたサマーズ氏は、「過度のインフレとそれが制御されていないという感覚が、リチャード・ニクソンロナルド・レーガンの当選を後押しした。ドナルド・トランプ氏が権力を取り戻すリスクもある」とした。同氏はブルームバーグへの寄稿者でもある。

一連のツイートは以下の通り。

原題:Larry Summers Says Inflation Risks Bringing Trump Back to Power(抜粋)

この記事の詳細は以下のリンクを御覧ください。


【私の論評】2024年の米大統領選挙でトランプ氏が返り咲くか、大きな影響力を行使するのは間違いない情勢に(゚д゚)!

ローレンス・サマーズ氏とはどのような人物なのか、Wikipediaから一部を引用します。
1982年から1983年にかけてロナルド・レーガン政権の大統領経済諮問委員会スタッフを務めた。また1988年アメリカ合衆国大統領選挙では民主党のマイケル・デュカキス候補の経済アドバイザーとなった。1991年にハーバード大学教授を辞任し、世界銀行上級副総裁(世界銀行チーフエコノミスト)に就任する。 
1993年にビル・クリントン政権が成立すると財務省に移って財務次官を務め、また1995年に財務副長官も務めた。日本でも榊原英資との円高是正の協調介入で知られている。 
1999年7月にロバート・ルービンの辞任に伴い、後任の財務長官に就任する。アメリカ合衆国財務長官として国内の経済・財政政策や日本などの対外経済関係と通貨危機などの国際経済を担当した。

詳細を知りたいかたは、 Wikipediaをご覧になってください。上の記述をみれば、サマーズ氏は政治的には民主党の立場から、そうして経済サイドからトランプ氏の大統領の復帰がありえることを示唆していることがわかります。

トランプ氏の大統領復帰がありえることは、以前このブログでも指摘したことがあります。

トランプ氏が独自SNS立ち上げ、合併相手のSPAC350%超急騰―【私の論評】2024年に、大統領に返り咲くこともあり得るトランプ氏(゚д゚)!


この記事では、トランプ氏が独自SNS立ち上げることなどを掲載しました。詳細はこの記事をご覧いただくものとして以下に一部を引用します。

ラスムセン社が先月下旬(9月下旬)に実施した世論調査によると、仮に今、大統領選が行われた場合、トランプ氏に投票するとした人が51%だったのに対し、バイデン氏は41%。民主党支持者の約5人に1人がトランプ氏に投票するとしました。
世論調査専門家のジョン・ゾグビー氏は、10ポイント差という結果は実態よりも「少し大きい」との見解を示しつつも、「就任からわずか9カ月で、(バイデン氏への)投票に後悔している人が多くいる」と指摘しています。

 以上のことのほかにも、トランプ氏が有利になりつつ報道もいくつかあります。

サマー・ザーボス(中央)

マンハッタン地区判事は12日夜、「アプレンティス」の元出演者であるサマー・ザーボスが主張を退けたのを受け、ドナルド・トランプ前大統領に対する名誉棄損訴訟を取り下げました。

棄却によってトランプは宣誓証言に出席する必要がなくなくなりました。

ニューヨーク・ポストによるとザーボスは、2007年の「アプレンティス」出演時に、自分の意思に反してトランプが自分の体を触りキスをしたとして2016年に訴えていました。

裁判官は訴訟を確定力のある決定として棄却し、彼女が再度訴えることはできなくなりました。

ところがこれだけが12日夜のトランプの法的勝利ではありませんでした。別のニューヨーク裁判官は、前大統領の関わる別の訴訟を棄却しました。こちらはトランプの元顧問弁護士・マイケル・コーエンが過去の弁護士費用のことで訴えていたものでした。

トランプ・オーガニゼーションの広報担当者は、コーエンの訴訟の棄却を称賛し、コーエンは前大統領との関係を利用して私腹を肥やそうとしていると非難しました。

12日には、他にもトランプ氏にとって有利なことが起きました。

ワシントン・ポスト紙は12日、スティール文書に関する2つの記事の一部を削除・訂正したと報告した。同紙は「記事のそうした要素の正確さをもはや堅持できない」と判断しました。同紙は、「ベラルーシ系米国人ビジネスマンを『スティール文書』の主要情報源として特定した」、2017年3月2019年2月に発表の「2つの記事の大部分を訂正・削除するという異例の措置を取った」のです。

2016年初め、米共和党の反トランプ勢力が関連する調査会社「フュージョンGPS」は、元スパイのスティール氏に対し、トランプ氏とロシアとのつながりについて調査を委託しました。

こちらが、怪しい調査書の一部。バズフィードが一部伏せ字で全文書を公開した

スティール氏は海外での情報活動をする「MI6」にかつて勤務しており、ロシア事情に詳しいです。同氏の会社「オービス・ビジネス・インテリジェンス」が、早速調査を開始しました。

当初は共和党内の反トランプ勢力が資金を提供していたものの、予備選挙が終わりトランプ氏が大統領選の共和党候補となると、ある民主党支持者が調査資金を出すようになった。つまり、反トランプ派の要請による調査報告書ということです。

報道によると、スティール氏が作成したとされる文書には、ロシア情報当局がトランプ氏に対する恐喝材料となるような事業関係の情報と、モスクワのホテルで複数の売春婦といる様子の映像を所有していると書かれていました。

この「スティール文書」は以前から、フェイクだとされていましたが、今回のワシントン・ポスト紙のスティール文書に関する2つの記事の一部を削除・訂正により、フェイクであることが確定したと言って良いです。

12日だけでも、トランプ氏に有利な展開が3つもあり、15日にはサマーズ氏が、民主党支持の立場から、トランプ氏の返り咲きもたらす可能性を指摘しているのです。

これらを見ると、2024年の大統領選挙でトランプ氏が返り咲くか、大統領選に大きな影響力を持つのは間違い情勢になってきたといえます。

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2021年11月15日月曜日

「北京証券取引所」が開業 中国本土で3カ所目―【私の論評】独立した金融緩和を実施できない中国が何をしても、国全体としては何も変わらない(゚д゚)!

「北京証券取引所」が開業 中国本土で3カ所目


  中国本土で3カ所目となる北京の証券取引所が15日に開業しました。

 午前に取引を始めた北京証券取引所には、現時点で81銘柄が登録を完了しています。

 中国本土の証券取引所としては上海、深センに続く3カ所目で設立にあたり、習近平国家主席は「革新的な中小企業の主要な陣地を作る」と強調していました。

 投資家:「新エネルギーや環境保護関連の企業に興味を持っている」

 アメリカとの対立が続くなか、先進的な中小企業が国内で資金を確保できる体制を強化する狙いもあるとみられます。

【私の論評】独立した金融緩和を実施できない中国が何をしても、国全体としては何も変わらない(゚д゚)!

中国共産党政権は企業の事業運営への関与に加えて、金融市場への介入もより重視するでしょう。北京証券市場の開設はその一環と見るべきでしょう。

独禁法などを理由とする企業への圧力強化によって海外投資家は中国株へのリスク回避姿勢を強め、中国株式市場は不安定化しやすいです。それが、A株市場(上海・深センの株式市場の種別)で80%程度を占める個人投資家をはじめ、中国の社会心理に与える影響は軽視できないです。株価の下落は「負の資産効果」を及ぼし、中国の社会心理を不安定化させることになります。

その影響を抑えるために、「国家隊」と呼ばれる政府系機関投資家による本土株(上海・深セン市場)の買い支えは増える可能性があります。在来分野での雇用維持のためにインフラ投資も強化されるでしょう。

共産党政権は中小企業への資金繰り支援も重視しています。つまり、企業の事業運営、資産価格、および経済政策の三つの点から共産党政権による経済と社会への統制は強化されるでしょう。それは短期的に中国経済を下支えする可能性があります。そうした見方から、中国株への投資を重視する投資家はいます。

しかし、長期視点で中国経済の展開を考えると、経済全体での資本効率性が低下する中で、経済と社会への統制強化が人々のアニマルスピリットを高め、イノベーションを支えるかは見通しにくいです。

クリックすると拡大します

中国経済では生産年齢人口の減少、不動産バブルの膨張、経済格差による社会心理の不安定化、コロナ禍による人々の予備的動機の高まりといった課題も増えています。また、半導体製造技術などの先端分野に加えて人権問題でも米中の対立は先鋭化する可能性が高いです。

どこかのタイミングで中国の債務問題や社会心理の悪化が株価の調整リスクを高め、本土からの資金流出圧力が高まる可能性があります。中国人民銀行が「デジタル人民元」の実用を目指しているのは、中長期的な経済への不安が高まっているからでしょう。

北京証券取引所の設立は、中国の金融監督強化の一環としてみるべきでしょう。中国の場合、大手銀行20行で約7割のシェアを持っています。信用情報の実質国有化、デジタル人民元の直接決済などを考えると、人民銀行が直接企業個人向けの金融を行う形になるかもしれません。銀行は単なる取次会社化する。その上で全て計画経済化してしまうつもりかもしれません。

ただ、いくら北京証券取引所などの金融機関を設立しようとも、政府が金融監視をしようと、中国の金融政策には根本的問題があります。結論からいうと、現在の中国人民銀行(中国の中央銀行、日本の日銀にあたる)は独立した金融政策がとれないのです。

先進国ではマクロ経済政策として財政政策と金融政策がありますが、両者の関係を示すものとして、ノーベル経済学賞の受賞者であるロバート・マンデル教授によるマンデル・フレミング理論があります。

経済学の教科書等では「固定相場制では金融政策が無効で財政政策が有効」「変動相場制では金融政策が有効で財政政策無効」と単純化されていますが、その真意は、変動相場制では金融政策を十分緩和していないと、財政政策の効果が阻害されるという意味です。つまり、変動相場制では金融政策、固定相場制では財政政策を優先する方が、マクロ経済政策は効果的になるのです。

これを発展させたものとして、国際金融のトリレンマ(三すくみ)があります。この結論をざっくりいうと、(1)自由な資本移動(2)固定相場制(3)独立した金融政策-の全てを実行することはできず、このうちせいぜい2つしか選べないというものです。


これらの理論から、先進国は2つのタイプに分かれます。1つは日本や米国のような変動相場制です。自由な資本移動は必須なので、固定相場制をとるか独立した金融政策をとるかの選択になりますが、金融政策を選択し、固定相場制を放棄となります。

もう1つはユーロ圏のように域内は固定相場制で、域外に対して変動相場制というタイプです。自由な資本移動は必要ですが域内では固定相場制のメリットを生かし、独立した金融政策を放棄します。域外に対しては変動相場制なので、域内を1つの国と思えば、やはり変動相場制ともいえます。

中国は、そうした先進国タイプになれません。共産党による一党独裁の社会主義であるので、自由な資本移動は基本的に採用できません。例えば土地など生産手段は国有が社会主義の建前です。中国の社会主義では、外資が中国国内に完全な民間会社を持つことができません。中国に出資しても、中国政府の息のかかった中国企業との合弁までで、外資が会社の支配権を持つことはありません。

一方、先進国は、これまでのところ、基本的に民主主義国家です。これは、自由な政治体制がなければ自由な経済体制が作れず、その結果としての成長がないからです。

もっとも、ある程度中国への投資は中国政府としても必要なので、政府に管理されているとはいえ、完全に資本移動を禁止できません。完全な資本移動禁止なら固定相場制と独立した金融政策を採用できるのですが、そうではないので、固定相場制を優先するために、金融政策を放棄せざるを得ないのです。

要するに、固定相場制を優先しつつ、ある程度の資本移動があると、金融政策によるマネー調整を固定相場の維持に合わせる必要が生じるため、独立した金融政策が行えなくなります。そのため、中国は量的緩和を使えないのです。

このような状況にある中国が、北京証券取引所を設立しようが、金融監督を強化しようが、独立した金融政策が行えないのですから、結局無意味なのです。

北京証券取引所

先進的な中小企業が国内で資金を確保できる体制を整えたつもりであっても、結局金融政策によってマネーストックを思い通りに増やすことができないですから、結局先進的な中小企業が国内で資金を確保できるようにすれば、国内で他の産業などを犠牲にして、そこからお金を調達するしかないのです。

そうなると、先進的な中小企業に様々な手当をして、伸ばすことができたにしても、他の産業が駄目になり、国全体ではマネーストックが増えないのは無論のこと、経済発展はできないのです。

この八方塞がりの状況を打開するためには、中国共産党が完全な資本移動禁止をするか、固定相場制をやめるしかないのですが、それに中国共産党は気づいているのか、気づかないのか、現状でも八方塞がりの状況を続けているというのが現状です。

この状況について、何やら中国も日本のバブル崩壊後の状況に似てきたと指摘する識者もいるようですが、これは全くおかしな議論です。

日本のバブル崩壊は、当時一般物価は上昇していないにもかかわらず、株価がかなり上昇したり、土地価格が上昇していたのを日銀が一般物価が上昇していると勘違いして、金融引締に走ったことが原因です。それでも景気が落ちこめば、すぐに緩和して景気を立て直すことができました。

にもかかかわらず、その後も日銀は金融引締を続けたために、「失われた20年」という経済の落ち込みを体験することになったのです。緩和をしようと思えばできたのです。

ただ、中国の場合はバブル崩壊しても、金融緩和できないのです。日本も中国も「バブル崩壊」という表に出てくる事象は似ていますが、これらは全く似て非なるものなのです。

日本は安倍晋三氏が総理に就任してから、金融緩和に転じましたが、二度も消費税をあげることになり、その後のコロナ禍もあり、未だデフレから完全に抜けきっていない状態ですが、雇用はかなり回復しましたし、コロナ禍でも先進国中で、失業率はもっと低い状況にありました。

金融緩和できない中国は北京証券所を開設したにせよ、政府が金融監督を強化しても、今後経済が落ち込むのは目に見えています。

中国共産党からみれば、日銀がやろうと思えばすぐに、そうし大規模に金融緩和できる日本の状況は、さぞかし羨ましいでしょう。

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2021年11月14日日曜日

習近平熱望の「歴史決議」、党内抵抗で毛沢東・鄧小平と並び立てず―【私の論評】今回の6中全会でも、習近平は独裁という野望の成就のため未だ権力掌握の途上にあることが明らかに(゚д゚)!

この実績では無理筋、だから台湾併合

中国共産党創建100年を記念する祝賀大会で演説し、拳を突き上げる習近平国家主席

この記事から一部を引用します。

昨日閉幕の6中全会のコミュニケによって披露された「歴史決議」の骨子であるが、ここで注目すべき1つたいへん重要なポイントは、「歴史決議」は今までの中国共産党の歴史を「6段階」に分けて総括し、その中では毛沢東・鄧小平・江沢民・胡錦濤・習近平という5人の指導者を同列に並べて評価した点である。

つまり、当初からの大方の予想と違って、この「歴史決議」においては、習近平氏が毛沢東・鄧小平と並んだのではなく、むしろその前々任と前任の江沢民・胡錦濤両氏と並んで、この2人の先輩指導者とほぼ同格の扱いを受けている。習近平は結局、この2人の先輩を飛び越えて毛沢東・鄧小平と直接に繋がって肩を並べることができなかったのである。

習近平氏が今回の「歴史決議」を採択させた狙いがもし、中国共産党史上二大指導者の毛沢東・鄧小平と並ぶ自分自身の地位の確立にあるのであれば、少なくとも6中全会コミュニケの内容を見る限りにおいては、彼の企みは半ば失敗に終わったと思わざるを得ない。今の習近平氏はせいぜい、先輩の江沢民・胡錦濤とは同格の「一指導者」であって、それ以上でもなければそれ以下でもない。

もう1つ注目すべきなのは、中国共産党が今後において「堅持すべき」政策理念として、上述の6中全会コミュニケは毛沢東思想、鄧小平理論、江沢民政権一枚看板の「三つの代表の思想」、胡錦濤政権の政策理念である「科学的発展観」と並んで、「習近平思想」を持ち出した点である。つまり、思想理念の面においても、「習近平思想」は上述の4名の指導者の「思想」や「理念」と並列しているので、それらを超えた特別の地位を与えられたわけでもない。

さらに言えば、6中全会コミュニケは習近平氏の「党の核心」としての地位を強調したものの、習近平氏個人に対する賛美の言葉は一切出ていない。毛沢東時代にあったような「習近平万歳」とは程遠い内容である。

この記事の詳細は、以下のリンクから御覧ください。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89293?imp=0

【私の論評】今回の6中全会でも、習近平は独裁という野望の成就のため未だ権力掌握の途上にあることが明らかに(゚д゚)!

私自身は、前から習近平の野望がかなったときには、目印があることを以前このブログに掲載しました。その記事のリンクを以下に掲載します。
中国で進められる「習近平思想」の確立と普及―【私の論評】党規約に「習近平思想」と平易に記載されたとき、習近平の野望は成就する(゚д゚)!

詳細はこの記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。これは、9月16日の記事です。

2016年の党大会では、長たらしい「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」という文言が党規約に組み込まれました。日本のマスコミなどは、これをもって習近平の独裁体制が定着したかのような報道ぶりでしたが、誤りです。

この記事では、これはむしろ習近平が独裁体制掌握の途上を示すものであることを主張しました。以下にその部分をこの記事から引用します。
党規約入は、習近平氏にとって大成功でしたが、①曖昧で長い思想名、②党主席制復活(習近平は国家主席)に失敗、③腹心王岐山の留任に失敗ということで、まさに2016年の党大会は、習近平にとては不本意なものであったに違いありません。

このときの失敗を取り返し、党規約に盛り込まれた「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を「習近平思想」に変えてしまうことが、習近平の野望のようです。

それを目指して、「習近平思想」なるものを小学校から必修科目として、「習近平氏の思想」が導入されたのです。小学校から高校まで教本は4冊あるとされ、大学や社会人になっても中国共産党の思想教育は継続されるようです。

これは、一つの目印になると思います。もし、党規約の中の習近平の思想が「習近平思想」と書かれるようになれば、そうして習近平が現役のうちにそうなれば、この野望は成功したとみなせるでしょう。そうして、習近平の独裁体制が成立したとみるべきです。

いくら「習近平思想」を学校などで普及させたようにみえても、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」のままであれば、成功したとはいえないでしょう。そうして、習近平の独裁体制は成立していないとみるべきです。

今後どうなるか、注目したいです。特に、今後の党大会で、どうなるのかが、見ものです。
そうして今回の6中全会でも、「習近平思想」が党規約に盛り込まれることはありませんでした。これからみれば、習近平の野望は未だ獲得の過程にあると結論づけることでができると思います。

朝日新聞デジタル版では、2017年10月15日に以下の記事を掲載しています。
習氏の名冠した政治理念、党規約に明記へ 中国共産党
そうして、この記事では以下のような表が掲載されています。


ただ、私自身は、「習近平思想」という文言が、党規約に盛り込まれれば、習近平の野望は成就したものとみなすべきで、行動指針にもすぐにに盛り込まれことになると思います。

結局、今回の6中全会でも、習近平は独裁という野望の成就のために、未だ権力掌握の途上にあることが明らかにされたと思います。

上の石平氏の記事の結論において「問題は、習近平氏が一体どこで、どうやってそれ(歴史的偉業)を作るのかであるが、考えてみれば1つしかない。台湾を併合してみせることだ。それこそは、毛沢東も鄧小平も成し遂げることのできなかった、中国共産党にとっての「偉業」なのである」としています

これを持って中国による「台湾侵攻」を既成事実のように煽るメディアもありますが、昨日もこのブログで述べたように、海戦能力に劣る中国が台湾に侵攻した場合、海戦能力特に(ASW:対潜水艦戦闘能力)にはるかにまさる日米等と海戦になるのは明らかで、そうなると中国の大敗は免れません。無論中国側に多数の犠牲者もでます。

多くのマスコミなどは台湾有事の戦いは時代遅れな空母打撃軍による戦いをイメージしている

そうなると、「歴史的偉業」どころか、「歴史的汚点」ということになり、習近平は野望を成就するどころか、失脚することになるでしょう。中国共産党の権威は一気に国内外で崩れることになります。

そのような愚かな真似を習近平はしないでしょう。ただし、米国等は習近平がそれをすれば、速く決着がつくので、してほしいと望んでいるかもしれません。

しかし、習近平はそれほどまでは愚かではないようです。台湾に軍事侵攻するのではなく、昨日も述べたように、中国の常套手段である、例えば中米のホンジュラスのような、経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱い国や地域に工作して浸透し多くの国々を中国の意のままに動かし、国際会議等で、中国に親和的な方向に票を投じさせることにより、台湾を孤立させるようなやり方をさらに強化すると考えられらます。

そうして、台湾を国際社会から孤立させ、最終的に台湾を屈服させ、組み入れるというやり方を、強化させる方向に打って出るでしょう。

日本も含めて、国際社会は、こうした動きを封じるように互いに協力し合うべきです。

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2021年11月13日土曜日

ホンジュラス大統領が台湾訪問 蔡英文総統と会談―【私の論評】経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱い国や地域に浸透し意のままに動かそうとするのが中国の常套手段(゚д゚)!

ホンジュラス大統領が台湾訪問 蔡英文総統と会談

13日、台北の台湾総統府で会談した蔡英文総統(右)とホンジュラスのエルナンデス大統領

 中米ホンジュラスの大統領が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談しました。中国と台湾の外交上の綱引きは中米の政治にも影響を与えています。  13日午前、台湾と正式に国交を結んでいる中米ホンジュラスのエルナンデス大統領が台湾の蔡英文総統と会談し、これまでの交流の成果を称え合いました。

  ホンジュラスでは今月28日に大統領選挙が行われますが、野党の有力候補の一人が「当選した場合、台湾と断交し、即座に中国と外交・通商関係を結ぶ」と主張していて、台湾は強い危機感を示しています。 

 エルナンデス大統領は今回、立候補していませんが、「大統領選挙の結果、国民が台湾との交流を選択することを願う」と後継候補への支持を表明しています。

【私の論評】経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱い国や地域に浸透し意のままに動かそうとするのが中国の常套手段(゚д゚)!

ホンジュラスの位置関係を以下に示します。


ホンジュラスは北米大陸と南米大陸を結ぶ中米地峡に位置する日本の約3分の1ほど、人口は990.5万 (2020年)の小さな国で(周辺国はグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア)、この地域の最も貧しい国のひとつに数えられています。国を支える主要産業(主にコーヒーとバナナ)が脆弱な上、数世紀に渡って展開された欧州列強による植民地支配に端を発する搾取的社会と文化の形成により激しい貧富の格差が存在し、多くの国民が深刻な貧困に喘いでいます。

また汚職による政治腐敗が著しく政府はその責務を果たさず、更に麻薬犯罪組織の暗躍と警察組織の退廃により極めて治安が悪く、日々暴力と犯罪が絶えません。社会福祉はほとんど提供されず医療レベルも極めて低く、また教育システムも必要な機能を果たしていません。

これらの現実を生きるホンジュラス国民は、明日への希望を持つことが極めて困難です。

2017年11月26日にホンジュラス大統領選挙が実施され、現職で中道右派のフアン・エルナンデス大統領が事実上再選されました。再選を禁じる憲法の無効で臨んだ選挙で、最終的には国民の信任を得られたかたちとなったものの、薄氷の勝利でしたた。同国は中米地域においても殺人など凶悪犯罪が多く、治安維持や貧困解決が政策課題の中心となっていました。

中南米カリブ海地域には台湾と外交関係を持つ15カ国中9カ国が集中。長年、中台の「外交戦争」の最前線となってきた。台湾は最近、欧州連合(EU)欧州議会の代表団や米議員団の訪問を相次いで受け入れており、台湾と中国との駆け引きが活発化しています。


ホンジュラス大統領選で最有力候補に浮上した最大野党LIBREのシオマラ・カストロ氏は、当選した場合「即座に中国と外交・通商関係を結ぶ」と繰り返す。ホンジュラスは台湾と外交関係を維持しているが、カストロ氏は中国に乗り換える方針です。

大統領選は当初、首都の市長で与党・国民党のナスリー・アスフラ氏が先行し、テレビ司会者のサルバドル・ナスララ氏、カストロ氏が追う構図だとされた。だが、ナスララ氏が出馬を取りやめてカストロ氏を支持すると表明し、同氏とアスフラ氏の一騎打ちの様相になりました。

ホンジュラスの民間団体CESPADの直近の世論調査で支持率は、カストロ氏が38%に伸び、アスフラ氏の21%を引き離しました。

断交を明言するカストロ氏の伸長に、台湾は強い危機感を示しました。台湾とホンジュラスは21年、外交関係の樹立から80年を迎えました。台湾外交部(外務省)はカストロ氏の発言について「中国は私たちの外交関係が不安定だとの誤った印象を与えるため民主的な選挙を利用している」と訴え、カストロ氏の背後に中国が存在すると示唆しました。

台湾は、こうした中国の工作に手を拱いているばかりではありません。

ラテンアメリカ及びカリブ海地域の親台湾派議員たちによる国際的な交流プラットフォーム「フォルモサクラブ」は26日午前、オンライン方式で初の合同会員大会を開催しました。この大会では、台湾が「専門、実務、貢献」を原則に、気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)、国際刑事警察機構(インターポール)、環太平洋経済連携協定(CPTPP)等の国際組織に参与することの必要性を国際社会が直視し、また支持するよう呼びかける共同声明を採択しました。

親台湾派議員たちによる国際的な交流プラットフォーム「フォルモサクラブ」は2019年10月、まずヨーロッパで誕生しました。同年12月には南米諸国とメキシコが参加する中南米版「フォルモサクラブ」が発足し、2020年11月には中南米の親台湾派議員を取り込み、ラテンアメリカ版「フォルモサクラブ」に名称を変更しました。

今年5月にはカリブ海地域でも「フォルモサクラブ」が誕生。ラテンアメリカとカリブ海地域の「フォルモサクラブ」には現在、合計21か国、300人近いメンバーが参加しています。

それにしても、なぜ中南米の小さな国をめぐって台湾と中国の駆け引きが活発に行われるのでしょうか。

国連における国際会議は、国の大小、強弱や委員の多少に関係なく、一国に一票の投票権を与える一国一票主義で運用されているということがあるからです。人口が1万6,000人と、国連加盟国.の中で最も小さいパラオも、1票の投票権があります。

ホンジュラスのような小さな国は経済・軍時的にも弱くさらに市民社会も比較的弱い傾向があります。中国にとってはこれらの国々は介入しやすく、こうした国に介入して、国連における国際会議において中国の意向に沿った一票を投じるようにさせることを狙っているのです。

たとえ小さくても、中国に親和的な国が多ければ、国際会議を中国にとって有利に運ばせることができます。

そうして、国際会議や国際機構から台湾を排除することができます。このようなことをあらゆる局面で実行し、台湾を自ら中国に帰属するように仕向けることが、中国の最終目標です。

巷では、中国の軍事力、特に海戦能力を過大評価し、中国が台湾にすぐにも侵攻するように煽る論調も多いですが、このブログでも何度か述べてきたように、日米等に海戦能力、特にその中でもASW(対潜戦闘能力)に著しく劣る中国は、日米には海戦で勝つことはできません。

海戦ということに限っていえば、日本単独でも、戦えば負けます。日本が単独で、台湾を潜水艦隊で包囲してしまえば、中国の艦艇はことごとく撃沈され、台湾に侵攻できません。尖閣も同じことです。尖閣を日本に潜水艦隊が包囲してしまえば、中国は手出しできません。

無論米軍単独でも同じことですし、もし日米が手を組めば、中国には全く歯がたちません。このようなことを言うと、「そんなはずはない」と考える人は、中国のブロパガンダに相当影響を受けていると言わざるを得ません。

もし、中国が台湾に侵攻できる能力があるなら、中南米のホンジュラスを取り込もうというような、回りくどいことはせず、すぐに台湾に侵攻するはずです。そのつもりなら、わざわざ台湾領海、領空等を侵犯するなどのことは一切せず、ある日突然侵攻するはずです。チベット、ウイグル侵攻はまさにそのように実施されました。

中国は、軍事力では勝てる見込みがないから、中南米諸国を取り込んだり、台湾等に示威行動をしたりするのです。

ただし、中国を決して侮るべきではありません。軍事力で到底勝ち目のない中国は、軍事力以外で何とか台湾を中国の意のままにしようと、様々な工作を行っています。中南米諸国工作もその一環です。

中国は中南米だけを取り込もうとしているわけではありません。カンボジア等のインド太平洋地域や近隣の貧困国等の独立を一段と脅かしています。これらの国々は経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱く、中国が介入しやすいからです。それこそがインド太平洋地域における大きな危機です。

また、中国は小国だけではなく、先進国にも工作をしかけていることを忘れるべきではありません。たとえば、オーストラリア社会が様々な中国の浸透を受けていたことを忘れるべきではありません。

オーストラリアは、国としては先進国に分類されていて、経済・軍事的にも弱くはなく、市民社会も決して弱いとはいえません。国全体としては、決して弱くはないのですが、地域としては、これらが脆弱な地域もありますし、様々な組織の中には弱いものもありますし、社会階層の中には弱いところもあります。そうした弱いところを中国につけこまれて浸透されてしまったのです。

日本も例外ではありません。北海道をはじめとする、全国各地での中国による土地の買い占めなどの動きがあります。

そうして、つい最近東京都武蔵野市は、在留期間などの要件を付けずに外国人に住民投票の投票権を与える住民投票条例案を、19日開会の市議会に提案する方針を固めました。同条例案には、外国人と日本人を区別せずに投票権を与える内容が盛り込まれており、全国的にも極めて珍しい。「実質的な外国人参政権につながる」などと市民の反対の声は根強いですが、松下玲子市長にとっては10月の市長選で公約に掲げた肝いり施策の一つです。

もし、この条例が施行され、さらには「外国人参政権」が認められれば、中国は武蔵野市に大勢の中国人を送り込むとともに、地域住民も取り込み、中国人議員が数多く誕生するどころか、中国人市長が誕生することになるかもしれません。それが、日本中の地方で起これば、日本は中国の意のままに、操られることになります。

先程ものべたように、経済・軍時的にも弱く、市民社会も比較的弱い国や地域に工作して浸透し中国の意のままに動かそうとするのが中国の常套手段です。

中国の軍事力をひたすら煽るではなく、こうした中国の常套手段に対抗する術を日本も持つべきです。

安倍晋三元首相が、首相経験者として初めて台湾を訪問する計画が持ち上がっています。安倍氏は超党派で作る親台議連「日華議員懇談会」の顧問を務めており、その動きは、中国との距離が近いとされる岸田文雄首相や林芳正外相、党内では茂木幹事長へのけん制と指摘する声も少なくないです。


岸田首相は、どのようなつもりで、これらの人事を決めたのかわかりませんが、外相、幹事長ともに中国との距離が近いとされる人を任命するのは、明らかにバランスを欠いています。これは、中国に誤ったメッセージを与えかねません。

バランスを保つ意味でも、安倍元総理は台湾訪問を考えたのでしょう。私としては、安倍元総理に是非とも台湾を訪問していただき、台湾ならびに日本が中国の浸透を防ぐための新たな仕組みを提唱していただきたいと思います。

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2021年11月12日金曜日

海自、訓練で豪軍艦を「武器等防護」 米軍以外で初―【私の論評】2015年の安保改正がなければ、今日日豪の関係も、他の国々との関係も、現在よりはるかに希薄なものになっていた(゚д゚)!

海自、訓練で豪軍艦を「武器等防護」 米軍以外で初


 防衛省は12日、海上自衛隊の護衛艦「いなづま」がオーストラリア海軍のフリゲート艦「ワラマンガ」と共同訓練を行った際、安全保障関連法に基づく「武器等防護」を実施したと発表した。米軍以外を対象とした実施は初めて。

 共同訓練は10~12日に四国南方で実施し、武器を使用する事態は生じなかった。武器等防護は平時から他国の艦艇や航空機を守る活動で、平成28年の安保法施行で自衛隊の新たな任務となったが、これまでは同盟国の米軍を対象に行ったケースしかなかった。

 日豪両政府は今年6月の外務・防衛閣僚協議(2プラス2)で、武器等防護の実施に向けた準備が整ったことを確認していた。今後も豪軍から要請があれば行うという。防衛省は「部隊間の相互運用性が向上した。日豪防衛協力にとって極めて重要な進展だ」としている。

【私の論評】2015年の安保改正がなければ、今日日豪の関係も、他の国々との関係も、現在よりはるかに希薄なものになっていた(゚д゚)!

以下に12日、共同訓練を行った海上自衛隊の護衛艦「いなづま」がオーストラリア海軍のフリゲート艦「ワラマンガ」の写真を掲載します。手前が「ワラマンガ」、奥が「いなづま」です。防衛省・自衛隊のツイッターから引用しました。

クリックすると拡大します

上の記事にもある、「武器等防護」とは、オーストラリア軍の装備する艦船や航空機などが外部からの攻撃にさらされる事態に際し、自衛隊が武器を使用して防護することで、国内法上の根拠は自衛隊法第95条の2「合衆国軍隊等の部隊の武器等の防護のための武器の使用」(以下では「外国軍隊等の武器等防護」と記します)という規定に求められます。

もともと、この「外国軍隊等の武器等防護」は、自衛隊法第95条「自衛隊の武器等の防護のための武器の使用」という規定がベースになっています。これは、おもに平時に、自衛隊が装備する「武器等(武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備または液体燃料)」が奪われたり破壊されたりすることを防ぐために、その武器等を守る役割を与えられた自衛官が、武器を使用してこれを防護する、という規定です。

ただし、武器を使用することができるのは、武器等を退避させてもなおこれを防護することができないなど、やむを得ない場合に限定され、また人に危害を加えることが許されるのは正当防衛または緊急避難の場合に限られるなど、武器の使用には非常に厳しい制約が設けられています。

その「武器等防護」の範囲が外国軍隊にまで拡大されたのが、先ほどの自衛隊法第95条の2の規定ですが、これは2015(平成27)年に成立したいわゆる「平和安全法制」で追加されたものです。

ただし、この規定に基づけばどんな国の軍隊の武器等であっても自衛隊が防護できるというわけではありません。自衛隊が防護できるのは「自衛隊と連携して日本の防衛に資する活動に現に従事している」外国軍隊の武器等に限られています。

これには「外国軍隊等の武器等防護」のベースである、「95条に基づく武器等防護の目的」が大きく関係しています。

「95条に基づく武器等防護の目的」は、自衛隊が装備する武器等が奪われたり破壊されたりして、自衛隊の能力が低下し、ひいては日本の防衛力そのものが低下するのを防ぐことにあります。そのため、「外国軍隊等の武器等防護」であっても、それが破壊されるなどすると日本の防衛力が低下してしまうような場合にのみ、外国軍隊の武器等を防護できるように限定を付しているわけです。

ちなみに、ここでいう「日本の防衛に資する活動」とは、(1)共同訓練、(2)情報収集および警戒監視活動、(3)重要影響事態(そのまま放置すれば日本の安全に重要な影響を及ぼす事態)における輸送や補給活動などがこれにあたるとされています。

「外国軍等の武器等防護」には、上記の防護対象に関する制約以外に、防護を実施できる場合に関する制約も存在します。

まず、外国軍に対して武器等防護に基づく「警護」を実施できるのは、その相手国から警護の要請を受け、かつ防衛大臣が必要と認める場合に限られます。また、武器使用についても、先ほど説明した「95条に基づく武器等防護」に関する制約に加えて、攻撃をしてきている相手方がテロリストや不審船といった、どこかの国の軍隊以外である場合にのみ武器を使用することができるという制約が付されています。

なぜこのような制約が付されているかというと、もしどこかの国の軍隊が意図的に警護対象の国の軍隊の武器等を攻撃したとなると、それはその国に対する武力攻撃に該当し、これを防護するためには「武器等防護」ではなく「集団的自衛権の行使」が必要となるためです。

集団的自衛権の行使は戦争リスクを減らす

集団的自衛権の行使となると、これは自衛隊法第76条の「防衛出動」と、同じく第88条の「防衛出動時の武力行使」という規定に基づいて行動することになるため、「武器等防護」の場合と根拠法が全く異なります。そのため、武器等防護で実際に警護を実施できるのは、基本的にはテロリストなどによる攻撃に対する場合に限られるというわけです。

ただし、たとえば奇襲的に攻撃されて、誰が攻撃してきたのか判然としない場合や、相手がたとえどこかの国の軍用機などであっても、その攻撃が意図的かどうか判明しない場合には、例外的に防護を実施できることもあり得るという国会答弁も、過去にはなされています。

2021年6月9日(水)、第9回日豪外務・防衛閣僚協議(「2+2」)がオンライン形式で開催され、日本とオーストラリアの外務、防衛のトップ同士が、現在の両国を取り巻く安全保障環境やそれに対する対応について協議しました。なかでも、メディアなどを通じて注目を集めたのは、自衛隊がオーストラリア軍の装備を防護することができる「武器等防護」というワードでした。

第9回日豪外務・防衛閣僚に出席した茂木敏充外務大臣及び岸信夫防衛大臣

現在、日本とオーストラリアとの安全保障面での協力関係は、「特別な戦略的パートナーシップ」と呼ばれるほどに深化しています。

2014年4月日本を公賓として訪問した当時のオーストラリア首相のアボット氏と当時の安倍総理大臣の間でかわされた、共同声明がもとになっています。

2020年11月には、将来的なオーストラリア軍の日本での活動増加に備えて、オーストラリア軍の日本国内での扱いなどについて定める「日豪円滑化協定」が大筋合意に至るなど、その関係はより一層強固なものになりつつあります。今回の「武器等防護」も、こうした日豪間の安全保障協力関係のより一層の深化を象徴するできごとといえるでしょう。

2014年7月1日、安倍政権は「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を閣議決定しました。2015年(平成27年)5月14日、国家安全保障会議及び閣議において、平和安全法制関連2法案を決定し翌日、衆議院及び参議院に提出しました。 

安保法制の改正など、政権の維持だけを考えた場合、実施しないほうが良いに決まっていますが、それでも当時の安倍総理はこれを実行しました。このことがなければ、当然のことながら、今日のオーストラリアと日本との関係等もなかったものと思います。無論、現在同盟国や準同盟国などの他の国々との関係も、現在よりはるかに希薄なものになっていたでしょう。

それを考えると、安倍元総理の決断はまさに時宜を得たものでした。岸田総理には、安倍元総理のように政権支持率を下げても、実施すべきことはするという決断力があるのでしょうか。岸田総理にも安倍元総理のような政治家としての矜持をみせてほしいものです。

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2021年11月11日木曜日

プーチンが絶体絶命…ロシア経済が“崩壊寸前”で、いま起きている「本当にヤバい現実」―【私の論評】米露のインフレ率は6%超え、日本は1%に満たない!日銀は大規模な量的緩和を実施すべき(゚д゚)!

プーチンが絶体絶命…ロシア経済が“崩壊寸前”で、いま起きている「本当にヤバい現実」

建国以来の危機に瀕するプーチン

 今年の夏以降、欧州では天然ガスの指標価格が急騰し、この異常事態を招いたとして「ロシア悪玉」説が台頭している。しかし、欧州に対して悪さをしている場合でないほどに、ロシア経済がひっ迫していることを指摘する者はいない。

 ロシアはいま「ソ連崩壊以来の危機に瀕している」と言っても過言ではないだろう。その主因はインフレーションである。

 物価上昇の主因は食料価格だ。ロシアの年間食品価格インフレ指数は、8月の7.7%から9月は9.2%に達した。特に果物と野菜の価格が上昇している。

  ロシアは食糧輸出大国であるにもかかわらず、小麦、砂糖などに加え、主食であるジャガイモや卵なども値上がりしている。いずれも国内での自給可能な品目だが、新型コロナウイルスのパンデミックによる外国人労働者の流入制限による人出不足が災いした。

  昨年夏には、世界初の新型コロナウイルスワクチン(スプートニクV)を承認したが、ワクチンに対する国民の根強い不信感から低い接種率にとどまっており、日本とは対照的に感染の再拡大が生じている。  首都モスクワなどで行動制限が再強化されており、人手不足によるインフレ圧力はますます強まっているのだ。

 プーチン大統領が頼りにしているのは「インフレ・ファイター」として名高いナビウリナ・ロシア中央銀行総裁だ。 

ロシア中央銀行総裁 エリヴィラ・ナビウリナ

 ロシア中央銀行は10月22日の金融政策決定会合で政策金利を7.5%と従来の6.75%から引き上げることを決定した。

 プーチン政権の長期化に対する不満がこれまでになく高まっている中で、インフレと不景気の同時進行(スタグフレーション)が起きるリスクが生じている。

  ソ連崩壊後の1990年代前半のインフレは極めて深刻だった。  忍び寄るインフレの足音は、インフレがいかに国家を混乱させるかを目の当たりにしたプーチン大統領にソ連崩壊時の悪夢を呼び覚ましているのではないだろうか。

この記事の詳細は、以下から御覧ください。


【私の論評】米露のインフレ率は6%超え、日本は1%に満たない!日銀は大規模な量的緩和を実施すべき(゚д゚)!

ロシアのインフレは、確かに深刻です。8月のインフレ率は前年比6.7%(前月比0.2%pt上昇)となったほか、コア・インフレ率は同7.1%(前月比0.6%pt上昇)と、16年7月以来、5年ぶりの高水準に達しています。

米国も深刻です。米労働省が10日発表した10月の消費者物価指数(CPI、季節調整済み)は前月比0.9%上昇。前年同月比の上昇率は6.2%に達しました。食料品とエネルギー品目を除いたコアインフレ率も前年同月比4.6%上昇し、年間上昇率はどちらも30年以上ぶりの高い伸びとなりました。


ロシアや米国では確かにインフレ懸念があります。一方、日本はどうなのかといえば、物価目標は1%にも達しておらず、インフレ懸念からは程遠い状況にあります。

これは、とりもなおさず、日本には未だ金融緩和の余地がかなり、あるということです。これについては、以前このブログでも述べたことがあります。その記事のリンクを掲載します。
【日本の解き方】日本の賃金はなぜ上がらない? 原因は「生産性」や「非正規」でなく、ここ30年のマネーの伸び率だ!!―【私の論評】日本人の賃金が低いのはすべて日銀だけのせい、他は関係ない(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下にこの記事より一部を引用します。

名目賃金は、1人当たり名目国内総生産(GDP)と同じ概念なので、名目賃金が低いのは、名目GDPの伸びが低いからだということになります。

確かに、日本の名目GDPは、90年からほとんど伸びていません。これは世界で最も低い伸びであり、先進国の中でも際立って低いです。そのくらい名目経済が成長していないので、その成果の反映である賃金が伸びていないのは当然の結果です。労働が経済活動からの派生需要である以上、経済が伸びなければ賃金は伸びないです。つまり、賃金が低くなったのは、90年代以降の「失われた時代」の結果です。

そうして、この30年間で、名目GDPの伸び率と最も相関が高いのはマネー伸び率です。世界各国のデータでみても、相関係数は0.8程度もあります。

以下のグラフは、名目GDPとM2の成長率を比較したものです。相関係数は0.7です。M2とは、マネーストックの一種で、市場全体に供給される通貨(マネー)の量を測る指標です。日本ではかつて、「マネーサプライ」と呼ばれていました。

マネーストックにはいくつかの種類があります。現金と預金通貨の合計は「M1」と呼ばれ、このM1に定期性預金や譲渡性預金(CD)を加えたものが「M2」です。

上のグラフで青い線は名目GDPです。赤い線はマネーストックです
ここで重要なのは、マネーは金融政策でかなりコントロールできることです。ところが、金融政策の主体である日銀はかつて、「マネーは、経済活動の結果であって管理できない」ととんでもないことを言っていましたた。マネーが管理できないなら中央銀行は不要だが、こうしたばかげた議論が実際にあったのです。

2000年代になっても、日銀はインフレ目標を否定し、その上、デフレ志向でした。いわゆる「良いデフレ論」です。しかし、「デフレ」で良いことは一つもありません。結論をいうと、日銀がこのようなスタンスで、金融緩和をしないで来た結果、日本人の賃金は30年間も上昇しなかったのです。
ロシアや米国ではインフレ率が6%にもなっているのです。日本は1%にも満たないのですから、何らかの抜本的な対策が必要なのはいうまでもありません。

この抜本的対策として、高橋洋一氏は物価目標を一時的に4%に引き上げることを提案しています。高橋洋一は、インフレ目標を現状の2%から4%に引き上げれば、所得倍増を12~13年で達成できることを指摘しています。 

日本もこれくらいのことをしないと、いつまでたってもGDPは低迷したままで、日本人の賃金も上がらないでしょう。

インフレを心配する人もいますが、確かにロシアや米国のようなインフレ率になれば、危険信号が点ったともいえますが、ロシアは別にして、米国は金利を上げるなどの方策で十分に回復できる見込みです。

日本銀行が、インフレを恐れて1%の物価目標を達成できないのは、明らかに異様です。今後、量的緩和をより一層すすめていくべきです。コロナ禍から収束を目指す日本においては、日銀は2014年安倍政権成立直後の異次元の包括的緩和の姿勢に戻るべきです。

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2021年11月10日水曜日

民主主義サミットに向けてバイデンが抱えるジレンマ―【私の論評】バイデンは「民主化」こそ、経済発展して国の富を増やし、先進国になる唯一の道であることを示すべき(゚д゚)!

民主主義サミットに向けてバイデンが抱えるジレンマ

岡崎研究所

 12月にバイデン米大統領は民主主義サミットを開催する予定だが、Foreign Policy誌(電子版)の10月19日付け解説記事‘Biden’s Summit for Democracy Will Include Some Not-So-Democratic Countries’は、同サミットにはあまり民主的ではない国も招かれる、と問題提起している。同記事は、Foreign Policy の独自取材に基づくもので、具体的には、ポーランド、メキシコ、フィリピンについて以下のように言及している。


・ポーランドは、与党が司法権に対する支配を強めようと意図して、何年も前から着実に民主主義から後退しており、EUとの衝突コースに入っている。

・メキシコのロペス・オブラドール大統領は、公然とメキシコの一党支配の時代に立ち返り、メキシコの民主主義の柱を損なっているのではないかという懸念を広く抱かせている。

・フィリピンのドゥテルテ大統領は、自国の司法を非難し中国の積極的な進出に妥協を重ねて来た。

この記事の詳細は、以下から御覧ください。


【私の論評】バイデンは「民主化」こそ、経済発展して国の富を増やし、先進国になる唯一の道であることを示すべき(゚д゚)!

ホワイトハウスの発表によりますと、「民主主義サミット」は今年12月9日と10日にオンラインで開催され、民主主義の価値観を共有する世界各国の首脳や市民のリーダーなどを招待します。

サミットでは「権威主義からの防衛」「汚職との戦い」「人権尊重の推進」の3つをテーマに、各国が民主主義を活性化させる具体的な方策を協議します。その上で、1年後の来年12月に対面で2回目の会合を開き、進展を確認するとしています。

サミットの開催はバイデン大統領の公約で、権威主義体制と位置づける中国やロシアを念頭に、民主主義国が連携して対抗する姿勢を明確にする狙いをもっています。

上の記事にもあるように、ボーランド、メキシコ、フィリピンなどの民主的とは言いきれない、国も招待されています。

ロイター通信は消息筋からの引用で「アジア地域において日本と韓国のような米国の同盟国が民主主義サミットに招請されたが、タイとベトナムは招請対象に含まれなかった」と伝えました。 

また「フランスとスウェーデンのように成熟した民主主義と評価される国はもちろん、フィリピンやポーランドのように民主主義が脅かされていると指摘されている国も招請された」と付け加えています。

 中東地域では、イスラエルとイラクは招請されたが、トルコとエジプトはリストにはありませんでした。 

バイデン政権としては 「民主主義サミット」という新たな最高級会議により。中国とロシアの勢力拡張に立ち向かい、同盟国およびパートナー国を統合し米国のグローバルリーダーシップを強固にするという狙いがあるとみられます。

 しかし「フィリピンとポーランドのような国にも招請状が送られたことから、民主主義と人権守護のために活動している民間団体を中心に疑問があがっている」とロイター通信は伝えています。

 これは「米国が “中国の浮上とロシアの影響力に対する共同対抗”という自国の利益を念頭に置いて民主主義サミットを推進しているため、実際には民主主義的価値から外れているようにみられる国々も参加対象に含まれたのだ」ともみられています。

 このことについて、米高位当局者は「各地域で民主主義の経験をもった国が招請された」とし「『あなたの国は民主主義で、あなたの国はそうではない』と整理するのではない」と説明しています。

また「サミットをとりまく全ての外交的疎通において、我々は謙虚な姿勢で始め、『米国を含めたどのような民主主義も完璧ではない』ということを認めている」と語りました。

ちなみに、 英エコノミスト紙の調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」(EIU)が毎年発表している「民主主義指数」ランキングの2020年の順位が21年2月2日に発表され、日本は19年より3つ上げて21位でした。

調査では点数ごとに「完全な民主主義」(10.0~8.0)「欠陥がある民主主義」(7.9~6.0)「(民主主義と強権体制の)混合型」(5.9~4.9)「強権体制」に分類。日本は6年ぶりに「完全な民主主義」に復帰した

ランキングは5つの観点から世界中の国々に点数をつけて算出する仕組みです。新型コロナウイルスの感染拡大で、ロックダウン(都市封鎖)をはじめとする強制力をともなう措置に踏み切ったことで、世界的に点数は低下する一方で、日本をはじめとする東アジアの国々は上昇。新型コロナ対策では批判を受ける日本政府ですが、点数の上昇は「政府に対する国民の信頼感の向上」が背景にあると分析されています。

調査は世界の176か国の民主主義について、「選挙プロセスと多元主義」「政府の機能」「政治参加」「民主的な政治文化」「市民自由度」の5つの観点から10点満点で評価する仕組みで、点数ごとに「完全な民主主義」(10.0~8.0)「欠陥がある民主主義」(7.9~6.0)「(民主主義と強権体制の)混合型」(5.9~4.0)「強権体制」(3.9~0)の4つに分類します。

20年は全世界の平均は5.37点で、06年の調査開始から最低を記録した。その原因のひとつが新型コロナへの対応で、20年のEIUの発表では、
「ランキングでは、政府の措置に対する国民の支持があったかどうかにかかわらず、市民の自由を制限したり、緊急事態の権限行使を適切に監視できなかったり、表現の自由を否定したりする国の評価が下がった」
と説明しています。その一例として紹介されたのがフランスで、19年は8.12点で20位でしたが、20年は7.99点で24位に順位を下げました。分類上も「完全な民主主義」から「欠陥がある民主主義」に転落しました。

今月再びロックダウンされ、人通りのないシャンゼリゼ通り(右のポールに見えるポスターは、カンヌレーベルに選ばれたマイウェンの「ADN」)

大統領選の大混乱が記憶に新しい米国は、「政治参加」の評価が上がったものの、「政府の機能」がダウン。19年の7.96点(25位)が20年は7.92点(25位)と微減し、引き続き「欠陥がある民主主義」にとどまりました。

19年は7.99点で24位だった日本は、20年は8.13点で21位にランクアップ。14年以来6年ぶりに「完全な民主主義」に復帰しました。EIUの報告書では
「この変化は、政府に対する国民の信頼感の向上によってもたらされた」
と指摘されていますが、これに関しては、このブログでも菅内閣のコロナ対策は総体的には大成功と評価しましたが、EIUもこのような見方をしたということです。

菅内閣のコロナ対策における感染症対策は、病床の確保には失敗したものの、ワクチン接種の速度は爆発的といも言っても良いほどで、総体的には成功したといえます。経済対策においては、特に失業率の少なさにおいては、先進国においてはトップであり、これも大成功といえます。

マスコミや野党の見方は、かなり偏向していたといえると思います。偏向どころか、頭がねじ切れて、もとに戻らず異常をきたしてしまったのではないかとさえ、思われるほどです。

日本は、アジア太平洋地域ではニュージーランド(9.25点、世界4位)、オーストラリア(8.96点、世界9位)、台湾(8.94点、世界11位)に次ぐ順位で、韓国(8.01点、世界23位)を僅差で上回りました。

特に台湾は、19年の7.73点、世界31位から大きく評価を上げています。報告書では背景として、20年1月に行われた国政選挙で若者を含めて高い投票率を記録したことや、新型コロナ対策ではロックダウンなどの強い措置が行われず、住民が自発的に対策に協力していたことなどを挙げています。

1位はノルウェー9.81点、2位はアイスランド9.37点、3位はスウェーデン9.26点でした。

民主化している国々では、国土の広さや人口などが異なるので、単純比較はできませんが、一人あたりのGDPということで比較すれば、民主化されている国のほうが、経済発展しています。それは以前このブロクでも述べたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
テク企業への統制は中国企業の冬の時代を迎える―【私の論評】今後中国は社会も経済も発展することなく、図体が大きいだけの、アジアの凡庸な全体主義国家になるしかない(゚д゚)!

詳細は、この記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。 

経済に関して、中国共産党が全く理解できていないことがあります。それは、先進国がどうして先進国になりえたかということです。

多くの発展途上国は、中国のように政府主導で、経済発展することができます。実際、過去には経済発展をした発展途上国もありました。ところが、一人あたりの国民の所得が100万円前後になると、それ以上になることはありませんでした。これを中進国の罠(中所得国の罠とも呼ぶ)といいます。

例外もありますが、それは産油国やシンガポール(人口570万人の都市国家)のような例外的な国だけでした。

なぜ、このようなことになるかといえば、それは民主化と、政治と経済の分離、法治国家化が行われないからです。

先進国は、過去において民主化、政治と経済の分離、法治国家化を成し遂げました。そのため、中所得国の罠を超えて、成長し現在に至っています。それ以外の国は、経済発展できず、発展途上国のままです。
これは、高橋洋一氏が作成した下の「民主主義指数(横)と一人当たりのGDP」を見ても明らかです。
民主化がなされれば、当然のことながら、その後政治と経済の分離、法治国家化もなされていくことになります。無論、経済・社会に規制などはなされますが、それは自由な競争等を阻害するときになされるのが筋です。

これによって何が起こるかといえば、多数の中間層が輩出され、それらが自由な社会経済活動を行うようになります。

自由が保証された中間層は、あらゆる階層、あらゆる地域で社会を変革するイノベーションを行うことになります。それによって、社会が改革され、あらゆる不合理、非効率が解消され、結果として経済発展します。そうして、中進国の罠を突破することになるのです。

これらをなし得たから、先進国は先進国になりえたのであり、故なく先進国になったわけではありません。

バイデン大統領は、 「民主主義サミット」で「権威主義からの防衛」「汚職との戦い」「人権尊重の推進」の3つをテーマとして話あいをするようですが、この内容では抽象的にならざるを得ないと思います。もっと具体的な話し合いをすべきと思います。

バイデン大統領は、経済発展するための基本は「民主化」であることを宣言し、全国民が豊かになるためには、「民主化」は避けて通れないことをテーマにすべきであると思います。

中国やロシアは民主化からはほど遠いので、これから経済的にも低下していく以外にないことも強調すべきと思います。

「民主化」こそ、多くの中間層を生み出し、それらが自由に社会経済活動をし、社会を発展させ富を生み出すことにより、国全体の富を増やし、経済発展して先進国になる唯一の道であることを参加各国に理解してもらうべきと思います。

そうすることにより、「民主化」があまり進んでいない国々が、「民主主義サミット」参加する意味や意義が出てくると思います。

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2021年11月9日火曜日

「イプシロン」5号機 打ち上げ成功 鹿児島―【私の論評】海外からは、多弾頭核搭載可能な大陸間弾道弾打ち上げの成功とも見られる今回の快挙(゚д゚)!

「イプシロン」5号機 打ち上げ成功 鹿児島

大学や企業などが開発した人工衛星を載せた日本のロケット「イプシロン」5号機が9日午前10時前鹿児島県から打ち上げられ、人工衛星はすべて予定の軌道に投入されて打ち上げは成功しました。


大学や企業などが開発した人工衛星を搭載したJAXA=宇宙航空研究開発機構のロケット「イプシロン」5号機は、9日午前9時55分、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられました。

ロケットは1段目や2段目を切り離しながら上昇を続け、打ち上げから1時間余りの間に高度およそ600キロで搭載していた9つの小型の人工衛星すべてを予定どおり分離し、打ち上げは成功しました。

人工衛星は大学や企業などからアイデアを募集して選ばれたもので、宇宙のごみを除去するための技術実証を行う大手機械メーカーの衛星や、宇宙で微生物を観察する大学の衛星、それに、全国10の高専が開発した木星の電波を観測する衛星などです。

また、9日は日本人宇宙飛行士の星出彰彦さんが搭乗して地球に帰還するために飛行していた宇宙船などを避けるために、急きょおよそ4分遅らせての打ち上げとなりました。

「イプシロン」ロケットは小型の人工衛星を低コストで打ち上げようと開発され、8年前の初号機から今回まで5回連続で打ち上げに成功したことになります。

人工衛星開発の大学生ら「努力が報われた」

宇都宮市にある大学の学生たちが開発した小型の人工衛星が予定の軌道に投入されて打ち上げが成功したことを受け、学生たちはほっとした表情を見せていました。

宇都宮市にある帝京大学は地元企業のサポートを受けながら10年ほど前から人工衛星の開発に取り組んでいます。

超小型人工衛星の開発を進める河村准教授(右)と学生たち=2020年12月、帝京大宇都宮キャンパス

大学の教室では学生や企業の関係者らおよそ30人が集まって現地からの映像を見守り、午前11時すぎに人工衛星が予定の軌道に投入され打ち上げが成功したことがわかると、学生たちがほっとした表情を見せていました。

学生プロジェクトマネージャーで4年生の杉本秀真さんは「打ち上がってくれて一安心するとともに、1年生の頃から開発してきた努力が報われました」と話していました。

帝京大学の河村政昭准教授は「衛星が宇宙空間に行ってくれてまずはほっとしています。ミッション成功に向けてこれから始まる運用に力を入れたい」と話していました。

【私の論評】海外からは、多弾頭核搭載可能な大陸間弾道弾打ち上げの成功とも見られる今回の快挙(゚д゚)!

イプシロンロケットは、2006年(平成18年)度に廃止されたM-Vロケットの後継機として2010年(平成22年)から本格的に開発が始まり、2013年(平成25年)に試験1号機が打ち上げられた固体ロケットです。

M-VロケットとH-IIAロケットの構成要素を流用しながら、全体設計に新しい技術と革新的な打ち上げシステムを採用することで、簡素で安価で即応性が高く費用対効果に優れたロケットを実現することを目的に開発されています。

今回の強化型イプシロンの打ち上げ成功は、海外では「日本が潜在的に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を持つ能力を育てている」という論調で報道されてもいます。

これはもっともな反応で、イプシロンロケットの持っている特徴を以下に列挙しますが、これは、ICBMにとって非常に望ましい能力です。
  • 全段固体推進剤
  • 打ち上げ準備期間の短さ(第1段の射座への設置から打ち上げ翌日までの期間が、M-V は42日なのに対して、イプシロンは9日)
  • 少人数の運用者がパソコンを利用して“モバイル管制”で打ち上げる
先代のM-V、あるいはその前のM-3SIIロケットの時点から、諸外国は宇宙研の開発する固体ロケットを「ICBM技術の隠れ蓑ではないか」という目で見てきたようです。

実際は単に、1955年に糸川英夫・東京大学教授がロケット研究を始めるにあたって、安価な固体推進剤を採用したがゆえの固体ロケットであり、その後の高性能化は工学研究者が世界第一線級の論文を書くために性能を追求した結果でした。その結果、「学者の遊び」と批判されてM-Vは廃止となりました。

日本の宇宙開発の父 糸川英夫氏

ところが、この「学者の遊び」は、結果的にM-Vは、日本の安全保障において有効な抑止力としても機能してきました。外から見れば性能はまさに世界最高。かつその性能が「ICBM的」なので、諸外国は常に「日本がICBMを持つ可能性」を考慮して、自国の安全保障政策を決定しなくてはならないのです。

実際2016年にジョー・バイデン米副大統領が中国の習近平国家主席に北朝鮮核・ミサイル問題での協力を求めた際、「日本が明日にでも核を保有したらどうするのか。彼らには一晩で実現する能力がある」と発言したことが明らかにされています。

2013年米国を公式訪問した習近平国家副主席(当時)は現地時間6月14日午前、ホワイトハウスでバイデン米副大統領(当時)と会談

この発言の背景には、無論日本の固体燃料ロケット発射の実績があったものと考えられます。バイデン氏は、これを同年6月23日、米公共放送(PBS)のインタビューで語りました。

習氏との協議の時期は明らかにしなかったのですが、習氏が「中国軍は米国が中国を包囲しようとしていると考えている」と述べたのに対し、バイデン氏が日本に触れ、米中の連携がなければ日本の核保有があり得るとの認識を伝えたといいます。

M-Vは打ち上げ準備期間が長く、斜め方向に発射するという特徴を持ち、内之浦宇宙空間観測所の専用ランチャーからしか発射できなかったので、「M-VはICBMに転用できない」と言い切ることもできました。

ところが、日本の政治がこの便利なカードを持ったことに気づいたのは、2006年に官僚の内輪揉めで、M-V廃止が決まってからでした。

文部科学省には主に与党の防衛族議員から「なぜM-Vロケットを廃止するのか」という電話が次々にかかってきて、文科省は対応に苦慮したといいいます。ところが、その時点では政治的にであってももう廃止を止めることはできなかったのです。

日本がICBMを持つ合理的な理由はないともいわれます。なぜなら、ICBMは高価なので、破壊力の大きな核弾頭と組み合わせないと兵器としてはコストパフォーマンスを発揮できないからです。

しかも、日本はエネルギー安全保障の一環に原子力発電を組み込んでおり、国際原子力機関(IAEA)の査察の元に核燃料を輸入し、使用しています。IAEAは原子力の平和利用促進と軍事利用への転用の防止を目的としています。つまり、日本が核兵器を持つ意志を示せば、現行のエネルギー安全保障政策は崩壊します。

しかしながら、日本は原発の使用済み燃料から核兵器の材料を大量に取り出すことができ、これは北朝鮮やインド、パキスタンも使用した方法であるという事実もあります。

技術的には日本は問題がなく、唯一残る問題は核弾頭の製造と関連装置で、日本は簡単にこれらの問題を解決できます。日本の軍事関連企業なら1カ月に1基の速度で核弾頭を製造できると述べる海外の専門家もいます。

これに加えて、世界最高の性能を持つ宇宙向けの固体ロケットを保持し、発展させていくことは、抑止力を持つという意味で、日本の安全保障にとって良いことです。

米国、中国、ロシアという大国の狭間の東アジアに位置する島国としては、そうして何より国内では核に対するアレルギーが強いということもあり、日本は、あくまで科学技術と商業打ち上げの発展という目的を掲げてイプシロンの研究開発を継続的に進めることがが最上の策です。

2006年9月23日に最後のM-Vである7号機が打ち上げられてからの、技術開発と安全保障における2つの空白は、10年後に強化型イプシロンが上がることで、やっと埋まるメドが立ちました。本当に空白を埋めることができるかどうかは、今後のイプシロンを賢く扱えるかにかかっているといえます。

ことの良し悪しは別にして、海外からは今回の快挙は多弾頭核搭載可能な大陸間弾道弾成功とも見られているのは確実です。

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2021年11月8日月曜日

AUKUSを読む上で重要な地政学的視点―【私の論評】同盟は異なった思惑の集合体であり必ず離合集散する。AUKUS、QUAD、CPTPPも例外ではない!我々は序章を見ているに過ぎない(゚д゚)!

AUKUSを読む上で重要な地政学的視点

岡崎研究所

 10月16日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙コラムニストのジャナン・ガネッシュが、9 月の米英豪の原子力潜水艦などの安全保障に関する協力合意(AUKUS)がなされた後「英語圏」とは何なのかということが問われているが、「ファイブ・アイズ」の英語圏(英米加豪NZ)を結びつけるものは、文化というよりも地理的幸運であるなどと述べている。


 ガネッシュの主張は、①9月のAUKUS原潜合意の後「英語圏」の国々を結びつけるものは何かと考えてきたが、それは言語ではなく、海洋に囲まれ、隣に大国がいないという地理的幸運だと感じるようになった、②英語圏の国々が他の世界と相違するのは、偶然の地理的独立(地理的に離れていること)であるが、それが他国に対してこれらの国を無理解にしているということであろう。英語圏の国々は、欧州大陸の国々や恐らく中国、ロシア、アジアの地理的幸運に恵まれない国の状況を理解する必要があると言う。

 ガネッシュが9月のAUKUS結成を英語圏同盟(アングロサクソン同盟と言っても良いだろう)と見て、それを結びつけるのは言語ではなく、地理的幸運だとするのは興味深い。しかし、それは意図したというよりも結果論であろう。偶々関係三国の利害が一致したと理解すべきであろう。

 英国はグローバル・ブリテンを早く具現したい、今後ますますコストのかかる原潜維持負担をできれば英豪合体化で合理化したい、豪州はフランスによる通常推進潜水艦の建造がうまく進まない問題を早急に解決したい、米国は対中戦略上、米英豪の原潜能力を強化したい、経済上のメリットもありうるなどの動機を持っていたと考えられる。

 だからと言って、AUKUS結成に地政学が全く無関係だったとは言えない。広い意味で中国に対する地政学上の配慮は強くあったし、民主的国際秩序の保護という利益の配慮も強くあった。ガネッシュの考えは面白いが、狭くなった今日の世界では「地理的幸運」に安閑としているわけにはいかず、国際政治は依然として「地理」と「利益」で動くということではないだろうか。

AUKUS運用への数々の課題

 AUKUS合意を受けて、関係三国は事務レベルでプロジェクトの詳細の検討に入っているものと思われる。今後莫大な難しい問題を解決していく必要がある。これから種々紆余曲折があるように思える。問題を幾つか挙げれば次の通りである。

(1)如何なる原潜を誰が建造するのか。母港整備を含むインフラをどこに建設し、保守など高度な原子力人材を如何に確保し、維持するのか。

(2)コストの配分はどうするか。豪州にとっては通常潜水艦より高額の資金が必要になるだろう。リース方式を検討するのか。

(3)豪州の現有コリンズ型潜水艦の退役(退役は2026年頃からと言われていた)と新艦就航(2030年代後半以降予定)の時間的ギャップをどうするか。コリンズ型の延命措置も検討されているようで、その場合は遅いもので2050年代まで就役することになるという。

(4)NPTとの関係、IAEAとの関係も問題となる。非核保有国による原潜保有の初めての事例になる。IAEAは既に実体的、法的検討を開始している。原潜建造に関心を持つイランなどが注目しているようだ。イランの他、カナダ、韓国(先年韓国は米国に協力を求めたが米国は拒否したと言われる)、ブラジルが原潜建造に関心を持っている。IAEAのグロシ事務局長によると、セーフガード措置から外した核燃料の核兵器転用阻止を如何に確保するかが最大の問題になる。

(5)米国内の反対論を抑えられるか。米海軍は技術移転に当初慎重だったという。既に専門家などがバイデンに反対の書簡を送付した。

 日本は、豪州の潜水艦受注に関して、かつてフランスやドイツと争い、結局受注がフランスに決まったという経緯がある。今回、AUKUSには入っていないが、自由で開かれたインド太平洋戦略の中で、何らかの形で連携ができたら良いだろう。

【私の論評】同盟は異なった思惑の集合体であり必ず離合集散する。AUKUS、QUAD、CPTPPも例外ではない!我々は序章を見ているに過ぎない(゚д゚)!

AUKUSが結成された背景には何があったのでしょうか。米誌FORBES(2021/9/19)は「フランス製の最新式の原子力潜水艦を通常動力に変更して12隻建造するという豪州との取り決めは、中国が小規模だった原子力潜水艦艦隊を急拡大する兆しを見せたため、貧弱に見え始めた」と分析しています。

中国は現在、米国、ロシアに次ぐ、約60隻の潜水艦保有国で、攻撃型原子力潜水艦は少なくとも6隻は保有しているとみられます。中国は軍事拠点化を進める南シナ海に戦略ミサイル原潜を遊弋(ゆうよく)させています。

中国海軍が21年現在、6隻保有する094型晋級戦略ミサイル原潜には、最大射程7400キロ以上、核弾頭を最大4個装備可能なJL-2核弾頭ミサイルが搭載され、海中から発射できる態勢が整っています。

弾道ミサイル搭載型潜水艦094型(晋級)

ちなみに、物理的には南シナ海中央から約7400キロ圏内に豪州と日本の全域が入ります。そして中国が2020年代中の就役を目指して開発中の096型戦略ミサイル原潜が将来は、射程1万2000~1万5000キロのJL-3ミサイルを搭載して南シナ海に潜む可能性もあります。これだけの射程になれば、南シナ海の海中から米本土だけでなく、英仏も物理的には射程内に収まるようになります。

AUKUS署名後、モリソン豪首相は記者会見で同国海軍のホバート級イージス駆逐艦にトマホーク巡航ミサイル(射程1600キロ以上)を装備することを言明。さらに今後、延命工事が行われるコリンズ級潜水艦にも、トマホーク巡航ミサイルを装備する可能性を示唆した。

AUKUS署名で仏企業は、650億ドル規模のビジネスをキャンセルされ、仏政府は駐米、駐豪仏大使を一時帰国させましたが、9月22日にマクロン仏大統領とバイデン米大統領の電話会談の後、駐米、駐豪の仏大使は任地に帰還しまし。

10月29日、米大統領はローマで開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を前に、マクロン仏大統領と会談。米側の不手際を認め、「米国はインド太平洋地域のフランスの役割を歓迎する。フランスは地域全体に拠点を置く軍事力により、自由で開かれたインド太平洋への安全保障への貢献、提供者となっている」などを内容とする米仏首脳共同声明を発出しました。

この中では、AUKUSについては一言もなかったのですが、「米仏防衛貿易戦略対話を開始する」との文言がありました。その同じ日、在豪英国大使館は豪西部のパースに入港した英国海軍のアスチュート級攻撃型原潜の画像をツイートしました。

これは対中国という観点からか、「AUKUSを補強する」ため、というのです。

中国の094型、そして、近い将来の096型弾道ミサイル原潜をけん制するために、豪海軍の水上艦(ホバート級駆逐艦)と攻撃型潜水艦にトマホーク巡航ミサイルを装備することがAUKUSの目標と思われます。

前述のFORBES誌(2021/9/20)は「米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦28隻のほとんどは退役する予定だが、同級原潜を豪州に貸与すれば、豪州は“米国外”でありながら、この地域のさまざまな米国の需要を支援するために利用可能」になるといいます。

米海軍で最も製造隻数の多いロサンゼルス級原潜 クリックすると拡大します

具体的には「米英は原潜用の埠頭(ふとう)、ドライドック(船体の検査や修理などのために水を抜くことができるドック)、その他の特殊施設の設計要件を豪州に伝え、豪州は米英の攻撃型潜水艦を支援するのに必要なインフラの構築を開始できる」としています。

「その他の特殊施設」については、具体的な指摘はないですが、例えば将来、豪州の軍艦や潜水艦に搭載されるトマホーク巡航ミサイルの貯蔵施設が豪国内に建設されれば、米英も利用でき、その戦略的意味は大きくなります。

豪州の将来の原潜が米国のバージニア級や英国のアスチュート級原潜とどのような関係になるかは不明ですが、どちらも、トマホーク巡航ミサイル搭載艦という共通点があります。かくして「豪州の潜水艦契約破棄事件」は、AUKUS結成に伴い豪州の潜水艦建造にまで本格介入する米英、ことにバイデン政権の「中国包囲網」構築の本気度を示しているのかもしれないです。

潜水艦から発射されたトマホーク

AUKUSの創設の背景に米国の潜水艦戦略があることを見落としてはならないです。

中国の海洋進出に対する米国の抑止力の中心は潜水艦です。特に原潜は長距離を速い速度で移動することができ、長期間潜航したまま隠密活動ができます。

そのため、米国は現在保有している51隻の攻撃型原潜のうち、60パーセントを太平洋に配備しています。また、日本の海上自衛隊の潜水艦部隊とも連携することによって、潜水艦戦力では中国を圧倒的に凌駕しています。

しかし、その米国の潜水艦戦力も旧型原潜の退役が近い上に、新造艦の建造スペースが遅いこともあって、2020年代の後半から10年程度は、米国の攻撃型原潜の数は42隻にまで落ち込むことが試算されています。実は、米国はその穴埋めとしてオーストラリアの原潜に期待を寄せているのです。

英国政府筋によれば、オーストラリアが現在の通常型潜水艦を南シナ海へ派遣した場合、現地に留まることができる期間はわずか10日間程度であるのに対して、原潜ならほぼ無期限で活動できます。また、日本の沖縄周辺からインド洋までの全域で中国海軍の活動を監視することが可能になります。

インド太平洋には、もう一つ、QUAD(クアッド)という対話の枠組みがあります。日本が主導して始めたもので、米国、オーストラリア、インドが加盟しており、9月には初めての対面形式の首脳会議がホワイトハウスで開催されました。首脳会議は今後、毎年開催される予定です。

AUKUSが今後、発展していくにつれて、QUADとどのように連携していくのかが、大きなテーマになるでしょう。

英国はCPTPPへの加盟を検討していますし、日本も将来、AUKUSへの加盟を検討しなくてはならない時期が来るでしょう。やがて、インド太平洋では、政治はQUAD、安全保障はAUKUS、経済はCPTPPという役割分担が成立するかもしれないです。

歴史を見ればわかるように、同盟は異なった思惑の集合体ですから、必ず離合集散します。これらの枠組みもいつかは統合し、分裂し、さらにNATOや日米同盟もこれらに吸収されることになるかもしれないです。

AUKUS、QUAD、CPTPP、それらはやがて一つにまとまり、作り替えられて、将来、インド太平洋同盟として花開く可能性を秘めています。

今、われわれが目にしているのはその始まりにすぎないのです。

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